説明

AFM標準試料及びその製造方法

【課題】 大気中で安定的な表面を有し、保管方法が簡便で寿命の長いAFM標準試料を提供すること。
【解決手段】 被検体の垂直方向の測定値を10−10〜10−8mの分解能で直接的に校正する為に用いられるAFM標準試料であって、
主面として(0001)面、または(0001)面から10度以内のオフ角度を持った面を有する単結晶サファイヤ基板からなり、該凹部の内側の面にステップ構造を有することを特徴とするAFM標準試料及びその製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製造及び保管が容易であり、かつ長寿命で再生が可能な、AFM標準試料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子間力顕微鏡観察装置(AFM)において、10−10から10−8オーダーのマイクロラフネス(micro roughness)や段差の測定を行った際に高さ精度を校正するために、標準試料(以下、AFM標準試料とする。)が用いられている。AFM標準試料としては、従来単結晶シリコン基板を超高真空中で熱処理して得られるシリコンステップ基板を用いることが知られている(非特許文献1)。
【0003】
図1に示すように、シリコンステップ基板は主面にシングルステップ構造を有しており、そのステップの高さは、シリコンの2原子層分の高さ(0.31nm)となるように作られている。AFMの校正に当たっては、このシリコンステップ基板についてAFM測定を行い、各ステップの間に存在するテラス部分を水平化処理して、ステップの高さを求めている。ここで求めたステップの高さを0.31nmとして、校正を行っている。
【0004】
ここで、上記のようなシングルステップ構造を主面に有したシリコンステップ基板は、例えば下記の方法により、単結晶シリコン基板から作られる。
【0005】
1) (111)面から[11−2]方向に微傾斜した面を主面に持った単結晶シリコン基板は、適当な大きさに切り出す。
2) これにアセトン洗浄および硫酸過水処理を行った後、真空チャンバー内に入れて脱ガスを行う。
3) 十分に脱ガスが行われて超高真空雰囲気(6.5×10−7Pa未満)となったところで、1100〜1200℃に加熱して約10分間保持する。
4) これを室温まで急冷した後、該真空チャンバーを乾燥窒素で満たした状態で、それを大気中に取り出す。
【0006】
【非特許文献1】(社)電子情報技術産業協会規格 「AFMにおける1nmオーダの高さ校正法」p.3〜5 2002年7月
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1に係るシリコンステップ基板は、大気に少しでもさらすと表面に酸化膜が生成してしまう。その一方で、通常AFMの校正は大気中において行われており、大気中の汚れも付着しやすい。これらの要因によって、シリコンステップ基板は時間の経過とともにステップエッジのシャープさが失われ、テラスの平坦性が損われてしまうという問題点があった。さらに、シリコンステップ基板は化学薬品への耐性も弱いこともあり、大気中での保存時には乾燥デシケーター等に入れて常温低湿度に保つ必要がある等、シリコンステップ基板の取り扱いが非常に難しいという問題点があった。
【0008】
その上、AFMの校正は大気中において行われているため、通常シリコンステップ基板の有効使用期限は6ヶ月前後と短い。その上、有効使用期限を過ぎたシリコンステップ基板やステップ構造の形状の崩れたシリコンステップ基板は、表面に付着している酸化物のせいで、再度シリコンステップ基板として再生させることは困難であるという問題点があった。
【0009】
また、非特許文献1に係るシリコンステップ基板では、シングルステップ構造が一方向のみに形成されていた。従来技術に係るシリコンステップ基板を用いたAFMの校正では、画像処理を行うことで全てのテラスを二次元的に水平にした後でステップの高さの測定を行っていたが、該シリコンステップ基板のステップ構造の形成される方向が一方向のみであるため、水平処理が非常に難しく、校正値が本来のシングルステップの高さの値から容易にずれてしまうという問題点があった。
【0010】
その一方で、非特許文献1に係るシリコンステップ基板を製造するには、超高真空中での高温での加熱を行う必要があり、その超真空状態を形成するためには大掛かりな装置が必要となる。その反面で脱ガス工程には多くの時間を要するため、シリコンステップ基板の生産性が低いという問題点があった。
【0011】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、第1には、大気中で安定的な表面を有し、保管方法が簡便で寿命の長いAFM標準試料を提供することである。第2には、超高真空中での加熱が不要でより簡便に生産できるAFM標準試料の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、自己組織化させたサファイヤ基板をAFM標準試料の材料として用いることが、係る問題点の解決に有効であることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、請求項1記載の発明は、被検体の垂直方向の測定値を10−10〜10−8mの分解能で直接的に校正する為に用いられるAFM標準試料であって、主面として(0001)面、または(0001)面から10度以内のオフ角度を持った面を有し、ステップ構造を有する単結晶サファイヤ基板からなることを特徴とするAFM標準試料である。
【0014】
請求項2記載の発明は、被検体の垂直方向の測定値を10−10〜10−8mの分解能で直接的に校正する為に用いられるAFM標準試料であって、主面として(0001)面、または(0001)面から10度以内のオフ角度を持った面を有し、該主面上に同心円状のシングルステップ構造を有する単結晶サファイヤ基板からなることを特徴とするAFM標準試料である。
【0015】
請求項3記載の発明は、単結晶サファイヤ基板の表面に研磨を行い、該単結晶サファイヤ基板の表面に凹部を形成し、該凹部を大気中で熱処理を行って同心円状のシングルステップ構造を形成することを特徴とする、AFM標準試料の製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の請求項1〜2に記載のAFM標準試料によれば、ステップ構造を有する単結晶サファイヤ基板からなることにより、大気中で安定である表面を有するとともに、サンプルの洗浄又は再アニールによって繰り返し使用可能な、AFM標準試料を提供することが出来るという効果を奏する。
【0017】
また、本発明の請求項2に記載のAFM標準試料によれば、主面上に同心円状のシングルステップ構造を有する単結晶サファイヤ基板からなることにより、シングルステップのテラスに2次元的な広がりを持たせることが出来、例えば凹部の底面に向かい合うテラスの水準を用いて校正を行うなど、同一水準を有したテラスの測定に平面的な広がりを与えることが出来るため、AFMの校正精度をさらに高めることが出来るという効果をも奏する。
【0018】
一方で、本発明の請求項3に記載のAFM標準試料の製造方法によれば、大気中での熱処理によって単結晶サファイヤ基板にシングルステップ構造を形成することができるため、脱ガス工程が不要となり、より簡便なAFM標準試料の製造方法を提供することが出来るという効果を奏する。
【0019】
また、本発明の請求項3に記載のAFM標準試料の製造方法によれば、エッチングにより凹部を生じるような、表面に欠陥を有した単結晶サファイヤ基板であっても、シングルステップ構造の形成に供することが出来るという効果をも奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。本実施形態は、単結晶サファイヤ基板1に形成した凹部2の内部にシングルステップ構造を有するAFM標準試料及びその製造方法である。
【0021】
本実施形態に用いる単結晶サファイヤ基板1は、主面として(0001)面、または(0001)面から10度以内のオフ角度を持った面を有するものを用いる。ここで、(0001)面以外の面を用いると、良好な同心円状ステップができにくいため、好ましくない。この単結晶サファイヤ基板1は、予めその全面について研磨を行っておく。この研磨工程では、平坦度Ra=1nm以下にすることのできる研磨方法であれば、流動砥粒や固定砥粒等を用いた公知の研磨方法を適用することが可能である。
【0022】
全面研磨を行った単結晶サファイヤ基板1について、主面上に単数または複数の凹部2を形成する。凹部2の形成方法としては、エッチング,集束イオンビーム(FIB),レーザ加工,フォトリソグラフィ(反応性イオンエッチング)等を用いることが出来る。
【0023】
例えば、湿式エッチングにより凹部を形成する場合には、図2に示すようにエッチャント6を入れたエッチング槽5に浸漬させることにより、単結晶サファイヤ基板1に存在する格子欠陥をエッチングさせ、凹部2を形成させることができる。格子欠陥は単結晶サファイヤ基板1に先天的に存在するものを利用できるほか、集束イオンビーム(FIB)やレーザ加工等の手段によって後天的に形成したものを用いることが出来る。
【0024】
また、エッチング槽5に入れるエッチャント6としては、硫酸、水酸化カリウム、塩酸、燐酸等の酸を用いることが出来る。また、エッチャント6の好ましい液温は、エッチャントの種類によって変わってくるものであるが、例えば水酸化カリウムであれば常温〜300℃のものを用いることができる。なお、図2ではエッチャント中に載置台3aを設け、その上に単結晶サファイヤ基板1を載置する形態を示しているが、単結晶サファイヤ基板1の表面を傷付けずにエッチングできる形態であれば、この載置台3aを用いる形態に限られるものではない。
【0025】
上記手段により凹部2を形成した単結晶サファイヤ基板1は、エッチャント,デブリ等の付着物を洗浄等の手段により除去した後、図3に示すように熱処理炉4を用いて、大気中で熱処理を行う。表面に凹部2が形成された単結晶サファイヤ基板1を大気中で熱処理することで、該凹部2の底を中心とした同心円状のシングルステップ構造が形成される。ここで、シングルステップ構造を形成するための熱処理温度は900℃〜1400℃、熱処理の時間は5分〜10時間であることが好ましい。
【0026】
ここで、凹部2の底にあたる部分は、図4に示すように超平坦面となっている。そして当該底の部分の周縁に、同心円状にシングルステップ構造が広がっている。このシングルステップ構造の1段当りの高さは、図5に示すように約0.22nmと一定であるため、当該シングルステップ構造をAFM標準試料として用いることが出来る。
【0027】
上記の方法により製造されたAFM標準試料は、以下のようにして、AFMの垂直方向について、測定値の校正に用いる。まず、凹部が数個含まれたエリア(例えば、20μm四方のエリア)についてAFMによって測定した後、当該エリア内にある凹部のうち1つを選び、凹部の内部のステップ構造をAFMで拡大して測定を行う。
【0028】
次に、各々のテラスが2次元的に水平になるように画像処理を行う。画像処理の方法としては、走査方向に平行に断面観察を行い、底面(超平坦面)の左右にあるシングルステップの高さを測り、その差を0に近づける方法が挙げられる。ここで、同一の凹部に対向したテラスの水準を複数用いて校正を行うようにすることで、テラスの水準の測定点に平面的な広がりを与えることができ、高さデータの校正精度をより高めることができるため、なお好ましい。
【0029】
また、測定データの全Z値(高さ)データのヒストグラムを作成し、各ステップ高さに相当したZ値のピークがより鋭くなるように2次元的に水平処理を行う画像処理の方法も用いることが出来る。このとき、Z値のピークの間隔を0.22nmとして、AFM装置のスキャナー及び装置を校正することとなる。
【0030】
本発明は、単結晶サファイヤ基板に形成した同心円状のシングルステップ構造を用いた本実施形態に限られない。例えば、(0001)面から10度以内のオフ角度を持った主面を有する単結晶サファイヤ基板を熱処理することで得られる、主面上に形成されたシングルステップ構造又はマルチステップ構造を用いた形態のAFM高さ校正板についても適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】従来技術に係る、シリコンステップ基板のAFM像である。
【図2】本実施形態に係る、単結晶サファイヤ基板へのエッチング工程を説明する図である。
【図3】本実施形態に係る、単結晶サファイヤ基板への熱処理工程を説明する図である。
【図4】本実施形態に係る、凹部の底にあたる部分の表面を表すAFM像である。
【図5】本実施形態に係る、凹部の底及びその近傍のシングルステップの断面を表すAFM像である。
【符号の説明】
【0032】
1 単結晶サファイヤ基板
2 凹部
3a,3b 載置台
4 熱処理炉
5 エッチング槽
6 エッチャント
7 ヒータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体の垂直方向の測定値を10−10〜10−8mの分解能で直接的に校正する為に用いられるAFM標準試料であって、
主面として(0001)面、または(0001)面から10度以内のオフ角度を持った面を有し、
ステップ構造を有する単結晶サファイヤ基板からなることを特徴とするAFM標準試料。
【請求項2】
被検体の垂直方向の測定値を10−10〜10−8mの分解能で直接的に校正する為に用いられるAFM標準試料であって、
主面として(0001)面、または(0001)面から10度以内のオフ角度を持った面を有し、
該主面上に同心円状のシングルステップ構造を有する単結晶サファイヤ基板からなることを特徴とするAFM標準試料。
【請求項3】
単結晶サファイヤ基板の表面に研磨を行い、
該単結晶サファイヤ基板の表面に凹部を形成し、
該凹部を大気中で熱処理を行って同心円状のシングルステップ構造を形成することを特徴とする、
AFM標準試料の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−284316(P2006−284316A)
【公開日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−103281(P2005−103281)
【出願日】平成17年3月31日(2005.3.31)
【出願人】(000240477)並木精密宝石株式会社 (210)
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(504182255)国立大学法人横浜国立大学 (429)
【Fターム(参考)】