説明

MC1R変異対立遺伝子を有するヒトにおいてメラニン形成を誘導する方法

受容体機能の欠損または低下に関連するメラノコルチン1受容体(MC1R)変異対立遺伝子を有するヒト患者においてメラニン形成を誘導するための方法は、前記患者の皮膚または他の表皮組織のメラノサイトによるメラニン形成を誘導するために有効な量のα-メラノサイト刺激ホルモン(α−MSH)類似体を患者へ投与することを含む。

【発明の詳細な説明】
【発明の分野】
【0001】
本発明は、広義にはヒトにおいてメラニン形成を誘導する方法、すなわち、特にメラノコルチン−1−受容体遺伝子に機能欠損型または機能低下型の突然変異を有するヒトにおいて、皮膚の色素生成細胞(ケラチノサイトおよび/またはメラノサイト)によりメラニンの生成を刺激する方法に関する。
【発明の背景】
【0002】
黒色腫以外の皮膚癌(NMSC)は、現在白色人種の個体群において最も多い種類の癌であり、NMSCおよび悪性黒色腫の罹患率は世界的に着実に増加している。紫外線(UVR)が皮膚癌の最大の環境リスク因子であり、一方、皮膚色素沈着の表現型が最も重要なリスクの遺伝的決定因子であると思われる。
【0003】
メラノコルチンは、表皮におけるメラノコルチン1受容体(MC1R)との相互作用により色素沈着を誘導するペプチドホルモンファミリーを含む(Hadley, ME. The melanotropic hormones, In: Brake, D., editor. Endocrinology, 4th Edition, Simon & Schuster; 1982; pp.153-76参照)。非ヒト動物において脳下垂体中葉から放出される、またヒト皮膚においてUV-Bに曝露したケラチノサイトから放出される主な色素ホルモンが、メラノサイト刺激ホルモン(α−MSH)である。この13個のアミノ酸からなるペプチドがMC1Rと結合して環状AMPに媒介されるシグナル伝達を誘導し、DOPA前駆体由来のメラニンポリマーの合成が引き起こされる。ヒトでは2種類のメラニンが発現され得る。黒褐色色素のユーメラニンは、日光による損傷からの保護を伝えると考えられるのに対して、赤色の硫黄を含んだ色素であるフェオメラニンは、太陽光に対する日焼け応答が不十分であること示す皮膚の色の白いヒト個体群に発現することが多い。あまり日焼けをせずに熱傷を受けやすいこれらの個体群は、MC1R遺伝子の欠損を有することが多く[28]、一般に、黒色腫および黒色腫以外の皮膚癌の双方を発症するリスクがより大きいと考えられている[5、21]。
【0004】
α−MSHはMC1Rと結合して、チロシナーゼ活性をアップレギュレートすることによるユーメラニン形成、およびアデニル酸シクラーゼの活性化によるメラノサイト増殖の双方を刺激する[1、6、13]。ユーメラニンは、光分解に耐性があることから光防護特性を有することが知られており、反応性酸素ラジカルをクエンチする能力がある[19、20]。変異対立遺伝子がα−MSH、MC1Rおよび下流プロセスの間の相互作用に影響を及ぼすのかどうかを詳しく調査する研究により、MC1R遺伝子は多様性が高く、Arg151Cys、Arg160TrpおよびAsp294Hisなどの変異体は低いメラニン含量および低いメラニン/フェオメラニン比を特徴とする白い皮膚色と赤毛に関連することが見出された[5、16、28]。以来、いくつかの変異体が、前述の変異体をはじめ、色素沈着表現型に関係なく皮膚癌のリスク増加に関連づけられてきた[4、17、21]。また、変異体Arg142His、Arg151Cys、Arg160TrpおよびAsp294Hisは機能欠損型対立遺伝子であり、これらの変異対立遺伝子を有することの効果の1つはMC1RとαMSHの結合親和性の低下であることも証明されている[11、15、22、24、27]。ヒトMC1R変異体に実施された調査は、MC1R遺伝子における「機能欠損型」突然変異または「機能低下型」突然変異のいずれか一方がヒトメラノサイトをUVRのDNA損傷効果に対して感受性を増加させ、それが皮膚癌を増加させ得ることを証明した[12、24、25]。
【0005】
α−MSHは天然の皮膚保護作用を刺激するが、このプロセスは有害なUVRを必要とする。α−MSHの特に強力な誘導体、Melanotan−1、(Nle−D−Phe−α−MSH)がヒト患者において日焼けを誘導することはすでに開示されている[18]。Melanotan(MT−1)は2個のアミノ酸置換を含み、カエルおよびトカゲの色素沈着バイオアッセイで10倍〜100倍の活性増加を示すが[25]、ヒトメラノサイトにおいてメラニン形成およびチロシナーゼ活性を増加させる。より具体的に言えば、メラノサイトのメラニン含量の有意な増加を誘導する一方で、フェオメラニンのレベルに対する効果は低い[7、13、14]。いくつかの研究でヒトにおけるMelanotanの薬物動態および日焼け効果が評価され、皮膚のユーメラニン含量の有意な増加が見出されたがフェオメラニン含量の増加は見出されなかった[7、18]。メラノトロピンは免疫学的変化を生じると仮定されるが、総ての先行試験では、日焼けに必要な量を超える用量を投与されない限り、顔面の紅潮および一過性の胃腸障害など最小限の副作用のみが報告されている。
【0006】
米国特許第4,457,864号(1984年7月3日公開)は、Nle−D−Phe−α−MSHをはじめとするα−MSH類似体を開示している。α−MSHの環状類似体は、米国特許第4,485,039号に開示されている(1984年11月27日公開)。外皮のメラノサイトによるメラニンの生成を刺激するためのα−MSHのこれらの類似体および他の類似体の使用は、オーストラリア特許第597630号(1987年1月23日付)および米国特許第4,866,038号(1989年9月12日公開)、同第4,918,055号(1990年4月17日公開)および同第5,049,547号(1991年9月17日公開)に開示されている。オーストラリア特許第618733号(1988年5月20日付)、ならびに米国特許第5,674,839号(1997年10月7日公開)、同第5,683,981号(1997年11月4日公開)および同第5,714,576号(1998年2月3日公開)は、さらに、直鎖および環状のα−MSH断片類似体、およびメラノサイト刺激に生物学活性のあるそれらの類似体の使用を開示している。これらの公開されたオーストラリア特許および米国特許の内容は総て引用することにより本明細書の一部とする。
【0007】
本発明につながる研究において、「機能欠損型」または「機能低下型」のいずれかの突然変異を有するヒトメラノサイトのα−MSHに対する応答の有意な低下にもかかわらず、MelanotanはMC1R変異対立遺伝子を有するヒト患者においてメラニン形成の誘導に効果的であることが証明された。特に、Melanotanの使用によって、このような患者においてメラニン密度の有意な増加を誘導することができること、場合によっては野生型MC1Rを有する患者におけるメラニン密度レベルに類似したレベルをもたらすことが証明された。
【0008】
従って、本発明の方法は、MC1R遺伝子に「機能欠損型」または「機能低下型」突然変異を有するヒト患者においてメラニン形成の誘導を可能にし、これら患者におけるメラニン密度レベルの増加および皮膚癌リスクの低下をもたらす。
【発明の概要】
【0009】
本明細書中で参照番号により参照した出版物の文献目録の詳細は、本明細書の末尾にまとめられている。
本明細書を通じて、文脈上他の意味に解釈するべき場合を除き、「含む」とは、示された整数もしくは工程または整数群もしくは工程群の包含を意味し、他のいずれの整数もしくは工程または整数群もしくは工程群の排除を意味するものではない。
【0010】
当業者であれば、本明細書に記載の発明が具体的に記載されたもの以外の変形形態および変更形態を許すことが理解されよう。当然のことながら、本発明はこのような変形形態および変更形態を総て含み、また本発明は本明細書で引用した、または示した工程、特性、組成および化合物を総て個別にまたは集合的に含み、また、前記工程もしくは特性の任意の組合せおよび総ての組合せまたは前記工程もしくは特性を2つ以上含む。
【0011】
一態様では、本発明は、受容体機能の欠損または低下に関連するMC1R変異体対立遺伝子を有するヒト患者においてメラニン形成を誘導するための方法を提供し、その方法は前記患者に、前記患者の皮膚または他の表皮組織のメラノサイトによるメラニン形成を誘導するために有効な量のα−MSH類似体を投与する工程を含む。
【0012】
別の態様では、本発明は、受容体機能の欠損または低下に関連するMC1R変異体対立遺伝子を有するヒト患者においてメラニン形成を誘導するための製剤の製造におけるα−MSH類似体の使用を提供する。
【発明の具体的説明】
【0013】
UV曝露後のMC1受容体のα−MSHの刺激が、ヒトメラノサイトにおける日焼け応答の中心である。α−MSHの多くの効果のうちの1つが、メラニン:フェオメラニン比を増加させることであり、それによって皮膚の基底層と基底上層の光防護特性が増加する[2、7]。α−MSHとMC1Rとの間のこの相互作用は受容体の遺伝子配列変異体の存在によって影響を受ける。MC1R遺伝子配列における変異は極めて一般的である。例えば、英国の人口の75%超がコード領域変異体を有しており[26]、現在の研究ではオーストラリアの患者群の68%が1以上の変異対立遺伝子を有していることが示されている。変異は、あまり日焼けしない赤毛および/または白い皮膚をもつ個体の80%超に見出されたが、褐色または黒色の髪をもつ個体では20%未満、良好な日焼け応答を示した個体では4%未満であった[2、3]。このことは、他の哺乳類におけるのと同様に、ヒトにおいてMC1Rが色素沈着表現型制御のキーポイントであり、さらに重要なことには、このタンパク質中の変異が低い日焼け応答に関連していることを示唆する。
【0014】
上記のように、本発明は、受容体機能の欠損または低下に関連するMC1R変異体対立遺伝子を有するヒト患者においてメラニン形成を誘導するための方法を提供し、その方法は前記患者に、前記患者の皮膚または他の表皮組織のメラノサイトによるメラニン形成を誘導するために有効な量のα−MSH類似体を投与する工程を含む。
【0015】
α−MSHに対する応答の低下によって実証される、受容体機能の欠損または低下に関連するMC1R変異体対立遺伝子を有するヒト患者は、MC1R遺伝子にいわゆる「機能欠損型」または「機能低下型」突然変異を有する。このような患者のメラノサイトはこのような変異のホモ接合かヘテロ接合のいずれかであり、この変異に関連する受容体機能の欠損は機能の完全な欠損からごく一部の欠損まで多様であり得る。機能の部分的欠損をもつものを「機能低下型」対立遺伝子と呼ぶ。本発明の方法に関連する特定の変異対立遺伝子は、一例として、Val60Leu(V60L)、Asp84Glu(D84E)、Val92Met(V92M)、Arg142His(R142H)、Arg151Cys(R151C)、Arg160Trp(R160W)、およびAsp294His(D294H)が挙げられる。本発明は、1以上のこれらの「機能欠損型」または「機能低下型」MC1R変異体対立遺伝子を有するヒト患者におけるメラニン形成の誘導に及ぶ。
【0016】
その最も広義な態様において、本発明はα−MSH類似体の使用に及ぶ。これらの類似体は、本明細書で引用される特許文献中に述べられた手順に従って、または当業者に周知の合成α−MSHの調製に用いられる方法に従って合成できる。
【0017】
本明細書において「α−MSH類似体」とは、メラノコルチン−1受容体(MC1R)に対するアゴニスト活性を示すα−MSHの誘導体と定義され、この受容体にα−MSHが結合してメラノサイト内部でメラニンの生成を惹起する。このような誘導体としては、(i)天然のα−MSH分子のN末端、C末端、または両末端で1以上のアミノ酸残基が欠失している;および/または(ii)天然のα−MSH分子の1またはそれ以上のアミノ酸残基が別の天然、非天然もしくは合成アミノ酸残基に置換されている;および/または(iii)分子内相互作用が環状誘導体のように生じる誘導体が挙げられる。
【0018】
本明細書に記載の組成物および方法においては、いずれのα−MSH類似体の使用も意図される。α−MSHの誘導体がいくつか合成されている。α−MSH類似体およびその合成に関してそれらの教示を引用することにより本明細書の一部とする、米国特許第4,457,864号、同第4,485,039号、同第4,866,038号、同第4,918,055号、同第5,049,547号、同第5,674,839号および同第5,714,576号ならびにオーストラリア特許第597630号および同第618733号に記載のα−MSH類似体は、本明細書に記載の方法を用いることができる。
【0019】
一態様では、α−MSH類似体はオーストラリア特許第597630号に開示される化合物であってよく:
(a)次式:
Ac−Ser−Tyr−Ser−M−Gln−His−D−Phe−Arg−Trp−Gly−Lys−Pro−Val−NH
(式中、MはMet、NleまたはLysである)
の化合物;および
(b)次式:
Ri−W−X−Y−Z−R
[式中、
は、Ac−Gly−、Ac−Met−Glu、Ac−Nle−Glu−、またはAc−Tyr−Glu−であり;
Wは、−His−または−D−His−であり;
Xは、−Phe−、−D−Phe−、−Tyr−、−D−Tyr−、または−(pNO)D−Phe−であり;
Yは、−Arg−または−D−Arg−であり;
Zは、−Trp−または−D−Trp−であり;かつ
は、−NH;−Gly−NH;または−Gly−Lys−NHである]
の化合物
から選択される。
【0020】
別の態様では、α−MSH類似体は、オーストラリア特許第618733号に開示される、分子内相互作用(例えば、ジスルフィド結合または他の共有結合)が(1)4位のアミノ酸残基と10位または11位のアミノ酸残基との間、および/または(2)5位のアミノ酸残基と10位または11位のアミノ酸残基との間に存在する環状類似体から選択してよい。
【0021】
α−MSH類似体は、
【化1】


からなる群から選択される、米国特許第5,674,839号に開示されるような直鎖類似体であってよい。
【0022】
α−MSH類似体は、
【化2】


からなる群から選択される、米国特許第5,674,839号に開示されるような環状類似体であってよい。
【0023】
本明細書において、Alaはアラニンであり、Argはアルギニンであり、Dabは2,4−ジアミノ酪酸であり、Dprは2,3−ジアミノプロピオン酸であり、Gluはグルタミン酸であり、Glyはグリシンであり、Hisはヒスチジンであり、Lysはリシンであり、Metはメチオニンであり、Nleはノルロイシンであり、Ornはオルニチンであり、Pheはフェニルアラニンであり、(pNO)Pheはパラニトロフェニルアラニンであり、Plgはフェニルグリシンであり、Proはプロリンであり、Serはセリンであり、Trpはトリプトファンであり、TrpForはN−ホルミル−トリプトファンであり、Tyrはチロシンであり、Valはバリンである。総てのペプチドは左側にアシル末端、右側にアミノ末端という形で書かれている;アミノ酸の前の接頭辞「D」はD−異性体構造を示し、特に指定のない限り、総てのアミノ酸はL−異性体構造である。
【0024】
一態様では、α−MSH類似体は
【化3】



であり得る。さらなる態様では、α−MSH類似体は
【化4】

である。
【0025】
本発明の方法における使用に最も好ましいα−MSH類似体は、[Nle,D−Phe]-α−MSHであり、以降「Melanotan−1」または「MT−1」と呼ぶ。
【0026】
また、本発明は、受容体機能の欠損または低下に関連するMC1R変異体対立遺伝子を有するヒト患者においてメラニン形成を誘導するための製剤の製造におけるα−MSH類似体の使用に及ぶ。
【0027】
使用される本発明のα−MSH類似体は、経口、非経口または経皮をはじめとする、種々の経路により投与され得る。本明細書において「非経口」とは、本発明に記載の化合物が体循環へ導入されるいかなる方法をも包含し、静脈内注射、筋肉内注射および皮下注射が挙げられる。本明細書において「経皮」とは、口内パッチまたは皮膚パッチ、経鼻スプレーまたは気管スプレーになどの局所的な方法による、点眼薬用の溶液による、膣または肛門の投与経路用の坐剤による、あるいは局部的な経皮送達用のクリームまたはゲルなどの従来の局所用製剤による、化合物の投与を包含する。
【0028】
化合物は、当業者に周知の方法および手順に従って(例えば、Remington's Pharmaceutical Sciences, 18th Edition, Mack Publishing Company, Pennsylvania, USA参照)、意図する投与手段によって決まる適した組成物に処方できる。例えば、本発明における使用に適した化合物を処方または配合して、固体または液体の医薬賦形剤、例えば経口または非経口投与用の希釈剤または担体と混合された、少なくとも1種類の本発明の化合物を含む医薬組成物とする(組成物は1種類の化合物または本発明の化合物の混合物を含み得る)。注射媒質として、注射液用の通常の医薬添加剤、例えば安定化剤、溶解剤、および緩衝剤を含有する水が好ましい。この種の添加剤には、例えば、酒石酸緩衝液およびクエン酸緩衝液、エタノール、エチレンジアミン四酢酸などの錯形成剤、ならびに粘度調節のための液体のポリエチレンオキシドなどの高分子量ポリマーがある。固体の担体材料としては、例えば、デンプン、ラクトース、マンニトール、メチルセルロース、タルク、高分散性ケイ酸、ステアリン酸などの高分子量脂肪酸、ゼラチン、寒天、リン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム、動物性および植物性脂肪、ならびにポリエチレングリコールなどの高分子量ポリマーが挙げられる。経口投与に適した組成物は、必要に応じて香料および/または甘味剤を含むことができる。局所投与には、化合物は好ましくは、個体へ成分を送達する所望の様式に応じて、種々の従来の局所製剤用の基剤、例えばクリーム、軟膏、ゲル、ローションまたはスプレーとともに用いてよい。これらの製剤の製造では、組成物は従来の不活性賦形剤、例えば増粘剤、軟化薬、界面活性剤、色素、香水、防腐剤、増量剤および乳化剤と混合してもよく、これらは総てよく知られており、従来法で経皮製剤または他の製剤の処方物に用いられている。一般に、これらの非有効成分は、最終的な製剤の大部分を構成する。組成物は、放出制御送達および/または徐放性送達を可能にするよう製造されるのが好ましい。
【0029】
本発明の化合物が実際に投与される量は、投与様式、用いる賦形剤、および所望の刺激の程度に応じてかなり広い範囲で変動し得る。このような量を決定することは十分製薬科学者の技術の範囲内であり、哺乳類への投与量はメラノトロピンの活性を刺激するように、例えばポリ(D、Lラクチド−co−グリコリド(glycolide)ポリマーまたは類似の生分解性、生体適合性ポリマーを担体として用いるインプラントとしての処方により選択されるいかなる量であってもよい。
【0030】
当然のことながら、指定された状況におけるα−MSH類似体の実際に好ましい量は、利用される具体的な化合物、処方される特定の組成、適用様式、および処置される特定の場所および患者に応じて変化する。所定の宿主の用量は、従来型の考察法を用いて、例えば、対象化合物の示差的活性と既知薬物の示差的活性を、例えば適当な従来型の薬理的プロトコールを用いて慣例的に比較して、決定することができる。医師、処方者、つまり医薬化合物の用量の決定に熟練した者であれば、本明細書に記載の方法によりメラニン形成を誘導するための用量を決定するのに何の問題もないであろう。
本発明を、以下の限定されない例を引用することによりさらに説明する。
【実施例】
【0031】
1.緒論
メラノトロピンのペプチドがヒト皮膚のメラニン色素沈着を増加させる可能性をもたらすことには有力な証拠がある。合成MSHを用いると通常または皮膚の色の白い個体の皮膚色素沈着を促進して、個体を日射による危険から保護できる可能性がある。いくつかの研究から、日光への曝露で皮膚が熱傷しやすく、あまり日焼けしない個体は、非黒色腫の皮膚腫瘍のリスクと皮膚の黒色腫のリスクが高いことが示唆されている。UVRがヒトの皮膚癌の原因であるという明確な証拠がある。特にオーストラリアでの、オゾン層の劣化の増大、および増加しつつある皮膚癌の罹患率と皮膚癌からの死亡率をうけ、皮膚自体のもつ日焼けの「保護メカニズム」を刺激する能力が、光防護戦略として極めて重要であるとなる可能性がある。
【0032】
Melanotanでは、α−MSHの4位および7位でのアミノ酸置換が、1以上の生物検定においてこの類似体をα−MSHよりも10〜1000倍有効にする[23]。Melanotanの薬理作用は、培養マウス黒色腫細胞において最大のチロシナーゼ刺激を維持したことにより証明されるように非常に長期にわたる。この長期にわたる活性は、血清酵素またはタンパク質分解酵素による分解に対するその耐性に一部分起因するかもしれない。
【0033】
胎児ラットおよび胎児ネズミへのMelanotanの腹膜内送達は、催奇形作用も毒性作用も示さなかった。さらに、皮下および腹膜内注射経路を用いるマウス、ラット、 モルモットおよびミニブタでの標準の毒性試験は、有意な毒性を示さなかった。いくつかの研究が、米国で医師によるINDの下、ヒト有志患者で実施された。これらの100を超える患者における研究は、Melanotanがヒトにおいて10日間、0.08〜0.4mg/Kg/日の用量範囲にわたって安全かつ効果的な日焼けを誘導することができることを明らかに実証し[7、18]、12ヶ月まで経過観察された。薬物動態データは、Melanotanが約30分の皮下投与の後、6時間後に血漿中の活性がほとんどないか全くない半減期があることを示した。
【0034】
2.材料および方法
2.1.患者および処置
白色人種の個体群におけるMelanotanの光防護効果を測定するための大規模な第II相試験の一部として、77名の白色人種個体を、オーストラリアのアデレードおよびシドニーにある研究センターから二重盲検無作為化プラセボ対照試験へ採用した。この研究は57名の処置患者と20名のプラセボ患者を含み、現在承認されているヘルシンキ宣言、および、総ての患者からの書面によるインフォームドコンセントを含む、医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)のためのICHガイドラインに従って実施された。個体は、フィッツパトリック分類のI〜IVの範囲の皮膚の種類:タイプI−常に熱傷になり決して日焼けしない;タイプII−通例熱傷になり、日焼けは平均より少ない;タイプIII−時々中程度の熱傷になり、日焼けは平均程度;およびタイプIV−稀にしか熱傷せず、日焼けは平均より多い、を網羅する白色人種の個体群から選択した[10]。患者を、Melanotan0.16mg/kg/日または滅菌生理食塩水0.01mL/kg/日のいずれかを10日連続の皮下注射を3回実施する3:1の比の有効:プラセボベースに無作為に割り当てた。各々の一連の注射は、週末を除外して研究の1日、29日および57日の臨床開始時に投与された。患者には30分より長く戸外にいる場合はSPF25+の日焼け止め剤を使用するよう助言したが、それ以外は患者の通常の日光曝露パターンを修正しないようにした。
【0035】
2.2.結果測定
メラニン含量を測定するため、400nmおよび420nmでの非観血的定量的皮膚色度(反射率)を用いて皮膚の色素沈着を上腕内側で測定した。メラニン密度(MD)は、Dwyer et al, 1998[8]に記載の式:MD=100×(0.035307+0.009974(R420−R400))を用いて得る。MD単位は、メラニン顆粒に対して染色した光学顕微鏡切片の光学濃度測定により規定通りに測定された表皮メラニン密度を表す。白色人種に関して、これは一般に1〜5密度単位にわたる[9]。来診2および来診12(12日)、来診14(30日)、来診22(40日)、来診26(60日)および来診34(90日)の処置の前に反射率の読み取りを行った。ある患者は基準値のメラニン密度がマイナスの評価であったので、0にリセットした。
【0036】
2.3.DNA抽出およびMC1R分析
初回スクリーニングのための来診の際にDNA抽出およびMC1R分析のため患者の血液10mLを採取した。Nucleon Bacc3 DNA抽出キット(Amersham International)を用いてゲノムDNAを末梢血白血球から単離した。PC960Cサーマルサイクラー(Corbett Research, Sydney)を用いてMC1R遺伝子断片を2つの重複する断片に増幅した。皮膚の色または皮膚癌リスクの増加に以前関連した7種類の変異をメラニン密度測定での分析に用いた。プライマー配列は:5’−tggacaggactatggctgtg−3’(MC1R−1F−配列番号1)、5’−tcttcagcacgctcttcat−3’(MC1R−1R−配列番号2)、5’−cttctacgcactgcgctacc−3’(MC1R−2F−配列番号3)および5’−gctttaagtgtgctgggcag−3’(MC1R−2R−配列番号4)であった。個別の増幅には20〜50ngの鋳型ゲノムDNAを、反応30μl中、10mM Tris−HCl、pH8.3、50mM KCl、2.0mM MgCl2、4種類のdNTP各1μM、各プライマー0.8μM、および2.5U Taqポリメラーゼ(Qiagen)と合した。サンプルを94℃で2分間変性させ、94℃で30秒、62℃で30秒、および72℃で30分からなる30サイクルの後、72℃で10分間の最終の伸長工程を用いて増幅させた。UltraClean PCR精製キット(MO BIO Laboratories,Inc.)を用いて個々のPCR反応物を精製した。正方向配列および逆方向配列を、Applied Biosystem Big Dye Terminatorサイクルシークエンシングキット(Applied Biosystem)を用いて推奨されるように増幅した。シークエンシング反応液をABIユーザーマニュアルに記載のようにしてエタノール沈殿させた。ペレットを、15μl Template Suppression Reagentに再懸濁し、95℃で2分間変性させ、次にABI Prism 310遺伝子アナライザー(Applied Biosystem)に装填した。双方のMC1R断片の正方向配列と逆方向配列の双方を配列決定し、Sequencher4.1ソフトウェア(Gene Codes Corporation)を用いて解析した。
【0037】
2.4.統計的手法
一次分析は、intent-to-treat(ITT)の原則に基づき、データの不足している患者に対し最後の観察を進めた。無作為化されて研究処置を受ける総ての患者をITT母集団に含めた。
【0038】
線形回帰モデルを構築して、治療群間の関連、および交絡因子の調整を含む注目される結果を調べた(共分散分析(ANCOVA)とも呼ばれる)。多変量解析のための基本的な交絡因子には、初回診察月、基準メラニン密度、採用場所および年齢を含めた。検査した結果は、メラニン密度の変化量(最終測定値−基準測定値)およびメラニン密度の最大変化量(最大追跡測定値−基準測定値)であった。
【0039】
Melanotanが、野生型対立遺伝子を有する個体よりも変異対立遺伝子を有する個体においてメラニン密度を大きく増加させたかどうかを判断するため、回帰を再び用いたが、但し今回は治療群へ割り当てられた患者に限定した。7個の異なる対立遺伝子に対応する7つの回帰モデルの各々には、対立遺伝子の存在または不在の項、ならびに基準メラニン密度の項を含めた。対立遺伝子の影響の有意性は、このモデルの対立遺伝子項に対するt検定に関連するp値を基にした。赤毛変異体の影響のモデル化も同様に進めた。メラニン密度の増加に対する変異の数の影響を調べる場合、変異の数を回帰モデルの線形項に適合させて用量応答効果を評価する。これらのモデルに初回診察月を含めると一貫して対立遺伝子の影響が希薄となるが、生物学的メカニズムが明らかでないため、月に関して未調整のまま結果を示すこととした。統計的検定の結果は、関連するp値が0.05未満であった場合に統計上有意であるとみなした。多重検定に関して調整は行わなかった。処置結果は、正の値、負の値とも総て報告する。
【0040】
3.結果
3.1.Melanotanおよびメラニン密度
77名の患者を、3回の一連のMelanotan0.16mg/kg/日または滅菌生理食塩水0.01mL/kg/日のいずれかの10日の皮下注射で処置した。Melanotanで処置した患者のメラニン密度は平均(標準誤差)0.73(0.09)単位増加し、生理食塩水処置を受けた患者のメラニン密度は平均0.30(0.10)単位低下した。プラセボ群と比較して処置群には、未調整の平均(標準誤差)差1.04(0.16)(表1)という、メラニン密度に有意な増加があった(p<0.001)。
【0041】
治療群における色素沈着の変化を全体として評価するため、各患者に対して同等の基準値と比較したメラニン密度の最大変化量のプロットを作成した。結果を図1に示す。この結果から出発メラニン密度が低いほど、薬物処置の効果が大きいことが実証される。
【0042】
3.2.MC1R遺伝子型およびMelanotan
各個体のMC1R遺伝子の全コード領域を配列決定し、皮膚癌のリスクを増加させると示唆されている7種類の変異の遺伝子型を決定した(表2)。患者の大多数が皮膚タイプI/IIの分類と評価され、68%が調査した変異のうちの少なくとも1つを有していることが見出された。これは他の研究で皮膚タイプIの個体群に存在する変異の数を調べると見出される頻度に類似する[4、17]。平均基準メラニン密度は、Val60LeuまたはAsp294His対立遺伝子のプラセボ処置保有者を除く総ての場合において変異対立遺伝子の存在下で低かった。赤毛変異(Arg151Cys、Arg160TrpまたはAsp294His)の存在も、平均基準メラニン密度の低さに反映された。
【0043】
変異の存在によって交差分類された、治療群の患者のメラニン密度の変化を表3に示す。Val60Leu対立遺伝子を有する患者は、メラニン密度の平均増加量が1.07単位であり、それに対してこの対立遺伝子をもたない患者は0.57であった。この差は基準メラニン密度の差(データは示さず)を調整した後も統計上有意であった(p=0.03)。概して、Asp294His対立遺伝子保有者を除いて、変異保有者は非保有者よりもメラニン密度の変化が大きい。また、患者を任意の種類の変異の数によって、そして赤毛変異の存在(または不在)によって分類した(表4)。野生型患者のメラニン密度の平均増加量は0.36単位(10%)であり、それに対して1個の変異保有者および2個の変異保有者はそれぞれ0.83単位(27%)および1.09単位(40%)であった。この用量応答効果は、基準メラニン密度の差の調整後もやはり統計上有意であった(p=0.01)。赤毛変異の存在によるメラニン密度の増加に統計上の差はなかった。
【0044】
4.考察
本研究は、変異MC1R遺伝子型を有するヒトにおけるMelanotanの効果を初めて調査したものである。ここに提示したデータは、Melanotanが野生型患者(表4)よりも変異保有者のメラニン密度に、より大きな増加をもたらすことを証明している。この結果は、変異MC1R遺伝子型を有する個体、および従って皮膚癌のリスクが高い個体が、これまで野生型MC1R個体でしか作用しないと思われていた薬物の恩恵を受け得ることを証明していることから特に興味深い。さらに、Dwyerらは近年オーストラリアに住む白色人種の人の上腕内側の皮膚のメラニン密度測定から、メラニン単位を0〜1有する人は、メラニン単位を3より多く有する人よりも約7倍大きな悪性黒色腫または基底細胞癌の相対リスクに関連しているとの結論を出した[9]。Melanotanに誘導される上腕内側のメラニン密度の増加が、同様にリスクに影響するならば、本研究で観察された1〜2単位の増加は、おそらく日光誘発性皮膚癌に対して有意な付加的保護作用をもたらすと思われる。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
【表3】

【0048】
【表4】

【参照文献】
【0049】



【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】intent−to−treat(ITT)分析の個体の上腕内側でのメラニン密度の最大変化量と基準メラニン密度との間の関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受容体機能の欠損または低下に関連するMC1R変異体対立遺伝子を有するヒト患者においてメラニン形成を誘導するための方法であって、前記患者に、前記患者の皮膚または他の表皮組織のメラノサイトによるメラニン形成を誘導するために有効な量のα−MSH類似体を投与する工程を含む、方法。
【請求項2】
α−MSH類似体が:
(a)次式:
Ac−Ser−Tyr−Ser−M−Gln−His−D−Phe−Arg−Trp−Gly−Lys−Pro−Val−NH
(式中、MはMet、NleまたはLysである)
の化合物;および
(b)次式:
−W−X−Y−Z−R
[式中、
は、Ac−Gly−、Ac−Met−Glu、Ac−Nle−Glu−、またはAc−Tyr−Glu−であり;
Wは、−His−または−D−His−であり;
Xは、−Phe−、−D−Phe−、−Tyr−、−D−Tyr−、または−(pNO)D−Phe−であり;
Yは、−Arg−または−D−Arg−であり;
Zは、−Trp−または−D−Trp−であり;かつ
は、−NH;−Gly−NH;または−Gly−Lys−NHである]
の化合物
から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
α−MSH類似体が、その(1)4位のアミノ酸残基と10位または11位のアミノ酸残基との間、および/または(2)5位のアミノ酸残基と10位または11位のアミノ酸残基との間に分子内相互作用が存在する環状類似体である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
分子内相互作用がジスルフィド結合または他の共有結合である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
α−MSH類似体が、
【化1】


からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
α−MSH類似体が、
【化2】


からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
α−MSH類似体が、
【化3】



である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
α−MSH類似体が、
【化4】

である、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
α−MSH類似体が、[Nle,D−Phe]−α−MSHである、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
受容体機能の欠損または低下に関連するMC1R変異体対立遺伝子を有するヒト患者においてメラニン形成を誘導するための製剤の製造におけるα−MSH類似体の使用。

【図1】
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【公表番号】特表2007−514656(P2007−514656A)
【公表日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−540087(P2006−540087)
【出願日】平成16年11月23日(2004.11.23)
【国際出願番号】PCT/AU2004/001630
【国際公開番号】WO2005/048967
【国際公開日】平成17年6月2日(2005.6.2)
【出願人】(506176652)クリヌベール、ファーマスーティカルズ、リミテッド (3)
【氏名又は名称原語表記】CLINUVEL PHARMACEUTICALS LIMITED
【Fターム(参考)】