説明

AP−1モチーフを介する遺伝子発現抑制剤

【課題】炎症ならびに発熱を伴う疾病の症状の緩和と改善、ならびに癌増殖の抑制に有効な転写因子AP−1のモチーフを介した遺伝子発現の抑制剤を提供する。
【解決手段】その遺伝子活性化にAP−1モチーフへの転写因子AP−1の結合が関与することが知られているインターロイキン−6、マトリックスメタロプロテイナーゼ−1、シクロキシゲナーゼ−2等遺伝子の転写量をRT−PCR法によって評価し、さらにAP−1モチーフをルシフェラーゼ遺伝子の上流に配置したレポーターベクターを哺乳動物細胞に導入して構築したレポーターアッセイ系において、IL−1による活性化の抑制の効果を評価することにより、活性化抑制効果がある物質として、シリンガレシノールジO−β−Dグルコピラノシド(エレウテロサイドE)ならびにシリンジン(エレウテロサイドB)を提供するとともに、構造的に同様な効果が容易に期待される物質群を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、特長あるリグナン構造を有し、転写因子AP−1モチーフをその発現制御領域に有する遺伝子の発現を抑制することによって慢性関節リウマチを始めとする炎症性、発熱性疾病、ならびに悪性腫瘍の治療・予防に寄与する化学物質群に関する。
【背景技術】
【0002】
結合組織の変形をともなう膠原病、ならびに組織に浸潤することによって転移を来す悪性腫瘍は、極めて治療の困難な難治性の炎症性疾患である。これら難治性疾患には、慢性関節リウマチを始めとし、リウマチ熱、全身性エリテマトーデス等多数の疾患を含み、また悪性度の高い各種の癌ならびに肉腫を含む。これら難治性疾患は、組織の局所的な破壊、細胞の局所的な増殖等を含む炎症をともなうのが普通であり、その炎症は、インターロイキン1(IL−1)、インターロイキン6(IL−6)、プロスタグランジン類(PGs)、ロイコトリエン類等の炎症性物質、ならびにマトリックスメタロプロテイナーゼI(MMP−I)で代表される組織性蛋白分解酵素の局所的な集積を伴うことが知られている。
【0003】
従来これら炎症性疾患に対しては、さまざまな対症療法が編み出されてきた。関節リウマチを例にとれば概略以下のようである(例えば非特許文献01、02、03)。まずアスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)は、アラキドン酸カスケードに係わるシクロオキシゲナーゼなど酵素の阻害活性を有し、関節の痛みや腫れを軽減する効果を示す。ただし関節破壊に奏効しないことが知られている。炎症に対し強力な効果を発揮する副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)は副作用もまた強く、長期間の投与が困難である。リウマチ活動性を抑制する薬剤として、抗リウマチ薬(DMARD)(金製剤、オークルなど)が開発されている。投与後、効果がみられるまでに数ヶ月を要することや、有効性の面で個人差が大きいことなどが問題点とされている。抗リウマチ薬が無効の場合、免疫抑制剤(メトトレキセート他)が用いられるが、間質性肺炎、肝障害その他の副作用の可能性が指摘されている。その他、生物学的製剤として、抗TNFα抗体、TNF受容体、抗IL−6受容体抗体などが使用あるいは治験中である(非特許文献04)。リウマチを例とした場合においても、これら治療技術は、その炎症に対する根本的な解決を提供するに至っていないのが現状である。
【0004】
これら炎症性疾患の根本的な解決のためには、その分子・細胞レベルでの発症メカニズムの研究が不可欠である。これらの研究から、以下に詳述するように、炎症にともなって活性化する遺伝子の多くにおいて、その発現制御領域にAP−1モチーフが存在することが明らかとなってきた。
【0005】
AP−1モチーフは、構造遺伝子の発現制御領域にあって、その配列が5′−TGA(C/G)TCA−3′(配列番号1)であることを特長とするDNAモチーフであって、このモチーフは、燐酸化されることによって活性化された転写因子c−junと、今ひとつの転写因子c−fosよりなる複合体(AP−1複合体)の結合部位を提供し、AP−1モチーフへのAP−1複合体の結合が、その下流あるいは近傍にある遺伝子の転写を活性化する例が多々知られている代表的な転写制御系を提供するものである。
【0006】
ここでAP−1複合体を形成するc−fosあるいは活性化c−junは、それぞれの生成から化学修飾に至る過程で、さまざまな細胞内の制御系の調節を受け、結果として組織・細胞特異的、かつ複雑な転写制御系を構築している。
【0007】
即ちまず代表的な活性化制御についていえば、c−junの燐酸化は、体内で生産される物質によっても、また体外から作用する物質でも起きるが、なかでも体外物質であるフォルボールエステルの作用によるプロテインキナーゼC(PKC)の活性化、あるいは細胞膜に局在する上皮細胞増殖因子受容体、IL−1受容体あるいはTGF−β受容体等の受容体にそれぞれ体内物質である増殖因子あるいはサイトカインが結合したときに細胞内に発せられるシグナルによって、細胞内の燐酸化カスケード(MAPキナーゼカスケード)が起動し、その最終標的として起きることが知られている(非特許文献05,06,07,08,09,10,11)。
【0008】
また抑制制御も、体外から作用する物質によっても、また生体内物質によっても起きるが、代表的な生体内物質についていえば、AP−1複合体は、副腎皮質ホルモン受容体(GR)が副腎皮質ホルモン(GH)と結合した受容体リガンド複合体(GH・GR)を形成しているとき、この複合体と相互作用する能力を有し、この相互作用により、AP−1複合体の本来の転写誘導活性化が抑制されることが知られている(非特許文献08,12,13)。
【0009】
また、生体外からの作用についていえば、c−junは、例えばペルオキシゾーム増殖活性化因子受容体γ(PPAR−γ)に合成トリテルペノイド(2−シアノ−3,12−ジオキソオレアノ−1,9,ジエン−28−オイン酸、CDDO)などのリガンドが結合した複合体と相互作用する能力を有し、この相互作用によっても、AP−1複合体の本来の転写誘導活性化が抑制されることも知られている(非特許文献09)。
【0010】
その他、細胞外からさまざまな形でAP−1モチーフをその発現制御領域に有する遺伝子の発現に作用する物質として知られている外来性因子には、レチノイン酸(非特許文献14)、フェノバルビタール、(非特許文献15)、リポポリサッカライド(非特許文献16)、ベンゾジアゼピン(非特許文献17)などが知られている。フリーラジカルなど酸化ストレスを与える物質もAP−1複合体を増加させ、AP−1モチーフをその制御領域に有するさまざまな遺伝子を活性化することが知られている(例えば非特許文献18)。このように、AP−1モチーフを介する遺伝子発現調節は、細胞が、細胞外にあるさまざまな効果因子を検出しつつ行う、機能調節の中心的な場の一つを提供していることが明らかとなってきたが、本発明において提供する物質については、その調節機能がAP−1モチーフを介するものであることを示唆する知見は全く知られていなかった。
【0011】
さてこのようにAP−1モチーフを有する遺伝子は多数知られているが、その最も代表的なものにMMP−1遺伝子がある(非特許文献05、非特許文献18)。MMP−1はコラゲナーゼ1あるいは間質性コラゲナーゼ(Interstitial Collagenase)とも称され、間葉系細胞に広く分布し、結合組織の構造蛋白質の主体をなすコラーゲン(I型、II型ならびにIII型)を特異的に切断し、よって組織の崩壊あるいは再構築に導く酵素であって、慢性関節リウマチを始め、悪性腫瘍の浸潤などにおける組織病変のみでなく、発生分化にともなう形態形成時においても主要な役割を果たす酵素である。
【0012】
MMP−1は、IL−1あるいはTNF−αなど炎症性サイトカインによって誘導されることが知られているが、12−O−テトラデカノイルフォルボール−13−アセテート(TPA)など体内に存在しない外来性物質によっても誘導されることが知られ、TPAの作用機序から、この誘導がMMP−1遺伝子の上流にあるAP−1モチーフを介するものであることが示唆され、さらにMMP−1遺伝子の上流域をさまざまな大きさならびに位置で切り取って発現ベクターに導入したプロモーターアッセイ系を用いた検索により、実際AP−1モチーフがその制御の中心的な役割を果たしていることが証明されたのである。
【0013】
AP−1モチーフはMMP−1遺伝子に加えて、コラーゲン遺伝子(α2(1)プロコラーゲン、非特許文献08)、プラスミノーゲン活性化因子(ウロキナーゼ型)遺伝子(非特許文献19)、プラスミノーゲン活性化因子(ウロキナーゼ型)受容体遺伝子(非特許文献20)、プラスミノーゲン活性化因子阻害因子1(PAI−1、非特許文献18)、肺癌特異的遺伝子1(BCSG1、非特許文献07)、グルタチオンS転移酵素(GST、非特許文献15)、κイムノグロブリン軽鎖遺伝子(非特許文献16)、エンドテリン遺伝子(非特許文献21)、ζグロビン遺伝子(非特許文献22)、βグロビン遺伝子(非特許文献23)、IL−6遺伝子(非特許文献24)、c−fos遺伝子(非特許文献24)、MMP−13遺伝子(非特許文献25、26)、等枚挙にいとまがないほどの遺伝子の上流あるいはイントロン中などにAP−1モチーフあるいは類似のモチーフとして存在し、それぞれさまざまな形でこれら遺伝子の発現を制御していることが証明、あるいは示唆されている。
【0014】
このようにAP−1モチーフは、特定の少数の遺伝子発現の制御に係わるのでなく、多数遺伝子を一括した制御に係わるモチーフであって、従って本モチーフを介する外部からの制御は、単一の生体機能への介入でなく、総合的な介入、あるいは別の言葉でいえば体質への介入を可能とするモチーフであることが明らかとなりつつある。
【0015】
このような背景にあって、AP−1モチーフを有する遺伝子の発現を外部から制御しようとする研究は少なからぬ興味を引き、すでにいくつかの特記すべき発見あるいは発明がなされている。
【0016】
AP−1モチーフを介する制御を受ける遺伝子のなかでも代表的なMMP−1遺伝子の制御についていえば、最も代表的なものは、副腎皮質ホルモンによる抑制制御技術である(非特許文献09)。即ち、副腎皮質ホルモンは炎症時に活性化された組織コラーゲンの合成やMMP−1コラゲナーゼの合成を抑制する。この抑制は、代表的な抗炎症薬である副腎皮質ホルモンの作用機序そのものであると考えられている。
【0017】
さらにレチノイン酸あるいはレチニルメチルエステルなどその誘導体もMMP−1の誘導を抑制することが報告されている。これら副腎皮質ホルモンやレチノイド化合物などのリガンド分子は、細胞内、とくに核内にこれらリガンドに対応する特異的な受容体分子を介して作用し、受容体−リガンド結合物がAP−1複合体に作用することによって間接的にAP−1モチーフをその発現制御領域に有する遺伝子の発現を制御するものであって、直接的にAP−1モチーフに作用するものでないことが判明しているが、いずれにせよ、体外からのAP−1モチーフを有する遺伝子に対して抑制制御を掛けることが可能であることを明確に示すものである。
【0018】
さらに合成化合物についても、先に触れたCDDOの他に、SB203580、SP600125といった化合物で効果が認められている(非特許文献09)。体外からの作用の今一つの例として酸化ストレスが挙げられる。例えば、プラスミノーゲン活性化因子阻害因子1(PAI−1)は酸化ストレスによって活性化を受けることが知られているが、この酸化ストレスによる活性化には、PAI−1遺伝子の上流域にあるAP−1モチーフが主要や役割を果たしていることが明らかとなった。そこで燐酸化c−fos量を調べたところ、酸化ストレスによって燐酸化c−fos量が顕著に増加することが明らかとなった。これら一連の研究から、酸化ストレスによってAP−1複合体が増加し、結果としてAP−1モチーフを介した遺伝子の活性化が起こることが明らかとされた(非特許文献18)。
【0019】
さらに最近、AP−1阻害剤として、AP−1の結合部位に高い親和性を有する2本鎖ヌクレオチド配列が報告されている(特許文献001)。この配列はコラゲナーゼ遺伝子のプロモーター領域の一部配列と同一または相同であり、TGAGTCA及び相補鎖TGACTCAを含んだ配列である。また、化合物としては、AP−1と活性阻害活性を有するスピロ化合物が報告され、AP−1結合阻害活性、マウスII型コラーゲン関節炎の抑制が示されている(特許文献002)。
【0020】
また、4−[3,5−bis(trimethylsilyl)benzamido]benzoic acid(TAC−101)がAP−1阻害活性を有し細胞死を誘導することが報告されている(非特許文献27)。しかしながら、これら既知の作用物質から本発明を予測することは不可能であり、本発明の新規性に係わるものでないことは明らかである。
【0021】
本発明においてその分子生物学的機能を明らかにした(+)−シリンガレシノールジO−β−Dグルコピラノシド(エレウテロサイドE)ならびに(+)−シリンガレシノール骨格を有することを特長とする一群のリグナンは、エゾウコギ(Acanthopanax senticosus)、杜仲(Eucomniae ulmoides)、厚朴(magnolia officinalis)、ホオノキ(magnolia ovobata)などの植物に含まれていることが従来知られてきており、またその分子生物学的な機能は不明のまま、従来様々な生理作用が明らかにされてきた(非特許文献28,29,30、31)。
【0022】
その一例について触れると、ラット副腎髄質褐色細胞腫に由来するパラニューロン細胞株PC−12の一系は、神経細胞増殖因子に反応して神経突起を伸長させる機能を有するが、同細胞に対して(+)−シリンガレシノールジO−β−Dグルコシド(エレウテロサイドE)も神経突起を伸長させる効果を示すことが明らかとされている。同様な作用は(+)−シリンガレシノールO−β−Dグルコシドについても、また(+)−シリンガレシノールならびに(−)−シリンガレシノールについても認められている(非特許文献32、28)。
【0023】
また、ラットを繰り返し遊泳させると、その遊泳時間は回数とともに極端に減少することが知られているが、ラットにエレウテロサイドEを経口投与した群(500mg/kg/日)では、非投与群において、遊泳時間が短縮するにも係わらず、投与群では短縮せず、エレウテロサイドEには、抗疲労効果があることが示されている(非特許文献29)。またラットを拘束水浸ストレスにさらしたとき、対照群には胃潰瘍発生が見られるが、エレウテロサイドEを2週間経口投与(50mg/kg/日)した投与群では予防効果が示されていることを明らかとしている(非特許文献27)。
【0024】
(+)−シリンガレシノールジO−β−Dグルコピラノシド(エレウテロサイドE)、ならびに(+)−シリンガレシノール骨格を有する類縁化合物がなんらかの顕著な生理作用を有するものであることは、これらの報告からも明らかであるが、これらの報告は、なんらその作用機序について知見を与えるものでなく、従って、これら既知情報から本発明を予測することは不可能であり、本発明の新規性に係わるものでないことは明らかである。
【非特許文献01】川井真一 医学のあゆみ 209:814−819(2004)
【非特許文献02】田中良哉 医学のあゆみ 209:821−826(2004)
【非特許文献03】伊藤聡、住田孝之 医学のあゆみ 209:833−839(2004)
【非特許文献04】日経バイオ年鑑 (2006)
【非特許文献05】Angel、P.、et al.Mol.Cell.Biol.7:2256−2266(1987)
【非特許文献06】Koenig、H.、et al.EMBO J.11:2241−2246(1992)
【非特許文献07】Lu、A.−P.、et al.J.Biol.Chem.277:31364−31372(2002)
【非特許文献08】Rossert、J.、et al.Nephrol.Dial.Transplant 15:66−68(2000)
【非特許文献09】Vincenti、M.P.、Brickerhoff、E.Art−hritis Res.4:157−164(2002)
【非特許文献10】Whetton、A.D.、et al.J.Cell Sci.84:93−104(1986)
【非特許文献11】Zhang、X.−K.、et al.Mol.Cell Biol.11:6016−6025(1991)
【非特許文献12】Beato、M.、FASEB J.5:2044−2051(1991)
【非特許文献13】Jonat、C.、et al.Cell 62:1189−1204(1990)
【非特許文献14】Paez−Pereda、M.、et al.J.Clin.Inv−est.108:1123−1131(2001)
【非特許文献15】Ravanti、L.、et al.J.Biol.Chem.274:37292−37300(1999)
【非特許文献16】Schanke、J.T.、et al.Nucleic AcidsRes.22:5425−5432(1994)
【非特許文献17】Pinkus、R.、et al.Biochem J.290:637−640(1993)
【非特許文献18】Obata、H.、et al.J.Biol.Chem.272:26643−26651(1997)
【非特許文献19】Mira−Y−Lopes、R.、et al.Biochem.J.331:909−916(1998).
【非特許文献20】Suh、T.T.、et al.J.Biol.Chem.269:25992−25998(1994).
【非特許文献21】Lee、M.−E.、et al.J.Biol.Chem.266:19034−19039(1991)
【非特許文献22】Huang、B.−L.、et al.Proc.Natl.Acad.Sci.95:14669−14674(1998)
【非特許文献23】Amrolia、P.、et al.J.Biol.Chem.273:13593−13598(1998)
【非特許文献24】Ray、A.、et al.Mol.Cell.Biol.9:5537−5547(1989)
【非特許文献25】Pendas、A.M.、et al.Genomics 40:222−233(1997)
【非特許文献26】Rauscher、F.J.3rd.、et al.Cell52:471−480(1988)
【非特許文献27】Shibata、 J.,et al.Anticancer Res.20:3583−90(2000)
【非特許文献28】Chiba、K.、et al.Biol.Pharm.Bull.25:791−793(1994)
【非特許文献29】Deyama、T.、et al.Acta Pharmacol.Sin.22:1057−1070(2001)
【非特許文献30】 Fujikawa、T.、et al.Biol.Pharm.Bull.19:1227−1230(1996)
【非特許文献31】Nishibe、S.、et al.Chem.Pharm.Bull.38:1763−1765(1990)
【非特許文献32】Yamazaki、M.、et al.Biol.Pharm.Bull.17:1604−1608(1994)
【非特許文献33】Wang、Z.、et al.J.Chromatogr.Sci.43:249−252(1996)
【非特許文献34】Chomczynski、P.、et al.Anal.Biochem.162:156−159(1987)
【特許文献001】特開平10−36272
【特許文献002】特願平10−17964
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明の目的は、AP−1モチーフをその発現制御領域に有する遺伝子の発現を抑制することによる慢性関節リウマチを始めとする炎症性、発熱性疾病、ならびに悪性腫瘍の治療剤もしくは予防剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
この課題を達成するため、本発明者らは、IL−1βによってMMP−1、IL−6などの炎症性サイトカインを誘導生産する滑膜肉腫由来細胞株SW982が優れた炎症の試験管内モデルであることに注目した。すなわち、まずこの試験管内モデルを用いてさまざまな候補物質の炎症性サイトカインならびに酵素タンパク質の生産抑制効果を探索することを第一の手段とした。すなわち、炎症の指標となる、IL−1,IL−6,COX−2,MMP−1,MMP−2などの遺伝子発現を、それぞれの転写RNAのRT−PCR法による定量をすることによって、作用候補物質の検索を行った。
【0027】
さらにこれら炎症関連サイトカインならびに酵素のプロモーター制御領域に共通して存在するAP−1モチーフの制御への関与を評価するため、AP−1モチーフを含み、そのモチーフが遺伝子発現に強く関与することが周知であるMMP−1遺伝子のプロモーター配列を含むその上流DNA断片に注目した。即ち該配列にレポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子を接続したレポーターベクターを構築した。このレポーターベクターをSW982細胞に導入したレポーターアッセイ系において、培養環境に添加した候補物質が、ルシフェラーゼ遺伝子発現のIL−1βによる活性化を抑制する効果を評価することによって、該物質がAP−1モチーフを介する遺伝子発現調節機構に干渉しているか否かについての判定を行うことを第2の手段とした。
【0028】
さらにこの判定に基づき、培養環境に添加した候補物質のなかで、AP−1モチーフを介した遺伝子発現制御効果を示した物質ならびに示さなかった物質について、それぞれを作用させたSW982細胞中のAP−1モチーフへの作用物質、即ちAP−1複合体、の量の差異をゲルシフトアッセイ法によって定量することによって、確かにその作用がAP−1モチーフを介するものであるかを確認することを第3の手段とした。
【0029】
最後に、炎症性酵素タンパク質の指標の一つとしたCOX−2については、その効果が直接ではなく、各種プロスタグランジンを誘導するアラキドン酸カスケードへのキーエンザイムとして作用するものであることから、実際にプロスタグランジンの生産が抑制されているかどうかを確認するために、プロスタグランジンEの濃度を測定することにより、その効果を明らかにすることを第4の手段とした。
【発明の効果】
【0030】
本発明者らは、以上の手段を用いて鋭意課題の解決に努力した結果、エゾウコギエキスに滑膜肉腫由来細胞株SW982のIL−1βによる炎症性サイトカイン生産誘導を抑制する物質が含まれることを見出し、さらにその成分を探索した結果、(+)−シリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイドE)ならびにシリンジン骨格を有するその関連物質がその本体であることを見出した。
【0031】
さらにAP−1モチーフをその上流に配置し、レポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子を配置したレポーターベクターをSW982細胞に導入して構築したレポーターアッセイ系によって、シリンジン骨格を有するリグナンであるシリンジン(エレウテロサイドB)、なかんずくその誘導体である(+)−シリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイトE)が遺伝子発現のIL−1による活性化を抑制する効果を示すことを見出した。
【0032】
さらにこの発見に基づき、培養環境に添加した候補物質のなかでAP−1モチーフを介した遺伝子発現制御効果を示したエレウテロサイドEならびに示さなかったイソフラキシジンについて、それぞれを作用させたSW982細胞中のAP−1モチーフへの作用物質、即ちAP−1複合体の量の差異をゲルシフトアッセイ法によって、エレウテロサイドE添加群において、AP−1複合体量が減少していることを確認し、この作用がAP−1モチーフを介するものであることを確認した。
【0033】
最後に、炎症性酵素タンパク質の指標の一つとしたCOX−2の減少が、確かにプロスタグランジンの生産抑制に寄与しているかどうかを、転写レベルで抑制効果を示したエレウテロサイドB,エレウテロサイドE、ならびに抑制効果を示さなかったイソフラキシジン添加群について、IL−1β刺激SW982細胞のおけるプロスタグランジンEの濃度を測定することにより、確かにこれら転写抑制物質がプロスタグランジンEの濃度を顕著に低下させていることを確認し、本発明を完成した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
本発明は、(+)−シリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイドE)ならびに該物質で代表される(+)−シリンガレシノール骨格ならびにその起源物質であるシリンジン骨格を有するリグナンをさまざまな形で提供することを可能とする食品、医薬品ならびに化粧品によって実施されるものであり、由来する原料ならびに提供の方法によらない。
【0035】
たとえば(+)−シリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイドE)は、エゾウコギ(Acanthopanax senticosus Harms)に含まれるが、杜仲(Eucomniae ulmoides)など、他の植物にも含まれ、これら植物のエキスは、植物が食品として適している限り食品として、化粧品原料として、あるいは医薬品原料として提供の手段となる。
【0036】
また、たとえば(+)−シリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイドE)が体内においで細胞に吸収される形であることが推定されるアグリコン((+)−シリンガレシノール)、あるいはその中間産物である(+)−シリンガレシノールO−β−Dグルコピラノシド、さらにその起源物質であるシリンジンも、エゾウコギ、杜仲、厚朴(Magnolia officinalis)等に含まれていることが知られており、これらの抽出物も食品として適している限り食品として、化粧品の原料として、あるいは医薬品の原料として提供の手段となる。(非特許文献28,29,30,31)
【0037】
また該物質は熱水抽出物のHPLCクロマトグラフィーによる分離法(例えば非特許文献33)などによって、高純度に精製し、また適宜な化学修飾を加えることが可能であるが、精製した該物質ならびに類縁物質は、その精製方法ならびに加工方法によらず、適宜な工程をへて医薬品、化粧品、あるいは食品素材として認可される限り提供の手段となる。
【0038】
さらに該物質はその含有植物のエキスあるいはその加工品についてその生理的作用を明らかにした上で、認可される限り、特定保険食品がその提供の手段となる。さらに該物質は乾燥状態で粉体であり、水溶性である限りにおいて、錠剤、水溶液、ゲル、散剤等の剤形で提供することが可能である。またさらに該物質は水溶液状態で耐熱性である限りにおいて、瓶缶に充填した保存性ある医薬品、化粧品、飲料あるいは食品の素材として提供することが可能である。
【実施例】
【0039】
以下に実験例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実験例のみに限定されるものではない。以下の本実施例においては、(+)−シリンガレシノール ジ−O−β−D−グルコピラノシド(エレウテロサイドE)は、Phytochem Referenzsubstanzen GbRmbH (Ichenhausen,Germany)より販売されているものを使用している。しかし、同様の標品、その水和物、等級品は他のルートからも入手可能であり、化学式(+)−syrinagaresinol di−O−β−glucopyranosideであればその品位によらない。
【0040】
実施例1)SW982細胞における炎症関連遺伝子発現の抑制:
試験方法:凍結保存してある、ヒト滑膜肉腫細胞株SW982細胞(American Type Culture Collection 由来)を解凍し、終濃度が10%v/vとなるように牛胎児血清(FBS)を添加したRPMI1640培地(以下増殖培地)中で培養した。培養した細胞は、トリプシン−EDTAを用いて細胞を剥離し、継代培養により増殖させた。
【0041】
このように培養したSW982細胞を、6cmプラスチックシャーレあたり3〜5x10個接種し、さらに24時間培養後、炎症性サイトカインを誘導する目的でIL−1βを終濃度2ng/mlとなるように添加し、さらに薬剤添加群においては、シリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイドE)、関連物質、ならびに非関連物質を以下の濃度となるようにようにそれぞれ添加した。すなわち、エレウテロサイドE(17μM、50μM、150μM)、シリンジン(エレウテロサイドB、17μM、50μM、150μM)、ならびに非関連物質としてイソフラキシジン(135μM、450μM)である。ここで、イソフラキシジンはエレウテロサイドBならびにEと同様にエゾウコギに含まれる成分である。
【0042】
これら薬剤添加群ならびに非添加群をそれぞれ、5%COガスを含む加湿した気相中、37℃に保温して24時間培養した。培養後、トリプシンーEDTAにて細胞を剥離し、グアニジウムチオシアネート法(例えば、非特許文献34参照)を用いることで、RNAを抽出した。
【0043】
逆転写酵素反応(RT反応)は、100UのMMLV逆転写酵素を用いて42℃、20分行った。得られたcDNA溶液に対し、IL−1β遺伝子に特異的なプライマー(センスプライマーとアンチセンスプライマー)を加え、1.25U TaqDNAポリメラーゼを用いて20サイクルのPCR(熱変性94℃で1分、アニーリング55℃で1分、伸長反応72℃で2分)を行った。PCR増幅によって、391bpのIL−1βcDNAを得た。用いたプライマーは、配列番号2と配列番号3である。
【0044】
また、RT反応によって得られたcDNA溶液に対し、IL−6遺伝子に特異的なプライマーを加え、1.25U TaqDNAポリメラーゼを用いて20サイクルのPCR(熱変性94℃で1分、アニーリング55℃で1分、伸長反応72℃で2分)を行った。PCR増幅によって、629bpのIL−6cDNAを得た。用いたプライマーは、配列番号4と配列番号5である。
【0045】
さらにまた、RT反応によって得られたcDNA溶液に対し、COX−2遺伝子に特異的なプライマーを加え、1.25U TaqDNAポリメラーゼを用いて20サイクルのPCR(熱変性94℃で1分、アニーリング55℃で1分、伸長反応72℃で2分)を行った。PCR増幅によって、305bpのCOX−1cDNAを得た。用いたプライマーは、配列番号6と配列番号7である。
【0046】
さらにまた、RT反応によって得られたcDNA溶液に対し、MMP−1遺伝子に特異的なプライマーを加え、1.25U TaqDNAポリメラーゼを用いて20サイクルのPCR(熱変性94℃で1分、アニーリング55℃で1分、伸長反応72℃で2分)を行った。PCR増幅によって、550bpのMMP−1cDNAを得た。用いたプライマーは、配列番号8と配列番号9である。
【0047】
さらにまた、RT反応によって得られたcDNA溶液に対し、MMP−2遺伝子に特異的なプライマーを加え、1.25U TaqDNAポリメラーゼを用いて20サイクルのPCR(熱変性94℃で1分、アニーリング55℃で1分、伸長反応72℃で2分)を行った。PCR増幅によって、550bpのMMP−2cDNAを得た。用いたプライマーは、配列番号10と配列番号11である。
【0048】
さらにまた、ハウスキーピング遺伝子であるグリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素(G3PDH)を内標準物質として採用した。RT反応によって得られたcDNA溶液に対し、G3PDH遺伝子に特異的なプライマーを加え、1.25U TaqDNAポリメラーゼを用いて20サイクルのPCR(熱変性94℃で1分、アニーリング55℃で1分、伸長反応72℃で2分)を行った。PCR増幅によって、550bpのG3PDHcDNAを得た。用いたプライマーは、配列番号12と配列番号13である。
【0049】
以上のようにして各々増幅させたPCR産物は、1.5%アガロースゲル内で電気泳動を行い、エチジウムブロマイドにより染色を施した。このようにして染色したゲル上で、トランスイルミネーターを使用したUV照射によってバンドを検出した。このバンドが分子量標準DNAのサイズとの比較によって、PCR増幅によって得られる目的のバンドであることを確認した後、写真撮影を行った。目的とするDNAバンドの発色強度をデンシトメーターにて数値化し、G3PDHの発色強度を対照とし、その相対値(OD/G3PDH)を算出した。
【0050】
結果は図1、2、3に示し、以下の通りである。1)シリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイドE)ではIL−1β、IL−6、COX−2、MMP−1の遺伝子発現においてはほぼ同様に50μMで抑制傾向が認められた。2)イソフラキシジンでは450μM、エレウテロサイドBでは150μMで抑制が認められた。3)MMP−2においてはエレウテロサイドBにおいて、シリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイドE)より低濃度で遺伝子発現の抑制が認められた。以上の結果からシリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイドE)が最も低濃度でMMP−2を除く各種炎症性タンパクの遺伝子発現を抑制することが明らかとなった。
【0051】
実施例2)AP−1モチーフをその発現制御領域に有するレポーターベクターの構築
Matrix metalloproteinasel(MMP−1)配列の発現制御領域をルシフェラーゼレポーターベクターpGL3−Basic Vector(Promaga)に挿入してAP−1モチーフを有するレポーターベクターを構築した。MMP−1の発現制御領域(Sequence:NCBI,HSAJ02550)から、高い発現制御能が得られることが報告されている(非特許文献3)−517〜−42を含んだ制御領域−517〜+64を選んで、Human genomic DNA(BD Sciences,Palo Alto,CA,USA)をテンプレイトとして、プライマー(配列番号14、15)を用いて増幅させた。このMMP−1の発現制御領域は、5’末端を制限酵素KpnIで、3’末端を制限酵素HindIIIで切断後、精製した。挿入した配列は、配列番号16である。
【0052】
別にpGL3−Basic Vector(Promega,Madison,WI,USA)を大腸菌に導入して増幅し、Multiple Cloning regionをKpnI及びHindIIIにより切断後、精製し、調製したMMP−1発現制御領域cDNA(−517〜+64)をライゲースで挿入した。挿入した配列は、配列番号16である。Competent cells、JM1099(Promega)にこのベクターを導入し、いくつかのシングルコロニーについて配列確認して、MMP1制御領域−517〜+64が期待通り挿入されたルシフェラーゼレポーターベクターを選択した。この制御領域−517〜+64中の−73〜−67にAP−1モチーフ[TGAGTCA]が含まれており、−32〜−25の位置にTATAbox[TATATATA]が存在する。
【0053】
実施例3)AP−1モチーフをその発現制御領域に有するレポーターベクターを用いた(+)−シリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイドE)の遺伝子発現抑制効果の測定:ウェル(96ウェルシャーレ)あたり1.5x10のSW982細胞を接種24時間後、上述の実施例で示された様にして構築されたリコンビナント(1μg)とその50分の1量のウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子を発現する内部標準ベクター(pRL−TK vector,Promega)をリポフェクチン法により24時間コトランスフェクトした。コトランスフェクション後、細胞はIL−1β(2ng/ml)添加の条件でエレウテロサイドE50μMあるいは100μM添加して、さらに24時間培養した。培養後、ルシェフェラーゼ活性をルミノメーター(Lumat LB9501)により測定した。ここで、各試験群に対して5ウェルずつ、Dual−Luciferase Reporter Assay System(Promega)に従い測定し、その比の平均値±SDを求めた。
【0054】
IL−1β活性化SW982細胞の導入した場合のエレウテロサイドEのルシフェラーゼ遺伝子発現制御効果を図4に示す。リコンビナントのみ導入細胞では、IL−1βの添加により、対照ベクターに対してMMP−1プロモーター領域導入ベクターにおいて活性誘導が認められた。50μMのシリンガレシノールジO−β−Dジグルコピラノシド(エレウテロサイドE)の添加で、活性誘導が抑制される傾向が認められた。さらに、エレウテロサイドE100μMの添加で、ほぼ完全な抑制が認められた。ここに図で示していないが、対照としてイソフラキシジンを添加した試験においては、その50、100μMいずれの濃度においても活性誘導の抑制は認められなかった。
【0055】
以上の結果は、さきに示されたエレウテロサイドEによるMMP−1遺伝子転写の抑制が、MMP−1のAP−1モチーフを含むプロモーター領域によって支配されていることを示すものである。
【0056】
実施例4)AP−1モチーフ結合性AP−1複合体のゲルシフトアッセイ法による定量6cmシャーレにSW982細胞を播種後、細胞がプラトーに達した時点で、IL−1β(2ng/ml)存在下で24時間、エレウテロサイドEあるいはイソフラキシジンを添加あるいは非添加した。細胞から核画分を分離し、さらに核抽出物を得て、ゲルシフト法に供した。
【0057】
ゲルシフト法はDIG Gel Shift Kit,2nd Generation(Roche Diagnostics GmbH)のプロトコールに準じて行った。すなわち、核抽出物5−15μgに対し、5×Binding buffer5μl、ジゴキシゲニン(Dig)標識プローブ(0.4ng/μl)2μl、poly dI−dC(1μg/μl)1μl、poly L−lysine(0.1μg/μl)1μlを加え、総量20μlとした。ここでオリゴヌクレオチドプローブとして用いた各転写因子の結合部位の配列は配列番号17である。その後、6%非変性ポリアクリルアミドゲルにより電気泳動を行い、ゲルをナイロン膜に転写させ、化学発光検出によりシグナルをバンドとして検出した。さらに検出したバンドの濃度をデンシトメーターにより数値化し、ラベルしないオリゴヌクレオチドプローブを添加した場合のバンド位置の濃度をノイズとして差し引いて、ノイズ補正後の数値をAP−1複合体のAP−1転写因子結合部位への結合の指標とした。ノイズ補正後の数値をAP−1複合体のAP−1転写因子結合部位への結合の指標とした。その数値は以下表1に示す通りである。
【表1】

【0058】
結果、AP−1複合体のプローブへの結合は、エレウテロサイドEの濃度に依存して抑制され、100μMでは18%にまで抑制した。一方、イソフラキシジンではその抑制は僅かであった。以上の結果はエレウテロサイドEにより認められた各種炎症性タンパクの遺伝子発現ならびにMMP−1プロモーター活性の抑制が、AP−1複合体のプロモーター領域への結合阻害に起因することを示す証拠を提出するものである。
【0059】
実施例5)効果物質によるプロスタグランディンE産生の抑制効果:エレウテロサイドEによってIL−1β活性化SW982細胞のCOX−2遺伝子転写が抑制される以上の結果が、確かに炎症の抑制に働いているか否かを証明するため、同細胞の培養液を分析し、COX−2によって起動されるアラキドン酸カスケードの主要な炎症誘起物質であるプロスタグランディンEの濃度を定量した。
【0060】
即ち、ウェル(96ウェルプレート)あたり3x10のSW982細胞を接種24時間後、IL−1β(2ng/ml)ならびに効果物質を添加して48時間培養し、培養後の培養上清について、プロスタグランジンE(PGE)値をenzyme−immunoassay(EIA)法によって測定した(Prostaglandin E EIA kit−monoclonal,Cayman chemical,Ann Arbor,MI,USA)。
【0061】
IL−1βによって活性化されたSW982細胞の培養培地に添加されたイソフラキシジン、エレウテロサイドBならびにエレウテロサイドEの該細胞によるプロスタグランジンE生産に及ぼす効果を図5,6,7に示す。PGE生産は、エレウテロサイドEならびにエレウテロサイドBの添加によって濃度依存的に抑制された。特にエレウテロサイドEについては、わずか1.9μMの濃度でも、PGE濃度は無添加群の25%以下にまで抑制する顕著な効果が認められた。なお、イソフラキシジンは135μMまでの濃度でPGE生産に対してなんら効果がなく、450μMの高濃度ではじめて抑制効果を示した。
【0062】
この結果から、エレウテロサイドEのCOX−2遺伝子転写抑制効果が、たしかに該遺伝子に由来するCOX−2酵素の起動によって生ずる炎症メディエイターであるPGE生産の抑制に帰結していることを証明した。
【0063】
実施例6)作用因子のSW982細胞の生存性に与える影響:細胞培養系に添加された作用物質が細胞の生存性に影響するかどうかを、トリパンブルー法を用いた生細胞計数法を用いて測定した。即ち、増殖培地中に浮遊させたSW982細胞を各ウェル当たり3000個になるように、0.5mLずつ、96穴ウェルプレートに播種した。同時にIL−1βを終濃度2ng/mLになるように添加した。さらに、イソフラキシジンについては、終濃度150、450μMになるように、シリンジンについては、最終濃度50,150μMになるように、またエレウテロサイドEについては、50、150μMになるように添加した。このようにして播種した細胞培養を、5%COガスを含む加湿した気相中、37℃に保温して2日間培養を行った。培養後、細胞の増殖をトリパンブルー染色法(例えば、非特許文献35参照。)にて測定し(n=2)、全細胞数に対する非染色性細胞数の%をとって、細胞障害性効果を判定した。
【非特許文献35】分子生物学研究のための培養細胞実験法(羊土社),p88
【0064】
試験結果:このようにして培養したSW982細胞の生存性に及ぼすイソフラキシジン、シリンジン、エレウテロサイドEの効果を表2に示す。対象群において生存率が96.2%±5%であるに対し、シリンジン添加群で若干の低下(シリンジン150μM添加で80.6%±3.9%)を認めたが、イソフラキシジンならびにエレウテロサイドEについて対象群との有意な差を認めなかった。これらの結果により、これらの物質の効果が細胞障害に基づくものである可能性が否定された。
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0065】
以上に述べたごとく、本発明によって、マトリックスメタロプロテイナーゼI(MMP−1)遺伝子を始めとする、AP−1モチーフをその遺伝子発現制御領域の有する遺伝子の発現を抑制することにより、これら遺伝子がその発症ならびに増悪に係わっている疾患、すなわち慢性関節リウマチをはじめとする炎症性、発熱性疾病の症状、ならびに悪性腫瘍を抑制することを通じてこれら疾病の予防ならびに治療に効果ある薬剤、化粧品ならびに食品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】 ヒト滑膜肉腫細胞株SW982細胞のIL−1β刺激下でのイソフラキシジン添加時の各種遺伝子発現への影響を示した図である。縦軸:ルシフェラーゼ転写活性 横軸:左からIL−1β、IL−6、COX−2、MMP−1ならびにG3PDH 横軸各項目左から:無添加対象群、2:イソフラキシジン135μM添加群、3:イソフラキシジン450μM添加群
【図2】 ヒト滑膜肉腫細胞株SW982細胞のIL−1β刺激下でのエレウテロサイドB添加時の各種遺伝子発現への影響を示した図である。縦軸:ルシフェラーゼ転写活性 横軸:左からIL−1β、IL−6、COX−2、MMP−1ならびにG3PDH 横軸各項目左から:無添加対象群、2:エレウテロサイドB 17μM、3:エレウテロサイドB 50μM、4:エレウテロサイドB 150μM添加群
【図3】 ヒト滑膜肉腫細胞株SW982細胞のIL−1β刺激下でのエレウテロサイドE添加時の各種遺伝子発現への影響を示した図である。縦軸:ルシフェラーゼ転写活性 横軸:左からIL−1β、IL−6、COX−2、MMP−1ならびにG3PDH 横軸各項目左から:無添加対象群、2:エレウテロサイドE 17μM、3:エレウテロサイドE 50μM、4:エレウテロサイドE 150μM添加群
【図4】 AP−1モチーフを含むMMP−1プロモーター制御領域を導入したルシフェラーゼベクターをIL−1β活性化SW982細胞の導入した場合のエレウテロサイドEのルシフェラーゼ遺伝子発現制御効果を示した図である。縦軸:対照ベクターによって生産されるウミシイタケルシフェラーゼ活性に対するMMP−1プロモーターベクターによって生産されるホタルルシフェラーゼ活性の比 横軸:左から、IL−1β非添加群、IL−1β添加群、c) IL−1βならびにエレウテロサイドE50μM添加群、d) IL−1βならびにエレウテロサイドE100μM添加群
【図5】 IL−1βによって活性化されたSW982細胞の培養培地に添加されたイソフラキシジンの該細胞によるプロスタグランジンE生産に及ぼす効果を示した図である。縦軸:48時間培養後の培地中PGE濃度(ng/ml) 横軸:イソフラキシジンの添加濃度(μM)
【図6】 IL−1βによって活性化されたSW982細胞の培養培地に添加されたエレウテロサイドBの該細胞によるプロスタグランジンE生産に及ぼす効果を示した図である。縦軸:48時間培養後の培地中PGE濃度(ng/ml) 横軸:エレウテロサイドBの添加濃度(μM)
【図7】 IL−1βによって活性化されたSW982細胞の培養培地に添加されたエレウテロサイドEの該細胞によるプロスタグランジンE生産に及ぼす効果を示した図である。縦軸:48時間培養後の培地中PGE濃度(ng/ml) 横軸:エレウテロサイドEの添加濃度(μM)
【配列表フリーテキスト】

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンガレシノール骨格あるいはシリンジン骨格を有するリグナンであって、AP−1モチーフをその発現制御領域に有する遺伝子の発現を抑制することを特長とする遺伝子発現抑制剤。
【請求項2】
シリンガレシノール骨格あるいはシリンジン骨格を有するリグナンであって、その作用がAP−1モチーフをその発現制御領域に有する遺伝子の発現抑制であることを特長とする疾病ならびに症状の治療・予防剤
【請求項3】
そのシリンガレシノール骨格あるいはシリンジン骨格を有するリグナンがシリンガレシノールジO−β−Dグルコピラノシド(エレウテロサイドE)、シリンガレシノールO−β−Dグルコピラノシド、シリンガレシノール、あるいはシリンジンであることを特長とする請求項1にある遺伝子発現抑制剤
【請求項4】
そのシリンガレシノール骨格あるいはシリンジン骨格を有するリグナンがシリンガレシノールジO−β−Dグルコピラノシド(エレウテロサイドE)、シリンガレシノールO−β−Dグルコピラノシド、シリンガレシノール、あるいはシリンジンであることを特長とする請求項2にある疾病ならびに症状の治療・予防剤
【請求項5】
その疾病が関節リウマチあるいは悪性腫瘍であることを特長とする請求項2にある疾病ならびに症状の治療・予防剤
【請求項6】
その症状が発熱であることを特長とする請求項2にある疾病ならびに症状の治療・予防剤

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−302644(P2007−302644A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−153990(P2006−153990)
【出願日】平成18年5月8日(2006.5.8)
【出願人】(000139241)株式会社ローマン工業 (2)
【出願人】(501333397)財団法人河野臨床医学研究所 (3)
【Fターム(参考)】