説明

ERFアクチュエータ

【課題】CAD等で作成した仮想物体を体感するためのバーチャルグローブなど新しいユーザーインターフェイスとして適応しようとすると、小型、軽量で、ある程度形状に自由度がありつつ、バーチャルリアリティにおいて硬い物体を提示するための大きな力を発生できるアクチュエータが求められている。
【解決手段】ERFで満たされた電極間に多数の穴が開いたシートを挿入し、電極間に電圧をかけることで、電極とシート間で発生する抵抗力を利用したアクチュエータを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は固定された電極間にシートを挿入し、シートの移動に対する剪断力を利用したERF(Electro Rheological Fluids、電気粘性流体)アクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
近年のコンピュータハードウエア、CAD及びCG等のグラフィック系ソフトウエアは共にめざましいスピードで技術革新が進んでいる。また、三次元CAD、CAEソフトウエアの普及やデザイナーを対象としたCG系のソフトウエアなど業務と密接なつながりがあるソフトウエアの開発も同様の状況である。
【0003】
しかし、コンピュータを利用するときのユーザインターフェースは、キーボード、マウスが主流であり、三次元データ等を扱うときも利用者が二次元のマウスとキーボードを駆使してデータを築いている。
【0004】
このような状況で、実際に三次元CGを使用するデザイナー等の感想として、「今までの五感で感じながらの創作にはほど遠く、創作意欲がわかない」と言った声が多くある。特に、宝飾品デザイナーでは、CGやCADの利用が少ない現状にあり、体感しながら操作できるシステムが求められている。
【0005】
流体の中には、外部から電界をかけることでその粘性を大きく変化させることができるものがある。このような電界によって流体の見かけの粘性が変化する現象はER(Electro Rheological、電気粘性)効果と呼ばれている。ER効果の厳密なメカニズムは解明されていないが、電界をかけることにより流体中の粒子が電界方向へのクラスタを形成し、電極と平行に移動しようとする流体の層の運動を妨げることにより、剪断応力を増大させているものと考えられている。このようなER効果を持つ流体をERF(Electro Rheological Fluids、電気粘性流体)という。
【0006】
分散系ERFは分極しやすい物質の微粒子(1〜20μm程度の大きさ)を絶縁性の液体中に多数分散させたものであり、そのずり速度−剪断応力特性は図2のように表される。すなわち、電界を印加しない状態ではニュートン流体と同様の特性を持つが、電界を印加することによってずり速度に関らず降伏応力τyが増加するという特性を持ち、電極間隔x、相対速度uと粘性率μすると剪断応力τは、式(数1)と表される。
【0007】
【数1】

【0008】
降伏応力τyは印加電界により制御可能であり、図2に示すようにERFは、ビンガム流体の特性を示すことからずり速度0mm/s付近においても力を保持する特性を持っている。図1のアクチュエータは、この特性を用い、指の動きを停止しても力を提示し続ける。
【0009】
また、ERFに印加する電界は数kV/mmと非常に大きいが、電極間にはわずかな電流(数十μA程度)しか流れないので、電力は極めて小さく人体への危険は少ないと考えられる。さらに、外部から力を与えない限り剪断応力は発生しないため、制御系の故障・暴走
時にも人体に危険をおよぼすことはない。
【0010】
電気粘性流体によるER効果を促進に関する発明として、電界を生じせしめる一対の電極間に、電気絶縁性分散媒中に固体粒子を分散させてなる電気粘性流体が配されており、少なくとも一方の電極の電気粘性流体と接する表面に微細な凹凸が形成されていることを特徴とすること、また電極表面の微細な凹凸が網目状であることが開示されている(特開平2000―144165号公報)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平2000―144165号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】河西伸一、清弘智昭、佐野正明、串田賢一、「電気粘性流体を用いたバーチャルグローブの開発」、日本機械学会論文集C編、Vol.73、No.733号(2007-9)、 pp. 7-13.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
これまでに、ERFアクチュエータにおいて、電極間表面を荒らして大きな抵抗力を発生させる技術があるが、電気二重円筒型のアクチュエータとなっているため、アクチュエータ自体が大きい、重い、取回しが難しいなどの問題があった。
【0014】
たとえば、CAD等で作成した仮想物体を体感するためのバーチャルグローブなど新しいユーザーインターフェイスとして適応しようとすると、小型、軽量で、ある程度形状に自由度がありつつ、大きな力を発生できるアクチュエータが求められている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
新たなユーザーインターフェイスとして、 図1に示すようなERF(Electro Rheological Fluid)を用いた安全、小型かつ軽量であるERFアクチュエータと、それを用いたバーチャルグローブを考案した。このアクチュエータでは、ERF中に布を挿入することにより、ERF単体よりも大きな剪断応力が発生させることができた。
【0016】
しかし、指先に反力の有無を提示することは可能であったが、指の動きを拘束する大きな反力の発生には至らなかった。小型軽量を維持しながら、これを実現するためには、アクチュエータの単位面積あたりの発生する抵抗力をさらに大きくする必要がある。
【発明の効果】
【0017】
本発明では、ERFアクチュエータによる抵抗力を、挿入した布が液中粒子のクラスタを切断する力と、クラスタと電極との結合力の合算と考え、より大きな抵抗力に高めるために後者に影響すると思われる電極表面の粗さと電極素材に着目した。これらと抵抗力の関係について実証実験を行った結果、従来よりも大きな抵抗力を発生させることができた。
【0018】
本論では、人間に安全、小型かつ軽量な、ERFを用いたバーチャルグローブのための、より大きな抵抗力を発生させる、ERFアクチュエータの電極形状について提案した。
クラスタと電極表面との結合力に着目し、電極表面を紙やすりにより粗すことにより、大きな抵抗力が得られることが分かった。また、電極の素材による大きな意差はなく、メッシュの大きさや電極表面の状態に依存することが明らかとなった。さらに、その増加した抵抗力はER効果によるものであることを示した。
【0019】
また、電極に意図的に周期的な凹凸を施すことにより、抵抗力を大きくすることが可能にとなった。
このことにより安全、小型かつ軽量のERFアクチュエータを用いたバーチャルグローブの実現が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】(a)ERFアクチュエータを用いたバーチャルグローブの概要と(b)ERFアクチュエータ構造図
【図2】分散系ERFのずり速度−剪断応力特性
【図3】(a)ERF粒子のクラスタ形成概念図と(b)拡大図
【図4】(a)布の引っ張り抵抗力の計測実験装置図と(b)装置写真
【図5】布のメッシュを変えて計測した結果
【図6】算術平均粗さ(Ra)による表面粗さの影響を示す図
【図7】十点平均粗さ(Rz)による表面粗さの影響を示す図
【図8】最大断面高さ(Rt)による表面粗さの影響を示す図
【図9】最大谷深さ(Rv)による表面粗さの影響を示す図
【図10】素材別で抵抗力を計測した結果
【図11】「布の引っ張り力特性」の動作パターンで計測した結果
【図12】「ビンガム流体特性の検証」の動作パターンで測定した結果
【図13】布を引っ張る方向で形状測定及びFFTにより解析を行った結果
【図14】(a)加工した電極の概要および(b)形状写真と(c)非接触表面形状測定機(ZYGO社製 New View 6300)で計測した結果
【図15】電極の表面粗さの違いによる引張り抵抗力試験結果
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明のERFアクチュエータは、ERFで満たした電極間に布を挿入する。その電極間に電界を印加すると、図3のように布のメッシュを貫いてERFの粒子がクラスタを形成する。このとき、布を引っ張るとメッシュ中のクラスタを切断しながら移動するため大きな抵抗力が発生すると考えられる。
【0022】
しかし、電極表面が鏡面状態である場合、布を引っ張ってもクラスタが維持されたまま、電極表面でクラスタが滑ることが考えられる。この時、布にはクラスタの切断による抵抗力より小さな力しかかからない。特に今回の使用目的では、布の移動速度が遅いため、電極表面近辺におけるずり速度は非常に小さくなり、ミクロ的に見た時にERF媒体の粘度による剪断応力は小さく、粒子と電極表面との関係が重要と考えられる。
【0023】
そのため、本発明により電極表面に凹凸を形成させ、クラスタの滑りを抑制することにより、抵抗力が増大すると考えた。
【実施例】
【0024】
電極表面の粗さの抵抗力との関係を検証するために、布の引っ張り抵抗力の計測実験を行った。実験装置を図4に示す。ERFを満たした容器に、図4(a)の様に電極(60mm×10mm)を1mmの間隔で固定する。この電極間に幅10mmの工業的に規格化されたスクリーン印刷に用いられる布(シルクスクリーン)を通し、布を垂直方向に一定スピード(5mm/s)で引き上げ、その時に布に生じる抵抗力をロードセルにより計測する。この時、計測開始時の布の弛みによる影響を避けるため、次に手順で実験装置を動作させ、指令電圧(4kV)が印加されている期間の平均値を計測値とする。
【0025】
(a)布は一定速度で上昇
(b)布の上昇開始後、1.5秒後に電圧を印加
(c)開始から3.5秒後に電圧印加を停止
(d)開始から4.5秒後に布の上昇停止
なお、本実験では、(株)ERテック社製の分散系ERF(Type ED2025)を用いた。
【0026】
この条件により、以下の4つの実験をおこなった。
1.メッシュ特性
布のmeshは1インチ間に何本の糸で織られているかを示す単位で、数字が大きくなるほど、糸と糸の間隔は狭くなる。また、ERFは製造元により使用されている成分や微粒子の形状、粒子の大きさが異なる。そこで、本実験で使用しているERFと最適なメッシュとの関係を明らかにするため、100、200、300、350meshにより布の引っ張り抵抗力を計測した。
【0027】
布のメッシュを変えて計測した結果を図5に示す。測定結果から、今回使用しているERFでは、100meshの布で大きな力を発生することが分かった。
メッシュと抵抗力の関係は、本実験で使用したERFの粒子の大きさが起因すると考えられる。本実験で使用した粒子の大きさは、約15±5μmであり、100meshの布の糸と糸の隙間が約20μmであることから、糸と糸の間にクラスタが形成され大きな力が発生したと考えられる。
【0028】
この結果から、100meshの布を用いて電極粗さ特性の計測を行った。
2.電極粗さ特性
電極粗さとクラスタの結合力の関係を明らかにするため、Cu合金の電極表面を紙やすり(150、400、1200番)により粗した電極と未処理電極の4種類の抵抗力を計測した。
【0029】
電極の表面粗さは、表面形状測定器((株)ミツトヨ製CS-H5000CNC)によりJIS-B-0601-2001規格で基準長さ0.8mm、評価長さ4mm、布を引っ張る方向で計測を行った。
使用した電極の粗さの計測結果を表1に示す。粗さの評価は、非周期的な輪郭曲線のパラメータである、算術平均粗さ(Ra)、十点平均粗さ(Rz)、最大断面高さ(Rt)、最大谷深さ(Rv)を用いた。
【0030】
表1のRaとRzの値が同様の傾向となっていることから、ほぼ一様の粗さに加工がされていることが確認できる。
また、それぞれの電極における抵抗力を計測し、各粗さパラメータとの関係を図6〜9に示す。
【0031】
この結果より、未処理電極より、粗した電極で大きな抵抗力が発生していることがわかる。特にCu-400が一番大きな力を発生しており、未処理より約1.8倍となった。
この特性は、どのパラメータにおいても同様の傾向を示した。しかし、最も粗いCu-150ではCu-1200と同様まで抵抗力が低下することから、粗さと抵抗力は単純増加の関係ではないことが分かった。
【0032】
【表1】

【0033】
3.電極材質特性
一般にERFの研究においては、電極にAl合金、Cu合金、ステンレス等の導電性の高く、加工性の良い素材を使用している。そこで、ほぼ同一の表面粗さ(Ra)を有する、Cu合金、Al合金、SUS420の電極を作製して、抵抗力を計測した。
【0034】
3種類の素材で作製した電極の表面粗さのパラメータを表2に示す。その電極を用いて抵抗力を計測した結果を図10に示す。
結果より、メッシュにより若干の差はあるもののCu合金、SUS及びAl合金ではほぼ同じ程度の力が出ていることが分かった。また、どの素材の電極においても、100meshで最も大きな抵抗力が発生し、他のメッシュでは、同程度の値となっている。
【0035】
電極素材の特性は、素材による意差は確認できず、電極表面形状やメッシュに依存する要素が大きいと思われる。
【0036】
【表2】

【0037】
4.ビンガム流体の特性の検証
本アクチュエータではずり速度0mm/s付近においても力を保持する必要がある。しかし、ニュートン流体においても、電極表面の凹凸により抵抗力が増加する可能性がある。そこで、ビンガム流体の特性であることを確かめる実験を以下の手順により行った。
【0038】
(a)布は一定速度で上昇
(b)布の上昇開始後、1.5秒後に電圧を印加
(c)開始3秒後に電圧を印加したまま、布の上昇を停止
(d)4.5秒後に電圧停止
この実験において、(c)の布の上昇停止後に、抵抗力が保持されていれば、ビンガム流体である。
【0039】
「布の引っ張り力特性」の動作パターンで測定を行った結果を図11に示す。また、 「ビンガム流体特性の検証」の動作パターンで測定した結果を図12に示す。電界が印加状態で、ずり速度0mm/s付近における剪断応力が発生していることから、電極表面を粗すことによる抵抗力の増大はER効果によるものと言える。
【0040】
バーチャルリアリティにおいて硬い物体を提示する際に有意な特性と考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明によりCAD等による仮想物体を体感できるバーチャルグローブ等のユーザインターフェースのためのアクチュエータを提供することができる。
【符号の説明】
【0042】
1・・・ERFアクチュエーター
2・・・電極
3・・・シート(布)
4・・・ERF
5・・・力
6・・・抵抗力
7・・・電源
8・・・クラスタ
9・・・ロードセル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ERFで満たされた電極間にシートを挿入し、電極間に電圧をかけることで、電極とシート間で発生する抵抗力を利用したアクチュエータ
【請求項2】
前記シートは、多数の穴が開いたシートであることを特徴とする請求項1に記載のアクチュエータ
【請求項3】
前記シートは、 メッシュ状の穴のあいたシートであることを特徴とする請求項1および2に記載のアクチュエータ
【請求項4】
前記シートは、細い糸状のもので編まれたシートであることを特徴とする請求項1から3に記載のアクチュエータ
【請求項5】
前記シートは、1枚もしくは、複数枚を重ねて電極間に挿入することを特徴とする請求項1から4に記載のアクチュエータ
【請求項6】
前記シートは、表面もしくは素材が導体ではないことを特徴とする請求項1から5に記載のアクチュエータ
【請求項7】
前記シートは、使用するERFの粒子径と同等、もしくはそれ以上の大きさの穴が開いていることを特徴とする請求項1から6に記載のアクチュエータ
【請求項8】
前記電極の少なくともどちらか1方が、凹凸のある表面形状を有することを特徴とする請求項1から7に記載のアクチュエータ
【請求項9】
前記電極の凹凸のある表面形状は、使用するERFの粒子径の大きさと同等、もしくは、それ以上の大きさ(周波数成分)の凹凸を持つことを特徴とする請求項8に記載のアクチュエータ
【請求項10】
前記電極の凹凸は、前記シート面の移動方向に対しそれに垂直となるように配列された形状を有することを特徴とする請求項8および9に記載のアクチュエータ
【請求項11】
前記使用する電極の凹凸は、前記シート面の移動方向に対しそれに垂直の成分を持つような溝状の形状とすることを特徴とする請求項8および9に記載のアクチュエータ
【請求項12】
前記電極と前記シートからなる構造を複数層状に重ねることにより、抵抗力を大きくすることを特徴とする請求項1から11に記載のアクチュエータ
【請求項13】
前記電極、および前記シートに柔らかい素材を使用し、装置全体を曲げることができることを特徴とする請求項1から12に記載のアクチュエータ
【請求項14】
前記電極の両方が固定されており、挿入される前記シートのみ移動する構造を持つことを特徴とする請求項1から13に記載のアクチュエータ
【請求項15】
前記電極の片方は、少なくとも1枚の前記シートと共に移動する構造を持つことを特徴とする請求項1から14に記載のアクチュエータ
【請求項16】
複数の前記シートの移動方向は、同一方向とは限定しないことを特徴とする請求項1から15に記載のアクチュエータ

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2013−92900(P2013−92900A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−234352(P2011−234352)
【出願日】平成23年10月25日(2011.10.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り ホームページアドレス: http://www.jstage.jst.go.jp/article/kikaic/77/776/1504/_pdf/ 発行誌名 :日本機械学会論文集C編 Vol.77(2011),No.776,p1504−1511 発行機関 :一般社団法人日本機械学会 掲載年月日:2011年4月25日
【出願人】(304023994)国立大学法人山梨大学 (223)