MS/MS型質量分析装置
【課題】MRM測定等においてプリカーサイオンのm/z切替えに伴う休止期間中に、コリジョンセル内に残留する不要イオンを確実に除去するとともに、次の検出期間には検出器に達するイオン量を十分に回復させ高感度を保つ。
【解決手段】m/z切替えの際にデータを収集しない休止期間の長さに応じて、休止期間開始時点t1からパルス電圧印加を開始するまでの遅延時間dの長さを変える。それにより、休止期間終了時点t2でプロダクトイオン量が確実に回復することを保証する。また、休止期間に入る直前のイオン強度に応じてパルス電圧の波高値も変える。それにより、残留イオン量が多い場合にイオンの除去速度を上げ、同じパルス幅内で確実に残留イオン量をゼロにする。その結果、クロストークも完全に排除できる。
【解決手段】m/z切替えの際にデータを収集しない休止期間の長さに応じて、休止期間開始時点t1からパルス電圧印加を開始するまでの遅延時間dの長さを変える。それにより、休止期間終了時点t2でプロダクトイオン量が確実に回復することを保証する。また、休止期間に入る直前のイオン強度に応じてパルス電圧の波高値も変える。それにより、残留イオン量が多い場合にイオンの除去速度を上げ、同じパルス幅内で確実に残留イオン量をゼロにする。その結果、クロストークも完全に排除できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の質量電荷比(m/z)を有するイオンを衝突誘起解離(CID=Collision-Induced Dissociation)により開裂させ、これにより生成されるプロダクトイオン(フラグメントイオン)の質量分析を行うMS/MS型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
分子量が大きな物質の同定やその構造の解析を行うために、質量分析の1つの手法として、MS/MS分析(タンデム分析とも呼ばれる)という手法が知られている。典型的なMS/MS型質量分析装置として三連四重極(TQ)型質量分析装置がある。図12は特許文献1などに開示されている、一般的な三連四重極型質量分析装置の概略構成図である。
【0003】
この質量分析装置は、図示しない真空ポンプにより真空排気される分析室1の内部に、分析対象の試料をイオン化するイオン源2と、それぞれ4本のロッド電極から成る3段の四重極3、5、6と、イオンを検出してイオン量に応じた検出信号を出力する検出器7と、を備える。第1段四重極3には、直流電圧と高周波電圧とを合成した電圧が印加され、これにより発生する電場の作用により、イオン源2で生成された各種イオンの中で特定の質量電荷比を有する目的イオンのみがプリカーサイオンとして選別される。
【0004】
第2段四重極5は密閉性が高いコリジョンセル4内に収納されている。このコリジョンセル4内には例えばアルゴン(Ar)などのCIDガスが導入される。第1段四重極3から第2段四重極5に送られたプリカーサイオンは、コリジョンセル4内でCIDガスと衝突し、衝突誘起解離による開裂を生じてプロダクトイオンが生成される。この開裂の態様は様々であるため、通常、一種のプリカーサイオンから質量電荷比の異なる複数種のプロダクトイオンが生成される。これら各種のプロダクトイオンがコリジョンセル4を出て、第3段四重極6に導入される。通常、第2段四重極5には、高周波電圧のみが印加されるか、又は高周波電圧に直流バイアス電圧を加算した電圧が印加され、この第2段四重極5はイオンを収束させつつ後段に輸送するイオンガイドとして機能する。
【0005】
第3段四重極6には第1段四重極3と同様に、直流電圧と高周波電圧とを合成した電圧が印加される。これにより発生する電場の作用により、第3段四重極6では特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが選別されて検出器7に到達する。第3段四重極6に印加する直流電圧及び高周波電圧を適宜変化させることで、第3段四重極6を通過し得るイオンの質量電荷比を走査(プロダクトイオンスキャン)することができる。この場合、検出器7で得られる検出信号に基づいて、図示しないデータ処理部は、目的イオンの開裂により生じたプロダクトイオンのマススペクトル(MS/MSスペクトル)を作成することができる。そのほか、特定のプロダクトイオンを生成する全てのプリカーサイオンを検索するプリカーサイオンスキャンや、特定の部分構造が脱離する全てのプリカーサイオンを検索するニュートラルロススキャンなども実行可能である。
【0006】
また液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(GC)の検出器として上記MS/MS型質量分析装置を用いたLC/MS/MS、GC/MS/MSなどの装置では、試料に含まれる多成分の一斉分析(同定及び定量)を行うためにMRM(Multiple Reaction Monitoring)と呼ばれる手法がよく用いられる。MRM測定では、第1段四重極3で選別されるプリカーサイオンの質量電荷比を固定した状態で、第3段四重極6で特定の1乃至複数の質量電荷比を持つプロダクトイオンを選別し、そのプロダクトイオンの信号強度を測定する。試料に含まれる複数の成分は前段のLCやGCで時間的に分離されるから、各成分の溶出時間(保持時間)に従ってプリカーサイオンとプロダクトイオンの質量電荷比をそれぞれ切り替えることにより、各成分由来のイオンの信号強度を高い精度で且つ高い感度で求めることができる。
【0007】
MRM測定では、或る1つのプリカーサイオンと或る1つのプロダクトイオンとの組に対する検出が時間経過に伴って順次実行されるわけであるが、質量電荷比の切り替え時には有意なデータを得ることができない。そこで、図13、図14に記載のように、或るプリカーサイオンとプロダクトイオンとの組に対するデータ収集と次のプリカーサイオンとプロダクトイオンとの組に対するデータ収集との間に、適度な長さの休止期間が設けられるようになっている。なお、図13、図14はコリジョンセル4内の残留イオンによるイオン強度の時間的変化を模式的に示す図である。
【0008】
上記構成の質量分析装置では、コリジョンセル4内にCIDガスが供給されるため、一般的に、コリジョンセル4内のガス圧は数mTorr程度と、コリジョンセル4の外側のガス圧と比較して高い状態にある。こうした比較的高いガス圧雰囲気の高周波電場の中をイオンが進行する場合、ガスとの衝突によりイオンの運動エネルギーが減衰しイオンの速度は低下する。
【0009】
MRM測定において、上述のようにコリジョンセル4内でイオンの進行速度が低下すると、プリカーサイオンの質量電荷比を或る値M1から別の値M2に切り替える際に、その切替え後の質量電荷比M2のイオンがコリジョンセル4に導入され始めたにも拘わらず未だ前の質量電荷比M1のイオンやそれに由来するプロダクトイオンがコリジョンセル4内に残留していて、それらが混在するおそれがある。これが、MS/MS分析においてクロストークと呼ばれる現象であり、クロストークがあると目的成分の定量性などが悪化する。
【0010】
そこで、特許文献2に記載の質量分析装置では、プリカーサイオンの質量電荷比を切り替える休止期間中に、コリジョンセル4の入口側や出口側のレンズ電極にパルス電圧を印加し、これによりコリジョンセル内に一時的に形成される電場の作用でイオンをレンズ電極に誘引して衝突させるようにしている。これによれば、質量電荷比切替え後のプリカーサイオンがコリジョンセル4内に導入される前に、質量電荷比切替え前のプリカーサイオンや該プリカーサイオン由来のプロダクトイオンをコリジョンセル4内から除去することができ、クロストークを回避することができる。
【0011】
ただし、コリジョンセル4内に多量のイオンが残留している状態でレンズ電極にイオン除去用のパルス電圧を印加すると、レンズ電極に衝突するイオン量が多く、レンズ電極の汚染がひどくなる。この汚染をできるだけ抑えるために、特許文献2に記載の装置では、休止期間の開始時点から所定の時間だけ遅れてレンズ電極にイオン除去用のパルス電圧を印加するようにしている。即ち、図13、図14に示すように、休止期間に入った時点t1から所定の遅延時間dが経過した時点t3でパルス幅がp(=t4-t3)であるパルス電圧がレンズ電極に印加される。遅延時間dの間にコリジョンセル4内のイオンはその外部に少しずつ排出される。そのため、パルス電圧が印加される時点t3でコリジョンセル4内の残留イオン量は減少しており、パルス電圧を印加した際のレンズ電極へのイオンの衝突は少なく、レンズ電極の汚染を軽減することができる。
【0012】
前述のように休止期間中には検出器7による検出信号に基づくデータを収集せず、休止期間の終了時点t2でデータの収集を再開する。このため、休止期間は測定においては無駄時間であり、測定のスループットを向上させるには休止期間は短いほうがよい。また、LC/MS/MSやGC/MS/MSのように時間経過に伴って試料成分が変化する場合には、成分の検出見逃しを防止するためにも休止期間は短いほうがよい。しかしながら、休止期間が短いと次のような問題がある。
【0013】
即ち、図13に示すように、休止期間中にパルス電圧が印加されてコリジョンセル内の残留イオンが一旦ほぼ全て除去された後に、次のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンがコリジョンセル4内に溜まり始めるため、パルス電圧の印加終了時点t4からコリジョンセル4内のイオン量は徐々に立ち上がる。このイオンが第3段四重極6を通過して検出器7に到達することによって初めて、質量電荷比切替え後のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンに基づくイオン強度が得られる。そのため、検出されるイオン強度の立ち上がりには或る程度の時間が掛かり、休止期間が短すぎると、次にデータの収集を行う検出期間の開始時点t2において検出器7に入射するイオン量が未だ十分には回復していない場合がある。このような状況になると、検出期間の初期に測定感度が低下することになる。
【0014】
一方、休止期間に入った時点t1においてコリジョンセル4内の残留イオンの量が多すぎると、図14に示すように、レンズ電極にパルス電圧を印加している期間中に残留イオンが完全には除去されず(強度がゼロにはならず)、一部のイオンが残った状態で次のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンが溜まり始める。このような状況になると、クロストークが完全には排除できないことになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開平7−201304号公報
【特許文献2】国際公開第2009/095958号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、プリカーサイオンの質量電荷比切替えに伴う休止期間の長さに拘わらず、コリジョンセル内に残る不要なイオンを確実に除去することができるとともに、休止期間終了時点で次のプリカーサイオン由来のプロダクトイオン量の不足を防止し、高感度の測定を行うことができるMS/MS型質量分析装置を提供することにある。
【0017】
また、本発明の他の目的は、例えば測定対象の試料成分濃度が高い等の理由によりコリジョンセル内の残留イオンの量が多い場合であっても、休止期間中にそのイオンを確実に除去してクロストークを完全に排除することができるMS/MS型質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために成された第1発明は、各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、その内部に高周波電場によりイオンを収束させつつ輸送するイオンガイドが配設され、前記プリカーサイオンを所定ガスと衝突させることにより該イオンを開裂させるためのコリジョンセルと、前記プリカーサイオンの開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、該第2質量分離部で選別されたプロダクトイオンを検出する検出器と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、
a)前記コリジョンセルの入口側と出口側との少なくとも一方に設けられた、イオン通過開口を有するレンズ電極と、
b)前記入口側及び出口側のレンズ電極のいずれか一方又は両方に、前記コリジョンセル内のイオンを誘引する又は該イオンを反発させるためのパルス電圧を印加する電圧印加手段と、
c)前記第1質量分離部においてプリカーサイオンの質量電荷比を切り替えるに伴い前記検出器による検出データの収集を休止している休止期間中であって該休止期間の開始時点から所定の遅延時間が経過した時点でパルス電圧を発生するように前記電圧印加手段を制御する手段であって、前記休止期間の長さに応じて前記遅延時間の長さを調整する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0019】
また上記課題を解決するために成された第2発明は、各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、その内部に高周波電場によりイオンを収束させつつ輸送するイオンガイドが配設され、前記プリカーサイオンを所定ガスと衝突させることにより該イオンを開裂させるためのコリジョンセルと、前記プリカーサイオンの開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、該第2質量分離部で選別されたプロダクトイオンを検出する検出器と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、
a)前記コリジョンセルの入口側と出口側との少なくとも一方に設けられた、イオン通過開口を有するレンズ電極と、
b)前記入口側及び出口側のレンズ電極のいずれか一方又は両方に、前記コリジョンセル内のイオンを誘引する又は該イオンを反発させるためのパルス電圧を印加する電圧印加手段と、
c)前記第1質量分離部においてプリカーサイオンの質量電荷比を切り替えるに伴い前記検出器による検出データの収集を休止している休止期間中にパルス電圧を発生するように前記電圧印加手段を制御する手段であって、前記休止期間に入る直前におけるコリジョンセル内の残留イオン量を反映した情報に基づいて前記パルス電圧の波高値又はそのパルス幅の少なくともいずれか一方を調整する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0020】
第2発明に係るMS/MS型質量分析装置において、コリジョンセル内の残留イオン量を正確に求めるにはコリジョンセル内の空間電荷量を測定する手段を付加することが望ましいが、実用的には、検出器により得られるイオン強度(つまり検出信号)に基づいて上記残留イオン量を反映した情報を求めるようにすればよい。例えばMRM測定の場合には、通常、測定対象の成分に応じてプリカーサイオンやプロダクトイオンの質量電荷比が定められるから、検出器で得られるイオン強度はコリジョンセル内の残留イオン量にほぼ比例していると考えることができる。したがって、この場合、制御手段はそのイオン強度に応じてパルス電圧の波高値又はそのパルス幅の少なくともいずれか一方を調整すればよい。
【0021】
第1及び第2発明に係るMS/MS型質量分析装置において、制御手段は、検出データを収集していない休止期間中に、例えば、コリジョンセル内に残留しているイオンの極性とは逆の極性のパルス電圧を電圧印加手段より出口側レンズ電極に印加させる。この印加電圧によって形成される電場により、コリジョンセル内の残留イオンは出口側レンズ電極に向かって加速される。加速されたイオンは出口側レンズ電極に衝突し、電子を授受して中性化される。このようにしてコリジョンセル内に残留していた不要なイオンは迅速に除去される。
【0022】
休止期間は実質的に測定を実行していない期間であるから、測定のスループットを上げるには休止期間を短くする必要がある。また、短い時間間隔で次々に異なる成分の測定をする必要がある場合にも休止期間を短くする必要がある。逆に測定時間に十分な余裕がある場合や異なる成分が到来する時間間隔が空いている場合には、休止期間を長くすることができる。即ち、休止期間の長さは測定の目的や条件に応じて様々である。そこで、第1発明に係るMS/MS型質量分析装置において、制御手段は、休止期間の長さが長いほど遅延時間が相対的に長くなるように該遅延時間を調整する。これは、換言すれば、休止期間中でパルス電圧の印加が終了した時点(コリジョンセル内の残留イオン除去操作の終了時点)から休止期間が終了してデータ収集を開始する時点までの時間を、或る所定値以上にするように遅延時間を調整することを意味する。
【0023】
パルス電圧の印加が終了した時点から、次のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンがコリジョンセルより送り出され始めるため、検出器で検出されるプロダクトイオンのイオン量は徐々に増える。検出器においてコリジョンセルでのイオン除去の影響が完全に払拭されるまでには少し時間を要するが、前述のように、休止期間の長短に拘わらず休止期間中でパルス電圧印加終了時点から休止期間終了時点までの時間は十分に確保されているため、休止期間終了時点において検出器に到達するイオン量は十分に回復している。これにより、測定スループットを向上させたり試料成分の検出見逃しを回避したりするために休止期間を短くした場合であっても、プリカーサイオン切替え直後のイオン検出感度を十分に高く保つことができる。
【0024】
一方、測定時間に十分な余裕がある場合や試料成分が導入される時間間隔が広い場合に休止期間を長くすれば、レンズ電極にパルス電圧を印加する時点でコリジョンセル内の残留イオン量はほぼゼロになっているので、プリカーサイオン切替え直後のイオン検出感度を高く保ちつつ、イオンの付着によるレンズ電極やイオンガイドの汚染も軽減することができる。
【0025】
前述のように休止期間にレンズ電極にパルス電圧を印加することによりコリジョンセル内の残留イオンを除去しようとする際に、その除去の速度はパルス電圧の波高値に依存する。また、パルス電圧の波高値が同一であれば、パルス幅が広いほど(パルス電圧の印加時間が長いほど)除去される残留イオン量は多くなる。そこで、第2発明に係るMS/MS型質量分析装置において、制御手段は、休止期間に入る直前のコリジョンセル内の残留イオン量を反映した情報に応じて、残留イオン量が多いほどパルス電圧の波高値が相対的に大きくなるように、又は、パルス電圧のパルス幅(電圧印加時間)が相対的に長くなるように該電圧のパラメータを調整する。
【0026】
パルス電圧の波高値が大きいほどコリジョンセル内のイオンに付与される運動エネルギーは大きくなり、それだけイオンの除去速度が速くなる。それによって、コリジョンセル内の残留イオン量が多くても、短い時間でそのイオンを除去することができる。一方、パルス電圧の波高値が変わらなくてもパルス幅を広げれば、コリジョンセル内の残留イオン量が多くてもそのイオンを確実に除去することができる。これにより、コリジョンセル内に残るプリカーサイオン及びこれに由来するプロダクトイオンをほぼ完全に除去した状態で、次のプリカーサイオンをコリジョンセル内に導入することができるため、休止期間に入る際の残留イオン量に拘わらずクロストークをほぼ完全に排除することができる。
【0027】
第1及び第2発明に係るMS/MS型質量分析装置において、コリジョンセル内の残留イオンを除去するためのパルス電圧の印加の態様は特許文献2に開示されているような様々な態様を採り得る。即ち、電圧印加手段は、コリジョンセル内のイオンと逆極性のパルス電圧を出口側レンズ電極のみに印加するようにしてもよいし、入口側及び出口側のレンズ電極の両方に印加するようにしてもよい。これら構成では、レンズ電極に印加されたパルス電圧によって形成される電場により、イオンは誘引されてレンズ電極に衝突して消失する。また、互いに逆極性のパルス電圧を入口側レンズ電極と出口側レンズ電極とにそれぞれ印加するようにすれば、コリジョンセル内の残留イオンは、該イオンとは逆極性のパルス電圧が印加されているレンズ電極周囲に形成される電場により誘引され、該イオンと同極性のパルス電圧が印加されているレンズ電極周囲に形成される電場により反発される。これにより、イオンの移動速度を上げ、短時間でコリジョンセル内の残留イオンを除去することができる。
【0028】
また、コリジョンセル内のイオンと同極性のパルス電圧を入口側レンズ電極と出口側レンズ電極とのいずれか一方又は両方に印加するとともに、これに同期して、コリジョンセル内のイオンガイドへの高周波電圧の印加を停止するようにしてもよい。イオンガイドへの高周波電圧の印加が停止されると、高周波電場によるイオンの拘束がなくなる。そのため、コリジョンセル内のイオンはイオン光軸付近に収束されず拡がり易くなる。このとき、レンズ電極にイオンと同極性のパルス電圧が印加されると、イオンは相対的に電位の低いイオンガイドに向かい、イオンガイドに接触して消失する。コリジョンセル内に残留しているイオンとイオンガイドとの距離は、そのイオンとレンズ電極との距離に比べて平均的にはかなり短いため、イオンは短時間でイオンガイドに接触し、コリジョンセル内の残留イオンを短時間で効率良く除去することができる。
【発明の効果】
【0029】
第1発明に係るMS/MS型質量分析装置によれば、プリカーサイオンの質量電荷比の切替えに伴って実質的な測定を休止する休止期間が短い場合であっても、次のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンに対する測定を行う際に高い検出感度を達成することができる。また、上記休止期間が長い場合には、パルス電圧の印加によって強制的に除去される残留イオン量が少なくなるので、イオンの接触によるレンズ電極やイオンガイドの汚染を抑制することも可能となる。
【0030】
また第2発明に係るMS/MS型質量分析装置によれば、コリジョンセル内の残留イオン量が多い場合であっても、この残留イオンを確実に除去してから次のプリカーサイオンに由来するプロダクトイオンをコリジョンセルから後段へと送り出すことができる。それによって、クロストークを確実に排除することができる。
【0031】
なお、第1発明と第2発明とは併用可能であることは言うまでもない。即ち、制御手段は、休止期間の長さに応じてパルス電圧発生の遅延時間の長さを調整するとともに、休止期間に入る直前のコリジョンセル内の残留イオン量を反映した情報に基づいてパルス電圧の波高値又はパルス幅の少なくとも一方を調整する構成とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施例によるMS/MS型質量分析装置の全体構成図。
【図2】本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図3】本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるパルス電圧とイオン強度変化との関係の一例を示す図。
【図4】本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるパルス電圧とイオン強度変化との関係の他の例を示す図。
【図5】本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるパルス電圧とイオン強度変化との関係の他の例を示す図。
【図6】本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるパルス電圧とイオン強度変化との関係の他の例を示す図。
【図7】他の実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図8】他の実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図9】他の実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図10】他の実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図11】他の実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図12】一般的なMS/MS型質量分析装置の全体構成図。
【図13】従来のMS/MS型質量分析装置においてコリジョンセル内の残留イオン強度の時間変化の一例を示す図。
【図14】従来のMS/MS型質量分析装置においてコリジョンセル内の残留イオン強度の時間変化の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明に係るMS/MS型質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例のMS/MS型質量分析装置の全体構成図、図2は図1中のコリジョンセル及びその電源系回路の概略構成図、図3及び図4は本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるパルス電圧とイオン強度変化との関係の他の例を示す図である。なお、既に説明した従来の構成と同じ構成要素には、同一符号を付して説明を略す。
【0034】
本実施例のMS/MS型質量分析装置では、第1段四重極(本発明における第1質量分離部に相当)3と第3段四重極(本発明における第2質量分離部に相当)6との間に、プリカーサイオンを開裂させて各種プロダクトイオンを生成するためにコリジョンセル4が配置され、その内部には質量分離の機能を持たない第2段四重極5が配設されている。第1段四重極3及び第3段四重極6は四重極マスフィルタであり、第2段四重極5は単なる四重極(又は多重極)のイオンガイドである。
【0035】
コリジョンセル4にあって、第2段四重極5の外側を被包する筒状体41は絶縁性部材から形成される。その筒状体41のイオン入射側端面に設けられた入口側レンズ電極42及びイオン出射側端面に設けられた出口側レンズ電極44は、いずれも金属等の導電性部材から形成される。入口側レンズ電極42及び出口側レンズ電極44は、その略中央にイオンが通過する開口部43、45が形成された、略円環状の部材である。
【0036】
第1段四重極3には第1電源部11から、直流電圧U1と高周波電圧V1・cosωtとを合成した電圧±(U1+V1・cosωt)、或いはこれにさらに所定の直流バイアス電圧Vbias1を加算した電圧±(U1+V1・cosωt)+Vbias1、が印加される。第2段四重極5には第2電源部12から、高周波電圧±V2・cosωtのみ、或いはこれに所定の直流バイアス電圧Vbias2を加算した電圧±V2・cosωt+Vbias2が印加される。第3段四重極6には第3電源部13から、直流電圧U3と高周波電圧V3・cosωtとを合成した電圧±(U3+V3・cosωt)、或いはこれにさらに所定の直流バイアス電圧Vbias3を加算した電圧±(U3+V3・cosωt)+Vbias3、が印加される。これら第1電源部乃至第3電源部11、12、13は、制御部10の制御の下に動作する。
【0037】
入口側レンズ電極42及び出口側レンズ電極44には、直流電源部20からそれぞれ所定の電圧が印加される。直流電源部20は、制御部10からの指示に応じて短時間だけ所定波高値のパルス電圧を発生するパルス電圧源21の機能を含む。直流電源部20は、このパルス電圧源21のほかに、パルス電圧が印加されていない期間に、所定の直流バイアス電圧を印加する機能を有するようにすることもできる。この例では、正イオンを分析対象とすることを前提として、正イオンとは逆の極性である負極性のパルス電圧を印加するようになっている。負イオンを分析対象とする場合には、負イオンとは逆の極性である正極性のパルス電圧を印加すればよいことは、容易に理解できる。制御部10は後述するような分析を実行するためのシーケンスを設定する分析シーケンス設定部101と、パルス電圧源21で生成するパルス電圧の発生タイミングやパルス幅、波高値などのパラメータを設定するパルス電圧パラメータ設定部102を含む。
【0038】
本実施例のMS/MS型質量分析装置における特徴的な制御動作を説明する。ここでは、この質量分析装置の前段にLC又はGCが接続され、LC又はGCで時間的に分離された成分を含む試料が時間経過とともに導入され、この試料中の成分をMRM法により順次検出する場合を想定する。MRM測定では、第1段四重極3で選別されるプリカーサイオンの質量電荷比Aと第3段四重極6で選別されるプロダクトイオンの質量電荷比a(a<A)とが固定され、測定対象成分毎に異なるA、aが設定される。したがって、第1段四重極3におけるプリカーサイオンの質量電荷比の切り替えとともに第3段四重極6におけるプロダクトイオンの質量電荷比の切り替えが行われる。このプリカーサイオンとプロダクトイオンの質量電荷比の組は保持時間と対応付けられ、分析条件の一つとして予め分析者により操作部30から設定される。
【0039】
制御部10にあって分析シーケンス設定部101は操作部30により設定された各種分析条件に従って、時間経過に伴う分析遂行のためのシーケンスを定める。これにより、検出期間の長さ(デュエルタイム)や時間的に隣接する2つの検出期間の間の休止期間の長さが決まる。測定開始から終了まで検出期間や休止期間の長さは一定でなくてもよく、例えば複数の成分が短い時間の間に連続的に出現するときには検出期間や休止期間を短くし、成分の出現間隔が広い場合には検出期間や休止期間を長くするようにしてもよい。
【0040】
休止期間の長さが定められると、パルス電圧パラメータ設定部102はその休止期間の長さに応じて遅延時間dを定める。基本的には、図3に示すように、休止期間が短いほど短い遅延時間dを定める。即ち、パルス電圧の終了時点t4から次の検出期間の開始時点t2までの時間t2−t4を或る一定時間U以上とし、パルス幅p(=t4−t3)を或る一定値とするように遅延時間dを定める。一定時間Uはイオン強度が最大であるときに、コリジョンセル4内のイオン量がゼロ状態からその最大イオン強度に応じた量にまで回復するのに要する時間以上に定めておくことが望ましい。
【0041】
いま或る時点では、第1段四重極3において質量電荷比がA1であるプリカーサイオンが選別されてコリジョンセル4に送り込まれ、コリジョンセル4内で衝突誘起解離によりプロダクトイオンが生成され、このプロダクトイオンの中で質量電荷比a1を持つプロダクトイオンが第3段四重極6で選別される。この選別されたプロダクトイオンが検出器7に入射することで得られる検出信号に基づくデータがデータ処理部8で収集される。
【0042】
所定の検出期間の間、質量電荷比A1のプリカーサイオン由来である質量電荷比a1のプロダクトイオンによるデータ収集が実行された後、制御部10の制御によりデータ処理部8はデータ収集を一時中止する。これが休止期間の開始時点t1である。休止期間への移行と同時に制御部10は、第1電源部11、第3電源部13に対しそれぞれ選別する質量電荷比を切り替えるべく電圧切替えの指示を出す。これに応じて第1電源部11、第3電源部13からそれぞれ第1段四重極3及び第3段四重極6に印加される電圧が切り替えられるが、この切替えに伴って休止期間の開始時点t1では第1段四重極3で全てのイオンが一旦通過し得なくなり、コリジョンセル4へのイオンの導入は停止される。一方で、コリジョンセル4内からのイオンの排出は続くため、図3に示すように、コリジョンセル4内の残留イオン量は減少(自然減)し始める。
【0043】
制御部10は休止期間の開始時点t1から遅延時間dが経過した時点t3で所定の波高値のパルス電圧を発生するように直流電源部20に指示を与え、これに応じて直流電源部20のパルス電圧源21は負極性のパルス電圧を出口側レンズ電極44に印加する。図3(a)に示すように、休止期間が短い場合には遅延時間dも相対的に短いので、未だ多くのイオンがコリジョンセル4内に残留している状態でパルス電圧が出口側レンズ電極44に印加される。パルス電圧の印加に伴いコリジョンセル4内に一時的に形成される直流電場によって、残留していたイオン(プリカーサイオン及びプロダクトイオン)は誘引され、加速されて出口側レンズ電極44に衝突する。そして、出口側レンズ電極44から電子を受け取ってイオンは中性化し、出口側レンズ電極44の表面に付着する。
【0044】
コリジョンセル4内に残留しているイオンは入射時に有していた運動エネルギーにより、全体としては、入口側レンズ電極42から出口側レンズ電極44の方向に向かって移動しているが、上述したようにパルス電圧が印加されることによってその移動速度が一気に上がる。そのため、短時間のうちにほぼ全ての残留イオンが出口側レンズ電極44に接触し、コリジョンセル4内から除去される。第1段四重極3ではパルス電圧の終了時点t4付近で質量電荷比切替え後のプリカーサイオンの通過が開始される。そのため、パルス電圧の印加が終了すると、そのパルス電圧によって残留イオンが一掃されたコリジョンセル4内に次のプリカーサイオンが導入され始め、該プリカーサイオンの開裂により生成されたプロダクトイオンがコリジョンセル4内に溜まり始める。これによって、図13(a)に示すように、一旦イオン強度がほぼゼロになった状態からイオン強度は急速に回復し始める。ただし、この時点では未だ休止期間中であり、データ処理部8でのデータ収集は開始されていない。
【0045】
コリジョンセル4内で生成された質量電荷比切替え後のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンのうち、特定の質量電荷比を有するイオンのみが第3段四重極6を通過して検出器7に到達する。したがって、検出器7で検出されるプロダクトイオンのイオン強度がゼロになった状態から回復するのはコリジョンセル4内の残留イオン量の回復よりもやや遅れる。しかしながら、ここでは、パルス電圧の終了時点t4から検出期間開始時点t2までの時間が一定時間以上に設定されているため、次の検出期間の開始時点では検出器7によるイオン強度は十分に回復しており、この高いイオン強度に対応したデータをデータ処理部8が収集する。これにより、プリカーサイオンの質量電荷比を切り替えた後のプロダクトイオンの検出を高い感度で行うことができる。
【0046】
一方、休止期間が長い場合には、図3(b)に示すように、遅延時間dが相対的に長くなるので、この期間中にコリジョンセル4内の残留イオン量は自然減による大きく減る。この図の例では残留イオン量はほぼゼロになっている。このため、負極性のパルス電圧が印加されたときに、この電圧により形成される電場の作用で出口側レンズ電極44に接触して除去されるイオンはごく僅かである。その結果、休止期間が短い場合に比べてイオンの付着によるレンズ電極44の汚染は少なくて済む。もちろん、次の検出期間の開始時点に検出器7に到達するプロダクトイオン量が十分に回復しているのは、休止期間が短い場合と同様である。
【0047】
図3ではパルス電圧の波高値をV1としているが、好ましくは、その波高値を直前のコリジョンセル4内の残留イオン量に応じて変化させるとよい。直前のコリジョンセル4内の残留イオン量は主として直前に測定した成分の濃度に依存するから、測定前には未知である。したがって、遅延時間とは異なり、パルス電圧パラメータ設定部102により予め設定しておくことはできず、測定中に適応的に決める必要がある。MRM測定では、測定対象成分に対応してその成分が検出できるようにプリカーサイオンとプロダクトイオンの質量電荷比が定められるから、検出器7で得られるイオン強度とコリジョンセル4内の残留イオン量とはほぼ比例していると考えることができる。そこで、制御部10は測定中にデータ処理部8からイオン強度データをほぼリアルタイムで受領し、休止期間に入る直前のイオン強度データに基づいてその休止期間中に発生させるパルス電圧の波高値を定める。即ち、イオン強度が高いほどパルス電圧の波高値を大きくし(図4(a)参照)、イオン強度が低い場合にはパルス電圧の波高値を小さくする(図4(b)参照)。
【0048】
パルス電圧の波高値を大きくすると、それによりコリジョンセル4内に形成される直流電場の電位勾配が急になり、より大きな運動エネルギーがイオンに付与される。その結果、イオンの移動速度は大きくなり、それだけイオンが迅速にコリジョンセル4内から除去される。これは図4(a)に示すイオン強度の減少の傾斜が急になることを意味する。したがって、同じパルス幅であってもそれだけ多量のイオンを除去することが可能となり、残留イオン量が多くてもパルス電圧の印加によってイオン量をほぼゼロにすることができる。それにより、残留イオン量が多い場合でも、クロストークを抑制することができる。一方、休止期間に入る直前の残留イオン量が少なければパルス電圧の波高値が小さくなるから、出口側レンズ電極44に接触する際のイオンの運動エネルギーが低くなり、中性化してもレンズ電極44表面に付着せずに排出される可能性が高まる。これにより、レンズ電極44の汚染を軽減することができる。
【0049】
以上のように、本実施例のMS/MS型質量分析装置では、プリカーサイオン及びプロダクトイオンの質量電荷比の切替えに伴って検出期間の間に設けられる休止期間において、コリジョンセル4内の残留イオンを除去するパルス電圧の発生のタイミングを休止期間の長さによって変えることにより、検出期間の当初より十分に高い感度でプロダクトイオンの検出が可能となる。また、休止期間が長い場合には、強制的なイオンの除去を減らしてイオン付着によるレンズ電極の汚染を軽減することができる。また、試料成分の濃度によって休止期間に入る際のコリジョンセル4内の残留イオン量は異なるが、その残留イオン量を反映したイオン強度に応じてパルス電圧の波高値を変えることにより、残留イオン量に拘わらず確実に残留イオンを除去してクロストークの発生を防止することができる。
【0050】
図5は、上記実施例のように残留イオン量が多い場合にパルス電圧の波高値を変える代わりにパルス幅pを変えることで残留イオンを確実に除去するようにした変形例のパルス電圧とイオン強度変化との関係を示す図である。この場合には、イオンの除去速度は図3の場合と変わらないが、パルス電圧の幅pが広がることでより多くのイオンを除去することが可能である。ただし、パルス電圧の幅pを広げることにより、パルス電圧の終了時点t4から次の検出期間の開始時点t2までの時間が短くなると好ましくないから、予め最大のパルス幅を考慮してt2−t4の時間を決めておくか、或いは、遅延時間dを削るようにパルス幅pを広げるようにするとよい。
【0051】
図6は、休止期間が短く且つ休止期間に入る直前のイオン強度が大きい場合のパルス電圧とイオン強度変化との関係を示す図である。この場合には、クロストークを確実に除去するためにパルス電圧の波高値をできるだけ大きくし、且つ、検出期間初期の感度低下を防止するために、遅延時間dを可能な限り大きくしつつクロストークが完全に除去できる範囲でパルス幅を最大限狭くしている。このように、上述した、遅延時間dの調整と、パルス電圧の波高値及びパルス幅の調整を組み合わせることで、限られた分析条件の下で、クロストークをできるだけ少なくし、検出感度をできるだけ大きくし、且つレンズ電極などの汚れを最小限に抑えるようにすることができる。
【0052】
なお、上記実施例では、残留イオン除去のためのパルス電圧を出口側レンズ電極44のみに印加していたが、コリジョンセル4内の構成やパルス電圧の印加対象などは、特許文献2(国際公開第2009/095958号パンフレット)に開示された様々な態様のいずれにも適用できる。図7〜図11はこれら態様の構成概略図である。
【0053】
図7の例では、パルス電圧が印加される出口側レンズ電極46の開口部47の周囲を、コリジョンセル4内方に突出したスキマー形状とし、第2段四重極5の内部にも直流電場が入り込み易いようにしている。
【0054】
図8の例では、入口側レンズ電極42にも出口側レンズ電極44と同じパルス電圧を印加し、レンズ電極42、44に到達するまでのイオンの移動距離を短くしてより迅速にコリジョンセル4内から残留イオンを除去することが可能である。
【0055】
図9の例では、直流電源部20は、第1パルス電圧源21によるパルス電圧とは逆極性のパルス電圧を発生するための第2パルス電圧源22を備える。入口側レンズ電極42に対し正極性のパルス電圧を出口側レンズ電極44への負極性のパルス電圧と同じタイミングで印加することにより、コリジョンセル4内に急勾配の電場を形成し、出口側レンズ電極44に向かうイオンの速度を一層上げることができる。
【0056】
図10の例では、コリジョンセル4内に残留するイオンを第2段四重極5に向かって進行させるために、直流電源部20は、イオンと同極性のパルス電圧を発生するためのパルス電圧源23を備える。また、第2電源部12は、直流バイアス電圧源123による出力電圧と高周波電圧源122による出力電圧とを加算部124により加算して出力する構成であるが、上記パルス電圧の印加と略同時に、高周波電圧源122による高周波電圧の発生をスイッチ126を開成することで一時的に停止する。このとき第2段四重極5にはパルス電圧よりも低い直流バイアス電圧が印加されているだけである。そのため、コリジョンセル4内に存在するイオンに対する高周波電場の収束作用がなくなり、その直前までイオン光軸付近に多く集まっていたイオンは周囲に拡がる。レンズ電極44と第2段四重極5との間の空間には、前者から後者に向かって低くなる直流電位勾配が形成されている。このため、高周波電場による収束作用が解かれたイオンは、第2段四重極5に向かって進み、第2段四重極5に接触して中性化される。コリジョンセル4内に残留しているイオンにとって、第2段四重極5に到達するまでの距離はレンズ電極42、44に到達するまでの距離に比べて平均的にかなり短い。したがって、パルス電圧が印加されると短時間の間にイオンは第2段四重極5に達し、効率良く除去される。
【0057】
図11の例では、入口側レンズ電極48、出口側レンズ電極46の両方をスキマー形状と、入口側レンズ電極42にも出口側レンズ電極44と同一の、イオンと同極性のパルス電圧を印加する。これによって、イオン光軸付近に存在しているイオンを一層速やかに第2段四重極5に向かって移動させ、第2段四重極5に接触させて除去することができる。
【0058】
上記各実施例はいずれも本発明の一例であるから、本発明の趣旨の範囲で適宜に変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0059】
1…分析室
2…イオン源
3…第1段四重極
4…コリジョンセル
41…筒状体
42、48…入口側レンズ電極
43、47…開口部
44、46…出口側レンズ電極
5…第2段四重極
6…第3段四重極
7…検出器
8…データ処理部
10…制御部
101…分析シーケンス設定部
102…パルス電圧パラメータ設定部
11…第1電源部
12…第2電源部
122…高周波電圧源
123…直流バイアス電圧源
124…加算部
126…スイッチ
13…第3電源部
20…直流電源部
21…第1パルス電圧源
22…第2パルス電圧源
23…パルス電圧源
30…操作部
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の質量電荷比(m/z)を有するイオンを衝突誘起解離(CID=Collision-Induced Dissociation)により開裂させ、これにより生成されるプロダクトイオン(フラグメントイオン)の質量分析を行うMS/MS型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
分子量が大きな物質の同定やその構造の解析を行うために、質量分析の1つの手法として、MS/MS分析(タンデム分析とも呼ばれる)という手法が知られている。典型的なMS/MS型質量分析装置として三連四重極(TQ)型質量分析装置がある。図12は特許文献1などに開示されている、一般的な三連四重極型質量分析装置の概略構成図である。
【0003】
この質量分析装置は、図示しない真空ポンプにより真空排気される分析室1の内部に、分析対象の試料をイオン化するイオン源2と、それぞれ4本のロッド電極から成る3段の四重極3、5、6と、イオンを検出してイオン量に応じた検出信号を出力する検出器7と、を備える。第1段四重極3には、直流電圧と高周波電圧とを合成した電圧が印加され、これにより発生する電場の作用により、イオン源2で生成された各種イオンの中で特定の質量電荷比を有する目的イオンのみがプリカーサイオンとして選別される。
【0004】
第2段四重極5は密閉性が高いコリジョンセル4内に収納されている。このコリジョンセル4内には例えばアルゴン(Ar)などのCIDガスが導入される。第1段四重極3から第2段四重極5に送られたプリカーサイオンは、コリジョンセル4内でCIDガスと衝突し、衝突誘起解離による開裂を生じてプロダクトイオンが生成される。この開裂の態様は様々であるため、通常、一種のプリカーサイオンから質量電荷比の異なる複数種のプロダクトイオンが生成される。これら各種のプロダクトイオンがコリジョンセル4を出て、第3段四重極6に導入される。通常、第2段四重極5には、高周波電圧のみが印加されるか、又は高周波電圧に直流バイアス電圧を加算した電圧が印加され、この第2段四重極5はイオンを収束させつつ後段に輸送するイオンガイドとして機能する。
【0005】
第3段四重極6には第1段四重極3と同様に、直流電圧と高周波電圧とを合成した電圧が印加される。これにより発生する電場の作用により、第3段四重極6では特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが選別されて検出器7に到達する。第3段四重極6に印加する直流電圧及び高周波電圧を適宜変化させることで、第3段四重極6を通過し得るイオンの質量電荷比を走査(プロダクトイオンスキャン)することができる。この場合、検出器7で得られる検出信号に基づいて、図示しないデータ処理部は、目的イオンの開裂により生じたプロダクトイオンのマススペクトル(MS/MSスペクトル)を作成することができる。そのほか、特定のプロダクトイオンを生成する全てのプリカーサイオンを検索するプリカーサイオンスキャンや、特定の部分構造が脱離する全てのプリカーサイオンを検索するニュートラルロススキャンなども実行可能である。
【0006】
また液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(GC)の検出器として上記MS/MS型質量分析装置を用いたLC/MS/MS、GC/MS/MSなどの装置では、試料に含まれる多成分の一斉分析(同定及び定量)を行うためにMRM(Multiple Reaction Monitoring)と呼ばれる手法がよく用いられる。MRM測定では、第1段四重極3で選別されるプリカーサイオンの質量電荷比を固定した状態で、第3段四重極6で特定の1乃至複数の質量電荷比を持つプロダクトイオンを選別し、そのプロダクトイオンの信号強度を測定する。試料に含まれる複数の成分は前段のLCやGCで時間的に分離されるから、各成分の溶出時間(保持時間)に従ってプリカーサイオンとプロダクトイオンの質量電荷比をそれぞれ切り替えることにより、各成分由来のイオンの信号強度を高い精度で且つ高い感度で求めることができる。
【0007】
MRM測定では、或る1つのプリカーサイオンと或る1つのプロダクトイオンとの組に対する検出が時間経過に伴って順次実行されるわけであるが、質量電荷比の切り替え時には有意なデータを得ることができない。そこで、図13、図14に記載のように、或るプリカーサイオンとプロダクトイオンとの組に対するデータ収集と次のプリカーサイオンとプロダクトイオンとの組に対するデータ収集との間に、適度な長さの休止期間が設けられるようになっている。なお、図13、図14はコリジョンセル4内の残留イオンによるイオン強度の時間的変化を模式的に示す図である。
【0008】
上記構成の質量分析装置では、コリジョンセル4内にCIDガスが供給されるため、一般的に、コリジョンセル4内のガス圧は数mTorr程度と、コリジョンセル4の外側のガス圧と比較して高い状態にある。こうした比較的高いガス圧雰囲気の高周波電場の中をイオンが進行する場合、ガスとの衝突によりイオンの運動エネルギーが減衰しイオンの速度は低下する。
【0009】
MRM測定において、上述のようにコリジョンセル4内でイオンの進行速度が低下すると、プリカーサイオンの質量電荷比を或る値M1から別の値M2に切り替える際に、その切替え後の質量電荷比M2のイオンがコリジョンセル4に導入され始めたにも拘わらず未だ前の質量電荷比M1のイオンやそれに由来するプロダクトイオンがコリジョンセル4内に残留していて、それらが混在するおそれがある。これが、MS/MS分析においてクロストークと呼ばれる現象であり、クロストークがあると目的成分の定量性などが悪化する。
【0010】
そこで、特許文献2に記載の質量分析装置では、プリカーサイオンの質量電荷比を切り替える休止期間中に、コリジョンセル4の入口側や出口側のレンズ電極にパルス電圧を印加し、これによりコリジョンセル内に一時的に形成される電場の作用でイオンをレンズ電極に誘引して衝突させるようにしている。これによれば、質量電荷比切替え後のプリカーサイオンがコリジョンセル4内に導入される前に、質量電荷比切替え前のプリカーサイオンや該プリカーサイオン由来のプロダクトイオンをコリジョンセル4内から除去することができ、クロストークを回避することができる。
【0011】
ただし、コリジョンセル4内に多量のイオンが残留している状態でレンズ電極にイオン除去用のパルス電圧を印加すると、レンズ電極に衝突するイオン量が多く、レンズ電極の汚染がひどくなる。この汚染をできるだけ抑えるために、特許文献2に記載の装置では、休止期間の開始時点から所定の時間だけ遅れてレンズ電極にイオン除去用のパルス電圧を印加するようにしている。即ち、図13、図14に示すように、休止期間に入った時点t1から所定の遅延時間dが経過した時点t3でパルス幅がp(=t4-t3)であるパルス電圧がレンズ電極に印加される。遅延時間dの間にコリジョンセル4内のイオンはその外部に少しずつ排出される。そのため、パルス電圧が印加される時点t3でコリジョンセル4内の残留イオン量は減少しており、パルス電圧を印加した際のレンズ電極へのイオンの衝突は少なく、レンズ電極の汚染を軽減することができる。
【0012】
前述のように休止期間中には検出器7による検出信号に基づくデータを収集せず、休止期間の終了時点t2でデータの収集を再開する。このため、休止期間は測定においては無駄時間であり、測定のスループットを向上させるには休止期間は短いほうがよい。また、LC/MS/MSやGC/MS/MSのように時間経過に伴って試料成分が変化する場合には、成分の検出見逃しを防止するためにも休止期間は短いほうがよい。しかしながら、休止期間が短いと次のような問題がある。
【0013】
即ち、図13に示すように、休止期間中にパルス電圧が印加されてコリジョンセル内の残留イオンが一旦ほぼ全て除去された後に、次のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンがコリジョンセル4内に溜まり始めるため、パルス電圧の印加終了時点t4からコリジョンセル4内のイオン量は徐々に立ち上がる。このイオンが第3段四重極6を通過して検出器7に到達することによって初めて、質量電荷比切替え後のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンに基づくイオン強度が得られる。そのため、検出されるイオン強度の立ち上がりには或る程度の時間が掛かり、休止期間が短すぎると、次にデータの収集を行う検出期間の開始時点t2において検出器7に入射するイオン量が未だ十分には回復していない場合がある。このような状況になると、検出期間の初期に測定感度が低下することになる。
【0014】
一方、休止期間に入った時点t1においてコリジョンセル4内の残留イオンの量が多すぎると、図14に示すように、レンズ電極にパルス電圧を印加している期間中に残留イオンが完全には除去されず(強度がゼロにはならず)、一部のイオンが残った状態で次のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンが溜まり始める。このような状況になると、クロストークが完全には排除できないことになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開平7−201304号公報
【特許文献2】国際公開第2009/095958号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、プリカーサイオンの質量電荷比切替えに伴う休止期間の長さに拘わらず、コリジョンセル内に残る不要なイオンを確実に除去することができるとともに、休止期間終了時点で次のプリカーサイオン由来のプロダクトイオン量の不足を防止し、高感度の測定を行うことができるMS/MS型質量分析装置を提供することにある。
【0017】
また、本発明の他の目的は、例えば測定対象の試料成分濃度が高い等の理由によりコリジョンセル内の残留イオンの量が多い場合であっても、休止期間中にそのイオンを確実に除去してクロストークを完全に排除することができるMS/MS型質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するために成された第1発明は、各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、その内部に高周波電場によりイオンを収束させつつ輸送するイオンガイドが配設され、前記プリカーサイオンを所定ガスと衝突させることにより該イオンを開裂させるためのコリジョンセルと、前記プリカーサイオンの開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、該第2質量分離部で選別されたプロダクトイオンを検出する検出器と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、
a)前記コリジョンセルの入口側と出口側との少なくとも一方に設けられた、イオン通過開口を有するレンズ電極と、
b)前記入口側及び出口側のレンズ電極のいずれか一方又は両方に、前記コリジョンセル内のイオンを誘引する又は該イオンを反発させるためのパルス電圧を印加する電圧印加手段と、
c)前記第1質量分離部においてプリカーサイオンの質量電荷比を切り替えるに伴い前記検出器による検出データの収集を休止している休止期間中であって該休止期間の開始時点から所定の遅延時間が経過した時点でパルス電圧を発生するように前記電圧印加手段を制御する手段であって、前記休止期間の長さに応じて前記遅延時間の長さを調整する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0019】
また上記課題を解決するために成された第2発明は、各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、その内部に高周波電場によりイオンを収束させつつ輸送するイオンガイドが配設され、前記プリカーサイオンを所定ガスと衝突させることにより該イオンを開裂させるためのコリジョンセルと、前記プリカーサイオンの開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、該第2質量分離部で選別されたプロダクトイオンを検出する検出器と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、
a)前記コリジョンセルの入口側と出口側との少なくとも一方に設けられた、イオン通過開口を有するレンズ電極と、
b)前記入口側及び出口側のレンズ電極のいずれか一方又は両方に、前記コリジョンセル内のイオンを誘引する又は該イオンを反発させるためのパルス電圧を印加する電圧印加手段と、
c)前記第1質量分離部においてプリカーサイオンの質量電荷比を切り替えるに伴い前記検出器による検出データの収集を休止している休止期間中にパルス電圧を発生するように前記電圧印加手段を制御する手段であって、前記休止期間に入る直前におけるコリジョンセル内の残留イオン量を反映した情報に基づいて前記パルス電圧の波高値又はそのパルス幅の少なくともいずれか一方を調整する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
【0020】
第2発明に係るMS/MS型質量分析装置において、コリジョンセル内の残留イオン量を正確に求めるにはコリジョンセル内の空間電荷量を測定する手段を付加することが望ましいが、実用的には、検出器により得られるイオン強度(つまり検出信号)に基づいて上記残留イオン量を反映した情報を求めるようにすればよい。例えばMRM測定の場合には、通常、測定対象の成分に応じてプリカーサイオンやプロダクトイオンの質量電荷比が定められるから、検出器で得られるイオン強度はコリジョンセル内の残留イオン量にほぼ比例していると考えることができる。したがって、この場合、制御手段はそのイオン強度に応じてパルス電圧の波高値又はそのパルス幅の少なくともいずれか一方を調整すればよい。
【0021】
第1及び第2発明に係るMS/MS型質量分析装置において、制御手段は、検出データを収集していない休止期間中に、例えば、コリジョンセル内に残留しているイオンの極性とは逆の極性のパルス電圧を電圧印加手段より出口側レンズ電極に印加させる。この印加電圧によって形成される電場により、コリジョンセル内の残留イオンは出口側レンズ電極に向かって加速される。加速されたイオンは出口側レンズ電極に衝突し、電子を授受して中性化される。このようにしてコリジョンセル内に残留していた不要なイオンは迅速に除去される。
【0022】
休止期間は実質的に測定を実行していない期間であるから、測定のスループットを上げるには休止期間を短くする必要がある。また、短い時間間隔で次々に異なる成分の測定をする必要がある場合にも休止期間を短くする必要がある。逆に測定時間に十分な余裕がある場合や異なる成分が到来する時間間隔が空いている場合には、休止期間を長くすることができる。即ち、休止期間の長さは測定の目的や条件に応じて様々である。そこで、第1発明に係るMS/MS型質量分析装置において、制御手段は、休止期間の長さが長いほど遅延時間が相対的に長くなるように該遅延時間を調整する。これは、換言すれば、休止期間中でパルス電圧の印加が終了した時点(コリジョンセル内の残留イオン除去操作の終了時点)から休止期間が終了してデータ収集を開始する時点までの時間を、或る所定値以上にするように遅延時間を調整することを意味する。
【0023】
パルス電圧の印加が終了した時点から、次のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンがコリジョンセルより送り出され始めるため、検出器で検出されるプロダクトイオンのイオン量は徐々に増える。検出器においてコリジョンセルでのイオン除去の影響が完全に払拭されるまでには少し時間を要するが、前述のように、休止期間の長短に拘わらず休止期間中でパルス電圧印加終了時点から休止期間終了時点までの時間は十分に確保されているため、休止期間終了時点において検出器に到達するイオン量は十分に回復している。これにより、測定スループットを向上させたり試料成分の検出見逃しを回避したりするために休止期間を短くした場合であっても、プリカーサイオン切替え直後のイオン検出感度を十分に高く保つことができる。
【0024】
一方、測定時間に十分な余裕がある場合や試料成分が導入される時間間隔が広い場合に休止期間を長くすれば、レンズ電極にパルス電圧を印加する時点でコリジョンセル内の残留イオン量はほぼゼロになっているので、プリカーサイオン切替え直後のイオン検出感度を高く保ちつつ、イオンの付着によるレンズ電極やイオンガイドの汚染も軽減することができる。
【0025】
前述のように休止期間にレンズ電極にパルス電圧を印加することによりコリジョンセル内の残留イオンを除去しようとする際に、その除去の速度はパルス電圧の波高値に依存する。また、パルス電圧の波高値が同一であれば、パルス幅が広いほど(パルス電圧の印加時間が長いほど)除去される残留イオン量は多くなる。そこで、第2発明に係るMS/MS型質量分析装置において、制御手段は、休止期間に入る直前のコリジョンセル内の残留イオン量を反映した情報に応じて、残留イオン量が多いほどパルス電圧の波高値が相対的に大きくなるように、又は、パルス電圧のパルス幅(電圧印加時間)が相対的に長くなるように該電圧のパラメータを調整する。
【0026】
パルス電圧の波高値が大きいほどコリジョンセル内のイオンに付与される運動エネルギーは大きくなり、それだけイオンの除去速度が速くなる。それによって、コリジョンセル内の残留イオン量が多くても、短い時間でそのイオンを除去することができる。一方、パルス電圧の波高値が変わらなくてもパルス幅を広げれば、コリジョンセル内の残留イオン量が多くてもそのイオンを確実に除去することができる。これにより、コリジョンセル内に残るプリカーサイオン及びこれに由来するプロダクトイオンをほぼ完全に除去した状態で、次のプリカーサイオンをコリジョンセル内に導入することができるため、休止期間に入る際の残留イオン量に拘わらずクロストークをほぼ完全に排除することができる。
【0027】
第1及び第2発明に係るMS/MS型質量分析装置において、コリジョンセル内の残留イオンを除去するためのパルス電圧の印加の態様は特許文献2に開示されているような様々な態様を採り得る。即ち、電圧印加手段は、コリジョンセル内のイオンと逆極性のパルス電圧を出口側レンズ電極のみに印加するようにしてもよいし、入口側及び出口側のレンズ電極の両方に印加するようにしてもよい。これら構成では、レンズ電極に印加されたパルス電圧によって形成される電場により、イオンは誘引されてレンズ電極に衝突して消失する。また、互いに逆極性のパルス電圧を入口側レンズ電極と出口側レンズ電極とにそれぞれ印加するようにすれば、コリジョンセル内の残留イオンは、該イオンとは逆極性のパルス電圧が印加されているレンズ電極周囲に形成される電場により誘引され、該イオンと同極性のパルス電圧が印加されているレンズ電極周囲に形成される電場により反発される。これにより、イオンの移動速度を上げ、短時間でコリジョンセル内の残留イオンを除去することができる。
【0028】
また、コリジョンセル内のイオンと同極性のパルス電圧を入口側レンズ電極と出口側レンズ電極とのいずれか一方又は両方に印加するとともに、これに同期して、コリジョンセル内のイオンガイドへの高周波電圧の印加を停止するようにしてもよい。イオンガイドへの高周波電圧の印加が停止されると、高周波電場によるイオンの拘束がなくなる。そのため、コリジョンセル内のイオンはイオン光軸付近に収束されず拡がり易くなる。このとき、レンズ電極にイオンと同極性のパルス電圧が印加されると、イオンは相対的に電位の低いイオンガイドに向かい、イオンガイドに接触して消失する。コリジョンセル内に残留しているイオンとイオンガイドとの距離は、そのイオンとレンズ電極との距離に比べて平均的にはかなり短いため、イオンは短時間でイオンガイドに接触し、コリジョンセル内の残留イオンを短時間で効率良く除去することができる。
【発明の効果】
【0029】
第1発明に係るMS/MS型質量分析装置によれば、プリカーサイオンの質量電荷比の切替えに伴って実質的な測定を休止する休止期間が短い場合であっても、次のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンに対する測定を行う際に高い検出感度を達成することができる。また、上記休止期間が長い場合には、パルス電圧の印加によって強制的に除去される残留イオン量が少なくなるので、イオンの接触によるレンズ電極やイオンガイドの汚染を抑制することも可能となる。
【0030】
また第2発明に係るMS/MS型質量分析装置によれば、コリジョンセル内の残留イオン量が多い場合であっても、この残留イオンを確実に除去してから次のプリカーサイオンに由来するプロダクトイオンをコリジョンセルから後段へと送り出すことができる。それによって、クロストークを確実に排除することができる。
【0031】
なお、第1発明と第2発明とは併用可能であることは言うまでもない。即ち、制御手段は、休止期間の長さに応じてパルス電圧発生の遅延時間の長さを調整するとともに、休止期間に入る直前のコリジョンセル内の残留イオン量を反映した情報に基づいてパルス電圧の波高値又はパルス幅の少なくとも一方を調整する構成とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】本発明の一実施例によるMS/MS型質量分析装置の全体構成図。
【図2】本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図3】本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるパルス電圧とイオン強度変化との関係の一例を示す図。
【図4】本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるパルス電圧とイオン強度変化との関係の他の例を示す図。
【図5】本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるパルス電圧とイオン強度変化との関係の他の例を示す図。
【図6】本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるパルス電圧とイオン強度変化との関係の他の例を示す図。
【図7】他の実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図8】他の実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図9】他の実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図10】他の実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図11】他の実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル及びその電源系の構成図。
【図12】一般的なMS/MS型質量分析装置の全体構成図。
【図13】従来のMS/MS型質量分析装置においてコリジョンセル内の残留イオン強度の時間変化の一例を示す図。
【図14】従来のMS/MS型質量分析装置においてコリジョンセル内の残留イオン強度の時間変化の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明に係るMS/MS型質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例のMS/MS型質量分析装置の全体構成図、図2は図1中のコリジョンセル及びその電源系回路の概略構成図、図3及び図4は本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるパルス電圧とイオン強度変化との関係の他の例を示す図である。なお、既に説明した従来の構成と同じ構成要素には、同一符号を付して説明を略す。
【0034】
本実施例のMS/MS型質量分析装置では、第1段四重極(本発明における第1質量分離部に相当)3と第3段四重極(本発明における第2質量分離部に相当)6との間に、プリカーサイオンを開裂させて各種プロダクトイオンを生成するためにコリジョンセル4が配置され、その内部には質量分離の機能を持たない第2段四重極5が配設されている。第1段四重極3及び第3段四重極6は四重極マスフィルタであり、第2段四重極5は単なる四重極(又は多重極)のイオンガイドである。
【0035】
コリジョンセル4にあって、第2段四重極5の外側を被包する筒状体41は絶縁性部材から形成される。その筒状体41のイオン入射側端面に設けられた入口側レンズ電極42及びイオン出射側端面に設けられた出口側レンズ電極44は、いずれも金属等の導電性部材から形成される。入口側レンズ電極42及び出口側レンズ電極44は、その略中央にイオンが通過する開口部43、45が形成された、略円環状の部材である。
【0036】
第1段四重極3には第1電源部11から、直流電圧U1と高周波電圧V1・cosωtとを合成した電圧±(U1+V1・cosωt)、或いはこれにさらに所定の直流バイアス電圧Vbias1を加算した電圧±(U1+V1・cosωt)+Vbias1、が印加される。第2段四重極5には第2電源部12から、高周波電圧±V2・cosωtのみ、或いはこれに所定の直流バイアス電圧Vbias2を加算した電圧±V2・cosωt+Vbias2が印加される。第3段四重極6には第3電源部13から、直流電圧U3と高周波電圧V3・cosωtとを合成した電圧±(U3+V3・cosωt)、或いはこれにさらに所定の直流バイアス電圧Vbias3を加算した電圧±(U3+V3・cosωt)+Vbias3、が印加される。これら第1電源部乃至第3電源部11、12、13は、制御部10の制御の下に動作する。
【0037】
入口側レンズ電極42及び出口側レンズ電極44には、直流電源部20からそれぞれ所定の電圧が印加される。直流電源部20は、制御部10からの指示に応じて短時間だけ所定波高値のパルス電圧を発生するパルス電圧源21の機能を含む。直流電源部20は、このパルス電圧源21のほかに、パルス電圧が印加されていない期間に、所定の直流バイアス電圧を印加する機能を有するようにすることもできる。この例では、正イオンを分析対象とすることを前提として、正イオンとは逆の極性である負極性のパルス電圧を印加するようになっている。負イオンを分析対象とする場合には、負イオンとは逆の極性である正極性のパルス電圧を印加すればよいことは、容易に理解できる。制御部10は後述するような分析を実行するためのシーケンスを設定する分析シーケンス設定部101と、パルス電圧源21で生成するパルス電圧の発生タイミングやパルス幅、波高値などのパラメータを設定するパルス電圧パラメータ設定部102を含む。
【0038】
本実施例のMS/MS型質量分析装置における特徴的な制御動作を説明する。ここでは、この質量分析装置の前段にLC又はGCが接続され、LC又はGCで時間的に分離された成分を含む試料が時間経過とともに導入され、この試料中の成分をMRM法により順次検出する場合を想定する。MRM測定では、第1段四重極3で選別されるプリカーサイオンの質量電荷比Aと第3段四重極6で選別されるプロダクトイオンの質量電荷比a(a<A)とが固定され、測定対象成分毎に異なるA、aが設定される。したがって、第1段四重極3におけるプリカーサイオンの質量電荷比の切り替えとともに第3段四重極6におけるプロダクトイオンの質量電荷比の切り替えが行われる。このプリカーサイオンとプロダクトイオンの質量電荷比の組は保持時間と対応付けられ、分析条件の一つとして予め分析者により操作部30から設定される。
【0039】
制御部10にあって分析シーケンス設定部101は操作部30により設定された各種分析条件に従って、時間経過に伴う分析遂行のためのシーケンスを定める。これにより、検出期間の長さ(デュエルタイム)や時間的に隣接する2つの検出期間の間の休止期間の長さが決まる。測定開始から終了まで検出期間や休止期間の長さは一定でなくてもよく、例えば複数の成分が短い時間の間に連続的に出現するときには検出期間や休止期間を短くし、成分の出現間隔が広い場合には検出期間や休止期間を長くするようにしてもよい。
【0040】
休止期間の長さが定められると、パルス電圧パラメータ設定部102はその休止期間の長さに応じて遅延時間dを定める。基本的には、図3に示すように、休止期間が短いほど短い遅延時間dを定める。即ち、パルス電圧の終了時点t4から次の検出期間の開始時点t2までの時間t2−t4を或る一定時間U以上とし、パルス幅p(=t4−t3)を或る一定値とするように遅延時間dを定める。一定時間Uはイオン強度が最大であるときに、コリジョンセル4内のイオン量がゼロ状態からその最大イオン強度に応じた量にまで回復するのに要する時間以上に定めておくことが望ましい。
【0041】
いま或る時点では、第1段四重極3において質量電荷比がA1であるプリカーサイオンが選別されてコリジョンセル4に送り込まれ、コリジョンセル4内で衝突誘起解離によりプロダクトイオンが生成され、このプロダクトイオンの中で質量電荷比a1を持つプロダクトイオンが第3段四重極6で選別される。この選別されたプロダクトイオンが検出器7に入射することで得られる検出信号に基づくデータがデータ処理部8で収集される。
【0042】
所定の検出期間の間、質量電荷比A1のプリカーサイオン由来である質量電荷比a1のプロダクトイオンによるデータ収集が実行された後、制御部10の制御によりデータ処理部8はデータ収集を一時中止する。これが休止期間の開始時点t1である。休止期間への移行と同時に制御部10は、第1電源部11、第3電源部13に対しそれぞれ選別する質量電荷比を切り替えるべく電圧切替えの指示を出す。これに応じて第1電源部11、第3電源部13からそれぞれ第1段四重極3及び第3段四重極6に印加される電圧が切り替えられるが、この切替えに伴って休止期間の開始時点t1では第1段四重極3で全てのイオンが一旦通過し得なくなり、コリジョンセル4へのイオンの導入は停止される。一方で、コリジョンセル4内からのイオンの排出は続くため、図3に示すように、コリジョンセル4内の残留イオン量は減少(自然減)し始める。
【0043】
制御部10は休止期間の開始時点t1から遅延時間dが経過した時点t3で所定の波高値のパルス電圧を発生するように直流電源部20に指示を与え、これに応じて直流電源部20のパルス電圧源21は負極性のパルス電圧を出口側レンズ電極44に印加する。図3(a)に示すように、休止期間が短い場合には遅延時間dも相対的に短いので、未だ多くのイオンがコリジョンセル4内に残留している状態でパルス電圧が出口側レンズ電極44に印加される。パルス電圧の印加に伴いコリジョンセル4内に一時的に形成される直流電場によって、残留していたイオン(プリカーサイオン及びプロダクトイオン)は誘引され、加速されて出口側レンズ電極44に衝突する。そして、出口側レンズ電極44から電子を受け取ってイオンは中性化し、出口側レンズ電極44の表面に付着する。
【0044】
コリジョンセル4内に残留しているイオンは入射時に有していた運動エネルギーにより、全体としては、入口側レンズ電極42から出口側レンズ電極44の方向に向かって移動しているが、上述したようにパルス電圧が印加されることによってその移動速度が一気に上がる。そのため、短時間のうちにほぼ全ての残留イオンが出口側レンズ電極44に接触し、コリジョンセル4内から除去される。第1段四重極3ではパルス電圧の終了時点t4付近で質量電荷比切替え後のプリカーサイオンの通過が開始される。そのため、パルス電圧の印加が終了すると、そのパルス電圧によって残留イオンが一掃されたコリジョンセル4内に次のプリカーサイオンが導入され始め、該プリカーサイオンの開裂により生成されたプロダクトイオンがコリジョンセル4内に溜まり始める。これによって、図13(a)に示すように、一旦イオン強度がほぼゼロになった状態からイオン強度は急速に回復し始める。ただし、この時点では未だ休止期間中であり、データ処理部8でのデータ収集は開始されていない。
【0045】
コリジョンセル4内で生成された質量電荷比切替え後のプリカーサイオン由来のプロダクトイオンのうち、特定の質量電荷比を有するイオンのみが第3段四重極6を通過して検出器7に到達する。したがって、検出器7で検出されるプロダクトイオンのイオン強度がゼロになった状態から回復するのはコリジョンセル4内の残留イオン量の回復よりもやや遅れる。しかしながら、ここでは、パルス電圧の終了時点t4から検出期間開始時点t2までの時間が一定時間以上に設定されているため、次の検出期間の開始時点では検出器7によるイオン強度は十分に回復しており、この高いイオン強度に対応したデータをデータ処理部8が収集する。これにより、プリカーサイオンの質量電荷比を切り替えた後のプロダクトイオンの検出を高い感度で行うことができる。
【0046】
一方、休止期間が長い場合には、図3(b)に示すように、遅延時間dが相対的に長くなるので、この期間中にコリジョンセル4内の残留イオン量は自然減による大きく減る。この図の例では残留イオン量はほぼゼロになっている。このため、負極性のパルス電圧が印加されたときに、この電圧により形成される電場の作用で出口側レンズ電極44に接触して除去されるイオンはごく僅かである。その結果、休止期間が短い場合に比べてイオンの付着によるレンズ電極44の汚染は少なくて済む。もちろん、次の検出期間の開始時点に検出器7に到達するプロダクトイオン量が十分に回復しているのは、休止期間が短い場合と同様である。
【0047】
図3ではパルス電圧の波高値をV1としているが、好ましくは、その波高値を直前のコリジョンセル4内の残留イオン量に応じて変化させるとよい。直前のコリジョンセル4内の残留イオン量は主として直前に測定した成分の濃度に依存するから、測定前には未知である。したがって、遅延時間とは異なり、パルス電圧パラメータ設定部102により予め設定しておくことはできず、測定中に適応的に決める必要がある。MRM測定では、測定対象成分に対応してその成分が検出できるようにプリカーサイオンとプロダクトイオンの質量電荷比が定められるから、検出器7で得られるイオン強度とコリジョンセル4内の残留イオン量とはほぼ比例していると考えることができる。そこで、制御部10は測定中にデータ処理部8からイオン強度データをほぼリアルタイムで受領し、休止期間に入る直前のイオン強度データに基づいてその休止期間中に発生させるパルス電圧の波高値を定める。即ち、イオン強度が高いほどパルス電圧の波高値を大きくし(図4(a)参照)、イオン強度が低い場合にはパルス電圧の波高値を小さくする(図4(b)参照)。
【0048】
パルス電圧の波高値を大きくすると、それによりコリジョンセル4内に形成される直流電場の電位勾配が急になり、より大きな運動エネルギーがイオンに付与される。その結果、イオンの移動速度は大きくなり、それだけイオンが迅速にコリジョンセル4内から除去される。これは図4(a)に示すイオン強度の減少の傾斜が急になることを意味する。したがって、同じパルス幅であってもそれだけ多量のイオンを除去することが可能となり、残留イオン量が多くてもパルス電圧の印加によってイオン量をほぼゼロにすることができる。それにより、残留イオン量が多い場合でも、クロストークを抑制することができる。一方、休止期間に入る直前の残留イオン量が少なければパルス電圧の波高値が小さくなるから、出口側レンズ電極44に接触する際のイオンの運動エネルギーが低くなり、中性化してもレンズ電極44表面に付着せずに排出される可能性が高まる。これにより、レンズ電極44の汚染を軽減することができる。
【0049】
以上のように、本実施例のMS/MS型質量分析装置では、プリカーサイオン及びプロダクトイオンの質量電荷比の切替えに伴って検出期間の間に設けられる休止期間において、コリジョンセル4内の残留イオンを除去するパルス電圧の発生のタイミングを休止期間の長さによって変えることにより、検出期間の当初より十分に高い感度でプロダクトイオンの検出が可能となる。また、休止期間が長い場合には、強制的なイオンの除去を減らしてイオン付着によるレンズ電極の汚染を軽減することができる。また、試料成分の濃度によって休止期間に入る際のコリジョンセル4内の残留イオン量は異なるが、その残留イオン量を反映したイオン強度に応じてパルス電圧の波高値を変えることにより、残留イオン量に拘わらず確実に残留イオンを除去してクロストークの発生を防止することができる。
【0050】
図5は、上記実施例のように残留イオン量が多い場合にパルス電圧の波高値を変える代わりにパルス幅pを変えることで残留イオンを確実に除去するようにした変形例のパルス電圧とイオン強度変化との関係を示す図である。この場合には、イオンの除去速度は図3の場合と変わらないが、パルス電圧の幅pが広がることでより多くのイオンを除去することが可能である。ただし、パルス電圧の幅pを広げることにより、パルス電圧の終了時点t4から次の検出期間の開始時点t2までの時間が短くなると好ましくないから、予め最大のパルス幅を考慮してt2−t4の時間を決めておくか、或いは、遅延時間dを削るようにパルス幅pを広げるようにするとよい。
【0051】
図6は、休止期間が短く且つ休止期間に入る直前のイオン強度が大きい場合のパルス電圧とイオン強度変化との関係を示す図である。この場合には、クロストークを確実に除去するためにパルス電圧の波高値をできるだけ大きくし、且つ、検出期間初期の感度低下を防止するために、遅延時間dを可能な限り大きくしつつクロストークが完全に除去できる範囲でパルス幅を最大限狭くしている。このように、上述した、遅延時間dの調整と、パルス電圧の波高値及びパルス幅の調整を組み合わせることで、限られた分析条件の下で、クロストークをできるだけ少なくし、検出感度をできるだけ大きくし、且つレンズ電極などの汚れを最小限に抑えるようにすることができる。
【0052】
なお、上記実施例では、残留イオン除去のためのパルス電圧を出口側レンズ電極44のみに印加していたが、コリジョンセル4内の構成やパルス電圧の印加対象などは、特許文献2(国際公開第2009/095958号パンフレット)に開示された様々な態様のいずれにも適用できる。図7〜図11はこれら態様の構成概略図である。
【0053】
図7の例では、パルス電圧が印加される出口側レンズ電極46の開口部47の周囲を、コリジョンセル4内方に突出したスキマー形状とし、第2段四重極5の内部にも直流電場が入り込み易いようにしている。
【0054】
図8の例では、入口側レンズ電極42にも出口側レンズ電極44と同じパルス電圧を印加し、レンズ電極42、44に到達するまでのイオンの移動距離を短くしてより迅速にコリジョンセル4内から残留イオンを除去することが可能である。
【0055】
図9の例では、直流電源部20は、第1パルス電圧源21によるパルス電圧とは逆極性のパルス電圧を発生するための第2パルス電圧源22を備える。入口側レンズ電極42に対し正極性のパルス電圧を出口側レンズ電極44への負極性のパルス電圧と同じタイミングで印加することにより、コリジョンセル4内に急勾配の電場を形成し、出口側レンズ電極44に向かうイオンの速度を一層上げることができる。
【0056】
図10の例では、コリジョンセル4内に残留するイオンを第2段四重極5に向かって進行させるために、直流電源部20は、イオンと同極性のパルス電圧を発生するためのパルス電圧源23を備える。また、第2電源部12は、直流バイアス電圧源123による出力電圧と高周波電圧源122による出力電圧とを加算部124により加算して出力する構成であるが、上記パルス電圧の印加と略同時に、高周波電圧源122による高周波電圧の発生をスイッチ126を開成することで一時的に停止する。このとき第2段四重極5にはパルス電圧よりも低い直流バイアス電圧が印加されているだけである。そのため、コリジョンセル4内に存在するイオンに対する高周波電場の収束作用がなくなり、その直前までイオン光軸付近に多く集まっていたイオンは周囲に拡がる。レンズ電極44と第2段四重極5との間の空間には、前者から後者に向かって低くなる直流電位勾配が形成されている。このため、高周波電場による収束作用が解かれたイオンは、第2段四重極5に向かって進み、第2段四重極5に接触して中性化される。コリジョンセル4内に残留しているイオンにとって、第2段四重極5に到達するまでの距離はレンズ電極42、44に到達するまでの距離に比べて平均的にかなり短い。したがって、パルス電圧が印加されると短時間の間にイオンは第2段四重極5に達し、効率良く除去される。
【0057】
図11の例では、入口側レンズ電極48、出口側レンズ電極46の両方をスキマー形状と、入口側レンズ電極42にも出口側レンズ電極44と同一の、イオンと同極性のパルス電圧を印加する。これによって、イオン光軸付近に存在しているイオンを一層速やかに第2段四重極5に向かって移動させ、第2段四重極5に接触させて除去することができる。
【0058】
上記各実施例はいずれも本発明の一例であるから、本発明の趣旨の範囲で適宜に変形、追加、修正を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0059】
1…分析室
2…イオン源
3…第1段四重極
4…コリジョンセル
41…筒状体
42、48…入口側レンズ電極
43、47…開口部
44、46…出口側レンズ電極
5…第2段四重極
6…第3段四重極
7…検出器
8…データ処理部
10…制御部
101…分析シーケンス設定部
102…パルス電圧パラメータ設定部
11…第1電源部
12…第2電源部
122…高周波電圧源
123…直流バイアス電圧源
124…加算部
126…スイッチ
13…第3電源部
20…直流電源部
21…第1パルス電圧源
22…第2パルス電圧源
23…パルス電圧源
30…操作部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、その内部に高周波電場によりイオンを収束させつつ輸送するイオンガイドが配設され、前記プリカーサイオンを所定ガスと衝突させることにより該イオンを開裂させるためのコリジョンセルと、前記プリカーサイオンの開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、該第2質量分離部で選別されたプロダクトイオンを検出する検出器と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、
a)前記コリジョンセルの入口側と出口側との少なくとも一方に設けられた、イオン通過開口を有するレンズ電極と、
b)前記入口側及び出口側のレンズ電極のいずれか一方又は両方に、前記コリジョンセル内のイオンを誘引する又は該イオンを反発させるためのパルス電圧を印加する電圧印加手段と、
c)前記第1質量分離部においてプリカーサイオンの質量電荷比を切り替えるに伴い前記検出器による検出データの収集を休止している休止期間中であって該休止期間の開始時点から所定の遅延時間が経過した時点でパルス電圧を発生するように前記電圧印加手段を制御する手段であって、前記休止期間の長さに応じて前記遅延時間の長さを調整する制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、その内部に高周波電場によりイオンを収束させつつ輸送するイオンガイドが配設され、前記プリカーサイオンを所定ガスと衝突させることにより該イオンを開裂させるためのコリジョンセルと、前記プリカーサイオンの開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、該第2質量分離部で選別されたプロダクトイオンを検出する検出器と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、
a)前記コリジョンセルの入口側と出口側との少なくとも一方に設けられた、イオン通過開口を有するレンズ電極と、
b)前記入口側及び出口側のレンズ電極のいずれか一方又は両方に、前記コリジョンセル内のイオンを誘引する又は該イオンを反発させるためのパルス電圧を印加する電圧印加手段と、
c)前記第1質量分離部においてプリカーサイオンの質量電荷比を切り替えるに伴い前記検出器による検出データの収集を休止している休止期間中にパルス電圧を発生するように前記電圧印加手段を制御する手段であって、前記休止期間に入る直前におけるコリジョンセル内の残留イオン量を反映した情報に基づいて前記パルス電圧の波高値又はそのパルス幅の少なくともいずれか一方を調整する制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載のMS/MS型質量分析装置であって、
前記残留イオン量を反映した情報は前記検出器により得られるイオン強度に基づくことを特徴とするMS/MS型質量分析装置。
【請求項1】
各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、その内部に高周波電場によりイオンを収束させつつ輸送するイオンガイドが配設され、前記プリカーサイオンを所定ガスと衝突させることにより該イオンを開裂させるためのコリジョンセルと、前記プリカーサイオンの開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、該第2質量分離部で選別されたプロダクトイオンを検出する検出器と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、
a)前記コリジョンセルの入口側と出口側との少なくとも一方に設けられた、イオン通過開口を有するレンズ電極と、
b)前記入口側及び出口側のレンズ電極のいずれか一方又は両方に、前記コリジョンセル内のイオンを誘引する又は該イオンを反発させるためのパルス電圧を印加する電圧印加手段と、
c)前記第1質量分離部においてプリカーサイオンの質量電荷比を切り替えるに伴い前記検出器による検出データの収集を休止している休止期間中であって該休止期間の開始時点から所定の遅延時間が経過した時点でパルス電圧を発生するように前記電圧印加手段を制御する手段であって、前記休止期間の長さに応じて前記遅延時間の長さを調整する制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、その内部に高周波電場によりイオンを収束させつつ輸送するイオンガイドが配設され、前記プリカーサイオンを所定ガスと衝突させることにより該イオンを開裂させるためのコリジョンセルと、前記プリカーサイオンの開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、該第2質量分離部で選別されたプロダクトイオンを検出する検出器と、を具備するMS/MS型質量分析装置において、
a)前記コリジョンセルの入口側と出口側との少なくとも一方に設けられた、イオン通過開口を有するレンズ電極と、
b)前記入口側及び出口側のレンズ電極のいずれか一方又は両方に、前記コリジョンセル内のイオンを誘引する又は該イオンを反発させるためのパルス電圧を印加する電圧印加手段と、
c)前記第1質量分離部においてプリカーサイオンの質量電荷比を切り替えるに伴い前記検出器による検出データの収集を休止している休止期間中にパルス電圧を発生するように前記電圧印加手段を制御する手段であって、前記休止期間に入る直前におけるコリジョンセル内の残留イオン量を反映した情報に基づいて前記パルス電圧の波高値又はそのパルス幅の少なくともいずれか一方を調整する制御手段と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載のMS/MS型質量分析装置であって、
前記残留イオン量を反映した情報は前記検出器により得られるイオン強度に基づくことを特徴とするMS/MS型質量分析装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2011−216425(P2011−216425A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−85649(P2010−85649)
【出願日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]