説明

L−チロシンの定量方法

【課題】短時間にかつ簡便に、電気化学センサーとしても利用でき、多数の処理の同時測定も可能な、L−チロシンの定量方法を提供する。
【解決手段】検体をバチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素(PheDH-BB)及びNAD+とpHが9.0以上、11.0未満の緩衝液中で混合し、生成するNADHを定量する工程(1)、前記検体をバチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素(PheDH-BS)及びNAD+とpHが11.0以上、12.0未満の緩衝液中混合し、生成するNADHを定量する工程(2)、工程(1)で得られたNADH量及び工程(2)で得られたNADH量の差分から、前記検体に含まれるL-チロシンを定量する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、L-チロシンの定量方法に関する。より詳しくは、本発明は、バチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素とバチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素 を用いるL-チロシンの定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
L-チロシンは、非必須アミノ酸であり、代謝経路において重要なアミノ酸であり、フェニルアラニン水酸化酵素によるフェニルアラニンの水酸化反応により生成する。L-チロシンのモニタリングは、新生児代謝スクリーニングにおいて必要である。血中の高チロシン濃度は、新生児における肝臓病、チロシン血症・タイプI、II、III、一過性チロシン血症などのチロシン代謝の遺伝病を有する患者に見られる。
【0003】
血漿中の遊離アミノ酸、分岐鎖アミノ酸(バリン、イソロイシン、ロイシン)及び芳香族アミノ酸(チロシン及びフェニルアラニン)の異常は肝臓病患者に見られる。
【0004】
チロシン血症・タイプI(hereditary infantile tyrosinemia)は、フマリルアセト酢酸加水分解酵素(FAH)の欠乏により生じる。チロシン血症・タイプII (Richner-Hanhart syndrome)は、チロシン異化における第一段階で活動するチロシン・アミノトランスフェラーゼの欠乏により生じる。チロシン血症・タイプIIIは稀な病気であり、ほんの数件の報告があるだけであり、4-ヒドロキシフェニルピルビン酸・ジオキシゲナーゼ(HPD)の欠乏により生じる。
【0005】
ほとんどの患者は、低フェニルアラニン及びチロシン規定食を、これらのアミノ酸を過剰に摂取することなく、処方される。規定食治療に加えて、2-(2-ニトロ-4-トリフロロメチルベンゾイル)-1,3-シクロヘキサンジオン(NTBC)を治療薬として用い、4-ヒドロキシフェニルピルビン酸・ジオキシゲナーゼを阻害し、チロシンからフマリルアセトアセテートの生成を阻止する。患者は、規定食の調製と物理的成長のパラメーターに基づいて血漿チロシンレベルを度々検査する必要がある。
【0006】
L-チロシンの定量方法はイオン交換クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー、タンデム質量分析などにより行われる。しかし、これらの方法は高価な装置とサンプル前処理を必要とし、分析を順次行う必要があることから分析時間が長くなる(非特許文献1〜4)。
【0007】
L-チロシンの酵素的定量方法は、チロシナーゼ、チロシンデカルボキシラーゼ、及びフェニルアラニンアンモニアリアーゼによる方法が報告されている。マッシュルーム由来のチロシナーゼ(ポリフェノール・オキシダーゼ;EC 1.14.18.1)による血清中のチロシン定量方法が記載されている。この酵素はL-チロシンのL-トパキノンへの酸化を触媒する。酵素反応に基づいて、酸素電極により酸素消費速度が測定され(非特許文献5)または生成物であるL-トパキノンが、高温下で、蛍光試薬1,2-ジフェニルエチレンジアミンを用いて誘導体化される。蛍光は480nmで検出され、350nmで励起される(非特許文献6、7)。
【0008】
チロシンデカルボキシラーゼ(EC 4.1.1.25)はL-チロシンの定量方法に用いられた。この酵素はチロシンを脱炭酸してチラミンを生成する反応を触媒する。チラミンはチラミン・オキシダーゼ(EC 1.4.3.4)により酸化され、かつヒドロキシフェニルアセトアルデヒド及び過酸化水素が生成する。過酸化水素はペルオキシダーゼ((EC 1.11.1.7)、4-アミノアンチピリン及びN-エチル-(2-ヒドロキシ-3スルフォプロピルニル)-m-トルイジンの添加により、キノン色素を生成し、この色素は546nmの吸収で測定できる(非特許文献8、9)。
【0009】
フェニルアラニンアンモニアリアーゼ(PAL, EC 4.3.1.5)は、フェニルアラニンのトランス桂皮酸への変換及びチロシンのp-クマリン酸への変換を触媒し、これらは290nm及び315nmでの微分分光分析で決定できる(非特許文献9、10)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Edelhoch H. Spectroscopic determination of tryptophan and tyrosine in protein. Biochemistry 6 (1967) 1948-1954.
【非特許文献2】Hardy DT., Hall SK., Preece MA., Green A. Quantitative determination of plasma phenylalanine and tyrosine by electrospray ionization tandem mass spectrometry. Ann. Clin. Biochem. 39 (2002) 73-75.
【非特許文献3】Roesel RA., Blankenship PR., Hommes FA. HPLC assay of phenylalanine and tyrosine in blood spots on filter paper. Clin. Chim. Acta. 156 (1986) 91-96.
【非特許文献4】Sander J., Janzen N., Peter M., Sander S., Steuerwald U., Holtkamp U., Schwahn B., Mayatepek E., Trefz FK., Das AM. Newborn screening for hepatorenal tyrosinemia: Tandem Mass spectrometric quantification of succinylacetone. Clin. Chem. 52 (2006) 482-487.
【非特許文献5】Kumar A., Christian GD. Assay of L-tyrosine in serum by amperometric measurement of tyrosinase-catalyzed oxygen consumption. Clin. Chem. 21 (1975) 325-329.
【非特許文献6】Kiba N., Suzuki H., Furusawa M. Flow-injection determination of L-tyrosine in serum with immobilized tyrosinase. Talanta 40 (1993) 995-998.
【非特許文献7】Kiba N., Ogi M., Furusawa M. Flow-injection determination of L-tyrosine in serum with an immobilized tyrosinase reactor and fluorescence detection. Anal. Chim. Acta 224 (1989) 133-138.
【非特許文献8】Azuma Y., Maekawa M., Kuwabara Y., Nakajima T., Taniguchi K., Kanno T. Determination of branched-chain amino acids and tyrosine in serum of patients with various hepatic deseases, and its clinical usefulness. Clin. Chem. 35 (1989) 1399-1403.
【非特許文献9】Shimizu H., Taniguchi K., Sugiyama M., Kanno T. Rapid enzymatic analysis of plasma for tyrosine. Clin. Chem. 36 (1990) 32-35.
【非特許文献10】Shen R., Richardson CJ., Rouse BM., Abell CW. An enzymatic assay of plasma phenylalanine and tyrosine for the detection and management of phenylketonuria. Biochem. Medicine 26 (1981) 211-221.
【非特許文献11】Wibrand F. A microplate-based enzymatic assay for the simultaneous determination of phenylalanine and tyrosine in serum. Clin. Chim. Acta 347 (2004) 89-96.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
チロシナーゼによるL−チロシンの定量方法は、定量方法としては適していない。何故なら、チロシナーゼは安定性に乏しいために新鮮な物を使用する必要があり、調製には誘導工程を必要とし、多数のサンプルの処理に対しては適していないからである。
【0012】
さらに、チロシンデカルボキシラーゼを用いる方法は、3タイプの酵素反応を必要とし、比較的多量の試料が必要であり、多数の試料のスクリーニングには不便である通常の分光光度計を用いて行われるという問題がある。
【0013】
フェニルアラニン・アンモニア・リアーゼを用いる方法は、マイクロプレートによる定量法を用いて反応の終点で決定することができる。しかし、この定量法には2時間の保温時間が必要であるという問題がある。
【0014】
そこで本発明の目的は、従来とは異なる新たな酵素を用いて、短時間にかつ簡便に、電気化学センサーとしても利用でき、多数の処理の同時測定も可能な、L−チロシンの新たな定量方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は以下の通りである。
[1]
検体中に含まれるL-チロシンを定量する方法であって、
検体の一部をバチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素(以下PheDH-BBと略記する)及びNAD+とpHが9.0以上、11.0未満の緩衝液中で混合し、生成するNADHを定量する工程(1)、
前記検体の残りの少ないとも一部をバチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素(以下PheDH-BSと略記する) 及びNAD+とpHが11.0以上、12.0未満の緩衝液中混合し、生成するNADHを定量する工程(2)、
工程(1)で得られたNADH量及び工程(2)で得られたNADH量の差分から、前記検体に含まれるL-チロシンを定量する方法。
[2]
工程(1)をpHが10.0以上、10.4以下の緩衝液中で行う[1]に記載の方法。
[3]
工程(2)をpHが11.0以上、11.5以下の緩衝液中で行う[1]に記載の方法。
[4]
工程(1)及び工程(2)を1枚のマイクロウェルアレイプレート上の異なるウェルで並行して行い、各ウェル中の溶液のNADHの吸収に対応する吸光度を並行してまたは交互に測定することを含む、[1]に記載の方法。
[5]
複数の検体のL-チロシン定量を1枚のマイクロウェルアレイプレートにて行う[4]に記載の方法。
[6]
チロシン血症の検査に用いられる、[1]〜[5]のいずれか1項に記載の方法。
[7]
被験者からサンプリングした検体のL-チロシン濃度を[1]〜[5]のいずれか1項に記載の方法により測定し、前記測定されたL-チロシン濃度と、健常人が示すL-チロシン濃度範囲及びチロシン血症患者が示すL-チロシン濃度範囲と対比することを含む、チロシン血症の検査方法。
[8]
以下の(1)〜(5)の試薬を含むL-チロシン定量用キット。
(1)バチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素(以下PheDH-BBと略記する)
(2)バチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素 (以下PheDH-BSと略記する)
(3)NAD+
(4)pHが9.0以上、11.0未満のPheDH-BB用緩衝液
(5)pHが11.0以上、12.0未満のPheDH-BS用緩衝液
[9]
(4)PheDH-BB用緩衝液は(3)NAD+を含有する[8]に記載のキット。
[10]
(5)PheDH-BS用緩衝液は(3)NAD+を含有する[8]に記載のキット。
[11]
(6)マイクロウェル中の溶液の吸収度の測定が可能な構造のマイクロウェルアレイプレートをさらに含む[8]〜[10]のいずれか1項に記載のキット。
[12]
チロシン血症の検査に用いられる、[8]〜[11]のいずれか1項に記載のキット。
[13]
健常人が示すL-チロシン濃度範囲及びチロシン血症患者が示すL-チロシン濃度範囲を表示する説明書をさらに含む、[12]に記載のキット。
[14]
バチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素(以下PheDH-BBと略記する)を検出用電極に直接または間接的に固定化または配置したものであることを特徴とするL-チロシン定量に用いるための酵素センサー。
[15]
前記検出用電極がNADH定量用電極であり、検体とNAD+とをpHが9.0以上、11.0未満の緩衝液中で混合し、生成するNADHを定量するために用いられる[14]に記載の酵素センサー。
[16]
バチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素 (以下PheDH-BSと略記する) を検出用電極に直接または間接的に固定化または配置したものであることを特徴とするL-チロシン定量に用いるための酵素センサー。
[17]
前記検出用電極がNADH定量用電極であり、検体とNAD+とpHが11.0以上、12.0未満の緩衝液中混合し、生成するNADHを定量するために用いられる[16]に記載の酵素センサー。
[18]
[14]または[15]に記載の酵素センサー(以下、PheDH-BB酵素センサーと称する)と[16]または[17]に記載の酵素センサー(以下、PheDH-BS酵素センサーと称する)の組合せであって、PheDH-BB酵素センサーで得られたNADH量及びPheDH-BS酵素センサーで得られたNADH量の差分から、検体に含まれるL-チロシンを定量するために用いられる、組合せ。
【発明の効果】
【0016】
本発明は上記従来技術の問題を解決した、簡便な操作で短時間に実施できる方法であって、ハイスループットスクリーニングにも適した方法である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1aにPheDH-BSによるL-フェニルアラニン(●)およびL-チロシン(●)の検量線を示す。図1bにPheDH-BBによるL-フェニルアラニン(●)およびL-チロシン(●)の検量線を示す。反応はpH 10.4の緩衝液中で実施した。
【図2】図2aは、PheDH-BSによるL-フェニルアラニンおよびL-チロシンの合計(●)の検量線、およびPheDH-BBによるL-フェニルアラニン(○)の検量線、さらにL-フェニルアラニンおよびL-チロシンの点線(----)は理想値を示す。図2bは、式(1)で計算されたL-チロシン濃度(▲)とL-チロシンの理想値である点線(----)を示す。
【図3】図3aは、異なるpHにおけるPheDH-BSのL-フェニルアラニンおよびL-チロシンに対する活性(基質特異性)を示す。図3bは、異なるpHにおけるPheDH-BSのL-フェニルアラニンおよびL-チロシンに対する活性(基質特異性)を示す。
【図4】PheDH-BSおよび PheDH-BBを異なったpHで用い、エンドポイント法によりマイクロプレートで測定し、式(1)で計算されたL-チロシン濃度(●)とL-チロシンの理想値である点線(----)を示す。
【図5】PheDH-BSの酵素濃度と反応時間との関係(エンドポイント法によるマイクロプレートで測定)を示す。
【図6】ヒト血清中のL-チロシン濃度(0から2,000μM)の20分間吸光度を測定した結果を示す。
【図7】PheDH-BSによる吸光度(340nm)とヒト血清中のチロシン濃度(10μMから2,000μM)との関係を示す。
【図8】種々のL-チロシンを含有する6種類のヒト血清 および血漿に、外からL-チロシンを加えて、定量性を検討した結果を示す。
【図9】血清サンプル(11種類)についてL-チロシンを異なる濃度で加え、Phe DH-BSを用いるマイクロプレート法とUPLC法による定量性について比較した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、バチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素PheDH(PheDH-BB)及びバチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するPheDH (PheDH-BS)を用いてL-チロシンを定量する方法に関する。
【0019】
より具体的には、本発明は、検体中に含まれるL-チロシンを定量する方法であって、
検体の一部をPheDH-BB及びNAD+とpHが9.0以上、11.0未満の緩衝液中で混合し、生成するNADHを定量する工程(1)、
前記検体の残りの少ないとも一部をPheDH-BS及びNAD+とpHが11.0以上、12.0未満の緩衝液中混合し、生成するNADHを定量する工程(2)、
工程(1)で得られたNADH量及び工程(2)で得られたNADH量の差分から、前記検体に含まれるL-チロシンを定量する方法に関する。
【0020】
PheDH-BSは、NAD+を補酵素として用いて、スキーム1a及び1bに従って、L-フェニルアラニンとL-チロシンをそれぞれフェニルピルビン酸と4-ヒドロキシピルビン酸に変換する反応を触媒する。L-フェニルアラニン及びL-チロシンに対する基質特性は、実施例において示すように、pHが9.0以上、11.0未満の範囲であれば、L-フェニルアラニン及びL-チロシンの両方に対してほぼ同等の反応性を示す。特に、pHが10.0以上、10.4以下の範囲であれば、活性も高く、かつ両方の基質にほぼ同等の反応性を示す。従って、工程(1)は、pHが10.0以上、10.4以下の緩衝液中で行うことが好ましい。工程(1)における酵素反応は、例えば、25〜40℃の範囲で行うことができる。工程(1)における酵素反応の時間は、例えば、5〜60分の範囲で適宜行うことができる。
【0021】
PheDH-BSは、Asano Y.ら Novel Phenylalanine Dehydrogenase from Sporosarcina ureae and Bacillus sphaericus. J. Biological Chemistry Vol.21, No.21 (1987) pp10346-10354に記載されている。この文献においては、PheDH-BSの基質特異性は、pH10.5においてのみ確認されており、それ以外のpH範囲における基質特異性についての記載はない。
【0022】
PheDH-BBは、pHが11.0以上、12.0未満の範囲においては、L-フェニルアラニンのフェニルピルビン酸へ変換する反応を触媒する(スキーム1a)が、L-チロシンの4-ヒドロキシピルビン酸への変換反応は実質的に触媒しない。この点は、実施例においてデータをもって示されている。特に、pHが11.0以上、11.5以下の範囲であれば、L-フェニルアラニンは高く、かつL-チロシンに対しては実質的に活性を示さない。従って、工程(2)は、pHが11.0以上、11.5以下の緩衝液中で行うことが好ましい。工程(2)における酵素反応は、例えば、25〜40℃の範囲で行うことができる。工程(2)における酵素反応の時間は、例えば、5〜60分の範囲で適宜行うことができる。
【0023】
PheDH-BBは、Asano Y.らPhenylalanine Dehydrogenase of Bacillus badius. Eur. J. Biochem. 168 (1987) 153-159に記載されている。この文献においては、PheDH-BBの基質特異性は、pH10.4においてのみ確認されており、上記の如く、pHが11.0以上、12.0未満の範囲における基質特異性についての記載はない。
【0024】
検体中にL-フェニルアラニンとL-チロシンが存在する場合、工程(1)では、両方の基質が、PheDH-BSによって、完全に酸化されて、それぞれ等モルのフェニルピルビン酸と4-ヒドロキシピルビン酸になるように実験条件、特に反応時間を調整する。その際、各酸化反応において、検体中に存在するL-フェニルアラニン及びL-チロシンとそれぞれ等モル数のNADHが生成する。生成したNADHは、340 nmにおいて6.22 mM-1・cm-1の減衰係数(extinction coefficient)で分光光度計にて定量できる。反応の終点における吸光度は、L-フェニルアラニンとL-チロシンの合計モル濃度に相当する。事前にNADHの濃度と340 nmにおける吸光度との検量線を作成しておくことで、反応の終点における吸光度から、L-フェニルアラニンとL-チロシンの合計モル濃度を算出できる。
【0025】
L-フェニルアラニンとL-チロシンを含有する工程(1)と同じ検体(同様に採取したサンプルの一部)について、PheDH-BBを用いる場合には、L-フェニルアラニンのみが完全に酸化されて、等モルのフェニルピルビン酸を生じるように実験条件、特に反応時間を調整する。L-フェニルアラニンの酸化反応において等モル数のNADHが生成する。但し、この酵素反応ではL-チロシンが酸化されることは実質的にはなく、従って、L-チロシンの酸化に起因するNADHは実質的には生成しない。上記と同様に、生成したNADHは、340 nmにおいて6.22 mM-1・cm-1の減衰係数(extinction coefficient)で分光光度計にて定量できる。反応の終点における吸光度は、L-フェニルアラニンのモル濃度に相当する。事前にNADHの濃度と340 nmにおける吸光度との検量線を作成しておくことで、反応の終点における吸光度から、L-フェニルアラニンのモル濃度を算出できる。
【0026】
工程(1)で得られたNADH量及び工程(2)で得られたNADH量(濃度)の差分から、検体に含まれるL-チロシンを定量することができる。即ち、L-チロシンの濃度は、PheDH-BBを用いることで定量したL-フェニルアラニン量とPheDH-BSを用いることで定量したL-フェニルアラニン及びL-チロシンの合計量の差分として計算できる。
【0027】
【化1】

【0028】
本発明においては、上記工程(1)及び工程(2)を1枚のマイクロウェルアレイプレート上の異なるウェルで並行して行い、各ウェル中の溶液のNADHの吸収に対応する吸光度を並行してまたは交互に測定することを含むことができる。さらに複数の検体のL-チロシン定量を1枚のマイクロウェルアレイプレートにて行うこともできる。このようにすることで、多数の検体について、比較的短時間にかつ簡便にL-チロシンの定量を行うことができる。このようなマイクロウェルアレイプレートを用いる場合には、マイクロウェル中の溶液の吸収度の測定は、例えば、マイクロプレートリーダーを用いて適宜実施できる。
【0029】
本発明の上記方法は、例えば、チロシン血症の検査に用いることかできる。
【0030】
チロシン血症の検査は、具体的には、被験者からサンプリングした検体のL-チロシン濃度を上記本発明の方法により測定することで実施できる。検体のL-チロシン濃度が測定されたら、測定されたL-チロシン濃度と、健常人が示すL-チロシン濃度範囲及びチロシン血症患者が示すL-チロシン濃度範囲と対比する。それにより上記被験者がチロシン血症に罹患しているか否かの検査をすることができる。一般的に健常人が示すL-フェニルアラニン及びL-チロシン濃度範囲は、それぞれ68〜72μM及び30〜76μMである(参考文献1)。一方、チロシン血症患者が示すL-チロシン濃度範囲は370〜2000μMである(参考文献2)。これまで、チロシン血症患者であるか否かのスクリーニングにおいては、L-チロシン濃度が305μM以上を分別値として用いている(参考文献3)。本発明の方法を用いる場合にも同様のL-チロシン濃度及び濃度範囲を参考にすることができる。但し、被験者がチロシン血症に罹患しているか否かの判断(診断)は医師により実施される。
【0031】
参考文献:
[1] Okamoto N, Miyagi Y, Chiba A, Akaike M, Shiozawa M, Imaizumi A, Yamamoto H, Ando T, Yamakado M, Tochikubo O. Diagnostic modeling with differences in plasma amino acid profiles between non-cachectic colorectal/breast cancer patients and healthy individuals. Int. J. Med. Med. Sci. 1 (2009) 001-008.
[2] Larochelle J, Mortezai A, Belanger M, Tremblay M, Claveau JC, Aubin G. Experience with 37 infants with tyrosinemia. Canad. Med. Ass. J. 97 (1967) 1051-1054.
[3] Park H, Lee DH., Choi T., Lee YK., Kim J., Ki C., Lee Y. Clinical, biochemical, and genetic analysis of a Korean neonate with hereditary tyrosinemia type 1. Clin. Chem. Lab. Med. 47 (2009) 930-933.
【0032】
本発明は、以下の(1)〜(5)の試薬を含むL-チロシン定量用キットも包含する。
(1)バチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するPheDH(PheDH-BB)
(2)バチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するPheDH(PheDH-BS)
(3)NAD+
(4)pHが9.0以上、11.0未満のPheDH-BB用緩衝液
(5)pHが11.0以上、12.0未満のPheDH-BS用緩衝液
【0033】
PheDH-BB及びPheDH-BSは、各菌体から調製することもできるが、遺伝子工学的操作により調製することもできる。PheDH-BB及びPheDH-BSの遺伝子工学的操作による調製方法は、後述の実施例で引用する文献[1]を参照することができる。
【0034】
NAD+は、正式名称はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドであり、例えば、市販の試薬として入手可能である。NAD+は、β-NAD+とも表記される。
【0035】
pHが9.0以上、11.0未満のPheDH-BB用緩衝液としては、例えば、グリシン-KCl-KOH緩衝液、グリシン-NaOH緩衝液、2-アミノ-2-メチル-1,3-プロパンジオール-HCl緩衝液、Clark-Lubs緩衝液, ホウ酸緩衝液を挙げることができる。
【0036】
pHが11.0以上、12.0未満のPheDH-BS用緩衝液としては、例えば、グリシン-KCl-KOH緩衝液、リン酸緩衝液、Hydroxide-chlroride緩衝液を挙げることができる。
【0037】
PheDH-BB用緩衝液は、所定濃度のNAD+を含有するものであることが、測定操作を容易にするという観点から好ましい。同様に、PheDH-BS用緩衝液も、所定濃度のNAD+を含有するものであることが好ましい。
【0038】
本発明のキットは、上記(1)〜(5)に加えて、(6)マイクロウェル中の溶液の吸収度の測定が可能な構造のマイクロウェルアレイプレートをさらに含むこともできる。マイクロウェルアレイプレートは、高分子材料などで作成し、一平方センチメートル当たり、数個から数万個のウエルからなり、そこで酵素反応が行えるプレートを指す。
【0039】
本発明のキットは、チロシン血症の検査に用いることができる。チロシン血症の検査用キットにおいては、健常人が示すL-チロシン濃度範囲及びチロシン血症患者が示すL-チロシン濃度範囲を表示する説明書をさらに含むことができる。
【0040】
<酵素センサー>
本発明の第1の態様の酵素センサーは、バチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素(PheDH-BB)を検出用電極に直接または間接的に固定化または配置したものである、L-チロシン定量に用いるための酵素センサー(PheDH-BB酵素センサー)である。このPheDH-BB酵素センサーは、検出用電極がNADH定量用電極であり、検体とNAD+とをpHが9.0以上、11.0未満の緩衝液中で混合し、生成するNADHを定量するために用いられる。検体や緩衝液などは、前記定量方法と同様である。
【0041】
本発明の第2の態様の酵素センサーは、バチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素 (PheDH-BS) を検出用電極に直接または間接的に固定化または配置したものであることを特徴とするL-チロシン定量に用いるための酵素センサー(PheDH-BS酵素センサー)である。このPheDH-BS酵素センサーは、検出用電極がNADH定量用電極であり、検体とNAD+とpHが11.0以上、12.0未満の緩衝液中混合し、生成するNADHを定量するために用いられる。検体や緩衝液などは、前記定量方法と同様である。
【0042】
これらの酵素センサーは、酵素センサーを構成する検出用電極にPheDH-BBまたはPheDH-BSを直接または間接的に固定化または配置したものであり、L-チロシンの定量に用いるためのものである。本発明の酵素センサーは、好ましくは、PheDH-BBまたはPheDH-BSによりL-チロシンから生成する生成物を直接的に定量的に検出できるものであることが好ましい。加えて、本発明の酵素センサーは、上記酵素以外に、酵素と電極の間の電子の授受を容易にする電気化学メディエーターなどを、上記検出用電極に直接または間接的に固定化または配置したものであることもできる。それ以外の構成は、公知の酵素センサーで採用されている構成をそのまま、または適宜改変して利用することができる。
【0043】
本発明の酵素センサーは、検体を含有する試験溶液に少なくとも検出用電極部分を浸漬し、試験溶液に、PheDH-BBまたはPheDH-BSによりL-チロシンから生成される生成物を検出用電極で検出する。より具体的には、L-チロシンから生成する生成物の1つであるNADHを検出できる電極をPheDH-BBまたはPheDH-BSとの組合せで用いることができる。NADHを検出できる電極としては、前述の電気化学メディエーター(電子伝達体)にジアホラーゼやNADHオキシダーゼと組み合わせることもできる。また、PheDH-BBまたはPheDH-BS及びジアホラーゼ、NADHオキシダーゼは、遊離の状態で使用する事もできるが、公知の方法により直接あるいは、間接的に電極へ固定化する事も出来る。その他のNADHを検出できる電極としては、例えば、特開平7-280769号公報および特開平7-310194号公報に記載のものを例示できるが、これらの限定される意図ではない。
【0044】
本発明は、上記PheDH-BB酵素センサーとPheDH-BS酵素センサーとの組合せも包含する。この組合せは、PheDH-BB酵素センサーで得られたNADH量及びPheDH-BS酵素センサーで得られたNADH量の差分から、検体に含まれるL-チロシンを定量するために用いられる。NADH量の差分からの、検体に含まれるL-チロシンの定量の方法は、上記定量方法の説明を参照できる。
【実施例】
【0045】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明する。但し、本発明は実施例の記載に限定される意図ではない。
【0046】
1. PheDH-BSおよびPheDH-BBの調製
1.1 フェニルアラニン脱水素酵素遺伝子を有する大腸菌形質転換株の培養、PheDH-BS およびPheDH-BBの調製
PheDH-BSpUC18H プラスミドを有するE. coli JM109形質転換株[参考文献4]を、0.5 mMアンピシリン を含む0.5mlのLB培地に37℃で12時間培養した。この前培養液を、2リッターのフラスコに0.2 mMアンピシリンを含む500 mlのLB培地に加え、さらに37℃で12時間培養した。その時点で、IPTG を0.5 mMの濃度で加え、PheDH-BS およびPheDH-BB の誘導を開始し、さらに37℃で4時間培養を継続した。形質転換株の菌体を4℃で 5,000×g 、10 分間遠心分離し、生理的食塩水で2度洗浄した。
【0047】
菌体を0.3 M NaClおよび25 mMイミダゾールを含む20 mM Tris-HCl緩衝液(pH 8.0)に懸濁し、4℃、20分間の超波処理により破砕した。破砕物を4℃ 28,000×gで15分間遠心し、無細胞抽出液とした。無細胞抽出液を透析後、Ni-SepharoseTM-6 Fast Flow カラム(GE Healthcare, Buckinghamshire, UK)に通し、75 mMイミダゾールを含む20 mM Tris-HCl緩衝液(pH 8.0)で洗浄後、500 mMイミダゾールを含む20 mM Tris-HCl緩衝液(pH 8.0)で溶出した。活性フラクションを、20 mM Tris-HCl緩衝液(pH 8.0)で透析した。
【0048】
1.2酵素 活性の測定
L-チロシンの酸化活性は、NAD+の還元をHitachi U-3210 分光光度計(Tokyo, Japan)を用いて、30℃において、340 nmで観測することによって行った。反応混液(1 ml)は、10 mM L-チロシン (PheDH-BS使用時) あるいはL-フェニルアラニン (PheDH-BB使用時)、2.5 mM NAD+、100 mM glycine-KCl-KOH緩衝液(pH 10.0)を含んでいた。反応は、適当量の酵素を加えることにより開始した。
【0049】
1.3酵素濃度の測定
酵素 濃度は、BioRad protein assay kit (BioRad, Hercules, CA, USA)によりウシ血清アルブミンで作成した検量線を用いて測定した。
【0050】
1.4SDS-PAGE 分析
SDS-PAGE分析は、Laemmli [34]の方法を用いた。各種標準たんぱく質を用いて、SDS-PAGEやゲルろ過クロマトグラフィーにより定法に従って分子量測定を行った。

【0051】
結果
分析に用いたPheDH-BSおよびPheDH-BBは、大腸菌菌体の破砕物から、Ni-キレートカラムを用いてSDS-PAGEで単一バンドまで精製した。無細胞抽出液における酵素の比活性は、PheDH-BS(3.51 U/mg)およびPheDH-BB(2.76 U/mg)であった。カラムクロマトグラフィーで精製後の比活性は、PheDH-BS(63.7 U/mg)およびPheDH-BB(72.4 U/mgに上昇した(表1、2)。酵素は、4℃で一か月以上安定であり、50%グリセロール中で-20℃で保存すると、数か月以上安定であった。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
2. PheDH-BS によるL-フェニルアラニン および L-チロシンの同時定量、および PheDH-BB によるL-フェニルアラニン の選択的な定量
2.1 Standard preparation
標準の L-チロシン (10mM)液はMilliQ水を用いて作成し、使用するまで-20℃で保存した。
【0055】
2.2. PheDH-BS および PheDH-BBを用いるエンドポイント法によるマイクロプレート測定
PheDH-BSによるL-フェニルアラニンおよびL-チロシン定量では、96-ウエルの UV プレート(Griener Bio one, Tokyo) 中で酵素反応を行い、Infinite M200マイクロプレート測定装置を用いてアッセイを行った。反応混液は粗 酵素抽出液、NAD+(最終濃度4 mM)、グリシン-KCl-KOH 緩衝液(pH 10.4、最終濃度100 mM)を、 総容量200μlとなるように含む。NAD+が還元されNADHとなることを340 nmで計測した。NADHの分子吸光係数として、6.22 mM-1cm-1を用いた。酵素の添加により反応を開始し、30℃で5-30分間でエンドポイントに達したところで吸光度を測定した。L-フェニルアラニンおよびL-チロシンのモル濃度 (CPT)は、それぞれの検量線より求めた。
【0056】
PheDH-BBによるL-フェニルアラニンの定量は、上記のPheDH-BSを用いる方法と同様に行った。
【0057】
L-チロシン濃度 (CT) は次の式を用いて計算した。
CT = CPT - CP -----(1)
【0058】
結果
L-フェニルアラニン(PheDH-BS)およびL-チロシン(PheDH-BB)の検量線を、それぞれ図2aおよび2bに示した。
PheDH-BSによるL-フェニルアラニンおよび L-チロシンの検量線を図1aに示す。PheDH-BSは、この条件では、L-フェニルアラニンおよび L-チロシンに等しく作用する。L-フェニルアラニンおよびL-チロシンの回帰直線は、y=0.0003x、相関係数をRとすると、R2 = 0.996であった。
【0059】
一方、PheDH-BBによるL-フェニルアラニンの検量線は、直線となった(図1b)。L-フェニルアラニンに対する回帰直線は、y=0.0003x、相関係数をRとすると、R2=0.996である。PheDH-BBは、基質濃度依存的に、わずかにL-チロシンにも作用した。PheDH-BSとPheDH-BBをL-チロシン およびL-フェニルアラニンが混合されたサンプルの定量に使用した。その結果を図2aに示す。
【0060】
PheDH-BSの利用により、L-フェニルアラニンにL-チロシンを加えた際の濃度のエンドポイント法による定量が可能であった。一方、PheDH-BBを用いて、L-フェニルアラニンにL-チロシンを加えたサンプルを定量した場合、検量線は加えたL-フェニルアラニン量より多く検出された。高濃度でのL-チロシン濃度は、加えた量より低く検出された。つまり、アミノ酸混液に高濃度に加えたL-チロシン(図2a)は、低いL-チロシン濃度としか検出されない(図2b)。これは、PheDH-BBの基質特異性が、L-フェニルアラニン(10 mM)を100%とした場合、L-チロシン(1.2 mM)では、9% の相対活性しかないことに起因する(Asano et al 1987)。PheDH-BBによる定量では、L-フェニルアラニン量は正確であるといえる。
【0061】
3. PheDH-BB およびPheDH-BSのL-フェニルアラニンおよび L-チロシンに対する基質特異性
PheDH-BBおよびPheDH-BSのL-フェニルアラニンおよびL-チロシンに対する基質特異性、glycine-KCl-KOH緩衝液, pH 9.0-11.5の範囲で活性を測定した。
【0062】
結果
図3aに示すように、PheDH-BS は、L-フェニルアラニンおよびL-チロシンに対して、pHの変化により、異なった活性を示した。pH 10.4では、それぞれ88および86%の相対活性で、また、pH 10.0ではそれぞれ、81および82%の相対活性で、pH 11.0,では、L-フェニルアラニンに対して最大の100%の活性に対して、L-チロシンに対しては40%の相対 活性を示した。pH 11.0以上では、活性が減少した。このように、PheDH-BSを用いるL-フェニルアラニンおよびL-チロシンの両者を等しく定量するために、pH 10.4を選択するのが望ましい。
【0063】
図3bに示すように、PheDH-BS は、L-フェニルアラニンおよびL-チロシンを基質とした際に、pHによって異なる酵素 活性を示した。pH 10.4における酵素活性の測定で、PheDH-BSは、L-フェニルアラニンおよびL-チロシン に対して、それぞれ、55および16%の相対活性で作用した。PheDH-BBのL-フェニルアラニンに対する活性は、pHが小さくなると低下したが、L-チロシンに対する活性は、pH 9.5で少し上昇しpH 9.0で減少した。L-フェニルアラニンに対する最大活性は、pH 11.0であり、L-チロシン に対する活性は、4%と最小になり、pHが11.5から12.0では、さらに低くなった。L-チロシンに対する活性を最小限にし、L-フェニルアラニンを選択的に定量するために、pH 11.0を選択した。
【0064】
4. PheDH-BSおよびPheDH-BBを異なったpHで用い、エンドポイント法によりマイクロプレートで測定する方法
Infinite M200マイクロプレートリーダーを用い、96-穴のUV プレート(Griener Bio one, Tokyo)を容器として定量を行った。
PheDH-BSを用いるL-フェニルアラニンおよびL-チロシンの定量 では、反応混液は酵素液、NAD+(最終濃度4 mM)、グリシン-KCl-KOH 緩衝液(pH 10.4、最終濃度100 mM)を、総容量200μlとなるように含む。PheDH-BSの添加により反応を開始し、30℃で5-30分間でエンドポイントに達したところで吸光度を測定した。NAD+が還元されNADHとなることを340 nmで計測した。L-フェニルアラニンおよびL-チロシンのモル濃度(CPT)は、それぞれの検量線より求めた。尚、エンドポイントに達したことは、反応速度が減少し、それ以上反応が進行しなくなったことで判断する。
【0065】
PheDH-BBを用いる L-フェニルアラニンの定量は、PheDH-BSを用いる上記の方法に準じて行った。反応混液は 酵素液、NAD+(最終濃度4 mM)、グリシン-KCl-KOH 緩衝液(pH 11.0、最終濃度100 mM)を、総容量200μlとなるように含む。PheDH-BSの添加により反応を開始し、30℃で5-30分間でエンドポイントに達したところで吸光度を測定した。NAD+が還元されNADHとなることを340 nmで計測した。L-フェニルアラニンのモル濃度(CP)は、検量線より求めた。
【0066】
L-チロシン 濃度 (CT) は、以下の式より求めた。
CT = CPT - CP ----- (1)
【0067】
結果
L-チロシンおよび L-フェニルアラニンの混合液中のL-チロシンの定量は、pH の選択によるPheDH-BBの 基質特異性の強化に基づいて行った。L-チロシン濃度は上記の方法によった。 図4に示すとおり、L-チロシン濃度は、直線性がある部分で 定量した。アミノ酸混合液中のL-チロシン定量が正確に行われた。本法は、生体試料、食品、飲料などの L-チロシン定量に有効である。
【0068】
5. L-チロシン定量によるチロシン血症のスクリーニング
5.1 基準およびサンプルの調製
ヒト血漿(Lot No. R116257, A; R116256 personal, B; 1604-S10 pooled, C) およびヒト血清(Lot No. MT129165 personal, D; MT12963 personal, E; IBB1711B pooled, F) は 市販品(Cosmo Bio Co., LTD; Tokyo)を購入した。これらのサンプルは、4℃で膜を通過させ (Centriprep YM-10, Millipore corp., USA)タンパク質や高分子物質を除去した。これらのヒト血清や血漿にさらに種々の濃度のL-チロシンを加えて実験に供した。
5.2. PheDH-BS活性のマイクロプレートでの活性測定
【0069】
テカン社のInfinite M200 マイクロプレート リーダーで、Greiner社製の96ウエル培養プレートを30℃で用いて、PheDH-BSの酵素活性のアッセイを行った。反応混液は粗酵素抽出液20μl、NAD+(最終濃度4 mM)、除タンパク質を行ったサンプル、グリシン-KCl-KOH 緩衝液(pH 10.4、最終濃度100 mM)を、総容量200μlとなるように含む。PheDH-BSの添加により反応を開始し、30℃で10-30分間でエンドポイントに達したところで吸光度を測定した。NAD+が還元されNADHとなった吸光度変化をマイクロプレートリーダーによって340 nmで計測した。実験は3連で行った。
1ユニット(U)の酵素活性は、標準条件において、1分間に1μmolのNADH を生成する酵素量と定義した。
【0070】
5.3 超高速アミノ酸分析システム(UPLC)によるアミノ酸の分析
L-チロシン定量の比較対象として、超高速アミノ酸分析システムを用いたプレカラム誘導体化法による定量を行った。前述の前処理済み血清及び血漿試料10μLをWaters AccQ-Tag Ultra derivatization kitを用いて誘導化し、超高速アミノ酸分析システム[Waters Acquity ultra performance LC (UPLC)]を用いて分析を行った。誘導体化条件としては、トータルリカバリーバイアルに試料10μLに対し70μLのAccQ.Taq Ultraホウ酸塩緩衝液を加え混和後20μLのAccQ-Tag Ultra試薬を加え攪拌後室温で1分静置したのち、55℃で10分間加温し誘導体化試料とした。
【0071】
分析条件
注入量 :1μL
検出 :蛍光検出器
移動相 :A: 10% AccQ-Tag Ultra 溶離濃縮液A
B: AccQ-Tag Ultra 溶離濃縮液B(原液)
分析温度 :60℃
メソッド :FLR_Cell_Cult_Seq07
標準試料として、Amino Acid Standard H(Thermo)によりリテンションタイムの設定を行い、上記酵素法と同じL-リジン塩酸塩溶液を用いて検量線を作成した。AccQ.Taq Ultraカラム(1.7μm, 100 mm x 2.1 mm i.d.)およびAcquity FLR 検出器を装着したウォーターズAcquity UPLCシステム (Waters Corp., Milford, USA)を使用した。260 nmで検出を行った。L-チロシンは、6.83 分に溶出された。
【0072】
ヒト血漿及び血清中のL-チロシン定量の酵素法および超高速アミノ酸分析システムとの比較を行った。
各定量法による結果を図3に示す。
図3が示すとおり、いずれの試料においてもL-リジンα−オキシダーゼを用いた酵素法に比べ本発明によるL-リジンε−オキシダーゼによる方法は、超高速アミノ酸分析システムと近い値を示した。したがってL-リジンε−オキシダーゼは、L-リジンα−オキシダーゼに比べ、正確な定量が可能であることが分かった。
【0073】
結果
1. アッセイでの酵素濃度条件
PheDH-BSの酵素濃度と反応時間との関係を調べ、結果を図5に示した。PheDH-BSの濃度は、 反応液当り、0, 0.1, 0.25, 0.5, 1 U/反応とした。2,000μM of L-チロシンを加え、30℃で反応し、340 nmにおける吸光度変化を計測した。高濃度のPheDH-BS(0.5 および 1 U/反応液)では、5分間で反応を終え、吸光度は一定の結果を与えた。よって酵素濃度を0.5 U/反応液とした。PheDH-BS酵素を加えないコントロール実験では、吸光度変化は認められなかった。
【0074】
2. 検量線とアッセイ感度
ヒト血清中のL-チロシン濃度は、0から2,000μMとして20分間吸光度を測定した。図6に示したように、最初の5分間を過ぎると、エンドポイントに達した。L-チロシン濃度が0μMでは、吸光度の増加は認められなかった。エンドポイントに達する時間は、10分間で十分と判断した。図7に示すように、チロシン濃度の10μMから2,000μMに至るまで、次の式に従って、y= 0.0003x; R2=0.999.良好な定量性が認められた。L-チロシン濃度10μMが、定量限界であり、2,000μM以上の濃度についても、希釈をすることにより問題無く定量できる。
【0075】
3. 他のアミノ酸による妨害
L-チロシン以外のアミノ酸による定量の妨害について検討した。L-チロシン(1,000μM)を定量する際、種々のアミノ酸(1,000μM)を同濃度で添加した。表3に示すように、他のアミノ酸による妨害は認められなかったが、L-フェニルアラニンのみが影響を及ぼした。L-フェニルアラニンがL-チロシンと同濃度で加えられているからである。しかし、このL-フェニルアラニン濃度は、通常の血漿濃度の15-20倍の高濃度である。チロシン血症では、336-2,000μM程度であるので、通常のL-フェニルアラニン濃度(50-70μM)では、高濃度のL-チロシンの定量にほとんど影響を及ぼさない。表4では、L-チロシン(1,000μM)に対して、種々の濃度のL-フェニルアラニンを添加して、定量性について検討したが、定量の収率は100%であり、エラーは 10%以内であった。
【0076】
【表3】

* 参考文献[5]
【0077】
【表4】

【0078】
4. ヒト血清および血漿にL-チロシンを加えての定量性
種々のL-チロシンを含有する6種類のヒト血清 および血漿に、外からL-チロシンを加えて、定量性を検討した。定量は、PheDH-BSを用いて、上記の方法で定量した。図8に示すように、加えたL-チロシン量は、99.5% (R2= 0.99)の回収率で定量された。サンプルが最初から含んでいたL-フェニルアラニン は、これらの濃度 のL-チロシン定量に影響を及ぼさなかった。
【0079】
5. 正確性
L-チロシン定量の実験間の変動係数(CV)を表5に示した。5回の実験で、各種のL-チロシン濃度での変動係数(CV)は、0.79-2.58% となった。1回の実験内で6種類のサンプルを12の異なる条件で定量した時の変動係数(CV)は、0.8-4.2 %となった。
【0080】
【表5】

【0081】
6. Phe DH-BSを用いるL-チロシンのマイクロプレート法によるエンドポイント定量とUPLCによる分析の比較
血清サンプル(11種類 )についてL-チロシンを異なる濃度で加え、Phe DH-BSを用いるマイクロプレート法とUPLC法による定量性について比較した。L-チロシン(50 to 1,500μM)の濃度範囲で、定量性の相関係数は 0.999であった回帰性は (図9)。本酵素は、UPLC法と同様信頼のおけるものであった(表6)。
【0082】
【表6】

【0083】
参考文献:
[4] Tachibana S., Kuwamori Y., Asano Y. Discrimination of aliphatic substrate by a single amino acid substitution in Bacillus badius and Bacillus sphaericus phenylalanine dehydrogenase. Biosci. Biotechnol. Biochem. 73 (2009) 729-732.
[5] Okamoto N., Miyagi Y., Chiba A., Akaike M., Shiozawa M., Imaizumi A., Yamamoto H., Ando T., Yamakado M., Osamu T. Diagnostic modeling with differences in plasma amino acid profiles between non-cachectic colorectal/breast cancer patients and healthy individuals. Int. J. Med. Med. Sci. 1 (2009) 001-008.
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明は、アミノ酸に関連する診断の分野に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中に含まれるL-チロシンを定量する方法であって、
検体の一部をバチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素(以下PheDH-BBと略記する)及びNAD+とpHが9.0以上、11.0未満の緩衝液中で混合し、生成するNADHを定量する工程(1)、
前記検体の残りの少ないとも一部をバチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素 (以下PheDH-BSと略記する) 及びNAD+とpHが11.0以上、12.0未満の緩衝液中混合し、生成するNADHを定量する工程(2)、
工程(1)で得られたNADH量及び工程(2)で得られたNADH量の差分から、前記検体に含まれるL-チロシンを定量する方法。
【請求項2】
工程(1)をpHが10.0以上、10.4以下の緩衝液中で行う請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程(2)をpHが11.0以上、11.5以下の緩衝液中で行う請求項1に記載の方法。
【請求項4】
工程(1)及び工程(2)を1枚のマイクロウェルアレイプレート上の異なるウェルで並行して行い、各ウェル中の溶液のNADHの吸収に対応する吸光度を並行してまたは交互に測定することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
複数の検体のL-チロシン定量を1枚のマイクロウェルアレイプレートにて行う請求項4に記載の方法。
【請求項6】
チロシン血症の検査に用いられる、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
被験者からサンプリングした検体のL-チロシン濃度を請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法により測定し、前記測定されたL-チロシン濃度と、健常人が示すL-チロシン濃度範囲及びチロシン血症患者が示すL-チロシン濃度範囲と対比することを含む、チロシン血症の検査方法。
【請求項8】
以下の(1)〜(5)の試薬を含むL-チロシン定量用キット。
(1)バチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素(以下PheDH-BBと略記する)
(2)バチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素 (以下PheDH-BSと略記する)
(3)NAD+
(4)pHが9.0以上、11.0未満のPheDH-BB用緩衝液
(5)pHが11.0以上、12.0未満のPheDH-BS用緩衝液
【請求項9】
(4)PheDH-BB用緩衝液は(3)NAD+を含有する請求項8に記載のキット。
【請求項10】
(5)PheDH-BS用緩衝液は(3)NAD+を含有する請求項8に記載のキット。
【請求項11】
(6)マイクロウェル中の溶液の吸収度の測定が可能な構造のマイクロウェルアレイプレートをさらに含む請求項8〜10のいずれか1項に記載のキット。
【請求項12】
チロシン血症の検査に用いられる、請求項8〜11のいずれか1項に記載のキット。
【請求項13】
健常人が示すL-チロシン濃度範囲及びチロシン血症患者が示すL-チロシン濃度範囲を表示する説明書をさらに含む、請求項12に記載のキット。
【請求項14】
バチルス・バディウス(Bacillus badius)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素(以下PheDH-BBと略記する)を検出用電極に直接または間接的に固定化または配置したものであることを特徴とするL-チロシン定量に用いるための酵素センサー。
【請求項15】
前記検出用電極がNADH定量用電極であり、検体とNAD+とをpHが9.0以上、11.0未満の緩衝液中で混合し、生成するNADHを定量するために用いられる請求項14に記載の酵素センサー。
【請求項16】
バチルス・スフェリカス(Bacillus sphaericus)に由来するフェニルアラニン脱水素酵素 (以下PheDH-BSと略記する) を検出用電極に直接または間接的に固定化または配置したものであることを特徴とするL-チロシン定量に用いるための酵素センサー。
【請求項17】
前記検出用電極がNADH定量用電極であり、検体とNAD+とpHが11.0以上、12.0未満の緩衝液中混合し、生成するNADHを定量するために用いられる請求項16に記載の酵素センサー。
【請求項18】
請求項14または15に記載の酵素センサー(以下、PheDH-BB酵素センサーと称する)と請求項16または17に記載の酵素センサー(以下、PheDH-BS酵素センサーと称する)の組合せであって、PheDH-BB酵素センサーで得られたNADH量及びPheDH-BS酵素センサーで得られたNADH量の差分から、検体に含まれるL-チロシンを定量するために用いられる、組合せ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2012−183027(P2012−183027A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−48362(P2011−48362)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【出願人】(000236920)富山県 (197)
【Fターム(参考)】