FRETシグナルを抑制する方法、FRETシグナル・サプレッサー作用物質、及び生物学的事象を多重化する方法における使用
本発明は、生物サンプル中の生物学的事象を多重化するための方法であって、少なくとも2つの蛍光FRETパートナーコンジュゲートを含む反応媒質によって発せられるFRETを抑制することを含むことを特徴とする前記方法に関する。発せられたFRETの抑制は、FRETパートナーの対のメンバーであるフルオロフォアに結合するためのドメインを持ち、そして2個のパートナーが互いに近接した場合にFRETシグナルを抑制することができるということを特徴とするFRETシグナルサプレッサーを媒質に導入することにより行なわる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
1つの生物学的サンプル中の数種類の事象又は分子を計測することを可能にするツールは、特に貴重である。生物学的アッセイの多重化を可能にすることによって、例えば、前述のツールは、複雑な生物学的事象の研究においてだけでなく、新規医薬品の検索においても、新たな展望を提供する。
【背景技術】
【0002】
特定の生物学的プロセスの理解、及び特定の疾患の正確な診断は、数種類の生体分子、及び/又は生物学的事象の同時検出を必要とすることがある。そのため、生物学的アッセイ多重化技術は、いくつかの分野:基礎研究、疾患の診断において、そして、薬理学における潜在的に活性な分子のハイスループット・スクリーニングにおいても、注目に値する価値があるものである。用語「多重化」は、1つの反応体積内に含まれているか、又はその中で起こっている1つの生物学的サンプル中の数種類の生体分子、及び/又は生物学的事象を検出する可能性を意味するものとする。
【0003】
光ルミネセンス化合物、すなわち、光を吸収し、そして、再び発することができる化合物が、生物学的アッセイの多重化のために非常に好適である。
現在、以下の2タイプの多重化技術が存在する:
1)大部分は、それらの光物理学的特性によって識別され得る数種類の光ルミネセンス化合物を使用する:
吸収(又は、励起)スペクトル、
及び/又は発光スペクトル、
及び/又はルミネセンス寿命。
これらの技術は、以下の:
数種類の波長におけるサンプルの励起、
及び/又は数種類の発光波長の検出、
及び/又は数種類のルミネセンス寿命の識別、
ができる精巧な機器の使用を必要とする。
2)その他の技術では、発光化合物の使用が検出される生物学的事象の空間的局在性に基づいている。
【0004】
生物学的事象を多重化するための既存の技術の中では、以下について言及することができる。
PerkinElmer社によって販売された、商品名「DELFIA」で知られている技術は、シグナル増強ステップを含む不均一系による時間分解蛍光定量アッセイ法である。DELFIAのある特定の実施は、異なる寿命と異なる発光スペクトルを特徴とするランタニド・キレートの使用に基づいて不均一相多重検出アッセイの実施を可能にする。この技術は、数種類の発光波長の検出と、シグナルの時間区別を必要とする(Kimura et al., Forensic Sci Int 2000 Sep 113:345-51)。
【0005】
PerkinElmer社によって利用されている商品名「Trupoint」で知られている技術は、一方で、ランタニド・キレートの使用に基づき、そして、もう一方で、蛍光発光クエンチャー、及び蛍光の時間分解計測の使用に基づく方法である。様々な波長にて発せられる数種類の希土を使用することにあるこの技術のある特定の実施は、多重検出アッセイの実施を可能にする。この技術は、数種類の発光波長での蛍光の測定と、シグナルの時間区別を必要とする。
(「PCR法」として知られている)核酸ポリメラーゼ連鎖反応に基づくいくつかの技術が、核酸の定量的検出を可能にする。
【0006】
商品名「TaqMan」、「Molecular Beacon」、「Scorpion」、「Invader」、「LightCycler」、及び「Amplifluor」で知られている技術は、フルオロフォアを使用し、そして、異なる発光スペクトルを特徴とする数種類のフルオロフォアを使用することで多重検出に適合させることができる。これらの技術は、様々な発光波長にて、これらのフルオロフォアそれぞれによって発せられた蛍光の検出を必要とする。
一部の作者は、種々の発光波長にて数種類のトレーサーの蛍光の偏光の検出に基づく均一相多重検出技術を説明した(Lynch et al., 1999;Blommel et al., 2004)。
【0007】
顕微鏡法分野では、細胞標識において同時に数種類の蛍光化合物を使用することは一般的なことである。これらの技術は、数種類の励起及び発光波長の併用を必要とする。共焦点顕微鏡システムは、加えて、数種類の励起源を必要とする。
Beckton Dickinson社とPerkinElmer Biosystems社によって開発された商品名「FMAT」(蛍光定量微量アッセイ技術)で利用された技術は、マイクロウェル・プレートを走査するLASERの使用に基づいている。この技術は、多重化によって生物学的事象を計測することを可能にするが、LASERを介してシグナルの空間的局在性に加えて、数種類の励起及び発光波長の併用を必要とする(Swartzman et al., 1999)。
【0008】
Luminex社製の商品名「xMAP」で知られている技術は、フローサイトメトリーによって分離された着色したミクロスフェアの使用に基づいている。技術の多重化は、数種類の励起源及び検出源の使用に基づいている。そのアッセイは、均一相において実際には行われない:それぞれのウェルの内容物は、フローサイトメトリー・システム内に入るように調製される。
Meso Scale Discovery社は、単独の発光化合物を使用することで生物学的アッセイの多重化を可能にする均一相技術を開発した。この技術は、検出されるそれぞれの分析物の空間的局在性に基づいている:反応容量をマイクロプレートのウェル内に入れると、様々な分析物がウェルの底面上のあらかじめ被覆された個別の地点に捕獲され、そして、検出される。
【0009】
Luminex社とMeso Scale Discovery社によって開発された技術は、高度な多重化を可能にし;その一方で、それらは、固体支持体を必要とするので、無傷細胞内部の又は均一媒質における生体分子の検出に好適でない。
Aclara社製の商品名「eTag(商標)」で知られている技術は、たった1種類の励起波長と、たった1種類の発光波長しか使用せずに生物学的アッセイの多重化を可能にする技術である。とは言っても、毛細管電気泳動によってそれぞれのプローブの識別を必要とする。実は、同じ蛍光特性を特徴とするが、様々な質量/電荷比を有するプローブの使用に基づいている(Chan-Hui et al., 2004;Tian et al., 2004)。
【0010】
Bradford et al.(2004)は、フローサイトメトリーと蛍光強度を組み合わせた多重検出システムを説明した:Molecular Probes(ZENON technology)によって開発された間接的な標識システムの使用が、それぞれが規定された蛍光強度を有する蛍光複合体を得ることを可能にしている。それぞれの抗体-蛍光化合物複合体は、所定の細胞表面抗原に向けられている。フローサイトメータにより蛍光を検出することによって、細胞上で計測された蛍光強度の関数としてある表面抗原又は別のものを発現する細胞のパーセンテージを決定することが可能である。
【0011】
いくつかのさらなる品物が、多重化されたアッセイの実施を可能にするかもしれない蛍光化合物を発表している:
Kurnerら(2001)は、同じ波長で励起させることができる(Chromeon社によって販売されている)異なる寿命と異なる発光波長を特徴とするリン光性ナノスフェアを説明している。
Tongら(2001)は、同じ波長で励起させることができる8種類のプローブの製造のための3種類のフルオロフォアの使用を説明している;上記プローブを特定するのに3種類の検出波長が必要である(「コンビナトリアル蛍光エネルギー移動タグ」で「CFETタグ」として知られている技術)。
Tyagiら(2000)は、同じ波長で励起され、そして、異なる波長で発せられるフルオロフォアで標識された核酸から成るモレキュラー・ビーコン(molecular beacons)を説明している。
【0012】
そのため、従来技術は、反応媒質によって発せられたシグナルを区別するための計測機器、様々な波長で発せられた光シグナルを計測するための機器、電気泳動(etags)によってシグナルを分離するための機器、研究されるそれぞれの生物学的事象、結果として、それぞれのシグナルの特異的な空間的局在性のためのデバイスにすべて基づいている。
【0013】
生物学的事象の多重化のためのこれらの技術の使用は、それらが、たいてい、製薬業、特に、高速大量処理スクリーニング分野の必要性に常に合致するわけではない複雑な機器、あるいは、分離若しくは洗浄ステップを必要とするので、そのため、常に簡単であるというわけではない。
フルオロフォア結合ドメインを持っているいくつかの化合物は、それらが認識するフルオロフォアの光物理的特性に対して影響の可能性があるとして説明された。
【0014】
米国特許US 6,747,135は、フルオロフォアに高親和性を有する「フルオレット(fluorettes)」と呼ばれるポリペプチドを開示している。これらのフルオレットは、特に、非共有結合的にフルオロフォアをタンパク質に連結するのに有用である。そのうえ、この特許は、このフルオロフォアの吸収及び発光スペクトルのシフトを引き起こすところのTexas redに特異的なフルオレットを開示している。発表された他のフルオレットは、蛍光特性に対して有意な効果がなかった。
【0015】
Wattら(1977)は、抗フルオレセイン抗体のフルオレセインへの結合が後者の光物理的特性を変える:その量子収量の90%の低下、その最大発光及び励起波長のシフト、という事実を説明している。
特許出願US 2005/0064512は、有機フルオロフォア、特に、シアニン・ファミリーの有機フルオロフォアに特異的に結合するところのポリペプチド、特に、抗体を開示している。US 2005/0064512による抗体は、これらのフルオロフォアの光物理的特性の変化、そして、特に、それらの励起及び発光最大の著しい変化を引き起こす。
【0016】
Babendureら(2003)は、トリフェニルメタン単位を含むものなどの有機フルオロフォアに結合することができる(アプタマーと呼ばれる)短いヌクレオチド配列を説明している。そのうえ、作者は、アプタマーがフルオロフォアに結合するとき発せられる蛍光の増強を実証した。
Molecular Probes社は、その大部分が、抗フルオレセイン抗体、抗Alexa Fluor 488抗体、抗テトラメチルローダミン抗体、抗Bodipy抗体、又は抗ダンシル抗体などのフルオロフォアに親和性を有するポリクローナル抗体であるいくつかの抗体を販売している。これらの抗体は、それらが結合するフルオロフォアの特性を変える:それらは、蛍光のクエンチング、又はそれとは逆に、蛍光の増強を引き起こす。
【0017】
これらの化合物はすべてがフルオロフォア結合ドメインを持っていて、そして、それらの中には、フルオロフォアに結合したときに、スペクトル特性の変動を引き起こすものもある、しかし、それらのいずれもFRETキラーとして説明されていない。さらに、一部のものが発光又は励起スペクトルをシフトさせ、他のものは蛍光増強又はクエンチングを引き起こし、そして、最終的に、他のものはフルオロフォアの特徴を変えないので、それらの効果が均質でないことがわかる。
【発明の開示】
【0018】
本出願人は、FRET(「蛍光共鳴エネルギー移動」)シグナルを抑制する方法を見いだした。この方法は、反応媒質中の生物学的事象を多重化する方法の開発を可能にした。これらの方法で使用される特定の手段、特に、特定のFRETシグナル・キラー、及び本発明による方法を実装するための部品キットも、また、本発明の対象である。
【0019】
本発明による多重化方法は、それらが均一系の媒質中で実施され、いずれの析出又は洗浄ステップも必要とせず、且つ、単独の生物学的事象を検出するのに通常使用される蛍光光度計と共に使用されるので、従来技術の方法と比較して多くの利点を有する。さらに、これらの方法は、シグナルの時間分解、又は検出される生体分子の空間的局在性を必要としない。
本発明による方法は、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアの間の非発光性共鳴エネルギー移動を計測することにあるFRET技術に基づいている。ドナー・フルオロフォアの励起波長での光励起の後に、それらが互いに近くにあった場合に、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアの間にエネルギー移動が起こる。
【0020】
FRET現象は、ドナーによって、アクセプタによって、又はその2つの分子によって発せられた蛍光シグナルの様々なパラメーターを計測することによって検出され得る。最も一般的に使用される技術の中では、特に以下について言及することができる:
FRET現象によって引き起こされたドナー蛍光の減弱の計測;
FRETを介したドナーに起因するエネルギーによって引き起こされたアクセプタ蛍光の増強の計測;
[(アクセプタ蛍光の増強)/(ドナー蛍光の減弱)]比の測定;
FRET現象によって引き起こされたドナー蛍光寿命の短縮の計測。これは、特に、「蛍光寿命画像顕微鏡法」(FLIM)技術によって計測される;
アクセプタの光退色後にFRETに関与したドナーの蛍光の増強の計測。この光退色技術は、光退色後の蛍光回復(FRAP)として知られている。
【0021】
FRET技術は、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアの間の距離の変更を引き起こす化学的又は生物学的相互作用を研究するために選択される技術である:一般原理は、生物学的プロセスに関与する分子、又はそのような分子を認識するプローブにFRETパートナーを結合させることによって蛍光複合体を調製し、そして、例えば、研究される生物学的プロセスに影響を与える化合物を媒質に加えることによる刺激に対応したFRETの変動を計測することにある。これらの化合物は、例えば、タンパク質の三次元の立体構造に変更を引き起こして、分析物の産生や分析物/FRETパートナー複合体の形成を引き起こして、酵素反応の調整に関与するかもしれない;すべての場合で、研究される生物学的事象の変更は、蛍光ドナーとアクセプタ化合物の間のFRETの変更を引き起こす。
【0022】
I−FRETを抑制する方法
本出願人は、生物学的事象に特異的な2つの蛍光FRETパートナー複合体の間のFRETを抑制することに基づく方法であって、この生物学的事象に介入するのではなく、FRETパートナーに介入することによる前記方法をここに開発した。
そのため、本発明の対象の1つは、生物学的事象に特異的な1組の蛍光FRETパートナー複合体を含む反応媒質によって発せられたFRETを抑制する方法であって、少なくとも1種類のFRETシグナル・キラーがこの媒質に導入されることを特徴とし、上述のFRETシグナル・キラーが生物学的事象を妨げない前記方法である。
【0023】
この方法は、例えば、以下の:(例えば、キナーゼ、ホスホリラーゼ、トランスフェラーゼ、ヒドロラーゼ、リアーゼ、リガーゼ、イソメラーゼ、ポリメラーゼなどのタイプの活性などの)酵素反応を伴う生物学的事象、反応媒質中の分析物の存在又は濃度の変動(例えば、タンパク質、酵素、酵素基質、例えば、環状ヌクレオチド(cAMP、cGMPなど)などの細胞内メッセンジャー、リン脂質(PIP2、PIP3など)、転写因子、イノシトール環を持つ化合物(IP1、IP2、IP3、IP4など)、核酸、増殖因子などの存在又は濃度の変動)、反応媒質中の2つの分子が1つになること、あるいは、分子の三次元立体構造への変更、などの多くの生物学的事象の研究に関連して使用されるかもしれない。
【0024】
記載した実施例は、本発明のいくつかの使用について例証するが、本発明をこれらの事象に制限することには正当性がないだろう。
本出願人は、驚いたことに、特定の化合物が互いに接近した2つのFRETパートナー複合体から生じるFRETシグナルを抑制し得ることを実証した。
用語「FRETシグナル・キラー」は、この化合物が存在しないときに計測されるシグナルと比較してFRETシグナルの少なくとも70%の減弱を引き起こす化合物を意味するものとする。少なくとも80%、又は少なくとも90%のFRETの減弱を引き起こすFRETシグナル・キラーが好まれる。
【0025】
本発明による方法で使用されるFRETシグナル・キラーは、それらがFRETに関与する1種類のフルオロフォアに作用し、且つ、研究される生物学的事象に作用しない限り、研究される生物学的事象を妨げない:それらは、生物学的事象に関与する分子を隔てる距離に対して影響をおよぼさない。
化合物が本発明の意味におけるFRETシグナル・キラーであるかどうか判断するために、それを、FRETシグナルを発する1組の蛍光FRETパートナー複合体、例えば、同じ分子を認識する2種類の蛍光複合体、もしくは、一方がビオチンを含み、且つ、もう一方がストレプトアビジンを含む2種類の蛍光複合体、と接触させ;反応媒質によって発せられるFRETシグナルを、上記化合物の存在下と不存在下で計測する、上記FRETシグナル・キラーは、少なくとも70%のシグナルの減弱を引き起こすものである。この簡易試験は、当業者が本発明の意味におけるFRETキラーを分離することを可能にする。
【0026】
これらの作用物質は、異なる性質のものであり、且つ、様々な機能を持っているが、すべての場合において、所定のドナー-アクセプタ対によって発せられたFRETシグナルを抑制することを可能にするだろう:
【0027】
a)FRETに関与するフルオロフォアの1つへの非共有結合による特異的な結合によって作用するFRETシグナル・キラー
これらの作用物質は、フルオロフォアとの特異的、且つ、非共有結合的な結合を可能にするドメインを持ち、そして、以下の:それぞれが一方のFRETパートナー・フルオロフォアのための結合ドメインを持っているタンパク質、特に、抗体、抗体フラグメント、ぺプチド、又はアプタマー、から選ばれ得る。
当業者は、これらの化合物を作り出し、そして、フルオロフォアとそれらの結合を試験することを可能にする、彼らが利用可能な技術をもっている(例えば、従来通りの抗体生産方式、でなければ、アプタマーを選択するための「SELEX」法)。
【0028】
希土類クリプテート又はキレートを伴うFRETの場合では、好ましいFRETシグナル・キラーは、例えば、希土類クリプテート又はキレートに非共有結合的に結合することができる化合物、例えば:希土類クリプテート又はキレートのための結合ドメインを持つタンパク質、特に、抗体、抗体フラグメント、ぺプチド、又はアプタマーである。
よりいっそう好まれるFRETシグナル・キラーは、抗希土類キレート又は抗希土類クリプテート抗体である。
抗クリプテート抗体は、抗原によって哺乳動物を免疫する当業者に周知の技術によって作り出される。
希土類クリプテートの場合のように、抗原が小さいときには、それを免疫原性担体分子と結合させなくてはならない。これに関して、特許EP 321 353に記載のとおり、クリプテートは官能化される。好ましくは、アルキルアミン・アームが、クリプテートにグラフトされる。
【0029】
担体分子は、以下の:ウシ血清アルブミン(BSA)若しくはカチオン性BSA(cBSA)、KLH(キーホール・リンペット・ヘモシアニン)、チログロブリン、及びオボアルブミンから選ばれるかもしれない。担体分子は、また、リポソーム、又は、合成担体分子、例えば、L−リジン重合体若しくはL−グルタミン酸重合体、フィコール、デキストラン、或いはポリエチレングリコールなどであるかもしれない。これらの担体分子は、一般に、官能化クリプテートと反応する官能基を含むか、あるいは、そのような基が従来型技術によって導入されるかもしれない。好ましくは、アルキルアミン基を持っている希土類クリプテートを、BSAに結合させる。
【0030】
これにより得られた免疫原は、続いて、アジュバント、例えば、フロイント・アジュバントと混合される。
哺乳動物−例えば、マウス−は、この溶液の皮下注射によって免疫され、免疫の誘導に必要とされる期間の後に、その動物の血清が採取され、そして、ポリクローナル抗体が、例えば、アフィニティー・クロマトグラフィーによって精製される。
【0031】
抗クリプテート・モノクローナル抗体は、当業者に知られている様々な技術を使用して作り出される。一例として、KohlerとMilsteinによる研究から得られた技術に言及することができる:免疫化の数週間後に、抗原で免疫されたマウスの脾臓が取り出される。例えば、ポリエチレングリコールなどの細胞融合誘導因子の存在下、この脾臓に由来するリンパ球と形質細胞の混合物を、ミエローマ細胞と、試験管内で融合させる。ハイブリッド細胞を容易に選択するのを可能にするために、ヒポキサンチン・グアノシン・ホスホリボシル・トランスフェラーゼ(HGPRT)を欠く変異ミエローマ細胞株が使用される。非融合ミエローマ細胞を排除し、そして、着目のハイブリッドを選択するために、これらの細胞は、ヒポキサンチン、アミノプテリン(メトトレキサート)、及びチミンを含む培地(HAT培地)中で培養される。非融合脾臓細胞は、試験管内で増殖できないので死滅する。その一方で、ハイブリッド細胞は生き残る。これにより得られたハイブリドーマが、細胞培養プレート内のウェルの中で培養される。これらのウェルの上清が、例えば、ELISA又はRIAなどの簡単なスクリーニング・アッセイにおいて特異的な抗希土類クリプテート抗体が存在するかどうか試験される。ハイブリドーマは、続いてクローンニングされ、そして、多量の抗クリプテート抗体を腹水中に分泌するミエローマを誘導するために哺乳動物体内に注射されることがある。
【0032】
得られた抗希土類クリプテート・ポリクロナール又はモノクローン抗体は、続いて、エネルギー供与体として前述の希土類クリプテートを含む1組のFRETパートナーによって発せられるFRETシグナルを抑制するそれらの能力について試験される。これに関しては、その過程は、以下に記載されているように、及び本明細書中で以下に提示された実施例1に記載されているように実施され得る。
【0033】
b)生物学的事象とフルオロフォアの解放によって作用するFRETキラー
先に記載したように、FRET現象を使用した生物学的事象の研究は、FRETパートナー・フルオロフォアを用いた、生物学的事象に関与する分子の標識に基づいている。この標識が結合パートナーを介して非共有結合的におこなわれるなら、生物学的事象と一方のフルオロフォアの解放が可能である。
例えば、生物学的事象に関与する分子を1組の結合パートナー(例えば、一本鎖オリゴヌクレオチド)のメンバーに共有結合させ、そして、フルオロフォアをこの組のもう一方のメンバー(例えば、相補的な一本鎖オリゴヌクレオチド)に共有結合させるのであれば、その結果、この組の最初のメンバー(遊離型の最初の一本鎖オリゴヌクレオチド)の測定媒質への添加は、図1に表されたスキームによる競合現象によって、フルオロフォアによる生体分子の標識を解放する。
【0034】
これらのFRETシグナル・キラーは、そのため、結合パートナー対のメンバーであり、そして、もちろん、それらのパートナーが研究される生物学的事象に関与する分子にグラフトされる場合に、FRETシグナル・キラーとして使用されるだけである。それらは、以下の組:相補的な一本鎖核酸、タグ/抗タグのメンバーから選ばれ、そして、特に以下の組:DNP/抗DNP抗体、ここで、DNPはジニトロフェノールを表す;GST/抗GST抗体、ここで、GSTはグルタチオンS-トランスフェラーゼを表す;ビオチン/アビジン;6HIS/抗6HIS抗体、ここで、6HISは6つのヒスチジンから成るペプチドである;Myc/抗Myc抗体、ここで、MycはヒトMycタンパク質の第410〜419ペプチドから成るアミノ酸である;FLAG(登録商標)/抗FLAG(登録商標)抗体、ここで、FLAG(登録商標)は、以下の8つのアミノ酸DYKDDDDKを持つペプチドである;HA/抗HA抗体、ここで、HAはインフルエンザ血球凝集素のエピトープである、のメンバーから選ばれる。
【0035】
c)フルオロフォアの性質を変更することによって作用するFRETキラー。
フルオロフォアが希土類キレートである場合、FRETキラーは、上記キレートと結合する希土類元素か、又は上記希土類元素を結合するためのキレートと競合することによってフルオロフォアの安定性を低下させることがある。
例えば、キレートと結合するための希土類元素と競合するイオンの測定媒質への添加は、新しい非蛍光性キレート-イオン複合体の形成を促進することがある。そのようなイオンは、希土類キレートの場合には、マンガン・イオンMn2+であるかもしれない。
【0036】
キレートとの競合の一例として、例えば、EDTAなどの金属錯化剤の使用について言及することができ、蛍光キレート-希土類元素錯体を失って非蛍光性EDTA-希土類元素錯体の形成をもたらす。
そのうえ、一部のフルオロフォアは、媒質のイオン強度の変動に敏感である:これは、特に、静電結合によって連結された数個のサブユニットを含むタンパク質フルオロフォアの場合であり、そして、その四次構造は、媒質のイオン強度の減弱があるときに、不安定化される。一例として、これらの条件下で解離するアロフィコシアニンの場合について言及することができる。そのため、そのようなフルオロフォアが使用されるとき、反応媒質のイオン強度を減弱させることによって、FRETシグナルが抑制されるかもしれない。
【0037】
d)フルオロフォアの光物理的特性を変更することによって作用するFRETキラー
このタイプのFRETキラーは、蛍光クエンチング効果を引き起こす。
一例として、フルオロフォアが希土類キレート又はクリプテートである場合、FRETの抑制をもたらす可能性がある希土類元素酸化-還元反応を引き起こすことができる尿酸について言及することができる。
その他のフルオロフォアは、pHの変動に敏感であるので、この場合、pH調整剤は、また、FRETシグナル・キラーとしても使用され得る。
概して、フルオロフォアの発光又は吸収スペクトルを変更する作用物質、でなければ、蛍光を抑制する作用物質が、本発明による方法で使用されるかもしれないが、但し、それらは本発明の目的のためにFRETシグナルの抑制を効果的に引き起こすことを条件とする。この特徴は、先に触れたように簡単に試験される。
【0038】
蛍光FRETパートナー複合体の組
本発明の目的のために、1組の蛍光FRETパートナー複合体は、蛍光ドナー複合体と蛍光アクセプタ複合体から成り、その発光及び吸収スペクトルは両立しうる。これらの複合体のそれぞれは、プローブに共有結合するフルオロフォア、生物学的事象に関与するか、そうでなければ、生物学的事象に関与する分子を特異的に認識するこのプローブから成る。
FRETパートナーの概念は、当業者にとって周知であり、当業者は、公知のある蛍光化合物の分光学的特徴に基づいて、FRETの観点で適合しているフルオロフォアの組を選択することができる。加えて、Lakowiczによる書籍、Principles of fluorescence spectroscopy, 2nd edition, Kluwer academic/plenum publishers, NY(1999)について言及することができる。そのうえ、用語「FRET」は、本明細書中で幅広い意味で使用され、そして、それには時間分解FRET(TR-FRET)が含まれる。
【0039】
フルオロフォア:
フルオロフォアは、以下の:例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)若しくはその変異体などの発光タンパク質、サンゴから抽出した蛍光タンパク質、例えば、B-フィコエリトリン、R-フィコエリトリン、C-フィコシアニン、アロフィコシアニンなどのフィコビリ・タンパク質、特にXL665という名で知られているもの;例えば、ローダミン、シアニン、スクアライン、BODIPYという名で知られているフルオロフォア、フルオレセイン、AlexaFluorという名で知られている化合物などの発光有機分子;例えば、希土類クリプテート、希土類キレート(特に、ユーロピウム、テルビウム、サマリウム、ジスプロシウム、及びネオジム・キレートとクリプテート)などの超分子複合体;例えば、量子ドットなどの発光無機粒子を含む以下の群から選ばれるかもしれず;これらのフルオロフォアは、FRET系のドナーとして、又はアクセプタとして使用されるかもしれない。
【0040】
希土類元素錯体は、例えば、特許US 4 761 481、US 5 032 677、US 5 055 578、US 5 106 957、US 5 116 989、US 4 761 481、US 4 801 722、US 4 794 191、US 4 637 988、US 4 670 572、US 4 837 169、及びUS 4 859 777の中に記載される公知の化合物である。他のキレートは、例えば、ターピリジンなどのノンアデノタート・リガンド(nonadentate ligand)で構成される(EP 403 593、US 5 324 825、US 5 202 423、US 5 316 909)希土類元素は、ユーロピウム又はテルビウムであるかもしれない。
希土類クリプテートは、特許EP 0 180 492、及びEP 0 601 113、並びに特許出願WO 01/96 877に記載されている。
有利なことには、希土類元素錯体は、ユウロピウム・キレート又はクリプテートである。希土類元素がユーロピウムであるとき、希土類元素錯体は、好ましくは、ピリジン・ユニットを含む希土類クリプテートであり、よりいっそう好ましくは、ピリジン・ビピリジン・ユニットを含む希土類クリプテートである。
【0041】
プローブ:
蛍光複合体内に存在しているプローブは、研究される生物学的事象に直接関与する分子、あるいは、その生物学的事象が着目の2つのタンパク質の間の相互作用である場合には、上述の事象に関与するもう一方の分子を認識する分子、例えば、抗着目のタンパク質抗体、であるかもしれない。
概して、そして、本発明によると、生物学的事象に関与する分子の概念は、この分子が生物学的事象において役割を果たすことを意味するか、そうでなければ、この分子が、生物学的事象の場に動員されるか、又は蓄積する傾向があることを意味する。例えば、生物学的事象が分析物の産生であれば、この事象に関与する分子は:その分析物の前駆体、この分析物の合成に参加する酵素、又はその分析物を認識する抗体であるかもしれない。
生物学的事象に関与する分子は:タンパク質、ぺプチド、酵素、酵素基質、例えば、環状ヌクレオチド(cAMP、cGMPなど)などの細胞内メッセンジャー、リン脂質(PIP2、PIP3など)、転写因子、イノシトール環を含む化合物(IP1、IP2、IP3、IP4など)、核酸、オリゴヌクレオチド、又は増殖因子であるかもしれない。
【0042】
生物学的事象に関与する分子を認識する化合物は:抗体若しくは抗体フラグメント、生物学的事象に関与する分子にグラフトしたタグを認識する抗タグ抗体若しくは抗体フラグメント、アプタマー、ぺプチド、タンパク質、生物学的事象に関与する分子にグラフトされた相補的配列にハイブリダイズする一本鎖核酸であるかもしれない。一般的に使用されるタグ/抗タグ・システムには、以下の組:DNP/抗DNP抗体、ここで、DNPはジニトロフェノールを表す;GST/抗GST抗体、ここで、GSTはグルタチオンS-トランスフェラーゼを表す;ビオチン/アビジン;6HIS/抗6HIS抗体、ここで、6HISは6つのヒスチジンから成るペプチドである;Myc/抗Myc抗体、ここで、MycはヒトMycタンパク質の第410〜419ペプチドから成るアミノ酸である;FLAG(登録商標)/抗FLAG(登録商標)抗体、ここで、FLAGRは以下の8つのアミノ酸DYKDDDDKを持つペプチドである;HA/抗HA抗体、ここで、HAはインフルエンザ血球凝集素のエピトープである、が含まれる。
【0043】
そのため、プローブは、所定の生物学的事象のための1組の蛍光FRETパートナー複合体の特異性を決定する。本発明による方法は、例えば、酵素反応を伴う生物学的事象(例えば、キナーゼ、ホスホリラーゼ、トランスフェラーゼ、ヒドロラーゼ、リアーゼ、リガーゼ、イソメラーゼ、ポリメラーゼなどのタイプの活性など);反応媒質中の分析物の存在又は濃度の変動(タンパク質、酵素、酵素基質、環状ヌクレオチド(cAMP、cGMPなど)などの細胞内メッセンジャー、リン脂質(PIP2、PIP3など)、転写因子、イノシトール環を含む化合物(IP1、IP2、IP3、IP4など)、核酸、増殖因子の存在又は濃度の変動);反応媒質中の共に近づいてゆく2つの分子、あるいは、分子の三次元の立体構造の変更、などの多くの生物学的事象を研究するのに使用されるかもしれない。本明細書中で以下に記載した実施例は、本発明のいくつかの使用について例証しているが、本発明をこれらの事象に制限することには正当性がないだろう。
【0044】
当業者は、生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体の組を調製することができる:本発明の目的のためのプローブを持つフルオロフォアの活用は、実際に、文献に幅広く記載されており(例えば、「Bioconjugate Techniques」、G.T. Hermanson、Academic Press, 1996)、そして、従来法で使用される反応基の使用を採用する。
数種類の生物学的事象に特異的な、数組の蛍光FRETパートナー複合体に由来する数種類のFRETシグナルが計測されなければならないとき、反応媒質中のFRETシグナルを抑制する方法は特に有用である:実際には、それが多重化によって生物学的事象を検出することを可能にする。
【0045】
II−生物学的事象を多重化する方法
本発明の別の対象は、反応媒質中の少なくとも2種類の生物学的事象を検出する方法であって、以下のステップにある:
1)この媒質中に、以下の:
それぞれの組が研究される生物学的事象の一方に特異的であり、蛍光ドナー複合体が励起される波長がすべての組で同じであり、そして、蛍光アクセプタ複合体によって発せられるシグナルが計測される波長がすべての組で同じである、少なくとも2組の蛍光FRETパートナー複合体;
研究される生物学的事象の障害が存在しない状態で、これらの化合物が媒質に連続して導入される、2つの所定のFRETパートナーの間のFRETシグナルのキラー;
を導入し;そして
【0046】
2)反応媒質によって発せられる様々なFRETシグナルを連続して計測する。
本発明によると、反応媒質中の生物学的事象を検出する方法は、以下のステップ:
(i)上記反応媒質に、最初の生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体の最初の組と接触させ;
(ii)上記反応媒質を波長λ1にて励起し;
(iii)波長λ2(最初の生物学的事象に対応するシグナル)にて反応媒質によって発せられたFRETシグナルを計測し;
(iv)媒質中で接触させたこの前の組のFRETパートナーに特異的なFRETシグナル・キラーを加え;
(v)上記反応媒質を、前のステップにおいて検出されたもの(単数又は複数)と異なる生物学的事象のための1組の特異的な蛍光FRETパートナー複合体と接触させ;
(vi)波長λ1にて反応媒質を励起し;
(vii)波長λ2(上記媒質と接触させたこの前の組のFRETパートナーが特異的であるところの生物学的事象に対応するシグナル)にて反応媒質によって発せられたFRETシグナルを計測する;
を含み、ステップ(iv)〜(vii)が(n−2)回、繰り返され、nは2〜10の整数、すなわち、3、4、5、6、7、8、9、又は10に相当する。
【0047】
蛍光FRETパートナー複合体には、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアが含まれ、λ1がドナー・フルオロフォアの励起波長であり、且つ、λ2がアクセプタ・フルオロフォアの発光波長である。
蛍光FRETパートナー複合体とFRETシグナル・キラーは、先に規定された。
表現「反応媒質を、生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体1組と接触させる」は、FRETパートナーが反応媒質中に同時にあることを意味する。この結果は、ステップ(i)と(v)のいずれかの間に、同時にそれらを導入するか、あるいは、反応媒質中にそれらを連続して導入することによって、達成される:この場合、接触させることは、そのパートナーが前ステップ、例えば、ステップ(i)の中で既に導入されている条件での、この組の2番目のメンバーの添加に相当する。本発明によると、蛍光FRETパートナー複合体の組は、実際には、連続して形成される。
【0048】
これにより、本発明による方法の特定の態様において、ステップ(i)は、一方では、研究すべきn種類の生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体n組のそれぞれのメンバーを導入することにあり(すなわち、n組のn個のメンバー)、もう一方で、検出すべき最初の生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体の組を効果的に接触するように、これらの組の一方の2番目のメンバーを導入することにある。蛍光FRETパートナー複合体のその他の組の2番目のメンバーは、その後のステップ(v)のそれぞれにおいて、連続して導入される。
他の態様において、蛍光FRETパートナー複合体の組のメンバーは、測定媒質中に同時に導入され、最初の組がステップ(i)において反応媒質中に導入され、そして、その他の組がステップ(v)のそれぞれにおいて連続して導入される。
【0049】
前記の方法は、FRETパートナーの組の連続的な形成、そして、連続的な測定、その後の関連FRETシグナルのクエンチングの原理に基づいている。計測された各シグナルは、所定の生物学的事象を代表するものである。
代替法は、測定媒質中にn組のFRETパートナーすべてを導入し、発せられた、且つ、それぞれの生物学的事象に特異的なシグナルの合計に相当する総シグナルを計測し、その後、FRETキラーを連続して導入し、そして、上述のキラーを導入する各ステップの後に発せられたシグナルを計測することにある。測定値セットは、簡単な数学的方法による、FRETパートナーの各組、ひいては、生物学的事象のそれぞれに特異的なシグナル値を計算することを可能にする。
【0050】
3種類の生物学的事象について実際には、そして、その一例において、以下の測定が実施される:
A=S1+S2+S3(それぞれの生物学的事象に相当するシグナルの合計);
B=S1+S2(事象3に特異的なフルオロフォアの間のFRETのためのFRETキラーの添加後の測定);
C=S1(事象3及び2に特異的なフルオロフォアの間のFRETのためのFRETキラー添加時の測定)。
値A、B、及びCが(計測されている)知られているので、シグナルS1、S2、及びS3の値は容易に計算できる。
【0051】
反応媒質中のn種類の生物学的事象を検出するためのこの代替法は、以下のステップを含む:
(i)上記反応媒質を、n種類の生物学的事象に特異的なn組の蛍光FRETパートナー複合体と接触させ;
(ii)上記反応媒質を波長λ1にて励起させ;
(iii)すべての研究される生物学的事象に対応する、反応媒質によって発せられたFRETシグナルを計測し;
(iv)前のステップにおいて導入されたものと適度な違いがあるところの上述の蛍光FRETパートナー複合体の組のうちの1つに特異的なFRETシグナル・キラーを、反応媒質中に導入し;
(v)反応媒質を波長λ1にて励起させ;
(vi)前のステップで妨げられたシグナルのそれを差し引いたすべての反応事象に対応する、反応媒質によって発せられたFRETシグナルを計測し;
ステップ(iv)〜(vi)は(n−1)回、繰り返され、nは2〜10の整数、すなわち、3、4、5、6、7、8、9、又は10に相当し、
(vii)ステップ(iii)とそれぞれのステップ(vi)において得られたn個の方程式の数学的な解明によってn種類の生物学的事象のそれぞれについてFRETシグナル値を決定する。
【0052】
蛍光FRETパートナー複合体には、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアが含まれていて、λ1がドナー・フルオロフォアの励起波長であり、且つ、λ2がアクセプタ・フルオロフォアの発光波長である。
先に記載したように、本発明による方法は、所定の生物学的事象に特異的な数組の蛍光FRETパートナー複合体を伴う。各組は2つの複合体から成り、それぞれ特異的なプローブを共有結合させたフルオロフォアを含んでいる。一部の組については、共通の要素を持つことが完全に可能である:これにより、所定の2組は、同じドナー複合体、同じアクセプタ複合体を共有するか、でなければ、同じドナー・フルオロフォア、又は同じアクセプタ・フルオロフォアを含むかもしれない。
【0053】
一部の組は、蛍光複合体を共有する、言い換えれば、1つの蛍光複合体が、数種類のFRETパートナーを持つ。例えば、最初の組が、フルオロフォア1-プローブ1メンバーと、フルオロフォア2-プローブ2メンバーから成り、そして、もう一方の組が、フルオロフォア1-プローブ1と、フルオロフォア3-プローブ3メンバーから成るかもしれない。
一部の組が、同じフルオロフォアを含むかもしれないが、この場合、それらのプローブの点では異なっている:例えば、最初の組が、フルオロフォア1-プローブ1メンバーと、フルオロフォア2-プローブ2メンバーから成り、そして、もう一方の組が、フルオロフォア1-プローブ3と、フルオロフォア3-プローブ4メンバーから成るかもしれない。
【0054】
本発明による方法において、使用されるそれぞれのFRETシグナル・キラーは、FRETパートナーの1組に特異的である。これは、研究することが望まれるそれぞれの生物学的事象に相当するシグナルを区別することを可能にする本発明の本質的な特徴の1つである。
時間分解FRET技術は、生物学的媒質中で起こっている生物学的事象を研究するためにある利点を与える。これにより、本発明による方法のある特定の態様において、蛍光FRETパートナー複合体は、TR-FRET(時間分解FRET)パートナーである。
【0055】
生物学的事象の研究は、研究することが望まれる生物学的事象の変化の誘引となるか、又はそれを引き起こすために反応媒質を刺激するステップを必要とするかもしれない。この刺激は、特に、化学的性質のもの、薬理学的性質のもの、電気的性質のもの、温熱的性質のもの、又は機械的性質のものであるかもしれない。例えば、研究される生物学的事象が、膜貫通受容体の刺激に対応した細胞による分析物の産生であれば、上述の受容体の作動薬を加える必要がある。
【0056】
ある特定の態様において、刺激ステップは、所定の受容体の作動薬、拮抗薬、アロステリック調節因子、又は逆作動薬を反応媒質に加えることにある。
本発明による方法が、同じ反応媒質中の数種類の生物学的事象を研究することを可能にする場合、数種類の刺激をおこなう必要があるかもしれない。
そのうえ、同じ刺激が、数種類の同傾向を持つシグナル伝達経路、あるいはシグナル伝達経路のカスケードを活性化し、そのため、本発明による方法の効力によって検出できる数種類の生物学的事象を活性化するかもしれない。この場合、これらの方法は、検出されるべき様々な生物学的事象に変動を引き起こす刺激ステップを1つだけ含む。タンパク質のリン酸化(事象2)をそれ自身が引き起こすプロテインキナーゼの活性化(生物学的事象1)を引き起こす薬理学的刺激の例について言及することができる。
【0057】
本発明による方法は、数種類の生物学的事象、ひいては、もちろん、反応媒質中で起こっている数種類の生物学的事象に対する効果を測定することが望まれる作用物質の存在下での上述の事象の変動を検出することを可能にする。そのため、本発明による方法は、例えば、医薬品として、役に立つかもしれない生物活性化合物のスクリーニング方法で有利に使用されるかもしれない。このために、本発明による方法は、反応媒質に試験化合物を加えるステップを含むかもしれない。
【0058】
本発明による方法は、様々な反応媒質中、特に、例えば、タンパク質、抗体、核酸、細胞内メッセンジャー、細胞外メッセンジャーなどの混合物のような生体化合物の混合物を含む媒質中で実施されるかもしれない。反応媒質は、また、細胞培養を起源とする細胞、組織解離によって得られた細胞、透過性細胞、粉末細胞材料、又は膜標品を含むかもしれない。
そのうえ、反応媒質は、例えば、従来法で使用されるコンテナ、例えば、マイクロプレート・ウェル、又は顕微鏡に好適な細胞インキュベーション・チャンバー内に入っている。
【0059】
当業者は、これらの反応媒質が標的とされた生物学的事象を研究するのに不可欠な材料を含んでいるならば、本発明による方法をはっきり限定された反応媒質に制限することができないことが理解できる:例として、生物学的事象が酵素反応である場合に、反応媒質は対応する酵素と基質を含む必要がある。
同時に数種類の生物学的事象を検出することを可能にする本発明による多重化方法は、以下の適用において特に有利である:
・細胞によって同時に分泌された分子の検出
例えば、細胞の刺激に対応して分泌された様々なサイトカインの検出で、細胞間情報伝達の作用機序の理解を高めることが可能になる:この場合、蛍光FRETパートナー複合体の組は、それぞれ、所定のサイトカインに特異的である。
【0060】
別の例は、β-アミロイド・ぺプチドを検出し、そして、定量化することにある:アルツハイマー病を患っている患者において、Aβ-42アミロイド・ペプチド/Aβ-40ペプチド比の上昇が観察された。本発明の方法は、同じ細胞又は細胞培養物によって分泌された様々なアミロイド・ペプチドを計測することを可能にし、アミロイド・プラークの発生の作用機序の理解と、それぞれのアミロイド・ペプチドの濃度に作用できる医薬品の検索を大幅に容易にする。当該出願を考慮すると、本発明による方法には、これらのぺプチドを検出するためのFRETパートナー複合体の使用が含まれる。
【0061】
・様々な細胞シグナル伝達経路の並列検査法(例:二次メッセンジャー又は他の伝達物質の同時アッセイ)
細胞外刺激に対応して細胞において同時に活性化された種々のシグナル伝達経路に関する情報を得ることができることは、細胞突起の研究において、特に有利である。
本発明による方法は、Gs、Gi、Gq、若しくはG11/G12タンパク質、及び低分子量Gタンパク質、Ras、Rho、若しくはRanタンパク質を伴うシグナル伝達経路を同時に検出するのに特に有利である。
【0062】
細胞内シグナル伝達経路は、以下の事象:
例えば、細胞中のcAMPの量を計測することによって、アデニル・シクラーゼの刺激又は阻害;
例えば、細胞中のイノシトール(IP3、IP1、IP2など)含有化合物であるDAGの量を計測することによって、ホスホリパーゼCの活性化;
GPCRキナーゼ(GRKs)の活性化;
β-アレスチンの移動、
を検出することによって特に計測できる。
【0063】
当業者はこれらの様々なシグナル伝達経路を熟知していて、それらは限定する目的でのみ引用されている。これらのシグナル伝達経路のそれぞれに特異的な蛍光FRETパートナー複合体が、本発明による方法で使用され得る:それらは、フルオロフォア、及びFRETパートナーで標識した、(IP3、cAMPなどの)所定のシグナル伝達経路の分子的特徴に特異的な抗体、でなければ、蛍光化合物によって標識したこれらのシグナル伝達経路のうちの1つに関与する分子:フルオロフォアと結合させたβ-アレスチン、フルオロフォアと結合させたGタンパク質膜受容体サブユニット、から成るかもしれない。
【0064】
特定の膜受容体、特にGPCRs、が、それらの細胞外ドメインに結合する作動薬の機能として様々な細胞内シグナル伝達経路の活性化を引き起こすことが最近になって示された。この現象は、「作動薬トラフィッキング」として知られている。
この場合、本発明による方法が、従来の分子生物学的技術によって細胞により過剰発現される同じ膜受容体を介して細胞内シグナル伝達経路のどちらか一方の活性化を計測することを可能にするので、本発明による方法は、これらの「作動薬トラフィッキング」現象を研究するのに理想的である。
【0065】
・細胞シグナリング・カスケードの研究
細胞の内側のシグナル伝達は、最も一般的には、生物学的事象のカスケードを使用する。本発明による方法は、同じ細胞又は同じ細胞集団におけるこれらの事象の検出を可能にすることによって、単独の事象だけを計測したものに比べて、はるかに完全な情報を提供する:シグナリング・カスケードに関与することが知られている少なくとも2つの事象の活性化を実証することによって、所定の化合物の作用方法を非常に正確に特徴づけすることが可能になる。1つの生物学的事象が細胞内で数種類の効果を持っているとき、これは特に有利である。
限定されない例として、MAPキナーゼ・シグナル伝達経路のリン酸化カスケードに触れられるかもしれない。
【0066】
・「オーファン」受容体の「脱オーファン化(Deorphaning)」:Gタンパク質共役受容体(GPCR)の、リガンド、そして、シグナル伝達経路との関連
ゲノム、特にヒトゲノムでの大規模配列決定の出現により、一定数の膜受容体が特定された。それにもかかわらず、約150個の前述の受容体について、天然リガンドが特定されていないので、これらの受容体は「オーファン受容体」と呼ばれている。本発明による方法は、一方では、オーファン受容体リガンドの識別を容易にし、その一方で、オーファン受容体によって活性化される細胞内シグナル伝達経路を見つけ出すことを可能にする。
【0067】
そのような受容体を「脱オーファン化する」、すなわち、それらに関する天然リガンドを同定する従来の方法は、細胞に上述の受容体を過剰発現させ、そして、それが上述の受容体の天然リガンドであるかどうかを知りたい化合物を媒質に加えることにある。可能性があるリガンドの結合は、当業者に知られている技術によって容易に計測できる。
【0068】
本発明による方法は、数種類のオーファン受容体を同時に「脱オーファン化する」ためのこのアプローチを適用することを可能にする;これらの方法は、実際には、同じ細胞又は細胞集団において発現される様々な膜受容体へのリガンドの結合を個別に検出することを可能にする:本発明による方法のこの特殊な適用のために、それぞれFRETパートナー複合体の組は、様々なオーファン受容体と、同じ可能性のあるリガンドの結合を検出することを可能にする。この場合、生物学的事象に関与する分子は、一方では、可能性のあるリガンドであり、そして、もう一方では、様々なオーファン受容体である。生物学的事象は、それぞれのオーファン受容体へのリガンドの見込まれる結合から成る。同じ見込まれるリガンドが様々な生物学的事象に関与する場合、それは、この正確な適用では、上記リガンドを含むか又は認識する複合体のぴったりした例において、共通の要素を持つFRETパートナーの組に、特に有利である。
【0069】
受容体の脱オーファン化が目的とされる別のアプローチは、先に記載した本発明による方法によって様々な細胞内シグナル伝達経路の活性化を計測することにあり、オーファン受容体を過剰発現する細胞を上述の受容体の可能性のあるリガンドと接触させた後に、このリガンドが、刺激ステップ中に反応媒質に導入される:このタイプのアプローチは、可能性のあるリガンド、オーファン受容体、及びシグナル伝達経路を関連させることを可能にする。
【0070】
互いについて、特に、同じ媒質中、修飾形態の基質と総基質の検出についての2つの生物学的事象の標準化
本発明による方法は、また、同じ反応媒質中で起こる2つの所定の生物学的事象に相当する2つのシグナルを、互いについて標準化することを可能にする。これは、一方の生物学的事象が、−例えば、酵素による−修飾基質の量の変化であり、そして、もう一方の生物学的事象が、この基質の総量(上述の酵素によって修飾された基質+修飾されていない基質)の変化である場合に、特に有利である。総基質に対する修飾基質のこのタイプの標準化は、一方の反応媒質〜もう一方の反応媒質の実験条件の、ある程度のばらつきを克服することを可能にする。
【0071】
制限されることのない例として、これにより、本発明による方法は、以下の酵素修飾:モノADPリボシル化;ポリADPリボシル化;アセチル化;グルタチオン化;O-グリコシル化;N-グリコシル化;メチル化;ニトロ化;リン酸化;プレニル化;SUMO化(sumoylation);ユビキチン化;タンパク質分解;ビオチン化、及びグルタミル化(glutamylation)を研究するのに適切である。
【0072】
この実施では、1組のFRETパートナー複合体が修飾基質を計測することを可能にし、そして、2組目のFRETパートナー複合体が総基質を計測することを可能にする。好ましくは、1種類のFRETパートナー複合体が、FRETパートナー複合体の両方の組に共通している。
【0073】
図2のスキームは、例えば、タンパク質のリン酸化状態の検出の原理を図解している。その方法は、2種類のドナー複合体と1種類の受容体複合体の使用に基づいている。一方のドナー複合体の一部を特異的に認識するFRETキラーが使用されている。
【0074】
第1ステップでは、総タンパク質量は、タンパク質を認識する2種類の抗体によって保有されているドナーD1とアクセプタAの間のFRETを通して検出される(シグナルST)。第2ステップでは、総タンパク質量によって発生されたシグナルSTが、ドナーD1を特異的に認識し、そして、D1とAの間のFRETを抑制するFRETキラー(Fk)によってクエンチされる。同時に、リン酸化部位が、第2ドナーD2を保有する特異的な抗体によって認識される。D2とアクセプタAの間のFRETが、リン酸化タンパク質を検出することを可能にする(シグナルSP)この形式は、例えば、キナーゼ阻害剤のスクリーニングに非常に好適である。総タンパク量及びリン酸化タンパク質の量の検出は、様々な試験阻害剤の存在下、様々な反応容量中の細胞数、及び/又は発現されたタンパク質の量の変動を補正することを可能にする(標準化手順)。
【0075】
本発明は、また、本発明による方法を実施するための部品キットに関する:そのようなキットは、少なくとも、一緒に又は別々に提供される以下の要素:
生物学的事象に特異的な、少なくとも2組の蛍光FRETパートナー複合体;
少なくとも1種類のFRETシグナル・キラー、
を含む。
本発明による部品キットは、また、反応媒質中での様々な組の蛍光FRETパートナー複合体の接触をもたらすためのプロトコールを説明する取扱説明書、それと、FRETシグナル・キラーを加えることによる反応媒質中でのFRET現象の連続的な抑制のための取扱説明書を含んでいるかもしれない。
【0076】
理論上の形式:
本発明による多重化方法は、以下の数種類の形式:
(i)形式1:FRETシグナル・キラーによるドナー複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETの抑制;
(ii)形式2:FRETシグナル・キラーによるアクセプタ複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETの抑制;
(iii)形式3:FRETシグナル・キラーによるアクセプタ複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETシグナルの抑制、
に従って実施されるかもしれない。
【0077】
(i)形式1:FRETシグナル・キラーによるドナー複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETの抑制
図3のスキームは、2つの分析物X及びYを検出するためのこの多重化形式の実施に関する例を図解している。この形式は、以下の:
・同じ刺激(例えば、同じ励起光波長)によって励起され得る2種類のドナーであるD1及びD2;
・両方のドナーに共通のアクセプタA;及び
・2種類のドナーのうちの一方を特異的に認識し、そして、このドナーとアクセプタの間のFRETを抑制することができるFRETシグナル・キラー、
の使用に基づいている。
【0078】
第1ステップでは、分析物Xに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーD1とアクセプタAの間のFRETを介して、分析物Xが検出される。第2ステップでは、Fk生成物が、ドナーD1を特異的に認識し、そして、D1とアクセプタAの間のFRETを抑制する。FRETの抑制は、分析物Xの存在によって発生したシグナルをクエンチする。同時に、分析物Yに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーD2とアクセプタAの間のFRETによって、分析物Yが検出される。この形式は実施例2で使用されている。
【0079】
(ii)形式2:FRETシグナル・キラーによるアクセプタ複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETの抑制
図4のスキームは、2つの分析物X及びYを検出するためのこの多重化形式の実施に関する例を図解している。この形式は、以下の:
・同じ波長で検出され得る2種類のアクセプタであるA1及びA2;
・両方のアクセプタに共通のドナーD;及び
・2種類のアクセプタのうちの一方を特異的に認識し、そして、ドナーとこのアクセプタの間のFRETを抑制することができるFRETシグナル・キラー、
の使用に基づいている。
【0080】
第1ステップでは、分析物Xに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーDとアクセプタA1の間のFRETを介して、分析物Xが検出される。第2ステップでは、Fk生成物が、アクセプタA1を特異的に認識し、そして、DとA1の間のFRETを抑制する。FRETの抑制は、シグナル分析物Xの存在によって発生したシグナルをクエンチする。同時に、分析物Yに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーDとアクセプタA2の間のFRETを介して、分析物Yが検出される。この形式は実施例5によって例証される。
【0081】
(iii)形式3:FRETキラーによるアクセプタ複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETシグナルの抑制
図5のスキームは、2つの分析物X及びYを検出するためのこの多重化形式の実施に関する例を図解している。この形式は、以下の:
・同じ波長で検出され得る2種類のアクセプタであるA1及びA2;
・両方のアクセプタに共通のドナーD;及び
・2種類のアクセプタのうちの一方を特異的に認識し、そして、このアクセプタのFRETシグナルを抑制することができるFRETシグナル・キラー、
の使用に基づいている。
【0082】
第1ステップでは、分析物Xに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーDとアクセプタA1の間のFRETを介して、分析物Xが検出される。第2ステップでは、Fk生成物が、アクセプタA1を特異的に認識し、そして、A1のFRETシグナルを抑制する。同時に、分析物Yに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーDとアクセプタA2の間のFRETを介して、分析物Yが検出される。
本発明は、本明細書中の以下の代表的な例証によってより詳細に説明される、ここで、図6A、6B、及び7〜14について言及しており、それの簡単な説明が、先に触れたスキームを表す、以下の図1〜5に与えられている。
【実施例】
【0083】
これらの実施例で使用される略語は、以下の意味を持っている:
PS2-GST:(特に、特許EP 345 315に記載の)PS2タンパク質とGST(グルタチオン-Sトランスフェラーゼ)タンパク質を含む融合タンパク質を意味する。そのような融合タンパク質は、従来の分子生物学的技術、例えば、この融合タンパク質をコードする核酸配列を含むプラスミドなどの発現系を使用して、作り出される。PS2及びGST配列は公知である。
TBP:トリスビピリジン・クリプテートを意味する。
TBP5COOH:トリスビピリジン・クリプテート五酸を意味する。
PBP4COOH:ピリジン-ビスピリジン・クリプテート四酸を意味する。
A647:Molecular Probe社製のフルオロフォアalexa647を意味する。
XL665:CIS bio internationalによって販売されている、アクセプタ・フルオロフォアとして使用される架橋化アロフィコシアニン。
D2:XL665と同じ光物理学的性質を有する蛍光アクセプタ化合物。
Cy5:シアニン5、GE Healthcare社によって販売されているアクセプタ・フルオロフォア。
【0084】
これらの実施例では、種々の公知の抗原に特異的であり、且つ、従来の技術を使用して調製した以下の抗体を使用する:
GSS11抗体:GSTタンパク質に特異的なモノクローナル抗体を意味する。
BC04抗体:PS2タンパク質に特異的なモノクローナル抗体を意味する。
IPM3抗体:IPM2抗体と異なる、TNFαに特異的なモノクローナル抗体を意味する。
IPM2抗体:IPM3抗体と異なる、TNFαに特異的なモノクローナル抗体を意味する。
G211抗体:アミロイド・ペプチドAβ1-42に特異的なモノクローナル抗体を意味する。
13E9抗体:アミロイド・ペプチドAβ1-40に特異的なモノクローナル抗体を意味する。
1E8抗体:Aβ1-42及び1-40アミロイド・ペプチドの両方を認識するモノクローナル抗体を意味する。
【0085】
実施例1:ドナー複合体の一部を特異的に認識するFRETシグナル・キラーによるドナーとアクセプタの間のFRETの抑制(図6A及び6B)
希土類元素錯体であるユーロピウム・トリスビピリジン・クリプテートTBPを特異的に認識する抗体を、従来の技術に従って作り出す(抗TBP抗体)。この実施例では、抗TBPが、ユーロピウム・クリプテートTBPを特異的に認識し、そして、TBPとそのアクセプタの間のFRETを抑制することを実証する。
【0086】
プロトコール
PS2-GST融合タンパク質を検出することを目的とする2つの同一実験を実施した。その実験のそれぞれにおいて、特定のユーロピウム・クリプテート構造物をFRETドナーとして:以下の式:
【0087】
【化1】
【0088】
{Rは、標識されるべき物質とクリプテートの結合を可能にする従来の反応基である。}
を持つトリスビピリジン・クリプテートTBP又はトリスビピリジン・クリプテート五酸TBP5COOHのいずれかを使用した。
これらの2つの実験を、図6A及び6Bに図解する。
【0089】
PS2-GST融合タンパク質を、96ウェル・プレートに分配する。その存在を、外気温にて16時間のインキュベーションの後に、(GSS11抗体によって保有される)ドナー(TBP又はTBP5COOH)と(BC04抗体によって保有される)アクセプタA647の間のFRETによって検出する。FRETに関与するアクセプタによって発せられたシグナル(すなわち、ドナーの選択的励起に続くアクセプタからのシグナル)を、Sと呼ぶ(665nm)。
高濃度の抗TBPを、それに続いて、時間t=0に加え、そして、そのFRETに関与するアクセプタからのシグナルS(665nm)を、時間と共に観察した(外気温〜20℃)。
【0090】
終濃度:
500pMのPS2-GST;1.5nMのGSS11;0.677nMのBC04;0.6nM、30nM、及び150nMの抗TBP
最終的な反応容量:200μl
バッファー:100mMのリン酸、pH7.0、400mMのKF、0.1%のBSA
シグナルを、Rubystar(BMG Labtechnologies、励起子レーザー337nm)により検出した。
【0091】
結果
図6は、TBPを用いて実施した実験の結果を図解している。検出すべきタンパク質(pS2-GST)は、TBPドナー及びA647アクセプタを保有する2種類の特異的抗体によって認識される。2種類の抗体によるタンパク質の認識に続いて、TBPとそのアクセプタが近接する。TBPが選択的に励起されると(337nm)、励起エネルギーは、次に、FRETによってアクセプタに一部が移される。このエネルギー移動が、アクセプタからの蛍光の発光を引き起こす(シグナルS(665nm))。ドナーの選択的励起に続くアクセプタからの発光の出現で、タンパク質を検出することが可能になる。
【0092】
このようにして、タンパク質を検出した後に(図6A、グラフI)、抗TBP抗体を、時間t=0にて反応容量に加える。シグナル、すなわち、FRETに関与するアクセプタからのシグナルS(665nm)のクエンチングを、次に、観察する(図6A、グラフII)。
【0093】
このシグナルのクエンチングは、抗TBPと使用するアクセプタとの相互作用に起因するのではなく、ただ、抗TBPのTBPとの特殊的な相互作用に続くFRETの抑制に続いて起こる。これを立証するために、同じ実験を、異なるドナー(TBPに代わってTBP5COOH)及び同じアクセプタA647を使用して実施した(図6B)。TBP5COOHとA647の間のFRETで、タンパク質を検出することが可能になる(図6B、グラフI)。抗TBPの存在は、このFRETを変えない:シグナルS(665nm)は、どんな抗TBP濃度であっても減弱しない(図6B、グラフII)。そのため、TBPで観察されたアクセプタからのシグナルの消失(図6A、グラフII)は、抗TBPによるTBPの特異的認識に続くTBPドナーとアクセプタの間のFRETの抑制に実際には起因する。
【0094】
実施例2:2種類のタンパク質、PS2-GST及びTNFαの多重化検出−ドナー・フルオロフォアのうちの1つに結合する作用物質によるFRETの抑制(図7)
この実施例は、同じ波長で励起できる2種類のドナー(TBP及びTBP5COOH)と665nmにて検出可能な1種類の共通なアクセプタ(蛍光タンパク質XL665)の使用に基づいている。FRETシグナル・キラーは、先の実施例に示されている、TBPを特異的に認識し、且つ、TBPとそのアクセプタの間のFRETを抑制する抗TBP抗体である。
【0095】
プロトコール
本実験は、図7において、2種類の分析物:PS2-GSTタンパク質とTNFαタンパク質、の検出について図解する。PS2-GSTタンパク質を検出する第1ステップと、対応するFRETシグナルのクエンチングの後に、様々なTNFα濃度を計測した。
【0096】
多重化実験
固定濃度のPS2-GSTの存在下、様々な濃度のTNFαを、96ウェル・プレート内に分配する。
PS2-GSTタンパク質を、外気温にて16時間のインキュベーションの後に、(GSS11抗体によって保有されている)ユーロピウム・クリプテートTBPと(BC04抗体によって保有されている)XL665アクセプタの間のFRETによってまず検出する。
【0097】
それに続いて、以下の化合物:
・TBPとXL665の間のFRET、ひいては、PS2-GSTタンパク質の存在によるシグナルを抑制するための抗TBP;及び
・TNFαタンパク質を検出するための第2抗体:XL665アクセプタを保有するIPM3抗体(IPM2抗体は、ステップIで分配されるユーロピウム・クリプテートTBP5COOHドナー保有する)、
を反応容量に加える。
【0098】
(特異的なIPM3抗体によるTNFαの認識を可能にするための)外気温にて4時間のインキュベーションの後に、様々な濃度のTNFαを含むウェル内で得られるシグナルを計測した。
【0099】
対照実験:単独検出(simple detection)
多重化アッセイにおいてこのようにして得られたシグナルを、TNFαを検出するための簡易アッセイにより(すなわち、図7で図解された同じ実験であるが、PS2-GSTの不存在下で)得られたシグナルと比較する。
タンパク質と抗体の終濃度:
500pMのPS2-GST;1.5nMのGSS11;0.667nMのBC04;150nMの抗TBP;0、10、20、40、80、及び120pMのTNFα;0.33nMのIPM2;0.8nMのIPM3
最終的な反応容量:200μl
バッファー:100mMのリン酸、pH7.0、400mMのKF、0.1%のBSA
シグナルを、Rubystar(レーザー励起337nm)により検出した。
【0100】
結果
第1ステップでは、TBPとXL665アクセプタの間のFRETを介してPS2-GSTタンパク質を検出した。PS2-GSTタンパク質の存在によって発生したFRETシグナルS(665nm)を、図7のヒストグラムIの棒グラフによって表す。第2ステップでは、PS2-GSTタンパク質と、TNFαを検出するための第2抗体によるFRETを抑制するための抗TBP抗体を、反応容量に加えた。これらの化合物の添加後に検出されたシグナルを、図7のヒストグラムIIの暗色の棒グラフで表した。
対照実験が、この多重化実験の正当性を確認することを可能にした:多重化によって得られた結果を、単独検出アッセイにより得られたものと比較する。より詳しく述べると、図7のスキームに図解されたのと同じ実験を実施したが、PS2-GSTタンパク質の不存在下で実施した。この単独検出アッセイでは、クエンチすべきシグナルがないので、様々なTNFα濃度を、直接的に検出する。得られたシグナルを、図7のヒストグラムIIの明色の棒グラフで表した。多重化検出から得られたシグナルを、単独検出から得られたものと同程度である。
【0101】
実施例3:Aβ-40及びAβ-42アミロイド・ペプチドの多重化検出−ドナー・フルオロフォアのうちの1つを認識する作用物質によるFRETの抑制(図8)
Aβ-40及びAβ-42アミロイド・ペプチドは、アルツハイマー病に関与する。この疾患では、神経毒性ペプチドAβ-42の産生が、Aβ-40の産生と比べて優勢である。Aβ-42ペプチドは、片端に2つの追加のアミノ酸の存在によってAβ-40ペプチドと異なっている。図8は、Aβ-40及びAβ-42アミロイド・ペプチドの多重化検出について図解する。その実験は、以下の:
・2種類のドナー複合体(一方の複合体は、Aβ-42ペプチドの特異的認識のためのものであり、ユーロピウム・クリプテートTBPを保有する、そして、もう1種類の複合体は、Aβ-40ペプチドの特異的認識のためのものであり、本明細書中において以下、ユーロピウム・クリプテートKともよばれる異なるユーロピウム・クリプテート、TBP5COOHを保有する);
・2種類のぺプチドAβ-40及びAβ-42を認識することができる1種類のアクセプタ複合体;並びに
・抗TBP FRETシグナル・キラー、
の使用に基づいている。
【0102】
プロトコール
本実験を、図8において図解する:Aβ-42ペプチドを検出するステップ、そして、対応するFRETシグナルのクエンチングの後に、Aβ-40ペプチドの範囲を計測した。
【0103】
多重化実験
固定濃度のAβ-42の存在下、Aβ-40の濃度範囲を、96ウェル・プレートに分配する。前記の2種類のぺプチドは、この実験に使用する2種類のドナーに共通なアクセプタ(d2アクセプタ)を保有する抗体(1E8)によって認識される。Aβ-42ペプチドは、また、ユーロピウム・クリプテートTBPを保有している特異的抗体(G211)によっても認識される。このようにして、TBPとd2アクセプタの間のFRETを介してAβ-42ペプチドを検出した後に、以下の化合物:
・TBPとd2アクセプタの間のFRET、ひいては、Aβ-42の存在によるシグナルを抑制するための抗TBP;及び
・Aβ-40を特異的に検出するための抗体(13E9);この抗体は、抗iTBPによって認識されないユーロピウム・クリプテートKを保有する、
を反応容量に加える。
(その抗体によるAβ-40の認識を可能にするための)4℃にて3時間のインキュベーションの後に、得られるシグナルを、様々な濃度のAβ-40を含むウェル内で計測する。
【0104】
対照実験:単独検出
多重化アッセイにおいてこのようにして得られたシグナルを、Aβ-40を検出するための簡易アッセイにより(すなわち、図8で図解されたものと同じ実験であるが、Aβ-42ペプチドPS2-GSTの不存在下で)得られたシグナルと比較する。
ぺプチドと抗体の終濃度:
3200pg/mlのAβ-42;200、400、800、及び1200pg/mlのAβ-40;3.3nMの1E8;0.8nMのG211;0.34nMの13E9
最終的な反応容量:100μl
バッファー:50mMのリン酸、pH7.4、250mMのKF、0.2%のBSA、0.05%のTween、0.25mMのEDTA
シグナルを、Rubystar(レーザー励起337nm)により検出した。
【0105】
結果
第1ステップでは、Aβ-42ペプチドを、TBPとd2アクセプタの間のFRETを介して検出する。d2アクセプタは2種類のぺプチドを認識する抗体によって保有されているのに対して、TBPドナーはAβ-42ペプチドを特異的に認識する抗体によって保有されている。FRETに関与するアクセプタからのシグナルS(665nm)を、図8のヒストグラムIの棒グラフによって表す。
第2ステップでは、(Aβ-42ペプチドに起因するシグナルを抑制するための)抗TBPと、TBPと異なるユーロピウム・クリプテートKを保有するAβ-40ペプチドを特異的に認識する抗体を、反応容量に加えた。これらの化合物の添加後に検出されたシグナルを、図8のヒストグラムIIの暗色の棒グラフで表す。
【0106】
この多重化実験で得られたシグナルの正当性を確認するために、図8に図解されたのと同じ実験を実施したが、Aβ-42ペプチドの不存在下で実施した。この単独検出アッセイでは、クエンチすべきシグナルはなく、そして、様々な濃度のAβ-40を直接検出する。得られたシグナルを、図8のヒストグラムIIの明色の棒グラフで表す。多重化から得られたシグナルは、単独検出から得られたものと同程度である。
【0107】
実施例4:アクセプタ・フルオロフォアを解放することによって作用するFRETシグナル・キラーによるドナーとアクセプタの間のFRETの抑制(図9)
この実施例は、FRFTパートナー複合体の1つと非共有結合複合体を形成し、そして、競合作用機序によって、それが特異的である生物学的事象とそれを解放することによって作用するFRETシグナル・キラーに関する。
このFRETシグナル・キラーの性質及び作用機序
このFRETシグナル・キラーはオリゴヌクレオチドである。図9は、その作用機序について図解する。
【0108】
この実施例において、蛍光アクセプタ複合体は、配列aS1のオリゴヌクレオチドに結合させた低分子量蛍光有機分子(シアニンCy5)から成る。この配列は、検出すべきタンパク質に特異的な抗体に結合させた相補的配列S1にハイブリダイズする。
ドナー複合体とアクセプタ複合体の間のFRETを介して生物学的事象を検出した後に、aS1に相補的な配列を持つオリゴヌクレオチドeS1を反応容量に加える。eS1配列は、aS1配列を特異的に認識し、これにより、検出すべきタンパク質に特異的な抗体の蛍光アクセプタ複合体(aS1-Cy5)を取り外す。蛍光アクセプタ複合体の取り外しは、ドナー複合体とアクセプタ複合体の間のFRETを抑制する。
オリゴヌクレオチドeS1は、アクセプタ複合体の一部を特異的に認識し、そして、FRETを抑制するFRETシグナル・キラーの例を構成する。認識の特異性は、この場合、2つの相補的DNA配列の対合に基づいている。
【0109】
プロトコール
TNFαタンパク質を、96ウェル・プレート内に分配した。その存在を、(IPM2抗体によって保有される)ユーロピウム・クリプテート・ドナーと、(先に指定した相補ストランドの対合によってIPM3抗体に結合する)アクセプタ複合体aS1-Cy5の間のFRETによって検出した。S(665nm)は、FRETに関与するアクセプタからのシグナルである。
タンパク質を検出した後に、高濃度のオリゴヌクレオチドeS1を、時間t=0に導入し、そして、FRETに関与するアクセプタからのシグナルS(665nm)を、時間と共に観察した(外気温)。
【0110】
最終的なタンパク質と抗体の濃度:
150pMのTNFα;0.33nMのJPM2;1.07nMのIPM3。
最終的なオリゴヌクレオチド濃度:
2nMのS1;4nMのaS1-Cy5;8、20、100、及び200nMのeS1
配列:
【化2】
小文字のヌクレオチドは、LNAs(ロックト核酸(Locked Nucleic Acid))である。
最終的な反応容量:200μl
バッファー:
50mMのHEPES、pH7.0、400mMのKF、0.1%のBSA;外気温
シグナルを、Rubystar(レーザー励起337nm)により検出した。
【0111】
結果
aS1-Cy5アクセプタ複合体と、抗体によって保有されているSI配列の間のハイブリダイゼーションが、FRETによってタンパク質を検出することを可能にする(図9、グラフI)。このようにして、タンパク質を検出した後に、eS1生成物を、反応容量に加える。そして、eS1生成物の存在下で、FRETに関与するアクセプタ複合体からのシグナルS(665nm)のクエンチングを観察する(図9、グラフII)。このシグナルのクエンチングは、eS1によるaS1-Cy5複合体の取り外しによる。アクセプタ複合体の取り外しは、ドナーとアクセプタ複合体の間のFRETを抑制する。
【0112】
実施例5:2種類のタンパク質、TNFαとPS2-GSTの多重化検出−一方のアクセプタ・フルオロフォアの解放によるFRETの抑制(図10)
この実施例は、1種類のドナーD(ユーロピウム・クリプテート)と、2種類のアクセプタ複合体(aS1-Cy5とaS2-Cy5)の使用に基づいている。シアニンから成るアクセプタ複合体を、一方では、オリゴヌクレオチド配列aS1に結合させ、もう一方では、aS2に結合させる。FRETシグナル・キラーは、一方のアクセプタ複合体の一部を特異的に認識し、そして、先の実施例で図解した作用機序に従ってFRETを抑制するオリゴヌクレオチドである。
【0113】
プロトコール
図10は、2種類のタンパク質:TNFαとPS2-GSTを検出するための多重検出実験の原理について図解する。TNFαタンパク質の検出するステップ、そして、対応するFRETシグナルをクエンチングするステップの後に、様々な濃度のPS2-GSTを計測した。
【0114】
多重化実験
PS2-GST濃度範囲を、固定濃度のTNFαの存在下で96ウェル・プレート内に分配する。
1番目のタンパク質(TNFα)の検出のために、以下の化合物:
・ユーロピウム・クリプテート・ドナーを保有する抗体(IPM2);及び
・オリゴヌクレオチドSIを保有する抗体(IPM3)から成る複合体、
を各ウェルに導入する。Cy5から成るアクセプタ複合体を、S1と特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドaS1に結合させた。
【0115】
同様に、2番目のタンパク質(PS2-GST)の検出のために、我々は、以下の:
・ユーロピウム・クリプテート・ドナーを保有する抗体(GSS11);及び
・オリゴヌクレオチドS2を保有する抗体(BC04)から成るアクセプタ複合体、
を使用した。Cy5から成るアクセプタ複合体を、S2と特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドaS2に結合させた。
第1ステップでは、すべての抗体とaS1-CySアクセプタ複合体も、ウェル内に分配した。外気温にて16時間のインキュベーションの後に、TNFαタンパク質を、各ウェルによって発せられたFRETシグナルを計測することによって検出する。
【0116】
第2ステップでは、以下の化合物:
・aS1に完全に相補的な配列を持つオリゴヌクレオチドeS1;及び
・aS2-Cy5アクセプタ複合体、
をウェル内に導入した。
オリゴヌクレオチドeS1は、aS1に特異的にハイブリダイズし、これにより、アクセプタ複合体のaS1-Cy5プローブを取り外す;FRETはもう起こらず、そのため、TNFαタンパク質からのシグナルは消失する。同時に、aS2-Cy5プローブは、S2にハイブリダイズし、そして、アクセプタ複合体が「光を発する」こと、すなわち、PS2-GSTタンパク質を検出することを可能にする。
FRETシグナル・キラーeS1とaS2-Cy5プローブを加えたら、外気温にて30分間のインキュベーション時間の後に、FRETシグナルを計測する。
【0117】
対照実験:単独検出
多重化アッセイにおいて、こうして得られたシグナルを、PS2-GSTを検出するための簡易分析によって(すなわち、図10で図解されたのと同じ実験であるが、TNFαの不存在下において)得られたシグナルと比較する。
最終的なタンパク質と抗体の濃度:
80pMのTNFα;0.33nMのIPM2;1.07nMのJPM3;0、75、150、250、350、及び500pMのPS2-GST;1nMのGSS11;0.69nMのBC04。
最終的なオリゴヌクレオチド濃度:
2nMのS1;4nMのaS1-Cy5;100nMのeS1
2nMのS2;20nMのaS2-Cy5
【0118】
配列:
【化3】
小文字のヌクレオチドは、LNA(ロックト核酸)である;
【化4】
最終的な反応容量:200μl
バッファー:50mMのHEPES、pH7.0、400mMのKF、0.1%のBSA、外気温
シグナルを、RUBYstar(レーザー励起337nm)により検出した。
【0119】
結果
第1ステップでは、S1を持つaS1-Cy5プローブのハイブリダイゼーションを介してTNFαタンパク質を検出する:FRETに関与するaS1-Cy5アクセプタ複合体からのシグナルS(665nm)を、図10のヒストグラムIで表す。FRETシグナル・キラー・オリゴヌクレオチドeS1とaS2-Cy5アクセプタ複合体を、第2ステップにおいて加える。これらの生成物の添加後に検出されたシグナルを、図10、ヒストグラムIIの暗色の棒グラフで表す。
この多重化実験の正当性を確認するために、このようにして得られたシグナルを、単独検出アッセイ、すなわち、例えば、図10で図解されているが、TNFαタンパク質の不存在下のアッセイにより得られたものと比較する。この単独検出アッセイでは、クエンチされるべきシグナルは存在せず、様々な濃度のPS2-GSTを直接検出する。単独検出アッセイのシグナルを、図10、ヒストグラムIIの明色の棒グラフで表す:それらは、多重検出アッセイにより得られたものと同程度である。
【0120】
実施例6:ドナーとアクセプタの間のFRETのためのFRETキラーとしての二価イオン又はキレート剤の使用(図11)
この実施例では、マンガン・イオン又はEDTAタイプのキレート剤が、希土類元素錯体タイプのドナーとアクセプタの間に存在するFRETを選択的に抑制することができることを実証する。
【0121】
プロトコール
GST-ビオチン・タンパク質を検出することを目的とする2つの同一の実験を実施した。それぞれの実験では、特定の希土類元素錯体:トリスビピリジン・クリプテートTBP、又はInvitrogen社によって抗GST抗体に結合した形態にて販売されたテルビウム・キレート(カタログ番号PV3568)のいずれか、をFRETドナーとして使用した。
【0122】
ビオチン化GSTタンパク質を、96ウェル・プレート内に分配した。その存在を、20mMの塩化マンガン(MnCl2)若しくはEDTAの存在下、又は不存在下、外気温にて16時間のインキュベーションの後に、(抗GST抗体によって保有されている)ドナー(TBP又はテルビウム・キレート)と、(ストレプトアビジンによって保有されている)d2アクセプタの間のFRETによって検出した。時間分解蛍光測定を、Rubystar(登録商標)マシン(BMG Labtech)により、620nmと665nm(それぞれE620とE665)にて実施した(td=50μs、tg=400μs)。蛍光強度値、E620及びE665に基づいて、E665/E620強度比を計算し、そして、さらなる便宜のために10000を掛ける。デルタF値を、ビオチン化GSTを含まない陰性ウェルで計測した比に対して計算する(G, Mathis, Clin. Chem. 39(1993)1953、及び出願WO 92/13264を参照のこと)。同じドナーについて様々な媒質中で得られたデルタF値を比較するために、前述の値を、バッファー中で得られたデルタF(100%)に対して標準化する。
【0123】
終濃度:
1.25nMのビオチン化GST;2nMの抗GST;5nMのストレプトアビジン;20mMのMnCl2又はEDTA
最終的な反応容量:200μl
バッファー:100mMのリン酸、pH7.0、400mMのKF、0.1%のBSA。
【0124】
結果
図11は、前記の2つの実験により得られた結果について説明する。20mMのMnCl2又はEDTAの添加は、ビオチン化GSTの存在下、TBPドナーを用いて得られたFRETシグナル(標準化デルタF)を変えなかった。テルビウム・キレートがビオチン化GSTを検出するためのドナーとして使用する場合には、逆に、MnCl2又はEDTAがFRETキラーとして作用する(FRETシグナルを70%を超えるまで抑制した)。アッセイ成分の残りは等しいので、これらの2種類のFRETキラーがテルビウム・キレートに選択的に作用したことがそこから結論づけられるかもしれない。
【0125】
実施例7:ドナーとアクセプタの間のFRETのためのFRETキラーとしての化学物質、尿酸の使用
この実施例では、尿酸が希土類元素錯体タイプのドナーとアクセプタの間に存在するFRETを選択的に抑制することができることを実証する。
【0126】
プロトコール
GST-ビオチン・タンパク質を検出することを目的とする2つの同一の実験を実施した。それぞれの実験において、特定の希土類元素錯体:トリスビピリジン・クリプテートTBP、又は以下の式:
【0127】
【化5】
【0128】
{Rは、標識されるべき物質とクリプテートの結合を可能にする従来の反応基である。}
によって表されるピリジン-ビス(ビピリジン)クリプテートPBP4COOHのいずれかを、FRETドナーとして使用した。
【0129】
ビオチン化GSTタンパク質を、96ウェル・プレート内に分配した。その存在を、60uMの尿酸の存在下、又は不存在下、外気温にて16時間のインキュベーションの後に、(抗GST抗体によって保有されている)ドナー(TBP又はPBP4COOH)と(ストレプトアビジンによって保有されている)d2アクセプタの間のFRETを介して検出した。時間分解蛍光測定を、Rubystar(登録商標)マシン(BMG Labtech)により、620nmと665nm(それぞれE620とE665)にて実施した(td=50μs、tg=400μs)。蛍光強度値、E620及びE665に基づいて、E665/E620強度比を計算し、そして、さらなる便宜のために10000を掛ける。デルタF値を、ビオチン化GSTを含まない陰性ウェルで計測した比に対して計算する(G, Mathis, Clin. Chem. 39(1993)1953、及び出願WO 92/13264を参照のこと)。同じドナーについて様々な媒質中で得られたデルタF値を比較するために、前述の値を、バッファー中で得られたデルタF(100%)に対して標準化する。
【0130】
終濃度:
1.25nMのビオチン化GST;2nMの抗GST;5nMのストレプトアビジン;60μmの尿酸
最終的な反応容量:200μl
バッファー:100mMのリン酸、pH7.0、0.1%のBSA。
【0131】
結果
図12は、前記の2つの実験により得られた結果について説明する。60μMの尿酸の添加は、ビオチン化GSTの存在下、PBP4COOHドナーを用いて得られたFRETシグナル(標準化デルタF)を変えなかった。TBPがビオチン化GSTを検出するためのドナーとして使用する場合には、逆に、尿酸がFRETキラーとして作用する(FRETシグナルを85%を超えるまで抑制した)。アッセイ成分の残りは等しいので、これらの2種類のFRETキラーがユーロピウム・クリプテートTBPに選択的に作用したことがそこから結論づけられるかもしれない。
【0132】
実施例8:作動薬によるGPCRの刺激に続く二次メッセンジャーの細胞内産生の多重化検出
例えば、ムスカリン受容体M1などの特定のGタンパク質共役受容体(GPCRs)は、例えば、Gαsンパク質へのシグナル伝達経路のためのcAMP、又はGαqタンパク質に結びついたシグナル伝達経路のためのIP3などの特異的な二次メッセンジャーの産生をもたらす様々な細胞シグナル伝達経路と共役するかもしれない。
【0133】
これにより、特異的な作動薬によるM1受容体の活性化が、cAMPとIP3の細胞内濃度の上昇を引き起こすかもしれない。IP3は非常に短い細胞内寿命しかないので、その細胞内産生の検出は、その主代謝物IP1を検出することによって間接的に実施される(Trinquet et al, "D-myo-inositol 1-phosphate as a surrogate of D-myo-inositol 1,4,5-tris phosphate to monitor X3 protein-coupled receptor activation" Analytical Biochemistry(2006)358, 126-135)。
【0134】
この実施例は、漸増用量のアセチルコリンによるM1受容体の活性化に続いて起こるIP1とcAMPの細胞内濃度の上昇の、同じマイクロプレート内での多重化検出を説明している。10%の胎児ウシ血清と抗生物質カクテルを含有するRPMI培地内にあらかじめ希釈した、M1ムスカリン性アクセプタを発現する40000個のCHO-K1細胞(容量50μl)を、384ウェル・ホワイト・プレート(Greiner、CellStar)内に分配する。
そのプレートを、5%のCO2雰囲気中、37℃にて20時間インキューベートする。
【0135】
培地を取り除き、そして、細胞を50μlのKREBS/HEPESバッファーで洗浄した後に、25mMのLiCl、1mMのIBMX、及び1%のDMSOを含むKREBSバッファー中にあらかじめ希釈した高濃度アセチルコリンを含む溶液10μlを用いて37℃にて1時間、細胞を刺激する。
次に、4nMにてユーロピウム・トリスビピリジン・クリプテートで標識した抗IP1抗体の溶液(抗IP1-TBP)5μl、及びd2アクセプタで標識したIP1類似体3nMを含む溶液(IP1-d2)5μl、及び同様にd2アクセプタで標識したcAMP類似体12nMを、各ウェルに加える。標識した抗体及び類似体を含む溶液を、0.4MのKF、1%のTriton X100、及び0.1%のBSAを加えた0.1MのHEPESバッファー、pH=7中にこれらの分子を希釈することによって調製した。これらの試薬の添加は、細胞溶解、そして、IP1の細胞内産生の検出を可能にする。
【0136】
外気温にて1時間のインキュベーションの後に、細胞によるIP1産生を、Rubystarリーダー(BMG Labtech)により前記プレートを計測することによって検出する。各ウェルを、窒素レーザーを用いて337nmにて励起し、そして、抗IP1-TBPとIP1-d2の間の無放射エネルギー移動(FRET)の過程に続いて、TBPによって620nmにて、及びIP1-d2によって665nmにて発せられた蛍光を、時間分解測定(遅延=50μs;ゲート・タイム=400μs)によって計測する。次に、665nmの蛍光対620nmの蛍光の比を、以下の式:
比=(665nmの蛍光/620nmの蛍光)×10 000
を使用して各ウェルについて計算する。
【0137】
図13に示されているとおり、細胞内IP1産生は、アセチルコリンによるM1受容体の刺激を受けて増加するので、HTRF比は低下する。これは、細胞によって産生されたIP1が、抗IP1-TBPと結合するためにIP1-d2と競合し、これにより、FRETシグナルを減弱させるからである。
【0138】
次に、0.4MのKFと0.1%のBSAを加えた0.1MのHEPESバッファー、pH7中にあらかじめ希釈した、ユーロピウム・クリプテート5COOH(抗cAMP-TBP5COOH)で標識した抗cAMP抗体0.92nM及び、(FRETシグナル・キラーとしての)抗TBP・モノクローナル抗体0.12mg/mlを含む溶液5μlを、マイクロプレートの各ウェルに加える。これらの試薬の添加で、cAMPの細胞内産生を検出することが可能になる。
【0139】
外気温にて1時間のインキュベーションの後に、cAMPの細胞内産生を、Rubystarリーダー(BMG Labtech)によりプレートを再び計測することによって検出する。各ウェルを、窒素レーザーを用いて337nmにて励起し、そして、抗cAMP-TBP5COOHとcAMP-d2の間のFRETの過程に続いて、TBP5COOHにより620nmにて、及びcAMP-d2により665nmにて発せられた蛍光を、時間分解測定(遅延=50μs;ゲート・タイム=400μs)によって計測する。そして、665nmの蛍光対620nmの蛍光の比を、先に記載したように計算する。
【0140】
TBPと抗TBPモノクローナル抗体の反応は、抗IP1-TBPとIP1-d2の間で事前に計測されたFRETシグナルを抑制する。抗cAMP-TBP5COOHとcAMP-d2の間に存在するFRETシグナルだけが、この2回目のマイクロプレート読み取りの間に検出される。
【0141】
図14に示されているとおり、アセチルコリンでのM1受容体の刺激に続いて、細胞内cAMP産生が増加するので、HTRF比は低下する。これは、細胞によって産生されたcAMPが、抗cAMP-TBP5COOHに結合するためにcAMP-d2と競合し、これにより、FRETシグナルを減弱させるからである。
【0142】
【表1】
【0143】
【表2】
【図面の簡単な説明】
【0144】
【図1】競合現象について図解するスキーム。
【図2】タンパク質のリン酸化状態の検出の原理について図解するスキーム。
【図3】2種類の分析物X及びYを検出するための多重化形式1の代表的な態様について図解するスキーム。
【図4】2種類の分析物X及びYを検出するための多重化形式2の代表的な態様について図解するスキーム。
【図5】2種類の分析物X及びYを検出するための多重化形式3の代表的な態様について図解するスキーム。
【図6A】抗クリプテート抗体によるFRETシグナルの抑制:TBPとアクセプタA647の間のFRETを介したPS2-GSTタンパク質の検出ステップ(グラフI)の後に、高濃度の抗TBPが反応容量に加えられ、そして、FRETに関与するアクセプタからのシグナルが時間と共に観察された(グラフII、ひし形:6nMの抗TBP;三角形:30nMの抗TBP;四角形:150nMの抗TBP)。好適な濃度のときに、FRETに関与するアクセプタからのシグナルが、急速に消失する(<30分)。アクセプタからのシグナルのこのクエンチングは、FRETを抑制するTBPと抗TBPの間の相互作用に続いて起こる。
【図6B】図6Aに示したのと同じ実験が、ドナーTBP5COOHと同じアクセプタA647を使用して実施された。TBP5COOHとアクセプタA647の間のFRETを介してPS2-GSTを検出した後に(グラフI)、高濃度の抗TBPが反応容量に加えられ、そして、FRETに関与するアクセプタからのシグナルが時間と共に観察された(グラフII、円形:抗TBPの不存在;三角形:6nMの抗TBP;三角形:30nMの抗TBP;四角形:150nMの抗TBP)。FRETに関与するアクセプタからのシグナルは、どの抗TBP濃度であっても減弱しない。
【図7】ドナーの認識、そして、FRETの抑制による2種類のタンパク質の多重検出の例:TBPとアクセプタXL665の間のFRETによりPS2-GSTタンパク質を検出するステップ(グラフI)の後に、抗TBPと、TNFαを検出するための2次抗体が加えられる。抗TBPは、TBPを特異的に認識し、TBPとXL665の間のFRETを抑制し、これによりPS2-GSTからのシグナルをクエンチする。同時に、TNFαに特異的な2種類の抗体によって保有されたTBP5COOHとXL665の間のFRETを介して、TNFαが検出される(グラフII、暗色の棒グラフ)。多重検出アッセイで得られたシグナル(グラフII、暗色の棒グラフ)は、単独検出アッセイにより得られたもの(グラフII、薄灰色の棒グラフ)と同程度である。
【図8】ドナーの認識、そして、FRETの抑制によるアミロイド・ペプチドAβ-40とAβ-42の多重検出の例:TBPとアクセプタD2の間のFRETを介してAβ-42ペプチドを検出するステップ(グラフI)の後に、抗TBPと、Aβ-40を特異的に検出するための抗体が加えられる。抗TBPは、TBPを特異的に認識し、TBPとD2の間のFRETを抑制し、これにより、Aβ-42からのシグナルをクエンチする。同時に、Aβ-40が、(Aβ-40に特異的な抗体によって保有される)別のタイプのユーロピウム・クリプテートKとD2の間のFRETによって検出される(グラフII、暗色の棒グラフ)。多重検出アッセイにより得られたシグナル(グラフII、暗色の棒グラフ)は、単独検出アッセイにより得られたもの(グラフII、薄灰色の棒グラフ)と同程度である。
【図9】ユーロピウム・クリプテート・ドナーと、アクセプタ・プローブaS1-Cy5の間のFRETを介してTNFαを検出するステップ(グラフI)の後に、高濃度のオリゴヌクレオチドeS1が反応容量に加えられ、そして、FRETに関与するアクセプタからのシグナルが時間と共に観察された(グラフII:円形:8nMのeS1;ひし形:20nMのeS1;三角形:100nMのeS1;四角形:200nMのeS1)。オリゴヌクレオチドaS1とeS1は相補的である。eS1とaS1-Cy5の終濃度は、それぞれ2nMと4nMである。好適な濃度のときに、FRETに関与するアクセプタからのシグナルが、完全に、且つ、急速に消失する(<30分)。
【図10】アクセプタ複合体の一部の認識、そして、FRETの抑制による2種類のタンパク質の多重検出の例。FRETを計測することによるTNFαを検出するステップ(グラフI)の後に、生成物eS1及びaS2-Cy5が加えられる。オリゴヌクレオチドeS1は、配列aS1を特異的に認識し、そして、抗TNFα抗体からプローブaS1-Cy5を引き離し、これにより、TNFαの存在によりFRETを抑制する。同時に、プローブaS2-Cy5が、配列S2にハイブリダイズし、それがPS2-GSTタンパク質を検出することを可能にする。多重検出アッセイで得られたシグナル(グラフII、暗色の棒グラフ)は、単独検出アッセイで得られたもの(グラフII、明色の棒グラフ)と類似している。
【図11】FRETキラーとしての二価イオン又はキレート剤の使用。
【図12】FRETキラーとしての尿酸の使用。
【図13】媒質中に存在しているアセチルコリンの濃度の関数として、細胞によって産生されたIP1の量を代表するFRETシグナルの変化。FRETシグナルの減弱は、競合現象を介して細胞によるIP1の産生に起因する(実施例8を参照のこと)。
【図14】媒質中に存在しているアセチルコリンの濃度の関数として、細胞によって産生されたcAMPの量を代表するFRET シグナルの変化。FRETシグナルの減弱は、競合現象を介して細胞によるcAMPの産生に起因する(実施例8を参照のこと)。
【技術分野】
【0001】
1つの生物学的サンプル中の数種類の事象又は分子を計測することを可能にするツールは、特に貴重である。生物学的アッセイの多重化を可能にすることによって、例えば、前述のツールは、複雑な生物学的事象の研究においてだけでなく、新規医薬品の検索においても、新たな展望を提供する。
【背景技術】
【0002】
特定の生物学的プロセスの理解、及び特定の疾患の正確な診断は、数種類の生体分子、及び/又は生物学的事象の同時検出を必要とすることがある。そのため、生物学的アッセイ多重化技術は、いくつかの分野:基礎研究、疾患の診断において、そして、薬理学における潜在的に活性な分子のハイスループット・スクリーニングにおいても、注目に値する価値があるものである。用語「多重化」は、1つの反応体積内に含まれているか、又はその中で起こっている1つの生物学的サンプル中の数種類の生体分子、及び/又は生物学的事象を検出する可能性を意味するものとする。
【0003】
光ルミネセンス化合物、すなわち、光を吸収し、そして、再び発することができる化合物が、生物学的アッセイの多重化のために非常に好適である。
現在、以下の2タイプの多重化技術が存在する:
1)大部分は、それらの光物理学的特性によって識別され得る数種類の光ルミネセンス化合物を使用する:
吸収(又は、励起)スペクトル、
及び/又は発光スペクトル、
及び/又はルミネセンス寿命。
これらの技術は、以下の:
数種類の波長におけるサンプルの励起、
及び/又は数種類の発光波長の検出、
及び/又は数種類のルミネセンス寿命の識別、
ができる精巧な機器の使用を必要とする。
2)その他の技術では、発光化合物の使用が検出される生物学的事象の空間的局在性に基づいている。
【0004】
生物学的事象を多重化するための既存の技術の中では、以下について言及することができる。
PerkinElmer社によって販売された、商品名「DELFIA」で知られている技術は、シグナル増強ステップを含む不均一系による時間分解蛍光定量アッセイ法である。DELFIAのある特定の実施は、異なる寿命と異なる発光スペクトルを特徴とするランタニド・キレートの使用に基づいて不均一相多重検出アッセイの実施を可能にする。この技術は、数種類の発光波長の検出と、シグナルの時間区別を必要とする(Kimura et al., Forensic Sci Int 2000 Sep 113:345-51)。
【0005】
PerkinElmer社によって利用されている商品名「Trupoint」で知られている技術は、一方で、ランタニド・キレートの使用に基づき、そして、もう一方で、蛍光発光クエンチャー、及び蛍光の時間分解計測の使用に基づく方法である。様々な波長にて発せられる数種類の希土を使用することにあるこの技術のある特定の実施は、多重検出アッセイの実施を可能にする。この技術は、数種類の発光波長での蛍光の測定と、シグナルの時間区別を必要とする。
(「PCR法」として知られている)核酸ポリメラーゼ連鎖反応に基づくいくつかの技術が、核酸の定量的検出を可能にする。
【0006】
商品名「TaqMan」、「Molecular Beacon」、「Scorpion」、「Invader」、「LightCycler」、及び「Amplifluor」で知られている技術は、フルオロフォアを使用し、そして、異なる発光スペクトルを特徴とする数種類のフルオロフォアを使用することで多重検出に適合させることができる。これらの技術は、様々な発光波長にて、これらのフルオロフォアそれぞれによって発せられた蛍光の検出を必要とする。
一部の作者は、種々の発光波長にて数種類のトレーサーの蛍光の偏光の検出に基づく均一相多重検出技術を説明した(Lynch et al., 1999;Blommel et al., 2004)。
【0007】
顕微鏡法分野では、細胞標識において同時に数種類の蛍光化合物を使用することは一般的なことである。これらの技術は、数種類の励起及び発光波長の併用を必要とする。共焦点顕微鏡システムは、加えて、数種類の励起源を必要とする。
Beckton Dickinson社とPerkinElmer Biosystems社によって開発された商品名「FMAT」(蛍光定量微量アッセイ技術)で利用された技術は、マイクロウェル・プレートを走査するLASERの使用に基づいている。この技術は、多重化によって生物学的事象を計測することを可能にするが、LASERを介してシグナルの空間的局在性に加えて、数種類の励起及び発光波長の併用を必要とする(Swartzman et al., 1999)。
【0008】
Luminex社製の商品名「xMAP」で知られている技術は、フローサイトメトリーによって分離された着色したミクロスフェアの使用に基づいている。技術の多重化は、数種類の励起源及び検出源の使用に基づいている。そのアッセイは、均一相において実際には行われない:それぞれのウェルの内容物は、フローサイトメトリー・システム内に入るように調製される。
Meso Scale Discovery社は、単独の発光化合物を使用することで生物学的アッセイの多重化を可能にする均一相技術を開発した。この技術は、検出されるそれぞれの分析物の空間的局在性に基づいている:反応容量をマイクロプレートのウェル内に入れると、様々な分析物がウェルの底面上のあらかじめ被覆された個別の地点に捕獲され、そして、検出される。
【0009】
Luminex社とMeso Scale Discovery社によって開発された技術は、高度な多重化を可能にし;その一方で、それらは、固体支持体を必要とするので、無傷細胞内部の又は均一媒質における生体分子の検出に好適でない。
Aclara社製の商品名「eTag(商標)」で知られている技術は、たった1種類の励起波長と、たった1種類の発光波長しか使用せずに生物学的アッセイの多重化を可能にする技術である。とは言っても、毛細管電気泳動によってそれぞれのプローブの識別を必要とする。実は、同じ蛍光特性を特徴とするが、様々な質量/電荷比を有するプローブの使用に基づいている(Chan-Hui et al., 2004;Tian et al., 2004)。
【0010】
Bradford et al.(2004)は、フローサイトメトリーと蛍光強度を組み合わせた多重検出システムを説明した:Molecular Probes(ZENON technology)によって開発された間接的な標識システムの使用が、それぞれが規定された蛍光強度を有する蛍光複合体を得ることを可能にしている。それぞれの抗体-蛍光化合物複合体は、所定の細胞表面抗原に向けられている。フローサイトメータにより蛍光を検出することによって、細胞上で計測された蛍光強度の関数としてある表面抗原又は別のものを発現する細胞のパーセンテージを決定することが可能である。
【0011】
いくつかのさらなる品物が、多重化されたアッセイの実施を可能にするかもしれない蛍光化合物を発表している:
Kurnerら(2001)は、同じ波長で励起させることができる(Chromeon社によって販売されている)異なる寿命と異なる発光波長を特徴とするリン光性ナノスフェアを説明している。
Tongら(2001)は、同じ波長で励起させることができる8種類のプローブの製造のための3種類のフルオロフォアの使用を説明している;上記プローブを特定するのに3種類の検出波長が必要である(「コンビナトリアル蛍光エネルギー移動タグ」で「CFETタグ」として知られている技術)。
Tyagiら(2000)は、同じ波長で励起され、そして、異なる波長で発せられるフルオロフォアで標識された核酸から成るモレキュラー・ビーコン(molecular beacons)を説明している。
【0012】
そのため、従来技術は、反応媒質によって発せられたシグナルを区別するための計測機器、様々な波長で発せられた光シグナルを計測するための機器、電気泳動(etags)によってシグナルを分離するための機器、研究されるそれぞれの生物学的事象、結果として、それぞれのシグナルの特異的な空間的局在性のためのデバイスにすべて基づいている。
【0013】
生物学的事象の多重化のためのこれらの技術の使用は、それらが、たいてい、製薬業、特に、高速大量処理スクリーニング分野の必要性に常に合致するわけではない複雑な機器、あるいは、分離若しくは洗浄ステップを必要とするので、そのため、常に簡単であるというわけではない。
フルオロフォア結合ドメインを持っているいくつかの化合物は、それらが認識するフルオロフォアの光物理的特性に対して影響の可能性があるとして説明された。
【0014】
米国特許US 6,747,135は、フルオロフォアに高親和性を有する「フルオレット(fluorettes)」と呼ばれるポリペプチドを開示している。これらのフルオレットは、特に、非共有結合的にフルオロフォアをタンパク質に連結するのに有用である。そのうえ、この特許は、このフルオロフォアの吸収及び発光スペクトルのシフトを引き起こすところのTexas redに特異的なフルオレットを開示している。発表された他のフルオレットは、蛍光特性に対して有意な効果がなかった。
【0015】
Wattら(1977)は、抗フルオレセイン抗体のフルオレセインへの結合が後者の光物理的特性を変える:その量子収量の90%の低下、その最大発光及び励起波長のシフト、という事実を説明している。
特許出願US 2005/0064512は、有機フルオロフォア、特に、シアニン・ファミリーの有機フルオロフォアに特異的に結合するところのポリペプチド、特に、抗体を開示している。US 2005/0064512による抗体は、これらのフルオロフォアの光物理的特性の変化、そして、特に、それらの励起及び発光最大の著しい変化を引き起こす。
【0016】
Babendureら(2003)は、トリフェニルメタン単位を含むものなどの有機フルオロフォアに結合することができる(アプタマーと呼ばれる)短いヌクレオチド配列を説明している。そのうえ、作者は、アプタマーがフルオロフォアに結合するとき発せられる蛍光の増強を実証した。
Molecular Probes社は、その大部分が、抗フルオレセイン抗体、抗Alexa Fluor 488抗体、抗テトラメチルローダミン抗体、抗Bodipy抗体、又は抗ダンシル抗体などのフルオロフォアに親和性を有するポリクローナル抗体であるいくつかの抗体を販売している。これらの抗体は、それらが結合するフルオロフォアの特性を変える:それらは、蛍光のクエンチング、又はそれとは逆に、蛍光の増強を引き起こす。
【0017】
これらの化合物はすべてがフルオロフォア結合ドメインを持っていて、そして、それらの中には、フルオロフォアに結合したときに、スペクトル特性の変動を引き起こすものもある、しかし、それらのいずれもFRETキラーとして説明されていない。さらに、一部のものが発光又は励起スペクトルをシフトさせ、他のものは蛍光増強又はクエンチングを引き起こし、そして、最終的に、他のものはフルオロフォアの特徴を変えないので、それらの効果が均質でないことがわかる。
【発明の開示】
【0018】
本出願人は、FRET(「蛍光共鳴エネルギー移動」)シグナルを抑制する方法を見いだした。この方法は、反応媒質中の生物学的事象を多重化する方法の開発を可能にした。これらの方法で使用される特定の手段、特に、特定のFRETシグナル・キラー、及び本発明による方法を実装するための部品キットも、また、本発明の対象である。
【0019】
本発明による多重化方法は、それらが均一系の媒質中で実施され、いずれの析出又は洗浄ステップも必要とせず、且つ、単独の生物学的事象を検出するのに通常使用される蛍光光度計と共に使用されるので、従来技術の方法と比較して多くの利点を有する。さらに、これらの方法は、シグナルの時間分解、又は検出される生体分子の空間的局在性を必要としない。
本発明による方法は、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアの間の非発光性共鳴エネルギー移動を計測することにあるFRET技術に基づいている。ドナー・フルオロフォアの励起波長での光励起の後に、それらが互いに近くにあった場合に、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアの間にエネルギー移動が起こる。
【0020】
FRET現象は、ドナーによって、アクセプタによって、又はその2つの分子によって発せられた蛍光シグナルの様々なパラメーターを計測することによって検出され得る。最も一般的に使用される技術の中では、特に以下について言及することができる:
FRET現象によって引き起こされたドナー蛍光の減弱の計測;
FRETを介したドナーに起因するエネルギーによって引き起こされたアクセプタ蛍光の増強の計測;
[(アクセプタ蛍光の増強)/(ドナー蛍光の減弱)]比の測定;
FRET現象によって引き起こされたドナー蛍光寿命の短縮の計測。これは、特に、「蛍光寿命画像顕微鏡法」(FLIM)技術によって計測される;
アクセプタの光退色後にFRETに関与したドナーの蛍光の増強の計測。この光退色技術は、光退色後の蛍光回復(FRAP)として知られている。
【0021】
FRET技術は、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアの間の距離の変更を引き起こす化学的又は生物学的相互作用を研究するために選択される技術である:一般原理は、生物学的プロセスに関与する分子、又はそのような分子を認識するプローブにFRETパートナーを結合させることによって蛍光複合体を調製し、そして、例えば、研究される生物学的プロセスに影響を与える化合物を媒質に加えることによる刺激に対応したFRETの変動を計測することにある。これらの化合物は、例えば、タンパク質の三次元の立体構造に変更を引き起こして、分析物の産生や分析物/FRETパートナー複合体の形成を引き起こして、酵素反応の調整に関与するかもしれない;すべての場合で、研究される生物学的事象の変更は、蛍光ドナーとアクセプタ化合物の間のFRETの変更を引き起こす。
【0022】
I−FRETを抑制する方法
本出願人は、生物学的事象に特異的な2つの蛍光FRETパートナー複合体の間のFRETを抑制することに基づく方法であって、この生物学的事象に介入するのではなく、FRETパートナーに介入することによる前記方法をここに開発した。
そのため、本発明の対象の1つは、生物学的事象に特異的な1組の蛍光FRETパートナー複合体を含む反応媒質によって発せられたFRETを抑制する方法であって、少なくとも1種類のFRETシグナル・キラーがこの媒質に導入されることを特徴とし、上述のFRETシグナル・キラーが生物学的事象を妨げない前記方法である。
【0023】
この方法は、例えば、以下の:(例えば、キナーゼ、ホスホリラーゼ、トランスフェラーゼ、ヒドロラーゼ、リアーゼ、リガーゼ、イソメラーゼ、ポリメラーゼなどのタイプの活性などの)酵素反応を伴う生物学的事象、反応媒質中の分析物の存在又は濃度の変動(例えば、タンパク質、酵素、酵素基質、例えば、環状ヌクレオチド(cAMP、cGMPなど)などの細胞内メッセンジャー、リン脂質(PIP2、PIP3など)、転写因子、イノシトール環を持つ化合物(IP1、IP2、IP3、IP4など)、核酸、増殖因子などの存在又は濃度の変動)、反応媒質中の2つの分子が1つになること、あるいは、分子の三次元立体構造への変更、などの多くの生物学的事象の研究に関連して使用されるかもしれない。
【0024】
記載した実施例は、本発明のいくつかの使用について例証するが、本発明をこれらの事象に制限することには正当性がないだろう。
本出願人は、驚いたことに、特定の化合物が互いに接近した2つのFRETパートナー複合体から生じるFRETシグナルを抑制し得ることを実証した。
用語「FRETシグナル・キラー」は、この化合物が存在しないときに計測されるシグナルと比較してFRETシグナルの少なくとも70%の減弱を引き起こす化合物を意味するものとする。少なくとも80%、又は少なくとも90%のFRETの減弱を引き起こすFRETシグナル・キラーが好まれる。
【0025】
本発明による方法で使用されるFRETシグナル・キラーは、それらがFRETに関与する1種類のフルオロフォアに作用し、且つ、研究される生物学的事象に作用しない限り、研究される生物学的事象を妨げない:それらは、生物学的事象に関与する分子を隔てる距離に対して影響をおよぼさない。
化合物が本発明の意味におけるFRETシグナル・キラーであるかどうか判断するために、それを、FRETシグナルを発する1組の蛍光FRETパートナー複合体、例えば、同じ分子を認識する2種類の蛍光複合体、もしくは、一方がビオチンを含み、且つ、もう一方がストレプトアビジンを含む2種類の蛍光複合体、と接触させ;反応媒質によって発せられるFRETシグナルを、上記化合物の存在下と不存在下で計測する、上記FRETシグナル・キラーは、少なくとも70%のシグナルの減弱を引き起こすものである。この簡易試験は、当業者が本発明の意味におけるFRETキラーを分離することを可能にする。
【0026】
これらの作用物質は、異なる性質のものであり、且つ、様々な機能を持っているが、すべての場合において、所定のドナー-アクセプタ対によって発せられたFRETシグナルを抑制することを可能にするだろう:
【0027】
a)FRETに関与するフルオロフォアの1つへの非共有結合による特異的な結合によって作用するFRETシグナル・キラー
これらの作用物質は、フルオロフォアとの特異的、且つ、非共有結合的な結合を可能にするドメインを持ち、そして、以下の:それぞれが一方のFRETパートナー・フルオロフォアのための結合ドメインを持っているタンパク質、特に、抗体、抗体フラグメント、ぺプチド、又はアプタマー、から選ばれ得る。
当業者は、これらの化合物を作り出し、そして、フルオロフォアとそれらの結合を試験することを可能にする、彼らが利用可能な技術をもっている(例えば、従来通りの抗体生産方式、でなければ、アプタマーを選択するための「SELEX」法)。
【0028】
希土類クリプテート又はキレートを伴うFRETの場合では、好ましいFRETシグナル・キラーは、例えば、希土類クリプテート又はキレートに非共有結合的に結合することができる化合物、例えば:希土類クリプテート又はキレートのための結合ドメインを持つタンパク質、特に、抗体、抗体フラグメント、ぺプチド、又はアプタマーである。
よりいっそう好まれるFRETシグナル・キラーは、抗希土類キレート又は抗希土類クリプテート抗体である。
抗クリプテート抗体は、抗原によって哺乳動物を免疫する当業者に周知の技術によって作り出される。
希土類クリプテートの場合のように、抗原が小さいときには、それを免疫原性担体分子と結合させなくてはならない。これに関して、特許EP 321 353に記載のとおり、クリプテートは官能化される。好ましくは、アルキルアミン・アームが、クリプテートにグラフトされる。
【0029】
担体分子は、以下の:ウシ血清アルブミン(BSA)若しくはカチオン性BSA(cBSA)、KLH(キーホール・リンペット・ヘモシアニン)、チログロブリン、及びオボアルブミンから選ばれるかもしれない。担体分子は、また、リポソーム、又は、合成担体分子、例えば、L−リジン重合体若しくはL−グルタミン酸重合体、フィコール、デキストラン、或いはポリエチレングリコールなどであるかもしれない。これらの担体分子は、一般に、官能化クリプテートと反応する官能基を含むか、あるいは、そのような基が従来型技術によって導入されるかもしれない。好ましくは、アルキルアミン基を持っている希土類クリプテートを、BSAに結合させる。
【0030】
これにより得られた免疫原は、続いて、アジュバント、例えば、フロイント・アジュバントと混合される。
哺乳動物−例えば、マウス−は、この溶液の皮下注射によって免疫され、免疫の誘導に必要とされる期間の後に、その動物の血清が採取され、そして、ポリクローナル抗体が、例えば、アフィニティー・クロマトグラフィーによって精製される。
【0031】
抗クリプテート・モノクローナル抗体は、当業者に知られている様々な技術を使用して作り出される。一例として、KohlerとMilsteinによる研究から得られた技術に言及することができる:免疫化の数週間後に、抗原で免疫されたマウスの脾臓が取り出される。例えば、ポリエチレングリコールなどの細胞融合誘導因子の存在下、この脾臓に由来するリンパ球と形質細胞の混合物を、ミエローマ細胞と、試験管内で融合させる。ハイブリッド細胞を容易に選択するのを可能にするために、ヒポキサンチン・グアノシン・ホスホリボシル・トランスフェラーゼ(HGPRT)を欠く変異ミエローマ細胞株が使用される。非融合ミエローマ細胞を排除し、そして、着目のハイブリッドを選択するために、これらの細胞は、ヒポキサンチン、アミノプテリン(メトトレキサート)、及びチミンを含む培地(HAT培地)中で培養される。非融合脾臓細胞は、試験管内で増殖できないので死滅する。その一方で、ハイブリッド細胞は生き残る。これにより得られたハイブリドーマが、細胞培養プレート内のウェルの中で培養される。これらのウェルの上清が、例えば、ELISA又はRIAなどの簡単なスクリーニング・アッセイにおいて特異的な抗希土類クリプテート抗体が存在するかどうか試験される。ハイブリドーマは、続いてクローンニングされ、そして、多量の抗クリプテート抗体を腹水中に分泌するミエローマを誘導するために哺乳動物体内に注射されることがある。
【0032】
得られた抗希土類クリプテート・ポリクロナール又はモノクローン抗体は、続いて、エネルギー供与体として前述の希土類クリプテートを含む1組のFRETパートナーによって発せられるFRETシグナルを抑制するそれらの能力について試験される。これに関しては、その過程は、以下に記載されているように、及び本明細書中で以下に提示された実施例1に記載されているように実施され得る。
【0033】
b)生物学的事象とフルオロフォアの解放によって作用するFRETキラー
先に記載したように、FRET現象を使用した生物学的事象の研究は、FRETパートナー・フルオロフォアを用いた、生物学的事象に関与する分子の標識に基づいている。この標識が結合パートナーを介して非共有結合的におこなわれるなら、生物学的事象と一方のフルオロフォアの解放が可能である。
例えば、生物学的事象に関与する分子を1組の結合パートナー(例えば、一本鎖オリゴヌクレオチド)のメンバーに共有結合させ、そして、フルオロフォアをこの組のもう一方のメンバー(例えば、相補的な一本鎖オリゴヌクレオチド)に共有結合させるのであれば、その結果、この組の最初のメンバー(遊離型の最初の一本鎖オリゴヌクレオチド)の測定媒質への添加は、図1に表されたスキームによる競合現象によって、フルオロフォアによる生体分子の標識を解放する。
【0034】
これらのFRETシグナル・キラーは、そのため、結合パートナー対のメンバーであり、そして、もちろん、それらのパートナーが研究される生物学的事象に関与する分子にグラフトされる場合に、FRETシグナル・キラーとして使用されるだけである。それらは、以下の組:相補的な一本鎖核酸、タグ/抗タグのメンバーから選ばれ、そして、特に以下の組:DNP/抗DNP抗体、ここで、DNPはジニトロフェノールを表す;GST/抗GST抗体、ここで、GSTはグルタチオンS-トランスフェラーゼを表す;ビオチン/アビジン;6HIS/抗6HIS抗体、ここで、6HISは6つのヒスチジンから成るペプチドである;Myc/抗Myc抗体、ここで、MycはヒトMycタンパク質の第410〜419ペプチドから成るアミノ酸である;FLAG(登録商標)/抗FLAG(登録商標)抗体、ここで、FLAG(登録商標)は、以下の8つのアミノ酸DYKDDDDKを持つペプチドである;HA/抗HA抗体、ここで、HAはインフルエンザ血球凝集素のエピトープである、のメンバーから選ばれる。
【0035】
c)フルオロフォアの性質を変更することによって作用するFRETキラー。
フルオロフォアが希土類キレートである場合、FRETキラーは、上記キレートと結合する希土類元素か、又は上記希土類元素を結合するためのキレートと競合することによってフルオロフォアの安定性を低下させることがある。
例えば、キレートと結合するための希土類元素と競合するイオンの測定媒質への添加は、新しい非蛍光性キレート-イオン複合体の形成を促進することがある。そのようなイオンは、希土類キレートの場合には、マンガン・イオンMn2+であるかもしれない。
【0036】
キレートとの競合の一例として、例えば、EDTAなどの金属錯化剤の使用について言及することができ、蛍光キレート-希土類元素錯体を失って非蛍光性EDTA-希土類元素錯体の形成をもたらす。
そのうえ、一部のフルオロフォアは、媒質のイオン強度の変動に敏感である:これは、特に、静電結合によって連結された数個のサブユニットを含むタンパク質フルオロフォアの場合であり、そして、その四次構造は、媒質のイオン強度の減弱があるときに、不安定化される。一例として、これらの条件下で解離するアロフィコシアニンの場合について言及することができる。そのため、そのようなフルオロフォアが使用されるとき、反応媒質のイオン強度を減弱させることによって、FRETシグナルが抑制されるかもしれない。
【0037】
d)フルオロフォアの光物理的特性を変更することによって作用するFRETキラー
このタイプのFRETキラーは、蛍光クエンチング効果を引き起こす。
一例として、フルオロフォアが希土類キレート又はクリプテートである場合、FRETの抑制をもたらす可能性がある希土類元素酸化-還元反応を引き起こすことができる尿酸について言及することができる。
その他のフルオロフォアは、pHの変動に敏感であるので、この場合、pH調整剤は、また、FRETシグナル・キラーとしても使用され得る。
概して、フルオロフォアの発光又は吸収スペクトルを変更する作用物質、でなければ、蛍光を抑制する作用物質が、本発明による方法で使用されるかもしれないが、但し、それらは本発明の目的のためにFRETシグナルの抑制を効果的に引き起こすことを条件とする。この特徴は、先に触れたように簡単に試験される。
【0038】
蛍光FRETパートナー複合体の組
本発明の目的のために、1組の蛍光FRETパートナー複合体は、蛍光ドナー複合体と蛍光アクセプタ複合体から成り、その発光及び吸収スペクトルは両立しうる。これらの複合体のそれぞれは、プローブに共有結合するフルオロフォア、生物学的事象に関与するか、そうでなければ、生物学的事象に関与する分子を特異的に認識するこのプローブから成る。
FRETパートナーの概念は、当業者にとって周知であり、当業者は、公知のある蛍光化合物の分光学的特徴に基づいて、FRETの観点で適合しているフルオロフォアの組を選択することができる。加えて、Lakowiczによる書籍、Principles of fluorescence spectroscopy, 2nd edition, Kluwer academic/plenum publishers, NY(1999)について言及することができる。そのうえ、用語「FRET」は、本明細書中で幅広い意味で使用され、そして、それには時間分解FRET(TR-FRET)が含まれる。
【0039】
フルオロフォア:
フルオロフォアは、以下の:例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP)若しくはその変異体などの発光タンパク質、サンゴから抽出した蛍光タンパク質、例えば、B-フィコエリトリン、R-フィコエリトリン、C-フィコシアニン、アロフィコシアニンなどのフィコビリ・タンパク質、特にXL665という名で知られているもの;例えば、ローダミン、シアニン、スクアライン、BODIPYという名で知られているフルオロフォア、フルオレセイン、AlexaFluorという名で知られている化合物などの発光有機分子;例えば、希土類クリプテート、希土類キレート(特に、ユーロピウム、テルビウム、サマリウム、ジスプロシウム、及びネオジム・キレートとクリプテート)などの超分子複合体;例えば、量子ドットなどの発光無機粒子を含む以下の群から選ばれるかもしれず;これらのフルオロフォアは、FRET系のドナーとして、又はアクセプタとして使用されるかもしれない。
【0040】
希土類元素錯体は、例えば、特許US 4 761 481、US 5 032 677、US 5 055 578、US 5 106 957、US 5 116 989、US 4 761 481、US 4 801 722、US 4 794 191、US 4 637 988、US 4 670 572、US 4 837 169、及びUS 4 859 777の中に記載される公知の化合物である。他のキレートは、例えば、ターピリジンなどのノンアデノタート・リガンド(nonadentate ligand)で構成される(EP 403 593、US 5 324 825、US 5 202 423、US 5 316 909)希土類元素は、ユーロピウム又はテルビウムであるかもしれない。
希土類クリプテートは、特許EP 0 180 492、及びEP 0 601 113、並びに特許出願WO 01/96 877に記載されている。
有利なことには、希土類元素錯体は、ユウロピウム・キレート又はクリプテートである。希土類元素がユーロピウムであるとき、希土類元素錯体は、好ましくは、ピリジン・ユニットを含む希土類クリプテートであり、よりいっそう好ましくは、ピリジン・ビピリジン・ユニットを含む希土類クリプテートである。
【0041】
プローブ:
蛍光複合体内に存在しているプローブは、研究される生物学的事象に直接関与する分子、あるいは、その生物学的事象が着目の2つのタンパク質の間の相互作用である場合には、上述の事象に関与するもう一方の分子を認識する分子、例えば、抗着目のタンパク質抗体、であるかもしれない。
概して、そして、本発明によると、生物学的事象に関与する分子の概念は、この分子が生物学的事象において役割を果たすことを意味するか、そうでなければ、この分子が、生物学的事象の場に動員されるか、又は蓄積する傾向があることを意味する。例えば、生物学的事象が分析物の産生であれば、この事象に関与する分子は:その分析物の前駆体、この分析物の合成に参加する酵素、又はその分析物を認識する抗体であるかもしれない。
生物学的事象に関与する分子は:タンパク質、ぺプチド、酵素、酵素基質、例えば、環状ヌクレオチド(cAMP、cGMPなど)などの細胞内メッセンジャー、リン脂質(PIP2、PIP3など)、転写因子、イノシトール環を含む化合物(IP1、IP2、IP3、IP4など)、核酸、オリゴヌクレオチド、又は増殖因子であるかもしれない。
【0042】
生物学的事象に関与する分子を認識する化合物は:抗体若しくは抗体フラグメント、生物学的事象に関与する分子にグラフトしたタグを認識する抗タグ抗体若しくは抗体フラグメント、アプタマー、ぺプチド、タンパク質、生物学的事象に関与する分子にグラフトされた相補的配列にハイブリダイズする一本鎖核酸であるかもしれない。一般的に使用されるタグ/抗タグ・システムには、以下の組:DNP/抗DNP抗体、ここで、DNPはジニトロフェノールを表す;GST/抗GST抗体、ここで、GSTはグルタチオンS-トランスフェラーゼを表す;ビオチン/アビジン;6HIS/抗6HIS抗体、ここで、6HISは6つのヒスチジンから成るペプチドである;Myc/抗Myc抗体、ここで、MycはヒトMycタンパク質の第410〜419ペプチドから成るアミノ酸である;FLAG(登録商標)/抗FLAG(登録商標)抗体、ここで、FLAGRは以下の8つのアミノ酸DYKDDDDKを持つペプチドである;HA/抗HA抗体、ここで、HAはインフルエンザ血球凝集素のエピトープである、が含まれる。
【0043】
そのため、プローブは、所定の生物学的事象のための1組の蛍光FRETパートナー複合体の特異性を決定する。本発明による方法は、例えば、酵素反応を伴う生物学的事象(例えば、キナーゼ、ホスホリラーゼ、トランスフェラーゼ、ヒドロラーゼ、リアーゼ、リガーゼ、イソメラーゼ、ポリメラーゼなどのタイプの活性など);反応媒質中の分析物の存在又は濃度の変動(タンパク質、酵素、酵素基質、環状ヌクレオチド(cAMP、cGMPなど)などの細胞内メッセンジャー、リン脂質(PIP2、PIP3など)、転写因子、イノシトール環を含む化合物(IP1、IP2、IP3、IP4など)、核酸、増殖因子の存在又は濃度の変動);反応媒質中の共に近づいてゆく2つの分子、あるいは、分子の三次元の立体構造の変更、などの多くの生物学的事象を研究するのに使用されるかもしれない。本明細書中で以下に記載した実施例は、本発明のいくつかの使用について例証しているが、本発明をこれらの事象に制限することには正当性がないだろう。
【0044】
当業者は、生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体の組を調製することができる:本発明の目的のためのプローブを持つフルオロフォアの活用は、実際に、文献に幅広く記載されており(例えば、「Bioconjugate Techniques」、G.T. Hermanson、Academic Press, 1996)、そして、従来法で使用される反応基の使用を採用する。
数種類の生物学的事象に特異的な、数組の蛍光FRETパートナー複合体に由来する数種類のFRETシグナルが計測されなければならないとき、反応媒質中のFRETシグナルを抑制する方法は特に有用である:実際には、それが多重化によって生物学的事象を検出することを可能にする。
【0045】
II−生物学的事象を多重化する方法
本発明の別の対象は、反応媒質中の少なくとも2種類の生物学的事象を検出する方法であって、以下のステップにある:
1)この媒質中に、以下の:
それぞれの組が研究される生物学的事象の一方に特異的であり、蛍光ドナー複合体が励起される波長がすべての組で同じであり、そして、蛍光アクセプタ複合体によって発せられるシグナルが計測される波長がすべての組で同じである、少なくとも2組の蛍光FRETパートナー複合体;
研究される生物学的事象の障害が存在しない状態で、これらの化合物が媒質に連続して導入される、2つの所定のFRETパートナーの間のFRETシグナルのキラー;
を導入し;そして
【0046】
2)反応媒質によって発せられる様々なFRETシグナルを連続して計測する。
本発明によると、反応媒質中の生物学的事象を検出する方法は、以下のステップ:
(i)上記反応媒質に、最初の生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体の最初の組と接触させ;
(ii)上記反応媒質を波長λ1にて励起し;
(iii)波長λ2(最初の生物学的事象に対応するシグナル)にて反応媒質によって発せられたFRETシグナルを計測し;
(iv)媒質中で接触させたこの前の組のFRETパートナーに特異的なFRETシグナル・キラーを加え;
(v)上記反応媒質を、前のステップにおいて検出されたもの(単数又は複数)と異なる生物学的事象のための1組の特異的な蛍光FRETパートナー複合体と接触させ;
(vi)波長λ1にて反応媒質を励起し;
(vii)波長λ2(上記媒質と接触させたこの前の組のFRETパートナーが特異的であるところの生物学的事象に対応するシグナル)にて反応媒質によって発せられたFRETシグナルを計測する;
を含み、ステップ(iv)〜(vii)が(n−2)回、繰り返され、nは2〜10の整数、すなわち、3、4、5、6、7、8、9、又は10に相当する。
【0047】
蛍光FRETパートナー複合体には、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアが含まれ、λ1がドナー・フルオロフォアの励起波長であり、且つ、λ2がアクセプタ・フルオロフォアの発光波長である。
蛍光FRETパートナー複合体とFRETシグナル・キラーは、先に規定された。
表現「反応媒質を、生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体1組と接触させる」は、FRETパートナーが反応媒質中に同時にあることを意味する。この結果は、ステップ(i)と(v)のいずれかの間に、同時にそれらを導入するか、あるいは、反応媒質中にそれらを連続して導入することによって、達成される:この場合、接触させることは、そのパートナーが前ステップ、例えば、ステップ(i)の中で既に導入されている条件での、この組の2番目のメンバーの添加に相当する。本発明によると、蛍光FRETパートナー複合体の組は、実際には、連続して形成される。
【0048】
これにより、本発明による方法の特定の態様において、ステップ(i)は、一方では、研究すべきn種類の生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体n組のそれぞれのメンバーを導入することにあり(すなわち、n組のn個のメンバー)、もう一方で、検出すべき最初の生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体の組を効果的に接触するように、これらの組の一方の2番目のメンバーを導入することにある。蛍光FRETパートナー複合体のその他の組の2番目のメンバーは、その後のステップ(v)のそれぞれにおいて、連続して導入される。
他の態様において、蛍光FRETパートナー複合体の組のメンバーは、測定媒質中に同時に導入され、最初の組がステップ(i)において反応媒質中に導入され、そして、その他の組がステップ(v)のそれぞれにおいて連続して導入される。
【0049】
前記の方法は、FRETパートナーの組の連続的な形成、そして、連続的な測定、その後の関連FRETシグナルのクエンチングの原理に基づいている。計測された各シグナルは、所定の生物学的事象を代表するものである。
代替法は、測定媒質中にn組のFRETパートナーすべてを導入し、発せられた、且つ、それぞれの生物学的事象に特異的なシグナルの合計に相当する総シグナルを計測し、その後、FRETキラーを連続して導入し、そして、上述のキラーを導入する各ステップの後に発せられたシグナルを計測することにある。測定値セットは、簡単な数学的方法による、FRETパートナーの各組、ひいては、生物学的事象のそれぞれに特異的なシグナル値を計算することを可能にする。
【0050】
3種類の生物学的事象について実際には、そして、その一例において、以下の測定が実施される:
A=S1+S2+S3(それぞれの生物学的事象に相当するシグナルの合計);
B=S1+S2(事象3に特異的なフルオロフォアの間のFRETのためのFRETキラーの添加後の測定);
C=S1(事象3及び2に特異的なフルオロフォアの間のFRETのためのFRETキラー添加時の測定)。
値A、B、及びCが(計測されている)知られているので、シグナルS1、S2、及びS3の値は容易に計算できる。
【0051】
反応媒質中のn種類の生物学的事象を検出するためのこの代替法は、以下のステップを含む:
(i)上記反応媒質を、n種類の生物学的事象に特異的なn組の蛍光FRETパートナー複合体と接触させ;
(ii)上記反応媒質を波長λ1にて励起させ;
(iii)すべての研究される生物学的事象に対応する、反応媒質によって発せられたFRETシグナルを計測し;
(iv)前のステップにおいて導入されたものと適度な違いがあるところの上述の蛍光FRETパートナー複合体の組のうちの1つに特異的なFRETシグナル・キラーを、反応媒質中に導入し;
(v)反応媒質を波長λ1にて励起させ;
(vi)前のステップで妨げられたシグナルのそれを差し引いたすべての反応事象に対応する、反応媒質によって発せられたFRETシグナルを計測し;
ステップ(iv)〜(vi)は(n−1)回、繰り返され、nは2〜10の整数、すなわち、3、4、5、6、7、8、9、又は10に相当し、
(vii)ステップ(iii)とそれぞれのステップ(vi)において得られたn個の方程式の数学的な解明によってn種類の生物学的事象のそれぞれについてFRETシグナル値を決定する。
【0052】
蛍光FRETパートナー複合体には、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアが含まれていて、λ1がドナー・フルオロフォアの励起波長であり、且つ、λ2がアクセプタ・フルオロフォアの発光波長である。
先に記載したように、本発明による方法は、所定の生物学的事象に特異的な数組の蛍光FRETパートナー複合体を伴う。各組は2つの複合体から成り、それぞれ特異的なプローブを共有結合させたフルオロフォアを含んでいる。一部の組については、共通の要素を持つことが完全に可能である:これにより、所定の2組は、同じドナー複合体、同じアクセプタ複合体を共有するか、でなければ、同じドナー・フルオロフォア、又は同じアクセプタ・フルオロフォアを含むかもしれない。
【0053】
一部の組は、蛍光複合体を共有する、言い換えれば、1つの蛍光複合体が、数種類のFRETパートナーを持つ。例えば、最初の組が、フルオロフォア1-プローブ1メンバーと、フルオロフォア2-プローブ2メンバーから成り、そして、もう一方の組が、フルオロフォア1-プローブ1と、フルオロフォア3-プローブ3メンバーから成るかもしれない。
一部の組が、同じフルオロフォアを含むかもしれないが、この場合、それらのプローブの点では異なっている:例えば、最初の組が、フルオロフォア1-プローブ1メンバーと、フルオロフォア2-プローブ2メンバーから成り、そして、もう一方の組が、フルオロフォア1-プローブ3と、フルオロフォア3-プローブ4メンバーから成るかもしれない。
【0054】
本発明による方法において、使用されるそれぞれのFRETシグナル・キラーは、FRETパートナーの1組に特異的である。これは、研究することが望まれるそれぞれの生物学的事象に相当するシグナルを区別することを可能にする本発明の本質的な特徴の1つである。
時間分解FRET技術は、生物学的媒質中で起こっている生物学的事象を研究するためにある利点を与える。これにより、本発明による方法のある特定の態様において、蛍光FRETパートナー複合体は、TR-FRET(時間分解FRET)パートナーである。
【0055】
生物学的事象の研究は、研究することが望まれる生物学的事象の変化の誘引となるか、又はそれを引き起こすために反応媒質を刺激するステップを必要とするかもしれない。この刺激は、特に、化学的性質のもの、薬理学的性質のもの、電気的性質のもの、温熱的性質のもの、又は機械的性質のものであるかもしれない。例えば、研究される生物学的事象が、膜貫通受容体の刺激に対応した細胞による分析物の産生であれば、上述の受容体の作動薬を加える必要がある。
【0056】
ある特定の態様において、刺激ステップは、所定の受容体の作動薬、拮抗薬、アロステリック調節因子、又は逆作動薬を反応媒質に加えることにある。
本発明による方法が、同じ反応媒質中の数種類の生物学的事象を研究することを可能にする場合、数種類の刺激をおこなう必要があるかもしれない。
そのうえ、同じ刺激が、数種類の同傾向を持つシグナル伝達経路、あるいはシグナル伝達経路のカスケードを活性化し、そのため、本発明による方法の効力によって検出できる数種類の生物学的事象を活性化するかもしれない。この場合、これらの方法は、検出されるべき様々な生物学的事象に変動を引き起こす刺激ステップを1つだけ含む。タンパク質のリン酸化(事象2)をそれ自身が引き起こすプロテインキナーゼの活性化(生物学的事象1)を引き起こす薬理学的刺激の例について言及することができる。
【0057】
本発明による方法は、数種類の生物学的事象、ひいては、もちろん、反応媒質中で起こっている数種類の生物学的事象に対する効果を測定することが望まれる作用物質の存在下での上述の事象の変動を検出することを可能にする。そのため、本発明による方法は、例えば、医薬品として、役に立つかもしれない生物活性化合物のスクリーニング方法で有利に使用されるかもしれない。このために、本発明による方法は、反応媒質に試験化合物を加えるステップを含むかもしれない。
【0058】
本発明による方法は、様々な反応媒質中、特に、例えば、タンパク質、抗体、核酸、細胞内メッセンジャー、細胞外メッセンジャーなどの混合物のような生体化合物の混合物を含む媒質中で実施されるかもしれない。反応媒質は、また、細胞培養を起源とする細胞、組織解離によって得られた細胞、透過性細胞、粉末細胞材料、又は膜標品を含むかもしれない。
そのうえ、反応媒質は、例えば、従来法で使用されるコンテナ、例えば、マイクロプレート・ウェル、又は顕微鏡に好適な細胞インキュベーション・チャンバー内に入っている。
【0059】
当業者は、これらの反応媒質が標的とされた生物学的事象を研究するのに不可欠な材料を含んでいるならば、本発明による方法をはっきり限定された反応媒質に制限することができないことが理解できる:例として、生物学的事象が酵素反応である場合に、反応媒質は対応する酵素と基質を含む必要がある。
同時に数種類の生物学的事象を検出することを可能にする本発明による多重化方法は、以下の適用において特に有利である:
・細胞によって同時に分泌された分子の検出
例えば、細胞の刺激に対応して分泌された様々なサイトカインの検出で、細胞間情報伝達の作用機序の理解を高めることが可能になる:この場合、蛍光FRETパートナー複合体の組は、それぞれ、所定のサイトカインに特異的である。
【0060】
別の例は、β-アミロイド・ぺプチドを検出し、そして、定量化することにある:アルツハイマー病を患っている患者において、Aβ-42アミロイド・ペプチド/Aβ-40ペプチド比の上昇が観察された。本発明の方法は、同じ細胞又は細胞培養物によって分泌された様々なアミロイド・ペプチドを計測することを可能にし、アミロイド・プラークの発生の作用機序の理解と、それぞれのアミロイド・ペプチドの濃度に作用できる医薬品の検索を大幅に容易にする。当該出願を考慮すると、本発明による方法には、これらのぺプチドを検出するためのFRETパートナー複合体の使用が含まれる。
【0061】
・様々な細胞シグナル伝達経路の並列検査法(例:二次メッセンジャー又は他の伝達物質の同時アッセイ)
細胞外刺激に対応して細胞において同時に活性化された種々のシグナル伝達経路に関する情報を得ることができることは、細胞突起の研究において、特に有利である。
本発明による方法は、Gs、Gi、Gq、若しくはG11/G12タンパク質、及び低分子量Gタンパク質、Ras、Rho、若しくはRanタンパク質を伴うシグナル伝達経路を同時に検出するのに特に有利である。
【0062】
細胞内シグナル伝達経路は、以下の事象:
例えば、細胞中のcAMPの量を計測することによって、アデニル・シクラーゼの刺激又は阻害;
例えば、細胞中のイノシトール(IP3、IP1、IP2など)含有化合物であるDAGの量を計測することによって、ホスホリパーゼCの活性化;
GPCRキナーゼ(GRKs)の活性化;
β-アレスチンの移動、
を検出することによって特に計測できる。
【0063】
当業者はこれらの様々なシグナル伝達経路を熟知していて、それらは限定する目的でのみ引用されている。これらのシグナル伝達経路のそれぞれに特異的な蛍光FRETパートナー複合体が、本発明による方法で使用され得る:それらは、フルオロフォア、及びFRETパートナーで標識した、(IP3、cAMPなどの)所定のシグナル伝達経路の分子的特徴に特異的な抗体、でなければ、蛍光化合物によって標識したこれらのシグナル伝達経路のうちの1つに関与する分子:フルオロフォアと結合させたβ-アレスチン、フルオロフォアと結合させたGタンパク質膜受容体サブユニット、から成るかもしれない。
【0064】
特定の膜受容体、特にGPCRs、が、それらの細胞外ドメインに結合する作動薬の機能として様々な細胞内シグナル伝達経路の活性化を引き起こすことが最近になって示された。この現象は、「作動薬トラフィッキング」として知られている。
この場合、本発明による方法が、従来の分子生物学的技術によって細胞により過剰発現される同じ膜受容体を介して細胞内シグナル伝達経路のどちらか一方の活性化を計測することを可能にするので、本発明による方法は、これらの「作動薬トラフィッキング」現象を研究するのに理想的である。
【0065】
・細胞シグナリング・カスケードの研究
細胞の内側のシグナル伝達は、最も一般的には、生物学的事象のカスケードを使用する。本発明による方法は、同じ細胞又は同じ細胞集団におけるこれらの事象の検出を可能にすることによって、単独の事象だけを計測したものに比べて、はるかに完全な情報を提供する:シグナリング・カスケードに関与することが知られている少なくとも2つの事象の活性化を実証することによって、所定の化合物の作用方法を非常に正確に特徴づけすることが可能になる。1つの生物学的事象が細胞内で数種類の効果を持っているとき、これは特に有利である。
限定されない例として、MAPキナーゼ・シグナル伝達経路のリン酸化カスケードに触れられるかもしれない。
【0066】
・「オーファン」受容体の「脱オーファン化(Deorphaning)」:Gタンパク質共役受容体(GPCR)の、リガンド、そして、シグナル伝達経路との関連
ゲノム、特にヒトゲノムでの大規模配列決定の出現により、一定数の膜受容体が特定された。それにもかかわらず、約150個の前述の受容体について、天然リガンドが特定されていないので、これらの受容体は「オーファン受容体」と呼ばれている。本発明による方法は、一方では、オーファン受容体リガンドの識別を容易にし、その一方で、オーファン受容体によって活性化される細胞内シグナル伝達経路を見つけ出すことを可能にする。
【0067】
そのような受容体を「脱オーファン化する」、すなわち、それらに関する天然リガンドを同定する従来の方法は、細胞に上述の受容体を過剰発現させ、そして、それが上述の受容体の天然リガンドであるかどうかを知りたい化合物を媒質に加えることにある。可能性があるリガンドの結合は、当業者に知られている技術によって容易に計測できる。
【0068】
本発明による方法は、数種類のオーファン受容体を同時に「脱オーファン化する」ためのこのアプローチを適用することを可能にする;これらの方法は、実際には、同じ細胞又は細胞集団において発現される様々な膜受容体へのリガンドの結合を個別に検出することを可能にする:本発明による方法のこの特殊な適用のために、それぞれFRETパートナー複合体の組は、様々なオーファン受容体と、同じ可能性のあるリガンドの結合を検出することを可能にする。この場合、生物学的事象に関与する分子は、一方では、可能性のあるリガンドであり、そして、もう一方では、様々なオーファン受容体である。生物学的事象は、それぞれのオーファン受容体へのリガンドの見込まれる結合から成る。同じ見込まれるリガンドが様々な生物学的事象に関与する場合、それは、この正確な適用では、上記リガンドを含むか又は認識する複合体のぴったりした例において、共通の要素を持つFRETパートナーの組に、特に有利である。
【0069】
受容体の脱オーファン化が目的とされる別のアプローチは、先に記載した本発明による方法によって様々な細胞内シグナル伝達経路の活性化を計測することにあり、オーファン受容体を過剰発現する細胞を上述の受容体の可能性のあるリガンドと接触させた後に、このリガンドが、刺激ステップ中に反応媒質に導入される:このタイプのアプローチは、可能性のあるリガンド、オーファン受容体、及びシグナル伝達経路を関連させることを可能にする。
【0070】
互いについて、特に、同じ媒質中、修飾形態の基質と総基質の検出についての2つの生物学的事象の標準化
本発明による方法は、また、同じ反応媒質中で起こる2つの所定の生物学的事象に相当する2つのシグナルを、互いについて標準化することを可能にする。これは、一方の生物学的事象が、−例えば、酵素による−修飾基質の量の変化であり、そして、もう一方の生物学的事象が、この基質の総量(上述の酵素によって修飾された基質+修飾されていない基質)の変化である場合に、特に有利である。総基質に対する修飾基質のこのタイプの標準化は、一方の反応媒質〜もう一方の反応媒質の実験条件の、ある程度のばらつきを克服することを可能にする。
【0071】
制限されることのない例として、これにより、本発明による方法は、以下の酵素修飾:モノADPリボシル化;ポリADPリボシル化;アセチル化;グルタチオン化;O-グリコシル化;N-グリコシル化;メチル化;ニトロ化;リン酸化;プレニル化;SUMO化(sumoylation);ユビキチン化;タンパク質分解;ビオチン化、及びグルタミル化(glutamylation)を研究するのに適切である。
【0072】
この実施では、1組のFRETパートナー複合体が修飾基質を計測することを可能にし、そして、2組目のFRETパートナー複合体が総基質を計測することを可能にする。好ましくは、1種類のFRETパートナー複合体が、FRETパートナー複合体の両方の組に共通している。
【0073】
図2のスキームは、例えば、タンパク質のリン酸化状態の検出の原理を図解している。その方法は、2種類のドナー複合体と1種類の受容体複合体の使用に基づいている。一方のドナー複合体の一部を特異的に認識するFRETキラーが使用されている。
【0074】
第1ステップでは、総タンパク質量は、タンパク質を認識する2種類の抗体によって保有されているドナーD1とアクセプタAの間のFRETを通して検出される(シグナルST)。第2ステップでは、総タンパク質量によって発生されたシグナルSTが、ドナーD1を特異的に認識し、そして、D1とAの間のFRETを抑制するFRETキラー(Fk)によってクエンチされる。同時に、リン酸化部位が、第2ドナーD2を保有する特異的な抗体によって認識される。D2とアクセプタAの間のFRETが、リン酸化タンパク質を検出することを可能にする(シグナルSP)この形式は、例えば、キナーゼ阻害剤のスクリーニングに非常に好適である。総タンパク量及びリン酸化タンパク質の量の検出は、様々な試験阻害剤の存在下、様々な反応容量中の細胞数、及び/又は発現されたタンパク質の量の変動を補正することを可能にする(標準化手順)。
【0075】
本発明は、また、本発明による方法を実施するための部品キットに関する:そのようなキットは、少なくとも、一緒に又は別々に提供される以下の要素:
生物学的事象に特異的な、少なくとも2組の蛍光FRETパートナー複合体;
少なくとも1種類のFRETシグナル・キラー、
を含む。
本発明による部品キットは、また、反応媒質中での様々な組の蛍光FRETパートナー複合体の接触をもたらすためのプロトコールを説明する取扱説明書、それと、FRETシグナル・キラーを加えることによる反応媒質中でのFRET現象の連続的な抑制のための取扱説明書を含んでいるかもしれない。
【0076】
理論上の形式:
本発明による多重化方法は、以下の数種類の形式:
(i)形式1:FRETシグナル・キラーによるドナー複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETの抑制;
(ii)形式2:FRETシグナル・キラーによるアクセプタ複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETの抑制;
(iii)形式3:FRETシグナル・キラーによるアクセプタ複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETシグナルの抑制、
に従って実施されるかもしれない。
【0077】
(i)形式1:FRETシグナル・キラーによるドナー複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETの抑制
図3のスキームは、2つの分析物X及びYを検出するためのこの多重化形式の実施に関する例を図解している。この形式は、以下の:
・同じ刺激(例えば、同じ励起光波長)によって励起され得る2種類のドナーであるD1及びD2;
・両方のドナーに共通のアクセプタA;及び
・2種類のドナーのうちの一方を特異的に認識し、そして、このドナーとアクセプタの間のFRETを抑制することができるFRETシグナル・キラー、
の使用に基づいている。
【0078】
第1ステップでは、分析物Xに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーD1とアクセプタAの間のFRETを介して、分析物Xが検出される。第2ステップでは、Fk生成物が、ドナーD1を特異的に認識し、そして、D1とアクセプタAの間のFRETを抑制する。FRETの抑制は、分析物Xの存在によって発生したシグナルをクエンチする。同時に、分析物Yに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーD2とアクセプタAの間のFRETによって、分析物Yが検出される。この形式は実施例2で使用されている。
【0079】
(ii)形式2:FRETシグナル・キラーによるアクセプタ複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETの抑制
図4のスキームは、2つの分析物X及びYを検出するためのこの多重化形式の実施に関する例を図解している。この形式は、以下の:
・同じ波長で検出され得る2種類のアクセプタであるA1及びA2;
・両方のアクセプタに共通のドナーD;及び
・2種類のアクセプタのうちの一方を特異的に認識し、そして、ドナーとこのアクセプタの間のFRETを抑制することができるFRETシグナル・キラー、
の使用に基づいている。
【0080】
第1ステップでは、分析物Xに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーDとアクセプタA1の間のFRETを介して、分析物Xが検出される。第2ステップでは、Fk生成物が、アクセプタA1を特異的に認識し、そして、DとA1の間のFRETを抑制する。FRETの抑制は、シグナル分析物Xの存在によって発生したシグナルをクエンチする。同時に、分析物Yに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーDとアクセプタA2の間のFRETを介して、分析物Yが検出される。この形式は実施例5によって例証される。
【0081】
(iii)形式3:FRETキラーによるアクセプタ複合体の一部の特異的認識、そして、そのFRETシグナルの抑制
図5のスキームは、2つの分析物X及びYを検出するためのこの多重化形式の実施に関する例を図解している。この形式は、以下の:
・同じ波長で検出され得る2種類のアクセプタであるA1及びA2;
・両方のアクセプタに共通のドナーD;及び
・2種類のアクセプタのうちの一方を特異的に認識し、そして、このアクセプタのFRETシグナルを抑制することができるFRETシグナル・キラー、
の使用に基づいている。
【0082】
第1ステップでは、分析物Xに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーDとアクセプタA1の間のFRETを介して、分析物Xが検出される。第2ステップでは、Fk生成物が、アクセプタA1を特異的に認識し、そして、A1のFRETシグナルを抑制する。同時に、分析物Yに特異的な2種類の抗体によって保有されたドナーDとアクセプタA2の間のFRETを介して、分析物Yが検出される。
本発明は、本明細書中の以下の代表的な例証によってより詳細に説明される、ここで、図6A、6B、及び7〜14について言及しており、それの簡単な説明が、先に触れたスキームを表す、以下の図1〜5に与えられている。
【実施例】
【0083】
これらの実施例で使用される略語は、以下の意味を持っている:
PS2-GST:(特に、特許EP 345 315に記載の)PS2タンパク質とGST(グルタチオン-Sトランスフェラーゼ)タンパク質を含む融合タンパク質を意味する。そのような融合タンパク質は、従来の分子生物学的技術、例えば、この融合タンパク質をコードする核酸配列を含むプラスミドなどの発現系を使用して、作り出される。PS2及びGST配列は公知である。
TBP:トリスビピリジン・クリプテートを意味する。
TBP5COOH:トリスビピリジン・クリプテート五酸を意味する。
PBP4COOH:ピリジン-ビスピリジン・クリプテート四酸を意味する。
A647:Molecular Probe社製のフルオロフォアalexa647を意味する。
XL665:CIS bio internationalによって販売されている、アクセプタ・フルオロフォアとして使用される架橋化アロフィコシアニン。
D2:XL665と同じ光物理学的性質を有する蛍光アクセプタ化合物。
Cy5:シアニン5、GE Healthcare社によって販売されているアクセプタ・フルオロフォア。
【0084】
これらの実施例では、種々の公知の抗原に特異的であり、且つ、従来の技術を使用して調製した以下の抗体を使用する:
GSS11抗体:GSTタンパク質に特異的なモノクローナル抗体を意味する。
BC04抗体:PS2タンパク質に特異的なモノクローナル抗体を意味する。
IPM3抗体:IPM2抗体と異なる、TNFαに特異的なモノクローナル抗体を意味する。
IPM2抗体:IPM3抗体と異なる、TNFαに特異的なモノクローナル抗体を意味する。
G211抗体:アミロイド・ペプチドAβ1-42に特異的なモノクローナル抗体を意味する。
13E9抗体:アミロイド・ペプチドAβ1-40に特異的なモノクローナル抗体を意味する。
1E8抗体:Aβ1-42及び1-40アミロイド・ペプチドの両方を認識するモノクローナル抗体を意味する。
【0085】
実施例1:ドナー複合体の一部を特異的に認識するFRETシグナル・キラーによるドナーとアクセプタの間のFRETの抑制(図6A及び6B)
希土類元素錯体であるユーロピウム・トリスビピリジン・クリプテートTBPを特異的に認識する抗体を、従来の技術に従って作り出す(抗TBP抗体)。この実施例では、抗TBPが、ユーロピウム・クリプテートTBPを特異的に認識し、そして、TBPとそのアクセプタの間のFRETを抑制することを実証する。
【0086】
プロトコール
PS2-GST融合タンパク質を検出することを目的とする2つの同一実験を実施した。その実験のそれぞれにおいて、特定のユーロピウム・クリプテート構造物をFRETドナーとして:以下の式:
【0087】
【化1】
【0088】
{Rは、標識されるべき物質とクリプテートの結合を可能にする従来の反応基である。}
を持つトリスビピリジン・クリプテートTBP又はトリスビピリジン・クリプテート五酸TBP5COOHのいずれかを使用した。
これらの2つの実験を、図6A及び6Bに図解する。
【0089】
PS2-GST融合タンパク質を、96ウェル・プレートに分配する。その存在を、外気温にて16時間のインキュベーションの後に、(GSS11抗体によって保有される)ドナー(TBP又はTBP5COOH)と(BC04抗体によって保有される)アクセプタA647の間のFRETによって検出する。FRETに関与するアクセプタによって発せられたシグナル(すなわち、ドナーの選択的励起に続くアクセプタからのシグナル)を、Sと呼ぶ(665nm)。
高濃度の抗TBPを、それに続いて、時間t=0に加え、そして、そのFRETに関与するアクセプタからのシグナルS(665nm)を、時間と共に観察した(外気温〜20℃)。
【0090】
終濃度:
500pMのPS2-GST;1.5nMのGSS11;0.677nMのBC04;0.6nM、30nM、及び150nMの抗TBP
最終的な反応容量:200μl
バッファー:100mMのリン酸、pH7.0、400mMのKF、0.1%のBSA
シグナルを、Rubystar(BMG Labtechnologies、励起子レーザー337nm)により検出した。
【0091】
結果
図6は、TBPを用いて実施した実験の結果を図解している。検出すべきタンパク質(pS2-GST)は、TBPドナー及びA647アクセプタを保有する2種類の特異的抗体によって認識される。2種類の抗体によるタンパク質の認識に続いて、TBPとそのアクセプタが近接する。TBPが選択的に励起されると(337nm)、励起エネルギーは、次に、FRETによってアクセプタに一部が移される。このエネルギー移動が、アクセプタからの蛍光の発光を引き起こす(シグナルS(665nm))。ドナーの選択的励起に続くアクセプタからの発光の出現で、タンパク質を検出することが可能になる。
【0092】
このようにして、タンパク質を検出した後に(図6A、グラフI)、抗TBP抗体を、時間t=0にて反応容量に加える。シグナル、すなわち、FRETに関与するアクセプタからのシグナルS(665nm)のクエンチングを、次に、観察する(図6A、グラフII)。
【0093】
このシグナルのクエンチングは、抗TBPと使用するアクセプタとの相互作用に起因するのではなく、ただ、抗TBPのTBPとの特殊的な相互作用に続くFRETの抑制に続いて起こる。これを立証するために、同じ実験を、異なるドナー(TBPに代わってTBP5COOH)及び同じアクセプタA647を使用して実施した(図6B)。TBP5COOHとA647の間のFRETで、タンパク質を検出することが可能になる(図6B、グラフI)。抗TBPの存在は、このFRETを変えない:シグナルS(665nm)は、どんな抗TBP濃度であっても減弱しない(図6B、グラフII)。そのため、TBPで観察されたアクセプタからのシグナルの消失(図6A、グラフII)は、抗TBPによるTBPの特異的認識に続くTBPドナーとアクセプタの間のFRETの抑制に実際には起因する。
【0094】
実施例2:2種類のタンパク質、PS2-GST及びTNFαの多重化検出−ドナー・フルオロフォアのうちの1つに結合する作用物質によるFRETの抑制(図7)
この実施例は、同じ波長で励起できる2種類のドナー(TBP及びTBP5COOH)と665nmにて検出可能な1種類の共通なアクセプタ(蛍光タンパク質XL665)の使用に基づいている。FRETシグナル・キラーは、先の実施例に示されている、TBPを特異的に認識し、且つ、TBPとそのアクセプタの間のFRETを抑制する抗TBP抗体である。
【0095】
プロトコール
本実験は、図7において、2種類の分析物:PS2-GSTタンパク質とTNFαタンパク質、の検出について図解する。PS2-GSTタンパク質を検出する第1ステップと、対応するFRETシグナルのクエンチングの後に、様々なTNFα濃度を計測した。
【0096】
多重化実験
固定濃度のPS2-GSTの存在下、様々な濃度のTNFαを、96ウェル・プレート内に分配する。
PS2-GSTタンパク質を、外気温にて16時間のインキュベーションの後に、(GSS11抗体によって保有されている)ユーロピウム・クリプテートTBPと(BC04抗体によって保有されている)XL665アクセプタの間のFRETによってまず検出する。
【0097】
それに続いて、以下の化合物:
・TBPとXL665の間のFRET、ひいては、PS2-GSTタンパク質の存在によるシグナルを抑制するための抗TBP;及び
・TNFαタンパク質を検出するための第2抗体:XL665アクセプタを保有するIPM3抗体(IPM2抗体は、ステップIで分配されるユーロピウム・クリプテートTBP5COOHドナー保有する)、
を反応容量に加える。
【0098】
(特異的なIPM3抗体によるTNFαの認識を可能にするための)外気温にて4時間のインキュベーションの後に、様々な濃度のTNFαを含むウェル内で得られるシグナルを計測した。
【0099】
対照実験:単独検出(simple detection)
多重化アッセイにおいてこのようにして得られたシグナルを、TNFαを検出するための簡易アッセイにより(すなわち、図7で図解された同じ実験であるが、PS2-GSTの不存在下で)得られたシグナルと比較する。
タンパク質と抗体の終濃度:
500pMのPS2-GST;1.5nMのGSS11;0.667nMのBC04;150nMの抗TBP;0、10、20、40、80、及び120pMのTNFα;0.33nMのIPM2;0.8nMのIPM3
最終的な反応容量:200μl
バッファー:100mMのリン酸、pH7.0、400mMのKF、0.1%のBSA
シグナルを、Rubystar(レーザー励起337nm)により検出した。
【0100】
結果
第1ステップでは、TBPとXL665アクセプタの間のFRETを介してPS2-GSTタンパク質を検出した。PS2-GSTタンパク質の存在によって発生したFRETシグナルS(665nm)を、図7のヒストグラムIの棒グラフによって表す。第2ステップでは、PS2-GSTタンパク質と、TNFαを検出するための第2抗体によるFRETを抑制するための抗TBP抗体を、反応容量に加えた。これらの化合物の添加後に検出されたシグナルを、図7のヒストグラムIIの暗色の棒グラフで表した。
対照実験が、この多重化実験の正当性を確認することを可能にした:多重化によって得られた結果を、単独検出アッセイにより得られたものと比較する。より詳しく述べると、図7のスキームに図解されたのと同じ実験を実施したが、PS2-GSTタンパク質の不存在下で実施した。この単独検出アッセイでは、クエンチすべきシグナルがないので、様々なTNFα濃度を、直接的に検出する。得られたシグナルを、図7のヒストグラムIIの明色の棒グラフで表した。多重化検出から得られたシグナルを、単独検出から得られたものと同程度である。
【0101】
実施例3:Aβ-40及びAβ-42アミロイド・ペプチドの多重化検出−ドナー・フルオロフォアのうちの1つを認識する作用物質によるFRETの抑制(図8)
Aβ-40及びAβ-42アミロイド・ペプチドは、アルツハイマー病に関与する。この疾患では、神経毒性ペプチドAβ-42の産生が、Aβ-40の産生と比べて優勢である。Aβ-42ペプチドは、片端に2つの追加のアミノ酸の存在によってAβ-40ペプチドと異なっている。図8は、Aβ-40及びAβ-42アミロイド・ペプチドの多重化検出について図解する。その実験は、以下の:
・2種類のドナー複合体(一方の複合体は、Aβ-42ペプチドの特異的認識のためのものであり、ユーロピウム・クリプテートTBPを保有する、そして、もう1種類の複合体は、Aβ-40ペプチドの特異的認識のためのものであり、本明細書中において以下、ユーロピウム・クリプテートKともよばれる異なるユーロピウム・クリプテート、TBP5COOHを保有する);
・2種類のぺプチドAβ-40及びAβ-42を認識することができる1種類のアクセプタ複合体;並びに
・抗TBP FRETシグナル・キラー、
の使用に基づいている。
【0102】
プロトコール
本実験を、図8において図解する:Aβ-42ペプチドを検出するステップ、そして、対応するFRETシグナルのクエンチングの後に、Aβ-40ペプチドの範囲を計測した。
【0103】
多重化実験
固定濃度のAβ-42の存在下、Aβ-40の濃度範囲を、96ウェル・プレートに分配する。前記の2種類のぺプチドは、この実験に使用する2種類のドナーに共通なアクセプタ(d2アクセプタ)を保有する抗体(1E8)によって認識される。Aβ-42ペプチドは、また、ユーロピウム・クリプテートTBPを保有している特異的抗体(G211)によっても認識される。このようにして、TBPとd2アクセプタの間のFRETを介してAβ-42ペプチドを検出した後に、以下の化合物:
・TBPとd2アクセプタの間のFRET、ひいては、Aβ-42の存在によるシグナルを抑制するための抗TBP;及び
・Aβ-40を特異的に検出するための抗体(13E9);この抗体は、抗iTBPによって認識されないユーロピウム・クリプテートKを保有する、
を反応容量に加える。
(その抗体によるAβ-40の認識を可能にするための)4℃にて3時間のインキュベーションの後に、得られるシグナルを、様々な濃度のAβ-40を含むウェル内で計測する。
【0104】
対照実験:単独検出
多重化アッセイにおいてこのようにして得られたシグナルを、Aβ-40を検出するための簡易アッセイにより(すなわち、図8で図解されたものと同じ実験であるが、Aβ-42ペプチドPS2-GSTの不存在下で)得られたシグナルと比較する。
ぺプチドと抗体の終濃度:
3200pg/mlのAβ-42;200、400、800、及び1200pg/mlのAβ-40;3.3nMの1E8;0.8nMのG211;0.34nMの13E9
最終的な反応容量:100μl
バッファー:50mMのリン酸、pH7.4、250mMのKF、0.2%のBSA、0.05%のTween、0.25mMのEDTA
シグナルを、Rubystar(レーザー励起337nm)により検出した。
【0105】
結果
第1ステップでは、Aβ-42ペプチドを、TBPとd2アクセプタの間のFRETを介して検出する。d2アクセプタは2種類のぺプチドを認識する抗体によって保有されているのに対して、TBPドナーはAβ-42ペプチドを特異的に認識する抗体によって保有されている。FRETに関与するアクセプタからのシグナルS(665nm)を、図8のヒストグラムIの棒グラフによって表す。
第2ステップでは、(Aβ-42ペプチドに起因するシグナルを抑制するための)抗TBPと、TBPと異なるユーロピウム・クリプテートKを保有するAβ-40ペプチドを特異的に認識する抗体を、反応容量に加えた。これらの化合物の添加後に検出されたシグナルを、図8のヒストグラムIIの暗色の棒グラフで表す。
【0106】
この多重化実験で得られたシグナルの正当性を確認するために、図8に図解されたのと同じ実験を実施したが、Aβ-42ペプチドの不存在下で実施した。この単独検出アッセイでは、クエンチすべきシグナルはなく、そして、様々な濃度のAβ-40を直接検出する。得られたシグナルを、図8のヒストグラムIIの明色の棒グラフで表す。多重化から得られたシグナルは、単独検出から得られたものと同程度である。
【0107】
実施例4:アクセプタ・フルオロフォアを解放することによって作用するFRETシグナル・キラーによるドナーとアクセプタの間のFRETの抑制(図9)
この実施例は、FRFTパートナー複合体の1つと非共有結合複合体を形成し、そして、競合作用機序によって、それが特異的である生物学的事象とそれを解放することによって作用するFRETシグナル・キラーに関する。
このFRETシグナル・キラーの性質及び作用機序
このFRETシグナル・キラーはオリゴヌクレオチドである。図9は、その作用機序について図解する。
【0108】
この実施例において、蛍光アクセプタ複合体は、配列aS1のオリゴヌクレオチドに結合させた低分子量蛍光有機分子(シアニンCy5)から成る。この配列は、検出すべきタンパク質に特異的な抗体に結合させた相補的配列S1にハイブリダイズする。
ドナー複合体とアクセプタ複合体の間のFRETを介して生物学的事象を検出した後に、aS1に相補的な配列を持つオリゴヌクレオチドeS1を反応容量に加える。eS1配列は、aS1配列を特異的に認識し、これにより、検出すべきタンパク質に特異的な抗体の蛍光アクセプタ複合体(aS1-Cy5)を取り外す。蛍光アクセプタ複合体の取り外しは、ドナー複合体とアクセプタ複合体の間のFRETを抑制する。
オリゴヌクレオチドeS1は、アクセプタ複合体の一部を特異的に認識し、そして、FRETを抑制するFRETシグナル・キラーの例を構成する。認識の特異性は、この場合、2つの相補的DNA配列の対合に基づいている。
【0109】
プロトコール
TNFαタンパク質を、96ウェル・プレート内に分配した。その存在を、(IPM2抗体によって保有される)ユーロピウム・クリプテート・ドナーと、(先に指定した相補ストランドの対合によってIPM3抗体に結合する)アクセプタ複合体aS1-Cy5の間のFRETによって検出した。S(665nm)は、FRETに関与するアクセプタからのシグナルである。
タンパク質を検出した後に、高濃度のオリゴヌクレオチドeS1を、時間t=0に導入し、そして、FRETに関与するアクセプタからのシグナルS(665nm)を、時間と共に観察した(外気温)。
【0110】
最終的なタンパク質と抗体の濃度:
150pMのTNFα;0.33nMのJPM2;1.07nMのIPM3。
最終的なオリゴヌクレオチド濃度:
2nMのS1;4nMのaS1-Cy5;8、20、100、及び200nMのeS1
配列:
【化2】
小文字のヌクレオチドは、LNAs(ロックト核酸(Locked Nucleic Acid))である。
最終的な反応容量:200μl
バッファー:
50mMのHEPES、pH7.0、400mMのKF、0.1%のBSA;外気温
シグナルを、Rubystar(レーザー励起337nm)により検出した。
【0111】
結果
aS1-Cy5アクセプタ複合体と、抗体によって保有されているSI配列の間のハイブリダイゼーションが、FRETによってタンパク質を検出することを可能にする(図9、グラフI)。このようにして、タンパク質を検出した後に、eS1生成物を、反応容量に加える。そして、eS1生成物の存在下で、FRETに関与するアクセプタ複合体からのシグナルS(665nm)のクエンチングを観察する(図9、グラフII)。このシグナルのクエンチングは、eS1によるaS1-Cy5複合体の取り外しによる。アクセプタ複合体の取り外しは、ドナーとアクセプタ複合体の間のFRETを抑制する。
【0112】
実施例5:2種類のタンパク質、TNFαとPS2-GSTの多重化検出−一方のアクセプタ・フルオロフォアの解放によるFRETの抑制(図10)
この実施例は、1種類のドナーD(ユーロピウム・クリプテート)と、2種類のアクセプタ複合体(aS1-Cy5とaS2-Cy5)の使用に基づいている。シアニンから成るアクセプタ複合体を、一方では、オリゴヌクレオチド配列aS1に結合させ、もう一方では、aS2に結合させる。FRETシグナル・キラーは、一方のアクセプタ複合体の一部を特異的に認識し、そして、先の実施例で図解した作用機序に従ってFRETを抑制するオリゴヌクレオチドである。
【0113】
プロトコール
図10は、2種類のタンパク質:TNFαとPS2-GSTを検出するための多重検出実験の原理について図解する。TNFαタンパク質の検出するステップ、そして、対応するFRETシグナルをクエンチングするステップの後に、様々な濃度のPS2-GSTを計測した。
【0114】
多重化実験
PS2-GST濃度範囲を、固定濃度のTNFαの存在下で96ウェル・プレート内に分配する。
1番目のタンパク質(TNFα)の検出のために、以下の化合物:
・ユーロピウム・クリプテート・ドナーを保有する抗体(IPM2);及び
・オリゴヌクレオチドSIを保有する抗体(IPM3)から成る複合体、
を各ウェルに導入する。Cy5から成るアクセプタ複合体を、S1と特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドaS1に結合させた。
【0115】
同様に、2番目のタンパク質(PS2-GST)の検出のために、我々は、以下の:
・ユーロピウム・クリプテート・ドナーを保有する抗体(GSS11);及び
・オリゴヌクレオチドS2を保有する抗体(BC04)から成るアクセプタ複合体、
を使用した。Cy5から成るアクセプタ複合体を、S2と特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドaS2に結合させた。
第1ステップでは、すべての抗体とaS1-CySアクセプタ複合体も、ウェル内に分配した。外気温にて16時間のインキュベーションの後に、TNFαタンパク質を、各ウェルによって発せられたFRETシグナルを計測することによって検出する。
【0116】
第2ステップでは、以下の化合物:
・aS1に完全に相補的な配列を持つオリゴヌクレオチドeS1;及び
・aS2-Cy5アクセプタ複合体、
をウェル内に導入した。
オリゴヌクレオチドeS1は、aS1に特異的にハイブリダイズし、これにより、アクセプタ複合体のaS1-Cy5プローブを取り外す;FRETはもう起こらず、そのため、TNFαタンパク質からのシグナルは消失する。同時に、aS2-Cy5プローブは、S2にハイブリダイズし、そして、アクセプタ複合体が「光を発する」こと、すなわち、PS2-GSTタンパク質を検出することを可能にする。
FRETシグナル・キラーeS1とaS2-Cy5プローブを加えたら、外気温にて30分間のインキュベーション時間の後に、FRETシグナルを計測する。
【0117】
対照実験:単独検出
多重化アッセイにおいて、こうして得られたシグナルを、PS2-GSTを検出するための簡易分析によって(すなわち、図10で図解されたのと同じ実験であるが、TNFαの不存在下において)得られたシグナルと比較する。
最終的なタンパク質と抗体の濃度:
80pMのTNFα;0.33nMのIPM2;1.07nMのJPM3;0、75、150、250、350、及び500pMのPS2-GST;1nMのGSS11;0.69nMのBC04。
最終的なオリゴヌクレオチド濃度:
2nMのS1;4nMのaS1-Cy5;100nMのeS1
2nMのS2;20nMのaS2-Cy5
【0118】
配列:
【化3】
小文字のヌクレオチドは、LNA(ロックト核酸)である;
【化4】
最終的な反応容量:200μl
バッファー:50mMのHEPES、pH7.0、400mMのKF、0.1%のBSA、外気温
シグナルを、RUBYstar(レーザー励起337nm)により検出した。
【0119】
結果
第1ステップでは、S1を持つaS1-Cy5プローブのハイブリダイゼーションを介してTNFαタンパク質を検出する:FRETに関与するaS1-Cy5アクセプタ複合体からのシグナルS(665nm)を、図10のヒストグラムIで表す。FRETシグナル・キラー・オリゴヌクレオチドeS1とaS2-Cy5アクセプタ複合体を、第2ステップにおいて加える。これらの生成物の添加後に検出されたシグナルを、図10、ヒストグラムIIの暗色の棒グラフで表す。
この多重化実験の正当性を確認するために、このようにして得られたシグナルを、単独検出アッセイ、すなわち、例えば、図10で図解されているが、TNFαタンパク質の不存在下のアッセイにより得られたものと比較する。この単独検出アッセイでは、クエンチされるべきシグナルは存在せず、様々な濃度のPS2-GSTを直接検出する。単独検出アッセイのシグナルを、図10、ヒストグラムIIの明色の棒グラフで表す:それらは、多重検出アッセイにより得られたものと同程度である。
【0120】
実施例6:ドナーとアクセプタの間のFRETのためのFRETキラーとしての二価イオン又はキレート剤の使用(図11)
この実施例では、マンガン・イオン又はEDTAタイプのキレート剤が、希土類元素錯体タイプのドナーとアクセプタの間に存在するFRETを選択的に抑制することができることを実証する。
【0121】
プロトコール
GST-ビオチン・タンパク質を検出することを目的とする2つの同一の実験を実施した。それぞれの実験では、特定の希土類元素錯体:トリスビピリジン・クリプテートTBP、又はInvitrogen社によって抗GST抗体に結合した形態にて販売されたテルビウム・キレート(カタログ番号PV3568)のいずれか、をFRETドナーとして使用した。
【0122】
ビオチン化GSTタンパク質を、96ウェル・プレート内に分配した。その存在を、20mMの塩化マンガン(MnCl2)若しくはEDTAの存在下、又は不存在下、外気温にて16時間のインキュベーションの後に、(抗GST抗体によって保有されている)ドナー(TBP又はテルビウム・キレート)と、(ストレプトアビジンによって保有されている)d2アクセプタの間のFRETによって検出した。時間分解蛍光測定を、Rubystar(登録商標)マシン(BMG Labtech)により、620nmと665nm(それぞれE620とE665)にて実施した(td=50μs、tg=400μs)。蛍光強度値、E620及びE665に基づいて、E665/E620強度比を計算し、そして、さらなる便宜のために10000を掛ける。デルタF値を、ビオチン化GSTを含まない陰性ウェルで計測した比に対して計算する(G, Mathis, Clin. Chem. 39(1993)1953、及び出願WO 92/13264を参照のこと)。同じドナーについて様々な媒質中で得られたデルタF値を比較するために、前述の値を、バッファー中で得られたデルタF(100%)に対して標準化する。
【0123】
終濃度:
1.25nMのビオチン化GST;2nMの抗GST;5nMのストレプトアビジン;20mMのMnCl2又はEDTA
最終的な反応容量:200μl
バッファー:100mMのリン酸、pH7.0、400mMのKF、0.1%のBSA。
【0124】
結果
図11は、前記の2つの実験により得られた結果について説明する。20mMのMnCl2又はEDTAの添加は、ビオチン化GSTの存在下、TBPドナーを用いて得られたFRETシグナル(標準化デルタF)を変えなかった。テルビウム・キレートがビオチン化GSTを検出するためのドナーとして使用する場合には、逆に、MnCl2又はEDTAがFRETキラーとして作用する(FRETシグナルを70%を超えるまで抑制した)。アッセイ成分の残りは等しいので、これらの2種類のFRETキラーがテルビウム・キレートに選択的に作用したことがそこから結論づけられるかもしれない。
【0125】
実施例7:ドナーとアクセプタの間のFRETのためのFRETキラーとしての化学物質、尿酸の使用
この実施例では、尿酸が希土類元素錯体タイプのドナーとアクセプタの間に存在するFRETを選択的に抑制することができることを実証する。
【0126】
プロトコール
GST-ビオチン・タンパク質を検出することを目的とする2つの同一の実験を実施した。それぞれの実験において、特定の希土類元素錯体:トリスビピリジン・クリプテートTBP、又は以下の式:
【0127】
【化5】
【0128】
{Rは、標識されるべき物質とクリプテートの結合を可能にする従来の反応基である。}
によって表されるピリジン-ビス(ビピリジン)クリプテートPBP4COOHのいずれかを、FRETドナーとして使用した。
【0129】
ビオチン化GSTタンパク質を、96ウェル・プレート内に分配した。その存在を、60uMの尿酸の存在下、又は不存在下、外気温にて16時間のインキュベーションの後に、(抗GST抗体によって保有されている)ドナー(TBP又はPBP4COOH)と(ストレプトアビジンによって保有されている)d2アクセプタの間のFRETを介して検出した。時間分解蛍光測定を、Rubystar(登録商標)マシン(BMG Labtech)により、620nmと665nm(それぞれE620とE665)にて実施した(td=50μs、tg=400μs)。蛍光強度値、E620及びE665に基づいて、E665/E620強度比を計算し、そして、さらなる便宜のために10000を掛ける。デルタF値を、ビオチン化GSTを含まない陰性ウェルで計測した比に対して計算する(G, Mathis, Clin. Chem. 39(1993)1953、及び出願WO 92/13264を参照のこと)。同じドナーについて様々な媒質中で得られたデルタF値を比較するために、前述の値を、バッファー中で得られたデルタF(100%)に対して標準化する。
【0130】
終濃度:
1.25nMのビオチン化GST;2nMの抗GST;5nMのストレプトアビジン;60μmの尿酸
最終的な反応容量:200μl
バッファー:100mMのリン酸、pH7.0、0.1%のBSA。
【0131】
結果
図12は、前記の2つの実験により得られた結果について説明する。60μMの尿酸の添加は、ビオチン化GSTの存在下、PBP4COOHドナーを用いて得られたFRETシグナル(標準化デルタF)を変えなかった。TBPがビオチン化GSTを検出するためのドナーとして使用する場合には、逆に、尿酸がFRETキラーとして作用する(FRETシグナルを85%を超えるまで抑制した)。アッセイ成分の残りは等しいので、これらの2種類のFRETキラーがユーロピウム・クリプテートTBPに選択的に作用したことがそこから結論づけられるかもしれない。
【0132】
実施例8:作動薬によるGPCRの刺激に続く二次メッセンジャーの細胞内産生の多重化検出
例えば、ムスカリン受容体M1などの特定のGタンパク質共役受容体(GPCRs)は、例えば、Gαsンパク質へのシグナル伝達経路のためのcAMP、又はGαqタンパク質に結びついたシグナル伝達経路のためのIP3などの特異的な二次メッセンジャーの産生をもたらす様々な細胞シグナル伝達経路と共役するかもしれない。
【0133】
これにより、特異的な作動薬によるM1受容体の活性化が、cAMPとIP3の細胞内濃度の上昇を引き起こすかもしれない。IP3は非常に短い細胞内寿命しかないので、その細胞内産生の検出は、その主代謝物IP1を検出することによって間接的に実施される(Trinquet et al, "D-myo-inositol 1-phosphate as a surrogate of D-myo-inositol 1,4,5-tris phosphate to monitor X3 protein-coupled receptor activation" Analytical Biochemistry(2006)358, 126-135)。
【0134】
この実施例は、漸増用量のアセチルコリンによるM1受容体の活性化に続いて起こるIP1とcAMPの細胞内濃度の上昇の、同じマイクロプレート内での多重化検出を説明している。10%の胎児ウシ血清と抗生物質カクテルを含有するRPMI培地内にあらかじめ希釈した、M1ムスカリン性アクセプタを発現する40000個のCHO-K1細胞(容量50μl)を、384ウェル・ホワイト・プレート(Greiner、CellStar)内に分配する。
そのプレートを、5%のCO2雰囲気中、37℃にて20時間インキューベートする。
【0135】
培地を取り除き、そして、細胞を50μlのKREBS/HEPESバッファーで洗浄した後に、25mMのLiCl、1mMのIBMX、及び1%のDMSOを含むKREBSバッファー中にあらかじめ希釈した高濃度アセチルコリンを含む溶液10μlを用いて37℃にて1時間、細胞を刺激する。
次に、4nMにてユーロピウム・トリスビピリジン・クリプテートで標識した抗IP1抗体の溶液(抗IP1-TBP)5μl、及びd2アクセプタで標識したIP1類似体3nMを含む溶液(IP1-d2)5μl、及び同様にd2アクセプタで標識したcAMP類似体12nMを、各ウェルに加える。標識した抗体及び類似体を含む溶液を、0.4MのKF、1%のTriton X100、及び0.1%のBSAを加えた0.1MのHEPESバッファー、pH=7中にこれらの分子を希釈することによって調製した。これらの試薬の添加は、細胞溶解、そして、IP1の細胞内産生の検出を可能にする。
【0136】
外気温にて1時間のインキュベーションの後に、細胞によるIP1産生を、Rubystarリーダー(BMG Labtech)により前記プレートを計測することによって検出する。各ウェルを、窒素レーザーを用いて337nmにて励起し、そして、抗IP1-TBPとIP1-d2の間の無放射エネルギー移動(FRET)の過程に続いて、TBPによって620nmにて、及びIP1-d2によって665nmにて発せられた蛍光を、時間分解測定(遅延=50μs;ゲート・タイム=400μs)によって計測する。次に、665nmの蛍光対620nmの蛍光の比を、以下の式:
比=(665nmの蛍光/620nmの蛍光)×10 000
を使用して各ウェルについて計算する。
【0137】
図13に示されているとおり、細胞内IP1産生は、アセチルコリンによるM1受容体の刺激を受けて増加するので、HTRF比は低下する。これは、細胞によって産生されたIP1が、抗IP1-TBPと結合するためにIP1-d2と競合し、これにより、FRETシグナルを減弱させるからである。
【0138】
次に、0.4MのKFと0.1%のBSAを加えた0.1MのHEPESバッファー、pH7中にあらかじめ希釈した、ユーロピウム・クリプテート5COOH(抗cAMP-TBP5COOH)で標識した抗cAMP抗体0.92nM及び、(FRETシグナル・キラーとしての)抗TBP・モノクローナル抗体0.12mg/mlを含む溶液5μlを、マイクロプレートの各ウェルに加える。これらの試薬の添加で、cAMPの細胞内産生を検出することが可能になる。
【0139】
外気温にて1時間のインキュベーションの後に、cAMPの細胞内産生を、Rubystarリーダー(BMG Labtech)によりプレートを再び計測することによって検出する。各ウェルを、窒素レーザーを用いて337nmにて励起し、そして、抗cAMP-TBP5COOHとcAMP-d2の間のFRETの過程に続いて、TBP5COOHにより620nmにて、及びcAMP-d2により665nmにて発せられた蛍光を、時間分解測定(遅延=50μs;ゲート・タイム=400μs)によって計測する。そして、665nmの蛍光対620nmの蛍光の比を、先に記載したように計算する。
【0140】
TBPと抗TBPモノクローナル抗体の反応は、抗IP1-TBPとIP1-d2の間で事前に計測されたFRETシグナルを抑制する。抗cAMP-TBP5COOHとcAMP-d2の間に存在するFRETシグナルだけが、この2回目のマイクロプレート読み取りの間に検出される。
【0141】
図14に示されているとおり、アセチルコリンでのM1受容体の刺激に続いて、細胞内cAMP産生が増加するので、HTRF比は低下する。これは、細胞によって産生されたcAMPが、抗cAMP-TBP5COOHに結合するためにcAMP-d2と競合し、これにより、FRETシグナルを減弱させるからである。
【0142】
【表1】
【0143】
【表2】
【図面の簡単な説明】
【0144】
【図1】競合現象について図解するスキーム。
【図2】タンパク質のリン酸化状態の検出の原理について図解するスキーム。
【図3】2種類の分析物X及びYを検出するための多重化形式1の代表的な態様について図解するスキーム。
【図4】2種類の分析物X及びYを検出するための多重化形式2の代表的な態様について図解するスキーム。
【図5】2種類の分析物X及びYを検出するための多重化形式3の代表的な態様について図解するスキーム。
【図6A】抗クリプテート抗体によるFRETシグナルの抑制:TBPとアクセプタA647の間のFRETを介したPS2-GSTタンパク質の検出ステップ(グラフI)の後に、高濃度の抗TBPが反応容量に加えられ、そして、FRETに関与するアクセプタからのシグナルが時間と共に観察された(グラフII、ひし形:6nMの抗TBP;三角形:30nMの抗TBP;四角形:150nMの抗TBP)。好適な濃度のときに、FRETに関与するアクセプタからのシグナルが、急速に消失する(<30分)。アクセプタからのシグナルのこのクエンチングは、FRETを抑制するTBPと抗TBPの間の相互作用に続いて起こる。
【図6B】図6Aに示したのと同じ実験が、ドナーTBP5COOHと同じアクセプタA647を使用して実施された。TBP5COOHとアクセプタA647の間のFRETを介してPS2-GSTを検出した後に(グラフI)、高濃度の抗TBPが反応容量に加えられ、そして、FRETに関与するアクセプタからのシグナルが時間と共に観察された(グラフII、円形:抗TBPの不存在;三角形:6nMの抗TBP;三角形:30nMの抗TBP;四角形:150nMの抗TBP)。FRETに関与するアクセプタからのシグナルは、どの抗TBP濃度であっても減弱しない。
【図7】ドナーの認識、そして、FRETの抑制による2種類のタンパク質の多重検出の例:TBPとアクセプタXL665の間のFRETによりPS2-GSTタンパク質を検出するステップ(グラフI)の後に、抗TBPと、TNFαを検出するための2次抗体が加えられる。抗TBPは、TBPを特異的に認識し、TBPとXL665の間のFRETを抑制し、これによりPS2-GSTからのシグナルをクエンチする。同時に、TNFαに特異的な2種類の抗体によって保有されたTBP5COOHとXL665の間のFRETを介して、TNFαが検出される(グラフII、暗色の棒グラフ)。多重検出アッセイで得られたシグナル(グラフII、暗色の棒グラフ)は、単独検出アッセイにより得られたもの(グラフII、薄灰色の棒グラフ)と同程度である。
【図8】ドナーの認識、そして、FRETの抑制によるアミロイド・ペプチドAβ-40とAβ-42の多重検出の例:TBPとアクセプタD2の間のFRETを介してAβ-42ペプチドを検出するステップ(グラフI)の後に、抗TBPと、Aβ-40を特異的に検出するための抗体が加えられる。抗TBPは、TBPを特異的に認識し、TBPとD2の間のFRETを抑制し、これにより、Aβ-42からのシグナルをクエンチする。同時に、Aβ-40が、(Aβ-40に特異的な抗体によって保有される)別のタイプのユーロピウム・クリプテートKとD2の間のFRETによって検出される(グラフII、暗色の棒グラフ)。多重検出アッセイにより得られたシグナル(グラフII、暗色の棒グラフ)は、単独検出アッセイにより得られたもの(グラフII、薄灰色の棒グラフ)と同程度である。
【図9】ユーロピウム・クリプテート・ドナーと、アクセプタ・プローブaS1-Cy5の間のFRETを介してTNFαを検出するステップ(グラフI)の後に、高濃度のオリゴヌクレオチドeS1が反応容量に加えられ、そして、FRETに関与するアクセプタからのシグナルが時間と共に観察された(グラフII:円形:8nMのeS1;ひし形:20nMのeS1;三角形:100nMのeS1;四角形:200nMのeS1)。オリゴヌクレオチドaS1とeS1は相補的である。eS1とaS1-Cy5の終濃度は、それぞれ2nMと4nMである。好適な濃度のときに、FRETに関与するアクセプタからのシグナルが、完全に、且つ、急速に消失する(<30分)。
【図10】アクセプタ複合体の一部の認識、そして、FRETの抑制による2種類のタンパク質の多重検出の例。FRETを計測することによるTNFαを検出するステップ(グラフI)の後に、生成物eS1及びaS2-Cy5が加えられる。オリゴヌクレオチドeS1は、配列aS1を特異的に認識し、そして、抗TNFα抗体からプローブaS1-Cy5を引き離し、これにより、TNFαの存在によりFRETを抑制する。同時に、プローブaS2-Cy5が、配列S2にハイブリダイズし、それがPS2-GSTタンパク質を検出することを可能にする。多重検出アッセイで得られたシグナル(グラフII、暗色の棒グラフ)は、単独検出アッセイで得られたもの(グラフII、明色の棒グラフ)と類似している。
【図11】FRETキラーとしての二価イオン又はキレート剤の使用。
【図12】FRETキラーとしての尿酸の使用。
【図13】媒質中に存在しているアセチルコリンの濃度の関数として、細胞によって産生されたIP1の量を代表するFRETシグナルの変化。FRETシグナルの減弱は、競合現象を介して細胞によるIP1の産生に起因する(実施例8を参照のこと)。
【図14】媒質中に存在しているアセチルコリンの濃度の関数として、細胞によって産生されたcAMPの量を代表するFRET シグナルの変化。FRETシグナルの減弱は、競合現象を介して細胞によるcAMPの産生に起因する(実施例8を参照のこと)。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
反応媒質中の少なくとも2種類の生物学的事象を検出する方法であって、以下のステップ:
少なくとも2組の蛍光FRETパートナー複合体を反応媒質中に導入し、ここで、それぞれの組が試験される生物学的事象の一方に特異的であり、蛍光ドナー複合体を励起させる波長がすべての組で同じであり、且つ、蛍光アクセプタ複合体によって発せられるシグナルを計測する波長がすべての組で同じであり;
2つの所定のパートナーの間のFRETを選択的に抑制することができる少なくとも1種類のFRETシグナル・キラーを導入し、ここで、これらの化合物を媒質中に連続して導入し;
反応媒質によって発せられた様々なFRETシグナルを連続して計測する、
を含む前記方法。
【請求項2】
反応媒質中のn種類の生物学的事象を検出する方法であって、以下のステップ:
(i)反応媒質を、第1の生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体の最初の組と接触させ;
(ii)波長λ1にて上記反応媒質を励起させ;
(iii)波長λ2にて上記反応媒質によって発せられ、第1の生物学的事象に対応するFRETシグナルを計測し;
(iv)媒質と接触させた前組のFRETパートナーに特異的なFRETシグナル・キラーを、反応媒質中に導入し;
(v)上記反応媒質を、先のステップで検出された生物学的事象(単数又は複数)とは異なる生物学的事象に特異的な1組の蛍光FRETパートナー複合体と接触させ;
(vi)波長λ1にて上記反応媒質を励起させ;
(vii)波長λ2にて反応媒質によって発せられ、上記媒質中で接触させた前組のFRETパートナーが特異的であるところの生物学的事象に対応するFRETシグナルを計測する、
を含み、ステップ(iv)〜(vii)を(n−2)回、繰り返し、ここで、nが2〜10の整数であり;
上記蛍光FRETパートナー複合体には、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアが含まれていて、ここで、λ1がドナー・フルオロフォアの励起波長であり、且つ、λ2がアクセプタ・フルオロフォアの発光波長である前記方法。
【請求項3】
反応媒質中のn種類の生物学的事象を検出する方法であって、以下のステップ:
(i)反応媒質を、n種類の生物学的事象に特異的なn組の蛍光FRETパートナー複合体と接触させ;
(ii)波長λ1にて上記反応媒質を励起させ;
(iii)反応媒質によって発せられ、且つ、試験するすべての生物学的事象に対応するFRETシグナルを計測し;
(iv)先のステップで導入されたものと適当な違いがあるところの上述の蛍光FRETパートナー複合体の組のうちの1つに特異的なFRETシグナル・キラーを、反応媒質に導入し;
(v)波長λ1にて反応媒質を励起させ;
(vi)反応媒質によって発せられ、先のステップでシグナルが妨げられたところの反応事象を差し引いた全ての反応事象に対応するFRETシグナルを計測し;
ステップ(iv)〜(vi)を(n−1)回、繰り返し、ここで、nが2〜10の整数、すなわち、3、4、5、6、7、8、9、又は10に相当し、
(vii)ステップ(iii)とそれぞれのステップ(vi)で得られたn個の方程式の数学的な解明によってn種類の生物学的事象のそれぞれについてFRETシグナル値を決定する、
を含み、蛍光FRETパートナー複合体には、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアが含まれていて、ここで、λ1がドナー・フルオロフォアの励起波長であり、且つ、λ2がアクセプタ・フルオロフォアの発光波長である前記方法。
【請求項4】
前記方法が、反応媒質に適用される少なくとも1の刺激ステップを含み、ここで、当該刺激が、化学的性質のもの、薬理学的性質のもの、電気的性質のもの、温熱的性質のもの、又は機械的性質のものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記刺激ステップが、所定の受容体の作動薬、拮抗薬、逆作動薬、又はアロステリック調節因子の反応媒質への添加から成ることを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体のそれぞれが、プローブに共有結合したフルオロフォアを含むことを特徴とし、ここで、当該プローブが上述の生物学的事象に特異的であり、且つ、上述のプローブがこの事象に関与する分子から成るか、そうでなければ、この事象に関与する分子に結合するためのドメインを含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記プローブが、以下の:タンパク質、ペプチド、酵素、酵素基質、細胞内メッセンジャー、環状ヌクレオチド、リン脂質、転写因子、イノシトール環を含む化合物、核酸、及びオリゴヌクレオチドから選択される、生物学的事象に関与する分子であることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記プローブが、生物学的事象に関与する分子に結合するためにドメインを含み、且つ、以下の:抗体又は抗体フラグメント;上述の生物学的事象に関与する分子上にグラフトされたタグを認識する抗タグ抗体又は抗体フラグメント;アプタマー;ペプチド;タンパク質;上述の生物学的事象に関与する分子上にグラフトされた相補的配列の核酸にハイブリダイズする一本鎖核酸から選択されることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記FRETパートナー・フルオロフォアが、以下の群:緑色蛍光タンパク質(GFP)又はその変異体などの発光タンパク質、サンゴから抽出した蛍光タンパク質、例えば、B-フィコエリトリン、R-フィコエリトリン、C-フィコシアニン、アロフィコシアニンなどのフィコビリ・タンパク質、特にXL665という名で知られているもの;ローダミン、シアニン、スクアライン、BODIPYという名で知られているフルオロフォア、フルオレセイン、AlexaFluorという名で知られている化合物などの発光有機分子;希土類クリプテート、希土類キレート(特に、ユーロピウム、テルビウム、サマリウム、ジスプロシウム、及びネオジム・キレートとクリプテート);量子ドットなどの発光無機粒子から選択されることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
前記FRETシグナル・キラーが、抑制されることが望まれるFRETパートナーの組のフルオロフォアの1つに特異的に結合することができる化合物であり、且つ、上述のシグナルの少なくとも70%の減弱を引き起こすことを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
抑制されるべきFRETに関与するフルオロフォアに特異的に結合するFRETシグナル・キラーが、以下の:それぞれFRETパートナー・フルオロフォアのうちの1つに対する結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体若しくは抗体フラグメント、ぺプチド、又はアプタマーから選択されることを特徴とする、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記蛍光複合体のうちの1つが希土類クリプテート又はキレートを含み、且つ、対応するFRETシグナル・キラーが、以下の:それぞれが希土類キレート又はクリプテートに対する結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体又は抗体フラグメント;ペプチド;アプタマーから選ばれることを特徴とする、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
FRETパートナーのうちの少なくとも1組の少なくとも1つの蛍光複合体が、最初の一本鎖核酸と共有結合により結合したフルオロフォアから成り、その相補鎖が、FRETパートナーの上述の組が特異的である生物学的事象に関与した分子か、又は、上述の生物学的事象に関与する分子を認識する分子に共有結合により取り付けられていること、並びにFRETシグナル・キラーが一本鎖核酸であって、その配列が上述の最初の一本鎖核酸に相補的であることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記の蛍光FRETパートナー複合体の組のうちの少なくとも1組が、希土類キレートを含み、且つ、上述のFRETシグナルに対するFRETキラーが、以下の:Mn2+イオンなどの希土類キレートと錯体形成するために希土と競合するイオンであるか、それでなければ、希土類元素と錯体形成するために希土類キレートと競合する、EDTAなどのキレート剤から選択されることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記の蛍光FRETパートナー複合体の組のうちの少なくとも1組が、希土類キレート又はクリプテートを含み、且つ、前述のFRETシグナルに対するFRETキラーが、希土類元素のレベルにおいて酸化-還元反応を引き起こす、尿酸などの作用物質であることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記の蛍光FRETパートナー複合体の組のうちの少なくとも1つが、pHに敏感であり、FRETシグナルに対するFRETキラーが、酸又は塩基のようなpH調整剤であることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
生物学的事象が以下の:酵素反応(例えば、キナーゼ、ホスホリラーゼ、トランスフェラーゼ、ヒドロラーゼ、リアーゼ、リガーゼ、イソメラーゼ、ポリメラーゼなどのタイプの活性など);反応媒質中の分析物の存在又は濃度の変動(例えば、タンパク質、酵素、酵素基質、(cAMP、cGMPなどの)環状ヌクレオチドなどの細胞内メッセンジャー、リン脂質(PIP2、PIP3など)、転写因子、イノシトール環を含む化合物(IP1、IP2、IP3、IP4など)、核酸、増殖因子の存在又は濃度の変動);反応媒質中の共に近づいてゆく2つの分子、並びに、分子の三次元の立体構造の変更、から選択されることを特徴とする、請求項1〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
検出された生物学的事象が、反応媒質中の細胞集団によって分泌された様々なサイトカインの存在であり、且つ、前記の蛍光FRETパートナー複合体の組が、それぞれ1種類のサイトカインに特異的であることを特徴とする、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
検出された生物学的事象が、反応媒質中の様々なβ-アミロイド・ペプチドの存在であり、且つ、前記の蛍光FRETパートナー複合体の組が、それぞれ、好ましくはAβ-42及びAβ-40ぺプチドから選択される、1種類のβ-アミロイド・ペプチドに特異的であることを特徴とする、請求項17に記載の方法。
【請求項20】
検出された生物学的事象が、細胞内シグナル伝達経路の活性化又は阻害であり、且つ、蛍光FRETパートナー複合体の組が、それぞれシグナル伝達経路に特異的であることを特徴とする、請求項17に記載の方法。
【請求項21】
前記細胞内シグナル伝達経路が、以下のタンパク質:Gs、Gi、Gq、G11/G12、及びRas、Rho、Rab、Ranタンパク質低分子量Gタンパク質に関与するシグナル伝達経路から選択されることを特徴とする、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記細胞内シグナル伝達経路が、以下の:アデニル・シクラーゼの活性化、アデニル・シクラーゼの阻害、ホスホリパーゼCの活性化、単量体Gタンパク質の活性化、GPCRキナーゼ(GRKs)の活性化、及びβ-アレスチンの転移から選択される事象を検出することによって計測されることを特徴とする、請求項20に記載の方法。
【請求項23】
検出された生物学的事象が、所定のオーファン受容体への可能性のある様々なリガンドの結合であり、且つ、前記の蛍光FRETパートナー複合体の組が、上述のオーファン受容体と、可能性のあるリガンドの結合にそれぞれ特異的であることを特徴とする、請求項17に記載の方法。
【請求項24】
前述のフルオロフォアの一方に結合するためのドメインを持つことを特徴とする2つのFRETパートナー・フルオロフォアの間のFRETシグナルに対するFRETシグナル・キラーであり、且つ、上述のキラーの不存在下で発せられるシグナルと比べてFRETシグナルの少なくとも70%の減弱を引き起こすことを特徴とする前記FRETシグナル・キラー。
【請求項25】
以下の:それぞれがFRETパートナー・フルオロフォアのうちの1つに対する結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体又は抗体フラグメント;ペプチド;及びアプタマーから選択されることを特徴とする、請求項24に記載のFRETシグナル・キラー。
【請求項26】
前記FRETパートナーのうちの1つが、希土類キレート又はクリプテートであることを特徴とする、請求項24に記載のFRETシグナル・キラーであり、且つ、上述のキラーが:上述の希土類キレート若しくはクリプテートに対してそれぞれ結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体若しくは抗体フラグメント;ペプチド;及びアプタマーから選択されることを特徴とする前記FRETシグナル・キラー。
【請求項27】
前記FRETシグナル・キラーが抗クリプテート抗体であることを特徴とする、請求項26に記載のFRETシグナル・キラー。
【請求項28】
一緒に又は別々に提供される以下の要素:
少なくとも2種類の生物学的事象に特異的な少なくとも2組の蛍光FRETパートナー複合体、
少なくとも1種類のFRETシグナル・キラー、
を含むことを特徴とする部品キット。
【請求項29】
請求項24〜27のいずれか1項に記載のFRETシグナル・キラーを含むことを特徴とする、請求項28に記載の部品キット。
【請求項30】
生物活性化合物のスクリーニングのための、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法の使用。
【請求項31】
2つのパートナーが互いに近くにあるときに、発せられたFRETシグナルを抑制するための、1組のFRETパートナーのメンバーであるフルオロフォアに結合するためのドメインを持っている化合物の使用。
【請求項32】
前述の化合物が、以下の:それぞれFRETパートナー・フルオロフォアのうちの1つに対する結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体若しくは抗体フラグメント;ペプチド;又はアプタマーから選択されることを特徴とする、請求項31に記載の使用。
【請求項33】
前記FRETパートナーのうちの1つが、希土類キレート又はクリプテートであり、且つ、上述の化合物が、以下の:上述の希土類キレート若しくはクリプテートに対してそれぞれ結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体若しくは抗体フラグメント;ペプチド;及びアプタマーから選択されることを特徴とする、請求項31に記載の使用。
【請求項34】
そのメンバーのうちの1つが上述の希土類クリプテートである、1組のFRETフルオロフォア・パートナーによって発せられたFRETシグナルを抑制するための、希土類クリプテートを特異的に認識する抗体の使用。
【請求項1】
反応媒質中の少なくとも2種類の生物学的事象を検出する方法であって、以下のステップ:
少なくとも2組の蛍光FRETパートナー複合体を反応媒質中に導入し、ここで、それぞれの組が試験される生物学的事象の一方に特異的であり、蛍光ドナー複合体を励起させる波長がすべての組で同じであり、且つ、蛍光アクセプタ複合体によって発せられるシグナルを計測する波長がすべての組で同じであり;
2つの所定のパートナーの間のFRETを選択的に抑制することができる少なくとも1種類のFRETシグナル・キラーを導入し、ここで、これらの化合物を媒質中に連続して導入し;
反応媒質によって発せられた様々なFRETシグナルを連続して計測する、
を含む前記方法。
【請求項2】
反応媒質中のn種類の生物学的事象を検出する方法であって、以下のステップ:
(i)反応媒質を、第1の生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体の最初の組と接触させ;
(ii)波長λ1にて上記反応媒質を励起させ;
(iii)波長λ2にて上記反応媒質によって発せられ、第1の生物学的事象に対応するFRETシグナルを計測し;
(iv)媒質と接触させた前組のFRETパートナーに特異的なFRETシグナル・キラーを、反応媒質中に導入し;
(v)上記反応媒質を、先のステップで検出された生物学的事象(単数又は複数)とは異なる生物学的事象に特異的な1組の蛍光FRETパートナー複合体と接触させ;
(vi)波長λ1にて上記反応媒質を励起させ;
(vii)波長λ2にて反応媒質によって発せられ、上記媒質中で接触させた前組のFRETパートナーが特異的であるところの生物学的事象に対応するFRETシグナルを計測する、
を含み、ステップ(iv)〜(vii)を(n−2)回、繰り返し、ここで、nが2〜10の整数であり;
上記蛍光FRETパートナー複合体には、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアが含まれていて、ここで、λ1がドナー・フルオロフォアの励起波長であり、且つ、λ2がアクセプタ・フルオロフォアの発光波長である前記方法。
【請求項3】
反応媒質中のn種類の生物学的事象を検出する方法であって、以下のステップ:
(i)反応媒質を、n種類の生物学的事象に特異的なn組の蛍光FRETパートナー複合体と接触させ;
(ii)波長λ1にて上記反応媒質を励起させ;
(iii)反応媒質によって発せられ、且つ、試験するすべての生物学的事象に対応するFRETシグナルを計測し;
(iv)先のステップで導入されたものと適当な違いがあるところの上述の蛍光FRETパートナー複合体の組のうちの1つに特異的なFRETシグナル・キラーを、反応媒質に導入し;
(v)波長λ1にて反応媒質を励起させ;
(vi)反応媒質によって発せられ、先のステップでシグナルが妨げられたところの反応事象を差し引いた全ての反応事象に対応するFRETシグナルを計測し;
ステップ(iv)〜(vi)を(n−1)回、繰り返し、ここで、nが2〜10の整数、すなわち、3、4、5、6、7、8、9、又は10に相当し、
(vii)ステップ(iii)とそれぞれのステップ(vi)で得られたn個の方程式の数学的な解明によってn種類の生物学的事象のそれぞれについてFRETシグナル値を決定する、
を含み、蛍光FRETパートナー複合体には、ドナー・フルオロフォアとアクセプタ・フルオロフォアが含まれていて、ここで、λ1がドナー・フルオロフォアの励起波長であり、且つ、λ2がアクセプタ・フルオロフォアの発光波長である前記方法。
【請求項4】
前記方法が、反応媒質に適用される少なくとも1の刺激ステップを含み、ここで、当該刺激が、化学的性質のもの、薬理学的性質のもの、電気的性質のもの、温熱的性質のもの、又は機械的性質のものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記刺激ステップが、所定の受容体の作動薬、拮抗薬、逆作動薬、又はアロステリック調節因子の反応媒質への添加から成ることを特徴とする、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
生物学的事象に特異的な蛍光FRETパートナー複合体のそれぞれが、プローブに共有結合したフルオロフォアを含むことを特徴とし、ここで、当該プローブが上述の生物学的事象に特異的であり、且つ、上述のプローブがこの事象に関与する分子から成るか、そうでなければ、この事象に関与する分子に結合するためのドメインを含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記プローブが、以下の:タンパク質、ペプチド、酵素、酵素基質、細胞内メッセンジャー、環状ヌクレオチド、リン脂質、転写因子、イノシトール環を含む化合物、核酸、及びオリゴヌクレオチドから選択される、生物学的事象に関与する分子であることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記プローブが、生物学的事象に関与する分子に結合するためにドメインを含み、且つ、以下の:抗体又は抗体フラグメント;上述の生物学的事象に関与する分子上にグラフトされたタグを認識する抗タグ抗体又は抗体フラグメント;アプタマー;ペプチド;タンパク質;上述の生物学的事象に関与する分子上にグラフトされた相補的配列の核酸にハイブリダイズする一本鎖核酸から選択されることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記FRETパートナー・フルオロフォアが、以下の群:緑色蛍光タンパク質(GFP)又はその変異体などの発光タンパク質、サンゴから抽出した蛍光タンパク質、例えば、B-フィコエリトリン、R-フィコエリトリン、C-フィコシアニン、アロフィコシアニンなどのフィコビリ・タンパク質、特にXL665という名で知られているもの;ローダミン、シアニン、スクアライン、BODIPYという名で知られているフルオロフォア、フルオレセイン、AlexaFluorという名で知られている化合物などの発光有機分子;希土類クリプテート、希土類キレート(特に、ユーロピウム、テルビウム、サマリウム、ジスプロシウム、及びネオジム・キレートとクリプテート);量子ドットなどの発光無機粒子から選択されることを特徴とする、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
前記FRETシグナル・キラーが、抑制されることが望まれるFRETパートナーの組のフルオロフォアの1つに特異的に結合することができる化合物であり、且つ、上述のシグナルの少なくとも70%の減弱を引き起こすことを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
抑制されるべきFRETに関与するフルオロフォアに特異的に結合するFRETシグナル・キラーが、以下の:それぞれFRETパートナー・フルオロフォアのうちの1つに対する結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体若しくは抗体フラグメント、ぺプチド、又はアプタマーから選択されることを特徴とする、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記蛍光複合体のうちの1つが希土類クリプテート又はキレートを含み、且つ、対応するFRETシグナル・キラーが、以下の:それぞれが希土類キレート又はクリプテートに対する結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体又は抗体フラグメント;ペプチド;アプタマーから選ばれることを特徴とする、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
FRETパートナーのうちの少なくとも1組の少なくとも1つの蛍光複合体が、最初の一本鎖核酸と共有結合により結合したフルオロフォアから成り、その相補鎖が、FRETパートナーの上述の組が特異的である生物学的事象に関与した分子か、又は、上述の生物学的事象に関与する分子を認識する分子に共有結合により取り付けられていること、並びにFRETシグナル・キラーが一本鎖核酸であって、その配列が上述の最初の一本鎖核酸に相補的であることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記の蛍光FRETパートナー複合体の組のうちの少なくとも1組が、希土類キレートを含み、且つ、上述のFRETシグナルに対するFRETキラーが、以下の:Mn2+イオンなどの希土類キレートと錯体形成するために希土と競合するイオンであるか、それでなければ、希土類元素と錯体形成するために希土類キレートと競合する、EDTAなどのキレート剤から選択されることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記の蛍光FRETパートナー複合体の組のうちの少なくとも1組が、希土類キレート又はクリプテートを含み、且つ、前述のFRETシグナルに対するFRETキラーが、希土類元素のレベルにおいて酸化-還元反応を引き起こす、尿酸などの作用物質であることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記の蛍光FRETパートナー複合体の組のうちの少なくとも1つが、pHに敏感であり、FRETシグナルに対するFRETキラーが、酸又は塩基のようなpH調整剤であることを特徴とする、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
生物学的事象が以下の:酵素反応(例えば、キナーゼ、ホスホリラーゼ、トランスフェラーゼ、ヒドロラーゼ、リアーゼ、リガーゼ、イソメラーゼ、ポリメラーゼなどのタイプの活性など);反応媒質中の分析物の存在又は濃度の変動(例えば、タンパク質、酵素、酵素基質、(cAMP、cGMPなどの)環状ヌクレオチドなどの細胞内メッセンジャー、リン脂質(PIP2、PIP3など)、転写因子、イノシトール環を含む化合物(IP1、IP2、IP3、IP4など)、核酸、増殖因子の存在又は濃度の変動);反応媒質中の共に近づいてゆく2つの分子、並びに、分子の三次元の立体構造の変更、から選択されることを特徴とする、請求項1〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
検出された生物学的事象が、反応媒質中の細胞集団によって分泌された様々なサイトカインの存在であり、且つ、前記の蛍光FRETパートナー複合体の組が、それぞれ1種類のサイトカインに特異的であることを特徴とする、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
検出された生物学的事象が、反応媒質中の様々なβ-アミロイド・ペプチドの存在であり、且つ、前記の蛍光FRETパートナー複合体の組が、それぞれ、好ましくはAβ-42及びAβ-40ぺプチドから選択される、1種類のβ-アミロイド・ペプチドに特異的であることを特徴とする、請求項17に記載の方法。
【請求項20】
検出された生物学的事象が、細胞内シグナル伝達経路の活性化又は阻害であり、且つ、蛍光FRETパートナー複合体の組が、それぞれシグナル伝達経路に特異的であることを特徴とする、請求項17に記載の方法。
【請求項21】
前記細胞内シグナル伝達経路が、以下のタンパク質:Gs、Gi、Gq、G11/G12、及びRas、Rho、Rab、Ranタンパク質低分子量Gタンパク質に関与するシグナル伝達経路から選択されることを特徴とする、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記細胞内シグナル伝達経路が、以下の:アデニル・シクラーゼの活性化、アデニル・シクラーゼの阻害、ホスホリパーゼCの活性化、単量体Gタンパク質の活性化、GPCRキナーゼ(GRKs)の活性化、及びβ-アレスチンの転移から選択される事象を検出することによって計測されることを特徴とする、請求項20に記載の方法。
【請求項23】
検出された生物学的事象が、所定のオーファン受容体への可能性のある様々なリガンドの結合であり、且つ、前記の蛍光FRETパートナー複合体の組が、上述のオーファン受容体と、可能性のあるリガンドの結合にそれぞれ特異的であることを特徴とする、請求項17に記載の方法。
【請求項24】
前述のフルオロフォアの一方に結合するためのドメインを持つことを特徴とする2つのFRETパートナー・フルオロフォアの間のFRETシグナルに対するFRETシグナル・キラーであり、且つ、上述のキラーの不存在下で発せられるシグナルと比べてFRETシグナルの少なくとも70%の減弱を引き起こすことを特徴とする前記FRETシグナル・キラー。
【請求項25】
以下の:それぞれがFRETパートナー・フルオロフォアのうちの1つに対する結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体又は抗体フラグメント;ペプチド;及びアプタマーから選択されることを特徴とする、請求項24に記載のFRETシグナル・キラー。
【請求項26】
前記FRETパートナーのうちの1つが、希土類キレート又はクリプテートであることを特徴とする、請求項24に記載のFRETシグナル・キラーであり、且つ、上述のキラーが:上述の希土類キレート若しくはクリプテートに対してそれぞれ結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体若しくは抗体フラグメント;ペプチド;及びアプタマーから選択されることを特徴とする前記FRETシグナル・キラー。
【請求項27】
前記FRETシグナル・キラーが抗クリプテート抗体であることを特徴とする、請求項26に記載のFRETシグナル・キラー。
【請求項28】
一緒に又は別々に提供される以下の要素:
少なくとも2種類の生物学的事象に特異的な少なくとも2組の蛍光FRETパートナー複合体、
少なくとも1種類のFRETシグナル・キラー、
を含むことを特徴とする部品キット。
【請求項29】
請求項24〜27のいずれか1項に記載のFRETシグナル・キラーを含むことを特徴とする、請求項28に記載の部品キット。
【請求項30】
生物活性化合物のスクリーニングのための、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法の使用。
【請求項31】
2つのパートナーが互いに近くにあるときに、発せられたFRETシグナルを抑制するための、1組のFRETパートナーのメンバーであるフルオロフォアに結合するためのドメインを持っている化合物の使用。
【請求項32】
前述の化合物が、以下の:それぞれFRETパートナー・フルオロフォアのうちの1つに対する結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体若しくは抗体フラグメント;ペプチド;又はアプタマーから選択されることを特徴とする、請求項31に記載の使用。
【請求項33】
前記FRETパートナーのうちの1つが、希土類キレート又はクリプテートであり、且つ、上述の化合物が、以下の:上述の希土類キレート若しくはクリプテートに対してそれぞれ結合ドメインを持つ、タンパク質、特に抗体若しくは抗体フラグメント;ペプチド;及びアプタマーから選択されることを特徴とする、請求項31に記載の使用。
【請求項34】
そのメンバーのうちの1つが上述の希土類クリプテートである、1組のFRETフルオロフォア・パートナーによって発せられたFRETシグナルを抑制するための、希土類クリプテートを特異的に認識する抗体の使用。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6A】
【図6B】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6A】
【図6B】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公表番号】特表2009−533663(P2009−533663A)
【公表日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−504728(P2009−504728)
【出願日】平成19年4月10日(2007.4.10)
【国際出願番号】PCT/EP2007/053479
【国際公開番号】WO2007/116069
【国際公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【出願人】(507179726)シ ビオ アンテルナショナル (9)
【Fターム(参考)】
【公表日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年4月10日(2007.4.10)
【国際出願番号】PCT/EP2007/053479
【国際公開番号】WO2007/116069
【国際公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【出願人】(507179726)シ ビオ アンテルナショナル (9)
【Fターム(参考)】
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