説明

B−アルキルボラジンの製造方法

【課題】半導体用層間絶縁膜、バリアメタル層、エッチストッパー層の形成に用いられるホウ素(B)原子上に異なる置換基が導入されたB−アルキルボラジンを、選択的に合成しうる手段を提供する。
【解決手段】B−アルキルボラジンを合成する際に、化学式1で表されるボラジン化合物と、アルケン化合物とを、触媒存在下で反応させる。これにより、H−B結合が、アルキル−B結合に変換された、B−アルキルボラジンを合成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、B−アルキルボラジンの製造方法に関する。B−アルキルボラジンのようなボラジン化合物は、例えば、半導体用層間絶縁膜、バリアメタル層、エッチストッパー層を形成するために用いられる。
【背景技術】
【0002】
情報機器の高性能化に伴い、LSIのデザインルールは、年々微細になっている。微細なデザインルールのLSI製造においては、LSIを構成する材料も高性能で、微細なLSI上でも機能を果たすものでなければならない。
【0003】
例えば、LSI中の層間絶縁膜に用いられる材料に関していえば、高い誘電率は信号遅延の原因となる。微細なLSIにおいては、この信号遅延の影響が特に大きい。このため、層間絶縁膜として用いられうる、新たな低誘電率材料の開発が所望されていた。また、層間絶縁膜として使用されるためには、誘電率が低いだけでなく、耐湿性、耐熱性、機械的強度などの特性にも優れている必要がある。
【0004】
かような要望に応えるものとして、分子内にボラジン環骨格を有するボラジン化合物が提案されている(例えば、特許文献1を参照)。ボラジン化合物は分子分極率が小さいため、形成される被膜は低誘電率を示す。その上、形成される被膜は、耐熱性にも優れる。
【0005】
ボラジン化合物の一形態として、ボラジン環骨格上の3つのホウ素(B)原子および3つの窒素(N)原子がすべてアルキル基により置換された、いわゆるヘキサアルキルボラジン(N,N’−N”−トリアルキル−B,B’,B”−トリアルキルボラジン)が知られている。このようなヘキサアルキルボラジンの製造方法として、例えば特許文献1や非特許文献1には、B−H結合を有するボラジン化合物とアルケン化合物とを反応させてアルケン化合物由来のアルキル基をB原子上の置換基として導入する手法が開示されている。なお、これらの先行技術文献に具体的に開示されているのは、ボラジン環を構成する3つのホウ素(B)原子のすべてに同一の置換基(アルキル基)が導入された構造のヘキサアルキルボラジンを合成する形態のみである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−131569号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J.Organomet.Chem.,2006,691,4909−4917
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、ボラジン環を構成する3つのホウ素(B)原子上に異なる置換基(アルキル基)が導入された構造を有するB−アルキルボラジンの合成に向けて、鋭意研究を行なった。その過程で、B−非置換ボラジンを複数のアルケン化合物と同時に反応させることで、単一のB−アルキルボラジンを合成することを試みた。
【0009】
しかしながら、この手法では、複数のアルケン化合物の仕込み量を厳密に制御したとしても、理論上可能な複数のB−アルキルボラジンが生成してしまい、目的とする単一のB−アルキルボラジンを選択的に合成することは困難であるという問題がある。
【0010】
そこで本発明は、ホウ素(B)原子上に異なる置換基が導入されたB−アルキルボラジンを、選択的に合成しうる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一形態に係るB−アルキルボラジンの製造方法では、下記化学式1:
【0012】
【化1】

【0013】
式中、Rは、それぞれ独立して、水素原子または有機基であり、Rは、有機基である、
で表されるボラジン化合物と、第1のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させて、
下記化学式2:
【0014】
【化2】

【0015】
式中、RおよびRは、上記と同様の定義であり、Rは、それぞれ独立して、有機基である、
で表されるB−アルキルボラジンを合成する。このように、第1のアルケン化合物は、化学式1のボラジン化合物のホウ素(B)原子上に有機基(R)を導入しうる。
【0016】
この製造方法において原料として用いられる化学式1のボラジン化合物は、下記化学式3:
【0017】
【化3】

【0018】
で表されるボラジン化合物と、第2のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させることにより合成されうる。このように、第2のアルケン化合物は、化学式3のボラジン化合物のホウ素(B)原子上に有機基(R)を導入しうる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、ホウ素(B)原子上に異なる置換基が導入されたB−アルキルボラジンを、選択的に合成することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態を説明する。
【0021】
[1.第1の形態]
本発明の第1の形態は、下記化学式1で表されるボラジン化合物と、第1のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させて、下記化学式2で表されるB−アルキルボラジンを合成する、B−アルキルボラジンの製造方法である。
【0022】
【化4】

【0023】
【化5】

【0024】
以下、本形態の製造方法について、詳細に説明する。
【0025】
[1.1 第1の原料(ボラジン化合物)]
まず、原料として用いられる、化学式1で表されるボラジン化合物を準備する。
【0026】
化学式1において、各Rは、それぞれ同一であってもよいし異なってもよく、水素原子または有機基である。Rは、各Rと同一であってもよいし異なってもよく、炭素数2以上の有機基である。Rを構成する有機基としては、例えば、炭素数1〜20個(好ましくは1〜8個、より好ましくは1〜4個、さらに好ましくは1個)の直鎖状または分岐状のアルキル基、炭素数3〜20個(好ましくは3〜8個、より好ましくは4〜7個、さらに好ましくは5〜6個)のシクロアルキル基、炭素数6〜20個(好ましくは6〜8個、より好ましくは6〜7個、さらに好ましくは6個)のアリール基、炭素数7〜20個(好ましくは7〜8個、より好ましくは7個)のアラルキル基、炭素数1〜20個(好ましくは2〜8個、より好ましくは2〜4個、さらに好ましくは2個)のアシル基、炭素数2〜20個(好ましくは2〜8個、より好ましくは2〜4個、さらに好ましくは2個)のアルケニル基、炭素数2〜20個(好ましくは2〜8個、より好ましくは2〜4個、さらに好ましくは2個)のアルキニル基などが挙げられる。なお、これらの有機基は、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、ヒドロキシアルコキシ基、アルコキシアルコキシ基、ハロゲン化アルコキシ基、ニトロ基(−NO)、アミノ基(−NH)、アルキルアミノ基、アルコキシカルボニル基、アルキルアミノカルボニル基、アルコキシスルホニル基などで置換されていてもよい。また、Rを構成する有機基は、「−CHR−CHR」構造を有すること以外は、Rについて上述した形態が好適に採用されうる。これは、以下の例示についても同様である(例えば、メチル基などはRにはなりえない)。
【0027】
やRを構成するアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、イソブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、2−エチルヘキシル基、テトラデシル基、オクタデシル基、イコシル基などが挙げられる。また、シクロアルキル基としては、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基などが挙げられる。アリール基としては、フェニル基、フェネチル基、o−,m−もしくはp−トリル基、2,3−もしくは2,4−キシリル基、メシチル基、ナフチル基、アントリル基、フェナントリル基、ビフェニリル基、ベンズヒドリル基、トリチル基、ピレニル基などが挙げられる。アラルキル基としては、ベンジル基などが挙げられる。アシル基としては、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、ベンゾイル基などが挙げられる。アルケニル基としては、ビニル基、アリル基、プロペニル基などが挙げられる。アルキニル基としては、アセチレニル基、1−プロピニル基、2−プロピニル基、1−ブチニル基、2−ブチニル基、3−ブチニル基などが挙げられる。
【0028】
化学式1で表されるボラジン化合物としては、上述したRおよびRが任意に組み合わされてなる各種の化合物が用いられうる。化学式1で表されるボラジン化合物としては、例えば、以下の化合物が挙げられる。ただし、これらのみには限定されない。
【0029】
B−エチル−N,N’,N”−トリメチルボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリメチルボラジン、B−(n−ブチル)−N,N’,N”−トリメチルボラジン、B−ヘキシル−N,N’,N”−トリメチルボラジン、B−シクロヘキシル−N,N’,N”−トリメチルボラジン;B−エチル−N,N’,N”−トリエチルボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリエチルボラジン、B−(n−ブチル)−N,N’,N”−トリエチルボラジン、B−ヘキシル−N,N’,N”−トリエチルボラジン、B−シクロヘキシル−N,N’,N”−トリエチルボラジン;B−エチル−N,N’,N”−トリ(n−プロピル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(n−プロピル)ボラジン、B−(n−ブチル)−N,N’,N”−トリ(n−プロピル)ボラジン、B−ヘキシル−N,N’,N”−トリ(n−プロピル)ボラジン、B−シクロヘキシル−N,N’,N”−トリ(n−プロピル)ボラジン;B−エチル−N,N’,N”−トリ(iso−プロピル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(iso−プロピル)ボラジン、B−(n−ブチル)−N,N’,N”−トリ(iso−プロピル)ボラジン、B−ヘキシル−N,N’,N”−トリ(iso−プロピル)ボラジン、B−シクロヘキシル−N,N’,N”−トリ(iso−プロピル)ボラジン;B−エチル−N,N’,N”−トリ(n−ブチル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(n−ブチル)ボラジン、B−(n−ブチル)−N,N’,N”−トリ(n−ブチル)ボラジン、B−ヘキシル−N,N’,N”−トリ(n−ブチル)ボラジン、B−シクロヘキシル−N,N’,N”−トリ(n−ブチル)ボラジン;B−エチル−N,N’,N”−トリ(sec−ブチル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(sec−ブチル)ボラジン、B−(n−ブチル)−N,N’,N”−トリ(sec−ブチル)ボラジン、B−ヘキシル−N,N’,N”−トリ(sec−ブチル)ボラジン、B−シクロヘキシル−N,N’,N”−トリ(sec−ブチル)ボラジン;B−エチル−N,N’,N”−トリ(iso−ブチル)ボラジン、B−プロピル−N,N’,N”−トリ(iso−ブチル)ボラジン、B−(n−ブチル)−N,N’,N”−トリ(iso−ブチル)ボラジン、B−ヘキシル−N,N’,N”−トリ(iso−ブチル)ボラジン、B−シクロヘキシル−N,N’,N”−トリ(iso−ブチル)ボラジン;B−エチル−N,N’,N”−トリ(tert−ブチル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(tert−ブチル)ボラジン、B−エチル−N,N’,N”−トリ(1−メチルブチル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(1−メチルブチル)ボラジン、B−エチル−N,N’,N”−トリ(2−メチルブチル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(2−メチルブチル)ボラジン、B−エチル−N,N’,N”−トリ(neo−ペンチル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(neo−ペンチル)ボラジン、B−エチル−N,N’,N”−トリ(1,2−ジメチルプロピル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(1,2−ジメチルプロピル)ボラジン、B−エチル−N,N’,N”−トリ(1−エチルプロピル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(1−エチルプロピル)ボラジン、B−エチル−N,N’,N”−トリ(n−ヘキシル)ボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリ(n−ヘキシル)ボラジン、B−エチル−N,N’,N”−トリシクロヘキシルボラジン、B−(n−プロピル)−N,N’,N”−トリシクロヘキシルボラジン。
【0030】
上述した形態のうち、Rはそれぞれ、アルキル基、シクロアルキル基、アリール基、またはアラルキル基であることが好ましく、アルキル基またはシクロアルキル基であることが特に好ましい。また、Rは、アルキル基またはシクロアルキル基であることが特に好ましい。なお、これら以外の基がRやRとして用いられてもよい。
【0031】
[第1の原料(ボラジン化合物)の入手方法(製造方法)]
化学式1で表されるボラジン化合物の入手方法については、特に限定されない。ボラジン化合物としては、自ら合成したものを用いてもよいし、市販されているボラジン化合物を用いてもよい。なお、自ら合成したボラジン化合物が本発明の製造方法の原料として用いられる場合、ボラジン化合物の合成方法により本発明の技術的範囲が限定されることはない。ここで、上記の化学式1で表されるボラジン化合物は、例えば、下記化学式3:
【0032】
【化6】

【0033】
で表されるボラジン化合物と、第2のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させることにより合成されうる。以下、かような手法により化学式1で表されるボラジン化合物を合成する手法につき、詳細に説明する。
【0034】
まず、原料として用いられる、化学式3で表されるボラジン化合物を準備する。
【0035】
化学式1において、各Rは、それぞれ同一であってもよいし異なってもよく、水素原子または有機基である。Rが有機基である場合の具体的な形態については、上述した通りであるため、ここでは詳細な説明を省略する。化学式1で表されるボラジン化合物に対応するように置換基Rが導入されてなるボラジン化合物を、化学式3の化合物として準備すればよい。なお、化学式3で表されるボラジン化合物としては、従来公知の手法により合成されたものを用いてもよいし、市販品が存在する場合には当該市販品を用いてもよい。
【0036】
化学式3で表されるボラジン化合物の例としては、例えば、ボラジン、N,N’,N”−トリメチルボラジン、N,N’,N”−トリエチルボラジン、N,N’,N”−トリ(n−プロピル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(iso−プロピル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(n−ブチル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(sec−ブチル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(iso−ブチル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(tert−ブチル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(1−メチルブチル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(2−メチルブチル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(neo−ペンチル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(1,2−ジメチルプロピル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(1−エチルプロピル)ボラジン、N,N’,N”−トリ(n−ヘキシル)ボラジン、N,N’,N”−トリシクロヘキシルボラジン、N,N’−ジメチル−N”−エチルボラジン、N,N’−ジエチル−N”−メチルボラジン、N,N’−ジメチル−N”−プロピルボラジンなどが挙げられる。なお、ボラジン化合物の耐水性等の化学的安定性を考慮すると、化学式3で表されるボラジン化合物は、3つのRのうち、少なくとも1つが有機基である(水素原子でない)ボラジン(N−置換ボラジン)であることが好ましく、3つのRのすべてが有機基である(水素原子でない)ボラジン(すなわち、ボラジン環骨格の3つの窒素原子のすべてに有機基が結合したボラジン)であることがより好ましい。
【0037】
また、N−置換ボラジンのなかでも、液状化合物であることから取扱い性にも優れ、かつ耐水性にも優れるという観点から、ボラジン化合物は、Rの少なくとも1つがアルキル基である、N−アルキルボラジンであることがさらに好ましく、3つのRのすべてがアルキル基であるN,N’,N”−トリアルキルボラジン(「N−トリアルキルボラジン」とも称する)であることが特に好ましい。
【0038】
一方、第2のアルケン化合物を準備する。化学式1のボラジン化合物の構造からもわかるように、第2のアルケン化合物は、化学式3のボラジン化合物の1つのホウ素(B)原子上に有機基(R)を導入しうるものである。このため、第2のアルケン化合物は、炭素間の二重結合(C=C)を少なくとも1つ有し、ボラジン環を構成するホウ素(B)原子に結合している水素を有機基(R)で置換可能であれば特に限定されず、化学式1で表されるボラジン化合物において導入を希望するRに対応する構造を有するアルケン化合物を、第2のアルケン化合物として準備すればよい。かような形態からわかるように、化学式1のボラジン化合物における有機基(R)は第2のアルケン化合物に由来する基である。例えば、第2のアルケン化合物が「R−HC=CH」なる構造を有する場合、Rの構造は「−CH−CH−R」となる。
【0039】
第2のアルケン化合物の例としては、例えば、エチレン、プロペン、1−ブテン、cis−2−ブテン、trans−2−ブテン、2−メチルプロペン、1−ペンテン、cis−2−ペンテン、trans−2−ペンテン、2−メチル−1−ブテン、3−メチル−1−ブテン、2−メチル−2−ブテン、1−ヘキセン、シクロヘキセン、スチレン、α−メチルスチレン、1,3−ブタジエン、1,5−ヘキサジエンなどが挙げられる。
【0040】
ボラジン化合物とアルケン化合物との反応のメカニズムは、明らかではないが、触媒を媒介してボラジン化合物とアルケン化合物とが結合した中間体が生成し、その後、ボラジン化合物のホウ素(B)原子とアルケン化合物とが直接結合すると推測される。
【0041】
この反応の具体的な形態(例えば、反応温度、反応時間、反応圧力、溶媒、触媒、金属錯体の配位子となる化合物など)については、後述する「1.3 反応」の欄に記載される形態が同様に採用されうる。
【0042】
ただし、反応原料(化学式3のボラジン化合物および第2のアルケン化合物)の仕込み量の制御形態については、後述する形態のものとは異なる。これは、後述する形態における反応が、化学式1で表されるボラジン化合物における2つのB−H結合部位(非置換のホウ素原子)の双方に、第1のアルケン化合物由来の有機基(R)を導入するというものであるのに対し、第1の原料としてのボラジン化合物を得る際には、化学式3のボラジン化合物における3つのB−H結合部位(非置換のホウ素原子)の1つのみに、第2のアルケン化合物由来の有機基(R)を導入すればよいためである。かような観点から、本形態におけるボラジン化合物(化学式3)に対する第2のアルケン化合物の使用量は、ボラジン化合物の構造を考慮して決定されるとよい。ここで、化学式3のボラジン化合物と第2のアルケン化合物とから化学式1のボラジン化合物を合成する反応において、理論上は、1モルのボラジン化合物(化学式3)に対して、第2のアルケン化合物を1モル存在させることが好ましいと考えられるかもしれない。しかしながら、本発明者らの検討によれば、化学式3のボラジン化合物と第2のアルケン化合物とを等モル量存在させて反応を行なうと、生成した化学式1のB−モノ置換体がさらにアルケン化合物と反応し、B−ジ置換体や場合によってはB−トリ置換体が同時に生成してしまうことが判明した(後述する参考例を参照)。これらのB−ジ置換体やB−トリ置換体は、たとえ反応混合物から分離できたとしても、B−非置換体やB−モノ置換体へと戻すことは非常に困難であり、本工程においては廃棄物となってしまう。
【0043】
かような観点から、本工程の反応においては、第2のアルケン化合物に対して、化学式3のボラジン化合物を過剰量存在させることが好ましい。具体的には、第2のアルケン化合物1モルに対して、化学式3のボラジン化合物を好ましくは1.1〜10モル、より好ましくは1.3〜7モル、さらに好ましくは1.5〜5モル、特に好ましくは1.8〜4モル、最も好ましくは2〜3モル存在させるとよい。かような形態によれば、B−ジ置換体やB−トリ置換体といった副生成物の生成が抑制され、B−モノ置換体のみを選択的に合成することが可能となる。なお、かような形態では、アルケン化合物の使用量が化学量論量よりも少ないため、未反応の原料ボラジン化合物(化学式3)がある程度残存する。上述したようにB−ジ置換体やB−トリ置換体をB−非置換体やB−モノ置換体へと戻すことは非常に困難であるが、未反応原料(すなわち、B−非置換体)が残存する分には、リサイクルによって次回の合成に用いることが可能となるため、特段の問題は生じない。
【0044】
あるいは、反応原料の使用量とは無関係に、化学式3のボラジン化合物と第2のアルケン化合物との反応を初期段階において停止させることによっても、B−モノ置換体を選択的に合成することが可能である。具体的には、化学式3のボラジン化合物の転化率(仕込み原料のうち、反応によって他の化合物へと変換されたものの割合(%))が、好ましくは60%以下の時点で、より好ましくは50%以下の時点で、さらに好ましくは40%以下の時点で、反応を停止させればよい。かような形態によっても、上述した仕込み量を制御する形態と同様に、化学式1のボラジン化合物のみを選択的に合成することが可能となる。
【0045】
なお、上述した化学式1のボラジン化合物の好ましい調製形態によれば、B−モノ置換体である当該化合物が選択的に合成されうる。したがって、B−ジ置換体やB−トリ置換体との分離操作が必要とされないため、簡便である。また、化学式1のボラジン化合物(B−モノ置換体)と分離された原料ボラジン化合物(化学式3)は回収され、次回の合成時の原料等として用いられうるため、トータルでの反応効率を向上させることにもつながるという利点がある。
【0046】
なお、本形態の製造方法は、単一のB−アルキルボラジンの合成を目的としていることから、化学式1のボラジン化合物として、1種のみが用いられる。
【0047】
[1.2 第2の原料(アルケン化合物)]
一方、第2の原料として用いられる、第1のアルケン化合物を準備する。化学式2のボラジン化合物の構造からもわかるように、第1のアルケン化合物は、化学式2のボラジン化合物の2つのホウ素(B)原子上に有機基(R)を導入しうるものである。このため、第1のアルケン化合物は、炭素間の二重結合(C=C)を少なくとも1つ有し、ボラジン環を構成するホウ素(B)原子に結合している水素を有機基(R)で置換可能であれば特に限定されず、化学式2で表されるボラジン化合物において導入を希望するRに対応する構造を有するアルケン化合物を、第1のアルケン化合物として準備すればよい。かような形態からわかるように、化学式2のボラジン化合物における有機基(R)は第1のアルケン化合物に由来する基である。例えば、第1のアルケン化合物が「R−HC=CH」なる構造を有する場合、Rの構造は「−CH−CH−R」となる。
【0048】
化学式2において、Rは、炭素数2以上の有機基である。Rの具体的な形態については、第2のアルケン化合物由来の基として上述した「R」と同様である。よって、第1のアルケン化合物の具体的な形態についても、上述した「第2のアルケン化合物」と同様である。したがって、ここではこれらについての詳細な説明を省略する。ただし、本形態の製造方法は、化学式1の原料B−アルキルボラジン化合物の有するホウ素(B)原子上の有機基(−R)と、第2の原料である第1のアルケン化合物を由来として導入される有機基(−R)とが異なる場合に、選択的な合成を可能とするという効果が顕著に発現しうる。かような観点から、本形態において、RとRとは異なる(すなわち、第1のアルケン化合物が、第2のアルケン化合物とは異なる)ものであることが好ましい。なお、本形態の製造方法は、単一のB−アルキルボラジンの合成を目的としていることから、第1のアルケン化合物として、1種のみが用いられる。
【0049】
[1.3 反応]
本形態(第1の形態)においては、上記で準備した、化学式1で表されるボラジン化合物(B−モノ置換体)と、第1のアルケン化合物とを、触媒の存在下で反応させる。これにより、化学式2で表されるB−アルキルボラジンを合成する。
【0050】
化学式1のボラジン化合物と第1のアルケン化合物との反応においては、触媒が用いられる。触媒は、ボラジン化合物とアルケン化合物との反応を促進する機能を有していれば、特に限定されない。触媒としては、触媒活性の点からは、コバルト(Co)、ロジウム(Rh)、ルテニウム(Ru)、イリジウム(Ir)、ニッケル(Ni)、パラジウム(Pd)、白金(Pt)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、ランタノイド(La、Sm等)などの金属触媒が好ましい。より具体的には、RhCl(PPh、RhCl(CO)(PPh、RhH(CO)(PPh、[RhCl(C12)]、[Rh(C12)dppp]BF(dppp=PhPCHCHCHPPh)、[Rh(C12)dppp]PF、[Rh(C12)dppp]OTf(OTf=SOCF)、[Rh(C12)dppp]ClO、[IrCl(C12)]、IrCl(CO)(PPh、IrH(CO)(PPh、NiCldppe(dppe=PhPCHCHPPh)、Pd(PPh、PdCl(PPh、Pt(PPh、Pt(PhCH=CHCOCH=CHPh)、PtCl(P−n−Bu、RuH(CO)(PPh、RuHCl(PPh、RuHCl(CO)(PPh、RuCl(PPh、CpTi(CO)(Cp=C)CpTiMe、CpZrClH、Sm(CMe(thf)、SmIなどが挙げられる。
【0051】
触媒の使用量は、触媒の種類によって異なるが、化学式1のボラジン化合物の使用量1モルに対して0.0001〜0.1モル程度の触媒を用いるとよい。この範囲の触媒を用いることによって、反応が効果的に促進されうる。
【0052】
化学式1のボラジン化合物と第1のアルケン化合物との反応は、金属触媒としての金属錯体の配位子となる化合物の存在下で行なうことが好ましい。金属錯体の配位子となる化合物を反応系中に添加して反応を進行させることによって、製造される化学式2で表されるボラジン化合物の収率を向上させうる。金属触媒としての金属錯体の配位子となる化合物としては、リン配位子、窒素配位子、炭素配位子、酸素配位子などが利用でき、具体的には、トリフェニルホスフィン(PPh)、1,1−ビス(ジフェニルホスフィノ)メタン(PhPCHPPh)、1,2−ビス(ジフェニルホスフィノ)エタン(PhPCHCHPPh)、1,3−ビス(ジフェニルホスフィノ)プロパン(PhPCHCHCHPPh)、1,4−ビス(ジフェニルホスフィノ)ブタン(PhPCHCHCHCHPPh)、PMePh、P(OMe)Ph、P(OMe)Ph、P(OMe)、PEtPH、P(OEt)PH、P(OEt)PH、P(OEt)、MePCHCHCHPMe、2,2’−ビピリジン、1,5−シクロオクタジエン、ノルボルナジエン、シクロペンタジエニル配位子(C)、一酸化炭素、テトラヒドロフランなどが挙げられる。
【0053】
上述の「金属錯体の配位子となる化合物」を添加する場合、その添加量は種類によって異なり、特に限定されない。一般的には、金属錯体の配位子となる化合物は、金属触媒(金属錯体)1モルに対して0.5〜3.0モル当量が好ましい。
【0054】
化学式1のボラジン化合物と第1のアルケン化合物とを反応させて、化学式2のB−アルキルボラジン化合物を合成する際の反応条件は、特に限定されない。ボラジン化合物および触媒は、溶媒中に含有されてもよい。用いられる溶媒としては、特に限定されないが、トルエン、キシレンなどの芳香族化合物が挙げられる。化学式1で表されるボラジン化合物を反応させる場合、芳香族化合物を溶媒として用いることによって、反応熱を効率よく除去することが可能である。なお、溶媒を用いずにボラジン化合物とアルケン化合物との反応を進行させてもよい。溶媒を用いずに反応させた場合、原料コストの削減、反応装置の簡略化などが達成されうる。
【0055】
溶媒を用いて反応を進行させる場合に用いられる溶媒量についても、特に限定されないが、少なすぎると、溶媒による反応熱の除去が効果的でなくなる虞がある。また、溶媒が多すぎると、製造コストが上昇する問題や、反応後の溶媒除去処理に要する手間が増大する問題が生じる虞がある。これらを考慮すると、溶媒量は、好ましくは、化学式1のボラジン化合物に対して0.1〜100質量倍である。
【0056】
圧力条件および温度条件は、用いるボラジン化合物およびアルケン化合物の種類に応じて、制御されるとよい。化学式1で表されるボラジン化合物は、各窒素原子にアルキル基が結合している構造を有するため、アルケン化合物との反応に関して立体障害が大きくなる可能性がある。この推測を考慮すると、圧力および/または温度が高い条件下で反応させることが好ましい。反応温度は、好ましくは−196〜200℃であり、より好ましくは−78〜100℃であり、さらに好ましくは−20〜100℃であり、特に好ましくは0〜90℃である。上記範囲の温度で反応を進行させることによって、立体障害などの反応の進行を妨げる理由が存在する場合であっても、反応を効率的に進行させうる。反応温度は、K熱電対などの温度センサーを用いて測定されうる。
【0057】
本形態の反応では、化学式1で表されるボラジン化合物における2つのB−H結合部位(非置換のホウ素原子)の双方に、第1のアルケン化合物由来の有機基を導入する。したがって、反応原料(化学式1のボラジン化合物および第1のアルケン化合物)の仕込み量を制御するとよい。具体的には、本形態においては、反応を確実に進行させるという観点から、原料ボラジン化合物(化学式1)に対して、第1のアルケン化合物を2モル倍以上の量存在させた状態で、反応を開始すればよい。より具体的には、本反応における第1のアルケン化合物の仕込み量は、ボラジン化合物(化学式1)1モルに対して、2〜10モル程度であればよく、好ましくは3〜8モルであり、より好ましくは3.5〜6モルである。
【0058】
上述した手法によって合成された、化学式2で表されるB−アルキルボラジン化合物は、精製されることが好ましい。精製の方法については、蒸留精製や昇華精製などの公知の精製法から、適宜選択されればよい。
【0059】
蒸留精製の手法については、目的物であるB−アルキルボラジン化合物(化学式2)と、不純物とを分離可能であれば、特に限定されない。蒸留精製に先立って、有機合成の分野で一般的な処理が行なわれてもよい。例えば、反応溶液は、濾過され、エバポレータを用いて濃縮される。
【0060】
蒸留精製装置の大きさや種類は、本発明が適用される環境や規模に応じて決定されればよい。例えば、大量の粗製物を処理するのであれば、工業的規模の蒸留塔が用いられうる。少量の粗製物を処理するのであれば、蒸留管を用いた蒸留精製が用いられうる。例えば、少量の粗製物を処理する蒸留装置の具体例としては、3つ口フラスコにクライゼン型の連結管でリービッヒ冷却管を取り付けた蒸留装置が用いられうる。ただし、このような蒸留装置を用いる実施形態に、本発明の技術的範囲が限定されるわけではない。
【0061】
昇華精製とは、化合物の昇華温度の差を用いて、不純物と目的物とを分離する精製法である。昇華精製の態様については、特に限定されない。精製の対象となるボラジン化合物の製造規模や製造環境などに応じて、適宜、昇華精製装置の形態が選択されればよい。ガスをフローし、温度調節を厳密に行うことによって、得られる目的物の純度が向上しうる。
【0062】
なお、上述した好ましい形態である化学式1のボラジン化合物を選択的に合成した後にこれを本反応に用いるという形態によれば、最終的に得られるB−アルキルボラジン(化学式2)の純度を高めることが可能であるという利点がある。
【0063】
[2.第2の形態]
本発明の第2の形態は、下記化学式1:
【0064】
【化7】

【0065】
で表されるボラジン化合物と、第1のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させて、下記化学式4:
【0066】
【化8】

【0067】
で表されるB−アルキルボラジンを合成する、B−アルキルボラジンの製造方法である。
【0068】
[2.1 原料]
本形態(第2の形態)において、原料として用いられるボラジン化合物(化学式1)および第1のアルケン化合物の具体的な形態としては、上述した第1の形態の欄において説明した形態が同様に採用されうる。なお、本形態の製造方法は、単一のB−アルキルボラジンの合成を目的としていることから、ボラジン化合物(化学式1)および第1のアルケン化合物として、それぞれ1種のみが用いられる。
【0069】
[2.2 反応]
本形態(第2の形態)においては、上記で準備した、化学式1で表されるボラジン化合物(B−モノ置換体)と、第1のアルケン化合物とを、触媒の存在下で反応させる。これにより、化学式4で表されるB−アルキルボラジン(B−ジ置換体)を合成する。
【0070】
この反応の具体的な形態(例えば、反応温度、反応時間、反応圧力、溶媒、触媒、金属錯体の配位子となる化合物など)については、上述した第1の形態の欄において説明した形態が同様に採用されうる。
【0071】
本形態(第2の形態)の反応についての、第1の形態の反応との相違点は、本形態においては化学式1のボラジン化合物の有する2つのB−H結合部位(非置換のホウ素原子)の一方のみに、第1のアルケン化合物由来のアルキル基を導入するという点にある。
【0072】
上述した第1の形態では、化学式1のボラジン化合物の有する2つのB−H結合部位(非置換のホウ素原子)の双方に、第1のアルケン化合物由来のアルキル基を導入していた。このため、ボラジン化合物(化学式1)1モルに対して2モル以上の第1のアルケン化合物の仕込みが必須であった。これに対し、本形態(第2の形態)では、ボラジン化合物の2つのB−H結合部位の一方のみにアルキル基を導入するため、第1のアルケン化合物の仕込み量および/または反応の進行を制御することが好ましい。具体的には、上述した第1の形態において、化学式1のボラジン化合物を選択的に合成するための手法として説明したように、ボラジン化合物(化学式1)を、第1のアルケン化合物に対して過剰量存在させるか、あるいは、ボラジン化合物(化学式1)と第1のアルケン化合物との反応を初期段階において停止させるという形態が採用されうる。これらの具体的な形態については、上述した通りであるため、ここでは詳細な説明を省略する。なお、本形態の製造方法は、化学式1の原料B−アルキルボラジン化合物の有するアルキル基(−R)と、第2の原料である第1のアルケン化合物を由来として導入される有機基(−R)とが異なる場合に、選択的な合成を可能とするという効果が顕著に発現しうる。かような観点から、本形態において、RとRとは異なる(すなわち、第1のアルケン化合物が、第2のアルケン化合物とは異なる)ものであることが好ましい。
【0073】
得られたB−アルキルボラジン(化学式4)については、やはり上述したような形態によって、必要に応じて精製処理を施してもよい。
【0074】
[2.3 追加の工程]
本形態(第2の形態)において合成された化学式4で表されるB−アルキルボラジン(B−ジ置換体)は、1つのB−H結合部位を有する。したがって、本形態によって化学式4で表されるボラジン化合物を合成した後、この化合物(化学式4)と、第3のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させると、下記化学式5:
【0075】
【化9】

【0076】
で表されるB−アルキルボラジンを合成することができる。化学式5のB−アルキルボラジンは、ボラジン環を構成する3つのホウ素原子が、それぞれ異なるアルキル置換基によって置換された構造を有する。上述したように、第2の形態によれば、化学式4で表される化合物が選択的に合成される。したがって、第2の形態によって化学式4のB−アルキルボラジンを選択的に合成した後にこれを当該反応に用いるという形態によれば、最終的に得られるB−アルキルボラジン(化学式5)の純度を高めることが可能であるという利点がある。なお、本形態の製造方法は、化学式4のB−アルキルボラジン化合物の有する2つの有機基(−Rおよび−R)と、第2の原料である第3のアルケン化合物を由来として導入される有機基(−R)とが異なる場合に、選択的な合成を可能とするという効果が顕著に発現しうる。かような観点から、本形態において、Rは、RおよびRの少なくとも一方と異なる(すなわち、第3のアルケン化合物が、上述した第1および第2のアルケン化合物の少なくとも一方と異なる)ものであることが好ましく、RおよびRの双方と異なる(すなわち、第3のアルケン化合物が、上述した第1および第2のアルケン化合物の双方と異なる)ものであることがより好ましい。
【0077】
[第3の形態]
本発明の第3の形態は、下記化学式1:
【0078】
【化10】

【0079】
で表されるボラジン化合物と、第2のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させて、下記化学式6:
【0080】
【化11】

【0081】
で表されるB−アルキルボラジンを合成する、B−アルキルボラジンの製造方法である。本形態によれば、同一のアルキル基が2つ、ホウ素(B)原子上に導入されたB−アルキルボラジン(B−ジ置換体)が合成される。
【0082】
[3.1 原料]
本形態(第3の形態)において、原料として用いられるボラジン化合物(化学式1)の具体的な形態としては、上述した第1の形態の欄において説明した形態が同様に採用されうる。また、本形態において他の原料として用いられる第2のアルケン化合物の具体的な形態についても、上述した第1の形態において原料として用いられるボラジン化合物(化学式1)のそのまた合成原料として説明したアルケン化合物と同様である。なお、本形態の製造方法は、単一のB−アルキルボラジンの合成を目的としていることから、ボラジン化合物(化学式1)および第2のアルケン化合物として、それぞれ1種のみが用いられる。
【0083】
[3.2 反応]
本形態(第3の形態)においては、上記で準備した、化学式1で表されるボラジン化合物(B−モノ置換体)と、第2のアルケン化合物とを、触媒の存在下で反応させる。これにより、化学式6で表されるB−アルキルボラジン(B−ジ置換体)を合成する。
【0084】
この反応の具体的な形態(例えば、反応温度、反応時間、反応圧力、溶媒、触媒、金属錯体の配位子となる化合物など)については、上述した第1の形態の欄において説明した形態が同様に採用されうる。
【0085】
本形態(第3の形態)の反応についての、第2の形態の反応との相違点は、本形態においては化学式1のボラジン化合物の有する2つのB−H結合部位(非置換のホウ素原子)の一方のみに、化学式1のボラジン化合物が既に有するアルキル基と同一のアルキル基を導入するという点にある。
【0086】
したがって、原料として用いるアルケン化合物が異なるということ以外は、上述した第2の形態と同様の手法が、本形態においても用いられうる。つまり、本形態(第3の形態)においても、ボラジン化合物の2つのB−H結合部位の一方のみに有機基を導入するため、第2のアルケン化合物の仕込み量および/または反応の進行を制御することが好ましい。具体的には、上述した第1の形態において、化学式1のボラジン化合物を選択的に合成するための手法として説明したように、ボラジン化合物(化学式1)を、第2のアルケン化合物に対して過剰量存在させるか、あるいは、ボラジン化合物(化学式1)と第2のアルケン化合物との反応を初期段階において停止させるという形態が採用されうる。これらの具体的な形態については、上述した通りであるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0087】
得られたB−アルキルボラジン(化学式6)については、やはり上述したような形態によって、必要に応じて精製処理を施してもよい。
【0088】
[3.3 追加の工程]
本形態(第3の形態)において合成された化学式6で表されるB−アルキルボラジン(B−ジ置換体)は、1つのB−H結合部位を有する。したがって、本形態によって化学式6で表されるボラジン化合物を合成した後、この化合物(化学式6)と、第1のアルケン化合物とを、
触媒存在下で反応させると、下記化学式7:
【0089】
【化12】

【0090】
で表されるB−アルキルボラジンを合成することができる。化学式7のB−アルキルボラジンは、ボラジン環を構成する3つのホウ素原子の2つに同一の置換基(アルキル基)が導入され、残りの2つに他の置換基(アルキル基)が導入された構造を有する。上述したように、第3の形態によれば、化学式6で表される化合物が選択的に合成される。したがって、第3の形態によって化学式6のB−アルキルボラジンを選択的に合成した後にこれを当該反応に用いるという形態によれば、最終的に得られるB−アルキルボラジン(化学式7)の純度を高めることが可能であるという利点がある。なお、本形態の製造方法は、化学式6のB−アルキルボラジン化合物の有する2つの有機基(−R)と、第2の原料である第1のアルケン化合物を由来として導入される有機基(−R)とが異なる場合に、選択的な合成を可能とするという効果が顕著に発現しうる。かような観点から、本形態において、RとRとは異なる(すなわち、第1のアルケン化合物は、第2のアルケン化合物とは異なる)ものであることが好ましい。
【0091】
[4.B−アルキルボラジンの用途]
本発明の製造方法によって製造されたB−アルキルボラジンは、特に限定されないが、半導体用層間絶縁膜、バリアメタル層、エッチストッパー層などの形成に用いられうる。その際には、B−アルキルボラジンがそのまま用いられてもよいし、B−アルキルボラジンに改変を加えた化合物が用いられてもよい。B−アルキルボラジンまたはB−アルキルボラジンの誘導体を重合させた重合体を、半導体用層間絶縁膜、バリアメタル層またはエッチストッパー層の原料として用いてもよい。
【0092】
重合体は、ボラジン環骨格を有する化合物をモノマーとして用いて形成されうる。重合方法や重合形態は特に限定されない。重合方法は、ボラジン環に結合している官能基によって、選択される。例えば、アミノ基が結合している場合には、縮重合によって重合体が合成されうる。ボラジン環にビニル基またはビニル基を含む官能基が結合している場合には、重合開始剤を用いたラジカル重合によって、重合体が形成されうる。重合体は、ホモポリマーであってよく、2以上のモノマーユニットからなる共重合体であってもよい。共重合体の形態は、ランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体などのいずれでもよい。他のモノマーと結合を形成しうる官能基を3つ以上有するモノマーを用いれば、モノマーがネットワーク状に結合した重合体を得ることも可能である。
【0093】
続いて、半導体用層間絶縁膜、バリアメタル層またはエッチストッパー層を形成する方法について説明する。なお、以下の説明においては、「B−アルキルボラジン」、「B−アルキルボラジンの誘導体」および「これらに起因する重合体」をまとめて、「ボラジン環含有化合物」と称する。
【0094】
ボラジン環含有化合物を用いて、半導体用層間絶縁膜、バリアメタル層またはエッチストッパー層を形成するには、ボラジン環含有化合物を含む溶液状またはスラリー状の組成物を調製し、これを塗布することによって、塗膜を形成する手法が用いられうる。その際に用いられる、ボラジン環含有化合物を溶解または分散させる溶媒は、ボラジン環含有化合物や、必要に応じて添加される他の成分を溶解し得るものであれば特に制限されない。溶媒としては、例えば、エチレングリコール、エチレングリコールモノメチルエーテル等のアルコール類;トルエン、ベンゼン、キシレン等の芳香族炭化水素類;ヘキサン、ヘプタン、オクタン等の炭化水素類;テトラヒドロフラン、ジグライム、テトラグライムなどが用いられ得る。これらは、1種単独で使用しても良いし、2種以上を混合して用いてもよい。スピンコーティングを用いて成膜する場合には、ジグライムが好ましい。ジグライムまたはその誘導体を溶媒として用いると、製造される膜の均一性が向上する。また、膜の白濁が防止されうる。ボラジン環含有化合物を溶解または分散させる溶媒の使用量は、特に制限されるべきものではなく、低誘電材料の製造手段に応じて決定すればよい。例えば、スピンコーティングにより成膜する場合には、スピンコーティングに適した粘度になるよう、溶媒および溶媒量を決定すればよい。
【0095】
ボラジン環含有化合物を含む組成物は、所望する部位に供給され、乾燥することにより、固化される。例えば、半導体用層間絶縁膜を形成するには、スピンコーティングにより、基板上に塗布し、乾燥させればよい。一度のコーティングおよび乾燥では所望する厚さの被膜が得られない場合には、コーティングおよび乾燥を、所望の厚さになるまで繰り返しても良い。スピンコーターの回転数、乾燥温度および乾燥時間などの成膜条件は、特に限定されない。
【0096】
基板への塗布は、スピンコーティング以外の手法を用いてもよい。例えば、スプレーコーティング、ディップコーティングなどが用いられ得る。
【0097】
その後、塗膜を乾燥する。塗膜の乾燥温度は、通常、100〜250℃程度である。ここでいう乾燥温度とは、乾燥処理をする際の温度の最高温度を意味する。例えば、乾燥温度を徐々に上昇させ、100℃で30分維持し、その後、冷却した場合の乾燥温度は100℃である。焼成温度は熱電対を用いて測定されうる。塗膜の乾燥時間については、特に限定されない。得られる低誘電材料についての、誘電率、耐湿性等の特性を考慮して、適宜決定すればよい。
【実施例】
【0098】
以下、実施例および比較例を用いて、本発明の洗浄方法の作用効果をより具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、下記の形態によって制限を受けることはない。
【0099】
[参考例1]
充分に窒素置換した反応容器に、[RhCl(coe)(1.1g)、PBu(0.17g)、溶媒としてトルエン(250mL)、並びに、N,N’,N”−トリメチルボラジン(TMB)(12.2g、0.10モル)およびアルケン化合物として1−ヘキセン(3.4g、0.04モル)を加え、50℃にて24時間反応させた。なお、反応原料であるTMBと1−ヘキセンとの仕込みモル比(TMB/1−ヘキセン)は、2.5である。
【0100】
反応後の反応溶液を分析した結果、TMBの転化率、および各種のB−置換体の生成比は下記の表1に示す値であった。
【0101】
[比較参考例1]
1−ヘキセンの仕込み量を8.4g(0.10モル)としたこと以外は、上述した参考例1と同様の手法により、反応を行なった。なお、反応原料であるTMBと1−ヘキセンとの仕込みモル比(TMB/1−ヘキセン)は、1.0である。
【0102】
反応後の反応溶液を分析した結果、TMBの転化率、および各種のB−置換体の生成比は下記の表1に示す値であった。
【0103】
[比較参考例2]
1−ヘキセンの仕込み量を10.5g(0.125モル)としたこと以外は、上述した参考例1と同様の手法により、反応を行なった。なお、反応原料であるTMBと1−ヘキセンとの仕込みモル比(TMB/1−ヘキセン)は、0.8である。
【0104】
反応後の反応溶液を分析した結果、TMBの転化率、および各種のB−置換体の生成比は下記の表1に示す値であった。
【0105】
【表1】

【0106】
表1に示すように、アルケン化合物(1−ヘキセン)に対して過剰量(モル量)のボラジン化合物(TMB)を仕込んで反応を行なうと、原料であるTMBの転化率が低い値に制御され、B−モノ置換体が選択的に合成されることが示される。
【0107】
[実施例]
(第1段階)
グローブボックス中で、反応容器に[RhCl(coe)(1.1g)、PBu(0.67g)、溶媒としてトルエン(250mL)、並びに、N,N’,N”−トリメチルボラジン(12.2g、0.1モル)およびアルケン化合物として1−ヘキセン(3.4g、0.04モル)を加え、50℃にて24時間反応させた。反応後の反応溶液を分析したところ、原料であるN,N’,N”−トリメチルボラジンの35%が消費され、生成物としてはN,N’,N”−トリメチル−B−へキシルボラジンのみが生成していた。反応溶液を蒸留することにより、目的化合物であるN,N’,N”−トリメチル−B−へキシルボラジン(5.8g)を得た。
【0108】
(第2段階)
グローブボックス中で、反応容器に[RhCl(coe)(0.28g)、PBu(0.17g)、溶媒としてトルエン(80mL)、並びに、N,N’,N”−トリメチル−B−へキシルボラジン(5.2g、0.025モル)およびアルケン化合物としてネオヘキセン(3,3−ジメチル−1−ブテン)(8.4g、0.1モル)を加え、50℃にて24時間反応させた。原料であるN,N’,N”−トリメチル−B−ヘキシルボラジンは完全に消失し、N,N’,N”−トリメチル−B−へキシル−B’,B”−ジネオへキシルボラジンが生成した。これを蒸留精製し、N,N’,N”−トリメチル−B−ヘキシル−B,B”−ジネオへキシルボラジン(7.5g)を得た。
【0109】
[比較例]
グローブボックス中、反応容器に[RhCl(coe)(1.1g)、PBu(0.17g)、溶媒としてトルエン(250mL)、並びに、N,N’,N”−トリメチルボラジン(12.2g、0.1モル)およびアルケン化合物として1−ヘキセン(3.4g、0.04モル)、およびネオへキセン(3,3−ジメチル−1−ブテン)(6.8g、0.08モル)を加え、50℃にて24時間反応させた。反応彼の反応溶液を分析したところ、N,N’N”−トリメチル−B,B’,B”−トリへキシルボラジン、N,N’,N”−トリメチル−B,B’−ジへキシル−B”−ネオへキシルボラジン、N,N’,N”−トリメチル−B−へキシル−B,B’ジネオへキシルボラジン、N,N’,N”−トリメチル−B,B’,B”−トリネオへキシルボラジンの4種のヘキサアルキルボラジン化合物が生成していることがわかった。また、この混合物から目的のN,N’,N”−トリメチル−B−へキシル−B’,B”−ジネオへキシルボラジンを分離することはできなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式1:
【化1】

式中、Rは、それぞれ独立して、水素原子または有機基であり、Rは、炭素数2以上の有機基である、
で表されるボラジン化合物と、第1のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させて、
下記化学式2:
【化2】

式中、RおよびRは、上記と同様の定義であり、Rは、それぞれ独立して、炭素数2以上の有機基である、
で表されるB−アルキルボラジンを合成する、B−アルキルボラジンの製造方法。
【請求項2】
下記化学式3:
【化3】

式中、Rは、それぞれ独立して、水素原子または有機基である、
で表されるボラジン化合物と、第2のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させて、前記化学式1で表されるボラジン化合物を合成した後、
前記化学式1で表されるボラジン化合物と前記第1のアルケン化合物とを反応させて、前記化学式2で表されるボラジン化合物を合成する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記化学式1で表されるボラジン化合物を合成する際に、前記第2のアルケン化合物に対して、前記化学式3で表されるボラジン化合物を1モル超存在させて反応を行なう、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記化学式1で表されるボラジン化合物を合成する際に、前記第2のアルケン化合物1モルに対して、前記化学式3で表されるボラジン化合物を1.1〜10モル存在させて反応を行なう、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
前記化学式1で表されるボラジン化合物を合成する際に、前記化学式3で表されるボラジン化合物の転化率が60%以下の時点で反応を停止させる、請求項2〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
下記化学式1:
【化4】

式中、Rは、それぞれ独立して、水素原子または有機基であり、Rは、炭素数2以上の有機基である、
で表されるボラジン化合物と、第1のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させて、
下記化学式4:
【化5】

式中、RおよびRは、上記と同様の定義であり、Rは、炭素数2以上の有機基である、
で表されるB−アルキルボラジンを合成する、B−アルキルボラジンの製造方法。
【請求項7】
前記化学式4で表されるボラジン化合物を合成する際に、前記第1のアルケン化合物に対して、前記化学式1で表されるボラジン化合物を1モル超存在させて反応を行なう、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記化学式4で表されるボラジン化合物を合成する際に、前記第1のアルケン化合物1モルに対して、前記化学式1で表されるボラジン化合物を1.1〜10モル存在させて反応を行なう、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記化学式4で表されるボラジン化合物を合成する際に、前記化学式1で表されるボラジン化合物の転化率が60%以下の時点で反応を停止させる、請求項6〜8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
請求項6〜9のいずれか1項に記載の製造方法により、前記化学式4で表されるボラジン化合物を合成した後、
前記化学式4で表されるボラジン化合物と、第3のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させて、下記化学式5:
【化6】

式中、R〜Rは、上記と同様の定義であり、Rは、炭素数2以上の有機基である、
で表されるB−アルキルボラジンを合成する、B−アルキルボラジンの製造方法。
【請求項11】
下記化学式1:
【化7】

式中、Rは、それぞれ独立して、水素原子または有機基であり、Rは、炭素数2以上の有機基である、
で表されるボラジン化合物と、第2のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させて、
下記化学式6:
【化8】

式中、RおよびRは、上記と同様の定義である、
で表されるB−アルキルボラジンを合成する、B−アルキルボラジンの製造方法。
【請求項12】
前記化学式6で表されるボラジン化合物を合成した後、
前記化学式6で表されるボラジン化合物と、第1のアルケン化合物とを、触媒存在下で反応させて、下記化学式7:
【化9】

式中、RおよびRは、上記と同様の定義であり、Rは、炭素数2以上の有機基である、
で表されるB−アルキルボラジンを合成する、B−アルキルボラジンの製造方法。

【公開番号】特開2011−37789(P2011−37789A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−187835(P2009−187835)
【出願日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【出願人】(000004628)株式会社日本触媒 (2,292)
【Fターム(参考)】