MRSA産生黄色色素の生成阻害能を示す新規化合物とその製造方法
【課題】MRSAが産生する黄色色素の産生を抑え、MRSA感染症の予防または治療薬となる新規化合物の提供。
【解決手段】式[I]で表される化合物であるタイロピルシンA物質ならびに関連するタイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質。
【化10】
【解決手段】式[I]で表される化合物であるタイロピルシンA物質ならびに関連するタイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質。
【化10】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メチシリン耐性を示す黄色ブドウ球菌(MRSA)が産生する黄色色素の生成を特異的に阻害することでMRSA感染の予防や治療に有用な新規芳香族化合物であるタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質ならびにそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による院内感染は世界規模で蔓延し、さらには市中感染としても確認され、大きな社会問題となっている。加えて、最近多くの抗生物質が効かない多剤耐性菌(大腸菌、緑膿菌やアシネトバクター)による死亡者の報道が相次ぎ、将来的に「効く抗生物質が無い」という事態が危惧される。このような耐性菌問題が起こった背景として、抗菌薬剤の乱用が挙げられるが、それ以外にも免疫力の低下した患者の増加や高齢化社会等が考えられ、細菌感染症は今後ますます増えることが予想される。
【0003】
一般的にMRSA感染症の治療には、グリコペプチド系のバンコマイシンやアミノグリコシド系のアルベカシンといった抗生物質が使用されている。またこの他に、β−ラクタム抗生物質同士、もしくはβラクタム抗生物質と他の作用点の異なる抗生物質との併用療法が行なわれている(非特許文献1)。バンコマイシンやアルベカシンについても、既にこれら薬剤に対する耐性菌が出現している。このような状況に対処すべく、現在、新しい抗MRSA薬の探索研究が進められている。
【0004】
2006年に医薬品大手メルク社の研究チームが、南アフリカの土中より分離した放線菌ストレプトマイセス・プラテンシス(Streptomyces platensis)から、MRSAにも効果を示す新しい抗生物質プラテンシマイシン(platensimycin)を報告した(非特許文献2)。しかし、このような菌に直接作用して殺菌を行う薬剤の開発、即ち従来の抗生物質の考え方では、いずれ菌の薬剤耐性が誘導され、その結果再び「薬剤と菌とのいたちごっこ」が始まると予想される。
【0005】
そこでMRSAに直接抗菌活性を示すのではない、全く新しい発想による抗感染症薬へのアプローチが求められている。黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は人体に感染した後、人が持つ免疫力から自身を守るために黄色色素を産生することが知られている。主なる黄色色素はスタフィロキサンチン(staphyloxanthin)であり、この色素が宿主の好中球等による殺菌的酸化作用から免れて感染を成立させるのに必須であることが、遺伝子レベルの実験で既に報告されている(非特許文献3)。
【0006】
よって、上記黄色色素の産生を阻害する化合物は、黄色ブドウ球菌のみならず、MRSAの好中球等による殺菌的酸化作用から逃れるための防御機構を阻害することが予想され、MRSAの生育には影響を与えずに宿主への感染力を減弱すること、また新たな耐性菌出現の可能性も低いことが期待される。同時に、上記黄色色素の産生を阻害する化合物は、MRSAが有する薬剤耐性機構とは無関係であることから、様々な薬剤耐性菌にも同様な作用をもたらすことが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】長谷川裕美ら、薬剤投与の科学、p264-273、1998年。
【非特許文献2】Wang J. 等, Nature, 441巻, p358-361, 2006年。
【非特許文献3】Liu G.Y.等, J. Exp. Med., 202巻, p209-215, 2005年。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、MRSAの感染力を減弱させる物質を提供すること、特にMRSAが産生する黄色色素の産生を抑えることで、抗殺菌的酸化作用を無くし、宿主への感染を防止することにより、新たな耐性菌出現の可能性の少ない、安全で効果的な医薬品となる新規化合物を提供すること、およびそれらの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、微生物の産生する代謝産物を対象にMRSAが産生する黄色色素(以下、単に黄色色素ともいう)の生成阻害活性を有する物質の探索を行った結果、長野県上伊那郡南箕輪村にて採取したイグチ科タイロピラス(Tylopilus)属キノコ子実体のメタノール抽出液中に目的の活性を有する物質が産生されていることを見いだした。次いで、該抽出液から黄色色素生成阻害物質を分離、精製した結果、後述の化学構造を有する新規な物質であることを見いだし、本物質を新たに、タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質、およびタイロピルシンC物質とそれぞれ命名した。
【0010】
本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものであって、下記式[I]で表される化合物であるタイロピルシンA物質、下記式[II]で表される化合物であるタイロピルシンB物質、および下記式[III]で表される化合物であるタイロピルシンC物質に関する。
【0011】
【化1】
【0012】
【化2】
【0013】
【化3】
【0014】
本発明はまた、イグチ科タイロピラス(Tylopilus)属キノコ子実体を有機溶媒で抽出し、抽出液からタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質を分離することからなるタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質の製造方法に関する。
【0015】
上記製造方法において、キノコ子実体は、タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質を産生するタイロピラス・エキシミウス(Tylopilus eximius)(和名:ウラグロニガイグチ)であることが好ましい。
【0016】
さらに本発明は、タイロピルシンA物質を有効成分とするMRSA感染予防剤、タイロピルシンB物質を有効成分とするMRSA感染予防剤、タイロピルシンC物質を有効成分とするMRSA感染予防剤を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、MRSA感染予防作用を有する新規物質タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質が提供される。また、これらの物質を有効成分とする医薬組成物は、MRSA感染予防剤として使用できる。
【0018】
本発明に係るタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質は、MRSAが産生する黄色色素の産生を抑えることで宿主への感染を防止することにより、新たな耐性菌出現の可能性の少ない、安全で効果的な医薬品となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係るタイロピルシンA物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示す図である。
【図2】本発明に係るタイロピルシンA物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示す図である。
【図3】本発明に係るタイロピルシンA物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図4】本発明に係るタイロピルシンA物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図5】本発明に係るタイロピルシンB物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示す図である。
【図6】本発明に係るタイロピルシンB物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示す図である。
【図7】本発明に係るタイロピルシンB物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図8】本発明に係るタイロピルシンB物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図9】本発明に係るタイロピルシンC物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示す図である。
【図10】本発明に係るタイロピルシンC物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示す図である。
【図11】本発明に係るタイロピルシンC物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図12】本発明に係るタイロピルシンC物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質は、イグチ科タイロピルス(Tylopilus)属キノコに属するタイロピラス・エキシミウス(Tylopilus eximius)(和名:ウラグロニガイグチ)の子実体を採集し、有機溶媒で抽出することにより、抽出液中にタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質を蓄積させ、該抽出液からタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質を分離することにより製造することができる。
【0021】
抽出物に蓄積された本発明の新規物質を分離するには、微生物培養物から代謝産物を採取するのに通常使用される方法を用いることができる。例えば、子実体の抽出に用いた有機溶媒とは混和性のない別の有機溶媒による抽出、濃縮、乾燥、吸着、濾過、遠心分離、クロマトグラフィーなどから選んだ1種または2種以上の方法により目的物質を分離し、精製することができる。
【0022】
具体的には、イグチ科タイロピルス(Tylopilus)属キノコに属するタイロピラス・エキシミウス(ウラグロニガイグチ)子実体の抽出に用いる有機溶媒としては、この子実体から目的化合物を溶解させることができれば、特にその種類は選ばない。適当な溶媒としては、メタノール、エタノールなどのアルコール類、アセトンなどのケトン類といった水混和性有機溶媒と、クロロホルム、ジクロロメタンなどのハロゲン化炭化水素、酢酸エチルなどのエステルといった水不混和性有機溶媒を挙げることができるが、これらに制限されるものではない。現時点で好ましいのは、メタノール、エタノールなどのアルコール類である。抽出は、例えば、常温で数日〜数カ月かけて行うことができる。抽出を加速するために加温してもよい。その場合の温度としては40℃以下とすることが適当である。
【0023】
得られた抽出液には、タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質の3種類の新規物質がすべて溶解している。この抽出液からこれら3種類の新規物質を分離するには、例えば、抽出液を減圧濃縮し、得られた濃縮液を、子実体の抽出に用いた有機溶媒と混和性のない別の有機溶媒(例えば、子実体の抽出にアルコールなどの水混和性有機溶媒を用いた場合には、酢酸エチル等の水不混和性有機溶媒)で抽出して、精製された抽出液を得る。この精製された抽出液から、脂溶性物質の採取に用いられる公知の方法、例えば吸着クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、遠心向流分配クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を適宜組み合わせ、または繰り返すことによって、タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質を分離し、精製することができる。
【0024】
こうして得られた、本発明のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質の理化学的性状について以下に説明する。
タイロピルシンA物質の理化学的性状は次の通りである。
(1)性状:淡黄色固体
(2)分子式:C20H18O8
HRESI-MS (m/z) [M+Na]+ 計算値409.08994,実測値409.08922
(3)分子量:386
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは図1に示すとおりであり、λmax (MeOH,ε): 227 (8028) nm、278 (2414) nmおよび339 (6195) nmの吸収を示す。
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外吸収スペクトルは図2に示すとおりであり、νmax 3391, 1698 cm-1等に特徴的な吸収極大を示す。
(6)旋光度: [α]D27.6 −3.0°(c=0.36、メタノール)
(7)溶剤に対する溶解性:メタノール、エタノール、アセトニトリル、酢酸エチル、ジメチルスルホキサイドに可溶。
(8)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキサイド中で、バリアン社製400M 核磁気共鳴スペクトロメータで測定した水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)はそれぞれ図3および4に示すとおりであり、
δH : 2.99 (3H), 3.05 (3H), 5.90 (1H), 6.70 (2H), 6.75 (2H), 7.12 (2H), 7.82 (2H), 9.48 (1H), 9.85 (1H), 10.37 (1H) ppm;
δC : 51.7, 52.4, 80.9, 84.2, 114.3, 115.1, 123.3, 123.4, 129.9, 130.7, 135.7, 149.1, 157.1, 158.1, 171.8, 194.9 ppm。
【0025】
以上のように、タイロピルシンA物質の各種理化学性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、タイロピルシンA物質は下記の式[I]で表される化学構造であることが決定された。
【0026】
【化4】
【0027】
次に、本発明のタイロピルシンB物質の理化学的性状について以下に説明する。
(1)性状:淡黄色針状結晶
(2)分子式:C19H16O8
HRESI-MS (m/z) [M+Na]+ 計算値395.07429, 実測値395.07464
(3)分子量:372
(4)融点:185〜187℃
(5)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは図5に示すとおりであり、λmax (MeOH,ε): 227 (13001), 337 (16089) nmの吸収を示す。
(6)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外吸収スペクトルは図6に示すとおりであり、νmax 3357, 1696 cm-1等に特徴的な吸収極大を示す。
(7)比旋光度: [α]D27.6 −2.9°(c=0.23、メタノール)
(8)溶剤に対する溶解性:メタノール、エタノール、アセトニトリル、酢酸エチル、ジメチルスルホキサイドに可溶。
(9)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキサイド中で、バリアン社製400M 核磁気共鳴スペクトロメータで測定した水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)はそれぞれ図7および8に示すとおりであり、
δH : 2.93 (3H), 5.89 (1H), 6.51 (1H), 6.63 (2H), 6.75 (2H), 7.00 (2H), 7.79 (2H), 9.36 (1H), 9.84 (1H), 10.38 (1H) ppm;
δC : 51.4, 77.3, 83.3, 113.8, 115.1, 123.8, 128.69, 128.72, 130.5, 136.2, 149.2, 156.6, 158.0, 172.1, 198.8 ppm。
【0028】
以上のように、タイロピルシンB物質の各種理化学性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、タイロピルシンB物質は下記の式[II]で表される化学構造であることが決定された。
【0029】
【化5】
【0030】
次に、本発明のタイロピルシンC物質の理化学的性状について以下に説明する。
(1)性状:淡褐色固体
(2)分子式:C18H12O7
HRESI-MS (m/z) [M+H]+ 計算値341.0661, 実測値341.0659
(3)分子量:340
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは図9に示すとおりであり、λmax (MeOH,ε): 247 (5253), 278 (4216), 336 (2601) nmの吸収を示す。
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外吸収スペクトルは図10に示すとおりであり、νmax 3259, 1685 cm-1等に特徴的な吸収極大を示す。
(6)溶剤に対する溶解性:メタノール、エタノール、アセトニトリル、酢酸エチル、ジメチルスルホキサイドに可溶。
(7)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキサイド中で、バリアン社製400M 核磁気共鳴スペクトロメータで測定した水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)はそれぞれ図11および12に示すとおりであり、
δH : 6.75 (2H), 6.92 (2H), 7.06 (2H), 7.93 (2H), 9.50 (2H), 10.07 (1H) ppm;
δC :114.7, 115.6, 121.4, 121.7, 125.5, 128.8, 131.0, 145.0, 157.3, 159.0, 162.2, 173.3, 196.0 ppm。
【0031】
以上のように、タイロピルシンC物質の各種理化学性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、タイロピルシンC物質は下記の式[III]で表される化学構造であることが決定された。
【0032】
【化6】
【0033】
本発明のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質は、後述の試験例に示すように、MRSAが産生する黄色色素生成阻害活性を有する。従って、これらの物質はMRSAの感染および進展を抑えることができ、MRSA感染症の予防薬または治療薬として有用である。
【0034】
本発明のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質は、それぞれ単独で或いは組み合わせて、MRSAが産生する黄色色素産生阻害剤、またはMRSAの感染症の予防薬または治療薬として使用できる。製剤化は常法によればよい。例えば、本発明物質を有効成分とし、慣用の担体や賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、緩衝剤、懸濁化剤、安定化剤、pH調節剤、着色剤、矯味剤、香料などを添加し、溶液、懸濁液、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤などに製剤化することができる。
【0035】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、実施例は本発明を制限するものではなく、例示にすぎない。
【実施例1】
【0036】
タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質の製造
長野県上伊那郡南箕輪村にて採集したイロピラス・エキシミウス(和名:ウラグロニガイグチ)300 gのキノコ子実体を、採集後、速やかにメタノールに1ヶ月間浸積した。得られたメタノール抽出液 (700 mL) を綿濾過した後、減圧下でメタノールを留去した。この濃縮液より酢酸エチル (500 mL) で活性成分を抽出し、酢酸エチル層を濃縮乾固し、褐色活性粗物質(1.1 g)を得た。
【0037】
この粗物質をシリカゲルカラム(シリカゲル 60、0.040-0.063 mm MERCK)にて粗精製を行った。クロロホルム(100%)、クロロホルム:メタノール=20:1、クロロホルム:メタノール=10:1、クロロホルム:メタノール=5:1、クロロホルム:メタノール=1:1 およびメタノール(100%)の各溶媒200 mlを展開溶媒とするクロマトグラフィーを行い分画した。タイロピルシンA物質およびタイロピルシンB物質を含む画分(クロロホルム:メタノール=10:1溶出画分)を濃縮することで、褐色物質118.6 mgを得た。これを少量のメタノールに溶解し、分取HPLC (カラム:PEGASIL ODS、20φ×250 mm、株式会社センシュー) により最終精製を行った。0.05%トリフルオロ酢酸を含む10%アセトニトリル水溶液から40分後に40%アセトニトリル水溶液になるようなグラジエント条件を設定し、8 ml/minの流速において、UV 340 nmの吸収をモニターした。保持時間24 minおよび32 minに活性を示すピークを観察し、このピークを分取して、分取液を減圧下濃縮し、タイロピルシンA物質およびタイロピルシンB物質をそれぞれ5.0 mgおよび4.3 mgの量で単離した。
【0038】
得られたタイロピルシンA物質およびタイロピルシンB物質の各種理化学性状やスペクトルデータは上述した通りである。
【実施例2】
【0039】
タイロピルシンC物質の製造方法
実施例1で得られたタイロピルシンC物質を含む画分(クロロホルム:メタノール=1:1溶出画分)を濃縮することで、褐色物質85.1 mgを得た。これを少量のメタノールに溶解し、分取HPLC (カラム:PEGASIL ODS、20φ× 250 mm、株式会社センシュー) により最終精製を行った。0.05%トリフルオロ酢酸を含む20%アセトニトリル水溶液から30分後に40%アセトニトリル水溶液になるようなグラジエント条件を設定し、8 ml/minの流速において、UV 340 nmの吸収をモニターした。保持時間20 minに活性を示すピークを観察し、このピークを分取して、分取液を減圧下濃縮し、タイロピルシンC物質を6.0 mg単離した。得られたタイロピルシンC物質の各種理化学性状やスペクトルデータは上述した通りである。
【0040】
(試験例1)
MRSAは抗酸化活性を有する黄色色素(スタフィロキサンチン)を産生することで宿主の免疫系に抵抗を示すことが報告されている (Liu G Y. 等、J. Exp. Med., 202 巻、p 209-215, 2005年)。そこで、本発明のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質について黄色色素(スタフィロキサンチン)産生阻害活性を評価した。
【0041】
臨床分離株であるMRSA K-24 株をMueller Hinton Broth (BD) 10 mlに白金耳を用いて植菌し、37℃で18時間培養した。その後、培養液1 mlにMHB 5 mlを加え、0.5番マクファーランドに調整したものを、MRSA菌液として使用した。
【0042】
次に、TYB 培地(Marshall J H.等 J. Bacteriol., 147 巻,p 900-913, 1982 年)(Bacto Tryptone (BD) 1.7%, Yeast extract (DIFCO) 1.0%, NaCl (Wako) 0.5%, K2HPO4 (Wako) 0.25%, Bacto agar (DIFCO) 1.5%) を調製し、121℃で15分間滅菌処理した。滅菌フィルター(Minisart 0.20μm, Sartorius Stedim)にて滅菌したモノ酢酸グリセロール (Wako) 溶液を、終濃度1.5%になるようにTYB培地に加え、2号角シャーレ(栄研)に25 ml撒いた。寒天培地が固まったことを確認後、先ほど調製したMRSA菌液を、滅菌綿棒を用いて寒天表面に塗布し、37℃で4時間培養した。その後、試験化合物を含んだペーパーディスク(50μg/6 mm disk)を寒天培地上に置き、37℃で68時間培養した。活性はペーパーディスクの周りにできる白い円(黄色色素を作れなくなったMRSAの生育円)の直径を測定し評価した。
【0043】
その結果、タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質および タイロピルシンC物質は、それぞれ12 mm, 18 mm および 7 mmの白い円を形成した。
以上の結果から、本発明に係る新規物質は、抗菌活性を示さずに黄色色素(スタフィロキサンチン)の生合成を阻害することから、MRSAの宿主への感染予防に有用であると考えられる。
【0044】
なお、ここで用いたMRSAが産生する黄色色素の産生阻害活性の評価方法は、本発明者らが新たに開発したものである。この評価方法では、バンコマイシンやアルベカシンなどの抗菌剤の抗菌活性を出現させずに、目的とする黄色色素阻害活性のみを選択的に評価できることを確認している。より具体的には、上記MRSA菌液塗布後に4時間以上培養してから薬剤を含ませたペーパーディスクを寒天培地上に置くことにより、薬剤が抗菌剤である場合には抗菌剤の抗菌活性の指標である阻止円が出現せず、薬剤が上記黄色色素の阻害活性を有する化合物 (例、本発明に係る化合物、或いはファルネソール) である場合には、この阻害活性の指標である白い円が現れるようになる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、メチシリン耐性を示す黄色ブドウ球菌(MRSA)が産生する黄色色素の生成を特異的に阻害することでMRSA感染の予防や治療に有用な新規芳香族化合物であるタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質ならびにそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による院内感染は世界規模で蔓延し、さらには市中感染としても確認され、大きな社会問題となっている。加えて、最近多くの抗生物質が効かない多剤耐性菌(大腸菌、緑膿菌やアシネトバクター)による死亡者の報道が相次ぎ、将来的に「効く抗生物質が無い」という事態が危惧される。このような耐性菌問題が起こった背景として、抗菌薬剤の乱用が挙げられるが、それ以外にも免疫力の低下した患者の増加や高齢化社会等が考えられ、細菌感染症は今後ますます増えることが予想される。
【0003】
一般的にMRSA感染症の治療には、グリコペプチド系のバンコマイシンやアミノグリコシド系のアルベカシンといった抗生物質が使用されている。またこの他に、β−ラクタム抗生物質同士、もしくはβラクタム抗生物質と他の作用点の異なる抗生物質との併用療法が行なわれている(非特許文献1)。バンコマイシンやアルベカシンについても、既にこれら薬剤に対する耐性菌が出現している。このような状況に対処すべく、現在、新しい抗MRSA薬の探索研究が進められている。
【0004】
2006年に医薬品大手メルク社の研究チームが、南アフリカの土中より分離した放線菌ストレプトマイセス・プラテンシス(Streptomyces platensis)から、MRSAにも効果を示す新しい抗生物質プラテンシマイシン(platensimycin)を報告した(非特許文献2)。しかし、このような菌に直接作用して殺菌を行う薬剤の開発、即ち従来の抗生物質の考え方では、いずれ菌の薬剤耐性が誘導され、その結果再び「薬剤と菌とのいたちごっこ」が始まると予想される。
【0005】
そこでMRSAに直接抗菌活性を示すのではない、全く新しい発想による抗感染症薬へのアプローチが求められている。黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は人体に感染した後、人が持つ免疫力から自身を守るために黄色色素を産生することが知られている。主なる黄色色素はスタフィロキサンチン(staphyloxanthin)であり、この色素が宿主の好中球等による殺菌的酸化作用から免れて感染を成立させるのに必須であることが、遺伝子レベルの実験で既に報告されている(非特許文献3)。
【0006】
よって、上記黄色色素の産生を阻害する化合物は、黄色ブドウ球菌のみならず、MRSAの好中球等による殺菌的酸化作用から逃れるための防御機構を阻害することが予想され、MRSAの生育には影響を与えずに宿主への感染力を減弱すること、また新たな耐性菌出現の可能性も低いことが期待される。同時に、上記黄色色素の産生を阻害する化合物は、MRSAが有する薬剤耐性機構とは無関係であることから、様々な薬剤耐性菌にも同様な作用をもたらすことが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】長谷川裕美ら、薬剤投与の科学、p264-273、1998年。
【非特許文献2】Wang J. 等, Nature, 441巻, p358-361, 2006年。
【非特許文献3】Liu G.Y.等, J. Exp. Med., 202巻, p209-215, 2005年。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、MRSAの感染力を減弱させる物質を提供すること、特にMRSAが産生する黄色色素の産生を抑えることで、抗殺菌的酸化作用を無くし、宿主への感染を防止することにより、新たな耐性菌出現の可能性の少ない、安全で効果的な医薬品となる新規化合物を提供すること、およびそれらの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、微生物の産生する代謝産物を対象にMRSAが産生する黄色色素(以下、単に黄色色素ともいう)の生成阻害活性を有する物質の探索を行った結果、長野県上伊那郡南箕輪村にて採取したイグチ科タイロピラス(Tylopilus)属キノコ子実体のメタノール抽出液中に目的の活性を有する物質が産生されていることを見いだした。次いで、該抽出液から黄色色素生成阻害物質を分離、精製した結果、後述の化学構造を有する新規な物質であることを見いだし、本物質を新たに、タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質、およびタイロピルシンC物質とそれぞれ命名した。
【0010】
本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものであって、下記式[I]で表される化合物であるタイロピルシンA物質、下記式[II]で表される化合物であるタイロピルシンB物質、および下記式[III]で表される化合物であるタイロピルシンC物質に関する。
【0011】
【化1】
【0012】
【化2】
【0013】
【化3】
【0014】
本発明はまた、イグチ科タイロピラス(Tylopilus)属キノコ子実体を有機溶媒で抽出し、抽出液からタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質を分離することからなるタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質の製造方法に関する。
【0015】
上記製造方法において、キノコ子実体は、タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質を産生するタイロピラス・エキシミウス(Tylopilus eximius)(和名:ウラグロニガイグチ)であることが好ましい。
【0016】
さらに本発明は、タイロピルシンA物質を有効成分とするMRSA感染予防剤、タイロピルシンB物質を有効成分とするMRSA感染予防剤、タイロピルシンC物質を有効成分とするMRSA感染予防剤を提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、MRSA感染予防作用を有する新規物質タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質が提供される。また、これらの物質を有効成分とする医薬組成物は、MRSA感染予防剤として使用できる。
【0018】
本発明に係るタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質は、MRSAが産生する黄色色素の産生を抑えることで宿主への感染を防止することにより、新たな耐性菌出現の可能性の少ない、安全で効果的な医薬品となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明に係るタイロピルシンA物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示す図である。
【図2】本発明に係るタイロピルシンA物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示す図である。
【図3】本発明に係るタイロピルシンA物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図4】本発明に係るタイロピルシンA物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図5】本発明に係るタイロピルシンB物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示す図である。
【図6】本発明に係るタイロピルシンB物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示す図である。
【図7】本発明に係るタイロピルシンB物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図8】本発明に係るタイロピルシンB物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図9】本発明に係るタイロピルシンC物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示す図である。
【図10】本発明に係るタイロピルシンC物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示す図である。
【図11】本発明に係るタイロピルシンC物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図12】本発明に係るタイロピルシンC物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質は、イグチ科タイロピルス(Tylopilus)属キノコに属するタイロピラス・エキシミウス(Tylopilus eximius)(和名:ウラグロニガイグチ)の子実体を採集し、有機溶媒で抽出することにより、抽出液中にタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質を蓄積させ、該抽出液からタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質を分離することにより製造することができる。
【0021】
抽出物に蓄積された本発明の新規物質を分離するには、微生物培養物から代謝産物を採取するのに通常使用される方法を用いることができる。例えば、子実体の抽出に用いた有機溶媒とは混和性のない別の有機溶媒による抽出、濃縮、乾燥、吸着、濾過、遠心分離、クロマトグラフィーなどから選んだ1種または2種以上の方法により目的物質を分離し、精製することができる。
【0022】
具体的には、イグチ科タイロピルス(Tylopilus)属キノコに属するタイロピラス・エキシミウス(ウラグロニガイグチ)子実体の抽出に用いる有機溶媒としては、この子実体から目的化合物を溶解させることができれば、特にその種類は選ばない。適当な溶媒としては、メタノール、エタノールなどのアルコール類、アセトンなどのケトン類といった水混和性有機溶媒と、クロロホルム、ジクロロメタンなどのハロゲン化炭化水素、酢酸エチルなどのエステルといった水不混和性有機溶媒を挙げることができるが、これらに制限されるものではない。現時点で好ましいのは、メタノール、エタノールなどのアルコール類である。抽出は、例えば、常温で数日〜数カ月かけて行うことができる。抽出を加速するために加温してもよい。その場合の温度としては40℃以下とすることが適当である。
【0023】
得られた抽出液には、タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質の3種類の新規物質がすべて溶解している。この抽出液からこれら3種類の新規物質を分離するには、例えば、抽出液を減圧濃縮し、得られた濃縮液を、子実体の抽出に用いた有機溶媒と混和性のない別の有機溶媒(例えば、子実体の抽出にアルコールなどの水混和性有機溶媒を用いた場合には、酢酸エチル等の水不混和性有機溶媒)で抽出して、精製された抽出液を得る。この精製された抽出液から、脂溶性物質の採取に用いられる公知の方法、例えば吸着クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、遠心向流分配クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を適宜組み合わせ、または繰り返すことによって、タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質を分離し、精製することができる。
【0024】
こうして得られた、本発明のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質の理化学的性状について以下に説明する。
タイロピルシンA物質の理化学的性状は次の通りである。
(1)性状:淡黄色固体
(2)分子式:C20H18O8
HRESI-MS (m/z) [M+Na]+ 計算値409.08994,実測値409.08922
(3)分子量:386
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは図1に示すとおりであり、λmax (MeOH,ε): 227 (8028) nm、278 (2414) nmおよび339 (6195) nmの吸収を示す。
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外吸収スペクトルは図2に示すとおりであり、νmax 3391, 1698 cm-1等に特徴的な吸収極大を示す。
(6)旋光度: [α]D27.6 −3.0°(c=0.36、メタノール)
(7)溶剤に対する溶解性:メタノール、エタノール、アセトニトリル、酢酸エチル、ジメチルスルホキサイドに可溶。
(8)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキサイド中で、バリアン社製400M 核磁気共鳴スペクトロメータで測定した水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)はそれぞれ図3および4に示すとおりであり、
δH : 2.99 (3H), 3.05 (3H), 5.90 (1H), 6.70 (2H), 6.75 (2H), 7.12 (2H), 7.82 (2H), 9.48 (1H), 9.85 (1H), 10.37 (1H) ppm;
δC : 51.7, 52.4, 80.9, 84.2, 114.3, 115.1, 123.3, 123.4, 129.9, 130.7, 135.7, 149.1, 157.1, 158.1, 171.8, 194.9 ppm。
【0025】
以上のように、タイロピルシンA物質の各種理化学性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、タイロピルシンA物質は下記の式[I]で表される化学構造であることが決定された。
【0026】
【化4】
【0027】
次に、本発明のタイロピルシンB物質の理化学的性状について以下に説明する。
(1)性状:淡黄色針状結晶
(2)分子式:C19H16O8
HRESI-MS (m/z) [M+Na]+ 計算値395.07429, 実測値395.07464
(3)分子量:372
(4)融点:185〜187℃
(5)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは図5に示すとおりであり、λmax (MeOH,ε): 227 (13001), 337 (16089) nmの吸収を示す。
(6)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外吸収スペクトルは図6に示すとおりであり、νmax 3357, 1696 cm-1等に特徴的な吸収極大を示す。
(7)比旋光度: [α]D27.6 −2.9°(c=0.23、メタノール)
(8)溶剤に対する溶解性:メタノール、エタノール、アセトニトリル、酢酸エチル、ジメチルスルホキサイドに可溶。
(9)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキサイド中で、バリアン社製400M 核磁気共鳴スペクトロメータで測定した水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)はそれぞれ図7および8に示すとおりであり、
δH : 2.93 (3H), 5.89 (1H), 6.51 (1H), 6.63 (2H), 6.75 (2H), 7.00 (2H), 7.79 (2H), 9.36 (1H), 9.84 (1H), 10.38 (1H) ppm;
δC : 51.4, 77.3, 83.3, 113.8, 115.1, 123.8, 128.69, 128.72, 130.5, 136.2, 149.2, 156.6, 158.0, 172.1, 198.8 ppm。
【0028】
以上のように、タイロピルシンB物質の各種理化学性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、タイロピルシンB物質は下記の式[II]で表される化学構造であることが決定された。
【0029】
【化5】
【0030】
次に、本発明のタイロピルシンC物質の理化学的性状について以下に説明する。
(1)性状:淡褐色固体
(2)分子式:C18H12O7
HRESI-MS (m/z) [M+H]+ 計算値341.0661, 実測値341.0659
(3)分子量:340
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは図9に示すとおりであり、λmax (MeOH,ε): 247 (5253), 278 (4216), 336 (2601) nmの吸収を示す。
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外吸収スペクトルは図10に示すとおりであり、νmax 3259, 1685 cm-1等に特徴的な吸収極大を示す。
(6)溶剤に対する溶解性:メタノール、エタノール、アセトニトリル、酢酸エチル、ジメチルスルホキサイドに可溶。
(7)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキサイド中で、バリアン社製400M 核磁気共鳴スペクトロメータで測定した水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)はそれぞれ図11および12に示すとおりであり、
δH : 6.75 (2H), 6.92 (2H), 7.06 (2H), 7.93 (2H), 9.50 (2H), 10.07 (1H) ppm;
δC :114.7, 115.6, 121.4, 121.7, 125.5, 128.8, 131.0, 145.0, 157.3, 159.0, 162.2, 173.3, 196.0 ppm。
【0031】
以上のように、タイロピルシンC物質の各種理化学性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、タイロピルシンC物質は下記の式[III]で表される化学構造であることが決定された。
【0032】
【化6】
【0033】
本発明のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質は、後述の試験例に示すように、MRSAが産生する黄色色素生成阻害活性を有する。従って、これらの物質はMRSAの感染および進展を抑えることができ、MRSA感染症の予防薬または治療薬として有用である。
【0034】
本発明のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質は、それぞれ単独で或いは組み合わせて、MRSAが産生する黄色色素産生阻害剤、またはMRSAの感染症の予防薬または治療薬として使用できる。製剤化は常法によればよい。例えば、本発明物質を有効成分とし、慣用の担体や賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、緩衝剤、懸濁化剤、安定化剤、pH調節剤、着色剤、矯味剤、香料などを添加し、溶液、懸濁液、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤などに製剤化することができる。
【0035】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、実施例は本発明を制限するものではなく、例示にすぎない。
【実施例1】
【0036】
タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質の製造
長野県上伊那郡南箕輪村にて採集したイロピラス・エキシミウス(和名:ウラグロニガイグチ)300 gのキノコ子実体を、採集後、速やかにメタノールに1ヶ月間浸積した。得られたメタノール抽出液 (700 mL) を綿濾過した後、減圧下でメタノールを留去した。この濃縮液より酢酸エチル (500 mL) で活性成分を抽出し、酢酸エチル層を濃縮乾固し、褐色活性粗物質(1.1 g)を得た。
【0037】
この粗物質をシリカゲルカラム(シリカゲル 60、0.040-0.063 mm MERCK)にて粗精製を行った。クロロホルム(100%)、クロロホルム:メタノール=20:1、クロロホルム:メタノール=10:1、クロロホルム:メタノール=5:1、クロロホルム:メタノール=1:1 およびメタノール(100%)の各溶媒200 mlを展開溶媒とするクロマトグラフィーを行い分画した。タイロピルシンA物質およびタイロピルシンB物質を含む画分(クロロホルム:メタノール=10:1溶出画分)を濃縮することで、褐色物質118.6 mgを得た。これを少量のメタノールに溶解し、分取HPLC (カラム:PEGASIL ODS、20φ×250 mm、株式会社センシュー) により最終精製を行った。0.05%トリフルオロ酢酸を含む10%アセトニトリル水溶液から40分後に40%アセトニトリル水溶液になるようなグラジエント条件を設定し、8 ml/minの流速において、UV 340 nmの吸収をモニターした。保持時間24 minおよび32 minに活性を示すピークを観察し、このピークを分取して、分取液を減圧下濃縮し、タイロピルシンA物質およびタイロピルシンB物質をそれぞれ5.0 mgおよび4.3 mgの量で単離した。
【0038】
得られたタイロピルシンA物質およびタイロピルシンB物質の各種理化学性状やスペクトルデータは上述した通りである。
【実施例2】
【0039】
タイロピルシンC物質の製造方法
実施例1で得られたタイロピルシンC物質を含む画分(クロロホルム:メタノール=1:1溶出画分)を濃縮することで、褐色物質85.1 mgを得た。これを少量のメタノールに溶解し、分取HPLC (カラム:PEGASIL ODS、20φ× 250 mm、株式会社センシュー) により最終精製を行った。0.05%トリフルオロ酢酸を含む20%アセトニトリル水溶液から30分後に40%アセトニトリル水溶液になるようなグラジエント条件を設定し、8 ml/minの流速において、UV 340 nmの吸収をモニターした。保持時間20 minに活性を示すピークを観察し、このピークを分取して、分取液を減圧下濃縮し、タイロピルシンC物質を6.0 mg単離した。得られたタイロピルシンC物質の各種理化学性状やスペクトルデータは上述した通りである。
【0040】
(試験例1)
MRSAは抗酸化活性を有する黄色色素(スタフィロキサンチン)を産生することで宿主の免疫系に抵抗を示すことが報告されている (Liu G Y. 等、J. Exp. Med., 202 巻、p 209-215, 2005年)。そこで、本発明のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質およびタイロピルシンC物質について黄色色素(スタフィロキサンチン)産生阻害活性を評価した。
【0041】
臨床分離株であるMRSA K-24 株をMueller Hinton Broth (BD) 10 mlに白金耳を用いて植菌し、37℃で18時間培養した。その後、培養液1 mlにMHB 5 mlを加え、0.5番マクファーランドに調整したものを、MRSA菌液として使用した。
【0042】
次に、TYB 培地(Marshall J H.等 J. Bacteriol., 147 巻,p 900-913, 1982 年)(Bacto Tryptone (BD) 1.7%, Yeast extract (DIFCO) 1.0%, NaCl (Wako) 0.5%, K2HPO4 (Wako) 0.25%, Bacto agar (DIFCO) 1.5%) を調製し、121℃で15分間滅菌処理した。滅菌フィルター(Minisart 0.20μm, Sartorius Stedim)にて滅菌したモノ酢酸グリセロール (Wako) 溶液を、終濃度1.5%になるようにTYB培地に加え、2号角シャーレ(栄研)に25 ml撒いた。寒天培地が固まったことを確認後、先ほど調製したMRSA菌液を、滅菌綿棒を用いて寒天表面に塗布し、37℃で4時間培養した。その後、試験化合物を含んだペーパーディスク(50μg/6 mm disk)を寒天培地上に置き、37℃で68時間培養した。活性はペーパーディスクの周りにできる白い円(黄色色素を作れなくなったMRSAの生育円)の直径を測定し評価した。
【0043】
その結果、タイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質および タイロピルシンC物質は、それぞれ12 mm, 18 mm および 7 mmの白い円を形成した。
以上の結果から、本発明に係る新規物質は、抗菌活性を示さずに黄色色素(スタフィロキサンチン)の生合成を阻害することから、MRSAの宿主への感染予防に有用であると考えられる。
【0044】
なお、ここで用いたMRSAが産生する黄色色素の産生阻害活性の評価方法は、本発明者らが新たに開発したものである。この評価方法では、バンコマイシンやアルベカシンなどの抗菌剤の抗菌活性を出現させずに、目的とする黄色色素阻害活性のみを選択的に評価できることを確認している。より具体的には、上記MRSA菌液塗布後に4時間以上培養してから薬剤を含ませたペーパーディスクを寒天培地上に置くことにより、薬剤が抗菌剤である場合には抗菌剤の抗菌活性の指標である阻止円が出現せず、薬剤が上記黄色色素の阻害活性を有する化合物 (例、本発明に係る化合物、或いはファルネソール) である場合には、この阻害活性の指標である白い円が現れるようになる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式[I]で表される化合物であるタイロピルシンA物質。
【化7】
【請求項2】
下記式[II]で表される化合物であるタイロピルシンB物質。
【化8】
【請求項3】
下記式[III]で表される化合物であるタイロピルシンC物質。
【化9】
【請求項4】
イグチ科タイロピラス(Tylopilus)属キノコに属するウラグロニガイグチ子実体からタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質またはタイロピルシンC物質を採取することを特徴とする請求項1、2または3に記載のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質またはタイロピルシンC物質の製造方法。
【請求項5】
請求項1、2または3記載の物質を有効成分とする、スタフィロキサンチン生合成阻害剤。
【請求項6】
請求項1、2または3記載の物質を有効成分とする、MRSA感染症の感染予防薬または治療薬。
【請求項1】
下記式[I]で表される化合物であるタイロピルシンA物質。
【化7】
【請求項2】
下記式[II]で表される化合物であるタイロピルシンB物質。
【化8】
【請求項3】
下記式[III]で表される化合物であるタイロピルシンC物質。
【化9】
【請求項4】
イグチ科タイロピラス(Tylopilus)属キノコに属するウラグロニガイグチ子実体からタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質またはタイロピルシンC物質を採取することを特徴とする請求項1、2または3に記載のタイロピルシンA物質、タイロピルシンB物質またはタイロピルシンC物質の製造方法。
【請求項5】
請求項1、2または3記載の物質を有効成分とする、スタフィロキサンチン生合成阻害剤。
【請求項6】
請求項1、2または3記載の物質を有効成分とする、MRSA感染症の感染予防薬または治療薬。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2013−23448(P2013−23448A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−156720(P2011−156720)
【出願日】平成23年7月15日(2011.7.15)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年7月15日(2011.7.15)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】
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