説明

AD変換装置、AD変換方法、及び電子機器

【課題】AD変換の精度を向上させる。
【解決手段】AD変換装置1は、大きさが互いに異なるn(nは2以上の自然数)個の偏移信号δを生成する偏移信号生成部20と、偏移信号生成部20を制御する偏移信号制御部10と、入力アナログ信号Cinとn個の偏移信号δとを順次加算してn個の第1信号S1を生成する偏移信号加算部30と、n個の第1信号S1をAD変換してn個の第2信号S2を生成するAD変換部40と、n個の第2信号S1に平均処理を施して出力デジタル信号Coutを生成する信号処理部50とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AD変換装置、AD変換方法、及び電子機器に関する。
【背景技術】
【0002】
A/D変換器のサンプリング方法は、ナイキスト周波数でサンプリングする方法と、ナイキスト周波数よりも高い周波数でサンプリングするオーバサンプリング型に大別される。低い分解能のAD変換器を使って分解能を向上するのがオーバサンプリング型であり、現在主流になっている方式としてΣ−Δ方式などが挙げられる。
オーバサンプリング型のAD変換器は、ナイキスト周波数よりも高いサンプリングレートで多数回のAD変換結果を平均することでAD変換器の出力コードの中間値を得るものである。中間値を得るための工夫は様々だが、その原型はホワイトノイズをディザノイズとして利用したものである。
その原理は、AD変換器の出力がノイズの影響を受けて変換するたびに異なる値となっている(ちらついている)場合に、多数回の変換結果を平均すると、AD変換器の出力コードの中間値を得ることができるというものである。前提として、ちらつきを起こすノイズの平均値がゼロであり、AD変換器の分解能に対して、ノイズレベルが実効値で1/3LSBから数LSB程度になっていること、更にサンプリングする度に結果が変わるよう、十分に広い帯域のノイズになっている必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−11906号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、分解能の粗いAD変換器では、AD変換器の1LSBの大きさと比較してノイズレベルが小さすぎるために、オーバサンプリングの効果を得るのが難しいことが多かった。適切な帯域のホワイトノイズを意図的に安定的に生成するのは技術的にも難しく、部品代も高くなる。例えば、ホワイトノイズの発生源の例として、抵抗の熱雑音が広く知られている。雑音電圧vnは、vn = (4kTRΔf)1/2 (k: ボルツマン定数、T: 温度、R: 抵抗値、Δf: ノイズの帯域)で表わされるが、R=1MΩ、T=300K、Δf=1MHzとしても、得られるノイズは高々0.13mVrmsである。仮に入力電圧範囲が0Vから3Vの10ビットのAD変換器があったとすると、その分解能は約3mV/LSBなので、実用的には先の熱雑音を数十倍に増幅しなければならない。
【0005】
ホワイトノイズの周波数帯域は信号周波数よりも十分に高くなくてはならず、ノイズを増幅ためにオペアンプによる負帰還回路を用いるとすれば、更に増幅率に相応する高い周波数応答特性が要求されるばかりでなく、熱雑音によりノイズレベルを決めるためには非常に低い入力換算ノイズが要求される。こうした要求を満たすアンプは、元々の信号を処理するために一般的にAD変換器の前に置かれるバッファアンプに必要な特性と比較して、はるかに高性能で、非常に高価なものとなってしまう。しかも、実際の抵抗素子は、原理通り熱雑音を発するばかりでなく、大きな1/fノイズも持っており、更には温度によりノイズレベルが変わることや、周囲の環境ノイズが重畳してしまうことなどを考え合わせると、意図した通りに安定的に大きなノイズを生成するのは容易なことではない。他にもホワイトノイズに近いとされるツェナーダイオードのノイズなども考えられるが、上記以外にも、消費電流が大きいことや、素子の個体差が大きいこと、温度特性が抵抗よりも更に悪いことなど、問題が増える。
【0006】
別の問題として、ディザノイズによるオーバサンプリング方式ではnビット分分解能を向上するには、4回のサンプリング回数が必要なため、不足しているビット数が多い場合には長い測定時間が必要だった。
また、オーバサンプリング型の別形態として、現在主流になっているΣ−Δ方式では、ノイズシェーピングとフィードバックを施すことにより、先のディザノイズを利用する方式よりも測定時間の短縮が図られる一方、大規模で複雑なデジタル処理が必要になる。昨今の微細化技術により広まっている方式だが、専用の半導体製品は依然として高価であり、専用の半導体製品がハードウェアで行っているデジタル処理をソフトウェアで処理しようとしても、クロック周波数の数十分の1、数百分の1の周波数の信号までしか処理しきれないため、高周波への対応が難しい。
【0007】
以上の事情に鑑みて、本発明は、簡易な構成で精度の高いAD変換を可能とするAD変換装置及びAD変換方法を提供することを解決課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以上の課題を解決するために、本発明に係るAD変換装置は、大きさが互いに異なるn(nは2以上の自然数)個の偏移信号を生成する偏移信号生成部と、入力アナログ信号と前記n個の偏移信号とを順次合成してn個の第1信号を生成する合成部と、前記n個の第1信号をAD変換してn個の第2信号を生成するAD変換部と、前記n個の第2信号に信号処理を施して出力デジタル信号を生成する信号処理部とを備え、前記偏移信号生成部は、前記n個の偏移信号を大きさ順に並べたとき、隣接する偏移信号の差分が、前記AD変換部の最小分解能の自然数倍と一致しないように前記n個の偏移信号を生成する、
ことを特徴とする。
【0009】
この発明によれば、n個の偏移信号を入力デジタル信号に合成して第1信号を生成するから、n個の第1信号をAD変換すると偏移信号の大きさによっては、最小分解能を超えたり超えなかったりする。このため、n個の第2信号には最小分解能より高精度の情報を含むので、これに基づいて出力デジタル信号を生成することによりAD変換の分解能を向上させることができる。特に、n個の偏移信号を大きさ順に並べたとき、隣接する偏移信号の差分が、AD変換部の最小分解能の自然数倍と一致しないように設定されているので、効率良く分解能を向上させることができる。なお、「合成」とは、加算のみならず減算を含む概念である。
【0010】
ここで、前記偏移信号生成部は、前記n個の偏移信号を大きさ順に並べたとき、隣接する偏移信号の差分が等しく、且つ当該差分が前記最小分解能より小さくなるように前記n個の偏移信号を生成することが好ましい。この場合には、n個の偏移信号を均等に離間させることができ、それらの差分は最小分解能より小さい。従って、そのような偏移信号を入力アナログ信号に合成することによって、AD変換の分解能を向上させることができる。
【0011】
さらに、前記偏移信号生成部は、前記n個の偏移信号の最小値と最大値との差分が前記AD変換部の最小分解能以上となるように前記n個の偏移信号を生成することが好ましい。この場合には、入力デジタル信号がどのような値であっても、n個の偏移信号を合成することによって、n個の第1信号の少なくとも一つは最小分解能を超えるので、n個の第2信号の少なくとも一つは他の第2信号と異なる値となる。従って、AD変換の分解能をより一層向上させることができる。
【0012】
また、前記信号処理部は、前記n個の第2信号の平均値を算出して前記出力デジタル信号を生成することが好ましい。
【0013】
また、上述したAD変換装置において、前記入力アナログ信号は、一定周期で繰り返す交流信号であり、前記AD変換部は前記交流信号に同期してAD変換を実行し、前記交流信号の一周期ごとに前記n個の偏移信号を切り替えるように前記偏移信号生成部を制御する偏移信号制御部を備え、前記信号処理部は、前記交流信号の同じ位相ごとに前記n個の第2信号に信号処理を施して前記出力デジタル信号を生成する、ことを特徴とする。
【0014】
一定周期で繰り返す交流信号を、その周期に同期して1周期当たり複数の位相点でAD変換する場合、n個の偏移信号の合成は、同じ位相点について実行する必要がある。この発明によれば、交流信号の周期ごとに、偏移信号を切り替えるので、偏移信号の切り替え回数を低減することができる。
【0015】
上述したAD変換装置にいて、前記入力アナログ信号は、一定周期で繰り返す交流信号であり、n・p(pは2以上の自然数)周期の交流信号に基づいて前記出力デジタル信号を生成するものであって、前記AD変換部は前記交流信号に同期してAD変換を実行し、前記交流信号のp周期ごとに前記n個の偏移信号を切り替えるように前記偏移信号生成部を制御する偏移信号制御部を備え、前記信号処理部は、前記交流信号の同じ位相ごとに前記n・p個の第2信号に信号処理を施して前記出力デジタル信号を生成する、ことが好ましい。
【0016】
この発明によれば、p周期ごとに偏移信号を切り替えるので、偏移信号の切り替え回数を大幅に減少させることができる。これにより、AD変換に要する時間を大幅に短縮することができる。
【0017】
本発明はAD変換方法としても把握できることは勿論である。そのような発明は、大きさが互いに異なるn(nは2以上の自然数)個の偏移信号を生成し、入力アナログ信号と前記n個の偏移信号とを順次合成してn個の第1信号を生成し、前記n個の第1信号をAD変換してn個の第2信号を生成し、前記n個の第2信号に信号処理を施して出力デジタル信号を生成し、前記n個の偏移信号は、前記AD変換の最小分解能の自然数倍と一致しないことを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の第1実施形態に係るAD変換装置のブロック図である。
【図2】AD変換動作の概略を示す説明図である。
【図3】第2実施形態に係る生体測定装置の構成を示すブロック図である。
【図4】生体測定装置の外観を示す平面図である。
【図5】生体測定装置の動作を示すフローチャートである。
【図6】AD変換動作の概略を示す説明図である。
【図7】生体測定装置で測定したレジスタンス成分とリアクタンス成分の誤差を示すグラフである。
【図8】偏移信号の加算がない場合におけるレジスタンス成分とリアクタンス成分の誤差を示すグラフである。
【図9】変形例に係るAD変換動作の概略を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<1.第1実施形態>
図1は、本発明の実施形態に係るAD変換装置1の構成を示すブロック図である。AD装置1には、入力アナログ信号Cinが供給され出力デジタル信号Coutが出力される。AD変換装置1は、n(nは2以上の自然数)個の偏移信号δ(kは0からn-1までの整数)を生成する偏移信号生成部20と、偏移信号生成部20を制御してn個の偏移信号δを所定の規則に従って切り替える偏移信号制御部10を備える。
【0020】
また、AD変換装置1は、入力アナログ信号Cinにn個の偏移信号δを各々加算してn個の第1信号S1を生成する偏移信号加算部30と、n個の第1信号S1を各々AD変換してn個の第2信号S2を生成するAD変換部40と、n個の第2信号S2に信号処理を施して出力デジタル信号Coutを生成する信号処理部50とを備える。
【0021】
AD変換部40は、例えば10ビットの第2信号S2を生成する。この場合、全入力電圧範囲FSRを210で等分した離散値と第1信号S1とを比較して最も近い離散値に近似する量子化が行われる。そして、FSR/210(=1LSB)が最小分解能(量子化分解能と同義)となる。すなわち、1LSBより小さい第1信号S1の振幅は検出することができず、量子化誤差となる。最小分解能が小さいほどAD変換の精度が向上するが、コストが上昇する。本実施形態では、偏移信号δを用いることにより、実質的に最小分解能を向上させている。
【0022】
n個の偏移信号δは、互いに異なる大きさである。n個の偏移信号δを大きさ順に並べたとき、隣接する偏移信号の差分が、最小分解能(1LSB)の自然数倍と一致しないように選定される。この例では、n個の偏移信号δを大きさ順に並べたとき、隣接する偏移信号δの差分が等しく、且つ差分が最小分解能より小さくなるように設定する。隣接する偏移信号δの差分が等しいとは、n個の偏移信号δを昇順に並べたとき、δ、δ、…δn−1となる場合に、δn−1−δn−2=δn−2−δn−3…=δ−δ=δ−δとなることを意味する。
【0023】
第1信号S1は、入力アナログ信号Cinに偏移信号δが加算されたものである。いま、入力アナログ信号CinがAD変換部40の最小分解能より小さかったとする。入力アナログ信号CinをそのままAD変換部40に供給すると、第2信号S2は「0」となる。これに対して、偏移信号δが加算された第1信号S1は、入力アナログ信号Cinと偏移信号δとの大きさによっては、最小分解能を超えることもある。n個の偏移信号δを各々加算したn個の第1信号S1のうち大部分が最小分解能を超えて第2信号S2が「1」となった場合は入力アナログ信号Cinが最小分解能に近く、n個の第1信号S1のうち大部分が最小分解能を超えず第2信号S2が「0」となった場合は、入力アナログ信号Cinが最小分解能から遠く小さいことを意味する。すなわち、n個の第2信号S2のうち「1」となった数に応じて入力アナログ信号Cinの大きさを求めることができる。
【0024】
信号処理部50は、n個の第2信号S2の平均値を算出して出力デジタル信号Coutを生成する。これによって、入力アナログ信号Cinに、AD変換部40の最小分解能より小さい離散値を割り当てた出力デジタル信号Coutを出力することができる。
【0025】
図2を参照して、AD変換装置1の動作を具体的に説明する。この例では、n=5とし、5個の偏移信号δが偏移信号生成部20から供給されるものとする。
また、AD変換部40の動作をごく簡略化して、以下の式で表すものとする。
S2=Round(S1)
ここで、Roundは、アナログ量である第1信号S1の小数点以下を四捨五入する関数とする。例えば、S1=0.4とするとS2=0、S1=0.6の場合はS2=1である。
【0026】
入力アナログ信号Cinに偏移信号δ(k=0...n−1)を加算し、それらの平均をとることを考えると、信号処理部50の演算は、以下の式で与えられる。
out=1/n×Σ[Round(Cin+δ)] (k=0...n−1)
具体例として、Cin=1.2の場合を考える。単純にこれをAD変換部40に入力すると、その出力コードは
out=Round(1.2)=1.0
と丸められてしまう。(小数部=元のAD変換部40の分解能を超えることはできない。)、
【0027】
ここで、n=5、δ={−0.4,−0.2,0,0.2,0.4}とすると、第1信号S1は、S1={0.8,1,1.2,1.4,1.6}となる。5個の第1信号S1に対応する第2信号S2は、S2={1,1,1,1,2}となる。
信号処理部50では、平均値の演算が実行されるので、出力デジタル信号Coutは以下の式で与えられる。
out=(1+1+1+1+2)/5=1.2
【0028】
このようにして、入力アナログ信号Cinに、元のAD変換部40の最小分解能(1LSB)の幅と異なる幅で複数個の偏移信号δを重ね合わせることで、AD変換部40の元々の分解能(整数)よりも高い分解能(小数)を得ることができる。
【0029】
入力アナログ信号Cin1に対する出力デジタル信号がCout1、入力アナログ信号Cinが微小量εだけ違う場合(Cin1+ε)の出力がCout2だったとすると、
out1=1/n×Σ[Round(Cin1+δ)]
out2=1/n×Σ[Round(Cin1+ε+δ)]
と書けるが、δk+1−δ=Δで均等な場合、
少なくともε=ΔであればCout2とCout1に差が出る。
out2=1/n×Σ[Round(Cin1+ε+δ)]
=1/n×Σ[Round(Cin1+δk+1)] (k=0…n-1)
となるので、
out2−Cout1
=1/n×Σ{Round(Cin1+δk+1)−Round(Cin1+δ)}
=1/n×{Round(Cin1+δ)−Round(Cin1+δ)}
=1/n×{Round(Cin1+δ+nΔ)−Round(Cin1+δ)}
が分解能の最悪値となる。これはδが点在する範囲と個数nによって分解能が決まることを意味する。分解能を高くするには、Δを小さく、nを大きくするのが良いが、現実には、AD変換部40のコード幅や偏移信号δのステップ幅は共に均一ではなく誤差を含む。nΔを数LSB分とると、これらの不均一な特性を平準化できるので、精度を向上する観点から好ましい。
【0030】
<2.第2実施形態>
第2実施形態は、上述したAD変換装置1を備える電子機器の一例として生体測定装置100を取り上げ説明する。
<2−1:生体測定装置の構成>
図1は、本発明の実施形態に係る生体測定装置100の構成を示すブロック図である。この生体測定装置100は、被験者の生体電気インピーダンスと体重を測定し、これらの
測定結果と、予め入力された身長、性別、年齢といった個人情報とに基づいて、体脂肪率などの生体情報を演算によって算出するものである。
生体測定装置100は、体重計110、第1記憶部120、第2記憶部130、入力部150、及び表示部160を備える。これらの構成要素は、図示せぬバスを介してマイクロコントローラ140と接続されている。マイクロコントローラ140は、装置全体を制御する制御中枢として機能する。なお、マイクロコントローラ140は図示せぬクロック信号発生回路からクロック信号の供給を受けて動作する。また、各構成要素には図示せぬ電源スイッチがオン状態になると、電源回路から電源が供給される。
【0031】
体重計110は、被験者の体重を測定して体重データをバスを介してマイクロコントローラ140に出力する。第1記憶部120は、不揮発性のメモリであって、例えばROM(Read Only Memory)で構成される。第1記憶部120には、装置全体を制御する制御プログラムが記憶されている。マイクロコントローラ140は、制御プログラムに従って所定の演算を実行することにより、被験者の体脂肪率などの生体情報を生成する。
【0032】
第2記憶部130は、揮発性のメモリであり、例えば、DRAM(Dynamic Random Access Memory)によって構成される。第2記憶部130はマイクロコントローラ140の作業領域として機能し、マイクロコントローラ140が所定の演算を実行する際にデータを記憶する。
【0033】
入力部150は、各種のスイッチから構成され、被験者がスイッチを操作すると、身長、年齢、及び性別といった情報が入力される。表示部160は、体重や体脂肪率といった測定結果や被験者に各種の情報の入力を促すメッセージを表示する機能を有し、例えば、液晶表示装置などで構成される。
より具体的には、図4に示すように、筐体の上部中央に表示部160が配置されている。また、入力部150は、スイッチ151〜155から構成される。例えば、スイッチ151及び152は数値の入力やメニューの選択に用いるアップダウンスイッチとして機能し、スイッチ153及び154は、入力状態を確定するためのスイッチとして機能し、さらに、スイッチ155は、電源スイッチとして機能する。
【0034】
この生体測定装置100には上述したAD変換装置1が組み込まれている。但し、この例では、AD変換部40はマイクロコントローラ140に内蔵されており、偏移信号制御部10および信号処理部50は、マイクロコントローラ140が所定のプログラムを実行することによって実現される。また、マイクロコントローラ140は、インピーダンス算出部60と交流電圧信号発生部70とを備える。
インピーダンス算出部60は信号処理部50から出力される出力デジタル信号Coutに基づいてインピーダンスを算出する。交流電圧信号発生部70は、50KHzの方形波の電圧信号を生成する。より具体的には、マイクロコントローラ140のタイマ機能を用いて、ポートから50KHzの定電圧方形波が出力される。この例では、交流電圧信号発生部70がマイクロコントローラ140に内蔵されているが、マイクロコントローラ140の外部で信号を発生してもよいことは勿論である。
【0035】
フィルタ3は、50KHzを通過させるローパスフィルタあるいはバンドパスフィルタで構成され、50KHzの電圧信号の高調波成分を除去する。このため、フィルタ3を通過した電圧信号は正弦波となっている。
電圧電流変換部4は、フィルタ3から出力される電圧信号を電流信号に変換する。この電流信号は、直列に接続された参照インピーダンスZと生体インピーダンスZとに直直列に供給されるようになっている。参照インピーダンスZは既知であり、生体インピーダンスZは被験者のインピーダンスである。
【0036】
生体測定装置100は2個の電流電極5A及び5Bと、2個の電圧電極6A及び6Bを有する。図4に示すように電流電極5Aは左足の先端部に位置し、電圧電極6Aは左足の踵部に位置し、電流電極5Bは右足の先端部に位置し、電圧電極6Bは右足の踵部に位置するように配置される。
【0037】
信号選択部7は、参照インピーダンスZの両端の端子T1及びT2か、生体インピーダンスZを測定するための電圧電極6A及び6Bのいずれか一方を選択する。信号受信部8は、例えば、差動増幅器で構成される。差動増幅器は高インピーダンス入力の電圧バッファアンプとして機能する。このため、信号選択部7によって、参照インピーダンスZの両端の端子T1及びT2が選択された場合には、信号受信部8から、参照インピーダンスZの電圧Vが出力される。一方、信号選択部7によって、電圧電極6A及び6Bが選択された場合には、信号受信部8から、生体インピーダンスZの電圧Vが出力される。信号受信部8は、偏移信号加算部30やAD変換部40のダイナミックレンジに合わせて信号の振幅を調整する。
【0038】
信号受信部8から出力された交流電圧は、偏移信号加算部30で、後で述べる直流の偏移信号δと加算され、AD変換部40に入力される。偏移信号生成部20は、偏移信号制御部10で制御され、27個のDC電圧を偏移信号δとして偏移信号加算部30に出力する。27個のDC電圧の間隔は均等とする。偏移信号生成部20は、専用のDA変換器を使用して生成してもよいが、ここでは3ステート形式で制御可能なマイクロコントローラ140の3個のポート、複数の抵抗、及びバッファを用いて構成する。3個のポートの各々がHレベル、Lレベル、ハイインピーダンスの3つの状態を取り得るので、3個のポート全体で27通りの状態を設定することができる。これによって、27個のDC電圧を偏移信号δとして生成することが可能となる。
【0039】
偏移信号制御部10は、マイクロコントローラ140の3個のポートの状態を制御する。偏移信号加算部30は、信号受信部8から入力される電圧に対しては1倍の増幅率を持ち、偏移信号生成部で20生成されたDC電圧に対しては、27個の偏移信号δがそれぞれ1/9LSB刻みになるような増幅率に設定する。
AD変換部40では、50KHzの正弦波の波形を20分割して1周期あたり20個の位相点の測定を行う。信号処理部50では複数のAD変換結果を用いて、元のAD変換部40の分解能よりも高い分解能で交流電圧の各位相点の電圧を求める。
【0040】
インピーダンス算出部60は、信号処理部50で得られる高分解能のAD変換結果を用いてインピーダンスを算出する。
具体的には、20個の位相点それぞれについて高分解能のAD変換結果が得られると、それらを用いて同期検波を行うことでベクトル成分(レジスタンス成分とリアクタンス成分)が得られる。この同期検波は参照インピーダンスZと生体インピーダンスZとの両方について行う。この場合、生体インピーダンスZは、電圧比較法により、以下の式を複素演算することで与えられる。
=Z/V
このようにして生体インピーダンスZが算出される。
【0041】
<2−2:生体測定装置の動作>
次に、図5を参照して生体測定装置100における生体インピーダンスの生成動作について説明する。
まず、マイクロコントローラ140は、信号選択部7を制御して、参照インピーダンスZか生体インピーダンスZかのいずれかを選択させる(ステップS10)。
次に、マイクロコントローラ140は、積算処理を実行する(ステップS20)。積算処理では、電圧V又は電圧Vについて、27個の偏移信号δを順次加算して27個の第1信号S1を生成し、これをAD変換部40でAD変換して27個の第2信号S2を得て、27個の第2信号S2を平均することによって、AD変換部40の最小分解能を超える分解能で電圧V又はVをAD変換する。
【0042】
ここで、AD変換動作について具体的に説明する。まず、信号受信部8の出力信号をVsig、偏移信号生成部20の出力するDC電圧をΔk(k=0..26)とすると、AD変換結果Cは、以下の式で与えられる。
= Round[A(Vsig + Δk)] (k = 0,1,…26)
ここで、「A」はAD変換部40が電圧からAD変換結果のコードに変換するための定数、Roundは、AD変換部40の1LSB未満を四捨五入した値である。
【0043】
簡単のためにAD変換器のコードを仮想的に無限小数と考え、Vsig、Δkに対応する仮想的なコード値をそれぞれCsig、δと置くと、上式は
= Round[Csig] (k = 0,1,…26)
と置くことができる。
【0044】
27個のDC電圧についてCを平均したものが最終的なAD変換結果CTであり、以下に示す式で与えられる。信号処理部50で実行される演算である。
CT = 1/n Σ[Round(Csig)] (k = 0,1,…26, n=27)
例えば、δ=1/9LSBであれば、通常は四捨五入されて無視される場合が多いが、1/9LSBステップで多数のδを用いて平均することで、元々のAD変換部40の分解能よりも高い分解能のAD変換結果を得ることができる。
なお、演算量を減らすため、ここでは平均値ではなく積算値CT´を用いる。
CT´ = Σ[Round(Csig)] (k = 0,1,…26)
変換結果を安定して得るために、AD変換結果は4回積算する。このようにして、出力デジタル信号が生成される。
【0045】
次に、図6を参照して、偏移信号加算部30に供給される正弦波の入力アナログ信号Cinと、偏移信号δ、及びAD変換部40における1周期当たり20個の位相点の関係を説明する。
偏移信号δとして27個のDC電圧を出力する場合、偏移信号制御部10は、27個の偏移信号δ、δ、…δ26を入力アナログ信号Cinの周期ごとに順次切り替えるように偏移信号生成部20を制御する。
AD変換部40は1周期当たり、20個の位相点P0、P1、…P20について、AD変換を実行する。
そして、各位相点ごとの入力アナログ信号Cinに、27個の偏移信号δを各々加算して得た27個の第1信号S1をAD変換部40でAD変換して、27個の第2信号S2を生成し、信号処理部50において平均を算出することによって、正弦波の入力アナログ信号Cinを出力デジタル信号Coutに変換する。この場合、1周期の出力デジタル信号Coutを得るために、27周期の入力アナログ信号Cinが必要となる。さらに、本実施形態では、この処理を4回繰り返すことにより、より正確な出力デジタル信号Coutを得ている。
【0046】
このように入力アナログ信号Cinが、一定周期で繰り返す交流信号である場合、AD変換部40は交流信号に同期してAD変換を実行し、偏移信号制御部10は、交流信号の一周期ごとにn個の偏移信号δを切り替えるように偏移信号生成部20を制御する。この場合、記信号処理部50は、交流信号の同じ位相ごとにn個の第2信号S2に信号処理を施して出力デジタル信号Coutを生成する。
【0047】
説明を図5に戻す。この後、マイクロコントローラ140は検波処理を行う(ステップS30)。具体的には、出力デジタル信号Coutと、50KHzの電流信号との間で同期検波を行うことでベクトル成分(レジスタンス成分とリアクタンス成分)を算出する。さらに、マイクロコントローラ140は、インピーダンス計算処理を実行して、生体インピーダンスZを算出する(ステップS40)。この場合、上述した電圧比較法を用いる。
【0048】
図7に、本実施形態の生体測定装置100で測定されたレジスタンス成分及びリアクタンス成分の誤差を示し、図8に偏移信号δを加算しない場合のレジスタンス成分及びリアクタンス成分の誤差を比較例として示す。これらの図に示すように、本実施形態によれば、誤差を大幅に低減することができる。特に、AD変換部40が組み込まれている汎用的なマイクロコントローラを用いる場合に効果的である。そのようなマイクロコントローラを用いる場にも、ごく小規模な構成を追加することにより、AD変換の精度を大幅に向上させることができる。
【0049】
<3:変形例>
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、例えば、以下の変形が可能である。
(1)上述した第2実施形態では、図6に示すように入力アナログ信号Cinが一定周期で繰り返される交流信号であり、27個の偏移信号δを生成する場合、入力アナログ信号Cinの1周期ごとに偏移信号δを切り替えることにより、27周期かけて偏移信号δの切り替えを実行した。そして、さらに精度を向上させるため、27周期のセットを例えば、4回実行し、これを平均化することによって、1周期の出力デジタル信号Coutを得ていた。
【0050】
上述した手法では、全体として、4・27回、偏移信号δを切り替える必要がある。
偏移信号δの切り替えには時間がかかるため、なるべく切り替え回数が少ないことが好ましい。また、浮遊容量や配線抵抗になどによって偏移信号生成部20から偏移信号加算部30までの伝送路は、等価的にローパスフィルタが構成される。このため、偏移信号δを切り替えたとしても、正確に加算結果に反映されるまでは多少時間がかかる。
【0051】
そこで、図9に示すように偏移信号δの切り替えを行ってもよい。即ち、入力アナログ信号Cinが、一定周期で繰り返す交流信号であり、n・p(pは2以上の自然数)周期の交流信号に基づいて出力デジタル信号Coutを生成することを想定する。図9に示す例では、n=27、p=4である。この場合、AD変換部40は、交流信号に同期してAD変換を実行し、偏移信号制御部10は交流信号の4周期ごとに27個の偏移信号δを切り替えるように偏移信号生成部20を制御し、信号処理部50は、交流信号の同じ位相点P0,P1,…P19ごとに27・4個の第2信号S2に信号処理を施して出力デジタル信号Coutを生成してもよい。
この場合には、偏移信号δの切り替え回数を27回に低減することができる。
【0052】
(2)上述した実施形態において、偏移信号加算部30は入力アナログ信号Cinに偏移信号δを加算して第1信号S1を生成したが、入力アナログ信号Cinから偏移信号δを減算して第1信号S1を生成してもよい。要は入力アナログ信号Cinと偏移信号δとを合成して第1信号S1を生成すればよい。
【0053】
(3)上述した実施形態では、n個の偏移信号δは、互いに異なる大きさであり、n個の偏移信号δを大きさ順に並べたとき、隣接する偏移信号の差分が等しく、且つ最小分解能より小さくなるように選定した。但し、n個の偏移信号δの一部が最小分解能(1LSB)の自然数倍と一致してもよい。
【0054】
また、n個の偏移信号δの最小値が最小分解能(1LSB)を超えるものであってもよい。例えば、n個の偏移信号δを均等に設定し、Δ=δ−δk-1とし、Δ=0.2LSB、n=5の場合、δ0=1.1LSB、δ1=1.3LSB、δ2=1.5LSB、δ3=1.7LSB、δ4=1.9LSB、δ5=2.1LSBとしてもよい。この場合、δ0=0.1LSB、δ1=0.3LSB、δ2=0.5LSB、δ3=0.7LSB、δ4=0.9LSB、δ5=1.1LSBと設定する場合に比較して、最小の偏移信号δ0を大きくすることができる。一般に、ノイズとの関係で微小電圧を正確に生成することは容易ではない。このようにn個の偏移信号δの最小値が最小分解能(1LSB)を超えるように設定すれば、それらの生成が容易となる。
【0055】
また、この例のように、n個の偏移信号δの最小値(δ0=1.1LSB)と最大値(δ5=2.1LSB)との差分がAD変換部40の最小分解能以上となる場合には、どのような大きさの入力アナログ信号Cinであっても、n個の偏移信号δを加算することによって、少なくとも一つの第2信号S2は他の第2信号S2と異なる値となる。これにより、AD変換の分解能を向上させることが可能となる。
【符号の説明】
【0056】
1……AD変換装置、10……偏移信号制御部、20……偏移信号生成部、30……偏移信号加算部、40……AD変換部、50……信号処理部、100……生体測定装置。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
大きさが互いに異なるn(nは2以上の自然数)個の偏移信号を生成する偏移信号生成部と、
入力アナログ信号と前記n個の偏移信号とを順次合成してn個の第1信号を生成する合成部と、
前記n個の第1信号をAD変換してn個の第2信号を生成するAD変換部と、
前記n個の第2信号に信号処理を施して出力デジタル信号を生成する信号処理部とを備え、
前記偏移信号生成部は、前記n個の偏移信号を大きさ順に並べたとき、隣接する偏移信号の差分が、前記AD変換部の最小分解能の自然数倍と一致しないように前記n個の偏移信号を生成する、
ことを特徴とするAD変換装置。
【請求項2】
前記偏移信号生成部は、前記n個の偏移信号を大きさ順に並べたとき、隣接する偏移信号の差分が等しく、且つ当該差分が前記最小分解能より小さくなるように前記n個の偏移信号を生成することを特徴とする請求項1に記載のAD変換装置。
【請求項3】
前記偏移信号生成部は、前記n個の偏移信号の最小値と最大値との差分が前記AD変換部の最小分解能以上となるように前記n個の偏移信号を生成することを特徴とする請求項2に記載のAD変換装置。
【請求項4】
前記信号処理部は、前記n個の第2信号の平均値を算出して前記出力デジタル信号を生成することを特徴とする1乃至3のうちいずれか1項に記載のAD変換装置。
【請求項5】
前記入力アナログ信号は、一定周期で繰り返す交流信号であり、
前記AD変換部は前記交流信号に同期してAD変換を実行し、
前記交流信号の一周期ごとに前記n個の偏移信号を切り替えるように前記偏移信号生成部を制御する偏移信号制御部を備え、
前記信号処理部は、前記交流信号の同じ位相ごとに前記n個の第2信号に信号処理を施して前記出力デジタル信号を生成する、
ことを特徴とする請求項1乃至4のうちいずれか1項に記載のAD変換装置。
【請求項6】
前記入力アナログ信号は、一定周期で繰り返す交流信号であり、n・p(pは2以上の自然数)周期の交流信号に基づいて前記出力デジタル信号を生成する請求項1乃至3のうちいずれか1項に記載のAD変換装置であって、
前記AD変換部は前記交流信号に同期してAD変換を実行し、
前記交流信号のp周期ごとに前記n個の偏移信号を切り替えるように前記偏移信号生成部を制御する偏移信号制御部を備え、
前記信号処理部は、前記交流信号の同じ位相ごとに前記n・p個の第2信号に信号処理を施して前記出力デジタル信号を生成する、
ことを特徴とするAD変換装置。
【請求項7】
請求項1乃至6のうちいずれか1項に記載のAD変換装置を備えた電子機器。
【請求項8】
大きさが互いに異なるn(nは2以上の自然数)個の偏移信号を生成し、
入力アナログ信号と前記n個の偏移信号とを順次合成してn個の第1信号を生成し、 前記n個の第1信号をAD変換してn個の第2信号を生成し、
前記n個の第2信号に信号処理を施して出力デジタル信号を生成し、
前記n個の偏移信号は、大きさ順に並べたとき、隣接する偏移信号の差分が、前記AD変換の最小分解能の自然数倍と一致しないことを特徴とするAD変換方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−19320(P2012−19320A)
【公開日】平成24年1月26日(2012.1.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−154623(P2010−154623)
【出願日】平成22年7月7日(2010.7.7)
【出願人】(000133179)株式会社タニタ (303)
【Fターム(参考)】