説明

L−DOPAを蓄積する植物細胞及びその利用

【課題】L-DOPAを産生する植物細胞の作製法とその細胞を利用した生理活性物質の製造法の提供。
【解決手段】植物プロモーターの制御下で導入された菌類由来チロシナーゼ遺伝子を有する、L-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞及びその利用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、L-DOPAを産生する植物細胞及びその作出法、並びにその細胞を利用した生理活性物質の生産法に関する。
【背景技術】
【0002】
L-DOPA(3,4-ジヒドロキシ-L-フェニルアラニン(3,4-dihydroxy-L-phenylalanine))は、脳内神経伝達物質であるドーパミンの前駆物質であり、パーキンソン病治療薬として使用されている。また、L-DOPAはモルヒネ、ベルベリン、ベタレインなどの様々な生理活性物質(アルカロイド)の前駆体でもあり、医薬や食品の開発にとって重要な化合物である(非特許文献1)。しかしながら、これら生理活性物質の製造は植物組織からの精製に依存しており(非特許文献2)、希少植物資源の乱獲による枯渇や精製コストの高騰を招く恐れがある。
【0003】
近年、ドーパミンやモルヒネ、ベルベリン、ベタレイン等の生合成を触媒する酵素及び遺伝子が報告されてきているが(非特許文献3〜5)、その生合成を異種細胞(大腸菌や酵母等)において再構築することは現在の技術では多くの場合困難である。それには2つの主原因が考えられ、1)前駆物質であるL-DOPAを高蓄積する細胞が存在しないこと、また、2)対応する生合成酵素遺伝子を異種発現した場合に、本来の酵素活性を示さないことであった。そのため、現在のところL-DOPAの生産は不斉触媒を用いる有機合成により工業的に行われている。
【0004】
L-DOPAはマメ科植物のムクナ(Mucuna pruriens)生体内において高濃度で蓄積していることが知られている(非特許文献1)。しかし、この植物の形質転換系は確立されておらず、有用生理活性物質の生産に利用された例もない。植物生体内では、L-DOPAはアミノ酸のチロシンからチロシナーゼによる酸化反応で生合成されると考えられているが、植物におけるチロシナーゼ遺伝子に関する知見は少なく、チロシンからのL-DOPA生成を触媒するチロシナーゼ遺伝子は報告されていない。一方、菌類きのこ類ではメラニン生合成の中間産物としてL-DOPAを蓄積し、そのL-DOPA生成にチロシナーゼ/ポリフェノールオキシダーゼ(PPO)遺伝子が関与していることが知られている(特許文献1)。チロシナーゼは活性部位に銅イオンを含んでいる金属含有タンパク質(メタロプロテイン)であり生物界に広く分布する酵素である。特許文献1にはシイタケチロシナーゼ遺伝子及びそれにコードされるシイタケチロシナーゼタンパク質のアミノ酸配列が開示されている。しかし、菌類由来のチロシナーゼは、通常、異種発現システムでは、酵素活性を維持したタンパク質として大量に精製することが困難であり、精製酵素の商業的利用は行われていない。近年、植物細胞内で生合成経路を再構築する生理活性物質の生産法が開発されている(特許文献2〜5)。具体的には、特許文献2には、イソキノリンアルカロイドの生合成に関与する遺伝子及びそれを導入した形質転換体が開示されている。特許文献3には、新規P450遺伝子及びそれを用いたイソキノリンアルカロイド生産法が開示されている。特許文献4には、植物ベンジルイソキノリンアルカロイド生産方法が、特許文献5には、アルカロイドの生産性制御因子及びその利用法が開示されている。
【0005】
しかし、従来の知見では、L-DOPAを高濃度に蓄積する植物培養細胞は、遺伝子組換え体及び非組換え体のいずれについても報告されておらず、L-DOPA産生細胞の構築は困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−174586号公報
【特許文献2】特開2004−121233号公報
【特許文献3】特開2008−54644号公報
【特許文献4】特開2009−225669号公報
【特許文献5】特開2006−149333号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】船山信次、「アルカロイド 毒と薬の宝庫」、共立出版、(1998)、1.2 L-ドーパとドーパミン p.33-35
【非特許文献2】駒嶺穆ら、「植物細胞培養と有用物質」、シーエムシー出版、(2000)、第3章 各種有用物質の生産、1.医薬品・生理活性物質 p.78-146
【非特許文献3】Manayath Damodaran and Raghaviah Ramaswamy (1937) Biochem. J., 31: p.2149-2152.
【非特許文献4】Hagel J.M., Facchini P.J., (2010) Nat. Chem. Biol., 6(4), p.273-275
【非特許文献5】Sasaki N. et al., (2009) Plant Cell Physiology, 50, p.1012-1016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、L-DOPAを産生する植物細胞の作製法とその細胞を利用した生理活性物質の生産法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、菌類由来チロシナーゼ遺伝子を植物細胞に遺伝子導入すると、意外にも、菌類由来チロシナーゼを植物細胞で効率良く機能させることができること、さらに、その活性によりチロシンから生成されたL-DOPAを、その植物細胞内に蓄積させることができることを見出し、さらに本形質転換植物細胞を用いてL-DOPA由来のアルカロイドを生産させることにも成功して、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] 植物プロモーターの制御下で導入された菌類由来チロシナーゼ遺伝子を含む、L-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞。
この形質転換植物細胞の好ましい一つの態様では、菌類由来チロシナーゼ遺伝子は担子菌類由来チロシナーゼ遺伝子である。
この形質転換植物細胞のさらに好ましい一つの態様では、担子菌類由来チロシナーゼ遺伝子は、以下の(a)〜(e)のいずれかのDNAからなる:
(a) 配列番号1に示される塩基配列からなるDNA、
(b) 配列番号1に示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつチロシナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(c) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるチロシナーゼタンパク質をコードするDNA、
(d) 配列番号2に示されるアミノ酸配列において1〜50個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、チロシナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(e) 配列番号2に示されるアミノ酸配列に対し90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、チロシナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA。
このような形質転換植物細胞は、好ましくは、ナス科植物細胞である。
[2] 菌類由来チロシナーゼ遺伝子を植物プロモーターの制御下で植物細胞に導入し、形質転換細胞を取得することを含む、L-DOPAを蓄積する形質転換植物細胞の作製方法。
[3] 上記[1]の形質転換植物細胞を培養し、細胞培養物からL-DOPAを採取することを含む、L-DOPAの製造方法。
[4] 上記[1]の形質転換植物細胞にL-DOPA変換酵素遺伝子をさらに導入することを含む、L-DOPA由来アルカロイドを生産する形質転換植物細胞の作製方法。
この方法の好ましい一つの態様では、L-DOPA変換酵素遺伝子はDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子である。
[5] 上記[1]の形質転換植物細胞にL-DOPA変換酵素遺伝子がさらに導入されている、L-DOPA由来アルカロイドを生産する形質転換植物細胞。
この形質転換植物細胞の好ましい一つの態様では、L-DOPA変換酵素遺伝子はDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子である。
[6] 上記[5]の形質転換植物細胞を培養し、得られる細胞培養物からL-DOPA由来アルカロイドを採取することを含む、アルカロイドの製造方法。
この方法の好ましい一つの態様では、L-DOPA変換酵素遺伝子はDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子であり、L-DOPA由来アルカロイドはベタキサンチン類である。
[7] L-DOPA変換酵素遺伝子としてDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子を用いた上記[5]の形質転換植物細胞を再生させて得られる、花色が改変された形質転換植物体。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、L-DOPAを高蓄積する植物細胞の作製が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1はL-DOPA、及びL-DOPA誘導体の生合成経路の一例を示す図である。
【図2】図2は実施例において植物細胞への遺伝子導入に使用したバイナリーベクターの構造図を示す図である。図2Aは、シイタケチロシナーゼ遺伝子を組み込んだバイナリーベクターの構造図を示す。図2Bは、オシロイバナDOD遺伝子を組み込んだバイナリーベクターの構造図を示す。図中、「RB」は右側境界配列、「35Spro」はカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター、「LB」は左側境界配列を表す。また「NPTII」はカナマイシン耐性遺伝子、「LeTyr」はシイタケチロシナーゼ遺伝子、「HPT」はハイグロマイシン耐性遺伝子、「rbcT」はシロイヌナズナリブロース1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(RuBisCO)小サブユニットターミネーター、「MjDOD」はオシロイバナDOD遺伝子を表す。
【図3】図3は形質転換BY2細胞についての導入遺伝子のノーザンブロット解析結果を示す写真である。LeTYRの3レーン(系統No.11、16、23)はシイタケチロシナーゼ遺伝子(Tyr)を導入したBY2細胞、MjDODの3レーン(系統No.5、6、15)はオシロイバナDOD遺伝子(MjDOD)を導入したBY2細胞、LeTYR/MjDODの3レーン(系統No.11、18、24)はシイタケチロシナーゼ遺伝子とオシロイバナDOD遺伝子の両方を導入したBY2細胞についての解析結果を示す。NCは非組換えBY2細胞(陰性コントロール)、VCは35SproGUS導入BY2細胞(ベクターコントロール)を表す。EtBrの結果は、等量のトータルRNAが泳動されていることを示している。
【図4】図4は形質転換BY2細胞の粗タンパク質試料におけるシイタケチロシナーゼタンパク質の検出結果を示す写真である。図4Aはウエスタンブロット解析の結果、図4Bは総タンパク質の検出結果を示す写真である。LeTYRはシイタケチロシナーゼ遺伝子を導入したBY2細胞、LeTYR/MjDODはシイタケチロシナーゼ遺伝子とオシロイバナDOD遺伝子の両方を導入したBY2細胞、MjDODはオシロイバナDOD遺伝子を導入したBY2細胞についての解析結果を示す。PCは精製シイタケチロシナーゼ(陽性コントロール)、VCは35SproGUS導入BY2細胞(ベクターコントロール)を表す。
【図5】図5は、形質転換BY2細胞の外観を示す写真である。LeTYR(図5C)はシイタケチロシナーゼ遺伝子を導入した形質転換BY2細胞、MjDOD(図5D)はオシロイバナDOD遺伝子を導入した形質転換BY2細胞、TYR/MjDOD(図5E)はシイタケチロシナーゼ遺伝子とオシロイバナDOD遺伝子の両方を導入した形質転換BY2細胞を示す。WT(図5A)は非形質転換体である野生型BY2細胞、VC(図5B)は35SproGUS導入BY2細胞(ベクターコントロール)を示す。TYR/MjDODの形質転換BY2細胞は、他の形質転換BY2細胞とは異なり、鮮やかな黄色を呈している。
【図6】図6は、オシロイバナDOD遺伝子を導入したL-DOPA高蓄積形質転換BY2細胞からの細胞抽出液のHPLCプロファイルを示す。Pro-Bx:プロリンベタキサンチン、Thr-Bx:トレオニンベタキサンチン、GABA-Bx:γ-アミノ酪酸(GABA)ベタキサンチン、Met-Bx:メチオニンベタキサンチン、Val-Bx:バリンベタキサンチン、Ile-Bx:イソロイシンベタキサンチン、Leu-Bx:ロイシンベタキサンチン、Phe-Bx:フェニルアラニンベタキサンチン。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明は、菌類由来チロシナーゼ遺伝子を遺伝子導入して高発現させることによりL-DOPA蓄積能を付与した植物細胞を提供する。本発明は、このような形質転換植物細胞(トランスジェニック植物細胞とも呼ばれる)の作製方法、その細胞を利用したL-DOPA由来アルカロイドの製造方法等にも関する。
【0014】
なお本発明において用いるmRNAの調製、cDNAの作製(RT-PCR)、PCR、ライブラリーの作製、ベクター中へのライゲーション、細胞の形質転換、DNA塩基配列決定、プライマーの合成、突然変異誘発、タンパク質の抽出などの分子生物学的・生化学的実験操作は、基本的には通常の実験書の記載に従って行うことができる。そのような実験書としては、例えば、SambrookらのMolecular Cloning, A Laboratory Manual (Third Edition), (2001) Eds., Sambrook, J. & Russell, DW. Cold Spring Harbor Laboratory Pressを挙げることができる。
【0015】
1.L-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞
L-DOPA(3,4-ジヒドロキシ-L-フェニルアラニン(3,4-dihydroxy-L-phenylalanine);単にDOPAと表記することがある)は、脳内神経伝達物質であるドーパミンの前駆物質であるだけでなく、モルヒネ、ベルベリン、ベタレイン等の様々な生理活性物質の前駆物質であることが知られている。L-DOPA(図1)は、その化学構造が示すとおり、窒素を含有するアルカロイドの一種である。L-DOPAは、チロシナーゼの触媒活性によりアミノ酸チロシンが水酸化されることによって生合成される(図1)。また工業的には、L-DOPAは、(R,R)-DiPAMPとロジウムとの不斉触媒を用いる有機合成法により生産されている。
【0016】
本発明では、このようなL-DOPAを高蓄積することができる形質転換植物細胞を提供する。この細胞を作製するため、本発明では、チロシンからL-DOPAやcyclo-DOPAを合成可能な各種生物(例えば菌類や動植物)由来のチロシナーゼ遺伝子、特に菌類由来チロシナーゼ遺伝子を用いることができる。本発明で用いるチロシナーゼ遺伝子は、モノフェノール水酸化活性とo-ジフェノール酸化活性とを併せ持つチロシナーゼ酵素のタンパク質をコードする核酸である。このようなチロシナーゼ遺伝子は、チロシナーゼ/ポリフェノールオキシゲナーゼ(PPO)遺伝子と称されることもある。
【0017】
本発明において「菌類由来チロシナーゼ遺伝子」とは、菌類(典型的には真菌類)から単離されるチロシナーゼをコードする遺伝子又はその変異体を意味する。チロシナーゼ遺伝子の起源となる菌類としては、限定するものではないが、各種キノコが主に含まれる担子菌類(Basidiomycota;担子菌門)が好ましく、ハラタケ目(Agaricales)がさらに好ましい。ハラタケ目菌類としては、例えば、キシメジ科(Tricholamataceae)、モエギタケ科(Strophariaceae)、テングタケ科(Amanitaceae)の菌類が挙げられ、好ましい例として、キシメジ科シイタケ属に属するシイタケ(Lentinula edodes)やテングタケ科テングタケ属に属するベニテングタケ(Amanita muscaria)が挙げられる。
【0018】
本発明で用いるチロシナーゼ遺伝子、好ましくは菌類由来チロシナーゼ遺伝子は、cDNA若しくはゲノムDNA又はRNAであってもよい。本明細書において「遺伝子」は、DNA、RNA、DNA/RNAハイブリッド核酸、及びオリゴヌクレオチド誘導体等を含む人工核酸を包含し、DNAは少なくともゲノムDNA及びcDNAを包含し、RNAはmRNA等を包含する。本明細書において「遺伝子」は、コード配列(開始コドンから終結コドンまで)からなるものであってもよいが、コード配列以外に、プロモーターや非翻訳領域(UTR)の配列などの付加的配列を含んでもよい。
【0019】
限定するものではないが、好ましい1つの態様では、本発明に係る菌類由来チロシナーゼ遺伝子、特に担子菌類由来チロシナーゼ遺伝子として、シイタケ由来チロシナーゼ遺伝子を用いることができる。シイタケ由来チロシナーゼ遺伝子としては、シイタケから単離されたシイタケチロシナーゼ遺伝子(特許文献1及びBiosci. Biotechnol. Biochem. 73: 1042-1047 (2009))を用いることができ、具体例としては配列番号1の塩基配列からなるDNAを、好適に使用することができる。あるいは、シイタケ由来チロシナーゼ遺伝子は、配列番号1に示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつチロシナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。本発明において「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成される条件をいう。例えば、相同性が高い核酸同士、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低い核酸同士がハイブリダイズしない条件が挙げられる。より具体的には、ナトリウム塩濃度15〜750mM、好ましくは50〜750mM、より好ましくは300〜750mM、温度25〜70℃、好ましくは50℃〜70℃、より好ましくは55〜65℃、ホルムアミド濃度0〜50%、好ましくは20〜50%、より好ましくは35〜45%でハイブリダイゼーション反応を行う条件をいう。さらに、ストリンジェントな条件は、ハイブリダイゼーション後のフィルターを、15〜600mM、好ましくは50〜600mM、より好ましくは300〜600mMのナトリウム塩濃度にて、50〜70℃、好ましくは55〜70℃、より好ましくは60〜65℃の温度での洗浄条件を含む。
【0020】
シイタケ由来チロシナーゼ遺伝子はまた、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるチロシナーゼタンパク質をコードするDNAとして規定されるシイタケチロシナーゼ遺伝子であってもよい。本発明で用いるシイタケ由来チロシナーゼ遺伝子としては、チロシナーゼ活性を有する限り、配列番号2に示されるアミノ酸配列において1〜100個、好ましくは1〜50個、より好ましくは1〜35個、さらに好ましくは1〜10個のアミノ酸がそれぞれ欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAを用いてもよい。本発明で用いるシイタケ由来チロシナーゼ遺伝子はまた、配列番号2のアミノ酸配列に対し90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、チロシナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。本発明で用いるシイタケ由来チロシナーゼ遺伝子は、配列番号2に示されるアミノ酸配列(典型的には、そのアミノ酸配列全体)に対し、60%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、とりわけ好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質であって、チロシナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。
【0021】
本発明に係る菌類由来チロシナーゼ遺伝子として、シイタケチロシナーゼ遺伝子のORF(オープンリーディングフレーム)配列である配列番号1に示される塩基配列からなるDNA、又はチロシナーゼタンパク質のアミノ酸配列(配列番号2)をコードするDNAは、とりわけ好ましい。
【0022】
本発明で用いる菌類由来チロシナーゼ遺伝子によってコードされるタンパク質のチロシナーゼ活性は、発現されたタンパク質を用い、チロシナーゼ活性の通常のアッセイ方法に従って調べることができる。例えば、チロシナーゼ活性は、チロシン存在下で、チロシナーゼの触媒作用によってチロシンから変換されるL-DOPA量を測定することによって評価することができる。チロシナーゼ活性の具体的な測定手順については後述の実施例にも記載されている。
【0023】
本発明で用いる菌類由来チロシナーゼ遺伝子は、例えば配列番号1又は2の配列に基づいて設計したプライマーを用いて、菌類由来の核酸を鋳型としたPCR増幅を行うことにより、核酸断片として得ることができる。また本発明で用いる菌類由来チロシナーゼ遺伝子は、菌類由来の核酸を鋳型とし、シイタケ由来チロシナーゼ遺伝子の一部であるDNA断片をプローブとしてハイブリダイゼーションを行うことによっても単離することができる。これらの方法において鋳型として用いる核酸は、菌類から、常法により抽出したゲノムDNAであってよいし、常法により抽出したmRNAから逆転写合成したcDNA等であってもよい。鋳型として用いる核酸は、精製ゲノムDNA、精製cDNA、cDNAライブラリー又はゲノムDNAライブラリー等であってもよい。あるいは本発明で用いる菌類由来チロシナーゼ遺伝子は、化学合成法等の当技術分野で公知の各種の核酸配列合成法によって、核酸断片として合成してもよい。
【0024】
さらに、菌類から単離したチロシナーゼ遺伝子の塩基配列に、部位特異的突然変異誘発法等によって所望の突然変異を導入することにより、変異体を作製することもできる。遺伝子に変異を導入するには、Kunkel法、Gapped duplex法等の公知の手法又はこれに準ずる方法を採用することができる。これらの変異導入は、例えば市販の部位特異的突然変異誘発キット(例えばMutan(R)-K、Mutan(R)-Super Express Km、PrimeSTAR(R) Mutagenesis Basal Kit(いずれもTAKARA BIO INC.社製))などを用いて当業者であれば容易に行うことができる。このようにして作製した変異体も、チロシナーゼ活性を有するタンパク質をコードする限り、菌類由来チロシナーゼ遺伝子として本発明において好適に用いることができる。
【0025】
本発明では、菌類由来チロシナーゼ遺伝子を遺伝子工学的手法により植物細胞中に導入し、形質転換植物細胞を作製する。菌類由来チロシナーゼ遺伝子は、植物細胞中で高発現させるため、植物プロモーターの制御下で遺伝子導入することが好ましい。植物プロモーターとは、植物細胞中で、その制御下に配置された遺伝子の発現を誘導できるプロモーターを意味する。なおプロモーターとは、一般に遺伝子の5'側上流に存在する発現制御領域を含むDNAをいう。本発明で使用する植物プロモーターは、構成的プロモーター又は誘導性プロモーターであってもよいし、組織特異的プロモーター等であってもよい。構成的プロモーターとは、宿主細胞の生育条件や組織・発生段階にかかわらずその制御下にある遺伝子の発現を恒常的に誘導するプロモーターをいう。本発明では、構成的プロモーターを使用することがより好ましい。構成的植物プロモーターとしては、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター(Odell J.T., et al., Nature, 313, 810-812 (1985))、アグロバクテリウムTiプラスミド由来ノパリン合成酵素遺伝子のプロモーター(Pnos)、トウモロコシ由来ユビキチン遺伝子のプロモーター、イネ由来のアクチン遺伝子のプロモーター、キャッサバ葉脈モザイクウイルス(CsVMV)プロモーター、タバコPR1aプロモーター、シロイヌナズナPR-1プロモーター等が挙げられ、使用する宿主植物に適合するものを適宜使用することができる。本発明では、構成的植物プロモーターとして、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーターを使用することが特に好ましい。
【0026】
本発明において「(遺伝子を植物細胞に)植物プロモーターの制御下で導入する」とは、当該遺伝子を植物プロモーターの下流側に連結してなる発現カセットをその植物細胞のゲノム中に組み込むか、又はその細胞質中に当該発現カセットを含む自律複製型ベクターとして存在させることをいう。菌類由来チロシナーゼ遺伝子を植物細胞に植物プロモーターの制御下で導入する手法としては、例えば、当該遺伝子を植物プロモーターの下流に正しい読み枠で発現されるように連結して構築したベクターを、植物細胞中に導入する方法が挙げられる。菌類由来チロシナーゼ遺伝子をベクター中に組み込むには、例えば、当該遺伝子を含むDNA断片を適当な制限酵素で切り出し、植物プロモーターを含有するベクター中の植物プロモーター下流の適当な制限酵素部位に正しい読み枠で発現誘導されるように連結すればよい。それにより得られた植物プロモーターの制御下に菌類由来チロシナーゼ遺伝子を配置した発現カセットを、例えばバイナリーベクター中のRB(右側境界配列)とLB(左側境界配列)の間に挟まれたT-DNA領域内に挿入し、それをアグロバクテリウム法により植物細胞に導入することにより、発現カセットを植物細胞のゲノム中に組み込ませることができる。
【0027】
菌類由来チロシナーゼ遺伝子を導入するためのベクターとしては、植物細胞への遺伝子導入用に適した各種ベクターを使用できる。例えば、アグロバクテリウム法を利用する場合には、アグロバクテリウム由来のプラスミドベクター(Tiプラスミドなど)又はバイナリーベクターを使用することが好ましい。本発明で用いるベクターには、形質転換体の選抜を容易にするための選択マーカー遺伝子又はレポーター遺伝子、バイナリーベクター系を使用するための複製開始点(TiまたはRiプラスミド由来の複製開始点など)、植物ゲノムに組み込まれるT-DNAの境界配列(RB、LB)等を含みうる。選択マーカー遺伝子としては、例えば、セフォタックス遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子等の薬剤耐性遺伝子が挙げられる。レポーター遺伝子としては、緑色蛍光タンパク質遺伝子(GFP)やルシフェラーゼ)遺伝子(LUC, LUX)などが挙げられる。
【0028】
植物プロモーターを予め含むベクターを使用することもでき、例えば、pBI系バイナリーベクター、例えばpBI121、pBI101、pBI101.2、pBI101.3、またpCAMBIA1301、pKANNIBAL、IG121-Hmなどが挙げられる。
【0029】
本発明において、菌類由来チロシナーゼ遺伝子を導入する植物は、任意の植物であってよく、例えばナス科[ナス(Solanum melongena L.)、トマト(Solanum lycopersicum)、ピーマン(Capsicum annuum L. var. angulosum Mill.)、トウガラシ(Capsicum annuum L.)、タバコ(Nicotiana tabacum L.)等]、イネ科[イネ(Oryza sativa)、コムギ(Triticum aestivum L.)、オオムギ(Hordeum vulgare L.)、ペレニアルライグラス(Lolium perenne L.)、イタリアンライグラス(Lolium multiflorum Lam.)、メドウフェスク(Festuca pratensis Huds.)、トールフェスク(Festuca arundinacea Schreb.)、オーチャードグラス(Dactylis glomerata L.)、チモシー(Phleum pratense L.)等]、アブラナ科[シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)、アブラナ(Brassica campestris L.)、ハクサイ(Brassica pekinensis Rupr.)、キャベツ(Brassica oleracea L. var. capitata L.)、ダイコン(Raphanus sativus L.)、ナタネ(Brassica campestris L., B. napus L.)等]、マメ科[ダイズ(Glycine max)、アズキ(Vigna angularis Willd.)、インゲン(Phaseolus vulgaris L.)、ソラマメ(Vicia faba L.)等]、ウリ科[キュウリ(Cucumis sativus L.)、メロン(Cucumis melo L.)、スイカ(Citrullus vulgaris Schrad.)、カボチャ(C. moschata Duch., C. maxima Duch.)等]、ヒルガオ科[サツマイモ(Ipomoea batatas)等]、ユリ科[ネギ(Allium fistulosum L.)、タマネギ(Allium cepa L.)、ニラ(Allium tuberosum Rottl.)、ニンニク(Allium sativum L.)、アスパラガス(Asparagus officinalis L.)等]、シソ科[シソ(Perilla frutescens Britt. var. crispa)等]、キク科[キク(Chrysanthemum morifolium)、シュンギク(Chrysanthemum coronarium L.)、レタス(Lactuca sativa L. var. capitata L.)等]、バラ科[バラ(Rose hybrida Hort.)、イチゴ(Fragaria x ananassa Duch.)等]、ミカン科[ミカン(Citras unshiu)、サンショウ(Zanthoxylum piperitum DC.)等]、フトモモ科[ユーカリ(Eucalyptus globulus Labill)等]、ヤナギ科[ポプラ(Populas nigra L. var. italica Koehne)等]、アカザ科[ホウレンソウ(Spinacia oleracea L.)、テンサイ(Beta vulgaris L.)等]、リンドウ科[リンドウ(Gentiana scabra Bunge var. buergeri Maxim.)等]、ナデシコ科[カーネーション(Dianthus caryophyllus L.)等]の植物が挙げられる。本発明の目的においては、ナス科植物がより好ましい。好適なナス科植物としては、例えばタバコ(Nicotiana tabacum L.)が挙げられる。菌類由来チロシナーゼ遺伝子を導入する植物細胞は、植物体から単離した細胞又は植物体から採取した組織若しくは器官を構成する細胞であってもよいし、培養細胞であってもよい。本発明で使用され得る培養細胞系としては、タバコBY2、タバコXan-1、シロイヌナズナT87等が挙げられるが、これらに限定するものではない。タバコBY2細胞(Nicotiana tabacum cv. Bright Yellow 2 (BY2))は本発明において非常に好適に使用することができる。
【0030】
菌類由来チロシナーゼ遺伝子を植物プロモーターの制御下に配置した発現カセット又はそれを含むベクターを植物細胞に導入する方法としては、限定するものではないが、例えばアグロバクテリウム法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール(PEG)法、マイクロインジェクション法、プロトプラスト融合法などの、植物用に広く用いられている植物形質転換法を用いることができる。これらの植物形質転換法は、『島本功、岡田清孝 監修 「新版 モデル植物の実験プロトコール 遺伝学的手法からゲノム解析まで」(2001) 秀潤社』などの一般的な教科書の記載に記載されている。ベクター導入処理を行った植物細胞からは、ハイグロマイシン耐性など選択マーカー等を利用した一般的方法で形質転換体を選択することができる。
【0031】
より具体的には、例えばアグロバクテリウム法では、例えばNagelらの方法を用い、まずベクターをエレクトロポレーションによってアグロバクテリウムに導入し、次いで形質転換されたアグロバクテリウムを、Plant Molecular Biology Manual(S.B.Gelvin et.al.,Academic Publishers)、Thykaer, T. et al., Cell Biology, 2nd ed. (1998) p,518-525、Stiller, J., et al., J. Exp. Bot. (1997) 48, p.1357-1365、Ogar, P. et al., Plant Science (1996) 116 159-168、又はHiei Y. et al., Plant J. (1994) 6, 271-282に記載されたような方法で用いて上記発現カセット又はベクターを植物に導入すればよい。
【0032】
ポリエチレングリコール法を用いる場合には、まず細胞壁を酵素で溶かして取り除き、プロトプラストにしてから、上記発現カセット又はベクターを、ポリエチレングリコールを用いて細胞内に導入すればよい(Datta SK: In Gene Transfer To Plants(Potrykus I and Spangenberg, Eds)pp. 66-74 (1995))。
【0033】
エレクトロポレーション法を用いる場合には、まず細胞壁を酵素で溶かして取り除き、プロトプラストにしてから、電気パルスをかけて上記発現カセット又はベクターを細胞内に導入すればよい(Toki S, et al., Plant Physiol., 100: 1503 (1992))。
【0034】
パーティクルガン法を用いる場合、植物体、植物器官、植物組織自体をそのまま使用してもよく、切片を調製した後に使用してもよく、プロトプラストを調製して使用してもよい(Christou P, et al., Biotechnology 9: 957 (1991))。このように調製した試料に対し、遺伝子導入装置(例えばPDS-1000(BIO-RAD社)等)を用いて、上記発現カセット又はベクターでコーティングした金やタングステンなどの微粒子(径約1〜2μm)を高圧ガスで噴射することにより、植物細胞内に導入する。処理条件は植物又は試料により異なるが、通常は450〜2000psi程度の圧力、4〜12cm程度の距離で行う。
【0035】
以上のようにして菌類由来チロシナーゼ遺伝子を植物プロモーターの制御下で導入した形質転換植物細胞については、ノーザンブロッティング法等による遺伝子発現解析や、リポーター遺伝子の発現解析などを行い、導入遺伝子の発現を確認することが好ましい。
【0036】
本発明において、以上のようにして得られる、植物プロモーターの制御下で導入した菌類由来チロシナーゼ遺伝子を有する形質転換植物細胞は、高いL-DOPA蓄積能を有する。導入した菌類由来チロシナーゼ遺伝子から発現されたチロシナーゼの触媒活性によってチロシンがL-DOPAに変換され、L-DOPAが生成する。このチロシナーゼ活性によって生成されたL-DOPAは、形質転換植物細胞内に蓄積される。ナス科植物の形質転換植物細胞は、L-DOPAを高蓄積できる点でより有利である。例えば、担子菌類由来チロシナーゼ遺伝子、特にシイタケ由来チロシナーゼ遺伝子を植物プロモーターの制御下で導入したナス科植物の形質転換植物細胞は、L-DOPAをより高蓄積できる。L-DOPA蓄積能を有する上記形質転換植物細胞からは、L-DOPA蓄積能についてより高蓄積できる細胞を選択し、さらに向上したL-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞を取得することもできる。本発明は、L-DOPA蓄積能を有する上記形質転換植物細胞にも関する。
【0037】
本発明において菌類由来チロシナーゼ遺伝子を導入した形質転換植物細胞のL-DOPA蓄積能は、例えば、後述の実施例に記載の手順に従い、細胞から抽出した粗タンパク質試料中のDOPAの相対量を測定することにより、評価することができる。本発明に係る菌類由来チロシナーゼ遺伝子を植物プロモーターの制御下で導入した形質転換植物細胞は、限定するものではないが、その細胞から抽出した粗タンパク質試料について、例えば、少なくとも0.5 nmol DOPA/h/mg protein、好ましくは少なくとも1 nmol DOPA/h/mg protein、例えば1〜10 nmol DOPA/h/mg proteinのチロシナーゼ活性を示す。
【0038】
本発明はまた、上記のようにして、菌類由来チロシナーゼ遺伝子を植物プロモーターの制御下で植物細胞に導入し、形質転換細胞を取得することを含む、L-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞の作製方法も提供する。
【0039】
さらに本発明は、そのようにして得られた、菌類由来チロシナーゼ遺伝子を植物プロモーターの制御下で導入した形質転換植物細胞を培養し、その細胞培養物からL-DOPAを採取することを含む、L-DOPAの製造方法も提供する。細胞培養物からのL-DOPAの採取は、常法に従って行うことができるが、例えば細胞から粗タンパク質を抽出し、それを5kDaカットフィルターに通して精製した通り抜け画分から、クロマトグラフィー等の常法によりL-DOPAを分離することができる。得られたL-DOPAは、例えば、パーキンソン病治療薬として使用することができる。
【0040】
本発明に係る菌類由来チロシナーゼ遺伝子を植物プロモーターの制御下で導入したL-DOPA蓄積能を有する(L-DOPAを蓄積する)形質転換植物細胞を特定条件下で培養することにより、植物体を再生させることもできる。例えば従来知られている植物組織培養法に従って選択培地で培養し、生存したカルスを再分化培地(適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライド等)を含む)で培養することにより、植物体を再生できる。再生した形質転換植物体も、植物プロモーターの制御下に配置された菌類由来チロシナーゼ遺伝子を有しており、L-DOPAを生産し、細胞内に蓄積することができる。
【0041】
2.L-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞を利用した生理活性物質(アルカロイド)の製造
本発明に係る、植物プロモーターの制御下で導入した菌類由来チロシナーゼ遺伝子を有する、L-DOPA蓄積能を有する形質転換細胞は、L-DOPAに由来するアルカロイドの製造のために使用することができる。
【0042】
菌類由来チロシナーゼの触媒活性によりチロシンから生成されるL-DOPAは、植物細胞内でドーパミンやベタラミン酸に変換され、それらがさらに各種アルカロイドに変換される。L-DOPA蓄積能を有する形質転換細胞において、このようなL-DOPA由来のアルカロイドの生合成経路を利用すれば、L-DOPA由来のアルカロイドを効率良く製造することができる。
【0043】
本発明において「L-DOPA由来アルカロイド」とは、主に生合成経路でL-DOPAから誘導されるアルカロイド化合物をいう。L-DOPA及びL-DOPA由来アルカロイドの生合成経路の一例を図1に示す。L-DOPA由来アルカロイドの例として、ドーパミン、ベルベリン、モルヒネ等の生理活性物質が知られている。L-DOPAは、芳香族L-アミノ酸デカルボキシラーゼであるドーパ脱炭酸酵素(dopa decarboxylase, DDC)によって脱炭酸化されて、ドーパミンに変換される(図1)。ドーパミンは中枢神経系に存在する神経伝達物質で、アドレナリン、ノルアドレナリンの前駆体であり、運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに重要な役割を持っている。一方、ベルベリンは、ミカン科のキハダ(Phellodendron amurense)やキンポウゲ科のオウレン(Coptis japonica)で生産されることが知られているアルカロイドである。ベルベリンは、幅広い抗菌作用を示すほか、血圧降下、中枢神経抑制、胃液分泌抑制作用を示すことが知られている。またモルヒネは、ケシ科ケシ(Papaver somniferum)の未熟果実の滲出物を乾燥されたアヘンを精製した物質として知られ、依存性の高い麻薬の一種でもあるが、医療では強い鎮痛薬、鎮静剤として使用されている。ベルベリンとモルヒネは、L-DOPAから合成されるレチクリンを前駆体として、その後、数段階の触媒反応を経て合成される。L-DOPA以降の生合成酵素遺伝子の多くは単離同定されてきている。例えば、ドーパ脱炭酸酵素遺伝子(例えばGenBankアクセッション番号 NM_001084992; NM_119010; AT4G28680)、テバイン6-O-デメチラーゼ遺伝子(例えば、同 GQ500139)、コルンバミン O-メチル基転移酵素遺伝子(例えば、同 AB073908)などについて塩基配列が決定されている。
【0044】
L-DOPA由来アルカロイドの別の例として、ベタレインが知られている。ベタレインはアントシアニンと並ぶ主要植物色素であり、ナデシコ目の植物にのみ存在することが知られている。生合成経路では、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ(DOD)酵素の触媒作用によりL-DOPAからベタラミン酸が合成され、ベタラミン酸がcyclo-DOPA配糖体又はアミン類と縮合反応を起こすことで、ベタレイン、より具体的にはベタニジン類又はベタキサンチン類が合成される。DOD遺伝子及びcyclo-DOPA 5-0-配糖化酵素遺伝子がすでに単離され、塩基配列が決定されている(DOD遺伝子:例えば、GenBankアクセッション番号 AB435372;cyclo-DOPA 5-0-配糖化酵素遺伝子:例えば、同 AB182643)。
【0045】
本発明では、上記1.で作製した本発明に係るL-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞に、L-DOPA変換酵素遺伝子をさらに導入することにより、L-DOPA由来アルカロイド生産能を当該植物細胞に付与することができる。「L-DOPA変換酵素遺伝子」とは、L-DOPAを変換する触媒活性を有するタンパク質をコードする遺伝子をいい、例えば、ドーパ脱炭酸酵素遺伝子、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ(DOD)酵素遺伝子等が挙げられる。L-DOPA変換酵素遺伝子は、植物、動物又は菌類由来のものであってもよいが、植物由来のものがより好ましい。例えばDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ(DOD)酵素遺伝子は、ナデシコ目植物(特にツルナ科、カナボウノキ科、アカトカルプス科、ツルムラサキ科、スベリヒユ科、ヒユ科、アカザ科、サボテン科、オシロイバナ科、及びヤマゴボウ科植物)由来のものを好適に使用できる。L-DOPA変換酵素遺伝子は、例えば既知L-DOPA変換酵素遺伝子配列に基づいて設計したプライマーを用いて、生物由来の核酸を鋳型としたPCR増幅を行うことにより、核酸断片として得ることができる。また本発明で用いるL-DOPA変換酵素遺伝子は、生物由来の核酸を鋳型とし、既知のL-DOPA変換酵素遺伝子配列を有するDNA断片をプローブとしてハイブリダイゼーションを行うことによっても単離することができる。あるいは本発明で用いるL-DOPA変換酵素遺伝子は、化学合成法等の当技術分野で公知の各種の核酸配列合成法によって、核酸断片として合成してもよい。
【0046】
L-DOPA変換酵素遺伝子として、例えば、以下の(a)〜(e)のいずれかのDNAからなるDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ(DOD)酵素遺伝子を使用することもできるが、これらに限定されるものではない:
(a) 配列番号7に示される塩基配列からなるDNA
(b) 配列番号7に示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつジオキシゲナーゼ活性(特に、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性)を有するタンパク質をコードするDNA[なお、このストリンジェントな条件は、シイタケ由来チロシナーゼ遺伝子についてのその条件と同様である]
(c) 配列番号8に示されるアミノ酸配列からなるジオキシゲナーゼタンパク質(特に、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼタンパク質)をコードするDNA
(d) 配列番号8に示されるアミノ酸配列において1〜100個、好ましくは1〜50個、より好ましくは1〜35個、さらに好ましくは1〜10個のアミノ酸がそれぞれ欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、ジオキシゲナーゼ活性(特に、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性)を有するタンパク質をコードするDNA
(e) 配列番号8に示されるアミノ酸配列(典型的には、そのアミノ酸配列全体)に対し、60%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、とりわけ好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、ジオキシゲナーゼ活性(特に、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ活性)を有するタンパク質をコードするDNA。
【0047】
L-DOPA変換酵素遺伝子は、限定するものではないが、上述の菌類由来チロシナーゼ遺伝子と同様の方法で植物細胞に導入することができる。具体的には、L-DOPA変換酵素遺伝子は、植物プロモーター(例えば、CaMV 35Sプロモーター)の制御下で植物細胞に導入することが好ましい。L-DOPA変換酵素遺伝子は、任意の遺伝子導入法、例えばアグロバクテリウム法を用いて植物細胞に導入してもよい。L-DOPA変換酵素遺伝子を導入したL-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞については、菌類由来チロシナーゼ遺伝子とL-DOPA変換酵素遺伝子の発現が明瞭に認められる形質転換細胞を選抜することが好ましい。さらに、得られたこの二重形質転換植物細胞について、L-DOPA量を測定してL-DOPAの蓄積を確認することも好ましい。植物プロモーターや遺伝子導入法等は、菌類由来チロシナーゼ遺伝子について記載したのと同様のものを使用することができる。
【0048】
菌類由来チロシナーゼ遺伝子とL-DOPA変換酵素遺伝子の両方が導入されたこの形質転換植物細胞においては、菌類由来チロシナーゼの活性により生成されて細胞内に蓄積されたL-DOPAから、L-DOPA変換酵素の活性によりL-DOPA由来アルカロイドが生成される。したがって本発明では、本発明に係るL-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞に、L-DOPA変換酵素遺伝子を導入することにより、L-DOPA由来アルカロイドを生産する形質転換植物細胞を作製することができる。このようなL-DOPA由来アルカロイドを生産する形質転換植物細胞の作製方法も本発明の範囲に含まれる。
【0049】
例えば、L-DOPA変換酵素遺伝子としてDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子を用いた場合、細胞内で生成されたL-DOPAはベタラミン酸に変換され、ベタラミン酸は例えば細胞内に存在するアミノ酸との自発的な縮合反応によりベタキサンチン類に変換される。生成するベタキサンチン類の種類は、縮合相手として存在するアミン類の種類に依存するが、例えば、プロリンベタキサンチン、トレオニンベタキサンチン、γ-アミノ酪酸(GABA)ベタキサンチン、メチオニンベタキサンチン、バリンベタキサンチン、イソロイシンベタキサンチン、ロイシンベタキサンチン、フェニルアラニンベタキサンチン等が挙げられる。ベタラミン酸はまた、cyclo-DOPAやその配糖体との自発的な縮合反応によりベタシアニン類(例えば、ベタニジン、ベタニン、イソベタニン)に変換される。本発明では、本発明に係るL-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞に、DOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子を導入することにより、ベタレインを生産する形質転換植物細胞を作製することができる。
【0050】
一方、L-DOPA変換酵素遺伝子としてドーパ脱炭酸酵素遺伝子を用いた場合、細胞内で生成されたL-DOPAはドーパミンに変換される。本発明では、本発明に係るL-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞に、ドーパ脱炭酸酵素遺伝子を導入することにより、ドーパミンを生産する形質転換植物細胞を作製することができる。
【0051】
本発明では、これらのベタレイン又はドーパミンを生産する形質転換植物細胞に、L-DOPA変換酵素遺伝子以外の、L-DOPA由来アルカロイドの生合成に関与する酵素の遺伝子(L-DOPA由来アルカロイド生合成酵素遺伝子)をさらに導入することにより、植物細胞において他のL-DOPA由来アルカロイド(例えば、ベルベリン、モルヒネ)の生産も誘導することができる。L-DOPA変換酵素遺伝子以外の、L-DOPA由来アルカロイド生合成酵素遺伝子としては、例えばcyclo-DOPA 5-O-配糖化酵素遺伝子が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0052】
これらのL-DOPA由来アルカロイドのうち、ベタラミン酸やベタレインは色素化合物であることから、細胞の発色又はその変化を観察することにより、L-DOPA由来アルカロイドの生産を確認することもできる。例えば、ベタラミン酸やベタキサンチン類は黄色色素であり、ベタシアニン類は赤〜紫色の色素である。ベタニジンは赤色色素である。プロリンベタキサンチンは鮮やかな黄色を呈する。
【0053】
本発明は、以上のようにして得られる、L-DOPAを蓄積する形質転換植物細胞にL-DOPA変換酵素遺伝子がさらに導入されているL-DOPA由来アルカロイドを生産する形質転換植物細胞、及びその作製方法も提供する。
【0054】
本発明は、菌類由来チロシナーゼ遺伝子とL-DOPA由来アルカロイド生合成酵素遺伝子(L-DOPA変換酵素遺伝子、又はL-DOPA変換酵素遺伝子と生産対象のアルカロイドの生合成に関与する他のL-DOPA由来アルカロイド生合成酵素遺伝子の組み合わせ)を導入した、上記のような形質転換植物細胞を培養して、得られる細胞培養物からL-DOPA由来アルカロイドを採取することによる、アルカロイドの製造方法も提供する。細胞培養物からのL-DOPA由来アルカロイドの採取は、例えば細胞を液体窒素処理等で破壊し、その破砕液を0.1%ギ酸溶液で抽出することにより、実施することができる。得られた抽出液を、クロマトグラフィー等の常法によりさらに分離することで、各アルカロイド化合物を単離することもできる。
【0055】
本発明はさらに、上記のような、L-DOPA変換酵素遺伝子を含むL-DOPA由来アルカロイド生合成酵素遺伝子がさらに導入されているL-DOPA由来アルカロイドを生産する二重形質転換植物細胞を特定条件下で培養することにより、植物体を再生させることができる。例えば従来知られている植物組織培養法に従って選択培地で培養し、生存したカルスを再分化培地(適当な濃度の植物ホルモン(オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノライド等)を含む)で培養することにより、植物体を再生できる。再生した形質転換植物体も、植物プロモーターの制御下に配置された菌類由来チロシナーゼ遺伝子と、L-DOPA変換酵素遺伝子を含むL-DOPA由来アルカロイド生合成酵素遺伝子とを有しており、L-DOPA及びL-DOPA由来アルカロイドを生産して細胞内に蓄積することができる。特に、L-DOPA変換酵素遺伝子としてDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子をさらに導入した本発明に係る形質転換植物細胞から再生した植物体では、ベタレイン色素の生成及び液胞への蓄積により、花色が変化する。そのような花色が改変された形質転換植物体も、本発明の範囲に含まれる。なお本発明において「植物体」とは、細胞又は組織から再生させた植物個体全体及びその子孫個体を意味する。
【0056】
さらに、L-DOPA変換酵素遺伝子としてDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子をさらに導入した本発明に係る形質転換植物細胞を作製し、それを植物体へと再生させることにより、植物の花色を改変する方法も、本発明の範囲に含まれる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0058】
[実施例1]シイタケチロシナーゼ遺伝子導入によるL-DOPAの植物細胞内蓄積
(1)シイタケチロシナーゼ遺伝子を含むDNA断片の調製及びベクター構築
シイタケ由来チロシナーゼをコードする遺伝子(シイタケチロシナーゼ遺伝子;特開平10−174586号公報参照)を含むDNA断片を調製した。まず、シイタケ(Lentinula edodes)の子実体より採取した菌褶部から、常法により総RNAの抽出を行った。抽出したRNAをStraight A'sTM mRNA Isolation Kit(Novagen社)を用い、Anneal MagnetightTM Oligo(dT) Particleに基づくアフィニティー精製にかけることにより、mRNAを精製した。
【0059】
精製したmRNAを鋳型として、逆転写酵素SuperScript IITM RNaseH Reverse Transcriptase(GibcoBRL)を用いてcDNAを合成した。常法に従い、42℃で60分の合成反応の後、95℃で10分処理して反応を停止した。反応液からcDNAを常法により単離精製した。
【0060】
次いで、精製したcDNAを鋳型として、シイタケチロシナーゼ遺伝子を含むDNA断片をPCR法により増幅した。PCRには以下のプライマーペアを用いた。
フォワードプライマー: 5'- cctgtacaattctagaATGTCTCATTATCTTGTCACTG -3' (配列番号3)
リバースプライマー: 5'- cctgtacactcgagTTAGGAGCTTGAAGATGCGACGC -3' (配列番号4)
【0061】
用いたPCRの反応条件は以下の通りである:Platinum taq High Fidelity Polymerase(インビトロジェン社)を用い、95℃2分、続いて30サイクル(変性95℃30秒、アニーリング55℃30秒、伸長68℃2分)、さらに68℃10分で反応させた。
【0062】
PCRにより得られた増幅断片は制限酵素XbaIとXhoIで処理し、制限酵素XbaIとXhoIで処理したベクターp35proGUS中にクローニングした。クローン化した増幅断片(インサート)について、自動シークエンサーを用いて塩基配列を決定したところ、配列番号1に示す塩基配列からなるシイタケチロシナーゼ遺伝子を含むことが確認できた。このシイタケチロシナーゼ遺伝子によってコードされるシイタケチロシナーゼタンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0063】
以上のようにしてクローニングしたシイタケチロシナーゼ遺伝子を、制限酵素SseIとAscIでベクターを処理して発現カセットとして切り出し、バイナリーベクターpBI121(Clontech社)中のGUSの発現カセットと置き換えてサブクローニングした(図2A)。
【0064】
本バイナリーベクターはRB(右側境界配列)とLB(左側境界配列)を含み、その間にCaMV 35Sプロモーターの下流に連結したシイタケチロシナーゼ遺伝子を含む(図2)。このようなベクターを用いるアグロバクテリウム法では、植物細胞内に導入されたベクター中のRBとLBに挟まれた領域がT-DNAとして植物細胞のゲノム中に導入(伝達)され、これによりT-DNA中の導入遺伝子を含む発現カセットが当該植物細胞に導入されることとなる。RBは、T-DNAがリゾビウムから植物ゲノムへと伝達される際、伝達の開始点として機能する配列である。またLBは、T-DNAがリゾビウムから植物ゲノムへと伝達される際、伝達の終止点として機能する配列である。
【0065】
(2)シイタケチロシナーゼ遺伝子の植物細胞への導入
上記で作製した組換えバイナリーベクターを用いて、植物細胞の形質転換を行った。
まず、シイタケチロシナーゼ遺伝子を組み込んだ組換えバイナリーベクターpBI121を、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacteriu tumefaciens)EHA101(Hood et al. (1986) J. Bacteriology 168: 1291-1301)に、エレクトロポレーションにより導入した。このpBI121を保持するアグロバクテリウム・ツメファシエンスの菌体懸濁液を、継代4日目のタバコBY2(Nicotiana tabacum cv. Bright Yellow 2 suspension cell line (BY2))懸濁培養細胞に添加して共存させ、2日間にわたり接種を行った。このようにしてアグロバクテリウム・ツメファシエンスで感染処理した細胞は、洗浄後、200 ppm(50 mg/L)カナマイシンを含む選抜培地(Takahashi et al. (1997) Plant Physiol. 113: 587-594)に播き、25℃、暗黒下で培養を行った。選抜培地上で生育してきた細胞をそれぞれ新しい培地に継代し、複数系統の形質転換細胞を確立した。
【0066】
得られた形質転換BY2細胞については、常法により総RNAを抽出し、導入したシイタケチロシナーゼ遺伝子の発現(転写)の有無をリアルタイムPCR法及びノーザンブロット解析により確認した。調べたいずれの形質転換細胞系統においても、系統間で発現量の強弱は多少存在したものの転写自体は確認することができた。転写が示された形質転換細胞系統のうち代表的な3系統(No. 11、16、23)のノーザンブロット解析の結果を図3(LeTYRの3レーン)に示す。
【0067】
(3)シイタケチロシナーゼタンパク質の細胞内蓄積の解析
シイタケチロシナーゼ遺伝子を導入した形質転換BY2細胞を、50mM HEPESバッファー(pH7.0)中で破砕し、粗タンパク質を抽出した。粗タンパク質を10% SDS-PAGE電気泳動により分離後、PVDFメンブレンに転写し、ブロッキングバッファー(PBS+3%スキムミルク)でブロッキングした。一次抗体としてシイタケチロシナーゼに対する抗ウサギポリクローナル抗体を、二次抗体としてはアルカリフォスファターゼ結合ヤギ抗ウサギIgG抗体を用いて、ウエスタンブロット解析に基づき発色法で検出を行った。3系統の形質転換BY2細胞(No. 11、16、23)において、シイタケチロシナーゼの蓄積を示す約68kDaのシグナルが検出された(図4AのLeTYRの3レーン)。
【0068】
(4)チロシナーゼ活性の検出
上記ウエスタンブロット解析で細胞内シイタケチロシナーゼタンパク質が検出された形質転換細胞系統について、チロシナーゼ活性を測定した。粗タンパク質を、50mM HEPESバッファー(pH7.0)を用いて細胞から抽出した。シイタケチロシナーゼはチロシンからのL-DOPA合成を触媒する。そこで得られた粗抽出タンパク質溶液50μlに50μl 2mMチロシンを加え、30℃で30分間インキュベートした。95℃にて3分間の処理で反応を停止した後、反応液を5 kDaカットフィルターに通して精製し、スルー(通り抜け)画分を活性解析に用いた。
【0069】
スルー画分中のL-DOPA量は、CE-MS(キャピラリー電気泳動/質量分析装置)を用いて測定した。形質転換BY2細胞系統においてL-DOPAの生成が検出された。形質転換BY2細胞系統No. 23でのL-DOPA測定に基づくチロシナーゼ活性は特に高く、1.2 nmol DOPA/h/mg proteinであった。形質転換BY2細胞系統No. 23が示したこの高いチロシナーゼ活性は、導入したチロシナーゼが高い触媒活性を発揮したことに加えて、生成されたL-DOPAが細胞内に高度に蓄積されたことをも示している。一方、ベクターコントロールでは、L-DOPAの生成は全く検出されなかった。L-DOPAは、多様な化合物の基質となるため、植物内ではすぐに代謝されてしまいほとんど蓄積しないと考えられてきた。ベクターコントロールの結果はこの従来の考えと一致する。対照的に、形質転換BY2細胞でのL-DOPAの高蓄積は、予想外の効果であった。
【0070】
さらに、形質転換BY2細胞系統では、基質としてチロシンを加えない場合においてもL-DOPAが検出された。このことから、シイタケチロシナーゼ遺伝子で形質転換した植物細胞が、内在のアミノ酸プールを基質にL-DOPAの生合成を行うことができることが示された。
【0071】
[実施例2]L-DOPA高蓄積植物細胞を利用したベタキサンチン類の合成
実施例2では、実施例1においてシイタケチロシナーゼ遺伝子での形質転換により作製し選抜したL-DOPA高蓄積植物細胞系統No. 23を利用して、L-DOPA誘導体であるベタキサンチン類の合成を行った。
【0072】
(1)ベクター構築
オシロイバナ(Mirabilis jalapa)から、L-DOPAからベタラミン酸を合成する触媒活性を有するDOPAジオキシゲナーゼ(DOD)酵素をコードする遺伝子(GenBankアクセッション番号 AB435372)を単離した。具体的には、オシロイバナの花弁から常法により総RNAを抽出し、そこからmRNAを精製した後、逆転写酵素を用いて常法によりcDNA合成を行った。得られたcDNAを鋳型としてオシロイバナDOD遺伝子(オープンリーディングフレーム;ORF)を含むDNA断片をPCR法により増幅した。PCRには以下のプライマーペアを用いた。
フォワードプライマー: 5'- gcactctagATGAAAGGAACATACTATATAA -3' (配列番号5)
リバースプライマー: 5'- ccgtgtcgacTTAATCAGTTTTTTGAGTGGTG-3' (配列番号6)
用いたPCRの反応条件は以下の通りである:Platinum taq High Fidelity Polymerase(インビトロジェン社)を用い、95℃2分、続いて30サイクル(変性95℃30秒、アニーリング55℃30秒、伸長68℃2分)、さらに68℃10分で反応させた。
【0073】
PCRにより得られた増幅断片は制限酵素XbaIとSalIで処理し、制限酵素XbaIとSalIで処理したベクターp35SproGUS中にクローニングした。クローン化した増幅断片(インサート)について、自動シークエンサーを用いて塩基配列を決定したところ、配列番号7に示す塩基配列からなるオシロイバナDOD遺伝子を含むことが確認できた。このオシロイバナDOD遺伝子によってコードされるDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼタンパク質のアミノ酸配列を配列番号8に示す。
【0074】
以上のようにしてクローニングしたオシロイバナDOD遺伝子を、制限酵素SseI-AscIでベクターを処理して発現カセットとして切り出し、バイナリーベクターpSMAHR35SsGFP(pSMABR35SsGFP(Mishiba et al. (2010) PLoS One 5(3): e9670)のbar遺伝子をhpt遺伝子に置換したベクター)にサブクローニングした(図2B)。本バイナリーベクターは、ハイグロマイシン耐性遺伝子(HPT)を有しているため、植物細胞にハイグロマイシン抵抗性を付与することができる。
【0075】
(2)オシロイバナDOD遺伝子の形質転換植物細胞への導入
上記でシイタケチロシナーゼ遺伝子を導入して得たL-DOPAを高蓄積する形質転換BY2細胞を、CaMV 35Sプロモーターの制御下にオシロイバナDOD遺伝子をクローン化した(1)のバイナリーベクターを用いたこと以外は実施例1と同様の手法により、さらに形質転換した。アグロバクテリウム・ツメファシエンスでの感染処理後、30 ppm ハイグロマイシンを含む選抜培地で形質転換細胞の選抜を行った。
【0076】
ベタラミン酸がアミン類と細胞内で縮合してベタキサンチン類となり黄色を発色するため、ベタキサンチン類を生成する形質転換細胞は鮮やかな黄色を呈することになる。図5に示すように、選抜培地で形成された細胞塊の中から、鮮やかな黄色を呈する形質転換細胞を、シイタケチロシナーゼ遺伝子とオシロイバナDOD遺伝子の両方が導入された形質転換細胞として視覚的に選抜することができた(図5)。
【0077】
このようにして選抜した形質転換BY2細胞から常法により総RNAを抽出し、導入したシイタケチロシナーゼ遺伝子及びオシロイバナDOD遺伝子の発現(転写)の有無をノーザンブロット解析により確認した。ノーザンブロット解析の結果、鮮やかな黄色を呈している細胞では、シイタケチロシナーゼ遺伝子とオシロイバナ由来DOD遺伝子の両方の転写が確認された。転写が示された形質転換細胞系統のうち代表的な3系統(No. 11、18、24)の解析結果を図3(LeTYR/MjDODの3レーン)に示す。
【0078】
(3)シイタケチロシナーゼタンパク質の細胞内蓄積の解析
シイタケチロシナーゼ遺伝子とオシロイバナDOD遺伝子の両方を導入した形質転換BY2細胞を、50mM HEPESバッファー(pH7.0)中で破砕し、粗タンパク質を抽出した。粗タンパク質を10% SDS-PAGE電気泳動により分離後、PVDFメンブレンに転写し、ブロッキングバッファー(PBS+3%スキムミルク)でブロッキングした。一次抗体として、シイタケチロシナーゼに対する抗ウサギポリクローナル抗体又はオシロイバナDODに対する抗ウサギポリクローナル抗体を、二次抗体としてはアルカリフォスファターゼ結合ヤギ抗ウサギIgG抗体を用いて、ウエスタンブロット解析に基づき発色法で検出を行った。3系統の形質転換BY2細胞(No. 11、18、24)において、シイタケチロシナーゼの蓄積を示す約68kDaのシグナルが検出された(図4AのLeTYR/MjDODの3レーン)。なおコントロールとした、オシロイバナDOD遺伝子のみを上記と同様の手法で導入した形質転換BY2細胞では、約68kDaのシグナルはウエスタンブロット解析で検出されなかった(図4AのMjDODの3レーン)。
【0079】
(4)チロシナーゼ活性の検出
上記でシイタケチロシナーゼの蓄積が示された、シイタケチロシナーゼ遺伝子とオシロイバナDOD遺伝子を導入した形質転換BY2細胞について、チロシナーゼ活性を測定した。粗タンパク質を、50mM HEPESバッファー(pH7.0)を用いて細胞から抽出した。得られた粗抽出タンパク質溶液50μlに50μl 2mMチロシンを加え、30℃で30分間インキュベートした。95℃にて3分間の処理で反応を停止した後、反応液を5 kDaカットフィルターに通して精製し、スルー(通り抜け)画分中のL-DOPA量を実施例1と同様にして測定した。L-DOPA測定に基づくチロシナーゼ活性は、形質転換BY2細胞系統No. 11、18、24についてそれぞれ2.2 nmol DOPA/h/mg protein、1.0 nmol DOPA/h/mg protein、3.6 nmol DOPA/h/mg proteinであった。これらの形質転換BY2細胞系統は、実施例1と同様に、高いチロシナーゼ活性を示し、生成されたL-DOPAが細胞内に高度に蓄積されたことを示した。
【0080】
(5)オシロイバナDOD遺伝子導入L-DOPA高蓄積植物細胞におけるベタキサンチン類の合成
オシロイバナDODの触媒活性によりL-DOPAはベタラミン酸に変換され、ベタラミン酸はさらにアミノ酸等との自発反応によりベタキサンチン類に変換される(図1)。そこで上記(3)で得られたオシロイバナDODをさらに導入したL-DOPA高蓄積形質転換細胞について、ベタキサンチン類の検出を行った。まず、オシロイバナDODをさらに導入したL-DOPA高蓄積形質転換細胞を、液体窒素で粉砕した後、0.1%ギ酸溶液で色素抽出を行った。抽出液は、LC-MS(Agilent Technologies)を用いて解析した。カラムはJ' sphere ODS-M80(4.6x150mm)を用いた。0.1%ギ酸(Solvent A)と0.1%ギ酸メタノール(Solvent B)を用いてSolvent Bの混合比を増加させながら7%(Solvent B)(0分)→20%(Solvent B)(20分)→60%(Solvent B)(40分)の条件で溶出し、450nmでの吸光度とm/zをモニタリングした。
【0081】
解析の結果、オシロイバナDOD遺伝子を導入したL-DOPA高蓄積形質転換BY2細胞からの抽出液には、プロリンベタキサンチン(Pro-Bx)や他のベタキサンチン類(Thr-Bx、GABA-Bx、Met-Bx、Val-Bx、Ile-Bx、Leu-Bx、Phe-Bx等)が検出された(図6)。これらのベタキサンチン類は、野生型BY2細胞やオシロイバナDOD遺伝子導入宿主のL-DOPA高蓄積形質転換BY2細胞では検出されなかった。このことは、シイタケチロシナーゼ遺伝子とL-DOPA変換酵素遺伝子とを植物細胞に導入することにより、ベタキサンチン類を始めとするL-DOPA由来アルカロイドを生合成する植物細胞系を確立できたことを示す。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明に係る形質転換植物細胞を利用することで、生体内での生産誘導が困難であったL-DOPAを安定して生産することが可能となる。このことにより、L-DOPAの有機合成法で問題となる異性体や副産物の発生を回避することが可能となる。また本発明に係るL-DOPA変換酵素遺伝子をさらに導入した形質転換植物細胞を用いて、これまで植物等の生体内の生産誘導が困難であったL-DOPAを前駆物質とする生理活性物質、すなわちドーパミン、モルヒネ、ベルベリン、ベタレイン(例えばベタキサンチン類)等のL-DOPA由来アルカロイドの生合成経路を植物細胞内で構築することが可能となる。これにより製造された物質は、生物医薬、食品、化粧品、化学工業、農業等の様々な産業分野で有効活用され得る。L-DOPAに由来する生理活性物質の多くは限定された植物でしか生産されないため、従来は、それらは希少植物からの精製や複雑なステップによる有機化学合成によって生産されている。本発明で作出したL-DOPAを高蓄積する形質転換植物細胞を用いて、遺伝子組換え手法により既知の生理活性物質(ドーパミン、モルヒネ、ベルベリン、ベタレイン等のL-DOPA由来アルカロイド)の生合成遺伝子を組み合わせて生合成経路を構築することにより、それら生理活性物質の安定した生産供給を可能にすることができる。
【配列表フリーテキスト】
【0083】
配列番号3〜6:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物プロモーターの制御下で導入された菌類由来チロシナーゼ遺伝子を含む、L-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞。
【請求項2】
菌類由来チロシナーゼ遺伝子が担子菌類由来チロシナーゼ遺伝子である、請求項1に記載の形質転換植物細胞。
【請求項3】
担子菌類由来チロシナーゼ遺伝子が、以下の(a)〜(e)のいずれかのDNAからなる、請求項1又は2に記載の形質転換植物細胞。
(a) 配列番号1に示される塩基配列からなるDNA
(b) 配列番号1に示される塩基配列に相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつチロシナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
(c) 配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるチロシナーゼタンパク質をコードするDNA
(d) 配列番号2に示されるアミノ酸配列において1〜50個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、チロシナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
(e) 配列番号2に示されるアミノ酸配列に対し90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、チロシナーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNA
【請求項4】
植物細胞が、ナス科植物細胞である、請求項1〜3のいずれか1項記載の形質転換植物細胞。
【請求項5】
菌類由来チロシナーゼ遺伝子を植物プロモーターの制御下で植物細胞に導入し、形質転換細胞を取得することを含む、L-DOPA蓄積能を有する形質転換植物細胞の作製方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の形質転換植物細胞を培養し、細胞培養物からL-DOPAを採取することを含む、L-DOPAの製造方法。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の形質転換植物細胞にL-DOPA変換酵素遺伝子をさらに導入することを含む、L-DOPA由来アルカロイドを生産する形質転換植物細胞の作製方法。
【請求項8】
L-DOPA変換酵素遺伝子がDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の形質転換植物細胞にL-DOPA変換酵素遺伝子がさらに導入されている、L-DOPA由来アルカロイドを生産する形質転換植物細胞。
【請求項10】
L-DOPA変換酵素遺伝子がDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子である、請求項9に記載の形質転換植物細胞。
【請求項11】
請求項9又は10に記載の形質転換植物細胞を培養し、得られる細胞培養物からL-DOPA由来アルカロイドを採取することを含む、アルカロイドの製造方法。
【請求項12】
L-DOPA変換酵素遺伝子がDOPA 4,5-ジオキシゲナーゼ遺伝子であり、L-DOPA由来アルカロイドがベタキサンチン類である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
請求項10に記載の形質転換植物細胞を再生させて得られる、花色が改変された形質転換植物体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−55208(P2012−55208A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−200088(P2010−200088)
【出願日】平成22年9月7日(2010.9.7)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(390025793)岩手県 (38)
【Fターム(参考)】