説明

CFRPと被着材の接合体及びその製造方法

【課題】CFRPプリプレグと金属合金が強固に接着された接合体を提供する。
【解決手段】引っ張り強度4.4GPaの第1PAN系炭素繊維をベースとした第1CFRPプリプレグと、引っ張り強度が6.0GPaの第2PAN系炭素繊維をベースとした第2CFRPプリプレグとを積層して加熱し、CFRP部材を作成する。CFRP部材の表面を構成する第1CFRPプリプレグを粗面化し、1液性エポキシ接着剤を塗布する。一方、NATの3条件を具備する金属合金11の表面に1液性エポキシ接着剤を塗布する。第1CFRPプリプレグ12と金属合金を密着させて加熱し、1液性エポキシ接着剤を硬化させてCFRP部材と金属合金が強固に接着された接合体を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、輸送機器、電気機器、医療機器等の製造分野全般において使用される炭素繊維強化プラスチック(以下「CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plasticsの略)」という)と被着材の接合体に関する。特にCFRPと被着材(CFRP又は金属合金)を共硬化(以下「コキュア(co-cure)」という)法によって接着した接合体に関する。また、CFRPと被着材(CFRP又は金属合金)とをエポキシ接着剤を使用したコボンド法によって接着した接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明者らは、金属合金同士、又は金属合金とCFRPをエポキシ接着剤により強固に接着する技術を開発した。特許文献1には、アルミニウム合金同士、又はアルミニウム合金とCFRPとを1液性エポキシ接着剤を使用して強固に接着する技術を開示している。同様に、特許文献2、3、4、5、及び6には、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼、及び一般鋼材を、それぞれ金属合金又はCFRP部材と1液性エポキシ接着剤を使用して強固に接着する技術を開示している。
【0003】
ここで、上記技術においては金属合金表面を所定の形状、構造とすることで、アンカー効果によって接着力を獲得していた。本発明者らは、この理論を「NAT(Nano Adhesion Technologyの略)」と称している。NATでは、金属合金表面が以下に示す3条件を具備することで、被着材との強固な接着を達成することとしている。
【0004】
(1)第1の条件は、最新型のダイナミックモード型の走査型プローブ顕微鏡で金属合金表面を走査したときに、RSmが0.8〜10μmであり、Rzが0.2〜5μmである粗度面となっていることである。ここでRSmは、日本工業規格(JIS B 0601:2001, ISO 4287:1997)に規定される輪郭曲線要素の平均長さであり、Rzは、日本工業規格(JIS B 0601:2001, ISO 4287:1997)に規定される最大高さである。この粗度面を「ミクロンオーダーの粗度を有する表面」と称す。
(2)第2の条件は、上記ミクロンオーダーの粗度を有する金属合金表面に、さらに5nm周期以上の超微細凹凸が形成されていることである。当該条件を具備するために、上記金属合金表面に微細エッチングを行い、前述のミクロンオーダーの粗度をなす凹部内壁面に5〜500nm、好ましくは10〜300nm、より好ましくは30〜100nm(最適値は50〜70nm)周期の超微細凹凸を形成する。
(3)第3の条件は、上記金属合金の表層がセラミック質であることである。具体的には、元来耐食性のある金属合金種に関しては、その表層が自然酸化層レベルかそれ以上の厚さの金属酸化物層であることを要し、耐食性が比較的低い金属合金種(例えばマグネシウム合金や一般鋼材等)では、その表層が化成処理等によって生成した金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層であることが第3の条件となる。
【0005】
これらを模式的に図にすると図20のようになる。金属合金40の表面にはミクロンオーダーの粗度を成している凹部(C)が形成され、さらにその凹部内壁には超微細凹凸(A)が形成され、表層はセラミック質層41となっており、この超微細凹凸に接着剤硬化物層42の一部が浸入している。このようにした金属合金表面に液状の接着剤が侵入し、侵入後に硬化すると、金属合金と硬化した接着剤は非常に強固に接合するという簡潔な考え方である。
【0006】
接着剤接合の手順を以下に示す。まず、金属合金表面をエッチングし、上記3条件を満たすようにする。そして、液状の1液性エポキシ接着剤をその金属合金の所定範囲に塗布し、デシケータに入れて一旦真空下に置き、その後常圧に戻すなどして金属合金表面の超微細凹凸に接着剤を侵入させる。即ち、金属合金表面に接着剤を充分に染み込ませる。その後、前記所定範囲に被着材を貼り合わせ、加熱して接着剤を硬化させる。
【0007】
こうした場合、エポキシ接着剤が液体であれば、その常温下粘度が高くとも多少の温度上昇で低粘度にできるので、金属合金表面のミクロンオーダーの粗度に係る凹部(前記第1条件における凹凸の凹部)内に侵入可能である。そして侵入したエポキシ接着剤は、その後の加熱でこの凹部内で硬化することになる。実際には、この凹部の内壁面には超微細凹凸がさらに形成されており(前記の第2条件)、且つこの超微細凹凸は、セラミック質の高硬度の薄膜(前記の第3条件)で覆われていることから、凹部内部に侵入して固化したエポキシ樹脂は、スパイクのような超微細凹凸に掴まって抜け難くなる。
【0008】
本発明者らは、「NAT」によって、金属合金同士、又は金属合金とCFRPとの高強度の接着が可能であることを実証した。一例として、「NAT」の条件を具備するA7075アルミニウム合金同士を、市販の1液性エポキシ接着剤を使用して接着した結果、70MPaもの強烈なせん断破断力、引っ張り破断力を示す接合体を得ることができた(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】WO 2008/114669 A1(アルミニウム合金)
【特許文献2】WO 2008/133096 A1(マグネシウム合金)
【特許文献3】WO 2008/126812 A1(銅合金)
【特許文献4】WO 2008/133030 A1(チタン合金)
【特許文献5】WO 2008/133296 A1(ステンレス鋼)
【特許文献6】WO 2008/146833 A1(一般鋼材)
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】スリーボンド・テクニカルニュース19(昭和62年10月1日発行,株式会社スリーボンド)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らは、前述したように市販の1液性エポキシ接着剤を使用し、「NAT」に基づいて、金属合金同士又は金属合金とCFRPを接着接合する実験を行ったが、金属合金とCFRPの接着に関しては、金属合金同士を接着した場合と比較して、せん断破断力及び引っ張り破断力が低下する傾向にあった。金属合金とCFRPの強固な接着は、航空機や船舶等の様々な分野で待望されている。しかしながら、金属合金とCFRPを1液性エポキシ接着剤で接着した場合に、金属合金同士の接着と同等の接着力を安定的に得ることができなかった。具体的に言えば、金属合金とCFRPを接着した複合体は、せん断破断力及び引っ張り破断力の複合体間のばらつきが大きく、且つ、破断力自体が明らかに低くなった。本発明者らは1液性エポキシ接着剤を改良して同様の接着実験を行った。その結果、NATの条件に適合する金属合金同士の接着力向上には寄与したものの、金属合金とCFRPの接着力向上には寄与しないことが確認された。
【0012】
本発明者らが、金属合金同士の接着力と比較してCFRPと金属合金の接着力が劣る要因を調査した結果、以下の事実が明らかになった。端的に述べると、CFRPと金属合金の複合体が破断する要因はCFRP中の炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力にあることが判明した。CFRPと金属合金の複合体を引っ張り破断した後、その金属合金の破断面を拡大観察したところ、その全てについて炭素繊維が多く付着していた。即ち、硬化したCFRPプリプレグ表層における硬化したマトリックス樹脂と硬化した接着剤の間の接着力が、硬化したCFRPプリプレグ内部における硬化したマトリックス樹脂と炭素繊維の間の接着力を超えていたのである。これにより、破断時は、硬化したマトリックス樹脂と炭素繊維の間で先に剥離が生じ、これが低い接着力として現れていた。言い換えると、金属合金表面と接着剤硬化物間、及び接着剤硬化物とマトリックス樹脂硬化物間の相互間の接着力は極めて高く、且つ接着剤硬化物自体も極めて強固であるため、金属合金とCFRPの接着力を決定する要因は、炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力にある。
【0013】
このことから、炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力の向上が、金属合金とCFRPとの接着力向上に直接的に寄与すると推定される。本発明は、このような背景のもとになされたものであり、その目的は、炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力を向上させたCFRPを使用することにより、そのCFRPと被着材(CFRP又は金属合金)が強固に接着された接合体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
CFRPは超軽量ながら鋼を超える強靭さを有し、極めて優れた構造材料として認められている。高価であるため当初は戦闘機の尾翼材として使用されるに留まっていたが、近年は航空機、ゴルフクラブ、テニスラケット、釣竿等の民生品にも使用されており、一般的な構造材料として認識されつつある。このような事情もあり、CFRPプリプレグの炭素繊維、炭素繊維の表面処理方法、及びマトリックス樹脂等に関する技術は確立されている。しかしながら、上述したように本発明者らが「NAT」を開発した結果、金属合金と1液性エポキシ接着剤、当該1液性エポキシ接着剤とCFRPとの強固な接着が可能となり、その結果として、CFRPにおける炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力が問題化した。
【0015】
炭素繊維とマトリックス樹脂間の接着力を向上させるための手法として(1)最適な炭素繊維の選択(繊維強度ではなく表面性に着目する)、(2)炭素繊維の表面処理方法の改良、及び(3)マトリックス樹脂の改良が考えられる。本発明では特に(1)に着目した。近年は、炭素繊維メーカーから各種のCFRPプリプレグが市販されている。そのカタログには使用した炭素繊維の原糸種(PAN(Poly-acrylonitrile)系かPITCH系か)、その引っ張り強度及び引っ張り弾性率が記載されている。
【0016】
PAN系の炭素繊維のうち、引っ張り強度が6GPa程度の最高強度のものは、その断面が真円に近く、且つ繊維表面が平滑である。一方でPAN系の炭素繊維のうち、引っ張り強度が3GPa以下のものは、その断面が真円ではなく楕円又は菱形に近く、且つ繊維表面には高低差(数十nm)のある溝が形成されている。一般的には前者をベースとするCFRPプリプレグは一級品、後者をベースとするCFRPプリプレグは二級品として取り扱われ、用途及び価格も異なる。但し、昨今は引っ張り強度4〜6GPaの高性能炭素繊維しか生産されておらず、引っ張り強度が3GPa程度の炭素繊維を入手するのは困難である。
【0017】
このようにCFRPプリプレグの用途及び価格は炭素繊維によって決定されるのが一般的であり、これに対してマトリックス樹脂の組成は共通しているのが通常である。即ち、炭素繊維と異なりマトリックス樹脂には用途別以外に優劣の差異を設けていない。従って、通常は引っ張り強度が高く、繊維表面が平滑なCFRPプリプレグ(高性能のCFRPプリプレグ)を使用することが、被着材との強固な接着を生ずると考えられる。しかし、これに反して本発明者らは、CFRPプリプレグと被着材との接着という点に関しては、炭素繊維として低級に分類されるものをベースとしたCFRPプリプレグの方が適していると推定した。即ち、引っ張り強度は低いが、繊維表面が平滑でないことによって表面積が大きいという点を利点と捉えた。この推定を立証すべくCFRPと被着材(CFRP又は金属合金)との接着実験を行った結果、上記推定が正しいことを確認することができた。
【0018】
本発明者らは、引っ張り強度6GPaの炭素繊維「T800SC(東レ株式会社製)」と引っ張り強度4.4GPaの炭素繊維「TR30S(三菱レイヨン株式会社製)」の表面を電子顕微鏡で観察した。その結果、図16及び図17に示すように、「T800SC」は断面が真円に近く、その表面に溝は認められるものの、溝の高低差は殆どが50nm以下に留まり、平滑であった。一方で、図13〜図15に示すように、「TR30S」は、断面は殆ど真円に近いものの、50nm〜100nmの高低差のある溝が多く見られた。概ね、高低差50nm以上の溝が、炭素繊維方向の長さ約20μm内(表面積が5×10−4mm)に1つ以上存在した。即ち、引っ張り強度が4.4GPaの「TS30S」は、引っ張り強度が3GPaと比較すると表面性は良好であるといえるが、引っ張り強度が6GPaの炭素繊維と比較すると、明らかに表面性が悪いと言える。
【0019】
前述したように、引っ張り強度の差から、引っ張り強度が6GPaの炭素繊維は一級品、6GPa未満のものは二級品として扱われている。後述する実験では、それぞれの炭素繊維をベースとしたCFRPプリプレグを使用して接着実験を行い、二級品に分類される炭素繊維をベースとしたCFRPプリプレグが、一級品と比較して高い接着力を獲得しうることを確認した。この際の接着方法として、コキュア法、コボンド法の両方を使用したが、いずれの場合にも低級炭素繊維を選択した効果を確認することができた。
【0020】
以下、本発明を構成する各要素について詳細に説明する。
[CFRPプリプレグ]
市販のCFRPプリプレグは、マトリックス樹脂として常温で固体の熱硬化性エポキシ樹脂組成物が使用されており、CFRPプリプレグは固体のシート状物となっている。市販のCFRPプリプレグに関しては、マトリックス樹脂の具体的な組成は非公開となっているため詳細は不明であるが、概ね以下の組成となっている。マトリックス樹脂となるエポキシ樹脂は、その主成分がビスフェノールA型エポキシ樹脂の単量体型であり、その他にビスフェノールA型エポキシ樹脂の多量体型、及び、3個以上のエポキシ基を有する多官能型エポキシ樹脂を含む3〜5種類程度の異なったエポキシ樹脂同士の混合物となっている。この混合物に硬化剤として芳香族ジアミン又はジシアンジアミドを加え、加熱しつつ混練してマトリックス樹脂としている。
【0021】
硬化剤を芳香族ジアミンとすると、エポキシ樹脂硬化物のTg(ガラス転移点)を150〜180℃と高くすることができ、CFRPの耐熱性を確保できる。芳香族ジアミンを硬化剤とした場合には、その添加量はエポキシ当量に基づいた値が最適であり、通常、エポキシ樹脂100質量部に対して25〜35質量部となる。硬化剤として最もよく使用される芳香族ジアミンはジアミノジフェニルスルホン(「DDS」という)であり、これは固体である。エポキシ樹脂混合物は高粘度の液体であり、これに混合する硬化剤は固体であって、かつ、その添加量が上述したように多い。それ故、エポキシ樹脂混合物を60〜80℃に加熱した状態で硬化剤との混合操作を行うことになる。具体的には加熱ロールによって両者が混練されてシート状のマトリックス樹脂となる。即ち、混練物は常温で固体となる。このシート化されたマトリックス樹脂2枚によって、炭素繊維束又は炭素繊維布を挟み込み、再び加熱しつつロールにかけて1層物にしたものがCFRPプリプレグとなる。このようにして得られたCFRPプリプレグは全体として硬く薄いシート状物であり、マトリックス樹脂が固体となっているのでカバーフィルムは原則必要なく、これを切断する際に自動制御されたカッターを使用できる。
【0022】
一方、硬化剤をジシアンジアミドとした場合、そのエポキシ樹脂硬化物のTgはエポキシ樹脂組成によって変化する(非特許文献1)。この非特許文献1には「エポキシ樹脂間の重合について、硬化剤として脂肪族ポリアミン又は芳香族ジアミンを使用した場合と、ジシアンジアミドを硬化剤とした場合とで異なり、ジシアンジアミドの場合は付加重合だけでなく触媒的重合も生じている」とある。その根拠として、ジシアンジアミド粉体を硬化剤として用いた場合、最適の添加量はエポキシ当量に基づく値より遥かに少なく、エポキシ樹脂100質量部に対し3〜6質量部となる。それ故、ジシアンジアミドを硬化剤とした場合、マトリックス樹脂は、硬化剤添加前のエポキシ樹脂混合物より若干の粘度上昇が生じるに過ぎず、常温では固体とならずに通常は高粘度液状物となる。
【0023】
前述したように炭素繊維にはPAN系とPITCH系がある。PAN系炭素繊維とPITCH系炭素繊維を比較すると、前者は引っ張り強度に優れる一方で後者は引っ張り弾性率に優れるという特徴がある。これら炭素繊維の表面性について説明する。PAN系炭素繊維に関しては、引っ張り強度の高い繊維ほど繊維断面が真円に近く、且つ繊維表面が平滑である。電子顕微鏡による観察でも均一性のある表面が観察される。引っ張り強度の低い炭素繊維においては、繊維断面が真円ではなく、楕円又は菱形に近いものが多くを占め、且つ繊維方向に平行に溝が生じていることが知られている。要するに引っ張り強度の低い炭素繊維ほど表面性が悪い。
【0024】
一方、PITCH系炭素繊維は引っ張り弾性率によって品質が判断される。PITCH系炭素繊維においては、黒鉛化率が高いこと及び黒鉛結晶の並び方が繊維方向に対して平行に近いこと等が高い引っ張り弾性率を生む要因となる。その製造方法は以下の通りである。高純度にしたPITCHを数百度の高温にして溶融し、小さな穴を通して紡糸する。得られた繊維は高温にすると再び溶融するので酸化等によって不融化し、不融化した繊維を千度を越える高温下の不活性ガス中に置いて黒鉛化した物が炭素繊維となる。原料のPITCH自体が高炭素含有率であるから、高温での焼成時(黒鉛化時)に生じる分解ガスは前述したPAN系より少ない。従ってその表面性は紡糸時に殆ど決まり、概して良好である。原料ピッチの純度が良くない場合には、紡糸後の不融化又は黒鉛化工程で不純物が分解して表面性を悪化させると考えられる。これは前述したように、炭素繊維とマトリックス樹脂の接着力を向上させ、これによりCFRPと被着材の接着力を向上させるという面からは好ましい。しかしながらPITCH系炭素繊維のメーカーとしては、原料であるPITCHの純度を向上させること及び黒鉛化工程の改良によって、PAN系炭素繊維に対して性能面で劣らないものを提供してきた経緯がある。それ故、本発明で求めるような表面性が良好ではない炭素繊維をあえて使用することによって、被着材との接着力を向上させるという着想はない。
【0025】
PAN系炭素繊維及びPITCH系炭素繊維のカタログには、通常、物性指標として引っ張り強度及び引っ張り弾性率が表示されている。PITCH系炭素繊維においては、これら物性指標と表面性との相関が低い。一方でPAN系炭素繊維に関しては高い相関を示す。故に、PAN系炭素繊維に関しては引っ張り強度及び引っ張り弾性率が低いものを選択することが、当該炭素繊維表面に適度な溝が生じているものを選択することに直結し、「引っ張り強度及び引っ張り弾性率が低い炭素繊維を敢えて選択することによる接着力の向上」を図ることとなる。以下、PAN系炭素繊維をベースとしたCFRPプリプレグについて詳述する。現状のPAN系炭素繊維として引っ張り強度が最も高いものは「T800SC(東レ株式会社製)」である。これの引っ張り強度は6GPa、引っ張り弾性率は300GPaである。これより引っ張り強度が低いものとして「T300(東レ株式会社製)」がある。これの引っ張り強度は3.6GPa、引っ張り弾性率235GPaである。また「TR30S(三菱レイヨン株式会社製)」は引っ張り強度が4.4GPa、引っ張り弾性率が234GPaである。
【0026】
上記「T800SC」をベースとしたCFRPプリプレグが市販されている。本発明者らはその中から厚さ0.2mmのCFRPプリプレグ「トレカ2255S−25(東レ株式会社製)」を高糸強度タイプのプリプレグとして用いることとした。また、これと比較するため「TR30S」をベースとした0.2mm厚のプリプレグ「パイロフィルTR3523M(三菱レイヨン株式会社製)」を使用した。この「パイロフィルTR3523M」を小さく切断し、アセトンに漬けてマトリックス樹脂を溶かし出し、表出した炭素繊維「TR30S」をアセトンにて数回洗浄して乾燥し、その表面を電子顕微鏡で観察した結果を図13〜図15に示す。図13(2千倍写真)より、繊維方向と平行の溝が出現しているのが確認できる。図14(2千倍写真)は、繊維表面の最も平滑とみられる箇所の拡大写真であるが、この範囲にも溝を確認することができる。図15(1万倍写真)から、溝を構成する凹凸が比較的なだらかであり、急勾配ではないことが把握される。観察結果から得た表面の特徴は、概ね高低差70nmの溝が繊維長さ20μm内に1つ以上存在した。
【0027】
一方、同様の処理を「トレカ2255S−25」について行い、炭素繊維「T800S」の表面を電子顕微鏡で観察した結果を図16(2千倍写真)及び図17(1万倍写真)に示す。溝自体は存在するが、「TR30S」と比較した場合に高低差が明かに小さく、50nm以下である。後述する実験例では、「トレカ2255S−25」及び「パイロフィルTR3523M」を積層してCFRP部材を作成した。これらのいずれもマトリックス樹脂は熱硬化型エポキシ樹脂組成物である。双方の表面性の違いによって接着力に差が生じるか否かを確認した。
【0028】
[CFRP部材の作成]
上述したCFRPプリプレグを積層してCFRP部材を作成する。CFRPプリプレグからCFRP部材を作成する過程は以下のようになる。CFRPプリプレグシートを切断し、プリプレグ片を多数作成する。これらのプリプレグ片はCFRP部材の各部の形状に合致するように切断される。プリプレグ片を積層させた状態で全体を治具によって締め付け、これをオートクレーブに入れて真空にしつつ加熱する。マトリックス樹脂はオートクレーブ内で加熱されることにより80〜90℃で一端溶融して高粘度液状物となるから、真空近くまで減圧してプリプレグ片に挟まれている空気及びプリプレグ片中に残されていた空気を排除する。更に昇温しつつタイミングを図り、オートクレーブ内を加圧状態にする。この加圧によって、空気が抜けたあとのボイドは潰され、マトリックス樹脂は完全硬化に向かう。硬化温度は140〜180℃とし、この温度に1時間以上置くのが普通である。
【0029】
ここで、本発明においては、CFRPと被着材との接着力を向上させる目的をもって、あえて表面性が良くない(結果として引っ張り強度及び引っ張り弾性率が低い)炭素繊維をベースとしたCFRPプリプレグを使用する。このようなCFRPプリプレグのみでCFRP部材を構成しても良い。一方で、CFRP部材(CFRPプリプレグの積層物)において、被着材又は接着剤と接する層となるCFRPプリプレグ以外のCFRPプリプレグに関しては、引っ張り強度及び引っ張り弾性率が高い炭素繊維を使用しても差し支えない。むしろ、表層以外のCFRPプリプレグは、CFRP部材全体の強度を考慮すると、性能の良い炭素繊維の使用が好ましいといえる。このように、表層に位置するCFRPプリプレグに関してのみ、表面性の良くない炭素繊維を使用し、その他のCFRPプリプレグに関しては表面性が良好で引っ張り強度及び引っ張り弾性率が高いものを使用してCFRP部材を作成する例を以下に示す。
【0030】
CFRPプリプレグを積層して厚さ3mmのCFRP部材を作成する場合、表面が平滑な(引っ張り強度及び引っ張り弾性率が高い)炭素繊維をベースとしたCFRPプリプレグを積層して厚さ2.4mmにする。即ち、CFRPプリプレグが0.2mm厚であれば12枚積層する。その上に表面に凹凸がある(引っ張り強度及び引っ張り弾性率が低い)炭素繊維をベースとした厚さ0.2mmのCFRPプリプレグを3枚積層する。この表層をなすCFRPプリプレグの厚さに関しては適宜、調整すべきである。CFRPプリプレグに関しては厚さが0.05〜0.2mmのものが多く、単層型と多層型が存在する。仮に最も薄い0.05mmのCFRPプリプレグを1枚のみ使用した場合、このCFRPプリプレグのみが被着材又は接着剤と接する層を構成する。この場合に、その層の剛性が問題となり、下の層を構成するCFRPプリプレグとの剥がれやすさ等が問題となるケースも生じうるので、この表層の厚さに関しては適宜調整することになる。
【0031】
後述する接着実験においては、45mm×15mmで厚さ3mmのCFRPプリプレグ同士を、接着面積0.5〜0.6cmで接着して、せん断破断力を測定した。このCFRPプリプレグの表面端部0.5〜0.6cmに概ね2〜4kNの引っ張り加重がかかる。過去の実験から、この範囲の接着面積と加重の関係であれば、表層を構成するCFRPプリプレグ(引っ張り強度及び引っ張り弾性率が低い炭素繊維をベースとしたもの)の厚さが0.6mm程度あれば、当該層と、その下の層との剥がれは問題とならない。CFRPプリプレグのサイズ(45mm×15mm)に対する接着面積がより小さければ、表層を構成するCFRPプリプレグはこれより薄くとも良い。
【0032】
[コボンド法による接合体の作成]
コボンド法によるCFRP部材と被着材の接合体の作成方法について説明する。CFRPプリプレグの積層物を治具で固定し、オートクレーブに入れて減圧下で昇温し、90℃程度まで積層物の温度が上がった後に常圧に戻し、更には数気圧の加圧状態にする。CFRPプリプレグは90℃前後で一旦軟化するので、この時点でCFRPプリプレグの層間に挟まれていた空気が抜ける。次いで加圧されることで、空気が抜けたあとの空隙が潰される。更に積層物を硬化温度まで昇温して完全硬化させ、加熱を止めてオートクレーブから積層物を取り出す。この積層物をCFRP部材とする。又は、必要に応じて積層物を高圧水切断機で切断加工して形状化したものをCFRP部材とする。このCFRP部材と被着材(CFRP部材又は金属合金)を接着剤によって接着することで接合体を作成する。
【0033】
[コキュア法による接合体の作成]
一方、コキュア法による接合体の作成においては、既硬化のCFRP部材を被着材と接着させるのではなく、未硬化のCFRPプリプレグと被着材を抱き合わせた状態で加熱し、一体化する。例えば、未硬化のCFRPプリプレグの積層物同士を一体化する場合、CFRPプリプレグ積層物同士の所定範囲を密着させた状態で治具を使用して固定する。そして、治具によって固定した状態でオートクレーブに入れて全体を硬化させる方法がある。これがコキュア法によるCFRP(未硬化のCFRPプリプレグの積層物)同士の接着法である。ここで、未硬化のCFRPプリプレグの積層物同士をエポキシ接着剤を介して接着させるようにしても良い。即ち上記所定範囲にエポキシ接着剤を塗布しておき、オートクレーブ内でCFRPプリプレグのマトリックス樹脂とエポキシ接着剤を一時に硬化させる。これもコキュア法による接着である。CFRPプリプレグ積層物同士の接触面に対して上下から締め付ける力を加えることが困難な場合等には、エポキシ接着剤を使用することが好ましい。
【0034】
また未硬化のCFRPプリプレグの積層物と金属合金とを接着させる場合には、先だって金属合金表面の接着領域にエポキシ接着剤を塗布した後、後述する染み込まし処理を行う。その後、その金属合金と未硬化のCFRPプリプレグの積層物とを密着させ、治具によって固定する。これをオートクレーブに入れて加熱し、CFRPプリプレグのマトリックス樹脂とエポキシ接着剤を一時に硬化させる。これもコキュア法による接着である。
【0035】
[CFRP部材の粗面化]
CFRP部材を被着材と接着させる場合、CFRP部材表面を粗面化することで安定した接着力が得られる。この表面の研磨は研磨紙によって可能であり、本発明者らが試行錯誤を行った結果、JISR6252に規定される80番〜480番、好ましくは120番〜240番のやや目の粗い研磨紙でCFRP部材表面を10〜20回程度研磨したものが、安定的に高い接着力を発揮する被着材となった。粗面化後の表面に付着した汚れ(微粉)を除去するため、CFRP部材を洗剤を含む水溶液に浸漬した後、乾燥する。または、強い水流で粗面化した部分の汚れを取り去り、水道水又は純水に漬けて水洗し、乾燥しても良い。後述する実験例では研磨紙を使用したが、研磨用部材は研磨紙に限らない。量産工程では研磨紙に代えてサンドブラストを使用することが可能である。
【0036】
CFRP部材表面から炭素繊維の一部が剥き出しとなる程度の粗面化が好ましい。概して炭素繊維とマトリックス樹脂との接着性よりも、炭素繊維と1液性エポキシ接着剤の接着性が優れているからである。市販の1液性エポキシ接着剤を使用した場合、常温下では炭素繊維とマトリックス樹脂との接着性よりも、炭素繊維と1液性エポキシ接着剤の接着性が優れている。しかし、100℃以上の高温下においては市販の1液性エポキシ接着剤と炭素繊維との接着力が急激に低下して、この1液性エポキシ接着剤と炭素繊維との間で破断が生じる。即ち、高温下においては、本発明で使用するCFRPプリプレグにおける炭素繊維とマトリックス樹脂との接着力ではなく、炭素繊維と1液性エポキシ接着剤の接着力の低下によって破断に至るのである。
【0037】
この結果に基づけば、高温下における炭素繊維と1液性エポキシ接着剤との接着力を向上させることが可能であれば、常温から高温にかけてCFRP部材と被着材とが極めて強固に接着された接合体を得ることができることになる。即ち、常温下においては、炭素繊維とマトリックス樹脂との接着力が問題となるので、炭素繊維を改良(最適な炭素繊維の選択)することによって両者の接着力を向上させる。一方で、高温下においては、炭素繊維と1液性エポキシ接着剤との接着力が問題となるので、1液性エポキシ接着剤の改良によってこの接着力を向上させることを試みた。本発明者らが開発した耐熱型1液性エポキシ接着剤を使用した場合、常温のみならず、100〜150℃下における炭素繊維と当該接着剤との接着力が、炭素繊維とマトリックス樹脂の接着力を上回るので、常温から高温にかけてCFRP部材と被着材とが極めて強固に接着された接合体を得ることができる。これは、剥き出しになった炭素繊維の周囲を改良した1液性エポキシ接着剤が覆うことになり、これが新たなマトリックス樹脂となった結果、CFRPとしての耐熱性が向上するからである。この接着剤に関して以下に説明する。
【0038】
[1液性エポキシ接着剤]
本発明において、エポキシ接着剤の組成は特に限定しない。しかし、常温〜高温下での安定した接着力を確保するため、且つ、NATの条件を具備する金属合金材との接着力を高めるため、組成を最適化ものを使用することが好ましい。一般的な1液性エポキシ接着剤に関して以下のことが知られている。即ち、硬化剤としては芳香族ジアミンが使用されることが多い。芳香族ジアミンを硬化剤とした場合には、その添加量はエポキシ当量に基づいた値が最適であり、通常、エポキシ樹脂100質量部に対して25〜35質量部となる。硬化剤として最もよく使用される芳香族ジアミンは4,4‘−ジアミノジフェニルスルホン、及び3,4’−ジアミノジフェニルスルホンである。これに対して、本発明者らが好ましいと考える接着剤では硬化剤の含量が少なくて済むように、硬化剤としてジシアンジアミド粉体を使用する。
【0039】
ジシアンジアミド粉体を使用した場合、その接着性能が最高になる添加量はエポキシ樹脂100質量部に対して3〜6質量部に過ぎず、エポキシ当量に基づいて算出される15〜25質量部と大きく異なる。本発明者らがエポキシ樹脂とジシアンジアミド粉体(硬化剤)を混合した1液性エポキシ接着剤を作成し、この接着剤を使用して金属合金同士の接着実験を行った結果、エポキシ樹脂100質量に対して3〜6質量部の添加で特に高い接着力を発揮した。言い換えると、エポキシ樹脂100質量部に対してジシアンジアミド粉体の添加量が上記範囲より多いとき(例えば15質量部〜30質量部とした場合)には、強い接着力が得られなくなるという傾向を見出した。
【0040】
これらの結果は、ジシアンジアミド粉体を硬化剤とすることで、エポキシ当量を考慮する上で前提となる付加重合理論に沿わない可能性、即ち、重合触媒として作用する可能性があることを示している。要するに、1液性エポキシ接着剤の硬化剤に芳香族ジアミンでなくジシアンジアミド粉体を使用することで、1液性エポキシ接着剤中の硬化剤の比率を減らし、1液性エポキシ接着剤中のエポキシ基濃度を高めることが出来る。これは本発明にとって好ましいことである。
【0041】
(最適化した1液性エポキシ接着剤)
本発明での使用に好ましい1液性エポキシ接着剤の組成は以下である。この1液性エポキシ接着剤を構成する全エポキシ樹脂混合物を100質量部としたときに、ビスフェノールA型エポキシ樹脂単量体を主体とするビスフェノールA型エポキシ樹脂を60〜75質量部、エポキシ基を3個以上有する多官能型であって且つ芳香環を有するエポキシ樹脂を25〜40質量部混合したものである。このエポキシ樹脂混合物は(1)ビスフェノールA型エポキシ樹脂単量体を60〜75質量部、(2)ビスフェノールA型エポキシ樹脂オリゴマーを0〜15質量部、(3)エポキシ基を3個以上有する多官能型であって且つ芳香環を有するエポキシ樹脂を25〜40質量部混合したものが好ましい。このエポキシ樹脂混合物100質量部に対して、硬化剤としてジシアンジアミド粉体を3〜6質量部添加し、硬化助剤として3−(3,4−ジクロルフェニル)−1,1−ジメチルウレア粉体を1〜3質量部添加したものを基本組成とする。硬化剤及び硬化助剤は下記充填材をエポキシ樹脂に添加して混合した後に、添加することが好ましい。
【0042】
本発明に係る1液性エポキシ接着剤では、上記基本組成に充填材を添加している。粒径分布の中心が10〜30μm径のタルク粉体又はクレー粉体、粒径分布中心が10〜30μm径のアルミニウム粉体、及び、粒径分布の中心が10〜30μmの水酸基付きポリエーテルスルホン樹脂粉体を添加する。特にアルミニウム粉末の使用によって接着力を向上させることができた。過去に本発明者らが、タルクを無機充填材として添加した1液性エポキシ接着剤と、アルミニウム粉末を無機充填材として添加した1液性エポキシ接着剤を使用した接着実験を行った結果、後者の接着力が高かった。これらの原因は、アルミニウム粉体の表面もアルミニウムの自然酸化層であるから、エポキシ樹脂との親和性がタルクより良好であったことにあると推定される。
【0043】
耐衝撃性を高めることを目的で水酸基付きポリエーテルスルホン樹脂粉体を添加した。粒径分布の中心が10〜30μmの水酸基付きポリエーテルスルホン樹脂粉体を全エポキシ樹脂100質量部に対し5〜30質量部加えても硬化性能、接着性能に影響はなかった。ポリエーテルスルホン樹脂(以下、「PES」という)は融点300℃以上の熱可塑性樹脂であり、常温から150℃程度までであれば十分に硬いが、非常な力がかかった時にはクリープして変形するので接着剤硬化物に耐衝撃性を与える。充填材の添加量は、全エポキシ樹脂量を100質量部として、タルク粉体又はクレー粉体を5〜20質量部、アルミニウム粉体を10〜60質量部、水酸基付きポリエーテルスルホン樹脂粉体を5〜30質量部である。
【0044】
[染み込まし処理]
(金属合金)
NATに適合する第1の条件〜第3の条件を具備する金属合金表面に1液性エポキシ系接着剤を塗布した後、その金属合金をデシケータ等の容器に入れて密閉し、容器内を真空ポンプ等で一旦減圧し、その後に常圧に戻す操作を行う。具体的には、容器内を数十mmHg程度まで減圧して一定時間以上(概ね数秒〜数分)置き、その後空気を入れて常圧に戻す(又は数気圧以上の圧力まで加圧する)ことが好ましい。減圧状態に置く時間は、接着剤の超微細凹凸への侵入具合に応じて調整する。この減圧/常圧戻し操作を数回繰り返すのが好ましい。この減圧/常圧戻し操作に使用する容器、例えばデシケータは使用前に50〜70℃に暖めておくことが好ましい。これは塗布した接着剤の粘度を下げて表面の超微細凹凸に染み込み易くするためである。接着剤の接着剤粘度を15Pa秒以下、好ましくは10Pa秒以下とすることで超微細凹凸に侵入させる。染み込まし処理を終えた金属合金を容器から取り出して熱風乾燥機に入れ、接着剤を硬化させる。
【0045】
ここで、金属合金表面に塗布しようとする接着剤の粘度が低い(例えば10Pa秒以下である)場合には上記減圧/常圧戻し操作を行うまでもなく、接着剤が超微細凹凸に侵入する場合がある。この場合には、当然染み込まし処理は不要である。また、塗布しようとする接着剤の粘度が高くても、金属合金を暖めておくことにより、塗布後に接着剤の粘度が低下して超微細凹凸に侵入する場合がある。この場合にも染み込まし処理は不要となる。これら、接着剤塗布前における金属合金の加熱、及び染み込まし処理は、接着剤の超微細凹凸への侵入具合に応じて行えばよい。
【0046】
(CFRP部材)
粗面化したCFRP部材の所定箇所に、1液性エポキシ接着剤を塗布した後、デシケータ等の容器に入れて密閉し、容器内を真空ポンプ等で一旦減圧し、その後に常圧に戻す操作を行う。具体的には、容器内を数十mmHg程度まで減圧して一定時間以上(概ね数秒〜数分)置き、その後空気を入れて常圧に戻す(又は数気圧以上の圧力まで加圧する)ことが好ましい。減圧状態に置く時間は、接着剤の粗面化部分に係る凹凸への侵入具合に応じて調整する。この作業は、粗面化により生じたCFRP部材表面の凹凸に接着剤を侵入させることを目的とする。即ち、CFRPのマトリックス樹脂が硬化したエポキシ樹脂硬化物に、エポキシ接着剤である接着剤を染み込ませるのである。硬化剤を混入した後の接着剤の粘度が数十Pa秒以上と高い場合には、染み込まし処理に使用する容器は予め50〜70℃に加熱しておく。これによりエポキシ接着剤の粘度を15Pa秒以下、好ましくは10Pa秒以下にする。
【0047】
ここで、CFRP部材に塗布しようとする接着剤の粘度が低い(例えば15Pa秒以下である)場合には上記減圧/常圧戻し操作を行うまでもなく、接着剤が粗面化部分に係る凹凸に侵入する場合がある。この場合には、当然染み込まし処理は不要である。また、塗布しようとする接着剤の粘度が高くても、CFRP部材を暖めておくことにより、塗布後に接着剤の粘度が低下して粗面化部分の凹凸に侵入する場合がある。この場合にも染み込まし処理は不要となる。これら、接着剤塗布前におけるCFRP部材の加熱及び染み込まし処理は、接着剤の凹凸への侵入具合に応じて行えばよい。
【発明の効果】
【0048】
本発明は、引っ張り強度及び引っ張り弾性率が低い炭素繊維を選択することによって、これをベースとしたCFRPプリプレグにおける当該炭素繊維とマトリックス樹脂との接着力を向上させた。その結果として、接着対象となる部分に上記CFRPプリプレグを使用したCFRP部材と被着材との強固な接着が可能となった。コボンド法による接着を行う場合であって、被着材がNATの3条件を満たす金属合金である場合、従来技術では当該金属合金と1液性エポキシ接着剤との接着力が、炭素繊維とマトリックス樹脂との接着力を上回っていた。これにより、複合体全体としてはNATに基づく強固な接合の効果が減殺されるという課題があった。しかし、本発明によって、この課題が解決された。CFRP部材同士のコボンド接着においても、炭素繊維とマトリックス樹脂との接着力の向上によって、同様に接合体の接着力が向上した。また、コキュア法によってCFRP部材と被着材(金属合金又はCFRP)とを接合させた場合にも、従来より強固な接合体となった。
【0049】
本発明は、一般的には低級として分類されている引っ張り強度が低いPAN系炭素繊維をベースとしたCFRPプリプレグを使用することにより、被着材との強固な接合を実現しようとするものである。既に1液性エポキシ接着剤とNATの3条件を満たす金属合金、又はCFRPのマトリックス樹脂硬化物とNATの3条件を満たす金属合金との極めて強固な接着が本発明者らによって実現されていたのである。これにより、接合体全体では、極めて高いせん断破断力(常温下では40MPa以上)が与えられたときに炭素繊維とマトリックス樹脂の接着力に起因して破断が起こるという特殊な事例が生じた。この特殊性を踏まえた上で、炭素繊維とマトリックス樹脂の接着力を向上させ、このような特殊状況下におけるCFRP部材と被着材(CFRP部材又は金属合金)の接合力を一層高めたものである。
【0050】
CFRP部材のうち、接着に供される範囲となる表層以外に関しては、引っ張り強度の高いPAN系炭素繊維をベースとしたCFRPプリプレグを使用することでCFRP部材全体としては引っ張り強度が改善される。即ち、接着に供される表層についてのみ、低級のCFRPプリプレグを使用することによって、接着性能が良好であり、かつCFRP部材自体としても引っ張り強度に優れた部材とすることができた。また、本発明らが開発した1液性エポキシ接着剤を使用することにより、100℃以上の高温下においても破断しがたい接合体を作成することができた。本発明は、炭素繊維やCFRPプリプレグメーカー以外の一般製造業者にとっても容易に実施可能であり、CFRP部材の領域拡大に大きく貢献する技術である。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】図1は、A7075アルミニウム合金を苛性ソーダ水溶液で化学エッチングし、水和ヒドラジン水溶液で微細エッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図2】図2は、A5052アルミニウム合金を苛性ソーダ水溶液で化学エッチングし、水和ヒドラジン水溶液で微細エッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図3】図3は、AZ31Bマグネシウム合金をクエン酸水溶液で化学エッチングし、過マンガン酸カリ水溶液で化成処理した表面の10万倍電子顕微鏡写真((a)(b)いずれも10万倍)である。
【図4】図4は、C1100銅合金を硫酸・過酸化水素水溶液で化学エッチングし、亜塩素酸ソーダ水溶液で表面硬化処理した表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図5】図5は、C5191リン青銅合金を硫酸・過酸化水素水溶液で化学エッチングし、亜塩素酸ソーダ水溶液で表面硬化処理した表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図6】図6は、KFC銅合金を硫酸・過酸化水素水溶液で化学エッチングし、亜塩素酸ソーダ水溶液で表面硬化処理した表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図7】図7は、KLF5銅合金を硫酸・過酸化水素水溶液で化学エッチングし、亜塩素酸ソーダ水溶液で表面硬化処理した表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図8】図8は、「KS40」純チタン系チタン合金を1水素2弗化アンモニウム水溶液で化学エッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図9】図9は、「KSTi−9」α−β系チタン合金を1水素2弗化アンモニウム水溶液で化学エッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図10】図10は、SUS304ステンレス鋼を硫酸水溶液で化学エッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図11】図11は、SPCC冷間圧延鋼材を硫酸水溶液でエッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図12】図12は、SPHC熱間圧延鋼材を硫酸水溶液でエッチングした表面の電子顕微鏡写真((a):1万倍,(b):10万倍)である。
【図13】図13は、炭素繊維「TR30S(三菱レイヨン株式会社製)」の2千倍電子顕微鏡写真である。
【図14】図14は、炭素繊維「TR30S(三菱レイヨン株式会社製)」の2千倍電子顕微鏡写真である。
【図15】図15は、炭素繊維「TR30S(三菱レイヨン株式会社製)」の1万倍電子顕微鏡写真である。
【図16】図16は、炭素繊維「T800SC(東レ株式会社製)」の2千倍電子顕微鏡写真である。
【図17】図17は、炭素繊維「T800SC(東レ株式会社製)」の1万倍電子顕微鏡写真である。
【図18】図18は、CFRP同士の接合体、又は金属合金とCFRPの複合体を作成する焼成治具の構造図である。
【図19】図19は、金属合金とCFRPの複合体、又はCFRP同士の接合体の形状を示す外観図である。
【図20】図20は、金属合金と1液性エポキシ接着剤が接合したときの表面構造を示す断面図である。
【図21】図21は、CFRPプリプレグを積層してCFRP板を作成する焼成治具の構造図である。
【図22】図22は、補強した金属合金とCFRPの複合体の形状を示す外観図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0052】
(NATの条件に適合する金属合金)
以下の実験例では、CFRPの被着材として、「NAT」の3条件を具備する金属合金を使用する。前述の「NAT」に基づく表面構造を具備する金属合金としては、理論上特にその種類に制限はない。しかし、実際に「NAT」を適用できるのは、硬質で実用的な金属合金である。本発明者等は、アルミニウム、マグネシウム、銅、チタン、及び鉄を主成分とする金属合金種に関して「NAT」が適用可能であることを確認した。特許文献1にアルミニウム合金に関する記載をした。特許文献2にマグネシウム合金に関する記載をした。特許文献3に銅合金に関する記載をした。特許文献4にチタン合金に関する記載をした。特許文献5にステンレス鋼に関する記載をした。特許文献6に一般鋼材に関する記載をした。しかし、「NAT」ではアンカー効果により接着力の向上を図っているので、少なくともこれらの金属合金種に限定されるものではない。以下、金属合金表面を「NAT」の条件に適合する表面構造とするための表面処理工程について述べる。
【0053】
(化学エッチング)
この表面処理工程における化学エッチングは、金属合金表面にミクロンオーダーの粗度を生じさせることを目的とする。腐食には全面腐食、孔食、疲労腐食など種類があるが、その金属合金に対して全面腐食を生じる薬品種を選んで試行錯誤し、適当なエッチング剤を選ぶことができる。文献記録(例えば「化学工学便覧(化学工学協会編集)」)によれば、アルミニウム合金は塩基性水溶液、マグネシウム合金は酸性水溶液、ステンレス鋼や一般鋼材全般は、塩酸等ハロゲン化水素酸、亜硫酸、硫酸、これらの塩、等の水溶液で全面腐食するとの記録がある。
【0054】
又、耐食性の強い銅合金は、高濃度の硝酸水溶液や強酸性とした過酸化水素などの酸化性酸や酸化剤配合液によって全面腐食させられるし、チタン合金は蓚酸や弗化水素酸系の特殊な酸で全面腐食させられることが専門書や特許文献から散見される。実際に市場で販売されている金属合金類は、純銅系銅合金や純チタン系チタン合金のように純度が99.9%以上で合金とは言い難い物もあるが、これらも本発明の金属合金に含まれる。実際に使用されている金属合金の殆どは、特徴的な物性を求めて多種多用な元素が混合されて純金属系の物は少なく、実質的にも合金である。
【0055】
即ち、金属合金の殆どは、元々の金属物性を低下させることなく耐食性を向上させることを目的として純金属から合金化されたものである。それ故、金属合金によっては、前記酸・塩基類や特定の化学物質を使っても、目標とする化学エッチングができない場合もよくある。実際には使用する酸・塩基水溶液の濃度、液温度、浸漬時間、場合によっては添加物を工夫しつつ試行錯誤して適正な化学エッチングを行うことになる。
【0056】
化学エッチング法については、特許文献1にアルミニウム合金に関する記載、特許文献2にマグネシウム合金に関する記載、特許文献3に銅合金に関する記載、特許文献4にチタン合金に関する記載、特許文献5にステンレス鋼に関する記載、及び特許文献6に一般鋼材に関する記載をした。
【0057】
実際に行う作業として全般的に共通する点を説明する。金属合金を所定の形状に形状化した後、当該金属合金用の脱脂剤を溶かした水溶液に浸漬して脱脂し、水洗する。この工程は、金属合金を形状化する工程で付着した機械油や指脂の大部分を除くための処理であり、常に行うことが好ましい。次いで、薄く希釈した酸・塩基水溶液に浸漬して水洗するのが好ましい。これは本発明者等が予備酸洗浄や予備塩基洗浄と称している工程である。一般鋼材のように酸で腐食するような金属合金では、塩基性水溶液に浸漬し水洗する。また、アルミニウム合金のように塩基性水溶液で特に腐食が早い金属合金では、希薄酸水溶液に浸漬し水洗する。これらは、化学エッチングに使用する水溶液と逆性のものを前もって金属合金に付着(吸着)させる工程であり、その後の化学エッチングが誘導期間なしに始まることになって処理の再現性が著しく向上する。それ故にこの予備酸洗浄、予備塩基洗浄工程は本質的なものではないが、実務上、採用することが好ましい。これらの工程の後に化学エッチング工程を行う。
【0058】
(微細エッチング・表面硬化処理)
また上記表面処理工程における微細エッチングは、金属合金表面に超微細凹凸を形成することを目的とする。また本発明における表面硬化処理は、金属合金の表層を金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層とすることを目的とする。金属合金種によっては前記化学エッチングを行っただけで同時にナノオーダーの微細エッチングもなされ、超微細凹凸が形成される場合がある。さらに、金属合金種によっては表面の自然酸化層が元よりも厚くなって表面硬化処理も完了している場合もある。例えば、純チタン系のチタン合金は化学エッチングだけを行うことで、表面がミクロンオーダーの粗度を有し、且つ超微細凹凸も形成される。即ち、化学エッチングと併せて微細エッチングもなされる。しかし、多くは化学エッチングによりミクロンオーダーの大きな凹凸面を作った後で微細エッチングや表面硬化処理を行う必要がある。
【0059】
この時でも予測できない化学現象に見舞われることが多い。即ち、表面硬化処理や表面安定化処理を目的に化学エッチング後の金属合金に酸化剤等を反応させたり化成処理をしたとき、得られる表面に偶然ながら超微細凹凸が形成される場合がある。マグネシウム合金を過マンガン酸カリ系水溶液で化成処理した場合に生じた酸化マンガンとみられる表面層は10万倍電子顕微鏡でようやく判別つく5〜10nm直径の棒状結晶が錯綜したものである。この試料をXRD(X線回折計)で分析したが、酸化マンガン類由来の回折線は検出できなかったが、表面が酸化マンガンで覆われていることはXPS分析で明らかである。XRDで検出できなかった理由は、結晶が検出限界を超えた薄い層であったからである。要するに、マグネシウム合金では表面硬化処理としての化成処理を施したことで、微細エッチングも併せて完了していたことになった。
【0060】
銅合金でも同様で、塩基性下の酸化で表面を酸化第2銅に変化させる表面硬化処理を行ったところ、純銅系銅合金では、その表面は楕円形の穴開口部で覆われた特有の超微細凹凸面になる。一方、純銅系でない銅合金では凹部型でなく10〜150nm径の粒径物又は不定多角形状物が連なり、一部融け合って積み重なった形の超微細凹凸面になる。この場合でも表面の殆どは酸化第2銅で覆われており、表面の硬化と超微細凹凸の形成が同時に起こる。
【0061】
一般鋼材に関しては、更なる検証が必要ではあるものの、ミクロンオーダーの粗度を形成するための化学エッチングだけで超微細凹凸も併せて形成されていることが多く、元来表層(自然酸化層)が硬いこともあって、表面硬化処理や微細エッチング処理を改めて行わずとも、「NAT」の条件を備える場合があった。その際の問題は、自然酸化層の耐食性が十分でないために接着工程までに腐食が開始してしまうこと、また、接着後の環境如何では短時間で接着力が低下することであった。これらは化成処理によって防ぐことができる。例を挙げると、化成処理をしていない一般鋼材(SPCC:冷間圧延鋼材)同士をフェノール樹脂系接着剤で接着した接合体に関しては、4週間という短期間で接着力が急激に低下した。一方、化成処理をした一般鋼材(SPCC)同士をフェノール樹脂系接着剤で接着した接合体に関しては、同じ期間では当初の接着力から低下しなかった。
【0062】
また、本発明者らは、一般に、化成処理によって金属合金表面に形成された被膜(化成被膜)の膜厚が厚いと、接着力が低下することが多いことを確認している。前記のマグネシウム合金に付着した酸化マンガン薄層のように、XRDで回折線が検出されないような薄層である方が、強い接着力が得られる。化成被膜が厚い金属合金同士をエポキシ接着剤で接着し、破壊試験した場合、破壊面は殆どが化成皮膜と金属合金層との間となる。本発明者らが行った実験では、厚い化成皮膜とエポキシ接着剤硬化物との接合力は、その化成皮膜と金属合金との接合力より常に強かった。即ち、一般鋼材でも、化成処理時間を更に長くして化成処理層を厚くすれば、接着力は長期間低下しないと考えられる。しかしながら化成皮膜を厚くすれば、接着力自体が低下する。従って、どの程度でバランスを取るかは、使用目的、用途等にもよる。
【0063】
以下、本発明の実施の形態を説明する。測定等に使用した機器類は以下に示したものである。
(a)X線表面観察(XPS観察)
数μm径の表面を深さ1〜2nmまでの範囲で構成元素を観察する形式のESCA「AXIS−Nova(クレイトス(米国)/株式会社 島津製作所(日本国京都府)製)」を使用した。
(b)電子顕微鏡観察
SEM型の電子顕微鏡「S−4800(株式会社 日立製作所製)」及び「JSM−6700F(日本電子株式会社(日本国東京都)製)」を使用し1〜2KVにて観察した。
(c)走査型プローブ顕微鏡観察
「SPM−9600(株式会社 島津製作所製)」を使用した。
(d)X線回折分析(XRD分析)
「XRD−6100(株式会社 島津製作所製)」を使用した。
(e)複合体の接合強度の測定
引っ張り試験機「MODEL−1323(アイコーエンジニアリング株式会社(日本国大阪府)製)」を使用し、引っ張り速度10mm/分でせん断破断力を測定した。
次に、CFRP部材の被着材となる金属合金の表面処理について説明する。
【0064】
[実験例1](アルミニウム合金(A7075)の表面処理)
市販の厚さ3mmのアルミニウム合金板材「A7075」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のA7075片を多数作成した。槽の水に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を投入して、60℃、濃度7.5%の水溶液とした。これに前記A7075片を7分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に40℃とした1%濃度の塩酸水溶液を用意し、これに前記A7075片を1分浸漬し、よく水洗した。次いで別の槽に40℃とした1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液を用意し、これに前記A7075片を4分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に40℃とした3%濃度の硝酸水溶液を用意し、これに前記A7075片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に60℃とした一水和ヒドラジンを3.5%含む水溶液を用意し、これに前記A7075片を2分浸漬し、水洗した。次いで5%濃度の過酸化水素水溶液を40℃とし、これに前記A7075片を5分浸漬し、水洗した。次いで67℃にした温風乾燥機に前記A7075片を15分入れて乾燥した。
【0065】
乾燥後、アルミ箔で前記A7075片をまとめて包み、更にこれをポリ袋に入れて封じ保管した。同じ処理をした1個を電子顕微鏡で観察したところ、40〜100nm径の凹部で覆われていることが分かった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図1に示した。又、走査型プローブ顕微鏡にかけて粗度データを得た。これによるとRSmは3〜4μm、Rzは1〜2μmであった。
【0066】
[実験例2](アルミニウム合金(A5052)の表面処理)
市販の厚さ1.6mmのアルミニウム合金板材「A5052」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のA5052片を多数作成した。槽の水に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を投入して、60℃、濃度7.5%の水溶液とした。これに前記A5052片を7分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に40℃とした1%濃度の塩酸水溶液を用意し、これに前記A5052片を1分浸漬し、よく水洗した。次いで別の槽に40℃とした1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液を用意し、これに前記A5052片を2分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に40℃とした3%濃度の硝酸水溶液を用意し、これに前記A5052片を1分浸漬し、よく水洗した。次いで別の槽に60℃とした一水和ヒドラジンを3.5%含む水溶液を用意し、これに前記A5052片を2分浸漬し、水洗した。次いで67℃にした温風乾燥機に前記A5052片を15分入れて乾燥した。
【0067】
乾燥後、アルミ箔で前記A5052片をまとめて包み、更にこれをポリ袋に入れて封じ保管した。同じ処理をした1個を電子顕微鏡で観察したところ、30〜100nm径の凹部で覆われていることが分かった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図2に示した。又、走査型プローブ顕微鏡にかけて粗度データを得た。これによるとRSmは1〜2μm、Rzは0.3〜0.5μmであった。
【0068】
[実験例3](マグネシウム合金の表面処理)
市販の厚さ1mmのマグネシウム合金板材「AZ31B」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のAZ31B片を多数作成した。槽の水に市販のマグネシウム合金用脱脂剤「クリーナー160(メルテックス社製)」を投入して、65℃、濃度7.5%の水溶液とした。これに前記AZ31B片を5分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に40℃とした1%濃度の水和クエン酸水溶液を用意し、これに前記AZ31B片を6分浸漬し、よく水洗した。次いで別の槽に65℃とした1%濃度の炭酸ナトリウムと1%濃度の炭酸水素ナトリウムを含む水溶液を用意し、これに前記AZ31B片を5分浸漬し、よく水洗した。続いて別の槽に65℃とした15%濃度の苛性ソーダ水溶液を用意し、これに前記AZ31B片を5分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に40℃とした0.25%濃度の水和クエン酸水溶液を用意し、これに前記AZ31B片を1分浸漬し、水洗した。次いで過マンガン酸カリを2%、酢酸を1%、及び水和酢酸ナトリウムを0.5%含む水溶液(45℃)を用意し、これに前記AZ31B片を1分浸漬し、15秒水洗した後、90℃にした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0069】
乾燥後、アルミ箔で前記AZ31B片をまとめて包み、更にこれをポリ袋に入れて封じ保管した。同じ処理をした1個を電子顕微鏡で観察したところ、5〜10nm径の棒状結晶が複雑に絡み合っている箇所や、それらの塊が100nm径程度の集まりとなり、その集まりが面を作っている超微細な凹凸形状で覆われている箇所があった。電子顕微鏡を10万倍として観察したときの写真を図3に示した。又、走査型プローブ顕微鏡で走査して粗度観測を行ったところ、RSmが2〜3μm、Rzが1〜1.5μmであった。
【0070】
[実験例4](銅合金(C1100)の表面処理)
市販の厚さ1mmの純銅系銅合金であるタフピッチ銅板材「C1100」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のC1100片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記C1100片を5分浸漬して水洗した。次いで40℃とした1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液に前記C1100片を1分浸漬して水洗することにより予備塩基洗浄した。次いで25℃とした銅合金用エッチング材「CB5002(メック社製)」を20%、30%過酸化水素を18%含む水溶液を用意し、これに前記C1100片を10分浸漬し、水洗した。
【0071】
次いで別の槽に苛性ソーダを10%、亜塩素酸ナトリウムを5%含む水溶液(65℃)を酸化用水溶液として用意し、前記C1100片を1分浸漬し、よく水洗した。次いで前記C1100片を前述したエッチング用槽に1分浸漬して水洗した後、前述した酸化用水溶液に1分浸漬し、よく水洗した。次いで前記C1100片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。乾燥後、アルミ箔で前記C1100片をまとめて包み、更にこれをポリ袋に入れて封じ保管した。同じ処理をした1個を走査型プローブ顕微鏡にかけた。その結果、RSmは3〜7μm、Rzは3〜5μmであった。又、10万倍電子顕微鏡で観察したところ、直径又は長径短径の平均が10〜150nmの孔開口部又は凹部が30〜300nmの非定期な間隔で全面に存在する超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われていた。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図4に示した。
【0072】
[実験例5](銅合金(C5191)の表面処理)
市販の厚さ0.8mmのリン青銅板材「C5191」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のC5191片を多数作成した。槽に市販のアルミ合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を7.5%含む水溶液(60℃)を脱脂用水溶液として用意し、これに前記C5191片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。続いて別の槽に銅合金用エッチング材「CB5002(メック社製)」を20%、30%過酸化水素を18%含む水溶液(25℃)を用意し、これに前記C5191片を15分浸漬し水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダを10%、亜塩素酸ナトリウムを5%含む水溶液を酸化用水溶液(65℃)として用意し、これに前記C5191片を1分浸漬し、よく水洗した。
【0073】
次いで前記C5191片を、再び前述したエッチング液に1分浸漬し、水洗した後、再度前述した酸化用水溶液に1分浸漬し、水洗した。次いで前記C5191片を、90℃にした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。アルミニウム箔に包んで保管した。同じ処理をした1個を、電子顕微鏡にて1万倍、10万倍として観察したときの写真を図5に示した。電子顕微鏡を10万倍としたときの観察で、直径又は長径短径の平均が10〜200nmの凸部が混ざり合って全面に存在する超微細凹凸形状であり、純銅系であるタフピッチ銅の微細構造とは全く異なった形状であった。又、走査型プローブ顕微鏡にかけた。その結果、RSmは1〜3μm、Rzは0.3〜0.4μmであった。
【0074】
[実験例6](銅合金(KFC)の表面処理)
市販の厚さ0.7mmの鉄含有銅合金板材「KFC(神戸製鋼所社製)」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のKFC片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記KFC片を5分浸漬して水洗し、次いで40℃とした1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液に1分浸漬して水洗することにより予備塩基洗浄した。次いで、銅合金用エッチング材「CB5002(メック社製)」を20%、30%過酸化水素を18%含む水溶液(25℃)を用意し、これに前記KFC片を8分浸漬し、水洗した。
【0075】
次いで別の槽に苛性ソーダを10%、亜塩素酸ナトリウムを5%含む水溶液(65℃)を酸化用水溶液として用意し、これに前記KFC片を1分浸漬し、よく水洗した。次いで、前述したエッチング用槽に前記KFC片を1分浸漬して水洗した後、前述した酸化用水溶液に1分浸漬し、よく水洗した。次いで前記KFC片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。乾燥後、前記KFC片をアルミ箔でまとめて包み、更にこれをポリ袋に入れて封じ保管した。同じ処理をした1個を走査型プローブ顕微鏡にかけた。その結果、RSmは1〜3μm、Rzは0.3〜0.5μmであった。又、10万倍電子顕微鏡観察したところ、直径又は長径短径の平均が10〜200nmの凸部が混ざり合って全面に存在する超微細凹凸形状で全面が覆われていた。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図6に示した。
【0076】
[実験例7](銅合金(KLF5)の表面処理)
市販の厚さ0.4mmの特殊銅合金板材「KLF5(神戸製鋼所社製)」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のKLF5片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記KLF5片を5分浸漬して水洗し、次いで40℃とした1.5%濃度の苛性ソーダ水溶液に1分浸漬して水洗することにより予備塩基洗浄した。次いで銅合金用エッチング材「CB5002(メック社製)」を20%、30%過酸化水素を18%含む水溶液(25℃)を用意し、これに前記KLF5片を8分浸漬し、水洗した。
【0077】
次いで別の槽に苛性ソーダを10%、亜塩素酸ナトリウムを5%含む水溶液(65℃)を酸化用水溶液として用意し、これに前記KLF5片を1分浸漬してよく水洗した。次いで前述したエッチング用槽に前記KLF5片を1分浸漬して水洗した後、前述した酸化用水溶液に1分浸漬し、よく水洗した。次いで前記KLF5片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。乾燥後、アルミ箔で前記KLF5片をまとめて包み、更にこれをポリ袋に入れて封じ保管した。同じ処理をした1個を走査型プローブ顕微鏡にかけた。その結果、JISで言う山谷平均間隔(RSm)は1〜3μm、最大高さ粗さ(Rz)は0.3〜0.5μmであった。又、10万倍電子顕微鏡観察したところ、直径10〜20nmの粒径物及び50〜150nm径の不定多角形状物が混ざり合って積み重なった形状、言わば溶岩台地斜面ガラ場状の超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われていた。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図7に示す。
【0078】
[実験例8](純チタン合金の表面処理)
市販の厚さ1mmの純チタン型チタン合金板材「KS40(神戸製鋼所社製)」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のKS40片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これを脱脂用水溶液とした。この脱脂用水溶液に前記KS40片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。続いて別の槽に1水素2弗化アンモニウムを40%含む万能エッチング材「KA−3(金属加工技術研究所社製)」を2%含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記KS40片を3分浸漬し、イオン交換水でよく水洗した。次いで、前記KS40片を3%濃度の硝酸水溶液に1分浸漬し、水洗した後、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0079】
乾燥後、アルミ箔で前記KS40片をまとめて包み、更にこれをポリ袋に入れて封じ保管した。同じ処理をした1個を電子顕微鏡、及び走査型プローブ顕微鏡にかけ観察した。電子顕微鏡での観察から、幅と高さが10〜数百nmで長さが10nm以上(殆どは数百nm)の湾曲した連山状突起が間隔周期10〜数百nmで面上に林立している形状の超微細凹凸面を有していることが分かった。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図8に示した。又、走査型プローブ顕微鏡の観察で、RSmは1〜3μm、Rzは0.8〜1.5μmであった。又、XPSによる分析から表面には酸素とチタンが大量に観察され、少量の炭素が観察された。これらから表層は酸化チタンが主成分であることが分かり、しかも暗色であることから3価のチタンの酸化物と推定された。
【0080】
[実験例9](α−β型チタン合金の表面処理)
市販の厚さ1mmのα−β型チタン合金板材「KSTi−9(神戸製鋼社製)」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のKSTi−9片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これを脱脂用水溶液とした。この脱脂用水溶液に前記KSTi−9片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。次いで別の槽に苛性ソーダ1.5%濃度の水溶液(40℃)を用意し、これに前記KSTi−9片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に、市販汎用エッチング試薬「KA−3(金属加工技術研究所社製)」を2重量%溶解した水溶液(60℃)を用意し、これに前記KSTi−9片を3分浸漬し、イオン交換水でよく水洗した。ここで前記KSTi−9片には黒色のスマットが付着していたので、40℃とした3%濃度の硝酸水溶液に3分浸漬し、次いで超音波を効かしたイオン交換水に5分浸漬してスマットを落とし、再び3%硝酸水溶液に0.5分浸漬し、水洗した。次いで前記KSTi−9片を、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。得られたKSTi−9片に金属光沢はなく暗褐色であった。
【0081】
乾燥後、アルミ箔で前記KSTi−9片をまとめて包み、更にこれをポリ袋に入れて封じ保管した。同じ処理をした1個を電子顕微鏡、及び走査型プローブ顕微鏡で観察した。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図9に示す。その様子は実験例8の電顕観察写真図8に酷似した部分に加え、表現が難しい枯葉状の部分が多く見られた。又、走査型プローブ顕微鏡による走査解析によると、RSmは4〜6μm、Rzは1〜2μmであった。
【0082】
[実験例10](ステンレス鋼の表面処理)
市販の厚さ1mmのステンレス鋼板材「SUS304」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のSUS304片を多数作成した。槽に市販のアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」を7.5%含む水溶液(60℃)を用意し、これを脱脂用水溶液とした。この脱脂用水溶液に前記SUS304片を5分浸漬して脱脂し、よく水洗した。次いで別の槽に1水素2弗化アンモニウムを1%と98%硫酸を5%含む水溶液(65℃)を用意し、これに前記SUS304片を4分浸漬し、イオン交換水でよく水洗した。次いで、前記SUS304片を、40℃とした3%濃度の硝酸水溶液に3分浸漬し、水洗した後、90℃とした温風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0083】
乾燥後、アルミ箔で前記SUS304片をまとめて包み、更にこれをポリ袋に入れて封じ保管した。同じ処理をした1個を電子顕微鏡、及び走査型プローブ顕微鏡で観察した。電子顕微鏡を1万倍、10万倍として観察したときの写真を図10に示す。電子顕微鏡による観察では、表面が、直径20〜70nmの粒径物や不定多角形状物が積み重なった形状、言わば溶岩台地斜面ガラ場状、の超微細凹凸形状で覆われていた。また、走査型プローブ顕微鏡の走査解析で、RSmは1〜2μmであり、Rzは0.3〜0.4μmであった。更に別の1個をXPS分析にかけた。このXPS分析から表面には酸素と鉄が大量に、又、少量のニッケル、クロム、炭素、ごく少量のモリブデン、珪素が観察された。これらから表層は金属酸化物が主成分であることが分かった。この分析パターンはエッチング前のSUS304と殆ど同じであった。
【0084】
[実験例11](一般鋼材(SPCC)の表面処理)
市販の厚さ1.6mmの冷間圧延鋼板材「SPCC」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のSPCC片を多数作成した。各SPCC片の端部に穴を開け、その穴に塩化ビニルでコートした銅線を通し、SPCC片同士が互いに重ならないように銅線を曲げて加工し、全てを同時にぶら下げられるようにした。槽にアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」7.5%を含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記SPCC片を5分浸漬し、水道水(群馬県太田市)で水洗した。次いで別の槽に40℃とした1.5%苛性ソーダ水溶液を用意し、これに前記SPCC片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に98%硫酸を10%含む水溶液(50℃)を用意し、これに前記SPCC片を6分浸漬し、イオン交換水で十分に水洗した。次いで前記SPCC片を、25℃とした1%濃度のアンモニア水に1分浸漬して水洗した後、2%濃度の過マンガン酸カリ、1%濃度の酢酸、0.5%濃度の水和酢酸ナトリウムを含む水溶液(45℃)に1分浸漬して十分に水洗した。次いで、前記SPCC片を90℃とした温風乾燥機内に15分入れて乾燥した。
【0085】
同じ処理をしたSPCC片の10万倍電子顕微鏡による観察結果を図11に示した。この写真から、高さ及び奥行きが80〜200nmで幅が数百〜数千nmの階段が無限に続いた形状の超微細凹凸形状で、ほぼ全面が覆われていることが分かる。パーライト構造が剥き出しになった様子であり、化成処理層はごく薄いことが分かる。一方、走査型プローブ顕微鏡による走査解析では、RSmが1〜3μm、Rzが0.3〜1.0μmの粗度が観察された。
【0086】
〔実験例12〕(一般鋼材(SPHC)の表面処理)
市販の厚さ1.6mmの熱間圧延鋼板材「SPHC」を入手し、切断して長方形(45mm×18mm)のSPHC片を多数作成した。各SPHC片の端部に穴を開け、その穴に塩化ビニルでコートした銅線を通し、SPHC片同士が互いに重ならないように銅線を曲げて加工し、全てを同時にぶら下げられるようにした。槽にアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6(メルテックス社製)」7.5%を含む水溶液(60℃)を用意し、これに前記SPHC片を5分浸漬し、水道水(群馬県太田市)で水洗した。次いで別の槽に40℃とした1.5%苛性ソーダ水溶液を用意し、これに前記SPHC片を1分浸漬し、水洗した。次いで別の槽に98%硫酸を10%と1水素2弗化アンモニウム1%を含む水溶液(65℃)を用意し、これに前記SPHC片を2分浸漬し、イオン交換水で十分に水洗した。次いで、前記SPHC片を、25℃とした1%濃度のアンモニア水に1分浸漬して水洗した。次いで、前記SPHC片を、80%正リン酸を1.5%、亜鉛華を0.21%、珪弗化ナトリウムを0.16%、塩基性炭酸ニッケルを0.23%含む水溶液(55℃)に1分浸漬して十分に水洗した。次いで、前記SPHC片を90℃とした温風乾燥機内に15分入れて乾燥した。
【0087】
得られたSPHC片の10万倍電子顕微鏡による観察結果(図12)から、高さ及び奥行きが80〜500nmで幅が数百〜数万nmの階段が無限に続いた形状の超微細凹凸形状でほぼ全面が覆われていることが分かり、これもやはりパーライト構造であった。一方、走査型プローブ顕微鏡による走査解析ではRSmが1〜3μm、Rzが0.3〜1.0μmの粗度が観察された。
【0088】
[実験例13](1液性エポキシ接着剤の作成)
ビスフェノールA型エポキシ樹脂の単量体型が主成分の分子量約370のエポキシ樹脂「JER828(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」、固体である分子量約1600のオリゴマー型のビスフェノールA型エポキシ樹脂「JER1004(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」、多官能型のフェノールノボラック型エポキシ樹脂「JER154(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」、アニリン型の3官能エポキシ樹脂「JER630(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」、平均粒径が8〜12μmの微粉タルク「ハイミクロンHE5(竹原化学工業社製)」、これと同等の粒径のクレー(カオリン)「サテントン5(竹原化学工業社製)」、粒径分布の中心が16μmの純アルミニウム系アルミニウム合金粉体「フィラー用アルミニウムパウダー(東洋アルミニウム株式会社製)」、エポキシ樹脂の硬化剤である微粉型ジシアンジアミド「DICY7(ジャパンエポキシレジン株式会社製)」、硬化助剤として使う3−(3,4−ジクロルフェニル)−1,1−ジメチルウレア「DCMU99(保土ヶ谷化学工業社製)」、粒径分布の中心が20μmの水酸基付きPES粉体「ウルトラゾーンE2020P−SRMicro(BASF社製)」を入手した。
【0089】
「JER828」を65質量部、「JER1004」を5質量部、「JER154」を10質量部、及び「JER630」20質量部をビーカーに取り、160℃とした熱風乾燥機内に放置して加熱し、固体型「JER1004」を溶融すると同時によく撹拌し、全体を均一化した。その後、放冷し、エポキシ樹脂液として保管した。
【0090】
次いで乳鉢に、前記混合物100質量部、粒径分布中心が約10μmのタルク粉体「ハイミクロンHE5(竹原化学工業社製)」を10質量部、粒径分布中心が16μmのアルミニウム粉体「フィラー用アルミニウムパウダー」を40質量部、粒径分布中心が20μmの水酸基付きポリエーテルスルホン樹脂粉体「ウルトラゾーンE2020P−SRMicro(BASF社製)」を20質量部、硬化剤としての微粉型ジシアンジアミド「DICY7」5質量部、3−(3,4−ジクロルフェニル)−1,1−ジメチルウレア「DCMU99(保土ヶ谷化学工業社製)」2.5質量部を取った。この乳鉢内容物を乳棒で3分混合し混練した。1時間放置してから再度乳棒で1分混練した。これをポリエチ瓶に取り1日間室温下で放置してエージングし、その後5℃とした冷蔵庫に保管した。
【0091】
[実験例14](CFRPとA7075アルミニウム合金片のコキュア接着)
引っ張り強度が6GPaである高強度炭素繊維をベースとした厚さ0.2mmのCFRPプリプレグ「トレカ2255S−25(東レ社製)」を用意し、これから45mm×15mmの長方形片(厚さ0.2mm)を多数切り出した。また、繊維の引っ張り強度が4.4GPaと前者より低い炭素繊維をベースとした厚さ0.2mmのCFRPプリプレグ「パイロフィルTR3523M(三菱レイヨン社製)」を用意し、これから45mm×15mmの長方形片(厚さ0.2mm)を多数切り出した。
【0092】
一方、実験例1の方法で表面処理を施したNAT処理済みA7075アルミニウム合金片を得た。このアルミニウム合金片の端部4mmまでに実験例13で得た1液性エポキシ接着剤を塗布した。図18に示す焼成治具1を用いてCFRPとアルミニウム合金片の複合体を作成する。金型本体2及び金型底板5を組み合わせると、金型本体2の側壁と金型底板5の上面によって金型凹部が形成される。この金型凹部を覆うように、0.05mm厚の離型用フィルム17を敷いた。この離型用フィルム17の上に、アルミニウム合金片11を接着剤塗布面を上にして置き、このアルミニウム合金片11と金型本体2の側壁の空隙をポリテトラフルオロエチレン樹脂(以下、「PTFE」という。)製のスペーサ16で埋めた。
【0093】
次いで、これらアルミニウム合金片11及びスペーサ16の上面に、「パイロフィルTR3523M」片を3枚積層した。更にこの「パイロフィルTR3523M」片上に「トレカ2255S−25」片12枚を積層した。これらCFRPプリプレグ15枚の積層物が図中のCFRPプリプレグ積層物12として示されている。ここで、図18に示すCFRPプリプレグ積層物12の最下層となる「パイロフィルTR3523M」片の下面の左端部分が、アルミニウム合金片11上面の接着剤塗布領域と接触している。このCFRPプリプレグ積層物12と金型本体2の側壁の空隙を埋めるためにPTFE製のスペーサ13を設置し、これらを覆うように離型用フィルム14を敷いた。
【0094】
離型用フィルム14の上にPTFE製のブロック15を乗せ、ブロック15の上に鉄製の10kgの錘18を乗せて大型オートクレーブの中に置いた。オートクレーブの蓋を閉めて内温を約80℃とした後に真空ポンプで内圧を10mmHg以下とした。この温度で10分加熱し、その後温度を上げて135℃に達したときに空気を入れて常圧に戻した。その後、135℃で40分加熱し、その後で更に165℃まで温度を上げて、165℃前後を維持するように調節しつつ30分加熱した。その後、加熱を停止して30分間放冷した。オートクレーブを開き、焼成治具1を分解してCFRP(CFRPプリプレグ積層物12の硬化物)とアルミニウム合金片の複合体を得た。図19に複合体10の外観を示す。アルミニウム合金片11とCFRP12が、接着剤塗布領域13を介して接合されている。このようにして複合体10を多数作成した。
【0095】
[実験例15](CFRPとA7075アルミニウム合金片のコキュア接着)
実験例14と同様の方法で、「トレカ2255S−25」片のみからなるCFRPプリプレグ15枚の積層物と、実験例1の表面処理を施したA7075アルミニウム合金片との複合体を作成した。即ち、実験例14においては、「トレカ2255S−25」片12枚と「パイロフィルTR3523M」片3枚を積層したが、本実験例では「トレカ2255S−25」片15枚を積層し、その最下層に位置するものが、A7075アルミニウム合金片表面の1液性エポキシ接着剤との接着に供されることになる。
【0096】
[実験例16](接着力の測定)
実験例14で得たCFRPとA7075アルミニウム合金片の複合体について、1週間後に7対を試験機を使用して引っ張り破断して、せん断破断力を測定した。これらの試験は常温、100℃、及び150℃において行った。その結果(7対の平均値)を表1に示す(実験例16−1)。また、実験例15で得たCFRPとA7075アルミニウム合金片の複合体について、1週間後に7対を試験機を使用して引っ張り破断して、せん断破断力を測定した。これらの試験は常温、100℃、及び150℃において行った。その結果(7対の平均値)を表1に示す(実験例16−2)。
【0097】
【表1】

【0098】
表1には、常温、100℃、150℃における7対の複合体のせん断破断力の平均値を示した。括弧書きには7対の複合体について測定されたせん断破断力の最低値と最高値を示した(最低値〜最高値)。この結果から、常温〜100℃の温度域において、引っ張り強度が4.4GPaである「パイロフィルTR3523M」を接着部に使用した複合体のせん断破断力が、引っ張り強度が6GPaである「トレカ2255S−25」を使用した複合体を明確に上回った。せん断破断力の差は10MPa以上であった。この結果から、コキュア法により接着剤と被着材(ここではA7075アルミニウム合金)との強固な接着が確保されている条件下では、引っ張り強度が高い炭素繊維をベースとしたCFRPプリプレグよりも、表面に凹凸が存在し、表面性能が良くないとされているCFRPプリプレグの方が高い接着性能を示すことが明らかとなった。即ち、接着部に低級品に区分されるCFRPプリプレグを使用することにより、高級品に区分されるCFRPプリプレグよりも被着材との強固な接着を達成しうるという結果を得た。但し、150℃下ではこれらの効果が見えなくなった。NAT処理金属合金片同士の接着物ではこのようなことがなかったから、破壊メカニズムに線膨張率の差異が影響しているのかもしれない。
【0099】
[実験例17](CFRP片の作成)
引っ張り強度が6GPaである高強度炭素繊維をベースとした厚さ0.2mmのCFRPプリプレグ「トレカ2255S−25」を用意し、これから220mm×220mmの正方形片(厚さ0.2mm)を多数切り出した。また、引っ張り強度が前者より低い4.4GPaである炭素繊維をベースとした厚さ0.2mmのCFRPプリプレグ「パイロフィルTR3523M」を用意し、これから220mm×220mmの正方形片(厚さ0.2mm)を多数切り出した。実験例14及び15で使用した焼成治具と基本構造は同じで大きさの異なる焼成治具(図21)を使用し、これらCFRPプリプレグの積層物からなるCFRP板を作成する。金型本体2及び金型底板5を組み合わせると、金型本体2の側壁と金型底板5の上面によって金型凹部が形成される。この金型凹部を覆うように、0.05mm厚の離型用フィルム17を敷いた。
【0100】
この離型用フィルム17の上に、切断しておいた220mm×220mmの「トレカ2255S−25」片12枚を積層した。更にこの「トレカ2255S−25」片上に「パイロフィルTR3523M」片を3枚積層した。これらCFRPプリプレグ15枚の積層物が図中のCFRPプリプレグ積層物22として示されている。このCFRPプリプレグ積層物22を覆うように離型用フィルム14を敷いた。
【0101】
離型用フィルム14の上にPTFE製のブロック15を乗せ、ブロック15の上に鉄製の10kgの錘18を乗せて大型オートクレーブの中に置いた。オートクレーブの蓋を閉めて内温を約80℃とした後に真空ポンプで内圧を10mmHg以下とした。この温度で10分加熱し、その後温度を上げて135℃に達したときに空気を入れて常圧に戻した。その後、135℃で40分加熱し、その後で更に165℃まで温度を上げて、165℃前後を維持するように調節しつつ30分加熱した。その後、加熱を停止して30分間放冷した。オートクレーブを開き、焼成治具1を分解してCFRP板(CFRPプリプレグ積層物22の硬化物)を得た。このCFRP板を高圧水切断機により切断して、45mm×15mmで厚さ3mmのCFRP片を多数作成した。同様の工程を繰り返し、CFRP片を多数作成した。
【0102】
このようにして作成したCFRP片の「パイロフィルTR3523M」表面端部5mmを、JISR6252に規定される120番の研磨紙で10数回しっかり研磨して、粗面化した。次いで、超音波発信端を設置した槽にアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%を含む水溶液(60℃)を用意し、これに超音波をかけた状態として、粗面化したCFRP片を5分浸漬した。その後、このCFRP片を水洗し、80℃にセットした熱風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0103】
[実験例18](CFRP片の作成)
実験例17と同様の方法で、「トレカ2255S−25」片のみからなるCFRP片を作成した。即ち、実験例17においては、「トレカ2255S−25」片12枚と「パイロフィルTR3523M」片3枚を積層したが、本実験例では「トレカ2255S−25」片15枚を積層してCFRP板を得た。さらに、このCFRP板から、実験例17と同様の方法でCFRP片を多数作成した。
【0104】
このようにして作成したCFRP片の表面端部5mmを、JISR6252に規定される120番の研磨紙で10数回しっかり研磨して、粗面化した。次いで、超音波発信端を設置した槽にアルミニウム合金用脱脂剤「NE−6」を7.5%を含む水溶液(60℃)を用意し、これに超音波をかけた状態として、粗面化したCFRP片を5分浸漬した。その後、このCFRP片を水洗し、80℃にセットした熱風乾燥機に15分入れて乾燥した。
【0105】
[実験例19](CFRP片とA7075アルミニウム合金片のコボンド接着)
実験例1で得たA7075アルミニウム合金片の端部4mmまでに実験例13で得た1液性エポキシ接着剤を塗布した。また、実験例17で得たCFRP片の端部の粗面化部分に同じ1液性エポキシ接着剤を塗布した。同様に、実験例18で得たCFRP片の端部の粗面化部分に同じ1液性エポキシ接着剤を塗布した。このようにして接着剤を塗布したA7075アルミニウム合金片、実験例17で得たCFRP片、及び実験例18で得たCFRP片を、デシケータに入れた。このデシケータは、予め67℃とした温風乾燥機内に15分置いて温めておいたものである。次いで、デシケータ内を真空ポンプで減圧し、3分程度10mmHg以下の低圧状態に維持した後、常圧に戻した。この減圧/常圧戻しの操作(染み込まし処理)を複数回行った後、A7075アルミニウム合金片、実験例17で得たCFRP片、及び実験例18で得たCFRP片をデシケータから取り出した。
【0106】
A7075アルミニウム合金片の接着剤塗布領域と、実験例17で得たCFRP片の接着剤塗布領域とを密着させて図19に示す形状の対とし、クリップで固定した。同様に、A7075アルミニウム合金片の接着剤塗布領域と、実験例18で得たCFRP片の接着剤塗布領域とを密着させて図19に示す形状の対とし、クリップで固定した。接着面積(図19の斜線部分13)は0.5cm程度となるようにした。これらを90℃にセットした熱風乾燥機に入れ、135℃に昇温して40分加熱した。その後、さらに165℃まで昇温して30分加熱した後、電源を切って放冷した。
【0107】
上記のようにして得られたA7075アルミニウム合金/実験例17のCFRP(「トレカ2255S−25」及び「パイロフィルTR3523M」)複合体について、1週間後に7対を試験機を使用して引っ張り破断して、せん断破断力を測定した。これらの試験は常温、100℃、及び150℃において行った。その結果(7対の平均値)を表2に示す(実験例19−1)。また、上記のようにして得られたA7075アルミニウム合金/実験例18のCFRP(「トレカ2255S−25」)複合体について、1週間後に7対を試験機を使用して引っ張り破断して、せん断破断力を測定した。これらの試験は常温、100℃、及び150℃において行った。その結果(7対の平均値)を表2に示す(実験例19−2)。
【0108】
【表2】

【0109】
この結果から、常温、100℃、150℃の全ての温度域において、引っ張り強度が4.4GPaである「パイロフィルTR3523M」を接着部に使用した複合体のせん断破断力が、引っ張り強度が6GPaである「トレカ2255S−25」を使用した複合体を明確に上回った。特に常温及び100℃におけるせん断破断力が高かった。この結果から、コボンド法により接着剤と被着材(ここではA7075アルミニウム合金)との強固な接着が確保されている条件下では、引っ張り強度が高い炭素繊維をベースとしたCFRPプリプレグよりも、表面に凹凸が存在し、表面性能が良くないとされているCFRPプリプレグの方が高い接着性能を示すことが明らかとなった。これはコキュア法と同様である。
【0110】
[実験例20](CFRP片同士のコボンド接着)
実験例17で得たCFRP片の端部の粗面化部分に同じ1液性エポキシ接着剤を塗布し、デシケータに入れた。このデシケータは、予め67℃とした温風乾燥機内に15分置いて温めておいたものである。次いで、デシケータ内を真空ポンプで減圧し、3分程度10mmHg以下の低圧状態に維持した後、常圧に戻した。この減圧/常圧戻しの操作(染み込まし処理)を複数回行った後、CFRP片をデシケータから取り出した。
【0111】
染み込まし処理を経た2つのCFRP片の接着剤塗布領域同士を密着させて図19に示す形状の対とし、クリップで固定した。接着面積(図19の斜線部分13)は0.5cm程度となるようにした。これらを90℃にセットした熱風乾燥機に入れ、135℃に昇温して40分加熱した。その後、さらに165℃まで昇温して30分加熱した後、電源を切って放冷した。上記のようにして得られた複合体について、1週間後に5対を試験機を使用して引っ張り破断して、せん断破断力を測定した。これらの試験は常温、100℃、及び150℃において行った。その結果(5対の平均値)を表3に示す(実験例20)。
【0112】
[実験例21](CFRP片同士のコボンド接着)
実験例17で得たCFRP片に代えて、実験例18で得たCFRP片を使用して実験例20と同様の実験を行った。その結果(5対の平均値)を表3に示す(実験例21)。
【0113】
【表3】

【0114】
この結果からも、常温、100℃の温度域において、引っ張り強度が4.4GPaである「パイロフィルTR3523M」を接着部に使用した接合体のせん断破断力が、引っ張り強度が6GPaである「トレカ2255S−25」を使用した接合体を明確に上回った。常温、100℃におけるせん断破断力は概ね10MPa以上高かった。即ち、CFRP同士のコボンド接着においても、引っ張り強度が高い炭素繊維をベースとしたCFRPプリプレグよりも、表面に凹凸が存在し、表面性能が良くないとされているCFRPプリプレグの方が高い接着性能を示すことが明らかとなった。又、150℃下の結果は表1のデータとほぼ同じで接着力値がやや低く、両者の差異は殆どなくなっていた。この接着物はCFRP片同士であるから線膨張率に差異があるわけではない。本発明者らにとってやや理解し難い結果であった。
【0115】
[実験例22](CFRP同士のコキュア接着)
引っ張り強度が6GPaである高強度炭素繊維をベースとした厚さ0.2mmのCFRPプリプレグ「トレカ2255S−25(東レ社製)」を用意し、これから45mm×15mmの長方形片(厚さ0.2mm)を多数切り出した。また、繊維の引っ張り強度が4.4GPaと前者より低い炭素繊維をベースとした厚さ0.2mmのCFRPプリプレグ「パイロフィルTR3523M(三菱レイヨン社製)」を用意し、これから45mm×15mmの長方形片(厚さ0.2mm)を多数切り出した。
【0116】
図18に示す焼成治具1を用いてCFRP同士をコキュア法で接着した接合体を作成する。金型本体2及び金型底板5を組み合わせると、金型本体2の側壁と金型底板5の上面によって金型凹部が形成される。この金型凹部を覆うように、0.05mm厚の離型用フィルム17を敷いた。この離型用フィルム17の上に、「トレカ2255S−25」片を12枚積層し、さらにこの上に「パイロフィルTR3523M」片を3枚積層した。これらCFRPプリプレグ15枚の積層物が図中のCFRPプリプレグ積層物11として示されている。これらCFRPプリプレグ積層物11と金型本体2の側壁の空隙をポリテトラフルオロエチレン樹脂(以下、「PTFE」という。)製のスペーサ16で埋めた。
【0117】
次いで、これらCFRPプリプレグ積層物11及びスペーサ16の上面に、「パイロフィルTR3523M」片を3枚積層した。更にこの「パイロフィルTR3523M」片上に「トレカ2255S−25」片12枚を積層した。これらCFRPプリプレグ15枚の積層物が図中のCFRPプリプレグ積層物12として示されている。ここで、図18に示すCFRPプリプレグ積層物12の最下層となる「パイロフィルTR3523M」片の下面の左端部分が、CFRPプリプレグ積層物11上面の「パイロフィルTR3523M」と接触している。このCFRPプリプレグ積層物12と金型本体2の側壁の空隙を埋めるためにPTFE製のスペーサ13を設置し、これらを覆うように離型用フィルム14を敷いた。
【0118】
離型用フィルム14の上にPTFE製のブロック15を乗せ、ブロック15の上に鉄製の10kgの錘18を乗せて大型オートクレーブの中に置いた。オートクレーブの蓋を閉めて内温を約80℃とした後に真空ポンプで内圧を10mmHg以下とした。この温度で10分加熱し、その後温度を上げて135℃に達したときに空気を入れて常圧に戻した。その後、135℃で40分加熱し、その後で更に165℃まで温度を上げて、165℃前後を維持するように調節しつつ30分加熱した。その後、加熱を停止して30分間放冷した。オートクレーブを開き、焼成治具1を分解してCFRP(CFRPプリプレグ積層物11の硬化物)とCFRP(CFRPプリプレグ積層物12の硬化物)との接合体を得た。図19に接合体10の外観を示す。CFRP11の「パイロフィルTR3523M」片硬化物とCFRP12の「パイロフィルTR3523M」片硬化物が接合されている。このようにして接合体10を多数作成した。
【0119】
上記のようにして得られたCFRP同士の接合体について、1週間後に5対を試験機を使用して引っ張り破断して、せん断破断力を測定した。これらの試験は常温、100℃、及び150℃において行った。その結果、せん断破断力(5対の平均)は、常温下で50.3MPa、100℃下では38.8MPa、150℃下では16.5MPaであった。実験例20と大きな差はなかった。但し、この接合体の作成においては、1液性エポキシ接着剤を使用していない。接着に供されているのはCFRPプリプレグのマトリックス樹脂による。
【0120】
[実験例23〜33](CFRP片と各種金属合金のコボンド接着)
実験例19−1に示した方法と同様の方法で、各種金属合金とCFRP片をコボンド法によって接着した複合体を作成した。実験例19−1においては、金属合金として実験例1の表面処理を施したA7075アルミニウム合金片を使用したが、実験例23〜実験例33では、それぞれ実験例2〜12の表面処理を施した金属合金片を使用した。即ち、A5052アルミニウム合金(実験例23)、AZ31Bマグネシウム合金(実験例24)、C1100銅合金(実験例25)、C5191リン青銅合金(実験例26)、KFC銅合金(実験例27)、KLF5銅合金(実験例28)、「KS40」純チタン系チタン合金(実験例29)、「KSTi−9」α−β系チタン合金(実験例30)、SUS304ステンレス鋼(実験例31)、SPCC冷間圧延鋼板(実験例32)、及び、SPHC熱間圧延鋼板(実験例33)である。これらの複合体において、CFRP片は、「パイロフィルTR3523M」片を3枚積層し、その上に「トレカ2255S−25」片12枚を積層したものであり、最下層の「パイロフィルTR3523M」片の端部が各種金属合金片の表面と1液性エポキシ接着剤を介して接着されている。
【0121】
ここで金属合金片の厚さが薄い場合、引っ張り破断試験の際に、曲げ応力に起因して、本来破断する時点(例えば金属合金片の厚さがA7075アルミニウム合金片の様に3mmあるときの破断時点)より前にせん断破断することになる。従って、金属合金片の厚さが薄いA5052アルミニウム合金、AZ31Bマグネシウム合金、C1100銅合金、C5191リン青銅合金、KFC銅合金、「KS40」純チタン系チタン合金、「KSTi−9」α−β系チタン合金、及びSUS304ステンレス鋼に関しては、接着面と反対側の面に、1.6mm厚のSPCC冷間圧延鋼板片を1液性エポキシ接着剤により接着して補強した。特に薄いKLF5銅合金(厚さ0.4mm)に関しては、3.2mm厚のSPCC冷間圧延鋼板片で補強した。図22に複合体10の外観を示す。各種金属合金片11とCFRP12が、接着剤塗布領域13を介して接合されている。上記金属合金11の底面側が、SPCC冷間圧延鋼板片14によって補強されている。
【0122】
上記のようにして得られた各種複合体について、それぞれ5対を試験機を使用して引っ張り破断して、せん断破断力を測定した。これらの試験は常温、及び100℃において行った。その結果(5対の平均値)を表4に示す(実験例23〜33)。
【0123】
【表4】

【0124】
表4の結果から、チタン合金(「KS40」純チタン系チタン合金、「KSTi−9」α−β系チタン合金)を除く、全ての金属合金に関して、常温下で概ね50〜60MPa、100℃下で40〜50MPaという極めて高いせん断破断力を示した。NATの3条件に適合する金属合金同士を1液性エポキシ接着剤で接着した場合、通常、常温下で60〜70MPa、100℃下で50〜55MPa、150℃下で35〜40MPaのせん断破断力を示す。CFRPの接着に供される範囲に、引っ張り強度の低いCFRPプリプレグを使用することで、この数値に近づけることができた。なお、チタン合金とCFRPとの複合体に関しても、常温下で40〜45MPa、100℃下で38〜40MPaのせん断破断力を示した。これは、従来技術と比較した場合に明確に高い接着力であり、極めて高い耐熱性を示した。
【符号の説明】
【0125】
11…金属合金
12…CFRPプリプレグ積層物
13…接着範囲
22…CFRP板
40…金属合金
41…セラミック質層
42…接着剤硬化物層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
引っ張り強度5GPa以下の第1PAN系炭素繊維をベースとした第1CFRPプリプレグと、引っ張り強度が5GPaより高い第2PAN系炭素繊維をベースとした第2CFRPプリプレグとを積層したCFRP部材と、
CFRP又は金属合金である被着材との接合体であって、
前記CFRP部材中の前記第1CFRPプリプレグが主として前記被着材との接合に供されていることを特徴とする前記接合体。
【請求項2】
請求項1に記載した接合体であって、
前記第1PAN系炭素繊維の引っ張り強度は、4.4GPa以下であることを特徴とする前記接合体。
【請求項3】
請求項2に記載した接合体であって、
前記第1PAN系炭素繊維の表面には、当該炭素繊維方向の長さ20μm内又は当該表面の表面積5×10−4mm内に、高低差50nm以上の溝が1以上存在することを特徴とする前記接合体。
【請求項4】
請求項1ないし3から選択される1項に記載した接合体であって、
前記被着材はCFRPプリプレグの積層物であるCFRP被着材であり、
当該CFRP被着材は、引っ張り強度5GPa以下の第3PAN系炭素繊維をベースとした第3CFRPプリプレグと、引っ張り強度が5GPaより高い第4PAN系炭素繊維をベースとした第4CFRPプリプレグとを積層したものであり、
前記第1CFRPプリプレグと前記第3CFRPプリプレグが、当該第1CFRPプリプレグのマトリックス樹脂と当該第3CFRPプリプレグのマトリックス樹脂の硬化反応によって接合されていることを特徴とする前記接合体。
【請求項5】
請求項1ないし3から選択される1項に記載した接合体であって、
前記被着材はCFRPプリプレグの積層物であるCFRP被着材であり、
当該CFRP被着材は、引っ張り強度5GPa以下の第3PAN系炭素繊維をベースとした第3CFRPプリプレグと、引っ張り強度が5GPaより高い第4PAN系炭素繊維をベースとした第4CFRPプリプレグとを積層したものであり、
前記第1CFRPプリプレグと前記第3CFRPプリプレグが、1液性エポキシ接着剤を介して接合されていることを特徴とする前記接合体。
【請求項6】
請求項1ないし3から選択される1項に記載した接合体であって、
前記被着材は金属合金であり、
当該金属合金は、アルミニウム合金、マグネシウム合金、銅合金、チタン合金、ステンレス鋼、及び鉄鋼材から選択されるいずれか1種であって、
当該金属合金表面は、輪郭曲線要素の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を有し、且つ、その粗度を有する面内には5〜500nm周期の超微細凹凸が形成され、且つ、表層が金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層であり、
前記第1CFRPプリプレグと前記金属合金が、前記超微細凹凸に侵入した1液性エポキシ接着剤を介して接合されていることを特徴とする前記接合体。
【請求項7】
請求項6に記載した接合体であって、
前記1液性エポキシ接着剤は、当該1液性エポキシ接着剤を構成する全エポキシ樹脂混合物を100質量部としたときに、ビスフェノールA型エポキシ樹脂単量体を主体とするビスフェノールA型エポキシ樹脂を60〜75質量部、エポキシ基を3個以上有する多官能型であって且つ芳香環を有するエポキシ樹脂を25〜40質量部混合したものであり、
かつ、硬化剤としてジシアンジアミド粉体を3〜6質量部添加し、硬化助剤として3−(3,4−ジクロルフェニル)−1,1−ジメチルウレア粉体を1〜3質量部添加したものであることを特徴とする前記接合体。
【請求項8】
請求項7に記載した接合体であって、
前記1液性エポキシ接着剤は、当該1液性エポキシ接着剤を構成する全エポキシ樹脂混合物を100質量部としたときに、(1)ビスフェノールA型エポキシ樹脂単量体を60〜75質量部、(2)ビスフェノールA型エポキシ樹脂オリゴマーを0〜15質量部、(3)エポキシ基を3個以上有する多官能型であって且つ芳香環を有するエポキシ樹脂を25〜40質量部混合したものであることを特徴とする前記接合体。
【請求項9】
請求項4に記載した接合体の製造方法であって、
一方で前記第1CFRPプリプレグ及び前記第2CFRPプリプレグを積層し、
他方で前記第3CFRPプリプレグ及び前記第4CFRPプリプレグを積層し、
かつ、前記第1CFRPプリプレグと前記第3CFRPプリプレグの所定範囲を密着させた状態とする全体積層工程と、
前記全体積層工程後に、前記第1CFRPプリプレグ、前記第2CFRPプリプレグ、前記第3CFRPプリプレグ、及び前記第4CFRPプリプレグを同時に加熱することにより、それぞれのマトリックス樹脂を一時に硬化させることで、前記CFRP部材と前記CFRP被着材とを一体化する全体硬化工程と、
を含むことを特徴とする接合体の製造方法。
【請求項10】
請求項5に記載した接合体の製造方法であって、
前記第1CFRPプリプレグ及び前記第2CFRPプリプレグを積層して加熱することにより、それぞれのマトリックス樹脂を硬化させて前記CFRP部材を作成する第1硬化工程と、
前記第3CFRPプリプレグ及び前記第4CFRPプリプレグを積層して加熱することにより、それぞれのマトリックス樹脂を硬化させて前記CFRP被着材を作成する第2硬化工程と、
前記第1硬化工程を経たCFRP部材の第1CFRPプリプレグ表面を粗面化する第1粗面化工程と、
前記第2硬化工程を経たCFRP被着材の第3CFRPプリプレグ表面を粗面化する第2粗面化工程と、
前記第1粗面化工程を経たCFRP部材の粗面化した範囲に1液性エポキシ接着剤を塗布する第1塗布工程と、
前記第2粗面化工程を経たCFRP被着材の粗面化した範囲に1液性エポキシ接着剤を塗布する第2塗布工程と、
前記第1塗布工程を経たCFRP部材及び前記第2塗布工程を経たCFRP被着材の、それぞれの接着剤塗布領域同士を密着させて加熱することによって、当該CFRP部材と当該CFRP被着材を接着させる接着工程と、
を含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項11】
請求項10に記載した接合体の製造方法であって、
前記第1塗布工程を経たCFRP部材を密閉容器に封じて、その密閉容器内を一旦減圧後に昇圧する第1染み込まし工程をさらに含み、
前記第2塗布工程を経たCFRP被着材を密閉容器に封じて、その密閉容器内を一旦減圧後に昇圧する第2染み込まし工程をさらに含み、
前記第1染み込まし工程及び前記第2染み込まし工程後に前記接着工程を行うことを特徴とする前記製造方法。
【請求項12】
請求項6に記載した接合体の製造方法であって、
金属合金の表面に、輪郭曲線要素の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を生じさせ、且つ、その粗度を有する面内に、5〜500nm周期の超微細凹凸を形成し、且つ、表層を金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層とするための表面処理を行う表面処理工程と、
前記表面処理工程を経た金属合金の表面に、1液性エポキシ接着剤を塗布する塗布工程と、
前記第1CFRPプリプレグ及び前記第2CFRPプリプレグを積層し、かつ、前記第1CFRPプリプレグと前記塗布工程を経た金属合金の接着剤塗布領域を密着させた状態とする積層工程と、
前記積層工程後に、前記第1CFRPプリプレグ、前記第2CFRPプリプレグ、及び前記1液性エポキシ接着剤を同時に加熱することにより、前記CFRP部材と前記金属合金とを一体化する硬化工程と、
を含むことを特徴とする接合体の製造方法。
【請求項13】
請求項12に記載した接合体の製造方法であって、
前記塗布工程を経た金属合金を密閉容器に封じて、その密閉容器内を一旦減圧後に昇圧する染み込まし工程をさらに含み、
前記染み込まし工程後に前記積層工程を行うことを特徴とする前記製造方法。
【請求項14】
請求項6に記載した接合体の製造方法であって、
前記第1CFRPプリプレグ及び前記第2CFRPプリプレグを積層して加熱することにより、それぞれのマトリックス樹脂を硬化させて前記CFRP部材を作成する第1硬化工程と、
前記第1硬化工程を経たCFRP部材の第1CFRPプリプレグ表面を粗面化する第1粗面化工程と、
前記第1粗面化工程を経たCFRP部材の粗面化した範囲に1液性エポキシ接着剤を塗布する第1塗布工程と、
金属合金の表面に、輪郭曲線要素の平均長さ(RSm)が0.8〜10μm、最大高さ(Rz)が0.2〜5μmであるミクロンオーダーの粗度を生じさせ、且つ、その粗度を有する面内に、5〜500nm周期の超微細凹凸を形成し、且つ、表層を金属酸化物又は金属リン酸化物の薄層とするための表面処理を行う表面処理工程と、
前記表面処理工程を経た金属合金の表面に、1液性エポキシ接着剤を塗布する第2塗布工程と、
前記第1塗布工程を経たCFRP部材及び前記第2塗布工程を経た金属合金の、それぞれの接着剤塗布領域同士を密着させて加熱することによって、当該CFRP部材と当該金属合金を接着させる接着工程と、
を含むことを特徴とする前記製造方法。
【請求項15】
請求項14に記載した接合体の製造方法であって、
前記第1塗布工程を経たCFRP部材を密閉容器に封じて、その密閉容器内を一旦減圧後に昇圧する第1染み込まし工程をさらに含み、
前記第2塗布工程を経た金属合金を密閉容器に封じて、その密閉容器内を一旦減圧後に昇圧する第2染み込まし工程をさらに含み、
前記第1染み込まし工程及び前記第2染み込まし工程後に前記接着工程を行うことを特徴とする前記製造方法。

【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2011−73191(P2011−73191A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−225057(P2009−225057)
【出願日】平成21年9月29日(2009.9.29)
【出願人】(000206141)大成プラス株式会社 (87)
【Fターム(参考)】