説明

DNA増幅装置

【目的】 反応溶液を正確に所定の部位に移送させ、反応溶液の追従性に優れ、反応溶液の昇温/冷却を非常に迅速に行うことができ、ミネラルオイル等を重層する必要がなく、操作が簡便であるDNA増幅装置を提供する。
【構成】 少なくとも1対の反応容器及び該反応容器内に往復移動可能に挿入されたピストンと、該反応容器の複数の部位を所定の異なる温度にそれぞれ制御する温度制御部と、該ピストンを駆動するピストン駆動部と、該ピストン駆動部を制御するピストン制御部とからなり、反応溶液をピストンによって予め目的の温度に制御された反応容器内の所定の部位へと繰り返し所定回数だけ移送させることによってDNA増幅反応を行わせることを特徴とするDNA増幅装置。この装置は特にPCRを行う装置として好適に使用される。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、DNA増幅装置に関する。より詳細には、本発明は、遺伝子工学及び臨床検査等に利用されるPCR法を利用したDNA増幅装置に関し、特に、反応容器として細管を用いるDNA増幅装置に関する。
【0002】
【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】従来、PCR法を利用したDNA増幅装置としては、温度をコントロールしたアルミブロック又は水槽の中に反応溶液を入れたプラスチック製の反応容器(例えばチューブ等)を挿入し、反応溶液の上層に反応溶液中の水分の蒸発を防止するためにミネラルオイルを重層するか又は反応容器に蓋をして、アルミブロック又は水槽の温度を熱変性温度、アニーリング温度、DNA合成温度の順に所定回数変化させてPCRを行わせることによりDNAの増幅を行う装置が使用されている。
【0003】しかしながら、この装置においては、熱容量が大きくかつ熱伝導性が悪いプラスチック製の反応容器を用い、熱容量の大きなアルミブロックの温度を変化させているために、昇温/冷却に時間がかかるという欠点がある。また、反応溶液中の水分の蒸発を防止するために反応溶液の上層に重層されたミネラルオイルが後の分析に影響を及ぼすという問題があり、ミネラルオイルを除去する工程が必要となる欠点もある。
【0004】また、アナリティカル・バイオケミストリ(Analytical Biochemistry)第186巻(1990年)、第328〜331頁には、反応容器として毛細管を使用し、反応溶液を毛細管の中に入れた後、毛細管の両端を燃焼ガスで封止する方法が開示されている。この方法では、毛細管を使用し、かつその両端を燃焼ガスで封止することによって、反応溶液中の水分の蒸発を防止している。また、反応容器の熱容量を小さくし、かつ反応溶液への熱伝導を良くすることによって、PCRを行う時間が短縮されている。
【0005】しかしながら、この方法では、毛細管の両端を燃焼ガスで封止する操作、及び増幅反応終了後、封止された毛細管から反応溶液を取り出す操作が必要であるという欠点がある。そこで、毛細管の両端を燃焼ガスで封止する操作、及び増幅反応終了後、封止された毛細管から反応溶液を取り出す操作を不要としたDNA増幅装置が見出された(特開平第4-325080号公報参照)。この装置は、反応溶液を入れた細管、細管内に反応液を送り込む装置、及び細管部分を所定の温度に制御する装置から構成されている。この装置では、細管内の反応溶液は、流体(例えば空気及び他のガス)によって細管内の所定の位置に封止され、かつ流体を供給することによって反応溶液を熱変性温度、アニーリング温度及び重合温度に制御された位置に移送されている。
【0006】しかしながら、この装置では、細管を用いているために流体と反応溶液との接触面積が小さく、そのために反応溶液中の水分の蒸発が充分に小さくなっているが、まだ完全とはいえない。また、この装置では、流体を供給することによって反応溶液を移送させているが、反応溶液を移送させるために流体を供給した場合には、流体はまず圧縮されるために反応溶液が動くまでに時間がかかるという欠点がある。さらに、流体では反応溶液の正確な位置ぎめが困難であるという欠点もある。
【0007】本発明は上記問題点を鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、操作が簡便で、反応溶液中の水分の蒸発をほとんど無視することができ、かつより短時間でDNAの増幅を行うことができるDNA増幅装置を提供することである。
【0008】
【課題を解決するための手段及び作用】本発明によれば、反応容器及び該反応容器内に往復移動可能に挿入されたピストンと、該反応容器の複数の部位を所定の異なる温度にそれぞれ制御する温度制御部と、該ピストンを駆動するピストン駆動部と、該ピストン駆動部を制御するピストン制御部とからなり、反応溶液をピストンによって予め目的の温度に制御された反応容器内の所定の部位へと繰り返し所定回数だけ移送させることによってDNA増幅反応を行わせることを特徴とするDNA増幅装置が提供される。
【0009】本発明において用いられる反応容器としては、熱伝導性の良好な素材のものを適用するのが好ましい。反応容器の素材の好ましい例としては、ガラス、金属(例えばアルミニウム等)及び熱伝導性を高めたプラスチック等が挙げられ、これらのなかで、ガラスが特に好ましい。また、反応容器の内面にシリコナイズ等の加工を行うことにより、反応容器内面への酵素及びDNAの付着を防止することができ、さらに反応の効率を高めることができる。反応容器としては、毛細管等の細管が好ましく、その外径が約1〜3mm、内径が約0.5〜2.5mm、長さが約30〜150mmのものが特に好ましい。本発明のDNA増幅装置は、反応容器を1以上有し、一度に複数のサンプルを処理することができる。
【0010】反応容器の内側に挿入されるピストンは、反応溶液に直接接触して反応溶液を移送させるものである。従って、ピストンの反応溶液に接する部分は、反応溶液が付着せず、反応容器との間に隙間を生じさせず、かつ反応容器内をスムーズに往復することができる素材であるのが好ましい。ピストンの反応溶液に接する部分の素材としては、例えば弾性のあるプラスチック等を用いることができる。
【0011】本発明における温度制御部とは、反応容器の所定の部位を所定の温度に保持することができるものをいう。そのような温度制御部としては、ヒータ等によって所定の温度に維持された液体(例えば水等)及びアルミブロック等を使用することができる。本発明におけるピストン駆動部としては、バネ、変形カム及びステッピングモータから構成されたもの、エアシリンダ、リニアドモーター等を使用することができる。
【0012】本発明におけるピストン制御部は、反応溶液が適切な反応時間で反応容器内の所定の部位を繰り返し所定回数だけ移送することができるよう、正確にピストン駆動部を制御するものが好ましい。本発明のDNA増幅装置では、ピストン制御部からの指令によりピストン駆動部を介して反応溶液の移送が行われる。反応溶液を採取する工程を始点として、本発明のDNA増幅装置の動作例を説明する。
【0013】まず、ピストン制御部からの指令によりピストンが反応容器の先端まで押し込まれ、反応容器の先端が反応溶液の入った容器内に挿入され、ピストンが吸引動作を行うことによって、所定量の反応溶液が直接反応容器内に採取される。所定量の反応溶液が採取された後、反応容器の先端が反応溶液の入った容器内から離され、採取された反応溶液が反応容器の所定の部位にくるまでピストンが吸引動作を行う。反応容器の各部位は、温度制御部によって予め所定の温度に保持される。ピストンは、反応容器内のそれぞれの部位に反応溶液が所定時間保持されるように突出動作を行う。反応が繰り返し行われる場合には、ピストンが吸引動作することにより反応溶液が始めの部位に戻され、以下、同様にピストンが突出及び吸引動作を所定回数繰り返す。この場合、反応溶液を逆送することによる影響がないよう短時間で移送が行われるように制御されることは勿論のことである。増幅反応終了後、ピストンが反応容器の先端まで突出動作を行い、反応産物を含有する反応溶液が取り出される。
【0014】本発明のDNA増幅装置は、反応溶液をピストンを用いて移送させるために、流体によって反応溶液を移送させる方法に比べて、流体が圧縮されることによる反応溶液が実際に動くまでの時間の遅れがなく、反応溶液が正確に所定の部位に移送され、かつ反応溶液の追従性に優れている。また、予め一定の温度に制御された反応容器内の各部位に反応溶液のみが送り込まれるので、反応溶液が迅速に昇温/冷却され、そのために短時間でDNAの増幅が行われる。さらに、反応溶液中の水分の蒸発がほとんど無視できる程度であり、ミネラルオイル等を重層する必要がない。従って、反応の効率が非常に良く、操作が簡便である。
【0015】本発明のDNA増幅装置は、特に、反応容器内の各部位を、温度制御部によって、二本鎖DNAを一本鎖DNAに分離させる熱変性温度、一本鎖DNAとDNAプライマとを結合させるアニーリング温度、DNA鎖の伸長反応を行わせるDNA増幅温度にそれぞれ順に並んで制御させ、反応溶液を熱変性温度、アニーリング温度、DNA増幅温度の順に繰り返し所定回数だけ温度変化させることによって、PCRを行う装置として好適に使用される。
【0016】
【実施例】以下、一実施例を示して本発明のDNA増幅装置をより具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されないことはいうまでもない。
実施例1図1は、本発明のDNA増幅装置の一実施例を示す構成図である。図1では、ピストン駆動部としてバネ8、変形カム9及びステッピングモータ10から構成されるものを例示する。図1において、DNA増幅装置は、異なる温度に制御された複数の温度ブロック3、4及び5を列設した温度制御部(各温度ブロック3、4及び5とそれらを所定温度に保持するためのヒータ6とから構成される)と、この温度制御部6の各温度ブロック3、4及び5を順に貫通する細長い反応容器(反応シリンダ又は反応筒とも称しうる)1と、この反応容器1内を長手方向に作動往復可能に設けられたピストン2及びそのピストン駆動部(バネ8、変形カム9及びステッピングモータ10から構成される)と、このピストン駆動部8、9及び10を制御するピストン制御部11とから主としてなる。
【0017】図1に基づいて、PCRを行う場合を例にとって本発明のDNA増幅装置の動作を説明する。温度制御部の温度ブロック3、4及び5は、ヒータ6によってそれぞれ熱変性温度、アニーリング温度及びDNA増幅温度に保持されている。ピストン2は、ステッピングモータ10に連結された変形カム9とバネ8の共同作用により反応容器内を往復運動する。このピストン2の動作は、ピストン制御部(制御回路)11によって制御されている。即ち、ピストン制御部11からの指令によってステッピングモータ10が回転して変形カム9が回転し、それに伴ってピストン2を動作させる。反応溶液7は、ピストン2を突出動作させて反応容器1の先端まで押し込み、反応容器1の先端を反応溶液の入った容器(図示省略)内に挿入させ、所定量の反応溶液7が採取されるようピストン2を吸引動作させることにより、反応容器1内に収容保持されている。反応容器1の先端を反応溶液の入った容器内から離し、反応溶液7を反応容器1の所定の部位(位置)にくるまでピストン2を吸引動作させる。
【0018】ピストン制御部11からの指令によりステッピングモータ10を動作させてピストン2に突出動作を行わせ、反応溶液7を温度制御部によって熱変性温度に保持された部位(温度ブロック3の部位)に移送させる。所定時間経過後、ピストン制御部11からの指令によりステッピングモータ10を動作させてピストン2に突出動作を行わせ、反応溶液7を温度制御部によってアニーリング温度に保持された部位(温度ブロック4の部位)に移送させる(移送距離約15mm)。所定時間経過後、ピストン制御部11からの指令によりステッピングモータ10を動作させてピストン2に突出動作を行わせ、反応溶液7を温度制御部によってDNA増幅温度に保持された部位(温度ブロック5の部位)に移送させる(移送距離約15mm)。所定時間経過後、ピストン制御部11からの指令によりステッピングモータ10を動作させてピストン2に吸引動作を行わせ、反応溶液7を温度制御部によって再び熱変性温度に保持された部位(温度ブロック3の部位)に移送させる。この移送は、反応溶液を逆送することによる影響がないよう短時間で行われるように制御されている。以下、同じ順序で繰り返し所定回数だけ熱変性温度、アニーリング温度及びDNA増幅温度の順に反応溶液7を温度変化させてPCRを実施した後、ピストン2に突出動作を行わせ、反応溶液7を反応容器1の先端より排出する。反応溶液7が排出された後、洗浄溶液槽(図示省略)から洗浄溶液を同様に反応容器1内に入れてピストン2を往復運動させることにより、装置の洗浄を行うことができる。
【0019】図1は、反応容器が一つの場合を示しているが、本発明のDNA増幅装置には反応容器を複数並列に有するものも包含される。また、上記実施例においては、反応溶液を直接移送させているが、反応溶液を熱伝導性の良いカプセルに封入し、カプセルをピストンによって移送させることもできる。この場合には、PCR産物による装置の汚染を防ぐことができる。ピストン駆動部としては、上記実施例の他にエアシリンダ、リニアドモーター等の使用が可能である。
【0020】実施例2実際に上記装置を用いてPCRを行った。反応容器としては、長さ90mm、外径1.6mm及び内径0.9mmのガラスキャピラリ(チューブ)を用い、表面をシリコナイズして不活性化した。
【0021】PCR反応液は、通常のPCR緩衝液に0.05%Tween 20、0.05%NP 40及び0.1%BSAを加えたものを用いた。λDNA 78ng/20μlPCR緩衝液の反応溶液を調製し、PCR反応を行わせ、鋳型を増幅した。PCRは、95℃10秒間の熱変性、71℃20秒間のアニーリング及びDNA鎖の伸長反応を1サイクルとした。実際の反応は、最初に95℃50秒間の熱変性を行い、7サイクルの反応の後、最後に71℃40秒間のDNA鎖伸長反応を行った。
【0022】比較例として、従来のPCR装置(CETUS製、DNA Thermal Cycler等)を用いて同様の反応を行った。同じ反応溶液を、最初に94℃で90秒間熱変性した後に、94℃60秒間の熱変性、70℃60秒間のアニーリング及びDNA鎖伸長反応のサイクルを7サイクル実行し、DNAを増幅した。これらの結果を図2に示す。図2R>2は、増幅したDNAをアガロース電気泳動に付した後エチジウム ブロマイド(ethidium bromide)で変色させた図である。図2中、レーンAはφ×174DNAをHin Cで切断した分子量マーカー、レーンBは本願のDNA増幅装置を用いて行ったPCRの結果、及びレーンCは従来のPCR装置を用いて行ったPCRの結果を示す。
【0023】図2から、本発明のDNA増幅装置は、従来のPCR装置と同様の増幅効果を持つことが明らかである。また、従来のPCR装置では、一定温度に到達するまでの昇温/冷却時間が反応時間に加わるため、本発明のDNA増幅装置を用いて行ったPCRに要する時間は、従来の装置の1/5以下であった。変化させる温度の巾を広くして同様にPCRを行ったところ、この時間差は変化させる温度の巾が広くなるほど拡大し、50℃付近から90℃付近まで変化させる場合には、本発明のDNA増幅装置では、従来の装置の1/7以下の時間で反応が終了した。
【0024】以上のことから、本発明の装置は非常に短時間でPCRを行うことができることが明らかである。
【0025】
【発明の効果】本発明のDNA増幅装置は、反応溶液をピストンを用いて移送させるために、流体によって反応溶液を移送させる方法に比べて、流体が圧縮されることによる反応溶液が実際に動くまでの時間の遅れがなく、反応溶液を正確に所定の部位に移送させることができ、かつ反応溶液の追従性に優れている。また、予め一定の温度に制御された反応容器内の各部位に反応溶液のみが送り込まれるので、反応溶液の昇温/冷却を非常に迅速に行うことができ、そのために短い時間でDNAの増幅を行うことができる。さらに、反応溶液中の水分の蒸発をほとんど無視することができ、ミネラルオイル等を重層する必要がない。従って、反応の効率が非常に良く、操作が簡便である。
【0026】本発明のDNA増幅装置は、特に、反応容器内の各部位を、温度制御部によって、二本鎖DNAを一本鎖DNAに分離させる熱変性温度、一本鎖DNAとDNAプライマとを結合させるアニーリング温度、DNA鎖の伸長反応を行わせるDNA増幅温度にそれぞれ順に並んで制御させ、反応溶液を熱変性温度、アニーリング温度、DNA増幅温度の順に繰り返し所定回数だけ温度変化させることによって、PCRを行う装置として好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施例によるDNA増幅装置の概略図である。
【図2】本発明のDNA増幅装置と従来のPCR装置を用いてPCRを行った後のアガロース電気泳動図である。
【符号の説明】
1 反応容器(ガラスキャピラリ)
2 ピストン
3 温度ブロック
4 温度ブロック
5 温度ブロック
6 ヒータ
7 反応溶液
8 バネ
9 変形カム
10 ステッピングモータ
11 ピストン制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】 反応容器及び該反応容器内に往復移動可能に挿入されたピストンと、該反応容器の複数の部位を所定の異なる温度にそれぞれ制御する温度制御部と、該ピストンを駆動するピストン駆動部と、該ピストン駆動部を制御するピストン制御部とからなり、反応溶液をピストンによって予め目的の温度に制御された反応容器内の所定の部位へと繰り返し所定回数だけ移送させることによってDNA増幅反応を行わせることを特徴とするDNA増幅装置。

【図1】
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【図2】
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