説明

L−α−ヒドロキシグルタル酸γ−ラクトナーゼ遺伝子

【課題】α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトンの光学分割やL-α-ヒドロキシグルタル酸の製造への応用が期待されるL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼについて、組換DNA技術による工業的大量生産等に資するため、その遺伝子を得る。
【課題を解決するための手段】
エルウニア・サイプリペディ (Erwinia cypripedii) 314B に由来するL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼのアミノ酸配列を決定し、該アミノ酸配列をもとにプライマーを設計し、PCR法により当該遺伝子を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細菌由来のL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子、該遺伝子を有する組み換えベクター、該組み換えベクターにより形質転換された形質転換体、及び該形質転換体を使用したL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質の製造方法に関するものである。更に詳細には、本発明は、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼのアミノ酸配列、それをコードする遺伝子DNAの塩基配列の決定に成功したことによるものである。これらの配列は、いずれも従来未知の新規配列であり、本発明は、これらの配列が明にされたことにより組換DNA技術の利用が可能となり、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼおよび当該酵素を利用したL-α-ヒドロキシグルタル酸の大量生産を可能とするものである。

【背景技術】
【0002】
本発明者らは、先に細菌、エルウニア・サイプリペディ (Erwinia cypripedii) 314B (FERM P-19195)より新規ラクトナーゼ、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼの製造する技術を開発している(特許文献1参照)。本酵素は立体選択性が高く、ラセミ体の5-オキソ-2-テトラヒドロフランカルボン酸(α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトン)からの光学活性L-α-ヒドロキシグルタル酸の生産を可能にする点で有用である。
しかしながら、このエルウニア・サイプリペディ (Erwinia cypripedii) 314B によるL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼの生産性は十分とはいえず、より効率的な生産技術の開発が切望されていた。
一方、当該L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼをコードする遺伝子については、従来何も報告されていない。
【特許文献1】特開2004−242613号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
そこで、 本発明の課題は、エルウニア・サイプリペディ (Erwinia cypripedii) 314B に由来するL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼについて、組換DNA技術による工業的大量生産等に資するため、その遺伝子を解明しようとするものである。

【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、前記課題を解決するため、鋭意研究の結果、上記のL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼをコードする遺伝子のクローニングおよびその塩基配列の決定に成功し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は以下のとおりである。

(1) 配列番号1で示されるアミノ酸配列、あるいは配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
(2) 配列番号2で示される塩基配列、あるいは配列番号2で示される塩基配列において、1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列を有し、かつL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
(3)配列番号3で示されるアミノ酸配列、あるいはまたは配列番号3で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
(4)配列番号4で示される塩基配列、あるいは配列番号4で示される塩基配列において1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列を有し、かつL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
(5)上記(1)〜(4)のいずれかに記載の遺伝子を含有する組換えベクター。
(6)上記(5)に記載の組換えベクターにより形質転換された形質転換体。
(7)上記(6)に記載の形質転換体を培地中で培養し、培養物からL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼを採取することを特徴とするL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質の製造方法。

【発明の効果】
【0005】
本発明に係るエルウニア(Erwinia)属由来のL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼは、α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトンの光学分割やL-α-ヒドロキシグルタル酸の製造への応用が期待されており、本発明は、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質の遺伝子を、そのコードするアミノ酸配列及び塩基配列情報も含めて、初めて利用可能にしたものである。本発明によれば、この遺伝子及びその配列情報をもとに、組み換えDNA技術を用いることにより、有用なL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質の大量生産が可能となる。

【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明について詳述する。
本発明においては、まず、精製したL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼをタンパク質分解酵素(リシルエンドペプチターゼ)で処理し断片化し、その幾つかの断片についてアミノ酸配列を決定した。これらの内部アミノ酸配列およびN-末端アミノ酸配列をもとにDNAプライマー(混合プライマー)を設計した。
L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ遺伝子をクローニングするために、先ず、
液体培養したエルウニア・サイプリペディ (Erwinia cypripedii) 314Bの菌体より染色体DNAを調製した。この染色体DNAをテンプレートとし、上記のプライマーを用いてL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ遺伝子のN-末端付近の配列(90残基)を先ず決定した。次いで、この配列をもとに、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ特異的なプライマーを設計し、ゲノムウォーカー(GenomeWalker)法によりL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ遺伝子の全配列を決定したものである。
【0007】
このようにして決定されたL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ遺伝子の全塩基配列を配列番号2に示し、この塩基配列の対応するアミノ酸配列を配列番号1に示す。
すなわち、本発明のL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質は、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有する。また、その遺伝子は、上記配列番号1に示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子であり、具体的には、配列番号2に示される塩基配列を有する。
さらに、本発明においては、配列番号1に示される上記アミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、付加されたアミノ酸配列を有するものであっても、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードするものであれば含まれる。また、配列番号2に示す塩基配列において、1又は数個の塩基が欠失、置換、付加されたものであっても、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードするものであればこれらを包含する。
【0008】
一方、本発明における上記配列番号1のアミノ酸配列と、精製したL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼのN-末端アミノ酸配列とを比較した結果、本酵素の遺伝子はシグナル配列を含むことが明らかである。
成熟型酵素のN-末端に開始コドンに対応するメチオニンを付加したタンパク質のアミノ酸配列を配列番号3に示す。また、これに対応するL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ遺伝子の塩基配列を配列番号4に示す。
上記シグナル配列を含むL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ遺伝子、或いはより効率的な外来のシグナル配列の直下に成熟型酵素を配した遺伝子を使用して以下のように形質転換体を調製する場合、形質転換体の菌体外(大腸菌の場合、ペリプラズム空間内)に成熟タンパク質を分泌可能にすることができ、分離精製が容易になる。
【0009】
本発明のL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ遺伝子を用いて、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼを生産するには、該遺伝子を発現ベクターに挿入し、得られた組み換えベクターにより、宿主を形質転換する。次いで、該形質転換体を培地に接種、培養し、培養物からL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼを採取する。
用いる発現ベクターとしては、特に制限がなく、例えば、大腸菌を宿主として用いる場合には、大腸菌用発現ベクターpET-11a及びpET-22b(何れもノバジェン社)やpCAL-c(ストラタジーン社)等が用いられる。大腸菌用発現ベクターpET-11a(ノバジェン社)を用いる場合、T7lacプロモーター下流のNdeIクローニングサイトに挿入すればよい。また、pET-22b(ノバジェン社)を用いる場合は、成熟型酵素の遺伝子をpelBシグナル配列の直下に挿入すると成熟型酵素の分泌生産が可能となる。
【0010】
このようにして得られた組換えベクターは、宿主の大腸菌に導入して形質転換し、該形質転換された大腸菌は発現ベクターに対応した適当な誘導剤の存在下で培養する。L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼは大腸菌菌体内に蓄積し、培養物の菌体を破砕することのより採取される。
また、宿主として、例えばパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)、分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)、メタノール酵母(Pichia methanolica)、昆虫細胞等を用いる場合には、発現ベクターとしてそれぞれpESC-HIS(ストラタジーン社)、pNMT1(インビトロジェン社)、pMET A(インビトロジェン社)、pBAC-1(ノバジェン社)等を用い、常法により、組み換えベクター、形質転換体を順次調製し、これを培養することにより、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼが得られる。

以下、本発明を実施例により詳述する。なお、本発明はこれらに限定されるものではない。

【実施例】
【0011】
[実施例1]
エルウニア・サイプリペディ (Erwinia cypripedii) 314Bの培養、本菌からのL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼの抽出・精製、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼの活性測定法、本酵素のN-末端アミノ酸配列は、先に開発した方法(特開2004−242613号公報)によった。
L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼの遺伝子クローニングに先立ち、当該酵素の内部アミノ酸配列を明らかにするため、精製した当該酵素をリシルエンドペプチターゼにより断片化し、その幾つかの断片につきそのアミノ酸配列を決定した。そのうちの一つ、Gln-Pro-Ile-Gly-Glu-Tyr-Pro(配列番号: 5)と当該酵素のN-末端アミノ酸配列に基づき、一対のDNAプライマー(混合プライマー)(配列番号: 6、配列番号: 7)
を設計した。
【0012】
液体培養したエルウニア・サイプリペディ (Erwinia cypripedii) 314Bの菌体より、Fast DNA Kit (Q-BIO gene社)を用いて本菌の染色体DNAを調製した。この染色体DNAを鋳型とし、上記のDNAプライマーを用いてPCR反応を行ったところ、90bpのDNA断片(配列番号: 8)が得られた。この配列をもとにL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ遺伝子特異的な下流用プライマー(配列番号: 9)および上流用プライマー(配列番号:10)を設計し、クロンテック社のゲノムウォーカーキットを用いて、配列番号: 2に示すL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ遺伝子の全配列を決定した。
【0013】
本配列と精製したL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼのN-末端アミノ酸配列を比較したところ、本酵素の遺伝子はシグナル配列を含むことが示唆された。成熟型酵素のN-末端にメチオニンを付加したタンパク質(配列番号:3)をコードするように改変したL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼの遺伝子(配列番号: 4)を大腸菌用発現ベクターpET-11a(ノバジェン社)のT7lacプロモーター下流のNdeIクローニングサイトに挿入して組換えベクターを作成した。この組換えベクターで大腸菌BL21(DE3)株(ノバジェン社)を形質転換した。
【0014】
カルベニシリンを50μg / mlの濃度で含むLB培地(以下、カルベニシリンLB培地と略す)に得られた形質転換株を接種し、37℃で一晩振盪培養した。この培養液1 mlを100 mlのカルベニシリンLB培地に接種し、37℃で振盪培養した。培養液の600 nmにおける吸光度が0.8に達した時、IPTGを1 mMとなるように加え、更に1時間培養を続けた。遠心分離により集めた菌体を50 mM Tris緩衝液(pH 7.0)で二回洗浄した後、同じ緩衝液に懸濁し、ガラスビーズ法で菌体を破砕した。破砕液から遠心分離により菌体残渣を除き、粗酵素液とし、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性とタンパク質濃度を測定した。その結果、0.5 U/mgの活性が検出された。また、この粗酵素液をSDS-PAGEで分析したところ、L-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼに相当する分子量40,000のタンパク質の蓄積が確認された。一方、IPTGを加えない対照実験では、活性、分子量40,000のタンパク質のバンドとも検出されなかった。
【0015】
[実施例2]
実施例1で得た形質転換株をカルベニシリンLB培地に接種し、37℃で一晩振盪培養した。この培養液5 mlを500 mlのカルベニシリンLB培地に接種し、37℃で振盪培養した。培養液の600 nmにおける吸光度が0.8に達した時、培養液を20 ℃に冷却し、IPTGを0.1 mMとなるように加え、更に20時間20℃で培養を続けた。菌体を遠心分離により集め、50 mM Tris緩衝液(pH 7.0)で二回洗浄した後、Braun社製MSKセルホモゼェナイザーで破砕、遠心後の上清を粗酵素液とし、6,300 Uの酵素活性を得た。この値をエルウニア・サイプリペディ (Erwinia cypripedii) 314Bを用いた場合と培養液単位体積当たりの生産性で比較すると50倍に相当し、生産性の格段の向上が達成された。この粗酵素液に対し硫安を60 %飽和となるように加え、酵素を沈殿させた。沈殿した酵素を遠心により集め、4 MのNaClを含む50 mM Tis緩衝液(pH 7.0)に再溶解し、同じ緩衝液で平衡化したブチルトヨパールカラムに供した。吸着された活性画分を、移動相中のNaCl濃度を直線的に低下させることにより溶離した。得られた活性画分を10 mM リン酸緩衝液で透析した後、同じ緩衝液で平衡化したヒドロキシアパタイトカラムに吸着させ、移動相中のリン酸濃度を直線的に上げることにより、目的酵素を溶出させた。このようにして得られた酵素標品は、SDS-PAGEで単一バンドを与えた。本精製酵素を用いて、本酵素の諸性質を調べたところ、それらはエルウニア・サイプリペディ(Erwinia cypripedii) 314Bの菌体より抽出、精製した酵素の諸性質と一致した。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示されるアミノ酸配列、あるいは配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項2】
配列番号 2で示される塩基配列、あるいは配列番号2で示される塩基配列において、1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列を有し、かつL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項3】
配列番号3で示されるアミノ酸配列、あるいはまたは配列番号3で示されるアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項4】
配列番号4で示される塩基配列、あるいは配列番号
4で示される塩基配列において1もしくは数個の塩基が欠失、置換もしくは付加された塩基配列を有し、かつL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の遺伝子を含有する組換えベクター。
【請求項6】
請求項5に記載の組換えベクターにより形質転換された形質転換体。
【請求項7】
請求項6に記載の形質転換体を培地中で培養し、培養物からL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼを採取することを特徴とするL-α-ヒドロキシグルタル酸γ-ラクトナーゼ活性を有するタンパク質の製造方法。


【公開番号】特開2006−158255(P2006−158255A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−352461(P2004−352461)
【出願日】平成16年12月6日(2004.12.6)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】