説明

Fusariumuoxysporumのジャガイモシストセンチュウおよびジャガイモそうか病に対する防除方法

【課題】ジャガイモシストセンチュウ卵の発育阻害能および/またはジャガイモそうか病菌の生育阻害能を有する微生物およびその用途を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明者らは、長崎県内の本種発生圃場から採集したシスト内の卵に寄生している糸状菌数種を単離し、さらに、その中から、本種の卵に対する寄生性が高く、寄生することにより発育異常卵を発生させる1菌株を選抜した。選抜した天敵微生物(Fusarium oxysporum)は、本種卵の正常な発育を阻害し、本種の密度を低下させること、有機物(堆肥)を同時処理することによりさらにその効果が高まることを明らかにした。また、本微生物はジャガイモそうか病菌の生育を阻害することを明らかにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジャガイモシストセンチュウおよびジャガイモそうか病菌の天敵微生物、並びに、当該微生物の利用に関する。
【背景技術】
【0002】
ジャガイモシストセンチュウ(Globadera rostochiensis Wollenweber)は、南米ペルー原産でヨーロッパ、北・南米等世界各地に分布し、ジャガイモ、トマト、ナス等のナス科植物に寄生・加害し、特にジャガイモの被害(寄生による生育不良に伴う、収量減)が大きい。しかし、本種を絶滅させる防除技術は未だ開発されておらず、国際植物防疫上でも重要な線虫であり、日本国の植物防疫法においても生ジャガイモの輸入禁止、本種発生圃場における種馬鈴薯の生産禁止等規制が設けられている。本種の日本国内での発生は北海道、長崎県、青森県、三重県で認められており、粒剤や土壌薫蒸剤による化学的防除が主体的に行われている。
【0003】
一方、ジャガイモそうか病の病原菌にはStreptomyces scabies、S. acidiscabies および S. turgidiscabies の3種があり、塊茎(イモ)の表面に中央部がやや陥没した淡〜灰褐色かさぶた状等の病斑を形成する世界的なジャガイモの重要病害である。本病の防除法は、土壌薫蒸剤による化学的防除のみである。
【0004】
両病害虫とも抵抗性品種の育成、耕種的防除法の開発等が進められているが、化学的防除にまさる防除技術は普及していない中、近年、環境負荷軽減および安全・安心な農産物生産が求められており、化学農薬だけに頼らない防除技術の確立が強く望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】相場聡.ジャガイモシストセンチュウ等の天敵微生物の特性と拮抗機構の解明.研究成果.274:67-71(1992)
【非特許文献2】相場聡・松崎守夫.マメ科作物連作圃場におけるダイズシストセンチュウ卵の糸状菌寄生率に及ぼす有機物の影響.北日本病虫研報.46:194-196(1995)
【非特許文献3】赤坂安盛.天敵微生物によるダイズシストセンチュウの防除.1.ダイズシストセンチュウの卵から分離した糸状菌の寄生性.北日本病虫研報.40:149-151(1989)
【非特許文献4】氣賀澤和男.ダイズシストセンチュウの卵寄生菌に関する研究(1)土壌条件と卵寄生菌の活性.北日本病虫研報.43:124-126(1992)
【非特許文献5】氣賀澤和男・酒井真次.ダイズシストセンチュウの卵寄生菌に関する研究(1)ダイズ圃場におけるダイズシストセンチュウ密度と卵寄生の動態.43:127-128(1992)
【非特許文献6】吉田隆延・野村良邦・清水啓.ダイズシストセンチュウ卵に寄生する糸状菌(Fusarium oxysporum)の培養特性並びに作物に対する病原性.北日本病虫研報.47:88-90(1996)
【非特許文献7】串田篤彦・植原健人・百田洋二、シストセンチュウに寄生性を示す2種糸状菌について、日本線虫学会誌、29(1):45(1999)(第7回大会講演要旨)
【非特許文献8】渡邊健・本橋みゆき、非病原性フザリウム菌を用いたイネ種子伝染性病害の生物防除(1)ばか苗病、苗いもちに対する防除効果、日本植物病理学会報、71(3):282(2005)(平成17年度大会講演要旨)
【非特許文献9】本橋みゆき・渡邊健、非病原性フザリウム菌を用いたイネ種子伝染性病害の生物防除(2)もみ枯細菌病、苗立枯細菌病、褐条病に対する防除効果、日本植物病理学会報、71(3):282(2005)(平成17年度大会講演要旨)
【非特許文献10】渡邊健、非病原性フザリウム菌の機能開発と今後の展望.第9回バイオコントロール研究会資料(日本植物病理学会主催)、34-46(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような状況に鑑みて為されたものであり、その目的は、ジャガイモシストセンチュウ卵の発育阻害能および/またはジャガイモそうか病菌の生育阻害能を有する微生物(例えば、受託番号:NITE P-910で特定される、Fusarium oxysporum Fo40-1)を提供することである。また、本発明は、当該微生物を含む資材を提供することを課題とする。さらに、本発明は、当該微生物または当該資材を含む、ジャガイモシストセンチュウおよび/またはジャガイモそうか病菌の防除剤、ジャガイモシストセンチュウ卵の発育阻害および/またはジャガイモそうか病菌の生育阻害に用いられるための剤、ジャガイモシストセンチュウの寄生による植物体の生育不良の改善に用いられるための剤、並びに、ジャガイモそうか病菌による植物体の食用部分の表面に形成される病斑の形成抑制に用いられるための剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行ったところ、ジャガイモシストセンチュウ防除現地試験において、無防除にもかかわらず、本種が低密度に抑えられる減少が認められ、土着の天敵微生物が関与している可能性が示唆された。
そこで、長崎県内の本種発生圃場から採集したシスト内の卵に寄生している糸状菌数種を単離した。さらに、本種の卵に対する寄生性が高く、寄生することにより発育異常卵を発生させる1菌株を選抜した。
選抜した天敵微生物(Fusarium oxysporum)は、本種卵の正常な発育を阻害し、本種の密度を低下させること、有機物(堆肥)を同時処理することによりさらにその効果が高まることを明らかにした。
また、本微生物はジャガイモそうか病菌の生育を阻害することを明らかにした。
【0008】
本発明は、より具体的には以下の〔1〕〜〔19〕を提供するものである。
〔1〕 受託番号:NITE P-910で特定される、Fusarium oxysporum Fo40-1。
〔2〕 〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1を含む資材。
〔3〕 有機物をさらに含む、請求項2記載の資材。
〔4〕 〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材を含む、ジャガイモシストセンチュウおよび/またはジャガイモそうか病菌の防除剤。
〔5〕 〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材を含む、ジャガイモシストセンチュウ卵の発育阻害および/またはジャガイモそうか病菌の生育阻害に用いられるための剤。
〔6〕 〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材を含む、ジャガイモシストセンチュウの寄生による植物体の生育不良の改善に用いられるための剤。
〔7〕 〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材を含む、ジャガイモそうか病菌による植物体の食用部分の表面に形成される病斑の形成抑制に用いられるための剤。
〔8〕 〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材で植物体を処理する、または、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材を植物体周辺の土壌に混和する工程を含む、ジャガイモシストセンチュウおよび/またはジャガイモそうか病菌の防除方法。
〔9〕 〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材で植物体を処理する、または、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材を植物体周辺の土壌に混和する工程を含む、ジャガイモシストセンチュウ卵の発育を阻害および/またはジャガイモそうか病菌の生育を阻害するための方法。
〔10〕 〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材で植物体を処理する、または、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材を植物体周辺の土壌に混和する工程を含む、ジャガイモシストセンチュウの寄生による植物体の生育不良を改善するための方法。
〔11〕 〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材で植物体を処理する、または、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材を植物体周辺の土壌に混和する工程を含む、ジャガイモそうか病菌による植物体の食用部分の表面に形成される病斑の形成を抑制するための方法。
〔12〕 ジャガイモシストセンチュウおよび/またはジャガイモそうか病菌の防除剤の製造における、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材の使用。
〔13〕 ジャガイモシストセンチュウ卵の発育阻害および/またはジャガイモそうか病菌の生育阻害に用いられるための剤の製造における、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材の使用。
〔14〕 ジャガイモシストセンチュウの寄生による植物体の生育不良の改善に用いられるための剤の製造における、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材の使用。
〔15〕 ジャガイモそうか病菌による植物体の食用部分の表面に形成される病斑の形成抑制に用いられるための剤の製造における、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材の使用。
〔16〕 ジャガイモシストセンチュウおよび/またはジャガイモそうか病菌の防除に使用するための、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材。
〔17〕 ジャガイモシストセンチュウ卵の発育を阻害および/またはジャガイモそうか病菌の生育の阻害に使用するための、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材。
〔18〕 ジャガイモシストセンチュウの寄生による植物体の生育不良の改善に使用するための、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材。
〔19〕 ジャガイモそうか病菌による植物体の食用部分の表面に形成される病斑の形成の抑制に使用するための、〔1〕のFusarium oxysporum Fo40-1または〔2〕もしくは〔3〕の資材。
【発明の効果】
【0009】
本発明によって、ジャガイモシストセンチュウ卵の発育阻害能および/またはジャガイモそうか病菌の生育阻害能を有する微生物(例えば、受託番号:NITE P-910で特定される、Fusarium oxysporum Fo40-1)が提供された。前述のとおり、ジャガイモシストセンチュウおよびジャガイモそうか病は、バレイショの世界的な重要かつ難防除病害虫である。発見された天敵微生物を用いて、化学合成農薬を使用することなく、このバレイショの世界的な重要かつ難防除である両病害虫を同時に防除できる。従来、化学合成農薬2成分以上の混合剤を除いて、両病害虫を同時防除できる資材、防除技術は開発されておらず、本天敵微生物1種類で同時防除ができることは特筆すべきことである。また、化学合成農薬が不要となり、環境負荷低減、環境保全等に寄与できるものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】天敵微生物の寄生によりジャガイモシストセンチュウ卵が発育異常となる効果を示す図である。
【図2】堆肥の施用が天敵微生物の寄生によりジャガイモシストセンチュウ卵が発育異常となる効果を向上させることを示す図である。
【図3】天敵微生物のジャガイモそうか病に対する生育抑制能の検定基準を示す図及び写真である。
【図4】天敵微生物のそうか病菌2種(Streptomyces scabies、S. acidiscabies)に対する生育抑制能を示す図である。
【図5】天敵微生物のそうか病菌3種(Streptomyces scabies、S. acidiscabies および S. turgidiscabies)に対する拮抗作用を示す図である。
【図6】天敵微生物の発育温度特性を示す図である。
【図7】天敵微生物の発育pH特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、ジャガイモシストセンチュウおよびジャガイモそうか病菌の天敵微生物(以下「本発明の微生物」という)に関する。本発明の微生物は、ジャガイモシストセンチュウ卵の発育阻害能および/またはジャガイモそうか病菌の生育阻害能を有することに特徴づけられる。本発明の微生物としては、例えば、Fusarium oxysporumに属する糸状菌を挙げることができるが、上述の特徴を有する限りこれに限定されない。なお、本発明のFusarium oxysporumには、本発明のFusarium oxysporumに由来する胞子も含まれる。
【0012】
本発明のFusarium oxysporumは、後述の実施例に記載の培養的・形態的性質を示す。また、本発明のFusarium oxysporumを培養する際の温度条件については、例えば、10℃〜35℃で培養することができるが、好ましくは25℃〜30℃、より好ましくは、27.5℃の条件で培養することができる。また、本発明のFusarium oxysporumを培養する際のpH条件については、pH3.0〜pH10.0で培養することができる。
【0013】
一般に、Fusarium菌の発育に対する最適pHはpH6〜8とされているところ(「作物のフザリウム病」、松尾・駒田・松田編集、全国農村教育協会、p230、1982)、本発明のFusarium oxysporumの場合、発育の最適pHはなく、pH3.0〜10.0域で発育に顕著な差がなかった。この点が、本発明のFusarium oxysporumの大きな特徴であり、公知のFusarium oxysporumの菌株と明確に相違する。
【0014】
ジャガイモシストセンチュウは、学名「Globadera rostochiensis Wollenweber」、英名「Golden nematode」と呼ばれ、世界中のジャガイモ最重要害虫として知られている。ナス科植物に寄生し、栽培作物では、ジャガイモ、トマト、ナスに寄生し、特にジャガイモの被害が大きい。日本国内での寄生は、ジャガイモでは北海道、青森県、三重県、長崎県で、トマトでは北海道で確認されている。ジャガイモシストセンチュウはバレイショ根部に寄生し、植物体の生育不良を招き、塊茎(イモ)が小型となり、結果として収量の減少を招く。
【0015】
ジャガイモそうか病菌としては、3種のStreptomyces属菌(S. scabies、S. acidiscabies 、S. turgidiscabies)が知られており、ジャガイモ塊茎(イモ)に寄生し、中央部がやや陥没した淡〜灰褐色かさぶた状等の病斑を形成する。栽培作物では、例えば、ジャガイモの他テンサイ、ゴボウ、ニンジン等に寄生し、S.scabiesがテンサイそうか病、S.turgidiscabiesがゴボウそうか病、ニンジンストレプトミセスそうか病の病害を引き起こすと言われている。ジャガイモそうか病は塊茎(イモ)の表面に病斑を形成するため、商品価値を著しく低下させ、病斑数が多いイモは出荷不可となり、病斑数が少ない場合もイモの価格は低下し、減収・減益となる。
【0016】
本発明の微生物が有する、「ジャガイモシストセンチュウ卵の発育阻害能」とは、本発明の微生物の菌糸が卵の内部に侵入・寄生し、卵の正常な発育を阻害することをいう。
【0017】
また、本発明の微生物が有する、「ジャガイモそうか病菌の生育阻害能」とは、本発明の微生物が拮抗作用によりそうか病菌の正常な発育を阻害することをいう。
【0018】
本発明の微生物として、より好ましくは、受託番号:NITE P-910で特定されるFusarium oxysporum Fo40-1菌株を挙げることができる。以下にFo40-1の寄託情報を記載する。
(イ)寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(所在地:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 郵便番号292-0818)
(ロ)寄託日:2010年3月3日
(ハ)受託番号:NITE P-910
【0019】
また、本発明は、本発明の微生物を含む資材(以下「本発明の資材」という)に関する。
本発明の資材は、本発明の微生物それ自体に加え、その培養液や懸濁液(形成された胞子および伸長した菌糸がバラバラとなり、浮遊している状態の液)、さらには、その処理物(例えば、濃縮物、ペースト状物、乾燥物、希釈物(胞子および菌糸が均一に混入した固体あるいは液体)等)を用いて製造することができる。また、本発明のFo40-1を利用する場合は、さらに、Fo40-1に由来する胞子も本発明の資材を製造するために用いることができる。
【0020】
また、本発明の資材は、有機物をさらに含むこともできる。
有機物としては、例えば、堆肥(例えば、牛糞堆肥等)、フスマ、米ぬか、籾殻、サトウキビ茎廃物等またはそれらの組み合わせを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0021】
また、本発明は、本発明の微生物または本発明の資材を含む、ジャガイモシストセンチュウおよび/またはジャガイモそうか病菌の防除剤に関する。また、本発明は、本発明の微生物または本発明の資材を含む、ジャガイモシストセンチュウ卵の発育阻害および/またはジャガイモそうか病菌の生育阻害に用いられるための剤に関する。さらには、本発明は、本発明の微生物または本発明の資材を含む、ジャガイモシストセンチュウの寄生による植物体の生育不良の改善、または、ジャガイモそうか病菌による植物体の食用部分(例えば、塊茎(イモ)あるいはテンサイ、ゴボウ、ニンジンの根部等、植物体の各部位の中で食用とするのに適した部位をいい、収穫物と表現することもできる)の表面に形成される病斑の形成抑制に用いられるための剤に関する。以下これらをまとめて「本発明の剤」という。
【0022】
なお、本発明の剤は、本発明の微生物もしくは本発明の資材で植物体を処理する、または、本発明の微生物もしくは本発明の資材を植物体周辺の土壌に混和する工程を含む、ジャガイモシストセンチュウおよび/またはジャガイモそうか病菌の防除方法と表現することもできる。また、本発明の微生物もしくは本発明の資材で植物体を処理する、または、本発明の微生物もしくは本発明の資材を植物体周辺の土壌に混和する工程を含む、ジャガイモシストセンチュウ卵の発育を阻害および/またはジャガイモそうか病菌の生育を阻害するための方法と表現することもできる。さらに、本発明の微生物もしくは本発明の資材で植物体を処理する、または、本発明の微生物もしくは本発明の資材を植物体周辺の土壌に混和する工程を含む、ジャガイモシストセンチュウの寄生による植物体の生育不良を改善、または、ジャガイモそうか病菌による植物体の食用部分(例えば、塊茎(イモ)あるいはテンサイ、ゴボウ、ニンジンの根部等、植物体の各部位の中で食用とするのに適した部位をいい、収穫物と表現することもできる)の表面に形成される病斑の形成を抑制するための方法と表現することもできる。
【0023】
本発明の剤は、本発明の微生物それ自体に加え、その培養液や懸濁液(形成された胞子および伸長した菌糸がバラバラとなり、浮遊している状態の液)、さらには、その処理物(例えば、濃縮物、ペースト状物、乾燥物、希釈物(胞子および菌糸が均一に混入した固体あるいは液体)等)、本発明の資材を用いて製造することができる。また、本発明のFo40-1を利用する場合は、さらに、Fo40-1に由来する胞子も本発明の資材を製造するために用いることができる。
【0024】
剤型としては、例えば、粉剤、粒剤、水和剤、顆粒水和剤、フロアブル剤等の形態に製剤化して使用することができる。その際、必要に応じて、担体、界面活性剤、分散剤又は補助剤等を配合することができる。
【0025】
担体としては、例えば、クレー、タルク、ベントナイト、珪藻土、ホワイトカーボン、カオリン、バーミキュライト、消石灰、珪砂、硫安、尿素等の固体担体を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0026】
界面活性剤及び分散剤としては、例えば、アルキルベンゼンスルホン酸金属塩、ポリオキシエチレンアルキルアリールエーテル、アルキル硫酸ナトリウム、アルキルナフタレンスルホン酸ナトリウム、ジナフチルメタンジスルホシ酸ナトリウム、リグニン酸ナトリウム等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0027】
補助剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、ポリオキシエチレングリコール、アラビアゴム、澱粉、乳糖等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0028】
上述のようにして製造した本発明の剤は、土壌に混和する方法や、水等に懸濁した後に灌注処理する方法により使用することができる。また、必要に応じて、植物の種子または根を浸漬、噴霧、塗布または粉衣処理する方法により使用することもできる。また、植物全体に散布する方法によっても使用することができる。
【0029】
当業者であれば、剤型の種類、使用方法、使用場所、使用目的に応じて使用量を適宜決定することができるが、例えば、有効成分となる本発明の微生物に由来する成分の胞子濃度が、102〜109個/mlとなるように使用することができ、好ましくは105個/ml以上の胞子濃度で使用することができるが、これらに限定されない。
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
【実施例1】
【0030】
本発明の実施例では、供試菌として、2005年6月に採集した本種の卵から分離した菌(Fo40-1)をCMA培地で培養したものを使用した。
[ジャガイモシストセンチュウに対する効果1(2006年)]
1.試験方法
1)材料:奈良部(2006)の方法に準じて、2006年4月7日、滅菌土壌200gを入れたプラスチックカップに感受性品種「ニシユタカ」1塊茎を置き、1カップ当たり5シスト(ジャガイモシストセンチュウ発生圃場土壌より採集)ずつ接種した。その後、暗黒・室温条件で管理した。なお、菌の接種区および無接種区ともに6カップを設置した。
2)菌の接種:同年5月2日、菌接種区のカップに9cmシャーレで培養した供試菌を1カップ当たり1/4プレートずつ滅菌水で破砕し、ニシユタカおよびその周辺土壌に接種した。
3)調査:同年5月24日、新たに形成されたシストを1カップ当たり9個採集・切開し、その内部の卵数を正常卵(透明感があり、幼虫体が確認できる)および発育異常卵(内部が濁り、透明感がない)に分け調査した。
【0031】
2.結果および考察
1)菌接種区は、無接種区に比べ高い割合で発育異常卵が認められた(図1)。
2)菌接種区は、接種した菌がシスト内の卵に寄生し、発育異常卵の割合が高くなったと考えられた。
【実施例2】
【0032】
[ジャガイモシストセンチュウに対する効果2(2008年)]
1.試験方法
1)材料:2008年10月6日、ジャガイモシストセンチュウ発生圃場から採取した土壌を入れたワグネルポット(1/5000a)に感受性品種「ニシユタカ」を植え付け、人工気象器内で10月6日〜12月26日は25℃(16L8D)、12月27日〜2月2日は23℃(16L8D)条件下で管理した。なお、堆肥の施用量と天敵糸状菌の接種の有無により、以下の5区を設け、1区5ポットを設置した。
(i)シストセンチュウ発生土壌3000g
(ii)シストセンチュウ発生土壌3000g+天敵糸状菌
(iii)シストセンチュウ発生土壌2600g+牛ふん堆肥400g
(iv)シストセンチュウ発生土壌2600g+牛ふん堆肥200g+天敵糸状菌
(v)シストセンチュウ発生土壌2600g+牛ふん堆肥400g+天敵糸状菌
2)菌の接種:同年10月17日、上記(ii)、(iv)および(v)区のポットに天敵糸状菌の胞子懸濁液(胞子濃度:2.2×10個/ml)を1ポット当たり250ml処理し、菌をポット内の土壌表面に接種した。
3)調査:2009年2月2日(収穫後)、新たに形成されたシストを1ポット当たり10個採集・切開し、その内部の卵数を正常卵(透明感があり、幼虫体が確認できる)および発育異常卵(内部が濁り、透明感がない)に分け調査した。
【0033】
2.結果および考察
1)菌無接種の(i)および(iii)区は、植え付け前と収穫後の発育異常卵率に変化が認められなかったが、菌を接種した(ii)、(iv)および(v)区では収穫後に発育異常卵の割合が高くなった(図2)。
2)菌接種区は、接種した菌がシスト内の卵に寄生し、発育異常卵の割合が高くなったと考えられた。
3)また、牛ふん堆肥を加用することでその割合が高まり、さらに加用量が多くなるとその割合も高まった(図2)。
4)堆肥の加用が菌の増殖あるいは寄生能力に影響し、寄生卵率(発育異常卵率)が向上したと考えられた。
5)なお、実施例1との発育異常卵率の差異は、実験条件の違いが起因していると考えられた。実施例1の試験では種イモの上に土壌がない条件で菌を接種しており、イモの根部周辺の菌密度が高く、卵への寄生率が高くなったと考えられた。一方、実施例2の試験では種イモの上に土壌をかぶせ、その上から接種しており、イモの根部周辺の菌密度が低く、卵への寄生率が低くなったと考えられた。
【実施例3】
【0034】
[天敵糸状菌の同定(2008年)](株式会社テクノスルガ・ラボ委託)
1.試験方法
1)形態観察
天敵糸状菌を下記の条件で培養し、培養期間7〜14日で巨視的および微視的形態観察を行った。
・培地 ポテトデキストロース寒天培地「ダイゴ」(日本製薬、東京):PDA
2%Malt Agar:MA
Bacto Oatmeal Agar(Becton Dickinson,MD,USA):OA
LcA(三浦培地):LcA
・培養温度 25℃
2)DNA塩基配列解析
天敵糸状菌のDNAを抽出、増殖し、28S rDNA-D1/D2およびITS-5.8S rDNAの塩基配列を解析し、系統分析を行った。
【0035】
2.結果および考察
1)各培地上で培養10日後の巨視的形態観察の結果、表1のような特徴が認められた。すなわち、各種培地において、コロニー直径は65〜75mm、コロニー色調はLcA培地を除き赤紫系、表面性状は羊毛状、可溶性色素は認められなかった。
2)微視的形態観察の結果、下記のような特徴が認められた。
・栄養菌糸:無色、有隔壁菌糸が寒天表面上もしくは寒天内に形成された。
・無性生殖器官:分生子柄は栄養菌糸から直生し、分岐あるいは非分岐し、その先端部の分生子形成細胞であるフィアライドから分生子が形成された。分生子はフィアロ型分生子で、無色の卵形〜紡錘形で1細胞性の小型分生子(約1〜2×4〜6μm)と紡錘形〜三日月形で3〜4細胞性の大型分生子(約1〜2×20〜25μm)の2種の分生子が形成された。
・有性生殖器官:約1ヶ月間の培養では、有性生殖器官の形成は確認できなかった。
3)以上、形態観察の結果、Fusarium属に類似した特徴が観察された。
4)DNA塩基配列解析の結果、28S rDNA-D1/D2およびITS-5.8S rDNA塩基配列はFusarium oxysporumと高いあるいは100%の相同率を示し、相同性検定で得られた上位の塩基配列をもとに作成した系統樹においても、28S rDNA-D1/D2、ITS-5.8S rDNAともにF.oxysporumと同一の系統枝を形成した。よって、本天敵糸状菌はF.oxysporumと考えられた。
5)以上の形態観察およびDNA塩基配列解析の結果から、本天敵糸状菌はF.oxysporumと推察された。
【0036】
【表1】

【実施例4】
【0037】
[ジャガイモそうか病に対する生育抑制能の検定(2009年)]
1.試験方法
1)対象菌:ジャガイモそうか病菌3種(Streptmyces scabies, Streptmyces acidiscabies, Streptmyces turgidiscabies 以下、それぞれS.s.、S.a.、S.t.とする。)
2)材料:MBA培地(肉エキス1g、酵母エキス1g、トリプトン2g、グリセリン20g、寒天20g、蒸留水1000mL、pH7.0)を用いたバイオアッセイ法により評価した。すなわち、オートクレーブ滅菌後、そうか病原菌種胞子を50℃に冷却した培地に添加し、9cmシャーレの平板プレートに分注し固化させた。固化後の平板プレート中央の一点に、白金線を用いて天敵微生物を接種し、25℃に設定した恒温器内で培養した。なお、検定は3反復で行った。
3)調査:培養開始72時間後に平板プレートを観察し、糸状菌のコロニーの直径(mm)、周囲に形成されたハローの直径(mm)を測定し、観察されたハローの直径と糸状菌のコロニーの直径の差を生育阻止帯(mm)と定義し、天敵微生物の生育抑制能の強さの指標として用いた(図3)。
【0038】
2.結果および考察
1)天敵微生物は、接種72時間後において、そうか病菌2種(S.s.、S.a.)に対して生育阻止帯を形成し、生育抑制能を示した(図4)。このことから、天敵微生物はそうか病菌2種(S.s.、S.a.)の生育を抑制していると考えられた。しかし、そうか病菌S.t.に対する生育抑制能は、培地上におけるS.t.の生育が確認できなかったため評価することができなかった。
【実施例5】
【0039】
[ジャガイモそうか病に対する拮抗作用の検定(2009年)]
1.試験方法
1)対象菌:ジャガイモそうか病菌3種(Streptmyces scabies, Streptmyces acidiscabies, Streptmyces turgidiscabies 以下、それぞれS.s.、S.a.、S.t.とする。)
2)材料:MBA培地(肉エキス1g、酵母エキス1g、トリプトン2g、グリセリン20g、寒天20g、蒸留水1000mL、pH7.0)を用いた対峙培養法により評価した。すなわち、9cmシャーレの平板培地中央部に天敵糸状菌を、そこから1cm離した位置4カ所に天敵糸状菌を取り囲むようにそうか病菌を接種し、25℃に設定した恒温器内で培養した。コントロールとしてそうか病菌のみを接種したものを用いた。なお、検定は3反復で行った。
3)調査:接種4日後まで経時的に平板プレートを観察し、そうか病菌コロニー直径(mm)を測定し、コントロールに比べてそうか病菌コロニー直径が小さくなったものを拮抗作用ありとして評価した。
【0040】
2.結果および考察
1)天敵微生物を接種した区は、コントロールに比べてそうか病菌3種(S.s.、S.a.、S.t.)のコロニー直径が小さく推移したことから、天敵微生物はそうか病菌3種に対して拮抗作用を有し、それらの生育を抑制していると考えられた(図5)。
【実施例6】
【0041】
[天敵糸状菌の培養的性質(2009年)]
1.試験方法
1)発育温度特性
PSA培地(ジャガイモ300g、スクロース20g、寒天20g、蒸留水1000mL、pH7.0)で前培養した本菌の菌そう発育先端部分をコルクボーラーを用いて径5mmにくり抜き、径9cmプラスチックシャーレのPSA培地中央部に置床し、5〜35℃(2.5〜5℃間隔の10段階)で5日間培養後、発育した菌そう直径を測定した。なお、検定は5反復とした。
2)発育pH特性
前述の方法に準じて1N HClまたは1N NaOHでpH3.0〜10.0(0.5間隔の15段階)に調製したPSA培地中央部に本菌を置床し、27.5℃で5日間培養後、発育した菌そう直径を測定した。なお、検定は5反復とした。
【0042】
2.結果および考察
1)本菌は10〜35℃で発育し、5℃ではほとんど発育しなかった。また、25〜30℃温度域での発育が旺盛で、最適温度は27.5℃付近と考えられた(図6)。
2)本菌は、検定したpH3.0〜10.0のすべてのpH域で発育した。また、pH9.0で最も発育したが、他のpH域における発育も旺盛で、明確なピークが認められず、最適pHは明確にできなかった(図7)。
3)Fusarium菌の発育に対する最適温度および最適pHはそれぞれ25〜30℃、pH6〜8とされている(「作物のフザリウム病」、松尾・駒田・松田編集、全国農村教育協会、p230、1982)。本菌の発育最適温度はこれと一致したが、最適pHはなく、pH3.0〜10.0域で発育に顕著な差がなく、本菌の大きな特徴と考えられた。この原因として、本菌が採取された長崎県のバレイショ圃場の土壌が酸性土壌であり、本菌も酸性条件に適応しているためと考えられた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号:NITE P-910で特定される、Fusarium oxysporum Fo40-1。
【請求項2】
請求項1記載のFusarium oxysporum Fo40-1を含む資材。
【請求項3】
有機物をさらに含む、請求項2記載の資材。
【請求項4】
請求項1記載のFusarium oxysporum Fo40-1または請求項2もしくは3記載の資材を含む、ジャガイモシストセンチュウおよび/またはジャガイモそうか病菌の防除剤。
【請求項5】
請求項1記載のFusarium oxysporum Fo40-1または請求項2もしくは3記載の資材を含む、ジャガイモシストセンチュウ卵の発育阻害および/またはジャガイモそうか病菌の生育阻害に用いられるための剤。
【請求項6】
請求項1記載のFusarium oxysporum Fo40-1または請求項2もしくは3記載の資材を含む、ジャガイモシストセンチュウの寄生による植物体の生育不良の改善に用いられるための剤。
【請求項7】
請求項1記載のFusarium oxysporum Fo40-1または請求項2もしくは3記載の資材を含む、ジャガイモそうか病菌による植物体の食用部分の表面に形成される病斑の形成抑制に用いられるための剤。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−229443(P2011−229443A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−102024(P2010−102024)
【出願日】平成22年4月27日(2010.4.27)
【出願人】(000214191)長崎県 (106)
【Fターム(参考)】