説明

GLP−1分泌促進剤

【課題】GLP−1分泌促進、グルカゴン分泌抑制、食欲抑制、又は食後高血糖、糖尿病等の疾患若しくは状態の予防及び/又は改善等に有用な物質の提供。
【解決手段】LPI又はその塩を有効成分とするGLP−1分泌促進剤。LPI又はその塩を有効成分とするグルカゴン分泌抑制剤。LPI又はその塩を有効成分とする食欲抑制剤。LPI又はその塩を有効成分とする食後高血糖予防及び/又は改善剤。LPI又はその塩を有効成分とする糖尿病予防及び/又は改善剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、GLP−1(glucagon-like peptide-1)分泌促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
Glucagon−like peptide−1(GLP−1)は、内分泌ホルモンであるグルカゴンと共通の遺伝子及び前駆体から産生されるホルモンである。グルカゴンが脾島のα細胞で産生されるのに対し、GLP−1は腸の内分泌細胞(L細胞)で産生され、その前駆体からグルカゴンとは異なったプロセシングを経て産生される。GLP−1は糖代謝に重要な役割を果たしているインクレチン(incretin: Intestine Secretion Insulin)作用を備えたホルモンであり、栄養素の摂取によって血中に分泌され、膵β細胞に働きかけインスリン分泌を促進し、血糖値を低下させる。GLP−1はまた、膵臓に働きかけてグルカゴン分泌を抑制することにより、肝からのブドウ糖放出を低下させ、血糖値を低下させる。他のGLP−1の作用としては、膵β細胞の増殖促進、胃排泄や胃酸分泌の抑制、及び食欲と摂食の抑制等が知られている(非特許文献1)。従って、GLP−1の効果を高めることは、肥満、糖尿病等の生活習慣病の改善に有用である。近年では、GLP−1補充療法やGLP−1受容体(GLP−1R)アゴニストを利用した糖尿病治療法の開発も進められている。
【0003】
GLP−1はまた、中枢神経系に対する作用を有することが知られている。GLP−1の食欲と摂食の抑制効果は、中枢神経系に存在するGLP−1Rを介するものと考えられている(非特許文献1)。また、GLP−1R欠損マウスでは学習能力が低下する一方で、GLP−1Rを過剰発現させたマウスでは記憶学習能力が向上する(非特許文献2)。培養系での実験では、GLP−1の神経突起伸長促進作用や、神経傷害によるアポトーシスからの保護作用が観察されている(非特許文献3)。従って、GLP−1は、神経変性を抑え、認知症等の神経変性疾患や糖尿病に伴う神経障害の改善に有用な物質としても期待されている。
【0004】
また、GLP−1は、糖尿病患者の血糖値制御に有用であると考えられている。GLP−1により膵臓のグルカゴン分泌が抑制されると、肝からのブドウ糖放出が低下し、血糖が低下する。この作用は低血糖によるグルカゴン分泌と拮抗せず、またインスリン濃度に依存しないことが報告されている。GLP−1投与により1型糖尿病患者及び2型糖尿病患者で共に、血糖を一定にするのに必要なインスリン量が減少したことも報告されている。さらにGLP−1は、中枢神経系へ作用して食欲を抑制することにより、長期的に血糖値制御に効果を発揮し得る。よって、これらの作用を介して、GLP−1により、糖尿病やインスリン抵抗性の患者の症状を改善できる可能性がある。実際にGLP−1アナログ製剤であるExenatideやLiraglutideが糖尿病治療薬として使用されており、インスリン抵抗性改善効果があることが報告されている(非特許文献4)。
【0005】
しかし、通常GLP−1は非常に分解され易く、生体内での半減期は非常に短い。そのため、体外からGLP−1を投与しても、その血中濃度を一定に保つのは非常に難しい。従って、生体内でのGLP−1濃度を長時間にわたって高めるためには、外からの投与よりも内因性GLP−1の分泌を促進することが望ましい。
【0006】
培養系での研究から、GLP−1の分泌を促進する物質として、パルミチン酸、オレイン酸、肉加水分解物(MH)、ガストリン放出ペプチド(GRP)、カルバコール、フォルスコリン、イオノマイシン、酢酸ミリスチン酸ホルボール(PMA)、必須アミノ酸(EAA)、ロイシン、イソロイシン、スキムミルク、カゼイン、レプチン、ムスカリン性受容体M1、M2がこれまでに報告されている(非特許文献5〜9)。
【0007】
リゾホスファチジルイノシトール(LPI)は、ホスファチジルイノシトール(PI)にホスフォリパーゼA2(PLA2)を作用させることにより得られる物質であり、PIと共に生体内で細胞の情報伝達機構、例えば、細胞内カルシウム上昇、カルシウム放出、PLA2活性化、アデニル酸シクラーゼ活性化、PKC活性化、細胞増殖、Kチャネル開放、インスリン放出等に関与している。
【0008】
LPIの機能としては、脳機能改善、学習能力増強、記憶力増強、痴呆予防・治療(特許文献1)、インターフェロン産生増強(特許文献2)、ヒアルロン酸分泌誘導、再上皮細胞化促進、再中皮細胞化促進による創傷治療(特許文献3)、コラーゲン産生促進(特許文献4)、TRPV2又はTRPV8活性化(非特許文献10、11)、GPR55のリガンド(非特許文献12)、RhaA依存性カルシウムシグナル及び転写因子NFAT活性化の促進(非特許文献13)KチャネルTREK−1活性化(非特許文献14)が知られている。LPIのインスリン分泌促進作用が報告されているが(非特許文献15)、一方、リゾリン脂質吸収低下がインスリンによるグルコース代謝を促進することも報告されており(非特許文献16)、LPIがグルコース代謝に及ぼす影響は未だ明らかにされていない。また、特許文献5には、LPIの継続摂取による血糖降下作用が開示されている。すなわち、LPIを継続摂取することで、蛋白質チロシンホスファターゼ(PTP1B)を阻害することにより、PTP1Bの活性化によるインスリン受容体の脱リン酸化作用が阻害されて、インスリン及びレプチンのシグナル伝達が増強され、その結果、PTP1Bの活性化によって引き起こされるインスリン及びレプチンのシグナル伝達の抑制による血糖上昇が抑制されるというものである。
【0009】
しかしながら、食事による一時的な食後血糖上昇の抑制作用をLPIが有することは知られていない。また、LPIのGLP−1に対する作用については何ら報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平7−17855号公報
【特許文献2】特開平5−320069号公報
【特許文献3】特表2008−521786号公報
【特許文献4】国際公開第2009/028220号
【特許文献5】韓国公開特許第2006−0057337号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Eur J Pharmacol, 2002, 440(2-3):269-279
【非特許文献2】Nat Med, 2003, 9:1173-1179
【非特許文献3】J Pharmacol Exp Ther, 2002, 302(3):881-888
【非特許文献4】医学のあゆみ, 2009, 231(7):755-758
【非特許文献5】Endocrinology, 2001, 142(10):4522-4528
【非特許文献6】Journal of Endocrinology, 2006, 191,159-170
【非特許文献7】Nutrition, 2009, 25(3):340-349
【非特許文献8】Endocrinology, 2003, 144(7):3244-3250
【非特許文献9】Diabetes, 2006, 52(2):252-259
【非特許文献10】Biochim Biophys Acta - Molecular Cell Research, 2009, 1793(3):528-539
【非特許文献11】Journal of Neurosci. 2007, 27(12):3347-3355
【非特許文献12】Biochem Biophys Res Com. 2007, 362(4):928-934
【非特許文献13】FASEB Journal 2009, 23(1):183-193
【非特許文献14】Journal of Membrane Biology. 2003, 195(3):147-164.
【非特許文献15】Biochem Biophys Res Commun. 1986, 138(2):720-727
【非特許文献16】Diabetes, 2006, 55:935-941
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、GLP−1の分泌を促進する物質の提供と、GLP−1分泌促進、グルカゴン分泌抑制、食欲抑制、あるいは食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害、神経障害等の疾患若しくは状態の予防及び/又は改善等における当該物質の使用に関する。また本発明は、当該物質を投与することによる、GLP−1分泌促進、グルカゴン分泌抑制、食欲抑制、あるいは食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害、神経障害等の疾患若しくは状態の予防及び/又は改善の方法の提供に関する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、GLP−1の分泌を促進できる素材について検討したところ、リゾホスファチジルイノシトール(LPI)又はその塩がGLP−1の分泌を促進することができることを見出した。
【0014】
すなわち、本発明は以下を提供する。
(1)リゾホスファチジルイノシトール(LPI)又はその塩を有効成分とするGLP−1分泌促進剤。
(2)リゾホスファチジルイノシトール(LPI)又はその塩を有効成分とするグルカゴン分泌抑制剤。
(3)リゾホスファチジルイノシトール(LPI)又はその塩を有効成分とする食欲抑制剤。
(4)リゾホスファチジルイノシトール(LPI)又はその塩を有効成分とする食後高血糖予防及び/又は改善剤。
(5)リゾホスファチジルイノシトール(LPI)又はその塩を有効成分とする糖尿病予防及び/又は改善剤。
(6)糖尿病又はインスリン抵抗性に罹患していない対象に適用される、(4)記載の食後高血糖予防及び/又は改善剤。
(7)食事30分前から30分後までに投与又は摂取される、(1)〜(6)のいずれか1に記載の剤。
【発明の効果】
【0015】
本発明のGLP−1の分泌促進剤は、優れたGLP−1分泌促進作用を有するとともに、グルカゴン分泌抑制のため、食欲抑制のため、あるいは食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害、神経障害等の疾患の予防及び/又は改善のために有用である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】LPIによるNCI−H716細胞におけるGLP−1分泌促進作用。*:p<0.05、***:p<0.001。
【図2】LPIによるマウスにおけるGLP−1分泌促進作用。*:p<0.05。
【図3】LPIによる食後血糖上昇抑制作用。*:p<0.001。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書において、「GLP−1分泌促進」とは、食事、特に糖質又は脂質を多く含む食事を摂取することで引き起こされる生体内でのGLP−1分泌を促進することを意味する。あるいは、「GLP−1分泌促進」とは、主として食後に生じる生体内でのGLP−1分泌に伴う血中GLP−1濃度上昇を増強するか、上昇したGLP−1濃度を維持するか、又は上昇したGLP−1濃度の低下を抑制することをいう。
また、本発明における「食後」とは摂取した食事中の炭水化物がおおむね吸収されるまでの時間を指し、食事の摂取後の直後(0分)から6時間後まで、好ましくは5時間後まで、より好ましくは4時間後まで、さらに好ましくは3時間後までの時間を指す(Diabete Care,2001,24(4):775−778)。
【0018】
本明細書において、「非治療的」とは、医療行為、すなわち治療による人体への処置行為を含まない概念である。
【0019】
本明細書において、「改善」とは、疾患、症状又は状態の好転、疾患、症状又は状態の悪化の防止又は遅延、あるいは疾患又は症状の進行の逆転、防止又は遅延をいう。
【0020】
本明細書において、「予防」とは、個体における疾患若しくは症状の発症の防止又は遅延、あるいは個体の疾患若しくは症状の発症の危険性を低下させることをいう。
【0021】
本明細書において、リゾホスファチジルイノシトール又はLPIとは、下記式で表される化合物をいう。
【0022】
【化1】

【0023】
上記式中、Rは炭素数13−19の飽和又は不飽和の直鎖炭化水素鎖を表し、好ましくは炭素数15の直鎖飽和炭化水素鎖であるか、炭素数17の直鎖不飽和炭化水素鎖であるか、またはそれらの混合物である。
【0024】
本明細書において、LPIの塩としては、薬学的に許容される塩であれば特に制限されず、例えば、ナトリウム、カリウム、リチウムなどのアルカリ金属の塩、カルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属の塩、アンモニウム塩等が挙げられる。
【0025】
LPIは、例えば、大豆、卵黄等に由来する天然リン脂質、又はそれらを加水分解、水素添加、エステル交換、溶剤分画、精製処理、酵素処理したリン脂質を原料として、ホスフォリパーゼA2を触媒としてリン脂質の2位の結合を分解する方法により得たものを使用することができる。また、リン脂質として、モノグリセリドやジグリセリドのリン酸化によって得られたリン酸エステル等のリン脂質を利用することもできる。
このようにして得られるLPI又はその塩は、医薬品上又は食品上許容し得る規格に適合し、本発明の効果を発揮するものであれば、粗精製物であってもよく、さらに公知の分離精製方法を適宜組み合わせてこれらの純度を高めてもよい。精製手段としては、有機溶剤沈殿、遠心分離、限界濾過膜、高速液体クロマトグラフやカラムクロマトグラフ等が挙げられる。
また、市販のLPI又はその塩を使用することもできる。
【0026】
後記実施例に示すように、LPI又はその塩は、消化管細胞からのGLP−1分泌を促進する作用を有する。従って、LPI又はその塩は、GLP−1分泌促進に有用である。さらに、GLP−1分泌の促進は、グルカゴン分泌の抑制や食欲の抑制をもたらすことが知られており、また神経系への作用が知られている(非特許文献1〜3)。従って、LPI又はその塩はまた、グルカゴン分泌抑制、食欲抑制、又は神経疾患の予防及び/又は改善に有用である。
【0027】
さらに後記実施例に示すように、LPI又はその塩をグルコース溶液とともに投与された動物では、投与後速やかにGLP−1分泌が促進され、また当該グルコース溶液投与によって起こる食後血糖上昇が抑制された。すなわち、LPI又はその塩は、摂取されると速やかにGLP−1分泌を促進し、その分泌されたGLP−1を介し食事による一時的な血糖上昇を抑制する作用を有する。さらに、食後血糖上昇を継続的に抑制することにより、糖尿病が発症する割合が減少することが報告されている(Foods Food Ingredients J.Jpn.,310(12),2005)。従って、LPI又はその塩は、食後高血糖の予防及び/又は改善、さらには糖尿病やインスリン抵抗性等の疾患の予防及び/又は改善のために有用である。
【0028】
さらに、食後高血糖が心血管イベントの独立した危険因子であることが報告されている(Diabetes Care.1999;22:920−924)。例えば、血管内皮細胞を高血糖の状態で培養した場合、継続的に高血糖の状態にした場合よりも断続的に高血糖の状態にした場合に細胞のアポトーシスが高頻度に起こることが報告されており(Am.J Physiol.Endocrinol.Metab.2001;281:E924−93)、循環器障害の危険因子は空腹時高血糖よりも食後高血糖であると考えられている。また、循環器疾患が原因で死亡する確率は、糖負荷試験(OGTT)による食後2時間血糖値が高い食後高血糖群では高まるが、一方、空腹時高血糖と循環器疾患による死亡率との相関は低いことが報告されている(Arch.Intern.Med.2001;161:397−405)。従って、LPI又はその塩はまた、循環器障害の予防及び/又は改善のために有用である。
【0029】
GLP−1分泌はLPI又はその塩の投与後速やかに促進されるので、LPI又はその塩は、例えば、食事とともに又は食事の前後、好ましくは食事30分前から30分後まで、より好ましくは食事10分前から10分後までに投与又は摂取することができる。このような投与又は摂取によって、当該食事によって起こるGLP−1分泌を促進又はグルカゴン分泌を抑制することができ、また当該食事に対する食欲を抑制することができる。
さらに、上記のような投与又は摂取によって、その食事によって起こる食後高血糖を予防及び/又は改善することができ、ひいては糖尿病やインスリン抵抗性、循環器障害等の疾患を予防及び/又は改善することができる。
【0030】
従って本発明によれば、LPI又はその塩は、糖尿病やインスリン抵抗性の患者だけでなく、糖尿病やインスリン抵抗性に罹患していない対象、例えば健常者、食後高血糖は高いが空腹時血糖に異常のない対象、空腹時血糖は下げなくともよいが食後高血糖は低下させることが所望される対象等、に適用することができ、当該対象における食後高血糖、あるいは糖尿病やインスリン抵抗性、循環器障害等の疾患を予防及び/又は改善することができる。また本発明によれば、LPI又はその塩は、PTP1Bの活性化に伴うインスリン及びレプチンのシグナル伝達の抑制によって引き起こされたインスリン抵抗性に罹患していない対象に適用することができ、当該対象における食後高血糖、あるいは糖尿病やインスリン抵抗性、循環器障害等の疾患を予防及び/又は改善することができる。
【0031】
従って、一態様において、本発明は、GLP−1分泌促進のためのLPI又はその塩の使用を提供する。また本発明は、グルカゴン分泌抑制のため又は食欲抑制のためのLPI又はその塩の使用を提供する。
また本発明は、食後高血糖予防及び/又は改善のためのLPI又はその塩の使用を提供する。また本発明は、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善のためのLPI又はその塩の使用を提供する。
上記使用は、ヒト若しくは非ヒト動物、又はそれらに由来する検体における使用であり得、また治療的使用であっても非治療的使用であってもよい。
【0032】
また別の態様において、本発明は、GLP−1分泌促進に使用するためのLPI又はその塩を提供する。また本発明は、グルカゴン分泌抑制、又は食欲抑制に使用するためのLPI又はその塩を提供する。
また本発明は、食後高血糖予防及び/又は改善に使用するためのLPI又はその塩を提供する。また本発明は、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善に使用するためのLPI又はその塩を提供する。
【0033】
また別の態様において、本発明は、LPI又はその塩を有効成分として含有するGLP−1分泌促進剤を提供する。
また本発明は、LPI又はその塩を有効成分として含有するグルカゴン分泌抑制剤を提供する。
また本発明は、LPI又はその塩を有効成分として含有する食欲抑制剤を提供する。
さらに本発明は、LPI又はその塩を有効成分として含有する食後高血糖予防及び/又は改善剤を提供する。
さらに本発明は、LPI又はその塩を有効成分として含有する糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善剤を提供する。
上記本発明の剤は、本質的にLPI又はその塩から構成されていてもよい。
【0034】
例示的実施形態において、LPI又はその塩は、食事とともに又は食事の前後、好ましくは食事30分前から30分後まで、より好ましくは食事10分前から10分後までに投与又は摂取され、当該食事によって起こるGLP−1分泌を促進又はグルカゴン分泌を抑制するか、当該食事に対する食欲を抑制するか、当該食事による食後高血糖を予防及び/又は改善する。当該投与は好ましくは経口投与である。当該投与又は摂取は、好ましくは食事の度に行われる。
【0035】
別の例示的実施形態において、LPI又はその塩は、糖尿病やインスリン抵抗性に罹患していない対象、例えば健常者又は食後高血糖は高いが空腹時血糖に異常のない対象、あるいはPTP1Bの活性化に伴うインスリン及びレプチンのシグナル伝達の抑制によって引き起こされたインスリン抵抗性に罹患していない対象に適用され、食後高血糖を予防及び/又は改善し得る。
【0036】
なお別の態様において、本発明は、LPI又はその塩のGLP−1分泌促進剤の製造のための使用を提供する。また本発明は、LPI又はその塩の、グルカゴン分泌抑制剤、食欲抑制剤、食後高血糖予防及び/又は改善剤、あるいは糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善剤の製造のための使用を提供する。
【0037】
上記剤によるグルカゴン分泌抑制作用、食欲抑制作用、ならびに食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善作用は、GLP−1分泌促進によってもたらされる。すなわち、本発明におけるLPI又はその塩によるグルカゴン分泌抑制、食欲抑制、ならびに神経疾患、食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善は、GLP−1分泌促進によってもたらされる。
【0038】
例示的実施形態において、上記剤は、食事とともに又は食事の前後、好ましくは食事30分前から30分後まで、より好ましくは食事10分前から10分後までに投与又は摂取され、当該食事によって起こるGLP−1分泌を促進又はグルカゴン分泌を抑制するか、当該食事に対する食欲を抑制するか、当該食事による食後高血糖を予防及び/又は改善する。当該投与は好ましくは経口投与である。当該投与又は摂取は、好ましくは食事の度に行われる。
【0039】
別の例示的実施形態において、上記食後高血糖予防及び/又は改善剤は、糖尿病やインスリン抵抗性に罹患していない対象、例えば健常者又は食後高血糖は高いが空腹時血糖に異常のない対象、あるいはPTP1Bの活性化に伴うインスリン及びレプチンのシグナル伝達の抑制によって引き起こされたインスリン抵抗性に罹患していない対象に適用され得る。
【0040】
例えば、本発明によれば、LPI又はその塩は、GLP−1分泌促進のため、グルカゴン分泌抑制のため、食欲抑制のため、あるいは食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善のための組成物、医薬、医薬部外品、飲食品若しくはその原料、又は飼料若しくはその原料に素材として配合することができ、あるいはその製造のために使用することができる。
【0041】
上記組成物、医薬、医薬部外品、飲食品、飼料、又は飲食品若しくは飼料の原料は、ヒト又は非ヒト動物用として製造され、又は使用され得る。LPI又はその塩は、当該組成物、医薬、医薬部外品、飲食品、飼料、又は飲食品若しくは飼料の原料に素材として配合され、GLP−1分泌促進のため、グルカゴン分泌抑制のため、食欲抑制のため、あるいは食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善のための有効成分であり得る。
【0042】
上記医薬又は医薬部外品は、LPI又はその塩を有効成分として含有する。当該医薬又は医薬部外品は、任意の投与形態で投与され得る。投与形態は、経口投与でも非経口投与でもよい。上記医薬や医薬部外品は、LPI又はその塩を単独で含有していてもよく、又は薬学的に許容される担体と組み合わせて含有していてもよい。また、当該医薬や医薬部外品は、LPI又はその塩のGLP−1分泌促進作用が失われない限り、他の有効成分や薬理成分を含有していてもよい。
【0043】
上記医薬又は医薬部外品は、LPI又はその塩から、あるいは必要に応じて上記担体及び/又は他の有効成分や薬理成分を組みあわせて、常法により製造することができる。当該医薬又は医薬部外品におけるLPI又はその塩の含有量は、0.0001〜30質量%とするのが好ましく、0.001〜25質量%とするのがより好ましく、0.01〜20質量%とするのがさらに好ましい。
【0044】
上記飲食品や飼料は、GLP−1分泌促進、グルカゴン分泌抑制、食欲抑制、あるいは食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善等の機能を有し、当該機能を必要に応じて表示した食品、機能性食品、病者用食品、特定保健用食品、ペットフード等であり得る。
【0045】
上記飲食品若しくは飼料、又はそれらの原料は、LPI又はその塩を単独で含有していてもよく、又は他の食材や、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、香科、安定剤、着色剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤等の添加剤を組み合わせて含有していてもよい。当該飲食品若しくは飼料中のLPI又はその塩の含有量は、0.0001〜30質量%とするのが好ましく、0.001〜10質量%とするのがより好ましく、0.001〜5質量%とするのがさらに好ましい。
【0046】
また本発明によれば、LPI又はその塩は、GLP−1分泌促進のため、グルカゴン分泌抑制のため、食欲抑制のため、あるいは食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善のため、それらを必要とする対象に有効量で投与される。あるいは、LPI又はその塩は、GLP−1分泌促進のため、グルカゴン分泌抑制のため、食欲抑制のため、あるいは食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善のため、それらを必要とする対象に有効量で摂取される。
【0047】
従って、本発明はさらに、LPI又はその塩を対象に投与するか又は摂取させることを含む、GLP−1分泌促進方法を提供する。
また本発明は、LPI又はその塩を対象に投与するか又は摂取させることを含む、グルカゴン分泌抑制方法、又は食欲抑制方法を提供する。
また本発明は、LPI又はその塩を対象に投与するか又は摂取させることを含む、食後高血糖の予防及び/又は改善方法、あるいは糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患の予防及び/又は改善方法を提供する。
【0048】
上記本発明の方法において、LPI又はその塩を投与又は摂取する対象としては、食後高血糖、糖尿病、インスリン抵抗性、循環器障害等の疾患若しくは状態に罹患している動物、その疑いのある動物、又はその危険性の高い動物が挙げられる。あるいは、投与又は摂取対象は、GLP−1分泌促進、グルカゴン分泌抑制、食欲抑制、胃排泄抑制、又は、胃酸分泌抑制を必要とする動物であり得る。動物は、好ましくはヒト又は非ヒト哺乳動物であり、より好ましくはヒトである。対象動物がヒトの場合、生活習慣病を改善したいヒトも本発明のGLP−1分泌促進方法、グルカゴン分泌抑制方法、又は食後高血糖予防及び/又は改善方法における対象者である。また、対象動物がヒトの場合、逆流性食道炎や胃酸過多、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の患者は胃酸分泌抑制方法における対象者である。一態様において、上記方法は、健康改善等を意図して非治療的に行われ得る。
【0049】
好ましい投与量及び摂取量は、対象の種、体重、性別、年齢、状態又はその他の要因に従って変動し得る。投与の用量、経路、間隔、及び摂取の量や間隔は、当業者によって適宜決定され得る。例えば、ヒトに経口投与又は摂取させる場合、投与又は摂取量は、LPI又はその塩として、成人1人当たり、0.005g〜50g/日とすることが好ましく、0.1g〜10g/日がより好ましい。
【0050】
上記本発明の方法の例示的実施形態において、LPI又はその塩は、食事とともに又は食事の前後、好ましくは食事30分前から30分後まで、より好ましくは食事10分前から10分後までに投与又は摂取され、当該食事によって起こるGLP−1分泌を促進又はグルカゴン分泌を抑制するか、当該食事に対する食欲を抑制するか、当該食事による食後高血糖を予防及び/又は改善する。当該投与は好ましくは経口投与である。当該投与又は摂取は、好ましくは食事の度に行われる。
【0051】
本発明の食後高血糖の予防及び/又は改善方法の例示的実施形態において、LPI又はその塩を投与又は摂取する対象は、糖尿病やインスリン抵抗性に罹患していない対象、例えば健常者又は食後高血糖は高いが空腹時血糖に異常のない対象、あるいはPTP1Bの活性化に伴うインスリン及びレプチンのシグナル伝達の抑制によって引き起こされたインスリン抵抗性に罹患していない対象であり得る。
【実施例】
【0052】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
【0053】
製造例1 ホスファチジルイノシトール(LPI)の調製
大豆レシチン(SLP−ホワイト、辻製油より入手)300gをクロロホルム2500mLに溶解した後、シリカゲル(シリカゲル60;Merck社製)1kgを加え、1時間攪拌混合した。ついでシリカゲルをろ別し、ろ液をシリカゲルカラムクロマト(シリカゲル60;Merck社、1kg使用)により分離し、粗ホスファチジルイノシトール18gを得た。これをクロロホルム350mL溶解した後、メタノール175mLおよび生理食塩水130mLを加え洗浄した。得られたクロロホルム溶液は、濃縮した後、さらにメタノール600mLにより洗浄し、精製ホスファチジルイノシトール15gを得た。
得られた精製ホスファチジルイノシトール15gに、ヘキサン200mL、酢酸エチル100mLを加え溶解した後、200mMのTRIS−塩酸緩衝液(pH8.5)100mL、80mM塩化カルシウム水溶液100mL、及びホスフォリパーゼA2(Lecitase 10L、novozymes社製)2mLを加え、40℃、15時間攪拌した。反応液を濃縮した後、クロロホルム880mL、メタノール440mL、1N塩酸82.5mL、水47.5mLを加え、液々分配した。得られたメタノール水層を飽和重曹水で中和(pH7)し、減圧濃縮、凍結乾燥を行い、粗リゾホスファチジルイノシトール15gを得た。これをさらにエタノール600mLで洗浄した後、減圧乾燥を行い、精製リゾホスファチジルイノシトール(Na塩)10gを得た。
【0054】
精製リゾホスファチジルイノシトールの構成脂肪酸をガスクロマトグラフィーで分析した。
構成脂肪酸組成の分析は、基準油脂分析法(日本油化学会)3.2.3_1996に従い実施した。すなわち、試料を0.5M水酸化カリウム−メタノール溶液により加水分解した後、三フッ化ホウ素−メタノール試薬でメチルエステル化し、生成する脂肪酸メチルエステルをガスクロマトグラフィーで分析した。
ガスクロマトグラフィー分析条件は次の通り。
カラム:DB−23(J&W)30m×0.25mm×0.25μm
Carrier gas:He、2.30mL/min
Injector:Splitless、T=250℃
Detector:FID、T=250℃
Sample:5μL
昇温プログラム
(1)50℃にて1分保持、(2)25℃/分で120℃まで昇温、(3)2℃/分で250℃まで昇温、(4)250℃で5分保持

分析の結果、精製リゾホスファチジルイノシトールの脂肪酸構成は、パルミチン酸:65.1%、オレイン酸:11.7%、リノール酸:23.2%(GCarea%)であった。
【0055】
実施例1 LPIによる細胞におけるGLP−1分泌促進作用
製造例1で得られた精製LPIを、50%エタノール水に濃度10mMとなるように溶解し、試験サンプルとした。コントロールとしては、50%エタノール水を用いた。
NCI−H716細胞(ヒト結腸由来細胞;ATCCより購入、Dr.Herbert K.Oieらにより開発され、agencies of the United States Public Health Serviceから供給)は37℃、5%CO2存在下で培養した。培養液は、RPMI1640(10%ウシ胎児血清含有、高グルコース;Invitrogen社)を用いた。細胞を、マトリゲル(100μL/well;BD社)をコーティングした24ウエルプレートに1×106cell/well(N=4)となるように播き、DMEM(10%ウシ胎児血清含有、高グルコース;Invitrogen社)培地で培養した。3日後に培地を試験サンプルを含むKRB(Krebs−Ringer bicarbonate、Sigma社)buffer・0.2%BSAに交換し、2時間培養した後、培地を回収した。培地はdiprotin−A(DPP4阻害剤、Sigma社)及びPMSF(Phenylmethylsulfonyl fluoride、セリンプロテアーゼ阻害剤、Sigma社)を加えた微量遠心管に回収し、浮遊した細胞を除去した後、GLP−1定量まで−80℃で保存した。培地中GLP−1はGLUCAGON−LIKE PEPTIDE−1(ACTIVE)ELISA KIT(LINCO Research)を用いたELISAにより定量した。有意差検定はStudent t−testを用いて実施した。
結果を図1及び表1に示す。LPIは10μM以上の濃度で有意にGLP−1分泌を促進した。
【0056】
【表1】

【0057】
実施例2 LPIによるマウスにおけるGLP−1分泌促進作用
製造例1で得られた精製LPIを、5%グルコース溶液に濃度1%(w/v)となるように溶解し、試験サンプルとした。コントロールとしては、5%グルコース溶液を用いた。
マウス(C57BL/6J雄、12週齢)を1群14匹とし、5%グルコース+1%LPI溶液を、ゾンデにより経口投与した(LPI群)。コントロール群には5%グルコース溶液を投与した。投与10分後に深麻酔下にて開腹し、門脈より採血を行った。血液は直ちにDPPIVインヒビター(Millipore)とアプロチニン(和光純薬)を加えた微量採血管(EDTA入り)に回収し、採血後30分以内に遠心し血漿を得た。血漿は直ちに液体窒素で凍結し、GLP−1定量まで−80℃で保存した。血漿中GLP−1はGLUCAGON−LIKE PEPTIDE−1(ACTIVE)ELISA KIT(Millipore)を用いたELISAにより定量した。有意差検定はStudent t−testを用いて実施した。
結果を図2及び表2に示す。LPIを摂取したマウスでは、GLP−1分泌が亢進した。
【0058】
【表2】

【0059】
実施例3 LPIによるマウスにおける食後血糖上昇抑制作用
製造例1で得られた精製LPIを、5%グルコース溶液に濃度1%(w/v)となるように溶解し、試験サンプルとした。コントロールとしては、5%グルコース溶液を用いた。
マウス(C57BL/6J雄、12週齢)を1群14匹とし、5%グルコース+1%LPI溶液を、ゾンデにより経口投与した(LPI群)。コントロール群には5%グルコース溶液を投与した。投与10分後に眼窩静脈叢より採血を行い、アキュチェック(ロシュ・ダイアグノスティック)を用いて血糖値を測定した。有意差検定はStudent t−testを用いて実施した。
結果を図3及び表3に示す。LPIを摂取したマウスでは、食後血糖上昇が抑制された。
【0060】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
リゾホスファチジルイノシトール又はその塩を有効成分とするGLP−1分泌促進剤。
【請求項2】
リゾホスファチジルイノシトール又はその塩を有効成分とするグルカゴン分泌抑制剤。
【請求項3】
リゾホスファチジルイノシトール又はその塩を有効成分とする食欲抑制剤。
【請求項4】
リゾホスファチジルイノシトール又はその塩を有効成分とする食後高血糖予防及び/又は改善剤。
【請求項5】
リゾホスファチジルイノシトール又はその塩を有効成分とする糖尿病予防及び/又は改善剤。
【請求項6】
糖尿病又はインスリン抵抗性に罹患していない対象に適用される、請求項4記載の食後高血糖予防及び/又は改善剤。
【請求項7】
食事30分前から30分後までに投与又は摂取される、請求項1〜6のいずれか1項記載の剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−144518(P2012−144518A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−267765(P2011−267765)
【出願日】平成23年12月7日(2011.12.7)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】