MS/MS型質量分析装置
【課題】目的とするプロダクトイオンの検出感度の低下や、イオンの停滞によるゴーストピークの出現を回避する。
【解決手段】
コリジョンセル20内にCIDガスを導入するガス供給管31の接続個所を第1入射壁面22と第2入射壁面24との間に設け、第2イオン入射開口25の開口面積を第1イオン入射開口23の開口面積より大きくする。これにより、イオン入射側からイオン出射側に向けてCIDガスが吹き出す。イオン入射側とイオン出射側とのガスコンダクタンスの差によってコリジョンセル20内に生じるガスの流れに加えて、ガス吹き出しを後方に向けることで後方へのガス流が一層起こり易くなり、コリジョンセル20内でイオンの進行が促進されイオンの遅延が軽減される。
【解決手段】
コリジョンセル20内にCIDガスを導入するガス供給管31の接続個所を第1入射壁面22と第2入射壁面24との間に設け、第2イオン入射開口25の開口面積を第1イオン入射開口23の開口面積より大きくする。これにより、イオン入射側からイオン出射側に向けてCIDガスが吹き出す。イオン入射側とイオン出射側とのガスコンダクタンスの差によってコリジョンセル20内に生じるガスの流れに加えて、ガス吹き出しを後方に向けることで後方へのガス流が一層起こり易くなり、コリジョンセル20内でイオンの進行が促進されイオンの遅延が軽減される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の質量電荷比を有するイオンを衝突誘起解離(CID=Collision-Induced Dissociation)により開裂させ、これにより生成されるプロダクトイオン(フラグメントイオン)の質量分析を行うMS/MS型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
分子量が大きな物質の同定やその構造の解析を行うために、質量分析の1つの手法としてMS/MS分析(タンデム分析)という手法が知られている。図14は特許文献1、2などに開示されている一般的なMS/MS型質量分析装置の概略構成図である。
【0003】
このMS/MS型質量分析装置では、真空排気される分析室10の内部にあって、分析対象の試料をイオン化するイオン源11とイオンを検出してイオン量に応じた検出信号を出力する検出器16との間に、それぞれ4本のロッド電極から成る3段の四重極電極12、13、15が配置されている。第1段四重極電極12には直流電圧U1と高周波電圧V1・cosωtとを合成した電圧±(U1+V1・cosωt)が印加され、これにより発生する電場の作用により、イオン源11で生成された各種イオンの中で特定の質量電荷比m/zを有する目的イオンのみがプリカーサイオンとして選別されて第1段四重極電極12を通過する。
【0004】
第2段四重極電極13は密閉性が高いコリジョンセル14内に収納されており、このコリジョンセル14内にはCIDガスとして例えばArガスなどが導入される。第1段四重極電極12から第2段四重極電極13に送られたプリカーサイオンはコリジョンセル14内でArガスと衝突し、衝突誘起解離による開裂を生じてプロダクトイオンを生成する。この開裂の態様は様々であるため、通常、1種のプリカーサイオンから質量電荷比の異なる複数種のプロダクトイオンが生成され、これらプロダクトイオンがコリジョンセル14を出て第3段四重極電極15に導入される。また、全てのプリカーサイオンが開裂するとは限らないから、開裂しないプリカーサイオンがそのまま第3段四重極電極15に送り込まれることもある。
【0005】
第3段四重極電極15には直流電圧U3と高周波電圧V3・cosωtとを合成した電圧±(U3+V3・cosωt)が印加され、これにより発生する電場の作用により、特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが選別されて第3段四重極電極15を通過し検出器16に到達する。第3段四重極電極15に印加する直流電圧U3及び高周波電圧V3・cosωtを適宜変化させることで、第3段四重極電極15を通過し得るイオンの質量電荷比を走査し、目的イオンの開裂により生じたプロダクトイオンの質量スペクトルを得ることができる。
【0006】
従来の一般的なMS/MS型質量分析装置では、イオン流の中心軸であるイオン光軸Cに沿った方向のコリジョンセル14の長さは150〜200mm程度に設定されている。また、コリジョンセル14内のガス圧が数mTorrとなるように、CIDガスの供給量が制御される。しかしながら、こうした比較的高いガス圧雰囲気にある高周波電場の中をイオンが進行する場合、ガスとの衝突によりイオンの運動エネルギーは減衰し減速する。上記従来のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル14では、イオンの運動エネルギーの減速領域が長いため、イオンの遅延が大きく、甚だしい場合には減速したイオンが停止してしまうことさえある。
【0007】
例えば液体クロマトグラフなどのクロマトグラフの検出器としてMS/MS型質量分析装置を用いる場合、所定の時間間隔で繰り返し分析を行う必要があるため、上述のようにイオンの遅延が大きくなると、本来、第3段四重極電極15を通り抜けるべきイオンが通り抜けられなくなる場合があり、検出感度低下の要因となる。また、コリジョンセル14内に残留したイオンが実際には出現する筈のないタイミングで出現することで、ゴーストピークの原因となることもある。また、イオンが検出器16に到達するまでに時間が掛かるために、予めこうした状態を考慮して繰り返し分析の時間間隔を決める必要があり、多成分分析の際に分析漏れが起こる可能性がある。
【0008】
上記のような様々な問題を回避するために、従来一般的には、コリジョンセル14内でイオンの通過方向に電位勾配を有する直流電場を形成しておき、その直流電場の作用によりイオンを加速することが行われている。
特許文献3に記載の質量分析装置では、イオン光軸に対し傾きを持たせた高周波イオンガイドに直流電圧を印加したり、或いはイオン光軸方向に分割した各ロッドに異なる直流電圧を印加したりして、イオン光軸方向に電位勾配を有する電場を形成してイオンを加速している。また特許文献4に記載の質量分析装置では、イオン光軸方向に100枚程度のアパーチャ板を並べた構成の高周波イオンガイドの各アパーチャ電極にパルス電圧を順次印加することにより通過するイオンを加速するようにしている。
【0009】
しかしながら、イオン光軸方向に電位勾配を持つ直流電場を形成するために高周波イオンガイドのロッド電極を傾けて配置したり変形したり、或いは補助電極を用いたりすると、イオンを収束させるのに適切な高周波電場に乱れが生じ、イオンの透過特性を低下させるおそれがある。また、特許文献4のような構成では、構造が複雑であるとともに、イオンを加速するためのパルス電圧の制御を各質量電荷比に応じて適切に行う必要があるために制御も複雑になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平7−201304号公報
【特許文献2】特開平8−124519号公報
【特許文献3】米国特許第5847386号明細書
【特許文献4】米国特許第6812453号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その主な目的は、簡単な構造によってコリジョンセル内でのイオンの停滞を防止することにより検出感度の低下やクロマトグラムでのゴーストピークの出現を回避することができるMS/MS型質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された第1発明は、各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、前記プリカーサイオンを衝突誘起解離ガスと衝突させて該プリカーサイオンを開裂させるためのコリジョンセルと、開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、を真空室内に配設したMS/MS型質量分析装置において、
前記コリジョンセル内にイオンを入射するためのイオン入射口が設けられた入射端面側のガスコンダクタンスを、前記コリジョンセル内からイオンを出射するためのイオン出射口が設けられた出射端面側のガスコンダクタンスよりも小さくすることにより、前記コリジョンセルの内部に、前記イオン入射口を経て入射してきたイオンが進行する方向と同方向の成分を持つ衝突誘起解離ガスの流れを生起させるようにしたことを特徴としている。
【0013】
入射端面側のガスコンダクタンスを出射端面側のガスコンダクタンスよりも小さくするために、様々な構成・構造が考え得る。即ち、第1発明に係るMS/MS型質量分析装置の一実施態様として、前記イオン入射口の開口面積を前記イオン出射口の開口面積よりも小さくした構成とすることができる。
【0014】
また、第1発明に係るMS/MS型質量分析装置の別の実施態様として、前記イオン入射口をイオンの通過方向に沿って複数設けた構成としてもよい。
【0015】
また、出射端面側にイオン出射口のほかに、衝突誘起解離ガスがコリジョンセル内から吐き出されるガス流通口を設ける構成としてもよい。
【0016】
また上記課題を解決するために成された第2発明は、各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、前記プリカーサイオンを衝突誘起解離ガスと衝突させて該プリカーサイオンを開裂させるためのコリジョンセルと、開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、を真空室内に配設したMS/MS型質量分析装置において、
前記コリジョンセル内に前記衝突誘起解離ガスを供給するガス流路の吐出口を、該コリジョンセル内にイオンを入射するためのイオン入射口が設けられた入射端面側から、前記コリジョンセル内からイオンを出射するためのイオン出射口が設けられた出射端面側に指向させることにより、前記コリジョンセルの内部に、前記イオン入射口を経て入射してきたイオンが進行する方向と同方向の成分を持つ衝突誘起解離ガスの流れを生起させるようにしたことを特徴としている。
【0017】
もちろん、第1発明と第2発明とを併せた構成とすることもできる。
【発明の効果】
【0018】
第1及び第2発明に係るMS/MS型質量分析装置では、コリジョンセル内部でイオンの入射口からイオン出射口の方向に向かう衝突誘起解離ガスの流れが形成され、このガス流に乗って又はガス流に押されることでイオンの輸送が補助される。これにより、イオンが衝突誘起解離ガスに接触して運動エネルギーが減じる場合でも、プリカーサイオンや開裂により生成されたプロダクトイオンの進行を促進し、コリジョンセル内でのイオンの大幅な遅延を回避することができる。それにより、後段の第2質量分離部で選別される目的イオンの量を増やし、検出感度を向上させることができる。また、コリジョンセル内でイオンが停滞することも防止できるので、マススペクトル上でのゴーストピークの出現も防止することができる。
【0019】
また、コリジョンセル内に配設されるイオンガイドを構成するイオン光学部品としては、例えば単純なロッド電極など、簡単な構造の電極でよいため、加工、組立、調整などが簡便であり、コストを抑えることができる。またイオン加速用の電圧発生回路やそうした電圧印加のための制御回路も不要であるため、その点でもコストの抑制に有利である。また、そうしたイオンガイドによれば理想的な状態に近い高周波電場を形成することができ、イオンの散逸によるイオン透過率の低下を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施例によるMS/MS型質量分析装置の概略全体構成図。
【図2】第1実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセルの概略断面図。
【図3】第1実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセルの変形例の概略断面図。
【図4】従来のコリジョンセルの概略断面図。
【図5】比較対象のコリジョンセルの概略断面図。
【図6】図2〜図5に示した4つのコリジョンセルにおけるイオン排出時間と相対強度との関係の実測結果を示すグラフ。
【図7】コリジョンセル内のプリカーサイオンの遅延についての調査結果であるマスクロマトグラムを示す図。
【図8】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図9】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図10】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図11】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図12】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図13】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図14】従来のMS/MS型質量分析装置の全体構成図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の一実施例であるMS/MS型質量分析装置について、図面を参照して説明する。図1は本実施例によるMS/MS型質量分析装置の全体構成図、図2は本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセルの詳細断面図である。図14に示した従来の構成と同じ構成要素については同一符号を付して詳しい説明を省略する。
【0022】
本実施例のMS/MS型質量分析装置では、従来と同様に、第1段四重極電極(本発明における第1質量分離部に相当)12と第3段四重極電極(本発明における第2質量分離部に相当)15との間に、プリカーサイオンを開裂させて各種プロダクトイオンを生成するためにコリジョンセル20が配置されている。このコリジョンセル20は、図2に示すように、イオン入射開口23、25とイオン出射開口27のほかはほぼ密閉された、例えば周面が略円筒形状で両端面がほぼ閉塞された構造体であり、その内部には、八本の円筒形状のロッド電極がイオン光軸Cを取り囲むように略平行に配置されたイオンガイド21が設けられている。
【0023】
このコリジョンセル20のイオン入射側(図2では左側端面)は、所定径(例えばφ1.6mm)の第1イオン入射開口23が穿設された第1入射壁面22と、同一径(例えばφ1.6mm)の第2イオン入射開口25が穿設された第2入射壁面24とがイオン光軸Cの方向に所定距離離間して配置された二重壁構造となっている。他方、イオン出射側は同一径(例えばφ1.6mm)のイオン出射開口27が穿設された出射壁面26が一枚だけ設けられている。
【0024】
CIDガス供給部30とコリジョンセル20とを接続するガス供給管31上に設けられたバルブ32が開放されると、Arガス等のCIDガスがCIDガス供給部30からコリジョンセル20に供給される。このときの供給圧はCIDガス供給部30において調整可能である。CIDガスの供給によりコリジョンセル20内のガス圧はその外部の分析室10内のガス圧よりも高くなり、その内外の差圧によってイオン入射開口23、25及びイオン出射開口27を通してCIDガスはコリジョンセル20内から分析室10内へと流出する。このときのイオン入射開口23、25及びイオン出射開口27を通してのCIDガスの流出流量はそれぞれガスコンダクタンスに依存する。
【0025】
例えば図4に示すような従来の構成の場合、イオン入射開口23のガスコンダクタンスとイオン出射開口27のガスコンダクタンスはほぼ同一であるため、コリジョンセル20内からのガス流出流量はほぼ同じになる。これに対し、本実施例におけるコリジョンセル20ではイオン入射側が二重壁構造であるため、入射壁面22、24のイオン入射開口23、25の径で決まる流量抵抗が直列接続されたのと同等であり、それだけガスコンダクタンスが小さくなる。即ち、第1及び第2イオン入射開口23、25を合わせたイオン入射開口のガスコンダクタンスはイオン出射開口27のガスコンダクタンスよりも小さくCIDガスは流出しにくい。そのため、コリジョンセル20内には、図2に示すように、全体として第2イオン入射開口25側からイオン出射開口27に向かうCIDガス流が生起されることになる。
【0026】
制御部36の制御の下に、第1段四重極電極12には第1RF(高周波電圧)+DC(直流電圧)電圧発生部33から、直流電圧U1と高周波電圧V1・cosωtとを合成した電圧±(U1+V1・cosωt)、或いはこれにさらに所定の直流バイアス電圧Vbias1を加算した電圧±(U1+V1・cosωt)+Vbias1が印加され、第3段四重極電極15には第3RF+DC電圧発生部35から、直流電圧U3と高周波電圧V3・cosωtとを合成した電圧±(U3+V3・cosωt)、或いはこれにさらに所定の直流バイアス電圧Vbias3を加算した電圧±(U3+V3・cosωt)+Vbias3が印加される。これは従来と同じである。また、イオンガイド21を構成する8本のロッド電極は、イオン光軸Cを中心とする周方向に1本おきの4本を1組とし、2つの組の一方には第2RF+DC電圧発生部34から、直流バイアス電圧U2と高周波電圧V2・cosωtとを合成した電圧U2+V2・cosωtが印加され、2つの組の他方には同じく第2RF+DC電圧発生部34から上記直流バイアス電圧Uと上記高周波電圧V2・cosωtとは逆極性の高周波電圧−V2・cosωtとを合成した電圧U2−V2・cosωtが印加される。
【0027】
第1段四重極電極12により形成される電場によって選択されたプリカーサイオンはイオン入射開口23、25を経てコリジョンセル20内に入る。好ましくは、第1入射壁面22、第2入射壁面24の2枚にそれぞれ適宜の直流電圧を印加することによりイオンを収束するイオン光学レンズとして機能させ、第1及び第2イオン入射開口23、25を通過するイオンの通過効率を高めるようにするとよい。コリジョンセル20内には上述したようにイオンガイド21により高周波電場が形成されており、イオンはこの高周波電場の作用により拘束される。プリカーサイオンはCIDガスと衝突し、その衝突エネルギーによってプリカーサイオンの結合が切れて開裂する。一般的に開裂の態様は様々であるため、一種のプリカーサイオンから開裂により生成されるプロダクトイオンは一種であるとは限らない。CIDガスとの衝突により元々プリカーサイオンが有していた運動エネルギーの一部は失われるが、上述のようにコリジョンセル20内には入射してきたイオンの進行方向とほぼ同方向に進行するガス流が生じている。そのため、プリカーサイオンやプロダクトイオンはこのガス流の助けを受けることで進行が促進され、コリジョンセル20内に留まることなくイオン出射開口27に向かって円滑に進行し、イオン出射開口27を経てコリジョンセル20の外側に排出される。
【0028】
以上のように、本実施例のMS/MS型質量分析装置では、コリジョンセル20内に意図的に生起されたガス流を利用してコリジョンセル20内でのイオンの遅れや停滞を防止することができる。これによって、目的とするプリカーサイオン由来のプロダクトイオンが大きな遅れなく第3段四重極電極15に導入され質量分離されるので、結果的に多くのプロダクトイオンを検出器16に送り込むことができ、高い検出感度を確保することができる。また、コリジョンセル20内にイオンが滞留することがないので、マススペクトルにおけるゴーストピークの発生も回避することができる。
【0029】
次に、本実施例で用いたコリジョンセル20におけるイオンの遅延の小ささを検証するために行った実験について説明する。ここでは、図2に示した本実施例の構成、図3に示した本実施例の変形例としてイオン出射開口27の径をφ2mmに広げることでガスコンダクタンスをさらに大きくした構成、図4に示した従来の構成、図5に示した出射側を2重壁構造とした構成、の4つの異なる構成のコリジョンセルについて、イオン排出の速さを調べた。図6は、時間t=0までプリカーサイオンをコリジョンセル20に継続的に入射し、時間t=0でその入射を停止した後の該プリカーサイオン由来のプロダクトイオンの検出強度の変化を実測したグラフである。検出強度が速く低下するほどイオンの遅延が小さいことを意味する。
【0030】
図6を見れば、図2に示した本実施例の構成では図4に示した従来の構成よりもイオン排出が速く行われていることが分かる。さらに図3に示した変形例の構成ではさらにイオン排出が速く行われていることが分かり、イオンの遅延の防止に効果的であることが確認できる。図7は、この図3に示した変形例の構成において、質量電荷比が340であるパパベリンをプリカーサイオンとし、これに由来する質量電荷比が202であるプロダクトイオンを検出したマスクロマトグラムと、6.5m秒後のクロストークとの検出結果を示すグラフである。クロストークはプロダクトイオンのピーク強度に対し0.01%にすぎず、実用的に十分に小さな値となっている。即ち、この結果からみても、コリジョンセル20へのプリカーサイオンの入射を停止した時点から6.5m秒経過時点ではコリジョンセル20からのプロダクトイオンの出射は終了していることが分かる。
【0031】
上記実施例では、イオン入射側の入射壁面を2重壁構造として2つのイオン入射開口23、25を設けることでイオン入射側のガスコンダクタンスをイオン出射側のガスコンダクタンスよりも小さくしており、変形例では、さらにイオン出射開口27の開口面積を大きくすることでガスコンダクタンスの差を一層大きくしている。もちろん、イオン入射開口の数は2に限らず、3以上としてもよい。また、イオン入射側のガスコンダクタンスをイオン出射側のガスコンダクタンスよりも小さくするためには、上記構成に限らず、別の構成とすることもできる。
【0032】
図8は、入射開口を複数にする代わりに入射壁面22の厚さを厚くすることでガスコンダクタンスを小さくした構成の例である。
【0033】
また、コリジョンセル20内から分析室10内にCIDガスを流出するためにイオン出射開口27以外の開口を設ける構成としてもよい。図9は、出射端面26とは別の個所でイオン出射側にガス流出開口40を設けた例である。また図10は、出射端面26でイオン光軸とは別の個所にイオン出射側にガス流出開口40を設けた例である。
【0034】
またコリジョンセル20にあってイオンガイド21を囲む内面41を図11に示すように切頭円錐形状とすることにより、コリジョンセル20内部においてもイオン入射側と出射側とでガスコンダクタンスに差をつけるようにしてもよい。
【0035】
また図12に示す例では、CIDガスを導入するガス供給管31の接続個所を第1入射壁面22と第2入射壁面24との間に設け、第2イオン入射開口25の開口面積を第1イオン入射開口23の開口面積よりも大きくしている。これにより、コリジョンセル20内へのCIDガスの吹き出し方向がイオン入射側からイオン出射側に指向し、上述したようなガスコンダクタンスの差に加えて一層ガスの流れを起こし易くすることができる。
【0036】
また図13に示す例も同様に、コリジョンセル20内へのCIDガスの吹き出し方向をイオン入射側からイオン出射側に指向させたものであるが、イオン入射側のガスコンダクタンスが一層小さくなり、ガス流が強くなる。
【0037】
なお、上記実施例や変形例はいずれも本発明の一例であるから、上記記載以外にも、本発明の趣旨の範囲で適宜に変形、追加、修正を行っても本願請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0038】
10…分析室
11…イオン源
12…第1段四重極電極
15…第3段四重極電極
16…検出器
20…コリジョンセル
21…イオンガイド
22…第1入射壁面
23…第1イオン入射開口
24…第2入射壁面
25…第2イオン入射開口
26…出射壁面
27…イオン出射開口
30…CIDガス供給部
31…ガス供給管
32…バルブ
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の質量電荷比を有するイオンを衝突誘起解離(CID=Collision-Induced Dissociation)により開裂させ、これにより生成されるプロダクトイオン(フラグメントイオン)の質量分析を行うMS/MS型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
分子量が大きな物質の同定やその構造の解析を行うために、質量分析の1つの手法としてMS/MS分析(タンデム分析)という手法が知られている。図14は特許文献1、2などに開示されている一般的なMS/MS型質量分析装置の概略構成図である。
【0003】
このMS/MS型質量分析装置では、真空排気される分析室10の内部にあって、分析対象の試料をイオン化するイオン源11とイオンを検出してイオン量に応じた検出信号を出力する検出器16との間に、それぞれ4本のロッド電極から成る3段の四重極電極12、13、15が配置されている。第1段四重極電極12には直流電圧U1と高周波電圧V1・cosωtとを合成した電圧±(U1+V1・cosωt)が印加され、これにより発生する電場の作用により、イオン源11で生成された各種イオンの中で特定の質量電荷比m/zを有する目的イオンのみがプリカーサイオンとして選別されて第1段四重極電極12を通過する。
【0004】
第2段四重極電極13は密閉性が高いコリジョンセル14内に収納されており、このコリジョンセル14内にはCIDガスとして例えばArガスなどが導入される。第1段四重極電極12から第2段四重極電極13に送られたプリカーサイオンはコリジョンセル14内でArガスと衝突し、衝突誘起解離による開裂を生じてプロダクトイオンを生成する。この開裂の態様は様々であるため、通常、1種のプリカーサイオンから質量電荷比の異なる複数種のプロダクトイオンが生成され、これらプロダクトイオンがコリジョンセル14を出て第3段四重極電極15に導入される。また、全てのプリカーサイオンが開裂するとは限らないから、開裂しないプリカーサイオンがそのまま第3段四重極電極15に送り込まれることもある。
【0005】
第3段四重極電極15には直流電圧U3と高周波電圧V3・cosωtとを合成した電圧±(U3+V3・cosωt)が印加され、これにより発生する電場の作用により、特定の質量電荷比を有するプロダクトイオンのみが選別されて第3段四重極電極15を通過し検出器16に到達する。第3段四重極電極15に印加する直流電圧U3及び高周波電圧V3・cosωtを適宜変化させることで、第3段四重極電極15を通過し得るイオンの質量電荷比を走査し、目的イオンの開裂により生じたプロダクトイオンの質量スペクトルを得ることができる。
【0006】
従来の一般的なMS/MS型質量分析装置では、イオン流の中心軸であるイオン光軸Cに沿った方向のコリジョンセル14の長さは150〜200mm程度に設定されている。また、コリジョンセル14内のガス圧が数mTorrとなるように、CIDガスの供給量が制御される。しかしながら、こうした比較的高いガス圧雰囲気にある高周波電場の中をイオンが進行する場合、ガスとの衝突によりイオンの運動エネルギーは減衰し減速する。上記従来のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセル14では、イオンの運動エネルギーの減速領域が長いため、イオンの遅延が大きく、甚だしい場合には減速したイオンが停止してしまうことさえある。
【0007】
例えば液体クロマトグラフなどのクロマトグラフの検出器としてMS/MS型質量分析装置を用いる場合、所定の時間間隔で繰り返し分析を行う必要があるため、上述のようにイオンの遅延が大きくなると、本来、第3段四重極電極15を通り抜けるべきイオンが通り抜けられなくなる場合があり、検出感度低下の要因となる。また、コリジョンセル14内に残留したイオンが実際には出現する筈のないタイミングで出現することで、ゴーストピークの原因となることもある。また、イオンが検出器16に到達するまでに時間が掛かるために、予めこうした状態を考慮して繰り返し分析の時間間隔を決める必要があり、多成分分析の際に分析漏れが起こる可能性がある。
【0008】
上記のような様々な問題を回避するために、従来一般的には、コリジョンセル14内でイオンの通過方向に電位勾配を有する直流電場を形成しておき、その直流電場の作用によりイオンを加速することが行われている。
特許文献3に記載の質量分析装置では、イオン光軸に対し傾きを持たせた高周波イオンガイドに直流電圧を印加したり、或いはイオン光軸方向に分割した各ロッドに異なる直流電圧を印加したりして、イオン光軸方向に電位勾配を有する電場を形成してイオンを加速している。また特許文献4に記載の質量分析装置では、イオン光軸方向に100枚程度のアパーチャ板を並べた構成の高周波イオンガイドの各アパーチャ電極にパルス電圧を順次印加することにより通過するイオンを加速するようにしている。
【0009】
しかしながら、イオン光軸方向に電位勾配を持つ直流電場を形成するために高周波イオンガイドのロッド電極を傾けて配置したり変形したり、或いは補助電極を用いたりすると、イオンを収束させるのに適切な高周波電場に乱れが生じ、イオンの透過特性を低下させるおそれがある。また、特許文献4のような構成では、構造が複雑であるとともに、イオンを加速するためのパルス電圧の制御を各質量電荷比に応じて適切に行う必要があるために制御も複雑になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平7−201304号公報
【特許文献2】特開平8−124519号公報
【特許文献3】米国特許第5847386号明細書
【特許文献4】米国特許第6812453号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その主な目的は、簡単な構造によってコリジョンセル内でのイオンの停滞を防止することにより検出感度の低下やクロマトグラムでのゴーストピークの出現を回避することができるMS/MS型質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された第1発明は、各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、前記プリカーサイオンを衝突誘起解離ガスと衝突させて該プリカーサイオンを開裂させるためのコリジョンセルと、開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、を真空室内に配設したMS/MS型質量分析装置において、
前記コリジョンセル内にイオンを入射するためのイオン入射口が設けられた入射端面側のガスコンダクタンスを、前記コリジョンセル内からイオンを出射するためのイオン出射口が設けられた出射端面側のガスコンダクタンスよりも小さくすることにより、前記コリジョンセルの内部に、前記イオン入射口を経て入射してきたイオンが進行する方向と同方向の成分を持つ衝突誘起解離ガスの流れを生起させるようにしたことを特徴としている。
【0013】
入射端面側のガスコンダクタンスを出射端面側のガスコンダクタンスよりも小さくするために、様々な構成・構造が考え得る。即ち、第1発明に係るMS/MS型質量分析装置の一実施態様として、前記イオン入射口の開口面積を前記イオン出射口の開口面積よりも小さくした構成とすることができる。
【0014】
また、第1発明に係るMS/MS型質量分析装置の別の実施態様として、前記イオン入射口をイオンの通過方向に沿って複数設けた構成としてもよい。
【0015】
また、出射端面側にイオン出射口のほかに、衝突誘起解離ガスがコリジョンセル内から吐き出されるガス流通口を設ける構成としてもよい。
【0016】
また上記課題を解決するために成された第2発明は、各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、前記プリカーサイオンを衝突誘起解離ガスと衝突させて該プリカーサイオンを開裂させるためのコリジョンセルと、開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、を真空室内に配設したMS/MS型質量分析装置において、
前記コリジョンセル内に前記衝突誘起解離ガスを供給するガス流路の吐出口を、該コリジョンセル内にイオンを入射するためのイオン入射口が設けられた入射端面側から、前記コリジョンセル内からイオンを出射するためのイオン出射口が設けられた出射端面側に指向させることにより、前記コリジョンセルの内部に、前記イオン入射口を経て入射してきたイオンが進行する方向と同方向の成分を持つ衝突誘起解離ガスの流れを生起させるようにしたことを特徴としている。
【0017】
もちろん、第1発明と第2発明とを併せた構成とすることもできる。
【発明の効果】
【0018】
第1及び第2発明に係るMS/MS型質量分析装置では、コリジョンセル内部でイオンの入射口からイオン出射口の方向に向かう衝突誘起解離ガスの流れが形成され、このガス流に乗って又はガス流に押されることでイオンの輸送が補助される。これにより、イオンが衝突誘起解離ガスに接触して運動エネルギーが減じる場合でも、プリカーサイオンや開裂により生成されたプロダクトイオンの進行を促進し、コリジョンセル内でのイオンの大幅な遅延を回避することができる。それにより、後段の第2質量分離部で選別される目的イオンの量を増やし、検出感度を向上させることができる。また、コリジョンセル内でイオンが停滞することも防止できるので、マススペクトル上でのゴーストピークの出現も防止することができる。
【0019】
また、コリジョンセル内に配設されるイオンガイドを構成するイオン光学部品としては、例えば単純なロッド電極など、簡単な構造の電極でよいため、加工、組立、調整などが簡便であり、コストを抑えることができる。またイオン加速用の電圧発生回路やそうした電圧印加のための制御回路も不要であるため、その点でもコストの抑制に有利である。また、そうしたイオンガイドによれば理想的な状態に近い高周波電場を形成することができ、イオンの散逸によるイオン透過率の低下を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の一実施例によるMS/MS型質量分析装置の概略全体構成図。
【図2】第1実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセルの概略断面図。
【図3】第1実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセルの変形例の概略断面図。
【図4】従来のコリジョンセルの概略断面図。
【図5】比較対象のコリジョンセルの概略断面図。
【図6】図2〜図5に示した4つのコリジョンセルにおけるイオン排出時間と相対強度との関係の実測結果を示すグラフ。
【図7】コリジョンセル内のプリカーサイオンの遅延についての調査結果であるマスクロマトグラムを示す図。
【図8】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図9】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図10】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図11】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図12】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図13】他の実施例によるコリジョンセルの概略断面図。
【図14】従来のMS/MS型質量分析装置の全体構成図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の一実施例であるMS/MS型質量分析装置について、図面を参照して説明する。図1は本実施例によるMS/MS型質量分析装置の全体構成図、図2は本実施例のMS/MS型質量分析装置におけるコリジョンセルの詳細断面図である。図14に示した従来の構成と同じ構成要素については同一符号を付して詳しい説明を省略する。
【0022】
本実施例のMS/MS型質量分析装置では、従来と同様に、第1段四重極電極(本発明における第1質量分離部に相当)12と第3段四重極電極(本発明における第2質量分離部に相当)15との間に、プリカーサイオンを開裂させて各種プロダクトイオンを生成するためにコリジョンセル20が配置されている。このコリジョンセル20は、図2に示すように、イオン入射開口23、25とイオン出射開口27のほかはほぼ密閉された、例えば周面が略円筒形状で両端面がほぼ閉塞された構造体であり、その内部には、八本の円筒形状のロッド電極がイオン光軸Cを取り囲むように略平行に配置されたイオンガイド21が設けられている。
【0023】
このコリジョンセル20のイオン入射側(図2では左側端面)は、所定径(例えばφ1.6mm)の第1イオン入射開口23が穿設された第1入射壁面22と、同一径(例えばφ1.6mm)の第2イオン入射開口25が穿設された第2入射壁面24とがイオン光軸Cの方向に所定距離離間して配置された二重壁構造となっている。他方、イオン出射側は同一径(例えばφ1.6mm)のイオン出射開口27が穿設された出射壁面26が一枚だけ設けられている。
【0024】
CIDガス供給部30とコリジョンセル20とを接続するガス供給管31上に設けられたバルブ32が開放されると、Arガス等のCIDガスがCIDガス供給部30からコリジョンセル20に供給される。このときの供給圧はCIDガス供給部30において調整可能である。CIDガスの供給によりコリジョンセル20内のガス圧はその外部の分析室10内のガス圧よりも高くなり、その内外の差圧によってイオン入射開口23、25及びイオン出射開口27を通してCIDガスはコリジョンセル20内から分析室10内へと流出する。このときのイオン入射開口23、25及びイオン出射開口27を通してのCIDガスの流出流量はそれぞれガスコンダクタンスに依存する。
【0025】
例えば図4に示すような従来の構成の場合、イオン入射開口23のガスコンダクタンスとイオン出射開口27のガスコンダクタンスはほぼ同一であるため、コリジョンセル20内からのガス流出流量はほぼ同じになる。これに対し、本実施例におけるコリジョンセル20ではイオン入射側が二重壁構造であるため、入射壁面22、24のイオン入射開口23、25の径で決まる流量抵抗が直列接続されたのと同等であり、それだけガスコンダクタンスが小さくなる。即ち、第1及び第2イオン入射開口23、25を合わせたイオン入射開口のガスコンダクタンスはイオン出射開口27のガスコンダクタンスよりも小さくCIDガスは流出しにくい。そのため、コリジョンセル20内には、図2に示すように、全体として第2イオン入射開口25側からイオン出射開口27に向かうCIDガス流が生起されることになる。
【0026】
制御部36の制御の下に、第1段四重極電極12には第1RF(高周波電圧)+DC(直流電圧)電圧発生部33から、直流電圧U1と高周波電圧V1・cosωtとを合成した電圧±(U1+V1・cosωt)、或いはこれにさらに所定の直流バイアス電圧Vbias1を加算した電圧±(U1+V1・cosωt)+Vbias1が印加され、第3段四重極電極15には第3RF+DC電圧発生部35から、直流電圧U3と高周波電圧V3・cosωtとを合成した電圧±(U3+V3・cosωt)、或いはこれにさらに所定の直流バイアス電圧Vbias3を加算した電圧±(U3+V3・cosωt)+Vbias3が印加される。これは従来と同じである。また、イオンガイド21を構成する8本のロッド電極は、イオン光軸Cを中心とする周方向に1本おきの4本を1組とし、2つの組の一方には第2RF+DC電圧発生部34から、直流バイアス電圧U2と高周波電圧V2・cosωtとを合成した電圧U2+V2・cosωtが印加され、2つの組の他方には同じく第2RF+DC電圧発生部34から上記直流バイアス電圧Uと上記高周波電圧V2・cosωtとは逆極性の高周波電圧−V2・cosωtとを合成した電圧U2−V2・cosωtが印加される。
【0027】
第1段四重極電極12により形成される電場によって選択されたプリカーサイオンはイオン入射開口23、25を経てコリジョンセル20内に入る。好ましくは、第1入射壁面22、第2入射壁面24の2枚にそれぞれ適宜の直流電圧を印加することによりイオンを収束するイオン光学レンズとして機能させ、第1及び第2イオン入射開口23、25を通過するイオンの通過効率を高めるようにするとよい。コリジョンセル20内には上述したようにイオンガイド21により高周波電場が形成されており、イオンはこの高周波電場の作用により拘束される。プリカーサイオンはCIDガスと衝突し、その衝突エネルギーによってプリカーサイオンの結合が切れて開裂する。一般的に開裂の態様は様々であるため、一種のプリカーサイオンから開裂により生成されるプロダクトイオンは一種であるとは限らない。CIDガスとの衝突により元々プリカーサイオンが有していた運動エネルギーの一部は失われるが、上述のようにコリジョンセル20内には入射してきたイオンの進行方向とほぼ同方向に進行するガス流が生じている。そのため、プリカーサイオンやプロダクトイオンはこのガス流の助けを受けることで進行が促進され、コリジョンセル20内に留まることなくイオン出射開口27に向かって円滑に進行し、イオン出射開口27を経てコリジョンセル20の外側に排出される。
【0028】
以上のように、本実施例のMS/MS型質量分析装置では、コリジョンセル20内に意図的に生起されたガス流を利用してコリジョンセル20内でのイオンの遅れや停滞を防止することができる。これによって、目的とするプリカーサイオン由来のプロダクトイオンが大きな遅れなく第3段四重極電極15に導入され質量分離されるので、結果的に多くのプロダクトイオンを検出器16に送り込むことができ、高い検出感度を確保することができる。また、コリジョンセル20内にイオンが滞留することがないので、マススペクトルにおけるゴーストピークの発生も回避することができる。
【0029】
次に、本実施例で用いたコリジョンセル20におけるイオンの遅延の小ささを検証するために行った実験について説明する。ここでは、図2に示した本実施例の構成、図3に示した本実施例の変形例としてイオン出射開口27の径をφ2mmに広げることでガスコンダクタンスをさらに大きくした構成、図4に示した従来の構成、図5に示した出射側を2重壁構造とした構成、の4つの異なる構成のコリジョンセルについて、イオン排出の速さを調べた。図6は、時間t=0までプリカーサイオンをコリジョンセル20に継続的に入射し、時間t=0でその入射を停止した後の該プリカーサイオン由来のプロダクトイオンの検出強度の変化を実測したグラフである。検出強度が速く低下するほどイオンの遅延が小さいことを意味する。
【0030】
図6を見れば、図2に示した本実施例の構成では図4に示した従来の構成よりもイオン排出が速く行われていることが分かる。さらに図3に示した変形例の構成ではさらにイオン排出が速く行われていることが分かり、イオンの遅延の防止に効果的であることが確認できる。図7は、この図3に示した変形例の構成において、質量電荷比が340であるパパベリンをプリカーサイオンとし、これに由来する質量電荷比が202であるプロダクトイオンを検出したマスクロマトグラムと、6.5m秒後のクロストークとの検出結果を示すグラフである。クロストークはプロダクトイオンのピーク強度に対し0.01%にすぎず、実用的に十分に小さな値となっている。即ち、この結果からみても、コリジョンセル20へのプリカーサイオンの入射を停止した時点から6.5m秒経過時点ではコリジョンセル20からのプロダクトイオンの出射は終了していることが分かる。
【0031】
上記実施例では、イオン入射側の入射壁面を2重壁構造として2つのイオン入射開口23、25を設けることでイオン入射側のガスコンダクタンスをイオン出射側のガスコンダクタンスよりも小さくしており、変形例では、さらにイオン出射開口27の開口面積を大きくすることでガスコンダクタンスの差を一層大きくしている。もちろん、イオン入射開口の数は2に限らず、3以上としてもよい。また、イオン入射側のガスコンダクタンスをイオン出射側のガスコンダクタンスよりも小さくするためには、上記構成に限らず、別の構成とすることもできる。
【0032】
図8は、入射開口を複数にする代わりに入射壁面22の厚さを厚くすることでガスコンダクタンスを小さくした構成の例である。
【0033】
また、コリジョンセル20内から分析室10内にCIDガスを流出するためにイオン出射開口27以外の開口を設ける構成としてもよい。図9は、出射端面26とは別の個所でイオン出射側にガス流出開口40を設けた例である。また図10は、出射端面26でイオン光軸とは別の個所にイオン出射側にガス流出開口40を設けた例である。
【0034】
またコリジョンセル20にあってイオンガイド21を囲む内面41を図11に示すように切頭円錐形状とすることにより、コリジョンセル20内部においてもイオン入射側と出射側とでガスコンダクタンスに差をつけるようにしてもよい。
【0035】
また図12に示す例では、CIDガスを導入するガス供給管31の接続個所を第1入射壁面22と第2入射壁面24との間に設け、第2イオン入射開口25の開口面積を第1イオン入射開口23の開口面積よりも大きくしている。これにより、コリジョンセル20内へのCIDガスの吹き出し方向がイオン入射側からイオン出射側に指向し、上述したようなガスコンダクタンスの差に加えて一層ガスの流れを起こし易くすることができる。
【0036】
また図13に示す例も同様に、コリジョンセル20内へのCIDガスの吹き出し方向をイオン入射側からイオン出射側に指向させたものであるが、イオン入射側のガスコンダクタンスが一層小さくなり、ガス流が強くなる。
【0037】
なお、上記実施例や変形例はいずれも本発明の一例であるから、上記記載以外にも、本発明の趣旨の範囲で適宜に変形、追加、修正を行っても本願請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0038】
10…分析室
11…イオン源
12…第1段四重極電極
15…第3段四重極電極
16…検出器
20…コリジョンセル
21…イオンガイド
22…第1入射壁面
23…第1イオン入射開口
24…第2入射壁面
25…第2イオン入射開口
26…出射壁面
27…イオン出射開口
30…CIDガス供給部
31…ガス供給管
32…バルブ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、前記プリカーサイオンを衝突誘起解離ガスと衝突させて該プリカーサイオンを開裂させるためのコリジョンセルと、開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、を真空室内に配設したMS/MS型質量分析装置において、
前記コリジョンセル内に前記衝突誘起解離ガスを供給するガス流路の吐出口を、該コリジョンセル内にイオンを入射するためのイオン入射口が設けられた入射端面側から、前記コリジョンセル内からイオンを出射するためのイオン出射口が設けられた出射端面側に指向させることにより、前記コリジョンセルの内部に、前記イオン入射口を経て入射してきたイオンが進行する方向と同方向の成分を持つ衝突誘起解離ガスの流れを生起させるようにしたことを特徴とするMS/MS型質量分析装置。
【請求項1】
各種イオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンをプリカーサイオンとして選別する第1質量分離部と、前記プリカーサイオンを衝突誘起解離ガスと衝突させて該プリカーサイオンを開裂させるためのコリジョンセルと、開裂により生成した各種プロダクトイオンの中で特定の質量電荷比を有するイオンを選別する第2質量分離部と、を真空室内に配設したMS/MS型質量分析装置において、
前記コリジョンセル内に前記衝突誘起解離ガスを供給するガス流路の吐出口を、該コリジョンセル内にイオンを入射するためのイオン入射口が設けられた入射端面側から、前記コリジョンセル内からイオンを出射するためのイオン出射口が設けられた出射端面側に指向させることにより、前記コリジョンセルの内部に、前記イオン入射口を経て入射してきたイオンが進行する方向と同方向の成分を持つ衝突誘起解離ガスの流れを生起させるようにしたことを特徴とするMS/MS型質量分析装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2012−94543(P2012−94543A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−16332(P2012−16332)
【出願日】平成24年1月30日(2012.1.30)
【分割の表示】特願2009−532961(P2009−532961)の分割
【原出願日】平成19年9月18日(2007.9.18)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成24年1月30日(2012.1.30)
【分割の表示】特願2009−532961(P2009−532961)の分割
【原出願日】平成19年9月18日(2007.9.18)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】
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