説明

Fcレセプターをコードするポリヌクレオチド、およびそれを用いたFcレセプターの製造方法

【課題】 ヒトFcレセプターFcγRIを工業的に高生産することが可能な微生物を遺伝子工学的に作製するためのポリヌクレオチド、前記ポリヌクレオチドにより得られた微生物、および前記微生物を用いたFcγRIの製造方法を提供すること。
【解決の手段】 ヒトFcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドのコドンをヒト型から酵母型に変換したポリヌクレオチド、前記ヌクレオチドを含む発現ベクターを導入して酵母を形質転換することで得られる形質転換体、および前記形質転換体を用いたヒトFcγRIの製造方法により、前記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fcレセプターの一つであるFcγRIを酵母を用いて生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Fcレセプターは、免疫グロブリン分子のFc領域に結合する一群の分子である。Fcレセプターはその結合する免疫グロブリンの種類によって分類されており、IgGのFc領域に結合するFcγレセプター、IgEのFc領域に結合するFcεレセプター、IgAのFc領域に結合するFcαレセプターなどがある(非特許文献1)。また、各レセプターは、その構造の違いによりさらに細かく分類され、Fcγレセプターの場合、FcγRI、FcγRII、FcγRIIIの存在が報告されている(非特許文献1)。
【0003】
Fcγレセプターの一つであるFcγRIは単球とマクロファージ中で発現しており、好中球ではγインターフェロンにより誘導的に発現される(非特許文献1)。また、FcγRIはIgGに対する結合親和性が高く、その平衡解離定数(Kd)は10−8M以下である(非特許文献2)。FcγRIは、細胞外領域、細胞膜貫通領域、細胞質内領域に区分され、IgGとの結合は、IgGのFc領域とFcγRIの細胞外領域で起こり、その後細胞質へとシグナルが伝達される。FcγRIはIgGとの結合に直接関わる分子量約42000のα鎖と、γ鎖の2種類のサブユニットによって構成されており、γ鎖は細胞膜と細胞外領域との境界で共有結合することでホモダイマーを形成している(非特許文献3)。
【0004】
FcγRIのアミノ酸配列、および遺伝子配列(配列番号1)はExPASy(UniPlot No.P12314)などの公的データベースに公表されている。また、FcγRIの構造上の機能ドメイン、細胞膜を貫通するためのシグナルペプチド配列、細胞膜貫通領域の位置についても同様に公表されており、図1にFcγRIの構造略図を示す。なお、図中のアミノ酸番号は配列番号1に記載のアミノ酸番号に対応する。すなわち、配列番号1のアミノ酸番号1のメチオニン(Met)から289のバリン(Val)までがシグナル配列および細胞外領域、配列番号1のアミノ酸番号290のロイシン(Leu)から374のスレオニン(Thr)までが細胞膜貫通領域および細胞内領域とされている。
【0005】
近年になり、Fcレセプターの予想外の免疫抑制的な生物学的特性は、特に自己免疫疾患または自己免疫症候群、移植物の拒絶および悪性リンパ増殖の領域において医薬として注目を浴びつつある(非特許文献2)。また、FcγRIの機能である抗体の吸着能は各種抗体精製用クロマトグラフィーゲルの捕捉機能を担うタンパク質としても利用することができる。
【0006】
FcγRIα鎖のアミノ酸配列および遺伝子塩基配列(非特許文献4)はJanet等により明らかにされ、その後、遺伝子組換え技術により、大腸菌(特許文献1)または動物細胞を利用した発現が報告されている。しかしながら、大腸菌を利用した発現系においてはFcγRIの細胞外領域タンパク質の発現量は極めて低く、また、発現されたタンパク質は菌体内に発現するため、多くの場合発現したタンパク質は不溶性の封入体となる。封入体タンパク質は可溶化などの操作をすることにより、活性型タンパク質として調製することは可能であるが、煩雑な操作を必要とする。また、動物細胞を用いた系では、大腸菌以上の発現量が報告(非特許文献3)されているが培養に多大な時間を要し、かつ、生産性も高くない。さらに、FcγRI遺伝子を導入したプラスミドベクターでバチルス属細菌を形質転換することでFcγRIを発現させた例も知られている(特許文献2)が、バチルス属細菌はプロテアーゼ活性が高いため、生産されたFcγRIが分解されてしまう問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2004−530419号公報
【特許文献2】特開2009−201403号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J.V.Ravetch等,Annu.Rev.Immunol.,9,457,1991
【非特許文献2】Toshiyuki Takai,Jpn.J.Clin.Immunol.,28,318,2005
【非特許文献3】A.Paetz等,Biochem.Biophys.Res.Commun.,338,1811,2005
【非特許文献4】J.M.Allen等,Science,243,378,1989
【非特許文献5】D.M.Hoover等,Nucleic Acid Res.,30,e43,2002
【非特許文献6】Masaya Nagao等,Biosci.Biotech.Biochem.,61,670,1997
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、ヒトFcレセプターFcγRIを工業的に高生産することが可能な微生物および前記微生物を遺伝子工学的に作製するためのポリヌクレオチドを提供することである。また、前記微生物を用いてFcγRIを製造する方法を提供することも、本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、前記課題に関し鋭意検討した結果、ヒトFcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドのコドンをヒト型から酵母型に変換後、変換したポリヌクレオチドを発現ベクターに挿入し、前記ポリヌクレオチドを挿入したベクターにより形質転換した酵母を用いることで、可溶化などの操作が不要な活性型ヒトFcγRIを直接分泌発現させることができ、かつその発現量もヒト型コドンを用いたときと比較して向上することを見出した。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する:
(1)配列番号1に示すポリヌクレオチドのうち、少なくとも64番目から867番目までのポリヌクレオチドのコドンをヒト型から酵母型に変換したポリヌクレオチドを含む、ヒトFcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチド。
【0012】
(2)64番目から867番目までのポリヌクレオチドのコドンをヒト型から酵母型に変換したポリヌクレオチドが、配列番号3に示すポリヌクレオチドである、(1)に記載のポリヌクレオチド。
【0013】
(3)(1)または(2)に記載のポリヌクレオチドを含む、発現ベクター。
【0014】
(4)(3)に記載の発現ベクターを導入することで酵母を形質転換して得られる、ヒトFcレセプターFcγRIを発現可能な酵母。
【0015】
(5)(4)に記載の酵母を用いた、ヒトFcレセプターFcγRIの製造方法。
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0017】
本発明のポリヌクレオチドは、配列番号1に示すヒトFcレセプターの一つであるヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチド(GenBank No.BC152383の4番目から1125番目までのポリヌクレオチドに相当)のうち、少なくとも64番目から867番目のポリヌクレオチド(配列番号1のアミノ酸番号22のアラニン(Ala)から289のバリン(Val)をコードするポリヌクレオチド)のコドンをヒト型から酵母型に変換したポリヌクレオチドを含むことを特徴としており、前記64番目から867番目のポリヌクレオチドのコドンをヒト型から酵母型に変換したポリヌクレオチドの好ましい態様として、配列番号3に示すポリヌクレオチドが例示できる。
【0018】
本発明のポリヌクレオチドは、配列番号1に示すポリヌクレオチドのうち、少なくとも64番目から867番目のポリヌクレオチド中に存在する酵母におけるレアコドン(rare codon)を、コードするアミノ酸を同一のまま、酵母の翻訳機構において利用頻度が高いコドン(codon)に変換することにより得られる。なお、レアコドンとは、その宿主におけるコドンの使用頻度が少ないものをいう。宿主におけるコドンの使用頻度は、ゲノム遺伝子の塩基配列解析などから推測することが可能であり、例えば、酵母の一種であるSaccharomyces cerevisiaeにおけるレアコドンとしては、アルギニン(Arg)ではCGC、CGAやCGGが、アラニン(Ala)ではGCGが、グリシン(Gly)ではGGGとGGCが、プロリン(Pro)ではCCGが、それぞれあげられる。また、コドンの使用頻度の情報は公的データベース(例えば、かずさDNA研究所のホームページにあるCodon Usage Database(http://www.kazusa.or.jp/codon/)など)から得ることができる。なお、ヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチドのヒト型から酵母型へのコドン変換は、実施例に記載のように、FcγRI遺伝子配列(配列番号1)のすべてのレアコドンをヒト型から酵母型に変換(配列番号2)してもよいし、一部のレアコドン、例えば配列番号1に示すポリヌクレオチドのうち64番目から867番目のポリヌクレオチドにあるレアコドンをヒト型から酵母型に変換(配列番号3)してもよい。
【0019】
本発明のポリヌクレオチドを作製するには、Site−directed mutagenesis法など公知の変異導入法、合成オリゴヌクレオチドとPCRを組み合わせたDNAWorks法(http://helixweb.nih.gov/dnaworks/、非特許文献5)やSynthetic Gene Designer法(非特許文献6)などを用いて、配列番号1に示すポリヌクレオチドに存在するレアコドンを酵母において利用頻度の高いコドンへ変換することで作製することができる。特に、DNAWorks法やSynthetic Gene Designer法を用いて本発明のポリヌクレオチドを作製すると好ましい。前記好ましい方法では、ヒトFcγRIのアミノ酸配列を基にして、数十塩基からなるオリゴヌクレオチド群を合成し、PCR法により前記オリゴヌクレオチドをアッセンブリーさせることによって完全長の遺伝子を作製することができる。
【0020】
本発明のポリヌクレオチドは、配列番号1に示すヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチドのうち、少なくとも64番目から867番目のポリヌクレオチド中に存在するコドンをヒト型から酵母型に変換したポリヌクレオチドを含むポリヌクレオチドの5’末端側に、転写を開始するためのメチオニンをコードするオリゴヌクレオチドを付加してもよく、シグナルペプチドをコードするオリゴヌクレオチドを付加してもよい。前記シグナルペプチドは、酵母細胞質内で発現した前記ペプチドを付加したヒトFcγRIが細胞膜を通過後、酵母が有するプロテアーゼによって前記ペプチドが切断されることで、細胞膜外にヒトFcγRIを分泌可能なペプチドであればよく、配列番号1のアミノ酸番号1から15までの領域からなるオリゴペプチドや、配列番号1のアミノ酸番号1から20までの領域からなるオリゴペプチドが例示できる。また、出芽酵母の性フェロモンであるαファクターも前記シグナルペプチドとして用いることができる。
【0021】
さらに、本発明のポリヌクレオチドは、発現したヒトFcγRIを簡便に精製するために有用なタグ(tag)となるペプチドをコードするオリゴヌクレオチドを付加してもよい。前記タグペプチドをコードするオリゴヌクレオチドは、ヒトFcγRIとしての生物活性を損なわなければ、配列番号1に示すヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチドのうち、少なくとも64番目から867番目のポリヌクレオチド中に存在するコドンをヒト型から酵母型に変換したポリヌクレオチドを含むポリヌクレオチドの、5’末端側に付加してもよいし、3’末端側に付加してもよい。前記タグペプチドとしてはポリヒスチジンタグ(His−tag)、ミックタグ(C−myc tag)などが例示できる。前記タグペプチドをコードするオリゴヌクレオチドの付加は、遺伝子工学的手法を用いた公知の方法で付加すればよい。
【0022】
本発明のポリヌクレオチドを含む本発明の発現ベクターは、本発明のポリヌクレオチドを公知のベクターの適切な位置に遺伝子工学的に挿入することにより得ることができる。前記公知のベクターとしては、酵母の形質転換に利用されるYEPタイプのベクター、YIPベクター、pRSベクター、pKSベクターなどが例示できる。また、前記ベクターの適切な位置とは、ベクターの複製機能、所望の抗生物質耐性遺伝子、または伝達性に関わる領域を破壊しない位置のことをいう。
【0023】
前記方法で作製した本発明の発現ベクターを導入して酵母を形質転換することにより、ヒトFcγRIを発現可能な本発明の酵母を得ることができる。形質転換に用いる酵母としては、通常遺伝子工学で用いる、Saccharomyces cerevisiae、Schizosaccharomyces pombe、Pichia pastorisが例示できる。特に、胞子形成関連遺伝子が破壊され、かつプロテアーゼ遺伝子が破壊されたSaccharomyces cerevisiaeを形質転換用酵母として用いるのが好ましい。また、前記酵母を変異処理することにより誘導される酵母変異株を利用することもできる。前記酵母の変異処理はニトロソグアニジン、メタンスルホン酸エチル、紫外線、放射線といった当業者が通常用いる公知の変異処理剤を利用して行なえばよい。酵母を形質転換する方法としては、実施例に記載した方法や、遺伝子工学の分野で通常用いられているエレクトロポレーション法、酢酸リチウム法などが例示できる。
【0024】
ヒトFcγRIを発現可能な本発明の酵母は、前記酵母が増殖し、かつヒトFcγRIを発現可能な培地を用いて培養することで、ヒトFcγRIを製造することができる。培地の構成要素のうち、炭素源としては廃糖蜜、グルコース、フルクトース、マルトース、ショ糖、デンプン、乳糖、グリセロール、酢酸などが、窒素源としてはコーンスティープリカー、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、大豆粕などの天然成分や、酢酸アンモニウム、アスパラギン酸、グリシンなどのアミノ酸類が、無機塩としてはリン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウムなどのリン酸塩や塩化ナトリウムなどが、金属イオンとしては塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸鉄(II)、硫酸鉄(III)、塩化鉄(II)、塩化鉄(III)、クエン酸鉄、硫酸アンモニウム鉄、塩化カルシウム二水和物、硫酸カルシウム、硫酸亜鉛、硫酸銅、塩化銅、硫酸マンガン、塩化マンガンなどが、ビタミン類としては酵母エキス、ビオチン、ニコチン酸、チアミン、リボフラビン、イノシトール、ピリドキシンなどが、それぞれ使用できる。なお、本発明の発現ベクターが抗生物質耐性遺伝子を含んでいる場合は、前記抗生物質を前記培地に添加すると、本発明の発現ベクターが導入された本発明の酵母を選択的に増殖できるため好ましい。例えば、本発明の発現ベクターがネオマイシン耐性遺伝子を含んでいる場合はネオマイシンを、G418耐性遺伝子を含んでいる場合はG418を、それぞれ培地に添加して培養すればよい。さらに、前記培地には、前述した炭素源、窒素源、無機塩、金属イオン、ビタミン類の他に、適当な栄養源を添加してもよく、グルタチオン、システイン、シスタミン、チオグリコレート、ジチオスレイトールからなる群から選択される一種類以上の還元剤を添加してもよい。
【0025】
本発明の酵母を増殖させる際の培養温度は、概ね20から40℃、好ましくは25から35℃であり、より好ましくは30℃前後である。また、培地のpHは、概ね5から10、好ましくは7前後である。培養時間は24から96時間、好ましくは40から50時間であるが、最適な培養時間は培地成分、培養温度および通気量といった条件により変化するため、ヒトFcγRIの発現量や活性などを測定して決定するのが好ましい。
【0026】
本発明の発現ベクターが酵母のアルコールデヒドロゲナーゼ由来のプロモータを含んでいる場合は、培地中のグルコースの消費によりグルコース濃度が一定値以下になると前記プロモーターが活発に機能する。そのため、酵母のアルコールデヒドロゲナーゼ由来のプロモータを含んだ本発明の発現ベクターで形質転換した本発明の酵母を培養する場合は、培養液中のグルコース濃度を測定し、グルコース濃度減少後に引き続き培養することによりヒトFcγRIを発現させることができる。
【0027】
本発明の酵母の培養液からヒトFcγRIを取得するには、発現の形態によって適宜抽出方法を選択すればよい。培養上清に発現する場合は菌体を遠心分離により除去して得られる培養上清からヒトFcγRIを精製して取得すればよい。細胞質内で発現する場合には、遠心分離操作により集菌後、酵素処理剤や界面活性剤などを添加して菌体を破砕し、その破砕液を精製することでヒトFcγRIを取得することができる。ヒトFcγRIを分離/精製する方法としては、当業者が通常用いる液体クロマトグラフィーを用いた方法があげられる。液体クロマトグラフィーによる分離/精製方法に特に限定はなく、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどを単独または組み合わせて分離/精製すればよい。
【0028】
本発明の酵母から得られたヒトFcγRIは、固定相に固定化することにより抗体を含んだ溶液を前記固定相に吸着させて分離することができる。ヒトFcγRIを固定化するための固定相としてはセルロース、アガロースなどの多糖類、ポリプロピレン、塩化ビニル、ポリスチレンなどのプラスチック素材、ガラス、セラミックスなどが例示できる。また、ヒトFcγRIを固定相に固定したものをカラムに充填することにより抗体を分離/精製するためのクロマトグラフィーゲルとして用いることができる。さらに、ヒト血清を試料にすることにより特異性の高いイムノアッセイが可能であり各種診断材料としても利用することができる。
【発明の効果】
【0029】
本発明のポリヌクレオチドは、配列番号1に示すヒトFcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドのうち、少なくとも64番目から867番目のポリヌクレオチドのコドンをヒト型から酵母型に変換したポリヌクレオチドを含んでいることを特徴としている。
【0030】
本発明のポリヌクレオチドをベクターの適切な場所に挿入し、それを用いて酵母を形質転換して得られる形質転換体を培養することで、ヒトFcγRIを可溶化などの操作なく大量に発現させることができる。そのため、本発明のヒトFcγRI製造方法は、工業生産規模におけるFcγRIの生産に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】ヒトFcレセプターFcγRIの構造を示す図。
【図2】ヒトFcγRIのヒト型コドンと酵母型コドンとでヌクレオチド配列を比較した図。図中、S.cerFcRが酵母型コドンに変換したヒトFcγRIのヌクレオチド配列(配列番号2)、HumanFcRがコドン変換前のヒトFcγRIのヌクレオチド配列(配列番号1)である。
【図3】プラスミドベクターpKS1の構造、およびマルチクローニングサイトを示す図。
【図4】ヒトFcγRIを酵母で発現させるためのプラスミドベクターpKS_AFscFcR6Hの構築図。
【実施例】
【0032】
以下、本発明をさらに詳細に説明するために実施例を示すが、本発明は実施例に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で任意に変更が可能であることはいうまでもない。
【0033】
実施例1 ヒトFcγRIをコードするヌクレオチド配列の設計
配列番号1に記載のヒトFcレセプターFcγRIのアミノ酸配列を基にDNAworks法(http://helixweb.nih.gov/dnaworks/、非特許文献5)により、コドンを酵母型に変換した。前記方法によりコドンを酵母型に変換したヒトFcγRIのヌクレオチド配列(配列番号2)とコドン変換前のヒトFcγRIのヌクレオチド配列(配列番号1)とを比較した結果を図2に示す。図2に示す通り、アミノ酸配列はそのままにヌクレオチド配列の変換が行なわれ、ヌクレオチド配列間の類似性は84%であった。
【0034】
実施例2 ヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチドの作製
ヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチドのコドンをヒト型から酵母型に変換した配列からなるポリヌクレオチドを以下の方法で作製した。
(1)実施例1で設計した、コドンをヒト型から酵母型に変換したヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチドを作製するために、配列番号4から51に示す配列からなるオリゴヌクレオチドを人工的に合成した。なお、前記オリゴヌクレオチドにより作製されるヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチド(配列番号52)は、その5’末端側に細胞外領域へ発現させるためのαファクターをコードするオリゴヌクレオチドを、その3’末端側には定量や精製を容易にするためのポリヒスチジンタグ(6×His)をコードするオリゴヌクレオチドを、それぞれ付加している。
(2)(1)で合成したオリゴヌクレオチドから、下記に示す二段階のPCRによりヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチドを作製した。
(2−1)一段階目のPCRを下記に示す条件で行なった。なお、配列番号4から51のオリゴヌクレオチド混合液とは50pmol/μLの各オリゴヌクレオチド溶液を等量ずつ混合したものである。
【0035】
(反応液組成)
水 33.5μL
5×PrimeSTARバッファー(タカラバイオ社製) 10μL
2.5mM dNTP mixture(タカラバイオ社製) 4μL
配列番号4から51のオリゴヌクレオチド混合液 2μL
PrimeSTARポリメラーゼ(タカラバイオ社製) 0.5μL
(反応条件)
98℃で2分間熱処理後、98℃で10秒間−57℃で5秒間−72℃で90秒間
の温度サイクルを25回繰り返し、72℃で4分間処理することで、PCR反応を
行なった。
(2−2)二段階目のPCRを下記に示す条件で行なった。
【0036】
(反応液組成)
水 31.5μL
5×PrimeSTARバッファー(タカラバイオ社製) 10μL
2.5mM dNTP mixture(タカラバイオ社製) 4μL
(2−1)のPCR産物 2μL
10pmol/μL 配列番号4のオリゴヌクレオチド溶液 1μL
10pmol/μL 配列番号51のオリゴヌクレオチド溶液 1μL
PrimeSTARポリメラーゼ(タカラバイオ社製) 0.5μL
(反応条件)
98℃で2分間熱処理後、98℃で10秒間−57℃で5秒間−72℃で90秒間
の温度サイクルを25回繰り返し、72℃で4分間処理することで、PCR反応を
行なった。
(2−2)のPCR産物を1%のアガロース電気泳動で確認したところ、設計通りのサイズのポリヌクレオチドバンド(約1100塩基対)を確認することができた。
(3)前記ポリヌクレオチドバンドをアガロースゲルから抽出(QIAquick Gel extraction kit、キアゲン社製)後、制限酵素SpeI/EcoRIにより消化し、DNA精製キット(QIAquick PCR Purification kit、キアゲン社製)にて精製した。
(4)あらかじめSpeI/EcoRIで制限酵素消化し、アルカリフォスファターゼ処理したプラスミドpKS1(コスモバイオ社製、図3)に、(3)で制限酵素処理したポリヌクレオチドを挿入することで、クローニングした。
(5)クローニングしたプラスミドを用いて大腸菌JM109株(タカラバイオ社製)を形質転換し、アンピシリンを含んだLB培地(トリプトン 10g/L、酵母エキス 10g/L、塩化ナトリウム 5g/L)にて培養し、プラスミドを抽出した。作製したプラスミドベクター(pKS_AFscFcR6H)の構造を図4に示す。
【0037】
実施例3 ヌクレオチド配列の確認
実施例2で作製したプラスミド(pKS_AFscFcR6H、図4)中の挿入したポリヌクレオチドの配列をチェーンターミネータ法に基づくBig Dye Terminator v3.1 Cycle Sequencing kit(PEアプライドバイオシステム社)を用いてサイクルシークエンス反応に供し、全自動DNAシークエンサーABI Prism 310 DNA analyzer(PEアプライドバイオシステム社製)にて解析した。なおシークエンス用プライマーとして、配列番号53(5’−ATCAAGCTACAAAAAGCATAC−3’)および54(5’−AAGCGTGACATAACTAATTAC−3’)からなるオリゴヌクレオチドを使用した。
【0038】
解析の結果、実施例2で作製したプラスミドベクター(pKS_AFscFcR6H)に挿入したポリヌクレオチドの配列は設計通りであることを確認した。プラスミドpKS_AFscFcR6Hにより発現される、ヒトFcγRIのアミノ酸配列を配列番号55に示す。なお、前記配列にはシグナルペプチド(αファクター)配列(アミノ酸番号1のメチオニン(Met)から89のアラニン(Ala)までの配列)およびポリヒスチジン配列が含まれている。
【0039】
実施例4 酵母形質転換体の作製および培養
実施例3で配列を確認したプラスミドベクター(pKS_AFscFcR6H、図4)を用いて以下に示す方法により、酵母を形質転換した。
(1)PD培地(ペプトン 20g/L、酵母エキス 10g/L、グルコース 20g/L)10mLに酵母(Saccharomyces cerevisiae DSY−5株、コスモバイオ社製)を植菌し、30℃で15時間振とう培養した。
(2)濁度(OD600nm)が0.8から1.0になったことを確認後、遠心分離により上清を取り除き、EZ Yeast transformation kit(フナコシ社製)に添付のEZ1液を10mL加えて懸濁し、再度遠心分離した。
(3)上清を取り除いたペレットに対して前記kitに添付のEZ2液を1mL加えて再懸濁し、それを50μLずつ分注することで、Saccharomyces cerevisiae DSY−5株のコンピテントセルを調製した。
(4)(3)のコンピテントセル50μLに実施例2で作製したプラスミド(pKS_AFscFcR6H、図4)1μgを加え、前記kitに添付のEZ3液500μLを加えて混合し、30℃で45分間振とう培養した。
(5)(4)の培養液をYPDプレート(ペプトン 20g/L、酵母エキス 10g/L、グルコース 20g/L、寒天 13g/L、G418 100μg/mL)に100μL塗布後、30℃で3日間静置培養し、形質転換体を作製した。
(6)育成したコロニーを選択し、G418含有YPD培地5mLを入れた50mLコニカルチューブに植菌し、30℃で振とう培養した。
(7)適度に育成した時点(約6時間培養後)で、G418含有YPD培地20mLを入れた50mLコニカルチューブ中に全量植菌し、30℃で一晩振とう培養した。
(8)OD600nmが0.2となるよう、G418含有YPD培地30mLを入れた50mL三角フラスコへ植菌し、30℃で160rpmにて振とう培養した。
(9)OD600nmが0.8となったところでサンプリングを行ない、発現前のコントロール試料とした。24時間培養後、グルコース濃度が0g/Lであることを確認し、培養液を回収した。
(10)(9)の培養液を遠心分離(10000rpm、10分間)により菌体と培養上清に分離した。
【0040】
比較例1 非酵母型コドンからなるヒトFcレセプターをコードするポリヌクレオチドを用いたヒトFcレセプターの生産
実施例2から4で示した酵母型コドンからなるヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチドを用いたヒトFcγRIの生産と比較するため、ヒト型コドンからなるヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチド(配列番号1)を用いたヒトFcγRIの生産を実施例2および4と同様な方法で行なった。
【0041】
実施例5 酵母形質転換体培養上清の抗体結合活性評価
実施例4で調製した酵母形質転換体の培養上清を下記に示すELISA反応により抗体結合活性を評価した。
(1)96穴のELISAプレート(Nunc社製)に50μg/mLに希釈したガンマグロブリン製剤(化学及血清療法研究所製)を各ウェルに100μLずつ添加し、4℃で18時間静置することにより固定した。
(2)TBS緩衝液(0.2%(w/v)Tween 20、150mM NaClを含むTris−HCl緩衝液(pH8.0))で洗浄後、Starting Block Blocking Buffers(PIERCE社製)によりブロッキング操作を施した。
(3)同様に、TBS緩衝液で洗浄後、実施例4で調製した培養上清または比較例1で調製した培養上清を100μL添加し、固定化したガンマグロブリンと反応させた(30℃、2時間)。反応終了後、TBS緩衝液で洗浄し、His−probe(H−15)HRP抗体(Santa Cruz Biotechnology社製)を添加した。
(4)反応終了後、TBS緩衝液で洗浄し、TMB Peroxidase Substrate(KPL社製)を添加し450nmの吸光度を測定した。
【0042】
結果を表1に示す。表1に示す通り、酵母型コドンからなるヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチドを用いて得られた酵母形質転換体(実施例2から4)でのヒトFcγRI発現量(培養上清中の抗体結合活性)は、ヒト型コドンからなるヒトFcγRIをコードするポリヌクレオチドを用いて得られた酵母形質転換体(比較例1)での発現量と比較し、有意に高いことが明らかとなった。すなわち、ヒトFcγRIを酵母において発現させる場合、前記タンパク質をコードするポリヌクレオチドのコドンをヒト型(非酵母型)から酵母型に変換したポリヌクレオチドの方が、ヒトFcγRI発現量が3.0μg/Lから3.6μg/Lに発現量が向上することが確認できた。前記結果は、宿主(酵母)にとっては、非酵母型コドンであるヒト型コドンを利用するより酵母型コドンを利用した方がタンパク質を高発現に生産できるため、従来技術と比較しタンパク質の生産に有用であるといえる。
【0043】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示すポリヌクレオチドのうち、少なくとも64番目から867番目までのポリヌクレオチドのコドンをヒト型から酵母型に変換したポリヌクレオチドを含む、ヒトFcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチド。
【請求項2】
64番目から867番目までのポリヌクレオチドのコドンをヒト型から酵母型に変換したポリヌクレオチドが、配列番号3に示すポリヌクレオチドである、請求項1に記載のポリヌクレオチド。
【請求項3】
請求項1または2に記載のポリヌクレオチドを含む、発現ベクター。
【請求項4】
請求項3に記載の発現ベクターを導入することで酵母を形質転換して得られる、ヒトFcレセプターFcγRIを発現可能な酵母。
【請求項5】
請求項4に記載の酵母を用いた、ヒトFcレセプターFcγRIの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−200147(P2011−200147A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−69342(P2010−69342)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】