説明

MgB2超電導体とその線材並びにそれらの製造方法

【課題】 実用化に向け、十分大きな超電導電流を流せる、MgB超電導体とその線材を提供する。
【解決手段】
超電導体MgBの原料となるマグネシウム(Mg)あるいは水素化マグネシウム(MgH)とホウ素(B)との混合体粉末にベンゼンなどの芳香族炭化水素を添加することにより、高い超電導臨界電流密度(J)を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い臨界電流密度(J)を有するMgB超電導体とその線材の製造方法、ならびにこの方法により得られた高い臨界電流密度(J)を有するMgB超電導体と超電導線材に関するものである。この超電導体バルクならびに超電導線材は従来の金属系超電導体バルクならびに線材と比べ、高い温度で使用でき、また低コストが期待できることから、その適用機器は、超電導リニアモーターカー、MRI医療診断装置、半導体単結晶引き上げ装置、超電導エネルギー貯蔵、超電導回転機、超電導変圧器、超電導ケーブルなどに有用である。
【背景技術】
【0002】
2001年に日本で発見された超電導体MgBは、金属系超電導体の中では最高の超電導臨界温度(39K)を有し、かつバルク材の作製や線材加工が比較的容易であることから、世界中で本超電導体ならびにその線材化の研究開発が行われている。バルク材の作製法としては、Mg粉末またはMgH粉末とB粉末の混合粉末を加圧した後、熱処理(焼結)する方法が一般的である。また線材化の主要な方法としては、Mg(MgH)粉末とB粉末を金属管に充填するパウダー・イン・チューブ法がある。しかしながらこれらの通常の粉末焼結法やパウダー・イン・チューブ法で作製したバルクや線材のJ特性はあまり高くはない。そこで、Jの向上を目的として、これらの混合粉末への種々の不純物の添加が試みられてきている。このような不純物添加のうち、粒径がナノメートルレベルのSiC微粒子の添加が最も効果的であり、多くの研究が行われている(非特許文献1)。しかしながら、これまでは、SiCの微粒子は価格が高く、これが実用化への大きな障害となっていた。
【非特許文献1】S.X.Dou, et al., Journal of Applied Physics 94(2003)1850.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、以上のとおりの背景から、従来の問題点を解消して、低コスト化につながる比較的簡便な方法によって、実用化レベルの十分高いJを有するMgB超電導体ならびに超電導線材を製造することのできる新しい方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、上記の課題を解決するための手段として、超電導体MgBの原料となるMg粉末あるいはMgH粉末とB粉末の混合分粉末にベンゼンなどの芳香族炭化水素を添加することを特徴とするMgB超電導体あるいはMgB超電導線材の製造方法を提供する。そして、本発明においては、MgB超電導体の製造において、芳香族炭化水素は、単環または多環の炭素環または複素環を有する化合物であることを特徴とする方法や、芳香族炭化水素は、炭素数が4〜20の範囲の化合物であることを特徴とする方法、芳香族炭化水素は、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ペリレン、ビフェニルおよびチオフェンのうちの1種以上であることを特徴とする方法、さらには芳香族炭化水素を、MgBに対して1〜40モル%の割合で添加することを特徴とする方法を提供する。
【0005】
また、MgB超電導線材の製造方法としては、芳香族炭化水素を添加した混合体を、金属管に充填して加工、熱処理をすることを特徴とする方法や、金属管が鉄管である方法、MgBコアが複数本ある多芯線である方法も提供する。粉末の混合方法としては、ボールミル混合や通常の乳鉢による混合が考えられ、熱処理はアルゴンなどの不活性ガス雰囲気中か、あるいは真空中が考えられる。また、金属管としては、MgやBと反応しないこと、また価格が低廉であることなどから鉄管が最も適当である。
【0006】
さらに本発明においては、上記いずれかの方法によって製造された、4.2Kにおける10T磁場中でのJが5000A/cm以上であることを特徴とするMgB超電導体もしくはMgB超電導線材を提供し、4.2Kにおける12T磁場中でのJが2000A/cm以上であることを特徴とするMgB超電導体もしくはMgB超電導線材を提供する。
【発明の効果】
【0007】
以上のとおりの本発明によれば、実用化に向けて、より高い超電導臨界電流密度(J)を有するMgB超電導体、あるいはその線材を、簡便な、より低コストでの方法によって提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下により詳しくその実施の形態について説明する。
【0009】
本発明のMgB超電導体もしくはその線材の製造方法においては、前記のとおり、超電導体であるMgBの原料としてのMg粉末あるいはMgH粉末とB粉末との混合体の調製に際して芳香族炭化水素を添加し、次いで加圧成形して熱処理する。
加圧成形は通常の金型を用いたプレスにより行い、圧力は100〜300kg/cm2が好適である。
【0010】
原料としての上記の粉末については従来と同様の純度や粒径のものを、モル比で、MgまたはMgH/B=0.5/2〜1.5/2の範囲において混合することができる。より好ましくはそのモル比は0.8/2〜1.2/2程度の範囲である。
【0011】
粒径については、平均粒径がMgまたはMgHが10〜50μm、Bが0.2〜1μmの範囲程度が好適に考慮される。混合に際しては、具体的にはMgあるいはMgH粉末とB粉末の混合体に適量の芳香族炭化水素を加え、さらにボールミルなどで十分に混合する。この混合体を加圧成形したのち熱処理をしてバルク体を得る。線材の場合は、芳香族炭化水素を添加した混合体を鉄などの金属管に充填し、圧延ロール等でテープやワイヤーに加工した後、熱処理をする。
【0012】
芳香族炭化水素については、単環または多環の炭素環または複素環を有する化合物のうちの各種のものが考慮されてよく、この化合物の炭素数としては特に限定されることはないが、一般的には4〜20の範囲が好適に考慮される。
【0013】
芳香族炭化水素は本発明の作用効果を阻害しない限り各種の官能基を有していてもよい。入手容易性や取り扱い性、価格等を考慮して適宜に選択することができる。たとえば代表的なものとしては、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ペリレン、ビフェニル、トルエン、キシレン等の炭素環状の芳香族炭化水素、あるいはチオフェン等の複素環状の芳香族炭化水素が例示される。
【0014】
これらの芳香族炭化水素は、MgBの理論もしくは実験生成量に対して1〜40モル%の割合で添加することがより好ましい。この範囲において、たとえば、4.2K、10T(テスラ)磁場中でのJが5000A/cm以上、12T(テスラ)磁場中でのJが2000A/cm以上の高いJを有するMgB超電導体もしくはその線材がより確実に実現されることになる。
【0015】
混合や加圧成形、そして熱処理については従来と同様の条件が採用されてよい。線材加工のための条件も同様である。
【0016】
そこで以下に実施例を示し、さらに詳しく説明する。もちろん、以下の例によって発明が限定されることはない。
【実施例】
【0017】
(実施例1)
市販のMgH粉末と市販のB粉末を1:2のモル比で混合し、さらにMgBに対して10モル%のベンゼンを添加してWC製のボールミルポットに入れ約1時間ボールミル混合した。このようにして得た混合粉末を、外径6mm、内径4mmの鉄管に充填し、溝ロール加工と平ロール圧延により幅5mm、厚さ0.5mmのテープ状に加工した。また比較のためにベンゼンを添加しないテープも同様の方法で作製した。これらの線材に対し、管状炉を用いてアルゴン雰囲気中で、600℃、1時間の熱処理を行った。図1には線材の作製行程を、また図2には、作製した線材の断面写真の例を示した。これらの線材について液体ヘリウム温度、種々の磁界中で臨界電流密度Jを測定した。その結果を図3に示した。ベンゼンを添加したテープは4.2K、12Tの磁界中で3400A/cm、10Tの磁界中で11000A/cmと、ベンゼンを添加しないテープに比べてはるかに高いJ値が得られた。熱処理後のテープをX線回折で調べたところ、生成したMgBのc軸長には変化がなかったが、a軸長は明らかに短くなっており、この結果はすでに報告されているSiC微粉末を添加したMgBと同じであった(文献1)。
【0018】
文献1によると、SiC添加によりMgBのB原子の一部がSiCと入れ替わってMgB2−x(SiC)が生成され、これによってJ特性が向上するとしている。この報告を考慮すると、本実験でJ特性が向上したのは、ベンゼン添加によってMgBのB原子の一部が炭素原子と入れ替わってMgB2−xが生成したためと推測できる。
(実施例2)
実施例1において、ベンゼンの代わりに10モル%のナフタレンを添加して、同様の方法でテープを作製した。このテープの4.2KにおけるJ−B特性を図3に示した。12Tの磁界中で3200A/cm、10Tの磁界中で9500A/cmと、ベンゼン添加したテープとほぼ同様のJ特性が得られた。
(実施例3)
実施例1において、ベンゼンの代わりに10モル%のチオフェンを添加して、同様の方法でテープを作製した。このテープの4.2KにおけるJ−B特性を図3に示した。12Tの磁界中で4000A/cm、10Tの磁界中で11000A/cmと、ベンゼン添加したテープとほぼ同様のJ特性が得られた。
(実施例4)
実施例1においてMgH粉末の代わりに市販のMg粉末を使い、MgとBのモル比を1:2として同様な方法でMgB超電導テープを作製した。このテープの4.2KにおけるJ−B特性を測定したところ、MgHを用いた場合とほぼ同等のJ−B特性が得られ、MgH粉末の代わりにMg粉末を用いた場合でもベンゼンの添加効果が明瞭に認められた。
(実施例5)
市販のMg粉末と市販のB粉末を1:2のモル比で混合し、さらにMgBに対して10モル%のベンゼンを添加してWC製のボールミルポットに入れ約1時間ボールミル混合した。得られた混合粉末を金型に入れプレスして成形した。金型の溝の大きさは幅5mm、長さが20mm、プレス圧は200kg/cmとした。得られた成形体の大きさは幅5mm、高さ5mm、長さが20mmである。この成形体をタンタルホイルで包み、アルゴン雰囲気中で、600℃、1時間の熱処理を行ってMgBバルク体を得た。比較のためにベンゼンを添加しないバルク材も同様にして作製した。熱処理後これらのバルク体の、4.2KにおけるJ−B特性を測定したところ、ベンゼンを添加したバルク体のJは、4.2K、12Tの磁界中で2500A/cm、10Tの磁界中で8000A/cmで、ベンゼンを添加しないバルク体の値である1000A/cm(12T)、3000A/cm(10T)と比べてはるかに高いJ値が得られ、ベンゼン添加の効果が明瞭に認められた。

【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明のMgB超電導線材の製造工程を例示した図である。
【図2】実施例において製造したMgB超電導線材の断面図を例示した図である。
【図3】実施例において作製したMgB線材の4.2Kにおける臨界電流(J)と磁界(B)の関係を例示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料となるMg粉末あるいはMgH粉末とB粉末との混合体を、加圧成形して熱処理するMgB超電導体の製造方法において、上記混合体に芳香族炭化水素を添加することを特徴とするMgB超電導体の製造方法。
【請求項2】
芳香族炭化水素は、単環または多環の炭素環または複素環を有する化合物であることを特徴とする請求項1のMgB超電導体の製造方法。
【請求項3】
芳香族炭化水素は、炭素数が4〜20の範囲の化合物であることを特徴とする請求項1または2のMgB超電導体の製造方法。
【請求項4】
芳香族炭化水素は、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、ペリレン、ビフェニルおよびチオフェンのうちの1種以上であることを特徴とする請求項1から3のうちのいずれかのMgB超電導体の製造方法。
【請求項5】
芳香族炭化水素を、MgBに対して1〜40モル%の割合で添加することを特徴とする請求項1から4のうちのいずれかのMgB超電導体の製造方法。
【請求項6】
請求項1から5のうちのいずれかの方法において、芳香族炭化水素を添加した混合体を、金属管に充填して加工、熱処理をすることを特徴とするMgB超電導線材の製造方法。
【請求項7】
請求項6の金属管が鉄管であることを特徴とするMgB超電導線材の製造方法。
【請求項8】
請求項6または7の超電導線材製造方法において、MgBコアが複数本ある多芯線であることを特徴とするMgB超電導線材の製造方法。
【請求項9】
請求項1から8のうちのいずれかの方法によって製造された、4.2Kにおける10T磁場中でのJが5000A/cm以上であることを特徴とするMgB超電導体もしくはMgB超電導線材。
【請求項10】
4.2Kにおける12T磁場中でのJが2000A/cm以上であることを特徴とするMgB超電導体もしくはMgB超電導線材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−59261(P2007−59261A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−244651(P2005−244651)
【出願日】平成17年8月25日(2005.8.25)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【出願人】(390021577)東海旅客鉄道株式会社 (413)
【Fターム(参考)】