説明

MS/MSデータ処理

前駆体イオン種をそれらのフラグメントから同定する方法が、複数の前駆体イオン種およびそれらのフラグメントの質量スペクトルを高質量精度で得るステップを含む。次いで、複数の前駆体イオン種のフラグメント化から得られたフラグメント質量スペクトルが走査され、合算した質量が前駆体イオン種の1つの質量と合致するフラグメントの対を同定する。フラグメントイオンの対が前駆体イオンに合致された後、複合のフラグメントイオンスペクトルがいくつかの部分に分解され、フラグメントの対ごとに1つの部分である。分析は、さらなる対が同定されなくなるまで続く。次いで、複合のフラグメントスペクトルの分解された区域を一体に継ぎ合わせることによって、各前駆体試料イオンごとに単純化されたフラグメントイオンスペクトルが再構成される。得られた再構成されて単純化されたフラグメントスペクトルが、サーチエンジンに送られ、サーチエンジンは、各合成フラグメントイオンスペクトルごとに有力候補のスコアソートリストを返す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般に、質量分析法の分野に関し、より詳細には、前駆体イオン種をそれらのフラグメントから同定する方法(MS/MSデータ処理)に関する。
【背景技術】
【0002】
分子の質量分析は、非常に似た質量電荷比を有する多くの異なる分子の存在によって複雑になる。異なる親分子をそれらの特徴的なフラグメントの質量電荷比を測定することによって同定する一助となるように、フラグメント化技法が開発されている。対象の分子のイオンが、非常に似た質量電荷比の他の分子イオンと共に、質量選択イオン光学デバイスによって質量電荷選択される。これらのイオンは、親イオンまたは前駆体イオンと呼ばれる。これらの親イオンは、次いで、1つまたは複数のプロセスを使用してフラグメント化され、フラグメントイオンが質量分析されて、いわゆるMS/MS質量スペクトルを提供する。典型的には、異なる構造の分子は、フラグメント化して異なるフラグメントイオンを生成し、それらのフラグメントイオンの質量電荷比を調べることによって親分子を同定することができる。フラグメント質量スペクトルが干渉も含む場合、またはMS/MSで得られるよりも多くの情報が必要とされる場合、さらなる段階のフラグメント化が使用されることがあり、MS^n(MS)質量スペクトルを生成する。タンパク質配列のライブラリが開発されており、これらは、フラグメントイオンスペクトルを妥当な親分子に合致させるために、その目的で開発されたアルゴリズムを使用してサーチされる。
【0003】
これは、有機質量分析法において有力であり広く使用されている方法である。しかし、複数の質量選択ステップの必要性に関係していくつかの欠点がある。この要件は、本方法を行うのに必要な設備をより複雑にし、分析時間を延ばす。
【0004】
親分子イオンを同定できるようにイオンフラグメント化の技法を使用することに加えて、非常に似た質量電荷比の分子イオンを区別するために、高質量分解能の質量分析計を使用することができる。しかし、典型的には、そのような高質量分解能の分析計はより高価であり、より低い分解能の同等の分析計に比べて、(測定時間がより長いため)はるかに遅いことが多い。
【0005】
フラグメントイオン質量スペクトルが高分解能であり高質量精度である場合、フラグメントイオンと妥当な親分子との合致をより高い信頼性で行うことができる。したがって、高分子イオンを最も効果的に同定するために、分析者は、高分解能の質量分析法とフラグメント化法との組合せを使用することが多い。しかし、2つの方法の組合せにより、分析時間がさらに長くなる。
【0006】
上に概説したような方法は、タンパク質を含む試料に関して慣行的に使用されている。典型的には、タンパク質は、消化されてペプチドを生成し、これらのペプチドがイオン化されて、質量分析計に導入される。
【0007】
標的タンパク質または混合物(例えば細胞可溶化物)は前処理される。前処理は、フィルタリングおよび洗浄を含むことができる。次いで、適切な開裂試薬を用いて消化される。最も頻繁に使用されるのは酵素トリプシンであるが、キモトリプシン、臭化シアン、ヨードソ安息香酸など他のものも使用される。消化後、および場合によっては洗浄後、混合物は、通常はクロマトグラフィ分離の後に質量分析計に供給される。通常、クロマトグラフィ分離は、タンデム質量分析法プロセスに利用可能な時間を制限する。クロマトグラフィは、ピーク当たり30秒〜1秒未満の範囲の時間がかかり、傾向としてはより速くなっている。
【0008】
初めに、完全な質量スペクトルが取られ、いわゆる前駆体イオンスペクトルを生成する。前駆体イオンスペクトル中のあらゆるイオン種に関して、フラグメントイオンスペクトルを得ることができる(データ独立MS/MS)。別の方法として、頻繁に使用される手法は、「データ依存」MS/MSである。この方法では、完全なスペクトルが獲得され、その後、1つまたは複数の最も強いピークが通常は自動的に選択され、1つずつMS/MSフラグメント化を施される。前駆体およびフラグメントスペクトルが記憶される。これに対する様々な機能向上法として、以下のことが挙げられる。強いイオンの再測定を回避するために前駆体を一時的にブラックリストに入れること;よく知られているペプチドまたは溶媒成分のMS/MSデータの収集を回避するために前駆体を永久的にブラックリストに入れること;最も強い基準が満たされないときでさえフラグメント化を可能にするために、対象の質量をホワイトリストに入れること。しかし、このデータ依存MS/MS手法には2つの問題がある。第1に、同じ試料に対する分析実施ごとに、非常に異なる結果が得られることがある。なぜなら、例えば前駆体イオンスペクトルのピーク高さの小さな変化によってさえも、異なる決定が自動的に下されることがあり、これが、フラグメント化に関する異なる前駆体イオン種の選択をもたらすからである。第2に、多くの場合、先立って行われるクロマトグラフィプロセスにより、利用可能な時間窓内で対象のすべてのイオンをフラグメント化するのに十分な時間がないことがある。
【0009】
MS/MSに関して2つの前駆体イオンが選択される先行技術のデータ依存プロセスが、一例として図1の流れ図に示される。
【0010】
測定後、または時として測定中に、獲得されたデータが評価される。これについて、例えば以下のような多くの方法が知られている。(1)「デノボシーケンシング(de novo sequencing)」。この方法では、アミノ酸配列がスペクトルから直接推定される。(2)「配列タグ付け(sequence tagging)」。この方法では、アミノ酸配列の一部のみがスペクトルから直接推定され、これらの小さな区域(「タグ」)がデータベースサーチルーチンで使用される。(3)フラグメントイオンスペクトルのみを使用して、直接データベースサーチが行われる。
【0011】
データベースサーチは、フラグメントイオンをそれらの妥当なペプチド前駆体に合致させるために行われる。サーチを行うために、いくつかの自動ルーチンが開発されている。その結果、合致の信頼性を表すスコアを有する妥当な前駆体のリストが得られる。任意選択で、サーチすべきデータベースを使用者が事前に選択することができ、関連があると分かっているペプチド前駆体にサーチを限定することができる。例えば、試料が酵母から発生したものであると分かっている場合に酵母に限定することができる。任意選択で、コンピュータサーチは、事前に消化された試料に含まれる可能性が高いタンパク質を示すために、ペプチドスコアから計算されたタンパク質スコアを提供することもできる。典型的には、サーチアルゴリズムは、スコアを伴うタンパク質またはペプチド候補のスコアソートリストを返す。次いで、解釈は、典型的には使用者に任せられる。
【0012】
標準的な手法は、データベースと比較するために、「サーチエンジン」に、それぞれの前駆体質量(通常、これは、データ依存セットアップにおいてMS/MSイベントをトリガした質量である)と共に各MS/MSスペクトルのピークリストを提示するものである。普通は、質量選択窓内の複数の前駆体に関するチェックは行われない。タンパク質の多くのデータベースが公に利用されている。それらのデータベースのいくつかは、前の分析からのタンパク質を含み、SwissProt(http://expasy.org/sprot/)など他のものは、ゲノム配列のコンピュータ翻訳である。
【0013】
サーチエンジン使用の最終的な目標は、分析物混合物中にあると決定される1つまたは複数のタンパク質を見出すことであるので、データベース中のタンパク質は、使用者が選択した開裂試薬に合致する性質を有するペプチドに「電子的に消化」される。この「インシリコ(in silico)消化」は、実行中に、または実際のサーチが行われる前に「索引付け(indexing)」ステップとして行われることがある。使用者が定義した、またはデータから推定される許容窓内の前駆体質量に合致するすべてのペプチドが、「候補」とみなされる。次いで、これらの候補からのフラグメントイオンが予測される。MS/MSデータに基づいて、これらの候補にスコアが関連付けられ、より高いスコアは、MS/MSフラグメントイオンスペクトルが、予測される候補の予測されるフラグメントを含むときに得られる。
【0014】
先行技術のデータベースサーチプロセスが、一例として図2の流れ図に示される。
【0015】
意図的に、または意図せずに、フラグメント化のために同時に複数の前駆体イオン種が選択される場合、フラグメントイオンスペクトルはより複雑であり、データベースサーチエンジンからの結果はあまり正確でなくなる。
【0016】
図1および図2に記載される先行技術プロセスには、これらのデータ依存方法が使用される場合でさえも、妥当なペプチドのスコアソートリストを得るための時間が遅いという欠点がある。なぜなら、標準のサーチエンジン技法を使用して処理することができるようにするまでに、対象の各前駆体イオンのみを選択して個々にフラグメント化し、得られたイオンを順次に質量分析しなければならないからである。これは、計器時間がかかるので費用がかかり、(非常に少量しか存在しないことがある)試料の比較的多くの部分がプロセス中に消費されるので浪費が多い。
【0017】
スループットを改善する1つの特定の方法が、MasselonおよびSmithによってAnalytical Chemistry,Volume72,No.8,pp1918−1924,2000に記載されている。この方法では、一形態の多重化が行われる。複数の前駆体からのフラグメントイオンが、意図的に、非常に高い質量精度で取られた単一の質量スペクトル内で測定される。このとき、フラグメントイオンスペクトルは、複数の前駆体イオン種からのフラグメントを含む。このスペクトルは、通常の様式でデータベースサーチエンジンに送られ、この方法は、フラグメントスペクトルの高質量精度に依拠する。これにより、あらゆるフラグメントイオン種を親ポリペプチドに割り当てることができるわけではない場合もあるが、ほとんどのフラグメントイオンを特定の親ポリペプチドに帰属させることができる。
【0018】
MasselonおよびSmithの方法にはいくつかの欠点がある。上述したように、複数の前駆体イオン種からのフラグメントイオンスペクトルが標準のサーチエンジン法によって処理されるとき、フラグメントイオンスペクトルがより複雑であるので、データベースサーチエンジンからの結果は、高質量精度が使用されたとしても、あまり正確でない。さらに、スコアがあまり正確でないだけでなく、より多数の偽陽性同定が生じる。フラグメントイオンスペクトルの複雑さにより、サーチエンジンの速度が大幅に低下する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0019】
【非特許文献1】Masselon and Smith,Analytical Chemistry,Volume72,No.8,pp1918−1924,2000
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
本発明の目的は、先行技術のMS/MSデータ処理に関わるこれらおよび他の問題に対処することである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
この背景に対して、本発明の第1の態様によれば、前駆体イオン種をそれらのフラグメントから同定するための方法であって、
(a)複数の前駆体イオン種の質量を示す量を求めるステップと、
(b)複数の前駆体イオンに由来する複数のフラグメントイオンを形成するために、複数の前駆体イオン種のイオンをフラグメント化するステップと、
(c)複数の前駆体イオン種に由来するフラグメントイオンを一緒に/同時に質量分析するステップと、
(d)複数のフラグメントイオン種の1つまたは複数の試料セットを複数の前駆体イオン種の特定の1つに割り当てるステップであって、上記または各試料セットが、ステップ(c)で求められた合算した質量が前駆体試料イオン種の特定の1つの質量に対応するフラグメントイオン種を含み、それらのフラグメントイオン種がその前駆体試料イオン種に割り当てられるステップと、
(e)前駆体イオン種の1つまたは複数に関して、(i)ステップ(a)で識別された特定の前駆体試料イオン種の質量と、(ii)その特定の前駆体イオン種に関する上記または各割り当てられた試料セット中の複数のフラグメントイオン種の質量とを識別する試料データを比較手段に転送するステップであって、それにより、前駆体イオン種および割り当てられたフラグメントイオン種の質量を示す量を、それぞれ、基準フラグメントイオンデータおよび基準前駆体イオンデータの1つまたは複数の基準セット中のイオンの質量を示す量と比較するステップと、
(f)比較手段から、複数のフラグメント試料イオン種が割り当てられた前駆体イオン種を同定することを目的とした前記比較の結果を示す情報を受け取るステップと
を含む方法が提供される。
【0022】
したがって、ここでも、スループットを改善する方法として多重化が使用され、複数の前駆体イオン種に由来するフラグメントイオンから、フラグメント質量スペクトルなどのフラグメントイオンデータが得られる。フラグメントイオンデータと前駆体イオンデータはどちらも、高質量精度(フラグメントおよび前駆体試料イオンデータに関して、FWHMでの100,000の分解能で、例えば<5ppm、最も好ましくは<2ppm)で得られることが好ましい。しかし、この得られたフラグメントイオンデータに対してデータベースサーチエンジンを利用するのではなく、このデータがさらに処理される。この追加の処理ステップでは、フラグメントイオンデータは、特定の精度限界内で、合算した質量が前駆体イオンデータ中にある前駆体イオン質量に合致する複数のフラグメントを求めてサーチされる。精度限界は、例えば、フラグメントおよび親イオンデータの質量精度から決定されることがある。複数のフラグメントイオンの1つまたは複数の組を前駆体イオン種に合致させた後、フラグメントイオンデータはいくつかの部分に分解され、1つの部分が、各前駆体イオン種に関するものであり、その特定の前駆体イオン種に割り当てられたフラグメントイオン種の組のみを含む。このプロセスは、好ましい実施形態では、前駆体イオン種からの単純化されたフラグメント試料イオンスペクトルの再構成を効果的に可能にする。例えば、MS/MSスペクトルが一度に1つずつ各前駆体イオン種ごとに得られたかのように、各前駆体イオン種ごとに1つのフラグメントイオンスペクトルを生成することができる。このプロセスは、多重化プロセスをデコンボリューションするが、多重化プロセスによって得られるすべての速度的利点を保つ。次いで、得られたフラグメントイオンデータの試料セット(例えばデコンボリューションされたフラグメントイオンスペクトル)が、好ましくはデータベースサーチエンジンに1つずつ送られ、このサーチエンジンは、それぞれに対して標準的なデータベースサーチを行い、好ましい実施形態では、各デコンボリューションされたフラグメントイオンスペクトルごとに有力候補のスコアソートリストを与える。
【0023】
それにより、本発明の方法は、データベースサーチエンジンからの結果の精度を大幅に改善する。また、サーチの速度も大幅に改善する。
【0024】
用語「一緒に/同時に分析する」とは、本方法が、同じ時点または実質的に同じ時点で、複数の前駆体試料イオンからのフラグメントイオンに対してサーチを行うステップを含むことを意味する(複数の前駆体を同時にフラグメント化することによって、または1つまたは複数の前駆体を順次にフラグメント化して得られるフラグメントを一緒に蓄積することによって、それらのフラグメントイオンが同時に生成される)。より詳細には、フラグメントイオンの実際の検出/同定が単一のイベントとして行われることを示唆することは意図されていない。FT−ICRまたはOrbitrap(商標)MSなど特定のタイプの質量分析法の場合には、フラグメントイオンが一緒に検出されるが、TOF−MSなど他のものでは、イオンは検出器に順次に放出される。それにも関わらず、分析自体(検出前)は、複数の前駆体からのフラグメントイオンに対してタンデム式に行われて、上述した多重化を可能にする。
【0025】
さらに、いくつかの好ましい実施形態では、前駆体および/またはフラグメントイオンの質量(さらには質量電荷比m/z)が求められるが、これは、本発明の良好な動作に不可欠というわけではないことを理解されたい。飛行時間、頻度、電圧、磁場偏向など(しかしそれらに限定されない)多くの異なる物理的なパラメータを(例えば選択されたイオン検出法に依存して)測定することができ、それらの各パラメータは、イオン質量またはm/zに関係付けられる、またはイオン質量またはm/zの導出を可能にする。しかし、各場合に質量自体が計算される必要はなく、非質量空間で測定されたパラメータを質量に変換しないことが計算的により効率的であることがある。さらに、比較用データベースに記憶された量は、それ自体、質量として保持されず、質量に関係付けられる別の量として保持されることがある。したがって、用語「質量を示す量」は、質量および他の量を包含するものと広く解釈すべきである。
【0026】
好ましくは、この方法は、フラグメントイオンの1つまたは複数の対を特定の前駆体イオン種に割り当てるステップを含む。このステップは、2つのフラグメントイオン種の合算した質量がその割り当てられた前駆体イオン種の質量に対応することに基づくものであることがあり、この対応は、前駆体イオン種の質量と等しい総質量を有することによる、または(例えばフラグメント化中の水分子の中性ロスにより)その前駆体からの所定のオフセット質量を有することによる。割り当てられるフラグメント化の対は、様々なフラグメント化技法によって同定されるイオンのいわゆる「絶好の対(golden pairs)」となりえる。
【0027】
また、本発明の方法は、前駆体イオンスペクトル内の前駆体イオン種に割り当てることができないフラグメント試料イオンデータ中のイオン種を示す。このとき、これらのフラグメントイオン種は、データベースサーチエンジンに送られることも、送られないこともある。送られる場合、それらは単に送られるだけであることがあり、このとき、先行技術の方法の場合と同様に、試料セット中の他のデコンボリューションされたフラグメント試料イオンデータの複雑さに寄与しない。
【0028】
また、本発明は、MS/MS/MS技法、またはMSでの速度および精度的利点を得るために使用することもできる。MasselsonおよびSmithの先行技術の多重化構成は、実際には、前駆体とフラグメントイオンの両方に関して高質量精度を必要とするので、本発明の実施形態の方法は、その先行技術に比べて、(データ収集に関して)追加の時間的不利を有さず、その一方で、対照的にかなり高い精度をもつ。当然、前駆体を多重化することを試みなかった先行の方法に比べて、本発明の実施形態は、かなりの時間節約をもたらす。
【0029】
本発明のさらなる特徴および利点は、添付の特許請求の範囲および以下の説明から明らかになろう。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】MS/MS分析に関して2つの前駆体イオン種を選択するための先行技術データ依存プロセスの流れ図である。
【図2】先行技術のデータベースサーチ手順の流れ図である。
【図3】本発明の実施形態の方法を実施するのに適した1つの例示的な質量分析計の概要を示すブロック図である。
【図4】本発明の実施形態の方法を実施するのに適した第2の例示的な質量分析計の機能概略図である。
【図5】本発明の実施形態の方法を実施するのに適した別の例示的な質量分析計の機能概略図である。
【図6】同様に本発明の実施形態の方法を実施するのに適したさらなる例示的な質量分析計の機能概略図である。
【図7】分子C2242およびそのフラグメントに関する質量スペクトルの一部を示す図である。
【図8】それぞれ先行技術の方法および本発明による方法を採用したときの、多重化された試料フラグメントデータセットの数の関数としての、実験的なフラグメントデータからの前駆体イオン種の同定の精度に関する性能指数のプロットを示す図である。
【図9】本発明の一実施形態による4つのフラグメント試料イオンデータセットの群を個別に得るとき、および多重化することによって一緒に得るときの、1000個のMS/MSスペクトルの同定の精度に関する実験的に求められた性能指数の分布を示す図である。
【図10】複数の段階のフラグメント化(MS)に関して本発明の実施形態の方法を採用する手順の流れ図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明の好ましい実施形態は、前駆体イオン種をそれらのフラグメントから同定する方法を提供する。フラグメントイオンを生成する方法自体は重要ではない(実際、任意選択で、同じ前駆体イオンに対して、異なるフラグメントイオン種を得るために異なるフラグメント化技法およびエネルギーを採用することができる)が、それにも関わらず、本発明をより良く理解できるように、前駆体試料イオンのフラグメント化およびそのようなプロセスからの質量分析データの収集に関する1つの適切な技法をまず説明する。それにも関わらず、前駆体イオンをフラグメント化するための構成の好ましい一実施形態の以下の説明は、それを行う多くの異なる方法のうちの1つを示すにすぎず、さらに、イオンを検出する方法も、同様に様々な異なる方法で実施することができることを強調しておく。
【0032】
まず図3を参照すると、質量分析計10が示されている。質量分析計10は、質量分析すべきイオンを発生するためのイオン源20を備える。図3に示されるイオン源20は、パルスレーザ源(好ましくは、パルスレーザ源22からの照射によってイオンが発生されるマトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)源)や、連続イオン源、例えば大気圧エレクトロスプレー源などでよい。
【0033】
イオン源20からのイオンは、イオントラップ30に入れられ、イオントラップ30は、例えば国際公開第2005/124821号パンフレットおよびより最近では国際公開第2008/081334号パンフレット(それらの内容を参照により援用する)などに記載されているようなガス充填RF多重極または湾曲型四重極でよい。
【0034】
イオンはイオントラップ30内に貯蔵され、例えば本出願人らの同時係属出願である国際公開第2006/103445号パンフレット(その内容も参照により本明細書に援用する)に記載されているように、イオンの衝突冷却が行われることがある。貯蔵は、RFがオフに切り替えられ、DC電圧がロッドの両端間に印加されるまで、イオントラップ30内で行われる。この技法は、英国特許出願公開第2415541号明細書および国際公開第2005/124821号パンフレットとして公開されている本出願人らの同時係属出願に詳細に記載されており、それらの詳細の全体を本明細書に援用する。
【0035】
第1のサイクルでは、ある範囲の前駆体イオン(ある範囲のm/zにわたって連続の、または一連の隣接しない質量の前駆体イオン)が、イオントラップ30から質量分析器70、例えばOrbitrap、FT−ICR、または他の高質量精度の分析器に放出される。質量分析器70は、第1のサイクルでイオントラップ30から放出された前駆体イオンに関する高質量精度の前駆体試料イオン質量スペクトルを生成する。前駆体試料イオン質量スペクトルは、いくつかの目的に役立つ。第1に、この質量スペクトルは、(分析対象である可能性が高いのは、すべての前駆体イオンではないので)分析すべき前駆体イオンのサブセットを同定するために利用することができる。第2に、前駆体スペクトルを高精度で得ることによって、以下でさらに説明するように、フラグメントイオンデータと共に、測定された前駆体質量ピークを分析のために送ることができる。
【0036】
第2のサイクルでは、イオントラップ30がイオン源20からイオンを再び充填される。やはりイオンが冷却される。しかし、このとき、すべての前駆体イオンを一緒に質量分析するのではなく、前に得られた前駆体試料イオン質量スペクトルから、個々の前駆体イオンがさらなる分析のために同定される。そのような同定された前駆体イオンを隔離するために、イオントラップ30内のイオンは、好ましくは静電トラップ40であるイオン選択デバイスに向けてパルス放出される。パルス放出は、狭いイオンパケットを生成する。これらのイオンパケットは、静電トラップ40内に捕捉され、本出願人らの同時係属出願である英国特許出願第0725066.5号明細書および国際公開第2007/122378号パンフレットに記載されているように静電トラップ40内で複数回反射される。
【0037】
イオントラップ30から静電トラップ40への放出は、後で生じる空間電荷に関わる問題を回避するために任意選択でイオンの数を制御しながら、イオン光学系(図3には図示せず)によって行われる。
【0038】
イオン光学系によって加速した後、イオンは、各m/zごとに10〜100nsの短いパケットに集束されて、静電トラップ40に入る。静電トラップ40内での反射の度に、または特定の回数の反射の後に、望ましくないイオンは、パルス偏向されて静電トラップ40から出て、例えば検出器75またはフラグメント化セル50に入る。イオン検出器75は、イオンミラーの飛行時間焦点面に近接して位置されることが好ましく、その焦点面ではイオンパケットの期間が最短である。こうして、分析対象のイオンのみが静電トラップ40内に残される。引き続きさらなる反射が行われ、隣接する質量の間の分離を高め、それにより選択窓をさらに狭めることができる。最終的に、対象の質量電荷比m/zに隣接する質量電荷比を有するすべてのイオンがなくされ、トラップ内には、第1の分析サイクルで得られた前駆体質量スペクトルから同定されたただ1つの前駆体試料イオン種が残る。
【0039】
次いで、静電トラップ内のそのただ1つの前駆体試料イオン種が、フラグメント化セル50に放出される。好ましくは、フラグメント化セル50は、セグメント化されたRFのみの多重極であり、そのセグメントに沿って軸方向DC磁場が生成される。選択された前駆体試料イオンは、それらがフラグメント化セル50内でフラグメント化できるようにするのに十分なエネルギーで、静電トラップ40からフラグメント化セル50に放出される。
【0040】
フラグメント化セル50内でのフラグメント化の後、第1の前駆体イオン種からのイオンフラグメントは、補助イオン貯蔵デバイス60に移送される。ここでイオンフラグメントが貯蔵され、以下に説明するように後続のサイクルが行われる。
【0041】
第1の前駆体試料イオン種からのフラグメントイオンが補助イオン貯蔵デバイス60内に貯蔵された後、第2の前駆体試料イオン種に関してステップが繰り返される。具体的には、(やはり好ましくは前に得られた前駆体試料イオン質量スペクトルに基づいて選択される)第2の前駆体試料イオン種が、静電トラップ40内で隔離され、次いでフラグメント化セル50に送られ、フラグメント化され、次いでフラグメントが、前のサイクルと同様に補助イオン貯蔵デバイス60に送られ、補助イオン貯蔵デバイス60内で、第2の前駆体試料イオンからのフラグメントは、第1の前駆体試料イオンからのフラグメントと共に貯蔵される。
【0042】
上述したのと同様にさらなるサイクルを行うことができ、これらのサイクルは、データ処理の限界(これに関する説明は以下を参照されたい)と、空間電荷限界と、補助イオン貯蔵デバイス60内での複数のフラグメントイオンに関する総イオン貯蔵時間との影響を受ける。
【0043】
複数のフラグメントイオンが補助イオン貯蔵デバイス60内に蓄積された後、それらのフラグメントイオンは、放出されてイオントラップ30に戻され、その際、前述の国際公開第2007/122378号パンフレットに詳述されているように、フラグメントイオンは、元々それらの前駆体が放出された開口とは別の開口を通ってトラップ30に入る。それらのフラグメントイオンは、トラップ30から、質量分析のために高質量精度の質量分析器(例えばOrbitrap)70に放出される。質量分析が完了した後、以下に説明するように、すべてのフラグメントイオンの質量分析から得られたデータと共に、前駆体イオンの質量分析から得られたデータが一緒に処理される。処理は、例えば質量分析計10を制御する、または質量分析計10にリンクされたローカルコンピュータ(図示せず)の処理装置でローカルで行われることがあり、および/または後の分析のためにローカルで記憶されることがあり、および/または1つまたは複数のデータファイルとして遠隔位置に、そこでの後の処理のために送られることがあり、その処理の結果は、その後、質量分析計10の使用者に返される。
【0044】
第1のサイクルで複数の前駆体試料イオンから質量分析データを捕捉し、次いで次のサイクルで、(対象となるものとしてその前駆体試料イオンの質量スペクトルから同定された)各前駆体イオン種を隔離し、各前駆体イオン種からのフラグメントイオンすべてを、それらのフラグメントの質量電荷比の同時/並列分析のために一緒に貯蔵することによって蓄積することを上述した。しかし、当然、これは、以下に説明する技法を使用して一度に複数の前駆体およびフラグメントイオンを分析することができる方法の1つにすぎないことを理解されたい。例えば、個々の前駆体種を隔離し、次いでフラグメント化のためにこれらを一緒に蓄積するのではなく、例えば国際特許第2008/059246号パンフレット(その内容の全体を参照により援用する)に記載されている手順を使用して、すべての前駆体イオンを1つのステップで一緒に隔離することもできる。
【0045】
前駆体の選択は、多くの異なる方法で実現することができ、それらの方法は、データ依存またはデータ独立に分類することができる。例えば、データ独立モードでは、隣接する質量範囲を選択することができる(この質量範囲は、複数のイオン種を含むことも、含まないこともある)。別の方法として、隣接しない質量範囲を選択することができ、すなわち、複数の隣接しない質量窓からの前駆体を選択することができる。データ依存モードでは、所定の数(例えば4つ)の前駆体イオン種を選択することができ、これらを、例えば強度によってソートすることができる。前駆体の選別に関して「包含」および「除外」リスト(これらのリストは当業者によく知られている)が採用されることがあり、任意選択で、これらのリストは動的なリストでよい。Kendrick質量オフセット(「質量欠損」)や、MSに関する中性ロスなど、他の前駆体同定基準を採用することもできる。最後に、初めに特定の基準に基づいて前駆体を選択し、次いで、残っている前駆体イオンの追加の「安全」MS走査を行うこともできることがある。
【0046】
同様に、多重化の実現の仕方に関して、この方法が、単一の前駆体イオンの逐次分析およびフラグメント化(上述したようにすべてのフラグメントが補助イオン貯蔵デバイス60内に一緒に収集される)にも、(ただ1つのサイクルで選択される、または例えば複数の連続するサイクルで補助イオン貯蔵デバイス60内に蓄積されることによる)複数の前駆体イオンの並列分析にも適用可能であることを理解されたい。並列分析は、複数の前駆体試料イオン種を一緒にフラグメント化し、それにより生成された複数のフラグメント試料イオン種を並列分析することによって行われる。
【0047】
同様に、前駆体およびフラグメントイオンの両方の質量分析を高質量精度で行うことも望まれるが、それにも関わらず、これは、図3の例示的構成において、様々な位置で様々な方法で実現することができる。例えば、イオントラップ30内に貯蔵された前駆体イオンは、それらをイオントラップ30からOrbitrapまたは他の質量分析器70に渡すのではなく、質量をイオントラップ30から静電トラップ40に放出し、そこで前駆体イオンを隔離し、それらのイオンを検出器75に放出することによって、静電トラップ40において質量分析することができる。単に例として、検出器75は、電子増倍管またはマイクロチャネル/マイクロスフェアプレートでよく、これは、単一イオン感度を有し、弱い信号を検出するために使用することができる。別の方法として、検出器は、コレクタでよく、それにより非常に強い信号(ことによるとピークで10個よりも多いイオン)を測定することができる。2つ以上の検出器を採用することもでき、変調器が、例えば前の獲得サイクルから得られたスペクトル情報に従ってイオンパケットを1つの検出器または別の検出器に向ける。このようにして、静電トラップ40によって、前駆体試料イオン種からの高質量精度データを得ることができる。さらに、検出の方法は、採用される質量分析技法の性質に依存することも理解されたい。例えば、飛行時間質量分析が行われる場合、典型的には、より高いm/zのイオンが、例えばマイクロチャネルプレートによって時間的に順次に検出される。他方、OrbitrapまたはFT−MS分析が行われる場合、(時間領域過渡によって)実質的にすべてのイオンの同時検出を行い、その後、続いて周波数領域へのフーリエ変換を行うことができる。ここから、さらにイオン質量を求めることができる。したがって、イオン検出から質量自体を求める必要はないことを理解されたい。(飛行)時間、周波数、電圧、磁場、および他の物理的パラメータが初期測定量となることがあり、それらの初期測定パラメータをイオン質量に変換することは必ずしも不可欠ではない。そうせずに、イオン質量の計算を回避し、(以下にさらに説明する)後の分析のいくつかを、元々検出された量の空間内で直接行うことが、計算的に効果的であることがある。したがって、以下、用語「質量」(または質量電荷比)を使用するが、実際には、計算は、イオン質量に単に関係付けられる量、またはイオン質量を直接は表さない量に対して行われることがあることを理解されたい。また、多くの質量分析計は、いずれにせよイオンの質量電荷比を検出する。この測定されたm/zから分子質量を求めるために、様々な既知の方法が存在する(米国特許出願第5072115号明細書およびHortらのJ Am Soc Mass Spectrometry,2000,11,320−332参照)。以下に説明する計算のほとんどは、最も簡便には、場合によっては荷電付加物が既に補償されている質量空間内で行われる。いずれにせよ、必要な変換は、当技術分野で知られている、および/または容易に把握することができる。
【0048】
複数の前駆体試料イオンおよびそれらのフラグメントから質量分析データを得る1つの例示的な方法を説明したが、次に、複数の前駆体試料イオン(またはその誘導物/親イオン)を実質的に同時に同定できるようにそのデータを並列に処理する(多重化する)ことを含む、本発明を具現化する一方法を説明する。
【0049】
得られた複合の高質量精度のフラグメント試料イオン質量スペクトルと、前駆体質量スペクトルはどちらも、まず、単純化されたスペクトルを生成するために電荷除去および同位体除去される。次いで、合算した質量が前駆体イオン種の1つの質量に合致するフラグメントの対を同定するために、フラグメント質量スペクトルが走査される。他の形態のフラグメント化を同様に採用することもできるが、補完し合うフラグメントイオンの対は、衝突活性化解離(CAD)によって発生されるすべてのタイプのフラグメントの中で一意の特異性を有することが分かっている。
【0050】
前駆体およびフラグメントイオンの質量はどちらも高質量精度で測定されるが、それにも関わらず、それらは依然として、質量測定の有限の精度により、ある度合いの誤差を受ける。フラグメント質量情報の処理に情報提供するために、この測定誤差を使用することができる。すなわち、2つのフラグメントイオンの合算した質量が前駆体の1つの質量と所定の誤差限界範囲内で同じであるとき(または、HOの中性ロスなどにより、前駆体からの一定の所定オフセットと同じであるとき)のみ、合致するものと特定することができる。
【0051】
フラグメントイオンの対を前駆体イオン種に合致させた後、(複合の)フラグメントイオンスペクトルはいくつかの部分に分解され、1つの部分が、各フラグメント対に関するものであり、各フラグメント対のみを含む。複合のフラグメント質量スペクトルの分析は、さらなる対が規定の精度限界範囲内で同定されなくなるまで続けられる。前駆体イオン種に割り当てられずに残っている単一フラグメントイオンがあればそれを除外することができ、または含めておくこともできるが、(以下に述べる)後続の同定分析では無視される。
【0052】
複合のフラグメントスペクトルの分析が完了した後、特定の前駆体試料イオン種に関連付けられたすべてのフラグメントイオン対に関して、複合のフラグメントスペクトルのそれぞれ単一の分解された部分を継ぎ合わせることによって、または他の方法で連結させることによって、それぞれ各前駆体試料イオンごとに1つの(単純化された)フラグメントイオンスペクトルが再構成される。すなわち、一緒に分析された「n」個の前駆体試料イオンに関して、(同時に、または順次に、しかしすべてのフラグメントを一緒に分析して)それらの「n」個の前駆体イオン種をフラグメント化することによって得られた複合のフラグメント試料イオン質量スペクトルを用いて、(合算した質量が「n」個の前駆体の特定の1つと同じであるフラグメント対からのデータのみを含む)「n」個の別個の単純化されたフラグメント質量スペクトルが、上の分析から得られる。
【0053】
次いで、得られたデコンボリューションされたフラグメントイオンスペクトルが、1つずつ、関連の前駆体試料イオン種の測定された質量電荷比と共に、Mascott(商標)やSequest(商標)などのサーチエンジンに送られる。サーチエンジンは、各合成フラグメントスペクトルに対して標準のデータベースサーチを行い、各そのようなデコンボリューションされた(合成)フラグメントイオン質量スペクトルごとに有力候補のスコア(任意選択でスコアソート)リストを返す。合成フラグメント質量スペクトルの質量のみに基づく前駆体イオンの同定が現在好ましいが、それにも関わらず、任意選択で同定をさらに補助するために、それぞれの(相対)存在比を採用することもできる。
【0054】
この技法は、多重化プロセスをデコンボリューションするが、この多重化プロセスによって得られるすべての速度的利点を保つ。MasselsonおよびSmithの先行技術技法では、実際には、前駆体イオンが前駆体質量スペクトルで正確に同定されるときに最も正確な結果が得られ、これを行うために、前駆体イオンが高質量分解能で分析されることが望ましい(また、先行技術の方法に関しては、良好に機能するには、前述したようにフラグメントイオンの最大の質量精度が必要である)。すなわち、本発明のいくつかの実施形態は、MasselsonおよびSmithの方法に関わる追加の時間的不利を何ら持ち込まず、かつ非多重化MS/MS技法に勝るかなりの時間的利点を提供する。さらに、本発明の実施形態は、非多重化技法に比べて、結果の精度が大幅に低下することがない。しかし、MasselsonおよびSmithの多重化技法とは対照的に、ここで説明する方法では、多重化される前駆体の数が2よりも多く増加するとき、フラグメントスペクトルの同定の精度の重大な低下がない。
【0055】
上述した原理、特にフラグメントイオン質量を前駆体イオン質量に合致させる方法をさらに示すために、図7に、分子C2242およびそのフラグメントに関する質量スペクトルの一部を示す。上述した技法によれば、最初に、前駆体イオン種(C2242)が、付加物補正される(付加物は、1.007825amuの(既知の)質量を有するHである)。すなわち、付加物補正された前駆体の質量pは、528.32526−1.007825=527.317984amuである。
【0056】
次に、第1のフラグメントピーク(図7ではB[R]として識別される)が選択され、その測定された質量が再び付加物補正される。(補正された)質量Mが記憶される(図7では、157.10839−1.007825=156.101114と表される)。次に、すべての他のピークが質量Mに関してサーチされ、この質量Mは、付加物補正を行って、M+M=pとなるような質量M(=M’−1.007825)である。Mが特定されると、Mが、検証されたフラグメント質量のリストに入れられる。このプロセスが、他のフラグメントイオンに関して繰り返される。表1および表2は、それぞれフラグメントイオン[P]、[R]、[RK]、[QP]、[RKQ]、および[KQP]に関する補正されていない結果および付加物補正された結果を示す(分子構造は、各フラグメントイオンごとに図7に示されているが、ここでは分かりやすくするために省く)。各場合に、付加物補正されたフラグメントイオン質量の対は、合計で、付加物補正されたときの前駆体イオン質量になることが分かる。
【0057】
検証されたフラグメント質量のリストが編集されると、例えば前述したサーチエンジンによって、さらなる分析のために(前駆体イオン質量の詳細と共に)リストを提示することができる。
【0058】
【表1】

【0059】
【表2】

【0060】
図4は、本発明の好ましい実施形態を実施するための好ましい質量分析計構成の機能概略図を示す。図4で、まず、試料準備機構5で任意選択の試料準備が行われる。次いで、段階15で、クロマトグラフィ(特に液体クロマトグラフィLC)が行われ、得られた分子がイオン源20内でイオン化される。次いで、イオンセレクタ25内で、これらのイオンから第1の組のイオンが選択される。選択後、イオンは、衝突セル50内でフラグメント化され、次いで、その下流でイオンコレクタ35内に収集される。
【0061】
イオンセレクタ25内で選択し、衝突セル50内でフラグメント化し、イオンコレクタ35内に収集するプロセスは、イオンコレクタ35内でイオンの所望の組合せが得られるまで繰り返される。その後、イオンは、質量分析器45(例えば、Orbitrap(商標)質量分析器でよい)に放出され、質量分析器45の出力がデータ処理システム55で処理される。データ処理システム55で行われるステップは、上で概説したものであり、フラグメントイオンを、それぞれの親イオンに関する個別のデータセットにデコンボリューションするステップと、任意選択のデータベースサーチおよび順序付けのステップとを含む。
【0062】
イオン選択およびフラグメント化プロセスをさらに制御するために、データ処理システム55からの任意選択のフィードバックを使用することができる。
【0063】
図4の構成は、本発明の実施形態を実施するための質量分析計システムの好ましい構成要素の機能表現となるように意図されていることを理解されたい。単一のハードウェア要素で様々な操作段階を実行することができ、したがって、例えば、選択、フラグメント化、および収集のステップはすべて、LTQフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(LTQ FT ICR)質量分析計のリニアトラップ四重極(「LTQ」)リニアイオントラップなど単一のイオントラップで実行することができ、正確な質量分析のみが、別個の質量分析装置で行われる。理論的には、質量分析さえも同じイオントラップで行うことができる。例えば米国特許出願第4755670号明細書を参照されたい。また、複数のイオンの選択が順次のものである必要はないことを理解されたい。イオントラップ内ですべての所望のイオンを同時に選択するために、例えば米国特許出願第4761545号明細書に記載されているものなど適切な波形を使用することができる。質量フィルタに関しても同様の概念がある。
【0064】
次に図5を見ると、代替の質量分析計構成の機能概略図が示され、この構成もやはり本発明の好ましい実施形態を実施するのに適している。図4の構成と同様に、試料分子は、液体クロマトグラフィ構成15に結合された任意選択の試料準備装置5によって提供することができ、液体クロマトグラフィ構成15が試料分子をイオン源20に供給する。
【0065】
図5で見られるように、イオン源20は、イオンを質量選択四重極Q27に提供し、そこから、選択されたイオンが衝突セルq50に進み、さらにそこから四重極イオンコレクタQ29に進む。四重極イオンコレクタ29の下流には、データ処理システム55に接続された任意選択の飛行時間質量分離器47がある。
【0066】
図5の構成の典型的な動作では、質量選択四重極27を走査することによって、または四重極イオンコレクタ29内にイオンを収集し、その後、検出器に対して質量選択走査を行うことによって、または四重極イオンコレクタ29内にイオンを収集し、その後、飛行時間分析器47において質量分析を行うことによって、「通常の」質量スペクトルが獲得される。
【0067】
任意選択で、以下の質量分析ステップに関する決定は、前に獲得されたスペクトルに基づくものであるが、最終的な目標がすべてのイオンをフラグメント化することであるときにはこの手順は当然必要ない。
【0068】
次に、所望の前駆体質量または質量範囲を順に選択するために、質量選択四重極Q27が動作される。このとき、質量選択四重極Q27を通過するイオンが、衝突セルq50内でフラグメント化され、得られたフラグメントが、その衝突セルq50内で直接収集されて、それにより後続の四重極イオンコレクタ29の必要をなくすか、またはその四重極イオンコレクタ29内で収集される。
【0069】
得られたフラグメントは、飛行時間分析器47において質量分析される。次いで、獲得された質量情報に、前述したような、本発明の実施形態によるデータ処理が施される。
【0070】
図6は、本発明の実施形態を実施するのに適した質量分析計のさらに別の構成をやはり機能概略図で示す。図6において、ここでもまた、試料分子をイオン源20に提供するために、任意選択の試料準備および液体クロマトグラフィステップを行うことができる。次いで、イオン源20からのイオンが、リニアイオントラップ26に向けられる。リニアイオントラップの下流にイオンコレクタ31があり、イオンコレクタ31は、イオンフラグメント化手段50’(衝突セルでよい)と連絡可能であり、また、別個にOrbitrap(商標)トラップ質量分析器70と連絡可能である。Orbitrap(商標)質量分析器70は、データ処理システム55に接続される。
【0071】
図6の構成は、複数の動作モードを提供する。第1のモードでは、通常の質量走査に続いて、前駆体イオンが選択され、リニアイオントラップ26内でフラグメント化される。次いで、得られたフラグメントが、中間イオン貯蔵装置31に送られる。次の前駆体イオンが同様に処理され、中間イオン貯蔵装置31に注入されて、前に貯蔵されたフラグメントイオンと共に貯蔵される。異なる前駆体イオンからのすべての所望のフラグメントが中間イオントラップ31内に収集された後、それらのフラグメントは、質量分析および検出のためにOrbitrap(商標)軌道トラップ質量分析器70に一緒に送られる。処理は、前述した原理に従ってデータ処理システム55で行われる。
【0072】
図6の構成の代替の動作モードでは、例えば、リニアイオントラップ26において、何らかの他の形状の「鋸歯状(notched)」波形の記憶波形逆フーリエ変換(SWIFT)励起によって、複数の前駆体イオンが同時に選択される。次いで、イオンは、例えば衝突誘起解離(CID)または電子移動解離(ETD)によってリニアイオントラップ26内で、または高エネルギー衝突活性化解離(HCD)を行うことができる別個のフラグメント化手段50’内で一緒にフラグメント化され、フラグメント化手段50’は中間イオントラップ31を介してアクセスされる。次いで、フラグメントは、イオンフラグメント化手段50’から送り返され、中間イオン貯蔵装置31内に収集される。その後、それらのフラグメントを、分析のためにOrbitrap(商標)70に注入することができる。
【0073】
図6の構成のさらなる動作モードでは、上述した第1のモードと第2のモードを組み合わせることができる。例えば、1つの質量範囲を隔離することができ、または様々な質量範囲を隔離および追加することができる。
【0074】
図6の構成のさらなる動作モードでは、リニアイオントラップ26内で順次の前駆体イオン選択を行うことができ、そのイオンを中間イオン貯蔵装置31に移送し、その後、すべてのイオンがイオンフラグメント化手段50’内で一緒にフラグメント化される。次いで、得られたフラグメントイオンが、再び中間イオン貯蔵装置31内に収集され、Orbitrap(商標)70で質量分析される。
【0075】
当然、各場合に、質量データが得られた後、本発明を具現化する前述した原理に従って、データ処理システム55を使用してその質量データを処理することができる。
【0076】
MS/MS実験からの実際のデータは、本発明を具現化する方法を使用して得られた。前駆体スペクトルとフラグメントスペクトルはどちらも、FT−ICR質量分析器を使用して、100000の半値全幅(FWHM)の質量分解能で、高質量精度(1σで2ppmの質量精度)で得られた。この方法の後半の段階を成すデータベースサーチは、Mascotサーチシステムを使用して5ppm(3σ)および10ppm(6σ)のしきい値で行われた。
【0077】
図8は、そのようにして得られたデータを使用して、かつ本発明の方法を適用して、一緒に多重化された前駆体イオンおよびそれらのフラグメントスペクトルの数の関数として平均Mascotスコアのプロットを示す。比較のために、先行技術のMasselsonおよびSmith技法を使用して得られる平均Mascotスコアが示される(実際には、データベースサーチの目的のためにMascotシステムと同様のSequestシステムを採用した)。
【0078】
どちらの方法でも、多重化ピークの数が増加すると共にスコアが減少するが、先行技術の方法では、多重化ピークが2つのみの場合でさえ、(Mascotを使用した)予想スコアが急激に低下する。通常、約30のスコアが、許容できると考えられるものである。図8から、許容できる同じスコアに関して、本発明の実施形態の方法によって、先行技術の方法よりも多くの前駆体イオン種を多重化できることを見ることができる。これにより、スループットが大幅に改善される。また、しばしば質量分析法に先立って行われるクロマトグラフィ分離から、利用可能な時間窓内の試料に関するはるかに有用な情報を得ることができる。
【0079】
1つのスペクトルを獲得するにつき約0.5秒かかるFT−ICR−MSまたはOrbitrapMSなどの高質量精度の分光技法を使用して4つの前駆体イオン種からMS/MSデータを得るためには、個別に選択し、フラグメント化し、質量分析するのにかかる時間は2.5秒であり、すなわち1つの前駆体イオンスペクトルおよび4つのフラグメントスペクトルの獲得からなる。本発明を使用する時間は1秒にすぎず、すなわち1つの前駆体イオンスペクトルおよび1つのフラグメントイオンスペクトルの獲得からなる。受け入れることができるレベル30を十分に超えるMascot予想スコアを保ちながら、時間を2.5分の1に短縮することができる。
【0080】
図8に関して上述したように、本発明の方法は、多重化される前駆体イオン種の数が増加すると共にMascotスコアが減少するが、この減少は適度なものである。これをさらに示すために、多重化されていない結果との直接の比較が行われている。CAD MS/MSスペクトルのデータベースから1000個の質量スペクトルが選択された。4つのスペクトルからなる群が合計されて、多重化されたフラグメントイオンスペクトルをシミュレートし、このスペクトルは、4つの前駆体イオン種がフラグメント化され、それらのフラグメントが一緒に組み合わされて質量分析されるたびに得られた。この結果、シミュレートされた250個の多重化MS/MSスペクトルが得られた。次いで、本発明の処理方法が続いて行われ、その結果が、多重化せずに得られた結果と比較された。
【0081】
上述した本発明を具現化する方法の後、各シミュレートされた多重化フラグメント質量スペクトルが同位体除去および電荷除去されて、中性フラグメント質量のリストに変換された。4つの前駆体質量Mそれぞれに関して、元のスペクトルの質量精度に関係付けられる±15mDaの質量不確定性範囲内でm+m=Mとなるように、フラグメント質量の対mとmが選択された。そのようにして、各シミュレートされた多重化質量スペクトルが、4つのデコンボリューションされたMS/MSスペクトルに分離された。
【0082】
元の1000個のMS/MSスペクトルがMascotに提示され、その結果、980個の超しきい値ペプチド同定が得られた。残りの20個の質量スペクトル(0.2%)は同定されなかった。この理由は、主に、同定されたスペクトルがMS/MSデータベースに入れられた後に、タンパク質データベースが変わったからである。Mascotスコアの分布は、図9に白の棒グラフで示されている。また、1000個のデコンボリューションされた質量スペクトルもMascotに提示された。総計で899個のペプチドが同定された(91%)。得られたMascotスコアの分布は、図9にハッチングの棒グラフで示されている。デコンボリューションされた899個のペプチドのうち2個の配列のみは、正常に同定された配列と合致しなかった。これは0.22%の偽陽性率に対応する。
【0083】
前駆体イオンをフラグメント化するためのCADの使用、およびOrbitrap質量分析器内でのイオンの検出に基づいて、非多重化MS/MS実験に比べてスループットの改善を推測することができる。フラグメント検出を伴わないCADを行うのに1単位時間かかり、Orbitrap検出に4単位時間かかる場合、「通常の」(非多重化)モードでの1:8サイクルにかかる全体の時間は、1×4(MS)+8×4(MS/MS)=36単位時間である。多重化モードでは、かかる時間は、1×4(MS)+2×4(MS/MS)=12単位時間である。したがって、非多重化技法に比べてスループットが約3倍高まり、試料イオン種の同定の精度の減少は最小限である。
【0084】
上述した技法に対する様々な修正、代替、および追加が想定される。例えば、フラグメントイオン種の対をそれらの前駆体に合致させるプロセスをさらに補助するために、以下の方法を使用することもできる。
【0085】
(1)前駆体スペクトルおよびフラグメントイオンスペクトルから同位体除去する前に、同位体ピークの微細構造、例えば13Cや32Sの存在に注目することができる。前駆体種中のそのような同位体は、それらの対応するフラグメントでも観察される。これを使用して、割当てを確認する、または割当ての誤りを証明する、またはフラグメント対の合算だけでは同定することができない前駆体とフラグメントの関係の同定を補助することができる。
【0086】
(2)フラグメントの質量が前駆体の1つのみに適合するとき、例えばより低い質量の前駆体から生じるにはフラグメントが大きすぎるとき、フラグメントを特定の前駆体に直接割り当てる。
【0087】
(3)特定のフラグメントを除外/包含するために、任意選択で物質クラスに関する情報(例えば、試料がペプチドであるという知識)と共に、正確な質量情報を使用する。いくつかのフラグメントは、それらの正確な質量と、前駆体の正確な質量と、取り得る中性ロスの選択とだけによって、特定の前駆体のみからのものとなりえる。
【0088】
(4)試料分析を進めながらデコンボリューションを行う。分解されていない前駆体イオン種を二度目に含むことによって、生じ得る干渉が、同じ試料の分析の次のサイクルで識別されて解消される。後続のこのサイクルは、1つを除くすべての前駆体イオン種が異なるので、異なる多重化フラグメントスペクトルを生成する。このデータセットに対して、またはこのセットと前のセットの組合せに対して、前に分解されていない前駆体イオン種のフラグメントの同定を試みることができる。
【0089】
以上、MS/MS実験での前駆体およびフラグメントイオンの多重化分析に関する技法を説明した。しかし、本発明が、1段階のみのフラグメント化に限定されないことを理解されたい。特に、上述した方法を、同様にMS、さらにはMS実験に適用することもできる。
【0090】
図10は、MSを行うことができる方法、特に、本発明の実施形態の方法を第1および第2世代フラグメント(「孫フラグメント」)イオンにも適用することができる方法を示す流れ図である。ステップ100で、図3に関連して前述したのと同様に、前駆体質量スペクトルが、MS/MSの場合と同様に高精度で得られる。ステップ200で、静電トラップ40内で異なる前駆体イオン種を隔離する複数のサイクルによって、または別の方法として静電トラップ40内で複数の前駆体イオン種のより狭い「窓」を選択することによって、対象の前駆体イオン種が一緒に蓄積される。次いで、蓄積された前駆体イオン種は、フラグメント化デバイス50内で一緒にフラグメント化され(ステップ300)、複数のイオン前駆体イオン種からの複数のフラグメントイオン種が補助イオン貯蔵デバイス60内に一緒に蓄積される(ステップ400)。フラグメント化を一緒に行う前に対象の前駆体イオン種すべてを一緒に蓄積する代わりに、前駆体イオン種を一度に隔離して、個々にフラグメント化することもできるが、それでも、各前駆体イオンからのフラグメントイオンは、やはり前述したのと同様に一緒に蓄積される。
【0091】
次に、ステップ500で、質量分析器70によって、フラグメントの質量スペクトルが高質量精度で得られる。得られたフラグメントの質量スペクトルは、以下に説明するステップ600およびステップ700での処理のために送られる。
【0092】
次に、第1のループで、前駆体イオンのさらなる組が蓄積される(再びステップ200)。これらは一緒にフラグメント化されて(ステップ300)、第1世代のフラグメントイオンの蓄積された組を形成し、これら第1世代のフラグメントイオンが補助イオン貯蔵デバイス60内に貯蔵される(再びステップ400)。しかし、このとき、これらのフラグメントの質量スペクトルを得るのではなく、フラグメントが補助イオン貯蔵デバイス60からフラグメント化デバイス50に戻され、フラグメント化デバイス50で、それらのフラグメントがもう一度フラグメント化される。これは、図10にステップ800として示される。次いで、ステップ900で、得られた第2世代のフラグメントイオン(孫フラグメント)を、イオントラップ30を通して質量分析器70に送ることによって質量分析する。
【0093】
本発明を具現化する上述した方法が、ステップ500で得られた第1世代の質量スペクトルに適用されて、フラグメントイオンを前駆体イオン種に割り当てる(ステップ600)。ステップ700で、その割当ての結果が記憶される。同様に、第2世代(孫)のフラグメントイオンの質量スペクトルが、本発明の実施形態の技法を使用して分析されて、第2世代のフラグメントイオンを第1世代のフラグメントイオン種に割り当てる。これは、ステップ1000で示される。その分析の結果が、やはりステップ700で記憶される。
【0094】
本発明の技法を質量分析法の複数の段階(MS)に適用することにより、先行技術に比べて、非常に大きな時間節約の可能性が得られる。前駆体イオンのスペクトルを得るステップ100にかかる時間は、約0.5秒である。第1世代のフラグメントイオンの質量スペクトルを得るステップ(ステップ500)にかかる時間も同様に0.5秒であり、さらに、MSが採用されるときにはこのステップを完全になくすこともできることがある。最後に、ステップ900での第2世代のフラグメントイオンの質量スペクトルにかかる時間は約0.5秒である。
【0095】
したがって、最悪でも、総データ収集時間は1.5秒である。先行技術の技法は、少なくとも10.5秒かかる。なぜなら、4つの別個のフラグメントイオンスペクトルを得るのに約2秒かかり、その結果得られる16個の第2世代のフラグメントスペクトルを得るのに計8秒かかるからである。
【0096】
明らかに、この技法は、さらなる世代のフラグメントが得られることがあるのでより複雑になるが、同様に時間の節約もより大きくなる。MS実験の目的の1つは、水、アンモニア、リン酸化または他の側鎖脱離、およびグリコペプチドからの糖の脱離など、中性フラグメントを明確化することである。
【0097】
さらに、CADによって発生されるフラグメントイオンの分析を上述したが、例えばECD、ETD、準安定イオン衝撃、CID(トラップCIDおよびHCD)、およびIRMPDなど、しかしそれらに限定されない多くの他の形態のイオンフラグメント化にもこの技法を同様に適用可能であることを理解されたい。実際、上述した方法のさらに別の変形形態として、さらなる情報をもたらすために、同じ前駆体イオン種に対して、フラグメント化方法および/またはフラグメント化エネルギーを変えて、前駆体イオン種の隔離および後続のフラグメント化を繰り返すことができる。この技法は、フラグメントのいわゆる「絶好の対」を同定できる可能性を生み出し、ここで、異なるフラグメント化技法が異なる開裂メカニズムをもたらし、これらのメカニズムは、多少は把握されている。例えば、衝突誘起解離(CID)によって生成されるB2フラグメントは、ETDでの対応するC2フラグメントと合致することがあり、一定の質量差17.0265が、アンモニア(NH)の質量である。
【0098】
本発明の方法は、タンパク質、ペプチド、DNA/RNA、脂質、およびこれらの修飾体などポリマーおよびバイオポリマーの分析に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前駆体イオン種をそれらのフラグメントから同定する方法であって、
(a)複数の前駆体イオン種の質量を示す量を求めるステップと、
(b)複数の前駆体イオンに由来する複数のフラグメントイオンを形成するために、複数の前駆体イオン種のイオンをフラグメント化するステップと、
(c)複数の前駆体イオン種に由来するフラグメントイオンを一緒に/同時に質量分析するステップと、
(d)複数のフラグメントイオン種の1つまたは複数の試料セットを複数の前駆体イオン種の特定の1つに割り当てるステップであって、前記または各試料セットが、ステップ(c)で求められた合算した質量が前駆体試料イオン種の特定の1つの質量に対応するフラグメントイオン種を含み、前記フラグメントイオン種が前記前駆体試料イオン種に割り当てられるステップと、
(e)前駆体イオン種の1つまたは複数に関して、(i)ステップ(a)で識別された特定の前駆体試料イオン種の質量と、(ii)前記特定の前駆体イオン種に関する前記または各割り当てられた試料セット中の複数のフラグメントイオン種の質量とを識別する試料データを比較手段に転送するステップであって、それにより、前駆体イオン種および割り当てられたフラグメントイオン種の質量を示す量を、それぞれ、基準フラグメントイオンデータおよび基準前駆体イオンデータの1つまたは複数の基準セット中のイオンの質量を示す量と比較するステップと、
(f)比較手段から、複数のフラグメント試料イオン種が割り当てられた前駆体イオン種を同定することを目的とした前記比較の結果を示す情報を受け取るステップと
を含む方法。
【請求項2】
フラグメントイオン種の前記または特定の試料セットが由来する可能性が高い候補前駆体イオン種であると考えられる前駆体イオン種を示すステップをさらに含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
特定の試料セット中のフラグメントイオン種が由来すると考え得る複数の前駆体イオン種を、前記フラグメントイオン試料セットが当該の複数の前駆体イオン種それぞれに合致する可能性の順序と共に示すステップをさらに含む請求項2に記載の方法。
【請求項4】
複数の前駆体イオン種の質量を示す量を求める前記ステップ(a)が、
第1の前駆体イオン種のイオンを隔離するステップと、
少なくとも1つのさらなる前駆体イオン種のイオンを隔離するステップと、
前記複数の前駆体イオンに由来する前記複数のフラグメントイオンを形成するために、隔離された各前駆体イオン種のイオンの少なくともいくつかをフラグメント化するステップと
を含む請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
第1の前駆体イオン種のイオンを隔離する前記ステップが、前記または各さらなる前駆体イオン種のイオンを隔離する前記ステップとは異なる時点に行われる請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記第1の前駆体イオン種の前記隔離されたイオンを、前記または各さらなる前駆体イオン種の前記隔離されたイオンと共に貯蔵するステップと、前記複数の異なるイオン種のイオンが貯蔵された後、各前駆体イオン種のイオンの少なくともいくつかを実質的に同時にフラグメント化するステップとをさらに含む請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記第1の前駆体イオン種のイオンの少なくともいくつかを、前記または各さらなる前駆体イオン種のイオンのフラグメント化とは別個にフラグメント化するステップと、前記複数の前駆体イオンに由来する前記複数のフラグメントイオンとして、各前駆体イオン種から得られたフラグメントを一緒に貯蔵するステップとをさらに含む請求項4に記載の方法。
【請求項8】
複数のフラグメントイオン種の1つまたは複数の試料セットを割り当てる前記ステップ(d)の後、各前駆体イオン種に関するフラグメントイオンの部分質量スペクトルを、前記前駆体イオン種に関するフラグメントイオンの前記割り当てられた試料セットから構成するステップをさらに含み、基準フラグメントイオンデータの前記または各基準セットが、基準フラグメントイオン質量スペクトルであり、前記試料データを転送する前記ステップ(e)が、前記前駆体イオン種を同定することを目的として、フラグメントイオンの部分質量スペクトルを転送して、前記部分質量スペクトルと前記または各基準フラグメントイオン質量スペクトルとを比較するステップと、それぞれの前駆体イオン種の質量または質量に関連付けられる値を転送するステップとを含む請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記複数の前駆体イオン種の前駆体質量スペクトルを得るステップと、
前記構成されたフラグメントイオン質量スペクトル微細構造の特定の1つを前記前駆体質量スペクトルの特定の1つと相関させることを目的として、前記前駆体試料の質量スペクトルの微細構造を、前記構成されたフラグメントイオンの質量スペクトルの微細構造と比較するステップと
をさらに含む請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記前駆体およびフラグメントイオンの一方または両方から同位体除去および電荷除去するステップをさらに含む請求項1〜9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
複数のフラグメントイオン種を割り当てる前記ステップ(d)が、総質量が前駆体イオン種の1つの質量に前記前駆体イオン種質量の周りの質量窓内で対応する、または総質量が前駆体イオン種の1つからの所定のオフセットでの質量に前記オフセットされた前駆体イオン種質量の周りの質量窓内で対応する複数のフラグメントイオン種を同定するステップを含む請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記質量窓が、20ppm、10ppm、5ppm、2ppm、1ppm、0.5ppm、および0.2ppmを含むリストから選択される請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記ステップ(a)〜(f)が第2のサイクルで繰り返され、前記第2のサイクルに先立つ第1のサイクルでのステップ(a)、(b)、および(c)から得られた第1のデータセットに対して、複数のフラグメントイオンを割り当てる前記ステップ(d)および比較のために試料セットを転送する前記ステップ(e)が行われ、その一方で、第2のサイクルのステップ(a)、(b)、および/または(c)の1つまたは複数の少なくとも一部が行われる請求項1〜12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
同じ同定された前駆体イオンに関して、1つまたは複数の後続のサイクルでステップ(a)〜(f)を繰り返すステップをさらに含み、しかし各場合に、前記同じ前駆体イオンをフラグメント化するステップ(b)が、異なるフラグメント化エネルギーおよび/またはフラグメント化メカニズムを採用することを含む請求項1〜13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
ステップ(d)の後に割り当てられずに残っているフラグメントイオンがあればそれを無視する、または除外するステップをさらに含む請求項1〜14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
任意の単一のフラグメントイオン種の質量が、前記単一のフラグメントイオン種が特定の前駆体イオン種からしか生じる可能性がないことを示すようなものであるときに、前記単一のフラグメントイオン種を前記特定の前駆体イオン種に直接割り当てるステップをさらに含む請求項1〜14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
前記前駆体およびフラグメント試料イオンの質量が、5000以上の分解能で、20ppm以下の質量精度で決定される請求項1〜16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
前記前駆体およびフラグメントイオンの質量が、5000以上、10000以上、25000以上、50000以上、100000以上の分解能で、10ppm以下、5ppm以下、2ppm以下、1ppm以下、0.5ppm以下、0.2ppm以下、および0.1ppm以下を含むリストから選択される質量精度で決定される請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記フラグメントイオンデータおよび前記前駆体イオンデータを前記比較手段に転送する前記ステップ(e)と、前記比較手段から情報を戻して受け取る前記ステップ(f)との間に、
複数の割り当てられたフラグメントイオン種が由来する前駆体イオン種および/または前記前駆体イオン種に関係付けられた材料を同定することを目的として、前記前駆体イオン種の特定の1つに割り当てられた複数のフラグメントイオン種の1つまたは複数の試料セットの質量(または関連の量)を、基準フラグメントイオンデータの前記1つまたは複数の基準セット中のイオンの質量(またはそれぞれの関連の量)と比較するステップをさらに含み、各基準セットが、既知の同定および/または質量のそれぞれの前駆体イオン種に由来する請求項1〜18のいずれか一項に記載の方法。
【請求項20】
前記比較ステップに続いて、複数のフラグメントイオンが関連付けられている前記前駆体イオン種および/または前記前駆体イオン種に関係付けられた材料を同定するステップをさらに含む請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記比較ステップに続いて、前記比較に基づいて、考え得る候補前駆体イオン種のリストを生成するステップをさらに含む請求項19に記載の方法。
【請求項22】
前記比較ステップが、フラグメントイオンの複数の個別の試料セットであって、特定の試料セットに関して複数の前駆体イオンのそれぞれ1つに由来しているものと同定された複数のフラグメントイオン種の質量に関するデータがそれぞれ集められている複数の個別の試料セットそれぞれに関して、
各試料セットがそれぞれ由来する可能性が最も高い前駆体イオン種または前記前駆体イオン種に関係付けられる分子を個別に同定することを目的として、各前記試料セット中の前記フラグメントイオンの質量(または質量に関係付けられる量)を、基準フラグメントイオンデータの複数の基準セット中のイオンの質量(または質量に関係付けられる量)と比較するステップを含む請求項19、20、または21のいずれか一項に記載の方法。
【請求項23】
前記比較ステップが、
(n+1)個の各試料セットがそれぞれ由来する可能性が最も高い前駆体イオン種または前記前駆体イオン種に関係付けられた分子を同定することを目的として、第1の試料セット中のイオンの質量(または関連の量)を複数の基準セット中のイオンの質量(または関連の量)と比較し、次いで、さらなるn(≧1)個の試料セット中のイオンの質量(または関連の量)を順次に、複数の基準セット中のイオンの質量(または関連の量)とそれぞれ比較するステップを含む請求項22に記載の方法。
【請求項24】
前記比較ステップが、先行するステップ(a)〜(e)および後続のステップ(f)から離して行われる請求項19〜23のいずれか一項に記載の方法。
【請求項25】
前記前駆体および/またはフラグメントイオンの質量に関する情報を、前記比較手段によって好まれる形式で前記比較手段に提供するステップをさらに含む請求項19〜23のいずれか一項に記載の方法。
【請求項26】
前記前駆体および/またはフラグメントイオンの質量に関する情報を、前記比較手段に前記情報を提供する前に第1の形式から第2の形式に変換するステップをさらに含む請求項25に記載の方法。
【請求項27】
前記前駆体および/またはフラグメントイオンの質量に関する情報が、前記前駆体および/またはフラグメントイオンの質量あるいは質量電荷比のいずれかである請求項1〜26のいずれか一項に記載の方法。
【請求項28】
前記前駆体および/またはフラグメントイオンの質量に関する情報を質量単位に変換するステップをさらに含み、任意選択で、付加物または中性ロスに関して質量を調節するステップをさらに含む請求項1〜26のいずれか一項に記載の方法。
【請求項29】
複数のフラグメントイオン種の1つまたは複数の試料セットを割り当てる前記ステップ(d)が、前記複数の前駆体イオンに由来する前記複数のフラグメントイオンから、フラグメントイオン種の対の1つまたは複数の試料セットを割り当てるステップを含み、前記または各試料セット中のフラグメントイオン種の対が、前記複数の前駆体イオン種の1つの質量に対応する合算した質量を有する請求項1〜28のいずれか一項に記載の方法。
【請求項30】
前記または各対の質量が1つまたは複数の前駆体イオン種の質量に対応するときにフラグメントイオン種の対の前記または各試料セットを割り当てる前記ステップが、前記または各対の質量が前記複数の前駆体イオン種の1つから所定の量だけオフセットされるときにフラグメントイオン種の対の前記または各試料セットを割り当てるステップを含む請求項29に記載の方法。
【請求項31】
前記複数の前駆体イオン種のイオンをフラグメント化する前記ステップ(b)の後に、
(g)複数の孫フラグメントイオンを形成するために前記複数のフラグメントイオンをフラグメント化する追加のステップと、
(h)複数のフラグメントイオン種に由来する前記孫フラグメントイオンを一緒に/同時に質量分析する追加のステップと、
(i)複数の孫フラグメントイオン種の1つまたは複数の試料セットを、前記孫フラグメントイオンが形成された複数のフラグメントイオン種の特定の1つに割り当てる追加のステップであって、複数の孫フラグメント化種の前記または各試料セットが、ステップ(h)で決定された合算した質量がフラグメントイオン種の特定の1つの質量に対応する孫フラグメントイオン種を含み、前記孫フラグメントイオン種が前記フラグメントイオン種に割り当てられる追加のステップと、
(j)前記フラグメントイオン種の1つまたは複数に関して、(i)識別された特定のフラグメントイオン種の質量と、(ii)前記特定のフラグメントイオン種に関する前記または各割り当てられた試料セット中の複数の孫フラグメントイオン種の質量とを識別する試料データを比較手段に転送するステップであって、それにより、フラグメントおよび割り当てられた孫フラグメントイオン種の質量を示す量を、それぞれ、基準孫フラグメントイオンデータおよび基準フラグメントイオンデータの1つまたは複数の基準セット中のイオンの質量を示す量と比較する追加のステップと、
(k)前記比較手段から、複数の孫フラグメントイオン種が割り当てられたフラグメントイオン種を同定することを目的とした前記比較の結果を示す情報を受け取る追加のステップと
をさらに含む請求項1〜30のいずれか一項に記載の方法。
【請求項32】
分析に利用可能な前駆体イオン種すべてのサブセットを形成する第1の複数の前駆体イオン種を同定するステップと、
前記同定された第1の複数の前駆体イオン種に対して前記方法ステップを実施するステップと、
分析に利用可能であり、前記サブセット中に含まれていなかった前駆体イオン種すべてのうちの前記前駆体イオンの少なくともいくつかに関して前記方法ステップを繰り返すステップと
をさらに含む請求項1〜31のいずれか一項に記載の方法。
【請求項33】
実行されたときに、請求項1〜32のいずれか一項に記載のステップを1つまたは複数の処理装置に行わせるコンピュータプログラム。
【請求項34】
請求項33に記載のコンピュータプログラムをロードされたときの質量分析計用の制御装置。
【請求項35】
請求項34に記載の制御装置を含む質量分析計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公表番号】特表2011−520129(P2011−520129A)
【公表日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−508819(P2011−508819)
【出願日】平成21年5月4日(2009.5.4)
【国際出願番号】PCT/EP2009/003175
【国際公開番号】WO2009/138179
【国際公開日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【出願人】(508306565)サーモ フィッシャー サイエンティフィック (ブレーメン) ゲーエムベーハー (20)
【Fターム(参考)】