説明

D−,L−ペプチドの立体選択的合成法

【課題】D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドの製造方法の提供。
【解決手段】D−アミノ酸またはその誘導体をアシル供与体とし、L−アミノ酸またはその誘導体をアシル受容体として、ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行う、ジペプチド製造方法。D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドを立体選択的に生成しうる、ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素によるペプチドの合成方法に関する。詳細には、本発明は、D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドの製造方法であって、D−アミノ酸またはその誘導体をアシル供与体とし、L−アミノ酸またはその誘導体をアシル受容体として、ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行うことを特徴とする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
D−アミノ酸を含むペプチドは、生理活性が通常のL−アミノ酸からなるペプチドとは異なる場合が多く、医薬品、研究用試薬等の分野で利用が期待されている。生体はペプチド等の物質の立体構造に対して厳密であり、所望の特性を有する物質を立体選択的に合成することが望まれる。D−アミノ酸を含むペプチドの合成例は多くある(例えば、特許文献1、2および非特許文献1参照)。しかしながら、様々な基質を用いて、D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体およびその環化ジペプチドを立体選択的に高い収率で酵素合成し得た例はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】再表2005−52153明細書
【特許文献2】特表平4−501056明細書
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Biotechnol Lett. 27, 1199-1203 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチドおよびその環化ジペプチドを立体選択的に酵素合成することが本発明の課題であった。しかも、様々な基質から、D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有する広範なジペプチドおよびその環化ジペプチドを高い収率で得ることも本発明の課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決せんと鋭意研究を重ね、微生物からペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼを精製し、これ用いることにより上記課題を解決できることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は以下のものを提供する:
(1)D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドの製造方法であって、D−アミノ酸またはその誘導体をアシル供与体とし、L−アミノ酸またはその誘導体をアシル受容体として、ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行うことを特徴とする方法;
(2)ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼがストレプトマイセス属に属する微生物由来のものである、(1)記載の方法;
(3)ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼが独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−851として受託された微生物に由来するものである、(2)記載の方法;
(4)ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼが独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−862として受託された微生物に由来するものである、(2)記載の方法;
(5)アシル供与体が、カルボキシル基をエステル基で保護されたD−アミノ酸またはD−アミノ酸アミドであり、アシル受容体が、L−アミノ酸、カルボキシル基をエステル基で保護されたL−アミノ酸またはL−アミノ酸アミドである、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法;
(6)アシル受容体がL−アミノ酸である、(5)記載の方法;
(7)独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−851として受託された微生物が産生するペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼ;
(8)独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−862として受託された微生物が産生するペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼ;
(9)独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−851として受託された微生物;
(10)独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−862として受託された微生物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、D−アミノ酸をN末端にL−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドを立体選択的に製造する方法が提供される。さらに本発明によれば、D−アミノ酸をN末端にL−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体およびその環化物を立体選択的に合成できる酵素が提供される。しかも、反応に使用できる基質(アミノ酸およびアミノ酸誘導体)特異性が広い。したがって、本発明の製造方法により、生理活性物質、医薬、研究用試薬あるいは新素材の合成材料としての利用が期待される、D−アミノ酸をN末端にL−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体およびその環化物を、容易に合成することができる。しかも、本発明によれば、非常に幅広く様々なジペプチド、その誘導体またはその環化物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、82F2株のS12アミノペプチダーゼ(中央のレーン)および83D12株のS12アミノペプチダーゼ(右のレーン)のSDS−PAGEの結果を示す。左のレーンはマーカーであり、下から30KDa、40kDa、50kDa、60kDa、80kDaである。
【図2】図2は、82F2株のS12アミノペプチダーゼの推定アミノ酸配列を、ストレプトマイセス属あるいはバチルス属のβ−ラクタマーゼ、アルカリD−ペプチダーゼ、D,D−カルボキシペプチダーゼと比較した図である。上から、82F2株のS12アミノペプチダーゼ、Bacillus cereusのD−Ala−D−Alaカルボキシペプチダーゼ、Bacillus cereusのD−ペプチダーゼ、Streptomyces clavuligerusの推定β−ラクタマーゼ、Streptomyces clavuligerusの推定D−体特異的エンドペプチダーゼ、Streptomyces clavuligerusの推定アルカリD−ペプチダーゼ、Streptomyces clavuligerusの推定D−Ala−D−Alaカルボキシペプチダーゼ、Streptomyces sp. R61のD−Ala−D−Alaカルボキシペプチダーゼの推定アミノ酸配列を示す。
【図3】図3は、D−Phe−OBzlの濃度を20mM、L−Trp−OMeの濃度を0〜40mMとして(上図)、あるいはL−Trpの濃度を0〜40mMとして(中図)、ジペプチドの生成について検討した結果、ならびにL−Trp−OMeの濃度を20mM、D−Phe−OBzlの濃度を0〜40mMとして(下図)反応させた場合の生成物について検討した結果を示す図である。
【図4】図4は、D−Pro−OBzlの濃度を20mM、L−Arg−OMeの濃度を20mMとして、ジペプチドおよびその環化物の生成反応を行った場合の生成物の質量分析結果の一例を示す図である。
【図5】図5は、D−Pro−OBzlの濃度を20mM、L−Arg−OMeの濃度を20mMとして、ジペプチドおよびその環化物の生成の経時変化について検討した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に、本発明を詳細に説明する。特に断らないかぎり、本明細書の用語は当業者に認識されている一般的な意味に解される。また、本明細書において、アミノ酸の表記はカナ標記のほか、3文字表記、1文字表記を用いるが、これらも当業者に公知である。本明細書に用いる環化ペプチドの標記も当業者に公知のもので、例えば、D−プロリンがN末端側、L−アルギニンがC末端にあるジペプチド(D−プロリル−L−アルギニン)をD−Pro−L−ArgあるいはP−Rと標記することがある。また例えば、D−プロリンがN末端側、L−アルギニンがC末端にあるジペプチド(D−プロリル−L−アルギニン)の環化ジペプチドをc(D−Pro−L−Arg)あるいはc(P−R)と標記することがある。表2において、同一アミノ酸からなるオリゴペプチドを表す際に、例えばD−フェニルアラニンからなるジペプチドを(F)と表すことがある。
【0011】
本発明は、1の態様において、D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドの製造方法を提供する。該方法において、D−アミノ酸またはその誘導体をアシル供与体とし、L−アミノ酸またはその誘導体をアシル受容体として、ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼ(本明細書において、「S12アミノペプチダーゼ」と略称することがある)を用いて反応を行う。S12アミノペプチダーゼは、特異的にD−アミノ酸誘導体の加水分解反応を触媒する酵素であり、活性中心にセリン残基を持つものをいう。
【0012】
本発明に用いるS12アミノペプチダーゼはいかなる生物に由来するものであってもよいが、好ましくは、ストレプトマイセス属、バチラス属、シュードモナス属、アエロモナス属、ミコバクテリウム属、オクロバクトラム属、ピロコッカス属、ロドコッカス属、キサントモナス属からなる群より選択される微生物に由来するものである。より好ましくは、本発明に用いるS12アミノペプチダーゼはストレプトマイセス属の微生物に由来するものであり、例えば、独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、2010年1月8日付けで受託番号NITE P−851を付与された微生物、および2010年1月25日付けで受託番号NITE P−862を付与された微生物に由来するものである。
【0013】
本発明に用いるS12アミノペプチダーゼは市販品を用いてもよく、上記微生物を培養することにより取得してもよい。微生物の培養方法、酵素の取得、精製方法は当業者によく知られている。例えば、S12アミノペプチダーゼ生産菌を培養し、培養濾液または菌体破砕物を得て、硫安濃縮、透析、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィーとのクロマトグラフィー、HPLC等の手段を用いてS12アミノペプチダーゼを得ることができる。あるいは、S12アミノペプチダーゼをコードする遺伝子をベクターに組み込み、大腸菌などの宿主に導入して培養することにより、S12アミノペプチダーゼを得てもよい。遺伝子導入による蛋白の生産方法は当業者に公知である。本発明に使用する酵素は単品または高純度のものであってもよく、部分精製品や粗精製品であってもよい。使用酵素の純度は、目的生成物の収率、目的生成物の純度(副反応の多さまたは少なさ)、反応速度などの条件を考慮して当業者が適宜選択することができる。
【0014】
本発明の製造方法において、アシル供与体としてD−アミノ酸(誘導体となっていない)またはその誘導体を用いる。アシル供与体としてのD−アミノ酸およびその誘導体の種類は特に限定されず、いずれのD−アミノ酸およびその誘導体であってもよい。また、アシル供与体としてのD−アミノ酸およびその誘導体を構成するD−アミノ酸は天然アミノ酸のD−体であってもよく、非天然アミノ酸のD−体であってもよい。目的生成物の収率の高さ、副反応の起こりにくさ、目的生成物の純度の点から、アシル供与体としてはD−アミノ酸の誘導体が好ましい。アシル供与体D−アミノ酸の誘導体としては、D−アミノ酸のカルボキシル基をアルキルエステル基やベンジルエステル基で保護したもの等が例示されるが、これらに限定されない。アルキルエステル基はジペプチド反応に影響しない程度のサイズであることが望ましく、例えば、炭素数1〜4個程度のアルキル基を含むエステル基が好ましい。好ましいエステル保護基の例としてはメチルエステル基、ベンジルエステル基などが挙げられる。D−アミノ酸のp−ニトロアニリン誘導体などもアシル供与体として用いることができる。
【0015】
本発明の製造方法において、アシル受容体として、広範な種類のL−アミノ酸(誘導体となっていない)またはその誘導体を用いることができる。本発明の製造方法に使用するアシル受容体としては、天然L−アミノ酸およびその誘導体、非天然L−アミノ酸およびその誘導体を用いることができる。したがって、本発明の製造方法によって広範な種類のジペプチドを得ることができる(例えば、表1参照)。アシル受容体としてのL−アミノ酸は誘導体化されていなくてもよい。アシル受容体アミノ酸の誘導体としては、これらのL−アミノ酸のカルボキシル基をアルキルエステル基やベンジルエステル基で保護したもの、あるいはこれらのアミノ酸のカルボキシル基をアミド化したもの等が例示されるが、これらに限定されない。アルキルエステル基はジペプチド反応に影響しない程度のサイズであることが望ましく、例えば、炭素数1〜4個程度のアルキル基を含むエステル基が好ましい。好ましいエステル保護基の例としてはメチルエステル基、エチルエステル基、ベンジルエステル基などが挙げられる。アミノ酸のアミド体などもアシル受容体として用いることができる。
【0016】
上記のようなアミノ酸の誘導体の製造方法は公知であり、当業者はこれらの方法を適宜選択して容易に目的の誘導体を得ることができる。アミノ酸のアルキルエステルは、例えばアミノ酸を塩酸含有アルコール溶液で処理するか、あるいはClS(=O)OR(Rはアルキル基)で処理することにより得ることができる。アミノ酸のベンジルエステルは、例えばベンジルアルコール中の酸触媒または縮合剤で処理することにより得ることができる。アミノ酸のt−ブチルエステルは、例えばイソブテンおよび硫酸触媒で処理することにより得ることができる。アミノ酸のアミドは、例えばアミノ酸を塩化チオニルで処理し、次いで、アミンと反応させることにより得ることができる。これらの手法はあくまでも例示である。
【0017】
本発明の製造方法におけるペプチド合成条件は、使用するS12アミノペプチダーゼの種類や量、基質の種類や量、目的生成物の種類や量などの諸因子に応じて、当業者が決定することができる。例えば、反応温度、反応pH、反応時間、使用酵素の種類および量、使用基質およびそれらの量などを、当業者は通常の知識および手法を用いて容易に選択、決定することができ、適当な反応装置や緩衝液などを用いて目的のジペプチドを得ることができる。
【0018】
本発明の製造方法において、D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチドのみならず、その環化ジペプチドを得ることもできる。当業者は、酵素の種類や量、基質の種類や量、反応のpHや温度ならびに反応時間等の条件を調節して、目的のジペプチドの生成あるいはその環化ジペプチドの生成について最適な条件を見出すことができる。
【0019】
本発明の製造方法におけるペプチド合成は水溶液中にて行うことができるが、水溶性有機溶媒中(水との混合系でもよい)、あるいは水不溶性有機溶媒系と水系との二相系にて行うこともできる。本発明の製造方法に使用する酵素は遊離状態であってもよく、連続反応を行う目的、あるいは有機溶媒による変性を抑制する目的などから、本発明の製造方法に使用する酵素は担体に固定化されていてもよい。酵素の担体への固定化方法、ならびに担体の選択は当業者に公知であり、適宜行うことができる。バイオリアクター中で固定化酵素を用いて連続的に目的のペプチドを製造することもできる。例えば、多孔性シリカゲル、ガラスビース、セラミックス、アルギン酸ゲルなどの粒状担体またはPFTE膜などの膜担体に酵素を固定化することができ、固定化方法もグルタルアルデヒドなどによる架橋法、ゲル状担体への包括法、担体表面への共有結合法や吸着法などがある。これらの手法はあくまでも例示である。
【0020】
反応生成物の分析あるいは反応の経時変化の追跡には公知の手段、方法を用いることができ、例えば、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)、質量スペクトル分析(MS)、あるいは超高品質液体クロマトグラフィー(UPLC)−ESI−TOF−MSなどを用いることができるが、これらの手段、方法に限定されない。反応後、目的とする反応生成物を反応系から精製あるいは単離することができる。生成物の精製、単離には公知の手段、方法を用いることができ、例えば、シリカゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、HPLCなどの各種クロマトグラフィーを用いることができるが、これらの手段、方法に限定されない。
【0021】
反応に使用した基質が誘導体化されていた場合には、通常、生成物も誘導体であるが、当業者は、生成物を誘導体化されていないもの、あるいは他の誘導体に適宜変換することができる。かかる変換も当業者の技量の範囲内であり、容易に行うことができる。生成物ペプチドのカルボキシル基がアルキルエステル基で保護されている場合には、例えばアルカリで処理を行って脱保護することができる。生成物ペプチドのカルボキシル基がベンジルエステル基で保護されている場合には、例えば水素化反応を用いて脱保護することができる。生成物ペプチドのカルボキシル基がt−ブチルエステル基で保護されている場合には、例えばトリフルオロ酢酸で処理して脱保護することができる。生成物ペプチドのカルボキシル基がアミド化されている場合には、例えば酸での処理を行うことができる。これらの手法はあくまでも例示である。
【0022】
以下に実施例を用いて本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例はあくまでも例示説明であり、本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0023】
実施例1. 土壌分離菌からのS12アミノペプチダーゼの精製およびその性質
(1)土壌からのS12アミノペプチダーゼ生産菌の分離と同定
土壌から分離した2000株から、D−Phe−pNAを基質とした酵素活性測定によるスクリーニングを行って、2株のS12アミノペプチダーゼ生産菌を得た。酵素活性測定は、200mM Tris−malate(pH6.5)中で、D−Phe−pNA(1mM)を基質として25℃で反応させ、遊離したp−ニトロアニリンを405nmの吸光度にて測定することにより行った。以下の精製工程においても、上記酵素活性測定法を用いた。
【0024】
得られた2株のS12アミノペプチダーゼ生産菌の16SリボソームRNA分析を行って、これらがストレプトマイセス属の菌株であると同定した。これらの菌株をStreptomyces sp. 82F2(以下、「82F2株」と称することがある)およびStreptomyces sp. 83D12(以下、「83D12株」と称することがある)と命名した。82F2株を、独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託し、2010年1月8日に受託番号NITE P−851を付与された。83D12株を、独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託し、2010年1月25日に受託番号NITE P−862を付与された。
【0025】
(2)82F2株からのS12アミノペプチダーゼの精製
82F2株を400mlの液体培地中で25℃、6日間好気的に振盪培養した。培地は0.8% KHPO、2.0% グルコース、0.05% MgSO・7HO、0.5% ポリペプトン、および0.5% 酵母エキスを含むものであった。培養上清を硫安にて45%飽和とし、45%飽和硫安を含む100mM Tris−HCl(pH8.0)にて平衡化したButyl Sepharose Fast Flow(GE Healthcare)カラムに供した。カラムを20%飽和硫安で洗浄し、その後100mM Tria−HCl(pH8.0)にて酵素を溶出させた。高活性フラクションを集め、20mM Tris−HCl(pH8.0)に対して透析した。透析物を、20mM Tris−HCl(pH8.0)で平衡化したスピンカラム(Vivapure−Q; Sartorius AG)に供した。カラムを20mM Tris−HCl(pH8.0)で洗浄し、0.2M NaClを含む20mM Tris−HCl(pH8.0)で酵素を溶出させた。高活性フラクションを集め、20mM 酢酸ナトリウム(pH5.5)に対して透析した。透析物を、20mM 酢酸ナトリウム(pH5.5)で平衡化したスピンカラム(Vivapure−QS; Sartorius AG)に供した。0.1M NaClを含む20mM 酢酸ナトリウム(pH5.5)でカラムを洗浄し、0.4M NaClを含む20mM 酢酸ナトリウム(pH5.5)で酵素を溶出させた。得られた酵素をアミノ酸配列決定に供した。82F2株からのS12アミノペプチダーゼの精製について、表1にまとめた。
【表1】

【0026】
83D12株からのS12アミノペプチダーゼについても同様に精製を行った。82F2株のS12アミノペプチダーゼおよび83D12株のS12アミノペプチダーゼのSDS−PAGEの結果を図1に示す。SDS−PAGEによれば、82F2株のS12アミノペプチダーゼの分子量は約37kDa、83D12株のS12アミノペプチダーゼの分子量は約39kDaであった。また、ゲル濾過によれば、82F2株のS12アミノペプチダーゼの分子量は約35400であった。
【0027】
(3)82F2株のS12アミノペプチダーゼ遺伝子のクローニング
上記のごとく精製した82F2株のS12アミノペプチダーゼを12% SDS−PAGE(変性条件下;Laemmli, U. K. 1970. Cleavage of structural proteins during the assembly of the head of bacteriophage T4. Nature 227:680-685.)に供し、PVDF膜にブロットした。Coomasie Brilliant Blue染色にて蛋白を検出し、蛋白バンドを膜から切り出した。得られた蛋白試料をAPRO Life Science Institute Inc.に送付し、分析を依頼した。エドマン分解によりN末端アミノ酸配列はAla−Pro−Alaであることが判明した。2つの内部配列Ile−Thr−Val−Arg−Gln−Leu−Leu−Asn−His−Thr−Ser−Gly(配列番号:1)およびLeu−Ser−Arg−Asp−Val−Asn−Ala−Pro−Val−His(配列番号:2)も判明した。これらの情報に基づいて遺伝子のクローニングを行った。
【0028】
82F2株の染色体DNAを調製し(Saito, H., and K. Miura. 1963. Preparation of transforming deoxyribonucleic acid by phenol treatment. Biochim. Biophys. Acta 72:619-629.)、下記のプライマーセット:
5'-ACSGTSCGSCAGCTSCTSCAGCA-3' (配列番号:3)
5'-GTGSACSGGSGCGTTSACGTC-3' (配列番号:4)
を用いるPCRにより、82F2株のS12アミノペプチダーゼをコードするDNAフラグメントを得た。部分配列を決定した後、キット(PCR DIG Probe; Roche Molecular Biochemicals)を用いてジゴキシゲニン標識PCRプローブを合成した。SmaIで消化された染色体DNAフラグメントとSacIで消化された染色体DNAフラグメントをジゴキシゲニン標識PCRプローブとハイブリダイズさせた。陽性フラグメントを回収し、自己ライゲーションさせた。ライゲーション産物を、下記のプライマーセット:
5'-CGGATCATCAAGCCGCTCAAG-3' (配列番号:5)
5'-TCCTCGGTGTAGCTGTAGATG-3' (配列番号:6)
を用いてPCR増幅し、生成物を配列決定に供した。配列決定されたDNA(配列番号:7)は、DDBJデータベースの受領番号AB531389を付与された。配列決定されたヌクレオチド配列から82F2株のS12アミノペプチダーゼのアミノ酸配列を推定した(配列番号:8)。シグナル配列を除く推定分子量は37394であった。82F2株のS12アミノペプチダーゼは、公知のストレプトマイセス属あるいはバチルス属のβ−ラクタマーゼ、アルカリD−ペプチダーゼ、D,D−カルボキシペプチダーゼとは30〜60%のアミノ酸配列同一性を示した。また、82F2株のS12アミノペプチダーゼはこれらの酵素に共通する活性部位のSxTKモチーフを有していた。
【0029】
(4)82F2株のS12アミノペプチダーゼのペプチド合成能
D−Phe−OMeを基質として反応させ、TLC(60 F254; Merck and Co. Inc.;n−ブタノール−酢酸−水(3:1:1,vol/vol)にて約1時間展開;ニンヒドリンで検出)および質量分析(ESI−TOF MS)にて生成物を調べた。D−Pheのほかに質量分析にて[M+H]が313の生成物も確認され、この生成物はD−Phe−D−Pheであると同定された。D−Phe−D−Phe−OMeの生成は確認されなかった。これらの結果から、82F2株のS12アミノペプチダーゼはペプチド合成反応を触媒することがわかった。82F2株のS12アミノペプチダーゼのペプチド合成反応の最適pHは8〜9あるいはそれ以上であった。
【0030】
D−Phe−pNAを基質とした酵素活性測定により、熱安定性およびpH安定性を調べた。82F2株のS12アミノペプチダーゼは45℃まで安定で、50℃で約50%の活性を保持すること、そしてpH5.0〜10.5において安定であることもわかった。
【実施例2】
【0031】
実施例2. 82F2株のS12アミノペプチダーゼの大量生産
下記のプライマーセット:
5'-TGGCCATGGCGCCCGCGAAGCCGGACCACG-3' (配列番号:9)
5'-AAGCTTCTACTTCTTCGGGGCGGTGCCGCA-3' (配列番号:10)
(下線はMscI及びHindIIIの切断部位を示す。)
を用いて、82F2株の染色体DNAからS12アミノペプチダーゼをコードする遺伝子(シグナル配列を除く)を増幅した。PCR生成物を、pCR−Blunt II−TOPO中にクローニングし、配列決定により正しくクローニングされていることを確認した。82F2株のS12アミノペプチダーゼをコードする遺伝子を、pET−22bのMscI−HindIIIギャップ中にサブクローニングして発現ベクターpET−82FS12を得た。
【0032】
pET−82FS12を導入されたE.coli BL21(DE3)株を、100mlのOvernight ExpressionTM Instant TB medium(Novagen Inc.)中で、25℃、24時間が培養し、遠心分離により菌体を除去し、上清を得た。ゲル濾過で調べたところ、S12アミノペプチダーゼは上清中の蛋白の約50%を占めていた。実施例1に記載のごとく上清からS12アミノペプチダーゼを精製した。その分子量は質量分析で36868Da、ゲル濾過で35400であった。
【実施例3】
【0033】
実施例3. 82F2株のS12アミノペプチダーゼによる各種ペプチド合成反応
2μlのアシル供与体基質および2μlのアシル受容体基質(いずれもDMSO中約0.5M)を、44μlの0.25Mの緩衝液(Tris−HCl(pH8.5))に添加し、酵素液(0.75mg/ml)を2μl添加することにより反応を開始させた。反応は25℃で1時間行った。0.05mlの3%ギ酸を添加することにより反応を停止した。得られた反応混合物を質量分析にて分析した。
【0034】
各種の基質を用いて反応を行った結果を表2に示す。



























【表2】






表中、基質の欄はアミノ酸の種類と誘導体化されている場合には誘導体の種類を示す。生成物の欄は、基質とD−Phe−OBzl、および基質とL−Leu−OEtとの組合せから生じた生成物の種類を示す。生成物の同定および測定は質量スペクトルにより行った。カテゴリーの欄は、ペプチド合成反応において基質がアシル供与体として作用したか(donor)、アシル受容体として作用したか(acceptor)、それらの両方として作用したか(both)を示す。n.d.は検出不可能であったことを示す。----は検討しなかったことを示す。
【0035】
表2の結果から、82F2株のS12アミノペプチダーゼは、D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチドまたはその誘導体を主生成物とすることがわかった。D−アミノ酸とL−アミノ酸の配置は厳密で、L−アミノ酸をN末端に、D−アミノ酸をC末端に有するジペプチドの生成は確認されなかった。また、基質の幅が広いことも82F2株のS12アミノペプチダーゼの特徴といえる。
【実施例4】
【0036】
実施例4. D−Phe−OBzlをアシル供与体、L−TrpまたはL−Trp−OMeをアシル受容体とした場合の、82F2株のS12アミノペプチダーゼによるジペプチドの生成
D−Phe−OBzlの濃度を20mM、L−Trp−OMeまたはL−Trpの濃度を0〜40mMとして、実施例3に記載したのと同様に反応を行って、ジペプチドの生成について検討した。生成物を質量分析にて分析した。L−Trp、L−Trp−OMeのいずれをアシル受容体としてもジペプチドが生成し、それぞれD−Phe−L−Trp、D−Phe−L−Trp−OMeが主生成物であった(それぞれ図3の上図、中図)。L−Trp−OMeをアシル受容体とした場合のほうが、アシル受容体が低濃度であっても所望のジペプチドの収率が高かった。さらに、L−Trp−OMeの濃度を20mM、D−Phe−OBzlの濃度を0〜40mMとして反応させた場合の生成物についても検討した(図3の下図)。この場合、D−Phe−OBzlの濃度を20mM、L−Trpの濃度を0〜40mMとして反応させた場合と同様の結果となった。
【実施例5】
【0037】
実施例5. D−Pro−OBzlをアシル供与体、L−Arg−OMeをアシル受容体とした場合の、82F2株のS12アミノペプチダーゼによるジペプチドおよびその環化ペプチドの生成
D−Pro−OBzlの濃度を20mM、L−Arg−OMeの濃度を20mMとして、実施例3に記載したのと同様に反応を行って、ジペプチドおよびその環化物の生成について検討した。反応は500分まで行い、経時的にサンプリングした。生成物を質量分析にて分析した。この反応の生成物の質量分析の結果の例を図4に、この反応の生成物の経時変化を図5に示す。反応初期(約60分まで)はD−Pro−L−Arg−OMeの生成が優勢であったが、100分を越えたあたりから、環化物であるc(D−Pro−Arg)の生成が優勢となり、D−Pro−L−Arg−OMeは徐々に減少した。480分の反応でc(D−Pro−Arg)の生成量は10.2mMであり、変換率は50%以上であった。
【0038】
83D12株のS12アミノペプチダーゼを用いて反応を行った場合にも、同様の反応パターンが観測された。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明によれば、様々な基質から、D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドを立体選択的に高い収率で製造する方法、ならびに該方法に使用される酵素が提供されるので、新たな生理活性を有する様々なペプチドの合成が可能になる。したがって、本発明は、生理活性物質、医薬、研究用試薬、および新素材の合成材料の製造などの分野において利用可能である。
【受託番号】
【0040】
82F2株は受託番号NITE P−851として独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託されている。
83D12株は受託番号NITE P−862として独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に受託された。
【配列表フリーテキスト】
【0041】
配列番号:1は、82F2株のS12アミノペプチダーゼの内部アミノ酸配列である。
配列番号:2は、82F2株のS12アミノペプチダーゼの内部アミノ酸配列である。
配列番号:3は、82F2株のS12アミノペプチダーゼをコードするDNAフラグメントをPCRにて増幅するためのプライマーである。
配列番号:4は、82F2株のS12アミノペプチダーゼをコードするDNAフラグメントをPCRにて増幅するためのプライマーである。
配列番号:5は、82F2株のS12アミノペプチダーゼをコードするDNAをPCRにて増幅するためのプライマーである。
配列番号:6は、82F2株のS12アミノペプチダーゼをコードするDNAをPCRにて増幅するためのプライマーである。
配列番号:7は、82F2株のS12アミノペプチダーゼをコードするDNAの塩基配列である。1118番目〜2266番目の塩基がオープンリーディングフレームである。
配列番号:8は、82F2株のS12アミノペプチダーゼの推定アミノ酸配列である。
配列番号:9は、82F2株の染色体DNAからS12アミノペプチダーゼをコードする遺伝子(シグナル配列を除く)をPCRにて増幅するためのプライマーである。
配列番号:10は、82F2株の染色体DNAからS12アミノペプチダーゼをコードする遺伝子(シグナル配列を除く)をPCRにて増幅するためのプライマーである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
D−アミノ酸をN末端に、L−アミノ酸をC末端に有するジペプチド、その誘導体、またはその環化ジペプチドの製造方法であって、D−アミノ酸またはその誘導体をアシル供与体とし、L−アミノ酸またはその誘導体をアシル受容体として、ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼを用いて反応を行うことを特徴とする方法。
【請求項2】
ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼがストレプトマイセス属に属する微生物由来のものである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼが独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−851として受託された微生物に由来するものである、請求項2記載の方法。
【請求項4】
ペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼが独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−862として受託された微生物に由来するものである、請求項2記載の方法。
【請求項5】
アシル供与体が、カルボキシル基をエステル基で保護されたD−アミノ酸またはD−アミノ酸アミドであり、アシル受容体が、L−アミノ酸、カルボキシル基をエステル基で保護されたL−アミノ酸またはL−アミノ酸アミドである、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
アシル受容体がL−アミノ酸である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−851として受託された微生物が産生するペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼ。
【請求項8】
独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−862として受託された微生物が産生するペプチダーゼファミリーS12に属するアミノペプチダーゼ。
【請求項9】
独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−851として受託された微生物。
【請求項10】
独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−862として受託された微生物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−152075(P2011−152075A)
【公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−15713(P2010−15713)
【出願日】平成22年1月27日(2010.1.27)
【出願人】(504150461)国立大学法人鳥取大学 (271)
【Fターム(参考)】