説明

A型黒鉛を含む鋳鉄並びにそのA型黒鉛を含む鋳鉄の鋳造方法及びそのA型黒鉛を含む鋳鉄を用いたシリンダライナ

【課題】従来の鋳鉄材料に比べ、より優れた切削加工性能を備え、特にシリンダライナの用途に好適な鋳鉄材料の提供を目的とする。
【解決手段】上記目的を達成するため、炭素が2.9質量%〜3.6質量%、ケイ素が2.0質量%〜2.5質量%、マンガンが0.5質量%〜1.0質量%、リンが0.03質量%〜0.3質量%、硫黄が0.01質量%〜0.13質量%、銅が0.03質量%〜0.6質量%、クロムが0.03質量%〜0.3質量%、スズが0.001質量%〜0.3質量%及び/又はアンチモンが0.001質量%〜0.2質量%であり、残部が鉄及び不可避的不純物からなることを特徴とし、図に示すような鋳鉄組織を備えるA型黒鉛を含む鋳鉄を採用する。そして、このA型黒鉛を含む鋳鉄を用いた高品質のシリンダライナを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、A型黒鉛を含む鋳鉄並びにそのA型黒鉛を含む鋳鉄の鋳造方法及びそのA型黒鉛を含む鋳鉄を用いたシリンダライナに関する。
【背景技術】
【0002】
鋳鉄は、炭素、ケイ素、マンガン、リン、硫黄の各成分を基本的に含有した鉄合金と歴史的に知られてきた。そして、鋳鉄は、その組織内の炭素の存在状態により片状黒鉛鋳鉄(ねずみ鋳鉄)、球状黒鉛鋳鉄等に分類され、用途に応じて使い分けられてきた。
【0003】
特に、片状黒鉛鋳鉄は、その強度と振動減衰特性とのバランスに優れるため、自動車のエンジンに代表される内燃機関のシリンダライナの形成に用いられてきた。このシリンダライナは、内燃機関のシリンダの内周壁面に設けられる。そして、このシリンダライナは、ピストン及びピストンリングと摺動接触し、一定の気密性を保持することが求められる。従って、シリンダライナには、ガソリン等の燃料の連続的気化爆発により形成される高温環境下での、強度、耐摩耗性、耐焼付性等の諸特性の他に、その表面仕上げ精度が重要となる。
【0004】
高温環境下での、耐摩耗性及び耐焼付性を考慮した鋳鉄としては、組織中にA型黒鉛を有し、耐摩耗性向上元素としてCr、B、Pなどを含有する特殊鋳鉄が一般的に用いられており、特許文献1には、化学組成が重量%で、C:3.3 〜3.7 %、Si:1.8〜2.4%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.1〜0.4%、Cr:0.15〜0.5%、Cu:0.4〜1.0%、Mo:0.2〜0.8%、B:0.02〜0.06%、及び残部が実質的にFeからなる鋳鉄組成が開示されている。
【0005】
例えば、表面仕上げ精度は、加工方法として研削又はホーニング加工を施すことを考えると、鋳鉄組織によって切削加工性能が定まることを考慮すべきである。そして、切削加工性能が劣ると、被加工表面が粗く形成される。この鋳鉄組織は、鋳造方法により異なるものとする事ができる。例えば、シリンダライナ用の鋳鉄鋳造法としては、砂型を用いた重力鋳造法と金型を用いた遠心鋳造法とが多用される傾向があり、選択した鋳鉄組成に応じた鋳造方法の選択が重要となる。なお、研削条件又はホーニング条件によっても、被加工表面の粗さが大きく影響を受けるのは当然であることを明記しておく。
【0006】
そして、従来からシリンダライナとして使用されてきた鋳鉄材料の多くは、遠心鋳造法により製造されている。その結果、重力鋳造法に比べ、その結晶組織内には炭素が細くて多数の片状黒鉛として分散しているため黒鉛間距離が短くなり、研削又はホーニング加工時に黒鉛相の欠落頻度が増え、加工後のシリンダライナの内周面が粗くなる傾向が顕著であった。この鋳造方法に関しては、特許文献2において言及しているが、鋳鉄組成に応じて考慮すべき問題であり、採用した鋳鉄組成に応じて検討を要する要因である。
【0007】
そこで、従前から存在した上記問題を解決するため、本件発明者等は、特許文献3(特開平9−209072)に開示のように、化学組成が重量%で、C:2.9〜3.5%、Si:2.0〜2.5%、Mn:0.5〜1.0%、P:0.1〜0.3%、S:0.01〜0.13%、Cu:0.3〜0.6%、Cr:0.1〜0.3%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつミクロ組織が面積率で、フェライト相を3%以下、ステダイト相を1%以上、黒鉛相を10〜18%含むパーライト基地からなり、かつ基地硬さがHV330以上であることを特徴とする耐摩耗性鋳鉄の提供を行い、摺動部材としての特性を満たし、加工表面を従来以上に滑らかなものとしてきた。即ち、鋳鉄組織、基地硬さを所定の範囲に規定することで、摺動部材として耐摩耗性能、強度等の特性を満足すると共に、ホーニング加工を行った場合の加工性能を向上させ、被加工表面の粗さを低減することでの顕著な効果を発揮してきた。
【0008】
【特許文献1】特開平6−49583号公報
【特許文献2】特公昭58−36664号公報
【特許文献3】特開平9−209072号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、世の中に存在する一般的工業製品には、品質上の一定のバラツキが存在することも事実である。即ち、上記特許文献3に開示の組成の鋳鉄をもって工業的生産性を追求する中で、鋳造を行うときの溶湯組成及び鋳造条件が変動したときの影響を大きく受ける場合があり、得られた鋳鉄組織を面積率で見たとき、フェライト相3%以下、ステダイト相1%以上、黒鉛相10〜18%含むパーライト基地とすることが出来ず、結果として良好な加工性能が得られない場合があった。
【0010】
以上のことから、本件発明者等は、上記特許文献3に開示の鋳鉄材料に比べ、より優れた切削加工性能(以下、ホーニング加工性能及び研削加工性能を含む)を有し、より高歩留まりでの生産が可能で、特にシリンダライナの用途に好適な鋳鉄材料の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本件発明者等は、鋭意研究の結果、以下に示す組成の鋳鉄を採用することで、上記課題を解決できることに想到したのである。
【0012】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄: 本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄は、黒鉛が方向性を持たず無秩序で且つ均一に分布した存在形態を備えるA型黒鉛を含む鋳鉄であって、炭素が2.9質量%〜3.6質量%、ケイ素が2.0質量%〜2.5質量%、マンガンが0.5質量%〜1.0質量%、リンが0.03質量%〜0.3質量%、硫黄が0.01質量%〜0.13質量%、銅が0.03質量%〜0.6質量%、クロムが0.03質量%〜0.3質量%、スズが0.001質量%〜0.3質量%及び/又はアンチモンが0.001質量%〜0.2質量%であり、残部が鉄及び不可避的不純物からなる化学組成を備えることを特徴としたものである。
【0013】
そして、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄は、モリブデンを0.1質量%〜0.6質量%含む組成とすることも好ましい。
【0014】
更に、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄は、その鋳造組織が、金属顕微鏡により観察可能な金属組織の観察領域面積の全体を100面積%として、フェライト相の占有面積が1.5面積%以下、ステダイト相の占有面積が0.05面積%以上、黒鉛相の占有面積が10面積%〜18面積%のパーライト基地を備えることが好ましい。
【0015】
また、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄は、ビッカース硬度250HV0.1以上である硬さを示すものであることが好ましい。
【0016】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の鋳造方法: 本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の鋳造方法は、炭素が2.9質量%〜3.6質量%、ケイ素が2.0質量%〜2.5質量%、マンガンが0.5質量%〜1.0質量%、リンが0.03質量%〜0.3質量%、硫黄が0.01質量%〜0.13質量%、銅が0.03質量%〜0.3質量%、クロムが0.03質量%〜0.3質量%、スズが0.001質量%〜0.3質量%及び/又はアンチモンが0.001質量%〜0.2質量%であり、残部が鉄及び不可避的不純物からなる化学組成の溶湯を調製し、重力鋳造法又は遠心鋳造法を用いて、当該溶湯を鋳型内に鋳込むことを特徴としたものである。
【0017】
本件発明に係るシリンダライナ: 本件発明に係るシリンダライナは、内燃機関のピストンを収容するシリンダの内壁部に設けるものであって、上述の本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄を用いて形成したことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0018】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄は、上述の鋳鉄組成とすることで、摺動部材として求められる耐摩耗性を備えると同時に、従来の耐摩耗性鋳鉄を超える良好な切削性能を示すようになる。しかも、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の製造にあたっては、その鋳込み方法として重力鋳造法及び遠心鋳造法のいずれの方法を採用しても、同レベルの耐摩耗性能と切削性能とを示すようになる。従って、鋳造方法の選択幅が広がり好ましい。また、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄は、内燃機関のピストンを収容するシリンダの内壁部に設けるシリンダライナ用に好適であり、高品質のシリンダライナの提供を可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄、当該A型黒鉛を含む鋳鉄の製造方法、本件発明に係るシリンダライナの各々に関する形態に関して詳細に説明し、その後、本件発明に関する実施例を述べる。
【0020】
組成から見た本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の形態: 本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄は、通常の鋳鉄組成の中に、銅及びクロムを添加した組成である点に特徴を有する。ここで、「A型黒鉛を含む鋳鉄」とは、その鋳造組織内に黒鉛が方向性を持たず無秩序、且つ、均等に分布して存在しているものであり、黒鉛のサイズを適正に保ち、基地をパーライト化することで、いわゆる強靱鋳鉄となり、摺動部材に要求される良好な耐摩耗性及び良好な耐スカッフ性を示すものである。また、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄を組織的側面から見れば、フェライト相及びステダイト相を、ある一定レベル以下に制御したものである。なお、誤解の無きように明記しておくが、本件発明に言う「A型黒鉛を含む鋳鉄」とは、鋳鉄組織中に観察可能な黒鉛形態が、全てA型黒鉛形状でないことを明確にするために用いた用語である。即ち、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄は、A型黒鉛だけでなく、一定量のB型黒鉛、D型黒鉛、E型黒鉛等を含むものである。以下、その組成中に含まれる各成分ごとに説明する。
【0021】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の炭素含有量は、2.9質量%〜3.6質量%の範囲であることが好ましい。目的とする黒鉛組織を得るためには、炭素量の管理が重要であり、適正な範囲に無ければならない。当該炭素含有量が2.9%未満の場合には、鋳鉄組織内での黒鉛の析出量が少なくなる。そのため、シリンダライナに接触して摺動するピストン表面との適正な滑り性能が得られず、良好な耐摩耗性及び良好な耐スカッフ性が得られなくなる。このとき、鋳鉄組織における黒鉛相は、その面積率が10面積%に満たないものとして観察されるものとなり、後述する好ましい鋳造組織が得られなくなる。一方、当該炭素含有量が3.6%を超えるものとすると、鉄−炭素系状態図における過共晶領域になり、鋳鉄組織内での黒鉛の析出量が過大になり、フェライトの随伴析出が顕著となる。その結果、耐摩耗性及び耐スカッフ性において優れるものとなっても、脆弱な組織となり内燃機関での用途に耐えるような強度が得られなくなる。そして、この鋳鉄組織における黒鉛相は、その面積率が18面積%を超えるものとして観察されるものとなり、後述する好ましい鋳造組織が得られなくなる。
【0022】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄のケイ素含有量は、2.0質量%〜2.5質量%の範囲であることが好ましい。ここに記載したケイ素含有量は、上述の炭素含有量と密接な関係を持っている。即ち、ケイ素は、溶湯中から鋳鉄に凝固する過程において、炭素の黒鉛化を促進するための炭素化促進剤として機能する。一般的には、炭素量が一定とすれば、ケイ素量が多くなるほど、ネズミ鋳鉄と成りやすくなる。従って、ケイ素含有量の範囲の数値限定の意味合いも、上述の炭素含有量の範囲を前提としたものである。ここで、当該ケイ素含有量が2.0%未満の場合には、鋳鉄組織内にA型黒鉛が析出しにくくなり、内燃機関のシリンダライナ等の摺動部材に求められるレベルの耐摩耗性及び耐スカッフ性が損なわれる。一方、当該ケイ素含有量が2.5%を超える場合には、遊離フェライトが増加して軟鋳鉄化するため、基地が軟化し強度が不足するため好ましくない。このとき、鋳鉄組織におけるフェライト相の面積率が、1.5面積%を超えるものとして観察される。
【0023】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄のマンガン含有量は、0.5質量%〜1.0質量%の範囲であることが好ましい。鋳鉄組成の中でのマンガンは、いわゆるパーライト安定化元素であり、フェライトの析出を抑制し、微細化したパーライト組織を得易くする。また、当該マンガンは、ケイ素含有量が高い場合には黒鉛の生成を抑制する成分として機能する。しかし、上記ケイ素含有量レベルを考えると、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄におけるマンガンの場合には、鋳鉄組織におけるフェライト相の面積率を1.5面積%以下にするためのフェライトの析出抑制機能と、同時に快削元素として機能している。即ち、ここで言うマンガンは、後述する硫黄とマンガンとが結合し、硫化マンガン(MnS)を形成し、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の切削性を向上させている。従って、当該マンガン含有量が0.5質量%未満の場合には、切削性を向上させる効果が不十分となる。一方、当該マンガン含有量が1.0質量%を超えるようにしても、パーライトの安定化効果は飽和してしまい、資源の無駄遣いとなる。
【0024】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄のリン含有量は、0.03質量%〜0.3質量%の範囲であることが好ましい。このリンは、鋳鉄組織中でリン化鉄が混じったセメンタイトとなり、いわゆるステダイト(リン化鉄共晶)相を形成する機能を果たす。このステダイト相は、非常に硬く脆いものであるが、適正な量のステダイト相が鋳鉄組織中に存在すると、耐摩耗性が顕著に向上し、同時に良好な切削性が得られるが、過剰になると切削加工後の被加工表面の仕上げ精度が問題となる。従って、当該リン含有量が0.03質量%未満の場合には、耐摩耗性及び耐スカッフ性を向上させることは出来ず、良好な切削性も得られない。一方、当該リン含有量が0.3質量%を超える場合には、耐摩耗性及び耐スカッフ性を向上させることはできても、良好な切削性が得られなくなる。係る場合、鋳鉄組成内でステダイト相の面積率は、0.05面積%を超えるものとして観察される。
【0025】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の硫黄含有量は、0.01質量%〜0.13質量%の範囲であることが好ましい。マンガンと硫黄との関係を考えると、1.7×[硫黄(質量%)]+0.2質量%≦[マンガン(質量%)]≦1.7×[硫黄(質量%)]+0.3質量%の関係を満たせば、硫黄の黒鉛化阻害作用を防止する事ができ、切削性を改善する硫化マンガン(MnS)の形成を可能とする。ここで、上記マンガン含有量は、0.5質量%〜1.0質量%の範囲であり、硫黄含有量が0.01質量%〜0.13質量%である。従って、当該硫黄成分の全ては、上述のマンガンと結合し、硫化マンガン(MnS)を形成し、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の切削性を向上させるように作用する。しかし、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の硫黄含有量が0.01%未満の場合には、硫化マンガン(MnS)の形成が少なく切削性を改善しないばかりか、マンガン量が少なくなると硫化鉄を形成し白鋳鉄化するため靱性に乏しい鋳鉄製品が得られる。これに対し、当該硫黄含有量が0.13%を超える場合には、硫黄自体は溶湯への炭素の溶解度を抑制し黒鉛形成を促進する作用を果たすが、白鋳鉄化する傾向にありA型黒鉛を得ることが困難となる。
【0026】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の場合、以下に述べるスズ、アンチモンはパーライト安定化成分であり、共通する機能を果たす成分である。従って、以下に述べる含有量の範囲において、スズ、アンチモンの一種を用いても、これらを組み合わせて用いても構わない。以下、スズとアンチモンとに分けて説明する。
【0027】
スズ含有量は、0.001質量%〜0.3質量%の範囲であることが好ましい。鋳鉄組織においてスズは黒鉛化阻止元素であり、耐摩耗性に優れたパーライト基地の形成を容易にするパーライト安定化機能を果たす。従って、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄のスズ含有量が0.001質量%未満の場合には、パーライト安定化機能を果たし得ない。これに対し、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄のスズ含有量が0.3質量%を超えるものとしても、それ以上にパーライト安定化機能が向上せず、当該効果が飽和するため、単に資源の無駄となる。
【0028】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄のアンチモン含有量は、0.001質量%〜0.2質量%の範囲であることが好ましい。鋳鉄組織においてアンチモンは黒鉛化阻止元素であり、上述のスズと同様に、耐摩耗性に優れたパーライト基地の形成を容易にするパーライト安定化機能を果たす。即ち、アンチモンは、パーライト基地の中で、黒鉛サイズを微細化するため得られるA型黒鉛を含む鋳鉄の硬度の向上に寄与する。本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄のアンチモン含有量が0.001質量%未満の場合には、パーライト安定化機能を果たし得ない。本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄のアンチモン含有量が0.2質量%を超えるものとしても、それ以上にパーライト安定化機能が向上せず当該効果が飽和する。
【0029】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の銅含有量は、0.03質量%〜0.6質量%の範囲であることが好ましい。銅は鋳鉄組織の中で炭素の黒鉛化を阻害せず、パーライト安定化剤として機能するものである。しかし、上述のアンチモン及び/又はスズの添加を行うことにより、パーライト安定化をより確実なものとして、遊離フェライトの析出を防止する。その結果、銅は、鋳鉄の硬度を上昇させる耐摩耗性の改善成分及び耐食性向上成分であり、研削又はホーニング加工での加工欠陥を防止するのに適した黒鉛サイズの形成成分として作用し、切削性を改善できる潤滑剤として機能するレベルの黒鉛形成に寄与する。従って、当該銅含有量が0.03質量%未満の場合には、耐摩耗性、耐食性、切削性のいずれの項目も改善できない。一方、当該銅含有量が0.6質量%を超える場合には、耐摩耗性、耐食性、切削性の各特性の上昇は望めず飽和する。また、更に過剰に銅含有量を増加させれば、上述のアンチモン及び/又はスズ含有量の範囲の黒鉛化阻止能では遊離フェライトの析出を効果的に防止し得ず軟化するため好ましくない。
【0030】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄のクロム含有量は、0.03質量%〜0.3質量%の範囲であることが好ましい。鋳鉄組織においてクロムは黒鉛化阻止元素であり、上述のスズ、アンチモンと同様に、耐摩耗性に優れたパーライト基地の形成を容易にするパーライト安定化機能を果たす。従って、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄はクロムを含むことで、特に耐摩耗性、耐食性の向上が可能となる。当該クロム含有量が0.03質量%未満の場合には、耐摩耗性及び耐食性共に向上しないため添加する意味がない。一方、当該クロム含有量が0.3質量%を超えるように添加すると切削性が低下する。
【0031】
また、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄は、モリブデンを0.1質量%〜0.6質量%の範囲添加した組成とすることも好ましい。このモリブデンは、必要に応じて添加するものであり、優れた切削性及び耐摩耗性とともに、材料強度を更に向上させるために用いる。即ち、モリブデンは、黒鉛化の阻止元素であり、黒鉛サイズの粗大化を防止して、基地に微細且つ均一に黒鉛を分散させて高強度化を図り、靱性及び耐摩耗性に優れたパーライト基地の形成を容易にするパーライト安定化機能を果たす。従って、当該モリブデン含有量が0.1質量%未満の場合には、靱性及び耐摩耗性共に向上させることが出来ない。一方、当該モリブデン含有量が0.6質量%を超えるものとすると、ベイナイト組織になり、硬度が高くなり過ぎて、切削性が悪化するため好ましくない。
【0032】
鋳造組織から見た本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の形態: 以上述べてきた鋳鉄組成を用いることで、その組織中に適度なサイズと均一に分布した片状黒鉛を形成し、パーライト基地硬さを好適に調整できるようになる。鋳鉄中のステダイト相は、切削加工性能を向上させるために用いてきたものであるが、一方では、ステダイト相が増加すると切削加工時の亀裂型切りくずが発生する現象が顕著になり、仕上がり精度が問題となってきた。ところが、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の場合には、切削性を改善するために必要としてきたステダイト相の量を減らしても、良好な耐摩耗性と良好な切削性とを同時に得ることが出来るようになった点に特徴がある。
【0033】
本件発明に係る鋳鉄組成を用いて製造方法を種々に変化させることで、最終的な鋳鉄製品として種々の鋳鉄組織を備えるものが得られる。中でも、以下に述べる観察組織を備えるA型黒鉛を含む鋳鉄が、最も良好な切削性と耐摩耗性とを備え、且つ、その被加工表面が美麗で、仕上げ精度が飛躍的に向上する。即ち、本件発明に言う切削性とは、単に切削が容易で加工治具寿命の長期化が図れるだけではなく、同一の加工治具及び同一の加工条件を用いる限り、切削加工を受けた被加工表面の仕上げ精度が良好という意味を含んでいることを明記しておく。
【0034】
即ち、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の場合、金属顕微鏡により観察可能な金属組織の観察領域面積の全体を100面積%として、フェライト相の占有面積が1.5面積%以下、ステダイト相の占有面積が0.05面積%以上、黒鉛相の占有面積が10面積%〜18面積%のパーライト基地を備える場合に、最も良好な切削性と耐摩耗性とを同時に発揮する。ここで、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の組織を観察する場合、黒鉛形状の観察にはエッチング無しの状態で、金属顕微鏡で100倍の倍率で観察する。そして、フェライト相及びステダイト相を観察する場合には、ナイタルを用いる等の所定のエッチング処理を行い、金属顕微鏡で200倍観察する。
【0035】
このA型黒鉛を含む鋳鉄の基地は、パーライト基地である。ここでパーライトとは、当業者に関しては周知の用語であるが簡単に説明しておく。鉄−炭素系状態図のγ固溶体が、共析変態(A変態)により、α固溶体(フェライト)と鉄炭素化合物(FeC:セメンタイト)とに分解し、この両者が薄い層となって交互に積層した縞模様を形成したものである。そして、パーライト基地とは、組織の全体がパーライト組織となっていることを意味している。更に、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の場合、そのパーライト基地にフェライト相、ステダイト相、黒鉛相が均一に分布して存在したものである。
【0036】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の場合、金属顕微鏡により観察可能な金属組織の観察領域面積の全体を100面積%として、フェライト相の占有面積が1.5面積%以下であることが好ましい。この範囲のフェライト相の占有面積としたのは、耐摩耗性に欠けるフェライト相を可能な限り減少させ基地強度の低下を防止して、切削加工又はホーニング加工による亀裂型切りくず発生現象を防止して、被加工表面の仕上げ精度を向上させ、滑らかな加工表面を得るためである。従って、このフェライト相の占有面積が1.5面積%を超えると、被加工表面の仕上げ精度が劣化し、滑らかな加工表面を得ることが出来なくなる。
【0037】
そして、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄のステダイト相は、金属顕微鏡により観察可能な金属組織の観察領域面積の全体を100面積%として、当該占有面積が0.05面積%以上であることが好ましい。ステダイトは、α鉄、FeC(セメンタイト)、リン化鉄(FeP)の三元共晶組織で、高硬度である。その結果、パーライト基地中にステダイト相が0.05面積%未満として析出していると、ホーニング加工時に対し、亀裂型切りくず発生現象が起き、その結果、被加工表面の仕上げ精度が劣化し、滑らかな加工表面を得ることが出来なくなる。
【0038】
また、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の黒鉛相は、金属顕微鏡により観察可能な金属組織の観察領域面積の全体を100面積%として、当該黒鉛相の占有面積が10面積%〜18面積%であることが好ましい。このとき黒鉛相の占有面積が10面積%未満の場合には、摺動部材として黒鉛相の果たす潤滑機能が発揮されず、耐摩耗性、耐スカッフ性が劣る。一方、黒鉛相の占有面積が18%面積を超える場合には、黒鉛サイズが粗大化して、鋳鉄強度が低下し、機械用構造部材としての実用性に欠けるようになる。なお、本件発明のA型黒鉛を含む鋳鉄材料及びシリンダライナは、観察面積中の全片状黒鉛の量を100面積%としたとき、A型黒鉛を70面積%以上含み、残部としてB型黒鉛及びD型黒鉛を含む場合がある。また、遠心鋳造法による場合には、A型黒鉛とE型黒鉛との合計が70面積%以上である事が好ましい。
【0039】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄が、以上のような鋳鉄組織を備えると、パーライト基地硬さのビッカース硬度250HV0.1以上となる。耐摩耗性の観点から見れば、フェライト組織よりパーライト組織の方が優れる。一般に硬さの高いものほど耐摩耗性に優れるが、パーライト組織のラメラ構造が粗く、フェライト量が多くならないようにして、ホーニング加工時の亀裂型切りくず発生現象をより確実に防止する観点からは、基地硬さを300HV0.1以上とすることがより好ましい。なお、ここで上限に関して特に限定を設けていないが、ビッカース硬度が400HV0.1以下であることが好ましい。ビッカース硬度が400HV0.1を超えると、機械用構造部材として求められる靱性が低下して、切削性、振動減衰特性等も劣化するからである。
【0040】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の鋳造方法の形態: 本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の鋳造方法の形態に関して述べる。本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄を得るための溶湯の組成は、基本的に、目的とするA型黒鉛を含む鋳鉄の最終組成よりSiが約0.2%程度低い組成の溶湯を用いる。そして、注湯の直前に黒鉛化を促進するための接種(フェロシリコン合金)を行う。その結果、溶湯と凝固した後の鋳鉄との間で、成分的な差異が殆ど無くなる。即ち、最初に炭素が2.9質量%〜3.6質量%、ケイ素が2.0質量%〜2.5質量%、マンガンが0.5質量%〜1.0質量%、リンが0.05質量%〜0.3質量%、硫黄が0.01質量%〜0.13質量%、銅が0.03質量%〜0.3質量%、クロムが0.03質量%〜0.3質量%、スズが0.001質量%〜0.3質量%及び/又はアンチモンが0.001質量%〜0.2質量%であり、残部が鉄及び不可避的不純物からなる溶湯を調製する。このときの溶湯の調整方法、各種成分の溶湯中への添加順序及び調整方法の種類に関しては、特段の限定はなく、公知のいずれの手法を用いても構わない。そして、この溶湯の組成は、溶湯を調製する際の添加原料の割合から算出したものである。
【0041】
そして、溶湯を鋳型内に鋳込む際には、重力鋳造法又は遠心鋳造法のいずれを用いても構わない点も特徴である。しかしながら、上記組成の溶湯に遠心鋳造法を採用する場合には、その金型の表面温度が250℃未満とすると、冷却速度が早すぎ、黒鉛化が抑制され、良好なサイズのA型黒鉛が析出しにくくなるため好ましくない。一方、当該金型の表面温度を270℃を超えるものとすると、冷却速度が遅くなり過ぎて、析出黒鉛のサイズが粗大になり基地硬さが低下するため好ましくない。
【0042】
遠心鋳造法においては、その金型内面に、ケイ藻土を主成分とする塗型を塗布形成する。このときの塗型厚さは、冷却速度と金型寿命とに影響を与える重要な因子である。当該塗型厚さが0.5mm未満であると、冷却速度が速すぎて、鋳造製品のチル化傾向が大きくなり、上述の鋳造組織を得ることが出来なくなる。一方、当該塗型厚さが1.5mmを超えると、冷却速度が遅くなり過ぎて、析出する黒鉛サイズが粗大になり、基地硬さが低下し、摺動部材として求められる耐摩耗性等の必要な機能を発揮しなくなる。
【0043】
本件発明に係るシリンダライナの形態: 本件発明に係るシリンダライナは内燃機関のピストンを収容するシリンダの内壁部に設けるものであり、以上に述べてきたA型黒鉛を含む鋳鉄を用いて形成したことを特徴とする。当該A型黒鉛を含む鋳鉄を用いることで、ホーニング加工後のシリンダライナの表面を、従来に無いレベルで美麗且つ滑らかに仕上げることができ、高品質の内燃機関用シリンダを提供することが可能となる。
【実施例】
【0044】
この実施例では、最終的な鋳鉄組成とほぼ同様の組成の溶湯を調製し、重力鋳造法又は遠心鋳造法を用いて、シリンダライナ用鋳鉄を製造した。そして、当該鋳込み後のシリンダライナ用鋳鉄の表面をホーニング加工して、加工性能を評価するため、加工後のシリンダライナ表面の最大高さ(Pt)を、JIS B0601(2001)に基づいて測定した。なお、このときの最大高さ(Pt)は、曲率半径2μmの触針を用いて触芯式表面粗さ計を用いて測定した。以下の表1には、実施例(試料1〜試料17)と後述する比較例(試料C−1、試料C−2、試料C−3)との鋳鉄組成及び鋳造条件に関して、対比可能なように纏めて示す。ここで念のために明記しておくが、表1に鋳鉄組成として記載した各成分量は、意図的に添加したものであり、不可避不純物として含有している微量成分を含まないものである。
【0045】
【表1】

【0046】
そして、表1に示した組成の各シリンダライナ用鋳鉄の鋳造組織を観察し、ホーニング加工した後の加工表面の表面粗さを測定した結果を、実施例(試料1〜試料15)と後述する比較例(試料C−1、試料C−2、試料C−3)とを対比可能なように、以下の表2に示す。ホーニング条件に関しては、以下に列挙掲載する。
【0047】
ホーニング条件 砥石:荒工程・・・・・・ダイヤ♯220
仕上工程・・・・・GC♯220
プラトウ・・・・・軟質系砥石
取代:荒工程・・・・・・0.02〜0.03mm/径
仕上工程・・・・・0.03〜0.04mm/径
プラトウ・・・・・5ストローク
砥石拡張方法・・・機械式
【0048】
更に、図1〜図4には、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄組織を備えるシリンダライナ用鋳鉄の代表的金属顕微鏡観察像を示す。図1には、試料3の重力鋳造法を用いて砂型で製造したシリンダライナ用鋳鉄の腐食しない場合の鋳造組織を倍率100倍の金属顕微鏡観察像として示した。これに対し、図2には、試料3をナイタルでエッチングした場合の鋳造組織を倍率200倍の金属顕微鏡観察像として示した。図3には、試料9の遠心鋳造方式を用いて金型で製造したシリンダライナ用鋳鉄であって、エッチング無しの鋳造組織を倍率100倍の金属顕微鏡観察像として示した。そして、図4には、試料9をナイタルでエッチングした場合の鋳造組織を倍率200倍の金属顕微鏡観察像として示した。この図1〜図4から分かるように、良好なA型黒鉛形態が得られているのが分かる。
【比較例】
【0049】
この比較例では、実施例と同様に、最終的な鋳鉄組成とほぼ同様の組成の溶湯を調製し、遠心鋳造法を用いて、シリンダライナ用鋳鉄を製造した。このときの鋳鉄組成及び鋳造条件に関しては、実施例と同時に、上述の表1に同時掲載した。そして、当該鋳込み後のシリンダライナ用鋳鉄の表面をホーニング加工して、加工性能を評価するため、加工後のシリンダライナ表面の最大高さ(Pt)を測定し、実施例との対比に用いた。その他のホーニング加工条件等は実施例と同様である。
【0050】
更に、図5には、試料C−1の遠心鋳造法で製造したシリンダライナ用鋳鉄のエッチング無しの鋳造組織を倍率100倍の金属顕微鏡観察像として示した。そして、図6には、試料C−1をナイタルでエッチングした場合の鋳造組織を倍率200倍の金属顕微鏡観察像として示した。この図5及び図6でも、黒鉛形態としては良好なA型黒鉛となっている。
【0051】
<実施例と比較例との対比>
以上に述べてきた実施例と比較例とに関して、それぞれを対比して述べることとする。この対比は、表2を参照しつつ行うものとする。
【0052】
【表2】

【0053】
この表1の実施例の試料1〜試料17の鋳造組成を見ると、全てが炭素が2.9質量%〜3.6質量%、ケイ素が2.0質量%〜2.5質量%、マンガンが0.5質量%〜1.0質量%、リンが0.05質量%〜0.3質量%、硫黄が0.01質量%〜0.13質量%、銅が0.03質量%〜0.3質量%、クロムが0.03質量%〜0.3質量%、スズが0.001質量%〜0.3質量%及び/又はアンチモンが0.001質量%〜0.2質量%であり、残部が鉄及び不可避的不純物の範囲にある。これに対し、表1の比較例の試料C−1、試料C−2、試料C−3は、上記組成範囲には含まれないことが分かる。
【0054】
そして、表2の実施例の試料1〜試料17の鋳造組織は、金属顕微鏡により観察可能な金属組織の観察領域面積の全体を100面積%として、フェライト相の占有面積が1.5面積%以下、ステダイト相の占有面積が0.05面積%以上、黒鉛相の占有面積が10面積%〜18面積%のパーライト基地を備えることが分かる。これに対し、表1の比較例の試料C−1、試料C−2、試料C−3は、上記鋳造組織の特徴を満足していないことが分かる。
【0055】
ここで、表2を参照しながら、実施例(試料1〜試料17)と比較例(試料C−1、試料C−2、試料C−3)との基地硬さをみると、実施例の試料のビッカース硬度がHV0.1において254〜350の範囲にある。これに対し、比較例の試料のビッカース硬度は332〜360の範囲にある。即ち、ビッカース硬度で見た場合、実施例の試料の方が硬度が広い範囲を持ち、且つ、より軟質な領域を備えていることが分かる。しかしながら、発明者等の研究によれば、実施例と比較例との間で耐摩耗性に顕著な差異は認められず同等のレベルにある。
【0056】
そして、表2を参照しながら、実施例(試料1〜試料17)と比較例(試料C−1、試料C−2、試料C−3)とのホーニング加工後の被加工表面の表面粗さ(表2では単に「ホーニング加工後表面粗さ」と表示)を比べる。その結果、比較例の最大高さ(Pt)が6.1μn〜6.3μmの範囲にあるのに対し、実施例の最大高さ(Pt)は、3.3μm〜4.0μmの範囲となり、ホーニング加工後の被加工表面の粗さが飛躍的に滑らかになり、仕上げ精度が飛躍的に向上したことが分かる。このことは、遠心鋳造法を用いた比較例の試料と、遠心鋳造法を用いた実施例の試料11〜試料13とを比べても同様である。また、実施例の試料1〜試料10、試料14、試料15の各試料の最大高さ(Pt)と、試料11〜試料13の各試料の最大高さ(Pt)とを対比すると、本件発明に係る組成の溶湯を用いた場合の鋳造方法として重力鋳造法、遠心鋳造法のいずれを用いても良好なホーニング加工性能を示すA型黒鉛を含む鋳鉄が得られることが裏付けられる。
【0057】
更に、表2を参照しながら、実施例(試料16及び試料17)と比較例(試料C−1、試料C−2、試料C−3)とのホーニング加工後の被加工表面の表面粗さ(表2では単に「ホーニング加工後表面粗さ」と表示)を比べる。この実施例に該当する試料16及び試料17は、鋳鉄組成としてスズ、アンチモン及びモリブデンを併用した組成を備えている。その結果、比較例の試料と比べて、基地硬さが顕著に堅くなっている。従って、比較例の試料と比べて、試料16及び試料17は、本件発明においてスズ、アンチモン及びモリブデンを併用した鋳鉄組成を採用することで、耐摩耗性能に優れることが推察できる。しかも、実施例(試料16及び試料17)と比較例(試料C−1、試料C−2、試料C−3)とのホーニング加工後の被加工表面の粗さを見ると、実施例の方が硬い物性を備えているにも拘わらず、飛躍的に滑らかな被加工表面を得ることができ、比較例と比べて仕上げ精度が飛躍的に向上したことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄は、上述の鋳鉄組成とすることで、摺動部材として求められる耐摩耗性を備えると同時に、従来の耐摩耗性鋳鉄を超える良好な切削性能を示すものであり、このような特性を備えるが故に、内燃機関のピストンを収容するシリンダの内壁部に設けるシリンダライナ用に好適であり、高品質のシリンダライナの提供を可能とする。また、本件発明に係るA型黒鉛を含む鋳鉄の製造方法は、得ようとするA型黒鉛を含む鋳鉄の鋳鉄組成を反映させた溶湯組成に特徴を持つものであり、従来の鋳造設備の全てを利用することが可能で、鋳込み方法として重力鋳造法及び遠心鋳造法のいずれの方法も採用可能であるため、新たな設備投資を必要としない利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】試料3(実施例:重力鋳造法)のエッチング無しの金属顕微鏡観察像である。
【図2】試料3(実施例:重力鋳造法)のエッチング後の金属顕微鏡観察像である。
【図3】試料9(実施例:遠心鋳造法)のエッチング無しの金属顕微鏡観察像である。
【図4】試料9(実施例:遠心鋳造法)のエッチング後の金属顕微鏡観察像である。
【図5】試料C−1(比較例:遠心鋳造法)のエッチング無しの金属顕微鏡観察像である。
【図6】試料C−1(比較例:遠心鋳造法)のエッチング後の金属顕微鏡観察像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒鉛が方向性を持たず無秩序で且つ均一に分布した存在形態を備えるA型黒鉛を含む鋳鉄であって、
炭素が2.9質量%〜3.6質量%、ケイ素が2.0質量%〜2.5質量%、マンガンが0.5質量%〜1.0質量%、リンが0.03質量%〜0.3質量%、硫黄が0.01質量%〜0.13質量%、銅が0.03質量%〜0.6質量%、クロムが0.03質量%〜0.3質量%、スズが0.001質量%〜0.3質量%及び/又はアンチモンが0.001質量%〜0.2質量%であり、残部が鉄及び不可避的不純物からなる化学組成を備えることを特徴としたA型黒鉛を含む鋳鉄。
【請求項2】
モリブデンを0.1質量%〜0.6質量%含ませたものである請求項1に記載のA型黒鉛を含む鋳鉄。
【請求項3】
金属顕微鏡により観察可能な金属組織の観察領域面積の全体を100面積%として、フェライト相の占有面積が1.5面積%以下、ステダイト相の占有面積が0.05面積%以上、黒鉛相の占有面積が10面積%〜18面積%のパーライト基地を備える請求項1又は請求項2に記載のA型黒鉛を含む鋳鉄。
【請求項4】
基地のビッカース硬度が250HV0.1以上である請求項1〜請求項3のいずれかに記載のA型黒鉛を含む鋳鉄。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれかに記載のA型黒鉛を含む鋳鉄の鋳込み方法であって、
炭素が2.9質量%〜3.6質量%、ケイ素が2.0質量%〜2.5質量%、マンガンが0.5質量%〜1.0質量%、リンが0.03質量%〜0.3質量%、硫黄が0.01質量%〜0.13質量%、銅が0.03質量%〜0.6質量%、クロムが0.03質量%〜0.3質量%、スズが0.001質量%〜0.3質量%及び/又はアンチモンが0.001質量%〜0.2質量%であり、残部が鉄及び不可避的不純物からなる化学組成の溶湯を調製し、
重力鋳造法又は遠心鋳造法を用いて、当該溶湯を鋳型内に鋳込むことを特徴としたA型黒鉛を含む鋳鉄の鋳造方法。
【請求項6】
内燃機関のピストンを収容するシリンダの内壁部に設けるシリンダライナであって、
請求項1〜請求項4のA型黒鉛を含む鋳鉄を用いて形成したことを特徴とするシリンダライナ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−106357(P2008−106357A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−253894(P2007−253894)
【出願日】平成19年9月28日(2007.9.28)
【出願人】(390022806)日本ピストンリング株式会社 (137)
【Fターム(参考)】