説明

EYS遺伝子の変異を検出するためのプライマー、プローブ、マイクロアレイ、及び、これらを備える検出キット、並びに、網膜色素変性症原因遺伝子変異の検査方法、網膜色素変性症への遺伝的感受性の検査方法

【課題】網膜色素変性原因遺伝子EYSの新規遺伝子変異であるc.4957_4958InsA変異を検出するためのプライマー、プローブ、マイクロアレイ、及び、これらを備える検出キット、並びに、RP原因遺伝子変異の検査方法、RPへの遺伝的感受性の検査方法を提供する。
【解決手段】EYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異を検出することができるプライマー、プローブ、及び、マイクロアレイを用いることにより、網膜色素変性症患者から採取されたDNA含有試料において、EYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検査する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、網膜色素変性原因遺伝子EYSの新規遺伝子変異であるc.4957_4958InsA変異を検出するためのプライマー、プローブ、マイクロアレイ、及び、これらを備える検出キット、並びに、網膜色素変性症原因遺伝子変異の検査方法、網膜色素変性症への遺伝的感受性の検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
網膜色素変性症(Retinitis Pigmentosa,RP)とは、視細胞及び網膜色素上皮の機能を原発性に又はびまん性に障害する進行性の疾患群である。本疾患は、夜盲を初期症状とし、進行すると視野障害及び視力障害につながり、最終的には失明又は重篤な視機能障害に至ることが多い、眼科領域の中で最も重篤な疾患である。本疾患の頻度は、日本では、4000〜8000人に1人と言われている。
【0003】
RPは、遺伝性の疾患である。その遺伝形式には、常染色体優性遺伝(ad),常染色体劣性遺伝(ar),X連鎖性遺伝の3つがある。日本での各遺伝形式の占める割合は、adが16.9%、arが25.2%、X連鎖性が1.6%と報告されている。また、家系内に他に患者が見られず遺伝形式が明らかでない孤発例も多く、その割合は56.3%にのぼる。
【0004】
RPの原因遺伝子として、これまでに、合計49個の遺伝子が報告されている(表1)。これらの遺伝子に突然変異等が生じ正常に機能しなくなることにより、RPが発症すると考えられる。日本以外の国のRP患者の発症原因のうち、これらの遺伝子で説明できるものは高々60%と言われている。そのため、さらなるRPの原因遺伝子の同定が期待される。
【0005】
【表1】

【0006】
欧米や英国では、網膜色素変性症の特殊型であるレーバー先天性黒内障(Leber’s Congenital Amaurosis;LCA)の遺伝子治療が、LCA患者へ行われており、視機能の改善例が報告されている。こうした治験結果は、網膜色素変性症一般への遺伝子治療の適用可能性を示している。こうした遺伝子治療を有効に行うためには、RP患者毎に原因遺伝子を特定することが必須である。このためにも、さらなるRP原因遺伝子の同定が期待される。
【0007】
また、RP患者の視機能を維持又は改善するためには、比較的発生初期にRPの治療に取り掛かることが望ましい。そのため、RP患者のRP原因遺伝子の変異を簡便に診断する方法が望まれる。さらに、RPの症状が比較的高齢で発症しゆっくりと進行する場合があることを考慮に入れると、RP原因遺伝子に有害な変異をもつがRP未発症であるRP患者予備軍を発見できる診断法がより好ましい。
【0008】
以上のような重要性に鑑み、欧米や中国等の多数の施設で、RP原因遺伝子の変異のスクリーニングが行われきている。しかし、日本では、一部のadRP患者について変異解析が行われているのみであり(非特許文献1〜非特許文献3)、arRPの原因遺伝子の変異解析は諸外国と比べ後れをとっている(非特許文献4)。そのため、日本人RP患者の遺伝子治療を行うための又RP患者予備軍を発見するための基礎となるデータが不足している状況にあった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】カワムラ、他、“Novel 2336−2337delCT mutation in RP1 gene in a Japanese family with autosomal dominant retinitis pigmentosa.”、American Journal of Ophthalmology、(米国)、エルゼビア、2004年、第137巻、第6号、p.1137−1139
【非特許文献2】サトウ、他、“Mutations in the pre−mRNA splicing gene, PRPF31, in Japanese families with autosomal dominant retinitis pigmentosa.”、American Journal of Ophthalmology、(米国)、エルゼビア、2005年、第140巻、第3号、p.537−540
【非特許文献3】ワダ、他、“Screening for Mutations in CYP4V2 Gene in Japanese Patients With Bietti’s Crystalline Corneoretinal Dystrophy”、American Journal of Ophthalmology、(米国)、エルゼビア、2005年、第139巻、第5号、p.894−899
【非特許文献4】トダ、他、“Screening of the MERTK gene for mutations in Japanese patients with autosomal recessive retinitis pigmentosa.”、Molecular Vision、(米国)、Molecular Vision、2006年、第12巻、p.441−444
【非特許文献5】Audo、他、“EYS is a major gene for rod−cone dystrophies in France.”、Human Mutation、(米国)、Wiley−Blackwell、2010年3月(電子出版)、第31巻、第5号、p.E1406−E1435
【非特許文献6】Abd El−Aziz、他、“EYS, encoding an ortholog of Drosophila spacemaker, is mutated in autosomal recessive retinitis pigmentosa.”、Nature Genetics、(米国)、Nature Publishing Group、2008年、第40巻、p.1285 − 1287
【非特許文献7】Barragan、他、“Mutation spectrum of EYS in Spanish patients with autosomal recessive retinitis pigmentosa.”、Human Mutation、(米国)、Wiley−Blackwell、2010年11月、第31巻、第11号、p.E1772−E1800
【非特許文献8】Collin、他、“Identification of a 2 Mb Human Ortholog of Drosophila eyes shut/spacemaker that Is Mutated in Patients with Retinitis Pigmentosa.”、The American Journal of Human Genetics、(米国)、Cell Press、2008年、第83巻、第5号、p.594−603
【非特許文献9】Littink、他、“Mutations in the EYS gene account for approximately 5% of autosomal recessive retinitis pigmentosa and cause a fairly homogeneous phenotype.”、Ophthalmology、(米国)、American Academy of Ophthalmology、2010年10月、第117巻、第10号、p.2026−2033
【非特許文献10】Abd El−Aziz、他、“Identification of novel mutations in the ortholog of Drosophila eyes shut gene(EYS) causing autosomal recessive retinitis pigmentosa.”、Investigative Ophthalmlogy & Visual Science、(米国)、Cadmus、2010年3月(電子出版)、第51巻、第8号、p.4266−4272
【非特許文献11】Huang、他、“Identification of a novel homozygous nonsense mutation in EYS in a Chinese family with autosomal recessive retinitis pigmentosa.”、BMC Medical Genetics、(英国)、BioMed Central、2010年8月、第11巻、p.121
【非特許文献12】Bandah−Rozenfeld、“Novel Null Mutations in the EYS Gene Are a Frequent Cause of Autosomal Recessive Retinitis Pigmentosa in the Israeli Population.”、Investigative Ophthalmlogy & Visual Science、(米国)、Cadmus、2010年4月(電子出版)、第51巻、第9号、p.4387−4394
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、こうした状況を打破するため、発明者は、既知の31個のarRP原因遺伝子を用いて日本人RP患者及びその家族を対象に大規模スクリーニングを行った。その結果、arRP原因遺伝子の1つEYS(Eyes Shut Homolog)遺伝子において、日本人特異的であると推定される新規遺伝子変異c.4957_4958InsAを同定した。
【0011】
EYSの変異解析は、これまでに、フランス人、スペイン人、オランダ人、イギリス人、中国人、イスラエル人など様々な人種で報告されている(表2、非特許文献5〜非特許文献12)。しかし、これらの人種ではその精力的な変異解析にも関わらず、c.4957_4958InsA変異は報告されていない。また、非特許文献7によれば、スペイン人arRP患者のうちEYS遺伝子の複数ある変異のうち一つが原因である割合は高々16%(15人/94人)であるのに対し、今回発見したc.4957_4958InsA変異は、驚くべきことに、adRP以外の日本人RP患者のうち12%(11人/92人)に共通している。以上から、c.4957_4958InsA変異は、日本人RP患者において突出して頻度の高い、日本人特異的なEYS遺伝子変異である可能性が極めて高い。
【0012】
【表2】

【0013】
以上から、EYS遺伝子のc.4957_4958InsA変異の有無を、RP患者又は患者候補者において検査することは、臨床的に極めて意義深いと考えられる。特に、adRP以外の日本人RP患者での占有率が高いことから、EYS遺伝子のc.4957_4958InsA変異の有無を検査することは、日本人RP患者の遺伝子治療を行うための又RP患者予備軍を発見するためのスクリーニング、特に、一次スクリーニングに相応しいと考えられる。こうした検査やスクリーニングのため、c.4957_4958InsA変異を患者血液から簡便に検出できる検査キットやc.4957_4958InsA変異とこれまで報告のある変異を組み合わせたマイクロアレイの開発が望まれる。
【0014】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、EYS遺伝子において、c.4957_4958InsA変異の有無を検出するプライマー、プローブ、マイクロアレイ、及びこれらを備える検出キット、並びに、c.4957_4958InsA変異の有無を検出することを含むRP原因遺伝子変異の検査方法、RPへの遺伝的感受性の検査方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点に係る網膜色素変性症原因遺伝子変異の検査方法は、
被験者から採取されたDNA含有試料から、EYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検査する工程を含むことを特徴とする。
【0016】
このとき、前記EYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検査する工程は、一次スクリーニングとして行われてもよい。
【0017】
このとき、前記被験者は網膜色素変性症患者であることが好ましい。
【0018】
上記目的を達成するため、本発明の第2の観点に係る網膜色素変性症への遺伝的感受性の検査方法は、
本発明の第1の観点に係る網膜色素変性症原因遺伝子変異の検査方法を包含し、
前記被験者は、網膜色素変性症患者と診断されていない人であり、
前記EYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検査する工程で前記c.4957_4958InsA変異が検出された場合、前記被験者が網膜色素変性症を発症する可能性があると判定する工程を備えることを特徴とする。
【0019】
上記目的を達成するため、本発明の第3の観点に係るEYS遺伝子の変異を検出するためのプライマーは、
EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957及び4958番目の塩基を含む配列部分を増幅するために使用できることを特徴とする。
【0020】
このとき、配列番号8及び/又は9の少なくとも一部を含む塩基配列、又は、該塩基配列と相補的な塩基配列を有していてもよい。
【0021】
上記目的を達成するため、本発明の第4の観点に係るEYS遺伝子の変異を検出するためのプローブは、
EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957及び4958番目の塩基を含む配列部分、又は、該配列部分と相補的な塩基配列を有することを特徴とする。
【0022】
上記目的を達成するため、本発明の第5の観点に係るEYS遺伝子の変異を検出するためのマイクロアレイは、
本発明の第4の観点に係るプローブ、及び、c.4957_4958InsA変異を除く既知のEYS遺伝子変異を検出するためのプローブを含むことを特徴とする。
【0023】
上記目的を達成するため、本発明の第6の観点に係るEYS遺伝子の変異を検出するための検出キットは、
本発明の第3の観点に係るプライマー、本発明の第4の観点に係るプローブ、及び、本発明の第5の観点に係るマイクロアレイの少なくとも1つを含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、RP患者又は患者予備軍のEYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検査することが可能となる。これにより、RP患者に対して、その発症原因である遺伝子変異に応じた適切な治療、例えば、遺伝子治療を試みることが可能となる。また、日本人のRP患者内の占有率が高いc.4957_4958InsA変異を用いることで、RP患者におけるEYS遺伝子変異のスクリーニングを効率よく行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】EYSタンパク質の一次構造を示す模式図。
【図2】EYS遺伝子のイントロンエキソン構造を示す模式図。
【図3】c.4957_4958InsA変異の位置を示すシークエンスデータ。
【図4】c.4957_4958InsA変異のcDNA配列から推定されるタンパク質のアミノ酸配列(a)とその模式図(b)。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、この発明の実施形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0027】
(RP原因遺伝子の検査方法)
本実施形態によれば、RP患者又は患者候補者のEYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検査するための検査方法が提供される。
【0028】
EYSは、ショウジョウバエの複眼形態形成に機能するSpam(Spacemaker)と呼ばれる遺伝子のオルソログである。このため、EYSも視細胞の発生や形態形成に機能していると考えられているが、その生体内での詳細な機能は未だ分かっていない。
【0029】
EYSタンパク質は、視細胞特異的に発現し、図1に示すように、N末にシグナルペプチドと29個のEGF−likeドメイン、C末に5つのlaminin A G−like(LamG)ドメインを持つ3165アミノ酸からなる非常に大きいタンパク質である。EYS遺伝子も、長大であり、図2に示すように、44個のエキソンからなり眼特異的に発現する既知の遺伝子中最長(ゲノム長2Mb)の遺伝子と言われている。
【0030】
本発明で検出するEYS遺伝子の変異であるc.4957_4958InsA変異は、EYS遺伝子の第26エキソン上に存在し、図3に示すように、翻訳開始コドンのアデニンから下流4957番目の塩基と4958番目の塩基との間にアデニン(A)が挿入されたものである。なお、本明細書中では、正常人(非RP発症者)のEYS遺伝子cDNAを基準にゲノム配列中の塩基の位置を示す。また、EYS遺伝子には複数の転写物変異体が知られているが、上記EYS遺伝子cDNAは、44個のエキソンからなる転写物変異体のcDNAを指している。c.4957_4958InsA変異では、挿入されたアデニンによってタンパク質への翻訳の際に読み枠のずれ(フレームシフト)が生じるため、本変異を有するEYS遺伝子から翻訳されるタンパク質(配列番号14を参照)は、図4に示すように、転写開始メチオニンから数えて1653番目に通常とは異なるアミノ酸が付加され、この直後に終端となると推定される。
【0031】
c.4957_4958InsA変異がどのように生体内で機能するかは明らかではないものの、実施例で後述するように、adRP以外の日本人RP患者のうち12%がこの変異を有していた。このため、本変異は、日本人RP患者の主要なRP発症原因因子の一つであると言える。
【0032】
このため、本実施形態の検査方法では、被験者から採取したDNA含有試料から、c.4957_4958InsA変異の有無を検査する工程を含む。この変異の有無の検査工程は、具体的には、試料に含まれるDNAから、EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957番目と4958番目との塩基の間にアデニンが挿入されているか否かを調べることによって行われる。日本人RP患者において占有率の高い変異を検査する工程を含むことによって、本実施形態の検査方法では、既知のEYS遺伝子の変異のみを用いる検査方法と比較して高い確率で、日本人RP患者のRP原因変異を特定することが可能となる。このため、本検査方法を用いることで、日本人RP患者又はRP予備軍患者のスクリーニングを効率よく行うことが可能となる。
【0033】
また、c.4957_4958InsA変異の有無を検査する工程を、一次スクリーニングとして行ってもよい。このとき、一次スクリーニングで検査されるEYS遺伝子の変異は、c.4957_4958InsA変異のみであることが好ましい。また、これまでのところ、c.4957_4958InsA変異と同程度の頻度で表れるEYS遺伝子変異は知られていないが、このような変異が発見された場合、それらの変異を一次スクリーニングで、c.4957_4958InsA変異とともに検査するものとしてもよい。そして、必要であれば、二次以降のスクリーニングで、一次スクリーニングで検査しなかったEYS遺伝子の変異を検査する。このように、被験体の人種集団で出現頻度の高い変異のみを一次スクリーニングに用いることによって、検査に係る手間を減らしつつスクリーニングによって原因遺伝子変異を特定できる割合を維持できる。これにより、c.4957_4958InsA変異の有無を検査する工程を、一次スクリーニングとして行う場合、そうでない場合に比べて、さらに効率よく、日本人RP患者又はRP予備軍患者のスクリーニングを行うことができる。
【0034】
変異の有無を検査することは、当業者に既知の種々の方法を用いて行うことができる。具体的には、ダイレクトシーケンス法、TaqMan PCR(Poymerase Chain Reaction、ポリメラーゼ連鎖反応)法、 AcycloPrime法、SNaPshotTM法、Pyrosequencing法、MALDI−TOF/MS法、IIs型制限酵素を利用したSNP特異的な標識方法、磁気蛍光ビーズを使った変異部位における遺伝子型の決定法、Invader法、RCA法、RFLP、PCR−RFLP、PCR−SSCP、変性剤濃度勾配ゲル法、DNAアレイ法、ASOハイブリダイゼーション法など種々の方法が知られている。
【0035】
被験者としては、RP患者の他に、RP予備軍と疑われる患者、家族内にRP患者がいる健常者(非RP発症者)あるいは胎児、及び、定期健診を受ける人々などが考えられる。また、EYS遺伝子の変異を検出するためのDNA含有試料として、被験者から得られた任意の生体試料を用いることができる。生体試料の例として、被検者から得られた、血液、その他の体液、皮膚、口腔粘膜、その他の組織もしくは細胞等、またはこれらから単離もしくは精製されたゲノムDNAが挙げられる。ゲノムDNAの抽出及び精製法は周知である。例えば、ヒトから採取した血液等の生体試料から、フェノール法等を用いてゲノムDNAを精製する。その際、GFX Genomic Blood DNA Purification Kit等の市販のゲノムDNA抽出キットや装置を用いることができる。
【0036】
被験者が、RP患者である場合、本実施形態のRP原因遺伝子変異の検査方法で得られた結果は、RP患者の治療に役立てることができる。例えば、本検査方法によって、RP患者がc.4957_4958InsA変異を有していることが判明した場合、この変異がRP患者のRP発症原因であると推定できる。こうした情報は、RP患者に対する遺伝子治療などの際に有効な判断材料となると期待される。
【0037】
また、被験者が、RPであると診断されていない人である場合、本実施形態のRP原因遺伝子変異の検査方法で得られた結果は、当該被験者の網膜色素変性症への遺伝的感受性の検査に用いることができる。例えば、本検査方法によって、被験者がc.4957_4958InsA変異を有していることが判明した場合、被験者が網膜色素変性症を発症する可能性があると判断することができる。こうした情報は、RP症状の早期発見につながるものであり、RP患者予備軍(診断が確定した後ではRP患者)の治療をRP発生初期から始めることができるため、良好な予後が期待できる。
【0038】
(プライマー、プローブ、及び、マイクロアレイ)
本実施形態の係る、プライマー、プローブ、及び、マイクロアレイは、EYS遺伝子のc.4957_4958InsA変異を検出する。
【0039】
本実施形態に係るプライマーは、EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957番目と4958番目との塩基の間にアデニンが挿入されているか否かを、ダイレクトシークエンス法、TaqMan PCR法などの既知の方法で検出するために用いることができるプライマーであればどのようなものでも構わない。
【0040】
一例として、ダイレクトシークエンス法を用いる場合について説明する。ダイレクトシークエンス法は、標的遺伝子にハイブリダイズするプライマーを用い、患者又は被験者から単離したDNA又はRNAを鋳型としてPCRを行うこと等によって、変異が生じる塩基配列部分を含む塩基配列を増幅し、この増幅した塩基配列をサイクルシークエンス法等のDNAシークエンス法によって決定する方法である。
【0041】
例えば、EYS遺伝子にハイブリダイズするプライマー、例えば、配列番号8及び9のプライマーセットを用い、患者又は被験者から単離したDNAを鋳型としてPCRを行うことによって、EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957番目と4958番目との塩基の間を含む塩基配列を増幅し、この増幅した塩基配列をサイクルシークエンス法によって決定することができる。この決定した塩基配列から、EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957番目と4958番目との塩基の間にアデニンが挿入されているか否かを判定することができる。アデニンの挿入が認められた場合、当該患者又は被験者のEYS遺伝子は、c.4957_4958InsA変異であると判定できる。
【0042】
本実施形態に係るプローブは、EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957番目と4958番目との塩基の間にアデニンが挿入されているか否かを、Invader法、TaqMan PCR法などの既知の方法で検出するために用いることができるプローブであればどのようなものでも構わない。
【0043】
一例として、Invader法を用いる場合について説明する。アレルプローブは、検出すべき変異部位に隣接する領域(EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957番目と4958番目との塩基のどちらか一方)にハイブリダイズするように設計される。アレルプローブの5’側には、ハイブリダイズに無関係な塩基配列からなるフラップが連結されている。アレルプローブは変異部位の3’側にハイブリダイズし、変異部位の上でフラップに連結する構造を有する。一方インベーダープローブは、変異部位の5’側にハイブリダイズする塩基配列からなっている。インベーダープローブの塩基配列は、ハイブリダイズによって3’末端が変異部位(EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957番目と4958番目との塩基の間に挿入されるアデニン)に相当するようにデザインされている。インベーダープローブにおける変異部位に相当する位置の塩基は任意でよい。つまり、変異部位を挟んでインベーダープローブとアレルプローブとが隣接してハイブリダイズするように両者の塩基配列は設計されている。
【0044】
変異部位がアレルプローブの塩基配列に相補的な塩基であった場合には、インベーダープローブとアレルプローブの両者が変異部位にハイブリダイズすると、アレルプローブの変異部位に相当する塩基にインベーダープローブが侵入(invasion)した構造が形成される。cleavaseは、このようにして形成された侵入構造を形成したオリゴヌクレオチドのうち、侵入された側の鎖を切断する。切断は侵入構造の上で起きるので、結果としてアレルプローブのフラップが切り離されることになる。一方、もしも変異部位の塩基がアレルプローブの塩基に相補的でなかった場合には、変異部位におけるインベーダープローブとアレルプローブの競合は無く、侵入構造は形成されない。したがってcleavaseによるフラップの切断が起こらない。
【0045】
FRET(fluorescence resonance energy transfer)プローブは、こうして切り離されたフラップを検出するためのプローブである。FRETプローブは5’末端側に自己相補配列を有し、3’末端側に1本鎖部分が配置されたヘアピンループを構成している。FRETプローブの3’末端側に配置された1本鎖部分は、フラップに相補的な塩基配列からなっていて、ここにフラップがハイブリダイズすることができる。フラップが FRETプローブにハイブリダイズすると、FRETプローブの自己相補配列の5’末端部分にフラップの3’末端が侵入した構造が形成されるように両者の塩基配列がデザインされている。cleavaseは侵入構造を認識して切断する。FRETプローブの cleavaseによって切断される部分を挟んで、レポーター色素とクエンチャーで標識しておけば、FRETプローブの切断を蛍光シグナルの変化として検知することができる。結果として、蛍光シグナルが観察された場合、EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957番目と4958番目との塩基の間にアデニンが挿入されていると判定できる。このようにアデニンの挿入が認められた場合、当該患者又は被験者のEYS遺伝子は、c.4957_4958InsA変異であると判定できる。
【0046】
本実施形態に係るマイクロアレイは、EYS遺伝子のc.4957_4958InsA変異及び既知のEYS遺伝子変異を検出する。そのため、本マイクロアレイは、EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957及び4958番目の塩基を含む配列部分、又は、該配列部分と相補的な塩基配列を有するプローブと、既知のEYS遺伝子変異を検出するためのプローブとを含む。
【0047】
このDNAマイクロアレイを用いて、同一平面上に配置した多数のプローブに対してサンプルDNA(あるいはRNA)をハイブリダイズさせ、当該平面をスキャンすることによって、各プローブに対するハイブリダイズが検出される。多くのプローブに対する反応を同時に観察することができることから、多数の変異部位について同時に解析するには、DNAアレイは有用である。
【0048】
一般にDNAアレイは、高密度に基板にプリントされた何千ものヌクレオチドで構成されている。通常これらのDNAは非透過性の基板の表層にプリントされる。基板の表層は、一般的にはガラスであるが、透過性の膜、例えばニトロセルロースメンブレムを使用することもできる。
【0049】
オリゴヌクレオチドは、検出すべき遺伝子変異を含む領域に相補的な塩基配列で構成される。基板に結合させるヌクレオチドプローブの長さは、オリゴヌクレオチドを固定する場合は、通常10〜100ベースであり、好ましくは10〜50ベースであり、さらに好ましくは15〜25ベースである。更に、一般にDNAアレイ法においては、クロスハイブリダイゼーション(非特異的ハイブリダイゼーション)による誤差を避けるために、ミスマッチプローブが用いられる。ミスマッチプローブは、標的塩基配列と完全に相補的な塩基配列からなるオリゴヌクレオチドとのペアを構成している。ミスマッチプローブに対して、完全に相補的な塩基配列からなるオリゴヌクレオチドはパーフェクトマッチプローブと呼ばれる。データ解析の過程で、ミスマッチプローブで観察されたシグナルを消去することによって、クロスハイブリダイゼーションの影響を小さくすることができる。
【0050】
本マイクロアレイを用いることで、既知のEYS遺伝子変異と共に日本人RP患者において占有率の高いc.4957_4958InsA変異についてスクリーニングを行うことができるため、本マイクロアレイでは、c.4957_4958InsA変異の他のEYS遺伝子変異を基に作成られたマイクロアレイと比較して高い確率で、日本人RP患者のRP原因変異を特定することが可能となる。このため、本検査方法を用いることで、日本人RP患者又はRP予備軍患者のスクリーニングを効率よく行うことが可能となる。
【0051】
(検出キット)
次に、本実施形態に係る検出キットについて説明する。
【0052】
本検出キットは、本実施形態に係るプライマー、プローブ、及び、マイクロアレイの少なくとも1つを備える。また、本検出キットは、好ましくは、上述した遺伝子変異検出を実施するために必要な各種反応成分、例えば、酵素緩衝液、dNTP、コントロール用試薬(例えば、組織サンプル、ポジティブ及びネガティブコントロール用標的オリゴヌクレオチドなど)、標識用及び/又は検出用試薬などを、さらに含む。これにより、本検出キットでは、上述したような種々の方法のいずれかによって、被験者のEYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検出可能である。
【0053】
また、本プライマーと本プローブとを備える検出キットでは、例えば、被験者から採取した試料中のEYS遺伝子DNAを、本プライマーを用いたPCR法によって増幅した後、本プローブを用いたInvader法によって検査することが可能となる。これにより、僅かな試料を用いる場合でも、正確にEYS遺伝子の変異を検知できる。
【0054】
また、本プライマーと本マイクロアレイとを備える検出キットでは、例えば、被験者から採取した試料中のEYS遺伝子DNAを、本プライマーを用いたPCR法によって増幅した後、本マイクロアレイを用いたマイクロアレイ法によって検査することが可能となる。これにより、僅かな試料を用いる場合でも、正確にEYS遺伝子の変異を検知できる。
【0055】
また、本検出キットは、説明書を含んでもよい。説明書には、上述した、RP患者又は患者候補者のEYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検査するための検査方法を行うための指示が記載されていることが好ましい。これにより、使用者は、説明書を参照しながら、本検出キットを用いることで、RP患者又は患者候補者におけるRP原因遺伝子変異のスクリーニングを効率良く行うことができる。
【実施例】
【0056】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。ただし、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
(EYS遺伝子の変異解析)
【0057】
RP患者は、日本においては、約16000−32000と概算され、少数の患者を発見し、検体を収集することは極めて困難である。そこで、RP症例が集まりやすい4基幹施設(浜松医科大学眼科、神戸理化学研究所、名古屋大学医学部眼科、千葉大学医学部眼科)の協力により、倫理規定に基づき遺伝子検査について十分な説明を行いインフォームドコンセントが得られた「発端者の両親が正常の患者(即ち、優性以外の遺伝形式)」という条件に適合した検体を92人収集した。こうした条件で検体を収集したのは、現在は一般に家系が小さく(発端者に同胞がおらず)、家系情報が揃わない(祖父母などの情報がない)ため、正確な遺伝形式を判断することが難しいためである。このため、今回得られた検体のRPの遺伝形式は、常染色体劣性とX連鎖性と孤発例とを含む。
【0058】
また、視覚障害のない日本人96名を、正常人コントロールとした。
【0059】
検体として選ばれた患者及びコントロールから最大20mlの血液を真空採血管(ベノジェクトII真空採血管 VP−H050K、TERUMO、日本)を用いて採取した。検体は連結可能匿名化した。各検体の血液2mlよりゲノムDNAをDNA抽出キット(QIAamp DNA Blood Midi kit、Qiagen、米国)を用いて抽出した。また、採取した血液のうち5mlは、Bリンパ芽球様細胞株の樹立のために用いた。具体的には、患者の末梢血5mlからFicoll−Paque PLUS(Healthcare、独国)を用いてリンパ球を抽出し、EBウィルス(Epstein−Barr virus)に感染させる。その後、活発に増殖するBリンパ芽球様細胞が得られるまで培養と継代を続けた。Bリンパ芽球様細胞株の樹立のさらなる詳細については、文献(Bard、他、“Cyclosporin A promotes spontaneous outgrowth in vitro of Epstein−Barr virus−induced B−cell lines.”、Nature、(英国)、Nature Publishing Gropu、1981年1月、第289巻、第5795号、p.300−301、及び、カツキ、他、“Characteristics of cell lines derived from human leukocytes transformed by different strains of Epstein−Barr virus.”、International Journal of Cancer、(米国)、Wiley−Blackwell、1975年2月、第15巻、第2号、p.203−210)に記載されている。こうして樹立したBリンパ芽球様細胞株は、上記のように抽出したDNAが足りなかった場合に必要量の高分子量DNAを調整するために用いた。残りの血液はフリーザーに冷凍保存した。
【0060】
抽出した各DNAサンプルにおいて、EYS遺伝子をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅した。新規変異が発見されたEYS遺伝子のエキソン26及びその近傍のイントロンの増幅に用いたプライマーセット(配列番号2と3、4と5、6と7、8と9、10と11、12と13の組み合わせ)を表3に示す。反応溶液(10μL)には6ngのDNA、0.3pmolの各プライマー、0.2mmol/Lの各デオキシヌクレオシド三リン酸 (dATP、dGTP、dCTP、dTTP)、1.5mmol/LのMgCl2、0.2UのDNAポリメラーゼ(KOD−Plus−ver.2、TOYOBO)を含み、それぞれのDNAポリメラーゼ緩衝液を用いた。 増幅プロトコルは初期変性が94℃、2分;35cyclesで変性が98℃、10秒、アニーリングが60℃で30秒、伸展が68℃で1分、そして最終伸展を68℃で5分とした。PCR産物は、Wizard (登録商標) SV Gel and PCR Clean−up System(Promega、米国)、又は、Exonuclease I、Antarctic Phosphatase (NEW ENGLAND BioLabs、米国)を用いた酵素処理により精製した。Big Dye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems、米国)を用いてシーケンス反応を行い、ABI3100シーケンサーにて塩基配列を解析した。こうして得られた検体の塩基配列を、コントロール群の塩基配列と比較した。その結果、配列番号1に示すような、EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957番目の塩基と4958番目の塩基との間にアデニンが挿入されたc.4957_4958InsA変異を発見した。RP患者中の頻度を調べると、92人の患者中11人が本変異を有していることが明らかとなった。
【0061】
【表3】

【0062】
本変異についてコントロールにおける存否およびその頻度を評価した。その結果、c.4957_4958InsA変異は、日本人正常コントロール96名では同定されなかった。また、同定した変異体の塩基配列(配列番号1)からタンパク質のアミノ酸配列を推定したところ、図4に示すように、フレームシフトが生じ、本変異を有するEYS遺伝子から翻訳されるタンパク質(配列番号14)は、転写開始メチオニンから数えて1653番目に通常とは異なるアミノ酸が付加され、この直後に終端となることが判明した。この予想アミノ酸配列は機能領域の50%を欠くため、生体内では正常に機能しないものと推定される。以上より、本変異が、RPの原因変異であると結論された。
【0063】
非特許文献7によれば、スペイン人arRP患者のうちEYS遺伝子の複数ある変異のうち一つが原因である割合は高々16%(15人/94人)であることから、日本人のRP患者のEYS遺伝子スクリーニングにおいても、同様の傾向が見られるものと発明者は予測していた。しかし、驚くべきことに、日本人のRP患者の12%(11人/92人)に共通する変異が存在することが明らかとなった。EYSの変異解析は、これまでに、フランス人、スペイン人、オランダ人、イギリス人、中国人、イスラエル人など様々な人種で報告されている(表2、非特許文献5〜非特許文献12)。しかし、これらの人種ではその精力的な変異解析にも関わらず、c.4957_4958InsA変異は報告されていない。以上から、c.4957_4958InsA変異は、日本人RP患者において突出して頻度の高い、日本人特異的な遺伝子変異である可能性が極めて高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者から採取されたDNA含有試料から、EYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検査する工程を含む、網膜色素変性症原因遺伝子変異の検査方法。
【請求項2】
前記EYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検査する工程は、一次スクリーニングとして行われる、請求項1に記載の網膜色素変性症原因遺伝子変異の検査方法。
【請求項3】
前記被験者は網膜色素変性症患者である、請求項1又は2に記載の網膜色素変性症原因遺伝子変異の検査方法。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の網膜色素変性症原因遺伝子変異の検査方法を包含し、
前記被験者は、網膜色素変性症患者と診断されていない人であり、
前記EYS遺伝子におけるc.4957_4958InsA変異の有無を検査する工程で前記c.4957_4958InsA変異が検出された場合、前記被験者が網膜色素変性症を発症する可能性があると判定する工程とを備える、前記被験者の網膜色素変性症への遺伝的感受性の検査方法。
【請求項5】
EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957及び4958番目の塩基を含む配列部分を増幅する、EYS遺伝子の変異を検出するためのプライマー。
【請求項6】
配列番号8及び/又は9の少なくとも一部を含む塩基配列、又は、該塩基配列と相補的な塩基配列を有する、請求項5に記載のプライマー。
【請求項7】
EYS遺伝子の翻訳開始コドンのアデニンから下流4957及び4958番目の塩基を含む配列部分、又は、該配列部分と相補的な塩基配列を有する、EYS遺伝子の変異を検出するためのプローブ。
【請求項8】
請求項7に記載のプローブ、及び、c.4957_4958InsA変異を除く既知のEYS遺伝子変異を検出するためのプローブを含む、EYS遺伝子の変異を検出するためのマイクロアレイ。
【請求項9】
請求項5に記載のプライマー、請求項6に記載のプライマー、請求項7に記載のプローブ、及び、請求項8に記載のマイクロアレイの少なくとも1つを含むことを特徴とする、EYS遺伝子の変異を検出するための検出キット。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−139170(P2012−139170A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−294236(P2010−294236)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(504300181)国立大学法人浜松医科大学 (96)
【Fターム(参考)】