ACE2活性誘導剤
【課題】
本発明は、RASを標的とする新しい治療薬又は予防薬を提供することを目的とする。
【解決手段】
下記の一般式(I)
【化1】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤等。
本発明は、RASを標的とする新しい治療薬又は予防薬を提供することを目的とする。
【解決手段】
下記の一般式(I)
【化1】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤等。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ACE2の活性を誘導する化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
血圧は主にレニン−アンギオテンシン系(以下、「RAS」という)によって制御されている。アンギオテンシノーゲンがレニンにより分解されて生じるアンギオテンシンIは、アンギオテンシン変換酵素(以下、「ACE」という)とACEのホモログである2型アンギオテンシン変換酵素(以下、「ACE2」という)の機能的バランスにより制御されている(図1)。ACEの活性上昇は、アンギオテンシンIからアンギオテンシンII(アンギオテンシン(1−8))への変換を促進し、血管縮小、血圧上昇を促すことで脳心血管疾患や腎障害を惹起する「負」の制御を示す。一方、ACE2の活性上昇は、アンギオテンシンIIからアンギオテンシン(1−7)への変換を促進し、血管拡張、血圧降下を促し、「正」の制御としてプロテクティブな作用を示す。即ち、ACE2は、アンギオテンシン(1−7)−MAS系を活性化することで、多くの疾患で悪性化を引き起こすアンギオテンシンII−AT1R系との拮抗作用を示すことが知られている(非特許文献1)。
【0003】
日本の成人において、高血圧症は約50%の割合で患う生活習慣病であり、RASのシステム異常がその大きな要因となっている。また、本態性高血圧の約40%がインスリン抵抗性を示し、これにもRASが関与していると考えられており、インスリン抵抗性も脳心血管疾患のリスクとなりうる。また、ACE2及びアンギオテンシン(1−7)は、高血圧(非特許文献2)の他、心収縮機能(非特許文献3)、心不全(非特許文献4)、不整脈(非特許文献5)等の心機能、Na利尿等の腎機能(非特許文献6)、並びに、SARS(特許文献1及び非特許文献7)との関係が報告されている(特許文献2及び非特許文献8)。
【0004】
現在、RASを標的とする治療薬としては、ACE阻害剤、アンギオテンシンII受容体AT1R拮抗薬が知られているが、血圧を良好にコントロールできている症例は約30%程度であり、RASを標的とする新しい治療薬の開発が求められていた。特に、血圧下降能とインスリン抵抗性抑制能を有する化合物が見いだされれば、現代の生活習慣病全般に有効であると考えられていた。ACE2を活性化する低分子化合物として、キサンテノン及びレソルシノールナフタレンが報告されている(特許文献3及び非特許文献9)。しかし、ACE2の活性を誘導する化合物を医薬品として開発した例はなく、治療薬として利用可能な化合物の開発が望まれていた。
【0005】
パルミトレイン酸((Z)−hexadec−9−enoic acid)は、炭素数16のcis−9モノ不飽和脂肪酸である。パルミトレイン酸は、イワシ油やマカダミアナッツに含まれることが知られており、1%のパルミトレイン酸を含む食事が脳梗塞を軽減することが報告されている(非特許文献10)。また、脂肪酸結合タンパク質(FABP)ノックアウトマウスの脂肪組織から血中に放出されたパルミトレイン酸が、肝臓においてSCD−1の発現を抑制し脂質合成を抑制すると共に、末梢においてインスリンの感受性を与えグルコースの取り込みを促進することを報告している(非特許文献11)。当該文献では、パルミトレイン酸は、インスリンと同程度のグルコースの取り込みを刺激することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開公報WO2006/122819号
【特許文献2】国際公開公報WO2004/000367号
【特許文献3】国際公開公報WO2008/066770号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Burellら、Trands Endocrinol.Methab.、Vol.15、pp.166−169(2004)
【非特許文献2】Katovichら、Hypertension.Exp.Physiol.、Vol.90、pp.299−305(2005)
【非特許文献3】Crackowerら、Nature、Vol.417、pp.822−828(2002)
【非特許文献4】Lootら、Circulation、Vol.105、pp.1548−1550(2002)
【非特許文献5】Donoghueら、J.Mol.Cell.Cardiol、Vol.35、pp.1043−1053(2003)
【非特許文献6】鈴木ら、Japanese Circulation Journal、Vol.62、No.Supplement I、p.(1998)
【非特許文献7】Kubaら、Nature Medicine、Vol.11、pp.875−879(2005)
【非特許文献8】林ら、Angiotensin Research、Vol.4、No.1、pp.18−22(2007)
【非特許文献9】Pradaら、Hypertension、Vol.51、pp.1312−1317(2008)
【非特許文献10】Yamoriら、Journal of Hypertension、Vol.4(suppl 3)、pp.S449−S452
【非特許文献11】Caoら、Cell、Vol.134、pp.933−944(2008)
【発明の概要】
【0008】
本発明は、ACE2の活性を誘導する化合物を見出し、RASを標的とする新しい治療薬を提供することを目的とする。
【0009】
本発明は、ACE2活性誘導剤に関する。より具体的には、本発明は、以下の(1)〜(7)に関する。
(1) 下記の一般式(I)
【0010】
【化1】
【0011】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤;
(2) Rが、カルボキシル基であり、mが、5〜7である、(1)に記載の2型アンギオテンシン変換酵素活性化剤;
(3) パルミトレイン酸、オレイン酸、trans−パルミテライジン酸、7−ヘキサデセン酸、11−ヘキサデセン酸、パルミチン酸、又は、パルミトレイルアルコール、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤;
(4) 下記の一般式(II)
【0012】
【化2】
【0013】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、5〜7であり、oは、5〜7であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤;
(5) 11−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤;
(6) 下記一般式(II)
【0014】
【化3】
【0015】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、1〜3であり、oは、8〜10であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤;並びに、
(7) 7−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【0016】
別の態様において、本願発明は、以下の発明に関する:
(1’) 下記の一般式(I)
【0017】
【化4】
【0018】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、2型アンギオテンシン変換酵素活性の誘導方法;
(2’) Rが、カルボキシル基であり、mが、5〜7である、(1’)に記載の2型アンギオテンシン変換酵素活性の誘導方法;
(3’) パルミトレイン酸、オレイン酸、trans−パルミテライジン酸、7−ヘキサデセン酸、11−ヘキサデセン酸、パルミチン酸、又は、パルミトレイルアルコール、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、2型アンギオテンシン変換酵素活性の誘導方法;
(4’) 下記の一般式(II)
【0019】
【化5】
【0020】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、5〜7であり、oは、5〜7であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、即効的に2型アンギオテンシン変換酵素活性を誘導する方法;
(5’) 11−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、即効的に2型アンギオテンシン変換酵素活性を誘導する方法;
(6’) 下記一般式(II)
【0021】
【化6】
【0022】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、1〜3であり、oは、8〜10であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、遅効的に2型アンギオテンシン変換酵素活性を誘導する方法;並びに、
(7’) 7−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、遅効的に2型アンギオテンシン変換酵素活性を誘導する方法。
【0023】
本発明の2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤は、下記の一般式(I)
【0024】
【化7】
【0025】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物を有効成分として含有する。Rは、好ましくは、水酸基又はカルボキシル基である。mは、好ましくは、3〜8であり、より好ましくは、3〜5である。nは、好ましくは、1である。oは、好ましくは、5〜9である。式(I)の化合物として、好ましくは、パルミトレイン酸、オレイン酸、trans−パルミテライジン酸、7−ヘキサデセン酸、11−ヘキサデセン酸、パルミチン酸、及び、パルミトレイルアルコールである。
【0026】
また、上記式(I)で表される化合物は、その構造により、その薬効の発現が遅効型と速効型に分かれる。よって、一の態様において、本発明は速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に関する。より具体的には、本発明は、下記の一般式(II)
【0027】
【化8】
【0028】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、5〜7であり、oは、5〜7であり、m+oが13以上である]で表される化合物を有効成分として含有する速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に関する。好ましくは、Rは、水酸基又はカルボキシル基である。
【0029】
速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に含有される式(II)で表される化合物として、好ましくは、7−ヘキサデセン酸である。また、別の態様において、本発明は遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に関する。より具体的には、下記一般式(II)
【0030】
【化9】
【0031】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、1〜3であり、oは、8〜10であり、m+oが13以上である]で表される化合物を有効成分として含有する遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に関する。好ましくは、Rは、水酸基又はカルボキシル基である。遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に含有される式(II)で表される化合物として、より好ましくは、11−ヘキサデセン酸である。
【0032】
本願発明の2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤は、上記化合物の他、これらの化合物の薬理上許容されるエステルを包含する。ここで、「薬理上許容されるエステル」は、生体内において代謝されて、本願発明の化合物を与える基を含む化合物であって、医薬として体内に投与することが許容可能なエステルのことである。本明細書において、エステルは、エステル結合した化合物の他、アミド結合した化合物を含む。また、本願発明の化合物がアミノ基を有する場合、カルボン酸を含む化合物と反応させることにより、アミドを得ることができる。エステルは、生体内のエステラーゼにより分解されて活性型の化合物を与えてもよい。例えば、エステルとしては、置換され又は置換されていない、低級アルキルエステル、低級アルケニルエステル、低級アルキルアミノ低級アルキルエステル、アシルアミノ低級アルキルエステル、アシルオキシ低級アルキルエステル、アリールエステル、アリール低級アルキルエステル、アミド、低級アルキルアミド、水酸化アミドを挙げることができる。エステルとして、好ましくは、プロピオン酸エステル又はアシルエステルである。本明細書において、「低級」とは、炭素数1〜10を意味し、好ましくは、炭素数1〜6であり、より好ましくは炭素数1〜3である。
【0033】
本願発明の2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤は、上記化合物、当該化合物のエステルの他、それらの薬理上許容される塩を包含する。「薬理上許容される塩」とは、上記化合物又はそのエステルが、無機又は有機の塩基又は酸と結合して形成した塩であって、医薬として体内に投与することが許容可能な塩のことである。このような塩は、例えば、Bergeら、J.Pharm.Sci.66:1−19(1977)等に記載されており、具体的には、酢酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、安息香酸エステル塩、重炭酸塩、酸性酒石酸塩、臭化物塩、カルシウムエデト酸塩、カンシル酸塩、炭酸塩、塩酸塩、クエン酸塩、二塩酸塩、エデト酸塩、エジシル酸塩、ラウリル硫酸塩、フマル酸塩、テオクル酸塩、グルコン酸塩、グルタミン酸塩、グリコリルアサニル酸塩、ヘキシルレゾルシン酸塩、ヒドラバミン、臭化水素酸塩、塩化水素酸塩、ヒドロキシナフトエ酸塩、ヨウ化物塩、イソチオン酸塩、乳酸塩、ラクトビオン酸塩、リンゴ酸塩、マレイン酸塩、マンデル酸塩、メシル酸塩、臭化メチル、硝酸メチル塩、硫酸メチル塩、粘液酸塩、ナプシル酸塩、硝酸塩、パモン酸塩、パントテン酸塩、リン酸塩/二リン酸塩、ポリガラクツロン酸塩、サリチル酸塩、ステアリン酸塩、塩基性酢酸塩、コハク酸塩、硫酸塩、タンニン酸塩、酒石酸塩、テオクル酸塩、及び、トリエチオダイドを挙げることができる。なお、化合物(I)の水和物又は溶媒和物および化合物(I)の塩の水和物又は溶媒和物も本発明の化合物に包含される。
【0034】
2型アンギオテンシン変換酵素(以下、「ACE2」という)は、アンギオテンシン変換酵素(以下、「ACE」という)と同じアンギオテンシンI(1−10)(以下、「AI」という」を基質とすることから、ACEと拮抗してアンギオテンシン(1−7)を産生する。また、ACE2は、アンギオテンシンII(1−8)(以下、「AII」という)を更に分解してアンギオテンシン(1−7)を産生することが知られている。また、アンギオテンシン(1−7)は、AIIに対して拮抗的に働くことが報告されている。よって、一の態様において、本願発明は、式(I)
【0035】
【化10】
【0036】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物を有効成分として含有するAIIの産生又は活性化に基づく疾患の治療剤又は予防剤を提供するものである。AIIの産生又は活性化に基づく疾患としては、高血圧症、本態性高血圧症、腎(実質)性高血圧症、腎血管性高血圧症、悪性高血圧症、肺高血圧症、心不全、心肥大、脳卒中、糖尿病性腎症、腎線維症、骨粗鬆症、アルツハイマー病、急性肺損傷、各種炎症、自己免疫疾患における組織障害、臓器障害(特には、血圧上昇に伴う臓器障害)等が挙げられる。また、ACE2は、AIIの阻害活性の他に、ブラジキニンの分解産物で血管拡張作用のある[Des−Arg]9ブラジキニンを不活性化すること、apelin−13、dynorphin A1−13を分解すること等が知られている。従って、ある態様において、本願発明は、式(I)で表される化合物を有効成分として含有する、[Des−Arg]9ブラジキニン、apelin−13、又はdynorphin A1−13に基づく疾患の治療剤又は予防剤を提供するものである。更に、ACE2は、SARSウィルスのSpikeタンパク質のレセプターであること(Kubaら、Nat Med 11:875−879,2005)、ACE2の活性化がSARSに治療効果をもたらすこと(Imaiら、Nature 436:112−116,2005)が報告されている。よって、別の態様において、本願発明は、式(I)で表される化合物を有効成分として含有する、SARSの治療剤又は予防剤を提供するものである。その他、本願発明は、式(I)で表される化合物を有効成分として含有する、糖尿病等のACE2の活性向上により改善する疾患あるいはACE2の活性低下又は機能不全に基づく疾患の治療剤又は予防剤を提供するものである。また、別の態様において、本願発明は、前記式(I)で表される化合物を投与することを含む、前記疾患の治療方法又は予防方法を提供するものである。
【0037】
また、一の態様において、本願発明は、下記の一般式(II)
【0038】
【化11】
【0039】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、5〜7であり、oは、5〜7であり、m+oが13以上である]で表される化合物を有効成分として含有するAIIの産生又は活性化に基づく疾患、[Des−Arg]9ブラジキニン、apelin−13又はdynorphin A1−13に基づく疾患、SARS、ACE2の活性向上により改善する疾患(例えば、糖尿病)、あるいは、ACE2の活性低下又は機能不全に基づく疾患の速効性の治療剤又は予防剤を提供するものである。別の態様において、本願発明は、前記化合物を投与することを含む、AIIの産生又は活性化に基づく疾患の速効的な治療方法に関する。
【0040】
また、別の態様において、本願発明は、下記一般式(II)
【0041】
【化12】
【0042】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、1〜3であり、oは、8〜10であり、m+oが13以上である]で表される化合物を有効成分として含有するAIIの産生又は活性化に基づく疾患、[Des−Arg]9ブラジキニン、apelin−13又はdynorphin A1−13に基づく疾患、SARS、ACE2の活性向上により改善する疾患(例えば、糖尿病)、あるいは、ACE2の活性低下又は機能不全に基づく疾患の遅効性の治療剤又は予防剤を提供するものである。別の態様において、本願発明は、前記化合物を投与することを含む、AIIの産生又は活性化に基づく疾患の遅効的な治療方法に関する。
【発明の効果】
【0043】
本発明の化合物は、ACE2活性を誘導し、降圧効果のみならず高血圧により発症する脳卒中やインスリン抵抗性を抑制する。また、本発明の化合物は、血管系疾患や糖尿病に関与するACE2の活性を誘導することから、これらの疾患に対する治療効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】ACE2の作用メカニズムを表す模式図である。
【図2】パルミトレイン酸によるACE2活性化を示す図である。図中、縦軸はACE2を活性化したことを示す蛍光の強度(RFU)を示し、横軸は基質との反応時間(分)を示す。図中、実線はパルミトレイン酸、破線はコントロールを示す。
【図3】パルミトレイン酸によるACE活性抑制を示す図である。図中、縦軸はACEを活性化したことを示す蛍光の強度(RFU)を示し、横軸は基質との反応時間(分)を示す。図中、実線はパルミトレイン酸、破線はコントロールを示す。
【図4】パルミトレイン酸類似化合物のACE2の活性への影響を調べた結果を示す図である。図中、ひし形印(破線)はコントロール、丸印はパルミトレイン酸、星印は6−HA、三角印は7−HA、四角印は11−HAを示す。
【図5】自然発症高血圧ラット(Spontaneous Hypertension Rats:SHR)にパルミトレイン酸を尾静脈投与した結果を示す図である。図中、縦軸は平均血圧(mmHg)を、横軸は、パルミトレイン酸投与からの経過時間(時間)を示す。
【図6】SHR Stroke Prone(SHRSP)ラットに、パルミトレイン酸を腹腔内持続投与し、収縮時血圧を測定した結果を示す図である。図中、縦軸は収縮時血圧(mmHg)を、横軸は投与後の経過期間(日)を示す。図中、四角印はパルミトレイン酸、ひし形印はコントロールを示す。
【図7】SHRSP(SHR Stroke Prone)ラットに、パルミトレイン酸を腹腔内に持続投与し、生存率を調べた結果を示す図である。図中、縦軸は生存率(%)を、横軸は、投与後の経過期間(日)を示す。
【図8】WKYラットとSHRラットの脳脊髄液中のACE2活性を測定した結果を示す。図中、縦軸は、ACE2を活性化したことを示す蛍光の強度(RFU)を示す。
【図9】パルミトレイン酸の投与による、SHRラットの脳脊髄液中のACE2活性の変化を示す。図中、縦軸は、ACE2を活性化したことを示す蛍光の強度(RFU)を示す。
【図10】パルミトレイン酸を投与後、血糖値を継時的に測定した結果を示す図である。図中、縦軸は相対率(%)を、横軸はインスリン投与後の経過時間(分)を表す。図中、実線はパルミトレイン酸投与群を、破線はコントロールを示す。
【図11】SHRSPにパルミトレイン酸を腹腔内に持続投与し、心臓をHE染色した結果を示す写真である。図11Aは、コントロール(1%食塩水投与)、図11Bは、パルミトレイン酸投与の結果を示す。
【図12】SHRSPにパルミトレイン酸を腹腔内に持続投与し、腎臓の病理組織学的検査を行った結果を示す写真である。図12Aは、コントロール(1%食塩水投与)、図12Bは、パルミトレイン酸投与の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0045】
本願発明の化合物は、市販品として入手することができ、又は、市販品を原料として当業者周知の方法により製造することができる。例えば、式(I)で表される化合物又は式(II)で表されるにおいて、Rがカルボキシル基の化合物は、市販の脂肪酸として入手することができ、Rが水酸基である化合物は、当該脂肪酸を例えばLiAlH4BH3等の還元剤を用いて還元することにより得ることができる。また、Rがアミノ基又はチオール基である化合物は、Rが水酸基である化合物を原料として、SOCl2又はPBr3と反応させてハロゲン化化合物を得たのち、それぞれ(H2N)2C=S又はNaN3と反応させることにより得ることができる。
【0046】
本願発明のエステルは、本願発明の化合物が水酸基を含む場合、常法によりカルボン酸を含む化合物と反応させることにより、エステルを得ることができる。また、本願発明の化合物がカルボキシル基を含む場合、常法により水酸基を含む化合物と反応させることにより、エステルを得ることができる。また、本願発明の化合物がカルボキシル基を含む場合、常法によりアミノ基を含む化合物と反応させることによりアミドを得ることができる。
【0047】
本願発明の塩は、本願発明の化合物が水酸基又はカルボン酸を含む場合、常法により塩基と反応させることにより、塩を得ることができる。また、本願発明の化合物がアミノ基を含む場合、常法により酸と反応させることにより、塩を得ることができる。
【0048】
本発明の化合物を医薬として使用する場合、投与部位としては、経口投与、口腔内投与、気道内投与、皮下投与、筋肉内投与、血管内(静脈内)投与等を挙げることができる。また、製剤としては、例えば、注射剤、カプセル剤、錠剤、シロップ剤、顆粒剤、貼布剤、点滴、軟膏等を挙げることができる。本発明の抗体は、単独で投与しても良いし、薬理学的に許容される単体(「医薬品添加物事典」薬事日報社、「Handbook of Pharmaceutical Excipients」APhA Publications社参照)と共に投与されてもよい。これらの製剤は、賦形剤(例えば、乳糖、白糖、ブドウ糖、マンニット、ソルビットのような糖誘導体;トウモロコシデンプン、馬鈴薯デンプン、α−デンプン、デキストリン、カルボキシメチルデンプンのようなデンプン誘導体;結晶セルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、内部架橋カルボキシメチルセルロースナトリウムのようなセルロース誘導体;アラビアゴム;デキストラン;プルラン;軽質無水珪酸、合成珪酸アルミニウム、メタ珪酸アルミン酸マグネシウムのような珪酸塩誘導体;リン酸カルシウムのようなリン酸塩誘導体;炭酸カルシウムのような炭酸塩誘導体;硫酸カルシウムのような硫酸塩誘導体等)、結合剤(例えば、前記の賦形剤;ゼラチン;ポリビニルピロリドン;マクロゴール等)、崩壊剤(例えば、前記の賦形剤;クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、架橋ポリビニルピロリドンのような化学修飾された、デンプン、セルロース誘導体等)、滑沢剤(例えば、タルク;ステアリン酸;ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウムのようなステアリン酸金属塩;コロイドシリカ;ビーガム;ビ−ズワックス、ゲイロウのようなワックス類;硼酸;グリコール;フマル酸;アジピン酸のようなカルボン酸類:安息香酸ナトリウムのようなカルボン酸ナトリウム塩;硫酸ナトリウムのような硫酸類塩;ロイシン;ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸マグネシウムのようなラウリル硫酸塩;無水珪酸、珪酸水和物のような珪酸類;前記の賦形剤におけるデンプン誘導体等)、安定剤(例えば、メチルパラペン、プロピルパラペンのようなパラオキシ安息香酸エステル類;クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェニルエチルアルコールのようなアルコール類;塩化ベンザルコニウム;フェノール;クレゾールのようなフェノール類;チメロサール;無水酢酸;ソルビン酸等)、矯味矯臭剤(例えば、通常使用される、甘味料、酸味料、香料等)、懸濁化剤(例えば、ポリソルベート80、カルボキシメチルセルロースナトリウム等)、希釈剤、製剤用溶剤(例えば、水、エタノール、グリセリン等)等の添加物を用いて周知の方法で製造される。また、本発明の治療薬を注射剤として使用する場合、保存容器としては、アンプル、バイアル、プレフィルドシリンジ、ペン型注射器用カートリッジ、及び、点滴用バッグ等を挙げることができる。
【0049】
本発明の化合物の投与方法は、所望の治療効果又は予防効果が得られる方法であれば特に限定はなく、好ましくは、血中に投与する。具体的には、血管内(例えば、静脈内、冠動脈内)に投与することができる。また、本発明の化合物は、一時的に投与してもよいし、持続的又は断続的に投与してもよい。例えば、本発明の化合物の投与は、1分間〜2週間の持続投与することもできる。本発明の化合物の投与方法として、好ましくは、1週間に1〜4回投与であり、より好ましくは、1週間に1回投与である。また、本発明の化合物は、2〜3週間に1回投与とすることもできる。
【0050】
本発明の薬剤の投与量は、所望の治療効果又は予防効果が得られる投与量であれば特に限定は無く、症状、性別、年齢等により適宜決定することができる。本発明の治療薬又は予防薬の投与量は、例えば、虚血性疾患又は虚血/再灌流障害の治療効果又は予防効果を指標として決定することができる。本発明の治療薬又は予防薬の投与量として、好ましくは、1ng/kg〜10mg/kgであり、より好ましくは、10ng/kg〜1mg/kgであり、更に好ましくは、5〜500μg/kgであり、より更に好ましくは、10〜100μg/kgであり、最も好ましくは、10〜30μg/kgである。
【0051】
以下、本発明をより詳細に説明するため実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。
【0052】
実施例1.海洋微生物抽出物ライブラリーからのACE2活性化化合物の抽出及び同化合物の同定
スクリーニングの対象サンプルとして、旧株式会社海洋バイオテクノロジー研究所より提供を受けた海洋微生物抽出物ライブラリー800サンプルを用いた。当該サンプルを1)ACE2活性上昇サンプルの探索、2)ACE活性下降サンプルの探索、3)ACE2に結合を示すサンプルの検定の3ステップからなる系を用いてスクリーニングした。
(1)ACE2活性測定
ACE2に対する蛍光基質である、7−Methoxycoumarin−YVADAPK(2,4−Dinitrophenyl)−OH(R&D Systems社)10μM、組み換え体ヒトACE2(rhACE2)(R&D Systems社)25ng/mLを混合し、240倍希釈した海洋エキスを加え37℃で反応させた。反応開始から60分間の、励起波長320nm、放出波長405nmの蛍光を、蛍光プレートリーダー(Safire2、TECAN社)を用いて測定した。60%エタノールを使用したコントロールと比較して蛍光強度を上昇させる化合物をACE2活性上昇サンプルとした。
(2)ACE活性測定
ACEに対する蛍光基質である、7−Methoxycoumarin−4−yl−RPPGFSAFK(2,4−Dinitrophenyl)−OH(R&D Systems社)10μM、組み換え体ヒトACE(rhACE)(R&D Systems社)25ng/mLを混合し、240倍希釈した海洋エキスを加え37℃で反応させた。反応開始から60分間の、励起波長320nm、放出波長405nmの蛍光を、蛍光プレートリーダー(Safire2、TECAN社)を用いて測定した。60%エタノールを使用したコントロールと比較して蛍光強度を下降させる化合物をACE活性下降サンプルとした。
【0053】
(3)ACE2の結合活性測定
(3−1)hACE2タンパク質の調整及び精製
FreeStyleTM293−F細胞(Invitrogen社)に、ヒトACE2をコードしたプラスミドDNAを、トランスフェクション試薬293fectin(Invitrogen社)を用いてトランスフェクションし、37℃、8%CO2条件下、120rpmで振とう培養した。培養開始から48時間後及び96時間後の培養上清を回収し、25mM Tris−HCl(pH8.5)の透析液で透析した。その後、エコノカラムDEAE(セルファイン A500−m、生化学バイオビジネス株式会社)に充填し、NaCl(150mM、200mM、250mM、又は、300mM)を含む緩衝液(25mM Tris−HCl(pH8.5))で溶出した。その後、サンプルを7.5%SDS−PAGEで電気泳動し、抗ACE2抗体(モノクローナル抗ヒトACE2抗体、R&D Systems社)を用いてウェスタンブロットでACE2を確認した。
精製したACE2タンパク質をSpectra/Por(登録商標)Dialysis Membrane(SPECTRUMLABS社)を用いてPBS溶液に透析置換した。
(3−2)hACE2への結合測定
BIAcoreJ(BIACORE社)及びCM5センサーチップ(BIACORE社)を用い、当該装置に添付の説明書に従って、海洋エキスのhACE2への結合を測定した。具体的には、センサーチップ表面のカルボキシル基をN−hydroxysuccinimide(NHS)/N−etyl−N’−(3−dimethylaminopropyl)carbodiimidehydrochroride(EDC)の混合液で活性化させ、hACE2を10mM酢酸(pH4.0)下でセンサーチップに固定化した。ブロッキングには1M ethanolamine hydrochroride(pH8.5)を使用した。種々の化合物を濃度依存的にアプライし、結合性を示したサンプルを陽性とした。
【0054】
上記3ステップと精製を繰り返した結果、1種類の化合物(パルミトレイン酸)を同定した。
【0055】
実施例2.パルミトレイン酸のACE2活性誘導能及びACE活性抑制能測定
実施例1(1)及び(2)と同様の方法を用いて、パルミトレイン酸(MP−Biomedicals社、以下同じ)のACE2活性誘導能及びACE活性抑制能を測定した。コントロールとして、パルミトレイン酸の溶媒として用いたジメチルスルホキシド(DMSO)を使用して同様にACE2活性誘導能を測定した。
ACE2活性誘導能を測定した結果を図2に、ACE活性抑制能を測定した結果を図3に示す。パルミトレイン酸は、コントロールと比較して顕著にACE2活性を誘導し、かつ、ACE活性を抑制することが示された。本結果から、パルミトレイン酸は優れたACE2活性誘導剤であることがわかった。
【0056】
実施例3.類似化合物に関する検討
パルミトレイン酸(C16:1 ω9)と類似する化合物のACE2への作用について検討を行った。具体的には、オレイン酸(和光純薬工業)、trans−パルミテライジン酸(和光純薬工業)、7−ヘキサデセン酸(7−HA)(Cayman Chemical Company社)、11−ヘキサデセン酸(11−HA)(Larodan Fine Chemicals社)、パルミチン酸(和光純薬工業)、パルミトレイルアルコール(和光純薬工業)、及び、パルミトレイン酸(MP−Biomedicals社)を使用し、実施例1(1)及び(2)と同様の方法を用いて、ACE2活性誘導能を測定した。コントロールとして、DMSOを使用して同様にACE2活性誘導能を測定した。
結果を図4に示す。本実験の結果から、7−HA及び6−HAが、速効性にACE2の活性を誘導した。一方で、11−HAは、遅効性でACE2の活性を誘導した。パルミトレイン酸は、速効性もあり、かつ、持続的なACE2の活性誘導効果を有していた。
【0057】
【表1】
【0058】
実施例4.降圧効果
自然発症高血圧ラット(Spontaneous Hypertension Rats:SHR)(日本チャールスリバー社)17週令、オス、6匹に、パルミトレイン酸(MP−Biomedicals社)(0.1mg/kg)を尾静脈投与した。また、コントロールとして、17週令、オス、6匹に0.027%のDMSOを投与した。投与後、1、2、4、6、8及び18時間における血圧を継時的に測定した。血圧は、ラット用非観血自動血圧測定装置(Softron社)を用いて、tail−cuff法で測定した。測定値は、毎回3回測定し、その平均値を算出した。
結果を図5に示す。パルミトレイン酸の投与により、2相性に血圧の減少が認められた。
【0059】
実施例5.脳卒中抑制効果
自然発症高血圧ラット(SHR)の亜系であり、1%食塩水を摂取させることにより高頻度で脳卒中を発症するSHRSP(SHR Stroke Prone)ラット(日本エスエルシー)オス、13週令、10匹に、パルミトレイン酸を腹腔内に持続投与し、収縮時血圧及び生存率を調べた。腹腔内投与には、パルミトレイン酸2.18mMを加えた浸透圧ポンプ(Alzet社)を37℃の生理食塩水中で48時間静置したものを腹腔内に埋め込むことにより使用した。本前処理により、腹腔内に埋め込んだ直後から化合物が体内に放出された(0.15μL/時間;2.18mMパルミトレイン酸/時間)。ポンプを埋め込んでから約40日経過後に新しいポンプと入れ替え、6週間の持続投与を行った。また、コントロールとして、10匹に0.5%DMSOを投与し、同様に生存率を調べた。
収縮時血圧を測定した結果を図6に示す。図6に示す通り、パルミトレイン酸投与群では血圧上昇が抑えられていた。また、生存曲線を図7に示す。コントロール群では投与36日で全死亡したのに対し、パルミトレイン酸投与群では40日を超えても1匹しか死亡しなかった。このことから、パルミトレイン酸は脳卒中を抑制し、生存期間を延長することが示唆された。
【0060】
実施例6.脳脊髄液におけるACE2活性
尾静脈から投与したパルミトレイン酸が脳で作用するのかを調べるために、脳脊髄液(CSF)中のACE2活性を測定した。具体的には、SHRラット(日本チャールスリバー社)及びWistar−Kyoto(WKY)ラット(日本チャールスリバー社)に麻酔(ジエチルエーテル、和光純薬工業)をかけ、後頭骨から大槽部分へ23G針を刺してCSFを採取し、生理食塩水で2倍希釈した後、実施例1(1)と同様の方法を用いて、ACE2活性を測定した。
次いで、SHRラットに、パルミトレイン酸(MP−Biomedicals社)(0.1mg/kg)又はコントロールとして溶媒(0.027%のDMSO)を尾静脈から投与し、投与後、1時間及び6時間におけるCSFを採取して、実施例1(1)と同様の方法を用いて、ACE2活性を測定した。
結果を図8及び図9に示す。SHRラットのCSF中では、ACE2活性が減少していた。SHRラットにパルミトレイン酸を投与した場合、投与後1時間では、コントロールと比較してACE2活性に差は見られなかったが、投与後6時間では、パルミトレイン酸を投与したラットのCSF中のACE2活性が顕著に上昇することを確認した。このことから、パルミトレイン酸は、静脈投与を行った場合にもCSF中に移行し、脳卒中等の、ACE2の活性低下に起因する、又は、ACE2の活性向上により治療効果がある疾患に対して、治療効果を有することが示された。
【0061】
実施例7.インスリン抵抗性の回復
高血圧の約40%がインスリン抵抗性を示すことから、インスリン抵抗性に対するパルミトレイン酸の効果について検討した。糖尿病モデル動物C57BL/6jDIO(Diet Induced Obesity)マウス(日本チャールスリバー社)に、パルミトレイン酸(0.1mg/kg)を尾静脈投与し、投与1時間後に、インスリン(0.7units/kg)を腹腔内に投与した。インスリン投与後、15分、30分、60分、及び120分における血糖値を自己グルコース測定器(アキュチェックアビバ、Roche社)により継時的に測定した。
また、同様に、SHRSPラット(日本チャールスリバー社)にパルミトレイン酸を腹腔内持続投与し、安定に血圧の下降が維持できていることを確認できた投与20日後にインスリン(0.7units/kg)を腹腔内に投与した。インスリン投与後、15分、30分、60分、及び120分における血糖値を継時的に測定した。インスリン感受性は、{(インスリン投与後血糖値)/(インスリン投与前血糖値)×100}により相対率(%)を求めることにより測定した。
結果を図10に示す。C57BL/6jDIOマウス及びSHRSPラットのいずれの実験においても、パルミトレイン酸投与により、有意にインスリンによる血糖値の減少が認められた。このことから、インスリン抵抗氏が抑制され、インスリン感受性が回復することが強く示唆された。
【0062】
実施例8.パルミトレイン酸投与による臓器傷害の軽減
SHRSP(日本エスエルシー、オス、13週令)1匹にパルミトレイン酸を腹腔内に持続投与し、血圧上昇によって誘発される臓器傷害に対する効果を調べるため病理組織学的検査を行った。腹腔内投与には、パルミトレイン酸2.18mMを加えた浸透圧ポンプ(Alzet社)を37℃の生理食塩水中で48時間静置したものを腹腔内に埋め込むことにより使用した。本前処理により、腹腔内に埋め込んだ直後から化合物が体内に放出された(0.15μL/時間;2.18mMパルミトレイン酸/時間)。また、コントロールとして、1匹に0.5%DMSOを入れた浸透圧ポンプを埋め込んだ。SHRSPに1%食塩水を与えて、30日前後で脳卒中が発症することから、本実験ではポンプを埋め込み、かつ1%食塩水を与えてから約30日経過後に脳、心臓および腎臓を摘出し、ホルマリン固定を行った。
【0063】
病理組織検査は株式会社化合物安全性研究所に依頼した。結果を表2(青字はパルミトレイン酸投与によって臓器傷害が軽減された項目)、図11及び図12に示す。
【0064】
【表2】
【0065】
脳(大脳、小脳、および延髄)においては全匹とも著変は認められなかった。心臓においては、食塩水を与えることで認められた炎症細胞の浸潤やフィブリノイド変性および線維化が、パルミトレイン酸を投与したラットではそれらは観察できなかった(図11)。また腎臓においてはメサンギウム細胞の増殖や輸入細動脈および小葉間動脈の壁肥厚、フィブリノイド壊死の程度がパルミトレイン酸を投与することで抑えられた(図12)。以上の結果よりパルミトレイン酸による降圧効果が血圧上昇によって引き起こされる種々の臓器傷害を抑えていることが予測できる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の化合物は、ACE2活性誘導能を示すことから、RASを標的とする新しい治療薬又は予防薬として利用することができる。具体的には、本発明の化合物は、高血圧症、本態性高血圧症、腎(実質)性高血圧症、腎血管性高血圧症、悪性高血圧症、肺高血圧症、心不全、心肥大、脳卒中、糖尿病性腎症、腎線維症、骨粗鬆症、アルツハイマー病、急性肺損傷等の治療薬又は予防薬として利用することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ACE2の活性を誘導する化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
血圧は主にレニン−アンギオテンシン系(以下、「RAS」という)によって制御されている。アンギオテンシノーゲンがレニンにより分解されて生じるアンギオテンシンIは、アンギオテンシン変換酵素(以下、「ACE」という)とACEのホモログである2型アンギオテンシン変換酵素(以下、「ACE2」という)の機能的バランスにより制御されている(図1)。ACEの活性上昇は、アンギオテンシンIからアンギオテンシンII(アンギオテンシン(1−8))への変換を促進し、血管縮小、血圧上昇を促すことで脳心血管疾患や腎障害を惹起する「負」の制御を示す。一方、ACE2の活性上昇は、アンギオテンシンIIからアンギオテンシン(1−7)への変換を促進し、血管拡張、血圧降下を促し、「正」の制御としてプロテクティブな作用を示す。即ち、ACE2は、アンギオテンシン(1−7)−MAS系を活性化することで、多くの疾患で悪性化を引き起こすアンギオテンシンII−AT1R系との拮抗作用を示すことが知られている(非特許文献1)。
【0003】
日本の成人において、高血圧症は約50%の割合で患う生活習慣病であり、RASのシステム異常がその大きな要因となっている。また、本態性高血圧の約40%がインスリン抵抗性を示し、これにもRASが関与していると考えられており、インスリン抵抗性も脳心血管疾患のリスクとなりうる。また、ACE2及びアンギオテンシン(1−7)は、高血圧(非特許文献2)の他、心収縮機能(非特許文献3)、心不全(非特許文献4)、不整脈(非特許文献5)等の心機能、Na利尿等の腎機能(非特許文献6)、並びに、SARS(特許文献1及び非特許文献7)との関係が報告されている(特許文献2及び非特許文献8)。
【0004】
現在、RASを標的とする治療薬としては、ACE阻害剤、アンギオテンシンII受容体AT1R拮抗薬が知られているが、血圧を良好にコントロールできている症例は約30%程度であり、RASを標的とする新しい治療薬の開発が求められていた。特に、血圧下降能とインスリン抵抗性抑制能を有する化合物が見いだされれば、現代の生活習慣病全般に有効であると考えられていた。ACE2を活性化する低分子化合物として、キサンテノン及びレソルシノールナフタレンが報告されている(特許文献3及び非特許文献9)。しかし、ACE2の活性を誘導する化合物を医薬品として開発した例はなく、治療薬として利用可能な化合物の開発が望まれていた。
【0005】
パルミトレイン酸((Z)−hexadec−9−enoic acid)は、炭素数16のcis−9モノ不飽和脂肪酸である。パルミトレイン酸は、イワシ油やマカダミアナッツに含まれることが知られており、1%のパルミトレイン酸を含む食事が脳梗塞を軽減することが報告されている(非特許文献10)。また、脂肪酸結合タンパク質(FABP)ノックアウトマウスの脂肪組織から血中に放出されたパルミトレイン酸が、肝臓においてSCD−1の発現を抑制し脂質合成を抑制すると共に、末梢においてインスリンの感受性を与えグルコースの取り込みを促進することを報告している(非特許文献11)。当該文献では、パルミトレイン酸は、インスリンと同程度のグルコースの取り込みを刺激することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開公報WO2006/122819号
【特許文献2】国際公開公報WO2004/000367号
【特許文献3】国際公開公報WO2008/066770号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Burellら、Trands Endocrinol.Methab.、Vol.15、pp.166−169(2004)
【非特許文献2】Katovichら、Hypertension.Exp.Physiol.、Vol.90、pp.299−305(2005)
【非特許文献3】Crackowerら、Nature、Vol.417、pp.822−828(2002)
【非特許文献4】Lootら、Circulation、Vol.105、pp.1548−1550(2002)
【非特許文献5】Donoghueら、J.Mol.Cell.Cardiol、Vol.35、pp.1043−1053(2003)
【非特許文献6】鈴木ら、Japanese Circulation Journal、Vol.62、No.Supplement I、p.(1998)
【非特許文献7】Kubaら、Nature Medicine、Vol.11、pp.875−879(2005)
【非特許文献8】林ら、Angiotensin Research、Vol.4、No.1、pp.18−22(2007)
【非特許文献9】Pradaら、Hypertension、Vol.51、pp.1312−1317(2008)
【非特許文献10】Yamoriら、Journal of Hypertension、Vol.4(suppl 3)、pp.S449−S452
【非特許文献11】Caoら、Cell、Vol.134、pp.933−944(2008)
【発明の概要】
【0008】
本発明は、ACE2の活性を誘導する化合物を見出し、RASを標的とする新しい治療薬を提供することを目的とする。
【0009】
本発明は、ACE2活性誘導剤に関する。より具体的には、本発明は、以下の(1)〜(7)に関する。
(1) 下記の一般式(I)
【0010】
【化1】
【0011】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤;
(2) Rが、カルボキシル基であり、mが、5〜7である、(1)に記載の2型アンギオテンシン変換酵素活性化剤;
(3) パルミトレイン酸、オレイン酸、trans−パルミテライジン酸、7−ヘキサデセン酸、11−ヘキサデセン酸、パルミチン酸、又は、パルミトレイルアルコール、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤;
(4) 下記の一般式(II)
【0012】
【化2】
【0013】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、5〜7であり、oは、5〜7であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤;
(5) 11−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤;
(6) 下記一般式(II)
【0014】
【化3】
【0015】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、1〜3であり、oは、8〜10であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤;並びに、
(7) 7−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【0016】
別の態様において、本願発明は、以下の発明に関する:
(1’) 下記の一般式(I)
【0017】
【化4】
【0018】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、2型アンギオテンシン変換酵素活性の誘導方法;
(2’) Rが、カルボキシル基であり、mが、5〜7である、(1’)に記載の2型アンギオテンシン変換酵素活性の誘導方法;
(3’) パルミトレイン酸、オレイン酸、trans−パルミテライジン酸、7−ヘキサデセン酸、11−ヘキサデセン酸、パルミチン酸、又は、パルミトレイルアルコール、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、2型アンギオテンシン変換酵素活性の誘導方法;
(4’) 下記の一般式(II)
【0019】
【化5】
【0020】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、5〜7であり、oは、5〜7であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、即効的に2型アンギオテンシン変換酵素活性を誘導する方法;
(5’) 11−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、即効的に2型アンギオテンシン変換酵素活性を誘導する方法;
(6’) 下記一般式(II)
【0021】
【化6】
【0022】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、1〜3であり、oは、8〜10であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、遅効的に2型アンギオテンシン変換酵素活性を誘導する方法;並びに、
(7’) 7−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を投与することを含む、遅効的に2型アンギオテンシン変換酵素活性を誘導する方法。
【0023】
本発明の2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤は、下記の一般式(I)
【0024】
【化7】
【0025】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物を有効成分として含有する。Rは、好ましくは、水酸基又はカルボキシル基である。mは、好ましくは、3〜8であり、より好ましくは、3〜5である。nは、好ましくは、1である。oは、好ましくは、5〜9である。式(I)の化合物として、好ましくは、パルミトレイン酸、オレイン酸、trans−パルミテライジン酸、7−ヘキサデセン酸、11−ヘキサデセン酸、パルミチン酸、及び、パルミトレイルアルコールである。
【0026】
また、上記式(I)で表される化合物は、その構造により、その薬効の発現が遅効型と速効型に分かれる。よって、一の態様において、本発明は速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に関する。より具体的には、本発明は、下記の一般式(II)
【0027】
【化8】
【0028】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、5〜7であり、oは、5〜7であり、m+oが13以上である]で表される化合物を有効成分として含有する速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に関する。好ましくは、Rは、水酸基又はカルボキシル基である。
【0029】
速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に含有される式(II)で表される化合物として、好ましくは、7−ヘキサデセン酸である。また、別の態様において、本発明は遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に関する。より具体的には、下記一般式(II)
【0030】
【化9】
【0031】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、1〜3であり、oは、8〜10であり、m+oが13以上である]で表される化合物を有効成分として含有する遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に関する。好ましくは、Rは、水酸基又はカルボキシル基である。遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤に含有される式(II)で表される化合物として、より好ましくは、11−ヘキサデセン酸である。
【0032】
本願発明の2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤は、上記化合物の他、これらの化合物の薬理上許容されるエステルを包含する。ここで、「薬理上許容されるエステル」は、生体内において代謝されて、本願発明の化合物を与える基を含む化合物であって、医薬として体内に投与することが許容可能なエステルのことである。本明細書において、エステルは、エステル結合した化合物の他、アミド結合した化合物を含む。また、本願発明の化合物がアミノ基を有する場合、カルボン酸を含む化合物と反応させることにより、アミドを得ることができる。エステルは、生体内のエステラーゼにより分解されて活性型の化合物を与えてもよい。例えば、エステルとしては、置換され又は置換されていない、低級アルキルエステル、低級アルケニルエステル、低級アルキルアミノ低級アルキルエステル、アシルアミノ低級アルキルエステル、アシルオキシ低級アルキルエステル、アリールエステル、アリール低級アルキルエステル、アミド、低級アルキルアミド、水酸化アミドを挙げることができる。エステルとして、好ましくは、プロピオン酸エステル又はアシルエステルである。本明細書において、「低級」とは、炭素数1〜10を意味し、好ましくは、炭素数1〜6であり、より好ましくは炭素数1〜3である。
【0033】
本願発明の2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤は、上記化合物、当該化合物のエステルの他、それらの薬理上許容される塩を包含する。「薬理上許容される塩」とは、上記化合物又はそのエステルが、無機又は有機の塩基又は酸と結合して形成した塩であって、医薬として体内に投与することが許容可能な塩のことである。このような塩は、例えば、Bergeら、J.Pharm.Sci.66:1−19(1977)等に記載されており、具体的には、酢酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、安息香酸エステル塩、重炭酸塩、酸性酒石酸塩、臭化物塩、カルシウムエデト酸塩、カンシル酸塩、炭酸塩、塩酸塩、クエン酸塩、二塩酸塩、エデト酸塩、エジシル酸塩、ラウリル硫酸塩、フマル酸塩、テオクル酸塩、グルコン酸塩、グルタミン酸塩、グリコリルアサニル酸塩、ヘキシルレゾルシン酸塩、ヒドラバミン、臭化水素酸塩、塩化水素酸塩、ヒドロキシナフトエ酸塩、ヨウ化物塩、イソチオン酸塩、乳酸塩、ラクトビオン酸塩、リンゴ酸塩、マレイン酸塩、マンデル酸塩、メシル酸塩、臭化メチル、硝酸メチル塩、硫酸メチル塩、粘液酸塩、ナプシル酸塩、硝酸塩、パモン酸塩、パントテン酸塩、リン酸塩/二リン酸塩、ポリガラクツロン酸塩、サリチル酸塩、ステアリン酸塩、塩基性酢酸塩、コハク酸塩、硫酸塩、タンニン酸塩、酒石酸塩、テオクル酸塩、及び、トリエチオダイドを挙げることができる。なお、化合物(I)の水和物又は溶媒和物および化合物(I)の塩の水和物又は溶媒和物も本発明の化合物に包含される。
【0034】
2型アンギオテンシン変換酵素(以下、「ACE2」という)は、アンギオテンシン変換酵素(以下、「ACE」という)と同じアンギオテンシンI(1−10)(以下、「AI」という」を基質とすることから、ACEと拮抗してアンギオテンシン(1−7)を産生する。また、ACE2は、アンギオテンシンII(1−8)(以下、「AII」という)を更に分解してアンギオテンシン(1−7)を産生することが知られている。また、アンギオテンシン(1−7)は、AIIに対して拮抗的に働くことが報告されている。よって、一の態様において、本願発明は、式(I)
【0035】
【化10】
【0036】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物を有効成分として含有するAIIの産生又は活性化に基づく疾患の治療剤又は予防剤を提供するものである。AIIの産生又は活性化に基づく疾患としては、高血圧症、本態性高血圧症、腎(実質)性高血圧症、腎血管性高血圧症、悪性高血圧症、肺高血圧症、心不全、心肥大、脳卒中、糖尿病性腎症、腎線維症、骨粗鬆症、アルツハイマー病、急性肺損傷、各種炎症、自己免疫疾患における組織障害、臓器障害(特には、血圧上昇に伴う臓器障害)等が挙げられる。また、ACE2は、AIIの阻害活性の他に、ブラジキニンの分解産物で血管拡張作用のある[Des−Arg]9ブラジキニンを不活性化すること、apelin−13、dynorphin A1−13を分解すること等が知られている。従って、ある態様において、本願発明は、式(I)で表される化合物を有効成分として含有する、[Des−Arg]9ブラジキニン、apelin−13、又はdynorphin A1−13に基づく疾患の治療剤又は予防剤を提供するものである。更に、ACE2は、SARSウィルスのSpikeタンパク質のレセプターであること(Kubaら、Nat Med 11:875−879,2005)、ACE2の活性化がSARSに治療効果をもたらすこと(Imaiら、Nature 436:112−116,2005)が報告されている。よって、別の態様において、本願発明は、式(I)で表される化合物を有効成分として含有する、SARSの治療剤又は予防剤を提供するものである。その他、本願発明は、式(I)で表される化合物を有効成分として含有する、糖尿病等のACE2の活性向上により改善する疾患あるいはACE2の活性低下又は機能不全に基づく疾患の治療剤又は予防剤を提供するものである。また、別の態様において、本願発明は、前記式(I)で表される化合物を投与することを含む、前記疾患の治療方法又は予防方法を提供するものである。
【0037】
また、一の態様において、本願発明は、下記の一般式(II)
【0038】
【化11】
【0039】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、5〜7であり、oは、5〜7であり、m+oが13以上である]で表される化合物を有効成分として含有するAIIの産生又は活性化に基づく疾患、[Des−Arg]9ブラジキニン、apelin−13又はdynorphin A1−13に基づく疾患、SARS、ACE2の活性向上により改善する疾患(例えば、糖尿病)、あるいは、ACE2の活性低下又は機能不全に基づく疾患の速効性の治療剤又は予防剤を提供するものである。別の態様において、本願発明は、前記化合物を投与することを含む、AIIの産生又は活性化に基づく疾患の速効的な治療方法に関する。
【0040】
また、別の態様において、本願発明は、下記一般式(II)
【0041】
【化12】
【0042】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、1〜3であり、oは、8〜10であり、m+oが13以上である]で表される化合物を有効成分として含有するAIIの産生又は活性化に基づく疾患、[Des−Arg]9ブラジキニン、apelin−13又はdynorphin A1−13に基づく疾患、SARS、ACE2の活性向上により改善する疾患(例えば、糖尿病)、あるいは、ACE2の活性低下又は機能不全に基づく疾患の遅効性の治療剤又は予防剤を提供するものである。別の態様において、本願発明は、前記化合物を投与することを含む、AIIの産生又は活性化に基づく疾患の遅効的な治療方法に関する。
【発明の効果】
【0043】
本発明の化合物は、ACE2活性を誘導し、降圧効果のみならず高血圧により発症する脳卒中やインスリン抵抗性を抑制する。また、本発明の化合物は、血管系疾患や糖尿病に関与するACE2の活性を誘導することから、これらの疾患に対する治療効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】ACE2の作用メカニズムを表す模式図である。
【図2】パルミトレイン酸によるACE2活性化を示す図である。図中、縦軸はACE2を活性化したことを示す蛍光の強度(RFU)を示し、横軸は基質との反応時間(分)を示す。図中、実線はパルミトレイン酸、破線はコントロールを示す。
【図3】パルミトレイン酸によるACE活性抑制を示す図である。図中、縦軸はACEを活性化したことを示す蛍光の強度(RFU)を示し、横軸は基質との反応時間(分)を示す。図中、実線はパルミトレイン酸、破線はコントロールを示す。
【図4】パルミトレイン酸類似化合物のACE2の活性への影響を調べた結果を示す図である。図中、ひし形印(破線)はコントロール、丸印はパルミトレイン酸、星印は6−HA、三角印は7−HA、四角印は11−HAを示す。
【図5】自然発症高血圧ラット(Spontaneous Hypertension Rats:SHR)にパルミトレイン酸を尾静脈投与した結果を示す図である。図中、縦軸は平均血圧(mmHg)を、横軸は、パルミトレイン酸投与からの経過時間(時間)を示す。
【図6】SHR Stroke Prone(SHRSP)ラットに、パルミトレイン酸を腹腔内持続投与し、収縮時血圧を測定した結果を示す図である。図中、縦軸は収縮時血圧(mmHg)を、横軸は投与後の経過期間(日)を示す。図中、四角印はパルミトレイン酸、ひし形印はコントロールを示す。
【図7】SHRSP(SHR Stroke Prone)ラットに、パルミトレイン酸を腹腔内に持続投与し、生存率を調べた結果を示す図である。図中、縦軸は生存率(%)を、横軸は、投与後の経過期間(日)を示す。
【図8】WKYラットとSHRラットの脳脊髄液中のACE2活性を測定した結果を示す。図中、縦軸は、ACE2を活性化したことを示す蛍光の強度(RFU)を示す。
【図9】パルミトレイン酸の投与による、SHRラットの脳脊髄液中のACE2活性の変化を示す。図中、縦軸は、ACE2を活性化したことを示す蛍光の強度(RFU)を示す。
【図10】パルミトレイン酸を投与後、血糖値を継時的に測定した結果を示す図である。図中、縦軸は相対率(%)を、横軸はインスリン投与後の経過時間(分)を表す。図中、実線はパルミトレイン酸投与群を、破線はコントロールを示す。
【図11】SHRSPにパルミトレイン酸を腹腔内に持続投与し、心臓をHE染色した結果を示す写真である。図11Aは、コントロール(1%食塩水投与)、図11Bは、パルミトレイン酸投与の結果を示す。
【図12】SHRSPにパルミトレイン酸を腹腔内に持続投与し、腎臓の病理組織学的検査を行った結果を示す写真である。図12Aは、コントロール(1%食塩水投与)、図12Bは、パルミトレイン酸投与の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0045】
本願発明の化合物は、市販品として入手することができ、又は、市販品を原料として当業者周知の方法により製造することができる。例えば、式(I)で表される化合物又は式(II)で表されるにおいて、Rがカルボキシル基の化合物は、市販の脂肪酸として入手することができ、Rが水酸基である化合物は、当該脂肪酸を例えばLiAlH4BH3等の還元剤を用いて還元することにより得ることができる。また、Rがアミノ基又はチオール基である化合物は、Rが水酸基である化合物を原料として、SOCl2又はPBr3と反応させてハロゲン化化合物を得たのち、それぞれ(H2N)2C=S又はNaN3と反応させることにより得ることができる。
【0046】
本願発明のエステルは、本願発明の化合物が水酸基を含む場合、常法によりカルボン酸を含む化合物と反応させることにより、エステルを得ることができる。また、本願発明の化合物がカルボキシル基を含む場合、常法により水酸基を含む化合物と反応させることにより、エステルを得ることができる。また、本願発明の化合物がカルボキシル基を含む場合、常法によりアミノ基を含む化合物と反応させることによりアミドを得ることができる。
【0047】
本願発明の塩は、本願発明の化合物が水酸基又はカルボン酸を含む場合、常法により塩基と反応させることにより、塩を得ることができる。また、本願発明の化合物がアミノ基を含む場合、常法により酸と反応させることにより、塩を得ることができる。
【0048】
本発明の化合物を医薬として使用する場合、投与部位としては、経口投与、口腔内投与、気道内投与、皮下投与、筋肉内投与、血管内(静脈内)投与等を挙げることができる。また、製剤としては、例えば、注射剤、カプセル剤、錠剤、シロップ剤、顆粒剤、貼布剤、点滴、軟膏等を挙げることができる。本発明の抗体は、単独で投与しても良いし、薬理学的に許容される単体(「医薬品添加物事典」薬事日報社、「Handbook of Pharmaceutical Excipients」APhA Publications社参照)と共に投与されてもよい。これらの製剤は、賦形剤(例えば、乳糖、白糖、ブドウ糖、マンニット、ソルビットのような糖誘導体;トウモロコシデンプン、馬鈴薯デンプン、α−デンプン、デキストリン、カルボキシメチルデンプンのようなデンプン誘導体;結晶セルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、内部架橋カルボキシメチルセルロースナトリウムのようなセルロース誘導体;アラビアゴム;デキストラン;プルラン;軽質無水珪酸、合成珪酸アルミニウム、メタ珪酸アルミン酸マグネシウムのような珪酸塩誘導体;リン酸カルシウムのようなリン酸塩誘導体;炭酸カルシウムのような炭酸塩誘導体;硫酸カルシウムのような硫酸塩誘導体等)、結合剤(例えば、前記の賦形剤;ゼラチン;ポリビニルピロリドン;マクロゴール等)、崩壊剤(例えば、前記の賦形剤;クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、架橋ポリビニルピロリドンのような化学修飾された、デンプン、セルロース誘導体等)、滑沢剤(例えば、タルク;ステアリン酸;ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウムのようなステアリン酸金属塩;コロイドシリカ;ビーガム;ビ−ズワックス、ゲイロウのようなワックス類;硼酸;グリコール;フマル酸;アジピン酸のようなカルボン酸類:安息香酸ナトリウムのようなカルボン酸ナトリウム塩;硫酸ナトリウムのような硫酸類塩;ロイシン;ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸マグネシウムのようなラウリル硫酸塩;無水珪酸、珪酸水和物のような珪酸類;前記の賦形剤におけるデンプン誘導体等)、安定剤(例えば、メチルパラペン、プロピルパラペンのようなパラオキシ安息香酸エステル類;クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェニルエチルアルコールのようなアルコール類;塩化ベンザルコニウム;フェノール;クレゾールのようなフェノール類;チメロサール;無水酢酸;ソルビン酸等)、矯味矯臭剤(例えば、通常使用される、甘味料、酸味料、香料等)、懸濁化剤(例えば、ポリソルベート80、カルボキシメチルセルロースナトリウム等)、希釈剤、製剤用溶剤(例えば、水、エタノール、グリセリン等)等の添加物を用いて周知の方法で製造される。また、本発明の治療薬を注射剤として使用する場合、保存容器としては、アンプル、バイアル、プレフィルドシリンジ、ペン型注射器用カートリッジ、及び、点滴用バッグ等を挙げることができる。
【0049】
本発明の化合物の投与方法は、所望の治療効果又は予防効果が得られる方法であれば特に限定はなく、好ましくは、血中に投与する。具体的には、血管内(例えば、静脈内、冠動脈内)に投与することができる。また、本発明の化合物は、一時的に投与してもよいし、持続的又は断続的に投与してもよい。例えば、本発明の化合物の投与は、1分間〜2週間の持続投与することもできる。本発明の化合物の投与方法として、好ましくは、1週間に1〜4回投与であり、より好ましくは、1週間に1回投与である。また、本発明の化合物は、2〜3週間に1回投与とすることもできる。
【0050】
本発明の薬剤の投与量は、所望の治療効果又は予防効果が得られる投与量であれば特に限定は無く、症状、性別、年齢等により適宜決定することができる。本発明の治療薬又は予防薬の投与量は、例えば、虚血性疾患又は虚血/再灌流障害の治療効果又は予防効果を指標として決定することができる。本発明の治療薬又は予防薬の投与量として、好ましくは、1ng/kg〜10mg/kgであり、より好ましくは、10ng/kg〜1mg/kgであり、更に好ましくは、5〜500μg/kgであり、より更に好ましくは、10〜100μg/kgであり、最も好ましくは、10〜30μg/kgである。
【0051】
以下、本発明をより詳細に説明するため実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。
【0052】
実施例1.海洋微生物抽出物ライブラリーからのACE2活性化化合物の抽出及び同化合物の同定
スクリーニングの対象サンプルとして、旧株式会社海洋バイオテクノロジー研究所より提供を受けた海洋微生物抽出物ライブラリー800サンプルを用いた。当該サンプルを1)ACE2活性上昇サンプルの探索、2)ACE活性下降サンプルの探索、3)ACE2に結合を示すサンプルの検定の3ステップからなる系を用いてスクリーニングした。
(1)ACE2活性測定
ACE2に対する蛍光基質である、7−Methoxycoumarin−YVADAPK(2,4−Dinitrophenyl)−OH(R&D Systems社)10μM、組み換え体ヒトACE2(rhACE2)(R&D Systems社)25ng/mLを混合し、240倍希釈した海洋エキスを加え37℃で反応させた。反応開始から60分間の、励起波長320nm、放出波長405nmの蛍光を、蛍光プレートリーダー(Safire2、TECAN社)を用いて測定した。60%エタノールを使用したコントロールと比較して蛍光強度を上昇させる化合物をACE2活性上昇サンプルとした。
(2)ACE活性測定
ACEに対する蛍光基質である、7−Methoxycoumarin−4−yl−RPPGFSAFK(2,4−Dinitrophenyl)−OH(R&D Systems社)10μM、組み換え体ヒトACE(rhACE)(R&D Systems社)25ng/mLを混合し、240倍希釈した海洋エキスを加え37℃で反応させた。反応開始から60分間の、励起波長320nm、放出波長405nmの蛍光を、蛍光プレートリーダー(Safire2、TECAN社)を用いて測定した。60%エタノールを使用したコントロールと比較して蛍光強度を下降させる化合物をACE活性下降サンプルとした。
【0053】
(3)ACE2の結合活性測定
(3−1)hACE2タンパク質の調整及び精製
FreeStyleTM293−F細胞(Invitrogen社)に、ヒトACE2をコードしたプラスミドDNAを、トランスフェクション試薬293fectin(Invitrogen社)を用いてトランスフェクションし、37℃、8%CO2条件下、120rpmで振とう培養した。培養開始から48時間後及び96時間後の培養上清を回収し、25mM Tris−HCl(pH8.5)の透析液で透析した。その後、エコノカラムDEAE(セルファイン A500−m、生化学バイオビジネス株式会社)に充填し、NaCl(150mM、200mM、250mM、又は、300mM)を含む緩衝液(25mM Tris−HCl(pH8.5))で溶出した。その後、サンプルを7.5%SDS−PAGEで電気泳動し、抗ACE2抗体(モノクローナル抗ヒトACE2抗体、R&D Systems社)を用いてウェスタンブロットでACE2を確認した。
精製したACE2タンパク質をSpectra/Por(登録商標)Dialysis Membrane(SPECTRUMLABS社)を用いてPBS溶液に透析置換した。
(3−2)hACE2への結合測定
BIAcoreJ(BIACORE社)及びCM5センサーチップ(BIACORE社)を用い、当該装置に添付の説明書に従って、海洋エキスのhACE2への結合を測定した。具体的には、センサーチップ表面のカルボキシル基をN−hydroxysuccinimide(NHS)/N−etyl−N’−(3−dimethylaminopropyl)carbodiimidehydrochroride(EDC)の混合液で活性化させ、hACE2を10mM酢酸(pH4.0)下でセンサーチップに固定化した。ブロッキングには1M ethanolamine hydrochroride(pH8.5)を使用した。種々の化合物を濃度依存的にアプライし、結合性を示したサンプルを陽性とした。
【0054】
上記3ステップと精製を繰り返した結果、1種類の化合物(パルミトレイン酸)を同定した。
【0055】
実施例2.パルミトレイン酸のACE2活性誘導能及びACE活性抑制能測定
実施例1(1)及び(2)と同様の方法を用いて、パルミトレイン酸(MP−Biomedicals社、以下同じ)のACE2活性誘導能及びACE活性抑制能を測定した。コントロールとして、パルミトレイン酸の溶媒として用いたジメチルスルホキシド(DMSO)を使用して同様にACE2活性誘導能を測定した。
ACE2活性誘導能を測定した結果を図2に、ACE活性抑制能を測定した結果を図3に示す。パルミトレイン酸は、コントロールと比較して顕著にACE2活性を誘導し、かつ、ACE活性を抑制することが示された。本結果から、パルミトレイン酸は優れたACE2活性誘導剤であることがわかった。
【0056】
実施例3.類似化合物に関する検討
パルミトレイン酸(C16:1 ω9)と類似する化合物のACE2への作用について検討を行った。具体的には、オレイン酸(和光純薬工業)、trans−パルミテライジン酸(和光純薬工業)、7−ヘキサデセン酸(7−HA)(Cayman Chemical Company社)、11−ヘキサデセン酸(11−HA)(Larodan Fine Chemicals社)、パルミチン酸(和光純薬工業)、パルミトレイルアルコール(和光純薬工業)、及び、パルミトレイン酸(MP−Biomedicals社)を使用し、実施例1(1)及び(2)と同様の方法を用いて、ACE2活性誘導能を測定した。コントロールとして、DMSOを使用して同様にACE2活性誘導能を測定した。
結果を図4に示す。本実験の結果から、7−HA及び6−HAが、速効性にACE2の活性を誘導した。一方で、11−HAは、遅効性でACE2の活性を誘導した。パルミトレイン酸は、速効性もあり、かつ、持続的なACE2の活性誘導効果を有していた。
【0057】
【表1】
【0058】
実施例4.降圧効果
自然発症高血圧ラット(Spontaneous Hypertension Rats:SHR)(日本チャールスリバー社)17週令、オス、6匹に、パルミトレイン酸(MP−Biomedicals社)(0.1mg/kg)を尾静脈投与した。また、コントロールとして、17週令、オス、6匹に0.027%のDMSOを投与した。投与後、1、2、4、6、8及び18時間における血圧を継時的に測定した。血圧は、ラット用非観血自動血圧測定装置(Softron社)を用いて、tail−cuff法で測定した。測定値は、毎回3回測定し、その平均値を算出した。
結果を図5に示す。パルミトレイン酸の投与により、2相性に血圧の減少が認められた。
【0059】
実施例5.脳卒中抑制効果
自然発症高血圧ラット(SHR)の亜系であり、1%食塩水を摂取させることにより高頻度で脳卒中を発症するSHRSP(SHR Stroke Prone)ラット(日本エスエルシー)オス、13週令、10匹に、パルミトレイン酸を腹腔内に持続投与し、収縮時血圧及び生存率を調べた。腹腔内投与には、パルミトレイン酸2.18mMを加えた浸透圧ポンプ(Alzet社)を37℃の生理食塩水中で48時間静置したものを腹腔内に埋め込むことにより使用した。本前処理により、腹腔内に埋め込んだ直後から化合物が体内に放出された(0.15μL/時間;2.18mMパルミトレイン酸/時間)。ポンプを埋め込んでから約40日経過後に新しいポンプと入れ替え、6週間の持続投与を行った。また、コントロールとして、10匹に0.5%DMSOを投与し、同様に生存率を調べた。
収縮時血圧を測定した結果を図6に示す。図6に示す通り、パルミトレイン酸投与群では血圧上昇が抑えられていた。また、生存曲線を図7に示す。コントロール群では投与36日で全死亡したのに対し、パルミトレイン酸投与群では40日を超えても1匹しか死亡しなかった。このことから、パルミトレイン酸は脳卒中を抑制し、生存期間を延長することが示唆された。
【0060】
実施例6.脳脊髄液におけるACE2活性
尾静脈から投与したパルミトレイン酸が脳で作用するのかを調べるために、脳脊髄液(CSF)中のACE2活性を測定した。具体的には、SHRラット(日本チャールスリバー社)及びWistar−Kyoto(WKY)ラット(日本チャールスリバー社)に麻酔(ジエチルエーテル、和光純薬工業)をかけ、後頭骨から大槽部分へ23G針を刺してCSFを採取し、生理食塩水で2倍希釈した後、実施例1(1)と同様の方法を用いて、ACE2活性を測定した。
次いで、SHRラットに、パルミトレイン酸(MP−Biomedicals社)(0.1mg/kg)又はコントロールとして溶媒(0.027%のDMSO)を尾静脈から投与し、投与後、1時間及び6時間におけるCSFを採取して、実施例1(1)と同様の方法を用いて、ACE2活性を測定した。
結果を図8及び図9に示す。SHRラットのCSF中では、ACE2活性が減少していた。SHRラットにパルミトレイン酸を投与した場合、投与後1時間では、コントロールと比較してACE2活性に差は見られなかったが、投与後6時間では、パルミトレイン酸を投与したラットのCSF中のACE2活性が顕著に上昇することを確認した。このことから、パルミトレイン酸は、静脈投与を行った場合にもCSF中に移行し、脳卒中等の、ACE2の活性低下に起因する、又は、ACE2の活性向上により治療効果がある疾患に対して、治療効果を有することが示された。
【0061】
実施例7.インスリン抵抗性の回復
高血圧の約40%がインスリン抵抗性を示すことから、インスリン抵抗性に対するパルミトレイン酸の効果について検討した。糖尿病モデル動物C57BL/6jDIO(Diet Induced Obesity)マウス(日本チャールスリバー社)に、パルミトレイン酸(0.1mg/kg)を尾静脈投与し、投与1時間後に、インスリン(0.7units/kg)を腹腔内に投与した。インスリン投与後、15分、30分、60分、及び120分における血糖値を自己グルコース測定器(アキュチェックアビバ、Roche社)により継時的に測定した。
また、同様に、SHRSPラット(日本チャールスリバー社)にパルミトレイン酸を腹腔内持続投与し、安定に血圧の下降が維持できていることを確認できた投与20日後にインスリン(0.7units/kg)を腹腔内に投与した。インスリン投与後、15分、30分、60分、及び120分における血糖値を継時的に測定した。インスリン感受性は、{(インスリン投与後血糖値)/(インスリン投与前血糖値)×100}により相対率(%)を求めることにより測定した。
結果を図10に示す。C57BL/6jDIOマウス及びSHRSPラットのいずれの実験においても、パルミトレイン酸投与により、有意にインスリンによる血糖値の減少が認められた。このことから、インスリン抵抗氏が抑制され、インスリン感受性が回復することが強く示唆された。
【0062】
実施例8.パルミトレイン酸投与による臓器傷害の軽減
SHRSP(日本エスエルシー、オス、13週令)1匹にパルミトレイン酸を腹腔内に持続投与し、血圧上昇によって誘発される臓器傷害に対する効果を調べるため病理組織学的検査を行った。腹腔内投与には、パルミトレイン酸2.18mMを加えた浸透圧ポンプ(Alzet社)を37℃の生理食塩水中で48時間静置したものを腹腔内に埋め込むことにより使用した。本前処理により、腹腔内に埋め込んだ直後から化合物が体内に放出された(0.15μL/時間;2.18mMパルミトレイン酸/時間)。また、コントロールとして、1匹に0.5%DMSOを入れた浸透圧ポンプを埋め込んだ。SHRSPに1%食塩水を与えて、30日前後で脳卒中が発症することから、本実験ではポンプを埋め込み、かつ1%食塩水を与えてから約30日経過後に脳、心臓および腎臓を摘出し、ホルマリン固定を行った。
【0063】
病理組織検査は株式会社化合物安全性研究所に依頼した。結果を表2(青字はパルミトレイン酸投与によって臓器傷害が軽減された項目)、図11及び図12に示す。
【0064】
【表2】
【0065】
脳(大脳、小脳、および延髄)においては全匹とも著変は認められなかった。心臓においては、食塩水を与えることで認められた炎症細胞の浸潤やフィブリノイド変性および線維化が、パルミトレイン酸を投与したラットではそれらは観察できなかった(図11)。また腎臓においてはメサンギウム細胞の増殖や輸入細動脈および小葉間動脈の壁肥厚、フィブリノイド壊死の程度がパルミトレイン酸を投与することで抑えられた(図12)。以上の結果よりパルミトレイン酸による降圧効果が血圧上昇によって引き起こされる種々の臓器傷害を抑えていることが予測できる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の化合物は、ACE2活性誘導能を示すことから、RASを標的とする新しい治療薬又は予防薬として利用することができる。具体的には、本発明の化合物は、高血圧症、本態性高血圧症、腎(実質)性高血圧症、腎血管性高血圧症、悪性高血圧症、肺高血圧症、心不全、心肥大、脳卒中、糖尿病性腎症、腎線維症、骨粗鬆症、アルツハイマー病、急性肺損傷等の治療薬又は予防薬として利用することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I)
【化1】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項2】
Rが、カルボキシル基であり、mが、5〜7である、請求項1に記載の2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項3】
パルミトレイン酸、オレイン酸、trans−パルミエライジン酸、7−ヘキサデセン酸、11−ヘキサデセン酸、パルミチン酸、又は、パルミトレイルアルコール、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項4】
下記の一般式(II)
【化2】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、5〜7であり、oは、5〜7であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項5】
11−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項6】
下記一般式(II)
【化3】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、1〜3であり、oは、8〜10であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項7】
7−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項1】
下記の一般式(I)
【化1】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、3〜10であり、nは、0又は1であり、oは、3〜9であり、(m+(2n)+o)が14以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項2】
Rが、カルボキシル基であり、mが、5〜7である、請求項1に記載の2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項3】
パルミトレイン酸、オレイン酸、trans−パルミエライジン酸、7−ヘキサデセン酸、11−ヘキサデセン酸、パルミチン酸、又は、パルミトレイルアルコール、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項4】
下記の一般式(II)
【化2】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、5〜7であり、oは、5〜7であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項5】
11−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する速効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項6】
下記一般式(II)
【化3】
[式中、Rは、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、チオール基であり、mは、1〜3であり、oは、8〜10であり、m+oが13以上である]で表される化合物、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【請求項7】
7−ヘキサデセン酸、その薬理上許容されるエステル、あるいは、それらの薬理上許容される塩を有効成分として含有する遅効性2型アンギオテンシン変換酵素活性誘導剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図5】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図4】
【図6】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図5】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図4】
【図6】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2010−241710(P2010−241710A)
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−90184(P2009−90184)
【出願日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年10月28日(2010.10.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】
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