説明

MicroRNAによる直腸癌に対する術前化学放射線療法の効果予測

【課題】癌患者における、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法の施行に当たり、その治療効果を精度良く予測できる方法の提供。
【解決手段】患者から採取した生体試料に含まれるmiR−17、miR−17*、miR−20a、miR−20a*、miR−20b、miR−92a、miR−106a、miR−126*、miR−142−3p、miR−223、miR−630及びlet−7a*から選ばれる1以上のmiRNAの発現量を指標とした、癌患者における5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対する治療効果を予測する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌患者における、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対する治療効果を予測する方法および診断キットに関する。
【背景技術】
【0002】
癌治療、特に結腸直腸癌の治療においては、外科手術による腫瘍摘出が標準治療であるが、腫瘍が大きい場合などは、腫瘍摘出が困難である。そこで、腫瘍摘出の前に、腫瘍摘出を行いやすくするために、腫瘍を縮小させる化学放射線療法(いわゆる術前補助化学放射線療法)が行われており、具体的には、5−フルオロウラシル/ロイコボリン放射線療法やTS−1(テガフール、ギメラシル、オテラシルカリウムを1:0.4:1で配合した製剤、商品名:ティーエスワン(登録商標)、大鵬薬品工業製)/イリノテカン放射線療法など、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤をベースとした化学放射線療法が用いられている。
【0003】
しかし、これら術前補助化学放射線療法は、患者の体質によっては腫瘍縮小効果が不十分である場合があり、術前補助化学放射線療法を施行する前に、その効果を予測することができれば、不要な化学放射線療法を減らすことができ、ひいては患者のQOL及び医療経済の面からも好ましい。このような考えの下、結腸直腸癌における5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学放射線療法の効果予測についての多くの研究が行われており、例えば、Met、MMP7(非特許文献1)、miR−181b、let−7g(非特許文献2)の発現がTS−1の治療効果と関連していることが報告されている。
【0004】
しかしながら、これらの知見に基づく化学放射線療法の効果予測は不十分であり、さらに優れた化学療法の効果予測方法が望まれている。
【非特許文献1】日本外科学会誌 2007;108臨時増刊2号、126.PD−7−7
【非特許文献2】Cancer Genomics Proteomics. 2006;3(5):317−324.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、癌患者における5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法の施行に当たり、その感受性を精度良く予測できる方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、癌に対する5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤の治療効果を予測する方法について研究を重ねた結果、結腸直腸癌において、下表1記載のmiRNAの発現とテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤に対する治療効果(組織学的効果、RECIST分類による治療効果又はダウンステージ効果)が統計学上有意に相関し、当該miRNAの発現量を測定することにより、癌患者における5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤の治療効果を予測できることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の1)〜6)に係るものである。
1)下記工程(1)〜(2)を含む、癌患者における5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対する治療効果を予測する方法:
(1)患者から採取された癌細胞を含み得る生体試料に含まれるmiR−17、miR−17*、miR−20a、miR−20a*、miR−20b、miR−92a、miR−106a、miR−126*、miR−142−3p、miR−223、miR−630及びlet−7a*から選ばれる1以上のmiRNAの発現量を測定する工程、
(2)以下の(a)〜(c)のいずれかの場合に、患者が5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対し治療効果を示す可能性が高いと予測する工程。
(a)上記工程(1)で得られたmiR−142−3p及びmiR−223から選ばれる1以上のmiRNAの発現量が、組織学的効果を予測するための対応するカットオフ値より高い場合
(b)上記工程(1)で得られたmiR−223の発現量が、RECIST分類による治療効果を予測するための対応するカットオフ値より高い場合、又は上記工程(1)で得られたmiR−17、miR−17*、miR−20a、miR−20a*、miR−20b、miR−92a、miR−106a、miR−223及びlet−7a*から選ばれる1以上のmiRNAの発現量がRECIST分類による治療効果を予測するための対応するカットオフ値より低い場合
(c)上記工程(1)で得られたmiR−126*、miR−223及びmiR−630から選ばれる1以上のmiRNAの発現量が、ダウンステージ効果を予測するための対応するカットオフ値より高い場合
2)5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤が、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤(テガフール:ギメラシル:オテラシルカリウム=1:0.4:1(モル比))である、上記1)の方法。
3)癌患者が、結腸直腸癌患者である、上記1)又は2)の方法。
4)化学療法が、さらに放射線療法を併用するものである、上記1)〜3)のいずれかの方法。
5)miR−17、miR−17*、miR−20a、miR−20a*、miR−20b、miR−92a、miR−106a、miR−126*、miR−142−3p、miR−223、miR−630及びlet−7a*から選ばれる1種以上のmiRNAと特異的にハイブリダイズするプライマー及び/又はプローブを含有する、上記1)〜4)のいずれかの方法に使用するための診断キット。
6)上記1)〜4)のいずれかの方法により5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法が治療効果を示す可能性が高いと予測された癌患者に投与することを特徴とする、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含有する抗腫瘍剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明の予測方法は、癌患者、特に結腸直腸癌患者における、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤(特に、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)を投与する化学療法(又は化学放射線療法)に対する感受性を精度良く予測できるため、術前化学放射線療法を施行する場合等において、当該化学療法の開始及び継続の判断に有用であり、ひいては患者のQOLや医療経済の改善に貢献しうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の予測方法は、後述する本発明のmiRNAの発現量を指標として、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤に対する治療効果を予測するものである。ここでmiRNA(microRNAとも呼ばれる)とは、20〜25塩基ほどの1本鎖RNAであり、それ自身はタンパク質をコードしていないものの、他の遺伝子のmRNAと結合することにより、その発現を調節する機能を有していると考えられている。
【0010】
本発明のmiRNAは下表に記載された12種類のmiRNAから選ばれるものである。後述する実施例のとおり、これらのmiRNAを指標として、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤に対する治療効果を予測することが可能である。また、これらmiRNAの塩基配列はすべて公知であり、各miRNAの情報は下表に示すmiRBASE Accession Noに基づきmiRBASE(http://microrna.sanger.ac.uk/)などから入手することができる。また、本発明のmiRNAは、下表の配列番号で示した塩基配列からなる成熟したmiRNAだけではなく、その前駆体であるpri−miRNA、pre−miRNAを含むものである。
【0011】
【表1】

【0012】
本発明において、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤とは、5−フルオロウラシルだけではなく、活性代謝物質が5−フルオロウラシルである5−フルオロウラシル誘導体を含むものであり、具体的には、5−フルオロウラシル、テガフール、テガフール・ウラシル配合剤、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤、ドキシフルリジン、カペシタビン、カルモフールなどが例示できる。これらのうちテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤が好ましく、テガフール、ギメラシル、オテラシルカリウムを1:0.4:1のモル比で配合したテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤が特に好ましい。
【0013】
本発明における化学療法は、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含むものであれば特に制限はなく、さらに別の抗腫瘍剤を併用しても良い。例えば、ロイコボリン、イリノテカン、オキサリプラチン、シスプラチン、カルボプラチン、放射線照射などと併用しても良い。好ましくは、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤単独投与又は5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤と放射線の併用である。
【0014】
本発明の化学療法は、その施行の前後に腫瘍摘出を伴うものであっても、伴わないものであってもよく、好ましくは腫瘍摘出前に施行される術前補助化学療法である。
本発明において、有効成分であるテガフール(一般名、化学名:5−フルオロ−1−(2−テトラヒドロフリル)−2,4−(1H,3H)−ピリミジンジオン)は、公知の化合物であり、生体内で活性化を受けて抗腫瘍活性の本体である5−フルオロウラシルを放出する薬剤である。テガフールは、公知の方法、例えば特公昭49−10510号に記載されている方法に従って製造できる。
【0015】
本発明において、有効成分であるギメラシル(一般名、化学名:2,4−ジヒドロキシ−5−クロロピリジン)も、公知の化合物であり、それ自身全く抗腫瘍活性を有さないものであるが、5−フルオロウラシルが生体内において代謝されて不活性化されることを抑制するものであり、抗腫瘍効果を増強させることができる。
本発明において、有効成分であるオテラシルカリウム(一般名、化学名:モノポタシウム 1,2,3,4−テトラヒドロ−2,4−ジオキソ−1,3,5−トリアジン−6−カルボキシレート)も公知の化合物であり、それ自身は抗腫瘍活性を有さないが、主に消化管に分布してその部位での5−フルオロウラシルの活性化を抑制することにより消化管障害を抑制するものである。
【0016】
本発明の化学療法において投与されるテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤の各有効成分の割合は、それぞれの配合目的を奏する範囲であれば特に制限されず、例えば、特許第2614164号公報に記載されている公知の配合剤と同様の範囲で良く、テガフール1モルに対して、ギメラシルを0.1〜5モル程度、好ましくは0.2〜1.5モル程度とすればよく、オテラシルカリウムを0.1〜5モル程度、好ましくは0.2〜2モル程度とすればよい。特に好ましくは、テガフール:ギメラシル:オテラシルカリウム(モル比)=1:0.4:1である。
【0017】
本発明の抗腫瘍剤における各有効成分の投与量及び投与スケジュールは、用法、患者の年齢、性別、病期、転移の有無、治療暦、他の抗腫瘍剤の有無などの条件により適宜選択される。また、各有効成分は1日に1回又は複数回に分けて投与される。各有効成分が1日に複数回に分けて投与される場合、各有効成分は同時又は間隔を空けて投与され、その投与順序は特に制限されない。
【0018】
本発明の抗腫瘍剤における投与形態としては特に制限は無く、具体的には経口剤(錠剤、被覆錠剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤など)、注射剤、坐剤、貼付剤、軟膏剤等が例示できる。
【0019】
本発明の抗腫瘍剤は、薬理学的に許容される担体を用いて、それぞれの投与形態に応じて通常公知の製剤化方法により製造される。かかる担体としては、通常の薬剤に汎用される各種のもの、例えば賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、pH調整剤、緩衝剤、安定化剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を例示できる。
【0020】
本発明の予測方法の対象となる癌は特に制限はなく、結腸直腸癌、胃癌、肺癌、肝癌、腎癌、膵癌、胆道癌、膀胱癌、子宮頸癌などが例示でき、結腸直腸癌が好ましく、直腸癌が特に好ましい。
【0021】
本発明の予測方法は、具体的には、患者から採取された癌細胞を含み得る生体試料に含まれる上記のmiRNAの発現量を測定する工程(1)と、後記(a)〜(c)のいずれかの場合に、患者が5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対し治療効果を示す可能性が高いと予測する工程(2)を行うものである。
【0022】
1)工程(1)
生体試料としては、癌患者から採取したものであり癌細胞を含む可能性がある試料であれば特に限定されず、体液(血液、尿等)、組織、その抽出物及び採取した組織の培養物などが例示できる。また、生体試料の採取方法は、生体試料の種類や癌種に応じ適宜選択することができる。生体試料からのRNAの調製は、通常公知の方法により行うことができる。
【0023】
miRNAの発現量は、各miRNAと特異的にハイブリダイズするプローブ又はプライマーを用いて、miRNAマイクロアレイ法、ノーザンブロット法、RT−PCR法など公知の遺伝子発現量測定法に従い測定することができる。
【0024】
斯かるプローブ及びプライマーは、miRNAの塩基配列内の少なくとも15塩基長〜全塩基長、好ましくは18塩基長〜全塩基長の連続した塩基配列と特異的にハイブリダイズするように、通常公知のプローブ又はプライマー設計方法に従い上記各塩基長を有するポリヌクレオチドとして設計される。
なお、当該プローブは、各miRNAと特異的にハイブリダイズするものであれば、完全に相補的である必要はない。かかるポリヌクレオチドとして、好ましくは各miRNAの塩基配列において連続する少なくとも15塩基以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド又はその相補ポリヌクレオチドと比較して、塩基配列において70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するポリヌクレオチドである。ここで、塩基配列の同一性は、相同性検索、配列アラインメントプログラム、BLAST、FASTA、ClustalWなどにて計算することができる。
【0025】
なお、本発明において「特異的にハイブリダイズする」とは、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下において、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されないことをいう。ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件は、通常公知の方法に従ってハイブリッドを形成する核酸の融解温度(Tm)などに基づいて決定することができる。具体的なハイブリダイズ状態を維持できる洗浄条件として通常「1×SSC、0.1%SDS、37℃」程度の条件、より厳格には「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度の条件、さらに厳格には「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の条件が挙げられる。
【0026】
また、本発明のmiRNAの塩基配列が公知であるため、当該プローブ又はプライマーは、当該塩基配列に基づいて、通常公知の合成方法、例えば市販のヌクレオチド合成機によって作製することができる。また、当該塩基配列を鋳型としてPCR法によって調製することもできる。
【0027】
また、当該プローブ又はプライマーは、miRNAを容易に検出できるように、通常慣用されている放射性物質、蛍光物質、化学発光物質、または酵素で標識されていてもよい。
【0028】
miRNAマイクロアレイ法によるmiRNAの発現量の測定は、通常公知の方法により行うことができる。例えば、患者の癌細胞から抽出されたRNAを脱リン酸化し、これを放射性同位元素や蛍光物質などで標識する。標識されたRNAをmiRNAマイクロアレイ上でハイブリダイズさせる。続いて、形成されたプローブとRNAの二本鎖の量を、該プローブの標識に由来するシグナルとして測定する。シグナルの検出は、プローブの標識物に応じて通常公知の方法、例えば、放射線検出器や蛍光検出器で測定して行うことができる。なお、市販miRNAマイクロアレイ法用キットを利用して、該キットのプロトコールにしたがって実施することも可能である。
【0029】
ノーザンブロット法によるmiRNAの発現量の測定は、通常公知の方法により行うことができる。例えば、患者の癌細胞から調製されたRNAをナイロンメンブレン等にトランスファーしておき、これに放射性同位元素や蛍光物質などで標識されたプローブをハイブリダイズさせる。続いて、形成されたプローブとRNAの二本鎖の量を、該プローブの標識に由来するシグナルとして測定する。シグナルの検出は、プローブの標識物に応じて通常公知の方法、例えば、放射線検出器や蛍光検出器で測定して行うことができる。なお、市販ノーザンブロット法用キットを利用して、該キットのプロトコールにしたがって実施することも可能である。
【0030】
RT−PCR法によるmiRNAの発現量の測定は、通常公知の方法により行うことができる。例えば、患者の癌細胞から調製されたRNAから調製したcDNAを鋳型として、これに放射性同位元素や蛍光物質などで標識された一対のプライマーをハイブリダイズさせて、通常公知の方法に従いPCRを行う。続いて、得られた増幅二本鎖DNAの量を、当該プライマーの標識に由来するシグナルとして測定する。シグナルの検出は、通常公知の方法、例えば、放射線検出器や蛍光検出器で測定して行うことができる。なお、市販RT−PCR用キットを利用して、該キットのプロトコールにしたがって実施することも可能である。
【0031】
2)工程(2)
本工程において、前記工程(1)によって測定されたmiRNAの発現量を用いて、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対して治療効果を示す可能性が予測されるが、ここで「治療効果を示す」とは、腫瘍の大きさが一定の割合で縮小することなどを指し、具体的には(1)組織学的効果がgrade2以上であること、(2)RECIST分類による治療効果がPR以上であること、(3)ダウンステージ効果があること、のいずれかの基準を満たすことをいう。
なお、「組織学的効果」とは、患者検体を病理組織学的検査することのより判断される効果であり、その効果は大腸癌研究会「大腸癌取扱い規約」(第6版)に準じて以下の基準により判断されるものである。
grade−0:無効(癌細胞に治療による変性、壊死などの障害をほとんど認めない。)、
grade−1a:ごく軽度の効果(癌の約1/3未満に変性・壊死ならびに融解などを認める。)、
grade−1b:軽度の効果(癌の1/3以上2/3未満に癌細胞の変性・壊死ならびに融解などを認める。)、
grade−2:かなりの効果(癌の2/3以上に著明な変性・壊死ならびに融解・消失などを認める。)、
grade−3:著効(癌全体がすべて壊死に陥っているか、または融解、消失した場合。肉芽様組織あるいは線維化巣で置き換えられている。)。
【0032】
また、「RECIST分類による治療効果」は、RECIST(Response Evaluation Criteria in Solid Tumors)ガイドライン日本語訳JCOG版に準じて以下の基準により判断されるものである。
完全奏効(complete response; CR):すべての標的病変の消失。
部分奏効(partial response; PR):ベースライン長径和と比較して標的病変の最長径の和が30%以上減少。
【0033】
進行(progressive disease; PD):治療開始以降に記録された最小の最長径の和と比較して標的病変の最長径の和が20%以上増加。
安定(stable disease; SD):PRとするには腫瘍の縮小が不十分で,かつPDとするには治療開始以降の最小の最長径の和に比して腫瘍の増大が不十分。
【0034】
また、「ダウンステージ効果」とは、TNM分類(腫瘍の大きさや転移の有無などにより判断される分類)に基づくステージ分類(Stage0〜IV)において、化学療法の前後でステージが下がる
効果である。なお、TNM分類やステージ分類は大腸癌研究会「大腸癌取扱い規約」(第6版)に準じて判断されるものである。
【0035】
治療効果の予測は、具体的には、工程(1)で得られたmiRNAの発現量と治療効果を予測するための対応するカットオフ値を比較し、その高低により行われる。すなわち、以下の(a)〜(c)のいずれか1以上の条件に該当するとき、患者が5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対し治療効果を示す可能性が高いと予測できる。
(a)miR−142−3p及びmiR−223から選ばれる1以上のmiRNAの発現量が、組織学的効果を予測するための対応するカットオフ値より高い場合
(b)miR−223の発現量が、RECIST分類による治療効果を予測するための対応するカットオフ値より高い場合、又はmiR−17、miR−17*、miR−20a、miR−20a*、miR−20b、miR−92a、miR−106a、miR−223及びlet−7a*から選ばれる1以上のmiRNAの発現量がRECIST分類による治療効果を予測するための対応するカットオフ値より低い場合
(c)miR−126*、miR−223及びmiR−630から選ばれる1以上のmiRNAの発現量が、ダウンステージ効果を予測するための対応するカットオフ値より高い場合
【0036】
また、上記(a)のいずれか1つ以上の条件に該当するとき、患者が5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対しgrade2以上の組織学的効果を示す可能性が高いと予測すること、上記(b)のいずれか1つ以上の条件に該当するとき、患者が5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対しPR以上のRECIST分類による治療効果を示す可能性が高いと予測すること、上記(c)のいずれか1つ以上の条件に該当するとき、患者が5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対しダウンステージ効果を示す可能性が高いと予測することも可能である。
【0037】
本発明におけるカットオフ値は、miRNA発現量の測定方法の種類などの諸条件により変動するものであるため、条件に合わせて予め設定する必要がある。ここでカットオフ値は、予め測定しておいた本発明のmiRNAの発現量から種々の統計解析手法により求めることができる。例えば、grade2以上の組織学的効果を予測するためのカットオフ値としては、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法を受けた患者における本発明のmiRNAの発現量の平均値や中央値など、及び5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法を受けた患者における本発明のmiRNAの発現量と各患者の組織学的効果との関係から感度と特異度の和が最大となるようROC分析に基づき求められる値が例示できる。なお、ここでROC分析(Receiver Operating Characteristic)とは、臨床検査診断に頻用されている、感度と特異度の和が最大となる閾値を求める分析手法である。また、PR以上のRECIST分類における治療効果やダウンステージ効果を予測するためのカットオフ値についても、同様の考え方により適宜カットオフ値を設定できる。
【0038】
また、後述する実施例のとおり、miRNAマイクロアレイ法によりmiRNAの発現量を測定する場合における、grade2以上の組織学的効果を予測する場合のカットオフ値(ROC分析)としては、例えばmiR−142−3pが1979.17、miR−223が2262.64、RECIST分類におけるPR以上の治療効果を予測する場合のカットオフ値(ROC分析)としては、miR−17が720.69、miR−17*が63.57、miR−20aが1379.53、miR−20a*が21.19、miR−20bが484.55、miR−92aが801.87、miR−106aが101.01、miR−223が2390.04、let−7a*が2.13、ダウンステージ効果を奏することを予測する場合のカットオフ値(ROC分析)としては、miR−126*が60.29、miR−223が1349.00、miR−630が138.22、の如く例示できる。
【0039】
本発明の予測方法は、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法を受ける前(又は受けた後)に適用されても、受けている間に適用されても良い。前者の場合、本発明の予測方法は当該化学療法の開始(又は再開)判断に有用であり、後者の場合、当該化学療法の継続判断に有用である。
【0040】
本発明の診断キットは、miR−17、miR−17*、miR−20a、miR−20a*、miR−20b、miR−92a、miR−106a、miR−126*、miR−142−3p、miR−223、miR−630及びlet−7a*から選ばれる1種以上のmiRNAと特異的にハイブリダイズするプライマー及び/又はプローブを含有するものであり、本発明の予測方法に使用するための診断用試薬として有用である。
当該診断キットは、上記のプライマー及び/又はプローブの他に、miRNAの検出に必要な1種以上の成分を含んでもよい。斯かる成分としては、例えば、制限酵素、ポリメラーゼ、バッファー、dNTP、標識用及び検出用試薬、説明書等が挙げられる。
【実施例】
【0041】
実施例1 miRNAマイクロアレイ解析
直腸癌患者22例に対して、TS−1(大鵬薬品工業製)と放射線を併用した術前化学放射線療法を施行した。TS−1は体表面積に従い、テガフール換算量で80〜120mg/日を1日2回5日間連日内服した後2日間休薬した。放射線は2Gyを、TS−1同日に、すなわち5日間連日照射した後2日間休止した。この1週間を1コースとして4コース実施した(total 40Gy)。 TS−1の初回基準量(1回量)は体表面積に合わせて次の基準値とし、朝食後及び夕食後の1日2回に経口投与した。
【0042】
【表2】

【0043】
術前化学放射線療法施行後に、術前生検を行い生体試料を得た。生体試料からTotal RNAを抽出し、Calf Intestine Alkaline Phosphatase(takara製)を用いて脱リン酸化を行った。また、miRNA Labeling Reagent pCp−Cy3(Agilent Technologies製)を用いて各サンプルを標識化した。
【0044】
調整した各サンプルについて、Human miRNA Microarray v2(Agilent Technologies製)を用いて、821のmicroRNAについてmiRNAマイクロアレイ解析を行った。なお、シグナルの測定は、Agilent Technologies Microarray Scanner(Agilent Technologies製)により行い、得られたシグナル値が0.01以下の場合に0.01に置き換える標準化を行った。
【0045】
シグナル値についてQuality controlを行い、シグナル値が低く信頼性の低いデータを除去し、残った206のmicroRNAについて解析を行った。
【0046】
「組織学的効果」「RECIST分類による治療効果」「ダウンステージ効果」について、各症例の治療結果から群分けを行い、標準化したシグナル値が群間で1.5倍以上変動しており、且つその変動が統計学的に有意差があるmiRNAを抽出した(t検定:P<0.05)。結果を以下に示す。
(1)組織学的効果
【0047】
【表3】

【0048】
効果あり群(grade2、3):15例、効果なし群(grade0、1):7例(奏効率68%)。効果あり群においてmiR−142−3p、223が有意に高発現していた。
また、効果あり群を予測するためのROC分析により求められた各miRNA量のカットオフ値は、それぞれ、miR−142−3pが1979.17、miR−223が2262.64であり、このカットオフ値による効果あり群の予測率はそれぞれ、miR−142−3pが100.0%、miR−223が90.9%と顕著に高いものであった。
したがって、miR−142−3p、223は、それぞれ独立して、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤、特にTS−1を含む術前化学放射線療法において、組織学的効果を予測する因子として有用である。
【0049】
(2)RECIST分類による治療効果
【0050】
【表4】

【0051】
RECIST分類に基づくPR:14例、SD:8例(奏効率63%)。PR症例においてmiR−223が有意に上昇しており、miR−17、17*、20a、20a*、20b、92a、106a、let−7a*が有意に低下していた。
また、PR以上の群を予測するためのROC分析により求められた各miRNA量のカットオフ値は、それぞれ、miR−17が720.69、miR−17*が63.57、miR−20aが1379.53、miR−20a*が21.19、miR−20bが484.55、miR−92aが801.87、miR−106aが101.01、miR−223が2390.04、let−7a*が2.13であり、このカットオフ値によるPR以上の群の予測率はそれぞれ、miR−17が91.7%、miR−17*が91.7%、miR−20aが91.7%、miR−20a*が91.7%、miR−20bが91.7%、miR−92aが92.3%、miR−106aが92.3%、miR−223が90.0%、let−7a*が100.0%と顕著に高いものであった。
したがって、miR−17、17*、20a、20a*、20b、92a、106a、223、let−7a*は、それぞれ独立して、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤、特にTS−1を含む術前化学放射線療法において、RECIST分類を予測する因子として有用である。
【0052】
(3)ダウンステージ効果
【0053】
【表5】

【0054】
ダウンステージあり群:13例、ダウンステージなし群:9例。ダウンステージあり群においてmiR−126*、223、630が有意に高発現していた。
また、ダウンステージ効果あり群を予測するためのROC分析により求められた各miRNA量のカットオフ値は、それぞれ、miR−126*が60.29、miR−223が1349.00、miR−630が138.22であり、このカットオフ値によるダウンステージ効果あり群の予測率はそれぞれ、miR−126*が80.0%、miR−223が80.0%、miR−630が88.9%と顕著に高いものであった。
したがって、miR−126*、223、630は、それぞれ独立して、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤、特にTS−1を含む術前化学放射線療法において、ダウンステージ効果を予測する因子として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)〜(2)を含む、癌患者における5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対する治療効果を予測する方法:
(1)患者から採取された癌細胞を含み得る生体試料に含まれるmiR−17、miR−17*、miR−20a、miR−20a*、miR−20b、miR−92a、miR−106a、miR−126*、miR−142−3p、miR−223、miR−630及びlet−7a*から選ばれる1以上のmiRNAの発現量を測定する工程、
(2)以下の(a)〜(c)のいずれかの場合に、患者が5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法に対し治療効果を示す可能性が高いと予測する工程。
(a)上記工程(1)で得られたmiR−142−3p及びmiR−223から選ばれる1以上のmiRNAの発現量が、組織学的効果を予測するための対応するカットオフ値より高い場合
(b)上記工程(1)で得られたmiR−223の発現量が、RECIST分類による治療効果を予測するための対応するカットオフ値より高い場合、又は上記工程(1)で得られたmiR−17、miR−17*、miR−20a、miR−20a*、miR−20b、miR−92a、miR−106a、miR−223及びlet−7a*から選ばれる1以上のmiRNAの発現量がRECIST分類による治療効果を予測するための対応するカットオフ値より低い場合
(c)上記工程(1)で得られたmiR−126*、miR−223及びmiR−630から選ばれる1以上のmiRNAの発現量が、ダウンステージ効果を予測するための対応するカットオフ値より高い場合
【請求項2】
5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤が、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤(テガフール:ギメラシル:オテラシルカリウム=1:0.4:1(モル比))である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
癌患者が、結腸直腸癌患者である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
化学療法が、さらに放射線療法を併用するものである、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
miR−17、miR−17*、miR−20a、miR−20a*、miR−20b、miR−92a、miR−106a、miR−126*、miR−142−3p、miR−223、miR−630及びlet−7a*から選ばれる1種以上のmiRNAと特異的にハイブリダイズするプライマー及び/又はプローブを含有する、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法に使用するための診断キット。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項記載の方法により5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含む化学療法が治療効果を示す可能性が高いと予測された癌患者に投与することを特徴とする、5−フルオロウラシル系抗腫瘍剤を含有する抗腫瘍剤。

【公開番号】特開2012−39876(P2012−39876A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−334451(P2008−334451)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(304020292)国立大学法人徳島大学 (307)
【出願人】(000207827)大鵬薬品工業株式会社 (52)
【Fターム(参考)】