説明

3次元培養細胞により作成した皮膚同等物およびそれを用いる紫外線の影響の評価方法

【課題】正確に紫外線照射による影響を評価できる、生体皮膚に近似した3次元培養皮膚モデルを開発すること。
【解決手段】以下の(1)〜(3)に記載の構造を含む、人為的に作製された真皮(真皮同等物)層を有する3次元培養皮膚モデル。(1)コラーゲンおよび繊維芽細胞を混合したものを培養することにより得られる、真皮同等物の層。(2)表皮角化細胞の層。(3)(1)の真皮同等物の層と、(2)の表皮角化細胞の層との間に、生着したメラノサイト。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外線照射に対してメラニン色素産生が亢進する新規な3次元培養皮膚モデル、およびこの3次元培養皮膚モデルを用いた紫外線照射の影響の評価方法、および紫外線照射に対する薬剤効果を調べる薬剤評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、動物愛護の観点から動物実験を行わずに医薬品や化粧品原料の安全性評価等の試験を行う、いわゆる動物実験代替法が盛んに研究されている。その中のひとつとして、皮膚に関する毒性や皮膚科学研究を行うための3次元培養皮膚モデルが種々開発されている。このうち、美白剤研究に用いるため、皮膚モデルの構成細胞としてメラノサイトを含む3次元皮膚モデルも開発されている。
【0003】
しかしながら、生体皮膚から分離作成した真皮層(DED;De−epidermis Dermal)の上に表皮角化細胞を重層化して作製した3次元培養皮膚モデルでは、紫外線に反応してメラニン産生が亢進するものは報告されているが(非特許文献1)、人為的に作製した真皮層を基に作られた3次元培養皮膚モデルで、且つ、紫外線照射に充分反応するモデルはこれまでに報告が無かった。
【0004】
この大きな原因は、メラノサイトが真皮層と表皮層の境界、すなわち表皮基底層に容易には生着しないためである。即ち、コラーゲンと線維芽細胞を用いて人為的に作製した真皮(本明細書では「真皮同等物」とも表現する。)層の場合、この真皮層上にメラノサイトを播種し、更に表皮角化細胞を播種して表皮層を形成させると、メラノサイトは基底層に生着することなく表皮の重層化に伴い表皮上層に押し上げられてしまい、その機能を失ってしまう。
【0005】
現在、商業的に作製されているメラノサイトを含む3次元皮膚モデルは、何れも真皮層は有さず、透過性膜上にメラノサイトを播種し、その上に表皮角化細胞を重層化させて表皮層を作製し培養皮膚モデルとしている。この場合、メラノサイトは透過性膜を足場としてここに生着しているためメラノサイトの機能をある程度発揮し、メラニン色素を作り出すことが可能である。しかし、これは生体の皮膚構造を再現したものとは言えず、このため、こうした皮膚モデルは特に紫外線照射に対しての反応性は再現性があまり良くないという問題があった。
【0006】
このような背景から、正確に紫外線照射による影響を評価できる、生体皮膚に近似した3次元培養皮膚モデルの開発が真に望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Experimental Dermatology, 2003 vol.12, 64−70
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、コラーゲンおよび繊維芽細胞を含む真皮同等物の層を有する3次元培養皮膚モデルであって、更に構成細胞としてメラノサイトおよび表皮角化細胞を含み、照射された紫外線に反応してメラノサイトにおけるメラニン色素産生能が亢進することを特徴とする3次元培養皮膚モデルを提供すること、およびこのモデルを使って紫外線照射の影響や紫外線照射に対する薬剤の影響を調べる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記のような目的を達成するために、本発明者らは鋭意研究を行った結果、線維芽細胞およびコラーゲンを含む真皮同等物の層を作製後、メラノサイトをコラーゲンと共に播種し、充分な時間をかけて真皮層に接着させた後に、表皮角化細胞を播種、培養して3次元培養皮膚モデルを作製することで、メラノサイトが表皮基底層に生着した培養皮膚モデルを安定的に作製できることを見出した。こうして作製した3次元皮膚モデルは、紫外線に対し良好な反応性を有している。即ち、人為的に作製された真皮層を有する3次元培養皮膚モデルの基底層にメラノサイトを生着させることに成功し、紫外線に対してメラノサイトが良好に反応してメラニンを産生することが可能な3次元培養皮膚モデルを完成させるに至った。
【0010】
すなわち本願発明の概要は以下の通りである。
[1]以下の(1)〜(3)に記載の構造を含む、人為的に作製された真皮(真皮同等物)層を有する3次元培養皮膚モデル。(1)コラーゲンおよび繊維芽細胞を混合したものを培養することにより得られる、真皮同等物の層。(2)表皮角化細胞の層。(3)(1)の真皮同等物の層と、(2)の表皮角化細胞の層との間に、生着したメラノサイト。
[2][1]に記載の皮膚モデルを使用して、紫外線照射の皮膚に対する影響を調べる方法。
[3][1]に記載の皮膚モデルを使用して、紫外線照射の皮膚に対する影響に対する薬剤の影響を調べる方法。
[4][1]に記載の培養皮膚モデルの製造方法であって、以下の(1)〜(3)に記載の工程を順次行う工程を含むことを特徴とする製造方法。(1)コラーゲンおよび繊維芽細胞を混合したものを培養して、真皮同等物の層を作製する。(2)(1)で作製した真皮同等物の層上に、メラノサイトをコラーゲンと共に播種し、充分な時間をかけて真皮層に接着させる。(3)(2)で作製したメラノサイトが接着した真皮同等物の層のメラノサイトが結合した側の層上に、表皮角化細胞を播種し三次元培養する。
【発明の効果】
【0011】
上述のように本発明によって、真皮層(真皮同等物層)を有する3次元培養皮膚モデルを使用した紫外線照射の影響を調べる実験が可能となった。さらに、本発明は、この3次元培養皮膚モデルを使用して、紫外線照射に対する薬剤効果を調べる薬剤評価方法を提供することが可能となった。
【0012】
人為的に作製した真皮層を基に作られた3次元培養皮膚モデルで紫外線照射に充分反応するモデルはこれまでに報告が無く、本発明は紫外線照射にシミや皮膚の老化などのメカニズム解明やこうした症状を改善する薬剤の開発に有用な動物代替モデルとなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明を用いた実施例1における、紫外線照射4日後の皮膚組織内メラニン量の比較を示すグラフである。
【図2】本発明を用いた実施例2における、皮膚組織切片のフォンタナマッソン染色およびヘマトキシリン・エオジン染色像である。フォンタナマッソン染色像において黒く染まった部分がメラノサイトを示す。表皮形成過程およびその後も基底層にメラノサイトが生着していることが確認できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明の具体的な実施の形態を説明する。
本発明の3次元培養皮膚モデルは、以下の(1)〜(3)に記載の構造を含む、人為的に作製された真皮(真皮同等物)層を有する3次元培養皮膚モデルである。
(1)コラーゲンおよび繊維芽細胞を混合したものを培養することにより得られる、真皮同等物の層。
(2)表皮角化細胞の層。
(3)(1)の真皮同等物の層と、(2)の表皮角化細胞の層との間に、生着したメラノサイト。
【0015】
本発明の3次元培養皮膚モデルは、例えば以下の方法により作製することが出来る。
まず線維芽細胞およびコラーゲンを含む真皮同等物をトランスウェルなどの支持膜体のある培養基の中に作製する。線維芽細胞は市販されている凍結ヒト線維芽細胞をフラスコで拡大培養し回収したものが好適に用いることができる。コラーゲンは、市販のウシ由来タイプIコラーゲン(高研、Code:I−PC)などが好適に用いることが出来るがこの限りではない。
【0016】
コラーゲンと線維芽細胞を混合したものを一定期間培養すると、コラーゲンが収縮し、真皮同等物が形成される。しかる後に、真皮層の上にメラノサイトを播種する。メラノサイトは、市販の凍結ヒトメラノサイトをフラスコで拡大培養し回収したものが好適に用いることができる。
【0017】
このとき、メラノサイトを真皮同等物上に効率よく接着させるために、メラノサイトの懸濁液にコラーゲンを加え、メラノサイトを播種した後、充分な時間をかけて培養する。 この工程の培養時間はメラノサイトが接着されるに充分な時間であれば特に限定されないが、8時間以上が好ましく、さらには24時間以上が好ましい。ただし培養時間が長すぎるとこの時点でメラノサイトの色素産生が亢進してしまうため、120時間を越えることは好ましくなく、可能であれば72時間以下が好ましい。メラノサイトが接着したことを確認する方法は、特に限定されないが、例えば、作製した組織切片をフォンタナマッソン染色することによりメラノサイトが黒く染まることで確認できる。
メラノサイトを接着させた後、表皮角化細胞を播種し、更に培養する。表皮角化細胞は、市販の凍結ヒト表皮角化細胞をフラスコで拡大培養し回収したものを好適に用いることができる。ここから更に一定期間培養した後、上面を空気に暴露した状態にし、更に培養を行い表皮重層化および角質形成をさせ本発明の3次元培養皮膚モデルを完成させる。
【0018】
更に、本発明では、上記の3次元培養皮膚モデルを用いて紫外線照射の皮膚に対する影響を調べることが出来る。
また、これを応用して紫外線照射に対する薬剤の効果、すなわち、紫外線照射の皮膚に対する影響に対する薬剤の影響を調べ、薬剤評価を行うことが出来る。例えば一定期間、本発明の3次元培養皮膚モデルの上面への紫外線照射と薬剤の添加を繰り返し、その後、皮膚組織内のメラニン量を測定することにより薬剤の評価を行うことが出来る。
【0019】
以下、実施例及び試験例を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
1.3次元培養皮膚モデルの作製
(1)培養皮膚支持体コラーゲンゲル(真皮同等物)の作製:
コラーゲンゲル作製方法はベルらの方法(Bell,E.et al.,Proc. Natl.Acad.Sci.USA. 第76巻、第1274項、1979)に準じて行った。オルガノジェネシス社から購入したヒト繊維芽細胞を10%(v/v)牛血清含有DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)培地(SIGMA製)にて培養し、サブコンフレントに達した後、同培地にて細胞を回収し、繊維芽細胞懸濁液を得た。4℃において、9容量のコラーゲン溶液(オルガノジェネシス社製)に1容量の10倍濃度のEMEM(Eagle’s minimal essential medium)培地(ギブコ社製)を加え、重曹をpHが中性付近になるまで攪拌しながら加えた。さらに10%(v/v)量の牛血清を加えた後、上記繊維芽細胞懸濁液を最終細胞濃度が2.5×10個/mlになるようゆっくり加え、良く攪拌した。
【0021】
上記のようにして得られた混合溶液を6穴プレートに入ったトランスウェル(コースター社製)の内側に3mlずつ加え、室温(18℃から28℃の範囲の温度)にて15分間静置してゲル化させた。上記コラーゲンゲルに10%(v/v)牛血清含有DMEM培地を静かに添加して、37℃、10%(v/v)CO条件下で5〜7日間培養し、繊維芽細胞の作用によってコラーゲンゲルを収縮させた後、培養皮膚の支持体に供した。
【0022】
(2)メラノサイト播種:
メラノサイトはクラボウ社から購入したメラノサイト(Code:NHEM−MP)を、メラノサイト増殖培地(クラボウ、Code:KM−6350)で培養し、サブコンフルエントに達した時点で同培地にて回収し、メラノサイト懸濁液を得た。このメラノサイト懸濁液を最終細胞濃度が4.0〜5.0×10/mlになるよう、また、最終コラーゲン添加量が1/6量(v/v)になるよう、コラーゲンと培地を添加し調製した。
【0023】
収縮したコラーゲンゲルの培地を抜き取った後に、このメラノサイト懸濁液を80μl/ウェルづつ真皮層同等物の上に添加した。この後、再び10%(v/v)牛血清含有DMEM培地とメラノサイト増殖培地の等量混合培地を加え、1日間培養しメラノサイトを充分接着させた。
【0024】
(3)表皮角化細胞播種:
表皮角化細胞の播種、培養はベルらの方法(Parenteau,N.L.,et al., J.Cellular Biochem. 第45巻、第245項、1991)に従い行った。すなわち、オルガノジェネシス社から購入したヒト表皮角化細胞をCa不含DMEM:HAM F12(Nutrient Mixture F−12 Ham)=3:1を基礎とするEpidemalization 用培地(東洋紡績製)に懸濁し、支持体であるコラーゲンゲルの上に同細胞懸濁液を細胞が0.5×10〜1×10個/cmになるように添加した。次いで、同培地を静かに添加し、37℃、10%(v/v)CO条件下で3〜5日間培養し、表皮角化細胞を充分伸展させた。次に、Ca不含DMEM:HAM F12=1:1を基礎とするMaintenance 用培地(東洋紡績製)を、真皮層が培養液下で、かつ表皮角化細胞が空気中に出るよう添加した(空気暴露培養)。この空気暴露培養を6ないし7日間行い、表皮層、角質層を形成させ3次元培養皮膚モデルを作製し実験に供した。
【0025】
2.紫外線照射実験
(1)紫外線照射
上記方法にて作製した3次元培養皮膚モデルに紫外線照射装置(DNA−FIX、アトー社)を使って、紫外線(UVB)(波長312nm)を照射した。照射量は、50mJ/cmとし、4日間連続で計4回を照射した。対照群は、紫外線は照射しないで照射群と同様の操作を行った。
【0026】
(2)メラニン定量
4回目の紫外線照射から24時間後、メラニン色素を含む中央部分の皮膚組織を直径12mmの大きさで切り取った。切り取った皮膚組織を300μlの1N水酸化ナトリウム溶液中でホモジナイズし、37℃で一晩インキュベートした後、メタノール:クロロホルム(1:2)の混合液を100μl添加し激しく攪拌した。これを遠心分離機(HITACHI社 CF 16RX 型)を用いて11000rpmで10分遠心分離した上清を96ウェルプレートに100μl分取し、415nmの吸光度を測定した。同様に処理したメラニン標準液についても測定し、検量線を描いてサンプルのメラニン量を求めた。
【0027】
4日間のUVB照射により、肉眼観察において非照射群に対して黒色化が強くなる傾向が見られた。メラニン量を測定した結果、UVB照射では、非照射群に対し、有意にメラニン産生量が増加していた。
【実施例2】
【0028】
実施例1と同様の方法で作製した3次元培養皮膚モデルについて、空気暴露培養開始から3、7および14日目に皮膚組織をホルマリン固定、パラフィン包埋し、常法通りに組織切片を作製した。作製した組織切片についてヘマトキシリンエオジン染色およびフォンタナマッソン染色を施し、表皮形成過程におけるメラノサイトの所在を観察した。
【0029】
その結果、空気暴露培養後の表皮形成過程において終始メラノサイトは表皮基底層に存在しており、基底層への生着が確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は紫外線照射にシミや皮膚の老化などのメカニズム解明やこうした症状を改善する薬剤の開発に有用な動物代替モデルとなる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)〜(3)に記載の構造を含む、人為的に作製された真皮(真皮同等物)層を有する3次元培養皮膚モデル。
(1)コラーゲンおよび繊維芽細胞を混合したものを培養することにより得られる、真皮同等物の層。
(2)表皮角化細胞の層。
(3)(1)の真皮同等物の層と、(2)の表皮角化細胞の層との間に、生着したメラノサイト。
【請求項2】
請求項1に記載の皮膚モデルを使用して、紫外線照射の皮膚に対する影響を調べる方法。
【請求項3】
請求項1に記載の皮膚モデルを使用して、紫外線照射の皮膚に対する影響に対する薬剤の影響を調べる方法。
【請求項4】
請求項1に記載の皮膚モデルの製造方法であって、以下の(1)〜(3)に記載の工程を順次行う工程を含むことを特徴とする製造方法。
(1)コラーゲンおよび繊維芽細胞を混合したものを培養して、真皮同等物の層を作製する。
(2)(1)で作製した真皮同等物の層上に、メラノサイトをコラーゲンと共に播種し、充分な時間をかけて真皮層に接着させる。
(3)(2)で作製したメラノサイトが接着した真皮同等物の層のメラノサイトが結合した側の層上に、表皮角化細胞を播種し三次元培養する。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−193822(P2010−193822A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−43971(P2009−43971)
【出願日】平成21年2月26日(2009.2.26)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】