説明

AMPK活性化剤

【課題】本発明は、AMPK活性化剤、血糖上昇抑制剤、生活習慣病及びこれに関連する疾患を予防又は治療するための組成物並びに糖尿病予防用組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有する、AMPK活性化剤及び血糖上昇抑制剤に関する。本発明はまた、ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有する、生活習慣病及び生活習慣病に関連する疾患の予防又は治療用組成物並びに糖尿病予防用組成物に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トマト果皮由来ポリフェノールであるナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有する、AMPK活性化剤及び血糖上昇抑制剤並びに生活習慣病及びこれに関連する疾患の予防又は治療用組成物及び糖尿病予防用組成物、並びにそれらの製造方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
近年の運動不足、過剰な脂質摂取等にみられる生活習慣の急速な変化に伴い、内臓脂肪の蓄積を伴う肥満、高血糖、高脂血症等の生活習慣病の患者数は、増加の一途をたどっている。
【0003】
一方で、最近の研究により、AMPK(AMP−activated protein kinase)がエネルギー代謝調節に極めて重要な役割を担っていることが明らかとなりつつある。AMPKは、骨格筋運動のように細胞内AMP/ATP比が上昇するような状況下においてリン酸化されることにより活性化され、糖、脂質の代謝を促進する。
【0004】
AMPKが活性化されると、ACC(Acetyl−CoA carboxylase)をリン酸化することにより不活性化し、ACCの代謝により生じるマロニルCoAレベルが低下する。マロニルCoAの低下により、カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼを介した脂肪酸のミトコンドリアへの取り込みが増加し、ベータ酸化が亢進することが知られている(例えば、非特許文献1参照)。また、AMPKの活性化により、糖取り込みの亢進が起こることも知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
さらに近年、AMPKをPPARδ(peroxisome proliferator−activated recepter delta)の活性化と組み合わせることにより、運動持久力増大をはじめとした、運動時と同様の生体応答が認められることが報告された(例えば、非特許文献2参照)。
【0006】
これまでにAMPKを活性化する化合物として、糖尿病治療薬のメトホルミンやAICAR(5−aminoimidazole−4−carboxamide ribonucleoside)等が知られている。また、天然由来の化合物として数種のポリフェノールがAMPKを活性化することが知られている(例えば、特許文献1及び非特許文献3参照)。
【0007】
一方、トマトは、野菜の中で最も多く栽培されており、世界中で広く食され、人々の健康増進に高く貢献している野菜である。トマトには多くの種類の機能的な栄養成分が含まれ、長年にわたってその研究が進められてきた。
【0008】
トマト果皮に存在するポリフェノールの一種であるナリンゲニンカルコンは、アレルギーを抑制するという報告がある(例えば、非特許文献4参照)。また、ナリンゲニンカルコンは、肥満・糖尿病患者において低値を示すアディポネクチンの分泌を、分肥満・糖尿病モデル動物において亢進させることが知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0009】
しかし、現在までに、ナリンゲニンカルコンのAMPKに対する作用、あるいは健常人の糖代謝に及ぼす作用は、知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−314446号公報
【特許文献2】特開2008−115163号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】J.Appl.Physiol.,vol.91,p1017−1028,2001
【非特許文献2】Cell,vol.134,p405−415,2008
【非特許文献3】Biochem.Biophys.Res.Commun.vol.388,p377−382,2009
【非特許文献4】Biosci.Biotechnol.Biochem.vol.68,p1706−1711,2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、AMPK活性化剤及び血糖上昇抑制剤を提供することを目的とする。本発明は、また、生活習慣病及びこれに関連する疾患の予防又は治療用組成物並びに糖尿病予防用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するために、本発明者は鋭意研究を重ね、トマト果皮から分離したナリンゲニンカルコンがAMPKを活性化する作用を有することを発見した。また、健常マウスにおいて、ナリンゲニンカルコンが顕著な血糖値の上昇抑制作用を有することを発見した。さらに、ナリンゲニンカルコンをγ−サイクロデキストリンで包接することにより、組成物中のナリンゲニンカルコンの安定性が高まることも発見した。
【0014】
本発明者による前記の知見に基づく本発明は、以下の通りである。
〔1〕
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有するAMPK活性化剤。
〔2〕
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有する血糖上昇抑制剤。
〔3〕
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有する、生活習慣病及び生活習慣病に関連する疾患の予防又は治療用組成物。
〔4〕
前記ナリンゲニンカルコン又はその誘導体の含有量が、0.001〜10重量%である、〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の剤又は組成物。
〔5〕
トマト加工飲食品である、〔4〕に記載の剤又は組成物。
〔6〕
前記ナリンゲニンカルコン又はその誘導体がγ−サイクロデキストリンで包接されている、〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の剤又は組成物。
〔7〕
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有する、糖尿病予防用組成物。
〔8〕
脂質代謝促進剤、糖質代謝促進剤、脂肪蓄積抑制剤又は運動代替剤である、〔1〕に記載の活性化剤。
〔9〕
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体をγ−サイクロデキストリンで包接する工程を含む、〔6〕に記載の剤又は組成物の製造方法。
〔10〕
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体をγ−サイクロデキストリンで包接する工程を含む、〔1〕〜〔7〕のいずれかに記載の剤又は組成物中のナリンゲニンカルコンの安定化方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、AMPK活性化剤、血糖上昇抑制剤並びに生活習慣病及びこれに関連する疾患の予防又は治療用組成物並びに糖尿病予防用組成物を提供することができる。本発明の活性化剤及び組成物の有効成分は、トマト果皮から得ることができる成分であり、安全に摂取することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ナリンゲニンカルコンによる、HepG2細胞(肝細胞)におけるリン酸化されたAMPK(p−AMPK、活性化型)の亢進を示す(実施例2)。
【図2】ナリンゲニンカルコンによる、L6細胞(骨格筋細胞)におけるリン酸化されたAMPK(p−AMPK、活性化型)の亢進を示す(実施例3)。
【図3】ナリンゲニンカルコンによる、ICRマウスにおける血糖上昇抑制作用を示す(実施例4)。
【図4】実施例5で得た飲料(γ−CD有)と実施例6で得た飲料(γ−CD無)中のナリンゲニンカルコンの安定性を示す(実施例7)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を具体的に説明する。本発明の組成物、活性化剤及び抑制剤(以下、単に「本発明の組成物」ともいう)は、ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を有効成分とする。ナリンゲニンカルコン(naringenin chalcone,trans−2’4’6’4−tetrahydroxy chalcone)は、以下の構造を有する化合物である。
【化1】

【0018】
ナリンゲニンカルコンは、ポリフェノールの一種であり、トマト果皮に特徴的に多く含まれることが知られる公知の化合物である。
【0019】
本発明の組成物における有効成分であるナリンゲニンカルコンは、所望の作用(AMPK活性化作用、血糖上昇抑制作用等)を有する限り、上記の構造の一部が改変又は修飾された誘導体であっても良い。ナリンゲニンカルコンの誘導体としては、例えば、生理学的に許容される塩、エステル又はプロドラッグ等が挙げられる。
【0020】
ナリンゲニンカルコンの誘導体のうち、生理学的に許容される塩としては、特に限定されないが、例えば、アルカリ金属(ナトリウム、カリウム等)、アルカリ土類金属(マグネシウム、カルシウム等)、これらの水酸化物又は炭酸塩、アルカリ金属アルコキサイド(ナトリウムメトキサイド、カリウムt−プトキサイド等)との塩が挙げられる。また、無機酸(塩酸、硫酸、リン酸等)や有機酸(マレイン酸、クエン酸、フマル酸等)を付加した酸付加塩、さらにはアミンの付加塩、アミノ酸の付加塩等が挙げられる。なお、上記の塩の水和物もここでいう塩に含まれる。
【0021】
ナリンゲニンカルコンの誘導体のうち、エステルは、アルコール又はカルボン酸とのエステル化反応で生じるエステルであれば特に限定されない。アルコールとしてはメタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール等が例示され、またはカルボン酸としてはギ酸、酢酸、乳酸等が例示される。
【0022】
ナリンゲニンカルコンの誘導体のうち、プロドラッグとは、生体に投与された後にナリンゲニンカルコンに変化して、所望の作用(AMPK活性化作用、血糖上昇抑制作用等)を発現する化合物を意味する。安定性や吸収性の改善、副作用の低減等を目的としてプロドラッグ化されたナリンゲニンカルコンも、ここでいう誘導体に含まれる。
【0023】
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体としては、市販品を用いてもよいし、化学的に合成したものを用いてもよいが、より簡便には、トマト果皮を含むトマト果実由来物からナリンゲニンカルコンを抽出することができる。
【0024】
例えば、トマト果皮を含むトマト果実由来物に、10〜15倍量の50〜90%エタノール(例えば70%エタノール)を加え、40〜80℃(例えば50℃程度)で1〜5時間(例えば2時間程度)抽出を行うことで、ナリンゲニンカルコンを含む抽出物(粗精製物)を得ることができる。これを、酢酸エチル、n‐ヘキサン等の有機溶剤を溶出液としたシリカゲルによる精製や、水‐アセトニトリル溶剤を溶出液としたODS逆相系樹脂による精製に供することにより、ナリンゲニンカルコンを精製することができる。得られた精製物等にナリンゲニンカルコンが含まれているかは、例えば、標準品を用いたHPLC等、常法により確認することができる。なお、本発明の組成物は、このように精製されたナリンゲニンカルコンのみを含むものに限定されず、ナリンゲニンカルコンの粗精製物を含むものであっても良い。得られた精製物や粗精製物は、そのまま本発明の組成物としてもよいし、下記の医薬品、飲食品、化粧品等に添加してもよい。
【0025】
原料となるトマト果実由来物は、トマト果皮を含むものであれば特に限定されない。トマト果実の搾汁液を得る過程において得られる搾汁粕は、一般的に廃棄されるか、家畜飼料となるが、この搾汁粕を用いれば、廃棄原料を有効利用でき、しかも高濃度のナリンゲニンカルコンを含む組成物を容易に効率よく得ることができるため好ましい。トマトジュース、トマトピューレ、トマトペースト等に用いるトマト果実の搾汁液は、常法により、トマト果実を洗浄し、破砕したのち予備加熱を行い、次いで、これを搾汁して得られる。この搾汁の過程において、果実の約1〜5%が搾汁粕として発生する。搾汁粕は、主として果皮と種子から構成されており、この中には水溶性食物繊維であるペクチンや不溶性食物繊維であるセルロース、ヘミセルロース等の繊維質が豊富に含まれるだけでなく、ポリフェノール類も残存している。
【0026】
ナリンゲニンカルコンは、後述の実施例に記載の通り、AMPK活性化作用及び血糖上昇抑制作用を有する。したがって、ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有する組成物は、AMPK活性化剤及び血糖上昇抑制剤として用いることができる。
【0027】
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体のAMPK活性化作用は、例えば後述の実施例2及び3に記載の方法を参照して確認することができる。また、血糖値上昇抑制作用は、例えば後述の実施例4に記載の方法を参照して確認することができる。特に血糖上昇抑制作用は、従来血糖上昇抑制作用が知られるナリンゲニンと比較しても顕著に高いことを本発明者は確認している。
【0028】
また、ナリンゲニンカルコンは、健常マウスに糖負荷を行った場合(健康な人が食事をした時に相当)に、血糖上昇抑制作用を有し、こうした食後血糖上昇の抑制を積み重ねることで糖尿病の発症、進展が遅延するとの報告があることから、ナリンゲニンカルコンは、健康な人の糖尿病発症を予防する効果を有すると考えられる。したがって、ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有する組成物は、糖尿病予防用組成物とすることができる。なお、本明細書中において、「糖尿病予防用組成物」とは、健康な人の糖尿病発症を予防するための組成物をいう。
【0029】
AMPKは、セリン/スレオニンキナーゼに属し、その172番目のスレオニンがリン酸化されることによって活性化されることが知られている。活性化されたAMPKは糖代謝や脂質代謝系の主要な酵素群をリン酸化し、脂肪酸のベータ酸化や糖取り込み等を促進する。また、筋肉組織では、AMPKの活性化により糖輸送担体であるGLUT−4の膜移行が促進され、脂肪酸のベータ酸化や糖取り込み等を促進する。従って、本発明の組成物は、AMPKを活性化することにより、肥満、高血糖、高脂血症、糖尿病、動脈硬化症等の生活習慣病並びにこれらに関連する疾患及び状態の、予防及び/又は治療のために用いることができる。また、脂質代謝促進剤、糖質代謝促進剤、脂肪蓄積抑制剤、運動代替剤等としても用いることができる。本発明の組成物は、例えば医薬品、飲食品又は化粧品とすることができる。
【0030】
上記の作用を有する本発明の組成物を、例えば、AMPK活性化作用、血糖上昇抑制作用、脂質代謝促進作用、糖質代謝促進作用、生活習慣病(肥満、高血糖、高脂血症、糖尿病、動脈硬化症等)及びこれらに関連する疾患及び状態の予防及び/又は治療作用が知られている他の食品や有効成分と併用して投与することにより、相加効果又は相乗効果を得ることもできる。このような食品や有効成分としては、例えば、各種ポリフェノール等が挙げられる。
【0031】
また、AMPK活性化とPPARδ(peroxisome proliferator−activated recepter delta)の活性化とを組み合わせることにより、運動持久力向上作用をはじめとした、運動時と同様の生体応答が得られるため、ナリンゲニンカルコン又はその誘導体とPPARδ活性化剤をともに含有する組成物は、運動持久力向上剤、運動代替剤として用いることができる。
【0032】
本発明の組成物は、有効成分であるナリンゲニンカルコン又はその誘導体を、乾燥重量で好ましくは0.001〜10重量%、より好ましくは0.005〜8重量%、特に好ましくは0.01〜5重量%程度含有する。なお、トマト果皮を多く含むドライトマト等を含む食品中においては、ナリンゲニンカルコンは分解され、一般的な食品はナリンゲニンカルコンを含有しない。
【0033】
本発明の組成物の有効成分であるナリンゲニンカルコン又はその誘導体をサイクロデキストリンに包接させることで、組成物中のナリンゲニンカルコン又はその誘導体に十分な安定性を付与することができる。
【0034】
サイクロデキストリン(cyclodextrin)は、数分子のD−グルコースがα(1→4)グルコシド結合によって結合し、環状構造をとった環状オリゴ糖の一種であり、代表的なものとして、α−サイクロデキストリン(6分子のグルコースが結合)、β−サイクロデキストリン(7分子のグルコースが結合)及びγ−サイクロデキストリン(8分子のグルコースが結合)が知られる。これらの中でも、特に、包接後のナリンゲニンカルコンの安定性が高いという観点から、ナリンゲニンカルコン又はその誘導体をγ−サイクロデキストリンに包接させることが望ましい。
【0035】
サイクロデキストリンは、通常、難水溶性物質の可溶化に用いられるが、サイクロデキストリンは親水性物質であるナリンゲニンカルコンの安定性にも寄与する。また、サイクロデキストリンのうち、特にγ−サイクロデキストリンは、ナリンゲニンカルコンの包接分子サイズと適合し、包接分子サイズの小さいα−サイクロデキストリンやβ−サイクロデキストリンよりも安定性への効果が大きい。
【0036】
サイクロデキストリンとしては、簡便には市販品を用いることができる。デンプンにサイクロデキストリン・グルコシルトランスフェラーゼを作用させる等の工程を経て得られるものを用いることもできる。
【0037】
γ−サイクロデキストリンにナリンゲニンカルコン又はその誘導体を包接させる方法は、一般にサイクロデキストリンに化合物を包接させる方法と同様の方法を用いることができる。具体例を挙げると、ナリンゲニンカルコンとγ−サイクロデキストリンを、50〜80℃の温度(例えば70℃程度)で、数十分〜数時間程度(例えば40分程度)水溶液中で攪拌することにより、γ−サイクロデキストリンのナリンゲニンカルコン包接物を得ることができる。
【0038】
また、上記包接方法において、水の代わりに、メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール類等の有機溶媒を用いることも可能である。水を含めたこれらの溶媒は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。本発明の組成物を飲食品とする場合、上記の溶媒は飲食可能な溶媒であることが好ましい。
【0039】
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体をγ−サイクロデキストリンに包接させる際のナリンゲニンカルコン又はその誘導体とγ−サイクロデキストリンとの混合比は、モル比で1:10〜1:100000の範囲であることが好ましく、モル比で1:15〜1:1000の範囲であることがさらに好ましい。ナリンゲニンカルコン又はその誘導体に対するγ−サイクロデキストリンの量が少ないとナリンゲニンカルコン又はその誘導体を十分に包接できないことがあり、また、多量のγ−サイクロデキストリンを用いると、得られるγ−サイクロデキストリン包接物の水に対する溶解性に問題が生じることがある。
【0040】
上記の手法により、本発明の組成物中のナリンゲニンカルコン又はその誘導体の安定性が高まる。したがって、本発明は、ナリンゲニンカルコン又はその誘導体をγ−サイクロデキストリンで包接する工程を含む、本発明の組成物の製造方法並びに本発明の組成物中のナリンゲニンカルコン又はその誘導体の安定化方法にも関する。
【0041】
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体及びナリンゲニンカルコン又はその誘導体の包接物の、溶液中における安定性は、例えば、後述の実施例7を参照してナリンゲニンカルコン又はその誘導体を測定することにより、判断することができる。
【0042】
本発明の組成物を医薬品とする場合、常法により、薬学的に許容可能な賦形剤を添加して医薬製剤とすることができる。医薬製剤は、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、液剤、シロップ剤、チュアブル、トローチ等の経口剤、軟膏剤、ゲル剤、クリーム剤、貼付剤等の外用剤、注射剤、舌下剤、吸入剤、点眼剤、坐剤等の剤型であることができる。好ましい剤型は、経口剤である。
【0043】
本発明の組成物の投与量は、対象疾患及び状態、疾患の程度、対象者の年齢、体重等に応じて適宜設定することができるが、通常成人一日当たりナリンゲニンカルコン又はその誘導体を乾燥物換算で0.1〜2,000mg/kg体重、好ましくは2〜300mg/kg体重程度投与することができる。投与は単回投与でも数回に分けた投与でもよい。
【0044】
本発明の組成物の投与経路は、特に限定されず、経口投与でも非経口投与でも投与可能であるが、簡便には経口投与により投与することができる。
【0045】
摂取容易性の観点から、好ましくは本発明の組成物を飲食品とすることができる。飲食品としては、サプリメント、特定保健用食品、栄養機能食品、健康食品、機能性食品、健康補助食品、通常の飲食品が挙げられる。形状としては、ジュース、清涼飲料、ドリンク剤、茶等の液状、ビスケット、タブレット、顆粒粉末、粉末、カプセル等の固形、ペースト、ゼリー、スープ、調味料、ドレッシング等の半流動状が例示される。これらの飲食品は、いずれも当業者に公知の手法を用いて、ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を添加して製造することができる。
【0046】
上記の飲食品は、生活習慣病(例えば肥満、高血糖、高脂血症、糖尿病、動脈硬化症等)予防作用、生活習慣病改善作用、脂質代謝促進作用、糖質代謝促進作用、脂肪蓄積抑制作用、運動持久力向上作用、運動代替作用等の作用を有する旨の表示を付した飲食品であってもよい。
【0047】
上記の飲食品の摂取量は、用途に応じて適宜調整することができるが、例えば、ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を乾燥物換算で0.1〜2,000mg/日、好ましくは2〜300mg/日摂取することができる。摂取回数は特に制限されないが、好ましくは1日1〜3回であり、必要に応じて摂取回数を増減してもよい。
【0048】
本発明の組成物は、好ましくはトマト加工飲食品である。通常の飲食品にナリンゲニンカルコンを添加した場合、特有の赤みを帯び、特有の粉っぽさが生る。一方、トマト加工飲食品にナリンゲニンカルコンを添加した場合、トマト加工飲食品の色、香り、味覚等官能面に影響を与えることがない。トマト加工飲食品の例としては、トマトジュース、トマトミックスジュース、トマトケチャップ、トマトソース、チリソース、トマト果汁飲料、固形トマト、トマトピューレ、トマトペースト、トマトスープ等が挙げられる。これらのトマト加工飲食品は、通常のトマト加工飲食品の製造法(レシピ等)に従い、ナリンゲニンカルコンを添加してそれぞれ通常の製法に従って調製される。
【0049】
本発明の組成物は、化粧品であってもよい。化粧品としては、特に限定されないが、例えば、化粧水、化粧クリーム、乳液、ファンデーション、口紅、整髪料、ヘアトニック、育毛料、歯磨き、洗口料、シャンプー、リンス等が挙げられる。化粧品を調製する場合には、植物油等の油脂類、ラノリンやミツロウ等のロウ類、炭化水素類、脂肪酸、高級アルコール類、種々の界面活性剤、色素、香料、ビタミン類、植物・動物抽出成分、紫外線吸収剤、抗酸化剤、保存剤等、通常の化粧品原料として使用されているものを適宜配合して常法により製造することができる。
【実施例】
【0050】
以下に実施例をあげて本発明を詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの記載によって何ら制限されるものではない。
【0051】
[実施例1]
(トマト果皮からのナリンゲニンカルコンの抽出)
乾燥トマト果皮20kgを240Lの水で50℃、2時間洗浄し、夾雑物を抽出除去した。ついで、抽出滓を回収し、溶剤として70%エタノール240Lを加えて、70℃で加熱しながら2時間抽出した。得られた抽出溶液を濾別したのちに、濾液を減圧濃縮し、減圧濃縮物を得た。その減圧濃縮物について、酢酸エチル、n−ヘキサンといった有機溶剤を溶出液としたシリカゲルによる精製、及び水−アセトニトリル溶剤を溶出液としたODSの逆相系樹脂による精製を行い、ナリンゲニンカルコンを得た。
【0052】
[実施例2]
(ナリンゲニンカルコンによる肝細胞におけるAMPK活性化作用の評価)
肝細胞株HepG2を用いてナリンゲニンカルコンによるAMPKの活性化作用の評価を行った。HepG2細胞(ATCCより入手)を100mmディッシュに播種し、10%FBSを含むDMEMで培養した。サブコンフルエント時にFBSを含まないDMEMに培地交換し、18時間さらに培養を行った。培地を除去した後、実施例1で得たナリンゲニンカルコン100μM(試験サンプル)又はメトホルミン(Sigma−aldrich社製)2mM(ポジティブコントロール)を含む培地を添加し、それぞれ30分間培養した。サンプル溶媒のDMSOのみを添加したものをコントロールとし、同様に培養した。
【0053】
培養液を除去後、氷冷したPBSにて細胞を洗浄し、細胞を回収した。2,000×g、4℃で2分間遠心して得られたペレットにphosphate buffer(1×PBS、1% Nonidet P40、0.25% デオキシコール酸ナトリウム、0.1% SDS、1mM PMSF、protease inhibitor cocktail、Sigma社製)を200μL添加して懸濁した。氷上で30分間インキュベートした後、16,000×g、4℃で5分間遠心して得られた上清を細胞溶解サンプルとした。
【0054】
このサンプルのタンパク質濃度をBCA protein assay kit(Pierce社製)により測定し、各サンプルのタンパク質量が15μgになるようにして10%ゲルを用いたSDS−PAGEに供した。タンパク質を膜に転写後、1次抗体(anti−phosphoAMPK又はanti−AMPK、Cell signaling technology社製)、2次抗体(anti−rabbit HRP coujugated、Amersham社製)、及び検出試薬(Immobilon Western HRP、Millipore社製)を用いて、リン酸化されたAMPK(p−AMPK)又はAMPKを検出した。結果を図1に示す。ナリンゲニンカルコンによりAMPKはリン酸化され、活性化されることがわかった。
【0055】
[実施例3]
(ナリンゲニンカルコンによる骨格筋細胞におけるAMPK活性化作用の評価)
骨格筋細胞株L6を用いてナリンゲニンカルコンによるAMPKの活性化作用の評価を行った。L6細胞(ATCCより入手)を100mmディッシュに播種し、10%FBSを含むDMEMで培養した。細胞がコンフルエントに到達した後、2%FBSを含むDMEMに培地交換した。以後2日ごとに同様に培地交換して培養を続け、筋管が形成されてきたことを確認した後、FBSを含まないDMEMに培地交換し、18時間さらに培養を行った。
【0056】
培地を除去した後、実施例1で得たナリンゲニンカルコン100μM(試験サンプル)又はメトホルミン(Sigma−aldrich社製)2mM(ポジティブコントロール)を含む培地を添加し、それぞれ30分間培養した。サンプル溶媒のDMSOのみを添加したものをコントロールとし、同様に培養した。培養液を除去後、氷冷したPBSにて細胞を洗浄し、細胞を回収した。2,000×g、4℃で2分間遠心して得られたペレットにphosphate buffer(1×PBS、1% Nonidet P40、0.25% デオキシコール酸ナトリウム、0.1% SDS、1mM PMSF、protease inhibitor cocktail、Sigma社製)を200μL添加して懸濁した。氷上で30分間インキュベートした後、16,000×g、4℃で5分間遠心して得られた上清を細胞溶解サンプルとした。
【0057】
このサンプルのタンパク質濃度をBCA protein assay kit(Pierce)により測定し、各サンプルのタンパク質量が15μgになるようにして10%ゲルを用いたSDS−PAGEに供した。タンパク質を膜に転写後、1次抗体(anti−phosphoAMPK又はanti−AMPK、Cell signaling technology社製)、2次抗体(anti−rabbit HRP coujugated、Amersham社製)、検出試薬(Immobilon Western HRP、Millipore社製)を用いてリン酸化されたAMPK(p−AMPK)又はAMPKを検出した。結果を図2に示す。ナリンゲニンカルコンによりAMPKはリン酸化され、活性化されることがわかった。
【0058】
[実施例4]
(ナリンゲニンカルコンによる血糖上昇抑制作用の評価)
ICRマウス(日本クレア社生産)を用いてナリンゲニンカルコンによる血糖上昇抑制作用について確認した。5週齢雄性マウスを1週間MF飼料(オリエンタル酵母社製)にて予備飼育後、18時間絶食させ、血糖及び体重に群間で差が生じないように群分けした。1群7匹とし、群分けは以下のように行った。control群(溶媒対照として0.5% carboxy methyl cellulose)、ナリンゲニン群(Sigma−aldrich社製ナリンゲニン250mg/kg)、ナリンゲニンカルコン群(実施例1で得たナリンゲニンカルコン250mg/kg)。マウスに試験サンプルを含む溶液を経口投与し、30分後さらに1,500mg/kgとなるように経口糖質負荷(パインデックス#100、松谷化学工業社製)を行った。
【0059】
負荷30、60及び120分後に尾静脈より採血を行い、アントセンスIII(堀場社製)を用いて血糖値測定を行った。結果を図3に示す。ナリンゲニンカルコンは、健常マウスにおいて、血糖上昇抑制作用を有することが知られているナリンゲニンと比べても、顕著に高い血糖上昇抑制作用を示し、負荷30分後の血糖上昇を70%以上抑制し、負荷60分後の血糖上昇も45%程度抑制した。なお、本実施例では健常マウスに糖負荷を行った場合(健康な人が食事をした時に相当)に、ナリンゲニンカルコンによる血糖上昇抑制作用を確認することができた。こうした食後血糖上昇の抑制を積み重ねることで糖尿病の発症、進展が遅延するとの報告があることから、ナリンゲニンカルコンは、健康な人の糖尿病発症を予防する効果を有すると考えられた。
【0060】
[実施例5]
(γ−サイクロデキストリンで包接されたナリンゲニンカルコンを含有する健康飲料の製造)
70℃に加温した混合タンク内で、トマト果皮抽出物(ナリンゲニンカルコン 0.4%含有、実施例1におけるシリカゲル精製前の減圧濃縮物)0.72kg、クエン酸0.13kg、ショ糖脂肪酸エステル(リョートーシュガーエステル P−1570、三菱化学フーズ社製)0.03kg、キサンタンガム(サンエースNXG−S、三栄源エフエフアイ社製)0.2kg、安息香酸Na0.06kg及びγ−サイクロデキストリン(CAVAMAX W8 FOOD、シクロケム社製)0.288kgを、水98.572kgに溶解し、70℃に保ちながら40分間混合することで、γ−サイクロデキストリンで包接されたナリンゲニンカルコンを含有する健康飲料を得た。飲料製造に用いたナリンゲニンカルコンとγ−サイクロデキストリンのモル比は、約1:20であった。
【0061】
[実施例6]
(ナリンゲニンカルコンを含有する健康飲料の製造)
γ−サイクロデキストリンの代わりに水を0.288kg配合した以外は実施例5と全く同様にして、ナリンゲニンカルコンを含有する健康飲料を得た。
【0062】
[実施例7]
(ナリンゲニンカルコンの安定性評価)
実施例5及び6で得た各健康飲料について、ナリンゲニンカルコンの安定性を評価した。各健康飲料を50mLガラス瓶に充填後、40℃の条件下で保存し、保存開始から1、2、3、6及び13日後に、ナリンゲニンカルコンの残存量の経時的変化を測定した。ナリンゲニンカルコンの測定は下記の通り行った。
【0063】
各飲料200μLにDMSOを200μL加え、さらに内部標準として5mgのp−アミノ安息香酸ブチルを100mLのDMSOに溶解させたものを200μL添加し2分間超音波処理を行った。これにイソプロピルアルコールを400μL加えて混和し、さらに2分間超音波処理を行った。これを10000rpm、10分間遠心し、得られた上清をHPLCにより測定した。HPLC条件は下記の通りである。カラム:CAPCELL PAK C18 UG120 (4.6mmφ×15cm)、移動相:水:アセトニトリル:トリフルオロ酢酸=78.9:21:0.1、カラム温度:30℃、流速:1mL/min(内部標準の保持時間は約44分)。
【0064】
ナリンゲニンカルコンの測定結果を図4に示す。実施例6のγ−サイクロデキストリンを用いていない飲料では、13日後にナリンゲニンカルコンの残存量が70%まで低下していた。一方、実施例5のγ−サイクロデキストリンで包接されたナリンゲニンカルコンを含む飲料では、ほとんどナリンゲニンカルコンの分解が認められず、安定に存在していた。
【0065】
[実施例8]
(ナリンゲニンカルコンを含有するトマト加工飲食品の製造)
以下にナリンゲニンカルコンを原料の一部として使用するトマト加工飲食品の製造例を示す。なお、以下の製造例において、ナリンゲニンカルコンは好ましくはγ−サイクロデキストリンで包接されている。
【0066】
1.トマトジュース
シーズンパックトマトジュースの製造方法には、トマト洗浄、選別、破砕、加熱、搾汁、調合、脱気、殺菌、充填、冷却及び箱詰め工程があり、この調合工程で、搾汁したトマトジュースにナリンゲニンカルコンを添加して調合し、有塩の場合のみ食塩が加えられ、窒素ガスを混合して減圧脱気して、溶存酸素濃度を3ppm以下とした後、121℃、約1分の加熱殺菌をして、90℃まで冷却され、缶に充填される。また、濃縮還元品の製造法は、開けだし工程で、トマト濃縮物を開けだし、規定の無塩可溶性固形分(4.5以上)に水希釈する。その後、ナリンゲニンカルコンを添加して調合し、脱気、殺菌、充填、冷却及び箱詰め工程を経て製造される。
【表1】

【0067】
2.野菜ミックスジュース
搾汁したトマトジュース、あるいは、トマト濃縮物を規定の無塩可溶性固形分(4.5以上)に水希釈して得たトマトジュースに、各種野菜汁及びナリンゲニンカルコンを添加して調合し、脱気、殺菌、充填、冷却及び箱詰め工程を経て製造される。
【表2】

【0068】
3.トマトソース
以下の表に示す全原材料を混合して、窒素ガスを混合して減圧脱気して溶存酸素濃度を3ppm以下とした後、2号缶に充填し、110℃、30分のレトルト殺菌をする。
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明のナリンゲニンカルコンを有効成分とする組成物は、AMPK活性化剤や血糖上昇抑制剤として利用することができる。また、生活習慣病及びこれに関連する疾患を予防又は治療するため並びに糖尿病を予防するために利用することができる。本発明は、医薬品、飲食品、化粧品等の分野で有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有するAMPK活性化剤。
【請求項2】
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有する血糖上昇抑制剤。
【請求項3】
ナリンゲニンカルコン又はその誘導体を含有する、生活習慣病及び生活習慣病に関連する疾患の予防又は治療用組成物。
【請求項4】
前記ナリンゲニンカルコン又はその誘導体の含有量が、0.001〜10重量%である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の剤又は組成物。
【請求項5】
トマト加工飲食品である、請求項4に記載の剤又は組成物。
【請求項6】
前記ナリンゲニンカルコン又はその誘導体がγ−サイクロデキストリンで包接されている、請求項1〜5のいずれか1項に記載の剤又は組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−236793(P2012−236793A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106306(P2011−106306)
【出願日】平成23年5月11日(2011.5.11)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】