説明

D−乳酸の生産微生物および製造方法

【課題】
培地コストを抑え、かつ、着色のある培地を用いることなく、高純度のD−乳酸の発酵生産を行う微生物及び発酵方法を提供する。
【解決手段】
Erwinia属の細菌を用いて、酵母エキスや廃糖蜜の成分を含まない無機成分が主体の培地組成に、炭素源を添加した培地を用いて、窒素バブリングなどの脱酸素処理も必要とせずに、高純度のD−乳酸発酵生産を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学活性乳酸である高純度D−乳酸を発酵生産する微生物および、その微生
物を用いた発酵生産の方法に関するものである。

【背景技術】
【0002】
現在のプラスチック材料は、主に石油や天然ガスなどの化石燃料から合成されているが、化石燃料の枯渇、原油価格の高騰、地球温暖化、世界各国の資源獲得競争など多くの問題を抱えており、持続的な社会維持のために、トウモロコシなど植物に代表されるような、地球環境にやさしい再生可能な原料を用い、環境中でも自然分解されうるようなプラスチック材料を活用する社会の到来が望まれている。
【0003】
そのような地球環境にやさしいプラスチック材料として、乳酸の高分子であるポリ乳酸が注目されている。
【0004】
ポリ乳酸は、食品包装材やパソコン用の記録媒体の包装材などとしての利用や、衣料製品や食器、洗剤の容器などへの応用が始まっている。
【0005】
現状では、L−乳酸を用いるポリ乳酸の材料開発が先行しているが、石油由来の従来のプラスチック製品と比較して、耐熱性や、耐久性が劣っているなどの課題がある。
【0006】
それらの課題に対しては、L−乳酸の光学異性体であるD−乳酸のポリマーとの組み合わせにより、材料特性・物性を改善することができるので、ポリマー化の原料として好適な光学純度の高いD−乳酸が求められている。
【0007】
ポリ乳酸の原料である乳酸を生産する方法としては、グルコースなどの糖を出発材料とし、微生物の物質変換作用・触媒作用を利用する発酵生産が検討されている。
【0008】
現状での乳酸の商業生産は、L−乳酸であり、欧米企業により高温条件でのカビ類(Rhizopus属)を利用した方法で行われている(非特許文献1)。
【0009】
D−乳酸の製造に関しては、Leuconostoc属などの乳酸菌が発酵生成することが知られている(非特許文献1)。
【0010】
しかし、乳酸菌類は、発酵培地中で栄養要求性が高いため、発酵培地成分として高価な酵母エキスやビタミン類などの添加の必要性があり、生産コストを上げる大きな要因となっている。
【0011】
この問題に対しては、栄養要求性が、乳酸菌よりも低いバシラス属に属する微生物を利用する方法(特許文献1)が開示されているが、0.1%以上0.5%未満と低濃度であるが酵母エキスの添加を必要としている。
【0012】
また、従来から、発酵生産を行うために、酵母エキス以外に、廃糖蜜などの製糖残留物などが利用されている。
【0013】
しかし、廃糖蜜は、黒色・褐色を呈しており、発酵工程を終えた後に、発酵生産物を含む培地が着色しており、発酵生産物の不純物混入、特に、生成物の着色の原因となっており、生成物の生産コストを上げる要因となっている。
【0014】
加えて、発酵生産物を回収した後には、発酵培地を廃棄処理する必要があるが、含有する有機物の分解処理に加えて、着色成分を除いて、場外放流することが求められ、この排水処理にかかわる費用が大きな生産コスト増の要因となっている。
【0015】
また、廃糖蜜などの製糖残留物は、サトウキビであるか砂糖ダイコン・ビートであるかの砂糖原料の違いや、砂糖原料の産地の違い、加えて、製糖方法・工程の違いなどにより、組成が大きく変わるため、発酵原料として品質が一定でないことが問題である。
【0016】
栄養要求性の高い乳酸菌を用いるが、コストの高い酵母エキスの代わりに、乾燥酵母や大麦の発芽根を含めた乾燥酵母を培地に用いる方法(特許文献2)が、開示されているが、乾燥酵母の添加濃度が0.3%以上であり、培地の着色の課題は、解決されていない。
【0017】
また、その方法(特許文献2)では、培地成分のコストを抑える一方で、培養時間が144時間要しており、発酵設備の稼働率が低下して、結果として発酵培養のコストを低く抑えることが難しい。
【0018】
カビ類を用いるL−乳酸の発酵では、発酵温度が50℃程度と培地を加温する必要があり、加温のエネルギーを消費し、かつ、その加温のための燃料・電気のコストが生産コスト増の要因となる。

【特許文献1】特開2003−88392号公報
【特許文献2】特開2007−215428号公報
【非特許文献1】発酵ハンドブック 共立出版 316−319
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
発酵生産物への着色成分などの不純物混入を防止し、発酵操作後の培地廃棄の排水処理における脱色操作を回避するため、廃糖蜜や酵母エキスなどの有色成分を培地に添加することなく、品質の一定の発酵培地を用いて、従来と同等の発酵所要時間で、低コストに、D−乳酸を発酵生産することのできる微生物及びその微生物を用いたD−乳酸生産方法を提供する。

【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明は、以下のD−乳酸産生微生物及びD−乳酸の製造方法を提供する。

項1 有色成分である廃糖蜜を含まない培地又は酵母エキス濃度が0.1%未満である培地を用いて、D−乳酸を発酵生成できることを特徴とする微生物。
項2 Erwinia属の微生物を用いることを特徴とする項1記載の微生物。
項3 寄託番号がFERM P−21582であるところの微生物。
項4 有色成分である廃糖蜜を含まない培地又は酵母エキス濃度が0.1%未満である培地を用いて、項1から3記載のいずれかの微生物を用いて発酵生産することを特徴とするD−乳酸の発酵生産方法。
項5 完全な機密性を要求されない発酵容器を用いて発酵生産することを特徴とする項4記載のD−乳酸の発酵生産方法。
ここでいう、完全な機密性を要求されない発酵容器とは、容器が発酵に影響を与える他の微生物の混入を防止できる程度の封を施した容器でよく、嫌気状態を保つために完全に酸素の進入を遮断することを要求する封をした容器である必要はない。
通常培養に用いられるシリコン栓程度の通気性を有していても、本発明の微生物は、嫌気状態を保って発酵生産を行うことができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明の微生物は、従来のD−乳酸産生微生物が必須とした栄養素である廃糖蜜を含まない培地または酵母エキスを含まない培地もしくは酵母エキスを用いても濃度が0.1%未満と非常に低い添加量の培地によりD−乳酸産生可能であるため、廃糖蜜もしくは酵母エキスを用いた場合の着色などのそれぞれの培地が有する欠点を解消することができる。
例えば、発酵生産物を回収した後には、発酵培地を廃棄処理する必要があるが、着色成分を含んでいないので含有する有機物の分解処理だけをすればよく、着色成分の処理をする必要がなく廃水を場外放流することができる。
【0022】
また、本発明の微生物を用いれば、廃糖蜜や酵母エキスによる発酵培地の着色の問題や、生産物の着色の問題を防止・回避でき、安価に光学純度が90%以上となる、さらに、発酵条件を好適にすれば光学純度が99%以上となる高品位なD−乳酸を発酵生産できる。
さらに、品質が一定でなく発酵効率に影響を与える廃糖蜜を使用せずに、安定して、光学純度が90%以上となる、さらに、発酵条件を好適にすれば光学純度が99%以上となる、高品位なD−乳酸を発酵生産できる。
【0023】
本発明の微生物を用いるD−乳酸の発酵は、従来行われている温度で行うこともできるが、40℃以下の低温度でも、さらには従来は行われていなかった低温度レベルである30℃でもD−乳酸を発酵することができ、省エネルーの効果を発揮することができる。

【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明の例示を以下に示すが、例示に示す方法・構造・形状に限定されることはない。
【0025】
本発明において用いることのできる微生物としては、有色成分である廃糖蜜を含まない培地又は酵母エキス濃度が0.1%未満である培地を用いて、D−乳酸を発酵生成できる微生物またはD−乳酸を産生する能力を有するErwinia属に属するD−乳酸生産菌であればいかなる微生物でも良い。その中でも最も好ましいのは、寄託番号がFERM P−21582である微生物である。
微生物の入手方法
本発明のD−乳酸産生微生物は、土壌環境、水環境、大気環境から、それぞれ分離することもできるが、変異剤処理によっても得ることができる。
【0026】
発酵生産の培地中の炭素源としては、例えばグルコース、フルクトース、ガラクトース、スクロース、イヌリン、マルトース、アラビノース、セルビオース、ラクトース、メリビオース、ラフィノース、トレハロース、サリシン、マンニトール、ソルビトール、マンノース、スターチなどの糖類、澱粉加水分解物、糖蜜が挙げられる。
【0027】
また、木材または、草、または、穀類の茎または、農作物の収穫後の残渣などに含まれるセルロース成分からセルラーゼを用いて、回収したグルコースを発酵生産の培地中の炭素源としてもよい。
【0028】
培地組成としては、硫酸アンモニウム、リン酸塩、無機塩からなるW培地とし、炭素源成分を20〜100g/l添加して、滅菌処理を行って用いる。
【0029】
培地としては、水道水にリン酸塩および尿素を添加し、炭素源を20〜100g/l添加した培地を使用してもよい。
【0030】
培地の滅菌処理は、オートクレーブ滅菌または、ろ過滅菌処理をして、発酵生産培地とすることができる。
【0031】
Erwinia属の微生物をグルコース20〜100g/lを含むW培地を用いて24時間、30℃で培養し、その培養菌体を種菌として、発酵培地の容積の5%程度を添加して、発酵培養を行う。また、その培養した菌体を10〜20%グリセロール濃度になるように混合して−80℃または、液体窒素で冷凍保管して、種菌として利用できる。
【0032】
本発明の微生物は、あらかじめ培地をアルゴンまたは窒素または二酸化炭素または、それらの混合気体をパージすることなく、もしくは培養中にアルゴンまたは窒素または二酸化炭素またはそれらの混合気体をバブリングすることなく、培養容器に蓋をして静置培養によりD−乳酸発酵が可能である。
【0033】
本発明の微生物は、培養容器内に当初空気が存在しても発酵初期に空気中の酸素が消費され、嫌気状態を維持して発酵することができる。培養容器の密閉状態は、完全に密閉する必要はなく通気可能なシリコン栓による蓋程度の状態で良い。
【0034】
培地中に生成された乳酸の分析は、リン酸緩衝液を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で行うことができ、また、D−乳酸の光学純度は、硫酸銅を用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分析を行える。
【0035】
D−乳酸産生量を増加させるためには、培地のpHを5以上8以下に維持することが好ましい。さらに好ましくは、培地のpHを6.5以上7.5以下に維持することが望ましい。
【0036】
培地に生成した乳酸は、従来より知られている方法によって、精製することができる。例えば、微生物を遠心分離して沈殿させ、その上清を回収した発酵液をpH1以下にしてから酢酸エチルまたはジエチルエーテル等のエーテル溶媒で抽出する方法、または、イオン交換樹脂に乳酸を吸着させ、乳酸を吸着保持した樹脂担体を洗浄した後、溶出剤を添加することにより乳酸をイオン交換樹脂から遊離溶出する方法、またはエタノールなどのアルコールを添加し、酸触媒の存在下で、乳酸とアルコールのエステル化反応を行い、エステル化した乳酸を蒸留回収する方法、または、カルシウム塩、リチウム塩として晶析する方法などがある。

【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。これらは本発明を何ら制限するものではない。
実施例1 D−乳酸産生微生物の分離
鹿児島県の畑土壌をグルコース20g/lを含む前述の方法で滅菌したW培地(硫酸アンモニウム2g/l、硫酸マグネシウム0.25g/l、塩化カルシウム2水和物0.015g/l、塩化ナトリウム0.5g/l、リン酸水素ナトリウム12水和物14.3g/l、リン酸水素カリウム5.4g/l、硫酸亜鉛7水和物2mg/l、モリブデン酸アンモニウム4水和物0.15mg/l、硫酸銅5水和物0.2mg/l、塩化コバルト0.4mg/l、硫酸マンガン5水和物1.5mg/l)を用いて24時間、30℃で培養した。
【0038】
培養後、培養液を遠心分離することにより培養上清を得た。培養上清の乳酸の分析はHPLCを用いて実施した。スペルコ社製のSUPELCOGEL H(カラムサイズDI4.6mm×25cm、カラム温度25℃)を用いて、0.1%H3PO4溶液を展開溶媒として、流速0.1ml/minをし、検出をUV210nmにて行った。
【0039】
培養上清中のD−乳酸の光学活性分析はHPLCを用いて実施した。HPLCでは、住化分析センター製のカラム:SumichiralOA−5000(カラムサイズDI4.6mm×15cm、カラム温度25℃)を用いて、1mM 硫酸銅溶液を展開溶媒として、流速1ml/minとし、検出をUV254nmにて行った。
【0040】
培養上清中のD-乳酸の光学活性が90%以上の培養液から微生物を単離し、グリセロールストック(15%)を作製した。
【0041】
得られたD−乳酸産生微生物について、菌学的性質を以下に示す。
16S rDNA遺伝子の部分DNA配列が、Erwinia属に属する公知の2菌株の対応DNA配列(Int.J.Syst.Bacteriol.49 PT4、1433−1438(1999)、Syst.Appl.Microbiol. 21(3)、384−397(1998))と90%以上一致している。
【0042】
以上の結果、本菌株は、Erwinia属と同定された。本菌株をErwinia属TDL1株と命名した。本菌株はFERM P−21582の寄託番号で、茨城県つくば市東1丁目1番地1号中央第6の、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成20年6月3日より寄託されている。
実施例2 D−乳酸の発酵生産
【0043】
シリコン栓で栓をした試験管中に20g/lグルコース、0.1%Tween20を含有するW培地3mL、前記段落[0041]記載の菌体グリセロールストックを0.1ml添加し、37℃で3日間、静置培養を実施した。培養後、培養液を遠心分離により培養上清と菌体に分離した。
【0044】
培養上清の乳酸の分析は、前記段落[0039]記載の方法と同様に実施した。また、D−乳酸の光学活性分析は前記段落[0040]記載の方法と同様に実施した。
【0045】
回収できたD−乳酸濃度は3.3g/l、D−乳酸光学純度は、99.9%以上であった。

実施例3 低濃度の酵母エキスを含む培地におけるD−乳酸発酵生産
【0046】
シリコン栓で栓をした試験管中に20g/lグルコース、0.1%Tween20、0.05%酵母エキスを含有するW培地3mL、前記段落[0041]記載の菌体グリセロールストックを0.1ml添加し、37℃で3日間、静置培養を実施した。培養後、培養液を遠心分離により培養上清と菌体に分離した。
【0047】
培養上清の乳酸の分析は、前記段落[0039]記載の方法と同様に実施した。また、D−乳酸の光学活性分析は前記[0040]記載の方法と同様に実施した。
【0048】
回収できたD−乳酸濃度は3.3g/l、D−乳酸光学純度は、99.9%以上であった。
【0049】
比較例1 高濃度の酵母エキスを含む培地におけるD−乳酸発酵生産
シリコン栓で栓をした試験管中に20g/lグルコース、0.1%Tween20、0.5%酵母エキスを含有するW培地3mL、前記段落[0041]記載の菌体グリセロールストックを0.1ml添加し、37℃で3日間、静置培養を実施した。培養後、培養液を遠心分離により培養上清と菌体に分離した。
【0050】
培養上清の乳酸の分析は、前記[0039] 記載の方法と同様に実施した。また、D−乳酸の光学活性分析は前記[0040] 記載の方法と同様に実施した。
【0051】
D−乳酸の産生は認められなかった。比較例1の結果より、本発明による微生物は、0.5%以上の酵母エキスを産生する培地ではD−乳酸を産生しないことが示された。

【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明の微生物により、価格の高い酵母エキスなどを用いることなく、かつ、従来と同様の培養時間内でD−乳酸を発酵生産できるので、D−乳酸の生産コストを低くすることができる。
【0053】
本発明の微生物により、廃糖蜜や酵母エキスなどの着色成分の影響を受けずに発酵生産できるので、乳酸の製品品位が向上することに加え、発酵生産工程後の廃水処理における脱色の負荷が少なくなり、D−乳酸の生産コストを低くすることができる。
【0054】
本発明の微生物により、高純度のD−乳酸を発酵生産できる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
有色成分である廃糖蜜を含まない培地又は酵母エキス濃度が0.1%未満である培地を用いて、D−乳酸を発酵生成できることを特徴とする微生物。
【請求項2】
Erwinia属の微生物を用いることを特徴とする請求項1に記載の微生物。
【請求項3】
寄託番号がFERM P−21582であるところの微生物。
【請求項4】
有色成分である廃糖蜜を含まない培地又は酵母エキス濃度が0.1%未満である培地を用いて、請求項1から3に記載のいずれかの微生物を用いて発酵生産することを特徴とするD−乳酸の発酵生産方法。
【請求項5】
完全な機密性を要求されない発酵容器を用いて発酵生産することを特徴とする請求項4記載のD−乳酸の発酵生産方法。



【公開番号】特開2009−291132(P2009−291132A)
【公開日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−148466(P2008−148466)
【出願日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【出願人】(591167430)株式会社KRI (211)
【Fターム(参考)】