説明

Aβ凝集抑制剤

【課題】Aβ凝集抑制剤の提供。
【解決手段】アセチルコリンエステラーゼとAβとの相互作用を抑制することができる化合物、好ましくはアセチルコリンエステラーゼの機能を低下させ、かつ、実質的にアセチルコリンエステラーゼとAβとの相互作用を抑制することができる化合物を含有する、Aβ凝集抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アセチルコリンエステラーゼとAβとの相互作用を抑制する作用を有する化合物、好ましくはアセチルコリンエステラーゼの機能を低下させる作用を有し、かつ、実質的にアセチルコリンエステラーゼとAβとの相互作用を抑制する作用を併せ持つ化合物、を含有する、Aβ凝集抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ドネペジルはアセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害剤であり、アルツハイマー病の治療に用いられている医薬組成物である(非特許文献1、2)。そして、2重盲検の臨床試験において、ドネペジルは軽中等度のアルツハイマー患者の認知力及び全般機能を改善することが示された(非特許文献3)。また、ドネペジルはアルツハイマー病患者において神経保護作用を示すことが明らかにされ、最近では、2重盲検の臨床試験において、軽中等度のアルツハイマー患者が24週間ドネペジルを服用すると(初めの28日間は5 mg/day、その後は10 mg/day)、アルツハイマー病による海馬体積の減少が抑制することが報告された(非特許文献4)。
【0003】
ところで、AChE阻害剤はアセチルコリンの加水分解を抑制し、シナプス間隙のアセチルコリンを増加させ、アセチルコリン伝達を増加させる。これまでに、AChE阻害剤は、残存しているコリン作動性神経を一時的に活性化させて、認知機能不全を改善することが知られているが、神経細胞死を抑制することによって記憶力の低下を抑制するかどうかは明らかにされていない。
【0004】
上記のコリン作動性神経は記憶及び学習に関与することが知られている。コリン作動性神経は、中隔野から海馬などアルツハイマー病で障害を受けやすい領域に投射されており、アルツハイマー病患者の病態では、中枢のコリン作動性神経の脱落が認められている(非特許文献5〜9)。
【0005】
Aβ (amyloid-beta)はアルツハイマー病の病因と考えられている(非特許文献10)。アルツハイマー患者の脳で最も顕著な病理所見は、このAβ繊維の固まりで形成される老人斑である(非特許文献11)。そして、AChEのPAS(peripheral anionic site)は、上記老人斑の形成に関与していると考えられている(非特許文献12)。これまでに、ドネペジルなど幾つかのAChE阻害剤は、AChEによって引き起こされるAβ凝集を抑制することが報告されている(非特許文献13)。しかし、これらの報告はAChEによるAβ凝集のレベルをcell free系で見ているものであって、中枢神経系の神経細胞を用いたアッセイではないために、細胞障害に対するドネペジルの神経保護効果とAβ凝集抑制作用との関係を直接示すものではなかった。
【0006】
細胞毒性に対するドネペジルの保護効果について、これまでにいくつかの知見が得られている。例えば、ドネペジルはPC12細胞を用いたin vitro実験において、Aβ(25-35)毒性(非特許文献14)、過酸化水素による毒性(非特許文献15)及び除酸素/グルコースによる毒性(非特許文献16)を抑制することが報告されている。また、大脳皮質神経細胞を用いたin vitro実験でドネペジルはグルタミン酸毒性(非特許文献17)及び除酸素/グルコースによる毒性(非特許文献18)を抑制することが報告されている。しかし、ドネペジルの上記保護効果の機序については、不明な点が多く残されている。
【非特許文献1】Yamanishi Y., Ogura H., Kosasa T., Araki S., Sawa Y., Yamatsu K. (1991) Inhibitory action of E2020, a novel acetylcholinesterase inhibitor, on cholinesterase: Comparison with other inhibitor. In: Basic, Clinical, and Therapeutic Aspects of Alzheimer’s and Parkinson’s Diseases. Plenum Press 2, 409-413
【非特許文献2】Sugimoto H., Iimura Y., Yamanishi Y. and Yamatsu K. (1995) Synthesis and structure-activity relationships of acetylcholinesterase inhibitors: 1-Benzyl-4-[(5,6-dimethoxy-1-oxoindan-2-yl)methyl]piperidine hydrochloride and related compounds. J. Med. Chem.38, 4821-4829
【非特許文献3】Rogers S.L., Farlow M.R., Doody R.S., Mohs R. and Friedhoff L.T. (1998) The Donepezil Study Group. A 24-week, double-blind, Placebo-controlled trial of donepezil in patients with Alzheimer’s disease. Neurology 50, 135-145.
【非特許文献4】Krishnan K.R., Charles H.C., Doraiswamy P.M., Mintzer J., Weisler R., Yu X., Perdomo C., Ieni J.R. and Rogers S. (2003) Randomized, placebo-controlled trial of the effects of donepezil on neuronal markers and hippocampal volumes in Alzheimer's disease. Am. J. Psychiatry. 160, 2003-2011
【非特許文献5】Coyle J.T., Price D.L. and DeLong M.R. (1983) Alzheimer’s disease: A disorder of cortical cholinergic innervation. Science 219, 1184-1190
【非特許文献6】Bowen D.M., Smith C.B., White P. and Davison A.N. (1976) Neurotransmitter-related enzymes and induces of hypoxia in senile dementia and other abiotrophies. Brain 99, 459-495
【非特許文献7】Perry E.K., Gibson P.H., Blessed G. Perry R. H. and Tomlinson B.E. (1977) Neurotransmitter enzyme abnormalities in senile dementia. J. Neurol. Sci. 34, 247-265
【非特許文献8】Whitehouse P.J., Price D.L., Struble R.G., Clark A.W., Coyle J.T. and Delong M.R. (1982) Alzheimer’s disease and senile dementia: Loss of neurons in the basal forebrain. Science 215, 1237-1239
【非特許文献9】Gertz H.J., Cervos-Navarro, J. and Ewald, V. (1987) The septo-hippocampal pathway in patients suffering from senile dementia of Alzheimer's type. Evidence for neuronal plasticity?. Neurosci. Lett.76, 228-232
【非特許文献10】Carlson G.A. (2003) A welcoming environment for amyloid plaques. Nat Neurosci. 6, 328-330
【非特許文献11】Alvarez A, Alarcon R., Opazo C., Campos E.O., Munoz F.J., Calderon F.H., Dajas F., Gentry M.K., Doctor B.P., De Mello F.G. and Inestrosa N.C. (1998) Stable complexes involving acetylcholinesterase and amyloid-beta peptide change the biochemical properties of the enzyme and increase the neurotoxicity of Alzheimer's fibrils. J. Neurosci. 18, 3213-3223
【非特許文献12】Talesa V.N. (2001) Acetylcholinesterase in Alzheimer's disease. Mech Ageing Dev. 122, 1961-1969
【非特許文献13】Bartolini M., Bertucci C., Cavrini V. and Andrisano V. (2003) β-Amyloid aggregation induced by human acetylcholinesterase: inhibition studies. Biochem. Pharmacol. 65, 407-416
【非特許文献14】Svensson A.L. and Nordberg A. (1998) Tacrine and donepezil attenuate the neurotoxic effect of Aβ (25-35) in rat PC12 cells. Neuroreport 9, 1519-1522
【非特許文献15】Zhang H.Y. and Tang X.C. (2000) Huperzine B, a novel acetylcholinesterase inhibitor, attenuates hydrogen peroxide induced injury in PC12 cells. Neurosci. Lett. 292,41-44
【非特許文献16】Zhou J., Fu Y. and Tang X.C. (2001) Huperzine A and donepezil protect rat pheochromocytoma cells against oxygen-glucose deprivation. Neurosci. Lett. 306,53-56
【非特許文献17】Takada Y., Yonezawa A., Kume T., Katsuki H., Kaneko S., Sugimoto H. and Akaike A. (2003) Nicotinic acetylcholine receptor-mediated neuroprotection by donepezil against glutamate neurotoxicity in rat cortical neurons. J. Pharmacol. Exp. Ther. 306, 772-777
【非特許文献18】Akasofu S., Kosasa T., Kimura M. and Kubota A. (2003) Protective effect of donepezil in a primary culture of rat cortical neurons exposed to oxygen-glucose deprivation. Eur. J. Pharmacol. 472, 57-63
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、Aβ凝集を抑制する薬剤の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
コリン作動性神経は、記憶及び学習に関与するものであることが知られており、アルツハイマー病患者の所見では、当該神経の脱落が認められる。本発明者は、コリン作動性神経を多く含む培養ラット中隔野神経細胞を用いて、当該脱落の要因の一つであるAβ (amyloid-beta)毒性に対するドネペジルの神経保護効果を検討し、ドネペジルがAβ毒性による細胞障害を抑制することを示した。さらに、AChEは、アルツハイマー病に特徴的な老人斑の形成に関与しており、ドネペジルを初めとするAChE阻害剤は、当該老人斑を構成するAβ凝集を抑制することがin vitroレベルで示されている。そこで、本発明者は、前記中隔野神経細胞におけるAβ毒性及びAβ凝集にAChEが関与することを明らかにするために、AChE のsmall interfering RNA (siRNA)を用いて実験を行った。本発明者は、以上の点について鋭意研究を行った結果、アルツハイマー病で障害を受けやすいコリン作動性神経を多く含む中隔野の神経細胞において、Aβ毒性及びAβ凝集にAChEが関与すること、及びAChEを阻害するドネペジルまたはAChEのsiRNAが当該Aβ毒性に対する神経保護効果及び当該Aβ凝集に対する抑制作用を有することを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、AChEとAβとの相互作用を抑制することができる化合物を含有する、Aβ凝集抑制剤であり、好ましくは、AChEの機能を低下させ、かつ、実質的にAChEとAβとの相互作用を抑制することができる化合物を含有する、Aβ凝集抑制剤である。
AChEの機能低下は、AChEの活性阻害によるものであってもよいし、AChE遺伝子の発現阻害によるものであってもよい。前記AChEの活性阻害は、ドネペジルまたは塩酸ドネペジルなどのドネペジルの塩によるものを例示することができる。ドネペジルまたはその塩は、水和物などの溶媒和物であってもよい。また、前記のAChE遺伝子の発現阻害としては、AChE遺伝子のsiRNAが挙げられる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によって、アルツハイマー病で障害を受けやすいコリン作動性の神経細胞においてAβ凝集を抑制する薬剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
Aβはアルツハイマー病の病因に係わっていると考えられている。本発明者は、鋭意研究を行った結果、本発明において初めて培養中隔野神経細胞を用いてAβ毒性に対するドネペジルの神経保護効果を明らかにした。ドネペジルのAβ毒性に対する神経保護効果はアセチルコリン受容体拮抗剤で阻害されなかったことから、当該保護効果の機序はアセチルコリン受容体を介するものではないことが示された。
【0012】
本発明者は、Aβ毒性に対する神経保護効果の機序を研究した結果、中隔野神経細胞におけるAβ凝集をドネペジルが抑制することを本発明において初めて明らかにした。つまり、ドネペジルは、Aβ凝集を抑制することによって当該保護効果を示すことを明らかにした。
【0013】
さらに、本発明者はAChEをコードする遺伝子に対するsiRNAを用いることにより、中隔野神経細胞のAβ毒性及びAβ凝集にはAChEが関与していることを明らかにした。そして、AChE遺伝子のsiRNAは、ドネペジルと同様にAβ毒性に対する神経保護効果及びAβ凝集抑制作用を示すことを明らかにした。
【0014】
1.中隔野神経細胞
Aβはアルツハイマー病の原因物質であると考えられており、また、アルツハイマー病では、記憶や学習に関与する中枢のコリン作動性神経が脱落することを特徴とする。そして、コリン作動性神経は、中隔野から海馬などのアルツハイマー病で障害を受けやすい領域に投射されている。また、塩酸ドネペジルの投与によってアルツハイマー病による海馬の体積減少が抑制されることが知られている。以上の知見から、Aβ毒性に対する神経保護効果及びAβ凝集抑制作用を解析するには、コリン作動性神経を用いることが好ましい。
【0015】
神経細胞がコリン作動性であることの指標には、アセチルコリン合成酵素であるコリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)が用いられている。中隔野神経細胞の多くは、ChATを有するために、コリン作動性神経であると考えられる(図1)。本発明は、コリン作動性神経である前記中隔野神経細胞において、ドネペジルによるAβ毒性に対する神経保護効果及びAβ凝集抑制作用を初めて示したものである。
【0016】
中隔野神経細胞は、生体から採取することで得ることができ、その由来はマウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ等のいずれでもよく、種に限定されない。細胞は、胎仔から成体までのいずれの成長過程からも採取することもできるが、胎仔(例えば胎生18日齢)から調製することが好ましい。脳の中隔部位、つまり、中隔野及び前脳基底核を含む部位を切り出し、トリプシン処理を行うことで細胞を得ることができる。
【0017】
中隔野神経細胞は、前記のように得られた細胞を、培養プレートに適当な濃度で播種して培養することができる。培養プレートは、ポリD-リジンでコートしたプレートであることが好ましく、濃度は、例えば96ウェルポリD-リジンコートプレートにウェルあたり1.2×105細胞で播種することが好ましい。培地は、5% fetal calf serumを含むDMEMを用いることができ、DMEMは、5μg/ml insulin、30 nmol/L sodium selenite、100μmol/L putrecine、20 nmol/L progesterone、15 nmol/L biotin、100 units/ml penicillin、100μg/ml streptomycin、1 mmol/L sodium pyruvate等を含むことがより好ましい。
【0018】
中隔野神経細胞がコリン作動性神経であることの確認は、上記のようにChATの発現を指標に用いて行うことができる。ChATの発現の有無は、中隔野神経細胞を抗ChAT抗体で免疫染色して確認することができる。
【0019】
2.Aβ毒性及びAβ凝集
(1)Aβ毒性の検出
Aβはβ−シート構造をとるとAβ繊維の固まりを形成しやすくなり、毒性を示すことが知られている。本発明において、Aβ毒性は、例えば中隔野神経細胞にAβを添加した後の細胞障害の程度を、公知の方法で測定することにより検討することができる。次に好適な代表例を記載するがこれに限定されない。例えば、培地中のLDH(lactate dehydrogenase)量を指標としてAβ毒性を検討することができる。培地中のLDH量は細胞死に至った細胞から放出されたLDH量であり、培地中のLDH量は、細胞内のLDH量と培地中のLDH量をあわせた全体のLDH量に対する割合として表すことができる。あるいは、本発明において、Aβ毒性は、中隔野神経細胞にAβを添加した後に、MTT(3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazoliumbromide)アッセイによって検討する。MTTアッセイの方法は、例えば、MTT(シグマ社製)を培地中に終濃度が1mg/mlになるように加え、37℃で1時間インキュベーション後、培地を取り除き、細胞をDMSO(dimethyl sulfoxide)で可溶化し、その吸光度(550nm)を測定すればよい。あるいは、アラマーブルー(alamar blue)による細胞障害測定方法によって検討する。アラマーブルーによる該方法は、培地の10分の1量のアラマーブルー(和光純薬社製)を加え、5%CO2環境下で反応させる。4時間後、励起波長530nm, 蛍光波長590nm, gain 35で測定する。培地のみを0%, コントロールを100%として換算する。
【0020】
細胞に添加するAβは、全長のAβを用いてもよいし、N末端から40残基のみのAβ(1-40)、42残基のみのAβ(1-42)を用いてもよく、βシート構造をとる配列である限り、いずれの長さのAβを用いてもよい。
【0021】
また、Aβ毒性による細胞死の程度は抗MAP2抗体による免疫染色によっても検討することができる。前記のMAP2は神経細胞のマーカーであるため、MAP2を発現する細胞の量から、Aβ毒性による神経細胞の脱落の程度を確認することができる。あるいは、トリパンブルーによる細胞障害測定方法によって検討する。トリパンブルー(和光純薬社製)を加え、濃青で染色されない細胞を生細胞として数を数える。
【0022】
(2)Aβ凝集の検出
本発明において、Aβ凝集はAβのβ−シート構造形成に起因する215〜260nmにおけるCD(circular dichroism)スペクトルの変化を指標として検討することができる。215〜260nmにおけるCDスペクトルは、Aβがα−ヘリックス構造またはβ−シート構造を形成すると減少する。特に、β−シート構造の形成は、215 nm周辺のCDスペクトルを減少させることが知られている。
また別の態様として、培養液中でのAβ凝集を簡便に検討するためチオフラビンT(Thioflavin T)を用いてAβの蛍光を測定することができる。細胞にAβ(1-40) またはAβ(1-42) を添加48時間後、培地を採って10 μmol/LのチオフラビンTを添加し、直後にexcitation波長450 nm, emission波長490 nmで蛍光測定することができる(Wall J., Schell M., Murphy C., Hrncic R., Stevens F.J., Solomon A. (1999)Thermodynamic instability of human lambda 6 light chains: correlation with fibrillogenicity. Biochemistry. 38(42), 14101-14108.)。
【0023】
(3)Aβ毒性に対する中枢神経保護剤及びAβ凝集抑制剤
AChE遺伝子のsiRNAを、中隔野神経細胞に添加すると、細胞内のAChE活性が低下する(図6)。AChE遺伝子のsiRNAの処置によりAβ毒性に対する中隔野神経細胞の障害が緩和されることが、上記(1)のLDH量を測定することにより示される(図7)。
【0024】
また、当該siRNAを添加した中隔野神経細胞において、siRNAの処置によりAβ凝集作用が抑制されることが、上記(2)のCDスペクトルを測定することにより示される(図8)。
【0025】
以上のことから、中隔野神経細胞のAβ毒性及びAβ凝集にはAChEが関与していることが明らかである。従って、AChEとAβとの相互作用を抑制する作用を有する化合物、好ましくはAChEの機能低下作用を有する化合物であって、実質的にAChEとAβとの相互作用を抑制する作用を併せ持つ化合物は、Aβ凝集を抑制することができる。また、当該化合物は、Aβ毒性から中枢神経細胞を保護することができる。当該化合物を含有するAβ凝集抑制剤及び中枢神経保護剤は、本発明に含まれる。
本発明のAβ凝集抑制剤は、in vitroレベルにおいてAβ凝集を抑制するだけでなく、細胞レベルにおいてAβ凝集を抑制することが明らかである。特に、中枢神経系の神経細胞、好ましくはコリン作動性神経細胞、より好ましくは中隔野神経細胞において、Aβ凝集を抑制することが可能である。
【0026】
「相互作用」とは、AChEとAβが結合することを意味する。「実質的にAChEとAβとの相互作用を抑制する」とは、AChEとAβとの結合を抑制すること、AChE存在下にAβ凝集が促進されることを抑制すること、AChE存在下にAβ毒性が促進されることを抑制することを意味する。そして、Aβ毒性またはAβ凝集が阻害される限り、「実質的」に相互作用が抑制されるといえる。
【0027】
「AChEの機能低下作用」は、AChEの活性阻害によるものであっても、AChE遺伝子の発現阻害によるものであってもよい。
【0028】
AChEの活性阻害は、AChEとAβとの相互作用を抑制するもの、好ましくはAChEとAβとの相互作用を抑制し、かつ、AChEの酵素活性を阻害するものであれば、いずれの化合物によるものでもよく、また、抗AChE抗体によるものであってもよい。当該化合物として、AChE阻害物質を挙げることができる。当該AChE阻害物質として、例えばドネペジル、ガランタミンを用いることができる。
【0029】
当該AChE阻害物質は、酸または塩基と薬学的に許容される塩を形成していてもよい。
本明細書において、薬学的に許容される塩は、特に限定されないが、例えばハロゲン化水素酸塩(例えばフッ化水素酸塩、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩等)、無機酸塩(例えば硫酸塩、硝酸塩、過塩素酸塩、リン酸塩、炭酸塩、重炭酸塩等)、有機カルボン酸塩(例えば酢酸塩、シュウ酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩等)、有機スルホン酸塩(例えばメタンスルホン酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩、カンファースルホン酸塩等)、アミノ酸塩(例えばアスパラギン酸塩、グルタミン酸塩等)、四級アミン塩、アルカリ金属塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩等)、アルカリ土類金属塩(例えばマグネシウム塩、カルシウム塩等)等を挙げることができる。ドネペジルの塩は、例えば、塩酸ドネペジル(商品名「アリセプト」)を用いることができる。
【0030】
また、本発明においてAChE阻害物質は、無水物であってもよく、水和物などの溶媒和物を形成していてもよい。溶媒和物は水和物、非水和物のいずれであってもよいが、水和物が好ましい。溶媒は水、アルコール(例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール)、ジメチルホルムアミドなどを使用することができる。
ドネペジルには結晶多型が存在することもあるがこれに限定されず、いずれかの結晶形が単一であってもよいし、結晶形混合物であってもよい。ドネペジルには光学異性体(R体、S体)が存在するが、いずれの光学異性体であってもよい。
【0031】
なお、塩酸ドネペジル(正式名:(±)-2-[(1-benzylpiperidin-4-yl)methyl]-5,6 -dimethoxy-indan-1-one monohydrochloride)は、下記の化学式で表わされる物質である。
【化1】

【0032】
本発明において用いるドネペジル、例えば塩酸ドネペジルは、公知の方法で製造することができ、代表的な例として、特開平1−79151号公報、特開平07−252216号公報、特開平11−263774号公報あるいは特開平11−171861号公報に開示されている方法により容易に製造することができる。ドネペジルの溶媒和物も、当業者であれば公知の方法で製造することができる。また、例えば、塩酸ドネペジルは、細粒剤等の製剤としても入手できる。また、本発明において用いるsiRNAは、後述の記載に従って設計し、当業者であれば核酸合成装置等を用いた公知の方法で製造することができる。
【0033】
AChE遺伝子の発現阻害は、AChEとAβとの相互作用を抑制するもの、好ましくはAChEとAβとの相互作用を抑制し、かつ、AChE遺伝子の発現を阻害するものであれば、RNAiを生ずるいずれの核酸(siRNAやshRNA)によるものであってもよい。RNAiによりAChE遺伝子の発現を抑制するには、例えばAChE遺伝子に対するsiRNA(small interfering RNA)または、shRNA(short hairpin RNA)を設計及び合成し、これを作用させてRNAiを起こさせればよい。siRNAは、細胞内でDicerによってプロセッシングを受けて産生される短鎖RNAである。一方、shRNAはヘアピン構造に折り畳まれた小さなRNA分子であり、センス鎖とアンチセンス鎖をループでつないだステムループ構造を持つ。
【0034】
AChE遺伝子のsiRNAの設計基準は以下の通りである。
(a) AChEをコードする遺伝子の開始コドンの下流の領域を選択する。開始コドンより下流の配列であれば特に限定されるものではなく、任意の領域を全て候補にすることが可能である。
(b) 選択した領域から、aaで始まる連続する11〜30塩基、好ましくは21〜25塩基の配列を選択する。
【0035】
具体的には、以下の塩基配列を標的配列とし、この標的配列を含み、かつ、30塩基以下、例えば11〜30塩基の長さ(好ましくは21〜25塩基の長さ)の配列をsiRNAとして使用することができる((i-1)と(i-2)、及び(ii-1)と(ii-2))。
(i-1) 5'-AAUGUCAGUGACUCUGUUUTT-3' (配列番号1)
(i-2) 5'-AAACAGAGUCACUGACAUUTT-3' (配列番号2)
(ii-1) 5'-GCUGCCUCAAGAAAGUAUCTT-3' (配列番号3)
(ii-2) 5'-GAUACUUUCUUGAGGCAGCTT-3' (配列番号4)
【0036】
本発明においてAChE遺伝子のsiRNAは、(i-1)と(i-2)との組み合わせ、または(ii-1)と(ii-2)との組み合わせで形成する二本鎖RNAの形で用いることが好ましい。
【0037】
また、AChE遺伝子のshRNAの設計基準は以下の通りである。
(a) RNAiに使用するAChEに対するshRNA配列は、遺伝子に特異的な5’末端領域から300塩基までの間で設計する (Elbashir, S.M. et. al. Genes Dev. 15, 188-200 (2001))。
(b) それぞれの遺伝子転写産物の5’末端に近い領域から、aaまたはaから始まるmRNA配列を標的配列として選択及び設計する。標的領域の長さは特に限定されるものではなく、好ましくは30bp以下、より好ましくは21〜25bp程度である。
【0038】
AChE遺伝子のsiRNAまたはshRNAを中隔野神経細胞に導入するには、in vitroで合成したAChE遺伝子のsiRNAまたはshRNAをプラスミドDNAに連結してこれを細胞に導入する方法、2本のRNAをアニールする方法などを採用することができる。
また、Aβ凝集抑制効果を示すAChE遺伝子のsiRNAまたはshRNAの構造解析、AChEの高次構造解析から予想される化合物であって、Aβ凝集抑制効果を有するものも本発明に含まれる。
上記のAChE遺伝子の発現阻害を生ずるいずれの核酸は、酸または塩基と薬学的に許容される塩を形成していてもよい。また、無水物であってもよく、水和物などの溶媒和物を形成していてもよい。
【0039】
(4)用法、用量
本発明においてAChEとAβとの相互作用を抑制することができる化合物(例えば、ドネペジル)、好ましくはAChEとAβとの相互作用を抑制することができる化合物であって、AChEの活性を阻害する化合物(例えば、ドネペジル)またはAChE遺伝子の発現を阻害する化合物(例えば、AChE遺伝子のsiRNA)は、中枢神経保護剤またはAβ凝集抑制剤の有効成分として有用であり、アルツハイマー病患者の治療に用いることができる。
【0040】
本発明の中枢神経保護剤またはAβ凝集抑制剤には、AChE阻害物質、その塩、もしくはそれらの溶媒和物、またはAChE遺伝子の発現を阻害する化合物をそのまま用いることも、公知の薬学的に許容できる担体等を配合して製剤化することも可能である。このような薬学的に許容できる担体としては、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤、安定化剤、乳化剤、吸収促進剤、界面活性剤、pH調整剤、防腐剤、抗酸化剤等を挙げることができる。製剤化の剤形としては、経口的投与形態に用いられる錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤等が、また非経口的投与形態に用いられる坐剤、注射剤、軟膏剤、バップ剤等が挙げられる。
【0041】
また、本発明においては、AChE阻害物質、その塩、もしくはそれらの溶媒和物、またはAChE遺伝子の発現を阻害する化合物の投与形態は特に限定されず、経口または非経口的に投与することができる。例えば、経口投与形態として、塩酸ドネペジルの細粒剤は商品名アリセプト細粒(エーザイ株式会社)、錠剤は商品名アリセプト錠(エーザイ株式会社)として入手することができる。あるいは、非経口投与の形態として、経皮吸収、静脈内注射、皮下注射、皮内注射、筋肉内注射または腹腔内注射などが挙げられるが、好ましくは静脈内注射である。また、注射剤は、非水性の希釈剤(例えばプロピレングリコール、ポリエチレングリコール等のグリコール、オリーブ油等の植物油、エタノール等のアルコール類など)、懸濁剤または乳濁剤として調製することが可能である。注射剤の無菌化は、フィルターによる濾過滅菌、殺菌剤の配合等により行えばよい。また、注射剤は、用時調製の形態として製造することができる。即ち、凍結乾燥法などによって無菌の固体組成物とし、使用前に無菌の注射用蒸留水または他の溶媒に溶解して使用することができる。貼布剤として経皮吸収により投与する場合には、塩を形成しない、いわゆるフリー体を選択することが好ましい。
【0042】
経口投与における塩酸ドネペジルの好ましい投与量としては、成人(体重60 kg)1人あたり、0.1〜100mg/日であり、さらに好ましくは1.0〜50mg/日であり、また、AChE遺伝子のsiRNAの好ましい投与量としては、成人(体重60 kg)1人あたり、0.01〜100mg/日であり、さらに好ましくは0.1〜50mg/日である。また、注射剤の場合には、生理食塩水または市販の注射用蒸留水等の薬学的に許容される担体中に0.1μg /ml担体〜10mg /ml担体の濃度となるように溶解または懸濁することにより製造することができる。このようにして製造された注射剤の投与量は、処置を必要とする患者(成人(体重60 kg))1人に対し、0.01〜5.0mg/日であり、さらに好ましくは0.1〜1.0mg/日であり、一日あたり1〜3回に分けて投与することができる。
【0043】
(5)AChE阻害物質、その塩、もしくはそれらの溶媒和物、またはAChE遺伝子の発現を阻害する化合物によるAβ毒性に対する神経保護作用及びAβ凝集抑制作用の検出
上記のように、Aβを中隔野神経細胞に添加したときのLDH量を測定することによって、あるいはMTTアッセイ等によって、Aβ毒性の程度を検討することができる。また、Aβを中隔野神経細胞に添加したときの215〜260nm、特に215 nmのCDスペクトルの減少を測定することで、Aβ凝集を観察することができる。本発明において、AChE阻害物質、その塩、もしくはそれらの溶媒和物、またはAChE遺伝子の発現を阻害する化合物によるAβ毒性に対する神経保護作用は、これらの物質または化合物を、Aβの添加前(例えば24時間)に添加し、Aβの添加後(例えば48時間後)に培地中のLDH量を測定することで確認することができる。
また、同様に処置した細胞において、前述のCDスペクトルを測定することによって、AChE阻害物質、その塩、もしくはそれらの溶媒和物、またはAChE遺伝子の発現を阻害する化合物によるAβ凝集抑制作用を確認することができる。
【0044】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本実施例により本発明は限定されるものではない。
【0045】
以下の実施例において使用した試薬及び統計解析法は以下の通りである。
Aβ(Human, 1-40)はペプチド研(Osaka, Japan)から購入した。Trypsin solution, penicillin, streptomycin, Dulbecco's modified Eagle’s medium (DMEM), HEPESはLife Technologies Inc. (Grand Island, NY)から購入した。Insulin, sodium selenite, putrescine, DNase I, mecamylamine, scopolamineはSigma Chemical Co. (St. Louis, MO)から購入した。Fetal calf serumとheat-inactivated horse serumはNichirei Co. (Tokyo, Japan)から購入した。ChAT, microtubule associated protein-2 (MAP2)はChemicon International Inc. (Temecula, CA)から購入した。Alexa Fluor 546はMolecular Probes (Eugene, OR)から購入した。Vecstain Elite ABC kit, diaminobenzidine (DAB) kitはVector Laboratories, Inc. (Burlingame, CA)から購入した。Lipofectamine 2000 は Invitrogen Co. (Carlsbad, CA)から購入した。siRNAは日本バイオサービス(Saitama, Japan)に合成を依頼した。
統計解析のデータは平均値±標準誤差で表示した。比較検定はWelch’s t-testを用いた。p<0.05 を有意差ありとした。統計解析ソフトはSAS 8.1 (SAS Institute Japan Ltd., Tokyo, Japan)を用いた。
【実施例1】
【0046】
中隔野神経細胞の培養及びコリン作動性神経であることの確認
中隔野神経細胞はウィスターラット(日本チャールズリバー)の胎仔(胎生18日齢)から調製した。胎仔脳から中隔部位(中隔野及び前脳基底核を含む)を切り出し、0.25 %
トリプシンと0.2 mg/ml DNase Iを含むCa2+/Mg2+-free Hanks' balanced salt solution中で、37 °Cで15分間インキュベーションした。得られた細胞に、10 % fetal calf serum, 10 % horse serumを加えたDMEM (5μg/ml insulin, 30 nmol/L sodium selenite, 100μmol/L putrecine, 20 nmol/L progesterone, 15 nmol/L biotin, 100 units/ml penicillin, 100μg/ml streptomycin, 1 mmol/L sodium pyruvateを含む)を加えてトリプシンを失活させ、細胞を2回洗浄した。96-wellのpoly-D-lysine-coated culture platesに、1.2×105 cells/wellの濃度で細胞を蒔いた。播種した細胞をCO2インキュベーター(5 % CO2、37 °C)で培養した。1日後、5 % fetal calf serumを含む上記DMEMで培地の3分の2を交換した。3日後に、再び5 % fetal calf serumを含む上記DMEMで培地の3分の2を交換した。6日後に、血清を含まない上記DMEM(但し、Glnは含まない)で培地を全量交換した。
【0047】
以上の方法で培養した中隔野神経細胞を、抗コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)抗体で免疫染色した。まず、培養した中隔野神経細胞を中性ホルマリン溶液で60分間固定した。5%ヤギ血清で30分間インキュベーションした後、1%ヤギ血清存在下で500倍希釈の抗ChAT抗体で1日間インキュベーションした。続いて、細胞を500倍希釈のgoat anti-rabbit IgG及びHRP labeled avidin-biotin complexで1時間インキュベーションした後、Peroxidaseの基質としてDABを用いて細胞を染色した。
【0048】
培養ラット中隔野神経細胞を抗ChAT抗体で免疫染色した結果を図1に示す。図1のスケールバーは0.1 mmを示す。免疫染色により、培養ラット中隔野神経細胞の多くはアセチルコリン合成酵素であるChATを有することが示された。このことは、培養ラット中隔野神経細胞がコリン作動性神経であることを意味している。つまり、当該細胞がコリン作動性神経であることが確認できた。
これまでに、アルツハイマー患者脳におけるChATの減少は、認知障害の重さと相関があることが報告されている(Perry E.K., Tomlinson B.E., Blessed G., Bergman K., Gibson P.H. and Perry R.H. (1978) Correlation of cholinergic abnormalities with senile senile plaques and mental test scores in senile dementia. Br. Med. J. 2, 1457-1459.)。従って、中隔野神経細胞障害の抑制はアルツハイマー病患者での認知機能低下抑制につながるといえる。

【実施例2】
【0049】
Aβ(1-40)毒性に対する塩酸ドネペジルの神経保護効果及び細胞死実験
細胞障害の指標として、LDH量を測定した。細胞には、実施例1の培養方法に従って7日間培養した中隔野神経細胞を用いた。中隔野神経細胞の培養培地に15μmol/LのAβ(1-40)を添加し、CO2インキュベーター(5 % CO2、37 °C)で培養した。塩酸ドネペジル(0.01, 0.1, 1, 10μmol/L)、メカミラミン(10μmol/L)、スコポラミン(10μmol/L)はAβ (1-40)添加の24時間前に加えた。Aβ(1-40)の添加48時間後に、培地中のLDH量を測定した。同時に、細胞を0.5 % Triton X-100を含むリン酸緩衝液(pH 7.4)で可溶化し、細胞中のLDH量も測定した。全体のLDH量(細胞内及び培地中)の内、培地中に漏出したLDH量を計算し、%で表した(Koh J.Y. and Choi D.W. (1987) Quantitative determination of glutamate mediated cortical neuronal injury in cell culture by lactate dehydrogenase efflux assay. J. Neurosci. Meth. 20, 83-90.)。データはANOVA及びWelch’s t-test の解析手法で解析した。
【0050】
結果を図2に示す。図2中、白カラムはAβを加えない細胞を示し、灰色カラムはAβを加えた細胞を示す。それぞれの値を平均値±S. E. M. (n = 23-25) で求めて、グラフ化した。図2の「*」はP < 0.05、「**」はP < 0.01、及び「***」はP < 0.001であることを示す(「control」を対照とする)。
【0051】
培養した中隔野神経細胞はAβ (1-40)で障害を受けやすかった(図2「control」)。Aβ(1-40)を48時間加えたときの毒性に対して、塩酸ドネペジル(Donepezil)は0.1μmol/Lから有意に神経保護効果を示した(図2)。塩酸ドネペジルによるAβ(1-40)毒性の抑制効果は、アセチルコリン受容体拮抗剤であるメカミラミン(mecamylamine)及びスコポラミン(scopolamine)で阻害されなかった(図2)。この結果は、塩酸ドネペジルの神経保護効果の機序はアセチルコリン受容体を介するものではないことを示している。

【実施例3】
【0052】
Aβ(1-42)毒性に対する塩酸ドネペジルの神経保護効果及び細胞死実験
細胞障害の指標として、LDH量を測定した。細胞には、実施例1の培養方法に従って7日間培養した中隔野神経細胞を用いた。中隔野神経細胞の培養培地に5μmol/LのAβ(1-42)を添加し、CO2インキュベーター(5 % CO2、37 °C)で培養した。塩酸ドネペジル(0.1, 1, 10μmol/L)はAβ (1-42)添加の24時間前に加えた。Aβ(1-42)の添加48時間後に、培地中のLDH量を測定した。同時に、細胞を0.5 % Triton X-100を含むリン酸緩衝液(pH 7.4)で可溶化し、細胞中のLDH量も測定した。全体のLDH量(細胞内及び培地中)の内、培地中に漏出したLDH量を計算し、%で表した(Koh J.Y. and Choi D.W. (1987) Quantitative determination of glutamate mediated cortical neuronal injury in cell culture by lactate dehydrogenase efflux assay. J. Neurosci. Meth. 20, 83-90.)。データはANOVA及びWelch’s t-test の解析手法で解析した。
【0053】
結果を図3に示す。図3中、白カラムはAβを加えない細胞を示し、灰色カラムはAβを加えた細胞を示す。それぞれの値を平均値±S. E. M. (n = 8)で求めてグラフ化した。図3の「***」はP < 0.001であることを示す(「control」を対照とする)。
【0054】
培養した中隔野神経細胞はAβ (1-42)で障害を受けやすかった(図3「control」)。Aβ(1-42)を48時間加えたときの毒性に対して、塩酸ドネペジル(donepezil)は1μmol/Lから有意に神経保護効果を示した(図3)。

【実施例4】
【0055】
Aβ(1-40)毒性に対する塩酸ドネペジルのMAP2神経細胞保護効果
実施例2のようにAβ(1-40)で処置した培養マウス中隔野神経細胞を、抗MAP2抗体で免疫染色した。MAP2は神経細胞のマーカーとして用いられている(Herzog W.and Weber K. (1978) Fractionation of brain microtubule-associated proteins. Isolation of two different proteins which stimulate tubulin polymerization in vitro. Eur J Biochem. 92(1), 1-8)。MAP2染色は、上記実施例1の免疫染色の方法に準じて行い、中隔野神経細胞に15 μmol/LのAβ (1-40)を48時間添加後、細胞を固定して免疫染色した。塩酸ドネペジルはAβ(1-40)添加の24時間前から加えた。細胞を固定した後、300倍に希釈した抗MAP2抗体で1日間インキュベーションし、Alexa Fluor546を蛍光基質として用いて検出した。
【0056】
結果を図4に示す。スケールバーは0.1 mmを示す。AはAβ(1-40)を加えないコントロールの細胞を示す。BはAβ (1-40)を加えた細胞を示す。C, D, EはそれぞれAβ(1-40)と塩酸ドネペジル(0.1, 1, 10μmol/L)とを加えた細胞を示す。左側の写真はHoffman modulationによる明視野の写真である。右側の写真は蛍光の写真である。Aβ(1-40)を48時間加えると、MAP2が染色された神経細胞が減少した(図4B)。塩酸ドネペジルは、Aβ(1-40)によるMAP2染色細胞の障害を濃度依存的に抑制することが認められた(図4)。

【実施例5】
【0057】
Aβ(1-40)凝集に対する塩酸ドネペジルの凝集抑制効果
培養液中でのAβ(1-40)の構造状態を検討するためにCDスペクトルを測定した。Aβはβ−シート構造をとるとAβ繊維の固まりを形成しやすくなり、毒性を示すことが知られている(Howlett D.R., Jennings K.H., Lee D.C., Clark M.S., Brown F., Wetzel R., Wood S.J., Camilleri P. and Roberts G.W. (1995) Aggregation state and neurotoxic properties of Alzheimer beta-amyloid peptide. Neurodegeneration. 4, 23-32.)。また、Aβ(1-40)がα−へリックス構造またはβ−シート構造をとると、205 nmから225 nmにおけるCD(circular dichroism)スペクトルが減少することが知られている(Sreerama N., Venyaminov S.Y. and Woody R.W. (2000) Estimation of peptide secondary structure from circular dichroism spectra: inclusion of denatured peptides with native peptides in the analysis. Anal. Biochem. 287, 243-251、Bokvist M., Lindstrom F., Watts A. and Grobner G. (2004) Two types of Alzheimer's beta-amyloid (1-40) peptide membrane interactions: aggregation preventing transmembrane anchoring versus accelerated surface fibril formation. J. Mol. Biol. 335, 1039-49.)。特に、β−シート構造の形成は215 nm周辺のCDスペクトルを減少させることが知られている。そこで、Aβ凝集の指標として、CDを測定した。
【0058】
培養した中隔野神経細胞に15μmol/LのAβ(1-40)を加え、添加48時間後に培地を採取し、波長(wavelength) 215 nm〜260 nmのCDスペクトルを測定した。CDスペクトル測定にはJASCO (日本分光、J-720WI)を使用した。塩酸ドネペジルはAβ(1-40)添加の24時間前から加えた。
【0059】
結果を図5に示す。Aは塩酸ドネペジル(donepezil)を加えない細胞を示す。Bは塩酸ドネペジル(donepezil) (10μM)を加えた細胞を示す。A及びBにおいて、実線はAβを加えない細胞(A:base、B:donepezil)、破線はAβ(amyloid-beta)を加えた細胞を示す。また、A2及びB2は、それぞれA及びBグラフの破線の値から実線の値を引いたものを示した。10μmol/Lの塩酸ドネペジル添加により、215 nmから225 nmにおいてCDスペクトルの減少が抑制された。従って、本実施例により、Aβがα−ヘリックス構造またはβ−シート構造を形成するのを、塩酸ドネペジルが抑制することが示された。

【実施例6】
【0060】
AChE遺伝子のsiRNAによる細胞内AChE活性に対する抑制効果及びAβ(1-40)毒性に対する神経保護効果
(1)siRNA処理
AChEの二本鎖siRNAとして下記の2組のオリゴヌクレオチド((i)及び(ii))を用いた。
(i) ; 5'-AAUGUCAGUGACUCUGUUUTT-3' (配列番号1)、
5'-AAACAGAGUCACUGACAUUTT-3' (配列番号2)及び
(ii) ; 5'-GCUGCCUCAAGAAAGUAUCTT-3' (配列番号3)、
5'-GAUACUUUCUUGAGGCAGCTT-3' (配列番号4)。
中隔野神経細胞の培養6日目と7日目に、1μmol/Lの上記(i)または(ii)のsiRNAとlipofectamine2000 (0.4μL/mL) とを培地中に加えた。培養9日目に、細胞を可溶化し、細胞内のAChE活性(AChE活性)を測定した。
【0061】
(2)AChE活性の測定
AChE活性の測定は、Ellmanらの方法に従って行った(Ellman G.L., Courtney K.D., Anders V.J., Feather-Stone R.M .(1961) A new and rapid colorimetric determination of acetylcholinesterase activity. Biochem. Pharmacol. 7, 88-95)。細胞を0.5 % Triton X-100を含むリン酸緩衝液(pH 8.0)で可溶化した。得られた細胞可溶化溶液を遠心分離し、上澄みをリン酸緩衝液(pH 8.0)で3倍希釈した。希釈した上清に、5,5’-dithiobis(2-nitrobenzoic acid) (0.33 mmol/L) と acetylthiocholine iodide (AthCh) (0.5 mmol/L)とを添加し、攪拌した後、412 nmでの吸光度の増加(AChE(△412 nm/ mg protein))を測定した(Molecular Devices, SpectraMax 190EXT)。データはANOVAとWelch’s t-testで解析した。
【0062】
結果を図6に示す。それぞれの値を平均値±S. E. M. (n = 11)の形式でグラフ化した(n=11)。図6中、AChE遺伝子のsiRNA無添加細胞(untreated)に対して、「**」はP < 0.01を、「***」はP < 0.001であることを示す。
2種類のsiRNA、(i)及び(ii)を検討した結果、ともにAChE活性の抑制効果が認められた(図6)。
【0063】
(3)Aβ(1-40)毒性に対するAChE遺伝子のsiRNAによる神経保護効果
細胞障害の指標としてLDH 量を測定した。中隔野神経細胞に15μmol/LのAβ (1-40)を培養7日目に添加し、48時間インキュベートした。1μmol/LのAChE遺伝子のsiRNA(i)または(ii)はAβ (1-40)添加の24時間前と直前に加えた。白カラムはAβ (1-40)を加えない細胞を示す。灰色カラムはAβ (1-40)を加えた細胞を示す。データはANOVAとWelch’s t-testで解析した。
【0064】
結果を図7に示す。それぞれの値を平均値±S. E. M. の形式で、グラフ化した(n=7)。図7中、AChE遺伝子のsiRNA無添加細胞(untreated)に対して、「***」はP < 0.001であることを示す。
上記の2種類のsiRNA((i)及び(ii))の効果を検討した結果、ともにAβ毒性を抑制した(図7)。
【0065】
(4)Aβ(1-40)凝集に対するAChE遺伝子のsiRNAによる凝集抑制効果
LDH量の測定と並行して、Aβ凝集を215 nm〜260 nmの波長(wavelength)におけるCDスペクトルの変化で解析した。
【0066】
結果を図8に示す。AはsiRNAを加えた細胞のCDスペクトル変化を示す。細い実線はAβを加えない細胞(base)、太い破線はAβを加えた細胞(amyloid-beta)、網目線はAβとsiRNAとを添加した細胞(RNAi+amyloid-beta)を示す。Bは、A「Aβを加えた細胞(amyloid-beta)」の値及び「AβとsiRNAとを添加した細胞(RNAi+amyloid-beta)」の値からそれぞれ「Aβを加えない細胞(base)」の値を引いた値を示す。AChE遺伝子のsiRNAの添加によりCDスペクトルの215 nmから225 nmの減少が抑制された(図8)。
本実施例により、中隔野神経細胞のAβ毒性及びAβ凝集にはAChEが関与していることが示され、そして、AChE遺伝子のsiRNAは、塩酸ドネペジルと同様にAβ毒性に対する神経保護効果及びAβ凝集抑制作用を有することが示された。

【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】培養ラット中隔野神経細胞を抗ChAT抗体で免疫染色した図を示す。
【図2】Aβ(1-40)毒性に対する塩酸ドネペジルの神経保護効果を、LDH量を指標に用いて評価した結果を示す図である。
【図3】Aβ(1-42)毒性に対する塩酸ドネペジルの神経保護効果を、LDH量を指標に用いて評価した結果を示す図である。
【図4】培養ラット中隔野神経細胞を抗MAP2抗体で免疫染色した結果を示す図である。
【図5】Aβ(1-40)凝集に対する塩酸ドネペジルの凝集抑制効果を示す図である。
【図6】細胞内AChE活性に対するAChE遺伝子のsiRNAによる効果を示す図である。
【図7】Aβ(1-40)毒性に対するAChE遺伝子のsiRNAによる神経保護効果を示す図である。
【図8】Aβ(1-40)凝集に対するAChE遺伝子のsiRNAによる凝集抑制効果を示す図である。
【配列表フリーテキスト】
【0068】
配列番号1:siRNA
配列番号2:siRNA
配列番号3:siRNA
配列番号4:siRNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アセチルコリンエステラーゼとAβとの相互作用を抑制することができる化合物を含有する、Aβ凝集抑制剤。
【請求項2】
化合物が、アセチルコリンエステラーゼの機能を低下させ、かつ、実質的にアセチルコリンエステラーゼとAβとの相互作用を抑制することができる化合物である、請求項1記載のAβ凝集抑制剤。
【請求項3】
アセチルコリンエステラーゼの機能低下が、アセチルコリンエステラーゼの活性阻害によるものである請求項2記載の抑制剤。
【請求項4】
アセチルコリンエステラーゼの活性阻害が、ドネペジルもしくはその塩またはそれらの溶媒和物によるものである請求項3記載の抑制剤。
【請求項5】
アセチルコリンエステラーゼの活性阻害が、塩酸ドネペジルによるものである請求項3記載の抑制剤。
【請求項6】
アセチルコリンエステラーゼの機能低下が、アセチルコリンエステラーゼ遺伝子の発現阻害によるものである請求項2記載の抑制剤。
【請求項7】
アセチルコリンエステラーゼ遺伝子の発現阻害が、アセチルコリンエステラーゼ遺伝子のsiRNAによるものである請求項6記載の抑制剤。




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−28170(P2006−28170A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−173899(P2005−173899)
【出願日】平成17年6月14日(2005.6.14)
【出願人】(000000217)エーザイ株式会社 (102)
【Fターム(参考)】