説明

2室式プレフィルドシリンジ用薬液調製装置

【課題】2室式プレフィルドシリンジ内で薬剤を混合し薬液を調製する際の液漏れを防止することのできる薬液調製装置の提供。
【解決手段】2室式プレフィルドシリンジを保持し,且つ該隔壁に両頭針を刺入して,該2室式プレフィルドシリンジ内において第1の薬剤成分及び第2の薬剤成分を混合して薬液を調製するための薬液調製装置であって,該2室式プレフィルドシリンジを保持するための保持部と,該保持部に保持された状態の該2室式プレフィルドシリンジの該後側可動壁を前方へ押し込むためのピストンロッドと,該ピストンロッドを介して該後側可動壁にその位置に応じて予め設定された大きさの押圧力を加えるように電気的に制御された駆動部とを有するものである,薬液調製装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,2室式プレフィルドシリンジ用の薬液調製装置及びこれを一体として含む注射装置に関し,より詳しくは,プレフィルドシリンジ内で薬剤成分を混合して薬液を調製する際における液漏れを防止することのできる薬液調製装置及びこれを一体として含む注射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
成長ホルモン等の注射用ペプチド製剤では,一般に,製剤の安定性を担保するために,凍結乾燥等による乾燥薬剤成分と,これを溶解又は懸濁させて注射液とするための液状の薬剤成分(緩衝剤等の溶解液)とからなる,2剤形の形態で製剤が提供されている。また患者における扱いを簡便かつ確実にするために,例えばヒト成長ホルモン製剤の場合,1本のシリンジ(注射筒)内にそれらの成分を区分して別々に収容した2室式プレフィルドシリンジ(多室シリンダーアンプルともいう)が広く用いられている。
【0003】
2室式プレフィルドシリンジは,例えば図1(図面左方向を上方とする)に側方断面図で示すように,ガスケットである2つの可動壁(前側可動壁2,後側可動壁3)で内部が液密に仕切られて,前側スペース4と後側スペース5とが形成されている。前側スペース4の僅かに前方において2室式プレフィルドシリンジの内壁には,前側可動壁2の厚みを跨ぐ長さの,すなわち前側可動壁2の厚みより幾分長い,前後方向の1本の細長いバイパス溝が,外周面の突条6の内側を通して設けられており,それにより,前側可動壁2の全体がバイパス溝の範囲内にあるときにはバイパス溝を通って前側可動壁の前後のスペースを連通する流路が形成されるようになっている。前側スペース4には,凍結乾燥粉末等の乾燥薬剤10が封入されており,これを溶解させるための溶解液11が後側スペース5に封入されている。2室式プレフィルドシリンジ1の前端には,目的及び用途に応じて,例えば,図1に示すように両頭針15が隔壁を刺入した状態で固定され,これに保護キャップ16が被せられ,或いは,図2に示すように,シリンジ21の先端のオスルアー22にキャップ23が被せられている。
【0004】
2室式プレフィルドシリンジ内での乾燥薬剤10と溶解液11との混合及び注射は次のように行われる。すなわち,シリンジ先端側を上にして注射針が取り付けられた状態で,ピストンロッドにより後側可動壁3が押し込まれ,これにつれて前側可動壁2も押し込まれる。前側可動壁2の後縁からバイパス溝の後部が露出したときバイパス6を通る流路が前側スペース4と後側スペース5の間に形成され,これを通って後側スペース5内の溶解液11が前側スペース4内へと送られ始め,前側可動壁はその位置に止まる。後側可動壁3が前側可動壁2に当接することにより,後側スペース5中の溶解液11は全て前側スペース4内に移されそこで薬剤10と混合してこれを溶解させ,注射液を構成する。その後は,後側可動壁3と前側可動壁2とが一体で押されるため,通常の1室式のシリンジと同様に操作される。
【0005】
上記の後側可動壁3の押し込みは,後側可動壁3の背面にピストンロッドの先端を当接させこれを手動で前進させることにより行うことができる。このようにピストンロッドを手動で前進させることで後側可動壁3を押し込む機構を有する注射装置としては,装置に設けた摘みの回転をねじ機構により前進運動に変えてピストンを前進させるもの,装置の後端部を前方に押してピストンロッドを前進させるもの等,多く報告されている(特許文献1〜3)。また,ピストンロッドにより後側可動壁3を押し込み,2室式プレフィルドシリンジ内の乾燥薬剤と溶解液を混合させる機能のみを有する機具である混合装置も開発されている(特許文献4)。これらの注射装置及び混合装置において,ピストンロッドは手動により押し込まれるが,ピストンロッドがモータで駆動される電動式のものも開発されている(特許文献5〜7)。
【0006】
2室式プレフィルドシリンジ内の乾燥薬剤と溶解液の混合操作における問題に,液漏れがある。一つには,2室式プレフィルドシリンジを用いた患者等の自宅での薬剤混合操作において,後側可動壁を押し込む力が強過ぎ,そのため前後の可動壁2,3の連携が乱れ,シリンジの後方に溶解液の液漏れが起こる場合がある。このような後方への液漏れは,狭い流路を形成するバイパス溝を通じた溶解液の前方への送りが間に合わず,前側可動壁2と後側可動壁3との間に溶解液を残したまま前側可動壁2がバイパス溝よりも前方へ押し出されてしまうことにより起こる。すなわち,この状態でピストンロッドが更に押し込まれたとき,後側可動壁3及び前側可動壁2は,それらの間に溶解液を閉じ込めたまま前進し,後側可動壁3がバイパス溝の長さの範囲に入ったときに,溶解液がバイパス溝を逆流して後方へ漏れ出すものである。また,もう一つには,後側可動壁がやはり過度の力で押し込まれ,そのため可動壁が前方へ急速に移動し過ぎて,2室式プレフィルドシリンジの前端に取り付けられた両頭針から液漏れが起こる場合である。
【0007】
液漏れが生じると,薬剤が適正に混合できず,射出可能な液量も薬剤成分の濃度も共に,所定の規格から外れてしまうめ,その2室式プレフィルドシリンジはもはや注射に適さない。患者が小児の場合,特にこのようなトラブルが生じ易く,また適正に混合されない薬剤がそのまま使用された場合,患者に好ましくない影響をもたらすおそれがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平1−80371号公報
【特許文献2】特開平10−033676号公報
【特許文献3】特開2001−017545号公報
【特許文献4】特開2010−254357号公報
【特許文献5】特開2005−287676号公報
【特許文献6】特開2009−279438号公報
【特許文献7】特開2003−062045号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記背景の下で,本発明の目的は,2室式プレフィルドシリンジ内で薬剤を混合し薬液を調製する際の液漏れを防止することのできる,薬液調製装置及びこれを一体として含んだ注射装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,2室式プレフィルドシリンジ内での薬剤の混合に際して,シリンジ内の後側可動壁を押す力をその位置に応じた所定の最大値以下に調節することによりことにより,上述の何れのタイプの液漏れも防止できることを見出し,これに基づき,液漏れを起こす虞なしに薬剤成分の混合による薬液調製を自動的に行わせる本発明の装置を完成させた。すなわち,本発明は以下を提供する。
【0011】
(1)前端及び筒状の側壁からなる筒状部材と,該側壁内に液密にスライド可能にはめ込まれた前側可動壁及び後側可動壁とを有し,該筒状部材は,該前端と該前側可動壁との間において該側壁の内面に該前側可動壁の厚みを跨ぐ前後長のバイパス溝と,該前端に両頭針が刺入できる隔壁とを備えたものである2室式プレフィルドシリンジの,該前端と該前側可動壁との間に規定される前側スペース内に第1の薬剤成分を収容し,該前側可動壁と該後側可動壁との間に規定される後側スペース内に液状の第2の薬剤成分を収容したものを保持し,且つ該隔壁に両頭針を刺入して,該2室式プレフィルドシリンジ内において第1の薬剤成分及び第2の薬剤成分を混合して薬液を調製するための薬液調製装置であって,
該2室式プレフィルドシリンジを保持するための保持部と,該保持部に保持された状態の該2室式プレフィルドシリンジの該後側可動壁を前方へ押し込むためのピストンロッドと,該ピストンロッドを介して該後側可動壁にその位置に応じて予め設定された大きさの押圧力を加えるように電気的に制御された駆動部とを有するものである,薬液調製装置。
(2)該後側可動壁の押し込み開始から該前側可動壁の後縁が該バイパス溝の後部に達し該バイパス溝を通じて該前側スペースと該後側スペースが連通するまでの第1ステップにおける該後側可動壁に対する押圧力の最大値をF1とし,該前側スペースと該後側スペースが連通してから該後側スペースに収容された薬剤成分が該バイパスを通じて該前側スペースに移動し該後側可動壁が該前側可動壁に接するまでの第2ステップにおける該押圧力の最大値をF2とし,両可動壁が接してから一体として前進して該前側スペースの空気を押し出し前側スペース内に調製された薬液が該両頭針の先端に達するまでの第3ステップにおける押圧力の最大値をF3としたとき,F2及びF3が,それぞれF1に較べて小さいものである,上記1の薬液調製装置。
(3)第3ステップの完了後に,患者に投与するために所望量の薬液を該両頭針から押し出す第4ステップを行う機能を更に備えており,第4ステップにおける該押圧力の最大値をF4としたとき,F2及びF3が,それぞれF4に較べて小さいものである,上記2の薬液調製装置。
(4)該駆動部が,該ピストンロッドに加えられる押圧力を生み出すモータを含んでなり,該押圧力の大きさが,該モータのトルクを制御することにより調節されるものである,上記1ないし3の何れかの薬液調製装置。
(5)該トルクが,該モータに与えられる電圧及び/又は電流を調節することにより制御されるものである,上記4の薬液調製装置。
(6)該モータに加えられる電圧及び/又は電流を調節するプログラムを記録した記録媒体を含む制御部を更に含んでなるものである,上記5の薬液調製装置。
(7)該2室式プレフィルドシリンジの内径が8〜12mmであり,F1が11.6N以下,F2が5.5N以下,F3が5.6N以下である,上記1ないし6の何れかの薬液調製装置。
(8)F4が14.4N以下である,上記7の薬液調製装置。
(9)第2ステップの完了後第3ステップの開始前に,駆動部の動作を再開可能に停止させるようプログラムされているものである,上記1ないし8の何れかの薬液調製装置。
(10)上記1ないし9の何れかの薬液調製装置を一体として含んでなる,注射装置。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば,2室式プレフィルドシリンジに収容された薬剤の混合による薬液の調製に際して,シリンジからの液漏れの懸念が解消される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】2室式プレフィルドシリンジの一例の側面図
【図2】2室式プレフィルドシリンジの別の一例の側面図
【図3】ピストンロッドを介して後側可動壁に加えられる押圧力と2室式プレフィルドシリンジ内における両可動壁の位置の対応図。(a)第1ステップの開始時における両可動壁の位置,(b)第2ステップにおける両可動壁の位置の一例,(c)第3ステップの開始時における両可動壁の位置,(d)第4ステップにおける両可動壁の位置一例。
【図4】薬液調製装置を一体として含んだ注射装置の一例の模式図
【図5】両頭針を取り付けた2室式プレフィルドシリンジが装填されたホルダーの一例の側方断面図
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明において,薬液調製装置というときは,2室式プレフィルドシリンジを保持するための保持部と,2室式プレフィルドシリンジの後側可動壁を前方へ押し込むためのピストンロッドと,該後側可動壁にその位置に応じて予め設定された大きさの押圧力を,該ピストンロッドを介して加えるように電気的に制御された駆動部とを有しており,該駆動部により該ピストンロッドを前方に押し込むことによって,2室式プレフィルドシリンジの後側可動壁を押し込み,後側スペースと前側スペース内のそれぞれに収容された薬剤成分を混合して薬液を調製することのできる装置をいう。また,そのような薬液調製装置を一体として含んでなる注射装置も,薬液調製装置の一形態として,本発明の薬液調製装置に含まれる。
【0015】
本明細書において,押圧力の大きさは,ニュートン(N)単位で表示する。
【0016】
本発明においては,2室式プレフィルドシリンジの後側可動壁に対する押圧力の大きさをシリンジ内の後側可動壁の位置に応じて所定の範囲に制御することが重要であり,それが達成できる限り,装置の具体的な構造や機構には,特段の限定はない。例えば,特開2003−062045号公報(特許文献7)に開示の装置について記載された機構や,それと同等な機構を用いてもよい。本発明において,駆動部はモータを含む。2室式シリンジの後側可動壁に加える押圧力は,モータのトルクをピストンロッドに加わる前進方向の力に変換することにより得られる。モータのトルクをピストンロッドの前進方向の力に変換する機構に特段の限定はないが,例えばギア機構を用いるのが簡単であり,当業者に周知の種々のギアから適宜選んで(例えばウォームギアを含む複数のギアの組み合わせ等)構成すればよい。
【0017】
ピストンロッドに加わる前進方向の力の大きさ(従って,後側可動壁に加わる押圧力の大きさ)の調節は,モータを駆動する電圧,電流等を調節して,モータの回転軸に生みだされるトルクを制御することにより行えばよい。モータのトルクの大きさとピストンロッドに加わる前進方向の力の大きさとの量的関係は,用いる具体的なギア機構及びモータの各特性値から周知の手順で簡単に算出できるから,目的とする押圧力の大きさに対応するトルクの大きさを求め,そのようなトルクを生みだすように,電圧,電流等を調節すればよい。
【0018】
モータには,その動作を制御するためにマイコン,記録媒体等のプログラムの書き込み及び格納が可能な装置を含んだ制御部が接続され,この制御部には,モータのON/OFF,トルクの大きさ,及び後側可動壁の位置に応じたトルクの大きさの切り替え等を制御するためのプログラムが格納される。プログラムは,開始位置からのピストンロッドの移動距離(これはそのまま,後側可動壁の位置に対応する)に応じて,ピストンロッドに加えられる前進方向の力が適切に調節されることになるよう,モータに加えられる電圧,電流を制御する。
【0019】
本発明の薬液調製装置において,ピストンロッドの移動距離に応じたモータのトルクの制御は,前側可動壁の後縁が該バイパス溝の後部に達し該バイパス溝を通じて前側スペースと後側スペースが連通するまで〔第1ステップ,図3(a)〕の押圧力の最大値をF1とし,後側スペースに収容した薬剤成分が該バイパス溝を通って前側スペースに流入し,該後側可動壁が該前側可動壁に接するまで〔第2ステップ,図3(b)〕の押圧力の最大値をF2とし,該後側可動壁が該前側可動壁と接し一体となって移動して該前側スペースの空気を押し出し(エア抜き),薬液が該両頭針の先端に達するまで〔第3ステップ,図3(c)〕の押圧力の最大値をF3としたとき,F2及びF3はF1に較べて小さく設定される。
【0020】
本発明の薬液調製装置は,特開2003−062045号公報(特許文献7)に開示されたように2室式シリンジ内の薬剤を専ら混合するだけの機能のものとして構成する他,これに更に針先から患者内に薬液を注射する機能を付加して,それにより,薬液調製装置を一体として含み更に針先から患者内に薬液を注射する機能を併せ持つ注射装置として構成することもできる。薬液調製装置を一体として組み込んだ注射装置の場合は,装置内で薬液を調製しそのまま装置を用いて薬液の注射ができるため,薬剤投与の際の利便性を向上させることができ,また装置から2室式プレフィルドシリンジを取り外さないため,誤使用のリスクも低減させることができる。そのような注射装置において,患者への注射のステップを行うための具体的な構造及び機構には,本発明の目的が達成できる限り特に限定はない。例えば,ピストンロッドに加えられる前進方向の力を電気的に制御するために,特開2005−287676号公報(特許文献5)や特開2009−279438号公報(特許文献6)に開示された薬液押し出しの機構と同様の機構を用いてもよい。簡便には,上記の第1〜第3ステップを行う機構をそのまま第4ステップにも用い,これに際して後側可動壁に加える押圧力を患者への注射の実施に適した押圧力になるようモータのトルクを制御するプログラム部分を追加しておけばよい。患者への注射を行うステップ,すなわち第1〜第3のステップで調製とエア抜きが完了した薬液を両頭針から押し出すステップ〔第4ステップ,図3(d)〕において,後側可動壁に加える押圧力の大きさの最大値をF4とすると,F4は,F2及びF3より大きい値に設定される。
【0021】
各ステップにおける押圧力の大きさ等のパラメータは,装置の制御部に製造時に設定しておき,ユーザーには変更不能にしていてもよく,またユーザーが後から修正,変更ができるようにし,そのための入力部を装置に設けておいてもよい。入力部は,注射装置の本体に表示窓及び入力ボタン等の形で直接設けてもよく,またリモコン式等のように本体とは別体の装置上に設けてもよい。また,装置には,制御部への電源のON/OFFスイッチや,制御部にモータを起動/停止させるON/OFFスイッチを設けておくことができる。装置の電源は,装置に内蔵の二次電池(蓄電池),装置に取り外し可能にセットされる乾電池,ACアダプター等を通じて外部から供給される電源の何れでもよく,これらの組み合わせでもよい。
【0022】
第2ステップにおいて,ピストンロッドを介して後側可動壁に加えられる押圧力が大き過ぎると,狭いバイパス溝を通じた溶解液の前方への送りが間に合わず,前側可動壁と後側可動壁との間に溶解液を残したまま前側可動壁がバイパス溝よりも前方へ押し出されて両可動壁が間に溶解液を閉じ込めたまま前進し,後側可動壁がバイパスの長さの範囲に入ったときに,溶解液がバイパスを逆流して後方へ漏れ出してしまうが,本発明によればF2の大きさが適正限度内に制御されるため,そのような問題は生じない。また,第3ステップにおいて,後側可動壁に加えられる押圧力が大き過ぎると,2室式プレフィルドシリンジの先端に取り付けた両頭針から溶解液が漏れ出すおそれがあるが,本発明によればF3の大きさが適正限度内に制御されるため,そのような問題は生じない。
【0023】
本発明において,2室式プレフィルドシリンジの後側スペースに収容された薬剤成分は,後側可動壁が前側可動壁に接した時点(第2ステップの完了時点)で,前側スペースに移動し終わることになる。この時点においてはまだ,両スペース内に収容されていた2種の薬剤成分が十分には混和していないことがある。その場合には,エア抜きのための第3ステップに移る前に2つの薬剤成分を十分に混和させる必要があり,その間一旦後側可動壁の前進を停止させることが好ましい。後側可動壁の前進を停止させるには,これに加えられている押圧力をゼロNとすればよい。また,薬剤成分の完全な混和には,装置ごと2室式プレフィルドシリンジを軽く振盪すればよいが,それ以外に,2室式プレフィルドシリンジを保持している装置の保持部を,装置に仕込まれた振盪手段によって振盪するようにしてもよい。そのような振盪手段の構造や機構としては,薬剤成分の完全な混和を達成できるものである限り特段の限定はない。例えば,モータの回転運動を装置の保持部の往復運動又は回転運動,揺動運動等,又はこれらの2種以上の組み合わせ運動に変換できる機構を,周知の様々な機構から選択して制御部による制御下に組み込むことができる。
【0024】
本発明の薬液調製装置を一体として含んだ注射装置の構成を図4に模式的に示す。なお,2室式プレフィルドシリンジ内の両可動壁の位置関係は,後側可動壁の位置で決まり,後側可動壁の位置はピストンロッドの押し込みの距離により決まり,この距離は,モータの回転量により決まるから,装置に保持された2室式プレフィルドシリンジ内における可動壁の位置は,後側可動壁の押し込み開始からのモータの回転量に1対1に対応づけられる。従って,装置において用いられる2室式プレフィルドシリンジの寸法規格に基づき,モータの回転量を計測するカウンターを装置に設け,それにより計測された回転量に対応づけて可動壁の位置を判断し,それに応じて必要なトルクの切り替えが行われるように,制御部をプログラミングしておけばよい。
【0025】
本発明において,2室式プレフィルドシリンジの前側及び後側の2つのスペースに収容される薬剤成分に特に限定は無い。通常,後側スペースに溶解液,前側スペースに凍結乾燥した薬剤成分が収容される。特に,成長ホルモン等の蛋白質製剤は,一般に溶液状態では不安定であるため,このような形態が採られる場合が多い。但し,両スペースにそれぞれ種類の異なる液状の薬剤成分を収容することもできる。
【0026】
2室式プレフィルドシリンジの筒状の側壁の材質に特に限定はなく,ガラス又はプラスティックを用いることができる。また両可動壁の材質に特に限定はないが,ブチルゴム(塩素化ブチルゴムや臭素化ブチルゴムを含む)やイソプレンゴムなどの合成ゴム,SEBS等のスチレン系熱可塑性エラストマー,ポリイソブチレンやポリブタジエンを主成分とする熱可塑性エラストマー等が好適に用いられる。
【0027】
ガラス又はプラスティック製の2室式シリンジに合成ゴム製の可動壁を備えた2室式シリンジにおいて,可動壁の直径(すなわちバイパス溝を除いた筒状部材の内径)が8mm〜12mmの場合,ピストンロッドを介して後側可動壁に加えられる押圧力の大きさは,好ましくは,F1が12.0N以下,F2は6.0N以下,F3は6.0N以下,そしてF4が15.0N以下に設定され,より好ましくは,F1が11.6N以下,F2が5.5N以下,F3が5.6N以下,そしてF4が14.4以下に設定される。また,F1〜F4は,それぞれ後側可動壁(及び一体化後は前側可動壁も)を前進させることができる大きさである限り装置は機能するという点では,これらの押圧力の大きさに明確な下限はなはいが,余り小さいと装置の動作が遅くなり不便である。従って,通常は,F1を4.0N以上,F2を2.0N以上,F3を0.8N以上,そしてF4を6.0N以上に設定することが好ましく,F1を4.4N以上,F2を2.5N以上,F3を1.0N以上,そしてF4を6.6N以上に設定することがより好ましい。
【0028】
本発明において,薬液調製装置又は該薬液調製装置を一体として含む注射装置に保持される2室式プレフィルドシリンジは,外部から偶発的に衝撃が加わった場合の破損防止のためのホルダーに装填された形態のものであってもよい。ホルダーには,それが薬剤成分の適切な混合を妨げないものである限り,形状及び構造に特段の限定はなく,例えば,概略円筒状であってよい。そのような,ホルダーに装填された形態の2室式プレフィルドシリンジの一例は既に市販されており(グロウジェクトBC注射用8mg,日本ケミカルリサーチ株式会社),本発明においてそのままの形態で装置に保持されることができる(図5)。該ホルダー(図5に輪郭線で示す)は,内周面に,2室式プレフィルドシリンジの外周面にある突条(バイパス溝の位置にある)を通す縦溝が形成されており,該突条と該縦溝との係合により,シリンジを回転不能に固定している。また該ホルダーの先端部の形状は,2室式プレフィルドシリンジが前方に脱落不能に固定されるように形成されている。
【0029】
本発明において,2室式プレフィルドシリンジの後側可動壁を押し込むピストンロッドは,予め2室式プレフィルドシリンジ(ホルダーに装填された状態のものも含む)に取り付けておくこともできる。この場合,ピストンロッドは,後側可動壁の背面に単に接するように取り付けられてもよく,後側可動壁の背面に雌ねじを有する凹部を設けておくと共に,ピストンロッドの前端部分に雄ネジを設けておき,両者を螺合させることで取り付けることもできる。このように予め2室プレフィルドシリンジに取り付けられたピストンロッドは,本発明の装置に2室式プレフィルドシリンジが取り付けられたとき,装置のピストンロッドの全て又は一部を構成することとなる。
【実施例】
【0030】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0031】
〔ピストンロッドに与えられる前進方向の力の検討〕
2室式プレフィルドシリンジとして,筒状部材が内径9.8mmの硬質ホウケイ酸ガラス製,両可動壁が塩素化ブチルゴム製であり,表1に記載した組成からなる薬剤を前側スペースと後側スペースに収容したものを用いて,薬液の調製操作時に液漏れを起こさない範囲でピストンロッドに加えられる前進方向の力の大きさの検討を,以下の方法で行った。この2室式プレフィルドシリンジは,グロウジェクトBC注射用8mg(日本ケミカルリサーチ株式会社)で使用されているものである。
【0032】
この2室式プレフィルドシリンジを,前端側を上にしてほぼ垂直方向に保持し,前端に設けられた隔壁に両頭針(31G,ベクトン・ディッキンソン社製)を刺入した状態で,島津EZ TEST(島津製作所製)に保持し,ピストンロッドを介して後側可動壁に加えられる押圧力を計測しつつ後側可動壁を前方へと押し込む操作を行い,液漏れを起こすことなく薬剤を混合できる押圧力の大きさを調べた。その結果,少なくとも,押圧力が表2に掲げた大きさを超えない場合,薬剤混合時の液漏れを起こすことなく後側可動壁を前方に押し込むことができた。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によれば,2室プレフィルドシリンジに収容した薬剤成分を液漏れを起こすことなしに適正に混合することを保証する装置及びこれを含んだ注射装置が提供できる。
【符号の説明】
【0036】
1 2室式プレフィルドシリンジ
2 前側可動壁
3 後側可動壁
4 前側スペース
5 後側スペース
6 バイパス溝
10 乾燥薬剤
11 溶解液
15 両頭針
16 保護キャップ
18 両頭針
19 保持部
20 ピストンロッド
21 駆動部
22 制御部
23 入力部
31 ホルダー
34 突起


【特許請求の範囲】
【請求項1】
前端及び筒状の側壁からなる筒状部材と,該側壁内に液密にスライド可能にはめ込まれた前側可動壁及び後側可動壁とを有し,該筒状部材は,該前端と該前側可動壁との間において該側壁の内面に該前側可動壁の厚みを跨ぐ前後長のバイパス溝と,該前端に両頭針が刺入できる隔壁とを備えたものである2室式プレフィルドシリンジの,該前端と該前側可動壁との間に規定される前側スペース内に第1の薬剤成分を収容し,該前側可動壁と該後側可動壁との間に規定される後側スペース内に液状の第2の薬剤成分を収容したものを保持し,且つ該隔壁に両頭針を刺入して,該2室式プレフィルドシリンジ内において第1の薬剤成分及び第2の薬剤成分を混合して薬液を調製するための薬液調製装置であって,
該2室式プレフィルドシリンジを保持するための保持部と,該保持部に保持された状態の該2室式プレフィルドシリンジの該後側可動壁を前方へ押し込むためのピストンロッドと,該ピストンロッドを介して該後側可動壁にその位置に応じて予め設定された大きさの押圧力を加えるように電気的に制御された駆動部とを有するものである,薬液調製装置。
【請求項2】
該後側可動壁の押し込み開始から該前側可動壁の後縁が該バイパス溝の後部に達し該バイパス溝を通じて該前側スペースと該後側スペースが連通するまでの第1ステップにおける該後側可動壁に対する押圧力の最大値をF1とし,該前側スペースと該後側スペースが連通してから該後側スペースに収容された薬剤成分が該バイパスを通じて該前側スペースに移動し該後側可動壁が該前側可動壁に接するまでの第2ステップにおける該押圧力の最大値をF2とし,両可動壁が接してから一体として前進して該前側スペースの空気を押し出し前側スペース内に調製された薬液が該両頭針の先端に達するまでの第3ステップにおける押圧力の最大値をF3としたとき,F2及びF3が,それぞれF1に較べて小さいものである,請求項1の薬液調製装置。
【請求項3】
第3ステップの完了後に,患者に投与するために所望量の薬液を該両頭針から押し出す第4ステップを行う機能を更に備えており,第4ステップにおける該押圧力の最大値をF4としたとき,F2及びF3が,それぞれF4に較べて小さいものである,請求項2の薬液調製装置。
【請求項4】
該駆動部が,該ピストンロッドに加えられる押圧力を生み出すモータを含んでなり,該押圧力の大きさが,該モータのトルクを制御することにより調節されるものである,請求項1ないし3の何れかの薬液調製装置。
【請求項5】
該トルクが,該モータに与えられる電圧及び/又は電流を調節することにより制御されるものである,請求項4の薬液調製装置。
【請求項6】
該モータに加えられる電圧及び/又は電流を調節するプログラムを記録した記録媒体を含む制御部を更に含んでなるものである,請求項5の薬液調製装置。
【請求項7】
該2室式プレフィルドシリンジの内径が8〜12mmであり,F1が11.6N以下,F2が5.5N以下,F3が5.6N以下である,請求項1ないし6の何れかの薬液調製装置。
【請求項8】
F4が14.4N以下である,請求項7の薬液調製装置。
【請求項9】
第2ステップの完了後第3ステップの開始前に,駆動部の動作を再開可能に停止させるようプログラムされているものである,請求項1ないし8の何れかの薬液調製装置。
【請求項10】
請求項1ないし9の何れかの薬液調製装置を一体として含んでなる,注射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−75154(P2013−75154A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−198073(P2012−198073)
【出願日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【出願人】(000228545)日本ケミカルリサーチ株式会社 (27)
【Fターム(参考)】