説明

5−ヒドロキシメチル−2−フルフリルアルデヒドの製造法とその装置

【課題】触媒を微量添加した反応系で糖類からHMF反応物を、短時間、連続的に、高収率・高選択率で合成する方法とその反応物及び装置を提供する。
【解決手段】温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの亜臨界流体、超臨界流体を反応溶媒として使用し、流通式高温高圧装置に、1モル%以下の微量の触媒、基質及び反応溶媒を導入し、温度、圧力、触媒の種類等の諸条件を変化させることにより、糖類からHMF反応物を、高収率、高選択率、高速・連続的に合成するHMF反応物の製造方法、その反応物及び装置。
【効果】有機溶媒を不要な合成プロセスを実現でき、そのため、有機溶媒の残存がなく、生体に対して有害性のない、安全性の高いHMF反応物を提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、5−ヒドロキシメチル−2−フルフリルアルデヒド(HMF)の製造方法とHMF反応物及び装置に関するものであり、更に詳しくは高温高圧状態の水あるいは酢酸それらの混合溶媒を反応溶媒とし、一段階で、HMFを製造する方法等に関するものである。本発明は、酢酸、それらの混合溶媒を反応溶媒とし、温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの水あるいは酢酸、それらの混合溶媒を反応溶媒として、触媒量を低減した微量の触媒で、糖類からHMFを、一段階かつ短時間で、連続的に合成する方法及びその反応物等を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
HMFは、鎌形赤血球病治療薬(2007米国FDA認可)として用いられ、ニコチン酸様の多面的薬理作用があること、また、血液・血管に対する抗凝固作用により、メタボリックシンドローム、高血圧症、糖尿病、動脈硬化、エコノミー症候群の予防薬・食品として有効であることが示唆されている。また、C6バイオリファイナリー基幹物質として、PET代替高分子材料・化成品・燃料への応用が期待される等、原料・基質の糖と比べて、高機能性を有するだけでなく、高付加価値を有するため、医薬品、食品分野等において重要である。
【0003】
従来、糖類から、有機溶媒中、脱水作用を有する触媒を用いて、HMFを合成する方法が種々報告されている(非特許文献1参照)。一般的に、DMSOのような糖を溶解する有機溶媒を用いて、イオン交換樹脂やルイス酸(例えば、非特許文献2)を用いて、D−グルコースを原料として、HMFを90%程度の収率で得られるという多数の報告がある。しかし、医薬品や食品へ利用する場合、残存する有機溶媒の完全な除去が必要であり、そのような分離操作は、コスト上困難である。
【0004】
一方、溶媒として水を用いた場合には、報告例は少ないが、有機溶媒使用の場合よりも低収率である傾向がある。一般的に、温度200℃以下の水中では、反応性が低いため、低収率であるが、温度200℃以上の水中では、反応性が向上するものの、収率58%程度とされている(図1)。
【0005】
最近、バッチ型装置を用いて、リン酸でpH2に調整した240℃の亜臨界水条件下、反応時間120秒で、HMFをD−グルコースから30%、D−スクロースから40%、D−フルクトースから65%得る方法があるが、この方法では、糖類に対し、2モル等量もの多量のリン酸が必要である(非特許文献3)。
【0006】
また、糖類に対して、5.5モル等量の無水酢酸を脱水剤として、流通型高温高圧水装置により、温度300℃、20MPa、滞留時間15秒の条件で、D−グルコースから、転化率74%、HMF選択率63%、収率47%でHMFを得る方法があるが、この場合にも、多量の無水酢酸が必要である(特許文献3)。したがって、微量の触媒を用いて、糖類から、HMFを収率良く合成する手法は現在のところないのが実情である。
【0007】
反応後における後処理に関しては、通常の触媒・有機溶媒中でのHMF合成では、反応混合物に、中和剤を脱水剤として添加、中和後、抽出溶媒と水あるいは飽和食塩水を加え、分液し、溶媒層は、その後、乾燥、溶媒除去、蒸留あるいは精留のプロセスを得て、目的物を得るが、水層には、水の他に、触媒、有機溶媒、酢酸、基質、生成物、副生成物、無機物の複雑な混合物が含有される。
【0008】
ここで、水層からの触媒の分離が容易である場合には、回収再生され、再使用されるが、分離が困難である場合には、そのまま廃棄・処分される(図2)。高温高圧水中でのHMF合成の場合のように、水層に有機溶媒が含有されず、水、微量の触媒,生成物のみが含有されるのであれば、微量の触媒の分離のみを行うことで、水と生成物とに分離することが可能である。このことは、水の再生を可能にし、通常法に比べて、環境負荷低減型のプロセスであることを意味する(図3)。
【0009】
このように、従来法では、HMF合成の場合、大量の触媒及び有機溶媒が必要であることから、製品の品質上、反応後の分離操作において、大量の触媒、有機溶媒の除去が必要であり、分離操作後の水層は、廃棄物となりやすく、廃液の問題を生じる。更に、環境に対する影響や生体への有害性への配慮から、また、ヒトが経口する食品・医薬品の安全性から、大量の触媒・有機溶媒の、より高度分離が要求される。
【0010】
高度分離に必要なコストは、合成操作と同程度であり、望ましくは大量の触媒、有機溶媒を使用しない方が良い。以上のことから、当該技術分野においては、簡単、低コスト、環境負荷低減型の合成プロセスで、分離操作が容易で、かつ高度分離が可能で、触媒や有機溶媒の残存しないHMFの連続的合成を可能とする新しいHMF合成手法の確立が強く要請されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2005−200321号公報
【特許文献2】特開2005−232116号公報
【特許文献3】特開2007−269766号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】J.Lewkowski,ARKIVOC,2001,(i),17−54
【非特許文献2】K.Seri,Y.Inoue,H.Ishida,Chem.Lett.,2000,22
【非特許文献3】F.S.Asghari and H.Yoshida,Ind.Eng.Chem.Res.,2006,45,2163−2173
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、低コストで、環境に優しい簡単な高速合成プロセスで、上記HMFを連続的に合成することができる新しい合成方法を開発することを目標として鋭意研究を積み重ねた結果、高温高圧水、又は亜臨界水又は超臨界水を反応溶媒とすることで、糖類から、微量の触媒を添加して、HMFを合成できることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、糖類から、微量の触媒を添加して、HMFを短時間の反応条件下で、連続的に合成する方法とその反応物及びその装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するための本発明は、以下の技術的手段から構成される。
(1)多くても1モル%の微量の触媒を添加した反応系による糖類からの反応物である5−ヒドロキシメチル−2−フルフリルアルデヒド(HMF)反応物であって、触媒及び有機溶媒の残存がないことを特徴とするHMF反応物。
(2)多くても1モル%の微量の触媒を添加した反応系で糖類からHMF反応物を合成する方法であって、高温高圧状態の亜臨界流体ないし超臨界流体を反応溶媒として使用し、有機溶媒を用いることなく、糖類から1段階の合成反応で、HMF反応物を選択的に合成することを特徴とするHMF反応物の製造方法。
(3)糖類が、単糖類、二糖類、又は多糖類である前記(2)記載のHMF反応物の製造方法。
(4)温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの亜臨界流体ないし超臨界流体を反応溶媒として使用する前記(2)又は(3)記載のHMF反応物の製造方法。
(5)亜臨界流体ないし超臨界流体として、水、酢酸、及びそれ以外の無機溶媒もしくは有機溶媒又は無機溶媒と有機溶媒の混合溶媒を用いる前記(2)から(4)のいずれかに記載のHMF反応物の製造方法。
(6)多くても1モル%の微量の触媒として、無機酸、あるいは有機酸を使用する前記(2)から(5)のいずれかに記載のHMF反応物の製造方法。
(7)流通式高温高圧装置に、基質及び反応溶媒を導入し、反応時間を20秒〜5分の範囲で変化させることで合成反応を実施する前記(2)から(6)のいずれかに記載のHMF反応物の製造方法。
(8)水を送液する水送液ポンプ、送液された水を加熱する水加熱用コイル、反応物の基質を送液する反応物送液ポンプ、反応物を炉体に導入する反応物導入管、加熱された高温高圧状態の水と反応物が導入される高温高圧フローセル、該フローセルを配設した炉体、該フローセルから反応溶液を排出する排出液ライン、各ポンプの下流に位置する冷却フランジ、及び配管内の圧力を設定する背圧弁を構成要素として具備し、高温高圧状態の亜臨界流体ないし超臨界流体を反応溶媒として使用し、有機溶媒を用いることなく、糖類から1段階の合成反応で、HMF反応物を選択的に合成するようにしたことを特徴とするHMF合成装置。
【0015】
上記課題を解決するための本発明は、触媒を1モル%以下の微量添加した場合の糖類からの反応物であって、触媒及び有機溶媒の残存がないことを特徴とするHMF反応物、である。本反応物は、微量の触媒と糖類からの反応物であり、触媒、有機溶媒の残存がないことを好ましい態様としている。また、本発明は、1モル%以下の微量の触媒を添加した反応系で、糖類からHMFを合成する方法において、高温高圧状態の亜臨界流体ないし超臨界流体を反応溶媒として使用し、糖類からの1段階の合成反応で、HMF反応物を選択的に合成することを特徴とするHMF反応物の製造方法、である。
【0016】
本方法は、(1)糖類を、単糖類、二糖類、又は多糖類とすること、(2)温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの亜臨界流体ないし超臨界流体を反応溶媒として使用すること、(3)亜臨界流体ないし超臨界流体として、水、酢酸、それ以外の無機溶媒、もしくは有機溶媒又は無機溶媒と有機溶媒の混合溶媒を用いること、(4)1モル%以下の微量の触媒として、硫酸、リン酸、塩酸等の無機酸、あるいはクエン酸、フマル酸、マレイン酸等の有機酸を使用すること、(5)流通式高温高圧装置に、基質及び反応溶媒を導入し、反応時間を20秒〜5分の範囲で変化させることで合成反応を実施すること、を好ましい態様としている。
【0017】
また、本発明は、水を送液する水送液ポンプ、水加熱用コイル、高温高圧フローセル、基質を送液する反応物送液ポンプ、炉体、反応物を炉体に導入する反応物導入管、反応溶液を排出する排出液ライン、冷却フランジ及び圧力を設定する背圧弁を具備していることを特徴とするHMF合成装置、である。
【0018】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、化1の糖類から、化2に示すように、HMFを、一段階の反応プロセスで、微量の触媒添加、短時間の反応条件下で、選択的かつ連続的に合成することを特徴とするものである。本発明では、上記反応溶媒として、温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの亜臨界流体、超臨界流体が用いられ、好適には亜臨界水が用いられる。また、反応条件として、好適には温度180〜200℃、圧力0.1MPa、反応時間が20〜5分の範囲、より好適には3分程度、に調整される。
【0019】
【化1】

【0020】
【化2】

【0021】
ここで、糖類として、単糖類、二糖類、多糖類が挙げられ、単糖類として、グルコース、マンノース、ガラクトース、フルクトース等、二糖類としてサッカロース、マルトース等、多糖類としてセルロース等が挙げられる。
【0022】
本発明においては、上記基質及び反応溶媒を反応容器に導入して、所定の反応時間で合成反応を実施する。したがって、上記反応器としては、例えば、バッチ式の常温高圧装置又は高温高圧反応容器、及び連続型の流通式常温高圧装置又は流通式高温高圧反応装置を使用することができるが、本発明は、これら反応装置の型式に特に制限されるものではない。
【0023】
本発明の方法では、反応溶媒として、高温高圧状態にある亜臨界流体、又は超臨界流体が用いられる。具体的には、亜臨界流体としては、亜臨界二酸化炭素(常温以上、0.1MPa以上)、亜臨界水(100℃以上、0.1MPa以上)、亜臨界メタノール(100℃以上、0.1MPa以上)、亜臨界エタノール(100℃以上、0.1MPa以上)が例示される。
【0024】
また、超臨界流体としては、超臨界二酸化炭素(34℃以上、7.38MPa以上)、超臨界水(375℃以上、22MPa以上)、超臨界メタノール(239℃以上、8.1MPa以上)、超臨界エタノール(241℃以上、6.1MPa以上)、同じ状態の混合溶媒が例示されるが、好適には、亜臨界水(180−200℃、0.1MPa)が用いられる。
【0025】
反応溶媒としては、上記以外の有機溶媒や無機溶媒を任意の割合で含むことができ、具体的には、有機溶媒として、アセトン、アセトニトリル、テトラヒドロフラン等、無機溶媒として、酢酸、アンモニア等を含む反応溶液に代替することも可能である。
【0026】
また、本発明で用いる触媒としては、硫酸、リン酸、塩酸等の無機酸、あるいは、クエン酸、フマル酸、マロン酸等の有機酸を用いることが可能である。また、これらの触媒は、基質に対して1モル%(0.01等量)以下の微量量を用いる。
【0027】
本発明では、上記亜臨界流体、超臨界流体の反応溶媒の組成、温度及び圧力条件、基質の種類及びその使用量、反応時間を調整することにより、短時間で、効率良く、反応生成物を合成することができる。また、本発明では、例えば、基質及び反応溶媒を流通式高温高圧装置に導入し、それらの反応時間を20秒〜3分の範囲で変えることにより、所定の反応生成物を合成することができる。上記反応条件は、使用する出発原料、目的とする反応生成物の種類等により適宜設定することができる。
【0028】
本発明の方法では、従来、大量の触媒存在下で行われていた、糖類からのHMFの合成を、微量の触媒添加により触媒量を低減し、高速で連続的に実施できるため、長時間を要するプロセスを効率化することができる。また、本発明の方法では、従来用いられた触媒を全く使用しないので、反応後の溶液の中和処理、無害化処理等の後処理・処分の必要がなく、環境負荷低減を達成可能である。
【0029】
更に、反応後は、微量の触媒の分離操作のみであるため、有機溶媒の分離回収の必要性はなく、生成物分離が容易になる。本発明によれば、数10秒から3分程度の数10秒ないし数分レベルの短時間で、基質がD−グルコースの場合、47%の収率で、D−スクロースの場合、58%の収率で、D−フルクトースの場合、70%の収率で、HMFが得られる。本発明の合成方法は、香料、医薬品、食品に利用可能なHMFを、効率良く、大量に、高速で連続的に生産することを可能にするものである。
【0030】
従来、亜臨界流体、超臨界流体を利用して、HMF合成を実施した例が種々報告されている。しかし、糖類から、微量の触媒を添加して、亜臨界水プロセスで、HMFを高収率で合成できることを実証した例はなく、本発明の対象とするHMFの合成反応法は、本発明者らによって初めてその有効性が実証されたものである。しかも、従来法で、糖類から合成されるHMFは、触媒及び有機溶媒の残存が問題とされていたが、本発明で、糖類から合成される反応物は、触媒及び有機溶媒の残存がなく、本発明のHMF反応物は、従来製品にない利点を有している。
【0031】
本発明では、無触媒又は微量の触媒条件下、糖類からのHMFの合成反応を実現するために、例えば、基質をあらかじめ溶媒に溶解した溶液を送液し、亜臨界流体又は超臨界流体中の反応経過を高温高圧赤外フローセル(図4)により、赤外分光分析によって観察する流通型高温高圧赤外分光その場測定装置(図5)を用いることも可能である。
【0032】
しかしながら、高温高圧赤外フローセルを窓なし高温高圧フローセル(図6)に交換し、超臨界流体の流れに対して、直接、反応物の流れを接触反応するように、配管配置した方が、高温高圧赤外フローセルにおけるセル窓付近におけるリーク等の問題が発生せず、より高流量で、短時間に合成を実施することが可能である。これらのことから、この窓なし高温高圧フローセルを装着した装置を後述する実施例で用いた。
【0033】
ここで、窓なし高温高圧フローセル本体(図6)は、例えば、市販のSUS316製のクロス1にネジを切り、次に説明する温度センサーシース(図7の12)に固定できるように装着する。炉体雰囲気の温度を測定せずに、セル温度を示すように温度センサー位置を調節し、シース固定ネジとオネジ3でネジ止めする。SUS316の配管4は、クロス1にワンリングフェラル付きのテーパーネジ2でクロス1に接続される。もちろん、クロス1は、エンドネジで一つの流路を塞ぐことによって、ティーとしても使用可能である。
【0034】
図7は、窓なし高温高圧フローセルを装着した流通式高温高圧反応装置の炉体部分であり、反応装置本体である。これを、図5の流通型高温高圧流体その場赤外分光測定装置の斜線位置に設置すれば、赤外分光は測定できないものの、温度、圧力、流量が可変な亜臨界・超臨界流体接触型の合成反応装置として利用可能となる。なお、この場合における反応の観察は、排出後の水溶液を採取し、GC−FIDにより、生成物の純品を用いた検量線から定量を実施し、GC/MSにより定性分析を実施する。また、NMRにより定量・定性分析を実施する。
【0035】
以下、図7について説明すると、水送液ポンプ5から水が送液され、冷却フランジ8を通過後、炉体13へ送液される。その後、水加熱コイル9を通過し、高温高圧状態で温度センサー11が挿入された温度センサーシース12に支持固定された高温高圧フローセル14に導入される。一方、反応物が反応物送液ポンプ6から送液され、冷却フランジ8を通過後、炉体13へ送液される。コイル状反応物導入管10を通過後、温度センサーシース12に固定された高温高圧フローセル14に導入される。
【0036】
また、洗浄水が洗浄水送液ポンプ7により送液され、溶媒導入配管16を通過後、ティー18に導入され、洗浄用に用いられる。高温高圧フローセルを通過した溶液は、排出配管17を通過後、冷却フランジ8を通過して、炉体外を空冷されながら通過する。その後、圧力を設定している背圧弁19からの排出液を採取し、サンプルとする。
【0037】
ここで、反応物や生成物を含む排出液の加熱による影響を排除する場合には、急速昇温を実施し、コイル状反応物導入ライン10と排出配管17の配管をできるだけ短く、水加熱コイル9をできるだけ長くすることが望ましい。本発明は、これらに限らず、これらと同効の反応装置であれば同様に使用することができる。
【0038】
通常、HMFを合成する場合、従来法では、非プロトン性有機溶媒に加えて、酸・塩基触媒が必要であり、食品、医薬品に利用される場合、残存する有機溶媒、触媒の除去は大きな労力を必要とし、環境に影響を与えるのみならず、生体に有害である等の問題点を有していた。本発明は、微量の触媒と糖類から、水を用いるプロセスのみで、HMFを合成する方法とその反応物を提供するものであり、医薬品や食品のみならず、化成品合成にも応用可能であり、HMFを効率良く、短時間で、連続的に生産し、提供することを可能にするものである。
【発明の効果】
【0039】
本発明により、次のような効果が奏される。
(1)糖類から触媒量を低減した微量の触媒で、高速で、連続的にHMFを合成することができる。
(2)有機溶媒を不要な合成プロセスを実現できる。
(3)そのため、有機溶媒の残存がなく、生体に対して有害性のない、安全性の高いHMF反応物を提供できる。
(4)医薬品、食品として有用なHMFの新しい大量生産プロセスとして、既存の生産プロセスに代替し得る新しい生産技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】触媒・有機溶媒用いるHMF合成を示す。
【図2】触媒・有機溶媒を用いるHMF合成の後処理フローチャートを示す。
【図3】水溶媒を用いるHMF合成の後処理フローチャートを示す。
【図4】高温高圧赤外フローセルを示す。
【図5】実施例で用いた流通型高温高圧流体その場赤外分光測定装置を示す。
【図6】窓なし高温高圧フローセルを示す。
【図7】実施例で用いた流通式高温高圧反応装置の主要部分を示す。
【図8】HMF合成における温度効果を示す。
【図9】HMF合成における圧力依存性を示す。
【図10】HMF合成における硫酸量依存性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0041】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0042】
実施例1―5
本実施例では、図7の流通式高温高圧反応装置を用いて、合成条件を、温度25〜300℃、圧力0.1〜5MPa、滞留時間20秒〜3分で実施した。図7の流通式高温高圧反応装置の本体(主要部分)を所定温度、所定圧力に設定し、水送液ポンプ5又は反応物送液ポンプ6の流量ないしはコイル状反応物導入管10の長さにより、滞留時間を調節した。純水は、流量5.0ml/minで、高温高圧水供給装置に送液し、高温高圧水(亜臨界水)とした。
【0043】
その後、糖飽和水溶液に、基質の1モル%以下の微量の触媒と、内標準として、プロピオン酸を添加した(基質の5モル%)反応混合物を反応物送液ポンプ6から送液した。反応混合物を送液後、背圧弁19から20分後の排出水溶液を2ml採取した。反応ティーから背圧弁出口までの配管内容積を反応体積とした場合、反応時間は、20秒〜3分であった。回収された水溶液の組成をGC/MS分析計(Hewlett Packard社製HP6890、カラム HP−5、注入口温度150℃、初期カラム温度60℃(保持時間2分)、昇温速度 10℃/分、最終カラム温度250℃(保持時間2分))で実施した。
【0044】
得られたマススペクトルは、Willey データベースで一致度90%以上で確認した。また、定量及び市販試薬がある場合の定性は、プロピオン酸を内標準として、GC−FID(Agilent社製GC6890,カラム DB−WAX、注入口温度230℃、スプリット比5.61、初期カラム温度50℃(保持時間0.5分)、昇温速度20℃/分、最終カラム温度230℃(保持時間20分))で、実施した。
【0045】
硫酸0.40モル%が添加されたD−グルコース水溶液(0.101M)、圧力0.1MPa、滞留時間2.9分の一定条件で、140℃、160℃、180℃、190℃、200℃の温度依存性を検討した。その結果、HMFの収率は、それぞれ5%、17%、42%、52%,50%であり、190℃が最適であった(図8)。
【0046】
実施例6
実施例1−5と同様にして、硫酸0.62モル%が添加されたD−グルコース水溶液(0.195M)、圧力0.1MPa、滞留時間2.9分の一定条件で、温度190℃における収率を検討した。その結果、HMFの収率は、64%であった(図8)。
【0047】
実施例7−9
実施例1−5と同様にして、流通式高温高圧反応装置(図7)において、短いコイル状反応物導入管10を設置し、硫酸0.62モル%が添加されたD−グルコース水溶液(0.195M)、圧力0.1MPa、滞留時間2.9分の一定条件で、265℃、285℃、300℃で温度依存性を検討した。その結果、HMFの収率は、それぞれ31%、45%、48%であり、実施例1−5に比べて、反応温度が高温化するものの、収率の向上は見られなかった(図8)。
【0048】
実施例10―13
実施例1−5と同様にして、硫酸0.69モル%が添加されたD−グルコース水溶液(0.195M)、圧力0.1MPa、滞留時間2.9分の一定条件で、120℃、140℃、160℃、180℃の温度依存性を検討した。その結果、HMFの収率は、それぞれ10%、18%、28%、59%であり、180℃が最適であった(図8)。なお、190℃、200℃では、閉塞が生じ、結果が得られなかった。
【0049】
実施例14―17
実施例1−5と同様にして、硫酸1.0モル%が添加されたD−グルコース水溶液(0.195M)、圧力0.1MPa、滞留時間2.9分の一定条件で、120℃、160℃、170℃、180℃の温度依存性を検討した。その結果、HMFの収率は、それぞれ7%、32%、36%、50%であり、180℃が最適であった(図8)。なお、190℃、200℃では、閉塞が生じ、結果が得られなかった。
【0050】
実施例18―20
実施例1−5と同様にして、硫酸0.4モル%が添加されたD−グルコース水溶液(0.101M)、温度190℃、滞留時間2.9分の一定条件で、0.1MPa、2MPa、5MPaで圧力依存性を検討した。その結果、HMFの収率は、それぞれ52%、49%、43%であり、0.1MPaが最適であった(図9)。
【0051】
実施例21―23
実施例1−5と同様にして、D−グルコース水溶液(0.195M)、温度160℃、滞留時間2.9分の一定条件で、硫酸0.4モル%、0.69モル%、1モル%で触媒量依存性を検討した。その結果、HMFの収率は、それぞれ17%、28%、32%であり、1モル%が最適であった(図10)。
【0052】
実施例24―26
実施例1−5と同様にして、D−グルコース水溶液(0.195M)、温度180℃、滞留時間2.9分の一定条件で、硫酸0.4モル%、0.69モル%、1モル%で触媒量依存性を検討した。その結果、HMFの収率は、それぞれ42%、59%、50%であり、0.69モル%が最適であった(図10)。したがって、1モル%以下の微量の触媒量で、HMF合成が可能であった。
【0053】
以上の実施例から、高温高圧水を反応溶媒として、HMFが良好な収率で合成可能であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0054】
以上詳述したように、本発明は、高温高圧流体を反応溶媒として、糖類から、触媒量を低減し、微量の触媒で、有機溶媒を用いることなく、HMFを合成する方法及びその反応物に係るものであり、従来法では、糖類からのHMFの合成は、有機溶媒に触媒を添加し、数時間の反応を実施する必要があったが、本発明で示した亜臨界流体・超臨界流体を用いることにより、ほぼ触媒無添加で、有機溶媒を使用することなく、高速で、連続的にHMFを合成することが可能となった。このことは、香料、医薬品、食品として有用なHMFを、短時間で、大量に、連続的に生産できるというメリットをもたらす。これらのことから、HMFの合成・分離プロセスを単純化させることで、プロセスの初期コスト及びランニングコストを圧縮することが可能であり、更に、中和処理の後処理も不必要であり、環境調和型生産が可能となる。本発明は、医薬品、食品として有用なHMFの新しい大量生産プロセスとして、既存の生産プロセスに代替し得るものとして有用である。
【符号の説明】
【0055】
1 ティー又はクロス(片側口φ4mmネジ切り)
2 φ4mm×5.0mmL六角テーパーネジ
3 ワンリングフェラル付オネジ
4 SUS316配管
5 水送液ポンプ
6 反応物送液ポンプ
7 洗浄水送液ポンプ
8 冷却フランジ(冷却水が循環する)
9 水加熱コイル
10 コイル状反応物導入管
11 温度センサー
12 温度センサーシース
13 炉体
14 高温高圧フローセル(通常昇温ではティー型、急速昇温ではクロス型)
15 ZnSe窓
16 溶媒導入配管
17 排出配管
18 ティー
19 背圧弁
21 水溶液
22 洗浄水
23 水溶液ポンプ
24 洗浄用純水送液ポンプ
25 炉体加熱システム
26 炉体
27 高温高圧赤外フローセル
28 冷却水(入口)
29 冷却水(出口)
30 背圧弁
31 排出水溶液受器
32 可動鏡
33 可動鏡
34 干渉計
35 光源
36 赤外レーザー
37 MCT受光器
38 TGS受光器
39 解析モニター
40 反応物送液ポンプ
41 基質送液ポンプ
42 水送液ポンプ
43 反応ティー
44 配管
45 混合ティー
46 排出配管
47 冷却器
48 背圧弁
49 回収容器
50 温度センサー
51 温度センサー


【特許請求の範囲】
【請求項1】
多くても1モル%の微量の触媒を添加した反応系による糖類からの反応物である5−ヒドロキシメチル−2−フルフリルアルデヒド(HMF)反応物であって、触媒及び有機溶媒の残存がないことを特徴とするHMF反応物。
【請求項2】
多くても1モル%の微量の触媒を添加した反応系で糖類からHMF反応物を合成する方法であって、高温高圧状態の亜臨界流体ないし超臨界流体を反応溶媒として使用し、有機溶媒を用いることなく、糖類から1段階の合成反応で、HMF反応物を選択的に合成することを特徴とするHMF反応物の製造方法。
【請求項3】
糖類が、単糖類、二糖類、又は多糖類である請求項2記載のHMF反応物の製造方法。
【請求項4】
温度100〜400℃、圧力0.1〜40MPaの亜臨界流体ないし超臨界流体を反応溶媒として使用する請求項2又は3記載のHMF反応物の製造方法。
【請求項5】
亜臨界流体ないし超臨界流体として、水、酢酸、及びそれ以外の無機溶媒もしくは有機溶媒又は無機溶媒と有機溶媒の混合溶媒を用いる請求項2から4のいずれかに記載のHMF反応物の製造方法。
【請求項6】
多くても1モル%の微量の触媒として、無機酸、あるいは有機酸を使用する請求項2から5のいずれかに記載のHMF反応物の製造方法。
【請求項7】
流通式高温高圧装置に、基質及び反応溶媒を導入し、反応時間を20秒〜5分の範囲で変化させることで合成反応を実施する請求項2から6のいずれかに記載のHMF反応物の製造方法。
【請求項8】
水を送液する水送液ポンプ、送液された水を加熱する水加熱用コイル、反応物の基質を送液する反応物送液ポンプ、反応物を炉体に導入する反応物導入管、加熱された高温高圧状態の水と反応物が導入される高温高圧フローセル、該フローセルを配設した炉体、該フローセルから反応溶液を排出する排出液ライン、各ポンプの下流に位置する冷却フランジ、及び配管内の圧力を設定する背圧弁を構成要素として具備し、高温高圧状態の亜臨界流体ないし超臨界流体を反応溶媒として使用し、有機溶媒を用いることなく、糖類から1段階の合成反応で、HMF反応物を選択的に合成するようにしたことを特徴とするHMF合成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−248113(P2010−248113A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−98504(P2009−98504)
【出願日】平成21年4月14日(2009.4.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(310010575)地方独立行政法人北海道立総合研究機構 (51)
【Fターム(参考)】