説明

DNA合成酵素阻害剤

【課題】本発明は、DNA合成酵素阻害作用を有する化合物を見出すと共に、同化合物を利用した新たな医薬組成物(DNA合成酵素阻害剤、抗癌剤及び抗炎症剤)を提供する。
【解決手段】一般式(1)若しくは(2)で表される化合物、又はその薬学的に許容し得る塩、これらを有効成分として含有する医薬組成物(DNA合成酵素阻害剤、抗癌剤、抗炎症剤等)に関する。


(式中、RはH又はアルキル基を示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNA合成酵素阻害作用を有する化合物とその利用に関する。この化合物は、DNA合成酵素阻害剤として、例えば生化学試薬などに利用できるほか、抗癌剤、抗炎症剤、又はこれらのリード化合物として利用し得る。
【背景技術】
【0002】
真核生物のDNA合成酵素(DNAポリメラーゼ)は、これまでα、β、γ、δ、ε、ζ、η、θ、ι、κ、λ、μ、σ及びTdT(ターミナル・デオキシヌクレオチジル・トランスフェラーゼ)、Rev1の15種類の分子種が知られている。これらのDNA合成酵素群は、細胞の増殖、分裂、分化などに関与しているが、α型はDNA複製、β型、λ型及びTdTは修復と組換え、δ型及びε型は複製と修復の双方、ζ〜κ型は修復を担うといった具合にタイプによって異なる機能を有することが知られている。
【0003】
このようにDNA合成酵素は細胞の増殖等に関与することから、その酵素活性を阻害するDNA合成酵素阻害剤は、例えば、癌に対して癌細胞の増殖抑制作用を示し、エイズに対してHIV由来逆転写酵素に対する阻害作用を示し、また、免疫疾患に対して抗原に対する特異的抗体産生を抑制する免疫抑制作用を示すことが考えられる。このため、DNA合成酵素阻害剤を用いた癌、エイズ等のウイルス疾患、免疫疾患の予防・治療に効果のある医薬品の開発が期待されている。
【0004】
例えば、DNA合成酵素阻害活性を有する糖脂質が、制癌剤、HIV由来逆転写酵素阻害剤、免疫抑制剤として有用であることが報告されている(下記特許文献1参照)。現在、DNA合成酵素阻害剤として、ジデオキシTTP(ddTTP)、N-メチルマレイミド、ブチルフェニル-dGTPなどが知られている(下記非特許文献1参照)。また植物由来の糖脂質であるスルホキノボシルアシルグリセリドにもDNA合成酵素阻害作用が見出されている(下記特許文献2参照)。
【0005】
ところで、従来の抗癌剤は、その多くが発生した癌細胞を殺すこと並びに癌細胞の増殖抑制作用を有するものであったが、近年、発癌防止を目的とした抗発癌剤の開発も進められている。
【0006】
この点について、特許文献3に記載されるように、正常細胞の癌化のステップにおいて、「イニシエーター」と「プロモーター」とが関係しており、正常細胞の癌化は「(1)正常細胞の染色体がイニシエーターによりDNAレベルでの障害を受けて潜在的腫瘍細胞に変化する。(2)潜在的腫瘍細胞にプロモーターが作用して腫瘍細胞に変化させる。」の2段階を経て起こるという発癌2段階説が一般化しつつある。
【0007】
この発癌プロモーターとしての作用を持つ化合物の代表としてTPA(12−O−Tetradecanoylphorbol−13−acetate)等が知られており、癌研究の場でこのような発癌プロモーターを用いた発癌実験が行われると共に、発癌予防及び抗発癌剤の探索においてこのような発癌プロモーターの作用を阻害する抗発癌プロモーターの探索が進められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平11−106395号公報
【特許文献2】特開平2000−143516号公報
【特許文献3】特開平9−176184号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Annual Review of Biochemistry, 2002, 71, 133-163頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、DNA合成酵素阻害作用を有する新規な化合物を見出すと共に、同化合物を利用した新たな医薬組成物(DNA合成酵素阻害剤、抗癌剤及び抗炎症剤)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、Trichoderma virensをPDB培地(ポテトデキストロース液体培地)で培養して得られた培養液から、新規物質である化合物1(「trichoderonic acid A」と命名した。)と化合物2(「trichoderonic acid B」と命名した。)を単離した(実施例1を参照)。
【0012】
本発明者は、これらの化合物と、DNA合成酵素阻害作用、抗炎症作用および抗発癌作用の関連性について調査・検討を行ったところ、これらの化合物は、DNA代謝系酵素のうちDNA合成酵素を選択的に阻害することを確認した。また、本発明者らは、これらの化合物は抗炎症作用を有することも見いだした。かかる知見に基づきさらに研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明は下記化合物、該化合物を有効成分として含むDNA合成酵素阻害剤、抗癌剤及び抗炎症剤を提供する。
【0014】
項1 一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩。
【0015】
【化1】

【0016】
(式中、RはH又はアルキル基を示す。)
項2 項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有する医薬組成物。
【0017】
項3 項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有するDNA合成酵素阻害剤。
【0018】
項4 項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有する抗癌剤。
【0019】
項5 項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有する抗炎症剤。
【0020】
項6 項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を食品に配合してなる食用組成物。
【発明の効果】
【0021】
本発明の新規な化合物1(trichoderonic acid A)、化合物2(trichoderonic acid B)、及びそれらの誘導体化合物は、DNA合成酵素阻害作用を有する。特に、化合物2は哺乳類のDNA合成酵素のうちXファミリーに属するDNA合成酵素β、λ及びTdTを選択的に阻害する。
【0022】
また、化合物2は、用量依存的にTPAによって誘発される炎症を抑制することから、発癌プロモーターTPAの働きを抑制する抗発癌プロモーター活性を有する。
【0023】
そのため、これらの化合物は、医薬組成物、例えば、DNA合成酵素阻害剤、抗癌剤、抗炎症剤等として利用できる。
【0024】
また、これらの化合物は、上記の活性を有することを利用して生化学試薬として用いることもできる。さらに、これらの化合物は、食品に配合して食用組成物として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】Trichoderma virens培養液からシリカゲルカラムクロマトグラフィーによる化合物1及び2の単離・精製の工程を示す。
【図2】化合物1の化学構造である。
【図3】化合物1の1H-NMR、13C-NMRデータである。
【図4】化合物2の化学構造である。
【図5】化合物2の1H-NMR、13C-NMRデータである。
【図6】化合物2(trichoderonic acid B)のDNA合成酵素α、βおよびλに対する阻害曲線である。
【図7】化合物2(trichoderonic acid B)の100μMにおけるDNA代謝系酵素に対する阻害作用を示すグラフである。
【図8】化合物1(trichoderonic acid A)の(A)HeLa細胞と(B)MCF-7細胞に対する細胞増殖効果を示すグラフである。
【図9】化合物2(trichoderonic acid B)の(A)HeLa細胞と(B)MCF-7細胞による細胞増殖効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0027】
1 本発明の化合物及びその単離・精製
本発明は、一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩に関する。
【0028】
【化2】

【0029】
(式中、RはH又はアルキル基を示す。)
一般式(1)及び(2)で表される化合物において、Rで示されるアルキル基としては、例えば、鎖状、分岐状又は環状の炭素数1〜10のアルキル基が挙げられる。具体的には、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、イソブチル、sec−ブチル、ペンチル、シクロペンチル、ヘキシル、シクロヘキシル等の炭素数1〜6のアルキル基が例示される。
【0030】
一般式(1)及び(2)で表される化合物は、複数の不斉炭素(sp炭素)を有しており、該化合物は複数の不斉炭素の立体構造がR又はSのいずれのものも包含される。例えば、エナンチオマー、ジアステレオマー、これらの混合物のいずれも包含される。
【0031】
一般式(1)で表される化合物のうち好ましくは、RがHである化合物1(trichoderonic acid A)である。また、一般式(2)で表される化合物のうち好ましくは、RがHである化合物2(trichoderonic acid B)である。
【0032】
本発明における「その薬学的に許容し得る塩」の塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩;アンモニウム塩;1級、2級又は3級アミンの塩;4級アンモニウム塩;アミノ酸塩などが挙げられる。なお、一般式(1)及び(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩は、水等の溶媒和物であってもよい。
【0033】
一般式(1)及び(2)で表される化合物のうちR=Hで示される化合物は、菌株トリコデルマ ビレンス(Trichoderma virens;FERM S-10, ATCC 9645, CBS 430.54, IFO 6355, IMI 45553ii, QM 365、NBRC 6347)を培養して得られる培養物から単離・精製することができる。具体的には、トリコデルマ ビレンスをPDB培地(ポテトデキストロース液体培地)で静置培養し、培養液から菌体を除去して得られる濾液を溶媒で抽出する。抽出溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール類、1,3−ブチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール等のグリコール類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、エチルエーテル、プロピルエーテル、イソプロピルエーテル,テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類、塩化メチレン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素等の極性有機溶媒;ヘキサン、シクロヘキサン、石油エーテル等の無極性有機溶媒等を用いることができるこれらの溶媒を単独で又は2種以上の混合溶媒として用いることもできる。
【0034】
これらの内で、塩化メチレン等のハロゲン化炭化水素、メタノール、エタノール等のアルコール類、酢酸エチル等のエステル類からなる群から選ばれる少なくとも一種の抽出溶媒を用いることが好ましい。溶媒を混合して用いる場合には、各溶媒の混合比は、溶媒の種類に応じて適宜調整すればよい。
【0035】
上記した方法によって抽出物を得た後、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、クロロホルム、酢酸エチル、トルエン、ヘキサン、ベンゼン等の有機溶媒を1種又は2種以上用いた溶媒分画操作によって、得られた抽出液から活性画分(化合物1及び2)を分取することができる。更に、アルミナカラムクロマトグラフィーやシリカゲルクロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等の適当な分離精製手段を1種若しくは2種以上組み合わせて精製することもできる。なお、培養液からの活性化合物の単離及び同定は、具体的には実施例1の記載に従い行うことができる。
【0036】
さらに、単離された化合物1又は2のカルボン酸部位を所定のアルコールを用いて公知の方法でエステル化することにより、一般式(1)及び(2)で表される化合物のうちR=アルキルで示される化合物を得ることができる。
【0037】
2 本発明の化合物の用途
本発明の一般式(1)又は(2)で表される化合物は、DNA合成酵素選択的阻害作用を有することから、医薬品への利用が可能である。例えば、DNA合成酵素選択的阻害剤、抗癌剤、抗炎症剤等の医薬組成物として有用である。本発明の化合物は、さらに医薬品開発過程におけるリード化合物として利用することもできる。
【0038】
本発明の化合物を体内投与する際は経口投与よりも非経口投与が好ましく、またリポソームなどの運搬体に封入して投与することが好ましい。このとき癌細胞を特異的に認識する運搬体などを利用すれば、標的部位(病変部位)に本発明の化合物を効率よく運ぶことができ効果的である。
【0039】
次に、本発明の化合物を配合してなる医薬用組成物について説明する。本発明の化合物を有効成分とする抗癌剤および抗炎症剤は、これをそのまま、あるいは慣用の医薬製剤担体とともに医薬用組成物となし、動物およびヒトに投与することができる。医薬用組成物の剤形としては特に制限されるものではなく必要に応じて適宜選択すればよいが、例えば、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤等の経口剤、注射剤、坐剤等の非経口剤が挙げられ、好適には非経口剤を挙げることができる。
【0040】
本発明において錠剤、カプセル剤、顆粒剤、細粒剤、散剤としての経口剤は、例えば、デンプン、乳糖、白糖、マンニット、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩類等を用いて常法に従って製造される。これらの製剤中の本発明の化合物の配合量は特に限定されるものではなく適宜設計できる。この種の製剤には本発明の化合物の他に、結合剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤、着色剤、香料等を適宜に使用することができる。
【0041】
ここに、結合剤としてデンプン、デキストリン、アラビアゴム末、ゼラチン、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、結晶セルロース、エチルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴール等を例示できる。崩壊剤としてはデンプン、ヒドロキシプロピルスターチ、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、カルボキシメチルセルロース、低置換ヒドロキシプロピルセルロース等を例として挙げることができる。界面活性剤の例としてラウリル硫酸ナトリウム、大豆レシチン、蔗糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル等を挙げることができる。滑沢剤では、タルク、ロウ類、水素添加植物油、蔗糖脂肪酸エステル、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸アルミニウム、ポリエチレングリコール等を例示できる。流動性促進剤では、軽質無水ケイ酸、乾燥水酸化アルミニウムゲル、合成ケイ酸アルミニウム、ケイ酸マグネシウム等を例として挙げることができる。また、本発明の化合物は懸濁液、エマルション剤、シロップ剤、エリキシル剤としても投与することができ、これらの各種剤形には、矯味矯臭剤、着色剤を含有させてもよい。
【0042】
非経口剤として本発明の所望の効果を発現せしめるには、患者の年齢、体重、疾患の程度により異なるが、通常、成人で本発明の化合物の重量として1日あたり1〜60mgの静注、点滴静注、皮下注射、筋肉注射が適当である。この非経口投与剤は常法に従って製造され、希釈剤として一般に注射用蒸留水、生理食塩水、ブドウ糖水溶液、注射用植物油、ゴマ油、ラッカセイ油、大豆油、トウモロコシ油、プロピレングリコール等を用いることができる。さらに必要に応じて、殺菌剤、防腐剤、安定剤を加えてもよい。また、この非経口剤は安定性の点から、バイアル等に充填後冷凍し、通常の凍結乾燥処理により水分を除き、使用直前に凍結乾燥物から液剤を再調製することもできる。さらに必要に応じて、等張化剤、安定剤、防腐剤、無痛化剤を加えてもよい。これら製剤中の本発明の化合物の配合量は特に限定されるものではなく任意に設定できる。その他の非経口剤の例として、外用液剤、軟膏等の塗布剤、直腸内投与のための坐剤等が挙げられ、これらも常法に従って製造される。
【0043】
また、本発明の化合物は、医薬品への利用以外に、食品への利用が可能である。例えば、飲食品へ添加・配合することにより抗癌効果、抗発癌効果、あるいは抗炎症効果をもった食用組成物(例えば、健康食品等)として利用することも可能である。
【0044】
即ち、本発明の化合物は、これをそのまま液状、ゲル状あるいは固形状の食品、例えばジュース、清涼飲料、茶、スープ、豆乳、サラダ油、ドレッシング、ヨーグルト、ゼリー、プリン、ふりかけ、育児用粉乳、ケーキミックス、粉末状または液状の乳製品、パン、クッキー等に添加したり、必要に応じてデキストリン、乳糖、澱粉等の賦形剤や香料、色素等とともにペレット、錠剤、顆粒等に加工したり、またゼラチン等で被覆してカプセルに成形加工して健康食品や栄養補助食品等として利用できる。
【0045】
なお、ヒトと他の哺乳類のDNA合成酵素の構造は殆ど同じであるため、本発明のDNA合成酵素阻害剤は、ヒト以外の哺乳類由来のDNA合成酵素阻害剤としても利用可能である。
【0046】
また、前述のように、DNA合成酵素阻害作用、抗炎症作用および抗発癌作用の間には互いに関連性が認められ、DNA合成酵素を特異的に阻害する化合物2は、TPAによって誘発される慢性炎症を抑制した。この結果は、TPAによる慢性炎症の発症においてDNA合成酵素が重要な役割を担っている可能性を示すものである。また、TPAは、慢性炎症を誘発するのみならず、発癌プロモーターとして哺乳類の細胞増殖を促進する。DNA合成酵素選択的阻害剤である化合物1及び化合物2は、このような発癌プロモーターTPAの働きを抑制する抗発癌作用を示す。
【0047】
したがって、本発明の化合物をリードとして、DNA合成酵素に対する阻害活性を調べることにより、抗癌剤または抗炎症剤の候補化合物の効率的なスクリーニングが期待できる。本発明には、このようなスクリーニング方法も含まれる。なお、本スクリーニング方法において、DNA合成酵素に対する阻害活性を調べる方法は前述の実施例記載の方法に限定されるものではなく、公知の試験方法の中から適した方法を選択すればよい。
【実施例】
【0048】
次に、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0049】
実施例1
(1)菌株の単離と培養
稲毛海浜公園にて採取した花弁をPDA培地(ポテトデキストロース寒天培地)の上で培養し、本菌株(便宜上、IG34HB株と記載する)を単離した。本菌株は菌株同定の結果、トリコデルマ ビレンス(Trichoderma virens;FERM S-10, ATCC 9645, CBS 430.54, IFO 6355, IMI 45553ii, QM 365、NBRC 6347)と同定した。本菌株は1LのPDB培地(ポテトデキストロース液体培地)を入れた2L三角フラスコ6本(合計6L)で26日間静置培養した。
【0050】
(2)抽出と精製
本菌株を培養した培養液はガーゼを用いて菌体を除去した。得られた濾液を塩化メチレンで抽出し、ロータリーエバポレーターを用いて溶媒を留去し、粗抽出物(932 mg)を得られた。この粗抽出物はシリカゲルを担体とし、展開溶媒としてクロロホルム-メタノール(100:0→0:100)を用いたカラムクロマトグラフィーによって図1に示すように6つのフラクション(Fr.A〜Fr.F)に分画した。
【0051】
クロロホルム-メタノール(80:1〜40:1)で溶出したFr.D (566.7 mg)はシリカゲルを担体とし、展開溶媒としてジクロロメタン-メタノール(100:0→0:100)を用いたカラムクロマトグラフィーによって4つのフラクション(Fr.D-A〜Fr.D-D)に分画した。
【0052】
ジクロロメタン-メタノール(0:100)で溶出したFr.D-D(40.4 mg)はシリカゲルを担体とし、展開溶媒として1%の酢酸を含むトルエン-酢酸エチル(8:1〜2:1)を用いてカラムクロマトグラフィーによって7つのフラクション(Fr.D-D-A〜Fr.D-D-G )に分画した。そして、1%の酢酸を含むトルエン-酢酸エチル(6:1)で溶出したFr.D-D-Cから化合物1(4.8 mg)を、1%の酢酸を含むトルエン-酢酸エチル(4:1)で溶出したFr.D-D-Fから化合物2(10.5 mg)を得た。
【0053】
(3)構造決定
化合物1及び化合物2はMS、IR、1H-NMR、13C-NMR、DEPT、1H-1H COSY、HMQC、HMBCによって構造決定した。図2の(A)に化合物1の炭素番号を、(B)には化合物1の1H-1H COSY、HMBC相関を示した。また、図3にはCDCl3中で測定した化合物1の1H-NMR、13C-NMRデータを示した。図4の(A)に化合物2の炭素番号を、(B)には化合物2の1H-1H COSY、HMBC相関を示した。また、図5にはCDCl3中で測定した化合物2の1H-NMR、13C-NMRデータを示した。
【0054】
化合物1の諸性質およびスペクトルデータ(NMRデータは除く)を次の通りである。無色油状、[α]D26 +5.9 (c 0.56, CHCl3); IR νmax(film): 3434, 2958, 1705, 1241, 1104, 775 cm-1 (KBr); HR-ESIMS m/z found 335.1463 [M+Na]+ (計算値 C16H24O6Na 335.1465)
化合物2の諸性質およびスペクトルデータ(NMRデータは除く)を次の通りである。無色油状、[α]D26 -22.3 (c 0.09, CHCl3); IR νmax(film): 2960, 1743, 1716, 1238, 1058, 756, 463 cm-1 (KBr); HR-ESIMS m/z found 583.2509 [M+Na]+ (計算値 C30H40O10Na 583.2513)
【0055】
化合物1はMS、1H-NMR、13C-NMRおよびDEPTから分子式 C16H24O6を持つことが示された。まず、1H-1H COSY相関から図2(B)の太線の部分構造の存在が示唆された。また、H-5, H-9→C-6のHMBC相関からシクロヘキサン構造の存在が示唆された。C-4の化学シフトからカルボニルの存在が示唆され、またH-3→C-2, C-4, C-13のHMBC相関とH-5→C-4, C-12, C-13のHMBC相関とH-12→C-2, C-5, C-13のHMBC相関から不飽和7員環ラクトンの存在が示唆された。Me-8の化学シフトからメトキシ基の存在が示唆され、H-8→C-7のHMBC相関とH-7→C-5, C-6, C-9の相関からC-6にメトキシメチルが結合していることが示唆された。最後にIRスペクトルの2958 cm-1とC-1の化学シフトからカルボン酸の存在が示唆され、H-3, H-13→C-1のHMBC相関からC-1のカルボン酸はC-2に結合していることが示唆された。
【0056】
以上より化合物1は、9-ヒドロキシ-6-イソプロピル-9-(メトキシメチル)-1-オキソ-1,3,5a,6,7,8,9,9a-オクタヒドロ-2-ベンズオキセピン-4-カルボン酸(9-hydroxy-6-isopropyl-9-(methoxymethyl)-1-oxo-1,3,5a,6,7,8,9,9a-octahydro-2-benzoxepine-4-carboxylic acid)(トリコデロン酸A;trichoderonic acid Aと命名した)と決定した。
【0057】
化合物2はMS、1H-NMR、13C-NMRおよびDEPTから分子式 C30H40O10を持つことが示された。化合物2のNMRデータはC-7, C16, C-20, C-21, C-22を除いてtrichoderonic acid A(化合物1)と似ていた。H-7→C-16のHMBC相関からtricoderonic acid Aの類似構造が二量体した構造が示唆された。また、C-21, C-22については化学シフトとカップリング定数 J21,22 = 5.2 HzからC-21, C-22でエポキシドの存在がされた。以上より化合物2は、9-ヒドロキシ-6-イソプロピル-9((6-イソプロピル-1-オキソ-1,3,5a,6,7,9a-ヘキサヒドロ-3H-スピロ[2-ベンズオキセピン-9,2’-オキシラン]-4-イルカルボニルオキシ)メチル)-1-オキソ-1,3,5a,6,7,8,9,9a-オクタヒドロ-2-ベンズオキセピン-4-カルボン酸(9-hydroxy-6-isopropyl-9((6-isopropyl-1-oxo-1,3,5a,6,7,9a-hexahydro-3H-spiro[2-benzoxepine-9,2’-oxirane]-4-ylcarbonyloxy)methyl)-1-oxo-1,3,5a,6,7,8,9,9a-octahydro-2-benzoxepine-4-carboxylic acid) (トリコデロン酸A;tricoderonic acid Bと命名)と決定した。
【0058】
実施例2(DNA合成酵素阻害活性の検証)
上記実施例で得た化合物1(trichoderonic acid A)及び化合物2(trichoderonic acid B)のDNA合成酵素群に対する活性を以下の方法で測定した。
【0059】
DNA合成酵素として哺乳類由来のDNA合成酵素α、βおよびλについて試験を行った。DNA合成酵素αは、牛胸腺から常法により抽出精製した標品を、DNA合成酵素βは、ラット由来の該当遺伝子を、DNA合成酵素λは、ヒト由来の該当遺伝子を、通常の遺伝子組み換え法により大腸菌に組み込み、生産させた標品を用いた。TdTは子牛由来の遺伝子組み換え法により大腸菌に組み込み、生産させた試薬(製品コード:2230A)をタカラバイオ(株)から購入して使用した。
【0060】
これらのDNA合成酵素に対する化合物1及び2の阻害作用の測定には、一般的なDNA合成酵素反応系(日本生化学会編、新生化学実験講座2、核酸IV、東京化学同人、63〜66頁)を用いた。すなわち、放射性同位元素で標識した[3H]-TTPを含む系においてDNA合成反応を行い、放射比活性を生成物(合成DNA鎖)量の指標とするものである。
【0061】
阻害率は、(a)コントロールでの合成DNA量、(b) 被検物質存在下での合成DNA量について、
(a - b) / a × 100 = 阻害率(%)
として評価した。得られた結果は50%阻害濃度(μM)として表1に示した。
【0062】
【表1】

【0063】
表1に示したように、化合物1はDNA合成酵素λを、化合物2はDNA合成酵素β、λ及びTdTを選択的に阻害した。化合物2の阻害活性は、化合物1よりも10倍以上強かった。図6に化合物2のDNA合成酵素β、λ及びTdTに対する阻害曲線を示した。
【0064】
化合物2はDNA合成酵素λを最も強く阻害し、2番目にβ型、3番目にTdTを阻害することがわかった。化合物2のDNA合成酵素λに対する阻害様式をLineweaver-Burkの両逆数プロットから算出した結果、2つの基質である鋳型DNAとヌクレオチド(dNTP)に対して非拮抗阻害であった(データ示さず)。
【0065】
DNA合成酵素は、癌細胞のような細胞分裂がさかんな細胞や組織に対して本酵素活性が高い。従って、化合物1及び2は抗癌剤としての作用を有することが期待される。図7(A)に示すように、哺乳類のDNA合成酵素は、その遺伝子配列の相同性や活性機能の違いからA、B、X、Yの4つのファミリーに分類される。化合物2はXファミリーに属するDNA合成酵素β、λ及びTdTを選択的に阻害した。一方で、Aファミリーに属するDNA合成酵素γ、Bファミリーに属するDNA合成酵素α、δ、ε、Yファミリーに属するDNA合成酵素η、ι、κは、いずれも阻害しなかった。
【0066】
哺乳類以外の魚類、植物、原核生物由来のDNA合成酵素についても同様に調査したが、化合物2は阻害しながった(図7(B))。さらにDNA合成酵素以外のDNA代謝系酵素についても調査したが、化合物2は阻害作用を有しなかった(図7(C))。これらの結果より、化合物2は哺乳類のDNA合成酵素・Xファミリーを選択的に阻害することが分かった。
【0067】
実施例3(細胞増殖阻害活性の検証)
化合物1(trichoderonic acid A)及び化合物2(trichoderonic acid B)の癌細胞増殖阻害効果を次の方法を用いて評価した。
【0068】
本実験で用いた細胞はヒト子宮頸癌由来HeLa細胞とヒト乳癌由来MCF-7細胞である。培地にはDMEM培地(日本製薬(株)製)に牛胎児血清 10%(v/v)とペニシリン-ストレプトマイシン 5%(v/v)を添加したものを用いた。培養は5% CO2インキュベートにて37℃で行った。
【0069】
上記に示した培地に、あらかじめ各試験濃度になるように化合物1及び2を溶解した。ただし、化合物1及び2は水に難溶であるため、一度DMSO(ジメチルスルホキシド)に溶解し、そのものを上記の培地に溶かした。なお、培地内に存在するDMSOの終濃度は、すべての試験区で0.1%になっており、本測定例で用いた各細胞の増殖の抑制にDMSOが関わる可能性は否定できる状態である。
【0070】
本実験のための培養は、96穴マイクロプレートで行った。各ウェルに5.0×103個の細胞を植え込み、1つの試験濃度に対して3ウェルずつ与えた。各細胞をプレート内で24時間培養し、各濃度の化合物1, 2を添加後は、5%CO2インキュベート内、37℃で48時間培養し、各試験区の細胞生存率の判定を行った。生存率の判定は、生細胞数測定試薬SFを用いた(Talanta 1997, 44の方法で行った)。生細胞測定試薬SFに含まれる新規テトラゾリウム塩WST-8が細胞内脱水素酵素により還元され、高感度水溶性ホルマザンを生成し、このホルマザンの450 nmの吸光度を直接測定することにより、容易に生細胞数を計測できる。よって、本実験では48時間の培養後、生細胞数測定試薬SFを添加し、さらに2時間の培養後に450 nmの吸光度(O.D.)を測定し、以下の式で細胞生存率を算出した。
【0071】
【数1】

【0072】
得られた結果を図8及び図9に示す。なお、図8及び図9に示したデータは3ウェルの平均である。
【0073】
化合物1は各癌細胞の増殖を阻害しなかったが、化合物2では各癌細胞の増殖を阻害した。図8及び図9の結果から、化合物2の50%増殖阻害濃度(IC50)はHeLa細胞で15.6μM、MCF-7細胞で8.7μMであった。この結果からDNA合成酵素を特異的に阻害する化合物2が、実際にヒト癌細胞株に対する細胞増殖抑制効果を発揮し、抗癌剤として利用し得ることが示された。
【0074】
実施例4(抗炎症作用および抗発癌作用の検証)
TPA(12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate)は、慢性炎症を誘発するのみならず、発癌プロモーターとして哺乳類の細胞増殖を促進する。本発明者は、DNA合成酵素阻害作用(特にDNAの修復・組換えに関与するDNA合成酵素λ阻害活性)、抗炎症作用および抗発癌プロモーター活性の間には互いに関連性があるのではないかと考えた。そこで、化合物1(trichoderonic acid A)及び化合物2(trichoderonic acid B)が抗炎症活性を有するかどうかを調べた。その結果を下記の表2に示す。
【0075】
【表2】

【0076】
実験では、マウス耳に予め所定量の化合物1もしくは化合物2を塗布後、TPAによって誘発される炎症性浮腫の重量を測定することで各阻害効果を算出した。試験は、基本的にCancer Lett. 1984, 25, 177-85頁記載の方法にしたがって行い、マウスの一方の耳に化合物を250μgもしくは500μg塗布し、30分後、同じ箇所と反対側の耳にTPAを0.5μg塗布する。7時間後、TPAによって誘発される炎症性浮腫の重量を測定し、コントロール(反対側の耳)と比較することで各阻害効果を算出した。
【0077】
表2に示すように、化合物2は塗布量250μg・500μgに依存的に炎症を抑制した。この実験結果から、化合物2は抗炎症作用を有するものと認められた。また、この実験結果から、化合物2は、発癌プロモーターTPAの働きを抑制する抗発癌プロモーター活性(換言すれば、抗発癌作用)を有するものと認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩。
【化1】

(式中、RはH又はアルキル基を示す。)
【請求項2】
請求項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有する医薬組成物。
【請求項3】
請求項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有するDNA合成酵素阻害剤。
【請求項4】
請求項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有する抗癌剤。
【請求項5】
請求項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を有効成分として含有する抗炎症剤。
【請求項6】
請求項1に記載の一般式(1)若しくは(2)で表される化合物又はその薬学的に許容し得る塩を食品に配合してなる食用組成物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2011−37730(P2011−37730A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−184255(P2009−184255)
【出願日】平成21年8月7日(2009.8.7)
【特許番号】特許第4500951号(P4500951)
【特許公報発行日】平成22年7月14日(2010.7.14)
【出願人】(507307374)学校法人神戸学院 (9)
【Fターム(参考)】