説明

L−ホモセリン及びL−ホモセリンラクトンの製造法

【課題】農薬・医薬品中間体として有用な、L−ホモセリンを極めて安価な出発原料から簡便、効率的に製造する。
【解決手段】DL−ホモセリンラクトンを出発原料とし、アシル化した後、N-アシルホモセリンラクトナーゼによるラクトン環開環反応を行うとともに、該ラクトン環開裂反応により生成したDL−N−アシルホモセリンに対しN−アシルホモセリン−L−アシラーゼによる立体選択的脱アシル化反応を行うことによりL-ホモセリンを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農薬・医薬品中間体として有用な光学活性なL−ホモセリン又はその等価体であるL−ホモセリンラクトンの新規な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
L−ホモセリンは、ラジカルスカベンジャーであるL−O−カフェオイルホモセリン等の薬剤の構成要素であり、これら薬剤を量産する際の原料として使用される。また、L−ホモセリンはアミノ酸であり、アミノ酸製剤等の成分として、製薬・健康分野において大量かつ安価な供給が望まれている。
光学活性なL−ホモセリンの製造手段としては発酵法が報告されているが(非特許文献1)、実用化には至っていない。一方、本発明者は、ラセミ体N−アシルホモセリンをL−アシラーゼにより立体選択的に脱アシルすることによりL−ホモセリンを製造する方法について出願している(特願2010−026396)。この光学分割法の原料であるDL−N−アシルホモセリンは、DL−ホモセリンのアシル化により得られる。しかし、DL−ホモセリンはL−ホモセリンよりは安価であるが、工業原料としては割高である。また、ホモセリンのアシル化はO−アシルホモセリンやN,O−ジアシルホモセリンを副生し、その除去が必要となるなど、原料供給に改良の余地がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】鮫島広年、奈良高、藤田忠三、木下祝郎、農芸化学会誌、第34巻第 750〜754頁、1960年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従って、本発明の目的は、上記した本発明者の方法をさらに一歩進めて、極めて安価な原料から簡便、効率的ににL−ホモセリンを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、上記課題を解決すべく種々検討した結果、O−アシルホモセリンやN,O−ジアシルホモセリンを副生することなくDL−N−アシルホモセリンを得るには、DL−ホモセリンラクトンを出発原料とし、アシル化した後、開環および立体選択的脱アシル化によりL-ホモセリンを得るプロセスを採用し、これらプロセス中、上記開環脱アシル化は酵素法で行うのが最善であるという結論を得た。この理由は、まず、ホモセリンラクトンにおける水酸基は分子内のラクトン結合により保護されており、O−アシル化を受けないことに加え、DL−ホモセリンラクトンは、極めて安価であるという点にある。さらに、DL−N−アシルホモセリンラクトンの開環法には、アルカリ加水分解法、ラクトナーゼによる酵素分解法があるが、アルカリ加水分解法は、脱アシル反応に移行する際に、中和、脱塩が必要であるのに対し、酵素分解法は温和な条件下で進行し、N−アシルホモセリン−L−アシラーゼによる上記したような立体選択的な脱アシル反応と同時進行させれば、より安価な原料を用いて、一段階でL−ホモセリンの製造が可能となり、プロセスの簡略化も期待できる点にある。
【0006】
しかし、アシル化とそれに続く立体選択的脱アシル化を利用したアミノ酸の光学分割では、ホルミル基やアセチル基などの短鎖のアシル基がアシル化に用いられるが、このような短鎖のN−アシルホモセリンラクトンに作用するラクトナーゼは知られていない。また、既知のラクトナーゼについても、短鎖N−アシルホモセリンラクトンに対する活性は報告されていない。
このような実情に鑑み、本発明者は、短鎖N−アシルホモセリンラクトンをN−アシルホモセリンに加水分解するラクトナーゼを生産する微生物を探索した結果、エルウニア属に属する微生物の中にそのようなラクトナーゼを生産する微生物を見出し、それを用いることにより、N−アシルホモセリンラクトンから光学活性なL−ホモセリンを安価にかつ効率的に取得し得ることに成功した。
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
【0007】
(1)DL−N−アシルホモセリンラクトンからL−ホモセリンを製造する方法であって、DL−N−アシルホモセリンラクトンに対するN-アシルホモセリンラクトナーゼによるラクトン環開環反応を行うとともに、該ラクトン環開裂反応により生成したDL−N−アシルホモセリンに対しN−アシルホモセリン−L−アシラーゼによる立体選択的脱アシル化反応を行うことを特徴とする、L−ホモセリンの製造方法。
(2)上記ラクトン環の開環反応と立体選択的脱アシル化反応を同時に進行させることを特徴とする、上記(1)の製造方法。
(3)DL−N−アシルホモセリンラクトンがDL−ホモセリンラクトンのアシル化により得られたものであることを特徴とする、上記(1)又は(2)に記載の製造方法。
(4)N−アシルホモセリンラクトナーゼ及びN−アシルホモセリン−L−アシラーゼの酵素形態が、精製酵素、粗酵素、菌体処理物、あるいは培養処理物の形態であることを特徴とする、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の製造方法。
(5)N−アシルホモセリンラクトナーゼが、エルウニア属微生物由来の酵素であることを特徴とする、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の製造方法。
(6)エルウニア属微生物がエルウニア・サイプリペデイに属する微生物であることを特徴とする上記(5)に記載の製造方法。
(7)N−アシルホモセリン−L−アシラーゼが、エルウニア属、バルクホルデリア属、ペニシリウム属に属する微生物由来の酵素であることを特徴とする上記(1)〜(6)のいずれかに記載の製造方法。
(8)N−アシルホモセリンラクトナーゼ及びN−アシルホモセリン−L−アシラーゼがともに、エルウニア属に属する同一微生物由来の酵素であることを特徴とする、上記(1)〜(5)又は(7)のいずれかに記載の製造方法。
(9)微生物がエルウニア・サイプリペデイに属する微生物であることを特徴とする、上記(8)に記載の製造法法。
(10)以下の酵素学的性質を有することを特徴とする、N−アシルホモセリンラクトナーゼ。
(a)作用:N−ホルミルホモセリンラクトンをN−ホルミルホモセリンに加水分解する。
(b)基質特異性:N−ホルミルホモセリンラクトンの他、ホモセリンラクトンにも作用する。
(c)至適温度:45〜55℃
(d)至適pH:pH6〜7
(e)温度安定性:〜40℃
(f)pH安定性:pH6から9
(g)分子量:ベックマン・ウルトラスフェロゲル SEC3000 (7.5mm×30cm)カラムを用いたゲルパーミエイションクロマトグラフィーにて約97,000、SDS−PAGEにて29,000
(11)エルウニア属に属する微生物を培地に培養し、菌体若しくは培養物からN−アシルホモセリンラクトナーゼを採取することを特徴とする、上記(10)に記載のN−アシルホモセリンラクトナーゼの製造方法。
(12)エルウニア属に属する微生物が、エルウニア・サイプリペデイに属する微生物であることを特徴とする、上記(11)に記載の製造方法。
(13)DL−N−アシルホモセリンラクトンに上記(10)に記載の酵素あるいは該酵素含有物を接触させることを特徴とする、DL−N−アシルホモセリンの製造方法。
(14)上記(1)〜(9)のいずれか記載の製造法において、さらにL−ホモセリンを脱水環化することを特徴とする、L−ホモセリンラクトンの製造法。
(15)N−アシルホモセリンラクトナーゼを含有することを特徴とする、DL−N−アシルホモセリンラクトンのラクトン環開環剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、医薬品又は化学薬品の製造原料として有用なL−ホモセリンあるいはL−ホモセリンラクトンを、極めて安価なDL−N−アシルホモセリンラクトンから簡便、かつ効率的に製造することが可能となる。特に本発明の菌株であるエルウニア・サイプリペデイ314B(FERM P−19195)株は、上記DL−N−アシルホモセリンラクトンからL−ホモセリン製造に関与するN−アシルホモセリンラクトナーゼとN−アシルホモセリン−L−アシラーゼをともに保有しているので、該菌株の菌体あるいは培養処理物の使用により、DL−N−アシルホモセリンラクトンからL−ホモセリンへの変換は、さらに簡便、効率的になり、L−ホモセリンの生産性向上に大いに寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】エルウニア・サイプリペデイ314B(FERM P−19195)から調製した粗酵素液をDL−N−ホルミルホモセリンラクトンに作用させた場合における、L−ホモセリン濃度の経時変化を測定した結果を示すグラフである。
【図2】N−アシルホモセリン−L−アシラーゼに本発明のN−アシルホモセリンラクトナーゼを組み合わせて、DL−N−ホルミルホモセリンラクトンに作用させた場合における、L−ホモセリン濃度の経時変化を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明におけるL−ホモセリンの製造法は、図1にその概要が示され、DL−N−アシルホモセリンラクトンに本発明のN−アシルホモセリンラクトナーゼ及びN−アシルホモセリン−L−アシラーゼを作用させて、L−ホモセリンを製造するものである。上記N−アシルホモセリンラクトナーゼ及びN−アシルホモセリン−L−アシラーゼは、N−アシルホモセリンラクトンに同時に接触させてもよいし、また、DL−N−アシルホモセリンラクトンにN−アシルホモセリンラクトナーゼを作用させ、DL−N−アシルホモセリンに変換後、生成物を単離あるいは単離しないでさらにN−アシルホモセリン−L−アシラーゼを作用させてもよい。
【0011】
上記DL−N−アシルホモセリンラクトンは、安価なホモセリンラクトンを原料として化学合成法によりアシル化することにより、大量かつ安価に製造でき、しかも、上記ホモセリンラクトンにおいては、ホモセリンの水酸基が分子内ラクトン環の形成により保護されているので、DL-ホモセリンを原料とした場合のように、O−アシル化反応が起こらないため、O−アシル化ホモセリンの除去等の操作の必要性はなくなる。したがって、このようなDL−N−アシルホモセリンラクトンを使用する酵素反応系により、L−ホモセリンを効率的かつ安価に製造できる。
本発明において用いるN−アシルホモセリンラクトナーゼは新規酵素であり、アシル基がホルミル基のような短鎖のDL−N−アシルホモセリンラクトンを基質として、ラクトン環を加水分解により開環し、DL−N−アシルホモセリンに変換する酵素である。
【0012】
本発明のN−アシルホモセリンラクトナーゼは、エルウニア属に属する微生物由来のものである。該微生物をより具体的に示すと、例えば、エルウニア・サイプリペデイに属する微生物が挙げられ、代表的な該酵素産生菌株としては、エルウニア・サイプリペデイ314B(FERM P−19195)が挙げられる。
エルウニア・サイプリペデイ314B(FERM P−19195)は、短鎖DL−N−アシルホモセリンラクトンに作用するN−アシルホモセリンラクトナーゼ生産菌の探索中、保存菌株に見出されたものである。本菌株の菌学的性質は、特許公報(特許第3928046号)に記載されており、本発明に係る微生物は、この菌学的性質を指標として、土壌、河川水、湖沼水、汚泥などから、N−アシルホモセリンラクトナーゼ活性に基づき、平板分離法や集積培養法などのスクリーニングを行うことにより得ることができる。
【0013】
本発明におけるN−アシルホモセリンラクトナーゼ生産菌としては、上記エルウニア・サイプリペデイ314B(FERM P−19195)が好ましいが、これらの誘導株も同様に好ましい。「誘導株」とは、上記菌株から天然に又は化学的若しくは物理的処理によって誘導される菌株であって、依然としてN−アシルホモセリンラクトナーゼを生産する能力を保持あるいは向上した菌株を指す。微生物は、その培養条件(例えば培地組成、温度など)や、化学的若しくは物理的処理(例えばガンマ線照射など)によって変異が誘発されることが知られている。本発明においては、N−アシルホモセリンラクトナーゼを生産する能力を保持する限り、そのような誘導株も好ましく用いることができる。
【0014】
ある菌株がN−アシルホモセリンラクトナーゼを生産する能力は、例えば後記する実施例1に記載のように、DL−N−アシルホモセリンラクトンに菌体抽出物あるいはパーミアブル菌体を作用させ、反応液中のDL−N−アシルホモセリンの濃度を測定することにより簡便に確認することができる。
一方、本発明においては、上記したように、N−アシルホモセリンラクトナーゼの作用により生成したDL−N−アシルホモセリンは、N−アシルホモセリン−L−アシラーゼの立体選択的脱アシル化作用により、L−アシルホモセリンのみが脱アシル化され、これによりL−ホモセリンが得られる。
【0015】
本発明で使用するN−アシルホモセリン−L−アシラーゼは、例えば、バルクホルデリア属、ペニシリウム属あるいはエルウニア属由来の酵素であって、より具体的には、バルクホルデリアデリア・テラ308B(FERM P−21871)株、エルウニア・サイプリペデイ314B(FERM−P19195)株、ペニシリウム・シンプリシマム203F(FERM P−21869)株、あるいはペニシリウム・グラブラム463F(FERM P−21870)の産生酵素が好ましく、これらについては、本発明者の先の出願明細書(特願2010−026396)に記載されている。
【0016】
本発明において上記N−アシルホモセリンラクトナーゼ産生微生物あるいはN−アシルホモセリン−L−アシラーゼ産生微生物の培養法、培地組成等には一切の制限がなく、該酵素が効率的に生産されるものであれば、何れでも用いることができる。例えば、培地として、炭素源、窒素源、無機塩類を含有する培地を用いて、各種培養条件を用いて培養を行うことができる。炭素源としては、澱粉又はその組成画分、焙焼デキストリン、加工澱粉、澱粉誘導体、物理処理澱粉及びアルファ澱粉等の炭水化物などを用いることができる。具体例としては、例えば、可溶性澱粉、トウモロコシ澱粉、馬鈴薯澱粉、甘薯澱粉、デキストリン、アミロペクチン、アミロース等が挙げられる。窒素源としては、ポリペプトン、カゼイン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカー又は大豆若しくは大豆粕等の抽出物等の有機窒素源物質、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機窒素化合物を用いることができる。そして、無機塩類としては、塩化第一鉄、塩化第二鉄、硫酸第一鉄、硫酸第二鉄等の鉄イオン含有化合物、リン酸カリウム塩、リン酸ナトリウム塩等のリン酸塩、硫酸マグネシウム等のマグネシウム塩、塩化カルシウム等のカルシウム塩、塩化ナトリウム等のナトリウム塩を用いることができる。また培地は、固体培地及び液体培地のいずれも使用することができる。
【0017】
培養方法も特に限定されるものではなく、振盪培養、通気撹拌培養、静置培養などの公知の培養方法を用いることができる。また、温度、pH、培養期間等のその他の培養条件も、該微生物が生育し、該酵素活性を生産し得る条件であれば適宜選択されて培養が行われることが好ましい。例えば、培養は、振盪培養若しくは通気撹拌培養等の好気的条件下において、培地をpH3〜9の範囲、好ましくはpH5〜8に調整し、温度10〜50℃の範囲、好ましくは20〜30℃で実施し、通常1〜15日間培養するのが望ましい。
また、本発明において使用するN−アシルホモセリンラクトナーゼ及びN−アシルホモセリン−L−アシラーゼの酵素形態は、精製酵素の形態でもよいが、菌体破砕物等の菌体処理物、あるいは培養物、培養処理物の形態でもよく、酵素として作用しうる形態であれば、何ら制限がない。
【0018】
例えば微生物の菌体そのままの形態、これらの菌体あるいはその破砕物を適当な溶媒中に溶解若しくは懸濁した形態、あるいは微生物の菌体を保存可能なように凍結又は乾燥した形態で用いてもよく、さらに培養物を濾過、遠心分離して若しくは脱水して得た菌体にパーミアブル化等の処理を行って使用してもよいし、培養物を水等で希釈して使用してもよい。また、微生物の菌体あるいは培養物から粗酵素の形態で使用してもよいし、さらに精製したものを使用してもよい。N−アシルホモセリンラクトナーゼあるいはN−アシルホモセリン−L−アシラーゼの精製法それ自体公知の酵素精製法を用いることが可能であり、例えば、菌体破砕物から菌体を除去後、硫安分画法等を用いて酵素濃縮後、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過等を適宜組み合わせて行うことができるが、微生物の菌体あるいはその培養物からのN−アシルホモセリンラクトナーゼあるいはN−アシルホモセリン−L−アシラーゼの抽出法や精製法等の形態には、何ら限定されない。
【0019】
また、N−アシルホモセリンラクトナーゼあるいはN−アシルホモセリン−L−アシラーゼ、又はこれら酵素を含有する菌体を不溶性の担体に固定化して用いても良い。このような形態は、当技術分野で公知の方法に従って適宜調整することができる。また、使用する微生物の菌体又はそれから抽出したN−アシルホモセリンラクトナーゼの量、及び共存させるN−アシルホモセリン−L−アシラーゼの量は、DL−N−アシルホモセリンラクトンの存在量などを考慮して、望ましい結果が得られるように決定することもできる。
さらに、N−アシルホモセリンラクトナーゼによるDL−N−アシルホモセリンラクトンの加水分解とそれに続くN−アシルホモセリン−L−アシラーゼによるL−N−アシルホモセリンの立体選択的脱アシル化をさらに効率的に行うために、他の追加成分を使用してもよく、そのような追加成分としては、限定するものではないが、硫酸コバルトや塩化亜鉛等の塩類が挙げられる。
【0020】
本発明においては、N−アシルホモセリンラクトナーゼによるDL−N−アシルホモセリンラクトンのラクトン環開環とそれに続くN−アシルホモセリン−L−アシラーゼによるDL−N−アシルホモセリンの立体選択的脱アシル化を別工程として2段階に分けて行ってもよいが、本発明においては、N−アシルホモセリンラクトナーゼとN−アシルホモセリン−L−アシラーゼを同一反応容器中に共存させて、DL−N−アシルホモセリンラクトンに上記両酵素を接触させ、そのラクトン環の開裂とそれに続くDL−N−アシルホモセリンの立体選択的脱アシル化反応を同時に進行させて、一段階でDL−N−アシルホモセリンラクトンからL−ホモセリンを製造することが可能となり、大幅な効率アップが図れる。
【0021】
さらに、上記したことから明らかなように、本発明のN−アシルホモセリンラクトナーゼを産生するエルウニア属微生物は、N−アシルホモセリン−L−アシラーゼも産生する。したがって、本発明において、このエルウニア・サイプリペデイ314B(FERM P−19195)株の上記両酵素を含有する粗酵素、菌体処理物、あるいは培養物、培養処理物等をN−アシルホモセリンラクトンを作用させることにより、一段階でL−ホモセリンを生産することが可能となる。この一段階法に用いる酵素の形態にも何ら制限がなく、上記で例示した酵素形態は、精製酵素の形態を除き、いずれも用いることができる。
【0022】
以上の酵素反応により、L−ホモセリンとD−N−アシルホモセリンを含む懸濁液が得られるので、通常の単離・精製方法、例えば遠心分離や濾過、タンパク質又は核酸分解試薬を使用して、微生物菌体及びそれに由来する成分を取り除く。続いて、生成したL−ホモセリンとD−N−アシルホモセリンは、イオン交換クロマトグラフィー等により容易に分離できる。更に必要に応じて、再結晶、再沈殿、クロマトグラフィー等の当技術分野で公知の任意の方法を単独で又は組み合わせて用いることによりL−ホモセリンを精製することができる。
【0023】
このようにして製造されるL−ホモセリンは、光学純度(鏡像体過剰率)が高い。例えば、L−ホモセリンの鏡像体過剰率は、約70%e.e.以上、好ましくは約80%e.e.以上、より好ましく約90%e.e.以上、最も好ましくは95%〜100%e.e.である。
また、ホモセリンとホモセリンラクトンは平衡混合物として存在し、この平衡は、酸性条件下ではホモセリンラクトン方向に、そしてアルカリ性条件ではホモセリンの方向に傾くことが知られている。したがって、上述のようにして得られたL−ホモセリンを酸性条件下での還流などの公知の方法で脱水環化することによって、L−ホモセリンラクトンを製造することができる。例えば、2規定濃度の塩酸で、2時間の煮沸処理を行うことによりL−ホモセリンはL−ホモセリンラクトンに変換することができる。
【0024】
しかしながら、本製造方法においては、L−ホモセリンからL−ホモセリンラクトンを製造する公知の方法であれば特に限定されるものではない。
以上のようにして、本発明に係る微生物又はそれから抽出したN−アシルホモセリンラクトナーゼを用いることにより、簡便かつ効率的にDL−N−アシルホモセリンラクトンよりL−ホモセリン及びL−ホモセリンラクトンを製造できる。
また、本発明のN−アシルホモセリンラクトナーゼ及びその含有物は、DL−N−アシルホモセリンラクトンのラクトン環の開環剤として有用である。
【0025】
本開環剤の形態は特に限定されず、微生物の菌体そのままの形態、菌体破砕物、これらを溶媒中に溶解若しくは懸濁した形態、あるいは微生物の菌体を保存可能なように凍結又は乾燥した形態、透過性を増すために微生物菌体を有機溶剤等で処理した形態、更にはこれらを不溶性担体に固定化した形態など、任意の形態をとることができる。また、該菌体を含む培養物、及び抽出あるいはさらに精製したN−アシルホモセリンラクトナーゼについても、同様に任意の形態をとりうる。このような形態は、当技術分野で公知の方法に従って適宜調整することができる。
また、本開環剤は、他の成分を含んでもよい。他の成分は、微生物の菌体又はそれから抽出したN−アシルホモセリンラクトナーゼの分解能を損なわないものであれば特に限定されるものではなく、例えば、リン酸塩などのpH調整剤、酵母エキスやビオチンなどの賦活剤、カルボキシメチルセルロースや乳糖などの賦形剤等が挙げられる。
以下、本説明を実施例により更に詳細に説明する。なお、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0026】
実施例1
保存菌株を下記の培地に接種し、30℃で震盪培養した。菌体を集め、ガラスビーズ法で菌体を破砕し、無細胞抽出物を得、粗酵素液とし、N−アシルホモセリンラクトナーゼ活性を測定した。
培地:コハク酸 20.0、KHPO 3.0、硫酸アンモニウム 2.0、酵母エキス 1.0、MgSO・7HO 0.3、CaCl・2HO 0.1、NaCl 0.1g/l,pH5.0
[活性測定法]100mMのDL−N−ホルミルホモセリンラクトンを含む100mM MES緩衝液
(pH6.5)200μlを37℃で3分間加温した後、酵素液50μlを加え、反応を開始した。37℃で30分間反応後、沸騰水浴上に1分間置き、反応を停止した。遠心により不溶物を除いた後、生成したDL−N−ホルミルホモセリンをGLサイエンス社製イナートシルODS−3カラムを用いた高速液体クロマトグラフィーで定量した。酵素1Uは、上記の反応条件下で、1分間に1μmoleのDL−N−ホルミルホモセリンを遊離する酵素量とした。
供試した保存菌株のうち、エルウニア・サイプリペデイ314B(FERM P−19195)が、0.92U/ml,0.29U/mg蛋白の活性を示した。
【0027】
実施例2
実施例1で調製したエルウニア・サイプリペデイ314B(FERM P−19195)の粗酵素液のN−アシルホモセリン−L−アシラーゼ活性を測定したところ、0.50U/ml,0.15U/mg蛋白の活性が検出された。また、生成したL−ホモセリンの光学純度(鏡像体過剰率)は、99%e.e.以上であった。なお、N−アシルホモセリン−L−アシラーゼ活性の測定は、下記の方法に拠った。
[活性測定法]25mMのDL−N−ホルミルホモセリンを含む125mM MOPS緩衝液(pH7.0)200μlと5mM CoSO 5μlを混じ、37℃で3分間加温した後、酵素液45μlを加え、反応を開始した。37℃で30分間反応後、沸騰水浴上に1分間置き、反応を停止した。遠心により不溶物を除いた後、生成したホモセリンのD−体とL−体それぞれを光学分割カラム[ダイセル化学工業社製、CrownPak CR (+)]を用いた高速液体クロマトグラフィーで定量した。酵素1Uは、上記の反応条件下で、1分間に1μmoleのL−ホモセリンを遊離する酵素量とした。
【0028】
実施例3
実施例1の培地を用いてエルウニア・サイプリペデイ314B(FERM P−19195)を30℃で15時間、振盪培養した。菌体を遠心により集め、50mM Tris緩衝液(pH7.0)で二回洗浄した後、Braun社製MSKセルホモゼェナイザーで破砕、遠心後の上清を粗酵素液とした。この粗酵素液から以下の操作によりN−アシルホモセリンラクトナーゼを精製した。先ず、粗酵素液に対し硫安を30%飽和となるように加え夾雑物を沈殿させ、遠心により除去した。上清液に対して更に硫安を60%飽和となるように加えた。沈殿した酵素を遠心により集め、1.2Mの硫安を含む50mM Tris緩衝液(pH7.0)に再溶解し、同じ緩衝液で平衡化したブチルトヨパールカラムに供した。吸着された活性画分を、移動相中の硫安濃度を直線的に低下させることにより溶離した。得られた活性画分を10%のエチレングリコールを含む10mM Tris緩衝液(pH7.0)で透析した後、同じ緩衝液で平衡化したフラクトゲルEMD DEAEカラムに吸着させ、次いで移動相中にNaClを直線的に加えることにより溶出させた。得られた活性画分を10mMリン酸緩衝液で平衡化したヒドロキシアパタイトカラムを通過させ夾雑蛋白質を除いた後、10%のエチレングリコールを含む10mM Tris緩衝液(pH7.0)で平衡化したDEAE MemSep1000カラムに吸着させ、移動相中にNaClを直線的に加えることにより、目的酵素を溶出させた。このようにして得られた酵素標品は、SDS−PAGEで単一バンドを与えた。この一連の精製操作によりN−アシルホモセリンラクトナーゼは、330倍に精製された。
【0029】
得られたN−アシルホモセリンラクトナーゼの酵素学的性質は以下に示される。
(a)N−ホルミルホモセリンラクトンに対するKm値は17.6mM、Vmax値は369 U/mg。
(b)基質特異性:N−ホルミルホモセリンラクトンの他、ホモセリンラクトンにも作用する。ホモセリンラクトンに対するKm値は33.6mM、Vmax値は887U/mg。(S)−5−オキソ−2−テトラヒドロフランカルボン酸、(R)−5−オキソ−2−テトラヒドロフランカルボン酸、2−オキソテトラヒドロフラン−4,5−ジカルボン酸に作用しない。
(c)至適温度:45〜55℃
(d)至適pH:pH6〜7
(e)温度安定性:pH7において40℃までの温度に10分間保っても、95%以上の活性が残存。
(f)pH安定性:4℃においてpH6から9に24時間保っても95%以上の活性が残存。
(g)分子量:ベックマン・ウルトラスフェロゲル SEC3000(7.5mm×30cm)カラムを用いたゲルパーミエイションクロマトグラフィーにて約97,000、SDS−PAGEにて29,000。
(h)阻害剤・賦活剤など:O-フェナンスロリン、2,2’−ビピリジル、EDTAにより弱程度(<20%)、AgNO、N−ブロモスクシンイミドにより強程度(>90%)の阻害を受ける。PMSF(フェニルメチルスルフォニルフルオライド)、ヒドロキシアミン、CoSO、MgCl、MnCl、NiSO、ZnClで阻害・賦活されない。
上記の通り、本酵素は特許公報(特許第3928046号)記載のラクトナーゼと基質特異性、分子量などの諸性質を異にし、別の酵素であることが明かである。
【0030】
実施例4
実施例3と同様にエルウニア・サイプリペデイ314B(FERM P−19195)から粗酵素液を調製した。この粗酵素液を0.1mMのCoSOを含む100mM MES緩衝液(pH6.5)中において37℃で100mMのDL−N−ホルミルホモセリンラクトンに作用させた。経時的に反応液を採取し、L−ホモセリンを定量した。図1に示す通り、N−ホルミルホモセリンラクトンからL−ホモセリンが生成した。
【0031】
実施例5
1)実施例1に示す培地でペニシリウム・シンプリシシマム203Fを培養した。菌体を濾過により集め、50mM MES緩衝液(pH7.0)で二回洗浄した後、Braun社製MSKセルホモゼェナイザーで破砕、遠心後の上清を粗酵素液とした。この粗酵素液に対し硫安を1.7Mとなるように加えた。沈殿した夾雑物を遠心により除いた後、1.7Mの硫安を含む50mM MES緩衝液(pH7.0)で平衡化したブチルトヨパールカラムに供した。吸着された活性画分を、移動相中の硫安濃度を直線的に低下させることにより溶離した。得られた活性画分を10mM Tris緩衝液(pH7.0)で透析した後、同じ緩衝液で平衡化したフラクトゲルEMD DEAEカラムに吸着させ、次いで移動相中にNaClを直線的に加えることにより溶出させた。得られた活性画分を10mM Tris緩衝液(pH7.0)で透析した後、同じ緩衝液で平衡化したDEAE MemSep1000カラムに吸着させ、移動相中にNaClを直線的に加えることにより溶出させた。得られた活性画分を10mMリン酸緩衝液で平衡化したヒドロキシアパタイトカラムに吸着させ、移動相中のリン酸濃度を直線的に上げることにより、目的酵素を溶出させた。この一連の精製操作によりN−アシルホモセリン−L−アシラーゼは、450倍に精製され、SDS−PAGEで単一バンドを与えた。本アシラーゼの性質を以下に示す。
【0032】
(a)N−ホルミルホモセリン対するKm値は79.8mM、Vmax値は368U/mg。
(b)基質特異性: N−アセチルホモセリン(29%)、N−アセチルアラニン(13%)、N−アセチルグルタミン酸(11%)にも弱く作用する。尚、()内の数字は、N−ホルミルホモセリンに対する活性を100%とした場合の相対活性である。N−アセチルフェニルアラニンやN−アセチルペニシラミンには作用しない。
(c)至適温度:55〜65℃
(d)至適pH:pH8〜9
(e)温度安定性:pH7において50℃までの温度に10分間保っても、95%以上の活性が残存。
(f)pH安定性:4℃においてpH6.5から8.5に24時間保っても95%以上の活性が残存。
(g)分子量:ベックマン・ウルトラスフェロゲル SEC3000(7.5mm×30cm)カラムを用いたゲルパーミエイションクロマトグラフィーにて約84,000、SDS−PAGEにて37,000。
(h)阻害剤・賦活剤など: NiSO、2,2”−ビピリジルにより弱程度(<20%)、MnCl、AgNO、EDTA、N−ブロモスクシンイミドにより強程度(>90%)の阻害を受ける。PMSF(フェニルメチルスルフォニルフルオライド)、ヒドロキシアミンで阻害・賦活されない。CoSO、ZnCl、MgClにより、それぞれ、1.9、1.4、1.1倍に賦活される。
【0033】
2)100mMのDL−N−ホルミルホモセリンラクトンと0.1mMのCoSOを含む100mM MES緩衝液(pH6.5)に、上記1)で精製したN−アシルホモセリン−L−アシラーゼおよび上記実施例3で得たN−アシルホモセリンラクトナーゼをそれぞれ0.2U/mlおよび1.2U/mlとなるように加え、37℃でインキュベートした。経時的に反応液を採取し、L−ホモセリンを定量した。その結果を図2に示す。図2よりN−アシルホモセリン−L−アシラーゼ活性は0.2U/mlと算出され、DL−N−ホルミルホモセリンラクトンからのDL−N−ホルミルホモセリンの供給が律速になっていないこと、即ち、N−アシルホモセリンラクトナーゼの効果が実証された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明により、L−ホモセリンの簡便な製造法が提供される。この方法を利用して健康補助食品、医薬品又は化学薬品の製造原料として有用なL−ホモセリン及びL−ホモセリンラクトンを簡便かつ効率的に製造することができる。
【受託番号】
【0035】
FERM P−21869
FERM P−21870
FERM P−21871
FERM P−19195


【特許請求の範囲】
【請求項1】
DL−N−アシルホモセリンラクトンからL−ホモセリンを製造する方法であって、DL−N−アシルホモセリンラクトンに対するN-アシルホモセリンラクトナーゼによるラクトン環開環反応を行うとともに、該ラクトン環開裂反応により生成したDL−N−アシルホモセリンに対しN−アシルホモセリン−L−アシラーゼによる立体選択的脱アシル化反応を行うことを特徴とする、L−ホモセリンの製造方法。
【請求項2】
上記ラクトン環の開環反応と立体選択的脱アシル化反応を同時に進行させることを特徴とする、請求項1の製造方法。
【請求項3】
DL−N−アシルホモセリンラクトンがDL−ホモセリンラクトンのアシル化により得られたものであることを特徴とする、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
N−アシルホモセリンラクトナーゼ及びN−アシルホモセリン−L−アシラーゼの酵素形態が、精製酵素、粗酵素、菌体処理物、あるいは培養処理物の形態であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
N−アシルホモセリンラクトナーゼが、エルウニア属微生物由来の酵素であることを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
エルウニア属微生物がエルウニア・サイプリペデイに属する微生物であることを特徴とする請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
N−アシルホモセリン−L−アシラーゼが、エルウニア属、バルクホルデリア属、ペニシリウム属に属する微生物由来の酵素であることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
N−アシルホモセリンラクトナーゼ及びN−アシルホモセリン−L−アシラーゼがともに、エルウニア属に属する同一微生物由来の酵素であることを特徴とする、請求項1〜5又は7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
微生物がエルウニア・サイプリペデイに属する微生物であることを特徴とする、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
以下の酵素学的性質を有することを特徴とする、N−アシルホモセリンラクトナーゼ。
(a)作用:N−ホルミルホモセリンラクトンをN−ホルミルホモセリンに加水分解する。
(b)基質特異性:N−ホルミルホモセリンラクトンの他、ホモセリンラクトンにも作用する。
(c)至適温度:45〜55℃
(d)至適pH:pH6〜7
(e)温度安定性:〜40℃
(f)pH安定性:pH6から9
(g)分子量: ベックマン・ウルトラスフェロゲル SEC3000(7.5mm×30cm)カラムを用いたゲルパーミエイションクロマトグラフィーにて約97,000、SDS−PAGEにて29,000
【請求項11】
エルウニア属に属する微生物を培地に培養し、菌体若しくは培養物からN−アシルホモセリンラクトナーゼを採取することを特徴とする、請求項10に記載のN−アシルホモセリンラクトナーゼの製造方法。
【請求項12】
エルウニア属に属する微生物が、エルウニア・サイプリペデイに属する微生物であることを特徴とする、請求項11に記載の製造方法。
【請求項13】
DL−N−アシルホモセリンラクトンに請求項10に記載の酵素あるいは該酵素含有物を接触させることを特徴とする、DL−N−アシルホモセリンの製造方法。
【請求項14】
請求項1〜9のいずれか記載の製造法において、さらにL−ホモセリンを脱水環化することを特徴とする、L−ホモセリンラクトンの製造法。
【請求項15】
N−アシルホモセリンラクトナーゼを含有することを特徴とする、DL−N−アシルホモセリンラクトンのラクトン環開環剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−143183(P2012−143183A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−3533(P2011−3533)
【出願日】平成23年1月12日(2011.1.12)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】