説明

AlTi系合金スパッタリングターゲット及び耐摩耗性AlTi系合金硬質皮膜並びに同皮膜の形成方法

【課題】 切削工具、摺動部材、金属加工工具等に形成する皮膜の硬さ(耐摩耗性)、耐酸化性、母材との密着性等を向上させるとともに、バランスの取れた特性を備え、安定した皮膜の形成と該皮膜を形成した工具等の寿命を向上させる。
【解決手段】 AlTi1−x−ySi(x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25)であるスパッタリングターゲットを窒素雰囲気中でスパッタリングし、(AlTi1−x−ySi)N、(x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25)の組成を有する耐摩耗性AlTi系合金硬質皮膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、切削、穿孔、フライス加工等の切削工具、軸受け等の摺動部材、あるいは金型等の成形加工具等に適用される耐摩耗性皮膜形成に好適なAlTi系合金スパッタリングターゲット及び耐摩耗性AlTi系合金硬質皮膜並びに同皮膜の形成方法に関する。
【0002】
【従来の技術】従来、上記のような切削工具、摺動部材、金属加工工具等の耐摩耗性表面硬化膜として、高硬度の窒化チタン(TiC)や炭窒化チタン(TiCN)が使用されてきたが、最近では切削等の加工工具等の使用コスト低減を目的としてこれらの皮膜の長寿命化及びさらに特性を向上させた耐摩耗性表面硬化膜の開発が要求されている。このため、従来の窒化チタンや炭窒化チタン膜に替わるものとしてAlTi合金膜又はこの炭化膜、窒化膜、あるいは炭窒化膜を耐摩耗性表面硬化膜として使用する提案がなされた。これらの膜は高温域における耐酸化性、耐摩耗性、さらには被覆される機材(母材)との密着性が上記の窒化チタンや炭窒化チタン膜よりも一段と向上したので、それなりの評価を得たが、耐酸化性や耐摩耗性の点で上記に要求される特性をまだ充分に満足させるものとは言えなかった。
【0003】このようなことから、最近では炭窒化AlTi合金膜として、Siを0.1%以下添加して硬度を高める提案がなされた(特許第02793773号)。しかし、切削工具、摺動部材、金属加工工具等に使用される特性は、皮膜の硬さ、耐酸化性、母材との密着性等の総合評価で決まるもので、最終的にはその目的に応じた特性を発揮し、かつ持続する寿命の問題である。このような観点からみて、上記0.1%以下のSiを添加した炭窒化AlTi合金膜は、総合的な工具寿命の点でかならずしも満足できるものとは言えなかった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】以上から、本発明は切削工具、摺動部材、金属加工工具等に形成する皮膜の硬さ(耐摩耗性)、耐酸化性、母材との密着性等を向上させるとともに、バランスの取れた特性を備え、安定した皮膜の形成と該皮膜を形成した工具等の寿命を十分に向上させることを課題とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】本発明者は、皮膜の硬さを若干犠牲にしても耐酸化性を向上させることが、最終的に工具等の硬質耐摩耗性皮膜の特性を維持しかつ寿命を延ばすことができ、上記問題点を解決できることの知見を得た。この知見に基づき、本発明は(1)AlTi系合金スパッタリングターゲットの組成が、AlTi1−x−ySiであり、x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25であることを特徴とするAlTi系合金スパッタリングターゲット、(2)硬質皮膜の組成が、(AlTi1−x−ySi)Nであり、x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25であることを特徴とする耐摩耗性AlTi系合金硬質皮膜、(3)AlTi−x−ySi(x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25)であるスパッタリングターゲットを、窒素雰囲気中でスパッタリングすることを特徴とする(AlTi1−x−ySi)N、(x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25)の組成を有する耐摩耗性AlTi系合金硬質皮膜の形成方法、を提供するものである。
【0006】
【発明の実施の形態】本発明のAlTi系合金スパッタリングターゲットは、真空アーク溶解、プラズマ溶解、電子ビーム溶解、誘導溶解等の溶製法によって製造できる。これらの溶解に際してはガス、特に酸素の混入が著しく、また上記アルミニウム、チタン、シリコンはいずれも酸素のと結合力が強いので、いずれの場合にも真空中又は不活性中で溶解することが必要である。また、溶解、凝固過程において偏析の発生や結晶粒が粗大化しないように、加工及び温度コントロールを実施して製造する。
【0007】上記溶製法によるもの以外に粉末冶金法によって製造することもできる。この粉末冶金法によって製造する場合、例えば、原料粉末としてそれぞれ平均粒径150μm以下のTi粉末、Si粉末、Al粉末を本発明の組成となる所定の比率に配合し、これらをボールミル混合し、乾燥して混合粉とする。原料粉としては、さらに微細なアトマイズ粉を使用することができる。
【0008】上記焼結用粉末は例えばメカニカルアロイング法により所定の比率に予め合金化したTiAl又はTiAlSi合金粉末を用いることができる。いずれの場合にも、微細かつ均一な混合粉末を使用した場合には焼結体の密度が高く、その結果均一かつ緻密なターゲットが得られ、またスパッタリングにより成膜条件も安定し、均一微細な組織の皮膜が形成できるという利点がある。
【0009】上記混合粉砕粉をモールドに入れ予備成形した後、例えば冷間静水圧処理(CIP処理)し、さらに500〜600°C、圧力700Kgf/cm以上の条件でホットプレス処理(HP処理)するか、又はCIP処理した後、同様に500〜600°C、圧力700Kgf/cm以上の条件で熱間静水圧処理(HIP処理)して高密度(相対密度99%以上であることが望ましい)の焼結体とする。CIP処理、HP処理、HIP処理等の温度、圧力等の条件は上記に限らず、原料の種類又は目的とする焼結体の密度等を考慮して他の条件を設定してもよい。また、上記のようなCIP処理、HP処理、HIP処理等に替えて、黒鉛製のモールドに混合粉末を充填し、これを上下ダイ(電極)間で圧縮しながらパルス通電を行い燃焼合成を行う、パルス通電燃焼合成法により焼結体とすることもできる。この場合、特に上記メカニカルアロイ粉を使用すると緻密かつ均一な焼結体を得ることができる。
【0010】上記の溶製法又は粉末冶金法によって得られたインゴット又は焼結体からターゲット形状に切り出し、組成がAlTi1−x−ySiであり、x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25であるAlTi系合金ターゲット材を得る。該スパッタリングターゲットにおけるAlの量、すなわちxは0.05≦x≦0.7とする。下限の0.05未満ではスパッタリングにより成膜(窒化膜)した場合に、該膜の耐酸化性が不十分となり、又上限値0.7を超えると、該皮膜の靭性が低下し母材から剥離し易くなるので上記範囲とする。また、同スパッタリングターゲットにおけるSiの量、すなわちyは特に重要であり、0.1<y≦0.25の範囲とする。0.1以下であると、スパッタリングにより成膜した該膜の耐酸化性が著しく低下し、工具等の寿命が著しく低下する。また、上限値0.25を超えると、皮膜の母材に対する密着性が低下し剥離し易くなるので好ましくない。したがって、上記の範囲とする。このターゲットはさらに、銅製等のバッキングプレートにろう付け等の手段により接合し、これをスパッタチャンバ内に挿入し、窒素ガスとアルゴンガス等の希薄混合ガス雰囲気下において、反応性スパッタリングを実施する。これによって、(AlTi1−x−ySi)N、(x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25)の組成を有する耐摩耗性AlTi系合金硬質皮膜を得ることができる。皮膜の厚みは剥離強度との兼ね合いから1〜30μmとするのが良いが、製品に応じてそれ以上の膜厚とすることもできる。このようにして得た硬質皮膜は硬度が高く、耐酸化性に優れ、母材との密着性が良好で、工具等の寿命が大きく向上するという著しい特徴を有している。
【0011】
【実施例および比較例】次に、本発明を実施例および比較例に基づいて説明する。なお、本実施例は好適な例を示し、かつ本発明の理解を容易にするためのものであり、これらの例によって本発明が制限されるものではない。すなわち、本発明の技術思想の範囲における他の態様および例は、当然本発明に含まれるものである。
【0012】(実施例1〜6)原料粉末として平均粒径10μm以下のTi粉末、平均粒径10μm以下のSi粉末、平均粒径20μm以下のAl粉末を表1(実施例1〜6に相当)に示す比率に配合し(表1では窒化物の配合を示すが、ほぼこの配合率となるように調整する)、これらをボールミル混合し、乾燥して混合粉とした。次に、この混合粉砕粉をモールドに入れ予備成形した後、冷間静水圧処理(CIP処理)した後、500〜600°C、圧力750Kgf/cmの条件でホットプレス処理(HP処理)した。これにより相対密度99.8%の焼結体が得られた。
【0013】このようにして得た焼結体からターゲット形状に切り出し、さらに銅製のバッキングプレートにろう付けにより接合してスパッタリング用ターゲットとした。このターゲットをスパッタチャンバ内に挿入し、窒素ガスとアルゴンガスの希薄混合ガス雰囲気下において、反応性スパッタリングを実施した。母材には切削工具として使用されるタングステンカーバイド(WC)を用いた。皮膜の厚みは3μmとした。このようにして形成した皮膜の組成をMA(マイクロアナライザー)により分析すると共に、皮膜を形成したタングステンカーバイド切削工具による切削試験を実施し、皮膜の硬さの測定、耐酸化性試験、密着性の評価、及び寿命の判定(切削試験)を行った。この結果を表1に示す。なお、耐酸化性試験及び切削試験の条件は次の通りである。
(耐酸化性試験条件)
・温度:1000°C・時間:60時間・雰囲気:大気(切削試験条件)
・被削材:SKD61(HRC52)
・切削速度:30m/min・切り込み:半径方向 1mm、軸方向 5mm・送り:0.05〜0.07mm/刃・切削方式:ダウンカット・潤滑:乾式 ブローなし
【0014】
【表1】


【0015】表1から明らかなように、実施例1〜6の硬質膜の硬さ(HμV)は、30,000〜31,000MPaに達し、良好な硬さを有しており、密着性もいずれも良好であった。また、耐酸化性試験によると、TG/mgは0.05から0.10の範囲であり耐食性に極めて優れていることが分かる。総合的な評価として、切削寿命は45〜52Mに達し、極めて良好な結果が得られた。
【0016】(比較例1〜3)上記実施例と同条件で、表1に示す組成のターゲットを作製し、タングステンカーバイド切削工具に3μmの皮膜を形成し、同条件で皮膜の組成のマイクロアナライザーによる組成分析、皮膜の硬さの測定、耐酸化性試験、密着性の評価、及び寿命の判定(切削試験)を行った。この結果を実施例と対比して表1に示す。比較例1は硬質膜の硬さ(HμV)が26,000MPaで、ある程度良好な硬さを有し、密着性も良好であるが、耐酸化性試験によるTG/mgは2.20となり耐食性が極めて悪い。また総合的な評価として、切削寿命は0.5Mであり極めて悪い結果となった。比較例2については密着性がやや良いが、硬質膜の硬さ(HμV)は10,000MPa、耐酸化性試験によるTG/mgは2.12、切削寿命は0.8Mであり、いずれも極めて悪い結果となった。比較例3は、硬質膜の硬さ(HμV)が26,000MPaで、ある程度良好な硬さを有するがSi量が低いため密着性に劣り、耐酸化性試験によるTG/mgは10.0で著しく悪い。そして切削寿命は0.7Mであり極めて悪い結果となった。
【0017】
【発明の効果】以上、本発明はAlTiN系合金からなる皮膜に、Siを0.1(超)〜0.25%(トータル量として)添加することにより、皮膜の硬さ、母材との密着性等を良好にし、特に耐酸化性を大幅に向上させて、バランスの取れた特性を備えた皮膜を形成することができる。本発明は上記の通り、この皮膜の形成に使用することのできるスパッタリングターゲット及び耐摩耗性AlTi系合金硬質皮膜の形成方法を提供するものであるが、これによって、切削工具、摺動部材、金属加工工具等の寿命を大きく延ばすことができるという優れた効果を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 AlTi系合金スパッタリングターゲットの組成が、AlTi1−x−ySiであり、x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25であることを特徴とするAlTi系合金スパッタリングターゲット。
【請求項2】 硬質皮膜の組成が、(AlTi1−x−ySi)Nであり、x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25であることを特徴とする耐摩耗性AlTi系合金硬質皮膜。
【請求項3】 AlTi1−x−ySi(x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25)であるスパッタリングターゲットを窒素雰囲気中でスパッタリングすることを特徴とする、(AlTi1−x−ySi)N、(x及びyがそれぞれ0.05≦x≦0.7、0.1<y≦0.25)の組成を有する耐摩耗性AlTi系合金硬質皮膜の形成方法。

【公開番号】特開2000−297364(P2000−297364A)
【公開日】平成12年10月24日(2000.10.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−106115
【出願日】平成11年4月14日(1999.4.14)
【出願人】(000001144)工業技術院長 (75)
【上記1名の復代理人】
【識別番号】100093296
【弁理士】
【氏名又は名称】小越 勇 (外1名)
【出願人】(000222048)東北特殊鋼株式会社 (15)
【上記1名の代理人】
【識別番号】100093296
【弁理士】
【氏名又は名称】小越 勇
【Fターム(参考)】