説明

GTP結合型ARF6タンパク質の測定方法及びその用途

【課題】他のARFファミリータンパク質と交差反応を起こさず、GTP結合型ARF6のみを特異的に測定する方法を提供する。
【解決手段】JIP3及びJIP4の特定のロイシンジッパー領域からなる、GTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチドを含むGTP結合型ARF6タンパク質の検出用試薬、前記試薬を用いたGTP結合型ARF6タンパク質の検出方法、腫瘍の性質の検査方法及び腫瘍の治療薬のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、GTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチドを含むGTP結合型ARF6タンパク質の検出用試薬に関する。さらに、本発明は、前記試薬を用いたGTP結合型ARF6タンパク質の検出方法、腫瘍の性質の検査方法及び腫瘍の治療薬のスクリーニング方法に関する。また、本発明は、GTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチドを含むGTP結合型ARF6タンパク質の検出用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
癌(悪性新生物)は日本人の死因としては最大のものであり、2008年の死亡原因の30%を占める。しかもこの死因率は未だ上昇傾向にあり、癌に苦しむ患者の数が増え続けることが予測される。従って、有効な癌の治療法、特に抗腫瘍剤の開発は現代医学の責務の一つであると考えられる。しかし、癌遺伝子または癌抑制遺伝子が数多く同定されているように、癌の成因は単一でなく、それぞれの腫瘍細胞の性質は多様である。そのため、抗腫瘍剤の効果は個々の腫瘍細胞の性質に大きく依存する。従って、癌の克服を目指す上では、多様なメカニズムで作用を発揮する抗腫瘍剤の幅広いレパートリーを得ることが重要である。
【0003】
近年、腫瘍細胞の移動、すなわち転移能に低分子量Gタンパク質であるARF6 が重要な働きを担っていることが報告されている(非特許文献1及び2)。ヒト乳癌でも、転移能の高い癌で高頻度にARF6の活性化因子の発現上昇がみられることが報告されている(非特許文献2)。またマウスを用いた実験において、ARF6が腫瘍細胞の増殖に重要であることが報告されている(非特許文献3)。
【0004】
ARF6は細胞内情報伝達タンパク質であり、通常の細胞内ではguanosine diphosphate (GDP)と結合して休止状態(不活性型)にあるが、細胞に適当な刺激が加わると、GDPが解離してguanosine triphosphate (GTP)が結合することにより活性型になる。活性型のGTP結合型ARF6タンパク質は、様々なタンパク質と結合することにより下流に情報を伝達する。本願発明者らを含む多くの研究者が現在までに、肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor, HGF)がARF6 を活性化する(GTP結合型ARF6の量を増加させる)ことを明らかにしている(非特許文献4、5及び6)。HGFは強力な血管新生作用を有しており、一定の割合の癌組織において血管新生を担うことにより癌の増悪化を引き起こすことが知られている(非特許文献7、8及び9)。このためHGF若しくはHGF 受容体をターゲットとした抗腫瘍剤の開発が進んでおり、前臨床段階の薬物が幾つか存在する(非特許文献10)。しかし、薬物選択の幅を広げるためにも、さらに多様なHGF シグナルを阻害する候補化合物の発見が期待されている。
【0005】
本発明者らはARF6の生理機能を解析するなかで、これらの報告とは独立に、腫瘍増殖時の血管新生にARF6が重要であることを、マウスを用いた実験系により見出した。これらの知見から、ARF6をターゲットとした化合物は、癌の増殖や転移を抑える抗腫瘍剤として有効である可能性が考えられる。従って、腫瘍発達との関連性が示唆されるGTP結合型ARF6の定量方法が重要になると考えられる。
GTP 結合型ARF6の測定法としては、現在のところGST-GGA3を用いた沈降法が知られており(非特許文献11) 、既にThermoScientific 社より製品化されている。しかし、この方法では、GST-GGA3 とARF6との結合力が比較的弱く、さらに、GGA3は他のARFファミリータンパク質と交差反応を起こすため、測定の信頼性が低いことが報告されている(非特許文献12)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Hashimoto et al., Proc Natl Acad Sci U S A 101, 6647-6652 (2004)
【非特許文献2】Sabe et al., Traffic 10, 982-993 (2009)
【非特許文献3】Muralidharan-Chari et al., Cancer Res 69, 2201-2209 (2009)
【非特許文献4】Lamorte and Park, Anticancer Res 23, 2085-2092 (2003)
【非特許文献5】Suzuki et al., Mol Cell Biol 26, 6149-6156 (2006)
【非特許文献6】Tushir and D'Souza-Schorey, EMBO J 26, 1806-1819 (2007)
【非特許文献7】Gao and Vande Woude, Cell Res 15, 49-51 (2005)
【非特許文献8】Morishita et al., Curr Gene Ther 4, 199-206 (2004)
【非特許文献9】Rosen et al., Ciba Found Symp 212, 215-226; discussion 227-219 (1997)
【非特許文献10】You and McDonald, BMB Rep 41, 833-839 (2008)
【非特許文献11】Giguere et al., Cell Signal 18, 1988-1994 (2006)
【非特許文献12】Yoon et al., Methods Enzymol 404, 316-332 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような状況から、他のARFファミリータンパク質と交差反応を起こさず、GTP結合型ARF6のみを特異的に測定する方法の開発が待たれている。そこで、本発明は、GTP結合型ARF6のみを特異的に測定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは生化学的解析によりGDP 結合型ARF6又は他のARF ファミリータンパク質のいずれとも結合せず、GTP 結合型ARF6タンパク質に選択的に結合するタンパク質JIP3及びJIP4を発見した。なお、JIP3, JIP4とARF6との結合については、さらにX線結晶構造解析と表面プラズモン共鳴により、JIP4の2番目のロイシンジッパー領域(LZII;ヒトのタンパク質で392-462番目のアミノ酸)がARF6との結合に重要であることも示された(Isabet et al., EMBO J 28, 2835-2845 (2009); Montagnac et al., Curr Biol 19, 184-195 (2009))。
さらに、本発明者らは独自にJIP3のLZ領域及びJIP4のLZII領域がGTP結合型ARF6との結合に重要であり、さらに、これらの領域からなるペプチドが、GTP結合型ARF6タンパク質と非常に高い特異性を以て結合することを初めて見出した。この知見に基づき、本発明者らは、JIP3のLZ領域及びJIP4のLZII領域を用いてGTP結合型ARF6を定量する方法を開発した。
【0009】
すなわち、本発明は以下に関する。
[1] 以下の(a)、(b)又は(c)のペプチドを含むGTP結合型ARF6タンパク質の検出用試薬。
(a)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列を含むペプチド
(b)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド
(c)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列に対して60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド[2] 以下の工程を含む、GTP結合型ARF6タンパク質の検出方法。
(a)被検試料と前記[1]に記載の試薬とを混合する工程
(b)混合物からGTP結合型ARF6タンパク質を検出する工程
[3] 前記ペプチドが、不溶性の担体に結合されたものである、前記[2]に記載の方法。
[4] GTP結合型ARF6タンパク質は、抗ARF6抗体を用いて検出される、前記[2]又は[3]に記載の方法。
[5] 以下の工程を含む、腫瘍の性質の検査方法。
(a)患者から採取された腫瘍組織の細胞抽出物を調製する工程
(b)前記細胞抽出物と前記[1]に記載の試薬とを混合する工程
(c)混合物中のGTP結合型ARF6タンパク質の濃度を測定し、基準値と比較する工程
[6] 前記ペプチドが、不溶性の担体に結合されたものである、前記[5]に記載の方法。
[7] GTP結合型ARF6タンパク質は、抗ARF6抗体を用いて検出される、前記[5]又は[6]に記載の方法。
[8] 前記腫瘍組織が、GTP結合型ARF6発現細胞を含むものである、前記[5]〜[7]のいずれか1項に記載の方法。
[9] 前記腫瘍組織が、乳癌組織である、前記[5]〜[7]のいずれか1項に記載の方法。
[10] 以下の工程を含む、腫瘍の治療薬のスクリーニング方法。
(a)腫瘍細胞と候補化合物とを接触させた後、前記腫瘍細胞の細胞抽出物を調製する工程
(b)前記細胞抽出物と前記[1]に記載の試薬とを混合する工程
(c)混合物中のGTP結合型ARF6タンパク質の濃度を測定し、基準値と比較する工程
[11] 前記ペプチドが、不溶性の担体に結合されたものである、前記[10]に記載の方法。
[12] GTP結合型ARF6タンパク質は、抗ARF6抗体を用いて検出される、前記[10]又は[11]に記載の方法。
[13] 前記腫瘍細胞が、GTP結合型ARF6発現細胞である、前記[10]〜[12]のいずれか1項に記載の方法。
[14] 前記腫瘍細胞が、乳癌細胞である、前記[10]〜[12]のいずれか1項に記載の方法。
[15] 以下の(a)、(b)又は(c)のペプチドを含む、GTP結合型ARF6タンパク質の検出用キット。
(a)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列を含むペプチド
(b)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド
(c)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列に対して60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド
【発明の効果】
【0010】
本発明の試薬により、GTP結合型ARF6タンパク質を高感度に検出することができる。また、本発明の試薬を用いることにより、簡便に腫瘍の性質を検査することが可能である。さらに、本発明の試薬を用いることにより、腫瘍の治療剤を効果的にスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】JIP3及びJIP4タンパク質とGTP結合型ARF6タンパク質との結合実験を示す図である。(A) JIP1〜4タンパク質とGTP結合型ARF6タンパク質変異体(ARF6Q67L)又はGDP結合型ARF6タンパク質変異体(ARF6T27N)との結合を示す図である。(B)JIP3及びJIP4タンパク質と、ARF1の活性型変異体(ARF1Q71L)、ARF5の活性型変異体(ARF5Q71L)又はGTP結合型ARF6タンパク質変異体(ARF6Q67L)との結合を示す図である。
【図2】JIP3-LZ、JIP4-LZIIとARF6Q67Lとの結合を示す図である。(A) 実施例で使用したJIP4の欠損変異体の模式図である。(B, C) JIP4の各欠損変異体を、ARF6Q67L又はARF6T27Nタンパク質と反応させ、各ARF6変異体を抗Flag抗体で免疫沈降したのち、抗GFP抗体もしくは抗Flag抗体でWestern blotを行った結果を示す図である。(D) JIP3のLZ領域およびJIP4のLZII領域をGlutathione-S-transferase(GST)融合タンパク質として調製し、Flag-ARF6Q67L又はFlag-ARF6T27Nタンパク質と反応させ、各ARF6変異体を抗Flag抗体で免疫沈降し、沈降物を、抗GST抗体もしくは抗Flag抗体でWestern blot解析した結果を示す図である。
【図3】GST-LZIIを用いたGTP結合型ARF6の定量実験の結果を示す図である。(A)HGF刺激したHepG2細胞に含まれるGTP結合型ARF6タンパク質を定量した結果を示す。(B及びC)HGF又はVEGFで刺激した培養血管内皮細胞に含まれるGTP結合型ARF6タンパク質を定量した結果を示す。
【図4】本発明の抗ARF6化合物のスクリーニング方法の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、JNK-interacting protein(JIP)であるJIP3及びJIP4のロイシンジッパー領域(それぞれLZ領域及びLZII領域)からなるペプチドが、活性型のARF6タンパク質、即ち、GTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合することを初めて見い出し、さらに、前記ペプチドを用いてGTP結合型ARF6タンパク質を高感度に検出する方法を完成させた。
【0013】
マウスJip3遺伝子のヌクレオチド配列(GenBank Accessoion No: AF178637)及びJIP3タンパク質のアミノ酸配列(GenBank Accessoion No: AAF26843)をそれぞれ配列番号1及び2に示す。JIP3のLZ領域は、配列番号2の第424〜485番目のアミノ酸からなる領域であり、該領域をコードするヌクレオチド配列及び該領域のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号3及び4に示す。また、ヒトのJip3遺伝子のヌクレオチド配列(GenBank Accessoion No: BC144486)及びJIP3タンパク質のアミノ酸配列(GenBank Accessoion No: AAI44487)は、配列番号5及び6に示す通りである。
【0014】
マウスJip4遺伝子のヌクレオチド配列(GenBank Accessoion No: AF327451)及びJIP4タンパク質のアミノ酸配列(GenBank Accessoion No: AAN61564)をそれぞれ配列番号7及び8に示す。JIP4のLZII領域は、配列番号10の第399〜460番目のアミノ酸からなる領域であり、該領域をコードするヌクレオチド配列及び該領域のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号8及び10に示す。また、ヒトのJip4遺伝子のヌクレオチド配列(GenBank Accessoion No: AY850123)及びJIP4タンパク質のアミノ酸配列(GenBank Accessoion No: AAX47276)は、配列番号11及び12に示す通りである。
一方、マウスのArf6遺伝子のヌクレオチド配列(GenBank Accessoion No: NM_007481)及びARF6タンパク質のアミノ酸配列(GenBank Accessoion No: NP_031507)は、それぞれ配列番号13及び14に示す通りであり、ヒトのArf6遺伝子のヌクレオチド配列(GenBank Accessoion No: NM_001663)及びARF6タンパク質のアミノ酸配列(GenBank Accessoion No: NP_001654)は、それぞれ配列番号15及び16に示す通りである。
上記のポリヌクレオチド及びペプチドは、後述の実施例に記載した手法、公知の遺伝子工学的手法、公知の合成手法等によって取得することが可能である。
【0015】
1.GTP結合型ARF6タンパク質の検出用試薬
本発明は、以下の(a)、(b)又は(c)のペプチド(以下、「本発明のペプチド」)を含むGTP結合型ARF6タンパク質の検出用試薬(以下、「本発明の試薬」)を提供する。
(a)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列を含むペプチド
(b)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド(c)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列に対して60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド
【0016】
本発明において、「ARF6タンパク質」とは、adenosine diphosphate (ADP)-ribosylation factor 6を意味する。ARF6タンパク質は、各種細胞でユビキタスに発現するグアノシン三リン酸(GTP)結合タンパク質であり、膜輸送及びアクチン細胞骨格の構成を制御する(D’Saura-Schorey C and Chavrier P, Nat Rev Mol Cell Biol 7: 347-358 (2008)、Myers KR and Casanova JE, Trends Cell Biol 18: 184-192 (2008))。また、ARF6タンパク質は、GDP又はGTPに結合することでその立体構造が変化し、それぞれ不活性型(GDP結合型)又は活性型(GTP結合型)の形態となることが知られている。
【0017】
ARF6タンパク質をコードするARF6遺伝子は、広範囲の動物種において保存されており、複数の動物種のARF6遺伝子については既に塩基配列が解析され、その配列情報がデータベースに登録されている(表1参照)。
【0018】
【表1】

【0019】
従って、本発明において「ARF6遺伝子」とは、各種哺乳動物のARF6遺伝子のオーソログを含むものであり、さらに、ゲノム遺伝子だけではなく、メッセンジャーRNA(mRNA)及びcDNAも含むものである。
【0020】
本発明の試薬は、以下の以下の(a)、(b)又は(c)のペプチドを含む。
(a)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列を含むペプチド
(b)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド(c)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列に対して60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド
【0021】
上記(b)又は(c)に記載のペプチドは、代表的には、野生型JIP3のLZ領域又はJIP4のLZII領域の変異アミノ酸配列を含むペプチドであるが、例えば、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001"、"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"、"Nuc. Acids. Res., 10, 6487(1982)"、"Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 79, 6409(1982)"、"Gene, 34, 315 (1985)"、"Nuc. Acids. Res., 13, 4431(1985)"、"Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 488(1985)"等に記載の部位特異的変異導入法を用いて、人為的に取得することができるものも含まれる。
【0022】
本明細書中、「配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド」としては、配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列において、例えば、1〜100個、1〜90個、1〜80個、1〜70個、1〜60個、1〜50個、1〜40個、1〜39個、1〜38個、1〜37個、1〜36個、1〜35個、1〜34個、1〜33個、1〜32個、1〜31個、1〜30個、1〜29個、1〜28個、1〜27個、1〜26個、1〜25個、1〜24個、1〜23個、1〜22個、1〜21個、1〜20個、1〜19個、1〜18個、1〜17個、1〜16個、1〜15個、1〜14個、1〜13個、1〜12個、1〜11個、1〜10個、1〜9個(1〜数個)、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個、又は1個のアミノ酸残基が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチドが挙げられる。上記アミノ酸残基の欠失、置換若しくは付加の数は、一般的には小さい程好ましい。
【0023】
また、このようなペプチドとしては、配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列と60%以上、61%以上、62%以上、63%以上、64%以上、65%以上、66%以上、67%以上、68%以上、69%以上、70%以上、71%以上、72%以上、73%以上、74%以上、75%以上、76%以上、77%以上、78%以上、79%以上、80%以上、81%以上、82%以上、83%以上、84%以上、85%以上、86%以上、87%以上、88%以上、89%以上、90%以上、91%以上、92%以上、93%以上、94%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.1%以上、99.2%以上、99.3%以上、99.4%以上、99.5%以上、99.6%以上、99.7%以上、99.8%以上、又は99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチドが挙げられる。上記同一性の数値は一般的に大きい程好ましい。
【0024】
アミノ酸配列の同一性は、FASTA(Science 227 (4693): 1435-1441, (1985))や、カーリン及びアルチュールによるアルゴリズムBLAST (Basic Local Alignment Search Tool)(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 872264-2268, 1990; Proc Natl Acad Sci USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTN、BLASTXやBLASTPと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403, 1990)。アミノ酸配列の解析には、一般的にBLASTPが用いられ、アミノ酸配列の同一性を解析する場合であって、60%以上の同一性を有するアミノ酸を検索するときには、パラメーターは、例えばscore = 60、wordlength = 3とする。
【0025】
なお、GTP結合型ARF6タンパク質との特異的な結合能は、GTP結合型ARF6タンパク質、GDP結合型ARF6タンパク質、及びARF6タンパク質と相同性の高いARFタンパク質ファミリーのいずれか(例えば、ARF1又はARF5)を発現する細胞の細胞抽出物と本発明のペプチドとを混合し、プルダウンアッセイを行うことにより確認することができる。プルダウンアッセイの結果、前記ペプチドが、GDP結合型ARF6タンパク質又はARF6以外のARFファミリータンパク質と交差反応を起こさず、本発明のペプチドの結合パートナーとしてGTP結合型ARF6タンパク質のみが検出されれば、本発明のペプチドは、GTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するものと判断することができる。
【0026】
マウスARF6タンパク質の第67番目のグルタミンがロイシンで置換された変異体ARF6Q67L(配列番号18)は、GTPを加水分解する能力が喪失しているため、恒常的にGTPと結合した活性状態にある(D’Souza-Schorey C et al., Science 267: 1175-1178 (1995); Peters PJ et al., J Cell Biol 128: 1003-1017 (1995))。従って、ARF6Q67Lをコードする遺伝子(配列番号17)を適切な発現ベクター(例えば、Invitrogen社のpcDNA3ベクター)に挿入してARF6Q67L発現ベクターを作製し、該ベクターを適切な宿主細胞(例えば、HEK293T細胞等)に導入することで、GTP結合型ARF6タンパク質を発現する細胞を得ることができる。本願の実施例では、ARF6Q67LにFlagタグを付加した融合タンパク質Flag- ARF6Q67Lを用いて実験を行った。Flag-ARF6Q67LのCDS配列及びアミノ酸配列をそれぞれ配列番号19及び20に示す。
【0027】
また、マウスARF6タンパク質の第27番目のトレオニンがアスパラギンで置換された変異体ARF6T27N(配列番号22)は、GTPと結合することができず、恒常的にGDPと結合した不活性状態にある(Macia E et al., J Cell Sci 117 (2004): 2389-2398, Peters PJ et al., J Cell Biol 128: 1003-1017 (1995))。従って、ARF6T27Nをコードする遺伝子(配列番号21)を用いて、上記と同様にしてGDP結合型ARF6タンパク質を発現する細胞を得ることができる。本願の実施例では、ARF6T27NにFlagタグを付加した融合タンパク質Flag- ARF6T27Nを用いて実験を行った。Flag- ARF6T27NのCDS配列及びアミノ酸配列をそれぞれ配列番号23及び24に示す。
【0028】
さらに、ARF6以外のARFタンパク質(例えば、ARF1〜5)のいずれかをコードする遺伝子を用いて、上記と同様にして、ARF6以外のARFタンパク質を発現する細胞を得ることができる。ARF6以外のARFタンパク質をコードする遺伝子のヌクレオチド配列情報は、GenBank等の配列データベースから入手することが可能であり、例えば、マウスのArf1及びArf5遺伝子(それぞれ配列番号25及び26)は、それぞれGenBankにD87898及びD87902のAccession Numberで登録されている。また、マウスのARF1及びARF 5タンパク質のアミノ酸配列(それぞれ配列番号27及び28)の第71番目の グルタミンがロイシンで置換された変異体ARF1Q71L及びARF5Q71L(アミノ酸配列は、それぞれ配列番号30及び32)は、それぞれARF1及びARF5タンパク質の活性型変異体である。従って、本発明のペプチドのGTP結合型ARF6タンパク質との特異的な結合能を確認するためには、本発明のペプチドが、GDP結合型ARF6タンパク質だけではなく、ARF1Q71L及びARF5Q71Lのいずれとも交差反応を示さないことも確認しておくことが好ましい。ARF1Q71L及びARF5Q71Lは、それぞれ配列番号29及び31に示す塩基配列を有するポリヌクレオチドを用いて、組換え発現させることができる。本願の実施例では、Flagタグを付加した融合タンパク質Flag-ARF1Q71L(CDS配列:配列番号33、アミノ酸配列:配列番号34)及びFlag-ARF5Q71L(CDS配列:配列番号35、アミノ酸配列:配列番号36)を用いた。
【0029】
プルダウンアッセイは公知の方法に基づいて行うことができ、その詳細については、本願の実施例を参照してもよく、あるいは、"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001"、"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"、"Nuc. Acids. Res., 10, 6487(1982)"、"Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 79, 6409(1982)"、"Gene, 34, 315 (1985)"、"Nuc. Acids. Res., 13, 4431(1985)"、"Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 488(1985)"に記載の方法を参照してもよい。
【0030】
GTP結合型ARF6タンパク質との特異的な結合能は、上記のプルダウンアッセイ以外にも、Yeast Two Hybrid法、Mammalian Two Hybrid法、Biacore法、ELISA法等によって確認することができる。
【0031】
本発明において、1以上のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加された形態としては、同一配列中の任意かつ1若しくは複数のアミノ酸配列中の位置において、1又は数個のアミノ酸残基の欠失、置換若しくは付加が生じていてもよく、欠失、置換及び付加のうち2種以上が同時に生じてもよい。また、アミノ酸残基の付加が生じている場合、該アミノ酸残基は、アミノ酸配列中に挿入される態様で付加されていてもよく、あるいはアミノ酸配列のN末端又はC末端に付加されていてもよい。
以下に、相互に置換可能なアミノ酸残基の例を示す。同一群に含まれるアミノ酸残基は相互に置換可能である。A群:ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン、ノルバリン、アラニン、2−アミノブタン酸、メチオニン、o−メチルセリン、t−ブチルグリシン、t−ブチルアラニン、シクロヘキシルアラニン;B群:アスパラギン酸、グルタミン酸、イソアスパラギン酸、イソグルタミン酸、2−アミノアジピン酸、2−アミノスベリン酸;C群:アスパラギン、グルタミン;D群:リジン、アルギニン、オルニチン、2,4−ジアミノブタン酸、2,3−ジアミノプロピオン酸;E群:プロリン、3−ヒドロキシプロリン、4−ヒドロキシプロリン;F群:セリン、スレオニン、ホモセリン;G群:フェニルアラニン、チロシン。
【0032】
また、本発明のペプチドは、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t−ブチルオキシカルボニル法)等の化学合成法によっても製造することができる。また、Advanced Automation Peptide Protein Technologies社製、Perkin Elmer社製、、Protein Technologies社製、PerSeptive社製、Applied Biosystems社製、SHIMADZU社製等のペプチド合成機を利用して化学合成することもできる。
【0033】
また、本発明のペプチドは、プロテインタグを含んでいてもよい。プロテインタグは、上記(a)、(b)又は(c)に記載のアミノ酸配列のN’末端又はC’末端側のいずれに存在していてもよい。また、プロテインタグは、上記(a)、(b)又は(c)に記載のアミノ酸配列に隣接していてもよく、あるいは上記ペプチドとプロテインタグとの間に1若しくは複数個、例えば、1〜100個、1〜90個、1〜80個、1〜70個、1〜60個、1〜50個、1〜40個、1〜39個、1〜38個、1〜37個、1〜36個、1〜35個、1〜34個、1〜33個、1〜32個、1〜31個、1〜30個、1〜29個、1〜28個、1〜27個、1〜26個、1〜25個、1〜24個、1〜23個、1〜22個、1〜21個、1〜20個、1〜19個、1〜18個、1〜17個、1〜16個、1〜15個、1〜14個、1〜13個、1〜12個、1〜11個、1〜10個、1〜9個(1〜数個)、1〜8個、1〜7個、1〜6個、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個、又は1個のアミノ酸残基が介在していてもよい。プロテインタグは、被検試料が由来する動物に天然状態で存在しないアミノ酸配列を含むものであれば特に限定されないが、具体例としては、ヒスチジン、Flagペプチド、ヘマグルチニン、チオレドキシン(Trx)、可溶性促進ペプチド(Nus)、ビオチン、ペルオキシダーゼ、c-myc、ローダミングルタチオン-S-トランスフェラーゼ(GST)及びマルトース結合タンパク質(MBP)等のアフィニティータグ、並びに、Sirius、EBFP、ECFP、CyPet、EYFP、Venus、YPet、EGFP、Azami Green、DsRed、JRed及びルシフェラーゼ等の蛍光タグが挙げられる。
【0034】
上記プロテインタグを、本発明のペプチドに付加する方法としては、上記プロテインタグをコードするポリヌクレオチドと、該ポリヌクレオチドの5’側又は3’側に本発明のペプチドをコードするポリヌクレオチドとを、融合タンパク質として発現可能な配置(in frame)で適切な発現ベクターに挿入し、該ベクターを適切な宿主細胞に導入して前記プロテインタグと本発明のペプチドを含む融合タンパク質を発現させる方法が挙げられる。あるいは、上記プロテインタグが付加された本発明のペプチドは、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t−ブチルオキシカルボニル法)等の化学合成法、又は、Advanced Automation Peptide Protein Technologies社製、Perkin Elmer社製、Protein Technologies社製、PerSeptive社製、Applied Biosystems社製、SHIMADZU社製等のペプチド合成機を利用した化学合成によっても製造可能である。
【0035】
2.GTP結合型ARF6タンパク質の検出方法
本発明の試薬に含まれるペプチド(本発明のペプチド)は、GTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するので、該ペプチドを用いることにより、GTP結合型ARF6タンパク質を特異的に検出することができる。
従って、本発明は、以下の工程を含む、GTP結合型ARF6タンパク質の検出方法を提供する。
(a)被検試料と本発明の試薬とを混合する工程
(b)混合物からGTP結合型ARF6タンパク質を検出する工程
【0036】
上記工程(a)は、具体的には、被検試料に本発明の試薬を添加することにより実施することができる。本発明のペプチドは、GTP結合型ARF6タンパク質に特異的に結合することを特徴とする。ゆえに、被検試料にGTP結合型ARF6タンパク質が含まれている場合、本発明の試薬に含まれるペプチドが、GTP結合型ARF6タンパク質と接触すれば、前記タンパク質と本発明のペプチドとの複合体が形成される。従って、形成された複合体から、容易にGTP結合型ARF6タンパク質を検出することができる。前記複合体は、検出に先立って、被検試料及び本発明の試薬を含む混合物から回収されていることが好ましい。
【0037】
本発明の方法は、GTP結合型ARF6タンパク質及び本発明のペプチドの分解を防ぐ観点から、常温(25℃前後)以下、好ましくは、15℃、10℃、8℃、5℃以下で行われ、最も好ましくは4±1℃で行われる。
【0038】
また、工程(a)の混合に先立って、本発明のペプチドをブロッキング剤(種々のタンパク質を含む混合物:例えば、血清、スキムミルク等)と混合してブロッキング処理してもよい。あるいは、被検試料、本発明のペプチド及びブロッキング剤を全て混合した混合物中で工程(b)を行ってもよい。
【0039】
本発明において、「被検試料」とは、組織、細胞、粘膜、血液成分(血清、血漿、血球細胞)、唾液、尿、糞便、汗、体毛、乳汁等の生体に由来するサンプルであってもよく、又は培養組織若しくは細胞、培養細胞の抽出物、培養上清等の培養組織若しくは細胞に由来するサンプルであってもよい。
【0040】
本発明のペプチドは、好ましくは、不溶性の担体に結合されている。本発明のペプチドが不溶性の担体に結合されている場合、前記担体及び本発明のペプチド及びGTP結合型ARF6タンパク質からなる複合体を、洗浄によって液体混合物から容易に回収することができる。不溶性の担体としては、例えば、培養プレート、樹脂ビーズ(セファロースビーズ又はアガロースビーズ等)、カラム樹脂等が挙げられる。
【0041】
上記担体は、プロテインタグを介することにより、より容易に本発明のペプチドに結合させることができる。プロテインタグの具体例は先に述べた通りである。このようなタグのアミノ酸配列は、サンプルが由来する動物の体内には存在しないものであるから、該タグを認識する抗体であって、不溶性担体と結合した抗体を用いて、タグと抗体との間で抗原抗体反応を起こさせれば、タグを介して本発明のペプチドを間接的に不溶性担体に結合させることができる。あるいは、前述のタグの具体例のうち、GST及びMBP等を用いた場合には、抗体を用いることなく、直接本発明のペプチドと不溶性担体(グルタチオン・セファロース、デキストリン・セファロース又はアミロース樹脂等)とを結合させることができる。
【0042】
前記担体と前記複合体との結合体の洗浄に適切な洗浄液の例としては、中性領域の緩衝能を持つバッファー(例えば、Tris-HCl(pH7.5)、HEPES(pH7.2))と適切な界面活性剤(例えば、SDS、SCS等)とを混合した混合液が挙げられる。
【0043】
本発明において、「検出」は、質量分析、各種クロマトグラフィー又は各種免疫化学アッセイ等により行うことが可能であるが、好ましくは、抗ARF6抗体を用いた免疫化学アッセイにより検出される。免疫化学アッセイの具体例としては、Enzyme Linked Immunosorbent Assay (ELISA)、ウェスタンブロッティング、プロテインチップアッセイ等が挙げられる。
【0044】
3.腫瘍の性質の検査方法
ARF6タンパク質は、腫瘍細胞の転移能において重要な働きを担っていることが示唆されており(Hashimoto et al., Proc Natl Acad Sci USA 101, 6647-6652 (2004); Sabe et al., Traffic 10, 982-993 (2009))、ヒト乳癌でも、転移能の高い癌で高頻度にARF6の活性化因子の発現上昇が観察されている(Sabe et al., Traffic 10, 982-993 (2009))。また、本発明者らはARF6 の生理機能を解析するなかで、これらの報告とは独立に、腫瘍増殖時の血管新生にARF6 が重要であることを見い出している。以上の知見は、腫瘍の発生、増殖性、転移能を含む様々な性質とARF6タンパク質の活性が、密接に関連していることを示すものである。ゆえに、腫瘍に含まれるGTP結合型ARF6タンパク質を定量することにより、悪性度及び転移能等といった腫瘍の性質を検査することができる。
【0045】
従って、本発明は、以下の工程を含む、腫瘍の性質の検査方法を提供する。
(a)患者から採取された腫瘍組織の細胞抽出物を調製する工程
(b)前記細胞抽出物と本発明の試薬とを混合する工程
(c)混合物中のGTP結合型ARF6タンパク質の濃度を測定し、基準値と比較する工程
【0046】
本発明において、検査の対象となる腫瘍の種類は、特に限定されず、良性腫瘍又は悪性腫瘍のいずれでもよい。このような腫瘍の例としては、(1)骨肉腫や軟部組織肉腫等の肉腫、(2)乳癌腫、肺癌腫、膀胱癌腫、甲状腺癌腫、前立腺癌腫、結腸癌腫、結腸直腸癌腫、膵臓癌腫、胃癌腫、肝臓癌腫、子宮癌腫、子宮頸癌腫、卵巣癌腫等の癌腫、(3)ホジキンや非ホジキンリンパ腫等のリンパ腫、(4)神経芽細胞腫、(5)メラノーマ、(6)ミエローマ、(7)ウィルムス腫瘍、(8)急性骨髄性白血病(AML)、慢性骨髄性白血病(CML)、急性リンパ性白血病(ALL)及び慢性リンパ性白血病(CLL)等の白血病、(9)グリオーマ、(10)網膜芽細胞腫等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。好ましくは、腫瘍は、血管新生を伴う腫瘍であり、最も好ましくは、ARF6を発現している腫瘍である。ヒト乳癌では、転移能とARF6の活性化因子の発現上昇との関連性が報告されており(Sabe et al., Traffic 10, 982-993 (2009))、本発明の方法は、ヒト乳癌の性質の検査に特に有用である。
【0047】
本発明の方法により検査される「腫瘍の性質」とは、上記腫瘍の増殖率、進行度、悪性度、転移能、再発能といった腫瘍細胞の各種性質を意味する。好ましくは、腫瘍の性質は、悪性度、転移能及び再発能であり、さらに好ましくは転移能である。
【0048】
本発明において、患者は、腫瘍を有する哺乳動物であれば特に限定されないが、好ましくはヒトである。
【0049】
患者から腫瘍組織を採取する方法は、腫瘍の種類に応じて変化するが、一般的には、採血、バイオプシー、採尿、採便又は腫瘍の外科的切除が挙げられる。このように採取された腫瘍組織から、細胞抽出物を調製するが、細胞抽出物は、採取した腫瘍に含まれる細胞(初代腫瘍細胞)から直接調製してもよく、あるいは、採取した腫瘍に含まれる細胞を適切な条件で培養した後に、初代腫瘍細胞から1又は複数回の細胞分裂によって生じた細胞から調製してもよい。初代腫瘍細胞又は初代腫瘍細胞から細胞分裂によって生じた細胞を回収し、超音波破砕、細胞溶解剤の添加、ホモジェナイジング等によって細胞抽出物を得ることができる。細胞抽出物には、タンパク質の分解を防ぐために、プロテアーゼインヒビターが添加されていてもよい。また、細胞抽出物は、冷凍保存(好ましくは、-80℃以下の温度で)した後に、本発明の方法に用いてもよい。細胞抽出物の調製方法の詳細については、以下を参照できる。"Sambrook & Russell, Molecular Cloning: A Laboratory Manual Vol. 3, Cold Spring Harbor Laboratory Press 2001"、"Ausubel, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons 1987-1997"
【0050】
本発明の方法は、GTP結合型ARF6タンパク質及び本発明のペプチドの分解を防ぐ観点から、常温(25℃前後)以下、好ましくは、15℃、10℃、8℃、5℃以下で行われ、最も好ましくは4±1℃で行われる。
【0051】
また、工程(b)の混合に先立って、本発明のペプチドをブロッキング剤と混合してブロッキング処理してもよい。あるいは、細胞抽出物、本発明のペプチド及びブロッキング剤を全て混合した混合物中で工程(c)を行ってもよい。
【0052】
工程(c)における、GTP結合型ARF6タンパク質の濃度の測定は、上記「2.GTP結合型ARF6タンパク質の検出方法」の項目で述べたGTP結合型ARF6タンパク質の検出方法と同様の方法で行うことができる。
【0053】
このようにして測定したGTP結合型ARF6タンパク質の濃度を、基準値と比較することにより、腫瘍の性質を検査することができる。具体的には、測定されたGTP結合型ARF6タンパク質の濃度が基準値よりも高い場合には、前記腫瘍は、増殖率、進行度、悪性度、転移能若しくは再発能又はこれらの組合せが高く、症状が深刻であると判断することができる。反対に、測定されたGTP結合型ARF6タンパク質の濃度が基準値以下である場合には、前記腫瘍は、増殖率、進行度、悪性度、転移能若しくは再発能又はこれらの組合せが低く、高い治療効果が得られると判断することができる。
【0054】
本発明において、「基準値」は、同一の患者の腫瘍と同一組織に含まれる正常細胞中のGTP結合型ARF6タンパク質濃度であってもよく、又は同一患者から過去に採取した同一組織腫瘍組織中のGTP結合型ARF6タンパク質濃度であってもよい。あるいは、検査対象の腫瘍と同一種類の腫瘍に含まれるGTP結合型ARF6タンパク質の濃度について複数のデータが存在する場合には、それらのデータを統計処理して得られる平均値、標準偏差等から導き出される濃度であってもよい。
腫瘍組織中のGTP結合型ARF6タンパク質濃度の平均値、標準偏差等は、種々の統計方法によって得ることができるが、具体的には、患者の年齢、腫瘍の体積等をパラメーターとして、IBM SSPS Statistics 18(SSPS)等の統計解析ソフトでtwo-way ANOVA解析することにより求めることができる。本発明の方法の実施により得られた腫瘍組織中のGTP結合型ARF6タンパク質濃度を新たなデータとして統計解析用の母集団に加えて母数を大きくすることにより、さらに解析の精度を向上させることができる。
【0055】
4.腫瘍治療薬のスクリーニング方法
本発明者らは、ARF6遺伝子をノックアウトした動物を作製し、該動物の表現型を詳細に観察した結果、ARF6遺伝子の機能を阻害することにより、該動物体内の腫瘍細胞の増殖率を低下させることができることを見い出した。この知見から、ARF6遺伝子の機能阻害だけではなく、ARF6タンパク質の活性化を阻害した場合にも、該動物体内の腫瘍の増加率が低下することが予測される。このため、ARF6タンパク質の活性化を阻害する化合物、即ち、GTP結合型ARF6タンパク質の発現量を低下させる化合物は、腫瘍の増加率を低下させる作用を有するものと判断することができる。
【0056】
従って、本発明は、以下の工程を含む、腫瘍の治療薬のスクリーニング方法を提供する。
(a)腫瘍細胞と候補化合物とを接触させた後、前記腫瘍細胞の細胞抽出物を調製する工程
(b)前記細胞抽出物と本発明の試薬とを混合する工程
(c)混合物中のGTP結合型ARF6タンパク質の濃度を測定し、基準値と比較する工程
【0057】
本発明において、「腫瘍」は、上記「3.腫瘍の性質の検査方法」の項で述べた通りであり、「腫瘍細胞」とは、前記腫瘍に含まれる細胞を意味する。本発明においては、腫瘍細胞は、動物体内に存在する腫瘍細胞であってもよく、又はセルライン化された培養細胞であってもよい。前記動物は、腫瘍を発生する腫瘍モデル動物であってもよく、又は患者から採取した腫瘍を移植した移植モデル動物であってもよい。腫瘍モデル動物の例としては、例えば、WO2006/063182に記載の乳癌モデル動物が挙げられる。また、移植モデル動物の例としては、ヌードマウス等が挙げられる。セルライン化された培養細胞としては、例えば、ヒト肝ガン由来細胞株 のHepG2 細胞及びヒト乳腺ガン細胞株のMCF7細胞等が挙げられる。細胞腫瘍細胞は、ARF6遺伝子が発現されているものが好ましい。特に好ましくは、前記腫瘍細胞は、乳癌細胞である。
【0058】
候補化合物は、特に限定されないが、具体例としては、ARF6の活性低下と関連性が示唆されている化合物、例えば、ARF6タンパク質のGDP/GTPサイクルのメディエーター等が考えられる。候補化合物は、ペプチド、低分子化合物、高分子化合物、これらの塩又は前駆体等のあらゆる形態にあってもよい。
【0059】
本発明において、「腫瘍細胞と候補化合物とを接触させる」とは、該候補化合物が、腫瘍細胞表面の分子と相互作用を生じさせる程度に接近するか、該分子と結合するか、又は該腫瘍細胞内に取り込まれる条件を作り出すことを意味する。腫瘍細胞が、培養細胞である場合、該細胞が接している培養培地に該候補化合物を一定濃度以上で添加することにより、該細胞と候補化合物とを接触させることができる。一方、腫瘍細胞が動物体内に存在する場合、該動物に候補化合物を一定量で投与することにより、該腫瘍細胞と候補化合物とを接触させることができる。投与経路は、特に限定はされないが、具体例としては、経口、舌下、経鼻、経肺、経消化管、経皮、点眼、静脈内注射、皮下注射、筋肉内注射、腹腔内注射、局所注射、外科的移殖が挙げられ、好ましくは静脈内注射である。
【0060】
次に、候補化合物と接触させた腫瘍細胞の細胞抽出物を調製するが、調製方法は、上記「3.腫瘍の性質の検査方法」の項目で述べた通りである。また、腫瘍細胞が、モデル動物体内に移植されていた場合、細胞抽出物の調製に先立って、該腫瘍細胞をモデル動物から採取する必要があるが、採取方法は、上記「3.腫瘍の性質の検査方法」の項目で述べた通りである。
【0061】
本発明の方法は、GTP結合型ARF6タンパク質及び本発明のペプチドの分解を防ぐ観点から、常温(25℃前後)以下、好ましくは、15℃、10℃、8℃、5℃以下で行われ、最も好ましくは4±1℃で行われる。
【0062】
また、工程(b)の混合に先立って、本発明のペプチドをブロッキング剤と混合してブロッキング処理してもよい。あるいは、細胞抽出物、本発明のペプチド及びブロッキング剤を全て混合した混合物中で工程(c)を行ってもよい。
【0063】
工程(c)における、GTP結合型ARF6タンパク質の濃度の測定は、上記「2.GTP結合型ARF6タンパク質の検出方法」の項目で述べたGTP結合型ARF6タンパク質の検出方法と同様の方法で行うことができる。
【0064】
このようにして測定した複合体の濃度を、基準値と比較することにより、腫瘍の性質を検査することができる。具体的には、測定された複合体の濃度が基準値以上である場合には、候補化合物は、抗腫瘍作用を有しないものと判断することができる。反対に、測定された複合体の濃度が基準値よりも低い場合には、候補化合物は、抗腫瘍作用を有するものであり、該候補化合物の投与によって腫瘍治療効果が得られると判断することができる。
【0065】
本発明において、「基準値」は、本発明の方法に用いた腫瘍細胞と同一株の細胞であって、候補化合物と接触させていない細胞中のGTP結合型ARF6タンパク質の濃度であってもよい。あるいは、本発明の方法に用いた腫瘍細胞と同一株の腫瘍に含まれるGTP結合型ARF6タンパク質の濃度について複数のデータが存在する場合には、そのデータを統計処理して得られる平均値、標準偏差等から導き出される濃度であってもよい。
腫瘍細胞中のGTP結合型ARF6タンパク質濃度の平均値、標準偏差等は、種々の統計方法によって得ることができるが、具体的には、候補化合物の濃度、腫瘍細胞数等をパラメーターとして、IBM SSPS Statistics 18(SSPS)等の統計解析ソフトでtwo-way ANOVA解析することにより求めることができる。本発明の方法の実施により得られた腫瘍細胞中のGTP結合型ARF6タンパク質濃度を新たなデータとして統計解析用の母集団に加えて母数を大きくすることにより、さらに解析の精度を向上させることができる。
【0066】
本発明の具体的な態様の一例を図4に示す。最初に、ARF6の活性化を抑える(GTP結合型ARF6の産生を抑える)と考えられる候補化合物で細胞を処理する。次に、これらの細胞をウシ胎児血清又はHGF等の適切な刺激物質で刺激した後、細胞抽出液を調製する。図4Aの方法では、GSTタグとJIP-4のLZIIペプチドとのGST-LZII融合タンパク質を発現させ、GST-LZII及びグルタチオンセファロースの複合体を調製する。該複合体と細胞抽出液を混和し、インキュベーションする。GTP結合型ARF6は特異的にLZIIに結合するので、セファロースを洗浄したのち、結合したARF6の量を抗ARF6抗体を用いたWestern blot法にて検出する。図4Bの方法では、LZIIペプチドを予めマイクロプレートに固定しておき、これに、上記で調製した細胞抽出液を滴下する。インキュベーションと洗浄の後、プレートに結合したARF6の量を、抗ARF6抗体を用いた酵素抗体法にて検出する。
【0067】
5.GTP結合型ARF6タンパク質の検出用キット
本発明は、本発明のペプチドを含むGTP結合型ARF6タンパク質の検出用キットを提供する。
【0068】
本発明のキットにおいて、本発明のペプチドは、上記「2.GTP結合型ARF6タンパク質の検出方法」の項目で述べた不溶性の担体に結合されていてもよい。あるいは、本発明のペプチドは、上記不溶性の担体に結合されていない状態でキットに含まれていてもよく、この場合、本発明のキットは、好ましくは、上記不溶性の担体との結合を容易化するタグを含む融合タンパク質の形態で本発明のペプチドを含み、さらに好ましくは、前記ペプチドに加えて、前記タグと選択的に結合する不溶性の担体又は前記タグを特異的に認識する抗体であって、不溶性の担体と結合した抗体を含む。
【0069】
本発明のキットは、好ましくは、抗ARF6抗体も含み、さらに好ましくは、該抗ARF6抗体を認識する二次抗体を含む。抗ARF6抗体又は二次抗体は、検出可能なように放射性同位体、蛍光物質、発光物質又は磁気ビーズ等で修飾されていることが好ましい。
【0070】
本発明のキットは、上記の他に、ブロッキング剤、洗浄用バッファー、検出用バッファー、プロテアーゼ阻害剤、抗ARF6抗体又は二次抗体の検出用試薬、使用説明書等が含まれていてもよい。また、前記使用説明書には、特定の腫瘍細胞中のGTP結合型ARF6タンパク質濃度の基準値が記載されていてもよい。本発明のキットは、さらに、ポジティブコントロール及び/又はネガティブコントロールとして、それぞれARF6Q67L及び/又はARF6T27Nタンパク質を含んでいてもよい。
【実施例】
【0071】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明は実施例に記載された態様に限定されるものではない。
方法
プラスミド
完全長JIP3及びJIP4の発現ベクターの作製
JIP3及びJIP4のcDNAは、マウス脳からそれぞれ以下のプライマーを用いてRT-PCRにより増幅した。JIP3は制限酵素EcoRIとSalIで、JIP4はBamHIとXhoIで処理した。これらをEcoRIもしくはBamHIとSalIで処理したpEGFP-C1ベクター(Invitrogen)にそれぞれ挿入し、発現ベクターpEGFP-JIP3及びpEGFP-JIP4を作製した。
JIP3:全長cDNA増幅用プライマー
フォワード:5’-CTGAATTCGCTCGAGTTATGATGGAGATCCAGATGGACGAGGGA-3’(配列番号37:下線部はBamHI認識部位)
リバース:5’-GCAGTCGACTCACTCAGGGGTGTAGGACACCTGCC-3’ (配列番号38:下線部はXhoI認識部位)
JIP4:全長cDNA増幅用プライマー
フォワード:5’-GCGGATCCGAATTCACCATGGAGCTGGAGGACGGTGT-3’(配列番号39:下線部はBamHI認識部位)
リバース:5’-ATCTCGAGTCACTCATTGCCACACATCAC-3’ (配列番号40:下線部はXhoI認識部位)
【0072】
JIP4欠損変異体の発現ベクターの作製
JIP4タンパク質の欠損変異体(図2A)は、pEGFP-JIP4ベクターを鋳型とし、以下のプライマーを用いてPCR増幅した。増幅された断片を制限酵素EcoRIとXhoI、又はBamHIとXhoIで切断し、EcoRIとSalI、又はBamHIとSalIで処理したpEGFP-C2ベクターに挿入することにより各欠損変異体の発現ベクターを作製した。
JIP4:N-termフラグメント
フォワード:5’-GCGGATCCGAATTCACCATGGAGCTGGAGGACGGTGT-3’(配列番号41:下線部はBamHI認識部位)
リバース:5’-ATCTCGAGTCAGGCCCGGATCATCTCCGTCC-3’ (配列番号42:下線部はXhoI認識部位)
JIP4:C-termフラグメント
フォワード:5’-GCGGATCCGAATTCACCATGTCACGAGAGAACCCAGCTAT-3’(配列番号43:下線部はBamHI認識部位)
リバース:5’-ATCTCGAGTCACTCATTGCCACACATCAC-3’ (配列番号44:下線部はXhoI認識部位)
JIP4:N1フラグメント
フォワード:5’-GCGGATCCGAATTCACCATGGAGCTGGAGGACGGTGT-3’(配列番号45:下線部はBamHI認識部位)
リバース:5’-ATCTCGAGTCAAATTCTACTATGAGCTGTAGCC-3’ (配列番号46:下線部はXhoI認識部位)
JIP4:N2フラグメント
フォワード:5’-GCGAATTCACCATGAGAAAAGAACGTCCTATATCATTAG-3’(配列番号47:下線部はEcoRI認識部位)
リバース:5’-ATCTCGAGTCATCCTAGTAAATCCGCTCCTTC-3’ (配列番号48:下線部はXhoI認識部位)
JIP4:N3(LZII)フラグメント
フォワード:5’-GCGAATTCACCATGGGTCGTGAGGTGGAGAA-3’(配列番号49:下線部はEcoRI認識部位)
リバース:5’-ATCTCGAGTCAGTCCTCCAGCTTCAGCTTGG-3’ (配列番号50:下線部はXhoI認識部位)
JIP4:N4フラグメント
フォワード:5’-GCGAATTCACCATGAAGAACAGAGAGCTGGAGGA-3’(配列番号51:下線部はEcoRI認識部位)
リバース:5’-ATCTCGAGTCAGGCCCGGATCATCTCCGTCC-3’ (配列番号52:下線部はXhoI認識部位)
【0073】
JIP3-LZ領域の発現ベクターの作製
JIP3のLZ領域は、pEGFP-JIP3を鋳型として、以下のプライマーを用いてPCR増幅した。増幅された断片を制限酵素EcoRIとSalIで処理したのち、同じくEcoRIとSalIで処理したpEGFP-C2ベクターに挿入することで、JIP3-LZ領域の発現ベクターを作製した。
JIP3-LZフラグメント
フォワード:5’-GCGAATTCATGGGCAAAGAAGTGGGGAA-3’(配列番号53:下線部はEcoRI認識部位)
リバース:5’-ATGTCGACTCACTTCAGTTCTTCTTCAAGCTCTTTG-3’ (配列番号54:下線部はSalI認識部位)
【0074】
上記の各PCR増幅に用いたPCR反応液の組成及びPCR反応条件は以下の通りである。
PCR反応条件
反応液組成:
鋳型DNA 適当量
dATP 0.2 mM
dGTP 0.2 mM
dTTP 0.2 mM
dCTP 0.2 mM
Sense Primer 1 μM
Antisense Primer 1 μM
PrimeSTAR Buffer (タカラバイオ) 1x Conc
PrimeSTAR HS DNA polymerase (タカラバイオ) 1 unit/40μL
反応サイクル:
95℃ 30秒
60℃ 30秒
72℃ 30秒
を1サイクルとし、30サイクル。
【0075】
Arf6Q67L、Arf6Q27N、Arf1Q67L及びArf5Q71Lの発現ベクターの作製
本実施例で使用したArf6Q67L、Arf6Q27N、Arf1Q67L、Arf5Q71LをコードするcDNA(それぞれ配列番号19、23、33及び35)については、中山和久教授(京都大学)より譲り受けたものを使用した(これらのcDNAの詳細については、以下の文献を参照できる:Hosaka M et al., J Biochem (Tokyo) 120: 813-819 (1996))。これらのcDNAを制限酵素HindIIIとXhoIで処理し、同様にHindIIIとXhoIで処理したpcDNA3-Flag(Honda et al., Cell 99, 521-532 (1999))に挿入することにより作製した。
【0076】
pGEX6P-LZIIベクターの作製
JIP4のLeucine zipper II(LZII)領域(アミノ酸399-460 番目)は、上記N3(LZII)フラグメントを制限酵素EcoRIとXhoIで処理し、同様にEcoRIとXhoIで処理したpGEX6P-2ベクター(GE ヘルスケア)に挿入することで、GSTプルダウン用のpGEX6P-LZIIベクターを作製した。
【0077】
pGEX6P-Flag-Arf6ベクターの作製
Arf6 のcDNA 断片は、プラスミドpcDNA3-Arf6-Flag(Honda et al., Cell 99, 521-532 (1999))を鋳型として以下のプライマーを用いてPCR を行い、増幅された断片を用いた。
Arf6のcDNAのPCRに用いたプライマー
フォワード:5’-AGGAATTCCCACTACCATGGGGAAGGTGCTATCCAAGATCTTCG-3’(配列番号55:下線部はEcoRI認識部位)
フォワード:5’-GAGGGGCAAACAACAGATGG-3’(配列番号56)
このArf6 断片は制限酵素EcoRI及びSalIで処理したpGEX6P-2 ベクターに挿入した。新たに作製した全てのプラスミドに関して、改変した部分の配列をダイターミネーター法(310 DNA シークエンサーもしくは3130 DNA シークエンサー;Applied Biosystems)にて確認した。
【0078】
ARF6と特異的に結合するペプチド(GST-LZII)の作製
pGEX6P-LZII により形質転換された大腸菌(E. coli)をLB培地中、37℃で一晩振盪培養した。大腸菌溶液をさらに多量のLB 培地中で、37℃、2時間培養した。Isopropyl β-D-1-thiogalactopyranoside(IPTG)(ナカライテスク)を最終濃度0.1 mMで加え、30℃で3時間振盪培養した。培養後の大腸菌は遠心(6,000 x g)により回収し、超音波処理により破砕した。破砕後の大腸菌溶液を170,000 x gで遠心し、上精をペプチド溶液として用いた。
【0079】
細胞培養
ヒト肝ガン由来細胞株HepG2細胞及びヒト胎児腎臓由来上皮細胞株HEK293T細胞は、定法に従い、10%ウシ胎児血清、50 μg/mlストレプトマイシン、50 units/mlペニシリン(以上、Invitrogen)を含むダルベッコ変法イーグル培地中(Invitrogen)で培養した。マウス由来培養血管内皮細胞は10% ウシ胎児血清、1mM ピルビン酸ナトリウム(Invitrogen)、100 μM 非必須アミノ酸(Invitrogen)、55 μM 2-メルカプトエタノール(ナカライテスク)、50 μg/ml ストレプトマイシン、50 units/ml ペニシリン、50 μg/ml ヘパリン、20 μg/ml Endothelial cell growth factor (Roche) を含むダルベッコ変法イーグル培地中で培養した。
【0080】
免疫沈降
HEK293T にLipofectamine 2000(Invitrogen)を用いて、各種プラスミドをトランスフェクションした。24 時間後に細胞を回収し、細胞溶解バッファー(25 mM Tris-HCl, pH 7.5, 1 mM EDTA, 0.1 mM EGTA, 5 mM MgCl2, 10 mM KCl, 1% TritonX-100, プロテアーゼインヒビターカクテル(ナカライテスク))中で溶解した。30,000 x g で遠心後した上清に抗Flag 抗体(Sigma)を加え、免疫沈降した。沈降物をWestern blot 法により解析した。
【0081】
GST-LZII 融合タンパク質とARF6 の結合の解析
大腸菌を用いて調製した GST-LZII のペプチド溶液と、同じく大腸菌を用いて調製したFlag-ARF6 を結合バッファー(20 mM Tris-HCl, pH7.5, 1 mM EGTA, 2 mM MgCl2, 1% Triton X-100, and 1 mM PMSF)でインキュベートし、グルタチオンセファロースビーズ(GE ヘルスケア)で沈降した。沈降したタンパク質をSDS サンプルバッファー(30 mM Tris-HCl, pH6.8, 2% SDS, 0.1 mg/mL BPB, 5% 2-メルカプトエタノール, 10%グリセロール)で溶出し、抗Flag 抗体を用いたWestern blot 法により解析した。
【0082】
GTP 結合型ARF6 の定量
pEGFP-Arf6Q67L(QL)又はpEGFP-Arf6T27N(TN)発現ベクターをトランスフェクションしたHepG2 細胞又は培養血管内皮細胞をPull down バッファー(50 mM Tris-HCl, pH 7.5, 100 mM NaCl, 10 mM MgCl2, 0.5%デオキシコール酸ナトリウム, 1% TritonX-100, 10%グリセロール, プロテアーゼインヒビターカクテル)中で溶解した。大腸菌を用いて調製したGST-LZII のペプチド溶液とともにインキュベートし、グルタチオンセファロースビーズで沈降した。沈降したタンパク質をSDS サンプルバッファーで溶出し、抗ARF6 抗体を用いたWestern blot 法により解析した。
【0083】
結果
ARF6とJIP3又はJIP4 との結合の解析
大腸菌より精製した ARF6とHEK293T細胞に発現させたJIP3及びJIP4 との結合を解析した。具体的には、pEGFP-JIP1、pEGFP-JIP2、pEGFP-JIP3若しくはpEGFP-JIP4を、pcDNA3-Arf6Q67L若しくはpcDNA3-Arf6T27NとともにHEK293細胞にco-transfectionした。24時間後、細胞を溶解し、抗Flag抗体で免疫沈降したのち、抗GFP抗体若しくは抗Flag抗体でWestern blotを行った。JIP3及びJIP4 は、GTP 結合型ARF6 変異体(ARF6Q67L)には結合したが、GDP 結合型ARF6 変異体(ARF6T27N)には結合しなかった(図1A)。一方、同じJIP ファミリーのJIP1及びJIP2は、GTP 結合型ARF6 変異体又はGDP 結合型ARF6 変異体のいずれにも結合しなかった(図1A)。このことから、JIP3及びJIP4 のARF6 への結合は、ARF6 に結合しているguanosine ヌクレオチドに依存し、GTP 結合型に選択的であることが分かった。
【0084】
他のARF ファミリータンパク質との結合 ARF1 及びARF5の活性型変異体であるARF1Q71L及びARF5Q71Lを用いて同様の結合実験を行った。具体的には、pEGFP-JIP3 若しくはpEGFP-JIP4 を、pcDNA3-Arf1Q71L, pcDNA3-Arf5Q71L 若しくはpcDNA3-Arf6Q67LとともにHEK293細胞にco-transfectionした。24時間後、細胞を溶解し、抗Flag抗体で免疫沈降したのち、抗GFP抗体もしくは抗Flag抗体でWestern blotを行った。その結果、JIP3及びJIP4 は、ARF1Q71L及びARF5Q71Lには結合しなかった(図1B)。従って、JIP3及びJIP4 は、GTP 結合型ARF6 に高い特異性で結合することが確認された。
【0085】
ARF6 と結合するJIP4の領域の検討 JIP4 の各種欠損変異体(緑色蛍光タンパク質GFP との融合タンパク質)を作製し(図2A)、pEGFP-JIP4の各変異体を、pcDNA3-Arf6Q67L若しくはpcDNA3-Arf6T27NとともにHEK293細胞にco-transfectionし、24時間後、細胞を溶解して、抗Flag抗体で免疫沈降したのち、抗GFP抗体若しくは抗Flag抗体でWestern blotを行った。その結果、LZII 領域がGTP 結合型ARF6 と選択的に結合することが分かった(図2B, C)。
【0086】
また、JIP3のLZ領域およびJIP4のLZII領域をGST融合タンパク質として大腸菌より精製し(それぞれGST-LZ、GST-LZII)、同じく大腸菌から精製したFlag-ARF6Q67Lもしくは
Flag-ARF6T27Nとインキュベートし、抗Flag抗体で免疫沈降した。沈降物を、抗GST抗体もしくは抗Flag抗体を用いたWestern blot法にて解析したところ、JIP4 のLZII 領域に相当するJIP3 のLZ 領域もGTP 結合型ARF6 と結合することが分かった(図2D)。
【0087】
GST-LZIIを用いたGTP結合型ARF6の定量
以上の結果を踏まえ、我々はGST-LZII ペプチドを用いたGTP 結合型ARF6 の定量法の開発を試みた。
一例として、大腸菌より調整したGST-LZII を用いて、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)やHGF で刺激をしたHepG2 細胞、培養血管内皮細胞に含まれるGTP 結合型ARF6 をGST-プルダウンアッセイにより定量した(方法の項を参照)。最初に、陽性および陰性コントロールとして、pEGFP-Arf6Q67L(QL)もしくはpEGFP-Arf6T27N(TN)発現ベクターをトランスフェクションしたHepG2 細胞もしくは培養血管内皮細胞の細胞溶解液を調製した。次に、細胞溶解液に大腸菌より精製したGST-LZIIとインキュベーションし、glutathione-sepharoseを用いて沈降した。沈降物を、抗ARF6抗体を用いたWestern blot法にて解析した。コントロールとして細胞溶解液中のtotal ARF6とactinの量を、それぞれの抗体を用いたWestern blot法にて解析した。その結果、HepG2 細胞においてはHGF 刺激後、5 分よりGTP 結合型ARF6 の量が上昇し、6-12 時間で最大となり、48 時間程度後に基底状態に戻った(図3A)。培養血管内皮細胞を用いても、ほぼ同様の時間経過を示した(図3B)。一方、培養血管内皮細胞をVEGF で処理した場合には、刺激後1 分程度でGTP結合型ARF6 の量が上昇し、約30 分後までに基底状態に戻った(図3C)。従って、HGF とVEGF は両者ともARF6 を活性化するが、その活性化は異なる時間経過を経ることが明らかとなった。またこれらの結果から、GST-LZII がGTP 結合型ARF6 の定量に有効であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0088】
JIP3及びJIP4のLZ及びLZIIペプチドは、活性型ARF6と特異的に結合し、不活性型ARF6 や他のARF ファミリータンパク質には結合しない高い選択性を持つため、LZ及びLZIIペプチドを用いれば高い信頼性のもとでGTP 結合型ARF6 の定量を行うことができる。
先に述べたように、ARF6 は腫瘍の増殖、転移に重要な働きをしている。従って、ARF6 の活性化(すなわちGTP 結合型ARF6 の産生)を抑える化合物は抗腫瘍剤としての可能性を秘めている。このようなGTP 結合型ARF6 の量を抑制する化合物のスクリーニングに本システムが有効であると考えられる。
また、上記の実験システムを癌組織抽出液に適用することにより、各癌組織内での GTP 結合型ARF6の定量が可能となる。これによりそれぞれの癌が抗ARF6 薬に適用であるかを検査することができると考えられる。
【配列表フリーテキスト】
【0089】
配列番号19: レコンビナント
配列番号23: レコンビナント
配列番号33: レコンビナント
配列番号35: レコンビナント
配列番号37: 合成DNA
配列番号38: 合成DNA
配列番号39: 合成DNA
配列番号40: 合成DNA
配列番号41: 合成DNA
配列番号42: 合成DNA
配列番号43: 合成DNA
配列番号44: 合成DNA
配列番号45: 合成DNA
配列番号46: 合成DNA
配列番号47: 合成DNA
配列番号48: 合成DNA
配列番号49: 合成DNA
配列番号50: 合成DNA
配列番号51: 合成DNA
配列番号52: 合成DNA
配列番号53: 合成DNA
配列番号54: 合成DNA
配列番号55: 合成DNA
配列番号56: 合成DNA

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)、(b)又は(c)のペプチドを含むGTP結合型ARF6タンパク質の検出用試薬。

(a)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列を含むペプチド
(b)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド
(c)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列に対して60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド
【請求項2】
以下の工程を含む、GTP結合型ARF6タンパク質の検出方法。
(a)被検試料と請求項1に記載の試薬とを混合する工程
(b)混合物からGTP結合型ARF6タンパク質を検出する工程
【請求項3】
前記ペプチドが、不溶性の担体に結合されたものである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
GTP結合型ARF6タンパク質は、抗ARF6抗体を用いて検出される、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
以下の工程を含む、腫瘍の性質の検査方法。
(a)患者から採取された腫瘍組織の細胞抽出物を調製する工程
(b)前記細胞抽出物と請求項1に記載の試薬とを混合する工程
(c)混合物中のGTP結合型ARF6タンパク質の濃度を測定し、基準値と比較する工程
【請求項6】
前記ペプチドが、不溶性の担体に結合されたものである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
GTP結合型ARF6タンパク質は、抗ARF6抗体を用いて検出される、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記腫瘍組織が、GTP結合型ARF6発現細胞を含むものである、請求項5〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記腫瘍組織が、乳癌組織である、請求項5〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
以下の工程を含む、腫瘍の治療薬のスクリーニング方法。
(a)腫瘍細胞と候補化合物とを接触させた後、前記腫瘍細胞の細胞抽出物を調製する工程
(b)前記細胞抽出物と請求項1に記載の試薬とを混合する工程
(c)混合物中のGTP結合型ARF6タンパク質の濃度を測定し、基準値と比較する工程
【請求項11】
前記ペプチドが、不溶性の担体に結合されたものである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
GTP結合型ARF6タンパク質は、抗ARF6抗体を用いて検出される、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項13】
前記腫瘍細胞が、GTP結合型ARF6発現細胞である、請求項10〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記腫瘍細胞が、乳癌細胞である、請求項10〜12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
以下の(a)、(b)又は(c)のペプチドを含む、GTP結合型ARF6タンパク質の検出用キット。

(a)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列を含むペプチド
(b)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が、欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド
(c)配列番号4若しくは10で表されるアミノ酸配列に対して60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつGTP結合型ARF6タンパク質と特異的に結合するペプチド

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−195491(P2011−195491A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−63109(P2010−63109)
【出願日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】