説明

MIG溶接方法

【課題】 溶け込み促進が図れて深溶け込みが可能で、安定した溶接を迅速に行えるMIG溶接方法を提供すること。
【解決手段】 純度の高い不活性ガスをシールドガスとしたMIG溶接であり、被溶接板1の溶接継手部8の表面2に活性フラックスFを塗布し、この溶接継手部8をMIG溶接する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MIG溶接(Metal Inart Gas Arc Welding)の方法に関し、詳しくは、深溶込みが可能なMIG溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、アーク溶接の方法として、MIG溶接とともに、TIG溶接(Tungsten Inart Gas Arc Welding)、MAG溶接(Metal Active Gas Arc Welding)が広く知られている。
【0003】
前記TIG溶接は、タングステン電極と被溶接板との間でアークを発生させて溶接するものであり、作業者が溶接状況に応じて溶接ワイヤを供給しながら溶接する。そのため、このTIG溶接では、MAG溶接に比べてアークの集中度が低く、溶接状況に応じて溶接ワイヤを供給するので溶接速度を上げるのが難しく、例えば、板厚が6mm程度であれば、溶接速度が100mm/min(250Aの場合)程度であり、迅速な溶接は難しい。
【0004】
また、前記MAG溶接とMIG溶接とは、溶接ワイヤと被溶接板との間でアークを発生させて溶接するものであり、溶接の進行に伴って電極となっている溶接ワイヤが自動的に供給されて迅速な溶接が行える。MAG溶接とMIG溶接とはシールドガスの成分が異なるが、他の構成は基本的には同一であり、例えば、板厚が6mm程度であれば、溶接速度が500mm/min程度の自動溶接を行うことができる。
【0005】
一方、前記TIG溶接において、開先を形成するための時間と労力を軽減し、突合せ溶接継手のI開先でも溶接線を一方向に1回の溶接(以下、「1パス」という。)で結合することができる溶接方法が提案されている。このような溶接方法として、活性フラックスを用いたA−TIG溶接(アクティブ・ティグ溶接)と呼ばれる溶接方法がある。この溶接方法は、酸化物を主体とした粉末状の活性フラックスを揮発性溶剤に溶いて刷毛で被溶接板の表面に塗布し、その部分をTIG溶接することにより深溶込みを可能とするものである。
【0006】
この深溶込みのメカニズムとしては、通常のTIG溶接の場合、図14(a) に示すように、プラズマ気流とマランゴニ効果(溶融池内の対流現象)による溶融池M内の対流は外向きであり、アークからの入熱がこの流れに沿って表面全体に伝わるため、表面温度勾配は緩やかとなる。このため、金属の蒸発が広い範囲で生じて、結果的にメタルプラズマが表面全体に広がる。一方、A−TIG溶接の場合、図14(b) に示すように、酸素による表面張力分布の変化によってマランゴニ対流の向きが変わり、プラズマ気流による摩擦力よりも優勢となるため、溶融池M内の対流は内向きとなる。このため、アークからの入熱は深さ方向に伝わり、表面温度勾配が大きくなって、金属の蒸発は高温部の局所に集中し、メタルプラズマの分布も局所的で明瞭な陽極ルート部を形成する。この局所的な陽極ルートの形成により電流密度が増加すると、溶融池内対流の下向きに働く電磁力が増加する。そして、マランゴニ対流の向きとこの電磁力の増加との相乗効果によって、深溶込みが達成される、というものである(例えば、非特許文献1)。
【0007】
また、この種の従来技術として、溶接時に活性フラックスを塗布する工程を省略するために、鋼板の表面全体に活性フラックスの被膜を形成するようにしたものや(例えば、特許文献1参照)、活性フラックスを予め溶接ワイヤの表面に被覆させたものがある(例えば、特許文献2参照)。
【非特許文献1】「TIG溶接における活性フラックスによる溶込み促進機構」 2002年第2号、P95−99 溶接学会
【特許文献1】特開2004−285395号公報(第5−6頁、図1)
【特許文献2】特開2004−283858号公報(第4頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前記非特許文献1および特許文献1,2は、いずれもTIG溶接に関するものであり、作業者が溶接ワイヤを供給しながら溶接線に沿って作業するので溶接速度は前記したように遅く、例えば、船舶の船殻構造のように多くの溶接継手部を溶接するには、非常に多くの時間と労力を要してしまう。
【0009】
また、溶接に応じて溶接ワイヤを供給する作業は熟練を要するが、近年、熟練作業者が大幅に減少している。そのため、熟練を要することなく安定した溶接品質を保てる溶接方法が望まれている。
【0010】
さらに、前記非特許文献1や特許文献1,2等に記載されているTIG溶接によって1パスで溶接できる板厚は比較的薄く、例えば、6mm程度が板厚貫通溶込みの限界と言われており、さらに厚い板厚の被溶接板の溶接も可能な溶接方法が望まれている。
【0011】
その上、前記船舶の場合、比較的薄い板を使っている箇所では、溶接歪による外観上および施工上の問題から、要求される板厚以上の厚みの板を使用せざるを得ない場合があり、その場合には船体重量の増加を招いてしまう。この重量増加は、船舶の場合には主機の出力や航行性能に影響するとともに、コスト面でも問題になり、軽量化が望まれている。そのため、溶接歪が小さく生産性の高い溶接方法が望まれている。
【0012】
そこで、本発明者らは、このような実情に鑑みて、溶け込み促進を図って深溶け込みが可能で安定した溶接を効率良く行える溶接方法として、前記非特許文献1と特許文献1,2に記載されていないMIG溶接について検討した。
【0013】
この検討過程で、MIG溶接のような消耗式電極では、前記TIG溶接のように活性フラックスを用いても一般に深溶込みはないとされていたが、これは通常の消耗式電極法では、鋼もしくはステンレス鋼の溶接に、100%CO2ガス、またはArガス+20〜40%CO2ガス、もしくはArガス+5%O2ガス、のいずれかのシールドガスを使用していることによるものではないかと考えた。
【0014】
MIG溶接の場合、図15(a) に示すように、アーク中にワイヤから被溶接物へのプラズマ流Pが発生し、そのプラズマ流Pにより溶融池M内に対流が発生し、TIG溶接よりも深溶込みが得られる特性を有する。この効果は、シールドガス(図の二点鎖線)のアルゴン濃度が高いほど起きやすく、純アルゴンで最大となる。
【0015】
このことから、MIG溶接では、シールドガスからの過剰酸素供給が深溶込みの阻害因子と考え、低濃度の酸素を含むシールドガス(純アルゴンから0.2%刻みで酸素添加量を変化)によりMIG溶接の試験を実施したが、酸素量が低下しても、明確な深溶込みが得られないという結果を得た。
【0016】
そして、これらのことから、本発明者らは、活性フラックス(金属酸化物粉末)を添加したMIG溶接について実験を行った。その結果、図15(b) に示すように、活性フラックスがアーク熱により加熱されて放出される金属蒸気Sによりプラズマ流Pが緊縮化し、より集中性の高いプラズマ流Pとなって、通常のMIG溶接よりもさらに溶融池M内で深溶込みを得ることが可能であるとの結果を得た。また、活性フラックスから供給される酸素が溶融池の溶融金属の粘性を低下させることで、アーク直下の溶融金属が押しのけられやすくなり、プラズマ流が板厚深くまで届くことが深溶込みや板厚貫通溶込みが得られる効果を創出すると考え、種々の実験を行って、本発明を創作した。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、純度の高い不活性ガスをシールドガスとしたMIG溶接方法であって、被溶接板の溶接継手部の表面に活性フラックスを塗布し、該溶接継手部をMIG溶接するものである。活性フラックスとしては、例えば、二酸化チタン(TiO2)や二酸化珪素(SiO2)、酸化クロム(Cr23)等の金属酸化物の単体もしくは複合体が用いられる。このように、溶接継手部の表面に活性フラックスを塗布し、シールドガスに純度の高い不活性ガス(アルゴン、ヘリウム等)を使用してMIG溶接をすることにより、溶接部における過剰酸素状態を防止し、溶融金属の表面張力を低下させるとともにプラズマ流を緊縮化させて、溶接速度の速いMIG溶接で深溶込みが可能な溶接を安定して行うことができる。また、深溶込みで安定した裏波ビードを形成しながら、MIG溶接で迅速な溶接を行うことができる。
【0018】
また、前記溶接継手部の開先に前記活性フラックスを塗布し、該溶接継手部をMIG溶接するようにしてもよい。これにより、厚板の被溶接板であっても、深溶込みによって安定した裏波ビードを形成できる溶接を迅速に行うことができる。
【0019】
さらに、前記活性フラックスを前記溶接継手部の裏面側に塗布し、該溶接継手部をMIG溶接するようにしてもよい。これにより、より安定した深溶込みの溶接を行うことができる。
【0020】
また、前記溶接継手部の裏面に裏当て材を設ければ、深溶込みによる板厚貫通溶込みにより裏側への溶け落ちを防止して、裏波ビードが安定した溶接を行うことができる。
【0021】
さらに、前記裏当て材の被溶接板側に活性フラックスを塗布し、前記溶接継手部をMIG溶接するようにしてもよい。これにより、裏当て材に塗布した活性フラックスによる深溶込みによって、安定した裏波ビードを形成できる溶接を迅速に行うことができる。
【0022】
また、前記純度の高い不活性ガスが純アルゴンガスであれば、入手し易く、安定した溶接を行うことができる。
【0023】
さらに、前記被溶接板の溶接継手部に塗布した活性フラックスをアーク熱で加熱して金属蒸気を放出させてプラズマ流を緊縮化させることにより溶融池内での深溶込みを得るようにしてもよい。これにより、緊縮化させたプラズマ流による溶融池内での安定した深溶込みが可能であり、裏波ビードを安定して形成できるMIG溶接が容易に行える。
【0024】
また、前記活性フラックスから供給される酸素で溶融池内の溶融金属の粘性を低下させて前記深溶込みが増すようにすれば、より安定した深溶込みが可能なMIG溶接を行うことができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明は、以上説明したような手段により、MIG溶接による深溶込みが可能で、迅速なMIG溶接で安定した溶接を行うことが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の一実施の形態を図面に基づいて説明する。図1は、被溶接板の一例を示す図面であり、(a) は平面図、(b) は側面図、(c) はC部拡大図である。以下の実施の形態の活性フラックスFを塗布したMIG溶接では、I開先で突合せ継手の溶接を行う例を説明する。また、活性フラックスFの塗布は、被溶接板1の表面2に塗布した場合と、さらに開先面3、裏面4へ塗布した場合を説明する。また、被溶接板1の裏面4への活性フラックスFの塗布は労力を要するので、被溶接板1の裏面4に裏当て材5を設け、この裏当て材5の被溶接板1側の面に活性フラックスFを塗布した例も説明する。この活性フラックスFとしては、前記した二酸化チタン(TiO2)や二酸化珪素(SiO2)、酸化クロム(Cr23)等の金属酸化物の単体もしくは複合体で、化学平衡となるものが好ましい。なお、以下の説明では、「活性フラックスFを塗布する」ことを、「活性フラックスFを用いる」と表現する場合もある。
【0027】
以下、本発明者らが前記した効果を実証すべく、複数の条件で実験を行って確認した実験結果を説明する。
【実施例1】
【0028】
前記図1に示す被溶接板1を例にした実験結果を説明する。被溶接板1としては、板厚tが6mm、幅Wが100mm、長さLが250mmで、材質がSM400(軟鋼)の板材である。そして、この被溶接板1同士を突合せ継手で溶接している。溶接継手部8の溶接線6に沿って設けられた開先は、I開先でギャップ0mmである。活性フラックスFとしては、「市販活性フラックス(70%TiO2+20%Cr23+10%SiO2)」を使用し、60μmの膜厚となるように塗布している。図2(a) 〜(d) は、図1の被溶接板に対する活性フラックスFの塗布方法を示す被溶接板の断面図である。被溶接板1への活性フラックスFの塗布方法としては、活性フラックスFを塗布しない場合、表面2にのみ塗布した場合、表面2と開先面3とに塗布した場合、表面2と開先面3と裏面4とに塗布した場合、の4種類について実験した。図3は、溶接施工条件を一覧表形式で示した図面であり、溶接施工条件の主要項目としては、溶接機;ダイヘン インバータオート500、溶接ワイヤ;JFE KM−50 1.2mm径、シールドガス;100%アルゴンガス、溶接速度;600mm/min、溶接電流;360A、等である。溶接電圧は、混合ガス溶接時の標準電圧に設定している。他の溶接施工条件の詳細は、図3に示す。さらに、板厚貫通溶込みにより裏側への溶け落ちが発生して裏波ビードが安定しないのを防止するために、裏当て材5(神戸製鋼所 FBB−3 Aサイズ)を設けた例も説明する。
【0029】
図4は、図2に示す活性フラックスFを塗布した被溶接板の溶接部における断面マクロの写真であり、上部から前記図2に示す(a) 〜(d) に対応した溶接部の断面マクロである。また、図5は、図2に示す活性フラックスFを塗布した被溶接板の溶接部に裏当て材を設けた場合の断面マクロを示す写真であり、上部から前記図2に示す(a) 〜(d) に対応した溶接部の断面マクロを示し、(e) は裏当て材に活性フラックスFを塗布した場合の断面マクロである。
【0030】
この実施例1に係るMIG溶接によれば、図4,5に示すように、板厚中央を境に表面側は通常のMIG溶接による溶け込みであるが、裏面側は幅の狭い溶け込み形状となる。(a) の活性フラックスFを塗布しない場合には、板厚の2/3程しか溶込みが与えられないが、(b) の表面2へ活性フラックスFを塗布した場合には、溶接条件が同じでも板厚貫通溶込みが得られることが確認できる。また、開先面3への活性フラックスFの塗布、裏面4への活性フラックスFの塗布により、裏波ビード7の高さが増加していることがわかる。
【0031】
これは、MIG溶接の場合、開先面や裏面へ活性フラックスFを塗布することにより裏面側での溶接金属の表面張力の低下により、アーク直下では溶融金属がアーク力により押しのけられやすくなり、裏面までアーク熱が到達できたことが主要因であると考えられる。この場合、活性フラックスFを開先面3や裏面4に塗布することで、深溶込みが促進されている。
【0032】
また、被溶接板1の裏面にまで強いアーク力が到達しているので、図5に示すように、裏当て材5を設けることによって安定した裏波ビード7を形成している。なお、図5(e) に示すように、アーク力が強いため、裏当て材5の被溶接板1側に活性フラックスFを塗布しても、前記(d) と同様に深溶込みが可能であるとともに、安定した裏波ビード7の形成が可能である。
【0033】
このように、MIG溶接で溶接する被溶接板1の溶接継手部8に活性フラックスFを塗布し、シールドガスとして100%アルゴンガスを使用することにより、被溶接板1に塗布した活性フラックスFによってプラズマ流が緊縮化し、安定した裏波ビード7の形成ができる。しかも、前記したように、活性フラックスFを被溶接板1の表面側にのみ塗布することで深溶け込みが可能であるが、開先面3や裏面4に活性フラックスFの塗布を追加することで、溶融金属の表面張力が低下し、また裏波ビードの形状も安定化させることができる。この被溶接板1の裏面への活性フラックスFの塗布は、予め活性フラックスFを塗布した一時裏当て材5を被溶接板1の裏面に貼り付けても、裏面へ活性フラックスを塗布した場合と同様の効果を得ることができる。
【0034】
したがって、活性フラックスFを用いたMIG溶接によれば、シールドガスに100%アルゴンガスを用いることによって、活性フラックスFによる深溶込み効果でI開先の突合せ溶接が1パスで可能となり、開先加工コストの低減を図ることができる。しかも、1パスでの板厚貫通溶込みが可能な板厚範囲を拡大することができ、かつ溶接速度を増大させることも可能である。
【実施例2】
【0035】
図6は、本発明の実施例2に係る被溶接板の開先部拡大図である。この実施例2では、被溶接板1の開先にギャップGを設けたものである。図7は、図6に示す活性フラックスFを塗布した被溶接板の溶接部における断面マクロの写真であり、(a) 〜(d) は溶接継手部8のギャップG(ルートギャップ)を変化させた場合の溶接部における断面マクロを示している。このギャップGとしては、0〜3mmの間で、1mm刻みに変化させている。
【0036】
この実施例2の結果から、活性フラックスFを用いたMIG溶接での施工裕度としては、突合せ継手において、ルートギャップGを変化させた場合でも、活性フラックスFの深溶込み効果への影響はなく、1パスで板厚貫通溶込みが得られることがわかる。ただし、ギャップGの量に応じて、電流・溶接速度による溶着量の調整は必要である。なお、トーチ角度としては、面直に設定したものが板厚貫通溶込みや裏波ビード7の安定化のためには適している。
【実施例3】
【0037】
図8は、本発明の実施例3に係る被溶接板の施工裕度を示す説明図である。この実施例3は、板厚6mmの被溶接板1における施行裕度の影響を確認するために実験したものである。この実験は、溶接電流と溶接速度との関係から裏波ビードの形成状態をまとめたものであり、溶接電流と溶接速度とをパラメータとして、貫通溶込みが得られる溶接条件を確認している。溶接施工条件としては、前記実施例1と同様である。また、この場合も、トーチ角度は面直に設定している。
【0038】
図示するように、電流値が低い、280A、300Aの場合には、溶接速度を遅くしても、表面からの熱伝導による溶融が支配的であり、板厚貫通溶込みを得ることができない。また、320Aでは、部分的に板厚貫通溶込み部分があるが、どの溶接速度でも溶接線全線で板厚貫通溶込みが得られる条件は存在しない。しかし、340Aを越える電流域から溶接線全線で板厚貫通溶込みを得られる溶接速度域が存在するようになり、その板厚貫通溶込みを得られる溶接速度域は溶接電流が増加するにつれて高速側へと拡大していく。
【0039】
このように、活性フラックスFを用いたMIG溶接で板厚貫通溶込みを安定して得るには電流の下限値が存在し、I開先の1パスのみで板厚貫通溶込みを得られる下限溶接電流は、板厚tが6mmの突合せ継手では340Aであり、また、その値以上であれば、電流値が高いほど、板厚貫通溶込みが得られる溶接速度範囲も拡大する傾向がある。
【実施例4】
【0040】
図9は、本発明の実施例4に係る被溶接板の施工裕度を示す説明図である。この実施例4は、前記実施例3と被溶接板1の板厚が異なっており、板厚9mmの被溶接板1における施行裕度の影響を確認するために実験したものである。溶接施工条件としては、前記実施例1と同様であるが、溶接電圧を混合ガス溶接時の標準電圧よりも1V程度低めに設定している。この場合も、トーチ角度は面直に設定している。
【0041】
このように、被溶接板1の板厚tが9mmの突合せ継手のI開先で、1パスのみで溶接線全線にわたり板厚貫通溶込みを得られる下限溶接電流は、板厚が増加したことにより、板厚6mmの340Aに対して420Aに増加する。また、板厚6mmと同様に、溶接電流の増加に伴い、安定した板厚貫通溶込みを得られる溶接速度域も拡大する傾向が認められる。なお、この場合の溶接電源としては、460Aまで行っている。さらに、前記420A以上であれば、電流値が高いほど板厚貫通溶込みが得られる溶接速度範囲も拡大する傾向にある。
【実施例5】
【0042】
図10は、本発明の実施例5に係る被溶接板の平面図である。図11は、図10に示す被溶接板に生じる溶接変形と従来法による溶接変形との説明図であり、(a) は本発明の断面マクロと面外変形量の3次元グラフ、(b) は従来法のI開先における断面マクロと面外変形量の3次元グラフ、(c) は従来法のV開先における断面マクロと面外変形量の3次元グラフとを示している。この実施例5で溶接変形量を計測する被溶接板1は、板厚tが6mm、幅Wが500mm、長さLが250mm、材質がSM400の板材を突合せ継手で溶接したものである。また、この実施例5で活性フラックスFを塗布したMIG溶接と比較する従来法としては、フラックスコアーワイヤ(神鋼 DW−100 1.2mm径)によるCO2溶接を用いている。なお、CO2溶接としては、I開先とV開先とで実験している。また、一部の溶接施工条件は図中に示している。さらに、図11では、被溶接板1の溶接断面と、溶接後の被溶接板1における図10に示す各溶接変形計測位置9における面外変形量を3次元グラフで示している。この3次元グラフには、縦曲がり変形量、角変形量について合せて示されている。
【0043】
図11に示すように、溶接入熱量では、(a) に示す活性フラックスF塗布したMIG溶接では、(b) に示す従来溶接法のI開先に比べて約61%、(c) に示すV開先に比べて78%まで低減されている。また、3次元グラフに示すように、3次元の面外変位量、縦曲がり変形量、角変形量とも、(b) 従来溶接法I開先>(c) 従来溶接法V開先>(a) 活性フラックスFを塗布したMIG溶接、の順に小さくなっている。特に、活性フラックスFを塗布したMIG溶接では、従来法の溶接に比べて溶接変形量が格段に小さいことが数値的に明らかである。
【0044】
これは、活性フラックスFを用いることによって深溶込みが得られるので、低入熱化や溶融断面積の低減を図ることができて溶接変形を抑えることができるものと考えられる。また、深溶込み効果により、板厚貫通溶込みを得るための入熱量を低減でき、従来の溶接法に比べて溶接変形を低減できる効果があり、これにより溶接後の歪み修正を極小化することができる。なお、溶接電圧は、溶接機の標準設定値よりやや低めの値を設定する方が、板厚貫通溶込みを得やすい。
【実施例6】
【0045】
図12は、本発明の実施例6に係る、被溶接板に生じる溶接変形と従来法による溶接変形とを示す説明図であり、(a) は本発明の断面マクロと面外変形量の3次元グラフ、(b) は従来法のV開先における断面マクロと面外変形量の3次元グラフとを示している。この実施例6は、前記実施例5における被溶接板1の板厚tを6mmから9mmにして実験したものであり、他の条件は同じである。
【0046】
この実施例6では、(a) に示す活性フラックスFを塗布したMIG溶接では、(b) に示す従来の溶接法に比べて、溶接変形量が1/5〜1/4と格段に小さいことがわかる。これは、活性フラックスFによる深溶込み効果に伴う溶融幅の狭小化と、入熱量の低減によるものと考えられる。
【実施例7】
【0047】
図13は、本発明の実施例7に係る、活性フラックスを塗布した被溶接板の溶接部における断面マクロの写真であり、(a),(c) は従来の溶接法による溶接部の断面マクロを示し、(b),(d) は活性フラックスFを用いた溶接法による断面マクロを示している。この実施例7は、薄板についての実験であり、溶接施工条件としては、被溶接板1の板厚tが3.2mm、材質がSM400(軟鋼)、開先はI開先でギャップG;0mm、溶接ワイヤ;JFE KM−50 1.2mm径、シールドガス;100%アルゴンガス、等である。図示する(a),(b) と(c),(d) とは活性フラックスFの有無以外は同一条件であり、他の溶接施工条件は図中に示す。活性フラックスFとしては、「市販活性フラックス(70%TiO2+20%Cr23+10%SiO2)」を使用し、60μmの膜厚となるように塗布している。
【0048】
図示するように、(a),(c) の活性フラックスFを用いない場合に比べて、(b),(d) の活性フラックスFを用いた場合は、深溶込みによって確実な板厚貫通溶込みで裏波ビード7を形成した溶接ができることがわかる。また、(b),(d) に示す断面マクロでは溶接の仕上がりは同等であるが、溶接速度が大きく異なり、被溶接板1の状態や溶接条件等に応じて高速の溶接を行うことができる。
【0049】
以上のように、各実施例で実証されるように、活性フラックスFを用いたMIG溶接によれば、入熱量を低減できる効果があるとともに、溶接溶融幅を従来の溶接法と比べて1/2程度まで狭くできるので、溶接変形量が従来の溶接法と比べて、1/5〜1/4と格段に小さくなり、安定した溶接が可能となる。しかも、入熱範囲を小さくするとともに、入熱時間を短時間にすることにより、溶接後の歪みによる変形量を小さく抑えることがでる。これは、プラズマ流が緊縮化することによって深溶込みが成されているものと判断できる。したがって、溶接速度の速いMIG溶接で深溶込みが可能な溶接を安定して行うことができ、迅速な溶接作業の実現が可能となる。
【0050】
なお、前述した実施の形態は一例を示しており、本発明の要旨を損なわない範囲での種々の変更は可能であり、本発明は前述した実施の形態に限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明に係るMIG溶接方法は、I開先の1パス溶接を自動的に行う場合に有用であり、特に船舶の船殻構造のように多くの溶接継手部を溶接する場合に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明で溶接する被溶接板の一例を示す図面であり、(a) は平面図、(b) は側面図、(c) はC部拡大図である。
【図2】(a) 〜(d) は、図1の被溶接板に対する活性フラックスの塗布方法を示す被溶接板の断面図である。
【図3】溶接施工条件を一覧表形式で示す図面である。
【図4】図2に示す活性フラックスを塗布した被溶接板の溶接部における断面マクロの写真であり、上部から前記図2に示す(a) 〜(d) に対応した溶接部の断面マクロである。
【図5】図2に示す活性フラックスを塗布した被溶接板の溶接部に裏当て材を設けた場合の断面マクロを示す写真であり、上部から前記図2に示す(a) 〜(d) に対応した溶接部の断面マクロを示し、(e) は裏当て材に活性フラックスを塗布した場合の断面マクロである。
【図6】本発明の実施例2に係る被溶接板の開先部拡大図である。
【図7】図6に示す活性フラックスを塗布した被溶接板の溶接部における断面マクロの写真であり、(a) 〜(d) は溶接部のギャップを変化させた場合の溶接部における断面マクロを示している。
【図8】本発明の実施例3に係る被溶接板の施工裕度を示す説明図である。
【図9】本発明の実施例4に係る被溶接板の施工裕度を示す説明図である。
【図10】本発明の実施例5に係る被溶接板の平面図である。
【図11】図10に示す被溶接板に生じる溶接変形と従来法による溶接変形との説明図であり、(a) は本発明の断面マクロと溶接変形量の3次元グラフ、(b) は従来法のI開先における断面マクロと溶接変形量の3次元グラフ、(c) は従来法のV開先における断面マクロと溶接変形量の3次元グラフとを示している。
【図12】本発明の実施例6に係る、被溶接板に生じる溶接変形と従来法による溶接変形とを示す説明図であり、(a) は本発明の断面マクロと溶接変形量の3次元グラフ、(b) は従来法のV開先における断面マクロと溶接変形量の3次元グラフとを示している。
【図13】本発明の実施例7に係る、活性フラックスを塗布した被溶接板の溶接部における断面マクロの写真であり、(a),(b) は従来の溶接法による溶接部の断面マクロを示し、(c),(d) は活性フラックスFを用いた溶接法による断面マクロを示している。
【図14】(a) は、従来のTIG溶接における溶融池内対流を示す模式図であり、(b) は、従来のA−TIG溶接における溶融池内対流を示す模式図である。
【図15】(a) は、従来のMIG溶接における溶融池内対流を示す模式図であり、(b) は、本発明のMIG溶接における溶融池内対流を示す模式図である。
【符号の説明】
【0053】
1…被溶接板
2…表面
3…開先面
4…裏面
5…裏当て材
6…溶接線
7…裏波ビード
8…溶接継手部
9…溶接変形計測位置
F…活性フラックス
M…溶融池
P…プラズマ流
S…金属蒸気

【特許請求の範囲】
【請求項1】
純度の高い不活性ガスをシールドガスとしたMIG溶接方法であって、
被溶接板の溶接継手部の表面に活性フラックスを塗布し、該溶接継手部をMIG溶接することを特徴とするMIG溶接方法。
【請求項2】
前記溶接継手部の開先に前記活性フラックスを塗布し、該溶接継手部をMIG溶接する請求項1に記載のMIG溶接方法。
【請求項3】
前記活性フラックスを前記溶接継手部の裏面側に塗布し、該溶接継手部をMIG溶接する請求項1又は請求項2に記載のMIG溶接方法。
【請求項4】
前記溶接継手部の裏面に裏当て材を設けた請求項1〜3のいずれか1項に記載のMIG溶接方法。
【請求項5】
前記裏当て材の被溶接板側に活性フラックスを塗布し、前記溶接継手部をMIG溶接するようにした請求項4に記載のMIG溶接方法。
【請求項6】
前記純度の高い不活性ガスが純アルゴンガスである請求項1〜5のいずれか1項に記載のMIG溶接方法。
【請求項7】
前記被溶接板の溶接継手部に塗布した活性フラックスをアーク熱で加熱して金属蒸気を放出させてプラズマ流を緊縮化させることにより溶融池内での深溶込みを得るようにした請求項1〜6のいずれか1項に記載のMIG溶接方法。
【請求項8】
前記活性フラックスから供給される酸素で溶融池内の溶融金属の粘性を低下させて前記深溶込みが増すようにした請求項7に記載のMIG溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図14】
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【図15】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2008−173670(P2008−173670A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−9812(P2007−9812)
【出願日】平成19年1月19日(2007.1.19)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】