説明

C型肝炎ウイルスの宿主細胞への侵入阻害剤及びこれを含有する医薬組成物

【課題】HCVの宿主細胞への侵入を阻害することにより、C型肝炎を予防し、治療することを目的とする。
【解決手段】本発明は、以下の一般式(I)で示されるフェニルカルバモイル誘導体又はそれらの薬学的に許容される塩からなる、HCVの宿主細胞への侵入阻害剤を提供する。
【化1】


[式中、R1は、置換基で置換された若しくは置換されていない、アリール基又はヘテロアリール基を表し、R2は、水素、ハロゲン、低級アルキル基、低級アルケニル基又は低級アルキニル基を表し、X1及びX2は、それぞれ独立して、O、S、NH又はCH2を表す]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、C型肝炎ウイルスの宿主細胞への侵入阻害剤及びこれを含有する医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
C型肝炎ウイルス(HCV:Hepatitic C Virus、以下、一部を除きHCVと記載する)は、フラビウイルス科ヘパシウイルス(Hepacivirus)属に分類されるRNAウイルスである。本ウイルスは、一本鎖RNA(+)ゲノムとエンベロープからなる構造を有する(非特許文献1)。
【0003】
同じ肝炎ウイルスであっても、DNAウイルスであるB型肝炎ウイルス(HBV)は、免疫能の未熟な新生児及び乳幼児期以外では感染しても免疫機構により排除され、急性感染で終わる。一方、HCVは、未だ明らかではない原因により宿主の免疫機構を回避する。そのため免疫機構の発達した大人に感染した場合であっても、持続性感染に移行することが多い。
【0004】
HCV感染により引き起こされる肝炎(C型肝炎)は、その後二十数年の経過の中で肝硬変に至り、最終的には肝癌になる可能性がある。肝癌は、手術で癌を摘出しても非癌部で引き続き起こる炎症のため再発患者の多いことが知られている。
【0005】
HCV感染者は、日本国内で約200万人おり、世界では約2億人いると推定されている。また、HCVに感染していることを自覚していない無症候性キャリアも多数存在している。現在、日本国内では、肝細胞癌による犠牲者は年間約3.5万人となっており、その8割はHCV感染によるものである(非特許文献2)。
【0006】
C型肝炎に対しては、現在、インターフェロンとリバビリン(Ribavirin:1-β-D-リボフラノシル-1H-1,2,4-トリアゾール-3-カルボキサミド)の併用療法が一般的である(非特許文献3)。しかしながら、この併用療法は、患者全体の約50%にしか有効ではなく、また、血球減少症・溶血性貧血等重篤な副作用を起こすことが知られている(非特許文献4)。
【0007】
それ故、薬効の優れた新たなHCV阻害剤を創出することが求められている。そのためには、HCVがどのようにして宿主細胞に侵入し、複製増殖するのか、そして宿主細胞にどのような影響を与えるのかといったHCVの生活環の詳細を明らかにし、HCV阻害剤を探索する必要がある。
【0008】
図1は、HCVの生活環を示している。HCV(001)は、まず、宿主細胞(003)のウイルス受容体(002)に結合し(A)、エンドサイトーシスによって宿主細胞内に取り込まれる(B)。次に、HCVゲノムRNA(004)がウイルス粒子から宿主細胞質内に放出される(脱殻)(C)。続いて、当該放出されたHCVゲノムRNAにコードされたHCVタンパク質前駆体(005)が翻訳され(D)、プロセッシング(E)によって各ウイルスタンパク質(006)が生成される。その後、HCVゲノムRNAが生成されたウイルスタンパク質の一つであるRNAポリメラーゼ(007)によって複製される(F)。複製されたHCVゲノムRNAは、ウイルスタンパク質であるコアタンパク質及びエンベロープタンパク質によってパッケージングされ、新たなウイルス粒子が形成される(G)。最後に、ウイルス粒子は、宿主細胞膜を破り、細胞外に放出される(H)。よって、このHCVの生活環のいずれかの経路を阻害する化合物は、HCV阻害剤となり得るといえる。
【0009】
1999年に、HCVを人工的に複製させる実験システムとしてサブゲノミックHCVレプリコンシステムが登場した(非特許文献5)。このシステムでは、HCVゲノムの複製に必須のNS3〜NS5B領域及びゲノムの両末端からなるHCVサブゲノムが細胞内で複製されるように構成されており、1細胞あたりのHCVサブゲノムのコピー数は数千というレベルに達する。それ故、当該評価系を用いて、HCV感染を阻害する化合物を探索することが可能となった(非特許文献6)。
【0010】
前記サブゲノミックHCVレプリコンシステムから選択されたHCV阻害剤には、HCV感染後の後期のウイルスゲノムの複製過程(図1F)とウイルスタンパク質の翻訳後のプロセッシング過程(図1E)とに作用するRNAポリメラーゼ、ヘリカーゼ、プロテアーゼ等のウイルス酵素を標的とした酵素阻害剤が知られている(特許文献1、2)。しかしながら、ウイルス酵素をコードする遺伝子は変異を生じ易い。それ故、これらの酵素阻害剤に対する耐性ウイルス株が容易に出現するため、薬効としては不十分である(非特許文献7)。したがって、HCVの生活環において他の経路を阻害する阻害剤を見出すことが課題となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】国際公開WO2008/098859
【特許文献2】特表2007−513971
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Rosenberg, S. J. Mol. Biol., (2001) 313, 451-464
【非特許文献2】Saito, I., et al Proc. Natl, Acad. Sci. USA, (1990) 87, 6547-6549
【非特許文献3】HcHutchinson, JG et al.,. N. Engl. J. Med., (1998) 339, 1485-1492
【非特許文献4】Mori, S., et al., Biochem. Biophis. Res. Commun., (1992) 183, 334-342
【非特許文献5】Lomann V, et al., Science, (1999) 285, 110-113
【非特許文献6】Bartenschlager R., Nature Rev. Drug Discovery, (2002) 1, 911-916
【非特許文献7】Lu, L., et al. Antimicro Agents Chemother., (2004) 48, 2260-2266)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、HCVの宿主細胞への侵入を阻害することにより、C型肝炎を予防し、治療することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、植物及び微生物由来の純天然物を含む化合物ライブラリーからHCVが宿主細胞へ侵入するのを阻害できる化合物を新たに見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明は、以下を提供するものである。
【0015】
(1) 以下の一般式(I)で示されるフェニルカルバモイル誘導体、一般式(II)で示されるレゾルシノール誘導体及びそれらの薬学的に許容される塩からなる群から選択される、HCVの宿主細胞への侵入阻害剤。
【0016】
【化1】

[式中、R1は、置換基で置換された若しくは置換されていない、アリール基又はヘテロアリール基を表し、R2は、ハロゲン、低級アルキル基、低級アルケニル基又は低級アルキニル基を表し、X1及びX2は、それぞれ独立して、酸素原子(O)、硫黄原子(S)、NH又はCH2を表す。]
【0017】
【化2】

[式中、R3及びR4は、それぞれ独立して、水素原子(H)、ハロゲン、低級アルキル基、低級アルケニル基又は低級アルキニル基を表す。]
【0018】
(2) 式(III)で示される化合物である、上記(1)記載の侵入阻害剤。
【0019】
【化3】

[式中、Phはフェニル基を表す。]
【0020】
(3) 式(IV)で示される化合物である、上記(1)記載の侵入阻害剤。
【0021】
【化4】

[式中、Meはメチル基を表す。]
【0022】
(4) 上記(1)〜(3)のいずれかに記載の侵入阻害剤を少なくとも1以上含有する、HCVの宿主細胞への侵入を阻害するための医薬組成物。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、HCVの宿主細胞への侵入を阻害する化合物及びそれを含有する医薬組成物を提供することができる。それによって、HCV感染を予防し又は治療することができる。
【0024】
他の発明によれば、C型肝炎治療用又は予防用の医薬組成物を製造するための前記化合物の使用を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】HCVの生活環。
【図2】HCVの感染阻害化合物スクリーニング方法の概要。
【図3】感染性完全長ゲノムHCVレプリコンを含む感染性HCV粒子作製用プラスミドベクター。
【図4】HCV感染阻害剤(化合物16、化合物20)と対照用HCV感染阻害剤(NN-DNJ)。
【図5】HCVccアッセイの結果:化合物16、化合物20は、細胞毒性のない濃度(10nM〜10μM)で量依存的にHCVccの感染を阻害することが示された。
【図6】サブゲノミックHCVレポーターレプリコン作製ベクター(pSGR-JFH/Luc)の構造。
【図7】レプリコンアッセイの結果:化合物16、化合物20は細胞毒性のない濃度(10nM〜10μM)でHCVの複製を阻害しないことが示された。
【図8】シュードウイルス作製用ベクター群。
【図9】HCVppアッセイの結果:化合物16、化合物20は、VSV-Gppの侵入を阻害しない濃度(0.1μM、1μM)でHCVpp(JFH1)、HCVpp(J6)の侵入を阻害することが示された。また、NN-DNJにはHCVppの侵入阻害活性がないことが示された。
【発明を実施するための形態】
【0026】
1.HCV侵入阻害剤
本発明のHCVの宿主細胞への侵入阻害剤(HCV侵入阻害剤)は、以下の一般式(I)で示されるフェニルカルバモイル誘導体、一般式(II)で示されるレゾルシノール誘導体及びそれらの薬学的に許容される塩からなる群から選択されることを特徴としている。
【0027】
【化5】

[式中、R1は、置換基で置換された若しくは置換されていない、アリール基又はヘテロアリール基を表し、R2は、ハロゲン、低級アルキル基、低級アルケニル基又は低級アルキニル基を表し、X1及びX2は、それぞれ独立して、酸素原子(O)、硫黄原子(S)、NH又はCH2を表す。]
【0028】
【化6】

[式中、R3及びR4は、それぞれ独立して、水素原子(H)、ハロゲン、低級アルキル基、低級アルケニル基又は低級アルキニル基を表す。]
【0029】
「HCV」(C型肝炎ウイルス:Hepatitic C Virus)とは、フラビウイルス科ヘパシウイルス属に分類される一本鎖RNAウイルスであって、本発明の標的ウイルスである。
【0030】
「宿主細胞」とは、HCVの標的細胞をいう。具体的には、肝細胞又はリンパ球が該当する。本発明の宿主細胞は、ヒト、チンパンジーまたはツパイ由来の細胞である。宿主細胞は、ヒトの初代培養肝細胞や肝癌細胞株若しくはその両者を融合させた細胞、チンパンジーやツパイの初代肝細胞又はヒトリンパ球由来細胞株のいずれであってもよい。
【0031】
「侵入」とは、HCV感染における一過程であって、図1で示すウイルス生活環においてHCV粒子(HCV様粒子、HCVエンベロープタンパク質を含む)が宿主細胞の細胞表面に結合(A)し、細胞内に入り込む(B)までの過程をいう。具体的には、HCVが宿主細胞表面に存在するCD81(Bartosch, B. et al., J. Exp. Med., (2003) 197:633-642)及びClaudin-1(Evans, MJ, Nature,(2008) 446,801-805)等の受容体に結合し、その後エンドサイトーシスによって宿主細胞内のエンドソーム中に取り込まれるまでの過程を意味する。なお、本明細書で「感染」とは、ウイルス粒子、すなわちここではHCV粒子が宿主細胞の細胞表面に結合し、宿主細胞内で増殖された後、細胞外に放出されるまでの過程(図1A〜H)である。
【0032】
「HCV侵入阻害剤」とは、HCVの宿主細胞への侵入に必要な少なくとも一の機能を阻害する化合物であり、C型肝炎の治療剤又は予防剤における有効成分である。つまり、HCV侵入阻害剤は、HCVの侵入過程を阻害することでHCVの感染を阻害することができる化合物である。
【0033】
なお、「治療」とは、C型肝炎及び/又はそれに伴う症状を緩和又は除去することをいい、「予防」とは被験者がC型肝炎に罹患しないようにすることをいう。
【0034】
以下、HCV侵入阻害剤について詳細に説明をする。
1−1.フェニルカルバモイル誘導体
本発明におけるHCV侵入阻害剤の一つであるフェニルカルバモイル誘導体は、上記の一般式(I)で示される化学構造を有する。
【0035】
「アリール基」とは、多不飽和の、通常は芳香族の単環又は多環炭化水素基を意味し、単環又は多環が縮合又は共有結合したアリール環も包含する。具体的には、例えば、フェニル基、ナフチル基、ビフェニル基、フェナンスリル基等が挙げられる。
【0036】
「ヘテロアリール基」は、N(窒素原子)、O、Sからなる群から選択されるヘテロ原子を1〜4個含む5〜6員の芳香環基を意味し、単環又は多環が縮合又は共有結合したヘテロアリール環も包含する。N及びSは必要に応じて酸化されてもよい。また、Nは必要に応じて4級となる。さらに、ヘテロアリール基はヘテロ原子を介して分子の残部に結合してもよい。ヘテロアリール基の具体例としては、例えば、フリル基、チエニル基、ピロリル基、オキサゾリル基、チアゾリル基、イミダゾリル基、ピラゾリル基、トリアゾリル基、ピラジニル基、ピリダジニル基、ピリミジニル基、ピリジル基、トリアジニル基、ピロリニル基、ピラジニル基、ベンゾチエル基、プリニル基、ベンゾイミダゾリル基、インドリル基、イソキノリル基、キノキサリニル基又はキノリル基等が挙げられる。
【0037】
「置換基で置換された若しくは置換されていない」とは、本発明の化合物がHCV侵入阻害活性を有する限り、任意の置換基を有してもよいことを意味する。ここでいう「置換基」は、低級アルキル基、低級アルケニル基、低級アルキニル基、低級アルコキシ基、ハロゲン、低級アルキルカルボニル基、低級アルキルカルボニルオキシ基、低級アルキルスルホニル基、水酸基、アミノ基、(モノ又はジ)低級アルキルアミノ基、アミド基、N-(モノ又はジ)低級アルキルアミド基、シアノ基、ニトロ基、カルボキシル基、カルバモイル基、硫酸基又は亜硫酸基等が含まれる。置換基の数は、1個若しくは複数個、例えば、1〜4個、好ましくは1又2個である。
【0038】
「ハロゲン」は、F(フッ素)、Cl(塩素)、Br(臭素)又はI(ヨウ素)原子を意味する。
「低級アルキル基」は、炭素数1〜8個、好ましくは1〜4個の直鎖状又は分岐状のアルキル基である。具体的にはメチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、n−ぺンチル、イソぺンチル、ネオぺンチル、tert−ぺンチル、ヘキシル、ヘプチル又はオクチル等が含まれる。
【0039】
「低級アルケニル基」は、炭素数2〜8個、好ましくは2〜4個の直鎖状又は分岐状のアルケニル基である。具体的にはエテニル、プロペニル、ブテニル、ブタジエニル、ペンテニル、ペンタジエニル、ヘキセニル、ヘキサジエニル、ヘプテニル、ヘプタジエニル、オクテニル、オクタジエニル又はこれらの異性体等が含まれる。
【0040】
「低級アルキニル基」は、炭素数2〜8個、好ましくは2〜4個の直鎖状又は分岐状のアルキニル基である。具体的には、エチニル、プロピニル、ブチニル、ブタジイニル、ペンチニル、ペンタジイニル、ヘキシニル、ヘキサジイニル、ヘプチニル、ヘプタジイニル、オクチニル又はオクタジイニル等が含まれる。
【0041】
「低級アルコキシ基」は、炭素数1〜6個、好ましくは1〜4個の直鎖状又は分岐状のアルコキシ基である。具体的にはメトキシ、エトキシ、n−プロポキシ、イソプロポキシ、n−ブトキシ、イソブトキシ、s−ブトキシ、t−ブトキシ、n−ペンチルオキシ、イソペンチルオキシ、n−ヘキシルオキシ又はイソヘキシルオキシ等が含まれる。
【0042】
「低級アルキルカルボニル基」は、カルボニル基に前記の低級アルキルが置換して形成される基である。
「低級アルキルスルホニル基」は、スルホニル基に前記の低級アルキルが置換して形成される基である。
「低級アルキルアミノ基」は、アミノ基に前記の低級アルキルが1つ又は2つ置換して形成される基である。
【0043】
上記の一般式(I)で示されるフェニルカルバモイル誘導体において、R1としては、置換基で置換された若しくは置換されていないアリール基が好ましく、置換基で置換された若しくは置換されていないフェニル基がより好ましい。
【0044】
上記の一般式(I)で示されるフェニルカルバモイル誘導体において、R2としては、ハロゲン又は低級アルキル基が好ましく、ハロゲンがより好ましい。R2の置換位置としては、CONH基に対してメタ位又はパラ位が好ましく、パラ位がより好ましい。
上記の一般式(I)で示されるフェニルカルバモイル誘導体において、X1としては、NHが好ましい。また、X2としては、O又はSが好ましく、Oが特に好ましい。
【0045】
上記の一般式(I)で示されるフェニルカルバモイル誘導体において、以下の式(III)で示される化合物は特に好ましい。
【0046】
【化7】

[式中、Phはフェニル基を表す。]
【0047】
1−2.レゾルシノール誘導体
本発明におけるHCV侵入阻害剤であるレゾルシノール誘導体は、上記の一般式(II)で示される化学構造を有する。
ハロゲン、低級アルキル基、低級アルケニル基及び低級アルキニル基は、上記のフェニルカルバモイル誘導体と同様である。
【0048】
R3及びR4としては、低級アルキル基が好ましく、以下の式(IV)で示される化合物、すなわち、R3及びR4がメチル基(Me)の化合物は特に好ましい。
【0049】
【化8】

【0050】
上記のレゾルシノール誘導体、すなわち、上記の式(II)又は(IV)で示される化合物は、ラセミ体、ジアステレオマー、S体、R体、L体、D体のいずれかを含む。
【0051】
1−3.薬学的に許容される塩
「薬学的に許容される塩」とは、前記フェニルカルバモイル誘導体及び/又はレゾルシノール誘導体の塩であって、これらの化合物上の特定の置換基により、塩基又は酸を用いて調製された薬学的に非毒性の活性化合物の塩をいう。使用した塩基又は酸により塩基性付加塩と酸付加塩とに分類できる。
【0052】
塩基性付加塩としては、例えば、ナトリウム塩若しくはカリウム塩のようなアルカリ金属塩、カルシウム塩若しくはマグネシウム塩のようなアルカリ土類金属塩、トリメチルアミン塩、トリエチルアミン塩、ジシクロヘキシルアミン塩、エタノールアミン塩、ジエタノールアミン塩、トリエタノールアミン塩若しくはブロカイン塩のような脂肪族アミン塩、N,N-ジベンジルエチレンジアミンのようなアラルキルアミン塩、ピリジン塩、ピコリン塩、キノリン塩若しくはイソキノリン塩のような複素環芳香族アミン塩、アルギニン塩若しくはリジン塩のような塩基性アミノ酸塩、アンモニウム塩又はテトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアモニウム塩、ベンジルトリメチルアンモニウム塩、ベンジルトリエチルアンモニウム塩、ベンジルトリブチルアンモニウム塩、メチルトリオクチルアンモニウム塩若しくはテトラブチルアンモニウム塩のような第4級アンモニウム塩が挙げられる。
【0053】
酸付加塩としては、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、炭酸塩、炭酸水素塩若しくは過塩素酸塩のような無機酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、乳酸塩、マレイン酸塩、フマール酸塩、酒石酸塩、リンゴ酸塩、クエン酸塩若しくはアスコルビン酸塩のような有機酸塩、メタンスルホン酸塩、イセチオン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩若しくはp−トルエンスルホン酸塩のようなスルホン酸塩又はアスパラギン酸塩及びグルタミン酸塩のような酸性アミノ酸等が挙げられる。
【0054】
薬学的に許容される塩は、本発明の医薬組成物中でプロドラッグの形態であってもよい。ここでいう「プロドラッグ」は、生理学的条件下で容易に化学変化を受け、その結果として前記HCV侵入阻害剤又はその活性形態を提供する化合物である。例えば、投与前は、上記の一般式(I)及び(II)で示される化合物とは異なる化合物であるが、消化管内で消化酵素の作用によって上記の一般式(I)及び(II)で示される化合物又はその活性型に変換されるものをいう。あるいは、ex vivo環境で化学的又は生化学的方法によって前記化合物に変換されるものも含み得る。プロドラッグの形態は、例えば、親薬剤を経口投与しても生体内で直接利用ができない若しくは困難な場合に特に有効である。また、プロドラッグは親薬剤より医薬組成物での溶解度が高い場合が多く、その点においても有用である。
【0055】
2.HCV侵入阻害組成物
本発明のHCVの宿主細胞への侵入を阻害するための医薬組成物(HCV侵入阻害組成物)は、上記のHCV侵入阻害剤を少なくとも1以上含有することを特徴としており、上記のHCV侵入阻害剤に、薬学的に許容可能な担体を含んだ医薬組成物のことである。
【0056】
2−1.薬学的に許容可能な担体
「薬学的に許容可能な担体」とは、製剤技術分野において通常使用し得る溶媒及び/又は添加剤をいう。
【0057】
薬学的に許容可能な溶媒には、例えば、水、エタノール、プロピレングリコール、エトキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等が挙げられる。これらは、殺菌されていることが望ましく、必要に応じて血液と等張に調整されていることが好ましい。
また、薬学的に許容可能な添加剤には、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、充填剤、乳化剤、流動添加調節剤、滑沢剤等が挙げられる。
【0058】
賦形剤としては、例えば、単糖、二糖類、シクロデキストリン及び多糖類のような糖(より具体的には、限定はしないが、グルコース、スクロース、ラクトース、ラフィノース、マンニトール、ソルビトール、イノシトール、デキストリン、マルトデキストリン、デンプン及びセルロースを含む)、金属塩(例えば、塩化ナトリウム、リン酸ナトリウム若しくはリン酸カルシウム、硫酸カルシウム、硫酸マグネシウム、炭酸カルシウム)、クエン酸、酒石酸、グリシン、低、中、高分子量のポリエチレングリコール(PEG)、プルロニック、カオリン、ケイ酸、あるいはそれらの組み合わせが挙げられる。
【0059】
結合剤としては、例えば、トウモロコシ、コムギ、コメ、若しくはジャガイモのデンプンを用いたデンプン糊、単シロップ、グルコース液、ゼラチン、トラガカント、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、セラック及び/又はポリビニルピロリドン等が挙げられる。
【0060】
崩壊剤としては、例えば、前記デンプンや、乳糖、カルボキシメチルデンプン、架橋ポリビニルピロリドン、アガー、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、アルギン酸若しくはアルギン酸ナトリウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド又はそれらの塩が挙げられる。
【0061】
充填剤としては、例えば、前記糖及び/又はリン酸カルシウム(例えば、リン酸三カルシウム、若しくはリン酸水素カルシウム)が挙げられる。
乳化剤としては、例えば、ソルビタン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルが挙げられる。
流動添加調節剤及び滑沢剤としては、例えば、ケイ酸塩、タルク、ステアリン酸塩又はポリエチレングリコールが挙げられる。
【0062】
このような担体は、主として前記剤形形成を容易にし、また剤形及び薬剤効果を維持するために用いられるものであり、必要に応じて適宜使用すればよい。上記の添加剤の他、必要に応じて矯味矯臭剤、溶解補助剤(可溶化剤)、懸濁剤、希釈剤、界面活性剤、安定剤、吸収促進剤(例えば、第4級アンモニウム塩類、ラウリル硫酸ナトリウム)、増量剤、付湿剤、保湿剤(例えば、グリセリン、澱粉)、吸着剤(例えば、澱粉、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状ケイ酸)、崩壊抑制剤(例えば、白糖、ステアリン、カカオバター、水素添加油)、コーティング剤、着色剤、保存剤、抗酸化剤、香料、風味剤、甘味剤、緩衝剤等を含むこともできる。
【0063】
本発明の医薬組成物は、上記の式(I)〜(IV)で示される化合物又はそれらの薬学的に許容される塩が有する薬理効果を失わない範囲において、他の薬剤を含有することもできる。例えば、経口投与剤の場合であれば、必要に応じて胃粘膜保護剤を所定量含有していても良い。
【0064】
2−2.HCV侵入阻害組成物の製造
上記のHCV侵入阻害剤をHCV侵入阻害組成物として製剤化するには、原則として当業者に公知の方法を利用することができる。例えば、Remington's Pharmaceutical Sciences (Merck Publishing Co., Easton, Pa.)に記載の方法を用いればよい。
【0065】
HCV侵入阻害組成物における上記のHCV侵入阻害剤の含有量は、使用するHCV侵入阻害剤の種類及び/又はその有効量(後述)、並びに医薬組成物の剤型(形態、大きさを含む)、添加する担体の種類によって異なり、それぞれの条件において適宜選択される。
【0066】
一例として、錠剤であれば、1錠重量に対して通常0.1重量%〜30重量%、好ましくは0.5重量%〜20重量%、より好ましくは1重量%〜10重量%の上記HCV侵入阻害剤を含むことができる。具体的には、例えば、1錠200mgの錠剤を製造する場合、上記の式(III)で示される化合物を1錠あたり通常200μg〜60mg含む。これ以外には、薬学的に許容可能な担体として、上記の賦形剤、結合剤、崩壊剤、崩壊抑制剤、吸収促進剤、保湿剤、吸着剤、潤沢剤を当該分野で公知の含有率で含むことができる。
【0067】
注射剤として調製する場合には、前記HCV侵入阻害剤を薬学的に許容可能な担体である溶媒で溶解し、好ましくは血液と等張にした希釈剤を用いて当該分野で慣用されている方法により製造することができる。一投与単位の注射剤中に含有される前記HCV侵入阻害剤量は、一投与単位あたり通常0.1%(w/v)〜30%(w/v)、好ましくは0.1%(w/v)〜20%(w/v)、より好ましくは0.1%(w/v)〜30%(w/v)である。具体的には、例えば、1回2m1の注射剤を製造する場合、上記の式(III)で示される化合物を通常2μg〜600μg含む。
【0068】
注射剤には、等張性の溶液を調製するのに充分な量の食塩、グルコース又はグリセリン及び通常の溶解補助剤、緩衝剤、pH調整剤、無痛化剤等も配合することができる。これら溶液、乳剤及び懸濁剤は、上記の式(I)〜(IV)の化合物及びそれらの薬学的に許容される塩の所定量を、前記水性や油性の非毒性の溶媒及び希釈剤に溶解又は懸濁し、さらに必要に応じて等張化剤等を加え、滅菌することにより調製することができる。
【0069】
局所剤らは、上記の式(I)〜(IV)の化合物及びそれらの薬学的に許容される塩の所定量を、外用製剤の目的に適合する香料、着色料、充填剤、界面活性剤、保湿剤、皮膚軟化剤、ゲル化剤、担体、保存剤、安定剤等のうちの一種以上と組み合わせることにより調製することができる。
【0070】
坐剤の形態に調製するに際しては、基材としてこの分野で従来公知のものを広く使用できる。このような基材としては、例えばパルミチン酸ミリスチルエステル等の高級エステル類、高級アルコール類、ポリエチレングリコール、カカオ脂、ゼラチン、半合成グリセリド、これらの混合物などの低融点基材を挙げることができる。座剤は、上記の式(I)〜(IV)の化合物及びそれらの薬学的に許容される塩の所定量を上記基材に混入し、成型することにより調製することができる。
【0071】
2−3.HCV侵入阻害組成物の剤型
HCV侵入阻害組成物の剤型は、その投与方法によって異なり、また処方条件に応じて適宜選択される。投与方法については後述するが、通常は経口投与及び非経口投与に大別することができる。
【0072】
経口投与に適した剤型としては、例えば、錠剤、糖衣剤、丸剤、カプセル剤、ドロップ剤、舌下剤、末剤、散剤、顆粒剤、液剤、トローチ剤等を挙げることができる。さらに錠剤は、必要に応じ、当該分野で公知の剤皮を施した錠剤、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶錠、フィルムコーティング錠、二重錠又は多層錠とすることができる。
【0073】
非経口剤に適した剤型としては、例えば、注射剤、懸濁剤、乳剤、点眼剤、点鼻剤、クリーム剤、粉剤、ペースト剤、ゲル剤、軟膏剤、硬膏剤又は座剤等が挙げられる。これらは、組織内投与、局所投与又は経直腸的投与のように、その投与方法に適した剤型にすることができる。
【0074】
組織内投与に適した剤型としては、例えば、注射剤を挙げることができる。
局所投与に適した剤型としては、例えば、液剤、クリーム剤、粉剤、ペースト剤、ゲル剤、軟膏剤、硬膏剤、点眼剤又は点鼻剤等を挙げることができる。
経直腸的投与に適した剤型としては、例えば、坐剤を挙げることができる。
前記各剤型の形状、大きさについては、いずれも当該分野で公知の剤型の範囲内にあればよく、特に限定はしない。
【0075】
3.HCV侵入阻害剤及びHCV侵入阻害組成物の投与方法
上記のHCV侵入阻害剤及びHCV侵入阻害組成物は、投与単位形態で投与することが好ましく、経口投与、組織内投与(例えば、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与)、局所投与(例えば、経皮投与)又は経直腸的投与で投与することができる。上記のHCV侵入阻害剤及びHCV侵入阻害組成物は、これらの投与方法に適した剤型で投与されることが好ましい。
例えば、経口投与用製剤であれば、固形、粉末又は液剤の用量単位で投与することができる。
【0076】
組織内投与の場合、皮下投与、筋肉内投与又は静脈内投与等のいずれの方法も使用できる。本発明の目的が上記の式(I)〜(IV)で示される化合物の作用でHCVが宿主細胞内へ侵入することを阻害し、それによりC型肝炎を治療又は予防すること、また、HCVが体液を介して伝播されること、さらに、主たる宿主細胞である肝細胞が存在する肝臓が無数の毛細血管を有することを鑑みれば、血流を介した投与が好ましい。それ故、好ましい投与方法は注射である。
【0077】
注射の場合、注入部位は特に限定しない。例えば、静脈内、動脈内、肝臓内、筋肉内、関節内、骨髄内、髄腔内、心室内、経皮、皮下、皮内、腹腔内、鼻腔内、腸内又は舌下等が挙げられる。好ましくは、静脈内注射又は動脈内注射等の血管内への注射である。血流を介して本発明の医薬組成物を直ちに全身に行き渡らせることが可能であり、また侵襲性が比較的低く、被験者に与える負担が小さいからである。あるいは、肝臓内又は肝門脈に注射してもよい。これは、上記のHCV侵入阻害剤及びHCV侵入阻害組成物をHCVが局在する部位に直接的に作用させることができるからである。
【0078】
上記のHCV侵入阻害剤及びHCV侵入阻害組成物を投与する場合、一投与単位中には、HCV侵入阻害活性が発揮され得る有効量が含有されていることが好ましい。本明細書で使用する場合、「有効量」とは、有効成分がその機能を発揮する上で必要な量、すなわち、本発明ではHCV侵入阻害剤がHCVの宿主細胞侵入を阻害する上で必要な量であって、かつ投与する被験者に対して有害な副作用をほとんど又は全く付与しない量をいう。この有効量は、被験者の情報、剤型及び投与経路等の様々な条件によって変化し得る。錠剤、丸剤又はカプセル剤のような剤型の場合、HCV侵入阻害剤の有効量は、剤数によって調整する分割投与が可能であるため、必ずしも1錠中に有効量を含有する必要はない。
【0079】
「被験者の情報」とは、病気の進行度若しくは重症度、全身の健康状態、年齢、体重、性別、食生活、薬剤感受性、併用医薬の有無及び治療に対する耐性等を含む。上記のHCV侵入阻害剤及びHCV侵入阻害組成物の最終的な投与量及び有効量は、個々の被験者の情報等に応じて、医師の判断によって決定される。HCV侵入阻害効果を得る上で、上記のHCV侵入阻害剤及びHCV侵入阻害組成物の大量投与が必要な場合、被験者に対する負担軽減のために数回に分割して投与することもできる。
【0080】
具体的な投与量の一例として、例えば、C型肝炎発症初期であって、他の医薬の併用を必要としないヒト成人男子(体重60kg)に投与する場合、一日当たりのHCV侵入阻害剤の有効量は、通常1〜2000mg、好ましくは1〜1000mg、より好ましくは1〜500mgの範囲である。被験者の状態又は投与経路等に応じて、前記範囲未満又は前記範囲を超える用量を投与することもできる。
【0081】
上記のHCV侵入阻害剤及びHCV侵入阻害組成物は、実施例で示すように、HCVの宿主細胞への侵入過程を阻害する薬剤である。このような薬剤は、現在臨床試験が進行中であるHCV酵素阻害剤と比較すると、耐性ウイルス株が出現しにくいことが期待される。したがって、これらをC型肝炎の予防又は治療に有効な医薬品として利用できる。
【実施例】
【0082】
以下、実施例を挙げて本発明について具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
本実施形態に係るHCV侵入阻害剤は、HCVの生活環(図1)を利用した3つのスクリーニング評価方法によって得られた。すなわち、第一の方法は、HCVの感染(図1のA〜Hの経路に相当)を阻害する化合物(HCV感染阻害剤)をスクリーニングする評価方法である。第二の方法は、HCVの生活環のうちHCVゲノムの翻訳及び複製過程(図1のD〜Fの経路に相当)を阻害する化合物(HCV複製翻訳阻害剤)をスクリーニングする評価方法である。そして、第三の方法は、HCVの生活環のうちHCVの細胞への侵入(図1のA〜Bの経路に相当)を阻害する化合物(HCV侵入阻害剤)をスクリーニングするための評価方法である。
【0083】
以下、各スクリーニング評価方法とその結果について説明をする。
1.HCVの感染を阻害する化合物(HCV感染阻害剤)のスクリーニング
(1)感染性HCVの調製:
国際公開WO07/037428に記載の方法に従い、図3に示すように、RNA PolIプロモーター/ターミネーター系を利用して、JFH1株(遺伝子型2a)のHCV cDNAを含むプラスミドベクター(pHH/ZeoJFH1)を構築した。pHH/ZeoJFH1は、感染性完全長ゲノムHCVレプリコン、すなわち、少なくともコアタンパク質、2つのエンベロープタンパク質(E1、E2)及び複製に必要な非構造タンパク質(NS2、NS3、NS4A、NS4B、NS5A、NS5B)を含み、コアタンパク質をコードする配列の上流にPolIプロモーター配列を、またNS5Bタンパク質をコードする配列の下流にPolIターミネーター配列を配置させてなる。
【0084】
なお、プロモーター配列は、ヒト肝癌由来Huh7細胞においてHCVが自律複製能を発揮しうるように配置されるものであればよく、特に限定されない。また、ターミネーター配列は、必要に応じて除くこともできる。さらに、コアタンパク質をコードする配列の上流に1つのIRES配列を含んでもよく、加えて一の選択マーカー遺伝子やリポーター遺伝子を含んでいてもよい。
【0085】
感染性HCVを得るために、前記プラスミドベクターpHH/ZeoJFH1をヒト肝癌由来のHuh7.5.1細胞に導入した。得られた細胞株(Huh7.5.1/JFH1zeoR細胞)を、5%CO2下で37℃にて150cm2のフラスコ当たり30〜50mlの細胞培養用培地(10%FCS、10mM Hepes緩衝液、1mM MEMピルビン酸ナトリウム、1×MEM非必須アミノ酸溶液、100単位/mlペニシリン及び100μg/mlストレプトマイシンを含有するダルベッコ変法イーグル培地)を用いて6日間培養し、得られた培養液上清を感染性HCVストック液とした。なお、培養期間は、3〜10日間、好ましくは4〜7日間、より好ましくは5〜6日間とすることができる。培養液上清中のHCVコアタンパク質の数(fmol/ml)を「HCV量」とした。HCV量の測定にはオーソHCV抗原IRMAテストを用いた(Aoyagi et al., J. Clin. Microbiol., (1999), 37, p.1802-1808)。
【0086】
(2)HCV感染阻害剤のスクリーニング方法:
HCV感染阻害剤のスクリーニング方法の概要は図2に示す通りである。まず、ヒト肝癌由来Huh7.5.1細胞に試験化合物を加え、続いて感染性HCVを添加して、培養した。次に、培養液中のHCV量及び試験化合物で処理したヒト肝癌由来Huh7細胞の生存率(survival rate)(%)をそれぞれ測定し、生存率が約80%以上で、かつHCV量から算出されるHCV感染率(%)が約50%以下となる物質を第1候補化合物として選出した。次に、得られた第1候補化合物のうち選択性(selective index:Si)が10以上の化合物をHCV感染阻害剤とした。ここで、「選択性」とは、CC50/EC50の値をいう。本式中、CC50は細胞が50%傷害を受ける薬剤の濃度であり、EC50値はウイルスの増殖を50%抑制する薬剤の濃度である。
【0087】
以下、HCV感染阻害剤の検出方法を詳述する。
i)HCV感染率の算出:
まず、Huh7.5.1細胞(継代数が43回目までのものを使用)を前記細胞培養用培地に懸濁し、1×104個/100μl/ウェルとなるように96ウェルのマイクロプレートに播種した。
【0088】
次に、5μMの試験化合物を、前記マイクロプレートの細胞を培養した各ウェルに加えた。試験化合物には28種類の化合物(化合物1〜化合物28)を用いた。これらの化合物は、600万種の化合物を含むバーチャルライブラリー(virtual library)に対してα‐グリコシダーゼ(alpha-glycosidase)の活性中心に対するドッキングシミュレーション(docking simulation)を行った結果、選択されたものである。シミュレーションでは102種類の化合物が選択されたが、このうち入手可能な30種類(並木商事より購入)のみを対象とし、さらに溶解性の悪い2種類の化合物を除いている。なお、ドッキングシュミレーションとは、in silicoで標的分子に結合可能な分子を予測することをいう。また、対照サンプルとして試験化合物を添加しないウェル(候補阻害剤なし)を同時に調製した。
【0089】
続いて、試験化合物の添加15分後に、感染性HCVを0.2fmol/ウェルで播種し、培養した。播種72時間後と120時間後に培養液から50μlを回収し、培養液中のHCV量を測定した。対照サンプル中のHCV量を100%としたときの各試験化合物添加サンプル中のHCV量をHCV感染率(%)として算出した。
【0090】
ii)Huh7.5.1細胞生存率の算出:
試験化合物で処理したHuh7.5.1細胞生存率は、Premix WST細胞増殖アッセイキット(タカラバイオ)を用いて試験化合物の細胞毒性アッセイ法により測定した。本キットは、テトラゾリウム塩WST-1の生成したホルマザンの吸光度を直接測定する方法に基づくものである。
【0091】
まず、Huh7.5.1細胞(継代数が43回目までのものを使用)を前記細胞培養用培地に懸濁し、1×104個/100μl/ウェルとなるように96ウェルのマイクロプレートに播種した。
次に、5μMの前記28種類の試験化合物を前記各ウェルに加えた。
【0092】
続いて、試験化合物の添加した48時間後(HCV感染率測定用の実験における感染性HCV添加の72時間後に相当する)に各ウェルにPremix WST-1溶液を10μl加え、引き続き4時間培養して、EIAリーダーにて420nm〜48nmの波長で吸光度を測定し、細胞生存率を算出した。
【0093】
(3)結果:
スクリーニングの結果、4つの化合物(化合物16、化合物19、化合物20、化合物21)が、第1候補化合物として得られた。これらの化合物は、HCVの感染を60%以上阻害(HCV感染率40%未満)し、かつWSTアッセイによる細胞毒性が低かった(生存率80%以上)(図4;化合物19、21は図示せず)。ここで、化合物16は、本明細書における式(III)で示されるフェニルカルバモイル誘導体であり、化合物20は、本明細書における式(IV)で示されるレゾルシノール誘導体である。
【0094】
次に、第1候補株のうち化合物16及び化合物20を100μMから0.3μMまで3倍段階希釈し、各濃度の感染阻害効果を評価した。同様に、HCV阻害活性を有することが知られているα‐グルコシダーゼの活性阻害剤であるNN-DNJ(米国特許出願2005-0256168A1号)(図4)を30μMから0.1μMまで3倍段階希釈し、対照として評価に使用した。
【0095】
結果を図5に示す。N-DNJJは、EC50=4.4μM及びCC50>100μMであったことからSI>22.7であり、化合物16は、EC50=7.3μM及びCC50>100μMであったことからSI>13.7〜100であり、そして化合物20は、EC50=6.1μM及びCC50>100μMであったことからSI>16.4であった。したがって、化合物16及び化合物20は、いずれも新規HCV感染阻害剤として同定された。また、N-DNJJについては、HCV感染阻害剤であることが再確認された。
【0096】
2.HCVゲノムの複製過程を阻害する化合物(HCV複製翻訳阻害剤)としての評価
新規HCV感染阻害剤として単離された化合物16及び化合物20がHCVゲノムの複製過程を阻害する化合物であるか否かを評価した。評価には、サブゲノミックHCVレポーターレプリコンRNAを複製する細胞を用いた。本明細書で「サブゲノミックHCVレポーターレプリコン」とは、サブゲノミックHCVレプリコン中にレポーター遺伝子を含むものをいう。後述するように、本実施例における評価では、レポーター遺伝子としてルシフェラーゼ遺伝子を用いている。それ故、本レプリコンRNAを導入した細胞が該サブゲノミックHCVレポーターレプリコンを複製しているか否かを確認するには、レポーターレプリコンRNAから翻訳されるルシフェラーゼの活性を測定するか又はHCVタンパク質をウエスタンブロット等で検出することで確認できる。本実施例では、前記選択性(Si)が10以上の化合物をHCV複製翻訳阻害剤とした。
【0097】
サブゲノミックHCVレポーターレプリコンRNAを複製する細胞に試験物質であるHCV感染阻害剤を接触させ、ルシフェラーゼの活性又はHCVタンパク質の発現レベルを、該HCV感染阻害剤を接触させない時のそれらと比較することで、得られたHCV感染阻害剤がHCVの複製翻訳を阻害する化合物であるか否かを評価することができる。
【0098】
(1)サブゲノミックHCVレプリコンRNAの合成:
まず、図6に示すpSGR-JFH/Luc(Kato et al. J Clin Microbiol. 2005; 43(11): 5679-5684.)プラスミドを制限酵素XbaIで開裂し、Mung Bean Nuclease(タカラバイオ)で平滑末端とした。得られた直鎖状DNAを鋳型として、MEGAscript(Ambion社)を用いてサブゲノミックHCVレプリコンRNAをin vitro合成した。
【0099】
(2)サブゲノミックHCVレプリコンRNA複製細胞の調製:
次に、Huh7.5.1細胞(継代数が43回目までのものを使用)を細胞培養用培地に4×105/mlとなるように懸濁し、25cm2培養フラスコに10ml播種した。その後、ディッシュを5%CO2下で37℃にて培養した。24時間後、合成したサブゲノミックHCVレプリコンRNAをHuh7.5.1細胞にリポフェクション法で導入した。なお、細胞導入にはエレクトロポレーション法を用いることもできる。翌日、ディッシュから細胞を剥離し、5×104個/mlになるように培地で調製した後、96ウェルのマイクロプレートの各ウェルに90μlずつ播種し(4,500個/ウェル)、5%CO下で37℃にて約20時間培養した。その後、30μMから00.1μMまで3倍段階希釈した前記HCV感染阻害剤及び対照用N-DNJJを10μl加え、引き続き同条件下で培養した。化合物を添加してから72時間後、細胞をPBSで2回洗浄した。測定キットに添付の細胞溶解バッファ(Promega社)で溶解し、ルシフェラーゼの活性を測定した。ルシフェラーゼの測定にはPromega社のSteady-Glo抽出測定キットを使用した。
【0100】
(3)結果:
図7に結果を示す。NN-DNJは、EC50>100μM及びCC50>100μMであったことからSIは正確には算出できないが、1に近似すると推定された。一方、化合物16は、EC50=62μM及びCC50>100μMであったことからSi<1.6であった。また、化合物20は、EC50は17.3μM及びCC50は25.4μMであったことからSI=1.5であった。これらの結果は、いずれの化合物もHCV感染阻害剤ではあるがHCVの複製翻訳過程を阻害しないことを示している。したがって、化合物16及び20は、HCV生活環のうち、翻訳、HCVタンパク質のプロセッシング及び/又は複製工程に作用しないこと、すなわちHCV複製翻訳阻害剤ではないことが判明した。
【0101】
3.HCVの細胞への侵入を阻害する化合物としての評価
続いて、新規HCV感染阻害剤が、HCVの侵入過程を阻害するか否かを評価した。HCVのエンベロープタンパク質を感染性レトロウイルスに提示させたシュードウイルスは、HCV受容体の1つと考えられているCD81を介して宿主細胞内に侵入することが報告されている(Bartosch, B. et al., J. Exp. Med. 197:633-642, 2003)。したがって、このシュードウイルスを用いてHCV侵入阻害剤を評価することができる。
【0102】
(1)シュードウイルスHCVppの作製:
HCVppを作製するためのベクターを図8に示す。マウス白血病ウイルスのgag及びpolタンパク質をコードする発現ベクターとして、マウスレトロウイルス(MLV)Gag-Pol発現ベクター(A)を用いた。また、HCVのエンベロープタンパク質であるE1、E2タンパク質をコードする発現ベクターとしては、HCVエンベロープ質発現ベクター(B、C)を用いた。図中「JFH1」は、HCVのJFH1株由来のエンベロープタンパク質を有する発現ベクターであることを意味し、同様に「J6CF」は、HCVのJ6CF株由来のエンベロープタンパク質を有する発現ベクターであることを意味する。さらに、ルシフェラーゼタンパク質をコードし、かつレトロウイルスパッケージングサイトを持つ発現ベクターとしてルシフェラーゼ発現ベクター(D)を用いた。
【0103】
対照用シュードウイルスとして、HCVのE1、E2タンパク質をコードする発現ベクターに代えて水泡性口内炎ウイルス(VSV)のG糖タンパク質をコードした発現ベクター(VSV−Gタンパク質発現ベクター;E)を用いた。これをVSVストックとした。
【0104】
これらの発現ベクターを293T細胞にリポフェクション法で共導入することにより、ルシフェラーゼがHCVのE1及びE2タンパク質の外皮(エンベロープ)で包れたシュードウイルスHCVppが産生される。このHCVppをHCV侵入阻害剤の評価に利用することができる。一方、対照用のVSV−Gタンパク質発現ベクターをレトロウイルスGag-Pol発現ベクター及びルシフェラーゼ発現ベクターと共に293T細胞にリポフェクション法で共導入した場合にはシュードウイルスVSVppが生産される。
【0105】
(2)HCVppを用いたHCVの侵入過程阻害効果の評価:
Huh7.5.1細胞を1×104個/ウェルとなるように96ウェルのマイクロプレートに播種し、37℃の5%CO2インキュベーターにて一夜培養した。
【0106】
次に96ウェルのマイクロプレートに培養したHuh7.5.1細胞から培養液を除去し、新規HCV感染阻害剤(化合物16若しくは化合物20)又はN-DNJJを図中の各最終濃度(0.1、1、10μM)の1.5倍となるように細胞培養液で希釈調製し、この溶液をウェル当たり100μl加え、直ちに調製したHCVppを各ウェルに50μl加えた。その後、37℃の5%CO2インキュベーターにて6時間培養した。培養後、上清を除去し、PBSで洗浄後、新鮮な培地100μlを加え、引き続き同条件下で培養した。66時間後(化合物を添加して72時間後)、細胞をPBSで2回洗浄し、60μlの測定キットに添付の細胞溶解バッファ(Promega社)を加え、ピペッティングにより細胞を溶解した。細胞溶解液中のルシフェラーゼ活性をPromega社のSteady-Glo抽出測定キットを用いて測定した。化合物無添加のサンプルにおけるルシフェラーゼ活性を100%としたときの、新規HCV感染阻害剤(化合物16、化合物20)又はN-DNJJを添加したルシフェラーゼの活性(%)を算出した。HCVppには、JFH1株のエンベロープタンパク質を持つHCVpp(JFH1)(図8B)と遺伝子型2aのJ6CF株のエンベロープタンパク質を持つHCVpp(J6CF)(図8C)を用いた。新規HCV感染阻害剤の非特異的侵入阻害活性については、VSVのG糖タンパク質を発現するシュードウイルスVSVppを使用して算出した。化合物16、化合物20及びNN−DNJは、0.1、1.0及び10μMの濃度で評価した。
【0107】
(3)結果:
図9に結果を示す。化合物16及び化合物20は、1μMの濃度でHCVppの侵入過程を阻害したが、VSVppの侵入過程は阻害しなかった(図9B、C)。一方、NN-DNJは0.1、1及び10μMの濃度であってもHCVppの侵入過程を阻害しなかった(図9A)。以上の結果から、化合物16及び化合物20はHCVの宿主細胞への侵入を阻害する化合物、すなわちHCV侵入阻害剤であることが判明した。
【符号の説明】
【0108】
HCV・・・001、HCV受容体(CD8を含む)・・・002、宿主細胞・・・003、HCVゲノムRNA・・・004、HCVタンパク質前駆体・・・005、HCVタンパク質・・・006、HCV RNAポリメラーゼ・・・007

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の一般式(I)で示されるフェニルカルバモイル誘導体、一般式(II)で示されるレゾルシノール誘導体及びそれらの薬学的に許容される塩からなる群から選択される、C型肝炎ウイルスの宿主細胞への侵入阻害剤。
【化1】

[式中、R1は、置換基で置換された若しくは置換されていない、アリール基又はヘテロアリール基を表し、R2は、ハロゲン、低級アルキル基、低級アルケニル基又は低級アルキニル基を表し、X1及びX2は、それぞれ独立して、酸素原子(O)、硫黄原子(S)、NH又はCH2を表す。]
【化2】

[式中、R3及びR4は、それぞれ独立して、水素原子(H)、ハロゲン、低級アルキル基、低級アルケニル基又は低級アルキニル基を表す。]
【請求項2】
式(III)で示される化合物である、請求項1記載の侵入阻害剤。
【化3】

[式中、Phはフェニル基を表す。]
【請求項3】
式(IV)で示される化合物である、請求項1記載の侵入阻害剤。
【化4】

[式中、Meはメチル基を表す。]
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項記載の侵入阻害剤を少なくとも1以上含有する、C型肝炎ウイルスの宿主細胞への侵入を阻害するための医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−202526(P2010−202526A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−46898(P2009−46898)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【出願人】(591222245)国立感染症研究所長 (48)
【出願人】(591063394)財団法人 東京都医学研究機構 (69)
【Fターム(参考)】