２ワイヤ溶接の溶接開始方法
【課題】 溶接開始直後から十分な接合強度を発揮する溶接ビードを形成可能な２ワイヤ溶接の溶接開始方法を提供すること。
【解決手段】 ワイヤＷＡからアーク２Ａを発生させながら、ワイヤＷＡに対して溶接方向後方からフィラーワイヤＷＢを供給する２ワイヤ溶接の溶接開始方法であって、アーク２Ａ，２Ｂによって溶接するステップと、アーク２Ｂを消弧させることによりアーク２Ａのみによって溶接するステップと、を有する。このような溶接開始方法によれば、溶接開始直後から溶接母材Ｐに対して十分な入熱を行うことが可能であり、溶接ビードＷｐの溶接開始端を十分な太さとすることができる。
【解決手段】 ワイヤＷＡからアーク２Ａを発生させながら、ワイヤＷＡに対して溶接方向後方からフィラーワイヤＷＢを供給する２ワイヤ溶接の溶接開始方法であって、アーク２Ａ，２Ｂによって溶接するステップと、アーク２Ｂを消弧させることによりアーク２Ａのみによって溶接するステップと、を有する。このような溶接開始方法によれば、溶接開始直後から溶接母材Ｐに対して十分な入熱を行うことが可能であり、溶接ビードＷｐの溶接開始端を十分な太さとすることができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【０００１】
本発明は、消耗電極ワイヤとフィラーワイヤとを用いた２ワイヤ溶接の溶接開始方法に関する。
【背景技術】
【０００２】
消耗電極ワイヤとフィラーワイヤとを用いた２ワイヤ溶接は、溶接速度を向上させ、かつ溶接ビードの美観を良好とするのに適した溶接方法として知られている（たとえば、特許文献１）。図４は、従来の２ワイヤ溶接の一例を示している。同図に示された２ワイヤ溶接には、コンタクトチップ９１Ａ，９１Ｂを備える溶接トーチが用いられる。コンタクトチップ９１Ａを通して、ワイヤＷＡが供給される。また、ワイヤＷＡに対して溶接方向後方から、コンタクトチップ９１Ｂを通してフィラーワイヤＷＢが供給される。
【０００３】
コンタクトチップ９１Ａは、溶接電源（図示略）に接続されている。この溶接電源は、コンタクトチップ９１Ａと溶接母材Ｐとの間に電圧を印加する。これにより、ワイヤＷＡから溶接母材Ｐに向かうアーク９２が発生する。ワイヤＷＡは、アーク９２の強さに応じた速度で、供給装置（図示略）から送給される。一方、フィラーワイヤＷＢは、アーク９２によって生じた溶融池Ｍｐに向けて送給装置（図示略）によって送給される。フィラーワイヤＷＢは、溶融池Ｍｐの熱によって溶解される。この結果、溶融したワイヤＷＡ、フィラーワイヤＷＢ、および溶接母材Ｐが合金状態で凝固することにより、溶接ビードＷｐが形成される。このような２ワイヤ溶接によれば、溶接速度を比較的高速としても、溶接ビードＷｐが極端に痩せてしまうことを防止できる。また、アークを発生させない状態でフィラーワイヤＷＢを送給することにより、溶接ビードＷｐの外観を良好にすることができる。
【０００４】
しかしながら、上述した２ワイヤ溶接の溶接開始時においては、アーク９２が発生した直後に上記溶接トーチが溶接方向に移動させられる。このため、溶接母材Ｐのうち溶接開始箇所にあたる部分は、アーク９２による入熱が十分でない。すると、十分な大きさの溶融池Ｍｐを形成することが困難となり、フィラーワイヤＷＢの溶融が促進されない。この結果、図５に示すように溶接ビードＷｐの開始端付近は、幅が細いものとなってしまう。このようなことでは、溶接母材Ｐの溶接部分の引張強度が低下し、割れが生じてしまうという問題があった。
【０００５】
【特許文献１】特開２００６−１７５４５８号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【０００６】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、溶接開始直後から十分な接合強度を発揮する溶接ビードを形成可能な２ワイヤ溶接の溶接開始方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【０００７】
本発明によって提供される２ワイヤ溶接の溶接開始方法は、消耗電極ワイヤと溶接対象物との間に電圧を印加することにより上記消耗電極ワイヤからアークを発生させながら溶接方向に進行させるとともに、上記消耗電極ワイヤに対して溶接方向後方からフィラーワイヤを供給する２ワイヤ溶接の溶接開始方法であって、上記消耗電極ワイヤからアークを発生させるとともに、上記フィラーワイヤと上記溶接対象物との間に電圧を印加することにより上記フィラーワイヤからアークを発生させ、上記消耗電極ワイヤからのアークと上記フィラーワイヤからのアークとによって溶接するステップと、上記フィラーワイヤからのアークを消弧させることにより上記消耗電極ワイヤからのアークのみによって溶接するステップと、を有することを特徴としている。
【０００８】
このような構成によれば、上記消耗電極ワイヤからのアークと上記フィラーワイヤからのアークとによって溶接するステップにおいて、２つのアークを照射する。これにより、上記溶接対象物の溶接開始箇所に、溶接開始直後から十分な入熱を行うことができる。このため、溶融池の形成が促進され、十分な量の溶融した上記消耗電極ワイヤおよび上記フィラーワイヤが供給される。したがって、溶接ビードの溶接開始端付近を、定常溶接部とほとんど変わらない幅とすることが可能であり、上記溶接対象物の引張強度を高めることができる。
【０００９】
本発明に好ましい実施形態においては、上記消耗電極ワイヤからのアークと上記フィラーワイヤからのアークとによって溶接するステップの前に、上記消耗電極からのアークのみを発生させるステップをさらに有する。このような構成によれば、上記フィラーワイヤからアークを点弧させるときには、隣接する上記消耗電極ワイヤからのアークによって上記フィラーワイヤの直下部分にいわゆるプラズマ雰囲気空間がすでに形成されている。これにより、上記フィラーワイヤからのアークを速やかに、かつ安定して点弧させることが可能である。
【００１０】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【００１１】
以下、本発明の好ましい実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【００１２】
図１は、本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法に用いられる溶接システムを示している。本実施形態の溶接システムＡは、溶接トーチＢ、ワイヤ送給装置ＷＦＡ，ＷＦＢ、溶接電源ＰＳＡ，ＰＳＢを備えている。溶接システムＡは、消耗電極ワイヤとしてのワイヤＷＡとフィラーワイヤＷＢとを用いた２ワイヤ溶接を行う。
【００１３】
溶接トーチＢは、たとえば略円筒形状のノズルであり、一般的にロボット（図示略）に装着されている。溶接トーチＢは、コンタクトチップ１Ａ，１Ｂを有している。コンタクトチップ１Ａは、ワイヤＷＡが挿通可能な貫通孔を有しており、ワイヤＷＡと導通している。コンタクトチップ１Ｂは、フィラーワイヤＷＢが挿通可能な貫通孔を有しており、フィラーワイヤＷＢと導通している。溶接トーチＢを用いた２ワイヤ溶接においては、ワイヤＷＡが溶接方向前方に位置し、フィラーワイヤＷＢが溶接方向後方に位置した状態で、溶接トーチＢが上記ロボットによって溶接方向に移動される。
【００１４】
ワイヤ送給装置ＷＦＡ，ＷＦＢは、それぞれワイヤＷＡ，ＷＢを送給するためのものであり、たとえばモータ（図示略）などの駆動源を有している。ワイヤ送給装置ＷＦＡ，ＷＦＢは、溶接電源ＰＳＡ，ＰＳＢからの指令により、溶接条件にあった送給速度でワイヤＷＡおよびフィラーワイヤＷＢを送給する。
【００１５】
溶接電源ＰＳＡ，ＰＳＢは、ワイヤＷＡおよびフィラーワイヤＷＢからアークを発生させるための電源であり、それぞれ出力制御回路ＩＮＶＡ，ＩＮＶＢ、溶接電圧設定回路ＶＳＡ，ＶＳＢ、溶接電流設定回路ＩＳＡ，ＩＳＢ、タイマＳＴＡ，ＳＴＢ、および送給速度設定回路ＷＳＡ，ＷＳＢを備えている。
【００１６】
出力制御回路ＩＮＶＡ，ＩＮＶＢは、コンタクトチップ１Ａおよびコンタクトチップ１Ｂと溶接母材Ｐとに導通しており、これらの間に溶接電圧ＶＷａ，ＶＷｂを印加する。溶接電圧ＶＷａ，ＶＷｂが印加された状態でアーク２Ａ，２Ｂが発生すると、溶接電流ＩＷａ，ＩＷｂが流れる。出力制御回路ＩＮＶＡには、溶接電圧設定回路ＶＳＡから溶接電圧設定信号Ｖｓａが、溶接電流設定回路ＩＳＡから溶接電流設定信号Ｉｓａが送られる。同様に、出力制御回路ＩＮＶＢには、溶接電圧設定回路ＶＳＢから溶接電圧設定信号Ｖｓｂが、溶接電流設定回路ＩＳＢから溶接電流設定信号Ｉｓｂが送られる。また、出力制御回路ＩＮＶＡには、タイマＳＴＡからアーク消弧信号Ｓｔａが、出力制御回路ＩＮＶＢには、タイマＳＴＢからアーク消弧信号Ｓｔｂが、それぞれ送られる。送給速度設定回路ＷＳＡ，ＷＳＢは、それぞれワイヤ送給装置ＷＦＡ，ＷＦＢに送給速度設定信号Ｗｓａ，Ｗｓｂを送る回路である。
【００１７】
次に、溶接システムＡを用いた２ワイヤ溶接の溶接開始方法について、図２を参照しつつ以下に説明する。
【００１８】
まず、時刻ｔ１において、送給速度設定信号Ｗｓａの指示によりワイヤＷＡの送給速度ＦＷａが定常溶接時よりも遅いスローダウン速度に設定され、この速度でワイヤＷＡが送給され始める。このとき、溶接電圧ＶＷａは、無負荷電圧とされている。そして、時刻ｔ２においてアーク２Ａが点弧すると、溶接電圧ＶＷａが定常溶接時の電圧とされ、溶接電流ＩＷａが流れ始める。また、送給速度ＦＷａが、定常溶接速度に設定される。これにより、アーク２Ａとともに溶融したワイヤＷＡが溶接母材Ｐに照射され始める。アーク２Ａからの熱により、溶接母材Ｐには溶融池Ｍｐが形成され始める。
【００１９】
また、アーク２Ａの点弧と同時に、溶接トーチＢの移動が開始する。さらに、時刻ｔ２においては、溶接電圧ＶＷｂが無負荷電圧とされ、送給速度設定信号Ｗｓｂの指示によりフィラーワイヤＷＢの送給速度ＦＷｂがスローダウン速度に設定される。これにより、フィラーワイヤＷＢがスローダウン速度で送給され始める。すると、時刻ｔ３においてフィラーワイヤＷＢと溶接母材Ｐとの間にアーク２Ｂが点弧する。そして、溶接電圧ＶＷｂが定常溶接時の電圧とされ、溶接電流ＩＷｂが流れる。また、送給速度ＦＷｂがタンデム溶接速度に設定される。これにより、溶接トーチＢは、２つのアーク２Ａ，２Ｂを照射する、いわゆるタンデム溶接を行う。
【００２０】
次に、タイマＳＴＢによってあらかじめ定められた時間が経過すると、アーク消弧信号Ｓｔｂが出力制御回路ＩＮＶＢに送られる。これにより、時刻ｔ４において、溶接電圧ＶＷｂが０とされ、アーク２Ｂが消弧する。一方で、溶接電圧ＶＷａは、定常溶接時の大きさで保たれる。この結果、時刻ｔ４以降は、ワイヤＷＡとフィラーワイヤＷＢを送給しつつ、アーク２Ａのみを照射する溶接形態となる。この定常溶接を継続することにより、溶接母材Ｐに溶接ビードＷｐが形成される。
【００２１】
本溶接の溶接条件の一例を挙げると、溶接母材Ｐは、板厚が１．６ｍｍのＳＰＣＣ材であり、溶接形態は、突合せ継ぎ手である。ワイヤＷＡおよびフィラーワイヤＷＢは、ＹＧＷ−１５（ＪＩＳ規格）相当品であり、直径が１．２ｍｍである。定常溶接時の送給速度ＦＷａが１２ｍ／分、タンデム溶接時の送給速度ＦＷｂが３ｍ／分、溶接トーチＢの移動速度である溶接速度が１５０ｃｍ／分とされる。シールドガストしては、８０％Ａｒ＋２０％ＣＯ2の混合ガスを４０Ｌ／分の流量で供給する。
【００２２】
次に、本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法の作用について説明する。
【００２３】
本実施形態によれば、時刻ｔ３から時刻ｔ４にかけて、消耗電極ワイヤとしてのワイヤＷＡからアーク２Ａを照射するのみならず、フィラーワイヤＷＢからのアーク２Ｂを照射する。これにより、溶接母材Ｐの溶接開始箇所に、溶接開始直後から十分な入熱を行うことができる。このため、溶融池Ｍｐの形成が促進され、十分な量の溶融したワイヤＷＡおよびフィラーワイヤＷＢが供給される。したがって、図３に示すように、溶接ビードＷｐの溶接開始端付近を、定常溶接部とほとんど変わらない幅とすることが可能であり、溶接母材Ｐの引張強度を高めることができる。定常溶接時においては、アーク２Ｂがすでに消弧されているため、フィラーワイヤＷＢは溶融池Ｍｐの熱によって溶融されながら比較的静かな状態で供給されるのみである。これは、溶接ビードＷｐの外観を良好とするのに有利である。
【００２４】
また、アーク２Ａを点弧させた後に、アーク２Ｂを点弧させる順序とすることにより、アーク２Ｂを点弧させるときには、アーク２ＡによってフィラーワイヤＷＢの直下部分にいわゆるプラズマ雰囲気空間がすでに形成されている。このため、アーク２Ｂを速やかに、かつ安定して点弧させることが可能である。
【００２５】
本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【００２６】
アーク２Ｂを点弧させるタイミングは、上述したとおりアーク２Ａを点弧させた直後が望ましいが、本発明はこれに限定されず、たとえばアーク２Ａ，２Ｂを同時に点弧させてもよい。
【図面の簡単な説明】
【００２７】
【図１】本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法に用いられる溶接システムの一例を示すシステム外略図である。
【図２】本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法の一例を示すタイミングチャートである。
【図３】本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法によって形成された溶接ビードの一例を示す要部平面図である。
【図４】従来の２ワイヤ溶接の一例を示す要部断面図である。
【図５】従来の２ワイヤ溶接によって形成された溶接ビードの一例を示す要部平面図である。
【符号の説明】
【００２８】
Ａ 溶接システム
Ｂ 溶接トーチ
ＩＮＶＡ，ＩＮＶＢ 出力制御回路
ＩＳＡ，ＩＳＢ 溶接電流設定回路
ＩＳａ，ＩＳｂ 溶接電流設定信号
ＩＷａ，ＩＷｂ 溶接電流
Ｍｐ 溶融池
Ｐ 溶接母材（溶接対象物）
ＰＳＡ，ＰＳＢ 溶接電源
ＳＴＡ，ＳＴＢ タイマ
Ｓｔｂ アーク消弧信号
ＶＳＡ，ＶＳＢ 溶接電圧設定回路
Ｖｓａ，Ｖｓｂ 溶接電圧設定信号
ＶＷａ，ＶＷｂ 溶接電圧
ＷＡ （消耗電極）ワイヤ
ＷＢ フィラーワイヤ
ＷＦＡ，ＷＦＢ ワイヤ送給装置
Ｗｐ 溶接ビード
ＷＳＡ，ＷＳＢ 送給速度設定回路
Ｗｓａ，Ｗｓｂ 送給速度設定信号
１Ａ，１Ｂ コンタクトチップ
２Ａ，２Ｂ アーク
【技術分野】
【０００１】
本発明は、消耗電極ワイヤとフィラーワイヤとを用いた２ワイヤ溶接の溶接開始方法に関する。
【背景技術】
【０００２】
消耗電極ワイヤとフィラーワイヤとを用いた２ワイヤ溶接は、溶接速度を向上させ、かつ溶接ビードの美観を良好とするのに適した溶接方法として知られている（たとえば、特許文献１）。図４は、従来の２ワイヤ溶接の一例を示している。同図に示された２ワイヤ溶接には、コンタクトチップ９１Ａ，９１Ｂを備える溶接トーチが用いられる。コンタクトチップ９１Ａを通して、ワイヤＷＡが供給される。また、ワイヤＷＡに対して溶接方向後方から、コンタクトチップ９１Ｂを通してフィラーワイヤＷＢが供給される。
【０００３】
コンタクトチップ９１Ａは、溶接電源（図示略）に接続されている。この溶接電源は、コンタクトチップ９１Ａと溶接母材Ｐとの間に電圧を印加する。これにより、ワイヤＷＡから溶接母材Ｐに向かうアーク９２が発生する。ワイヤＷＡは、アーク９２の強さに応じた速度で、供給装置（図示略）から送給される。一方、フィラーワイヤＷＢは、アーク９２によって生じた溶融池Ｍｐに向けて送給装置（図示略）によって送給される。フィラーワイヤＷＢは、溶融池Ｍｐの熱によって溶解される。この結果、溶融したワイヤＷＡ、フィラーワイヤＷＢ、および溶接母材Ｐが合金状態で凝固することにより、溶接ビードＷｐが形成される。このような２ワイヤ溶接によれば、溶接速度を比較的高速としても、溶接ビードＷｐが極端に痩せてしまうことを防止できる。また、アークを発生させない状態でフィラーワイヤＷＢを送給することにより、溶接ビードＷｐの外観を良好にすることができる。
【０００４】
しかしながら、上述した２ワイヤ溶接の溶接開始時においては、アーク９２が発生した直後に上記溶接トーチが溶接方向に移動させられる。このため、溶接母材Ｐのうち溶接開始箇所にあたる部分は、アーク９２による入熱が十分でない。すると、十分な大きさの溶融池Ｍｐを形成することが困難となり、フィラーワイヤＷＢの溶融が促進されない。この結果、図５に示すように溶接ビードＷｐの開始端付近は、幅が細いものとなってしまう。このようなことでは、溶接母材Ｐの溶接部分の引張強度が低下し、割れが生じてしまうという問題があった。
【０００５】
【特許文献１】特開２００６−１７５４５８号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【０００６】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、溶接開始直後から十分な接合強度を発揮する溶接ビードを形成可能な２ワイヤ溶接の溶接開始方法を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【０００７】
本発明によって提供される２ワイヤ溶接の溶接開始方法は、消耗電極ワイヤと溶接対象物との間に電圧を印加することにより上記消耗電極ワイヤからアークを発生させながら溶接方向に進行させるとともに、上記消耗電極ワイヤに対して溶接方向後方からフィラーワイヤを供給する２ワイヤ溶接の溶接開始方法であって、上記消耗電極ワイヤからアークを発生させるとともに、上記フィラーワイヤと上記溶接対象物との間に電圧を印加することにより上記フィラーワイヤからアークを発生させ、上記消耗電極ワイヤからのアークと上記フィラーワイヤからのアークとによって溶接するステップと、上記フィラーワイヤからのアークを消弧させることにより上記消耗電極ワイヤからのアークのみによって溶接するステップと、を有することを特徴としている。
【０００８】
このような構成によれば、上記消耗電極ワイヤからのアークと上記フィラーワイヤからのアークとによって溶接するステップにおいて、２つのアークを照射する。これにより、上記溶接対象物の溶接開始箇所に、溶接開始直後から十分な入熱を行うことができる。このため、溶融池の形成が促進され、十分な量の溶融した上記消耗電極ワイヤおよび上記フィラーワイヤが供給される。したがって、溶接ビードの溶接開始端付近を、定常溶接部とほとんど変わらない幅とすることが可能であり、上記溶接対象物の引張強度を高めることができる。
【０００９】
本発明に好ましい実施形態においては、上記消耗電極ワイヤからのアークと上記フィラーワイヤからのアークとによって溶接するステップの前に、上記消耗電極からのアークのみを発生させるステップをさらに有する。このような構成によれば、上記フィラーワイヤからアークを点弧させるときには、隣接する上記消耗電極ワイヤからのアークによって上記フィラーワイヤの直下部分にいわゆるプラズマ雰囲気空間がすでに形成されている。これにより、上記フィラーワイヤからのアークを速やかに、かつ安定して点弧させることが可能である。
【００１０】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【００１１】
以下、本発明の好ましい実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【００１２】
図１は、本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法に用いられる溶接システムを示している。本実施形態の溶接システムＡは、溶接トーチＢ、ワイヤ送給装置ＷＦＡ，ＷＦＢ、溶接電源ＰＳＡ，ＰＳＢを備えている。溶接システムＡは、消耗電極ワイヤとしてのワイヤＷＡとフィラーワイヤＷＢとを用いた２ワイヤ溶接を行う。
【００１３】
溶接トーチＢは、たとえば略円筒形状のノズルであり、一般的にロボット（図示略）に装着されている。溶接トーチＢは、コンタクトチップ１Ａ，１Ｂを有している。コンタクトチップ１Ａは、ワイヤＷＡが挿通可能な貫通孔を有しており、ワイヤＷＡと導通している。コンタクトチップ１Ｂは、フィラーワイヤＷＢが挿通可能な貫通孔を有しており、フィラーワイヤＷＢと導通している。溶接トーチＢを用いた２ワイヤ溶接においては、ワイヤＷＡが溶接方向前方に位置し、フィラーワイヤＷＢが溶接方向後方に位置した状態で、溶接トーチＢが上記ロボットによって溶接方向に移動される。
【００１４】
ワイヤ送給装置ＷＦＡ，ＷＦＢは、それぞれワイヤＷＡ，ＷＢを送給するためのものであり、たとえばモータ（図示略）などの駆動源を有している。ワイヤ送給装置ＷＦＡ，ＷＦＢは、溶接電源ＰＳＡ，ＰＳＢからの指令により、溶接条件にあった送給速度でワイヤＷＡおよびフィラーワイヤＷＢを送給する。
【００１５】
溶接電源ＰＳＡ，ＰＳＢは、ワイヤＷＡおよびフィラーワイヤＷＢからアークを発生させるための電源であり、それぞれ出力制御回路ＩＮＶＡ，ＩＮＶＢ、溶接電圧設定回路ＶＳＡ，ＶＳＢ、溶接電流設定回路ＩＳＡ，ＩＳＢ、タイマＳＴＡ，ＳＴＢ、および送給速度設定回路ＷＳＡ，ＷＳＢを備えている。
【００１６】
出力制御回路ＩＮＶＡ，ＩＮＶＢは、コンタクトチップ１Ａおよびコンタクトチップ１Ｂと溶接母材Ｐとに導通しており、これらの間に溶接電圧ＶＷａ，ＶＷｂを印加する。溶接電圧ＶＷａ，ＶＷｂが印加された状態でアーク２Ａ，２Ｂが発生すると、溶接電流ＩＷａ，ＩＷｂが流れる。出力制御回路ＩＮＶＡには、溶接電圧設定回路ＶＳＡから溶接電圧設定信号Ｖｓａが、溶接電流設定回路ＩＳＡから溶接電流設定信号Ｉｓａが送られる。同様に、出力制御回路ＩＮＶＢには、溶接電圧設定回路ＶＳＢから溶接電圧設定信号Ｖｓｂが、溶接電流設定回路ＩＳＢから溶接電流設定信号Ｉｓｂが送られる。また、出力制御回路ＩＮＶＡには、タイマＳＴＡからアーク消弧信号Ｓｔａが、出力制御回路ＩＮＶＢには、タイマＳＴＢからアーク消弧信号Ｓｔｂが、それぞれ送られる。送給速度設定回路ＷＳＡ，ＷＳＢは、それぞれワイヤ送給装置ＷＦＡ，ＷＦＢに送給速度設定信号Ｗｓａ，Ｗｓｂを送る回路である。
【００１７】
次に、溶接システムＡを用いた２ワイヤ溶接の溶接開始方法について、図２を参照しつつ以下に説明する。
【００１８】
まず、時刻ｔ１において、送給速度設定信号Ｗｓａの指示によりワイヤＷＡの送給速度ＦＷａが定常溶接時よりも遅いスローダウン速度に設定され、この速度でワイヤＷＡが送給され始める。このとき、溶接電圧ＶＷａは、無負荷電圧とされている。そして、時刻ｔ２においてアーク２Ａが点弧すると、溶接電圧ＶＷａが定常溶接時の電圧とされ、溶接電流ＩＷａが流れ始める。また、送給速度ＦＷａが、定常溶接速度に設定される。これにより、アーク２Ａとともに溶融したワイヤＷＡが溶接母材Ｐに照射され始める。アーク２Ａからの熱により、溶接母材Ｐには溶融池Ｍｐが形成され始める。
【００１９】
また、アーク２Ａの点弧と同時に、溶接トーチＢの移動が開始する。さらに、時刻ｔ２においては、溶接電圧ＶＷｂが無負荷電圧とされ、送給速度設定信号Ｗｓｂの指示によりフィラーワイヤＷＢの送給速度ＦＷｂがスローダウン速度に設定される。これにより、フィラーワイヤＷＢがスローダウン速度で送給され始める。すると、時刻ｔ３においてフィラーワイヤＷＢと溶接母材Ｐとの間にアーク２Ｂが点弧する。そして、溶接電圧ＶＷｂが定常溶接時の電圧とされ、溶接電流ＩＷｂが流れる。また、送給速度ＦＷｂがタンデム溶接速度に設定される。これにより、溶接トーチＢは、２つのアーク２Ａ，２Ｂを照射する、いわゆるタンデム溶接を行う。
【００２０】
次に、タイマＳＴＢによってあらかじめ定められた時間が経過すると、アーク消弧信号Ｓｔｂが出力制御回路ＩＮＶＢに送られる。これにより、時刻ｔ４において、溶接電圧ＶＷｂが０とされ、アーク２Ｂが消弧する。一方で、溶接電圧ＶＷａは、定常溶接時の大きさで保たれる。この結果、時刻ｔ４以降は、ワイヤＷＡとフィラーワイヤＷＢを送給しつつ、アーク２Ａのみを照射する溶接形態となる。この定常溶接を継続することにより、溶接母材Ｐに溶接ビードＷｐが形成される。
【００２１】
本溶接の溶接条件の一例を挙げると、溶接母材Ｐは、板厚が１．６ｍｍのＳＰＣＣ材であり、溶接形態は、突合せ継ぎ手である。ワイヤＷＡおよびフィラーワイヤＷＢは、ＹＧＷ−１５（ＪＩＳ規格）相当品であり、直径が１．２ｍｍである。定常溶接時の送給速度ＦＷａが１２ｍ／分、タンデム溶接時の送給速度ＦＷｂが３ｍ／分、溶接トーチＢの移動速度である溶接速度が１５０ｃｍ／分とされる。シールドガストしては、８０％Ａｒ＋２０％ＣＯ2の混合ガスを４０Ｌ／分の流量で供給する。
【００２２】
次に、本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法の作用について説明する。
【００２３】
本実施形態によれば、時刻ｔ３から時刻ｔ４にかけて、消耗電極ワイヤとしてのワイヤＷＡからアーク２Ａを照射するのみならず、フィラーワイヤＷＢからのアーク２Ｂを照射する。これにより、溶接母材Ｐの溶接開始箇所に、溶接開始直後から十分な入熱を行うことができる。このため、溶融池Ｍｐの形成が促進され、十分な量の溶融したワイヤＷＡおよびフィラーワイヤＷＢが供給される。したがって、図３に示すように、溶接ビードＷｐの溶接開始端付近を、定常溶接部とほとんど変わらない幅とすることが可能であり、溶接母材Ｐの引張強度を高めることができる。定常溶接時においては、アーク２Ｂがすでに消弧されているため、フィラーワイヤＷＢは溶融池Ｍｐの熱によって溶融されながら比較的静かな状態で供給されるのみである。これは、溶接ビードＷｐの外観を良好とするのに有利である。
【００２４】
また、アーク２Ａを点弧させた後に、アーク２Ｂを点弧させる順序とすることにより、アーク２Ｂを点弧させるときには、アーク２ＡによってフィラーワイヤＷＢの直下部分にいわゆるプラズマ雰囲気空間がすでに形成されている。このため、アーク２Ｂを速やかに、かつ安定して点弧させることが可能である。
【００２５】
本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【００２６】
アーク２Ｂを点弧させるタイミングは、上述したとおりアーク２Ａを点弧させた直後が望ましいが、本発明はこれに限定されず、たとえばアーク２Ａ，２Ｂを同時に点弧させてもよい。
【図面の簡単な説明】
【００２７】
【図１】本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法に用いられる溶接システムの一例を示すシステム外略図である。
【図２】本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法の一例を示すタイミングチャートである。
【図３】本発明に係る２ワイヤ溶接の溶接開始方法によって形成された溶接ビードの一例を示す要部平面図である。
【図４】従来の２ワイヤ溶接の一例を示す要部断面図である。
【図５】従来の２ワイヤ溶接によって形成された溶接ビードの一例を示す要部平面図である。
【符号の説明】
【００２８】
Ａ 溶接システム
Ｂ 溶接トーチ
ＩＮＶＡ，ＩＮＶＢ 出力制御回路
ＩＳＡ，ＩＳＢ 溶接電流設定回路
ＩＳａ，ＩＳｂ 溶接電流設定信号
ＩＷａ，ＩＷｂ 溶接電流
Ｍｐ 溶融池
Ｐ 溶接母材（溶接対象物）
ＰＳＡ，ＰＳＢ 溶接電源
ＳＴＡ，ＳＴＢ タイマ
Ｓｔｂ アーク消弧信号
ＶＳＡ，ＶＳＢ 溶接電圧設定回路
Ｖｓａ，Ｖｓｂ 溶接電圧設定信号
ＶＷａ，ＶＷｂ 溶接電圧
ＷＡ （消耗電極）ワイヤ
ＷＢ フィラーワイヤ
ＷＦＡ，ＷＦＢ ワイヤ送給装置
Ｗｐ 溶接ビード
ＷＳＡ，ＷＳＢ 送給速度設定回路
Ｗｓａ，Ｗｓｂ 送給速度設定信号
１Ａ，１Ｂ コンタクトチップ
２Ａ，２Ｂ アーク
【特許請求の範囲】
【請求項１】
消耗電極ワイヤと溶接対象物との間に電圧を印加することにより上記消耗電極ワイヤからアークを発生させながら溶接方向に進行させるとともに、
上記消耗電極ワイヤに対して溶接方向後方からフィラーワイヤを供給する２ワイヤ溶接の溶接開始方法であって、
上記消耗電極ワイヤからアークを発生させるとともに、上記フィラーワイヤと上記溶接対象物との間に電圧を印加することにより上記フィラーワイヤからアークを発生させ、上記消耗電極ワイヤからのアークと上記フィラーワイヤからのアークとによって溶接するステップと、
上記フィラーワイヤからのアークを消弧させることにより上記消耗電極ワイヤからのアークのみによって溶接するステップと、
を有することを特徴とする、２ワイヤ溶接の溶接開始方法。
【請求項２】
上記消耗電極ワイヤからのアークと上記フィラーワイヤからのアークとによって溶接するステップの前に、上記消耗電極ワイヤからのアークのみを発生させるステップをさらに有する、請求項１に記載の２ワイヤ溶接の溶接開始方法。
【請求項１】
消耗電極ワイヤと溶接対象物との間に電圧を印加することにより上記消耗電極ワイヤからアークを発生させながら溶接方向に進行させるとともに、
上記消耗電極ワイヤに対して溶接方向後方からフィラーワイヤを供給する２ワイヤ溶接の溶接開始方法であって、
上記消耗電極ワイヤからアークを発生させるとともに、上記フィラーワイヤと上記溶接対象物との間に電圧を印加することにより上記フィラーワイヤからアークを発生させ、上記消耗電極ワイヤからのアークと上記フィラーワイヤからのアークとによって溶接するステップと、
上記フィラーワイヤからのアークを消弧させることにより上記消耗電極ワイヤからのアークのみによって溶接するステップと、
を有することを特徴とする、２ワイヤ溶接の溶接開始方法。
【請求項２】
上記消耗電極ワイヤからのアークと上記フィラーワイヤからのアークとによって溶接するステップの前に、上記消耗電極ワイヤからのアークのみを発生させるステップをさらに有する、請求項１に記載の２ワイヤ溶接の溶接開始方法。
【図１】
【図２】
【図３】
【図４】
【図５】
【図２】
【図３】
【図４】
【図５】
【公開番号】特開２００９−７２８０９（Ｐ２００９−７２８０９Ａ）
【公開日】平成２１年４月９日（２００９．４．９）
【国際特許分類】
【出願番号】特願２００７−２４３３５５（Ｐ２００７−２４３３５５）
【出願日】平成１９年９月２０日（２００７．９．２０）
【出願人】（００００００２６２）株式会社ダイヘン (990)
【Ｆターム（参考）】
【公開日】平成２１年４月９日（２００９．４．９）
【国際特許分類】
【出願日】平成１９年９月２０日（２００７．９．２０）
【出願人】（００００００２６２）株式会社ダイヘン (990)
【Ｆターム（参考）】
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