説明

IgAヒンジ部O結合型糖鎖構造に基づく疾患の判定方法

【課題】 侵襲性が低く、客観的に判断することが可能な疾患の判定方法を提供する。
【解決手段】 対象の体液より単離されたIgAのヒンジ部O結合型糖鎖において、N−アセチルガラクトサミンの結合数に基づき該対象が疾患に罹患しているか否かの判断を行う、疾患の判定方法を提供する。本発明の方法により判定可能な疾患としては、炎症性大腸炎、およびIgA腎症が例示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、侵襲性の低い疾患の判定方法を提供するものである。具体的には、本発明はIgAO結合型糖鎖の構造の変化に基づき疾患の判定をする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
IgA腎症およびクローン病や潰瘍性大腸炎を含む炎症性腸疾患は、いずれも厚生労働省により特定疾患(難病)に指定されている原因不明の疾患である。
【0003】
IgA腎症は慢性糸球体腎炎の中で最も頻度の高い疾患であり、本邦での現在治療中の患者数は約2〜3万人と推計されている。IgA腎症は、検尿の際の蛋白尿や血尿により発見されることが多いが、その確定診断のためには腎生検が必要である。近年、IgA腎症患者の糸球体に沈着するIgAや血清IgAの糖鎖にガラクトース欠損が認められることが報告されている。かかる知見に基づき、血清中のIgA糖鎖を調べることによるIgA腎症の診断が提案されている(非特許文献1、特許文献1)。
【0004】
ここで、IgAの構造を図1に示す。IgA分子は2本の重鎖と2本の軽鎖から成り、図1に示すヒンジ部にO結合型糖鎖を有していることが知られている。IgAヒンジ部のO結合型糖鎖の一般的構造を図2に示す。IgAは消化管を含む粘膜において第一線の防御機構として働いていることが知られており、粘液中に含まれるIgAは、生体に寄生あるいは感染する微生物と係わり、免疫学的な相互作用により種々の疾患の原因となっていると考えられている。IgA腎症患者の血清中や糸球体に沈着するIgAは、図3に示すようにヒンジ部のO結合型糖鎖においてガラクトースが欠損している例が多い。
【0005】
一方潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患(IBD)は、現在全国で約12万人の患者が存在する難治性疾患として知られている。現在、IBD患者の診断のためには内視鏡による検査が必須であり、患者への負担が非常に大きい。非侵襲的で客観的判断の可能な診断法が求められている。
【0006】
本願発明者らの一部は炎症性腸疾患患者の血中IgG糖鎖を調べ、炎症性腸疾患患者には高率にIgGフコシル化糖鎖のガラクトース欠損が見られ、疾患活動性と関わっていることを報告した(非特許文献2)。また、炎症性腸疾患患者のうちでクローン病患者と潰瘍性大腸炎患者の鑑別診断を、血中IgG糖鎖の相違に基づき行うことができることを見出した(特許文献2)。しかしながら炎症性腸疾患とIgA糖鎖との関連については知られていない。また、血液以外の体液より取得された免疫グロブリン糖鎖について解析された報告は無い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−111291号公報
【特許文献2】WO2007/136001号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Moldoveanu Z, Wyatt RJ, Lee JY, Tomana M, Julian BA, Mestecky J, Huang WQ, Anreddy SR, Hall S, Hastings MC, Lau KK, Cook WJ, Novak J. Patients with IgA nephropathy have increased serum galactose-deficient IgA1 levels. Kidney Int 2007;71:1148-54.
【非特許文献2】Shinzaki S, Iijima H, Nakagawa T, Egawa S, Nakajima S, Ishii S, Irie T, Kakiuchi Y, Nishida T, Yasumaru M, Kanto T, Tsujii M, Tsuji S, Mizushima T, Yoshihara H, Kondo A, Miyoshi E, Hayashi N. IgG oligosaccharide alterations are a novel diagnostic marker for disease activity and the clinical course of inflammatory bowel disease. Am J Gastroenterol 2008;103:1173-81.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、侵襲性が低く、客観的に判断することが可能な疾患の判定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは血中並びに唾液中のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖構造が同一人間でほぼ同じであること、並びに該構造が疾患の有無や重篤度に対応することを見出し本発明を完成した。
【0011】
本発明は、下記に関する:
(1) 対象の体液より単離されたIgAのヒンジ部O結合型糖鎖において、N−アセチルガラクトサミンの結合数に基づき該対象が疾患に罹患しているか否かの判断を行う、疾患の判定方法。
(2) IgAヒンジ部当たりN−アセチルガラクトサミンが5結合している糖鎖構造を有するIgA(5N)および4結合している糖鎖構造を有するIgA(4N)それぞれの値を測定し、5Nと4Nの比(5N/4N)が予め定めた値より低い場合に疾患に罹患していると判定する、(1)記載の疾患の判定方法。
(3) 体液が唾液である、(1)または(2)記載の方法。
(4) 体液が血液である、(1)または(2)記載の方法。
(5) 疾患が炎症性腸疾患である(1)〜(4)いずれかに記載の方法。
(6) 疾患がIgA腎症である(1)〜(4)いずれかに記載の方法。
(7) 被験者の唾液よりIgAを単離し、IgAのヒンジ部O結合型糖鎖構造を測定し、その結果により疾患の有無または重篤度を判定する、疾患の判定方法。
(8) 疾患が炎症性腸疾患またはIgA腎症である、(7)記載の方法。
(9) 疾患が炎症性腸疾患である、(8)記載の方法
(10) 対象の唾液中のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖中に含まれるガラクトース(Gal)とN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)それぞれの存在数を調べ、そのGal/GalNAc比が予め定めた値より低い場合に対象がIgA腎症に罹患しているか、あるいはその可能性が高いと判定する、(7)記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、非常に侵襲性の低い手段にて、患者の疾患を判定することができ、疾患の早期発見に寄与するものと考えられる。例えばIgA腎症や炎症性腸疾患など、現時点において確定診断のために腎生検や内視鏡検査などの侵襲的検査が必要である疾患について、本発明の方法を用いることによって侵襲的検査を要するか否かの判断を事前に行うことが可能であり、不必要な検査を排除できる。侵襲的検査の排除も可能かもしれない。特に両疾患とも発症年齢が低く、本発明の方法により小児患者に苦痛を強いることを避けることができるため、疾患の発見率の向上に寄与すると考えられる。早期診断に基づく早期治療を導入することにより、患者のQOLを改善し社会復帰させうるとともに、人工透析、腎移植、腸管切除など高額医療を要する患者の減少に寄与することが想定され、経済的、社会的効果は大きい。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】IgAと糖鎖の関係を示す。
【図2】IgAO結合型糖鎖の構造を示す。
【図3】IgAのヒンジ部O結合型糖鎖におけるガラクトースおよびGalNAc欠損の例を示す。
【図4】IgAのヒンジ部O結合型糖鎖構造の分析方法の模式図を示す。
【図5】健常者血清由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖のMALDI−TOF MSチャートの一例を示す。
【図6】健常者とクローン病患者それぞれの血清から単離したIgAのヒンジ部O結合型糖鎖のMALDI−TOF MSチャートの一例を示す。
【図7】IgAのヒンジ部(HP)あたりのGalNAcの付加数とその付加数を有するIgAの存在比の健常者(HV)、疾患コントロール患者(DC)、潰瘍性大腸炎患者(UC)、クローン病患者(CD),IgA腎症患者(IgAN)における平均値を示す。
【図8】実施例1における5N/4N比の算出方法を説明する。
【図9】炎症性腸疾患患者と健常人並びに疾患コントロール血清由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖の5N/4N比の平均値を示す。
【図10A】5N/4N比のROC曲線(クローン病患者対健常人)を示す。
【図10B】図10AのROC曲線より算出したカットオフ値で陽性/陰性を分けた場合の各疾患並びに健常人群の陽性率を示す。
【図11A】5N/4Nとクローン病活動指数(CDAI)との関係を示す。
【図11B】5N/4Nと潰瘍性大腸炎活動指数(CAI)との関係を示す。
【図12】クローン病患者のインフリキシマブ治療前後の血清由来IgAのヒンジ部O結合型糖鎖のMALDI−TOF MS分析チャートの例を示す。
【図13】クローン病患者のインフリキシマブ使用前後での5N/4N比の変化を示す。
【図14】健常人の血清、唾液および腸液由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖それぞれのMALDI−TOF MS分析チャートの例を示す。
【図15】クローン病患者の血清および唾液由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖それぞれのMALDI−TOF MS分析チャートの例を示す。
【図16】健常者、クローン病患者およびIgA腎症患者の血清由来、ならびにIgA腎症患者の唾液由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖それぞれのMALDI−TOF MS分析チャートの例を示す。
【図17】健常者、炎症性腸疾患患者並びにIgA腎症患者の血清由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖の5N/4N比の平均を示す。
【図18】健常者、炎症性腸疾患患者並びにIgA腎症患者の血清由来およびIgAのヒンジ部O結合型糖鎖のGal付加率の平均を示す。
【図19】健常者血清由来、IgA腎症患者血清由来ならびにIgA患者唾液由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖のGal付加率の平均を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は対象の体液中に含まれるIgAのヒンジ部O結合型糖鎖の構造に基づき、疾患を判定する方法に関する。本発明の方法において、体液としては血液、特に血清、唾液、腸液等が含まれるが、特に血液または唾液を用いること好適である。血液由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖の特定の構造と一部疾患の関連は既に知られているものもあるが(非特許文献1)、唾液などで糖鎖解析を行い疾患との関係を検討した報告は本願以前にはない。今回本発明者らは初めて、同一人の血清中と唾液中のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖がいずれも同様の構造を有しており、血中IgAと同様、唾液中のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖構造が疾患の判定に用いることができることを見出した。
【0015】
また、本願発明者らは、対象の体液中に含まれるIgAのヒンジ部O結合型糖鎖と疾患の新たな関連性を見出した。
【0016】
IgAのヒンジ部のO結合型糖鎖構造の相違は例えばヒンジ部あたりのN−アセチルガラクトサミン、ガラクトース、もしくはN−アセチルガラクトサミンとガラクトースのそれぞれの付加数に基づき数値化することによって、容易に疾患の判定基準として用いることができる。
【0017】
疾患の判定を行うにあたっては、IgAヒンジ部のO結合型糖鎖結合構造の測定プロトコル並びに数値化方法を決定した後、該プロトコルにて、従来からの判定基準により判定の対象となる疾患を有する、あるいはその重篤度が診断されている患者の体液、および健常人の体液についてのデータ集積し、そのデータを例えばROC曲線等の分析手法にて解析して判定基準を予め設定し、該基準に基づき対象の疾患の有無や重篤度を判定すればよい。
【0018】
本発明の方法において体液中のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖の構造は、従来から知られた方法を組み合わせれば容易に測定可能である。
体液として唾液を採用する場合は被験者の唾液より抗IgAアフィニティゲルを用いてIgAを単離する。単離されたIgAをジチオスレイトール、ヨードアセトアミドにてタンパク質を還元およびアルキル化してIgAの高次構造を解除する。次いで、トリプシン並びにリシルエンドペプチダーゼにてタンパク質をペプチドに分解する。有機溶媒中では糖質ポリマー(セファロース)と糖鎖の結合が強調されるため、この原理を用いて糖ペプチドを濃縮・分離選択する。これをMALDI−TOF MSにて質量分析を行い、糖鎖構造を同定すればよい。図4にその精製手順の模式図を示す。
【0019】
体液として血液を用いる場合には、常法通りに採取した血液から血清を得、得られた血清から抗IgAアフィニティゲルを用いてIgAを単離し、その後唾液の場合と同様にして糖ペプチドを単離し、これをMALDI−TOF MSにて質量分析を行えばよい。
【0020】
本発明の好ましい態様においては、得られた糖ペプチドは酢酸で加熱してシアル酸を除去した上でMALDI−TOF MSにて質量分析を行い、糖鎖構造の同定を行う。MALDI−TOF MSによりヒンジ部当たりのガラクトース並びにN−アセチルガラクトサミンの結合数の分布を調べる。MALDI−TOF MSを用いることにより、ヒンジ部当たりのガラクトース(Gal)およびN−アセチルガラクトサミン(GalNac)の付加パターンを知ることができ、それぞれの相対比を得ることができる。図4に糖ペプチドの精製スキームを、図5に測定例を示す。図5は健常者血清中のGalNACとGalの付加パターンを調べた結果である。それぞれのMSスペクトラムの相対強度(ピークの高さ)が各付加パターンの数と相関する。
【0021】
本発明にて提供されるIgAのヒンジ部O結合型糖鎖の構造の相違を判定する指標のひとつとして、IgAのヒンジ部O結合型糖鎖のGalNAc付加率が挙げられる。これは、ヒンジ部当たりのGalNAcの付加数を指標として判定を行うものである。このGalNAcの付加率の指標の一例としてGalNAcが5個付加されている(5N)IgAと4個付加されている(4N)IgAの比(5N/4N比)を用いることができる。
【0022】
炎症性腸疾患患者においては、IgAのヒンジ部O結合型糖鎖におけるGalNAc付加数が減少する。この減少はクローン病患者においてより顕著である。
【0023】
従って本発明においては、GalNAc付加率を指標として疾患の判定を行う。このGalNAcの付加率の指標としてGalNAcが5個付加されたヒンジ部に対応するピークと4個付加されたヒンジ部に対応するピークの比(5N/4N比)を(5N2H+5N3H+5N4H+5N5H)/(4N2H+4N3H+4N4H)の式を用いて算出する。
【0024】
血中並びに唾液中のIgAの5N/4Nの比を健常者と炎症性腸疾患患者の間で比較すると、炎症性腸疾患患者においては顕著に5N/4N比が低い。特にクローン病において5N/4N比の低下が顕著である。また、この5N/4N比は疾患活動指標と負の相関を示す。即ち、疾患活動指標が低いほど、5N/4N比は高くなり、疾患の重篤度を示す指標ともなる。また、治療により5N/4N比の上昇が認められることから、治療の有効性の判断にも用いることができる。
【0025】
本態様において、対象の体液より取得されたIgAのヒンジ部O結合型糖鎖における5N/4N比が予め設定された値より低い場合に、炎症性腸疾患に罹患している、あるいはその可能性が高いと判定することができる。さらにその値が低いほど、重篤度が高いと判定することができる。
【0026】
また、炎症性腸疾患に罹患している患者において、5N/4N比が予め設定された値より低い場合に、その炎症性腸疾患がクローン病であるとの鑑別判定も可能である。
【0027】
ここで「予め設定された値」は、IgAヒンジ部のO結合型糖鎖結合パターンの測定プロトコルを決定した後、該プロトコルにて、従来からの判定基準により炎症性腸疾患を有すると診断されている患者、必要であればクローン病であるか、潰瘍性大腸炎であるかの診断がされている患者の体液、および健常人の体液についてのデータ集積した上で設定される値である。本態様において使用される体液としては、唾液または血清が例示される。
【0028】
例えば、本願明細書に記載の実施例において用いた方法である、血清中IgAのヒンジ部O結合型糖鎖中の5N/4N比を用いる場合、5N/4Nの陰性/陽性のカットオフ値を例えば0.90それより低い値を陽性とすることにより、高い確率で炎症性腸疾患患者の鑑別が可能となる。
【0029】
さらに炎症性腸疾患患者において血中のIgAヒンジ部のO結合型糖鎖における5N/4N比をモニタすることにより、疾患の重篤度や治療の有効性を判定することが可能である。
【0030】
IgAヒンジ部のO結合型糖鎖の5N/4N比はまた、IgA腎症患者においても減少する。従って本願発明は対象の体液より取得されたIgAのヒンジ部O結合型の5N/4N比が予め設定された値より低い場合にIgA腎症に罹患している、あるいはその可能性が高いと判定がする方法を提供する。ここで体液としては血液、唾液が例示される。予め設定された値は、上記同様、測定プロトコルを決定した後、健常者並びに患者のデータを元に設定される値である。
【0031】
本発明の別の態様においては、MALDI−TOF MSにより得られるヒンジ部当たりのガラクトース(Gal)およびN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)の各付加数の相対比からガラクトース付加率を計算し、これを用いて患者の判定を行う。ガラクトース付加率としては、例えばGal付加数×ピーク高さをそれぞれのパターン毎に足し合わせ、これをGalNAC付加数×ピーク高さをそれぞれのパターン毎に足し合わせたもので除した値を用いることができる。本明細書において、この値を「Gal付加率」とする。
【0032】
IgA腎症患者の血清においてGal付加率が健常人と比較して有意に低い。これは従来技術で知られているIgA腎症患者の血清IgA糖鎖がGal欠損であるとの報告と合致する。そして、IgA腎症唾液由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖のGal付加率においても、血清由来の糖鎖と同じく低下を示すことから、対象の唾液由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖のGal付加率が予め定めた値より低い場合にIgA腎症に罹患している、あるいはその可能性が高いと判定する、IgA腎症の判定方法が提供される。
【0033】
本態様においても「予め定めた値」とは、唾液由来IgAのヒンジ部O結合型糖鎖結合パターンの測定プロトコルを決定した後、該プロトコルにて、従来からの判定基準によりIgA腎症であると診断されている患者の唾液、および健常人の唾液についてのデータを元に設定すればよい。
【0034】
上記において炎症性腸疾患並びにIgA腎症を例にとって説明したが、本願発明の方法はその他のIgAが関与する疾患について応用することが期待される。かかる疾患としては、口腔、歯科、耳鼻科、消化器、呼吸器、免疫、眼科、皮膚科領域等において粘液中に含まれるIgAが病態に寄与する疾患が挙げられ、炎症性腸疾患およびIgA腎症の他、歯周病、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、角結膜炎等が例示される。
【0035】
以下実施例を用いて本願発明をさらに詳細に説明する。実施例はいかなる意味においても本願を限定するために用いられるものではない。
【実施例1】
【0036】
炎症性腸疾患患者並びに健常者の血液並びに唾液よりIgA糖鎖を単離し、そのヒンジ部O結合型糖鎖中のガラクトース(Gal)並びにN―アセチルガラクトサミン(GalNAc)の結合パターンを調べた。
【0037】
表1に記載の健常人(HV)30例、潰瘍性大腸炎患者(UC)30例、クローン病患者(CD)32例、および疾患コントロール(DC)17例、IgA腎症患者(IgAN)9例の末梢血より常法により血清を得た。
【表1】

【0038】
血清からのIgAの精製は、抗ヒトIgA抗体(MBL社)とHiTrap(商標) NHS-activated HP Columns(GE healthcare社)を用いてカラムのプロトコルに従い作成した抗IgA affinity gelを用いて行った。血清20μLとgel20μL、PBS500μLをチューブ内で混和、2時間撹拌した。gelを洗浄した後、0.1Mグリシン(pH 2.0)50μLにてIgAを溶出した。
【0039】
得られた糖ペプチドをVoyager DE(商標) Pro MALDI-TOF-MS(Applied Biosystems社)にて解析した。0.1から1pmolの精製糖ペプチドを10mg/mLの2,5−ジヒドロキシ安息香酸(DHB)にて溶解させ、1μLをサンプルプレートに乗せて乾燥・結晶化させたのちに正イオンモードにて測定した。
【0040】
MALDI−TOF MS分析によって、各ヒンジ部あたりのGalおよびGalNAcそれぞれの結合パターン毎の相対量を得ることができる。図5に代表的な健常人血清中のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖に含まれるGalNACおよびGal結合パターンのMALDI−TOF MSチャートを示す。また、図6に健常者とクローン病患者間IgAのヒンジ部O結合型糖鎖のMALDI−TOF MSチャートを並べて示す。
【0041】
各対象から得られたチャートよりヒンジ部毎のGalNAcの付加数とその付加数を示すIgAの存在比を調べ、各患者及び健常者並びに疾患コントロール群それぞれにおける平均値を得た。結果を図7に示す。図7より、クローン病患者においてGalNACが5結合している糖ペプチド存在比が顕著に低いことが判明した。
【0042】
IgAヒンジ部当たりのGalNAc付加個数を糖鎖変化の指数として採用した。各測定対象につきGal付加数に拘わらずGalNac5個付加しているヒンジ部(5N)とGalNAc4個付加しているヒンジ部(4N)の存在比、即ち5N/4N比を(5N2H+5N3H+5N4H+5N5H)/(4N2H+4N3H+4N4H)として計算した。5N/4N比の算出方法について図8に図示する。また、各群の平均値を算出した。結果を図9に示す。
図9に示されるように、炎症性腸疾患患者において5N/4N比は健常人並びに疾患コントロールと比して有意に低い値を呈した。そしてこの低下は特にクローン病患者において顕著であった。
【0043】
クローン病患者と健常人の5N/4N比と疾患の特異度との間でROC曲線を作成した。ROC曲線を図10に示す。得られたROC曲線より最区分点を得、0.90をカットオフ値として算出した。0.90を陽性率のカットオフ値とすると、CD患者の87.5%が陽性群に含まれるが、健常人では6.7%しか陽性群とならず、両者の鑑別が十分可能であることがわかる(図11)。
【0044】
さらにクローン病(CD)患者並びに潰瘍性大腸炎(UC)患者の5N/4N比と各患者の臨床パラメーターとの関係について検討した。疾患活動性は、クローン病患者についてはクローン病活動指数(CDAI)、潰瘍性大腸炎患者については潰瘍性大腸炎活動指数(CAI)により決定した。各患者の疾患活動性を縦軸に、横軸に5N/4N比を取ったグラフを図11に示す。
図11より明らかなように、5N/4N値は負の相関を示し、5N/4N比は疾患の重篤度の判定にも用いうることが示された。
【実施例2】
【0045】
クローン病患者5名について、インフリキシマブ(商品名:レミケード)による治療の前後で血液を採取し、血中IgAのヒンジ部O結合型糖鎖の5N/4N比を測定した。
患者:年齢27±7歳、男性3名、女性2名、CRP 2.0±1.0、CDAI 218±70(インフリキシマブ投与前)
治療:インフリキシマブ投与は5mg/Kgを0、2、6週で投与し、以後は8週ごとの維持投与とした。血清はインフリキシマブ投与前および初回投与の6週後に採取した。
【0046】
IgAの単離並びにヒンジ部O結合型糖鎖のMALDI−TOFによる測定は実施例1と同じ手法を用いた。図12に健常者、治療前後のクローン病患者の代表的なMALDI−TOF MSのチャートを、図13にインフリキシマブ治療前後の5N/4N比の変化を示した。
【0047】
図13より明らかなように、5N/4N比はインフリキシマブ治療により上昇傾向を示した。従って5N/4N比は治療による疾患の程度の変化の指標として有用である。
【実施例3】
【0048】
血中、唾液中並びに腸液中のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖構造の比較
健常人(31歳、男性)の血液、唾液、並びに腸液よりIgAを単離し、実施例1と同様の方法にてそのヒンジ部O結合型糖鎖のMALDI−TOF MSチャートを作成した。
唾液および腸液100μLとaffinity gel 20μL、PBS 500μLを混和し2時間撹拌する。血清の場合と同様、遠心後に上清を採取することにより洗浄する。PBS 500μLにて3回洗浄し、0.1Mグリシン(pH2.0)にて溶出し単離する。
結果を図14に示す。血清、唾液、腸液より単離したIgAの糖鎖構造の分布を示すチャートである。三者ほぼ同じ構造を有していることがチャートより明らかである。
【0049】
得られたチャートに基づき5N/4N比を計算したところ、血清:1.08、唾液:1.08および腸液:1.04であり、5N/4N比という観点からも唾液並びに腸液中のIgAが血液中のIgAとほぼ同じ糖鎖構造を有していることがわかる。
【0050】
クローン病患者(41歳女性、小腸大腸型)の血液並びに唾液よりIgAを単離し、実施例1と同様の方法にてそのヒンジ部O結合型糖鎖のMALDI−TOF MSチャートを得た。得られたチャートを図15に示す。血清由来、唾液由来両者ほぼ同じ構造を有していることがチャートより明らかである。
【0051】
得られたチャートに基づき5N/4N比を計算したところ、血清:0.76および唾液:0.85であり、唾液中のIgAが血液中のIgAとほぼ同じ糖鎖構造を有していることがわかる。従って、実施例1および2にて血液を用いて行った同じ試験を唾液を用いて行ったとしても、同様の結果が得られるものと推測される。
【実施例4】
【0052】
IgA腎症とIgAヒンジ部O結合型糖鎖の関係について調べた。
腎生検にて確定診断されたIgA腎症患者(男性4例、女性5例、年齢33.2±6.8歳、クレアチニン0.82±0.18)の検体を用いた。
【0053】
IgA腎症患者より血液および唾液を採取し、実施例1並びに実施例3と同じ方法にてIgAを単離した。得られたIgAのヒンジ部O結合型糖鎖のMALDI−TOF MSによるパターンを実施例1と同様の方法にて得た。代表的なIgA腎症患者の血清並びに唾液由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖のMALDI−TOF MSチャートを図16に示す。比較のため、実施例1で得た健常者並びにクローン病患者の血清由来IgAのヒンジ部O結合型糖鎖のチャートも同時に示す。
【0054】
図16により明らかなように、IgA腎症患者の血清並びに唾液由来のIgAヒンジ部O結合型糖鎖のパターンはほぼ同じであった。このパターンは健常人やクローン病患者のチャートとは異なる挙動を示した。
【0055】
各IgA腎症患者血清由来IgAヒンジ部のO結合型糖鎖のMALD−TOF MSチャートより5N/4N比を得、その平均値を得た。結果を図17に示す。比較のため、実施例1で得たHV、DC,UCおよびCDの各データとともに示す。
図17より明らかなように、IgA腎症患者の血清由来IgAの5N/4N比は健常人および疾患コントロール群と比べ、有意に低下していた。
【0056】
更に別の指標として、ガラクトース付加率を計算した。ガラクトース付加率はGal付加数×ピーク高さをそれぞれのパターン毎に足し合わせ、これをGalNAC付加数×ピーク高さをそれぞれのパターン毎に足し合わせたもので除したものである。実施例1で得た健常者並びに疾患コントロール、クローン病および潰瘍性大腸炎患者より得たMALDI−TOF MSチャートに基づき同様にガラクトース付加率を計算した。結果を図18に示す。
【0057】
クローン病(CD)および潰瘍性大腸炎(UC)患者の血清より得たIgAにおいてはガラクトース付加率は健常人(HV)並びに疾患コントロール(DC)群と差が無かったが、IgA腎症患者の血清中IgAヒンジ部O結合型糖鎖においては明らかなガラクトース付加率の低下が認められた。
【0058】
次いでIgA腎症患者の唾液由来のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖のMALDI−TOF MSチャートからガラクトース付加率を算出した。サンプル数が少なく有意差はつかなかったが血液由来のIgAとほぼ同じ値が得られた。結果を図19に示す。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、炎症性腸疾患やIgA腎症等の難治性疾患を含む幅広い疾患の判定に用いられる侵襲性の低い疾患の判定方法を提供する。本発明により、簡便かつ患者への負担が非常に少ない疾患の判定方法が提供され、腎生検や内視鏡検査に代わる方法として、あるいは不必要な腎生検や内視鏡検査を避けるために有効に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象の体液より単離されたIgAのヒンジ部O結合型糖鎖において、N−アセチルガラクトサミンの結合数に基づき該対象が疾患に罹患しているか否かの判断を行う、疾患の判定方法。
【請求項2】
IgAヒンジ部当たりN−アセチルガラクトサミンが5結合している糖鎖構造を有するIgA(5N)および4結合している糖鎖構造を有するIgA(4N)それぞれの値を測定し、5Nと4Nの比(5N/4N)が予め定めた値より低い場合に疾患に罹患していると判定する、請求項1記載の疾患の判定方法。
【請求項3】
体液が唾液である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
体液が血液である、請求項1または2記載の方法。
【請求項5】
疾患が炎症性腸疾患である請求項1〜4いずれかに記載の方法。
【請求項6】
疾患がIgA腎症である請求項1〜4何れかに記載の方法。
【請求項7】
被験者の唾液よりIgAを単離し、IgAのヒンジ部O結合型糖鎖構造を測定し、その結果により疾患の有無または重篤度を判定する、疾患の判定方法。
【請求項8】
疾患が炎症性腸疾患またはIgA腎症である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
疾患が炎症性腸疾患である、請求項8記載の方法。
【請求項10】
対象の唾液中のIgAのヒンジ部O結合型糖鎖中に含まれるガラクトース(Gal)とN−アセチルガラクトサミン(GalNAc)それぞれの存在数を調べ、そのGal/GalNAc比が予め定めた値より低い場合に対象がIgA腎症に罹患しているか、あるいはその可能性が高いと判定する、請求項8記載の方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図10A】
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【図10B】
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【図11A】
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【図11B】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図2】
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【図7】
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【図9】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【公開番号】特開2013−40771(P2013−40771A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−281519(P2009−281519)
【出願日】平成21年12月11日(2009.12.11)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(506286928)地方独立行政法人 大阪府立病院機構 (13)
【Fターム(参考)】