説明

MALDI質量分析におけるマトリックスとしてのシアノケイ皮酸のハロゲン化誘導体の使用

発明は検体のMALDI質量分析のためのマトリックスにおける、一般式:


を有するハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体、及び/または4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸及び/またはα-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸の使用に関する。ここで、RはF,Cl及びBrの中から独立に選ばれ、n=3,4または5である。R’はCOOH,CONH,SOH及びCOOR”の中から選ばれ、R”=C-Cアルキル基である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は検体のMALDI質量分析におけるマトリックスとしてのシアノケイ皮酸のハロゲン化誘導体の使用に関し、またそのようなマトリックスにも関する。
【背景技術】
【0002】
MALDI(マトリックス支援レーザ脱離/イオン化)は、1980年代初期に開発された、様々な分子類のイオン化のための技術である。この方法は、分析されるべき検体の、共結晶化を用いる有機マトリックスへの導入に基づく。続く、レーザによる共結晶化試料の照射がマトリックスの吸収を介するエネルギーの入力をおこさせ、分析に必要な気相内の個々の分子の脱離及び分子凝集のために、また対応する単分子種への分子のフラグメンテーションのためにも、はたらく。さらに、レーザエネルギーがマトリックス及び検体の(光)イオン化をおこさせ、そのようにすることで、形成されたイオンを電磁場内で加速して質量及び電荷に依存する飛行時間を測定することによるそれぞれのイオンの分離検出を可能にする。マトリックスの圧倒的多数の分子の内に検体を導入することで検体の過大なフラグメンテーションが防止され、よってMALDI法は、医薬物質、代謝産物またはペプチドのような小分子の検出に適するだけでなく、損なわれていない、タンパク質、オリゴヌクレオチドのような、大きく、熱的に不安定な生体分子の検出にも、あるいはまた、例えば合成ポリマーまたは巨大分子無機化合物の検出にも、特に良く適する。
【0003】
ほとんどの場合、用いられる(ほとんどがUVレーザまたはIRレーザの)レーザ波長において十分に強い吸収能力を有する小有機分子がマトリックスとして用いられる。さらに、様々な他のマトリックス要件、例えば、マトリックスとの共結晶化を用いる検体のマトリックスへの十分な導入、マトリックス内の検体の分離、真空内安定性、検体適合溶剤内溶解可能性及び高検体感度が満たされなければならない。一般的なマトリックスは不安定陽子をカルボン酸または酸性水酸基として有する。最もよく知られたマトリックス化合物は、普通に用いられるα−シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(CICAまたはHCCA)である。MALDI-MSに用いられる他のマトリックスは、例えば、4-クロロ-α-シアノケイ皮酸(ClCCA)、シナピン酸(4-ヒドロキシ-3,5-ジメトキシケイ皮酸)、または2,5-ジヒドロキシ安息香酸(2,5-DHB)である。それぞれの特定の構造にかかわらず、これらのマトリックスは実際上、特にタンパク質及び脂質のような生体巨大分子を含み、医薬物質、植物代謝物質等のような有機及び無機の検体も含む、とりわけて、大きい化合物及び小さい化合物も不揮発性化合物及び熱的に不安定な化合物も含む、MALDI-MSによって分析することができる全ての物質に対して用いることができる。分析の現在の焦点はペプチドの分析にある。
【0004】
MALDI質量分析におけるマトリックスとしての水酸基またはメトキシル基で置換したケイ皮酸の使用は、非特許文献1によって知られている。対応するα-ケイ皮酸の使用は特許文献1から得られる。特許文献2及び3は、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸または3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシケイ皮酸の使用を説明している。ハロゲン化-α-シアノケイ皮酸の使用が特許文献4に説明され、MALDIマトリックスとしてのClCCAの使用は非特許文献2によって知られている。さらに、特許文献5及び6は、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸の検体結合誘導体またはポリマー結合誘導体に基づくMALDIマトリックスを開示している。
【0005】
負イオンモードにおける脱離検体の高感度検出により質量スペクトル分析に対する様々な利点を得ることができる。例えば、正イオンモード及び負イオンモードの相補的測定により、例えば検体の酸性度のような、検体特性に関する追加情報が利用できるようになり、正イオンモードでは検出できない追加信号を用いることにより、例えばペプチド及びタンパク質の、高められたシーケンスカバレッジを達成することができ、あるいは負に荷電した検体フラグメントの分析により、フラグメント化過程における追加の構造情報を得ることができる。さらに、失われた塩基及び/または易脱プロトン化可能官能基の存在により、例えば、ホスホチロシン含有検体(非特許文献3)、硫酸化検体(非特許文献4)、小さな塩基性ジクロロアミン頭基を含む塩素酸化脂質(非特許文献5)または強酸ペプチド(非特許文献6)のような、様々な検体類のプロトン化だけを困難にすることができる。これには正イオンモードにおける感度低下がともない、また上述した追加情報に対する可能性に関して負イオンモードに対する高感度マトリックスが必要になる。
【0006】
これまで知られていたマトリックス化合物は、ほとんど排他的に、正に荷電したイオンの検出だけに適している。改善及び合理的アプローチのいずれもほとんどがこの極性における感度の最適化を目標にしている。したがって、分析目的にはほぼ圧倒的に正イオンモードが用いられる。対応する正イオン測定値に比較して、負イオンモードでの測定は検体信号強度の数桁に及ぶ減少を示すことが多く、したがって科学文献には散発的にしか見られない。負イオンモードにおける感度向上に関する数少ない既知のアプローチは、試料作成条件の変化及び/または、例えば、分解能を極端に下げることによって感度の向上が達成される(非特許文献7)、線形モードでの測定のような、デバイスパラメータの変化にほとんど限られている。
【0007】
正に荷電したイオン及び負に荷電したイオンの検出及び検証感度に対するMALDI質量分析の達成可能な感度は今のところ不十分であり、さらなる改善が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許出願公開2002/0122982A1号明細書
【特許文献2】独国特許発明第10158890A1号明細書
【特許文献3】独国特許発明第10322701A1号明細書
【特許文献4】独国特許第102007040251A1号明細書
【特許文献5】米国特許出願公開2006/0040334A1号明細書
【特許文献6】国際公開第2006/124003A1号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】アール・シー・ビーヴィス(R. C. Bravis)及びビー・ティー・チェイト(B. T. Chait),「タンパク質の紫外レーザ脱離質量分析のためのケイ皮酸誘導体(Cinnamic Acid Derivatives as Matrices for Ultraviolet Laser Desorption Mass Spectrometry of Proteins)」,Rapid Communication in Mass Spectrometry,1986年,第3巻,第12号,p.432〜435
【非特許文献2】ジャスコーヤ(Jaskolla)等,「4-クロロ-α-シアノケイ皮酸は先進の、合理的に設計されたMALDIマトリックスである(4-Chloro-α-cyanocinnamic acid is an advanced designed MALDI matrix)」,Proc. Natl. Acad. Sci. USA,2008年,第105巻,第34号,p.12200〜12205
【非特許文献3】ベヌヴァルド(Bonewwald)等,「ホスホリル化チロシン含有ペプチドの合成及びキャラクタリゼーションに関する研究(Study on the synthesis and characterization of peptides containing phosphorylated tyrosine)」,Journal of Peptide Research,1999年,第53巻,第2号,P.161〜169
【非特許文献4】ナベタニ(Nabetani)等,「添加リン酸一アンモニウムを含む正イオンモード及び負イオンモードを用いるマトリックス支援レーザ脱離/イオン化質量分析による酸性ペプチドの分析(Analysis of acidic peptides with a matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectroscopy using positive and negative ion modes with additive monoammonium phosphate)」,Proteomics,2006年,第6巻,p.4456〜4465
【非特許文献5】ジャスコーヤ等,「新マトリックスClCCAがMALDI-TOF MSによるホスファチジルエタノールアミンクロラミンの検出を可能にする(The new matrix ClCCA allows the detection of phosphatidylethanolamine chloramines」,Journal of the American Society for Mass Spectrometry,2009年,第20巻.p.867〜874
【非特許文献6】ジェイ・ジャイ-ヌクナン(J. Jai-nhuknan)及びシー・ジェイ・キャサディ(C.J. Cassady),「酸性アミノ酸残渣含有ペプチドの負イオン源後壊変飛行時間質量分析(Negative ion postsource decay time-of-flight mass spectrometry of peptides containing acidic amino acid residues)」,Analytical Chemistry,1998年,第70巻,第24号,p.5122〜5128
【非特許文献7】ジャネク(Janek)等,「正イオン及び負イオンマトリックス支援レーザ脱離/イオン化質量分析法によるホスホペプチド分析(Phosphopeptide analysis by positive and negative ion matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry)」,Rapid Communication in Mass spectrometry,2001年,第15巻,p.1593〜1599
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、正イオンモード及び負イオンモードの感度をかなり高めることにより様々な検体、とりわけ、調べられているペプチド類のほとんどに対する現状技術の欠点を少なくともある程度克服する化合物を、マトリックス構造の最適化によって提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題は、検体のMALDI質量分析のためのマトリックスにおける、一般式が、
【化1】

【0012】
のハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体、及び/または4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸、及び/またはα-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸の使用により、解決される。式中、RはF,Cl及びBrの中から独立に選ばれ、n=3,4または5である。R’はCOOH,CONH,SOH及びCOOR”の中から選ばれ、R”=C-Cアルキル基である。
【0013】
本発明にしたがえば、ハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体のシス異性体及びトランス異性体のいずれをも用いることができる。ハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体の構造異性体も用いることができる。
【0014】
フェニル環には3つないし4つのハロゲン置換基しか利用できないから、残りのフェニル置換基は水素である。上に示した構造式は、様々なシアノケイ皮酸誘導体の、可能な全ての立体異性体(シス/トランス異性体)及び構造異性体(位置異性体)を含むべきである。したがって、例えば、フェニル環の位置2,3及び4において置換されているシアノケイ皮酸誘導体は、位置4,5及び6において同じ置換基により置換されているシアノケイ皮酸誘導体シアノケイ皮酸誘導体に相当すべきである。可能な置換基としてのF,Cl及びBrの選択は相互に完全に独立であり、それぞれのRは別々に選ぶことができる。
【0015】
特に好ましい実施形態において、RはF,Cl及びBrから選ばれ、n=5及びR’=COOHである。好ましい化合物の例は、α-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタフルオロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタクロロケイ皮酸及びα-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタブロモケイ皮酸である。
【0016】
別の好ましい実施形態において、RはF,Cl及びBrから選ばれ、n=4及びR’=COOHである。ここで好ましい化合物は、α-シアノ-2,3,4,5-テトラフルオロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,4,5-テトラクロロケイ皮酸及びα-シアノ-2,3,4,5-テトラブロモケイ皮酸である。
【0017】
さらに、シアノケイ皮酸誘導体は、好ましくは、α-シアノ-2,3,5,6-テトラフルオロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,5,6-テトラクロロケイ皮酸及びα-シアノ-2,3,5,6-テトラブロモケイ皮酸の中から選ぶことができる。
【0018】
さらに、α-シアノ-2,4,5,6-テトラフルオロケイ皮酸、α-シアノ-2,4,5,6-テトラクロロケイ皮酸及びα-シアノ-2,4,5,6-テトラブロモケイ皮酸の中から選ばれる、シアノケイ皮酸誘導体も好ましい。
【0019】
好ましくは、RがF,Cl及びBrから選ばれ、n=3及びR’=COOHである実施形態も提供される。好ましい化合物の例は、α-シアノ-2,3,4トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,4トリクロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,4トリブロモケイ皮酸、α-シアノ-2,3,5トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,5トリクロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,5トリブロモケイ皮酸、α-シアノ-2,3,6トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,6トリクロロケイ皮酸、α-シアノ-2,3,6トリブロモケイ皮酸、α-シアノ-2,4,5トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-2,4,5トリクロロケイ皮酸、α-シアノ-2,4,5トリブロモケイ皮酸、α-シアノ-2,4,6トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-2,4,6トリクロロケイ皮酸、α-シアノ-2,4,6トリブロモケイ皮酸、α-シアノ-3,4,5トリフロロケイ皮酸、α-シアノ-3,4,5トリクロロケイ皮酸、及びα-シアノ-3,4,5トリブロモケイ皮酸である。
【0020】
他にも、特に好ましく用いられるα-ケイ皮酸は、4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸及び/またはα-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸である。
【0021】
上記のマトリックスは負イオンMALDI質量分析に用いられることが好ましい。
【0022】
n=5であることが特に好ましい。
【0023】
一実施形態において、検体は、タンパク質、ペプチド、縮合核酸、脂質、ホスホリル化合物、糖質、医薬物質、代謝産物、合成及び天然の(コ)ポリマー、及び無機化合物の中から選ぶことができる。検体の例は、とりわけ、ホスホペプチドまたはリン脂質、デンドリマー及び縮合核酸、例えば、DNA,RNA,siRNA,miRNAである。
【0024】
好ましくは、マトリックスが検体と混合される実施形態も提供される。
【0025】
マトリックスに対する検体の分子混合比は、1:100から1:000000000とすることができ、1:10000であることが好ましい。
【0026】
上記化学式に属するハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体の混合物も用いることができる。
【0027】
本発明にしたがえば、上記ハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体の内の少なくとも1つの、少なくとも1つの別のマトリックス材料との混合物が、用いるに最も好ましい。
【0028】
好ましくは、別のマトリックス材料は、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸、α-シアノ-2,4-ジフロロケイ皮酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸、フェルラ酸、2-アザ-5-チオチミン、3-ヒドロキシピコリン酸、及び4-クロロ-α-ケイ皮酸の中から選ぶことができる。
【0029】
本発明にしたがって別のマトリックス材料との混合物が用いられる場合、別のマトリックス材料は、マトリックス材料の総重量に対して、10〜90重量%、好ましくは20〜50重量%の比で用いられる。
【0030】
別の好ましい実施形態において、マトリックス材料は不活性フィラーと混合される。
【0031】
マトリックス材料はイオン性液体としても利用することができる。
【0032】
さらに、本発明にしたがえば、検体のMALDI質量分析のための、一般式が、
【化2】

【0033】
のハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体を含み、及び/または4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸及び/またはα-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸を含むマトリックスも提供される。式中、RはF,Cl及びBrの中から独立に選ばれ、n=3,4または5であって、R’はCOOH,CONH,SOH及びCOOR”の中から選ばれ、R”=C-Cアルキル基である。
【0034】
好ましい実施形態において、マトリックスはイオン性液体として利用できる。イオン性液体の作成のため、マトリックスは、例えば、ピリジン、ジエチルアミンまたは3-アミノキノリンのような、プロトン化可能塩基と混合することができ、よってイオン性マトリックス溶液が形成され、この溶液は検体溶液と混合されるかまたは試験されるべき表面上のフィルムとして塗布される。
【0035】
別の実施形態において、マトリックスは蒸気圧が低い溶剤、例えばグリセリンに溶解させることができ、次いで溶解された検体と混合するかまたは試験されるべき表面上のフィルムとして塗布される。
【0036】
MALDI質量分析を実施するため、好ましくは、IRレーザ、Nd;YAGレーザまたは窒素レーザのようなUVレーザを、また、可調色素レーザまたは可調光パラメトリック発振(OPO)レーザ及び308nmXeClエキシマーレーザのような、中UV域または遠UV域で発光するレーザも、エネルギー入力として用いられる。
【0037】
意外にも、MALDI質量分析におけるマトリックスへの複数のハロゲン化α-シアノケイ皮酸誘導体の使用において、正イオン及び負イオン、好ましくは負イオンに対する検出及び検出感度がかなり改善され得ることが、本発明によって確立された。誘導体の使用により、負イオンモードにおいて従来のマトリックスより明らかに高い検体信号強度及び感度が得られる。
【0038】
好ましい実施形態にしたがうマトリックス混合物の使用により、結晶化及びマトリックス結晶への検体化合物の導入に関する特性の最適化が、また検体のさらに高効率のイオン化の達成が可能になる。
【0039】
いずれかの与えられる理論に束縛されることは好まないが、上記利点は、電子求引性であり、軽く分極可能でもある、置換基の選択に基づき、芳香族化合物におけるハロゲン置換基の正確な位置及び数には無関係に存在すると考えられる。
【0040】
本発明にしたがって提供されるハロゲン化α-シアノ経皮酸誘導体の使用により、以下の利点、
非常に活性な電子求引性ハロゲンの顕著なI効果の結果、二次イオン化過程中のマトリックスカルボアニオンの高負電荷密度の形成が抑えられ、したがってそのようなカルボアニオンの安定性が高められる、
中性マトリックス内で、電子求引性置換基がそれぞれのマトリックス-π系の負電荷密度を減少させ、よってマトリックスまたは金属基板の光イオン化中に自由になり、負に荷電もしている、電子が他の中性マトリックス分子による吸収に対する低い反発力に打ち勝たなければならず、この結果、より高い電子親和度及び捕獲確率がそれぞれ得られる、
ハロゲン置換基による誘導体形成を介して電気親和度が高くなると、反応性カルボアニオンの形成のための内部エネルギーが大きくなる、
ことが達成され得ると考えられる。
【0041】
本発明のさらなる特徴及び利点は、添付図面に関わる、以下の好ましい実施形態の詳細な説明から得られる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1a−1】図1a−1は、CHCAで得られた、βカゼイントリプシン消化物の、負イオンモードで記録された質量スペクトルの一区画を示す。
【図1a−2】図1a−2は、図1a−1の対応する検体フラグメントに関する拡大図を示す。
【図1b】図1bは、CHCAとα-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタフルオロケイ皮酸(ペンタ-FCCA)を1:4で混合したマトリックスを用いて得られた、βカゼイントリプシン消化物の、負イオンモードで記録された質量スペクトルの対応する区画を示す。
【図2】図2は、CHCAを用いて、また本発明にしたがって適用されたマトリックスを含む様々な三元マトリックス系も用いて、負イオンモードで記録された6つのβカゼイントリプシン消化物フラグメントの、それぞれのm/z比で表された、絶対信号強度の図を示す。
【図3】図3は、図2において分析された全てのペプチドの平均信号対雑音(S/N)比を、用いられたマトリックスまたはマトリックス混合物の関数として示し、S/N比はCHCAに基づいて規格化されている。
【図4】図4は、本発明にしたがって適用されたマトリックスの使用の下で負イオンモードで得られた、様々な従来のマトリックス及びマトリックス混合物のS/N比の図を示し、標準較正ペプチド混合物を検体として用い、表示測定値は10回の独立した個々の測定による平均値を表す。図における均等な表示のため、個々の検体のS/N比は一定の係数でスケールを調節してある。
【図5】図5は、負イオンモードで得られ、様々なマトリックス及びマトリックスを用いて測定された、様々なホスホペプチドの強度の図を示し、独立な5つの測定値からの平均値が適用され、それぞれのペプチドシーケンスにしたがって横座標に与えられており、より明確にするため、いくつかのホスホペプチドの強度は全てのマトリックスに対して一定の係数によってスケールを調節してある。
【図6】図6は、様々なマトリックスまたはマトリックス混合物を用いることにより、負イオンモードで得られた様々なホスホペプチドの強度の図を示し、それぞれの平均化後に標準CHCAで得られた信号強度を1に規格化しである。
【図7a】図7aは、様々なホスホペプチドの検出のため、マトリックスとしてCHCAを用いて負イオンモードで得られた質量スペクトルを示す。
【図7b】図7bは、様々なホスホペプチドの検出のため、マトリックスとして4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸(BrCCA)と4-クロロ-α-シアノケイ皮酸(ClCCA)を2:8の比で用いて負イオンモードで得られた質量スペクトルを示す。
【図7c】図7cは、様々なホスホペプチドの検出のため、マトリックスとしてα-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸(ジClCCA)とClCCAを1:1の比で用いて負イオンモードで得られた質量スペクトルを示す。
【図8a−1】図8a−1は正イオンモードにおける様々なペプチドのフラグメンテーションを示す。
【図8a−2】図8a−2は正イオンモードにおける様々なペプチドのフラグメンテーションを示す。
【図8b−1】図8b−1は正イオンモードにおける様々なペプチドのフラグメンテーションを示す。
【図8b−2】図8b−2は正イオンモードにおける様々なペプチドのフラグメンテーションを示す。
【図8c−1】図8c−1は正イオンモードにおける様々なペプチドのフラグメンテーションを示す。
【図8c−2】図8c−2は正イオンモードにおける様々なペプチドのフラグメンテーションを示す。
【発明を実施するための形態】
【0043】
置換α-シアノケイ皮酸誘導体の合成
本発明にしたがって用いられるハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体は、例えば、クネベナーゲル縮合に基づく置換アルデヒドのシアノケイ皮酸(誘導体)との縮合を用いて得ることができる。これに必要な置換ベンズアルデヒドは、ペンタハロゲン誘導体の場合、対応するハロゲン化トルオール誘導体から三酸化イオウによる酸化によって得ることができる。
【0044】
2,3,4,5,6-ペンタブロモベンズアルデヒドの選出に対する実施形態例
10.1g(0.02モル)の2,3,4,5,6-ペンタブロモトルオールを80gの三酸化イオウに溶解させ、水を抜きながら還流で24時間フラッシする。反応終了後、余剰の三酸化イオウを減圧下で分離する。形成されたジオキソニウム成分は200mlの氷に加えることで加水分解されてアルデヒドになる。75℃までの短時間加熱及び引き続く冷却の後、アルデヒドは濾過され、蒸留水で中性pH値にされて、乾燥される。クロロベンゼンからの再結晶化により、8.4g(0.017モル)の2,3,4,5,6-ペンタブロモベンズアルデヒドがクリーム色のピンとして得られる。収率:理論値の84%。
【0045】
2,3,4,5-テトラブロモ-α-シアノケイ皮酸の選出に対する実施形態例
15gの2,3,4,5-テトラブロモベンズアルデヒド(分子量=421.1g/モル,1当量,3.56ミリモル)を、30mlの無水トルオール内の317.7mgのシアノ酢酸(分子量=85.1g/モル,1.05当量,3.74ミリモル)及び7.8mgのピペリジニウムアセタートにより、還流で1.5時間フラッシする。水セパレータが縮合水の分離のためにはたらく。室温までの冷却後、生成物は濾過され、大量の冷水が注がれる。原生成物はメタノール/水混合物から繰返し再結晶化される。濾過抽出及び真空乾燥後、1.65gのα-シアノ-2,3,4,5-テトラブロモケイ皮酸が得られる。収率:理論値の95%。
【0046】
α-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタフルオロケイ皮酸の選出に対する実施形態例
1当量のシアノ酢酸(n=12.95ミリモル,m=1.10g)、0.9当量の2,3,4,5,6-ペンタフロロベンズアルデヒド(分子量=196.07g/モル,n=11.66ミリモル,m=2.287g)及び0.012aqのピペリジニウムアセタート(n=0.156ミリモル,m=22.55mg)を、十分な量のトルオール内で3時間還流でフラッシする。40℃への冷却後、淡黄色の結晶が濾過抽出され、冷水が注がれる。メタノール/水からの再結晶化により、黄色のオイルが得られ、このオイルが分離され、冷HPLC水が注がれ、ここで結晶化がおこる。この結晶のメタノール内の溶解及び2倍の量の冷水を加えることによる沈殿が、生成物を結晶形態で直接に沈殿させる。収率:理論値の62%。
【0047】
反応終了後の冷却中に結晶化しない生成物があれば、その生成物は結晶化が始めるまで真空下で濃縮され、残渣に冷水が注がれる。例えば、生成物の溶解度が低下する温度より融点が低い、α-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタフルオロケイ皮酸のような成分をともなうオイルアウトを防止するため、そのような場合は、透明なメタノール溶液に十分な量の冷HPLC水を迅速に加えることで誘導体が沈殿する。例えば、2,3,6-トリクロロ-α-シアノケイ皮酸または2,3,4,5-テトラクロロ-α-シアノケイ皮酸のような、いくつかの誘導体は、トルエンへの溶解度が小さい黄色オイルへのエネルギー入力が強すぎる場合、二量重合し、これが低温で結晶化する。これらの成分を選出するため、触媒部分を0.03%まで増やし、反応時間を1時間に抑える。完全な転換はDCを用いて検査することができる。50℃への冷却後、トルオール相はオイル上の副生成物から分離され、さらに冷却することで所望の生成物が沈殿する。再結晶化には二量重合及び収率低下もともなうから、原生成物をメタノールに迅速に溶解させ、十分な量の冷水を加えることで迅速に沈殿させる。
【0048】
シアノ経皮酸誘導体は、MALDI質量分析に適する試料を作成するために普通に用いられる方法を提供することで、検体と混合することができる。
【0049】
混合のための方法の例は、例えば、ドライドドロップレット(dried droplet)法である。マトリックス及び検体は次いで溶解され、(予備混合により)同時に、または順次に、いずれかの所望の表面に塗布される。検体化合物を含むマトリックスの結晶化は溶剤の蒸発によっておこる。
【0050】
さらに、マトリックスまたはマトリックス混合物が溶解されて検体を含めずにいずれかの表面上に塗布される、表面作成法を用いることができる。マトリックス化合物の(共)結晶化は溶剤の蒸発によっておこる。検体溶液が結晶化したマトリックス上に被着され、表面に近いマトリックス層だけが溶解することにより、再結晶化中に、検体化合物が濃縮形態で含有される。
【0051】
揮発法は表面作成法に対応するが、マトリックスが溶液から結晶化せず、揮発下で気相からの分離により表面上に被着される点が異なる。
【0052】
最後に、マトリックス及び検体が共通の(混合)溶剤に溶解され、スプレー器具を用いる散布(エアロゾル形成)によって散布される、いわゆるエアブラシ法が可能である。大面積により溶剤の迅速な蒸発がおこり、小さなマトリックス-検体結晶が形成される。あるいは、検体を含めずにマトリックスを溶解させ、調べられるべき表面(例えば組織切片標本)上にスプレーするかまたは別の方法で塗布することができる。
【0053】
新規な適用可能性はイオン性液体としてのマトリックスの作成である。この目的のため、マトリックス溶液が等モル量の、ピリジンまたはジエチルアミンのような、塩基と混合/撹拌され、よって、いずれかの所望の表面上に検体溶液とともに塗布することができる、液体イオン性マトリックスフィルムが形成される。
【0054】
さらに、以下で、術語「消化物」は、酵素によりいくつかのアミノ酸位置で切断されて、多くの小さなペプチドになった、タンパク質を意味する。
【0055】
実施した研究には、ABI4800 MALDI TOF/TOF(登録商標)アナライザーを355nmにおけるMS及びMS/MSモードで、またMALDI LTQ Orbitrap XLを、334nmのレーザ波長を用い、フーリエ変換質量分析法モードで用いた。
【0056】
質量分析計は様々なイオンタイプ(検体イオン、マトリックスイオン)をそれぞれの質量/電荷比にしたがって分離する。すなわち、電荷=1の場合に質量/電荷比がイオンの質量に等しいように、MALDIにおけるイオンはただ一つの(正または負の)電荷を有する。スペクトルの横座標はイオンの質量/電荷比(したがって、ほとんどの場合に、質量)を与え、単位はドルトン(Da)またはg/モルである。
【0057】
強い信号−スペクトルの垂直線で表され、線(信号)の高さがその信号を発生するイオン種の量と相関する−はそれぞれの質量または質量/電荷比によって個々に示される。
【0058】
座標のスケールはそれぞれのスペクトル内の最も強い信号に基づき、最も強い信号の装置依存絶対値を与える。スペクトルに表されるその他の全ての信号は最も強い信号(左座標軸)に対して示される。右座標軸は、与えられたスペクトルまたは同じ質量分析計の他のスペクトル内の他の信号に対する比較においてのみ有意である。
【実施例】
【0059】
実施例1
信号強度の増大
検体信号強度は、より高感度のハロゲン化マトリックスの使用により、かなり高めることができる。これは、プロテアーゼトリプシンによるタンパク質βカゼインの酵素消化物について、図1に示される。標準マトリックスのα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)を用いて検出できる最も強い信号は、検体に無関係なマトリックス自体の信号による(図1a上段)。ペプチド信号は拡大図(図1a下段)でなければ明瞭に見ることができない。最も強いフラグメントに対する絶対信号強度は439単位の大きさでしかない。比較して、高反応性マトリックスのα-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタフロロケイ皮酸(ペンタFCCA)を加えることで、感度をかなり高めた測定を行うことが可能になる(図1bを見よ)。この場合の最も強い検体信号の絶対信号強度は同じ検体量において9600単位である。さらに、検体信号は低質量範囲においてマトリックス自体の信号よりも明瞭に検出可能である。
【0060】
パラメータ:
質量分析計:ABI4800 MALDI TOF/TOFアナライザー,
モード:MS,
レーザ波長:355nm,
検体:30%アセトニトリル/0.01%三フッ化酢酸に溶解させた、1ピコモルのβカゼインのトリプシン消化物,
極性:負,
マトリックス:C=20ミリモル,V=0.5μlにおいて、70%アセトニトリルに溶解させた、10ナノモルの対応するマトリックスまたはマトリックス混合物。
【0061】
実施例2
三元マトリックス混合物によって示される信号強度の増大
三元マトリックス系としての特許請求の範囲に定義される誘導体と2つの他の化合物の混合物も、本発明にしたがって感度を高めるために用いることができる。これは、6つのβカゼイントリプシン消化物のペプチドフラグメントの絶対信号強度に基づいて、図2に示される。この目的のために用いられたプロテアーゼトリプシンはさらに、例えばフェニルアラニンによるさらなる切断可能性による、シーケンス(F)LLYQEPVLGPVR(G)による(脱プロトン化された)m/z=1381.79Daのペプチドまたはm/z=2221.19Daの(脱イオン化された)酸化ペプチド(F)LQPEVMGVSKVKEAMAPKHK(E)の生成を可能にする、キモトリプシン活性を示した。それぞれのペプチドの絶対強度はそれぞれのm/z比に基づき、用いたマトリックスまたはマトリックス混合物にしたがって、表される。この図表示のため、それぞれのペプチドの信号強度には、m/z比に基づいて横座標に続けて印される一定の係数が乗じられている。用いたマトリックス比は対応する物質量比に相関する。
【0062】
図2から明らかに、基準マトリックスCHCAが用いられた場合には、非常に低い信号強度しか得られないことが分かる。CHCAとα-シアノ-2,4-ジフロロケイ皮酸(ジ-FCCA)と4-クロロ-α-シアノケイ皮酸(ClCCA)の2:1:1の三元マトリックス混合物により、ほとんどの場合、純CHCAマトリックスより強い信号強度が可能になる。しかし、三元マトリックスの形成に4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸(BrCCA)またはペンタ-FCCAを使用しても明らかに検体のさらに高感度検出が可能になる。
【0063】
高ハロゲン化α-シアノケイ皮酸またはBrCCAの使用による検体感度の増大は、図2で分析されたペプチドの信号対雑音(S/N)比が決定され、より良い比較のため、平均値に平均され、CHCAに規格化されている、図3にさらに明瞭に見られる。S/N比はそれぞれの信号環境において信号がスペクトルの雑音の何倍強いかを示し、したがって、例えば検出器の電子雑音によって生じる雑音レベルは信号強度だけからは読み取ることができないから、与えられた信号の品位の尺度である。図3から当然、本発明にしたがうマトリックスとしての三元混合物は明らかに、これまで用いられたマトリックスまたはマトリックス混合物より高感度である。
【0064】
パラメータ:
質量分析計:ABI4800 MALDI TOF/TOFアナライザー,
モード:MS,
レーザ波長:355nm,
検体:30%アセトニトリル/0.01%三フッ化酢酸に溶解させた、1ピコモルのβカゼインのトリプシン消化物,
極性:負,
マトリックス:C=20ミリモル,V=0.5μlにおいて、70%アセトニトリルに溶解させた、10ナノモルの対応するマトリックスまたはマトリックス混合物。
【0065】
実施例3
標準較正ペプチド混合物の使用の下に検体感度を高めるための別の実施例が図4に提示される。測定は、この場合も負イオンモードで、様々なマトリックス及びマトリックス混合物を用いて行い、較正混合物に含まれるペプチドのS/N比を測定した。標準較正混合物のペプチドを検体として用いた。2,5-ヒドロキシ安息香酸と2-ヒドロキシ-5-メトキシ安息香酸の9:1(n/n)混合物及び、CHCA,ClCCA,ジ-FCCAも、またCHCAを加えたClCCAとジ-FCCAの混合物及びCHCAを加えていないClCCAとジ-FCCAの混合物も、基準としてはたらいた。本発明にしたがって適用されるケイ皮酸誘導体の代表例として、BrCCA,ペンタ-FCCA及びα-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタブロモケイ皮酸(ペンタ-BrCCA)を選択した。図4から分かるように、本発明にしたがうマトリックス混合物の適用により感度の明瞭な向上が得られる。
【0066】
パラメータ:
質量分析計:ABI4800 MALDI TOF/TOFアナライザー,
モード:MS,
レーザ波長:355nm,
検体:30%アセトニトリル/0.01%三フッ化酢酸に溶解させた、0.5μモルのSequazyme Mass Standard Kit (混合:1+2)
極性:負,
マトリックス:C=20ミリモル,V=0.5μl、DHBSでは、c=20mg/ml(水溶),V=1μlにおいて、70%アセトニトリルに溶解させた、10ナノモルの対応するマトリックスまたはマトリックス混合物。
【0067】
実施例4
ホスホリル化ペプチドの検出強度の増強
リン酸官能基が容易に脱プロトン化可能であることにより、ホスホリル化ペプチドは正イオンモードにおいて、対応する非ホスホリル化検体よりも低いイオン化効率を示すことが多い(非特許文献7)。したがって、検体の検出に十分な感度がある限り、負イオンモードでホスホペプチドの分析を実施することが推奨される。図5は、ホスホペプチドの例の検出感度に関する、様々な従来のマトリックスの使用の比較を、また本発明にしたがうマトリックスの使用の比較も、含む。ホスホリル化位置は図2の横座標に表示されたシーケンスにおいて対応するアミノ酸の前に挿入された‘p’で印される。標準的に用いられるCHCA及びDHBSが、補助剤を追加せずに作成された、すなわち二元マトリックスの形態の、α-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸(ジ-ClCCA)及びBrCCAの誘導体に対して対照される。明らかに、純BrCCA誘導体の、または他のマトリックスとの組み合わせて作成された、マトリックスにより、全ての検体に対してより高感度の検出が可能になる。他のマトリックスが追加されているかまたは追加されていない、ジ-ClCCAは高分子量のホスホリル化検体について特に高い感度を示す。
【0068】
パラメータ:
質量分析計:MALDI LTQ Orbitrap XL,
モード:フーリエ変換質量分析,
レーザ波長:337nm,
検体:30%アセトニトリル/0.01%三フッ化酢酸に溶解させた、0.5μlの合成ホスホペプチド混合物
極性:負,
マトリックス:C=20ミリモル,V=0.5μl、DHBSでは、c=20mg/ml(水溶),V=1μlにおいて、70%アセトニトリルに溶解させた、10ナノモルの対応するマトリックスまたはマトリックス混合物。
【0069】
全てのホスホペプチドについて図5から得られた平均強度のマトリックス毎の平均化及びその後のCHCA標準に基づく規格化により、様々な誘導体及びそれらの混合物の効率または感度の迅速な概観が可能になり、新規に開発された誘導体について検体信号強度の強い増大が示される。図6を参照されたい。
【0070】
図7A〜7cに、図5及び6に基づくスペクトルデータの例が、対応する絶対強度の増大とともに、CHCA(絶対強度:464000単位)、BrCCA:ClCCA=2:8(絶対強度:8230000単位)及びジ-ClCCA:ClCCA=1:1(絶対強度:6450000単位)について表示される。
【0071】
実施例5
MS/MS分析におけるさらに強いフラグメンテーション
MS/MS分析は検体の構造検証に役立つ。この目的のため、フラグメント化されるべき検体が前駆体フィルタによって単離され、次いで、例えば衝突ガスを用いてフラグメント化される。形成されたフラグメントにより検体構造、例えば、ペプチド内のアミノ酸シーケンスに関して、また可能な翻訳後実現性に関しても、言明することが可能になる。複数の可能な結合転移に基づいて、通常は多数のフラグメントが表れ、よって、与えられた信号の初期総合強度が多数のフラグメント信号に分割され、これには明瞭な強度減損がともなう。したがって、MS/MSスペクトルは弱い強度しか示さないことが多く、これが多くのフラグメントが検出可能ではない理由であり、あるいは、弱い前駆体の場合に対応するMS/MSスペクトルが全く有意ではない理由である。したがって、より高感度のマトリックスによってより高い前駆体強度が得られ、したがって、その後により有意なフラグメントスペクトルを生成できれば、極めて有用である。
【0072】
より高強度及びより大量のフラグメントがペンタ-FCCAの使用によって得られる、強められたフラグメンテーションを図8a〜8cに見ることができる。記録された原スペクトルは、横軸の数値によって再現された、測定信号のm/z比を含み、オンラインサーチエンジン,Mascot(www.matrixscience.com)による自動スペクトル分析の結果が原スペクトルの下に表示され、ジョンソン(Johnson)、マーティン(Martin)及びビーマン(Biemann)により提案された分類命名法(ジョンソン等,「ペプチドの(M+H)イオンの衝突有機フラグメンテーション。側鎖固有シーケンスイオン(Collision-induced fragmentation of (M+H)+ ions of peptides. Side chains specific sequence ions)」,International Journal of Mass Spectrometry and Ion Processes,1988年,第86巻,p.173〜174)に基づく、同定されたフラグメントの注釈を含む。20%の量のペンタ-FCCA物質を加えることで、基準CHCAに比較してフラグメント信号強度の強い増大を達成することができる。図8から絶対強度(8a:CHCA 5827,CHCA+ペンタ-FCCA 9700;8b:CHCA 830,CHCA+ペンタ-FCCA 2030;8c:CHCA 40,CHCA+ペンタ-FCCA 214)を参照されたい。これにより、m/z比が高いフラグメントの検出(図8cを見よ)も、強度が高いフラグメントの検出(図8a,8bを見よ)も、可能になり、よって、一方では構造解明に成功する確率が高まり、他方では引き続くMS実験における高い強度、すなわち生成されたフラグメントのさらに先の分裂分析を得ることができる。
【0073】
図8cにおいて、CHCA基準マトリックスで得られたスペクトル(最上段)については得られた信号の強度が低いことから自動フラグメント分析/評定を実施することができなかった。これとは対照的に、本発明にしたがうマトリックスを用いて得られた、図8cの下段のスペクトルはより強い信号を示し、よって自動評定を実施することができた。
【0074】
パラメータ:
質量分析計:ABI4800 MALDI TOF/TOFアナライザー,
モード:MS/MS,
レーザ波長:355nm,
検体:1ピコモルのβカゼインのトリプシン消化物,
極性:正。
【0075】
上記説明,添付される特許請求の範囲及び図面において開示される本発明の特徴は様々な実施形態における本発明の実施に対し、個々別々に、肝要であり得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体のMALDI質量分析のためのマトリックスの使用において、
一般式が、
【化1】

のハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体、
式中、RはF,Cl及びBrの中から独立に選ばれ、n=3,4または5であり、R’はCOOH,CONH,SOH及びCOOR”の中から選ばれ、R”=C-Cアルキル基である、及び/または
4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸、及び/または
α-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸、
を使用することを特徴とするマトリックスの使用。
【請求項2】
前記マトリックスが負イオンのMALDI質量分析に用いられることを特徴とする請求項1に記載のマトリックスの使用。
【請求項3】
n=5であることを特徴とする請求項1または2に記載のマトリックスの使用。
【請求項4】
MALDI質量分析のための前記マトリックスがα-シアノ-2,3,4,5,6-ペンタフロロケイ皮酸であることを特徴とする請求項1に記載のマトリックスの使用。
【請求項5】
MALDI質量分析のための前記マトリックスが4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸であることを特徴とする請求項1に記載のマトリックスの使用。
【請求項6】
前記検体が、タンパク質、ペプチド、縮合核酸、脂質、ホスホリル化合物、糖質、医薬物質、代謝産物、合成及び天然の(コ)ポリマー及び無機化合物の中から選ばれることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載のマトリックスの使用。
【請求項7】
前記マトリックスが前記検体と混合されることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載のマトリックスの使用。
【請求項8】
マトリックスに対する検体のモル混合比が1:100から1:1000000000までであることを特徴とする請求項7に記載のマトリックスの使用。
【請求項9】
請求項1に記載のハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体の内の少なくとも1つの、少なくとも1つの他のマトリックス材料との混合物が用いられることを特徴とする請求項1から8のいずれかに記載のマトリックスの使用。
【請求項10】
前記他のマトリックス材料が、α-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸、α-シアノ-2,4-ジフロロケイ皮酸、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、シナピン酸、フェルラ酸、2-アザ-5-チオチミン、3-ヒドロキシピコリン酸及び4-クロロ-α-シアノケイ皮酸の中から選ばれることを特徴とする請求項9に記載のマトリックスの使用。
【請求項11】
前記マトリックスが不活性フィラーと混合されることを特徴とする請求項1から10のいずれかに記載のマトリックスの使用。
【請求項12】
前記マトリックスがイオン性液体として利用できることを特徴とする請求項1から11のいずれかに記載のマトリックスの使用。
【請求項13】
検体のMALDI質量分析のためのマトリックスにおいて、前記マトリックスが、
一般式が、
【化2】

のハロゲン化シアノケイ皮酸誘導体である、
式中、RはF,Cl及びBrの中から独立に選ばれ、n=3,4または5であり、R’はCOOH,CONH,SOH及びCOOR”の中から選ばれ、R”=C-Cアルキル基である、
及び/または
4-ブロモ-α-シアノケイ皮酸、及び/または
α-シアノ-2,4-ジクロロケイ皮酸、
を含む、
ことを特徴とするマトリックス。

【図1a−1】
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【図1a−2】
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【図1b】
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【図7a】
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【図7b】
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【図7c】
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【図8a−1】
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【図8a−2】
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【図8b−1】
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【図8b−2】
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【図8c−1】
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【図8c−2】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2013−521476(P2013−521476A)
【公表日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−555292(P2012−555292)
【出願日】平成23年3月2日(2011.3.2)
【国際出願番号】PCT/DE2011/000204
【国際公開番号】WO2011/107076
【国際公開日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(512229850)
【氏名又は名称原語表記】JOHANN WOLFGANG GOETHE−UNIVERSITAET
【Fターム(参考)】