説明

KIBRA発現を評価することによる、記憶を調節する化合物の同定のための方法

KIBRA発現の評価に基づく、記憶を調節する化合物を同定するための細胞ベースの方法が提供される。これらの方法はまた、記憶に関連した経路を明らかにするためにも適する。方法は、試験化合物の培養細胞との接触、およびその後の細胞内のKIBRA発現の調節の評価を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、KIBRA遺伝子産物の発現の評価に基づく、記憶を調節する化合物を同定するための、新規のインビトロまたは細胞ベースの方法を提供する。これらの方法はまた、記憶に関連した経路を明らかにするため、または記憶を調節する戦略の妥当性をテストするために適する。本提供は、学習および記憶に障害がある多数の神経学的状態について新たな処置選択肢を見出すための薬学研究における必要性を満たすアッセイを説明する。技術的仕様が本明細書において説明され、かつ下記に例証される。
【背景技術】
【0002】
タンパク質KIBRA(KIdney BRAinタンパク質、WWC1としても公知である)は、KIBRA対立遺伝子が健康な対象において記憶力および認知と関連することをヒトの遺伝学的証拠が実証したため、神経科学分野で注目されるようになっている。KIBRA(rs17070145)T対立遺伝子の保有者は、rs17070145のC対立遺伝子についてホモ接合である人々よりも多数のエピソード記憶課題をより良好に行うことが見出された(Papassotiropoulos et al. Science 2006, 314:475(非特許文献1);国際公開公報第2007/120955号(特許文献1))。さらに、学習および記憶の鍵となる領域におけるより強力な脳の活性化が、記憶課題の間に、T対立遺伝子保有者と比較してC対立遺伝子を保有する対象において観察された。活性化は、機能的磁気共鳴画像法を用いてエピソード記憶課題の間に測定され、かつ、T対立遺伝子の非保有者は、T対立遺伝子保有者と同一の想起力に達するために記憶に関連した脳の領域においてより活性化を必要とすることを示唆する。
【0003】
KIBRA多型の記憶力との関連は、健康な対象およびアルツハイマー病患者において種々の研究中で確認された(Schaper et al. Neurobiol Aging 2008, 29:1123(非特許文献2);Almeida et al. J Cell Mol Med. 2008, 12:1672(非特許文献3);Nacmias et al. Neurosci Lett. 2008, 436;145(非特許文献4);Bates et al. Neurosci Lett. 2009, 458:140(非特許文献5);Corneveaux et al. Neurobiol. Aging 2008, Sep. 11, 電子出版(e-published)(非特許文献6))。
【0004】
今後数十年間は、先進工業国の老齢人口が、アルツハイマー病、老化に関連した認知低下、軽度の認知障害、または血管性認知症のような記憶障害の様々な形態の増加に苦しむであろう。新規の処置選択肢が、切に必要とされる。KIBRAは、アルツハイマー病と連関し、かつ薬理学的に接触可能であり得るため、記憶障害の多数の形態を処置するための新規の薬理学的標的として良好に働く可能性がある(国際公開公報第2007/120955号(特許文献1))。
【0005】
神経可塑性についてのKIBRAの役割は、神経可塑性に重大に関与する分子であるタンパク質キナーゼCζ(PKCζ)とKIBRAが相互作用するという観察によりさらに強調される(Buther et al. Biochem Biophys Res Commun. 2004, 317:703(非特許文献7))。PKCζがKIBRAをリン酸化できることもまた、示された。現在までに、多数の科学刊行物が、PKCζ、およびまたPKCζの構成的活性型であるタンパク質キナーゼMζ(PKMζ)が両方とも、学習および記憶に関与していることを実証できた。一連の明快な論文が、動物における記憶維持へのキナーゼの影響を、海馬において(Drier et al. Nat Neurosci. 2002, 5:316(非特許文献8);Pastalkova et al. Science 2006, 313:1141(非特許文献9);Serrano et al. PLoS Biol. 2008, 6:2698(非特許文献10))、および皮質において(Shema et al. Learn Mem. 2009, 16:122(非特許文献11);Shema et al. Science 2007, 317:951(非特許文献12))助長する。さらに、PKMζ活性の特異的阻害は、記憶の直接相関物とみなされている過程であるLTPの維持を破壊し(Serrano et al. J Neurosci. 2005, 25:1979(非特許文献13);国際公開公報第01/80875号(特許文献2);国際公開公報第02/87417号(特許文献3))、他方で、PKMζの活性化は増加したLTPをもたらす(Ling et al. Nat Neurosci. 2002, 5:295(非特許文献14))。
【0006】
新たな記憶を調節する化合物および手段の同定を目的とした、ハイスループット設定のために培地において行われ得る、信頼性が高く、効率的であり、かつ面倒でないインビトロまたは細胞ベースの方法が必要である。これらのスクリーニング法は、化合物または処置の多数のテストを可能にするために、測定しやすい必要があり、かつ堅牢な読み取り値を必要とする。添付の特許請求の範囲において、および本明細書において下記で特徴づけられる態様は、KIBRAと記憶力との間の連関に基づく、そのような方法を提供する。
【0007】
したがって、本発明は、KIBRA発現における変化の評価に基づく、記憶力または認知を調節することができる化合物および手段の同定のための、インビトロまたは細胞ベースの方法に関連する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開公報第2007/120955号
【特許文献2】国際公開公報第01/80875号
【特許文献3】国際公開公報第02/87417号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Papassotiropoulos et al. Science 2006, 314:475
【非特許文献2】Schaper et al. Neurobiol Aging 2008, 29:1123
【非特許文献3】Almeida et al. J Cell Mol Med. 2008, 12:1672
【非特許文献4】Nacmias et al. Neurosci Lett. 2008, 436:145
【非特許文献5】Bates et al. Neurosci Lett. 2009, 458:140
【非特許文献6】Corneveaux et al. Neurobiol. Aging 2008, Sep. 11, 電子出版
【非特許文献7】Buther et al. Biochem Biophys Res Commun. 2004, 317:703
【非特許文献8】Drier et al. Nat Neurosci. 2002, 5:316
【非特許文献9】Pastalkova et al. Science 2006, 313:1141
【非特許文献10】Serrano et al. PLoS Biol. 2008, 6:2698
【非特許文献11】Shema et al. Learn Mem. 2009, 16:122
【非特許文献12】Shema et al. Science 2007, 317:951
【非特許文献13】Serrano et al. J Neurosci. 2005, 25:1979
【非特許文献14】Ling et al. Nat Neurosci. 2002, 5:295
【発明の概要】
【0010】
「発現」という用語は、遺伝子発現およびタンパク質発現を指す。遺伝子発現は、例えば、個々の遺伝子転写物の量を測定するRT-PCRまたはマイクロアレイ技術により評価され得る。タンパク質発現は、例えば、個々のタンパク質の量または濃度を定量化する抗体ベースのELISAアッセイ内で測定され得る。本発明によって評価される発現レベルは、転写物およびタンパク質の合成速度により、およびその分解速度または安定性により影響を受ける。
【0011】
「調節」または「調節する」という用語は、部分的なまたは本質的に完全な増加または減少を意味する。
【0012】
「化合物」および「物質」という用語は、広く理解されるべきであり、かつ、一般的な様式において、培養細胞に接触させ得るすべての物的手段および物質、例えば、完全性を主張することはないが、以下を意味する:低分子量化合物、ペプチド、ポリペプチド、抗体、核酸、アンチセンス核酸、siRNA、アプタマー、天然もしくは人工の転写因子、核酸構築物、ベクター、ウイルス構築物、またはリポソーム手段。
【0013】
本発明者らは、KIBRA遺伝子発現が、記憶力と因果関係があることを実証できた。動物研究において、記憶に関連した経路の中心となる領域である海馬体中でKIBRA発現が上昇したラットは、対照群の動物より有意に良好に記憶を維持した(実施例1)。データの詳細な解析により、KIBRAの過剰発現は、サクター(Sacktor)ディスクおよびモリス(Morris)水迷路実験などの様々な学習パラダイムにおいて、習得および想起中の両方に関連する記憶貯蔵に影響を与えることが明らかになった。したがって、KIBRA遺伝子発現は、例えば、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)のような増殖因子の適用により、海馬において可塑性が増加した状況において増強され得る(実施例2)。増加したKIBRAレベルはまた、ラットが脳虚血後に身体的リハビリテーション訓練を受ける実験においても見られ、KIBRAレベルにおける増加に連関した増加した可塑性が、認知および記憶にとって有用であるだけではなく、外傷および虚血性疾患などの疾患へのCNS固有の可塑性反応においても役割を果たすことを暗示する。これは、KIBRA発現レベルが、海馬および脳において増加した可塑性の相関物であることを意味する。これらの証拠は明らかに、増強されたKIBRAレベルが、改善された認知力および一般的なCNSの可塑性と連関していることを示唆する。
【0014】
さらに、本発明者らは、細胞培養実験において、細胞におけるKIBRAの過剰発現が、PKCζの増加した発現および増強された活性の両方を結果としてもたらすことを見出した(実施例3)。増加したPKCζレベルおよび増強された活性の両方とも、改善された記憶力と直接相関し得、かつ逆の場合も同様である(Serrano et al. J Neurosci. 2005, 25:1979;Ling et al. Nat Neurosci. 2002, 5:295;国際公開公報第01/80875号;国際公開公報第02/87417号)。
【0015】
したがって、本発明の一つの局面は、記憶調節物質の同定のための高度に魅力的なアプローチである、KIBRA発現を調節する化合物をスクリーニングすることを可能にするインビトロまたは細胞培養ベースのアッセイの提供である。とりわけ、KIBRA発現またはKIBRA活性を増強することができる化合物は、対象において認知力を改善するための興味深い候補である。
【0016】
一つの局面において、本発明は、記憶および/または認知を調節する試験化合物の同定のための方法であって、
a)試験化合物を培養細胞と接触させる段階、および
b)試験細胞内のKIBRA発現の調節を測定する段階
を含む方法を提供する。
【0017】
KIBRA発現レベルを変化させることができる化合物をスクリーニングするために、好ましくは、培養細胞株、優先的には天然にKIBRAを発現する細胞株、最も好ましくは腎臓もしくはCNS由来の細胞株(例えば、PC12細胞、SH-SY5Y細胞、もしくはHEK細胞)、または初代細胞、優先的には天然にKIBRAを発現する細胞、最も好ましくは神経細胞、例えば海馬細胞を使用するであろう。なぜなら、スクリーニングは、両方ともKIBRAタンパク質を発現することが公知である神経突起または腎臓細胞に取り組むからである(Kremerskothen, J. 2003; Biochem Biophys Res Commun, 2003. 300(4))。
【0018】
KIBRA発現は、RT-PCR(例えばRoche LightCycler(登録商標))、マイクロアレイ技術(例えばAffymetrix GeneChip(登録商標))、またはKIBRA cDNA配列(例えば、ヒトKIBRA(SEQ ID NO: 1)、マウスKIBRA(SEQ ID NO: 3)、もしくはラットKIBRA(SEQ ID NO: 5);さらなる種のKIBRA cDNA配列は、当業者に公知であるcDNAライブラリー中で相同性スクリーニングにより同定され得る)に相補的なプローブを用いたノーザンブロッティング法などの当技術分野において公知である方法により、遺伝子発現レベル(mRNAの量)で測定され得る。そのような方法は、個々のmRNAレベルの定量的評価を可能にし、かつ必要な場合、参照または「ハウスキーピング」標的に対して標準化され得る。ヒトKIBRAのLightCycler(登録商標)ベースのRT-PCR定量化のために適当なプライマーペアは、例えば

および

であり、ならびに、マウスおよびラットKIBRAについては、例えば

および

である。当業者は、これらおよび他の種のためにさらなるプライマーペアを導き出すことができる。
【0019】
有利に、マイクロアレイ技術は、多くの他の遺伝子に対するKIBRAレベルの比較を可能にし、かつしたがって、試験化合物により引き起こされる効果の特異性についての結論を可能にする。
【0020】
あるいは、KIBRA遺伝子発現の変化はまた、レポーター遺伝子がKIBRAプロモーターの制御下にあるレポーター遺伝子構築物をトランスフェクションした細胞を用いることによっても評価され得る(実施例4において説明するように)。適当なレポーター遺伝子は、例えば、完全性を主張することはないが、以下である:発光を引き起こす酵素(ホタルルシフェラーゼ、ウミシイタケ(renilla)ルシフェラーゼ、もしくは細菌ルシフェラーゼオペロン(フォトラブダスルミネセンス(Photorhabdus luminescens) luxCDABE)など)、蛍光タンパク質(緑色蛍光タンパク質(オワンクラゲ(Aequorea victoria))およびその誘導体(例えばEYFP)、もしくは赤色蛍光タンパク質(ディスコソマ(Discosoma)種)など)、基質変換酵素(β-ガラクトシダーゼ、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ、β-グルクロニダーゼ、もしくはアルカリホスファターゼ)、または耐性を与える遺伝子、さもなければ増殖選択のための遺伝子。
【0021】
KIBRAプロモーターとして、KIBRA開始コドン上流の3 kb遺伝子断片(例えば、ヒトKIBRA上流遺伝子断片(SEQ ID NO: 11)、マウスKIBRA上流遺伝子断片(SEQ ID NO: 12)、もしくはラットKIBRA上流遺伝子断片(SEQ ID NO:13))、または、それらと少なくとも90%同一であるホモログ核酸を含む、少なくとも500、少なくとも300、もしくは少なくとも100 bpの長さのその任意の切断された断片を使用することができ、切断された断片は、好ましくは、KIBRA開始コドンまたはKIBRA転写開始点に隣接している。図1は、ヒトKIBRA上流遺伝子断片(SEQ ID NO: 11)、マウスKIBRA上流遺伝子断片(SEQ ID NO: 12)、およびラットKIBRA上流遺伝子断片(SEQ ID NO:13)のアラインメントを示す。本発明によるレポーター構築物内での使用に適する切断された断片は、好ましくは、このアラインメントの比較可能な高い相同性の領域に位置する。表1は、ヒト、マウス、およびラットについてKIBRAのおよそ1 kbのゲノム上流領域内に予測される転写因子結合面の局在を要約する。これらの領域は、本発明によるレポーター構築物内での使用に適する切断された断片の選択のために特に興味深い。
【0022】
当業者は、KIBRA cDNAプローブおよび種特異的ゲノムライブラリーを用いた相同性スクリーニング、ならびにその後のKIBRAコード領域上流のゲノム断片のクローニングにより、さらなる種のKIBRAプロモーター遺伝子断片を単離することができる。KIBRAプロモーターを含有する構築物を、試験細胞株に安定にトランスフェクションするか、または試験細胞に一過性にトランスフェクションすることができる。好ましくは、KIBRAプロモーターは、アッセイに使用される細胞について種特異的であるべきである。細胞において転写因子の複合体セットに結合するために、プロモーター配列の特異性は重要である。KIBRAプロモーター断片の制御下に機能的レポーター遺伝子を含むそのような核酸構築物、対応するベクター、およびそのような構築物を含有する宿主細胞もまた、本発明の一部である。KIBRAプロモーター断片は、KIBRA開始コドン上流の完全な3 kb遺伝子断片、または上記で特定されたその切断された断片の一つもしくは複数を含み得る。
【0023】
本発明のさらなる局面として、そのようなレポーター構築物にKIBRA終止コドンの3'のゲノム配列を付加することもまたできる。しばしば、エンハンサー部位がコード配列の下流に位置する。好ましくは、KIBRA終止コドンの3'の約3 kbの配列が付加される。いくつかの態様において、少なくとも2500、2000、1500、1000、500、300、または100 bpの長さのその任意の切断された断片が付加される。
【0024】
プロモーターを使用することに加えて、他のゲノム配列、例えばKIBRA遺伝子のイントロン9をアッセイすることもまたできる。このイントロンは、ルシフェラーゼのオープンリーディングフレーム中にクローニングされ、イントロン9がmRNA前駆体からスプライシングされない限り、ルシフェラーゼORFを非機能的にすると考えられる。上記のように、増強されたルシフェラーゼ活性を結果としてもたらす物質ライブラリーがアッセイされ得る。同一の方法で、KIBRA遺伝子中のすべての他のイントロンがアッセイされ得る。
【0025】
(表1)ヒト、マウス、およびラットKIBRA遺伝子のおよそ1 kbの5'上流ゲノム領域内に予測される転写因子結合面の位置。位置ナンバリングは、それぞれ、配列SEQ ID NO: 11、SEQ ID NO: 12、およびSEQ ID NO: 13を指す。


【0026】
最近、mRNAレベルでの遺伝子発現制御のレベルが、以前に想定されていたよりもずっと高く、かつより複雑であることが明らかになってきた。例えば、mRNAの安定性は、3'UTRに結合するタンパク質により影響を受け得る。そのため、本発明はまた、記憶および/または認知を増強する試験化合物の同定のための方法であって、培養細胞における完全長KIBRA mRNAの構成的発現、該細胞を試験化合物と接触させる段階、および対照細胞と比較してKIBRA転写物の量を測定する段階を含む方法を提供する(実施例5)。適当な発現構築物は、CMVまたはSV40などの真核生物プロモーターの制御下に、完全長KIBRA cDNA(例えば、ヒトKIBRA(SEQ ID NO: 1)、マウスKIBRA(SEQ ID NO: 3)、またはラットKIBRA(SEQ ID NO: 5))を含む。該KIBRA cDNAは、コード領域、および少なくとも50 bpの対応する5'UTR、および/または少なくとも100 bpの対応する3'UTRを含む。KIBRA転写物の量は、例えば、LightCycler(登録商標)などのRT-PCRベースの方法で測定され得る。KIBRAプロモーター上の潜在的な影響から切り離されたこの安定性効果を検討するために、外来性KIBRA発現を有さない細胞、または、そのKIBRA配列が発現構築物において使用されるものから十分に識別され、かつそれにより、別々の検出を可能にする種由来の細胞を、このアッセイのために使用することができる。
【0027】
あるいは、KIBRA発現の変化は、特異的抗KIBRA抗体を用いた、ELISA、ウェスタンブロット、または免疫沈降などの当技術分野において公知である方法により、タンパク質レベル(タンパク質の量)で評価され得る。KIBRAタンパク質レベルの検出は、KIBRA特異的抗体を用いることにより行われ得る。そのような抗体は、特異的モノクローナル抗体を入手するために、例えば、KIBRAペプチドを用いたマウスの免疫化により生成された、マウスハイブリドーマ細胞から生成され得る。あるいは、KIBRAタンパク質またはそのペプチドで免疫化された動物の血清から単離されたポリクローナル抗体が、それ相応に使用され得る。適当なKIBRAペプチドは、KIBRAタンパク質配列(例えば、ヒトKIBRAタンパク質(SEQ ID NO: 2)、マウスKIBRAタンパク質(SEQ ID NO: 4)、またはラットKIBRAタンパク質(SEQ ID NO: 6))に由来し得る。
【0028】
さらに、本発明はまた、記憶および/または認知を増強する試験化合物の同定のための方法であって、培養細胞におけるKIBRAタンパク質またはKIBRA融合タンパク質の構成性発現、該細胞を試験化合物と接触させる段階、および対照細胞と比較してKIBRAタンパク質またはKIBRA融合タンパク質の量を測定する段階を含む方法を提供する(実施例6)。KIBRAタンパク質の安定性に影響を与える化合物が、このアッセイ法内で同定され得る。KIBRAタンパク質およびKIBRA融合タンパク質の量は、特異的抗KIBRA抗体を用いたELISAなどの抗体ベースの方法により定量化され得る。KIBRA融合タンパク質において、KIBRAタンパク質は、市販されている抗体での検出を可能にするmyc-タグもしくはFLAG-タグなどのタグペプチド、または、融合タンパク質の直接定量化を可能にするルシフェラーゼなどのレポータータンパク質に連結される。
【0029】
また、KIBRA発現は、KIBRA遺伝子がルシフェラーゼcDNAなどのレポーター構築物により部分的に置換され、細胞の元来のKIBRAプロモーターの制御下にキメラタンパク質を結果としてもたらす、トランスジェニック細胞を利用してモニターされ得る。一つのそのような構築物は、KIBRAコード領域の3'末端に続く完全長ルシフェラーゼcDNAの融合物であり得る。
【0030】
KIBRA発現が対照細胞と比較して少なくとも20%、培養細胞において調節される場合、および/または、KIBRA発現が対照細胞と比較して培養細胞において統計学的に有意に調節される場合、試験化合物は本発明によるスクリーニングヒットと考えられる。部分が統計学的に有意であるか否かは、種々の周知の統計学的評価手段、例えば、信頼区間の判定、p値判定、スチューデントのt検定、マン-ホイットニー検定などを用いて、当業者によりさらなる骨折りもなく判定され得る。好ましい信頼区間は、少なくとも95%である。p値は、好ましくは0.05である。
【0031】
このアッセイ法のための試験化合物は、例えば、ポリペプチド、タンパク質(キメラタンパク質を含む)、抗体、核酸(例えばsiRNA)、遺伝子治療アプローチ(ウイルス)、または低分子であり得る。2,000 g未満の分子量を有する低分子が、ハイスループットアプローチに好ましい。化合物は一般に、生理学的濃度の塩緩衝液(例えばPBS)において希釈され、脂溶性ビタミンなどの疎水性化合物は、細胞培養への効率的な適用のために、適当な溶媒、例えば20%Solutol HS(BASF, Ludwigshafen, Germany)において希釈され得る。
【0032】
上記の観点において、KIBRA発現または活性を増強する化合物を同定する本発明による方法は、「加齢に伴う記憶力低下(age related memory loss)」(ARML)のような非病理学的形態を含む認知障害を処置および/または予防するための将来有望なアプローチである。認知障害のある人々は、知覚、記憶、集中、および推理技能などの脳の基本機能の一つまたは複数に困難を有する。認知障害の一般的な原因は、アルツハイマー病および関連した認知症、卒中、パーキンソン病、脳外傷、脳腫瘍、またはHIV関連認知症を含む。
【0033】
したがって、本発明の一つの局面は、記憶および認知能力を増強するための薬学的調製物の製造のための、かつそれにより、アルツハイマー病、認知症、または、「軽度の認知障害」(MCI)およびまた非病理学的ARMLなどの疾患を処置するための、KIBRA発現を増強することができるとして本発明の方法により同定された、化合物の使用である。
【0034】
また、本発明の一つの局面は、対象において記憶または認知能力を改善するための方法であって、KIBRA発現を増強することができるとして本発明の方法により同定された化合物の治療的有効量を、それを必要とする該対象に投与する段階を含み、とりわけ、該対象がアルツハイマー病、認知症、MIC、または非病理学的ARMLに苦しんでいる、方法である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】ヒト、マウス、およびラットKIBRAプロモーター領域のコード領域開始点の上流のおよそ1 kbゲノム配列のアラインメント(KIBRA_hs:ヒトゲノム配列、SEQ ID NO: 11の1940〜3000塩基;KIBRA_mm:マウスゲノム配列、SEQ ID NO: 12の2093〜3000塩基;KIBRA_rn:ラットゲノム配列、SEQ ID NO: 13の2103〜3000塩基)を示す。星印は、3種すべてに渡って同一の塩基を有するアラインメントの位置を示す。
【図2】KIBRA過剰発現(KIBRA)および対照(対照)動物についてのサクターディスクの結果を示す;バーは、習得(9回目の試験)についておよび24時間後の想起試験について、2群のラットがショックセクターに入る時間を秒で示す。KIBRA過剰発現動物は、より長い時間ショックセクターを回避することによって、想起試験において有意により良好にふるまう。エラーバーは、SEMを示す。
【図3】図3Aは、学習試験の初めおよび終わりに、水迷路学習中に取得された、試験ラットの軌跡の図を示す。最初の試験において、ラットは底全体に渡って隠されたプラットフォームを探すが、試験の終わりには、ラットは隠されたプラットフォームを見出す場所をわかっている。図3Bは、KIBRA過剰発現ラット(左のパネル)と対照ラット(右のパネル)との間の、最初の4回の学習ランにおける学習速度(試験ラットについてのプラットフォームへの時間(秒)の平均値)の比較を示す。エラーバーは、SEMを示す。最初の学習試験後、KIBRA過剰発現体(over-expressor)は、対照動物と比較して、隠されたプラットフォームを見出すのにより短い時間を必要とする。
【図4】KIBRAによるPKCζ活性の誘導を示す。種々の希釈(1:10、1:25、および1:50 )において、親和性精製およびPKCζタンパク質量に対する標準化の後に、PKCζ活性を測定し、平行線のバーは、KIBRA過剰発現の非存在下(PKCζ)および存在下(PKCζ+KIBRA)におけるPKCζキナーゼ活性を示す。黒色のバー(緩衝液)は、いかなるPKCζタンパク質の添加も伴わない、PKCζキナーゼアッセイのベースライン対照である。白色のバー(PKCζ)は、5 ngのPKCζタンパク質の存在下におけるPKCζキナーゼアッセイの陽性対照を示す。
【図5】KIBRAプロモーター構築物をトランスフェクションしたSHSY5Y細胞の、化合物ピペリンおよびレチノイン酸での刺激(各々1μM、48時間)後の、ルシフェラーゼアッセイの結果を示す。ピペリン(黒色四角形)は、ルシフェラーゼシグナルの上昇を誘導することができるが、レチノイン酸(白色四角形)はできない。対照(平行線四角形):未処置の細胞。
【図6】ラット神経幹細胞を、ピペリンおよびレチノイン酸で48時間刺激した。これらの細胞の定量PCRは、天然のKIBRA mRNAの量がピペリン(黒色四角形)により上昇するが、レチノイン酸(白色四角形)によっては上昇しないことを示す。未処置の細胞(平行線四角形)が対照となった。
【図7】YAPは、SHSY5Y細胞においてルシフェラーゼレポーターシグナルを上昇させる。本発明によるレポーター構築物(KIBRA-5'ルシフェラーゼKIBRA-3')をトランスフェクションしたSHSY5Y細胞に;Yap ORFを含有する発現ベクターを同時トランスフェクションし(平行線四角形)、および対照として空の発現ベクターを同時トランスフェクションした(白色四角形)。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0036】
実施例1:
ラットの海馬におけるKIBRAの過剰発現
KIBRAを、ラットの海馬領域において過剰発現させた。成体オスラット(3か月齢)の両方の脳半球の海馬領域における定位手術を介したアデノ関連ウイルス2(AAV2)KIBRA注射により、過剰発現を媒介させた。3週間後、AAV KIBRAまたはGFPを発現するAAVのいずれかで処置した動物(各群、n=20)を、行動テストに供した。
【0037】
KIBRA過剰発現体は、本明細書中で「サクターディスク」と呼ばれる能動的場所回避の特定の形態において、記憶力における強い改善を示した。サクターディスクは、迅速な海馬依存性習得および持続性の海馬依存性想起の実験的利点を提供する(Pastalkova et al. Science 2006, 313:1141)。装置は、部屋の環境に開放された、ゆっくり回転するプラットフォームディスク(1 rpm)からなる。プラットフォームの回転は、通電され得る60°ショックセクター中へ動物を運び、動物が能動的にショックセクターを回避するように強要する。動物の動きを記録するために、追跡システムと接続したビデオカメラを迷路の上部に設置する。
【0038】
解析のために、ショックなしで10分間、装置に動物を曝露する馴化試験に、動物を最初に供する。馴化の後、動物がショックゾーン中に走りこむたびに電気ショックを受ける(1.5秒ごとに0.5秒、0.6 mA)逐次訓練試験を、動物は継続する。訓練は、ホームケージにおける10分間の休憩間隔により分離された、8回の10分間の訓練試験からなる。
【0039】
長期記憶の保持を、24時間後に、ショックの非存在下での10分間の単一プローブ試験においてテストする。動物の成績は、動物が最初にショックゾーンに入った時間、ショックゾーンの総訪問数、およびショックの数(ショックゾーンにおける時間)により判定する。
【0040】
KIBRA AAVで処置したラットは、動物がより長い時間ショックゾーンを回避したため、対照群より有意に良好にふるまった(図2)。KIBRA過剰発現動物がショックゾーンを回避する時間と一致して、KIBRA過剰発現体はまた、有意により少ないショックゾーンへの訪問を示した。
【0041】
認知および記憶を測定する別の方法は、モリス水迷路テストである。モリス水迷路は、空間学習および記憶を解析するために広範に使用されている(Devan et al. Neurobiol Learn Mem. 1996, 66:305)。実験手順は、水の大きな円形のプールにおいて隠されたプラットフォームを見出すように齧歯動物を訓練する段階を含む。
【0042】
試験のために、水迷路(直径180 cm)を、黒色の水溶性コーラ塗料の不透明混合物で満たし、かつ25℃へ加熱した。タンクの床から水面の1.5 cm下まで延びる折り畳み式のPlexiglasプラットフォーム(表面が12 cm×12 cm)を使用する。タンクを部屋の環境に曝露し、様々な視覚的手掛かりを、それぞれタンクの北、東、南、および西に配置する。動物の動きを記録するために、追跡システムと接続したビデオカメラを迷路の上部に設置する。
【0043】
訓練試験において、動物がプラットフォームを見ることができない、水面の1.5 cm下に下げた固定された位置に、プラットフォームを置く。各試験について、タンクの壁に向かい、タンクの周囲に沿ってラットをプール中に置いた。4個の侵入点、北、東、南、および西は、試験に渡って無作為化したが、開始点の同一の順序を各ラットに使用した。動物を、各試験について60秒でプラットフォームに到達するようにさせた。ラットが逃避プラットフォームの位置を探し当てたとき、またはラットをプラットフォームに導く時間である60秒が経過したときに、試験が終了した。いずれの場合においても、30秒の試験間の間隔のために保持ケージに戻す前に30秒間、ラットをプラットフォーム上に残すようにさせた。各日に4回の試験について、4日間動物をテストする。
【0044】
各訓練試験中に動物がプラットフォームに到達するのに必要とする時間を測定した。訓練の後、動物は、プラットフォームを完全に除去した5日目の探査試験を受けた。動物を、プラットフォーム四分円の反対側の四分円に置き、120秒間プラットフォームを探索させる。四分円において動物が費やした時間、およびプラットフォームが元来位置した場所への時間的な距離、ならびに動物が迷路においてカバーした距離を記録した。実験の解析は、KIBRA過剰発現をもたらすAAV-ウイルスを注入した動物は、隠されたプラットフォームの位置を学習する段階において、対照AAV-ウイルスを注入した動物よりも有意に良好にふるまうことを示した。結果である種々のプラットフォームまでの時間での、ならびに因子であるウイルス処置、試験数、開始位置、およびウイルス処置試験数での多重線形回帰解析を使用すると、ウイルス処置自体および相互作用項は両方とも、有意に異なっていた(ウイルス処置:p=0.0045;ウイルス処置試験数:p=0.0152)。図3Aは、水迷路学習中に取得された軌跡の例を示し、図3Bは、KIBRA過剰発現体について明らかな利点を伴う、最初の4回の学習ランにおける学習速度の比較を示す。
【0045】
したがって、2種類の異なる実験的学習パラダイムにおいて、KIBRA過剰発現は、学習および記憶力における有意な改善を結果としてもたらした。
【0046】
実施例2
G-CSFはKIBRA発現を増強する。
神経保護および神経再生分子である顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)は、認知に対して効果を有する。空間学習および新生海馬ニューロンの生存に対する顆粒球コロニー刺激因子および認知訓練の相乗効果もまた示されている(Diederich et al. PLoS One 2009, 4:5303)。健康な脳におけるG-CSFの役割は、G-CSF欠損マウスの特徴により検討されている(Diederich et al. J Neurosci 2009, 29:11572)。本実施例において、本発明者らは、マウスにおける不安惹起ならびに学習および記憶のパラダイムにおいて、認知機能促進性(pro-cognitive)G-CSFをテストした。マウスの海馬中へのG-CSFのAAV媒介性送達の後、不安惹起効果は検出されず、他方で、空間参照および作業記憶が、G-CSGで処置した群において改善された。
【0047】
ヒトG-CSFタンパク質を発現するAAV構築物を、定位的に、10匹のC57BL\6マウスの海馬中へ左右相称に4か所の部位に注入した(AP -1.3 mm / L ±1.8 mm / DV -2 mmおよびAP -0.7 mm / L ±2.4 mm / DV -2 mm)。対照のために、10匹のマウスに空のベクターを注入した。
【0048】
T-迷路において、空間作業記憶について場所非見本合わせ(non-matching-to-place)パラダイム(NMTP)をテストした。T形プラスチック装置において、各々2回のランからなる、1日当たり10回の試験でマウスを訓練した。最初のランにおいて、加糖乳を含有するT-迷路の一つのアームのみにマウスを入らせた。2回目のランにおいては、反対側のアームに置いた食物の報酬を伴い、両方のアームが選択可能であった。空間参照記憶をテストするためのパドリングプールにおいて、12個の出口の穴を伴い、そのうち11個の穴が遮断されている直径115 cmの円形装置にマウスを置いた。1日当たり5回の試験において、常に12時に位置した遮断されていない出口を見出すように動物を訓練した。7日後、出口の位置を4時に回転させた。新たな出口の位置を見出すまでの時間、および間違いの数を記録した。
【0049】
結果の解析は、G-CSF過剰発現動物は、上述したT-迷路テストにおいて、AAV対照を注入した動物より優れてふるまうことを示した。
【0050】
どのような分子機構がG-CSFにより誘導される増強された認知に貢献するかを解析するために、本発明者らは、海馬組織の遺伝子発現研究を行った。海馬のレーザー顕微解剖、mRNAの増幅、およびマイクロアレイ(GeneChip(登録商標), Affymetrix, Santa Clara, CA, USA)へのハイブリダイゼーションの後、遺伝子発現を解析した。Genesifter(Geospiza Inc., Seattle, WA, USA)を用いてデータを解析した。KIBRA mRNAは、3.09倍に有意に誘導されることが見出された(Affymetrix ID 1427261_at;E3ユビキチンタンパク質リガーゼ1を含有するHECT C2およびWWドメイン)。
【0051】
本実施例は、KIBRAが薬理学的手段により誘導され得ること、およびKIBRAにおける増加が改善された認知能力と相関することを実証する。
【0052】
実施例3
PKCζ活性はKIBRAにより制御される
KIBRAのPKCζ活性自体への影響を調査するために、酵素アッセイにおいてPKCζ活性を測定した。アッセイにおけるキナーゼ活性は、製造業者の指示に従い、抗体反応によって基質ペプチドのリン酸化により検出する(HTScan PKCζ kinase assay kit, Cell Signaling Technology Inc., Danvers, MA, USA)。抗体は、蛍光プレートリーダーにおいて測定できる、ランタニド標識した二次抗体により検出する。
【0053】
KIBRA存在下および非存在下でのPKCζ活性を解析するために、PKCζを単独またはKIBRAとの組み合わせで過剰発現するCOS細胞を溶解し、それぞれPKCζ結合ビーズと共にPKCζを沈降させた。PKCζの同等の沈降物について標準化するために、沈降物のアリコートをウエスタンブロット解析に供し、ブロット中に結果として生じたPKCζシグナルを、活性アッセイにおいて比較可能な量について標準化するために用いた。
【0054】
注目すべきことには、免疫共沈降されたPKCζの量は、PKCζのみを過剰発現する細胞とPKCζおよびKIBRAを過剰発現する細胞との間で類似していた。
【0055】
以前の研究は、PKCζがKIBRAと免疫共沈降することを示しており、かつウエスタンブロット解析におけるKIBRAについて免疫反応性のバンドにより、PKCζ沈降物が、KIBRAもまた過剰発現する細胞由来のKIBRAタンパク質を含むことを確認した。
【0056】
活性アッセイにおける基質ペプチドのリン酸化について、PKCζを過剰発現する細胞由来の免疫沈降物を、PKCζおよびKIBRAの両方を過剰発現する細胞と比較したとき、50%のPKCζ活性の強い増加を観察した。アッセイの特異性の検証は、PKCζの切断された不活性形態の沈降により判定した。切断された形態のキナーゼ活性の解析により、ペプチドのリン酸化はPKCζによってのみ媒介され、かついかなる他のキナーゼもビーズに付着しなかったことを確認した。
【0057】
異なる量の、KIBRAを有するおよび有さない細胞由来の免疫沈降物の解析により、最終的に、KIBRAが存在するときにPKCζ活性の有意なかつ強い増加を確認した。
【0058】
実施例4
ゲノム配列を用いた、試験化合物の存在下におけるKIBRA発現のインビトロ解析
特定の遺伝子の発現を変更するための一つのアプローチは、直接的に、または間接的に(例えば、転写因子、スプライシング因子、またはエンハンサー因子を介して)制御配列を標的とすることである。このために、ヒトKIBRAプロモーター(例えば、開始コドンの5'の最初の3000 bp)の後に、レポーター遺伝子(ルシフェラーゼなど)をクローニングすることができる。この構築物を、細胞、理想的にはSHSY-5Y細胞中へトランスフェクションする。これらの細胞を、5000〜30000細胞の密度で96-または384-ウェルプレートにおいて増殖させる。物質当たりいくつかの反復において、1または10μMの濃度で物質を細胞に適用する。ウェル当たりに存在するルシフェラーゼ量は、ルシフェラーゼプレートリーダーにより測定することができる。20%を超える統計学的に有意なルシフェラーゼ活性の上昇を結果としてもたらす物質を、「ヒット」と考える。陽性対照として、試料の一つのセット中への転写因子Yapの同時トランスフェクションを行うことができる。Yapの同時トランスフェクションは、本発明者らのテストシステムにおいてルシフェラーゼ発現を有意に上昇させる(図7)。
【0059】
テストシステムは、ルシフェラーゼレポーターの誘導について無作為化合物をテストする実験のセットにおいて検証されている。例えば、ピペリンは、構築物を有意に誘導した(図5)。この誘導が内在性のKIBRAプロモーターの挙動を忠実に反復することを検証するために、ピペリンで刺激した細胞を、qPCRによりKIBRA mRNAの誘導についてテストした(図6)。対応して、神経形成の公知のマーカーであるレチノイン酸は、KIBRAプロモーター構築物を誘導できなかった。
【0060】
実施例5
5'および3' mRNA UTR配列を用いた、試験化合物の存在下におけるKIBRA発現のインビトロ解析
スクリーニングアプローチのために、ヒトKIBRAの完全なmRNAをCMVベクターにクローニングし、精製し、かつSHSY-5Y細胞中へトランスフェクションする。理想的には、安定なトランスフェクタントを確立する。細胞を次に、ウェル当たり10,000〜20,000細胞の密度で96ウェルプレート上で増殖させる。あるいは、細胞を、ウェル当たり5,000〜10,000細胞の密度で384-ウェルプレート上で増殖させることができる。低分子物質を、濃度当たり8反復において、1および10μMの濃度でウェルに与える。培養において4日後に、RNAを細胞から抽出し、かつ内在性mRNA(サイクロフィリン)と比較して定量RT-PCRにより解析する。統計解析の後、KIBRA(WWC1) mRNAレベルの有意な上昇(または低下)を生じた物質を同定する。上方制御または下方制御について意味を有する倍数は、<0.05のp値で20%以上である。これらの物質(「ヒット」)を、EC50を測定するために注意深い濃度曲線を行うことによりさらに解析し、かつ、細胞毒性、アポトーシス、他の遺伝子の下方制御または誘導などの、非特異的または望ましくない効果について点検する。最後の点は、該物質への曝露後に、レポータープラスミドを内部に有する(またはゲノム中に安定に組み込まれたレポータープラスミドを有する)細胞から抽出した全mRNAを、Affymetrix社により提供されるようなDNAアレイによる解析に供することにより保証される。ハイブリダイゼーションシグナルの統計解析は次に、問題となっているヒットの相対的特異性を判定することを可能にする。
【0061】
代替的なスクリーニングアプローチにおいて、ルシフェラーゼ、GFP、分泌型ルシフェラーゼ、β-ガラクトシダーゼ、または他のものなどのレポータータンパク質のためのコード配列でKIBRAオープンリーディングフレーム(ORF)を置換するレポーター構築物を供給することができる。この構築物は上述のようにトランスフェクションすることができ、かつ、読み取り値が定量PCRに基づかずにレポーターアッセイに基づくという例外を伴って、説明されたようにスクリーニング法を行うことができる。最も好ましくは、これはプレートリーダーを用いたルシフェラーゼベースのアッセイである。結果を上記のように処理し、かつ、特異性および毒性について物質をさらに検討する。このアプローチは、5'または3' UTRを標的とする物質を同定するだけであり、他方で、最初のアプローチはまた、mRNA配列全体を標的とする物質を同定することも可能にする。
【0062】
さらなる代替的なスクリーニングアプローチにおいては、内在性遺伝子発現に依拠する。そのようなアプローチは、まさに上述のように、しかしSHSY-5Y細胞をトランスフェクションすることなく行われ得る。SHSY-5Y細胞を用いる代わりに、初代ニューロン、NG108細胞、NSC34細胞、PC12細胞、ならびに専門家に公知である他の神経細胞および細胞株が使用され得る。
【0063】
これらのスクリーニングアプローチにおいて、低分子物質は、siRNAライブラリーにより、ペプチドライブラリーにより、または遺伝子治療用ウイルス構築物により置換され得る。
【0064】
実施例6
KIBRAタンパク質の安定性を標的とした、試験化合物の存在下におけるKIBRA発現のインビトロ解析
KIBRAタンパク質の安定性に影響を与える化合物を同定するスクリーニングアプローチのために、KIBRA、または、完全なKIBRA配列およびルシフェラーゼなどのレポータータンパク質を内部に有する融合タンパク質のいずれかを発現する構築物が使用され得る。KIBRAタンパク質のみが使用される場合、アッセイはELISAであろう。SHSY-5Y細胞に、KIBRAのための発現カセットを内部に有するプラスミドをトランスフェクションする。細胞を次に、96-または384-ウェルプレート上にプレーティングする。1μMまたは10μMの濃度の物質を、反復において細胞に適用する。ヒトKIBRAに対する抗体を用いたELISAを行う。読み取り値を統計学的に解析し、かつヒットを同定する。
【0065】
あるいは、タンパク質の融合部分を検出してもよい。これが、FLAG、またはmycエピトープなどの小さなペプチドタグである場合、その特有のタグを検出するELISAが利用され得る。
【0066】
ルシフェラーゼなどのレポーターが検出されるべき場合、プレートリーダーを用いたルシフェラーゼアッセイが使用されるであろう。
【0067】
本発明はさらに、以下の、非限定的な態様に関連する。
1.記憶および/または認知を調節する物質を同定するための方法であって、
a.該物質を培養細胞と接触させる段階および
b.細胞内のKIBRA発現の調節を評価する段階
を含む、方法。
2.転写物レベルでのKIBRA発現の調節が評価される、1記載の方法。
3.タンパク質レベルでのKIBRA発現の調節が評価される、1記載の方法。
4.定量RT-PCR法などの特異的核酸定量法により、マイクロアレイ法により、またはノーザンブロット法により、細胞の内在性KIBRA発現が定量化される、2記載の方法。
5.培養細胞の試験物質との接触の前に、細胞に発現構築物をトランスフェクションし、発現構築物がKIBRAプロモーターの制御下にレポーター遺伝子を含む、2記載の方法。
6.KIBRAプロモーターが、KIBRAコード配列の上流の3 kbゲノム領域、または少なくとも100 bpの長さの任意の切断された断片、またはこれらの切断された断片の二つもしくはそれ以上の組み合わせである、5記載の方法。
7.KIBRAプロモーターの制御下にレポーター遺伝子を含む、発現ベクター。
8.KIBRAプロモーターが、KIBRAコード配列の上流の3 kbゲノム領域、または少なくとも100 bpの長さの任意の切断された断片、または該切断された断片と少なくとも90%の同一性を有するそのホモログ、またはこれらの切断された断片の二つもしくはそれ以上の組み合わせである、7記載の発現ベクター。
9.7または8記載の発現ベクターを含有する、宿主細胞。
10.培養細胞の試験物質との接触の前に、細胞にKIBRA発現構築物をトランスフェクションし、発現構築物が、外来性プロモーターの制御下に3'および/または5'非翻訳領域(UTR)を含むKIBRA完全長cDNAを含み、かつ、該完全長cDNAの発現レベルの定量化が、細胞の試験物質との接触によるその安定性の変化を反映する、2記載の方法。
11.ELISA法、ウエスタンブロット法、または免疫沈降法などの定量的タンパク質検出法内で、抗KIBRA抗体を用いて、内在性KIBRAタンパク質のレベルが定量化される、3記載の方法。
12.培養細胞の試験物質との接触の前に、培養細胞にKIBRAまたはKIBRA融合タンパク質発現構築物をトランスフェクションし、該KIBRAタンパク質またはKIBRA融合タンパク質の発現レベルの定量化が、細胞の試験物質との接触によるその安定性の変化を反映する、3記載の方法。
13.KIBRA融合タンパク質が、KIBRAポリペプチドのN末端またはC末端に連結されたタグペプチドまたはレポーター遺伝子ポリペプチドを、任意でその間にリンカー配列を伴って含む、12記載の方法。
14.タグペプチドが、FLAG-ペプチドおよびmyc-ペプチドからなる群より選択される、13記載の方法。
15.レポーター遺伝子が、ルシフェラーゼ、蛍光タンパク質、β-ガラクトシダーゼ、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ、β-グルクロニダーゼ、アルカリホスファターゼ、耐性を与える遺伝子、および増殖選択のための遺伝子からなる群より選択される、5、6、もしくは13のいずれか一つ記載の方法、7もしくは8記載のベクター、または9記載の宿主細胞。
【図1−1】

【図1−2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
記憶および/または認知を調節する物質を同定するための方法であって、
a.物質を培養細胞と接触させる段階および
b.細胞内のKIBRA発現の調節を評価する段階;
を含み、
転写物レベルでのKIBRA発現の調節が評価され;
KIBRAプロモーターの制御下のレポーター遺伝子構築物をトランスフェクションした細胞を用いることによりKIBRA発現が評価される、方法。
【請求項2】
培養細胞の試験物質との接触の前に、培養細胞に発現構築物をトランスフェクションし、発現構築物がKIBRAプロモーターの制御下にレポーター遺伝子を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
KIBRAプロモーターが、KIBRAコード配列の上流の3 kbゲノム領域、または少なくとも100 bpの長さの任意の切断された断片、またはこれらの切断された断片の二つもしくはそれ以上の組み合わせである、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
KIBRAプロモーターが、KIBRAコード配列の上流の3 kbゲノム領域の少なくとも500、少なくとも300、または少なくとも100 bpの長さを有する切断された断片と少なくとも90%同一であるホモログ核酸である、請求項1または2記載の方法。
【請求項5】
発現構築物が、KIBRA終止コドンの3'のゲノム配列を追加的に含む、請求項2〜4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
KIBRA遺伝子が、レポーター構築物により部分的に置換される、請求項1〜5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
細胞が、
i)培養細胞株、とりわけ天然にKIBRAを発現する細胞株、特に腎臓もしくはCNS由来の細胞株の細胞であり、とりわけ細胞が、PC12細胞、SH-SY5Y細胞、およびHEK細胞からなる群より選択されるか;
または
ii)初代細胞、とりわけ天然にKIBRAを発現する細胞、特に神経細胞または腎臓細胞、とりわけ海馬細胞である、
請求項1〜6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
KIBRAプロモーターの制御下にレポーター遺伝子を含む、発現ベクター。
【請求項9】
KIBRAプロモーターが、KIBRAコード配列の上流の3 kbゲノム領域、または少なくとも100 bpの長さの任意の切断された断片、または該切断された断片と少なくとも90%の同一性を有するそのホモログ、またはこれらの切断された断片の二つもしくはそれ以上の組み合わせである、請求項8記載の発現ベクター。
【請求項10】
請求項8または9記載の発現ベクターを含有する、宿主細胞。
【請求項11】
レポーター遺伝子が、ルシフェラーゼ、蛍光タンパク質、β-ガラクトシダーゼ、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ、β-グルクロニダーゼ、アルカリホスファターゼ、耐性を与える遺伝子、および増殖選択のための遺伝子からなる群より選択される、前記請求項のいずれか一項記載の方法、ベクター、または宿主細胞。
【請求項12】
記憶および認知能力の増強時の使用のための、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法によりKIBRA発現を増強することができるとして同定された、化合物。
【請求項13】
とりわけ、アルツハイマー病、認知症、および軽度の認知障害からなる群より選択される疾患を処置する方法における使用のための、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法によりKIBRA発現を増強することができるとして同定された、化合物。
【請求項14】
非病理学的形態の認知障害を処置および/または予防する方法であって、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法によりKIBRA発現を増強することができるとして同定された化合物を、それを必要とする対象に投与する段階を含み、とりわけ、対象が非病理学的な加齢に伴う記憶力低下(age related memory loss)に苦しんでいる、方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公表番号】特表2013−518568(P2013−518568A)
【公表日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−551559(P2012−551559)
【出願日】平成23年2月8日(2011.2.8)
【国際出願番号】PCT/EP2011/000581
【国際公開番号】WO2011/095363
【国際公開日】平成23年8月11日(2011.8.11)
【出願人】(508227307)シグニス バイオサイエンス ゲーエムベーハー アンド コー.カーゲー (2)
【Fターム(参考)】