説明

L―フェニルアラニン無水和物結晶から一水和物結晶への転移晶析の促進方法

【課題】 Phe無水和物結晶を含むスラリー溶液を一水和物結晶へ転移晶析させる工程において、転移開始時間、転移完了時間を短縮させる方法を提供する。
【解決手段】 上記課題は、L−フェニルアラニン無水和物結晶を含有するL−フェニルアラニンスラリー溶液に、L−フェニルアラニン一水和物結晶の折出する温度領域において、超音波を照射することを特徴とする、L−フェニルアラニン一水和物結晶の晶析方法によって解決される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はL−フェニルアラニンにおいて、無水和物結晶と一水和物結晶の2種類ある結晶多形のうち、無水和物結晶から一水和物結晶への転移晶析において、転移を完了させるまでの時間を短縮させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
L―フェニルアラニン(以下、Pheと記す。)は、その結晶形に無水和物結晶と一水和物結晶の2つの多形があり、37℃より下では一水和物結晶として存在し、37℃より上では無水和物結晶となる。無水和物結晶は平板あるいはりん片状であるのに対し、一水和物結晶は針状結晶であり、分離性能と言う点において無水和物結晶が優れている。
【0003】
これまで無水和物を選択的に取得する方法として、発酵過程において、培養液中に種晶として無水和物結晶を加える方法や、培養液のpHを調整する方法が提案されてきた(特許文献1)。また発酵後の処理過程においても晶析管に種晶を添加する方法が検討されてきた(特許文献2)。また晶析の際、これらの結晶に取り込まれた不純物は、転移させることにより淘汰することが可能である。
【0004】
一方、一水和物結晶は、固液分離性の悪さや、発酵中に折出して粘度上昇や発泡増加の原因となる(特許文献1)など弊害のみが指摘され、これを積極的に析出させた例は知られていない。
【0005】
一方、結晶化方法の分野における超音波の適用は近年大きな注目を集め、1980年代初頭から様々な研究が進められている。超音波は熱伝達、核生成速度(非特許文献1)、及び結晶成長速度を高めることが知られており、これらの効果は、超音波を照射することで得られる、キャビテーション気泡の発生に起因すると考えられている。
【0006】
アミノ酸の晶析の分野においても、超音波の効果が検討されている。特許文献3、特許文献4では、L−ロイシン、L−フェニルアラニン、L−ヒスチジン、アスパルテームなどへの応用が検討され、超音波照射の効果として起晶温度の上昇が確認されている。L−フェニルアラニンは、特許文献3に示され、そこでは、75℃の飽和液を徐々に冷却しながら超音波を5分ごとに10秒の割合で照射してL−フェニルアラニン結晶を70℃前後で析出することが示されている。一方、得られた結晶の晶形については、言及されていない。また、転移晶析への応用も検討されていない。
【0007】
【特許文献1】特開平5−304971号公報
【特許文献2】特開昭50−49249号公報
【特許文献3】特表2005−527367号公報
【特許文献4】特表2005−527368号公報
【非特許文献1】N.Enomoto et.al.,Journal of Materials Science, 27(19),5239−5243, 1992
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、結晶内に取り込まれた不純物の淘汰を目的として、無水和物結晶から一水和物結晶に転移させることを考えて、これを検討したところ無水和物結晶の転移を完了させるために時間がかかってしまうと言う問題点が判明した。
【0009】
本発明は、Pheの無水和物結晶から一水和物結晶への転移晶析において、再現性よく、無水和物結晶の転移を完了させる時間を短縮させる方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討の結果、L―フェニルアラニン無水和物結晶を含有するL―フェニルアラニンスラリー溶液を、L―フェニルアラニン水和物結晶の析出する温度領域において、超音波を照射することによって、無水和物結晶を短時間で一水和物結晶に転移させることができることを見出して本発明を完成したものである。
【発明の効果】
【0011】
L―フェニルアラニン無水和物結晶を含有するL−フェニルアラニンスラリー溶液を、L―フェニルアラニンの一水和物結晶を含有する飽和溶液に転移させる時間を短縮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
L―フェニルアラニン無水和物結晶を含有するL−フェニルアラニンスラリー溶液の種類は問わないが、例えば、L−フェニルアラニン発酵液、それに含まれている無水和物結晶を分離して水等に投入したスラリー、イオン交換樹脂を用いて分離精製したL−フェニルアラニンを晶折した無水和物結晶のスラリー等である。従って、この溶液の溶媒は原則として水である。このL−フェニルアラニン無水和物結晶を含有するL−フェニルアラニンスラリー溶液の濃度すなわちスラリー中のL−フェニルアラニンの濃度は100〜200g/l程度、好ましくは111g/l程度が適当である。
【0013】
L−フェニルアラニン無水物結晶を含有するL−フェニルアラニンスラリー溶液の作製方法も問わないが、例えば、L−フェニルアラニンの飽和あるいは過飽和溶液を無水和物結晶の安定温度領域(これは通常37℃以上)に維持することによって無水和物結晶を析出させてもよく、あるいは、無水和物結晶を加えてもよい。そして必要により、L−フェニルアラニン濃度を所定値まで高めるために濃縮し、あるいはL−フェニルアラニンを更に追加してもよい。L−フェニルアラニン無水和物の粗結晶をその安定温度領域の水に投入してスラリーとしたものでもよい。
【0014】
このL−フェニルアラニン無水和物結晶を含有するL−フェニルアラニンスラリー溶液に、L−フェニルアラニン一水和物結晶の析出する温度領域において、超音波を照射する。この温度領域は、通常は35℃より下であり、上記の溶液の温度がこの領域より高ければまず冷却する。
【0015】
次に、このL−フェニルアラニンスラリー溶液に超音波を照射する。超音波の波長は20kHz以上程度、好ましくは20kHz程度、強度は1〜100w/cm程度、好ましくは5〜50w/cm程度そして密度は1〜1000w/l程度、好ましくは5〜200w/l程度とするのがよい。照射は、一水和物の析出する温度領域に入る前から始めてもよいが、通常は入ってから開始する。照射は、一水和物結晶への転移がほぼ終了まで連続的に続けることが好ましく、照射時間は通常20〜60分程度でよい。また超音波発生器はホモジナイザー型のものが好ましい。
【0016】
超音波を照射している間は、溶液は攪拌することが好ましい。
一水和物結晶に転移させた後は、固液分離し、あるいは固液分離せずに、これを無水和物結晶に戻すことによってL−フェニルアラニン結晶から夾雑物をさらに放出させて精製することができる。この無水和物結晶に戻すには、要は温度を35℃以上に上昇させればよく、その際、上記の超音波照射を再度利用し、あるいは種晶を添加し、あるいは、これらを併用することができる。
その後は、固液分離して、常法によりさらに精製する。
【実施例】
【0017】
図1に概略構成を示す装置を用いた。図中、(a)は恒温槽であり、(b)はホモジナイザー型超音波発生器(450D型 1/2タップ型ホーン、BRANSON社製)であり、(c)は攪拌機である。この超音波発生器は、超音波が発生する表面積が1.4cm2である。
L−フェニルアラニン55.6gを0.5lの水に入れて室温(25℃)攪拌し、Phe無水和物結晶を含む、Phe濃度が10wt%のスラリー溶液を作成した。この溶液をアンモニア水でpH7に調整し、 (a)の恒温層にて10 ℃まで冷却した。この溶液に超音波発生器(b)から波長20kHzの超音波を45分間照射した。
【0018】
その際、Pheスラリー溶液の上清濃度の経時変化を液体クロマトグラフィーで測定した。また結晶形の経時変化については光学顕微鏡で結晶形を観察して確認した。
この実験条件と、転移開始時間と転移完了時間の測定結果を表1に示す。ここで転移開始時間とは、顕微鏡観察にて一水和物結晶の存在を確認した時間であり、転移完了時間とは、顕微鏡観察にて無水和物結晶の存在が確認されなくなった時間のことをいう。表1中におけるRUN1は、超音波不照射の条件を意味している。また各条件におけるPheの上清濃度の経時変化を、図2に示す。


【0019】
表1の結果より、超音波不照射(RUN1)と比較して超音波を照射する(RUN2)ことによって、転移開始時間、転移完了時間ともに大きく短縮することが判明した。
【0020】
図2より、実験開始時のPhe上清濃度が約2.5wt%であることが確認できる。また、時間経過とともにPhe上清濃度が減少し、濃度が一定になるのが超音波不照射の場合(RUN1)では約100分、超音波照射した場合は約15〜20分ということが確認された。さらに、一定となったその濃度は約2.35wt%であることが判明した。これは、無水和物結晶のPhe上清濃度が約2.5wt%であり、転移後の一水和物結晶のPhe上清濃度が約2.35wt%であると言える。
転移が完了したスラリー溶液を再び37℃以上の温度に加熱し、攪拌することで、一水和物結晶は無水和物結晶へと転移する。この際、37℃以上の温度のスラリー溶液に超音波を照射することで、無水和物結晶への転移開始時間、転移完了時間は短縮される。(田中先生へ:未実験のため、現在系で記載してあります。)
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明は、Phe無水和物結晶から一水和物結晶への転移開始時間、転移完了時間を短縮することが可能なので、Pheの精製工程に組み込むことで、不純物の淘汰がより経済的に行える。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】実施例で用いた実験装置の概略構成を示す図である。
【図2】Phe上清濃度の経時変化を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
L−フェニルアラニン無水和物結晶を含有するL−フェニルアラニンスラリー溶液に、L−フェニルアラニン一水和物結晶の折出する温度領域において、超音波を照射することを特徴とする、L−フェニルアラニン一水和物結晶の晶析方法
【請求項2】
請求項1記載の晶折方法で得られたL−フェニルアラニン一水和物結晶を無水和物結晶にさらに転移させることを特徴とするL−フェニルアラニンの精製方法

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−79014(P2009−79014A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−250684(P2007−250684)
【出願日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】