説明

2,3,7,8−四塩素化ジベンゾ−p−ジオキシンの分解方法

【課題】2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを従来よりも高いレベルで分解できる方法を提供する。
【解決手段】微生物Janibacter terrae YY-1を用いることを特徴とする、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを分解する方法。微生物Janibacter terrae YY-1は休止菌体であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイオキシン類分解能を有する微生物を用いた2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンの分解方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイオキシン類とは一般に、ポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン (PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)、およびコプラナーPCB(Co-PCB)の3種類の化合物の総称である。これらの3種類はいずれも類似の骨格をもち、この骨格に塩素が結合し、その置換位置と置換個数によってPCDDには75種、PCDFには135種、Co-PCBには12種の異性体がダイオキシン類として存在する。このうちPCDDには、下記構造式で表される、非常に毒性が高いことで知られる2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン(2,3,7,8-T4CDD)が含まれる。
【0003】
【化1】

【0004】
ダイオキシン類には、発癌性、体重減少、胸腺萎縮、皮膚障害、肝障害、催奇形性などの強い毒性を持つ化合物もあり、生体内で正常に営まれているホルモン作用に重大な影響を与える内分泌撹乱化学物質(いわゆる環境ホルモン)にも位置付けられている。このダイオキシン類は、廃棄物の焼却処理などにより発生し、その化学的安定性により生体内で分解され難いことから、多くの生物の体内に吸収され、食物連鎖により最終的には生体内に蓄積されることが懸念されている。このように近年では、ダイオキシン類による環境汚染が重大な社会問題となってる。なお、ダイオキシン類による汚染箇所としては、たとえば、焼却場などの施設、農薬を散布した田畑、汚染源から雨水などで流出した周辺の土地、河川などが挙げられる。
【0005】
ダイオキシン類を分解除去する技術としては、従来、燃焼炉分解法(たとえば、完全燃焼法(溶融固化処理法)、熱分解法(加熱脱塩素化処理法)、ペレット化焼成法)や、光分解法(たとえば、光触媒、UV法)、化学分解法(たとえば、超臨界水酸化法)などが報告されている(たとえば、日科技連刊 土壌汚染対策技術(ISBN4-8171-9063-9)(非特許文献1)を参照)。しかし、微量で広範囲にわたって汚染しているダイオキシン類の処理にはこれらの方法を適用するのは難しく、また大規模な処理施設を必要とするため、コストが高いという問題がある。
【0006】
近年、環境中に放出された汚染物質を除去する手段の一つとしてバイオレメディエーションが注目されている(たとえば、上記非特許文献1を参照)。バイオレメディエーションとは、微生物機能により環境汚染物質を最終的に炭酸ガス、水、無機塩などの無害物質にまで変換させて、汚染された環境を修復する技術である。バイオレメディエーションは、他のダイオキシン分解方法と比較し、生物を用いるため反応が常温、常圧で進みコストが安いこと、薬品を使用しないため二次汚染が少ないことなどの利点が挙げられる。バイオメディエーションには、汚染土壌にエネルギー源としての有機物、窒素、リン、酸素等を導入することで現場に生息している微生物を増殖させ、浄化活性を高めるバイオスティミュレーション(Biostimulation)と、汚染現場に微生物を導入して浄化するバイオオーギュメンテーション(Bioaugmentation)の2通りがある。
【0007】
しかしながら、現在報告されているバイオレメディエーションによるダイオキシン類の分解能は室内試験レベルであり、十分であるとはいい難い。ダイオキシン類の中でも非常に毒性が高いことで知られる2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンは、特に、微生物を用いた分解は困難とされている。このため、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンについて、微生物を用いて従来よりも高いレベルで分解できる方法の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日科技連刊 土壌汚染対策技術(ISBN4-8171-9063-9)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的とするところは、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを従来よりも高いレベルで分解できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを分解する方法であって、微生物Janibacter terrae YY-1を用いることを特徴とする。ここにおいて、微生物Janibacter terrae YY-1は休止菌体であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来、微生物を用いた分解は困難とされてきた2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを非常に高いレベルで分解できる方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実験例1の結果を示すグラフであり、縦軸は培養瓶中の2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン量(pg/瓶)、横軸は培養日数(日)である。
【図2】実験例2の結果を示すグラフであり、縦軸はジクロロカテコール(DCC)の量(ng/瓶)、横軸は培養日数(日)である。
【図3】実験例3の5ml/瓶のスケールでの結果を示すグラフであり、縦軸は2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン(2,3,7,8-T4CDD)の回収分析値(pg/瓶)、横軸は振とう期間(日)である。
【図4】実験例3の40ml/瓶のスケールでの結果を示すグラフであり、縦軸は2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン(2,3,7,8-T4CDD)の回収分析値(pg/瓶)、横軸は振とう期間(日)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のダイオキシン類の分解方法は、下記構造式で表される2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン(2,3,7,8-T4CDD)をその分解対象とする。
【0014】
【化2】

【0015】
本発明によれば、たとえば水溶液中の2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを、下記構造式で表わされるジクロロカテコールに分解することができる。
【0016】
【化3】

【0017】
本発明の方法は、微生物Janibacter terrae YY-1を用いて2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを分解することをその特徴とするものである。この微生物は、Janibacter terraeに属する細菌株であり、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部特許微生物寄託センターに寄託されている(寄託日:2004年12月14日、受託番号:NITE P-51)。
【0018】
本発明の方法において、微生物Janibacter terrae YY-1は、休止菌体を用いることが好ましい。休止菌体を用いることで、増殖菌体を用いる場合と比較して、現場への定着性、増殖可能性によらず用いることができ、菌体を現場で継続的に増殖させるために栄養物質を投入する必要がないという利点がある。これは、休止菌体は大量の菌体を現場に投入するため、もともと現場に存在する微生物群集よりも菌体密度が高くなるとともに休止菌体は栄養枯渇状態にあるため、直ちに現場の汚染物質(ここでは2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン)を資化・分解できるという理由によるものと考えられる。
【0019】
本発明の方法によれば、後述する実験例で立証されるように、ダイオキシン類の中でも非常に毒性が高く、従来、微生物を用いた分解は困難とされてきた2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを、11〜33%という非常に高いレベルで分解することができる。なお、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンの分解は、環境省や厚生労働省、国土交通省などが定めたガイドラインや指針に基づく測定方法JIS K0312(1999)に準拠した分析方法により確認することができる。このような本発明の方法は、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンによる汚染水や汚染土壌の浄化に好適に適用できるものと考えられる。
【0020】
以下に実験例を挙げて、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実験例に限定されるものではない。
【0021】
<実験例1>
20%グリセロール溶液に懸濁したJanibacter terrae YY-1のフリーズストック(−80℃凍結保存)を解凍し、これをDMSO(Dimethyl Sulfoxide)に溶解したジベンゾフランを1mg/mLの濃度で添加したCFMM(Carbon free mineral medium)培地に接種し、25℃、200rpm旋回攪拌条件で前培養した。約48時間の培養により、増殖が定常に達した時点で遠心分離(4℃、5,000rpm、5分)によって集菌し、pH7.0のリン酸緩衝液で菌体洗浄(遠心分離によって上清を捨てる作業)を2回行った後、リン酸緩衝液に再懸濁させた。さらに660nmの吸光度が約20(OD660=20.0)になるようにリン酸緩衝液で菌体密度を調整し、これをあらかじめ滅菌処理した容量120mLのガラス製褐色試薬瓶(瓶および栓ともガラス製)に5mLずつ分注した。また、対照区(コントロール)には、菌体を加えずリン酸緩衝液のみを5mLずつ分注した。
【0022】
分解試験に供する2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンは、ダイオキシン類の定量分析における標準物質として使用される市販品(ウェリントン社製)を用いた。この標準物質はノナンに50ng/μLの濃度で溶解しているため、アセトンで500pg/μLになるように希釈した。マイクロシリンジを用いて、この希釈溶液をYY-1株休止菌体が分注された瓶に30μLずつ添加した(15,000pg/瓶、濃度3,000pg/mL)。添加後、ガラス栓を施し、パラフィルムで密封した。なお、サンプリングロスを無くすため培養瓶中の試料全量を分析に供することとし、全分析検体分の試料をあらかじめ作成し分析日ごとに全量分析に供した。培養は、25℃、200rpm旋回攪拌を行い、7日に1回の頻度で無菌的に気相交換を行った。
【0023】
培養開始前、7日後、21日経過後に、ジクロロメタンを用いて菌体を含む培養液との液液抽出を行うとともに、ガラス製の培養瓶および栓についてもジクロロメタンで共洗いを行い培養液の液液抽出に加えた。続いて硫酸処理およびシリカゲルカラムクロマトグラムによるクリーンアップを行い、活性炭分散シリカゲル処理を行った後、ガスクロマトグラフ中型高分解能質量分析計を用いて4〜6塩素のPCDDsおよび4〜6塩素のPCDFsの定量分析を行った。
【0024】
図1は、実験例1の結果を示すグラフであり、縦軸は培養瓶中の2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン量(pg/瓶)、横軸は培養日数(日)である。図1から分かるように、Janibacter terrae YY-1の休止菌体において、培養開始21日経過後に2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンの濃度が6割以上減少するという結果が得られた。この結果から、Janibacter terrae YY-1の休止菌体は2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを分解する可能性が示唆されたが、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンが菌体表面に吸着したり、細胞内に取り込まれて液液抽出では回収できていず、過大評価している可能性が考えられた。このため、以下の実験例2を行った。
【0025】
<実験例2>
Janibacter terrae YY-1の休止菌体(試験区)およびコントロール(対照区)を用い、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンの分解代謝物として想定されるジクロロカテコールの濃度を測定した。実験条件は、ジクロロカテコールの分析精度を確保するため培養液量を40mL、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン量は120,000pg/瓶(濃度:3,000pg/mL)とし、それ以外は実験例1と同様とした。
【0026】
培養0日目、7日目、21日目に、培養液をジクロロメタンで液液抽出した後、窒素気流下で200μLに濃縮した。さらに、メチルシリル誘導化処理を行った後、ガスクロマトグラフ質量分析計で定量分析を行った。
【0027】
図2は、実験例2の結果を示すグラフであり、縦軸はジクロロカテコール(DCC)の量(ng/瓶)、横軸は培養日数(日)である。培養7日目に、対照区でもジクロロカテコールを検出したものの、試験区では対照区より高いジクロロカテコールを検出した。このことから、試験区ではJanibacter terrae YY-1によって2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンが分解され、その代謝産物としてジクロロカテコールが形成されたと考えられる。また、図2に示す結果では、培養開始後7日目より21日目の方がジクロロカテコール量は減少しているが、これはJanibacter terrae YY-1によってジクロロカテコールがさらに分解されたものと考えられる。
【0028】
<実験例3>
ジベンゾフランを単一炭素源とした培地で培養したJanibacter terrae YY-1の休止菌体を懸濁したリン酸緩衝5mLおよび40mLに2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンの標準物質を15,000pg-TEQ/5mLおよび120,000pg-TEQ/40mL(ともに3,000pg/mL)となるように添加し、21日間の振盪培養を行った。
【0029】
実験例1において、公定前処理方法の一つである液液抽出だけでは菌体に吸着した2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを回収できていない可能性が考えられた。そこで、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン分析の前処理として、孔径0.22μmのメンブレンフィルターを用いて菌体を含む粒子画分とろ液画分に分画した。粒子画分は菌体を捕捉したフィルターごと固相抽出(ソックスレー抽出)に、ろ液は液液抽出に供することとした。各々、別々に前処理を施した後、1本にまとめて、ガスクロマトグラフ中型高分解能質量分析計へ供した。
【0030】
図3は、実験例3の5mL/瓶のスケールでの結果を示すグラフ、また、図4は実験例3の40mL/瓶のスケールでの結果を示すグラフであり、縦軸は2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンの回収分析値(pg/瓶)、横軸は振盪期間(日)である。また、数値データを表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
図3、図4および表1に示す結果から、Janibacter terrae YY-1の休止菌体による2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンの分解率は11〜33%であり、菌体の個体差はあるものの、休止菌体の分解活性は確認できた。
【0033】
また、菌体が存在しないコントロールでは分解が認められず、21日目でも添加時の2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシン量が100%維持されており、正確な分析と実験が行われていることが確認された。
【0034】
今回開示された実施の形態および実験例は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物Janibacter terrae YY-1を用いることを特徴とする、2,3,7,8-四塩素化ジベンゾ-p-ジオキシンを分解する方法。
【請求項2】
微生物Janibacter terrae YY-1が休止菌体である、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−87471(P2011−87471A)
【公開日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−241395(P2009−241395)
【出願日】平成21年10月20日(2009.10.20)
【出願人】(000156938)関西電力株式会社 (1,442)
【出願人】(509290186)
【出願人】(509290197)
【出願人】(509290843)
【Fターム(参考)】