説明

DNA鎖の保存溶液

【課題】DNA鎖(例、プライマー、DNA標品)の安定化方法の開発。
【解決手段】水中において、1以上のDNA鎖、および式(I):
【化1】


〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有する、DNA鎖の保存溶液、ならびにその製造方法など。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNA鎖の保存溶液およびその製造方法、プライマーの安定化方法、DNA鎖の保存溶液を含むキット、DNA鎖の保存溶液の使用方法などに関する。
に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸分子(例、RNA、プローブ等のDNA)を溶解するための溶液としては、TE(Tris−EDTA)緩衝液が汎用されている。これは、TE緩衝液が核酸分子の溶解能に優れることに加え、核酸分子の安定化作用を有するためである。また、TE緩衝液の他に、水溶液中の核酸分子を安定化する成分が、幾つか知られている。例えば、非特許文献1は、クエン酸ナトリウムが、RNAの塩基の加水分解を抑えるキレート剤として、TE緩衝液中で使用できることを記載している。
【0003】
ところで、TE緩衝液は、プライマーを溶解するために用いられていない。この理由は、TE緩衝液中の成分であるEDTAがDNA鎖の合成反応(例、PCR等の増幅反応)を阻害し得るためである(非特許文献2を参照)。したがって、水がプライマーを溶解するために用いられているが、水は、TE緩衝液に比し、DNA鎖の安定化作用に劣る。
【0004】
また、プライマーは、長期保存される場合、凍結乾燥された形態、または凍結溶液として冷凍保存される。例えば、プライマー合成を所定の機関に依頼した場合、依頼先の機関は、凍結乾燥プライマーを納品する。凍結乾燥プライマーを納品する理由は、凍結乾燥状態で輸送される場合にプライマーが最も安定なためである。納品された凍結乾燥プライマーは、凍結乾燥状態のまま保存され、アッセイに使用する際に滅菌蒸留水中に溶解される。余ったプライマー溶液は、幾つかのチューブに分注され、チューブ中の各プライマー溶液は、使用されるまで−20℃または−80℃で冷凍庫中に保存される。プライマーがアッセイに再度使用される場合、必要な分だけチューブが冷凍庫から取り出され、プライマー溶液が解凍される。このように、プライマー溶液を分注し、使用する際に必要な分だけ解凍する理由は、溶液の凍結−融解のプロセスにおいてプライマーの分解が促進され得ることから、当該プロセスの回数を可能な限り減らすためである。
【0005】
以上に述べた経緯より、プライマーは、水中に溶解された後、すぐに使用する予定がない場合には、分注により小分けされた様式において凍結状態で保存されているのが実情である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Applied Biosystems社のホームページ、製品名「RNA Storage Solutions」の項目「Product Description」、2010年4月5日検索、インターネット<https://products.appliedbiosystems.com/ab/en/US/adirect/ab?cmd=catNavigate2&catID=603272&tab=DetailInfo>
【非特許文献2】African Journal of Biotechnology Vol.6(3),pp.184−187,5 February,2007
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、分注により小分けし、使用する際に必要な分だけ解凍するという上述した手法を利用した場合であっても、水溶液の凍結−融解のプロセスを少なくとも一回行う必要がある。このようなプロセスは、プライマー分解の抑制という観点からは、好ましくない。また、分注により小分けし、使用する際に必要な分だけ解凍した場合、余ったプライマーは通常廃棄されるが、このような廃棄は、より多くのプライマーの有効利用という観点からは、好ましくない。以上の欠点に配慮した、プライマーの安定化方法の開発が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上述した課題を解決するため、鋭意検討した結果、プライマーの保存に関する上述した従来の技術常識とは異なり、プライマー溶液を常温で保存することを着想した。また、プライマー溶液を常温で保存するために、水中のプライマーの安定化作用を有する物質を鋭意探索した結果、優れた安定化作用を有する物質を見出すことに成功し、さらに安定化作用を有する物質がDNA鎖の増幅反応の検出感度を向上させることをも見出した。さらに、本発明者らは、このような物質がプライマー以外のDNA鎖(例、DNA鎖の増幅反応に用いられるDNA標品)の常温保存にも利用できることを着想し、本発明を完成するに至った。
【0009】
従来技術は、DNA鎖と多価カルボン酸化合物の塩とを、組み合わせて使用すること、特に、DNA鎖(例、DNA鎖の増幅反応に用いられるプライマーまたは/およびDNA標品)の保存、および/またはDNA鎖の増幅反応における検出感度の向上のために組み合わせて使用することを記載も示唆もしていない。従来技術はそもそも、DNA鎖を常温で保存するという発想、特に水中で保存するという発想を記載も示唆もしていない。
【0010】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕水中において、1以上のDNA鎖、および式(I):
【化1】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有する、DNA鎖の保存溶液。
〔2〕前記DNA鎖がプライマーである、〔1〕の保存溶液。
〔3〕前記プライマーが、目的DNA鎖の増幅反応用のプライマーである、〔2〕の保存溶液。
〔4〕前記DNA鎖がDNA標品である、〔1〕の保存溶液。
〔5〕前記式(I)で表される多価カルボン酸化合物が、式(I−1):
【化2】

〔式中、R1−1およびR1−2は、それぞれ独立して、水素原子またはヒドロキシル基を示す。〕、
(I−2):
【化3】

〔式中、R1−1、R1−2、R2−1およびR2−2は、それぞれ独立して、水素原子またはヒドロキシル基を示す。〕、あるいは
(I−3):
【化4】

〔式中、R1−1、R1−2、R2−1、R2−2、R3−1およびR3−2は、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシル基、またはカルボキシル基を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物である、〔1〕〜〔4〕のいずれか1つに記載の保存溶液。
〔6〕前記式(I−1)、(I−2)あるいは(I−3)で表される多価カルボン酸化合物が、マロン酸、コハク酸あるいはクエン酸である、〔5〕の保存溶液。
〔7〕DNA鎖の保存溶液の保存方法であって、
DNA鎖の保存溶液を液体状態で保存することを含み、
DNA鎖の保存溶液が、水中において、1以上のDNA鎖、および前記式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するDNA鎖の保存溶液である、方法。
〔8〕1以上のDNA鎖、および前記式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を、水中に共存させることにより、1以上のDNA鎖、および式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するDNA鎖の保存溶液を得ることを含む、DNA鎖の保存溶液の製造方法。
〔9〕1以上のDNA鎖、および前記式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を、水中に共存させることにより、1以上のDNA鎖を安定化させることを含む、DNA鎖の安定化方法。
〔10〕以下(a)、(b)を含む、キット:
(a)水中において、1以上のDNA鎖、および前記式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有する、DNA鎖の保存溶液;ならびに
(b)目的DNA鎖の合成反応用の構成要素。
〔11〕目的DNA鎖の合成反応用の構成要素が、目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素、RNA鎖の逆転写反応用の構成要素、または逆転写反応−目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素である、〔10〕のキット。
〔12〕目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素が、PCR用の試薬、またはRT−PCR用の試薬である、〔10〕のキット。
〔13〕目的DNA鎖の製造方法であって、
1以上のプライマーを用いてテンプレートから目的DNA鎖を合成することを含み、
(i)該プライマーが、水中において、1以上のプライマー、および前記式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するプライマーの保存溶液中の1以上のプライマーであるか、あるいは/ならびに
(ii)該テンプレートが、水中において、DNA標品、および前記式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するDNA標品の保存溶液中のDNA標品である、方法。
〔14〕RNA発現量の測定方法であって、
RNA鎖を、RNA鎖の逆転写反応および目的DNA鎖の増幅反応に供することを含み、
(i’)RNA鎖の逆転写反応または/および目的DNA鎖の増幅反応において、プライマーが用いられ、
該プライマーが、水中において、1以上のプライマー、および前記式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するプライマーの保存溶液中の1以上のプライマーであるか、あるいは/ならびに
(ii’)目的DNA鎖の増幅反応において、DNA標品が用いられ、
該DNA標品が、水中において、DNA標品、および前記式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するDNA標品の保存溶液中のDNA標品である、方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の保存溶液は、プライマー等のDNA鎖を安定化し得るので、DNA鎖の保存(特に、常温での保存)に有用である。本発明の保存溶液はまた、目的DNA鎖の増幅反応の検出感度を向上させ得るので、目的DNA鎖の増幅反応に有用である。
また、本発明の保存溶液は、安定化されたDNA鎖を、凍結乾燥ではなく水溶液の状態で供給できる点で優れている。例えば、プライマー等のDNA鎖を臨床検査等の検査目的で使用する場合、DNA鎖を凍結乾燥ではなく水溶液の状態で供給することができれば、DNA鎖を水溶液中に溶解する工程を省略することができるので、検査を簡便に行うことができる。また、かかる工程を省略することにより、かかる工程について、不注意による人為的な操作ミス(例、DNA鎖を溶解するための溶液の取り違え、および溶液の添加量のバラツキに基づくDNA鎖濃度の誤差)を確実に排除できる。かかる工程の省略は、製品が世界的に供給され、分子生物学的手法に不慣れな者が製品を使用する場合(例、発展途上国における製品の使用)、精度管理の観点から、特に利点がある。
さらに、本発明の保存溶液は、水溶液の状態で安定化されたDNA鎖を世界中に供給することを実現できる。これは、(i)本発明の保存溶液が長期にわたりDNA鎖を安定化し得るため、輸送期間が長い場合であってもDNA鎖が分解されないため、(ii)本発明の保存溶液が比較的高温でもDNA鎖を安定化し得ることから、冷凍設備(例、輸送中の冷凍設備、または輸送後の保管用の冷凍設備)を備えていない地域にDNA鎖を供給できるため、(iii)本発明の保存溶液は、振盪条件下でもDNA鎖を安定化し得るため、振盪状態で輸送される場合(例、道路が未整備の地域に輸送される場合)にも、DNA鎖の分解を抑制できるためである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、異なる濃度〔添加なし(0mM)、0.5mM、1.0mM〕のクエン酸ナトリウムの存在下における、PCRサイクルと蛍光強度との間の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、DNA鎖の保存溶液(またはDNA鎖の溶液。以下同様。)を提供する。本発明の保存溶液は、保存対象物である1以上のDNA鎖を含有する。DNA鎖としては、一本鎖DNA、二本鎖DNAが挙げられる。具体的には、DNA鎖としては、プライマー、DNA標品、プローブ(例、蛍光標識プローブ)、ベクター、アンチセンスDNA、天然物から抽出されたDNAなどが挙げられる。
【0014】
保存対象のDNA鎖は、DNA鎖の構成成分であるデオキシリボヌクレオチドから構成される。保存対象のDNA鎖の構成成分であるデオキシリボヌクレオチドとしては、例えば、主要核酸塩基である、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)またはチミン(T)を有するデオキシリボヌクレオチドが挙げられる。また、他の代表的なデオキシリボヌクレオチドとしては、例えば、イノシン、ウリジンが挙げられる。
【0015】
保存対象のDNA鎖の構成成分であるデオキシリボヌクレオチドは、修飾されていてもよい。本明細書中で用いられる場合、用語「修飾されていてもよいデオキシリボヌクレオチド」とは、未修飾のデオキシリボヌクレオチド、あるいは核酸塩基部分、糖部分およびリン酸結合部分のうちの少なくとも1つの部分が修飾されたデオキシリボヌクレオチドをいう。具体的には、修飾されたデオキシリボヌクレオチドとしては、置換基または蛍光物質で置換された核酸塩基部分を含むリボヌクレオチド、置換基または蛍光物質で置換された糖部分を含むリボヌクレオチド、リン酸結合が他の結合と交換されたリボヌクレオチド、およびこれらの修飾の組合せを含むリボヌクレオチドが挙げられる。
【0016】
置換基としては、例えば、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、アミノ基、ハロゲン原子(例、フッ素原子、臭素原子、塩素原子、ヨウ素原子)、ヒドロキシル基、カルボキシル基、オキソ基(=O)、チオ基(=S)、ニトロ基、リン酸基、チオール基、ビオチンなどが挙げられる。核酸塩基部分または糖部分に結合し得る置換基の数は、1〜3個であり得るが、1または2個が好ましく、1個がより好ましい。リン酸結合部分が他の結合と交換される場合、このような他の結合としては、例えば、ホスホロチオエート結合、アミド結合、メチルホスホネート結合、メチルホスホトリエステル結合が挙げられる。蛍光物質としては、例えば、FAM、TAMRA、TET、HEX、Cy(登録商標)3、Cy(登録商標)5などが挙げられる。
【0017】
アルキル基としては、直鎖状または分枝状の炭素数1〜12のアルキル、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、ヘキシル、ヘプチル、オクチル、ノニル、デシルなどのC〜C10アルキルが挙げられるが、C〜Cアルキルが好ましい。
【0018】
アルケニル基としては、直鎖状または分枝状の炭素数2〜12のアルケニル、例えば、アリル、クロチル、2−ペンテニル、3−ヘキセニルなどのC〜C10アルケニルが挙げられるが、C〜Cアルケニルが好ましい。
【0019】
アルキニル基としては、直鎖状または分枝状の炭素数2〜12のアルキニル、例えば、エチニル、1−プロピニル、2−プロピニル、1−ブチニル、2−ペンチニル、3−ヘキシニルなどのC〜C10アルキニルが挙げられるが、C〜Cアルキニルが好ましい。
【0020】
シクロアルキル基としては、環状の炭素数3〜12のシクロアルキル、例えば、シクロプロピル、シクロブチル、シクロペンチル、シクロヘキシル、シクロヘプチルが挙げられる。
【0021】
アリール基としては、炭素数6〜10のアリール、例えば、フェニル、1−ナフチル、2−ナフチルが挙げられる。
【0022】
アラルキル基としては、炭素数7〜12のアラルキル、例えば、フェニル−C〜Cアルキル(例、ベンジル、フェネチル)が挙げられる。
【0023】
アシル基としては、炭素数2〜12のアシル、例えば、炭素数2〜4のアルカノイル(例、アセチル、プロピオニル、ブチリル、イソブチリル)、あるいは炭素数6から10のアロイル(例、ベンゾイル、トルオイルなど)が挙げられる。
【0024】
アミノ基としては、上記アルキル、アルケニル、アルキニル、シクロアルキル、アリール、アラルキルおよびアシルからなる群より選ばれる置換基でモノ置換またはジ置換されていてもよいアミノ、例えば、アミノ(−NH)、メチルアミノ、ジメチルアミノが挙げられる。
【0025】
好ましい実施形態では、DNA鎖は、プライマーである。プライマーは、DNA鎖の伸長に用いられる一本鎖DNAである。プライマーの構成成分としては、例えば、主要核酸塩基である、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)またはチミン(T)を有するデオキシリボヌクレオチドが挙げられる。プライマーはまた、プライマー合成において汎用されるデオキシリボヌクレオチド代替物(例、イノシン、ウリジン)、あるいは糖鎖修飾を、構成成分として有していてもよい。プライマーはまた、置換基、あるいは蛍光物質で修飾されていてもよい。置換基としては、例えば、上述したものが挙げられるが、アミノ基、アミノアルキル基(例、6−アミノヘキシル基等の、アミノ基で置換された炭素数1〜12(好ましくは炭素数1〜6)のアルキル基)、リン酸基、チオール基、ビオチンなどであってもよい。蛍光物質としては、上述したものが挙げられる。なお、プライマーは、3’末端に水酸基を有し得る。これは、3’末端の水酸基が鎖の伸長反応に必要であり得るためである。したがって、プライマーの場合、置換基または蛍光物質による修飾部位は、3’末端の水酸基以外の部分であり得、例えば、5’末端の水酸基部分、核酸塩基部分が挙げられる。
【0026】
プライマーは、目的DNA鎖の合成反応、例えば、目的DNA鎖の増幅反応、またはRNA鎖の逆転写反応に用いられ得る。プライマーが目的DNA鎖の増幅反応に用いられる場合、目的DNA鎖の増幅反応は、プライマーを使用する増幅反応である限り特に限定されず、定性的または定量的アッセイ等のために用いられ得る。具体的には、目的DNA鎖の増幅反応としては、PCR(例、リアルタイムPCR、多重化PCR)、LAMP(Loop−mediated isothermal AMPlification)(例、国際公開第00/28082号参照)、ICAN(Isothermal and Chimeric primer−initiated Amplification of Nucleic acids)(例、国際公開第00/56877号参照)、SMAP(SMart Amplification Process)が挙げられる。
【0027】
一方、プライマーがRNA鎖の逆転写反応に用いられる場合、逆転写反応に供されるRNA鎖としては、天然に由来するRNA鎖、および人工的に合成されたRNA鎖が挙げられる。天然に由来するRNA鎖としては、例えば、天然の供給源(例、哺乳動物等の動物、植物、昆虫、微生物、ウイルス)から調製され得る天然RNA鎖が挙げられる。また、天然に由来するRNA鎖は、トータルRNA、メッセンジャーRNA(mRNA)、リボソームRNA(rRNA)、トランスファーRNA(tRNA)、核内低分子RNA(snRNA)、またはマイクロRNA(miRNA)であってもよい。人工的に合成されたRNA鎖としては、例えば、RNAベクターが挙げられる。
【0028】
プライマー中のデオキシリボヌクレオチドの個数は、標的核酸中の所定の部位にアニーリングして、DNA鎖の伸長の起点として使用できる限り特に限定されない。例えば、プライマーが目的DNA鎖の増幅反応に用いられる場合、プライマー中のデオキシリボヌクレオチドの個数は、16個以上、18個以上、20個以上、または22個以上であってもよい。この場合、デオキリボヌクレオチドの個数はまた、例えば、60個以下、50個以下、または40個以下であってもよい。プライマーは、標的DNA鎖に相補的な部分に加えて、制限酵素認識部位等の部分を有していてもよい。一方、プライマーがRNA鎖の逆転写反応に用いられる場合、典型的なプライマーとしては、ランダムプライマー(例、ランダムヘキサマー)、オリゴdTプライマーが挙げられる。プライマーがRNA鎖の逆転写反応に用いられる場合、プライマー中のデオキシリボヌクレオチドの個数は、6個以上、8個以上、10個以上であってもよい。RNA鎖の逆転写反応に用いられるプライマー中のデオキシリボヌクレオチドの個数はまた、目的DNA鎖の増幅反応に用いられるプライマー中のデオキシリボヌクレオチドの個数と同じであってもよい。
【0029】
保存溶液中に含まれるプライマーの種類の数は、1以上である限り特に限定されず、1個または複数(例、2個、3個、4個、5個または6個以上)であってもよい。例えば、プライマーがDNA鎖の増幅反応に用いられ、DNA鎖の増幅方法としてPCRが利用される場合、標準的なプライマーの種類の数は2個であり、センスプライマーおよびアンチセンスプライマーが使用される。したがって、標的DNA鎖が決定されている場合、本発明の保存溶液は、標的DNA鎖に対する2個のプライマーを含有していてもよい。多重化PCR等の方法が利用される場合、3以上のプライマーが使用され得る。したがって、1以上の標的DNA鎖が決定されている場合、本発明の保存溶液は、1以上の標的DNA鎖に対する3以上のプライマーを含有していてもよい。一方、プライマーがRNA鎖の逆転写反応に用いられる場合、例えば、1種類のオリゴdTプライマー、または複数のプライマー(例、ランダムプライマーの場合)が使用される。
【0030】
保存溶液中に含まれるプライマーの濃度は、DNA鎖の増幅反応液またはRNA鎖の逆転写反応液を適切に調製できる濃度である限り特に限定されない。例えば、プライマーがDNA鎖の増幅反応に用いられる場合、保存溶液中のプライマーの濃度は、0.5〜1000μM、1〜100μM、または5〜50μMであってもよい。一方、プライマーがRNA鎖の逆転写反応に用いられる場合、保存溶液中のプライマーの濃度は、0.1〜5000μM、1〜2500μM、または10〜1000μMであってもよい。
【0031】
別の好ましい実施形態では、DNA鎖は、DNA標品である。DNA標品としては、DNA鎖の合成反応(例、DNA鎖の増幅反応)におけるDNA標品(例、コントロール用テンプレート)が好ましい。DNA標品中のデオキシリボヌクレオチドの個数は、特に限定されない。例えば、DNA標品がDNA鎖の増幅反応に用いられる場合、DNA標品中のデオキシリボヌクレオチドの個数は、50個以上、80個以上、120個以上、または140個以上であってもよい。この場合、デオキリボヌクレオチドの個数はまた、例えば、10000個以下、5000個以下、または1000個以下であってもよい。保存溶液中に含まれるDNA標品の種類の数は、1以上である限り特に限定されず、1個または複数(例、2個、3個以上)であってもよいが、通常、DNA標品の種類の数は1個である。保存溶液中に含まれるDNA標品の濃度は、例えば、標品としての目的を果たし得る濃度である限り特に限定されない。例えば、DNA標品がDNA鎖の増幅反応に用いられる場合、保存溶液中のDNA標品の濃度は、1×10−16〜10000μM、1×10−14〜1000μM、または1×10−12〜200μMであってもよい。
【0032】
また、本発明の保存溶液は、1以上のDNA鎖の安定化成分である、式(I):
【化5】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基(=O)を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物(以下、必要に応じて、「多価カルボン酸化合物」と省略)の塩を含有する。
【0033】
上記式(I)で表される多価カルボン酸化合物において、ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、およびヨウ素原子が挙げられる。
【0034】
炭素数1〜6のアルキル基は、直鎖または分岐鎖であり、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec−ブチル、tert−ブチル、ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、sec−ペンチル、tert−ペンチル、ヘキシル、イソヘキシルが挙げられる。
【0035】
炭素数1〜6のアルコキシ基は、上述したような炭素数1〜6のアルキル基で置換されたヒドロキシル基(即ち、炭素数1〜6のアルキル−オキシ基)であり、例えば、メトキシ、エトキシ、プロポキシ、ブトキシ基が挙げられる。
【0036】
生体に安全であり、かつ環境への負荷が少ない化合物の塩を、多価カルボン酸化合物の塩として提供するという観点からは、Rn−1およびRn−2は、生体内または細胞中に見出される、クエン酸サイクル(トリカルボン酸(TCA)サイクルとも呼ばれる)に関与する化合物に対応する基であってもよい。このような場合、Rn−1およびRn−2(または後述するR1−1、R1−2、R2−1、R2−2、R3−1およびR3−2)は、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシル基またはカルボキシル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基(=O)を示していてもよい。
【0037】
一実施形態では、式(I)で表される多価カルボン酸化合物は、n=1の場合、式(I−1):
【化6】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基(=O)を示す。〕
で表される化合物である。好ましくは、式(I−1)におけるR1−1およびR1−2は、それぞれ独立して、水素原子またはヒドロキシル基を示す。特に好ましくは、式(I−1)で表される多価カルボン酸化合物は、式(I−1’)で表されるマロン酸である。
【0038】
【化7】

【0039】
別の実施形態では、式(I)で表される多価カルボン酸化合物は、n=2の場合、式(I−2):
【化8】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基(=O)を示す。〕
で表される化合物である。好ましくは、式(I−2)におけるR1−1、R1−2、R2−1およびR2−2は、それぞれ独立して、水素原子またはヒドロキシル基を示す。特に好ましくは、式(I−2)で表される多価カルボン酸化合物は、式(I−2’)で表されるコハク酸である。
【0040】
【化9】

【0041】
さらに別の実施形態では、式(I)で表される多価カルボン酸化合物は、n=3の場合、上記式(I−3):
【化10】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基(=O)を示す。〕
で表される化合物である。好ましくは、式(I−3)におけるR1−1、R1−2、R2−1、R2−2、R3−1およびR3−2は、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシル基、またはカルボキシル基を示す。より好ましくは、式(I−3)におけるR2−1およびR2−2の一方は、カルボキシル基を示し、R2−1およびR2−2の他方、ならびにR1−1、R1−2、R3−1およびR3−2は、それぞれ独立して、水素原子またはヒドロキシル基を表す。特に好ましくは、式(I−3)で表される多価カルボン酸化合物は、式(I−3’)で表されるクエン酸である。
【0042】
【化11】

【0043】
多価カルボン酸化合物の塩としては、金属塩、無機塩、有機塩が挙げられる。金属塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等の一価の金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等の二価の金属塩が挙げられる。無機塩としては、例えば、アンモニウム塩が挙げられる。有機塩としては、例えば、アルキル基で置換されたアンモニウム塩が挙げられる。アルキル基で置換されたアンモニウム塩としては、モノアルキルアンモニウム塩、ジアルキルアンモニウム塩、トリアルキルアンモニウム塩、テトラアルキルアンモニウム塩が挙げられる。アルキル基で置換されたアンモニウム塩におけるアルキル基は、その炭素数が特に限定されないが、例えば、上述したような炭素数1〜6のアルキル基であってもよい。
【0044】
保存溶液中に含まれる、多価カルボン酸化合物の塩は、単一(即ち、一種類)の物質であっても、複数(例、2種、3種)の物質であってもよい。複数の物質としては、(i)化合物の種類が異なり、かつ塩の種類が同一である物質の組合せ、(ii)化合物の種類が同一であり、かつ塩の種類が異なる物質の組合せ、(iii)化合物の種類、および塩の種類が異なる物質の組合せが挙げられる。含有成分の簡素化および保存溶液の調製の簡便化という観点からは、多価カルボン酸化合物の塩は、単一の物質であってもよい。
【0045】
本発明の保存溶液は、多価カルボン酸化合物の塩を、保存対象物である1以上のDNA鎖の分解を抑制し得るのに十分な濃度で含有し得る。このような濃度は、用いられる多価カルボン酸化合物の塩の種類、後述する別の安定化剤の有無、およびDNA鎖の合成反応液の総量に対するDNA鎖の保存溶液の添加量等によっても変動し得るが、当業者は、このような濃度を適宜決定することができる。
【0046】
例えば、DNA鎖がプライマーである場合、本発明の保存溶液中における多価カルボン酸化合物の塩の濃度は、1以上のプライマーを安定化し得る限り特に限定されないが、例えば0.1〜500mM、好ましくは0.5〜200mM、より好ましくは1〜100mM、さらにより好ましくは2〜50mM、最も好ましくは5〜20mMである。多価カルボン酸化合物の塩が複数用いられる場合、その濃度の合計が、上記濃度の範囲内にあってもよい。DNA鎖の増幅反応液(例、PCR用の反応液)の総量に対するプライマー溶液の添加総量がしばしば1/10(例、フォワードプライマー溶液量1/20+リバースプライマー溶液量1/20)であること、および反応溶液中において1.0mMを超える濃度の多価カルボン酸化合物の塩(例、クエン酸ナトリウム)がDNA鎖の増幅反応を阻害する傾向があることを考慮すると、本発明の保存溶液中における多価カルボン酸化合物の塩の濃度が10mM以下であることもまた、好ましい。
【0047】
また、DNA鎖がDNA標品である場合、本発明の保存溶液中における多価カルボン酸化合物の塩の濃度は、DNA標品を安定化し得る限り特に限定されないが、例えば0.1〜500mM、好ましくは0.5〜200mM、より好ましくは1〜100mM、さらにより好ましくは2〜50mM、最も好ましくは5〜20mMである。DNA鎖の増幅反応液(例、PCR用の反応液)の調製の容易さの観点からは、DNA標品を含有する本発明の保存溶液中における多価カルボン酸化合物の塩の濃度は、0.1〜100mM、好ましくは0.2〜50mM、より好ましくは0.5〜10mMであってもよい。多価カルボン酸化合物の塩が複数用いられる場合、その濃度の合計が、上記濃度の範囲内にあってもよい。DNA鎖の増幅反応液(例、PCR用の反応液)の総量に対するDNA標品溶液の添加量がしばしば1/4であること、および反応溶液中において1.0mMを超える濃度の多価カルボン酸化合物の塩(例、クエン酸ナトリウム)がDNA鎖の増幅反応を阻害する傾向があることを考慮すると、本発明の保存溶液中における多価カルボン酸化合物の塩の濃度が4.0mM以下であることもまた、好ましい。
【0048】
さらに、DNA標品およびプライマーを含有する本発明の保存溶液が提供される場合、本発明の保存溶液中における多価カルボン酸化合物の塩の濃度は、DNA鎖がプライマーまたはDNA標品のいずれかである場合の上述した濃度であってもよい。具体的には、本発明の保存溶液中における多価カルボン酸化合物の塩の濃度は、DNA鎖の増幅反応液(例、PCR用の反応液)の総量に対する、DNA標品およびプライマーを含有する本発明の保存溶液の添加量に応じて適宜決定され得る。
【0049】
本発明の保存溶液のpHは、例えばpH6.5〜8.5であり、好ましくはpH6.8〜8.4であり、より好ましくはpH7.0〜8.2である。
【0050】
本発明の保存溶液は、多価カルボン酸化合物の塩に加えて、別の安定化剤をさらに含有していてもよい。別の安定化剤としては、例えば、MgCl、硫酸アンモニウムなどが挙げられる。別の安定化剤が塩である場合、塩としては、上述したような、金属塩、無機塩および有機塩が挙げられる。
【0051】
本発明の保存溶液では、多価カルボン酸化合物の塩が溶解される溶媒は、緩衝液ではなく、水である。緩衝液は、通常、酸および塩が共存した水溶液である。一方、本発明の保存溶液は、多価カルボン酸化合物の塩を含有するものの、緩衝液ではないため、酸を含有しない。したがって、本発明の保存溶液は、酸を用いて調製されないという点で、酸を用いて調製される緩衝液と異なる。水としては、例えば、蒸留水、滅菌水、滅菌蒸留水が挙げられるが、滅菌蒸留水が好ましい。
【0052】
本発明はまた、本発明の保存溶液の保存方法を提供する。本発明の保存方法は、本発明の保存溶液を液体状態で保存することを含む。液体状態での保存は、常温で保存することにより達成されてもよい。
【0053】
本明細書中で使用される場合、「常温」とは、2〜50℃の温度をいう。ところで、日本工業規格(JIS)では、常温とは、20℃±15℃(5〜35℃)の温度として定められている。一方、日本薬局方では、常温とは、15〜25℃の温度として定められている。したがって、本発明の保存溶液は、2〜50℃の温度で保存されてもよいが、5〜35℃または15〜25℃の温度で保存されてもよい。
【0054】
保存期間は、本発明の保存溶液中において、1以上のDNA鎖の一部が未分解状態で残存し得る期間である限り特に限定されない。1以上のDNA鎖の残存の程度は、保存期間によっても異なるため特に限定されないが、例えば、1以上のDNA鎖は、本発明の保存溶液中において、1以上のDNA鎖の初期量に対して、例えば50%以上、好ましくは70%以上、80%以上または90%以上の量において未分解状態で残存し得る。本発明の保存溶液中における1以上のDNA鎖の残存の程度は、当該技術分野で周知の方法により決定することができる(例、TOF/MS検出によるメインピークの残存率の決定)。このような保存期間としては、例えば、1週間以上、2週間以上、3週間以上、1ヶ月以上、2ヶ月以上、3ヶ月以上、4ヶ月以上、5ヶ月以上、6ヶ月以上、8ヶ月以上、10ヶ月以上または1年以上の期間が挙げられる。また、保存期間は、3年以下、2年以下、1年半以下または1年以下の期間であってもよい。
【0055】
本発明は、本発明の保存溶液の製造方法を提供する。本発明の製造方法は、1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩を、水中に共存させる工程を含む。本工程は、例えば、工程(1)1以上のDNA鎖を含有する水中に、多価カルボン酸化合物の塩を添加すること、工程(2)多価カルボン酸化合物の塩を含有する水中に、1以上のDNA鎖を添加すること、ならびに工程(3)水中に、1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩を同時に添加することにより行われ得る。
【0056】
工程(1)の場合、1以上のDNA鎖を含有する水は、予め調製されたものを用いてもよいが、改めて調製してもよい。したがって、改めて調製される場合、工程(1)は、1以上のDNA鎖を水中に添加して、1以上のDNA鎖を含有する水を調製し、次いで、調製された水中に、多価カルボン酸化合物の塩を添加することにより行われる。
【0057】
工程(2)の場合、多価カルボン酸化合物の塩を含有する水は、予め調製されたものを用いてもよいが、改めて調製してもよい。したがって、改めて調製される場合、工程(2)は、多価カルボン酸化合物の塩を水中に添加して、多価カルボン酸化合物の塩を含有する水を調製し、次いで、調製された水中に、1以上のDNA鎖を添加することにより行われる。
【0058】
工程(3)の場合、同時添加は、1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩の混合物を、水中に添加することにより、または1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩を、水中に同時に別々に添加することにより、達成される。本発明の保存溶液の製造に際して、1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩の混合物が用いられる場合、本発明の製造方法は、1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩を混合することを含んでいてもよい。
【0059】
本発明の製造方法において用いられる水は、本発明の保存溶液において上述した水と同様である。1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩を水中に共存させる工程は、本発明の保存溶液において上述したような濃度等が達成されるように行われ得る。
【0060】
本発明の製造方法は、1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩に加えて、他の成分(例、別の安定化剤)を水中に添加することを含んでいてもよい。他の成分の水中への添加は、上述した工程(1)〜(3)と同様の方法論により行われ得る。
【0061】
本発明は、DNA鎖の安定化方法を提供する。本発明の安定化方法は、1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩を水中に共存させることにより、1以上のDNA鎖を安定化させることを含む。1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩を水中に共存させることは、例えば、上記工程(1)〜(3)と同様に行われ得る。
【0062】
本発明の安定化方法において用いられる水は、本発明の保存溶液において上述した水と同様である。共存は、本発明の保存溶液において上述したような濃度が達成されるように行われ得る。本発明の安定化方法はまた、1以上のDNA鎖、および多価カルボン酸化合物の塩に加えて、他の成分(例、別の安定化剤)を水中に添加することを含んでいてもよい。他の成分の水中への添加は、上述した工程(1)〜(3)と同様の方法論により行われ得る。
【0063】
本発明はまた、本発明の保存溶液を含むキットを提供する。本発明のキットは、以下(a)、(b)を含む:
(a)水中において、1以上のDNA鎖、および式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有する、DNA鎖の保存溶液;ならびに
(b)目的DNA鎖の合成反応用の構成要素。
【0064】
キットに含まれる構成要素(a)および(b)は、互いに隔離された形態、例えば、異なる容器(例、チューブ)に格納された形態で提供され得る。本発明のキット中の構成要素(a)は、本発明の保存溶液と同様である。本発明のキットは、構成要素(a)および(b)に加えて、構成要素(c)DNAまたはRNAの抽出試薬をさらに含んでいてもよい。
【0065】
構成要素(b)について、目的DNA鎖の合成反応用の構成要素としては、例えば、目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素、RNA鎖の逆転写反応用の構成要素、逆転写反応−目的DNA鎖の増幅反応(本明細書中、必要に応じて、「逆転写(RT)−増幅反応」と省略)用の構成要素が挙げられる。
【0066】
したがって、一実施形態では、本発明のキットは、目的DNA鎖の増幅反応用のキットであり、以下(a1)、(b1)を含む:
(a1)DNA鎖として1以上のプライマーを含有する本発明の保存溶液;ならびに
(b1)目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素。
【0067】
この場合、本発明のキットは、検出、定量あるいはクローニング等の目的のために利用され得る。目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素としては、このような反応に用いられる試薬および容器が挙げられる。具体的には、このような構成要素としては、ポリメラーゼ(例、耐熱性ポリメラーゼ)、dNTP混合物、反応緩衝液、DNA標品(コントロール用テンプレート)、反応容器が挙げられる。
【0068】
この場合、本発明のキットは、RNA鎖の逆転写反応用の構成要素(後述)をさらに含むことにより、逆転写(RT)−増幅反応用のキットであってもよい。
【0069】
別の実施形態では、本発明のキットは、目的DNA鎖の増幅反応用のキットであり、以下(a2)、(b2)を含む:
(a2)DNA鎖としてDNA標品を含有する本発明の保存溶液;ならびに
(b2)目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素。
【0070】
この場合、本発明のキットは、検出または定量等の目的のために利用され得る。目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素としては、このような反応に用いられる試薬および容器が挙げられる。具体的には、このような構成要素としては、ポリメラーゼ(例、耐熱性ポリメラーゼ)、1以上のプライマー、dNTP混合物、反応緩衝液、反応容器が挙げられる。1以上のプライマーは、本発明の保存溶液中に含有されていてもよい。
【0071】
さらに別の実施形態では、本発明のキットは、RNA鎖の逆転写反応用のキットであり、以下(a3)、(b3)を含む:
(a3)RNA鎖の逆転写反応用のプライマーを含有する本発明の保存溶液;ならびに
(b3)RNA鎖の逆転写反応用の構成要素。
【0072】
この場合、本発明のキットは、目的DNA鎖(cDNA鎖)の合成のために利用され得る。RNA鎖の逆転写反応用の構成要素としては、このような反応に用いられる試薬および容器が挙げられる。具体的には、このような構成要素としては、逆転写酵素、dNTP混合物、反応緩衝液、RNA標品(コントロール用テンプレート)、反応容器が挙げられる。
【0073】
この場合、本発明のキットは、DNA鎖の増幅反応用の上述した構成要素(例、1以上のプライマーを含有する本発明の保存溶液、DNA標品を含有する本発明の保存溶液)をさらに含むことにより、逆転写(RT)−増幅反応用のキットであってもよい。
【0074】
本発明のキットが、逆転写(RT)−増幅反応用のキットである場合、逆転写(RT)反応および増幅反応は、別々に行われてもよいが、同時に行われてもよい。逆転写(RT)−増幅反応が同時に行われる場合、RNA鎖の逆転写反応用のプライマー、およびDNA鎖の増幅反応用のプライマーは、異なっていてもよいが、共通していてもよい。この場合、本発明のキットは、例えば、以下(a4)、(b4)を含む:
(a4)RNA鎖の逆転写反応および目的DNA鎖の増幅反応用の共通プライマーを含有する本発明の保存溶液;ならびに
(b4)RT−増幅反応用の構成要素。
【0075】
上述したまたは後述する構成要素(b)(あるいは構成要素(b1)〜(b4))の構成成分は、1以上であれば特に限定されず、1個であっても、複数(例、2、3、4、5、6以上)であってもよい。各構成成分は、互いに隔離された形態、例えば、異なる容器(例、チューブ)に格納された形態で提供されてもよいが、予め混合された形態(例、PreMix)等で提供されてもよい。
【0076】
好ましい実施形態では、本発明のキットは、リアルタイム増幅反応(例、リアルタイムPCR、リアルタイムLAMP)用のキットである。この場合、本発明のキットは、構成要素(b)がリアルタイム増幅反応用の構成要素であり得る。リアルタイム増幅反応としては、例えば、インターカレーター法、蛍光物質標識プローブ法が挙げられる。したがって、リアルタイム増幅反応用の構成要素(b)は、構成成分として、このような方法を行うための蛍光物質または蛍光物質標識プローブをさらに含んでいてもよい。蛍光物質としては、例えば、インターカレーター法に用いられる蛍光物質(例、SYBR Green I)が挙げられる。蛍光物質標識プローブとしては、例えば、5’末端または3’末端の一方に蛍光物質が結合し、かつ5’末端または3’末端の他方にクエンチャーが結合しているプローブ(例、TaqMan(登録商標)プローブ)が挙げられる。リアルタイム増幅反応は、逆転写反応と組み合わせて用いられてもよい。したがって、本キットは、リアルタイムRT−増幅反応用のキットであってもよい。なお、蛍光物質または蛍光標識プローブは、構成要素(b)ではなく、構成要素(a)(すなわち、本発明の保存溶液)中に含まれていてもよい。
【0077】
特に好ましい実施形態では、本発明のキットは、リアルタイムPCR用のキットである。この場合、本発明のキットは、構成要素(b)がリアルタイムPCR用の構成要素であり得る。具体的には、構成要素(b)の構成成分としては、耐熱性ポリメラーゼ、dNTP混合物、反応緩衝液、上述したような蛍光物質、RNAまたはDNA標品(コントロール用テンプレート)、反応容器が挙げられる。リアルタイムPCRは、逆転写反応と組み合わせて用いられてもよい。したがって、本キットは、リアルタイムRT−PCR用のキットであってもよく、逆転写酵素等をさらに含んでいてもよい。なお、蛍光物質または蛍光標識プローブは、構成要素(b)ではなく、構成要素(a)(すなわち、本発明の保存溶液)中に含まれていてもよい。
【0078】
本発明はまた、DNA鎖の製造方法(またはDNA鎖の合成方法)を提供する。本発明の製造方法は、プライマーを用いてDNA鎖を合成することを含む。プライマーとしては、上述したプライマー保存溶液中のプライマーが用いられる。
【0079】
DNA鎖の製造反応としては、DNA鎖の増幅反応、RNA鎖の逆転写(RT)反応、またはRT−増幅反応が挙げられる。本方法は、上述した本発明のキットにより行われてもよい。
【0080】
本発明はまた、RNA発現量の測定方法を提供する。本発明の測定方法は、本発明の保存溶液中に含有されるRNA鎖を、RNA発現量の測定のためのRNA標品(即ち、コントロール)として使用することを含む。
【0081】
RNA発現量の測定で用いられるRNAサンプルとしては、例えば、哺乳動物由来のRNAサンプルが挙げられる。哺乳動物としては、例えば、ヒト、サル、ウシ、ブタ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギが挙げられる。臨床応用という観点から、哺乳動物種は、好ましくはヒトである。RNAサンプルとしてはまた、上述したような天然に由来するRNA鎖(例、トータルRNA、mRNA)を含むサンプル(例、細胞または組織からの抽出液)が挙げられる。
【0082】
本発明の測定方法では、RT−増幅反応が利用され得る。したがって、本発明の測定方法は、例えば、(a1’)RNAサンプルを、RT−増幅反応に供する工程、(b1’)本発明の保存溶液中に含有されるRNA鎖を、RT−増幅反応に供する工程、および(c1’)工程(b1’)の結果に基づき、工程(a1’)のRT−増幅反応を検証する工程、または工程(b1’)の結果に基づき、RNAサンプル中の標的RNAの発現量を決定する工程を含んでいてもよい。工程(a1’)および(b1’)は、別々に行われてもよいが、一緒に行うこともできる。この場合、本発明の測定方法は、例えば、(a2’)RNAサンプル、および本発明の保存溶液中に含有されるRNA鎖を合わせる工程、(b2’)RNAサンプル、および本発明の保存溶液中に含有されるRNA鎖を、RT−増幅反応に供する工程、および(c2’)RNA鎖の反応結果に基づき、工程(b2’)のRT−増幅反応を検証する工程、またはRNA鎖の反応結果に基づき、RNAサンプル中の標的RNAの発現量を決定する工程を含んでいてもよい。本発明の測定方法は、上述した本発明のキットにより行われてもよい。好ましくは、本発明の測定方法は、リアルタイムRT−増幅反応(例、リアルタイムRT−PCR)による方法である。また、RT−増幅反応は、RT反応および増幅反応を別々に行う2ステップRT−増幅反応(例、2ステップRT−PCR)であってもよいが、RT反応および増幅反応を同時に行う1ステップRT−増幅反応(例、1ステップRT−PCR)であってもよい。
【0083】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0084】
実施例1:カルボン酸塩を含有する水溶液中のプライマーの安定性(25℃)
使用したプライマー(5’−GCAAAGACCTGTACGCCAAC−3’:配列番号1)は、DNA自動合成機「3900 DNA Synthesizer」(Applied Biosystems社製)を用い、一般的なホスホアミダイト法により200nmoleスケールでTrityl−ON(5’末端のヒドロキシル基がジメトキシトリチル(DMT)基で保護された状態)として合成した。合成担体(支持体)からの切り出しは、一般的方法により30%濃アンモニア水500μLで行った。プライマーの保護基の脱保護は、一般的方法に従い、切り出し後の濃アンモニア水溶液のまま耐圧バイアルにて、60℃で150分間行った。
その後、プライマーを、精製簡易カートリッジOligo R3(Applied Biosystems社製)により一般的方法に従い精製し(この工程で酸の処理によってDMT基を除去)、遠心エバポレーターによって減圧乾燥した。乾燥されたプライマーを滅菌水で溶解し、飛行時間型質量分析計(MALDI TOF/MS)Voyager−DETM(Applied Biosystems社製)により純度確認を行った。分光光度計DU(登録商標)530(BECKMAN COULTER社製)を用いて測定した吸光度とランベルト・ベールの法則からプライマー濃度を決定した。
【0085】
純度確認・濃度決定を終えたプライマーを滅菌蒸留水中に溶解して、10μMの濃度となるように以下の8種の溶液を調製した。
(1)マロン酸ナトリウムを含有する水溶液(pH7.18)
(2)コハク酸ナトリウムを含有する水溶液(pH7.15)
(3)クエン酸ナトリウムを含有する水溶液(pH8.04)
(4)マレイン酸ナトリウムを含有する水溶液(pH7.53)
(5)酢酸ナトリウムを含有する水溶液(pH6.68)
(6)フマル酸ナトリウムを含有する水溶液(pH6.54)
(7)シュウ酸ナトリウムを含有する水溶液(pH6.49)
(8)滅菌蒸留水(HO)(pH6.34)
水溶液中の各塩の濃度は、10mMであった。
【0086】
プライマーを含有する上記の水溶液を、スクリューキャップチューブへ分注して密閉し、室温(25℃)で保存した。各保存チューブから水溶液を定期的に採取し、MALDI TOF/MSによる分子量観測によって、水溶液中のプライマーの経時的な分解の度合いを調査した。
【0087】
その結果、(1)〜(7)の水溶液において、プライマーが安定であった(表1を参照)。なお、MSスペクトルのピークを解析したところ、(8)の滅菌水では、リボース部分と核酸塩基との間の結合の分解に起因するプライマー分解物、およびリボース間の3’−5’ホスフェート結合の分解に起因するプライマー分解物、ならびにリボース部分と核酸塩基との間の結合およびリボース間の3’−5’ホスフェート結合の分解に起因するプライマー分解物が生じていることが確認されたが、(1)〜(7)の水溶液では、これらのプライマー分解物が生じていなかった。したがって、(1)〜(7)の水溶液は、リボース部分と核酸塩基との間の結合、およびリボース間の3’−5’ホスフェート結合の分解を抑制することにより、プライマーを安定化すると考えられた。
【0088】
【表1】

【0089】
実施例2:カルボン酸塩を含有する水溶液中のプライマーの安定性(37℃)
プライマー(配列番号1)を、実施例1と同様の方法により調製した。実施例1と同様の方法により純度確認・濃度決定を終えたプライマーを滅菌蒸留水中に溶解して、10μMの濃度となるように以下の10種の溶液を調製した。
(1)マロン酸ナトリウムを含有する水溶液(pH7.18)
(2)コハク酸ナトリウムを含有する水溶液(pH7.15)
(3)クエン酸ナトリウムを含有する水溶液(pH8.04)
(4)マレイン酸ナトリウムを含有する水溶液(pH7.53)
(5)酢酸ナトリウムを含有する水溶液(pH6.68)
(6)フマル酸ナトリウムを含有する水溶液(pH6.54)
(7)シュウ酸ナトリウムを含有する水溶液(pH6.49)
(8)滅菌蒸留水(HO)(pH6.34)
(9)塩化ナトリウムを含有する水溶液(pH7.37)
(10)塩化マグネシウムを含有する水溶液(pH6.99)
水溶液中の各塩の濃度は、10mMであった。(9)の水溶液は、ナトリウム塩についてのコントロールとして用いた。(10)の水溶液は、塩化マグネシウムがPCR反応の添加剤としてしばしば使用されていることを考慮し、比較のために用いた。
【0090】
プライマーを含有する上記の水溶液を、スクリューキャップチューブへ分注して密閉し、37℃で保存した。保存は、非振盪条件下、または振盪条件(振盪方式:旋回、振盪数:800rpm、回転振幅:約3mm)下で行った。各保存チューブから水溶液を定期的に採取し、MALDI TOF/MSによる分子量観測によって、水溶液中のプライマーの経時的な分解の度合いを調査した。非振盪条件下の保存試験の結果を、表2に示す。
【0091】
その結果、非振盪条件下の保存試験では、カルボン酸塩を含有する各滅菌水溶液のうち、(1)マロン酸ナトリウム、(2)コハク酸ナトリウム、および(3)クエン酸ナトリウムを含有する滅菌水溶液において、プライマーが特に安定であった(表2を参照)。なお、振盪条件下の保存試験の結果は、非振盪条件下の保存試験の結果と同様であり、振盪の有無は、プライマーの安定性に影響を及ぼさないようであった。
【0092】
【表2】

【0093】
また、水溶液中の各塩の濃度を1mMに変更した条件下で、上記と同様の実験を行ったところ、同様の結果が得られたが、安定性に対する各塩の効果は、10mMの濃度条件が、1mMの濃度条件に比し、優れていた。
【0094】
実施例3:カルボン酸塩を含有する水溶液中のプライマーの安定性(60℃)
プライマー(配列番号1)を、実施例1と同様の方法により調製した。実施例1と同様の方法により純度確認・濃度決定を終えたプライマーを滅菌蒸留水中に溶解して、10μMの濃度となるように以下の3種の溶液を調製した。
(1)マロン酸ナトリウムを含有する水溶液(pH7.18)
(9)塩化ナトリウムを含有する水溶液(pH7.37)
(10)塩化マグネシウムを含有する水溶液(pH6.99)
水溶液中の各塩の濃度は、10mMであった。(9)および(10)の水溶液を用いた理由は、実施例2と同様である。
【0095】
プライマーを含有する上記の水溶液を、スクリューキャップチューブへ分注して密閉し、60℃で保存した。各保存チューブから水溶液を定期的に採取し、MALDI TOF/MSによる分子量観測によって、水溶液中のプライマーの経時的な分解の度合いを調査した。60℃で本試験を行った理由は、DNA鎖の分解を促進する高温条件(加速条件)下で保存試験を行うことにより、DNA鎖の安定性に対する多価カルボン酸化合物塩の効果を、より短期間で評価するためである。
【0096】
その結果、60℃では、(1)マロン酸ナトリウムを含有する滅菌水溶液において、プライマーが特に安定であった(表3を参照)。
【0097】
【表3】

【0098】
実施例4:DNA鎖の増幅反応における蛍光強度に対する、クエン酸ナトリウム濃度の影響
以下のフォワードプライマーおよびリバースプライマーを、実施例1と同様の方法により、調製し、純度確認・濃度決定をした。
フォワードプライマー:5’−GCATTCCGCTGACCATCAATA−3’(配列番号2)
リバースプライマー:5’−TCATTTTCACTGGGTCCAGC−3’(配列番号3)
また、PCRのテンプレートとして、培養細胞K562由来のトータルRNAから逆転写して得られたcDNAを調製した。
【0099】
上記のフォワードプライマー、リバースプライマー、およびテンプレートを用いて、反応液中のクエン酸ナトリウムの終濃度が異なる条件(0mM、0.5mM、1.0mM)下で、一般的なインターカレーター法(蛍光物質としてはSYBR Green Iを使用)によるリアルタイムPCR反応を行った。なお、最も高い終濃度として1.0mMを採用した理由は、1.0mMを超える濃度のクエン酸ナトリウムは、DNA鎖(テンプレート)の増幅反応を阻害する傾向があったためである。
【0100】
その結果、クエン酸ナトリウムの終濃度が高い場合、最終到達の蛍光強度が上昇することが確認された(図1)。
【0101】
試験例1:PCRに対するTE緩衝液の影響
TE緩衝液中のEDTAがPCRに影響を及ぼし得るどうかを調べた。一般的な組成のTE緩衝液(10mM Tris−HCl,1mM EDTA(pH 8.0))を、PCRの反応溶液の総量に対して1/10量加えた。コントロールとして、TE緩衝液の代わりに、滅菌蒸留水を用いた。PCRは、基本的に、上記実施例4と同様にして行った。PCRにおけるDNA鎖の増幅効率を評価するためのDNA標品(テンプレート)としては、サイトメガロウイルス(CMV)由来のDNAを用いた。TE緩衝液または滅菌蒸留水を加えた反応溶液を用いたPCRについてのCp値を、表4に示す。Cp(Crossing Point)値は、用いた装置の蛍光強度計の閾値(指数関数的に強度が増加している範囲に通常設定される。)に達するのに必要なPCRサイクル数を示す値である。Cp値が相対的に大きい場合、PCRが阻害されていることを示す。一方、Cp値が相対的に小さい場合、PCRが阻害されていないことを示す。その結果、TE緩衝液を使用した場合のCp値は、滅菌蒸留水を使用した場合のCp値に比し、大きい値を示した(表4)。したがって、TE緩衝液は、PCRを阻害することが確認された。
【0102】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明は、DNA鎖(例、プライマー、DNA標品)の安定化に有用である。したがって、本発明は、DNA鎖を利用する方法、例えば、DNA鎖の合成反応(例、PCR、逆転写反応)において、またはDNA鎖の合成反応の試薬およびキットとして有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水中において、1以上のDNA鎖、および式(I):
【化1】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有する、DNA鎖の保存溶液。
【請求項2】
前記DNA鎖がプライマーである、請求項1記載の保存溶液。
【請求項3】
前記プライマーが、目的DNA鎖の増幅反応用のプライマーである、請求項2記載の保存溶液。
【請求項4】
前記DNA鎖がDNA標品である、請求項1記載の保存溶液。
【請求項5】
前記式(I)で表される多価カルボン酸化合物が、式(I−1):
【化2】

〔式中、R1−1およびR1−2は、それぞれ独立して、水素原子またはヒドロキシル基を示す。〕、
(I−2):
【化3】

〔式中、R1−1、R1−2、R2−1およびR2−2は、それぞれ独立して、水素原子またはヒドロキシル基を示す。〕、あるいは
(I−3):
【化4】

〔式中、R1−1、R1−2、R2−1、R2−2、R3−1およびR3−2は、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシル基、またはカルボキシル基を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物である、請求項1〜4のいずれか1つに記載の保存溶液。
【請求項6】
前記式(I−1)、(I−2)あるいは(I−3)で表される多価カルボン酸化合物が、マロン酸、コハク酸あるいはクエン酸である、請求項5記載の保存溶液。
【請求項7】
DNA鎖の保存溶液の保存方法であって、
DNA鎖の保存溶液を液体状態で保存することを含み、
DNA鎖の保存溶液が、水中において、1以上のDNA鎖、および式(I):
【化5】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するDNA鎖の保存溶液である、方法。
【請求項8】
1以上のDNA鎖、および式(I):
【化6】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を、水中に共存させることにより、1以上のDNA鎖、および式(I)で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するDNA鎖の保存溶液を得ることを含む、DNA鎖の保存溶液の製造方法。
【請求項9】
1以上のDNA鎖、および式(I):
【化7】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を、水中に共存させることにより、1以上のDNA鎖を安定化させることを含む、DNA鎖の安定化方法。
【請求項10】
以下(a)、(b)を含む、キット:
(a)水中において、1以上のDNA鎖、および式(I):
【化8】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有する、DNA鎖の保存溶液;ならびに
(b)目的DNA鎖の合成反応用の構成要素。
【請求項11】
目的DNA鎖の合成反応用の構成要素が、目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素、RNA鎖の逆転写反応用の構成要素、または逆転写反応−目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素である、請求項10記載のキット。
【請求項12】
目的DNA鎖の増幅反応用の構成要素が、PCR用の試薬、またはRT−PCR用の試薬である、請求項10記載のキット。
【請求項13】
目的DNA鎖の製造方法であって、
1以上のプライマーを用いてテンプレートから目的DNA鎖を合成することを含み、
(i)該プライマーが、水中において、1以上のプライマー、および式(I):
【化9】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するプライマーの保存溶液中の1以上のプライマーであるか、あるいは/ならびに
(ii)該テンプレートが、水中において、DNA標品、および式(I):
【化10】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するDNA標品の保存溶液中のDNA標品である、方法。
【請求項14】
RNA発現量の測定方法であって、
RNA鎖を、RNA鎖の逆転写反応および目的DNA鎖の増幅反応に供することを含み、
(i’)RNA鎖の逆転写反応または/および目的DNA鎖の増幅反応において、プライマーが用いられ、
該プライマーが、水中において、1以上のプライマー、および式(I):
【化11】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するプライマーの保存溶液中の1以上のプライマーであるか、あるいは/ならびに
(ii’)目的DNA鎖の増幅反応において、DNA標品が用いられ、
該DNA標品が、水中において、DNA標品、および式(I):
【化12】

〔式中、Rn−1およびRn−2は、それぞれ独立して、水素原子、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、炭素数1〜6のアルコキシ基、カルボキシル基、アミノ基または炭素数1〜6のアルキル基を示すか、またはRn−1およびRn−2は、互いに一緒になってオキソ基を示し、
nは、1〜3の任意の整数を示す。〕
で表される多価カルボン酸化合物の塩を含有するDNA標品の保存溶液中のDNA標品である、方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−5436(P2012−5436A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−145490(P2010−145490)
【出願日】平成22年6月25日(2010.6.25)
【出願人】(598117894)株式会社日本遺伝子研究所 (1)
【Fターム(参考)】