説明

MS/MS型質量分析装置

【課題】多数の多重極やイオン輸送光学素子に印加する電圧の走査制御に関するCPUの負担を軽減するとともに、その電圧設定の柔軟性を高める。
【解決手段】第1段四重極、コリジョンセル及び第3段四重極をそれぞれ中心とするイオン光学系への印加電圧に対応した制御データを時系列的に記述したQ1系、CC系、Q3系の3つのテーブルをCPUで生成し、DMA転送により外部メモリに保持する。各テーブルからのデータ読み出しを行うFPGAにより構成される回路は、カウンタによりそれぞれ(時間d1,d2)遅延されたタイミングで読出しを開始する。読み出されたデータはそれぞれ対応するD/A変換部に送られ、全てのD/A変換部にデータが揃うと共通の同期信号により同時にラッチされ、アナログ電圧が一斉に出力される。CPUは分析開始前にテーブルを作成した後、走査開始信号等を送るだけでよく、負担が少なくて済む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はMS/MS型質量分析装置に関し、さらに詳しくは、いわゆる三連四重極型の質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
分子量が大きな物質の同定やその構造の解析を行うために、質量分析の1つの手法としてMS/MS分析(タンデム分析)という手法が知られている。MS/MS分析を行うために、最も操作や扱いが容易であるのが三連四重極(TQ)型質量分析装置である。
【0003】
例えば特許文献1などに記載されているように、三連四重極型質量分析装置では、イオン源で生成された試料成分由来のイオンが第1段四重極に導入され、特定の質量(質量電荷比m/z)を有するイオンがプリカーサイオンとして選別される。このプリカーサイオンが、第2段四重極が内装されたコリジョンセルに導入される。コリジョンセルにはアルゴン等の衝突誘起解離(CID)ガスが供給され、コリジョンセル内でプリカーサイオンはCIDガスに衝突して開裂し、各種のプロダクトイオンが生成される。このプロダクトイオンが第3段四重極に導入され、特定の質量を有するプロダクトイオンが選別されて検出器に到達し検出される。なお、各段の四重極、特に第2段四重極は実際には4本のロッド電極から成る構成でなく、例えば8本のロッド電極から成る構成である場合もあるが、ここでは、これらを含めて四重極と呼ぶ。
【0004】
また三連四重極型質量分析装置では、特定のプロダクトイオンを生じる全てのプリカーサイオンを検出するプリカーサイオンスキャンや、特定の中性断片(中性化学種)が脱離する全てのプリカーサイオンを検出するニュートラルロススキャンなどの、特徴的な質量分析を行うことができる。プリカーサイオンスキャンは、第3段四重極で選別される質量又は質量範囲を固定し、第1段四重極で選別される質量又は質量範囲を走査することで達成される。他方、ニュートラルロススキャンは、第1段四重極で選別される質量又は質量範囲と、第3段四重極で選別される質量又は質量範囲との差を固定しつつ、第1段四重極で選別される質量又は質量範囲を走査することで達成される。
【0005】
ところで、特許文献1にも記載のように、四重極は、主ロッド電極以外に、プリロッド電極やポストロッド電極を有する場合がある。また、各四重極の間やその前後には、イオンレンズなどの多数のイオン輸送光学素子が配置される。本明細書では、イオンの進行する経路に沿って配設される、これら四重極や各種イオン輸送光学素子などを総称してイオン輸送構成要素と呼ぶ。こうしたイオン輸送構成要素には、高周波電圧や直流電圧、或いは直流電圧に高周波電圧が重畳された合成電圧が印加される。その高周波電圧や直流電圧の多くは、分析対象のイオン或いは通過するイオンの質量に応じて変化させる必要がある。上述したような各種の質量分析を実施する際には第1段四重極や第3段四重極で質量走査が行われ、各イオン輸送構成要素を通過するイオンの質量が時間経過に従って変化するので、それに応じて各構成要素に印加する電圧もリアルタイムで変化させる必要がある。
【0006】
特に、三連四重極型質量分析装置の場合、第1段四重極で選択されたプリカーサイオンがコリジョンセル内に導入されると、コリジョンセル内でプリカーサイオンはCIDガスに衝突して開裂するのみならず減速する。そのため、コリジョンセル内にプリカーサイオンが導入されてから、それに由来するプロダクトイオンがコリジョンセルから出て来て第3段四重極に入るまでに或る程度の時間が掛かる。こうした時間遅れはイオンの質量に依存するほか、コリジョンセル内に供給されたCIDガスのガス圧(或いは供給量)などにも依存する。そのため、各種の質量分析を行う際に上述の如くリアルタイムで印加電圧を適切に調整しようとすると、その制御は非常に複雑になり、回路構成も煩雑なものとなる。
【0007】
また、こうした制御をリアルタイムでCPUにより行おうとするとCPUに大きな負荷が掛かる。そのため、高速で高性能のCPUを用意する必要があり、コスト増加要因となる。また、制御プログラムも複雑になり、変更などに対する柔軟性も小さくなる。
【0008】
【特許文献1】特開2006−278024号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記課題に鑑みて成されたものであり、その主な目的は、多段の四重極やそのほかのイオン輸送光学素子などの多数のイオン輸送構成要素へ印加する電圧のリアルタイム制御を容易に、つまりはCPUの負担を軽減し、且つ電圧値の変更なども容易に行えるようすることができるMS/MS型質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明は、イオン源と、該イオン源で生成される各種のイオンから特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選択して通過させる第1段多重極と、プリカーサイオンを開裂させるコリジョンセル内に配設され、プリカーサイオン及び開裂により生成されたプロダクトイオンを収束させつつ後方へ輸送する第2段多重極と、プロダクトイオンの中の特定の質量電荷比を有するイオンを選択して通過させる第3段多重極と、該第3段多重極を通過したイオンを検出するイオン検出器と、イオン源と第1段多重極との間、第3段多重極とイオン検出器との間、各段の多重極の間、のいずれか又は全てに配設された1乃至複数のイオン輸送光学素子と、質量分析の実施に伴って、前記第1段乃至第3段多重極及び前記イオン輸送光学素子を含む各イオン輸送構成要素にそれぞれ異なるアナログ電圧を印加する電圧印加手段と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、前記電圧印加手段は、
a)後記制御データを受けて保持し、後記同期信号に対応して前記保持した制御データをD/A変換したアナログ電圧を、前記各イオン輸送構成要素への印加電圧として出力する複数のD/A変換部と、
b)一定時間間隔毎の各イオン輸送構成要素への印加電圧に対応した制御データがテーブル形式で格納されたパラメータテーブルであって、第1段多重極を中心とするイオン輸送構成要素についての制御データが格納された第1パラメータテーブルと、第2段多重極を中心とするイオン輸送構成要素についての制御データが格納された第2パラメータテーブルと、第3段多重極を中心とするイオン輸送構成要素についての制御データが格納された第3パラメータテーブルと、をそれぞれ保持するテーブル記憶部と、
c)第1乃至第3パラメータテーブルにおけるそれぞれの制御データの読み出し開始の時間遅延に基づいて、各パラメータテーブルに対する読み出し開始タイミングをそれぞれ設定する開始タイミング設定部と、
d)前記開始タイミング設定部から与えられる読み出し開始タイミングに応じて、前記テーブル記憶部に保持されている各パラメータテーブルの制御データを読み出して対応する各D/A変換部に送出するとともに、全ての制御データが各D/A変換部に保持された後に前記同期信号を各D/A変換部に与える制御データ設定制御部と、
を含むことを特徴としている。
【0011】
三連四重極型質量分析装置では、イオン源から発したイオンは、第1段四重極、第2段四重極、第3段四重極、と順番に通過し、最終的に一部のイオンがイオン検出器に到達する。そこで、本発明に係るMS/MS型質量分析装置では、第1段多重極と第2段多重極との間、第2段多重極と第3段多重極との間で、それぞれイオン通過の時間遅延があるものと考え、複数のイオン輸送構成要素を、第1段多重極を中心とする第1グループ、第2段多重極を中心とする第2グループ、第3段多重極を中心とする第3グループ、の3つに分ける。イオン源と第1段多重極との間に配設されたイオン輸送光学素子は第1グループに包含することができる。第3段多重極とイオン検出器との間に配設されたイオン輸送光学素子は第3グループに包含することができる。なお、コンバージョンダイノードなどのイオン検出器に属する要素も第3グループに包含することができる。また、隣接する多重極の間に配置されたイオン輸送光学素子は、その前後のいずれかの多重極が属するグループに振り分ける。そして、上記3つのグループ毎に、実施しようとする質量分析に合わせて、一定時間間隔毎の各イオン輸送構成要素への印加電圧に対応した制御データを記述したパラメータテーブル(つまり第1乃至第3パラメータテーブル)を用意し、テーブル記憶部に格納しておく。
【0012】
本発明の一態様として、設定された質量分析の条件に従って第1乃至第3パラメータテーブルにおける制御データを生成するデータ生成部をさらに備える構成とすることができる。ここで、質量分析の条件とは、第1段多重極及び第3段多重極での質量選択や質量走査の条件(質量範囲、走査速度など)、コリジョンセルでの開裂条件、などを含む。また、データ生成部は所定の制御プログラムをCPUで実行することにより実現するものとすることができる。
【0013】
上記のようにデータ生成部での第1乃至第3パラメータテーブルの作成は、実際に質量分析が実施される前に行えばよく、質量分析の実施中に変更されることはない。そこで、こうしてデータ生成部で作成された第1乃至第3パラメータテーブルは、それぞれ独立に、制御データ設定制御部の動作とは非同期でテーブル記憶部に転送されるようにするとよい。データ生成部の実体がCPUであって、それにより作成されたパラメータテーブルがCPUに付設された内部RAMに保存され、さらにテーブル記憶部が外部のメモリである場合、DMA転送(Direct Memory Access)により内部RAMから外部メモリにパラメータが非同期転送されるようにするとよい。このとき、3つのパラメータテーブルは独立にDMA転送されるようにするとよい。
【0014】
制御データ設定制御部は、第1乃至第3パラメータテーブルにおけるそれぞれの制御データをその先頭から時系列順に読み出すが、各パラメータテーブルの読み出し開始のタイミングは開始タイミング設定部により決められる。開始タイミング設定部は、第1パラメータテーブルの読み出し開始時点から第2パラメータテーブルの読み出し開始時点までの時間遅延、第2パラメータテーブルの読み出し開始時点から第3パラメータテーブルの読み出し開始時点までの時間遅延、に応じて読み出し開始タイミングをそれぞれ設定する。即ち、この時間遅延が、上述した、第1段多重極と第2段多重極との間でのイオン通過の時間遅延、及び、第2段多重極と第3段多重極との間でのイオン通過の時間遅延、に相当するものである。
【0015】
本発明の一態様として、前記開始タイミング設定部は、所定のクロック信号をカウントするカウンタと、該カウンタのカウント値が所定値であるときに読み出し開始タイミングを決める出力を形成する出力形成部と、を含み、前記カウンタによるカウントの開始・停止の制御により第1乃至第3パラメータテーブルの読み出し開始タイミングの時間遅延を制御するものとすることができる。
【0016】
制御データ設定制御部は、独立に与えられる読み出し開始のタイミングを契機として各パラメータテーブルの制御データの読み出しを開始する。1つのパラメータテーブルにおいて、或る1つの時刻に定められている1乃至複数のイオン輸送構成要素に対する印加電圧を決める制御データを全て読み出し、各制御データをそれぞれ対応するD/A変換部へと送り、各D/A変換部はこの制御データを保持する。この動作を上記一定時間間隔の間に完了し、全てのD/A変換部にそれぞれ制御データが保持された後に同期信号を送る。すると、各D/A変換部では、その同期信号に同期して一斉に、保持された制御データがD/A変換されたアナログ電圧が出力される(出力が更新される)。同期信号の時間間隔が各イオン輸送構成要素へ印加する電圧を変更可能な最小の時間間隔であり、この時間間隔は任意に決めることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係るMS/MS型質量分析装置によれば、質量分析の際に3段の多重極やその前後のイオン輸送光学素子にそれぞれ印加される電圧の時間的な変化のパターンを変えることなく、第1段多重極から第2段多重極へのイオンの移動時間を考慮した時間遅延、及び第2段多重極から第3段多重極へのイオンの移動時間を考慮した時間遅延、を任意に且つ容易に変更することができる。こうした時間遅延を変更する際に、パラメータテーブルの制御データの書き換えは不要であるため、CPUの負担は大幅に軽減され、またCPUを動作させるための制御プログラムも簡単になる。また上述のようにカウンタを用いてパラメータテーブルの読み出し開始タイミングの時間遅延を決める構成とすれば、その時間遅延の変更も非常に容易に行える。
【0018】
また、パラメータテーブルを各多重極を中心とする3つに分割したことにより、質量分析の条件などを変更する際に、必ずしもパラメータテーブル全体を書き換える必要がなくなる。例えばプリカーサイオンの選択条件が同一で、開裂条件を変更するとともにプロダクトイオンの測定質量範囲を変更したいような場合には、第1パラメータテーブルは変更することなく、第2及び第3パラメータテーブルのみを書き換えればよい。このように書き換え対象のパラメータテーブルが限定されるので、その点でもCPUの負担を軽減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明の一実施例であるMS/MS型質量分析装置を、図面を参照して説明する。図1は本実施例によるMS/MS型質量分析装置の要部の構成図である。図示しないが、この質量分析装置の前段には液体クロマトグラフ(LC)が接続され、LCのカラムからの溶出液がこの質量分析装置に連続的に供給される。
【0020】
この質量分析装置は、略大気圧雰囲気に維持される初段のイオン化室10と、図示しないターボ分子ポンプにより高真空雰囲気に維持される分析室14との間に、段階的に真空度を高めた三段の中間真空室11、12、13を備える。即ち、多段差動排気系の構成である。試料成分を含む溶出液がエレクトロスプレイ(ESI)ノズル15に供給されると、溶出液はESIノズル15で片寄った電荷を付与されつつイオン化室10中に噴霧される。この帯電した微小液滴は大気ガスと衝突して分裂するとともに乾燥され、その過程で試料成分はイオン化される。生成されたイオンを含む微小液滴は差圧によって脱溶媒管16に引き込まれる。加熱されている脱溶媒管16中を通過する間に溶媒の気化は一層進み、イオン化が促進される。
【0021】
イオンはイオン光軸Cの周りに配設された複数の電極板から成るイオンレンズ17により収束されて、円錐形状であるスキマー18の頂部に形成されたオリフィスを通過して次の中間真空室12へ送られる。イオンはイオン光軸Cの周りに配設された複数のロッド電極から成るイオンガイド19により収束され、隔壁20に穿設された通過孔を通過する。さらに同様に、イオンは複数のロッド電極から成るイオンガイド21により収束され、隔壁22に穿設された通過孔を通過して分析室14へと入る。
【0022】
分析室14内でまず最初にイオンが導入される第1段四重極24は、プリロッド電極23とポストロッド電極25とを従える。この第1段四重極24には様々な質量電荷比を有するイオンが導入されるが、特定の質量電荷比を有するイオンのみがプリカーサイオンとして選択的に通過し、それ以外のイオンは途中で発散する。
【0023】
その内部に、第2段四重極に相当する多重極イオンガイド30が設置されたコリジョンセル27は、入射側電極28と出射側電極29とを有する。入射側電極28の手前にはさらにレンズ電極26が配設されている。このレンズ電極26、入射側電極28を経てコリジョンセル27内に入ったイオン(プリカーサイオン)は、アルゴンガス等のCIDガスに衝突し、開裂を生じて各種のプロダクトイオンを生成する。このプロダクトイオンや開裂しなかったプリカーサイオンは多重極イオンガイド30によって収束されつつ進み、出射側電極29を経てコリジョンセル27から出射する。第3段四重極32はプリロッド電極31を従える。プリロッド電極31を経て第3段四重極32に導入された各種のイオンのうち、特定の質量電荷比を有するイオンのみが選択的に通過し、それ以外のイオンは途中で発散する。
【0024】
第3段四重極32を通り抜けたイオンはアパーチャ電極33を経て、イオン検出器34に達する。イオン検出器34はコンバージョンダイノード34aと二次電子増倍管34bとから成り、到達したイオンの数に応じた電流信号を検出信号として出力する。
【0025】
例えば第1段四重極24で選択するプリカーサイオンの質量電荷比を走査する際には、第1段四重極24のロッド電極へ印加する高周波電圧及び直流電圧を、所定の関係を保ってリアルタイムで変化させる必要がある。また第3段四重極32で選択するイオンの質量電荷比を走査する場合も同様に、第3段四重極32のロッド電極へ印加する高周波電圧及び直流電圧を、所定の関係を保ってリアルタイムで変化させる必要がある。また、イオンレンズ17、イオンガイド19、21、30などにはイオンを収束させつつ輸送するために高周波電圧が印加されるが、最適な輸送効率を達成するための高周波電圧はイオンの質量電荷比に依存する。そのため、通過するイオンに応じて印加電圧はリアルタイムで調整される。質量分析の際にこのように各部に適宜の電圧を印加するために、分析制御部40により制御されるQ1系電圧発生部41、CC系電圧発生部42、及び、Q3系電圧発生部43が設けられている。また、中央制御部44は例えばパーソナルコンピュータであり、入力部45より分析条件などの入力設定を受けて分析制御部40に指示を与えるとともに、図示しないデータ処理部で作成されたマススペクトルなどを表示部46に描出する。
【0026】
本実施例のMS/MS型質量分析装置は、分析制御部40及び電圧発生部41、42、43の構成及び動作にその特徴を有している。図2はこれらの概略ブロック構成図、図3は図2中の1つのD/A変換部の概略ブロック構成図、図4は図2中のタイミング制御部の一部である読み出し開始信号生成部の概略ブロック構成図、図5は3つのパラメータテーブルの構造を示す概念図、図6〜図8は電圧制御動作を説明するための図である。
【0027】
分析制御部40は、データ生成部400、内部RAM401、DMA転送部402、走査制御部403を含む。例えば分析制御部40は、CPUを内蔵したシステム制御用の汎用マイクロコントローラを用いて構成することができる。分析の実行に先立って、質量分析手法、測定試料又は質量範囲、走査速度、コリジョンセル27内での開裂条件(CIDガス供給量など)、イオン化極性、などの各種分析条件が設定されると、それに応じてデータ生成部400は、各部に印加する電圧の時間的な変化を一定時間間隔毎のデジタル値で表した制御データをテーブル形式で記述したパラメータテーブルを作成する。
【0028】
ここでは、脱溶媒管16から第1段四重極24のポストロッド電極25までの間のイオン経路に沿って配置されたイオン輸送構成要素をQ1系と呼び、これらイオン輸送構成要素への印加電圧に対応した制御データをQ1系パラメータテーブルに集約する。コリジョンセル27手前のレンズ電極26から出射側電極29までの間のイオン経路に沿って配置されたイオン輸送構成要素をCC系と呼び、これらイオン輸送構成要素への印加電圧に対応した制御データをCC系パラメータテーブルに集約する。さらに、第3段四重極32のプリロッド電極31から二次電子増倍管34bまでの間のイオン経路に沿って配置されたイオン輸送構成要素をQ3系と呼び、これらイオン輸送構成要素への印加電圧に対応した制御データをQ3系パラメータテーブルに集約する。即ち、イオン源であるESIノズル15から発したイオンが通過する経路に存在するイオン輸送構成要素を、前半、中盤、後半の3つのグループに区分し、グループ毎にパラメータテーブルを分ける。
【0029】
図5に示すように、各パラメータテーブルは、一定時間間隔毎(例えばt1、t2、…、tn、… )に各イオン輸送構成要素に印加される電圧に対応したnビットの制御データが格納されたテーブルであり、例えば1回の質量走査に対応した制御データを含むようにすることができる。同じ質量走査を繰り返す場合には、パラメータテーブルの先頭の時刻t1から最後の時刻tnまでの制御データの読み出しを繰り返せばよい。1つの制御データのビット数は、対応して設けられたD/A変換部のビット数により異なるが12〜16ビット程度である。なお、例えば四重極のように高周波電圧と直流電圧との合成電圧が印加される場合には、制御データは直流電圧と高周波電圧とに分けて設けられ、D/A変換によりアナログ電圧に変換された後に加算を行うようにしている。
【0030】
データ生成部400では、図5に示したように3つの、即ちQ1系、CC系、Q3系のパラメータテーブルが作成され、これが内部RAM401に保存される。DMA転送部402は、内部RAM401に保存されている3つのパラメータテーブルをそれぞれ独立に、各電圧発生部41、42、43からの転送要求に応じて転送する機能を有する。走査制御部403は、質量走査の開始点を決めるカウンタスタート信号などの各種の制御信号をQ1系電圧発生部41に送る。
【0031】
電圧発生部41、42、43は、タイミング制御部413を除いて、基本的に同じ構成を有する。即ち、テーブル保持部411、421、431はそれぞれQ1系、CC系、Q3系パラメータテーブルを保持する容量を持つメモリであり、DMA制御部410、420、430は分析制御部40からDMA転送されるパラメータテーブルを構成するデータを受けてこれをテーブル保持部411、421、431に格納する。一方、データ読出し部412、422、432はテーブル保持部411、421、431に格納されているQ1、CC系、Q3系パラメータテーブルの制御データを各時刻毎、つまり図5に示したテーブルで横方向に1行ずつ読み出し、それぞれに対応付けられたD/A変換部414、424、434へと送出する。この1行分の制御データの読み出し及び各D/A変換部414、424、434への送り出しは、予め決められた時間内、即ち、同期信号の出力の時間間隔内で終了するように制御されている。
【0032】
図3に示すように、各D/A変換部414、424、434は、クロック信号に応じてシリアル入力されるデータ(制御データ)を1ビットずつ読み込んでパラレル出力に変換するシフトレジスタ50と、そのシフトレジスタ50のnビットの出力を同期信号に応じてラッチするラッチ回路51と、そのラッチ回路51のnビットの出力であるデジタル値に応じたアナログ電圧を出力するD/A変換器52と、を備える。各D/A変換部414、424、434へのシリアルデータの入力のタイミングは同一とは限らないが、それぞれシフトレジスタ50にデータを読み込ませた後に共通の同期信号により同時にラッチ回路51にデータをラッチさせる。これにより、各D/A変換部414、424、434においてアナログ出力、つまり各イオン輸送構成要素に印加する電圧を同期的に更新することができる。
【0033】
Q1系電圧発生部41に含まれるタイミング制御部413は図4に示すタイミング遅延回路を有する。この遅延回路は、カウンタスタート信号に応じてクロック信号をカウントするカウンタ回路60と、クロック信号のカウント数で決まる時間差を反映したカウンタ回路60の出力値に応じて又は独立に与えられるスタート信号(スタート1、2、3)とのいずれかによってQ1系、CC系、Q2系読み出し開始信号を出力する出力ゲート回路61と、から成る。通常、カウンタ回路60の出力値に応じてそれぞれ出力される、時間差を持ったQ1系、CC系、Q2系読み出し開始信号を利用することができる。
【0034】
Q1系電圧発生部41のデータ読出し部412は、Q1系読み出し開始信号の入力を受けて時刻t1から順にQ1系パラメータテーブルの制御データを読み出す。CC系電圧発生部42のデータ読出し部422は、CC系読み出し開始信号の入力を受けて時刻t1から順にCC系パラメータテーブルの制御データを読み出す。Q3系電圧発生部43のデータ読出し部432は、Q3系読み出し開始信号の入力を受けて時刻t1から順にQ3系パラメータテーブルの制御データを読み出す。したがって、いまCC系読み出し開始信号をQ1系読み出し開始信号から時間d1だけ遅延させ、Q3系読み出し開始信号をCC系読み出し開始信号から時間d2だけ遅延させたものとすると、時刻t1、t2、…の順に各パラメータテーブルから読み出される制御データは図6に示すようになる。即ち、図6において、複数のパラメータテーブルを跨って横方向の一行に並ぶ制御データが或る時刻、例えばt10において読み出されるデータである。
【0035】
この場合、例えば第1段四重極24(Q1)への印加電圧、多重極イオンガイド30(Q2)の印加電圧、第3段四重極32(Q3)への印加電圧が図7に示すように時間経過に伴って変化するべく各パラメータテーブル中の制御データが設定されているものとすると、上述のように読み出し開始に時間遅延が設けられることにより、実際には図8に示すように、時間経過に伴って印加電圧が変化することになる。この時間遅延量はカウンタスタート信号で容易に調整することができる。上述のようにESIノズル15から発したイオンの一部が最終的にイオン検出器34に到達するまでの経路は長く、特にコリジョンセル27内で減速されることでイオンの通過には或る程度の時間が掛かる。Q1系、CC系、Q3系と各段を通過する際の時間遅延は分析条件に応じてほぼ決まるから、質量走査のパターンが同じであれば、分析制御部40において走査制御部403が分析条件に応じたスタート信号を出力することで、パラメータテーブルの制御データを書き換えることなく適切な電圧を各イオン輸送構成要素に与えることができる。
【0036】
なお、質量走査の際にリアルタイムで電圧制御を行うには、例えばD/A変換部414、424、434へのデータの送出などの動作の高速性が要求される。そこで、D/A変換部414、424、434を除く電圧発生部41、42、43は、例えばFPGA(Field Programmable Gate Array)などを利用したハードウエア回路により実現することが望ましい。この場合、電圧発生部41、42、43全体を1個のFPGAで実現してもよいが、回路規模、消費電力、或いは入出力ピン数の制限などにより、1個にすることが難しい場合には、複数個に分割してもよい。
【0037】
複数のイオン輸送構成要素のグループ分けは上記実施例の記載に限定されるものではなく、第1段四重極24、多重極イオンガイド30、第3段四重極32の間に配設されたイオン輸送構成要素は、適宜前後のいずれかのグループに分けることができる。また、時間経過に従って電圧値を変化させる必要がないものについては、つまり、単にバイアス直流電圧のみを印加すればよいものについては、上記のような電圧の制御対象から除いてもよい。
【0038】
また、上記実施例で示した、分析制御部40や電圧発生部41、42、43、或いはその内部のタイミング制御部413、D/A変換部414、424、434などのブロック構成はあくまでも一例であり、同等の機能を別の構成で実現できることは当業者であれば容易に理解できる。
【0039】
また、それ以外の点について、本発明の趣旨の範囲で適宜変更や修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の一実施例によるMS/MS型質量分析装置の要部の構成図。
【図2】分析制御部及び電圧発生部の概略ブロック構成図。
【図3】図2中の1つのD/A変換部の概略ブロック構成図。
【図4】図2中のタイミング制御部の一部である読み出し開始信号生成部の概略ブロック構成図。
【図5】3つのパラメータテーブルの構造を示す概念図。
【図6】電圧制御動作を説明するための図。
【図7】電圧制御動作を説明するための図。
【図8】電圧制御動作を説明するための図。
【符号の説明】
【0041】
10…イオン化室
11、12、13…中間真空室
14…分析室
15…ESIノズル
16…脱溶媒管
17…イオンレンズ
18…スキマー
19、21…イオンガイド
20、22…隔壁
23…プリロッド電極
24…第1段四重極(第1段多重極)
25…ポストロッド電極
26…レンズ電極
27…コリジョンセル
28…入射側電極
29…出射側電極
30…多重極イオンガイド(第2段多重極)
31…プリロッド電極
32…第3段四重極(第3段多重極)
33…アパーチャ電極
34…イオン検出器
34a…コンバージョンダイノード
34b…二次電子増倍管
40…分析制御部
400…データ生成部
401…内部RAM
402…DMA転送部
403…走査制御部
41…Q1系電圧発生部
42…CC系電圧発生部
43…Q3系電圧発生部
410、420、430…DMA制御部
411、421、431…テーブル保持部
412、422、432…データ読出し部
413…タイミング制御部
414、424、434…D/A変換部
44…中央制御部
45…入力部
46…表示部
50…シフトレジスタ
51…ラッチ回路
52…D/A変換器
60…カウンタ回路
61…出力ゲート回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン源と、該イオン源で生成される各種のイオンから特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選択して通過させる第1段多重極と、プリカーサイオンを開裂させるコリジョンセル内に配設され、プリカーサイオン及び開裂により生成されたプロダクトイオンを収束させつつ後方へ輸送する第2段多重極と、プロダクトイオンの中の特定の質量電荷比を有するイオンを選択して通過させる第3段多重極と、該第3段多重極を通過したイオンを検出するイオン検出器と、イオン源と第1段多重極との間、第3段多重極とイオン検出器との間、各段の多重極の間、のいずれか又は全てに配設された1乃至複数のイオン輸送光学素子と、質量分析の実施に伴って、前記第1段乃至第3段多重極及び前記イオン輸送光学素子を含む各イオン輸送構成要素にそれぞれ異なるアナログ電圧を印加する電圧印加手段と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、前記電圧印加手段は、
a)後記制御データを受けて保持し、後記同期信号に対応して前記保持した制御データをD/A変換したアナログ電圧を、前記各イオン輸送構成要素への印加電圧として出力する複数のD/A変換部と、
b)一定時間間隔毎の各イオン輸送構成要素への印加電圧に対応した制御データがテーブル形式で格納されたパラメータテーブルであって、第1段多重極を中心とするイオン輸送構成要素についての制御データが格納された第1パラメータテーブルと、第2段多重極を中心とするイオン輸送構成要素についての制御データが格納された第2パラメータテーブルと、第3段多重極を中心とするイオン輸送構成要素についての制御データが格納された第3パラメータテーブルと、をそれぞれ保持するテーブル記憶部と、
c)第1乃至第3パラメータテーブルにおけるそれぞれの制御データの読み出し開始の時間遅延に基づいて、各パラメータテーブルに対する読み出し開始タイミングをそれぞれ設定する開始タイミング設定部と、
d)前記開始タイミング設定部から与えられる読み出し開始タイミングに応じて、前記テーブル記憶部に保持されている各パラメータテーブルの制御データを読み出して対応する各D/A変換部に送出するとともに、全ての制御データが各D/A変換部に保持された後に前記同期信号を各D/A変換部に与える制御データ設定制御部と、
を含むことを特徴とするMS/MS型質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載のMS/MS型質量分析装置であって、設定された質量分析の条件に従って第1乃至第3パラメータテーブルにおける制御データを生成するデータ生成部をさらに備えることを特徴とするMS/MS型質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載のMS/MS型質量分析装置であって、前記データ生成部で制御データが生成されることで作成された第1乃至第3パラメータテーブルを、それぞれ独立に、前記制御データ設定制御部の動作とは非同期で前記テーブル記憶部に転送する非同期転送部をさらに備えることを特徴とするMS/MS型質量分析装置。
【請求項4】
請求項1に記載のMS/MS型質量分析装置であって、前記開始タイミング設定部は、所定のクロック信号をカウントするカウンタと、該カウンタのカウント値が所定値であるときに読み出し開始タイミングを決める出力を形成する出力形成部と、を含み、前記カウンタによるカウントの開始・停止の制御により第1乃至第3パラメータテーブルの読み出し開始タイミングの時間遅延を制御することを特徴とするMS/MS型質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−193829(P2009−193829A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−33897(P2008−33897)
【出願日】平成20年2月15日(2008.2.15)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】