説明

GLP−1及びインスリンの分泌持続調整剤

【課題】GLP−1(glucagon−like peptide−1)の分泌及びインスリンの分泌を促進し、さらにこれらの血中濃度を高い状態で長時間にわたって持続させることができる、GLP−1ひいてはインスリンの分泌持続調整剤を提供すること、またあわせて、該分泌持続調整剤を含有する食品組成物を提供することを目的とする。
【解決手段】GT01タンパク質に対するリガンドとして作用する遊離脂肪酸を利用し、さらに該遊離脂肪酸を乳化物化、即ち、該遊離脂肪酸を乳化物に含有させて投与することにより、血中におけるGLP−1及びインスリンの分泌を促進し、さらにGLP−1ひいてはインスリンを血中において高濃度で長時間持続させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、GLP−1及びインスリンの分泌持続調整剤に関し、詳しくはGT01タンパク質に対するリガンドとして作用する遊離脂肪酸を有効成分として含有する乳化物を含むGLP−1及びインスリンの分泌持続調整剤に関する。
【背景技術】
【0002】
現代社会において、糖尿病患者数の増加は著しく、その治療のために必要とされる社会的、経済的コストは莫大な金額にのぼり、医療分野における重大問題として、早期解決が望まれている。糖尿病は、血液中に存在するグルコースを正常に代謝することができず、いわゆる高血糖状態を持続させ、身体機能に様々な悪影響を及ぼすものである。糖尿病の主な合併症として、網膜症、腎症、神経障害、動脈硬化等が挙げられ、これらの合併症はさらに、失明、尿毒症、脳卒中、心筋梗塞等の深刻な病態を招く危険性を有している。
【0003】
糖尿病の治療方法としては、食事療法、運動療法等により代謝機能の正常化を図る方法の他、グルコース代謝に必要とされるインスリンを注射により投与する方法が行われている。
【0004】
また、近年、インスリンを直接投与する方法の他にも、インスリンの生成、インスリンの分泌等を促進することにより、血糖値の低下を実現させる方法等の研究も活発に行われている。
【0005】
インスリン分泌を調節するペプチドホルモンとして、GLP−1(glucagon−like peptide−1;グルカゴン様ペプチド1)が注目を浴びつつある。GLP−1は、回腸、大腸等に存在する腸内分泌細胞であるL細胞において生成されるプログルカゴンから翻訳後プロセッシングされて生じるペプチドホルモンである(非特許文献1)。グルコース濃度に応答してインスリンの分泌を誘導することから、特にII型(インスリン非依存型)糖尿病の治療に効果を示す可能性が指摘されてきた(非特許文献2及び3)。さらに、β細胞の増殖、又は幹細胞からのβ細胞の新生を誘導する効果等も報告されており、II型糖尿病におけるβ細胞のアポトーシスの遅延や、I型糖尿病に対する膵島移植の効果継続に有効であると推測される。その他にも、中枢の視床下部に作用して満腹感の刺激、及び摂食の低減を誘導することが明らかとなっており(非特許文献4及び5)、糖尿病のみならず、肥満症を含む摂食障害への治療効果が期待されている。さらに、胃内容排出、胃酸分泌の抑制、肝糖放出抑制、心筋保護、学習記憶能向上等もGLP−1の作用として報告されており、多様な健康維持増進効果が期待できる。
【0006】
しかし、GLP−1を治療に適用するにあたり、ペプチドであるが故に経口投与が出来ず注射による投与方法を取らざるを得ないこと、及び生体内における半減期が非常に短い(非特許文献2及び3)ために頻繁な投与を要することが障害となっていた。
【0007】
このような問題点を克服する方法として、いくつかの検討が為されている。例えば、血中にインスリン分泌促進作用は残しつつ半減期を延長させたGLP−1アナログを投与する方法(特許文献1)、GLP−1の血中への投与時にGLP−1を分解する酵素であるDPP−IVを阻害する方法(特許文献2)がある。
【0008】
また、血中のGLP−1濃度を高めるには内在性のGLP−1の分泌を促進する方法も考えられている。最近、ヒトGT01タンパク質とそのアゴニストの作用により、GLP−1の分泌が促進され、インスリンの分泌も促進されること、さらに、上記アゴニストが遊離脂肪酸であることが見出された(特許文献3、非特許文献6)。
【0009】
ヒトGT01タンパク質は、7回膜貫通型のGタンパク質共役型レセプターである。Gタンパク質共役型レセプターは、生体内の各機能細胞表面に存在し、それらの機能を調節するリガンド分子の標的となっており、該リガンド分子との結合を介して細胞内にシグナルを伝達している。伝達されたシグナルを受け取った細胞は、その細胞機能の活性化又は抑制化を受け、その結果、種々の生体内反応を惹起していく。
【0010】
ヒトGT01タンパク質のアゴニストである遊離脂肪酸を投与することにより、GLP−1の分泌が促進され、またインスリンの分泌も促進され、これらの血中濃度を一時的に上昇させることができる。しかしながら、該遊離脂肪酸を投与してから数時間が経過した後にはその分泌促進効果は薄れ、GLP−1及びインスリンの血中濃度も投与前の状態に戻ってしまう。
【0011】
これについて、例えば糖尿病患者においては、血糖は一時的に下げれば良いというものではなく、持続的に正常域にコントロールされることが望まれる。高血糖が一日のうち数時間であっても、長い年月に亘りその状態が継続すれば、合併症発生のリスクにさらされる。すなわち、高い血中GLP−1ひいては血中インスリン濃度を長時間維持させることが望まれる。しかし、遊離脂肪酸等のGT01タンパク質アゴニストを1日に何度も投与することは利便性の面から適当でない。
【0012】
また、該遊離脂肪酸は、ヒトGT01タンパク質に対する特異的なリガンドとして作用することは知られているが、GLP−1の分泌、ひいてはインスリンの分泌を促進し、さらにはGLP−1ひいてはインスリンの血中濃度を高い状態で長時間維持するために、該脂肪酸を乳化物とすることは知られていない。
【0013】
したがって、遊離脂肪酸のようなヒトGT01タンパク質アゴニストの投与において、単回投与あたりのGLP−1及びインスリンの血中持続時間を延長させること、及びこれを経口又は経管で投与させることは、効果的な糖尿病及び肥満症の治療又は予防において強く要求されるところであり、その開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特表2002−506792号公報
【特許文献2】特表2004−535433号公報
【特許文献3】国際公開第2005/083070号パンフレット
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Drucker, Diabetes 47: 159-169, 1998
【非特許文献2】Drucker, Endocrinology 142: 521-527, 2001
【非特許文献3】Thorens and Waeber, Diabetes 42: 1219-1225, 1993
【非特許文献4】Turton et al., Nature 379: 69-72, 1996
【非特許文献5】Flint et al., J. Clin. Invest. 101: 515-520, 1998
【非特許文献6】Hirasawa et al., Nat Med. 11: 90-94, 2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上記のように、内在性GLP−1ひいてはインスリンの分泌を促進させるにあたり、ヒトGT01タンパク質のアゴニストである遊離脂肪酸は有用であるが、しかしその分泌促進効果の持続時間は、例えば、糖尿病又は肥満症の治療又は予防に十分とは言えない。そこで本発明は、GLP−1分泌及びインスリン分泌を促進し、さらにこれらの血中濃度を高い状態で長時間にわたって持続させることができる、GLP−1ひいてはインスリンの分泌持続調整剤を提供することを目的とする。またあわせて、該分泌持続調整剤を含有する食品、飼料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の課題を解決すべく本発明者らは鋭意検討した結果、まず、本発明者らはヒトGT01タンパク質が腸内分泌細胞の表面に分布していることに着目した。そして、該ヒトGT01タンパク質に対するリガンドとして作用する遊離脂肪酸を如何にして腸管内で有効に持続させることができるかについて種々の検討を行ったところ、該遊離脂肪酸を乳化物化して、即ち、該遊離脂肪酸を乳化物に含有させて投与することにより、血中におけるGLP−1を高濃度で長時間持続させることができ、これによりインスリンを血中において高濃度で長時間持続できることを見出した。また、該遊離脂肪酸を乳化物に含有させれば、同時に経口投与又は経管投与によって該遊離脂肪酸を腸管に投与できることをさらに見出し、本発明を完成した。
【0018】
即ち、本発明は下記の通りである。
(1)GT01タンパク質に対するリガンドとして作用する遊離脂肪酸を有効成分として含有する乳化物を含むGLP−1分泌持続調整剤。
(2)遊離脂肪酸が、シソ科シソ属植物の種子から得られる油脂の加水分解生成物である、(1)記載のGLP−1分泌持続調整剤。
(3)シソ科シソ属植物の種子から得られる油脂が、しそ油及び/又はえごま油である、(2)記載のGLP−1分泌持続調整剤。
(4)乳化物が、50〜1000nmの平均粒子径を有する、(1)〜(3)のいずれかに記載のGLP−1分泌持続調整剤。
(5)経口投与用又は経管投与用である、(1)〜(4)のいずれかに記載のGLP−1分泌持続調整剤。
(6)糖尿病の予防及び/又は治療剤である、(1)〜(5)のいずれかに記載のGLP−1分泌持続調整剤。
(7)(1)〜(6)のいずれかに記載のGLP−1分泌持続調整剤を含有する食品組成物。
(8)GT01タンパク質に対するリガンドとして作用する遊離脂肪酸を有効成分として含有する乳化物を含むインスリン分泌持続調整剤。
(9)遊離脂肪酸が、シソ科シソ属植物の種子から得られる油脂の加水分解生成物である、(8)記載のインスリン分泌持続調整剤。
(10)シソ科シソ属植物の種子から得られる油脂が、しそ油及び/又はえごま油である、(9)記載のインスリン分泌持続調整剤。
(11)乳化物が、50〜1000nmの平均粒子径を有する、(8)〜(10)のいずれかに記載のインスリン分泌持続調整剤。
(12)経口投与用又は経管投与用である、(8)〜(11)のいずれかに記載のインスリン分泌持続調整剤。
(13)糖尿病の予防及び/又は治療剤である、(8)〜(12)のいずれかに記載のインスリン分泌持続調整剤。
(14)(8)〜(14)のいずれかに記載のインスリン分泌持続調整剤を含有する食品組成物。
【発明の効果】
【0019】
本発明により提供されるGLP−1及びインスリンの分泌持続調整剤を用いることにより、細胞からのGLP−1分泌ひいてはインスリン分泌を促進し、さらにこれらの血中濃度を高い状態で長時間にわたって持続させることができる。その結果、持続的に血糖をコントロールすることが可能となる。
【0020】
また、膵臓のβ細胞からのインスリンの分泌の促進、β細胞の増殖、幹細胞からのβ細胞の新生誘導、II型糖尿病におけるβ細胞のアポトーシスの遅延、I型糖尿病に対する膵島移植の効果継続等の効果が期待でき、血糖値の低減を介した糖尿病の治療又は予防に更なる効果が期待できる。
【0021】
さらに、本発明により提供されるGLP−1及びインスリンの分泌持続調整剤により、「満腹感」を生じさせて摂食の低減を誘導することが可能となり、肥満を抑制することも期待できる。肥満は、高血糖、高血圧、脂質代謝異常の集積するいわゆるメタボリックシンドロームの共通基盤であるという知見があり、即ち、肥満を抑制することにより糖尿病のみならず広く動脈硬化性疾患の予防及び治療に効果を発揮することも期待できる。あわせて、胃内容排出、胃酸分泌の抑制、肝糖放出抑制、心筋保護、学習記憶能向上等もGLP−1の作用として報告されており、これらの効果も期待できる。
【0022】
そして、これらの効果を有し得る本発明のGLP−1及びインスリン分泌持続調整剤は、経口又は経管で体内に投与をすることができ、医薬の分野のみならず、食品の分野にも利用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】マウスに遊離脂肪酸乳化物及び遊離脂肪酸ポリエチレングリコール(PEG)包含物を与えたことによる、マウス門脈(portal vein)中のGLP−1濃度の変動を示す図である。ネガティブコントロールとして、乳化物担体のみ及び担体(PEG)のみを与えた場合についても測定した結果を示す図である。
【図2】マウスに遊離脂肪酸乳化物及び遊離脂肪酸ポリエチレングリコール(PEG)包含物を与えたことによる、マウス門脈(portal vein)中のインスリン濃度の変動を示す図である。ネガティブコントロールとして、乳化物担体のみ及び担体(PEG)のみを与えた場合についても測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、GT01タンパク質に対するリガンドとして作用する遊離脂肪酸を含有する乳化物を含むGLP−1及びインスリン分泌持続調整剤である。
【0025】
GT01タンパク質とは、上記でも述べた通り、膜貫通型タンパク質であり、その中のヒトGT01タンパク質は、7回膜貫通型のGタンパク質共役型レセプターである。このGタンパク質共役型レセプターは、生体内の各機能細胞表面に存在し、それらの機能を調節するリガンド分子の標的となっており、該リガンド分子との結合を介して細胞内にシグナルを伝達している。伝達されたシグナルを受け取った細胞は、その細胞機能の活性化又は抑制化を受け、その結果、種々の生体内反応を惹起していく。なお、ヒトGT01タンパク質は、GPR120と称されており、NP_859529としてGenBankに登録されているアミノ酸配列と同一である。また、ラットGT01タンパク質はNP_001040553としてGenBankに登録されており、マウス等のその他の種も含め、自体公知の方法により該タンパク質を単離することができる。
【0026】
また、本発明におけるリガンドとは、受容体に適合する化学分子のことであり、アゴニスト及びアンタゴニストの両方の概念のうち、本発明ではアゴニストであることを意味する。具体的には、本発明におけるリガンド(アゴニスト)とは、GT01タンパク質の生物学的活性(リガンドの結合により、GLP−1及びインスリンの分泌のためのシグナルを細胞内に伝達する活性)を誘導する作用を有するものを意味する。
【0027】
本発明において、GT01タンパク質に対するリガンドとして作用する遊離脂肪酸としては、化学合成されたものでも、油脂等の脂肪酸誘導体から分解して得られたものでも良く、1種のみでも2種以上の混合物でも良い。ここで、遊離脂肪酸とは、カルボキシル基が他の官能基と共有結合をしていない状態の脂肪酸をいい、結合型の脂肪酸を酸若しくはアルカリ触媒、又は酵素等による化学反応によって得られるものも含まれる。
【0028】
本発明における遊離脂肪酸について、化学合成されたものとしては、直鎖又は分岐の脂肪酸群から選択することができ、その炭素数は通常4〜30であり、好ましくは8〜26である。その中でも、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデカノイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキン酸、ベヘン酸、マルガリン酸、パルミトレイン酸、エイコサトリエノイン酸、エライジン酸、ペトロセリニン酸、オレイン酸、α−リノレン酸、γ−リノレン酸、ホモγリノレン酸、アラキドン酸、エイコサジエン酸、エイコサトリエン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、リノール酸、エイコサテトラエン酸、又はバクセン酸のような直鎖の脂肪酸が好ましく、これらを単独で、又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。またこれらのうち、GLP−1及びインスリンの産生促進能が高く、さらに好ましいものは、α−リノレン酸、パルミトレイン酸、及びドコサヘキサエン酸であり、最も好ましいものは、α−リノレン酸である。本発明においては、これらの遊離脂肪酸が脂肪酸組成中に10質量%以上含まれていることが好ましく、特に、α−リノレン酸が50質量%以上含まれていることが好ましい。
【0029】
また、該遊離脂肪酸に異性体が存在する場合は、全ての異性体を含むものとするが、例えば、エイコサトリエノイン酸では、cis−5,8,11−エイコサトリエノイン酸が好ましく、エイコサジエン酸では、cis−11,14−エイコサジエン酸が好ましく、エイコサトリエン酸では、cis−11,14,17−エイコサトリエン酸が好ましく、エイコサテトラエン酸では、cis−7,10,13,16−エイコサテトラエン酸が好ましく、エイコサペンタエン酸では、cis−5,8,11,14,17−エイコサペンタエン酸及びall−cis−7,10,13,16,19−エイコサペンタエン酸が好ましく、ドコサヘキサエン酸では、cis−4,7,10,13,16,19−ドコサヘキサエン酸が好ましい。
【0030】
本発明における遊離脂肪酸について、脂肪酸誘導体から分解して得られたものとしては、精製した単独の脂肪酸を使用することができるが、例えば、天然の油脂を加水分解して得られた混合脂肪酸であっても構わず、さらに混合脂肪酸から濃縮又は精製したものであっても構わない。
【0031】
油脂から分解して得る場合の原料油脂としては特に制限は無く、適宜選択して用いることができる。油脂の例としては、菜種油、大豆油、ヤシ油、オリーブ油、しそ油、えごま油、亜麻仁油、コーン油、マカデミア油等の植物油;牛脂、ラード、魚油等の動物油;及びこれら天然から得られる油脂の硬化油、分別油、エステル交換油等を挙げることができ、これらのうち1種のみを用いても2種以上を組み合わせて用いても良い。特に、しそ油、えごま油、亜麻仁油、マカデミア油、及び魚油は、夫々α−リノレン酸、パルミトレイン酸、及びドコサヘキサエン酸を豊富に含有しているため好ましく、これらの中でも、しそ油、えごま油、及び亜麻仁油がさらに好ましい。なお、しそ油及びえごま油はシソ科シソ属の植物の種子から得られる油脂であり、α−リノレン酸を該油脂の脂肪酸組成中に50質量%以上含有する。また、亜麻仁油はアマ科アマ属の植物(アマ)の種子から得られる油脂であり、α−リノレン酸を該油脂の脂肪酸組成中に50質量%以上含有する。
【0032】
油脂等の脂肪酸誘導体を分解する方法としては特に制限は無く、定法から適宜選択して用いることができる。例として、酸分解、アルカリ分解、高圧加水分解、リパーゼ等を用いた酵素分解等の加水分解方法を用いることができる。
【0033】
上記の遊離脂肪酸の形態は、ナトリウム、カリウム、カルシウム、又はアンモニウム等の塩の形態とすることができる。また、該遊離脂肪酸は、トリアシルグリセロール、ジアシルグリセロール等の油脂類と混合して使用することができる。この場合、他の油脂類と遊離脂肪酸を合わせたうち、他の油脂類の量は、両者を合わせた質量に対して0〜99質量%とすることができ、好ましくは0〜50質量%、より好ましくは0〜20質量%とすることができる。
【0034】
本発明は、上記のような遊離脂肪酸を乳化物(水中油型)に含有させることを特徴とするものであり、その乳化物については、平均粒子径が50〜1000nmの乳化物とすることが好ましい。また、該乳化物の平均粒子径は、好ましくは100nm以上900nm未満、より好ましくは100nm以上700nm未満である。平均粒子径が1000nmを超える場合は乳化安定性が悪くなる傾向があり、また50nm未満では乳化物の腸管吸収性が高くなる傾向があり、該遊離脂肪酸が腸管細胞上のGT01タンパク質を十分に活性化する前に吸収されるため好ましくない。該遊離脂肪酸の、GLP−1及びインスリンの産出効率の観点からは、乳化物の平均粒子径は100nm以上であることが好ましく、200nm以上であることがより好ましい。なお、本発明における平均粒子径は、後述の調製例2に記載の方法によって測定したものである。
【0035】
本発明における乳化物について、全固形分中に占める該遊離脂肪酸の含量は、通常5〜90質量%であり、好ましくは5〜80質量%、より好ましくは10〜80質量%である。全固形分中に占める遊離脂肪酸の含量が5質量%未満である場合、遊離脂肪酸のGLP−1及びインスリン分泌促進効果を得るにあたって乳化物としての摂取量が増える傾向があるため好ましくなく、全固形分中に占める遊離脂肪酸の含量が90質量%を超えると、乳化安定性が悪くなりやすく、GLP−1及びインスリン分泌の持続効果が十分発揮されなくなる傾向がある。
【0036】
本発明における乳化物は、遊離脂肪酸を水等の溶媒に加えて均質に乳化して製造することができる。当該溶媒としては食用に適し、且つ乳化を阻害しないものであれば特に限定されないが、例えば、注射用蒸留水、リン酸緩衝液、生理食塩水、水道水、酢酸緩衝液等を挙げることができる。乳化させる方法としては、通常用いられる均質乳化方法であれば特に制限なく使用することができ、例えば、ホモジナイザーを用いる方法や、コロイドミルを用いる方法、ホモミキサーを用いる方法等が挙げられる。なお、本発明における50〜1000nmの平均粒子径の乳化物は、後述の調製例2に記載の方法によって調製したものである。
【0037】
また、本発明については、乳化性を向上させるために乳化剤を用いることができ、該乳化剤としては、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、レシチン、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル等が挙げられる。これらのうち、グリセリン脂肪酸エステルが好ましく、その中でもモノグリセリドがより好ましく、さらにカゼインナトリウムとの相性の観点から、ステアリン酸モノグリセリド又はパルミチン酸モノグリセリドが特に好ましい。なお、これらの乳化剤は1種又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
【0038】
また、本発明における乳化物には、安定化剤を加えることができる。該安定化剤としては、経口又は経管投与等により腸管に導入し得る安定性を付与できる成分であれば特に制限なく使用することができるが、タンパク質や乳化性糖質が特に好ましく挙げられ、これらを単独で、又は組み合わせて使用することができる。該タンパク質としては、例えば、カゼイン、カゼイン塩(カゼインナトリウム等)、乳清タンパク質、脱脂粉乳、牛乳等の乳製品由来のタンパク質;ゼラチン等の動物性タンパク質;大豆、コーン、小麦等由来の植物性タンパク質が挙げられ、これらの中で、好ましくはカゼイン又はその塩が用いられる。なお、これらのタンパク質は、1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。また、該乳化性糖質としては、アラビアガム、サイクロデキストリン、クラスターデキストリン等が挙げられる。以上のうち、安定性の付与の点からは、タンパク質の使用がより好ましく、カゼイン又はカゼインナトリウムの使用が特に好ましい。
【0039】
該安定化剤の添加量は、通常全固形分の1〜70質量%であり、該安定化剤がタンパク質の場合は1〜20質量%とし、該安定化剤が乳化性糖質の場合は10〜70質量%とすることが好ましい。該被覆材の添加量が1質量%未満となる場合は、遊離脂肪酸のうち特に不飽和脂肪酸の酸化安定性及び乳化安定性が悪くなるおそれがある。
【0040】
また、本発明については、本発明の効果を損なわない範囲において、乳化性糖質以外の糖質類や無機塩等を配合することができる。該糖質類としては、ショ糖、ブドウ糖、麦芽糖、乳糖、果糖、水あめ、馬鈴薯デンプン、コーンスターチ、デキストリン、オリゴ糖、小麦デンプン、グアーガム、キサンタンガム、トラガントガム等が挙げられる。また、該無機塩としては、リン酸塩やクエン酸塩等が挙げられ、具体的には、リン酸3ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、ヘキサメタリン酸ナトリウム、クエン酸3ナトリウム等が挙げられる。これらのうち、好ましくは、リン酸3ナトリウム又はヘキサメタリン酸ナトリウムを用いることができる。さらに、該糖質類の他にも、抗酸化剤、着色料、香料、ビタミン類、微量金属成分等のその他の成分を配合してもよい。以上の成分は、単独で、又は2種以上を適宜組み合わせて用いることができる。
【0041】
本発明における乳化物を含むGLP−1分泌持続調整剤及びインスリン分泌持続調整剤は、そのまま乳化液として使用する以外に、例えば、噴霧乾燥法等により水分を除去して乾燥粉末として使用することもできる。該乾燥粉末を服用又は摂取した場合、生体内の水分に溶解して、同様に乳化物となる。
【0042】
本発明のGLP−1及びインスリン分泌持続調整剤は、それぞれ、体内におけるGLP−1濃度及びインスリン濃度を長時間にわたって高い状態で持続させるものである。このとき、長時間とは例えば3時間以上、好ましくは1時間以上であり、濃度が高い状態とは、該分泌持続調整剤を投与する前よりも濃度が高い状態を意味する。なお、体内については、特に血中であることが好ましい。
【0043】
本発明のGLP−1分泌持続調整剤及びインスリン分泌持続調整剤は、経口、経鼻、経腸、腎ろう等の投与経路又は経管による投与経路にて投与することができる。これらの投与経路のうち、経口又は経管による投与が最も好ましい。また、その投与量は、対象とするヒト又は動物の種類や状態等にもよるが、遊離脂肪酸として対象の体重当たり0.1mg〜1000mg/kgとすることができ、好ましくは10mg〜100mg/kgとすることができる。
【0044】
また、本発明のGLP−1及びインスリン分泌持続調整剤は、ヒト又はヒト以外の動物に適用することができる。該動物としては、例えば、家畜(ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ等)、又はペット動物(イヌ、ネコ等)等の哺乳動物が挙げられる。
【0045】
本発明のGLP−1及びインスリン分泌持続調整剤は、医薬品として、さらにはそれ自体を食品、飼料として、さらにまた食品又は飼料に配合して摂取することも可能である。
【0046】
医薬としては、糖尿病、肥満症、食後高血糖(隠れ糖尿病)、潰瘍性大腸炎等のような種々の効果が期待できる中で、特に糖尿病及び/又は肥満症の治療及び予防を目的とする医薬、即ち、糖尿病及び/又は肥満症の予防治療剤とすることが好ましい。本発明の医薬の剤型としては、例えば、錠剤(舌下錠、口腔内崩壊錠を含む)、カプセル剤(ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)、散剤、顆粒剤、トローチ剤、シロップ剤等の経口剤、経腸栄養剤等を挙げることができる。
【0047】
また、本発明のGLP−1分泌持続調整剤及びインスリン分泌持続調整剤を食品、飼料とする場合も、糖尿病、肥満症、食後高血糖(隠れ糖尿病)、潰瘍性大腸炎等のような種々の期待される効果の中から、特に糖尿病及び/又は肥満症の治療又は予防を目的とすることが好ましい。該食品の形態としては、特に限定されることはないが、例えば、錠剤形、粉末状、顆粒状、シロップ、カプセル状等の健康食品;パン類、菓子類、クッキー、ビスケット等の穀類加工品;牛乳、ヨーグルト、アイスクリーム等の乳製品類;炭酸飲料、清涼飲料、果汁入り清涼飲料、果汁入り飲料、薬系ドリンク等の飲料;大豆、魚肉、畜肉等を使用した惣菜や加工食品;マーガリン、ファットスプレッド、ショートニング等の油脂加工食品;粉末飲料、粉末スープ等の粉末食品;又は経腸流動食等が挙げられる。これらのうち、特に好適な形態として、飲料、経腸栄養剤、又は経腸流動食とすることができる。
【0048】
本発明の食品は、いわゆる健康食品を含む一般食品、さらには厚生労働省の定める保険機能食品、特定保険用食品、栄養機能食品、栄養補助食品とすることができる。
【実施例】
【0049】
以下の実施例は、本発明を例示するためにのみ提供されるものであって、本発明の範囲を限定することを意図するものではない。
【0050】
[調製例1]
遊離脂肪酸の調製
えごま油10gを、8.3N水酸化カリウム水溶液とエタノールを6:44の比で混合して調製したアルカリ性含水エタノール100g中にて、80℃で1時間分解し、遊離脂肪酸の塩を含む水溶液を得た。これを塩酸で中和した後水洗し、エバポレーターを用いて減圧脱水してえごま油遊離脂肪酸を得た。シリカゲル薄層クロマトグラフィー用プレートにて展開溶媒(ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸が30:70:1)で分析を行った結果、遊離脂肪酸純度は98%を超えるものであった。また、得られた脂肪酸組成を表1に示す。
【0051】
【表1】

【0052】
[調製例2]
遊離脂肪酸含有乳化物の調製
えごま油遊離脂肪酸1445mg、乳糖270mg、デキストリン220mg、カゼインナトリウム80mg、グリセリン脂肪酸エステル20mg、ヘキサメタリン酸ナトリウム10mgに精製水を加えて100mlとし、混合して70℃に加熱し、ポリトロン(KINEMATICA社)にてホモジナイズして均一な液体状の乳化物(乳化液)を得た。この乳化物の平均粒子径は317.0nmであった。なお、平均粒子径は、サブミクロン粒子分析装置(COULTER N5型 ベックマン・コールター(株)製)を用いて、当該装置が検出できる濃度に希釈し、室温にて測定した。
【0053】
[調製例3]
遊離脂肪酸ポリエチレングリコール包含物の調製
えごま油遊離脂肪酸を41.756g秤量し、最終調製量の1/10量のポリエチレングリコール(重量平均分子量400、Sigma Aldrich Inc.)を加え、十分に振とう及び攪拌して均一な混合物が調製されたことを目視により確認し、続けて最終調製量が5mLになるようにポリエチレングリコールを加え、さらに十分に振とう及び攪拌して均一な混合物を調製した。目視にて均一であることを確認後、投与に用いる注射筒へ移し、金属製ゾンデを装着した。サンプルは、用時調製した。
【実施例1】
【0054】
in vivoにおける脂肪酸乳化物のGLP−1分泌への影響
in vivoにおけるGLP−1の分泌に対する、遊離脂肪酸乳化物の影響を検討した。
オスの8週齢C57/B6マウス(Sankyo Lab)に対し、2mg/g体重のグルコースを負荷し、30分後に、172nmol/g体重(α−リノレン酸として100nmol/g体重)の、調製例2及び3で得た遊離脂肪酸乳化物及び遊離脂肪酸ポリエチレングリコール(PEG)包含物をそれぞれチューブを介して胃内投与した。また、ネガティブコントロールとして、遊離脂肪酸を含有しない乳化物担体及びポリエチレングリコール(PEG)のみをそれぞれ同様に投与した。各種被検物質の投与後、30、60、90、120、180分後に、ジエチルエーテルで麻酔したのち、ヘパリナイズしたシリンジを用いて門脈より血液を採取した。血漿は、ヘパリン化された血液を遠心分離(4℃、20分、1200×g)することで調製し、GLP−1の酵素免役アッセイ((株)矢内原研究所にて実施)を行った。全ての実験は施設の認可されたガイドラインに従って行った。その結果を図1に示す。
【0055】
図1の結果より、遊離脂肪酸PEG包含物を投与した場合は、GLP−1の血漿中濃度が60分後に最大値に達した後、120分後には初期値に戻ったのに対し、遊離脂肪酸乳化物を投与した場合では、180分後でもGLP−1の血漿中濃度が初期値より高い状態を維持していた。これらの結果より、遊離脂肪酸を乳化物に含有させて投与することにより、長時間にわたってGLP−1の分泌が持続されることが示唆された。
【実施例2】
【0056】
in vivoにおける脂肪酸乳化物のインスリン分泌への影響
in vivoにおけるインスリンの分泌に対する、遊離脂肪酸乳化物の影響を検討した。
実施例1と同様に、オスの8週齢C57/B6マウス(Sankyo Lab)に対し、2mg/g体重のグルコースを負荷し、30分後に、172nmol/g体重(α−リノレン酸として100nmol/g体重)の、調製例2及び3で得た遊離脂肪酸乳化物及び遊離脂肪酸ポリエチレングリコール(PEG)包含物をそれぞれチューブを介して胃内投与した。また、ネガティブコントロールとして、遊離脂肪酸を含有しない乳化物担体及びポリエチレングリコール(PEG)のみをそれぞれ同様に投与した。各種被検物質の投与後、30、60、90、120、180分後に、ジエチルエーテルで麻酔したのち、ヘパリナイズしたシリンジを用いて門脈より血液を採取した。血漿は、ヘパリン化された血液を遠心分離(4℃、20分、1200×g)することで調製し、インスリンの酵素免役アッセイキット((株)森永生科学研究所)を用いてインスリンの定量を行った。全ての実験は施設の認可されたガイドラインに従って行った。その結果を図2に示す。
【0057】
図2の結果より、遊離脂肪酸乳化物において遊離脂肪酸PEG包含物よりも高い濃度−時間曲線下面積が見られた。この結果は、遊離脂肪酸を乳化物に含有させて投与することによって、インスリン分泌の促進を長時間にわたって継続することを示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によれば、血中におけるGLP−1、ひいてはインスリンの分泌を促進し、さらにこれらの血中濃度を高い状態で長時間持続させることが可能となる。これにより、医薬分野における糖尿病や肥満症等の効果的な予防又は治療剤を提供することができ、更には経口投与可能な点を利用して、医薬分野のみならず、糖尿病や肥満症等の予防又は治療を目的とする食品や飼料としても提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
GT01タンパク質に対するリガンドとして作用する遊離脂肪酸を有効成分として含有する乳化物を含むGLP−1分泌持続調整剤。
【請求項2】
遊離脂肪酸が、シソ科シソ属植物の種子から得られる油脂の加水分解生成物である、請求項1に記載のGLP−1分泌持続調整剤。
【請求項3】
シソ科シソ属植物の種子から得られる油脂が、しそ油及び/又はえごま油である、請求項2に記載のGLP−1分泌持続調整剤。
【請求項4】
乳化物が、50〜1000nmの平均粒子径を有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載のGLP−1分泌持続調整剤。
【請求項5】
経口投与用又は経管投与用である、請求項1〜4のいずれか1項に記載のGLP−1分泌持続調整剤。
【請求項6】
糖尿病の予防及び/又は治療剤である、請求項1〜5のいずれか1項に記載のGLP−1分泌持続調整剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載のGLP−1分泌持続調整剤を含有する食品組成物。
【請求項8】
GT01タンパク質に対するリガンドとして作用する遊離脂肪酸を有効成分として含有する乳化物を含むインスリン分泌持続調整剤。
【請求項9】
遊離脂肪酸が、シソ科シソ属植物の種子から得られる油脂の加水分解生成物である、請求項8に記載のインスリン分泌持続調整剤。
【請求項10】
シソ科シソ属植物の種子から得られる油脂が、しそ油及び/又はえごま油である、請求項9に記載のインスリン分泌持続調整剤。
【請求項11】
乳化物が、50〜1000nmの平均粒子径を有する、請求項8〜10のいずれか1項に記載のインスリン分泌持続調整剤。
【請求項12】
経口投与用又は経管投与用である、請求項8〜11のいずれか1項に記載のインスリン分泌持続調整剤。
【請求項13】
糖尿病の予防及び/又は治療剤である、請求項8〜12のいずれか1項に記載のインスリン分泌持続調整剤。
【請求項14】
請求項8〜14のいずれか1項に記載のインスリン分泌持続調整剤を含有する食品組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−46668(P2011−46668A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−198183(P2009−198183)
【出願日】平成21年8月28日(2009.8.28)
【出願人】(000004341)日油株式会社 (896)
【出願人】(506180040)ファルマフロンティア株式会社 (9)
【Fターム(参考)】