説明

Fe2CrSiハーフメタル磁性合金の製造方法

【課題】
最もスピン分極率が高いと期待されるFeCrSi組成においては、その性能を実現するにはL2構造であることが必要であるが、Feに対してRuを一定割合で置換したときのみ、L2構造が得られていた。しかしRuは高価でしかも環境負荷の大きい重金属であることから、Ru等を用いること無く、L2構造の単相組織を得るための方法が求められていた。
【解決手段】
FeCrSiの組成となるように各原料を秤量、配合し、これをアーク溶解法または高周波溶解法で溶解し、インゴットを得る。 このインゴットをL2構造の単相組織を得る目的で熱処理を行う。その条件として、1375K以上1523K以下の温度で、1時間以上240時間以下の範囲で不活性ガス中で熱処理を行うことにより、L2構造(ホイスラー構造)の単相組織が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は巨大磁気抵抗素子(スピンバルブ素子)、MRAM(磁気ランダムアクセスメモリ)素子等に代表されるスピントロニクス・デバイスへ応用可能なハーフメタル磁性合金の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のエレクトロニクス・デバイスでは電子の自由度の一つである電荷の動きを制御することで様々な機能のデバイスが作製されてきた。しかし近年は電子のもう一つの自由度であるスピンの制御による新機能デバイス(スピントロニクス・デバイス)の開発研究が盛んに行われている。
【0003】
この様なスピントロニクス・デバイスを実現するのに有用な材料にハーフメタル強磁性体がある。この材料では、片方のスピンのバンド構造が金属的であるのに対し、他方のスピンのバンド構造が半導体的であるという特徴を有する。従ってフェルミ準位におけるスピン分極率が100%である。
【0004】
この様な材料を強磁性層とするスピンバルブ素子は理論上は無限大の磁気抵抗変化率を示すことが予測されており、ハードディスクの読み取りヘッド、MRAM(磁気ランダムアクセスメモリ)素子への応用が期待されている。
【0005】
このための基礎研究として、L2構造(ホイスラー構造)を有するFeCrSi及びFeにRuを置換した(Fe,Ru)2CrSiのバンド構造を計算し、これら一連の合金がフェルミ準位において高いスピン分極率を示し、ハーフメタルとなることを理論的に予測した研究がある。この研究では、同時にまた、このFe―Cr―Si系合金においては、Fe原子とCr原子またはFe原子とSi原子の原子交換が起こり、L2構造が乱れても、フェルミ準位における高いスピン分極率を維持することを明らかにしている(例えば、非特許文献1参照)。これにより、Fe−Cr−Si系合金の性能優位性が示されている。
【非特許文献1】Ishida,Mizutani,Fujii,Asano:Mater.Trans., 47(2006)31−37.
【0006】
一方、FeCrSi系とそのFeの一部をRuで添加した化合物の構造と磁気特性を調べた研究では、FeCrSiはB2構造であり、この合金系でL2構造(ホイスラー構造)を得るにはRuをFeに対して5%以上置換する必要がある((Fe,Ru)2CrSi)ことが示された(例えば、非特許文献2参照)。
【非特許文献2】Matsuda,Hiroi,Kawakami: J. Phys.:Condens., 17(2005)5889−5894.
【0007】
非特許文献1および2によれば、FeCrSi合金で高いスピン分極率を得るにはL2構造(ホイスラー構造)である必要があるが、この3元系では得られておらず、一方、FeにRuを置換した組成であればL2構造(ホイスラー構造)が実現できることが明らかとなっている。
しかしRuは高価であり、しかも重金属であることから環境負荷が大きく、その実用化には問題がある。したがってRuを用いることなくFe−Cr−Si3元系のみでL2構造(ホイスラー構造)の単相組織を得ることが期待される。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、本発明の目的は、もっともスピン分極率が高いと期待されるFeCrSi組成で、しかもRu等の高価で環境負荷の大きい重金属元素を用いること無く、L2構造(ホイスラー構造)の単相組織を得るための製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、このような経過において鋭意研究を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
すなわち、第1の発明として、FeCrSiの組成となるように各原料を秤量、配合し、これをアーク溶解法または高周波溶解法で溶解し、インゴットを得る。 このインゴットをL2構造(ホイスラー構造)の単相組織を得ることを目的として熱処理を行う製造方法を提案した。さらに第2の発明として、第1の発明における熱処理の条件として、温度が1375K以上1523K以下において、1時間以上240時間以内の範囲で不活性ガス雰囲気中で熱処理することにより、L2構造の単相組織を得る製造方法を提案した。

【発明の効果】
【0010】
以上述べたように、本発明の製造条件を最もスピン分極率が高いと期待されるFe−Cr−Si3元系合金に適用することで、高価で環境負荷の大きいRuを用いることなく、L2構造(ホイスラー構造)の単相組織を得ることが可能となった。

【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明を実施するための最良の形態について、実施例にもとづき図を用いて詳細に説明する。しかし、本発明はこの実施例のみに限定されるものではない。

【実施例】
【0012】
図1は、ハーフメタル磁性体のバンド構造(状態密度)を模式的に示した図である。図2は、L2構造(ホイスラー構造)でX2YZ組成の原子配列を模式的に示した図である。図3はB2構造でAB組成の原子配列を模式的に示した図である。

【0013】
実施例においてはFe,Cr,Siの各原料の所定量を秤量し、混合して、更にそれをアーク溶解法にて溶解してFeCrSiの組成のインゴットを作製した。得られたインゴットについてL2構造(ホイスラー構造)の単相組織を得ることを目的に熱処理を行った。また様々な温度および時間で熱処理を行い、その最適条件を検討した。得られた試料について、X線回折による結晶構造解析、組織観察、磁気測定を行った。得られた結果の代表例を図4〜8に示す。
【0014】
図4は作製した合金インゴットを1323Kで72時間熱処理した試料のX線回折図形である。L2構造(ホイスラー構造)によるピークには同定された面指数を記載してあるが、L2構造(ホイスラー構造)としては同定されないピークが4本確認されており、従って、この熱処理ではL2構造(ホイスラー構造)単相でないことが明らかである。
【0015】
図5は、図4と同じ熱処理を施した試料の光学顕微鏡写真である。これによれば明らかに2相が存在していることがわかる。
【0016】
図6は、作製した合金インゴットを1473Kで72時間熱処理した試料のX線回折図形である。L2構造(ホイスラー構造)によるピークには同定された面指数を記載してあるが、これ以外の結晶構造を示す回折ピークは観測されていない。すなわち、この熱処理条件では、L2構造(ホイスラー構造)のみが得られることがわかる。
【0017】
図7は、図6と同じ熱処理を施した試料の光学顕微鏡写真である。これによれば異相の存在は確認できず、試料が単相組織であることを示している。図6の結果とあわせて考えると、この熱処理を施した試料がL2構造(ホイスラー構造)のFeCrSi単相組織であることが明らかである。
【0018】
図8は、図6と同じ熱処理を施した試料の、室温で測定された磁化曲線である。飽和磁化は49 emu/gである。この値は理論値と良く一致している(非特許文献1参照)。すなわち、この熱処理を施した後の状態は、磁気的性能から見てもFeCrSi組成で、かつL2構造単相であると考えられる。
【0019】
以上の様に、インゴットにL2構造(ホイスラー構造)の単相組織を得ることを目的として熱処理を行うこと、またその熱処理条件を、熱処理温度、時間を様々に変えて検討した。その結果、L2構造(ホイスラー構造)の単相組織を得ることを目的とした熱処理を行う製造条件が有効であることを明らかにした。またその熱処理条件として、1373K以上1523K以下の温度範囲で、また熱処理時間は1時間以上240時間以下の範囲であれば、L2構造(ホイスラー構造)の単相組織が得られることを明らかにした。

【産業上の利用可能性】
【0020】
以上述べたように、スピントロニクス・デバイスを実現するのに、ハーフメタル磁性合金は有用であり、その中でもホイスラー型ハーフメタル磁性体に対する期待は高い。従って、例えばスピンバルブ素子の強磁性層に本材料を適用することで,高速回転,高密度記録に対応可能なハードディスクの読み取りヘッド,あるいは消費電力の低いMRAM(磁気ランダムアクセスメモリー)素子等の各種スピントロニクス・デバイスの実現を促進するものである。

【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】ハーフメタル磁性体のバンド構造(状態密度図)を模式的に示した図である。
【図2】L2構造(ホイスラー構造)でX2YZ組成の原子配列を模式的に示した図である。
【図3】B2構造でAB組成の原子配列を模式的に示した図である。
【図4】1323Kで72時間熱処理したFeCrSiのX線回折図形を示す図である
【図5】1323Kで72時間熱処理したFeCrSiの組織の光学顕微鏡写真を示す図である。
【図6】1473Kで72時間熱処理したFe2CrSiのX線回折図形を示す図である
【図7】1473Kで72時間熱処理したFeCrSiの組織の光学顕微鏡写真を示す図である。
【図8】1473Kで72時間熱処理したFeCrSiの磁化曲線を示す図である。
【符号の説明】
【0022】
1(X)、 L2構造のFeCrSi組成におけるFe原子
2(Y)、 L2構造のFeCrSi組成におけるCr原子
3(Z)、 L2構造のFeCrSi組成におけるSi原子
4(A)、 B2構造のFeCrSi組成におけるFe原子
5(B)、 B2構造のFeCrSi組成におけるCr原子またはSi原子



【特許請求の範囲】
【請求項1】
FeCrSiの組成からなる、Ruなどの重金属を含まないハーフメタル磁性合金インゴットを、L2構造(ホイスラー構造)の単相組織を得ることを目的として熱処理することを特徴とする、ハーフメタル磁性合金の製造方法
【請求項2】
熱処理の温度が1373K以上1523K以下、時間が1時間以上240時間以下の範囲で不活性ガス中で熱処理することを特徴とする、請求項1に記載のハーフメタル磁性合金の製造方法




【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−63638(P2008−63638A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−244988(P2006−244988)
【出願日】平成18年9月11日(2006.9.11)
【出願人】(304027349)国立大学法人豊橋技術科学大学 (391)
【Fターム(参考)】