説明

HLA−A2陽性者用HSP105由来癌拒絶抗原ペプチド及びこれを含む医薬

【課題】HLA-A2に結合してヒト・キラーT細胞に認識されるHSP105ペプチドを同定することにより、日本人においてHSP105を高発現する様々な癌患者の約40%を、対象とすることができる免疫療法を可能にする手段の提供。
【解決手段】RLMNDMTAVで表されるアミノ酸配列からなるペプチドを含む、癌に対する免疫誘導剤、腫瘍の治療及び/または予防のための医薬、腫瘍反応性T細胞の誘導能の高い抗原提示細胞を誘導するための薬剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食道癌、乳癌、甲状腺癌、大腸癌、膵癌、悪性黒色腫(メラノーマ)、悪性リンパ腫、骨肉腫、褐色細胞腫、頭頸部癌、子宮癌、卵巣癌などの、Heat shock protein105(HSP105)を高発現する癌に対するワクチンとして有効な新規ペプチド、並びに当該ペプチドを含む腫瘍の治療および予防のための医薬に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、死亡原因の第一位となっている癌においては、その発生機序、診断法、治療法が進歩したにもかかわらず、未だに多くの進行癌を治療できないのが現状である。これを改善するためには、新しい早期診断法と治療法の開発が必要とされている。
【0003】
癌の治療法として免疫療法は古くから期待され、様々な試みがなされてきたが、まだ十分な抗腫瘍効果を示すには至っていない。従来、癌の免疫療法は非特異的免疫療法を中心として行われてきたが、近年、T細胞が生体内での腫瘍拒絶に重要な役割を果たすことが明らかになり、キラーT細胞(細胞傷害性T細胞)が認識でき、キラーT細胞を誘導できる腫瘍抗原の単離と、HLAクラスI分子に結合してキラーT細胞を活性化する腫瘍抗原ペプチドの同定に努力がそそがれている。
【0004】
HLAクラスI分子は、身体のすべての有核細胞の表面に発現しており、細胞質や核で産生される蛋白質が、細胞内で分解されて出来たペプチドを結合して、細胞表面に発現する。正常な細胞の表面には、正常な自己の蛋白質に由来するペプチドがHLAクラスI分子に結合しており、これを免疫系のT細胞が識別して破壊することはない。一方、癌細胞は癌になる過程で、正常細胞には、ほとんど発現していないか、あるいはごく僅かしか発現していない蛋白質を大量に発現することがある。このような癌細胞に特異的に高発現する蛋白質が細胞質内で分解されて出来たペプチドが、HLAクラスI分子に結合して癌細胞の表面に発現すると、キラーT細胞がこれを認識して癌細胞のみを破壊する。また、このような癌特異抗原やペプチドを個体に投与することにより、正常細胞には危害を加えることなく、癌細胞を破壊して癌の増殖を抑制することができる。これを、癌特異抗原を用いた癌免疫療法と呼ぶ。またHLAクラスII分子は、主に抗原提示細胞の表面に発現しており、抗原提示細胞が細胞外から取り込んで、細胞内で分解されて出来た癌特異抗原由来のペプチドを結合して細胞表面に発現する。これを認識したヘルパーT細胞は、活性化され他の免疫担当細胞を活性化する種々のサイトカインを産生することにより、腫瘍に対する免疫反応を誘導あるいは増強する。
【0005】
従来、キラーT細胞の免疫応答を指標にして、癌細胞株などに由来するcDNA発現ライブラリーをスクリーニングすることにより、多くの腫瘍抗原が単離されてきたが、腫瘍の細胞株化と癌細胞に反応するキラーT細胞の樹立が必要であることから、メラノーマ以外の癌腫からの腫瘍抗原の単離は困難を伴った。また、癌の免疫療法の効果を上げるために、多くのCTL認識ペプチドを混合して用いる治療法が有効と考えられているが、これを実現するためには、数多くの抗原の単離が必要であり、従来のcDNA発現クローニング法では、1つの抗原の単離に多くの労力と時間を費やすという問題があった。
【0006】
1995年にドイツのPfreundschuhや米国のOldらのグループにより、癌患者血清中のIgG抗体が認識する癌抗原タンパク質を、癌細胞株などより樹立したcDNA発現ライブラリーのスクリーニングにより同定する、SEREX法serological identification of reconbinant cDNA expression cloning;Proc.Natl. Acad. Sci. USA 92, 11810-11813, 1995)が報告された。この方法によって、多くの腫瘍抗原が単離されているが(Int. J. Cancer 72, 965-971, 1997、Cancer Res. 58, 1034-1041, 1998、Int.J. Cancer 29, 652-658, 1998、Int. J. Oncol. 14, 703-708, 1999、Cancer Res. 56, 4766-4772, 1996、Hum. Mol. Genet 6, 33-39, 1997)、本方法を用いて単離された抗原の中には、すでにキラーT細胞を誘導することが知られている、MAGE−1やチロシナーゼなどの抗原が存在することから、SEREX法がT細胞が認識する腫瘍抗原を同定する方法としても有用であることが示された。
【0007】
HSP105は、ヒトの大腸、膵臓、食道、乳癌などの多様な癌と精巣でのみ高発現を認めるため、抗腫瘍免疫療法の格好のターゲットといえる。本発明者らは既に、HSP105由来のぺプチドでHLA-A24に結合することにより、癌患者の末梢血単核細胞 (PBMC)中のヒト・キラーT細胞に認識され、これを活性化するものを多数同定した。また、これらを用いた免疫療法が有効なことを、マウスを用いた動物実験においても証明し、既に特許出願している(WO2004/020624号公報(PCT/JP03/11049))。さらにHSP105は正常臓器においては、精巣にしか高発現していないため、HSP105を標的とした免疫療法を行っても、自己免疫現象などの有害事象が起こらないこともマウスの実験で確認している。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
HLA-A24によりキラーT細胞に提示されるペプチドだけでは、日本人癌患者の約60%しかペプチドワクチン投与の対象にならず、日本人の約40%が陽性のHLA-A2によりキラーT細胞に提示されるペプチドを同定することにより、両者を合わせると日本人癌患者の約85%をペプチドワクチン投与の対象にすることができる。また、HLA-A2は欧米白人においても陽性者の頻度が高いため、多くの欧米白人癌患者にも応用できる。従って、HLA-A2によりキラーT細胞に提示されるペプチドの同定は重要な課題である。本発明は、HLA-A2によりキラーT細胞に提示されるHSP105由来のペプチドを同定することにより、日本人においてHSP105を高発現する様々な癌患者の約40%を対象とすることができる、免疫療法を可能にする手段を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0009】
HSP105は、ヒトの大腸、膵臓、食道、乳腺などの多様な癌と精巣でのみ高発現を認め、抗腫瘍免疫療法の格好のターゲットといえる。我々は、既に、HLA-A24に結合するHSP105由来のペプチドで、癌患者の末梢血単核細胞を刺激することにより、ヒトキラーT細胞を誘導できるものを多数同定した。すでに報告済みのこれらのペプチドに加えて、新たに有望なペプチドを同定すべく、引き続き研究を遂行した結果、今回、HSP105由来でHLA-A2に結合することにより、ヒトキラーT細胞を誘導できるエピトープペプチドを、新たに1種類同定した。
【0010】
即ち、本発明によれば以下の発明が提供される。
(1) 以下の何れかのペプチド。
(A)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチド。
(B)配列番号1に示すアミノ酸配列において1個または2個のアミノ酸が置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、キラーT細胞の誘導能を有するペプチド。
【0011】
(2) (1)に記載のペプチドを少なくとも1種類以上含む、癌に対する免疫誘導剤。
(3) (1)に記載のペプチドを少なくとも1種類以上含む、腫瘍の治療及び/または予防のための医薬。
(4) (1)に記載のペプチドを含む、腫瘍反応性T細胞の誘導能の高い抗原提示細胞を誘導するための薬剤。
【0012】
(5) 以下の何れかのペプチドをコードする遺伝子を含む、腫瘍反応性T細胞の誘導能の高い抗原提示細胞を誘導するための薬剤。
(A)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチド。
(B)配列番号1に示すアミノ酸配列において1個または2個のアミノ酸が置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、キラーT細胞の誘導能を有するペプチド。
【0013】
(6) (1)に記載のペプチドを含む、腫瘍反応性T細胞を誘導するための薬剤。
(7) (1)に記載のペプチドに対する抗体。
(8) (1)に記載のペプチドを用いて誘導される、ヘルパーT細胞、キラーT細胞、又はこれらを含む免疫細胞集団。
【0014】
(9) HLA分子と(1)に記載のペプチドとの複合体を提示する抗原提示細胞。
(10) (4)または(5)に記載の薬剤によって誘導される、(9)に記載の抗原提示細胞。
【発明の効果】
【0015】
HLA-A24に結合してキラーT細胞を誘導できる、HSP105由来のペプチドを用いた癌免疫療法は、結合するペプチドの構造がHLA-A24と同一であるマウスH-2Kd分子を発現する、BALB/cマウスを用いた動物実験によっても有効性が認められている。しかし、HLA-A24によりキラーT細胞に提示されるペプチドだけでは、日本人癌患者の約60%しかワクチン投与の対象者にできない。今回HLA-A2によりキラーT細胞に提示されるペプチドを同定することにより、両者を合わせると日本人癌患者の約85%がワクチン投与の対象者となる。HLA-A2によりキラーT細胞に提示されるHSP105ペプチドを用いた探索医療で有効性を示せれば、欧米白人の癌患者にも臨床応用できる可能性も高まってくる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、ELISPOT解析の結果を示す。癌患者のCD8 陽性T細胞を、HSP105 169-177ペプチドを負荷したCD14陽性細胞由来の樹状細胞で刺激して誘導したキラーT細胞は、HLA-A2陽性でペプチドを負荷しない成熟樹状細胞(上段左)と比べて、HSP105 A2-7ペプチドを負荷した成熟樹状細胞(上段右)に対して、また、HLA-A2陽性でHSP105をあまり発現しないHepG2(中段左)と比べて、HLA-A2陽性でHSP105を高発現するSW620(中段右)に対して、さらには、HSP105を高発現するが、HLA-A2を発現しない888mel(下段左)と比べて、HSP105を高発現し、かつHLA-A2を発現する526mel(下段右)細胞に対して、より多くのT細胞が強く反応し、スポット数とスポットの面積の総和が明らかに有意な増大を示した。これよりHSP105 169-177ペプチドは、HSP105特異的なキラーT細胞を誘導できるエピトープペプチドであると判定した。
【図2】図2は、細胞傷害性試験の結果を示す。HLA-A2陽性のヒト大腸癌患者の末梢血からCD8陽性T細胞を選別し、HSP105 169-177ペプチドを負荷したCD14陽性細胞由来の樹状細胞で刺激して得られたキラーT細胞が、HSP105発現細胞に対して細胞傷害性を示すかどうかを細胞傷害性試験により検討した。標的細胞として、HLA-A2陽性でHSP105をあまり発現しないヒト肝癌細胞株HepG2と、HLA-A2陽性でHSP105を高発現するヒト大腸癌細胞株SW620を用いた。この結果、HSP105 169-177ペプチドで誘導したキラーT細胞は、HLA-A2陽性でHSP105をあまり発現しないHepG2 と比べて、HLA-A2陽性でHSP105を高発現しているSW620 に対して、明らかに強い細胞傷害活性を示した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
(1)本発明のペプチド、及びそれを含む癌に対する免疫誘導剤
本発明のペプチドは以下の何れかのペプチドである。
(A)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチド。
(B)配列番号1に示すアミノ酸配列において1個または2個のアミノ酸が置換又は付加されており、キラーT細胞の誘導能を有するペプチド。
本明細書で言うキラーT細胞の誘導能を有するペプチドとは、当該ペプチドを発現する癌を傷害するキラーT細胞を、活性化するペプチドを意味する。
【0018】
HSP105は、食道癌、乳癌、甲状腺癌、大腸癌、膵癌、悪性黒色腫(メラノーマ)、悪性リンパ腫、骨肉腫、褐色細胞腫、頭頸部癌、子宮癌、卵巣癌などの多様な癌と正常な精巣でのみ高発現を認めるため、抗腫瘍免疫療法の格好のターゲットである。HSP105はHSP105/110ファミリーに属する高分子量の熱ショック蛋白で、HSP105αと105βからなっている。105αは105kDaの熱ショック蛋白で、様々なストレスにより誘導される。105βは105αのmRNAがオールターナテイブスプライシングにより産生される、105αより分子量の小さい蛋白質である。
【0019】
本発明のペプチドの入手・製造方法は特に限定されず、化学合成した蛋白質でも、遺伝子組み換え技術により作製した組み換え蛋白質の何れでもよい。
【0020】
化学合成ペプチドを入手する場合には、例えば、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t−ブチルオキシカルボニル法)等の化学合成法に従って本発明のペプチドを合成することができる。また、各種の市販のペプチド合成機を利用して、本発明のペプチドを合成することもできる。
【0021】
本発明のペプチドを組み換え蛋白質として産生するには、当該ペプチドをコードする塩基配列を有するDNA又はその変異体又は相同体を入手し、これを適当な発現系に導入することにより本発明のペプチドを製造することができる。
【0022】
発現ベクターとしては、好ましくは宿主細胞において自立複製可能であるか、あるいは宿主細胞の染色体中へ組込み可能であるものであればよく、ペプチドをコードする遺伝子を発現できる位置にプロモーターを含有しているものが使用される。また、本発明のペプチドをコードする遺伝子を有する形質転換体は、上記の発現ベクターを宿主に導入することにより作製することができる。宿主は、細菌、酵母、動物細胞、昆虫細胞のいずれでもよく、また宿主への発現ベクターの導入は、各宿主に応じた公知の手法により行えばよい。
【0023】
本発明においては、上記のようにして作製した形質転換体を培養し、培養物中に本発明のペプチドを生成蓄積させ、当該培養物より本発明のペプチドを採取することにより、組み換えペプチドを単離することができる。
【0024】
形質転換体が大腸菌等の原核生物、酵母菌等の真核生物である場合、これら微生物を培養する培地は、当該微生物が利用できる炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行える培地であれば天然培地、合成培地のいずれでもよい。また培養条件も当該微生物を培養するのに通常用いられる条件にて行えばよい。培養後、形質転換体の培養物から本発明のペプチドを単離精製するには、通常のペプチドの単離、精製法を用いればよい。
【0025】
なお、配列番号1に示すアミノ酸配列において、1個または2個のアミノ酸が置換又は付加されたアミノ酸配列からなるペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードするDNA配列の塩基配列の情報に基づいて、当業者であれば適宜製造又は入手することができる。即ち、配列番号1に示すアミノ酸配列において、1個または2個のアミノ酸が置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、キラーT細胞の誘導能を有するペプチドをコードする遺伝子は、化学合成、遺伝子工学的手法又は突然変異誘発などの、当業者に既知の任意の方法で作製することもできる。例えば、遺伝子工学的手法の一つである部位特異的変異誘発法は、特定の位置に特定の変異を導入できる手法であることから有用であり、Molecular Cloning: A laboratory Mannual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989、Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons (1987-1997) 等に記載の方法に準じて行うことができる。
【0026】
上記した本発明のペプチドは、後述する実施例にも示す通り、癌に対する免疫を誘導することができる。従って、本発明によれば、本発明のペプチドを含む、癌に対する免疫誘導剤が提供される。
【0027】
本発明の癌に対する免疫誘導剤は、インビトロ又はインビボ、好ましくはインビトロで用いることにより、ヘルパーT細胞、キラーT細胞、又はこれらを含む免疫細胞集団を誘導することができ、これにより癌に対する免疫を付与することができる。
【0028】
(2)本発明の抗体
本発明は、上記した本発明のペプチドの一部もしくは全部をエピトープ(抗原)として認識する抗体、並びに該蛋白質又はペプチドを用いてインビトロ刺激により誘導されたキラーT細胞にも関する。一般的には、キラーT細胞のほうが抗体よりも強い抗腫瘍活性を示す。
【0029】
本発明の抗体はポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよく、その作製は定法により行なうことができる。
【0030】
例えば、ポリクローナル抗体は、本発明のペプチドを抗原として哺乳動物又は鳥類を免疫感作し、該哺乳動物又は鳥類から血液を採取し、採取した血液から抗体を分離・精製することにより得ることができる。例えば、マウス、ハムスター、モルモット、ニワトリ、ラット、ウサギ、イヌ、ヤギ、ヒツジ、ウシ等の哺乳動物又は鳥類を免疫することができる。免疫感作の方法は当業者に公知であり、例えば抗原を、例えば7〜30日間隔で2〜3回投与すればよい。投与量は1回につき、例えば抗原約0.05〜2mg程度とすることができる。投与経路も特に限定されず、皮下投与、皮内投与、腹膜腔内投与、静脈内投与、筋肉内投与等を適宜選択することができる。また、抗原は、例えば完全フロイントアジュバント又は水酸化アルミニウム等の、通常用いられるアジュバントを含有する適当な緩衝液に溶解して用いることができる。
【0031】
免疫感作した哺乳動物又は鳥類を一定期間飼育した後、抗体価が上昇してきたら、例えば100μg〜1000μgの抗原を用いて追加免疫を行なうことができる。最後の投与から1〜2ケ月後に免疫感作した哺乳動物又は鳥類から血液を採取して、該血液を、例えば遠心分離、硫酸アンモニウム又はポリエチレングリコールを用いた沈澱、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等のクロマトグラフィー等の常法によって分離・精製することにより、本発明のペプチドを認識するポリクローナル精製抗体を得ることができる。
【0032】
一方、モノクローナル抗体は、ハイブリドーマを調製して得ることができる。例えば、抗体産生細胞とミエローマ細胞株との細胞融合により、ハイブリドーマを得ることができる。本発明のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、以下のような細胞融合法によって得ることができる。
【0033】
抗体産生細胞としては、免疫された動物からの脾細胞、リンパ節細胞、Bリンパ球等を使用する。抗原としては、本発明のペプチドを使用する。免疫動物としてはマウス、ラット等を使用でき、これらの動物への抗原の投与は常法により行う。例えば完全フロインドアジュバント、不完全フロインドアジュバントなどのアジュバントと抗原である本発明のペプチドとの懸濁液、もしくは乳化液を動物の静脈、皮下、皮内、腹腔内等に数回投与することによって動物を免疫化する。免疫化した動物から抗体産生細胞として、例えば脾細胞を取得し、これとミエローマ細胞とを公知の方法(G.Kohler et al .,Nature,256 495(1975))により融合してハイブリドーマを作製することができる。
【0034】
細胞融合に使用するミエローマ細胞株としては、例えばマウスではP3X63Ag8、P3U1株、Sp2/0株などが挙げられる。細胞融合を行なうに際しては、ポリエチレングリコール、センダイウイルスなどの融合促進剤を用い、細胞融合後のハイブリドーマの選択にはヒポキサンチン・アミノプテリン・チミジン(HAT)培地を常法に従って使用する。細胞融合により得られるハイブリドーマは、限界希釈法等によりクローニングする。さらに必要に応じて、本発明のペプチドを用いた酵素免疫測定法によりスクリーニングを行うことにより、本発明のペプチドを特異的に認識するモノクローナル抗体を産生する細胞株を得ることができる。
【0035】
このようにして得られたハイブリドーマから、目的とするモノクローナル抗体を製造するには、通常の細胞培養法や腹水形成法により当該ハイブリドーマを培養し、培養上清あるいは腹水から当該モノクローナル抗体を精製すればよい。培養上清もしくは腹水からのモノクローナル抗体の精製は、常法により行なうことができる。例えば、硫安分画、ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどを適宜組み合わせて使用できる。
【0036】
また、上記した抗体の断片も本発明の範囲内である。抗体の断片としては、F(ab’)2フラグメント、Fab’フラグメント等が挙げられる。
【0037】
(3)ヘルパーT細胞、キラーT細胞、又はこれらを含む免疫細胞集団
本発明は、また、本発明のペプチドを用いてインビトロ刺激により誘導されたキラーT細胞にも関する。例えば、末梢血リンパ球や腫瘍浸潤リンパ球を本発明のペプチドでインビトロ刺激すると、腫瘍反応性活性化T細胞が誘導され、この活性化されたT細胞を養子免疫療法に有効に用いることができる。また本発明のペプチドを強力な抗原提示細胞である樹状細胞にインビボあるいはインビトロで発現させて、その抗原発現樹状細胞を投与することにより免疫療法に利用することができる。
【0038】
好ましくは、本発明のペプチドと、免疫賦活剤とを用いてインビトロ刺激により、キラーT細胞を誘導することができる。ここで用いる免疫賦活剤としては、細胞増殖因子又はサイトカインなどが挙げられる。
【0039】
上記のようにして得られたキラーT細胞を体内に移入することにより、腫瘍を抑制することができ、癌を予防及び/又は治療することが可能である。
【0040】
また、本発明のペプチドを用いることにより、上記した通り腫瘍の増殖を抑制することができるキラーT細胞を作製することができる。従って、本発明によれば、本発明のペプチドを含む細胞培養液が提供される。この細胞培養液中には、腫瘍の増殖を抑制することができるキラーT細胞が豊富に含まれている。さらに、本発明によれば、上記の細胞培養液、及び細胞培養容器を含む、キラーT細胞を作製するための細胞培養キットも提供される。
【0041】
(4)本発明の腫瘍の治療及び/または予防のための医薬(癌ワクチン)
本発明のペプチドは、癌細胞特異的キラーT細胞を誘導することができるので、癌の治療、予防剤として期待できる。例えば、本発明のペプチドをコードする遺伝子を適当なベクターに組み込み、この組換えDNAで形質転換されたBCG菌の細菌、または本発明のペプチドをコードするDNAをゲノムに組み込まれたワクシニアウイルス等のウイルスは、ヒト癌の治療・予防用生ワクチンとして有効に利用できる。なお、癌ワクチンの投与量及び投与法は、通常の種痘やBCGワクチンと同様である。
【0042】
即ち、本発明のペプチドをコードするDNA(そのまま、あるいは発現ベクターに組み込んだプラスミドDNAの形)、当該DNAを含む組換えウイルス若しくは組換え細菌は、そのままあるいはアジュバントに懸濁した状態で癌ワクチンとしてヒトを含む哺乳動物に投与することができる。本発明のペプチドも同様に、アジュバンドと懸濁した状態で癌ワクチンとして投与することができる。
【0043】
本発明で用いることができるアジュバントとしては、フロイントの不完全アジュバント、BCG、トレハロースダイマイコレート(TDM)、リポ多糖(LPS)、ミョウバンアジュバント、シリカアジュバント等が挙げられるが、抗体の誘導能等の関係から、フロイントの不完全アジュバント(IFA)を使用することが好ましい。
【0044】
本明細書で言う癌の種類は特に限定されず、具体例としては、食道癌、乳癌、甲状腺癌、大腸癌、膵癌、悪性黒色腫(メラノーマ)、悪性リンパ腫、骨肉腫、褐色細胞腫、頭頸部癌、子宮癌、卵巣癌、脳腫瘍、慢性骨髄性白血病、急性骨髄性白血病、腎臓癌、前立腺癌、肺癌、胃癌、肝癌、胆嚢癌、精巣癌、甲状腺癌、膀胱癌又は肉腫などが挙げられる。
【0045】
本発明のペプチドは、T細胞エピトープとして癌細胞特異的キラーT細胞を誘導することができるので、ヒト癌の予防・治療剤として有用である。また、本発明の抗体も、癌抗原であるHSP105の活性を阻害することができるものであれば、ヒト癌の予防・治療剤として有用である。実際の使用法としては、本発明のペプチド又は抗体をそのまま、又は医薬的に許容される担体及び/又は希釈剤ととともに、必要に応じて下記の補助剤も加えて、注射剤として投与することもできるし、噴霧などの方法で粘膜からの経皮吸収などで投与してもよい。なお、ここで言う担体とは、例えば、ヒト血清アルブミンであり、また希釈剤としては、例えばPBS、蒸留水等を挙げることができる。
【0046】
投与量は成人1人当たり、本発明のペプチド又は抗体を例えば、1回当たり0.01mg〜100mgの範囲になるように投与することができるが、この範囲に限定されるものではない。製剤の形態も特に限定されず、凍結乾燥したものや、糖などの賦形剤を加えて顆粒にしたものでもよい。
【0047】
本発明の薬剤に添加することができる、腫瘍反応性T細胞誘導活性を高めるための補助剤としては、ムラミルジペプチド(MDP) ほかのBCG菌などの菌体成分、Nature, vol. 344, p873 (1990)に記載されるISCOM、J.Immunol. vol. 148, p1438(1992)に記載されるサポニン系のQS-21、リポソーム、水酸化アルミニウムなどが挙げられる。また、レンチナン、シゾフィラン、ピシバーニールなどの免疫賦活剤を補助剤として用いることもできる。また、IL−2、IL−4、IL−12、IL−1、IL−6、TNFなどのT細胞の増殖、分化を増強するサイトカイン等、ならびにNKT細胞を活性化するαガラクトシルセラミドやToll様レセプターに結合して自然免疫系を活性化するCpG、リポ多糖(LPS)なども補助剤として用いることができる。
【0048】
また、患者から採取した細胞または、一部のHLA対立遺伝子を共有する他人の(アロ)細胞に試験管内で当該抗原ペプチドを加え、抗原提示させた後、患者血管内に投与し、患者体内で効果的にキラーT細胞を誘導することもできる。また、患者末梢血リンパ球に当該ペプチドを加えて試験管内で培養することにより、試験管内でキラーT細胞を誘導した後に患者血管内に戻すこともできる。このような細胞移入による治療は、既に癌治療法として実施されており、当業者間ではよく知られた方法である。
【0049】
本発明のペプチドを体内に注入することにより、キラーT細胞を誘導活性化し、その結果、抗腫瘍効果が期待できる。また、リンパ球をインビトロで本発明のペプチドで刺激すると活性化T細胞が誘導され、この活性化されたT細胞を患部に注入することにより、養子免疫療法にも有効に用いることができる。
【0050】
以下の実施例により本発明を更に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0051】
[実施例1]
(1)今回検討したHLA-A2に結合することにより、ヒト・キラーT細胞に提示されるHSP105ペプチド
ヒトHSP105のアミノ酸配列についてBIMAS system を用いて検索し、HLA-A2との結合親和性(binding affinity)が比較的に高いと想定されるペプチドを1種類選択した。
【0052】
【表1】

【0053】
[実施例2]
HSP105 169-177ペプチドのヒトにおけるキラーT細胞誘導能
(1)採血
熊本大学医学部消化器外科および国立がんセンター東病院にて治療中の、HLA-A2陽性の大腸癌患者からインフォームドコンセントを得た後に、血液サンプル30 mlを得て、先に報告した方法にて(Nakatsura, Tら、Eur.J.Immunol.32,826-836(2002))、Ficoll-Conray密度勾配遠心法により末梢血単核細胞 (PBMC) を単離した。
【0054】
(2)PBMCからのCD8陽性細胞とCD14陽性細胞分画の分離とキラーT細胞の誘導
単離したPBMCから先に報告した方法 (Monji,MらClin Cancer Res10,6047-6057,2004)を用いてキラーT細胞を誘導した。まずMACSを用いてPBMC中のCD8陽性細胞とCD14陽性細胞分画を分離し、CD14陽性細胞分画をGM-CSF (100 ng/ml)とIL-4 (20 ng/ml)と共培養することにより、未成熟樹状細胞を誘導した。さらに培養5日目にTNF-α(20 ng/ml)を添加して樹状細胞を成熟させ、7日目にHSP105 169-177ペプチドを添加(10μM)して、CD8陽性細胞分画と共培養した。この自己CD14陽性細胞分画由来の樹状細胞による抗原刺激を1週毎に3〜4回繰り返し、ペプチド特異的キラーT細胞を誘導した。誘導中メディウムは2日毎に半分交換し、IL-2を10 U/mlの濃度で添加した。
【0055】
(3)ELISPOT法による特異的キラーT細胞活性の検討
誘導したキラーT細胞の中に、確かにHSP105に特異的に反応してIFN-γを産生するキラーT細胞が存在するかどうかを、ELISPOT法により検討した。標的細胞(ターゲット)に対して、キラーT細胞(エフェクター)が反応してIFN-γを産生すると、赤いスポットとして検出される。IFN-γの検出は、ELISPOT Human IFN-γ ELISPOT set (BD社)を用いて行った。標的細胞として、ペプチドを負荷しないHLA-A2陽性の成熟樹状細胞と、HSP105 A2-7ペプチドを負荷した成熟樹状細胞、HLA-A2陽性でHSP105をあまり発現しないヒト肝癌細胞株HepG2と、HSP105を高発現しHLA-A2陽性のヒト大腸癌細胞株SW620、さらに、HSP105を高発現するが、HLA-A2を発現しないヒトメラノーマ細胞株888melと、HSP105を高発現し、かつHLA-A2を発現するヒトメラノーマ細胞株526mel細胞を用いた。まず、抗ヒト IFN-γ抗体をELISPOTプレート(BD Bioscience社)に18時間コーティングした。その後、10%FCS/RPMIにて2時間ブロッキングを行った。エフェクター細胞(100μL /well)と標的細胞(100μL /well)を混合し、37℃で22時間培養した。エフェクター/ターゲット比(E/T比)は、5:1で実験を行なった。その後、プレートを滅菌水で洗浄し、ビオチン化抗ヒト IFN-γ抗体と2時間、さらにストレプトアビジン-HRPと1時間反応させ、基質溶液にてIFN-γ陽性のスポットを検出した。スポットのカウントは、MINERVA TECH社の自動解析ソフトを用いて行った。この結果、HSP105 169-177ペプチドで誘導したキラーT細胞は、ペプチドを負荷しないHLA-A2陽性の成熟樹状細胞と比べて、HSP105 A2-7ペプチドを負荷した成熟樹状細胞に対して、また、HLA-A2陽性でHSP105をあまり発現しないHepG2 と比べて、HLA-A2陽性でHSP105を高発現するSW620 に対して、さらには、HSP105を高発現するが、HLA-A2を発現しない888mel と比べて、HSP105を高発現し、かつHLA-A2を発現する526mel細胞に対して、より多くのT細胞が強く反応し、スポット数とスポットの面積の総和が有意に増大した(図1)。すなわち、HSP105 169-177ペプチドを用いて、HSP105特異的なキラーT細胞を誘導することができた。
【0056】
(4)細胞傷害性試験によるキラーT細胞の細胞傷害活性の検討
誘導したキラーT細胞の細胞傷害活性は、HLA-A2陽性でHSP105をあまり発現しないヒト肝癌細胞株HepG2と、HLA-A2陽性でHSP105を高発現するヒト大腸癌細胞株SW620を標的として、細胞傷害性試験により検討した。キラーT細胞の細胞傷害活性は、テラスキャンVPによる細胞傷害性試験により評価した。まず、標的細胞を37℃で、30分間カルセインAM染色液にて蛍光標識した。これらの細胞をCoster96穴ハーフ・エリアプレート上でキラーT細胞と共培養し、経時的に蛍光発色細胞を検出することにより細胞傷害の程度を測定した。解析は、MINERVA TECH社の蛍光法による細胞傷害性試験計算処理ソフトCalCt-961にて行った。E/T比は、10:1、20:1、40:1で実験を行なった。この結果、HSP105 169-177ペプチドを用いて誘導したキラーT細胞は、HLA-A2陽性でHSP105をあまり発現しないHepG2 と比べて、HLA-A2陽性でHSP105を高発現するSW620 に対して、明らかに強い細胞傷害活性を示した(図2)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチドを含む、癌に対する免疫誘導剤。
【請求項2】
配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチドを含む、腫瘍の治療及び/または予防のための医薬。
【請求項3】
配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチドを含む、腫瘍反応性T細胞の誘導能の高い抗原提示細胞を誘導するための薬剤。
【請求項4】
配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチドをコードする遺伝子を含む、腫瘍反応性T細胞の誘導能の高い抗原提示細胞を誘導するための薬剤。
【請求項5】
配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチドを含む、腫瘍反応性T細胞を誘導するための薬剤。
【請求項6】
配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチドを用いて誘導されるキラーT細胞。
【請求項7】
HLA分子と配列番号1に示すアミノ酸配列からなるペプチドとの複合体を提示する抗原提示細胞。
【請求項8】
請求項3または4に記載の薬剤によって誘導される、請求項7に記載の抗原提示細胞。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2013−47230(P2013−47230A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−211774(P2012−211774)
【出願日】平成24年9月26日(2012.9.26)
【分割の表示】特願2007−529587(P2007−529587)の分割
【原出願日】平成18年8月8日(2006.8.8)
【出願人】(598086844)株式会社メディネット (10)
【Fターム(参考)】