説明

D−乳酸脱水素酵素およびその製造法

【目的】 安定性に優れ、比活性の高いD−乳酸脱水素酵素を提供する。
【構成】 以下の理化学的性質を有するD−乳酸脱水素酵素。
(1)作用:下記反応式の反応を触媒する。
【化1】


(2)安定性:100mMリン酸緩衝液(pH7.0)中、グリセリン、または牛血清アルブミン存在下、室温で1カ月放置後、90%以上の残存活性を有する。
(3)比活性:ピルビン酸還元反応において、2000U/mg protein以上(測定温度30℃)
(4)分子量:約8万〜8.5万(セファデックスG−100ゲル濾過クロマトグラフィー法)
(5)至適pH範囲(ピルビン酸還元反応):7〜8(6)安定pH領域:5〜11(7)作用適温の範囲:20℃から50℃までの範囲(リン酸緩衝液pH7.5)

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、D−乳酸脱水素酵素(以下、D−LDHと略記する)とその製造法に関するものである。さらに詳しくは、この発明は、臨床検査などの分野で各種物質の定量分析に有用な、安定性に優れ、かつ比活性の高いD−LDHとその製造法に関するものである。
【0002】
【従来の技術とその課題】近年、酵素は、その反応の安定性、基質との特異的結合性、および光学的定量化の容易性などの優れた特異性が注目され、医療分野や食品の成分分析などに広く触媒として利用されている。これらの酵素の一つであるD−LDHは、臨床検査などの分野で各種物質の定量分析に用いられている。具体的には、血清や尿中のピルビン酸の定量、グルタミン酸・ピルビン酸トランスアミナーゼ(以下GPTと略記する。)などピルビン酸が生成される反応や、ピルビン酸キナーゼの酵素活性測定等に用いられている。また、D−乳酸の工業的製造にも有用である。
【0003】そして従来は、上記の各種の測定法やD−乳酸の製造には、ラクトバチラス属(Lactobacillus) 、ロイコノストック属(Leuconostoc) 、スタフィロコッカス属(Staphylococcus)等の微生物(マイクロバイオロジカル・レビューズ(Microbiological Reviews) 、44巻、106〜139頁(1980年))を由来とするD−LDHが用いられてきた。
【0004】しかしながら、この従来のD−LDHは、安定性に欠けており、臨床検査試薬中に組込む際に種々の安定化剤を添加しなければならない等の問題があった。また、従来のD−LDHは、比活性も高いもので数百〜1500U/mg protein程度であり、臨床検査試薬中に組込む場合、充分量の活性を得るためには添加する蛋白質が多くなるという問題があった。その結果、酵素中に含まれる他の夾雑蛋白が試薬中に多く添加されることになり、こうした夾雑蛋白の影響を受ける可能性があった。
【0005】この発明は、以上の通りの事情を鑑みてなされたものであり、従来のD−LDHの欠点を解消し、安定性に優れ、かつ比活性の高いD−LDHとその製造方法を提供することを目的としている。
【0006】
【課題を解決するための手段】この発明は、上記の課題を解決するものとして、以下の理化学的性質を有するD−乳酸脱水素酵素、すなわちD−LDHと、このD−LDH生産能を有する菌株を培養し、培養物からD−LDHを採取することを特徴とするD−LDHの製造法を提供する。
【0007】(1)作用:下記反応式の反応を触媒する。
【0008】
【化2】


【0009】(2)安定性:100mMリン酸緩衝液(pH7.0)中、グリセリン、または牛血清アルブミン存在下、室温で1カ月放置後、90%以上の残存活性を有する。
(3)比活性:ピルビン酸還元反応において、2000U/mg protein以上(測定温度30℃)
(4)分子量:約8万〜8.5万(セファデックスG−100ゲル濾過クロマトグラフィー法)
(5)至適pH範囲(ピルビン酸還元反応):7〜8(6)安定pH領域:5〜11(7)作用適温の範囲:20℃から50℃までの範囲(リン酸緩衝液pH7.5)
この発明に用いる微生物は、上記性質を有するD−LDHを産生し得るものであって、その種類には特に限定はないが、より具体的には乳酸菌があげられ、その中でも好適な例として、次の表1、表2、表3および表4に示した菌学的性質を有するロイコノストック・ラクティス(Leuconostoc Lactis)SHO47株、ロイコノストック・ラクティス(Leuconostoc Lactis)SHO54株が例示される。
【0010】
【表1】


【0011】
【表2】


【0012】
【表3】


【0013】
【表4】


【0014】この表1、表2、表3および表4に示した菌学的性質から、バージィのマニュアル・オブ・システマティック・バクテリオロジー(Bergey's Mannual of systematic Bacteriology) およびメソッズ・イン・マイクロバイオロジー(METHODS IN MICROBIOLOGY) 16巻、147〜178頁(Separation of Species of the Genus Leuconostoc and Differentiation of the Leuconostoc from other Lacticacid Bacteria) に基づいて検索した結果、SHO47株、SHO54株は、共にロイコノストック・ラクティス(Leuconostoc lactis)に属する細菌と判明したが、生理的性質において既存菌株とは異なるものがあり、新菌株と判断できるので、それぞれロイコノストック・ラクティス(Leuconostoc lactis)SHO47株、ロイコノストック・ラクティス(Leuconostoc lactis)SHO54株と命名し、平成5年11月17日に通産省工業技術院生命工学工業技術研究所に寄託した。その寄託番号はそれぞれ、生命研菌寄第13970号、生命研菌寄第13971号である。
【0015】この発明における微生物を培養する際に用いられる栄養培地において、炭素源として、グルコース、シュークロース、マルトース等が使用でき、窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、ペプトン、肉エキス、酵母エキス等の無機または有機物が使用できる。さらに、無機塩類としては、カリウム、ナトリウム、亜鉛、鉄、マグネシウム、マンガン等の各塩類、必要に応じて微量金属塩、ビタミン類などを使用してもよい。
【0016】培養は通常、嫌気的あるいは微好気的な条件下で行う。培養温度は20℃から40℃、好ましくは30℃から40℃、最適には35℃から40℃で行う。このような条件下で3〜30時間、好ましくは6から10時間培養することにより、菌体内にD−LDHが生成、蓄積される。そして、この発明によってD−LDHを製造するには、たとえば上記のごとく微生物を培養し、培養終了後、遠心分離や濾過などの操作で培養液から菌体を回収し、菌体から粗酵素液を抽出し、精製すればよい。抽出法には、自己消化、超音波破砕、フレンチプレス、界面活性剤処理、リゾチーム処理などいずれを用いてもよく、こうした処理後、遠心分離により細胞片を除去し、粗酵素液を得る。粗酵素液については、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー等のクロマトグラフィーを組み合わせることにより、本発明のD−LDHを単離、精製することができる。イオン交換樹脂としては、Q−セファロースFF(ファルマシア社製)、DEAE−セファロース(ファルマシア社製)など、アフィニティークロマト用樹脂としては、チバクロンブルーH−ERD(ICI製)、チバクロンイエローHE−3G、ブルーセファロースCL−6B(ファルマシア社製)など、疎水クロマト用樹脂としては、オクチル−セファロースCL−4B(ファルマシア社製)など、ゲル濾過用担体または樹脂としては、セファデックスG−100などが挙げられる。また、これらのカラムクロマトグラフィーに加え、硫酸ストレプトマイシンや硫酸プロタミン処理による除核酸、硫酸アンモニウム処理によるタンパク質の塩析を行ってもよい。
【0017】
【作用】この発明のD−LDHは、下記反応式の反応を触媒する。
【0018】
【化3】


【0019】そして、その安定性については、前記の通り、100mMリン酸緩衝液(pH7.0)中、グリセリン、または牛血清アルブミン存在下、室温で1カ月放置後、90%以上の残存活性を有し、比活性は、ピルビン酸還元反応において、2000U/mg protein以上(測定温度30℃)で、分子量は、約8万〜8.5万(セファデックスG−100ゲル濾過クロマトグラフィー法)、至適pH範囲(ピルビン酸還元反応)は、7〜8、並びに安定pH領域は、5〜11であって、作用適温の範囲は、20℃から50℃までの範囲(リン酸緩衝液pH7.5)である。
【0020】なお、活性の測定は4.0mMのピルビン酸、0.2mMのNADHを含むリン酸緩衝液(pH7.5)に酵素溶液を加え、緩やかに混和した後、分光光度計で340nmにおける吸光度変化を測定した。なお測定は、30℃で行った。1分間に1マイクロモルのNADHをNAD+ に変換する酵素量を1単位(U)とした。
【0021】以下、実施例を示してさらに詳しくD−乳酸脱水素酵素およびその製造法について説明する。
【0022】
【実施例】
実施例1グルコース3.0%(重量%を表す。以下同様)、酵母エキス1.0%、ペプトン0.5%、クエン酸三ナトリウム・二水和物0.5%、酢酸ナトリウム0.2%、硫酸マグネシウム・七水和物0.02%、硫酸マンガン・四〜五水和物0.005%、ツイン80 0.1%(容量%)、pH6.4よりなる培地25リットルを30リットル容のジャーファーメンターに仕込み、121℃で15分間滅菌した後、ロイコノストック・ラクティス(Leuconostoc lactis)SHO54株(生命研菌寄第13971号)を接種し、40℃で10時間、200rpmで攪拌し、通気しない条件下、4NのNaOHでpHを6.4に調整しながら培養した。遠心分離により菌体を採取して約180gの湿菌体を得た。得られた菌体を凍結状態で保存した。
【0023】次に、凍結菌体約100gをEDTAおよび2−メルカプトエタノールを2mMずつ含む20mMリン酸緩衝液(pH7.0)1Lに懸濁し、これに TritonX−100を0.01%、リゾチームを0.2mg/ml、DNase を0.2mg/mlになるように添加し、2時間室温で攪拌後、遠心分離により細胞片を除去し、D−LDHを含む粗酵素液を得た。
【0024】この粗酵素液を酢酸を加えpH5.8に調整し、予め2mMのMgCl2 を含む20mMリン酸緩衝液(pH5.8)で平衡化したチバクロンブルーH−ERDカラムに通じ、同緩衝液(pH5.8)で洗浄したところ、D−LDHはカラムに吸着せず素通りした。このD−LDHを含む溶液を、10mMのMgCl2を含む20mM酢酸緩衝液(pH5.3)で平衡化したチバクロンイエローHE−3Gカラムに通じたところ、D−LDHは吸着した。1mMのEDTAを含む20mM酢酸緩衝液(pH5.6)をカラムに通じ、D−LDHを溶出した。活性画分を集め濃縮した。このようにして得られたD−LDHは、ポリアクリルアミドゲル電気泳動で単一なバンドを与え、精製酵素標品を得ることができた。また、活性の収率は約40%で、酵素1mg当たり約2300単位の比活性を示し、その精製度は粗酵素液を1とすると約25倍であった。
【0025】実施例1で得られたD−LDHは、セファデックスG−100(ファルマシア社製)ゲル濾過クロマトグラフィーにより分子量を測定したところ、約8万〜8.5万であった。SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動においては分子量約4万の位置に単一のバンドを与えた。また、pH5〜11で安定で、pH7.5で最大の活性を示した。
実施例2グルコース3.0%(重量%を表す。以下同様)、酵母エキス1.0%、ペプトン0.5%、クエン酸三ナトリウム・二水和物0.5%、酢酸ナトリウム0.2%、硫酸マグネシウム・七水和物0.02%、硫酸マンガン・四〜五水和物0.005%、ツイン80 0.1%(容量%)、pH6.4よりなる培地25リットルを30リットル容のジャーファーメンターに仕込み、121℃で15分間滅菌した後、ロイコノストック・ラクティス(Leuconostoc lactis)SHO47株(生命研菌寄第13970号)を接種し、40℃で7時間、100rpmで攪拌し、通気しない条件下、4NのNaOHでpHを6.4に調整しながら培養した。遠心分離により菌体を採取して約160gの湿菌体を得た。得られた菌体を凍結状態で保存した。
【0026】この粗酵素液を酢酸を加えpH5.8に調整し、予め2mMのMgCl2 を含む20mMリン酸緩衝液(pH5.8)で平衡化したチバクロンブルーH−ERDカラムに通じ、同緩衝液(pH5.8)で洗浄したところ、D−LDHはカラムに吸着せず素通りした。このD−LDHを含む溶液を、10mMのMgCl2を含む20mM酢酸緩衝液(pH5.3)で平衡化したチバクロンイエローHE−3Gカラムに通じたところ、D−LDHは吸着した。1mMのEDTAを含む20mM酢酸緩衝液(pH5.6)をカラムに通じ、D−LDHを溶出した。活性画分を集め濃縮した。このようにして得られたD−LDHは、ポリアクリルアミドゲル電気泳動で単一なバンドを与え、精製酵素標品を得ることができた。また、活性の収率は約45%で、酵素1mg当たり約2400単位の比活性を示し、その精製度は粗酵素液を1とすると約40倍であった。
実施例3SHO54株から精製したD−LDHの保存安定性を調べた。D−LDHを、25%グリセロールまたは0.5%牛血清アルブミンを含む100mMのリン酸緩衝液(pH7.0)で希釈することにより、10U/mlの濃度のD−LDH液を調製した。この酵素液を0.5mlずつ1.5ml容のエッペンドルフチューブに分注し、30℃の恒温槽で保存した。
【0027】適当な時間保存した後の残存酵素活性を測定した。添付した図面の図1は、保存開始時の酵素活性を100%として、各保存時間活性をプロットしたものである。図1に示したように、この発明のD−LDHは、保存開始から30日後においても、90%以上の残存活性を示すことが確認された。
【0028】
【発明の効果】この発明により、以上詳しく説明したとおり、安定性に優れかつ高い比活性を有するD−LDHが生成され、このD−LDHによって生成ピルビン酸または存在するピルビン酸を測定する各種測定用試薬や、D−乳酸生産への利用が容易となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明のD−LDHの保存安定性試験における安定性曲線を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 以下の理化学的性質を有するD−乳酸脱水素酵素。
(1)作用:下記反応式の反応を触媒する。
【化1】


(2)安定性:100mMリン酸緩衝液(pH7.0)中、グリセリン、または牛血清アルブミン存在下、室温で1カ月放置後、90%以上の残存活性を有する。
(3)比活性:ピルビン酸還元反応において、2000U/mg protein以上(測定温度30℃)
(4)分子量:約8万〜8.5万(セファデックスG−100ゲル濾過クロマトグラフィー法)
(5)至適pH範囲(ピルビン酸還元反応):7〜8(6)安定pH領域:5〜11(7)作用適温の範囲:20℃から50℃までの範囲(リン酸緩衝液pH7.5)
【請求項2】 請求項1記載のD−乳酸脱水素酵素の生産能を有する菌株を培養し、培養物からD−乳酸脱水素酵素を採取することを特徴とする請求項1のD−乳酸脱水素酵素の製造法。

【図1】
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