説明

MALDI用サンプル調製方法及び質量分析装置

【課題】高い空間分解能での二次元質量分析イメージングが可能なサンプルの調製方法を提供する。
【解決手段】サンプルプレート1においては、親水性膜層6の上に疎水性膜層7が形成され、疎水性膜層7に微小径の凹部3が形成されてその底面に親水性膜層6が露出している。このサンプルプレート1の表面にマトリックスが塗布されると、マトリックス8は疎水性膜層7上でははじかれて親水性膜層6上の凹部3に凝集する。これにより、ごく微量のマトリックスをアレイ状に高い密度で配列させることができる。このサンプルプレート1表面に試料を押し付けて剥がすと、試料が密着した範囲で試料表面の分析対象物質がその位置情報を保持したまま凹部3内のマトリックス8に取り込まれるから、これを乾燥させることで分析対象物質を含む微細な結晶粒が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マトリックス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI=Matrix Assisted Laser Desorption /Ionization)によるイオン源を備える質量分析装置で分析を行うためのサンプルを調製するサンプル調製方法と、これにより調製されたサンプルを分析するための質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
MALDIは、レーザ光を吸収しにくい試料やタンパク質などレーザ光で損傷を受けやすい試料を分析するために、レーザ光を吸収し易く且つイオン化し易い物質をマトリックスとして試料に予め混合しておき、これにレーザ光を照射することで試料をイオン化するものである。具体的には、通常、マトリックスは液体状態で試料に添加され、このマトリックスが試料に含まれる分析対象物質を取り込む。そして、マトリックスが乾燥されると、分析対象物質を含んだ結晶粒ができる。これにレーザ光を照射すると、分析対象物質、マトリックス、レーザ光の相互作用により、分析対象物質をイオン化することができる。MALDIは分子量の大きな高分子化合物をあまり開裂させることなく分析することが可能であり、しかも微量分析にも好適であることから、近年、生命科学などの分野で広範に利用されている。
【0003】
上記のようなMALDIを用いた質量分析法では、照射レーザ光のスポット径を小さく絞り、その照射位置を試料上で相対的に移動させることにより、例えば試料上で或る質量数を持つイオンの強度分布を表す画像(質量分析イメージ)を得ることができる。こうした装置は質量分析顕微鏡又は顕微質量分析装置として知られており、特に、生化学分野、医療分野等において、生体内細胞に含まれるタンパク質の分布情報を得るといった応用が期待されている(例えば非特許文献1など参照)。
【0004】
MALDIを用いて二次元質量分析イメージングを行う場合には、試料上にできるだけ均一にマトリックスを添加することが望ましい。そこで、従来、インクジェット方式で試料にアレイ状にマトリックスを射出する方法やスプレーなどで試料上にマトリックスを吹き付け塗布する方法などが用いられている。しかしながら、こうした従来のサンプル調製方法では、二次元質量分析イメージングの空間分解能を高くすることが難しい。その理由は次の通りである。
【0005】
例えばスプレーを用いて試料にマトリックスを添加する場合には、結晶粒はその周囲の広い範囲からも分析対象物質を取り込んでしまう。その結果、試料上の分析対象物質の位置情報は損なわれてしまい、或る物質が存在する領域の境界線は不明瞭になる。一方、インクジェット方式でマトリックスを射出して試料に添加する方法の場合、アレイ状にマトリックスを添加した測定部位(スポット)が並ぶため、その測定部位間での位置情報は保証される。しかしながら、測定部位の大きさはマトリックスの液量に依存し、現状の技術では射出可能な最小液量は0.1nL程度であって、これが試料上では100μm程度の直径に広がってしまう。そのため、これよりも大幅に測定部位を小さくすることはできず、それにより空間分解能は決まってしまう。
【0006】
【特許文献1】米国特許6555813明細書
【非特許文献1】小河潔、ほか5名、「顕微質量分析装置の開発」、島津評論 、株式会社島津製作所、2006年3月31日発行、第62巻、第3・4号、p.125−135
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、例えば二次元質量分析イメージングを行う場合に、従来よりも高い空間分解能を達成することができるサンプル調製方法を提供することにある。また、本発明の他の目的とするところは、上記サンプル調製方法により調製されたサンプルについての良好な二次元質量分析イメージングを実行することができる質量分析装置を提供することにある。
【0008】
二次元質量分析イメージングの空間分解能を上げるには、上述のようにアレイ状にマトリックスを添加した測定部位が並ぶようにしたときに、そのスポットの径(又は面積)をできるだけ小さくし、且つそのスポットの密度を高くする必要がある。従来、サンプルプレート上で液体状のマトリックスの広がり形状を規定するために、特許文献1に記載のように親水性の基板上に疎水性のフィルム層を設け、該フィルム層の一部に開口を設けて親水性の基板表面を露出させ、該開口部分(親水性部)にマトリックスが集まり易くした構成が知られている。本願発明者はこうした構造のサンプルプレートにおいては1個のスポットに保持されるマトリックスの液量が親水性部の面積に依存することに着目し、さらには結晶成長技術やフォトリソグラフィなどの微細加工技術等を用いることにより基板上に形成するパターンの微細化が可能である点に着眼して本願発明を得るに至った。
【課題を解決するための手段】
【0009】
即ち、上記課題を解決するために成された第1発明に係るサンプル調製方法は、MALDIによるイオン化を行うためのサンプルを調製する方法であって、
親水性部と疎水性部とから所定形状のパターンが一面に形成されている平板状部材のパターン面にマトリックスを塗布し、そのマトリックスの塗布面を二次元的に延展する試料に密着するように前記平板状部材を該試料に押し付けてから該平板状部材を剥離させることにより、前記親水性部上に凝集したマトリックスを前記試料に添加して、該試料の表面にマトリックスが添加された測定部位が形成されて成るサンプルを得るようにしたことを特徴としている。
【0010】
また上記課題を解決するために成された第2発明に係るサンプル調製方法は、MALDIによるイオン化を行うためのサンプルを調製する方法であって、
親水性部と疎水性部とから所定形状のパターンが一面に形成されている平板状のサンプルプレートのパターン面にマトリックスを塗布し、そのマトリックスの塗布面に二次元状に延展する試料が密着するように該試料を前記サンプルプレートに押し付けてから該試料を剥離させることにより、前記サンプルプレートの親水性部上に凝集したマトリックスに前記試料の含有物質が添加された測定部位が形成されて成るサンプルを得るようにしたことを特徴としている。
【0011】
また第3発明に係る質量分析装置は、上記サンプル調製方法により調製されたサンプルを分析するための質量分析装置であって、
前記サンプルの所定範囲を光学観察するための顕微観察手段と、
前記サンプルの前記測定部位に微小径のレーザ光を照射するレーザ光照射手段と、
前記レーザ光の照射に応じて前記測定部位から発生したイオンを質量数毎に分離して検出する質量分析手段と、
複数の前記測定部位に対し順次レーザ光を照射して発生したイオンを質量分析するように前記サンプルとレーザ光照射位置との相対位置関係を変えるべく該サンプル又はレーザ光照射手段のいずれか又は両方を移動させる走査手段と、
を備え、前記走査手段により二次元走査を行いつつ各測定部位に対する質量分析結果を取得することで前記試料表面の質量分析イメージを得ることを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
一般にマトリックスは水や親水性溶媒を主体としたものであるため、上述のように親水性部と疎水性部とから成るパターンを有する面上にマトリックスを塗布した場合、マトリックスは疎水性部上でははじかれ親水性部上に凝集する。そこで、例えば該パターンを、疎水性である平面部の中に微小スポット状の親水性部が二次元的に多数配列されたものとしておく。これにマトリックスを塗布することにより、微小スポットにマトリックスが凝集したものがアレイ状に多数配列された状態とすることができる。このときの各スポットのマトリックスの液量は親水性部の面積に依存し、スポットの密度が二次元質量分析イメージングの空間分解能を左右する。例えば疎水性部の構成材料としてシリコン(Si)、親水性部の構成材料として酸化シリコン(SiO)、フッ素樹脂等の親水性樹脂、或いはシリコン窒化膜などを用いれば、半導体製造に利用される各種微細化技術を利用して、非常に微細な面積の親水性部が非常に高い密度で配列されたパターンを容易に形成することができる。
【0013】
第1発明では、親水性部及び疎水性部による上記のようなパターンが一面に形成されている平板状部材のパターン面にマトリックスを塗布し、そのマトリックスの塗布面を例えば平板状のサンプルプレート上に載置された試料に押し付けて剥離させる。すると、平板状部材の一面の微細な親水性部上にそれぞれ凝集されているごく微量のマトリックスが、それぞれ互いに離れた状態を保って試料に添加される。これにより、試料の表面にはアレイ状にマトリックスが添加された微小面積の測定部位が形成され、これをサンプルとして各測定部位の質量分析を実行することができる。
【0014】
他方、第2発明では、親水性部及び疎水性部による上記のようなパターンが一面に形成されているサンプルプレートのパターン面にマトリックスを塗布し、その上に試料を押し付けて剥離させる。すると、サンプルプレートの微細な親水性部上にそれぞれ凝集されているごく微量のマトリックスがそれぞれ互いに離れた状態を保ったまま、試料表面の分析対象物質を取り込む。これにより、サンプルプレート上で試料が密着した範囲ではアレイ状にマトリックスと分析対象物質とが混合された微小面積の測定部位が形成され、これをサンプルとして各測定部位の質量分析を実行することができる。
【0015】
なお、一般に第1発明に係るサンプル調製方法では第2発明よりも、マトリックス中の試料(分析対象物質)の割合が多くなるが、レーザ光強度等の分析条件や分析対象物質の種類などによって、適切なイオン化のためにマトリックス中の試料の割合が多いほうがよい場合と少ないほうがよい場合とがある。したがって、分析条件や分析対象物質の種類などに応じて第1又は第2発明のいずれかを選択するとよい。
【0016】
また、好ましくは、前記平板状部材又は前記サンプルプレートは、そのマトリックス塗布面に少なくともその底面が親水性部である凹部が形成されている構成とするとよい。この構成によれば、親水性/疎水性によるマトリックスの凝縮作用に加えて凹部への液体の移動によるマトリックスの凝縮作用により、マトリックスが一層パターン通りに分布し易くなる。また、マトリックスを塗布してからパターンに従ってマトリックスが分布するまでの時間を短縮して分析効率の向上に寄与する。
【0017】
第1及び第2発明に係るサンプル調製方法によれば、サンプル上の測定部位を従来よりも微細化し、且つその密度も非常に高くすることができる。また、マトリックスを乾燥させた後にできる結晶粒の大きさも従来方法に比べて小さくすることができる。それにより、例えば生体試料の二次元質量分析イメージングを行う場合に、その画像の空間分解能を向上させることができる。また、サンプル調製のために特別な技量や経験をあまり必要とせず、サンプル調製のための作業効率も良好である。
【0018】
また第3発明に係る質量分析装置を用いれば、上述のように調製されたサンプルについてまず顕微観察手段により該サンプル上の所定範囲を顕微観察して特に質量分析イメージを取得したい範囲を決定し、それから該範囲に含まれる測定部位の1つ1つに対する質量分析を実行することで所望の二次元質量分析イメージを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
まず第1発明に係るサンプル調製方法に利用するサンプルプレートの一例について図2を参照して説明する。図2において(a)はこのサンプルプレート1の外観斜視図、(b)は一部上面図、(c)は縦端面図、(d)はマトリックスを保持した状態での縦端面図である。
【0020】
このサンプルプレート1は、金属或いはセラミック等から成る矩形状の平板5上に例えばSiOなどによる親水性膜層6を積層させ、さらにその上にSiなどによる疎水性膜層7を積層させて成る基体2を有し、その基体2上面の疎水性膜層7には微細径の凹部3がアレイ状に形成されていて、その凹部3の底面に親水性膜層6が露出している。したがって、このサンプルプレート1の上面は、ほぼ全体が疎水性部である中に略円形の親水性部が多数アレイ状に配列されたパターン面となっている。図2(b)、(d)に示すように、凹部3は径がd1、間隔がd2であり、この凹部3がマトリックス8を担持する部分となっている。
【0021】
親水性膜層6や疎水性膜層7の形成は例えば半導体製造における結晶成長技術を利用することができ、それによって例えば膜層6、7の厚さの制御も容易である。また凹部3を形成するためには半導体製造における微細加工技術(フォトリソグラフィ、エッチングなど)を利用することができ、それによって例えば1μmオーダーの微小なサイズの凹部3を再現性良く形成することができる。なお、サンプルプレート1は、平板5自体が親水性材料から成るもの(SiO基板等)であって、この平板5上に直接、疎水性膜層7を形成するようにしてもよい。
【0022】
次に、上記サンプルプレート1を利用したサンプル調製方法について図2(d)及び図3を参照して説明する。
【0023】
まず、サンプルプレート1の上面(パターン面)全体に、水、又はエタノール、メタノール、アセトニトリル等の親水性溶媒に溶解されたマトリックスを塗布する。すると、疎水性膜層7上ではマトリックスははじかれて親水性膜層6上にマトリックスが凝集する。さらに、凹部3の底面が親水性膜層6であるため、液体であるマトリックスを重力によって流動させて凹部3内に導くような凝集効果もある。それらが相まって、塗布されたマトリックス8は図2(d)に示すように効率良く且つ迅速に凹部3に集まり、サンプルプレート1上でマトリックス8はアレイ状に配列された状態となる。
【0024】
図3に示すように、上述した如く各凹部3にマトリックス8を用意したサンプルプレート1上面に、別のプレート10に保持された測定対象の試料11の表面(測定対象表面)を密着させて適宜の圧力を掛ける。これにより、アレイ状の各マトリックス8に試料11のそれぞれ異なる部分が接触し、試料11の各部分に含まれる分析対象物質がマトリックス8中に取り込まれる。各凹部3に保持されるマトリックス8はごく微量であるため、試料11が押し付けられてもマトリックス8の広がりは小さく、隣接するマトリックス8同士が接触することもない。
【0025】
試料11を取り除いた後に例えばサンプルプレート1上面に熱風を供給する等してマトリックス8を乾燥させると、試料11が押し当てられた範囲11a内の各凹部3には分析対象物質が混じったマトリックス結晶粒が形成される。この各凹部3がこのサンプルの測定部位(スポット)であり、サンプルプレート1のパターン面の親水性部の配置に従って微細な測定部位12が形成される。以上が第1発明に係るサンプル調製方法の一例である。この方法では、マトリックス8中に混合した分析対象物質の割合は比較的低い。
【0026】
次に第2発明に係るサンプル調製方法の一例を図4により説明する。この場合にも、図2に示したのと同様の構成のプレートを使用するが、ここではこのプレート自体がサンプルを保持するサンプルプレートとなるわけではない。したがって、ここでは単にプレート1と呼ぶ。このプレート1上面にマトリックスを塗布して各凹部3にマトリックス8を保持させる点は上記と同じである。
【0027】
その後、平板であるサンプルプレート10上に載置された試料11の表面に上記プレート1のパターン面を押し当て適度な圧力を加える。すると、試料11表面に密着した範囲では凹部3内のマトリックス8が試料11に添加される。上述のように各凹部3に保持されているマトリックス8の量はごく微量であるため、凹部3内のマトリックス8の全量が試料11に添加されてもその広がりは小さく、凹部3の径より若干大きくなる程度である。そして、プレート1を試料11から剥離させると、試料11の表面にはプレート1の親水性部、つまり凹部3の配置に従ったアレイ状の測定部位12が形成される。この方法では、マトリックス8中に混合した分析対象物質の割合は比較的高い。
【0028】
上記のようにして調製されたサンプルに対し二次元質量分析イメージングを行うための質量分析装置の構成と動作とを次に説明する。図1は本実施例のMALDI−TOFMSの全体構成図である。図示しない真空ポンプにより真空排気される真空チャンバ30の内部には、試料ステージ33、イオン輸送光学系39、質量分析器40、イオン検出器41等が配設され、真空チャンバ30の外側には、レーザ照射部36、レーザ集光光学系38、CCDカメラ43、観察用光学系42などが配置されている。イオン輸送光学系39は例えば、静電的な電磁レンズや多極型の高周波イオンガイド、或いはそれらの組み合わせなどが用いられる。質量分析器40はここでは飛行時間型質量分析器(TOF)である。
【0029】
試料ステージ33をX軸、Y軸の二軸方向に移動させる駆動機構35はステッピングモータ等を含み、試料ステージ駆動制御部46により制御される。また、レーザ照射部36は照射制御部47により制御される。CCDカメラ43による撮像信号は顕微画像処理部48に入力され、イオン検出器41による検出信号は質量分析データ処理部45に入力されている。本装置の動作を統括的に制御する中央制御部44にはオペレータにより操作される操作部49と表示部50とが接続されている。
【0030】
上記構成のMALDI−TOFMSを用いた二次元質量分析イメージングの典型的な動作は次の通りである。
【0031】
上述したように調製されたサンプル34は試料ステージ33上に載置される。いまここでは、図3により説明した方法によりサンプルプレート1に調製されたサンプル34を分析するものとする。このサンプル34についてオペレータはサンプル34上のどの個所を分析するのかを決める。即ち、CCDカメラ43は真空チャンバ30の側面に設けられた観察用窓32及び観察用光学系42を介してサンプル34上の所定の範囲を撮像する。その撮像信号は顕微画像処理部48に送られ、二次元観察画像が構成されて表示部50の画面上に例えば図5(a)に示すような二次元観察画像が表示される。もちろん、ズーム機能を用いてサンプル34上の任意の位置を拡大して表示させることができる。
【0032】
オペレータはその中で質量分析イメージングを行う範囲を決めて操作部49により範囲設定を行い、例えば分析目的物質の質量数を設定した上で分析開始を指示する。もちろん、1つの質量数だけでなく複数の質量数、或いは適宜の質量数範囲を設定して分析を行うことも可能である。いま、ここでは図5(a)中の符号14で示すイメージング範囲が設定されるものとする。そうした設定を行った上で分析の開始が指示されると、この指示を受けた中央制御部44はイメージング範囲14に含まれる各測定部位12に対する質量分析を所定の順序で実行する。
【0033】
即ち、分析対象の測定部位12がレーザ照射位置(分析位置)に来るように試料ステージ駆動制御部46を介して駆動機構35を制御し、サンプル34が載置された試料ステージ33をX−Y面内で移動させる。そして所望の測定部位12がレーザ照射位置に来ると、照射制御部47の制御の下にレーザ光強度などを調整した上でレーザ照射部36から短時間レーザ光37を出射させる。出射したレーザ光37はレーザ集光光学系38で集光され、真空チャンバ30の側面に設けられた照射用窓31を通してサンプル34上の測定部位12に照射される。レーザ光37が照射されると、マトリックスに混合されている分析対象物質はイオン化される。発生したイオンは図示しない引き出し電極等による電場によって上方に引き出され、イオン光軸Cに沿ってイオン輸送光学系39を通して質量分析器40に導入される。
【0034】
質量分析器40の飛行空間を飛行する間に各種イオンは質量数に応じて時間差を以てイオン検出器41に到達する。イオン検出器41は到達したイオンの個数に応じた電流を検出信号として出力し、この検出信号を受けた質量分析データ処理部45は飛行時間を質量数に換算して、設定された質量数に対応する信号強度を求める。このように或る1個所の測定部位12に対する質量分析が終了すると、中央制御部44は試料ステージ駆動制御部46を介して次に分析する測定部位がレーザ照射位置に来るように試料ステージ33を移動させ、上記と同様にしてその部位の質量分析を実行する。
【0035】
このようにサンプル34上に設定されたイメージング範囲14に含まれる測定部位が順番にレーザ照射位置に移動するように駆動機構35を制御し、試料ステージ33をステップ状に移動させる。そして、試料ステージ33が微小距離移動して停止する毎に、上述したようにレーザ光37を照射してその照射位置に対する所定質量数の強度を求める。そして初めに設定されたイメージング範囲14の全体に亘って質量分析を行い、各測定部位に対する所定質量数の強度データが得られると、これに基づいて例えば図5(b)に示すような二次元質量分析イメージングマップを作成し、これを表示部50の画面上に表示する。いまこの二次元質量分析イメージングマップでは各測定部位がそれぞれ矩形状の分割領域で示され、その測定部位における所定質量数のイオン強度は表示色の濃淡で表されている。
【0036】
もちろん、これは表示の一例であって二次元質量分析イメージングの表示形態は適宜にすることができる。また、複数の質量数についての二次元質量分析イメージングを1つのグラフ内で表示するために三次元表示を行ったり、或いは所定の質量数範囲の情報を表示するために質量スペクトルを表示したりする等の形態も考えられる。
【0037】
以上のようにして、前述の如く調製されたサンプルについての二次元質量分析イメージングを容易に行うことができる。なお、上述した質量分析装置の構成は適宜に変更することができる。例えば、真空雰囲気中でMALDIを行うほか、大気圧雰囲気中でのMALDIを行うものでもよい。また、質量分析部としてTOFのほか、四重極型などの他の質量分析部を用いてもよい。また、CCDカメラの撮像により顕微観察を行うのではなく、光学顕微鏡を併設してこれにより直接目視で顕微観察が行えるようにしてもよい。また、サンプル上の離散的な複数の測定部位(スポット)を二次元走査するために試料ステージ33を移動させる代わりに、或いはそれに併用してレーザ光照射手段全体を移動させるようにしてもよい。また、微小範囲の走査であればレーザ光を光学的に偏向させる手段を用いてもよい。
【0038】
また、上記記載以外の点についても、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明に係る質量分析装置の一実施例であるMALDI−TOFMSの全体構成図。
【図2】本発明に係るサンプル調製方法に利用するサンプルプレートの一例であって、(a)は外観斜視図、(b)は一部上面図、(c)は縦端面図、(d)はマトリックスを保持した状態での縦端面図。
【図3】本発明に係るサンプル調製方法の一実施例の説明図。
【図4】本発明に係るサンプル調製方法の他の実施例の説明図。
【図5】図1に示すMALDI−TOFMSによる二次元質量分析イメージング動作の説明図。
【符号の説明】
【0040】
1…サンプルプレート(プレート)
10…プレート(サンプルプレート)
11…試料
11a…範囲
12…測定部位
14…イメージング範囲
2…基体
3…凹部
5…平板
6…親水性膜層
7…疎水性膜層
8…マトリックス
30…真空チャンバ
31…照射用窓
32…観察用窓
33…試料ステージ
34…サンプル
35…駆動機構
36…レーザ照射部
37…レーザ光
38…レーザ集光光学系
39…イオン輸送光学系
40…質量分析器
41…イオン検出器
42…観察用光学系
43…CCDカメラ
44…中央制御部
45…質量分析データ処理部
46…試料ステージ駆動制御部
47…照射制御部
48…顕微画像処理部
49…操作部
50…表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MALDI(マトリックス支援レーザ脱離イオン化法)によるイオン化を行うためのサンプルを調製する方法であって、
親水性部と疎水性部とから所定形状のパターンが一面に形成されている平板状部材のパターン面にマトリックスを塗布し、そのマトリックスの塗布面を二次元的に延展する試料に密着するように前記平板状部材を該試料に押し付けてから該平板状部材を剥離させることにより、前記親水性部上に凝集したマトリックスを前記試料に添加して、該試料の表面にマトリックスが添加された測定部位が形成されて成るサンプルを得るようにしたことを特徴とするMALDI用サンプル調製方法。
【請求項2】
MALDI(マトリックス支援レーザ脱離イオン化法)によるイオン化を行うためのサンプルを調製する方法であって、
親水性部と疎水性部とから所定形状のパターンが一面に形成されている平板状のサンプルプレートのパターン面にマトリックスを塗布し、そのマトリックスの塗布面に二次元状に延展する試料が密着するように該試料を前記サンプルプレートに押し付けてから該試料を剥離させることにより、前記サンプルプレートの親水性部上に凝集したマトリックスに前記試料の含有物質が添加された測定部位が形成されて成るサンプルを得るようにしたことを特徴とするMALDI用サンプル調製方法。
【請求項3】
前記平板状部材又は前記サンプルプレートは、そのマトリックス塗布面に少なくともその底面が親水性部である凹部が形成されていることを特徴とする請求項1又は2に記載のMALDI用サンプル調製方法。
【請求項4】
前記所定形状のパターンは、疎水性である平面部の中に微小スポット状の親水性部が二次元的に多数配列されたものであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のMALDI用サンプル調製方法。
【請求項5】
請求項1〜4に記載のサンプル調製方法により調製されたサンプルを分析するための質量分析装置であって、
前記サンプルの所定範囲を光学観察するための顕微観察手段と、
前記サンプルの前記測定部位に微小径のレーザ光を照射するレーザ光照射手段と、
前記レーザ光の照射に応じて前記測定部位から発生したイオンを質量数毎に分離して検出する質量分析手段と、
複数の前記測定部位に対し順次レーザ光を照射して発生したイオンを質量分析するように前記サンプルとレーザ光照射位置との相対位置関係を変えるべく該サンプル又はレーザ光照射手段のいずれか又は両方を移動させる走査手段と、
を備え、前記走査手段により二次元走査を行いつつ各測定部位に対する質量分析結果を取得することで前記試料表面の質量分析イメージを得ることを特徴とする質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−309860(P2007−309860A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−140991(P2006−140991)
【出願日】平成18年5月22日(2006.5.22)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【出願人】(504261077)大学共同利用機関法人自然科学研究機構 (156)
【Fターム(参考)】